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判決 平成14年10月22日 神戸地方裁判所 平成12年(ワ)第2498号 
損害賠償請求事件
主       文
  1 被告は、原告に対し、金330万円及びこれに対する平成12年10月6
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  2 原告のその余の請求を棄却する。
  3 訴訟費用は、これを3分し、その1を被告の負担とし、その余を原告の負
担とする。
  4 この判決の第1項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
   被告は、原告に対し、金1000万円及びこれに対する平成12年10月6
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事実関係
   本件は、原告が、被告による婚約の不当破棄を理由に、被告に対し、財産的
損害及び慰藉料の支払を求め、これに対し、被告が婚約の成立を否定するなどして
争った事案である。
 1 請求原因
  (一) 本件の経緯
   (1) 原告及び被告は、ともに冠婚葬祭を執り行う訴外株式会社甲に勤務して
おり、平成10年9月13日、同社に勤務する友人の紹介で知り合った。
   (2) 原告は、平成10年9月19日、原告に対し、結婚を前提とした交際を
申し込み、その後、原告及び被告は、肉体関係を伴う交際を始めた。
   (3) 被告は、平成10年10月4日、原告方に赴いた際、原告の母に対し、
結婚を前提に交際していると自己紹介をなし、同月10日、原告を被告の実家に招
待した際にも、被告の両親に対し、結婚を前提に交際しているとして原告を紹介し
た。また、被告は、同月5日、原告の実家に宿泊し、以後約4か月間、原告の実家
で生活した。
   (4) 原告及び被告は、平成10年11月下旬ころから、二人で住むための新
居をさがし始めたが、資金が十分でなかったため、資金が貯まるまで新居の購入を
待つことにした。
   (5) 原告及び被告は、その後も、結婚を前提とした交際を続け、各々の友人
に将来結婚する相手であると紹介し合っていた。平成11年11月17日、A市在
住で原告の14年来の友人がBに来て、原告及び被告も含めた3人で食事をした
際、原告は被告を婚約者として紹介し、被告も原告の婚約者として対応した。ま
た、被告は、平成11年3月から、原告の家族というかたちで契約した携帯電話を
使用し始めた。さらに、平成12年7月23日、Cみこしまつりの慰労会におい
て、被告は、他の参加者の前で、原告ともうすぐ結婚すると自己紹介し、その際、
「結婚したらこのあたりに住むことになる。」と新居の方を指さして話をしたこと
もあった。
   (6) 原告及び被告は、平成12年2月ころから、新居さがしを再開し、多数
の物件を二人で見て回った結果、同年7月、C市D区E町a丁目b-c所在の中古
住宅を購入することに決めた。その際、住宅ローンについては、被告に借金があ
り、原告及び被告の共同名義で住宅ローンを組むことができなかったので、原告単
独名義で住宅ローンを組むことになった。
   (7) 前記新居への入居は、平成12年10月7日から同月9日の三連休にか
けて行う予定であったため、原告及び被告は、同年8月から9月にかけて、二人で
相談しながら、前記新居をリフォームし、新居用の家具類を購入するなどした。被
告にはその資金がなかったため、これらの支払は、全て原告が負担した。
   (8) 原告及び被告は、平成12年9月ころ、些細なことから口論となり、被
告が前記携帯電話を原告に返還し、その後、被告の原告に対する態度が冷たくなっ
た。
     そのため、原告は、被告との関係で悩み、平成12年10月5日から勤
務先会社を欠勤するようになった。
   (9) 被告は、平成12年10月6日、原告との話し合いの席上、原告に対
し、「結婚を取り止める。」と言い、関係修復を求める原告に逆上して、原告の顔
