弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成17年2月25日宣告 
平成14年(わ)第1137号,平成15年(わ)第102号
            判        決
            主        文
       被告人を無期懲役に処する。
       未決勾留日数中620日をその刑に算入する。
            理        由
(認定事実)
第1 平成15年2月14日起訴(同年(わ)第102号)の公訴事実について
 1 犯行に至る経緯
   被告人は,平成13年8月3日にA'刑務所を出所した後,以前婚姻した後程
なくして離婚したB'(後に平成14年4月に被告人と婚姻届出。)とよりを戻し,両
名は,北九州市a'区b'c'丁目d'番所在の「C'公園」などでいわゆるホームレス
の生活を続けていたが,夜間肌寒くなってきた平成13年9月終わりころからは,
同区e'f丁目g番h号所在の被告人の知人のD'方1階居間に二人で居候をさせて
もらうようになった。
   被告人は,同年10月25日から警備員として働くようになり,同日午後7
時ころに上記D'方に帰宅後,上記居間でテレビを見ていた同女及びその娘E'と一
緒にテレビを見るなどしていたが,E'は,同日午後9時ころから居間の真ん中で寝
込んでしまい,被告人らが起こそうとしても一向に起きなかったため,被告人は,
居間でこのままE'の横で寝るとB'にあらぬ誤解を抱かせるなどと考えて同所で寝
ることを諦め,翌26日午前零時ころ,警備服を着たまま寝場所を求めて上記D'方
を出た。被告人は,まず,同女方から約2.6キロメートル歩いて前記C'公園に行
ったが,やはり外は肌寒く,屋内で寝たいと思ったことから,同公園から約900
メートル歩いて同区jl丁目m番n号所在の知人のF'方に行ったものの,同人に宿
泊は断られた。そこで,被告人は,再びC'公園に戻ったが,同公園から数百メート
ル離れた同区o町所在の通称「o町商店街」のアーケードの中であれば寒くないか
もしれないと思い,同商店街のアーケード内に入って,一旦その中のベンチに腰掛
けたが,同商店街近くの同区p町q番r号所在の「G'」が開いていれば朝まで居ら
れるかもしれないと思い直して同店前に赴いたものの,既に同
店は閉店していた。被告人は,仕方なく再び元来た道を引き返し,上記o町商店街
に戻ったが,同商店街内にあるスーパーマーケットの「H'」の前付近まで来た際,
道路を隔てた北隣の木造2階建建物の中は同店の倉庫であると思い,ここでなら寝
ることができるのではないかと考えて,上記建物西の出入口の扉を開けて同建物の
中に入った。被告人は,通路をしばらく進むと,左手に階段を見つけ,その横の板
壁には赤色ポストが数個取り付けられていたほか,階段にはスリッパが数足置いて
あったことから,2階が共同住宅であることが分かったが,それまで寝場所等を探
し歩き回り疲れていて早く眠りに付きたいと思っていたことから,上記階段を上っ
た踊り場で寝ようとして同所まで上ってきた。しかし,そこは埃で白っぽくなって
おり,ここで寝ると仕事着の警備服等を汚してしまうなどと考えてこの場所でも寝
ることができないと思い,このように,歩き回る先々でことごとく寝場所等が見つ
からなかったことに無性に腹立たしさが込み上げてきた。
 2 犯罪事実
   被告人は,上記のように寝場所等を求めて公園や知人宅等を渡り歩いた末,
I'(当時64歳)ら6世帯8名が入居している上記建物である北九州市a'区o町
s番所在の木造瓦葺2階建建物(店舗・共同住宅,床面積合計約940.68平方
メートル)内に行き着いたが,寝場所にしようとした同建物内の階段踊り場が思い
のほか汚れていてそこでも寝ることができないと思い,寝場所等が一向に見つから
ないうっ憤晴らしのために同建物に放火しようと企て,平成13年10月26日午
前1時25分ころ,同建物1階西側通路において,同通路の板壁に接着させてその
床面3か所に各数個の段ボール箱を置くなどし,その段ボール箱に所携のライター
で順次点火して放火し,その火を上記板壁等に燃え移らせ,よって,上記I'らが現
に住居に使用する上記建物を全焼させたほか,いずれも同建物に隣接する,J'ほか
4名が現に住居に使用している建物(木造瓦葺2階建,床面積合計約180.82
平方メートル),O'ほか1名が現に住居に使用している家屋(木造瓦葺2階建,床
面積合計約60.28平方メートル)を各半焼させ,さらに,いずれも上記同様に
隣接する,現に人が住居に使用せず,かつ,現に人がいない建造物
である,O'所有の建物(木造瓦葺2階建,床面積合計約71.28平方メート
ル),P'が所有する建物(木造瓦葺2階建,床面積合計約24.96平方メート
ル),Q'が所有する建物(木造トタン葺2階建,床面積合計約149.04平方メ
ートル),R'が所有する建物(木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建,床面積合計約37.