面や手足、身体を殴打する暴行を加え、原告に傷害を負わせた。また、被告は、同
月9日にも、話し合いの途中で、関係の修復を求める原告に対し、「しつこい。」
などと言って、その顔面や手足、身体を殴打し、原告に対して傷害を負わせた。原
告は、同月10日、病院で治療を受け、全治5日間と診断され、また、同日、警察
に被害届を出し、これにより、被告は、上記傷害事件について、警察の取調べを受
けた。
   (10) 原告は、被告の前記暴行により大きな精神的衝撃を受け、平成12年
10月17日から神経科診療所に通院しており、現在も通院中である。
   (11) 原告は、平成12年10月10日以降も、被告との関係を修復させる
ため、被告に連絡をとり続けているが、被告は「出るところに出てくれ。」と返答
したため、原告は、やむなく本訴提起に至った。
   (12) 原告は、被告による婚約破棄や暴力により精神的ショックから出社で
きなくなり、結局、平成13年1月31日付で退職した。
  (二) 婚約の成立
    被告は、平成10年9月19日、原告に対し、結婚を前提とした交際を申
し込み、原告もこれを了承しているので、この時点で、原告及び被告間には婚約が
成立した。
    仮にしからずとするも、その後の前記(一)の交際経過からすれば、遅くと
も平成11年11月17日までには、原告及び被告間に婚約が成立した。
  (三) 婚約の破棄
    被告は、平成12年10月6日、原告に対し「結婚を取り止める。」と言
い、原告との婚約を破棄した。被告は、同日及び同月9日、原告に暴行を加え、そ
の後原告の連絡に全く応対しないことからも、被告の婚約破棄の意思は明確であ
る。
  (四) 不法行為
    被告は、平成12年10月6日及び同月9日、原告に暴行を加えて傷害を
負わせており、これらの行為は、いずれも不法行為を構成する。
  (五) 原告の損害
    原告は、前記(三)の婚約破棄及び前記(四)の不法行為により、次のとおり
の損害を被った。
   (1) 新居購入代金 1650万円
     原告は、本件婚約に基づいて本件不動産を購入したものであり(原告
は、当時母親の所有する実家に居住しており、被告と婚姻するのでなければ、本件
不動産を購入する必要性はなかった。)、被告による本件婚約の破棄により、本件
不動産に居住しておらず、これを全く利用していないのであるから、本件不動産の
購入代金全額が原告の損害にあたる。仮に本件不動産を売却しても、現在の評価額
は約930万円であるから、少なくとも差額にあたる約720万円の損害が発生す
る。
   (2) 新居リフォーム代 150万3180円
   (3) 新居購入手数料 153万7610円
   (4) 新居用家具購入代 20万2986円
   (5) 携帯電話使用料 15万9912円
     原告は、被告の携帯電話が古くてバッテリーの寿命が短く、連絡を取り
づらかったことから、被告に新しい携帯電話を交付しており、その携帯電話につい
ての、平成11年3月分から平成12年9月分までの使用料である。
   (6) 休業損害 25万円
     平成12年10月5日から同年11月6日までの休業損害である。な
お、原告の収入は、1か月平均25万円(諸手当を含む。)である。
   (7) 診断書作成料 9000円
   (8) 慰藉料 1000万円
     原告は、過去2年間にわたり、被告と結婚するための準備を重ねてきた
にもかかわらず、前記(一)(8)ないし(12)のようなかたちで被告から婚約を破棄され
ており、その精神的苦痛は計り知れないものがある。原告は、現在でも精神科医に
通院しており、また、一度結婚すると知らせた友人や近隣住民からも、結婚はどう
なったかと尋ねられることもあり、これによっても、大きな精神的苦痛を受けてい
る。
     このような被告の精神的苦痛を慰藉すべき金額は1000万円をくだら
ない。
   (9) (1)ないし(8)の合計 3016万2688円
   (10) 弁護士費用 300万円