44平方メートル)を各全焼させるとともに,S'所有の建物(木造瓦葺2階建,床
面積約117.6平方メートル),T'所有の建物(木造瓦葺2階建,床面積約11
5.08平方メートル)を各半焼させ,もってこれらの建物を焼損した。
第2 平成14年12月24日起訴(同年(わ)第1137号)の公訴事実について
 1 犯行に至る経緯
   被告人は,第1の犯行後も前記D'方でのB'との居候生活をしていたが,二
人がそのような生活を続けていたのを見かねたB'の長男のK'が,同人の当時居住
していた北九州市a'区i't丁目u番v号所在のL'の2号室が空き室になっていた
ことからB'にこの2号室に住まないかと声を掛けてきたのを受け,被告人とB'
は,平成13年11月から同室での生活を始めた。しかし,このころから,K'はた
びたびB'に金の無心をするようになり,B'がこれに応じてK'に金を渡すなどして
いたことから,次第に被告人とB'の生活は苦しくなって家賃を滞納するようにな
り,平成14年3月,上記L'2号室の退去を余儀なくされ,二人は同区w町x番y
号所在のM'に転居した。
   被告人は,上記M'に転居した後もK'がB'にたびたび金の無心をしに来たこ
となどから,B'やK'とたびたび口論となり,平成14年6月ころにはK'から顔面
を殴られて目の上を切る怪我をしたこともあり,次第にK'に対するうっ憤を溜めて
いった。
   被告人は,平成14年7月2日夜,B'に対しいつものようにK'のことで文
句を言うなどしたが,B'が途中から被告人の言葉を無視して寝たことから,K'に
対する怒りは全く収まらず,一人焼酎を飲んだ後,そのようなやり場のない気持を
鎮めるために,同月3日午前2時過ぎころ,上記M'を出た。被告人は,しばらくの
間,あてもなく付近を散歩していたが,上記L'2号室の鍵を持っていたことから,
同室に行ってみることにして,上記L'に向かった。被告人は,上記2号室に入り,
室内を見回すうち,新しい家具まで購入して自分とB'の生活を始めたこのL'2号
室を出なければならなくなったのは,B'にたびたび金を無心しに来たK'のせいだ
などと思い,K'に対する怒りやうっ憤がどんどん増幅していった。
 2 犯罪事実
   被告人は,K'に対する上記うっ憤を晴らすべく,N'ら4世帯4名が入居し
ている北九州市a'区i't丁目u番v号所在のL'(店舗・共同住宅,コンクリート
ブロック・木造瓦葺2階建,床面積合計296.07平方メートル)に放火しよう
と企て,平成14年7月3日午前3時ころ,同L'2号室の空き室において,同所に
固定された押入中棚の上に電話帳の紙片を置き,さらに,その紙片の上に足拭き用
マットを置いた上,同紙片に所携のライターで火をつけて,同紙片及び同足拭き用
マットに火を放ち,その火を同中棚に燃え移らせ,よって,同中棚の一部約0.1
3平方メートルを焼損させ,もって前記N'らが現に住居に使用する建造物を焼損し
た。
(証拠)(省略)
(事実認定の補足説明)
 被告人は,第1の犯行(以下「本件犯行」という。)につき,第2の犯行で起訴
された後の任意の取調べのなかで本件犯行を認めるようになって以降公訴提起まで
一貫して放火の事実を認める供述をしていたものの,公判段階に至り犯行は全く身
に覚えがないものである旨の供述をするようになってその供述を維持し,弁護人
も,被告人の公判供述に基づき,上記捜査段階の供述はいずれも任意性,信用性が
ないものであり,被告人は本件犯行を敢行したことはなく無罪である旨主張してい
る。
 当裁判所は,上記捜査段階の供述の任意性,信用性をいずれも認め,被告人は,
前示第1の事実の犯人であると認めたので,その判断の理由を補足して説明する。
1 本件の基本となる事実関係等(事実認定に用いた主な証拠を末尾に掲げた。)
(1) 本件火災現場の火災前の状況及び本件火災の出火原因等
ア 本件火災現場の火災前の状況
 本件火災現場は,通称「o町商店街」の北端である北九州市a'区o町s番に所在
し,各建物同士が軒先又は軒の上下で折り重なるようにして接しており,通称「U'
市場西棟」を形成していたが,その中心に位置し最も大きな面積を占めていたの
が,昭和26年ころに建てられた木造瓦葺2階建の店舗兼共同住宅(床面積合計約
940.68平方メートル,以下「本件建物」という。)であり,別紙図面1(本
件建物部分は,青色で囲んだ部分)のとおり,1階部分には店舗,空き店舗や倉庫
等が入り,別紙図面2(本件建物部分は,青色で囲んだ部分)のとおり,2階部分
はV',自称W'ら6世帯8名が居住する貸室や倉庫となっており,これらが一つの
寄棟式瓦葺き屋根の下で1棟の建物を形成していた。
イ 出火原因に関する事実等
 平成13年10月26日午前1時38分ころ,本件火災が発生している旨の11
9番通報があり,出動指令を受けて順次臨場したX'消防署第一及び第二小隊が消火
活動に当たった結果,本件火災は同日午前7時6分ころ鎮火したが,本件建物は全
焼して原形を留めないほど焼損し,本件建物に隣接して建っていた3棟の建物はい
ずれも本件建物と接する側が強く焼損した。
 本件火災の鎮火後に消防署員によって行われた現場見分時,後記3(2)エのとおり
出火箇所の一つをなすとみられる本件建物1階の別紙図面1記載の通路Dからは,
電気機器やたばこの吸い殻等,火源となるような物品は発見されなかったほか,通
路Dの床に近い部分には電気配線は見当たらず,本件建物内の店舗等の電力使用量
にも本件火災のあった月とその前月とで目立った変化はなく,同火災前の低圧電線
路絶縁抵抗測定結果も良好であり,同火災前に電気の異常を感じた者もなかった。
また,通路Dの別紙図面1記載の「Y'」側の壁にはガスの配管が通っていたが,上
記現場見分時において上記ガスの配管には異常が認められておらず,本件建物1階
の店舗のガス使用量にも本件火災のあった月とその前月とで目立った変化はなく,
同火災前にガスの異常を感じた者もなかった。そして,上記現場見分時,本件建物
1階の「Z'」店内の残焼物に油分の反応が認められたが,ガソリン,灯油及び軽油
等の石油系の油分は検出されなかった。
ウ 本件火災の出火原因
 以上の各事実のほか,本件出火時間が深夜であり,本件建物1階は夜間は人がい
ない店舗等であったことにも照らすと,本件火災は,漏電やガス漏れ,本件建物の
住民らの火の不始末によるものとはいずれも考え難く,本件建物1階の通路D付近
まで侵入した何者かによる放火又は失火によるものであるとみられるものである。
(2) 被告人の逮捕・勾留及び公訴の提起
 被告人は,平成14年12月3日判示第2のL'に対する現住建造物等放火の被疑
事実で逮捕され,同月24日同事実で起訴されていたところ,その後,本件犯行に
関する任意の取調べを受け,平成15年1月23日本件建物に対する現住建造物等
放火の被疑事実で逮捕されて勾留され,同年2月14日起訴された。
2 被告人の捜査段階の自白の任意性について
(1) はじめに
 弁護人は,本件建物に放火したことを認める旨の被告人の捜査段階の供述の任意
性を争って,次のとおり主張し,被告人も,公判廷において,これに沿う供述をし
ている。
 弁護人の主張は,「被告人は,取調官から強要されてポリグラフ検査を受けるこ
とにやむなく同意したが,その検査結果は被告人が本件犯行に関与したともしてい
ないとも断言できないというものであったのに,取調官から上記ポリグラフ検査の
結果につき『おまえは真っ黒じゃ。』などと虚偽の事実を伝えられたものであり,
また,被告人は,上記ポリグラフ検査のあった平成15年1月16日から同月22
日までの間,連日午前9時ころから午後12時ころまで長時間にわたり自白を迫る
執拗な取調べを受け,その間,本件犯行を否認したり黙ったりすると,取調官から
『おまえはそのまましゃべらんなら,しゃべらんでいい。そのままL'の件で刑務所
に行って出てくれば,X'で会ったら,放火魔,殺人者というふうに,人がおっても
おらんでも大きな声でおらぶぞ。』とか,『おまえは俺をなめとるんか。俺と喧嘩
して勝てると思うとるか。』などと怒鳴られたり,取調べの際に使用される机を叩
かれたり,机を壁に向かって蹴飛ばされたりされるなどし,睡眠不足と取調べに対
する恐怖感等から正常な思考能力を奪われ,ついには同月22日に本件犯行を自白
してしまったものであり,また,その後も自白前と同様の連日にわ
たる長時間の取調べを受け続け,厳しい取調べへの恐怖感等から否認に転ずること
もできなかったものである」というものである。
(2) 本件自白に至る取調べ経緯等
 そこで,被告人が実際にどのような経緯で本件犯行を自白するに至ったのかをみ
てみると,関係各証拠によれば,その経緯は次のとおりであると認められる。
  ア 被告人は,前記のとおり,平成14年12月24日,判示第2のL'に対す
る現住建造物等放火の事実で起訴されたが,その後,C''のA''巡査部長が取調官
として,また,D''のB''巡査部長が補助官として,被告人に対し,本件犯行に関
する任意の取調べを開始した。
 A''巡査部長及びB''巡査部長は,被告人が本件犯行を否認していたことなどか
ら,被告人に対し,本件犯行に関しポリグラフ検査を受けるよう求めたが,被告人
はこれを拒絶した。そこで,A''巡査部長が,被告人に対し,あくまでポリグラフ