   (11) 以上の総合計 3316万2688円
  (六) よって、原告は、被告に対し、前記婚約破棄及び不法行為に基づき、前
記損害3316万2688円の内金1000万円及びこれに対する前記婚約破棄及
び不法行為の日である平成12年10月6日から支払済みまで民法所定の年5分の
割合による遅延損害金の支払を求める。
 2 請求原因に対する認否
  (一) 請求原因(一)(1)ないし(3)について、被告は、原告と交際を始めた当
時、好意の感情を持っていたが、結婚を前提にしていたものではなかった。被告
は、原告の実家で約4か月間生活したことはなく、原告に強く求められ、1か月に
1回ないし3回程度泊まったのみである。しかも、原告が母親や長女と喧嘩をする
ので、原告の実家にいても落ち着くことはできなかった。被告は、被告の両親に結
婚を前提に交際しているとして原告を紹介したことはなく、単に交際していると紹
介したのみである。
    請求原因(一)(5)について、被告が原告の主張する携帯電話を使用したの
は、被告の所持する携帯電話の番号を被告の以前の交際相手が知っており、原告か
ら同女と縁を切って欲しいという強い要望があったためである。被告は、この携帯
電話の使用料を毎月支払っており、平成12年9月にはこれを原告に返還した。
    請求原因(一)(4)、(6)及び(7)について、原告は被告と二人で新居を購入す
るような話を始めたが、当時被告はそこまで考えておらず、それまでにも原告と別
れ話を繰り返していたが、このころ、きっちりと別れ話をつけないといけないと思
い、原告に関係の解消を申し入れることになった。
    請求原因(一)(9)について、平成12年10月6日、原告及び被告は、話し
合いをしたが、その際、原告がホテルのドアノブにタオルをかけて自殺しようとし
たので、被告が慌ててこれを阻止したところ、原告が今度は口に煙草をくわえて飲
み込もうとしたので、被告はこれを吐かせるため、原告を思い切り叩いたが、いず
れも原告の生命を守るためであった。被告は、原告に対して二度と合わないと告げ
ていたが、同月9日、原告が被告方に押し掛けてきたので、仕方なく被告の車内で
原告と話し合いをすることになったが、その際、被告が原告に対して二度と会いた
くないと言うと、原告は「私を殴ってくれたら、諦められる。殴って欲しい。」と
言ったため、被告はそれで別れられるのであればと単純に思い、原告の言うとおり
にしたものである。
    なお、被告は、原告から、勤務時間中に電話などで嫌がらせを受け、落ち
着いて仕事をすることができなくなり、また、原告が勤務先会社の上司にプライベ
ートな事柄を訴えたので、被告は、平成12年10月31日、勤務先会社の退職を
余儀なくされた。
  (二) 請求原因(二)及び(三)の事実は否認する。
  (三) 請求原因(四)及び(五)の事実は否認ないし争う。
 3 抗弁
   仮に婚約の成立が認められるとしても、原告の方が恋愛経験が豊富で、二度
の婚姻歴があり、被告より10歳も年長でもあるから、他人の心情の微妙な点を十
分理解できたはずである。しかるに、原告は他人から紹介を受けて直ちに被告と婚
約したのであるから、原告にも過失があったというべきである。
 4 抗弁に対する認否
   否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断
 1 本件の経緯についてみるに、甲第1号証ないし第8号証、第20号証、第2
1号証の1ないし4、第23号証ないし第28号証、乙第1号証、原告及び被告各
本人尋問の結果、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる(当事者間に争い
のない事実も含む。)。
  (一) 原告は、昭和41年9月12日生まれで、過去二度の婚姻歴及び離婚歴
があり、24歳の時に一度目の婚姻をなし、約2年半後に離婚し、その約8か月後
の27歳の時に二度目の婚姻をなし、約3年後の平成8年10月11日、長女乙
(平成6年4月2日生。以下「長女」という。)の親権者を原告と定めて協議離婚