検査の受検を拒否するのであれば令状を請求しなければならなくなるかもしれない
などと告げ,B''巡査部長も,被告人に対し,身の潔白を証明するためにポリグラ
フ検査を受けてもいいのではないかなどと言って説得をしたところ,被告人は,平
成15年1月10日,ポリグラフ検査を受けることを承諾し,その旨の承諾書に署
名した。
  イ 上記承諾を受けて,同月15日午前10時35分ころから同日午後1時3
7分ころにかけて,C''において被告人に対するポリグラフ検査(以下「本件ポリ
グラフ検査」という。)が実施されたが,いずれの質問項目についても明確な特異
反応は認められなかった。
    その後,同日午後6時ころから午後9時ころにかけて,A''及びB''両巡
査部長は,引き続き被告人の任意取調べを続けたが,その際,被告人から本件ポリ
グラフ検査の結果を尋ねられたのに対し,A''巡査部長は,「真っ黒たい。」など
と半分冗談で答えた。これに対し,被告人は「参ったの。」と答えており,その場
の雰囲気は,どちらかと言えば打ち解けた感じであった。
  ウ 翌16日,A''巡査部長とB''巡査部長は,D''で本件犯行に関し引き続
き被告人の任意取調べにあたっていたが,そのなかで被告人の子供の話が出たこと
があり,「施設に入れて一度も会ってない。俺は親父の資格がない。」と被告人が
話し出して,泣いた場面もあった。
 その日の夜の任意取調べで,A''巡査部長が席を外した午後8時ころ以降,B''
巡査部長は,先に出た被告人の子供の話が頭に残っており,被告人に対し,本件火
災で亡くなった2人のうちの1人(I')は,二十何年か前にL''から家出をしたま
まであったのに,その家族の者は上記死亡の事実を聞くとL''からD''まで来て,
同署で仮通夜のようなことをやったなどと話し,「人間の情っちいうのはやっぱり
深いもんやな。」などと言ったところ,被告人は,取調室の机の上に顔を伏せて1
0分間ほど号泣した。しかし,改めて本件犯行を行ったのかを聞かれたのに対して
は,依然やっていないと答えて否認を続けた。
エ その後,しばらくしてA''巡査部長が取調室に戻り,被告人に対する取調べを
続け,被告人に対し,「真人間になれ。」,「正直になれ。」などとも諭しながら
事実を思い出すようにと言い続けたところ,被告人は,机上に視線を落として,
「分かってます。」,「今思い出してます。」などと繰り返し述べていたが,同部
長が根気強く被告人を諭し続けると,被告人は,遂に顔を上げ,「すみません。私
がやりました。A''部長,B''部長,うそついてすみません。」などと言って再び
号泣した。
 号泣が収まった後,B''巡査部長が改めて被告人に対し,「これは人の身代わり
で言ったり,刑務所志願で言ったり,そんな小さい事件やないんやぞ,本当おまえ
なんか。」と尋ねたが,被告人は,「はい,おれがやりました。」と答えたほか,
犯行を否認していた理由について,「これは放火で2人死んだ放火殺人でしょう。
そうなれば無期か死刑でしょう。B'にも会えんごとなる。そう思ったら言えんので
すよ。」などと涙ながらに語った。そして,被告人は取調官の求めに応じて自白の
内容を記載した申立書(以下「本件申立書」という。)を作成し,それと並行し
て,A''巡査部長とB''巡査部長は被告人の自白内容を録取した供述調書を翌17
日にかけて作成した。
 なお,上記15日と16日の2日間の取調べの中で,A'',B''両巡査部長が大
きな声で恫喝等したことはなく,机を叩いたり蹴ったりしたりことも一度もなかっ
た。
  オ 被告人は,本件申立書及び上記供述調書の作成が終わった後,B''巡査部
長に対し,被害者のために線香を上げさせて欲しい,被害者のために拝みたいので
被害者の戒名を教えて欲しいなどと頼んで,同部長から被害者の戒名を聞き,それ
以降,起訴後に至るまで被害者の戒名を拝み続けた。また,本件犯行を認めた理由
については,「(亡くなったうちの1人の話を聞いて)もうこれ以上眠れん日が続く
のは嫌や。あの話には参りました。」との心情を取調官に打ち明けてもいた。
  カ 被告人は,上記自白以降平成15年1月23日の通常逮捕まで本件建物に
対する現住建造物等放火の事実についての取調べはされなかった。そして,被告人
は,上記通常逮捕から同年2月14日の起訴までの間,放火箇所や媒介物等につい
て供述を変更したことはあるものの,本件建物に放火したこと自体は一貫して認め
ていた。
(3) 取調べの経緯に関する事実認定の理由
 上記認定のとおり,本件取調べでは,確かに,弁護人の言うように取調官が本件