した。
    被告は、昭和51年5月29日生で、婚姻歴はないが、原告以外の女性と
交際したことはあった。
  (二) 原告及び被告は、ともに訴外株式会社甲という冠婚葬祭を執り行う会社
に勤務していたが、平成10年9月13日、同会社のパーティー会場の席上で初め
て知り合った。
  (三) 原告及び被告は、その後ほぼ毎日連絡を取り合うなどしていたが、平成
10年9月19日、被告は、原告に対し、結婚を前提に交際して欲しいという趣旨
の申入れをした。原告は、被告と10歳の年齢差があることや離婚した夫との間の
長女がいることもあり、この段階では、直ちに結婚までは念頭になかったが、被告
が真剣に原告との交際を希望していると考え、被告と交際することを決意し、両者
の交際が始まった。
  (四) その後、原告及び被告は、互いにその実家に挨拶に赴いた。当時、原告
は、実家で母及び長女の3人で暮らしていたが、被告は、原告の実家に挨拶に赴い
た際、原告の母に対し、結婚を前提に交際していると言い、また、原告を被告の実
家に招待した際には、被告の両親に対し、前同様、結婚を前提に交際しているとし
て原告を紹介した。
    また、平成10年10月以降、被告は、原告の実家に泊まることもしばし
ばあり、多いときには週4日前後泊まることもあった。被告は、長女に対し、自分
を父親と呼ぶよう言い、父親のように振る舞うこともあった。
  (五) 原告及び被告は、互いの友人に対し、相手方を婚約者として紹介した
り、近々結婚予定であると話したりしていた。平成11年11月17日には、原告
のA市在住の友人がCの方に遊びに来て、原告及び被告と3人で会食をしたが、そ
の際、原告は被告を婚約者として紹介し、被告も原告の婚約者であると自己紹介し
た。平成12年7月23日、Cまつりみこしという祭事が催された際、被告は、町
内会の慰労会の席上で、原告の名字で自己紹介をなし、原告と結婚後の新居を話題
にするなどした。
  (六) ところで、原告は、被告と結婚するのであれば、その新居は、賃料負担
を考えると、賃貸物件よりも購入物件の方が経済的であると考え、長女とともに3
人で暮らすための新居の購入を被告に提案し、平成10年11月下旬ころから、適
当な物件を探し始めた。しかし、当時、原告及び被告には自己資金がなく、新居の
購入は難しいと判断して、新居探しをいったん中断し、平成12年春ころから、こ
れを再開した。
    原告及び被告は、不動産業者を数箇所見て回ったが、その際、不動産業者
の来客用のアンケート用紙に、原告、被告及び長女の3人で住む予定であるとの趣
旨を記入し、あるいは、不動産業者の担当者にその旨説明していた。
  (七) 原告及び被告は、平成12年7月、相談の上、原告の実家に近く、原告
が仕事に出て不在の間原告の母が長女の面倒をみるのに便利なこと、価格も手ごろ
なことから、C市D区E町所在の1戸建ての中古物件(以下「本件不動産」とい
う。)を購入することに決めた。その際、銀行の住宅ローンについては、被告に消
費者金融等からの負債があったので、媒介業者の担当者の勧めもあり、原告の単独
名義で旧さくら銀行から融資を受けて1700万円の住宅ローンを組み、原告単独
名義で購入することになり、同月8日、原告が買主となって、代金1650万円
(手付金50万円を含む。)で売買契約を締結した(ただし、不動産売買契約書上
は、売主において改装工事を行う旨の売主及び原告間の覚書に基づき、代金額19
00万円と記載されている。)。
    なお、上記売買を媒介した業者の担当者は、原告及び被告の説明や態度か
ら、2人の新居となる物件を探しているものと考えていた。
  (八) その後、原告及び被告は、本件不動産のリフォームや本件不動産に搬入
する新たな家具類を購入するなどし、平成12年10月初旬の三連休中に、本件不
動産に入居することを予定していた。
  (九) ところが、同年9月ころ、原告及び被告は、口論となって喧嘩をし、そ
の後、被告から原告への連絡が途絶え、原告が被告に連絡を取っても、なかなか被
告に会うことができなかった。
    平成12年10月6日、原告及び被告は直接会って、ホテルで話し合いを
することになったが、その際、被告は、話し合いをする姿勢を示さず、関係修復を
望む原告に対し、「うるさいんじゃ。」などと言って、原告の顔面や身体を殴るな
どし、別れようと言った。原告は、将来のこともあり、再度原告と話し合いをしよ
うと思い、同月9日午後2時ないし3時ころにも、被告方を訪れ、被告の車内で話
し合ったが、被告は、「しつこいんじゃ。」などと言って、原告を殴ったりした。
原告は、被告とともに二人で勤務先会社の上司の下に赴き、被告が先に帰ったあと
も、夕方6時ころまで相談を持ち掛けていたが、被告から殴られた左腕等に痛みを
感じたので、翌10日、病院で診察を受け、担当医師より、左上腕・右大腿及び下
顎部打撲等により同日から加療5日間が必要であると診断された。
  (一〇) ここにおいて、原告は、もはや被告との関係修復は困難ではないかと
思い、被告から前記暴行を受けた件について警察に被害届を出した。
    また、前記予定の本件不動産への入居も取り止めとなり、結局、本件不動
産は、購入後原告または被告が居住したことのないまま、現在も空家の状態が続い
ている。
  (一一) 原告及び被告は、その後本訴に至るまで、直接会うことはなかった。
原告は、被告に対し、今後のことを問い質すため、電話やメールをしたことはある
が、みるべき進展はなかった。
    なお、原告は、平成12年10月17日以降、神経科医に通院中であり、
同病院にて、同月23日付で、状況因性うつ状態との診断を受けており、その後も
数回同じ診断を受けている。
  (一二) 原告は、平成12年11月10日、本訴を提起した。
  (一三) 原告は、平成13年1月31日付で、勤務先会社を退職したが、平成
14年4月22日、別の会社に就職した。なお、原告は、現在、他の男性と交際中
である。
 2 以上1に認定の事実を前提に、原告及び被告間の婚約の成否等について検討
する。
  (一) 婚約は、当事者双方の将来夫婦になろうという合意で成立するものであ
り、必ずしも結納の授受その他一定の形式は必要でないが、将来における婚姻とい
う身分関係形成を目的とした合意として当事者の自由意思が強く尊重されるべき分
野の事柄であることに照らすと、結納その他慣行上婚約の成立と認められるような
外形的事実のない場合には、その認定は慎重になされなければならないというべき
である。
  (二) 原告は、まず、平成10年9月19日の時点で婚約が成立したと主張す
る。しかし、同日の時点では、まだ原告及び被告はお互いに知り合ってから1週間
も経っておらず、その間連絡を取り合って会っていた程度の交際にとどまること、
原告自ら、その本人尋問において、同日の段階では、まだ被告との結婚までは考え
ておらず、婚約が成立したとは思っていない旨供述していること等に照らせば、被
告から原告に対して結婚を前提に交際して欲しいという趣旨の申入れがあったこと
を考慮に容れても、同日の段階で、原告及び被告間に婚約が成立していたと認める
ことはできない。
    しかしながら、原告及び被告間の交際は、その後肉体関係を伴うかたちで
続いたこと、原告及び被告は、互いにその両親や友人に対し、相手方を婚約者とし
てあるいは結婚を前提とした交際相手として紹介していること、被告は、原告方に
度々宿泊していたこと、原告及び被告は、将来の婚姻生活の拠点となるべき不動産
物件を求めて複数の不動産業者をあたり、最終的に原告名義で本件不動産を購入し
ていること等の事実を総合考慮すれば、遅くとも、原告が本件不動産を購入した平
成12年7月ころまでには、原告及び被告の関係は、互いに将来夫婦として共同生
活を営む合意が形成されており、婚約という法的保護を与えられるべき実質を有す
る段階に至っていたというべきであるから、原告及び被告間に婚約が成立していた
と認めるのが相当である(以下「本件婚約」という。)。
  (三) そうすると、本件において、被告が本件婚約を解消したことについて正