ポリグラフ検査の結果につき,「真っ黒たい。」と事実とは異なることを述べた事
実は認められるが,その場の雰囲気等からはその事実が被告人の供述に不当な影響
を与えた事実は認められず,このことは,被告人自身,取調官であったA''巡査部
長は笑ったような感じで「真っ黒たい。」と述べ,そのことでもうこれで逃れられ
ないなどといった気持ちを抱いたこともなかったなどと供述していること(第4回公
判)からも明らかであるし,本件ポリグラフ検査は上記認定のとおり被告人の承諾を
受けたもので,被告人自身も,A''巡査部長からポリグラフ検査を任意に受けない
のなら令状を取る旨言われ,令状が出るなら自分で検査を受けた方がよい旨の留置
場で一緒になった者の助言も受け,自らの意思で承諾書に署名した旨供述していて
(同公判),被告人がポリグラフ検査を強要された事実も何ら認められない。
 そして,被告人が本件犯行を自白したのは,本件火災により死者も出たことに対
する悔悟の念によるものであり,弁護人の言うような取調官の恫喝や脅し等により
自白が獲得されたものではなかったことも上記認定のとおりであって,弁護人の前
記主張は採用することができない。
 すなわち,この認定は取調官の一人であった証人B''の公判供述に主によるもの
であるが,同証人の供述は,被告人や自身の当時の生々しい発言や心情等も交えた
相当に具体的で自然なもので,格別怪しむべき点も見当たらない上,A''巡査部長
がポリグラフ検査の結果につき「真っ黒たい。」と言ったとか被告人の逮捕後には
自分やA''巡査部長が机を叩いたこともあったとか,取調状況につき一見不相当と
思われる事柄に関しても素直に述べているなど,事実をありのままに供述する姿勢
が認められるものであるし,そもそも,被告人自身,本件犯行を自白した理由につ
き,「自分が一番最初にやりましたと言ったのは,B''刑事さんから被害者のこと
を聞いて,被害者で名前が出ている人ですけど,その人はL''から家出しとった
と。それで,家族の人もみんな捜しよったと。それで,やっと見つけたら,おまえ
に殺されておると。おまえどう思うかと。自分はやっぱ,父親も母親もいないし,
子供がそうやって捜しよったって,やっぱかわいそうになったですね。そのときば
あっと自分が泣いて,いつの間にか,自分がやりましたと,こうなったんですよ
ね。」と図らずも供述しているところであって(第4回公判〔第12回公判
でも本件犯行を認めた理由には焼死した被害者が可哀想だという思いもあった旨述
べている。〕),証人B''の公判供述とまさに符合するのであり,同証人の供述は十
分信用できるのである。
 なお,弁護人は,被告人の公判供述にも基づき,前記のとおり被告人が本件犯行
を自白し始めたのは逮捕前日の平成15年1月22日であるとも主張するが,本件
犯行の自白を内容とする被告人が自ら作成した本件申立書末尾には作成日付として
「平成15年1月16日」と記載されているだけでなく,本件申立書と並行して作
成された同じく被告人の自白を内容とする供述調書(乙28)の頭書にも被告人の
取調べを平成15年1月16日に行った旨が記載され,その末尾には作成日付とし
て平成15年1月17日と記載されているのみならず,そもそも,その9項には,
「私は,昨日この商店街の火事の件で,ポリグラフ検査を受け(た)」との記載もあ
るのである。そして,前記のとおり信用性の高い証人B''の公判供述でも,被告人
が自白を始めたのは平成15年1月16日で,上記申立書の日付を遡らせた事実は
絶対にない旨明言されているし,本件申立書の作成日付が平成15年1月16日と
なっていることについての被告人の説明自体,当時,頭がぼおっとして日付が分か
らず,取調官に今日が何日かを聞き,「16日と書いとけ。」と言われたのでそう
書いたのではないかと思うなどとにわかに信じ難いものである(第6回
公判)。のみならず,その前回の公判に至っては,本件申立書を作成したことやその
作成経緯につき,重大事件である本件犯行を認める文書を自ら作成するというのは
極めて印象的な出来事であるはずなのに,その記憶がない旨極めて不自然な供述を
しており(第5回),それを思い出した理由についても,「分かりません。思い出し
たからとしか言えません。」と供述するのみで(第6回公判),何ら合理的な説明を
なし得ていないのであるから,本件申立書を作成したのは逮捕前日である旨の被告
人の供述はおよそ信用できず,被告人が本件犯行の自白を始めたのは,平成15年
1月16日であることが明らかに認められる(弁護人は,被告人が犯行を自白した
場合にはその供述が変わらないうちに直ちに逮捕状を請求するのが本来の姿である