当な理由のあることを認めるに足りる証拠はないから、被告は、本件婚約の(不
当)破棄を理由に、原告に対し、その被った損害を賠償すべき責任を負うというべ
きである。
 3 そこで、次に、本件婚約の破棄により被告の賠償すべき原告の損害について
検討する。
  (一) 本件不動産購入代金(請求額1650万円)及び本件不動産購入手数料
(請求額153万7610円)について
    前記1に認定のとおり、原告は本件不動産を代金1650万円で購入した
ことが認められ、また、甲第10号証ないし第17号証によれば、原告は、本件不
動産の住宅ローンの事務手数料として3万1500円及び保証料として35万05
40円をそれぞれ支払ったこと、本件不動産の火災保険料として25万7370円
を支払ったこと、本件不動産購入時の移転登記登録免許料・抵当権設定登録免許料
及び司法書士費用として合計24万9300円を支払ったこと、本件不動産の媒介
業者に仲介手数料として58万2700円を支払ったこと、収入印紙代として1万
5000円を支払ったことが認められる(原告は、その他にも、本件不動産の固定
資産税の日割計算分5万1200円も請求する。)。
    しかしながら、原告は、これらの支出により、その対価に相当するという
べき本件不動産を取得しているのであって、原告は、本件不動産の購入後現在まで
その所有者であり、その登記名義を有していること、原告は本件不動産の購入後い
つでもこれを利用できる状況で支配していること、本件婚約の破棄により本件不動
産の財産的効用・価値の全部ないし一部が喪失するという関係にはないことにも鑑
みると、原告に本件不動産の購入価格相当額ないしその手数料相当額の財産的損害
が発生したと即断することはできない。そして、本件不動産について、本件婚約の
解消により原告の当初の購入目的に従った用途が失われ、あるいはその購入後に時
価の下落があったとしても、いまだ現実に具体的な損害が生じていない、あるいは
具体的な損害額が不明であるといわざるを得ない。
    したがって、結局、この点に関する財産的損害の賠償請求は理由がないと
いうべきであり、上記のような事情は、慰謝料の算定にあたって斟酌するのが相当
である。
  (二) 本件不動産リフォーム代(請求額150万3180円)
    甲第9号証の1、2によれば、原告は、本件不動産の改装(リフォーム)
工事を訴外有限会社丙に発注し、平成12年8月24日及び同年10月6日の2回
に分けて、合計150万3180円を支払ったことが認められる。
    しかしながら、上記工事によりリフォーム代金相当額の価値が本件不動産
に附加されるかたちで増加し、原告がこの増加価値を把握していると解されるか
ら、前記(一)の認定説示と同様の理由により、この点に関する損害の賠償請求は理
由がないというべきである。
  (三) 家具購入代(請求額20万2986円)について
    甲第16号証及び第17号証によれば、原告は、本件不動産での被告との
共同生活に備えて、通販業者の通信販売等を通じて家具類を購入したことが認めら
れる。しかし、原告は、上記購入金額に相当する物品を取得し、現在もこれらの所
有者であり、原告はいつでもこれを利用できる状況にあること、原告の購入した家
具類は特殊な物品ではなく、本件婚約の破棄によりその財産的効用・価値の全部な
いし一部が喪失するという関係にはないこと等の事実に照らすと、前記(一)の認定
説示と同様の理由により、この点に関する損害の賠償請求は理由がないというべき
である。
  (四) 携帯電話使用料(請求額15万9912円)について
    甲第18号証の1ないし20、原告及び被告各本人尋問の結果、弁論の全
趣旨によれば、原告は、被告との交際開始後、被告に対して携帯電話を預けたこ
と、この携帯電話は主として原告及び被告間の交際の目的のために利用されていた
ことが認められるところ、このような利用は、両者間の交際及び本件婚約の成立に
よりその目的を達しているものであるから、たとえその後に本件婚約の不履行があ
り両者間の関係が解消されることになったとしても、上記利用にかかる使用料は、
本件婚約不履行と相当因果関係のある損害とは認められないというべきである(も
っとも、被告が上記目的以外の目的のために上記携帯電話を利用したことのある可
能性は必ずしも否定できないが、仮にそのような利用にかかる使用料が含まれてい
るとしても、それは、本件婚約の破棄と相当因果関係のある損害にあたらないと解
される。)。
    したがって、この点に関する損害の賠償請求は、その余の点につき判断す
るまでもなく、理由がない。
  (五) 休業損害(請求額25万円)について
    原告は、平成12年10月5日から同年11月6日までの休業損害として
原告の収入額の平均25万円を請求する。しかし、前記1に認定のとおり、原告は
同年10月9日の午後2時ないし3時ころに被告から暴行を受けた後、原告ととも
に上司の下に赴き、夕方まで相談を持ち掛けており、病院の診察を受けたのはその
翌日であること(同月6日の暴行からは4日後であること)に加え、原告の負傷の
程度及び原告の勤務先会社の業種等の事実も併せ考慮すれば、本件不法行為により
必ずしも休業が必要であるとは認めがたく、まして約1か月もの休業が必要である
とは認められない。そして、他に本件不法行為と原告の請求する上記休業損害との
間に相当因果関係のあることを認めるに足りる証拠もない(原告は、態度が冷淡に
なった被告との関係で悩み、同月5日から勤務先会社を欠勤するようになったとも
主張するが、仮にそのような事実があるとしても、前記相当因果関係を肯認するに
は足りない。)。
    したがって、原告の請求する上記休業損害は、本件不法行為と相当因果関
係のある損害とは認められず、この点に関する損害の賠償請求は理由がない。
  (六) 診断書作成料(請求額9000円)
    原告は、診断書作成料として9000円を損害賠償請求するが、これを認
めるに足りる証拠はなく、また、前記(五)の認定説示にも徴し、そもそも本件不法
行為と相当因果関係のある損害とも認められない。
    したがって、この点に関する損害の賠償請求は、その余の点につき判断す
るまでもなく、理由がない。
  (七) 慰藉料(請求額1000万円)
    前記1に認定のとおり、原告は、平成10年9月以降交際を続け、平成1
2年7月には、婚姻後の新居とするため、本件不動産を購入してこれをリフォーム
し、新居用の家具類も購入するなどして、被告との婚姻生活に備えていたにもかか
わらず、被告から一部暴力も伴うかたちで本件婚約を破棄されており、原告本人尋
問の結果にも照らし、本件婚約破棄及び本件不法行為により原告が精神的苦痛を受
けたことは容易に推認できる。
    そして、前記1に認定の事実その他本件に表れた一切の事情に照らし、こ
れを慰謝すべき金額は、300万円をもって相当と認める。
  (八) 弁護士費用(請求額300万円)
    本訴認容額及び本件に表れた一切の事情に照らし、被告による婚約破棄及
び本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、30万円をもって相当と認め
る。
 4 なお、被告は過失相殺の抗弁を主張するが、前記1及び2に認定説示のとお
り、原告は、平成12年9月19日に被告からの交際の申入れを受けて原告との婚
約を即断したものではなく、むしろ当初は慎重な面もあったが、その後の被告との
交際過程を通じて、互いに将来夫婦として共同生活を営む意思が形成されていく中
で、被告と婚約したものであり、被告による本件婚約の破棄について、原告に過失
相殺をしなければ公平の理念に反するような事情は、前記1に認定の経緯からは窺
われず、その他に上記事情を認めるに足りる証拠はない。
   したがって、被告の過失相殺の抗弁は理由がない。
 5 よって、主文のとおり判決する。
      神戸地方裁判所第5民事部
          裁 判 官   寺   本   明  広

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