から,平成15年1月22日に本件申立書が作成され,それを証拠に同月23日に
逮捕状の請求がなされたとみるのが自然である旨主張するが,とりわけ本件のよう
に2名の焼死者を出す大規模な火災を引き起こした重大事件においては,被疑者が
犯行を自白したとしても,慎重にその裏付け捜査等を進めた上で逮捕状を請求する
のがむしろ自然であり,実際,関係各証拠によると,被告人の自白後
に本件建物の元居住者に対する事情聴取等の裏付け捜査がなされていることが認め
られるから,弁護人の指摘する点は,何ら不自然ではない。)。
 そして,このように証拠上比較的容易に認定できる自白を始めた日(しかも,そ
の日がいつかは,被告人の供述するとおりの自白の任意性を否定させるような取調
官の働き掛け等があったか否かに密接に関わる重要な事柄である。)についても殊
更に虚偽の事実を述べるなどして真実の自白開始日を6日遅らせ,真実は前記認定
のとおりその間は本件犯行についての取調べはなかったのに,取調べが続いて取調
官からの強引な自白強要の働き掛け等があった旨の供述に終始する被告人の供述態
度は,その自白した経過に関する供述全体の信用性を相当に減殺させるものである
といわざるを得ないのであって,このこととの対比からしても,証人B''の公判供
述は信用性が高いということができるのである。
(4) 任意性についての検討
 このように,被告人が本件犯行の自白を始めたのは本件ポリグラフ検査が行われ
た日の翌日のことであり,同検査の前後ころには取調官との間で冗談等も言える雰
囲気にあったことは被告人も認めるところであって,被告人が自白を始めた理由が
被告人の述べるような睡眠不足が続いたことや取調官による手荒で過酷な取調べが
繰り返されたことによるものでないことは明白であり,実際,前記認定のとおり本
件ポリグラフ検査後自白がされるまでの二日間に取調官が机を叩いたり蹴ったりす
るなどの手荒な取調べをした事実も何らなく,被告人が自白を始めた理由は,前記
認定のとおり本件火災で死者も出したことに対する被告人の悔悟の念によるもので
あったことが十分に認められるのであるから,その自白の任意性は優に肯定でき
る。
 また,被告人が本件犯行で逮捕された後起訴されるまでの間の自白についてみて
も,そもそも,被告人が縷々公判廷で供述し,それを受けて弁護人が詳細に主張す
るのは,被告人が逮捕前に自白するに至るまでの間の取調べについてであり,逮捕
後の取調べについては,基本的に取調官は逮捕前と同様の態度であった旨供述する
に止まるところ,上記のとおり,被告人が自白を始めた日は被告人の公判供述より
も6日前のことであり,その自白の契機も何ら被告人の供述するような取調官の脅
迫や暴行にあるのではないのであって,そもそも逮捕後にも被告人が不任意の自白
をせざるをえないような影響を受ける契機がなかったものといわざるを得ないので
ある(被告人は,逮捕後,検察官や裁判官の前でも否認に転じなかったのは,再び
警察署で厳しい取調べを受けなければならなくなると思ったからであるなどと供述
するが,上記のとおりそもそも逮捕前の取調べに不任意の自白をする契機はないか
ら,その前提を欠く上に,前記認定のとおり被告人は悔悟の念から悩んだ末に本件
犯行を自白するに至ったのであって,焼死した人のことを思うと夜も眠れなかった
というのであるから,犯行を否認することの方こそ,被告人にとり苦
痛であったともいい得るところである。)。加えて,被告人は,取調官に対する恐怖
心と疲労困憊のなかで,取調官からの指摘も受けながら,全く体験していない事実
を供述していったというのであるが,本件建物に入る際に指紋が付かないよう服の
袖で手を覆ったとか,通路で段ボールを運ぶ際につまずいて転んだなどといった,
犯行を認める供述をするに当たって,それが全くの想像で述べているのであれば,
本来述べる必要性のない事柄についてまで自発的に述べているのであり,このこと
は被告人の供述が取調官の脅迫等の影響を受けてなされたという被告人の供述の信
用性を相当に減殺させるものである。そして,実際,証人B''の公判供述による
と,逮捕後の被告人の取調べ中に,A''巡査部長やB''巡査部長が取調室内の机を
叩いたり,大きな声を出したことがあった事実は認められるが,これらはいずれも
被告人が本件建物に放火した事実を認めていることを大前提として,その放火箇所
ないし数や郵便ポストの認識について,裏付け証拠があることも背景としながら被
告人がたびたび供述を変更するなどの供述態度を取っていたことなどに対するもの
であり,上記以上に執拗かつ強引な取調べがなされた事実は証人B''の
公判供述から何らうかがわれないのであるから,結局,以上を総合すれば,逮捕後
に取調べにおいて被告人の述べるような取調官による脅迫,暴行の事実は何ら認め
られず,被告人の逮捕後の一連の自白についても,その任意性が十分認められると
いうべきである。
(5) 結論
  以上のとおり,本件における被告人の捜査段階の自白の任意性は優に認められ
る。
3 被告人が本件の犯人であるかどうかについて
(1) はじめに
 本件においては,弁護人も指摘するように,被告人の自白調書以外に,被告人が
犯人であることを示す直接的な物証や放火の目撃者はない。他方,被告人は,公判
段階においては,本件の犯人であることを否定し,その理由として犯行当日の行動
についても一応の説明をしている。
 したがって,本件においては,被告人が本件の犯人であると認められるかどうか
は,被告人の公判供述が信用できず,被告人の捜査段階における本件犯行の自白の
信用性が肯定されるかどうかにかかっているので,まず,本件犯行の自白及び公判
供述の信用性判断の前提となる客観的事実を認定した上で,被告人の本件犯行の自
白及び公判における供述の信用性等を検討し,被告人が本件の犯人であると認めら
れるかどうかを判断することとする。
(2) 前提となる事実関係等(事実認定に用いた主な証拠を末尾に掲げた。)
ア 本件火災現場内部の火災前の状況等
 本件建物内1階の店舗等の配置,出入口及び通路の概要は別紙図面1のとおりで
ある。通路は,いずれもコンクリート製であった。本件建物の出入口は同図面のと
おり入口AないしDの4か所あったが,夜間は入口A,Cははめ込み戸が挟まれ,
入口Dはシャッターが閉められ施錠される一方,入口Bについては,かんぬき錠等
複数の錠前が付けられた木製片開戸が設置されていたものの夜間でも施錠はされて
おらず,夜間本件建物に出入りする際の通常の出入口は入口Bのみであった。そし
て,同入口から入った通路Bは,天井に蛍光灯が設置され,夜間でもこれが点灯し
ていて明るかったが,その延長にある通路Dは,本件建物内の店舗の営業時間後は
光が入らず暗かった。
 後記エのとおり本件火災の出火箇所の一つをなすとみられる場所付近である別紙
図面1記載の「E''」と「Z'」の境界が通路Dに面した辺りには,塩化ビニール製
の波板10枚位が立て掛けられ,その上に重ねるようにしてはめ戸1枚が立て掛け
られており,その横には木製の梯子1脚が立て掛けられていた。また,同図面記載
の「F''」とトイレの間には,本件建物2階に居住する住民らが使用していた2階
に通じる木製の階段(以下「本件階段」という。)が設置されていたが,1階と2
階の間には踊り場があり,踊り場には棚のような形の木製の下駄箱が設置され,本
件建物の2階の住民らがスリッパなどを入れて使用していたほか,本件階段と同階
段横の板壁との間には3センチメートル位の隙間があり,住民らがこの隙間にスリ
ッパの踵部分を下向きにして挟みスリッパ立てとして利用していた。また,本件階
段の1階階段口と本件階段の踊り場の天井には蛍光灯が設置され,夜間でも常時点
灯していたほか,本件階段横の板壁には,本件建物2階の住民が各自でプラスチッ
ク製や金属製の郵便受けを設置していた。
イ 本件火災の出火直後の状況について
 平成13年10月26日午前1時38分ころ,本件火災が発生している旨の11
9番通報があり,出動指令を受けたX'消防署第一小隊が,同日午前1時42分こ
ろ,本件建物付近に到着したところ,本件建物2階南東側の腰高窓において住民が
救助を求めていたことから,梯子を架けて同建物2階内に入り,住民の救出救助に
あたったが,その際,本件階段付近から先(北方向)には視界が得られないほどの
白煙が充満していた。
 同日午前1時47分ころ,X'消防署第二小隊が遅れて現場に到着し,本件火災の
消火にあたったが,その際,本件建物の中心付近の屋根から黒煙があがるのが確認
された。同小隊は,本件建物の入口Bから通路Bに入り,本件階段付近まで進入し
たが,同階段は既に1段目から全体的に燃え上がっており,また,本件階段の北側
(通路D等)は火勢が強く,先を見通すことができなかった。
 本件建物2階では,X'消防署第一小隊が同階の住民らを救助した後,同第二小隊
が合流し,両隊が連携して本件火災の消火に当たったが,そのころ,本件階段付近
から火炎が噴出し,別紙図面2記載の①付近からも火炎が噴出した。別紙図面2記
載の流し台のある中央廊下より北側の火勢が強くなり,それ以上奥に進入すること
が不可能となり,本件建物全体に延焼拡大する様相を呈してきたことから,本件建
物2階で消火に当たっていたX'消防署の隊員は緊急脱出し,引き続き消火活動に当
たった。本件火災は,同日午前7時6分ころ鎮火した。            
    
ウ 焼損の激しい場所について
 本件建物においては,なかでも別紙図面1記載の「Z'」と「空室F」の周辺の焼
損が著しい。
 すなわち,「Z'」店の通路D側の壁は焼失し,残存していた土台の焼損は北西側
よりも北東側,すなわち通路D寄りの部分の方が強かった。
 また,「空室F」の通路D側に面する板壁は,床面との境に炭化した板壁が南側
では残存しいるが,北側に進むにつれて低くなり,北側は完全に消失している。胴
抜きにあっても,南側は残存しているが,中央部分は斜め下方に垂れ下がり,その
先端は焼き切れ,北側は完全に消失している。土台部分は,外側の板壁は消失して
いるが,内側の板壁は僅かに残存している。すなわち,「空室F」の通路D側に面
する板壁面は,北側の板壁に強い焼損がみられ,通路D側の方が烈焼痕を呈してい
る状況が顕著である。                    
エ 出火箇所について
 以上の各事実に照らすと,本件建物1階の通路Dの「Z'」と「空室F」の間に位
置する部分の周辺は,本件火災の出火箇所の一つをなすと推認される。
(3) 被告人の捜査段階の自白及び公判供述の信用性について
ア 被告人の捜査段階の自白について
a 被告人の捜査段階の自白の具体的内容をみると,まず,客観的事実とよく符合
している。
 まず,被告人は,別紙図面1記載の①から⑤の箇所に順次放火した旨最終的に供
述するところ,この放火箇所,とりわけ③は,前記(2)エのとおり本件建物の出火箇
所の一つをなすとみられる別紙図面1記載の本件建物1階の通路Dの「Z'」と「空
室F」の間に位置する部分に該当している。そして,被告人の供述は,③の場所に
おいて,燃え易いように細工した段ボール箱4個を床に置いて着火したが,その
際,3個の段ボール箱を少しずつずらして重ね,「Z'」側の壁と「空室F」側の壁
の両方に接着するようにして置いた上,残り1個の段ボール箱を「空室F」側の壁
に接着して置き,さらにその上には付近にあった雨戸のような戸を壁に立てかける
ようにして置いたというものであるところ,前記(2)ウのとおり,本件火災の結果こ
の周辺の壁が激しく焼損されているというのであるから,放火箇所に関する被告人
の自白は客観的事実とよく符合しているものというべきである。また,被告人が供
述するそのほかの放火箇所もその周辺に位置していて,これら被告人が供述する放
火箇所が出火場所であるとみると,前記(2)イで認定した客観的な出火直後の状況に
よく整合するものである。これらの事情は,被告人の自白の信用性
が高いことを強く物語るものである。
 次に,被告人は,本件建物1階内部の状況について,通路Bはコンクリート製
で,天井には蛍光灯が点いており,壁は古めかしい板壁であったこと,入口Bから
通路Bを先に進んでいくと左手にトイレがあったこと,トイレを出て左手に進むと
本件階段があったこと,本件階段は木製の古めかしいものであり,その天井にも蛍
光灯が点いていたこと,本件階段横の板壁にはポストが五,六個設置されていたこ
と,本件階段を七,八段登ったところに木製の踊り場があったが,踊り場には古い
木製の下駄箱があり,下駄箱内には新聞紙が敷いてあり,その上に何足かスリッパ
などが置かれていたこと,通路Dの辺りには電灯が点いておらず,また,その付近
には戸が立て掛けられていたことなど,相当詳細に述べているが,被告人の供述す
る本件建物内部,とりわけ本件犯行における放火箇所と被告人が供述する別紙図面
1記載の①ないし⑤の地点付近の状況は,前記(2)アで認定した本件建物内部の状況
と細部に至るまで符合している。
 被告人は,本件火災時まで,本件建物内部には一度も入ったことがなかったので
あるから,このように既に火災で焼失した本件建物内部の状況,とりわけ本件犯行
において放火した箇所であると被告人が供述する同図面記載の①ないし⑤の地点付
近の状況を,詳細に再現していることは,被告人が,本件犯行時,本件建物内部に
入り本件犯行を敢行したことを強く推認させるものであり,本件自白の信用性を格
段に高めるものである。
 この点,被告人は,公判廷において,本件建物1階内部の状況について詳細に供
述することができたのは,本件ポリグラフ検査の際に示された本件建物1階の様子
が仔細に記載された図面を覚えていたからである旨供述する。
 しかし,「ポリグラフ検査報告書」の抄本に本件ポリグラフ検査の際に被告人に
示したものとして添付されている2枚の図面は,いずれも本件建物1階の構造を極
めて簡略に記したものにすぎず,本件建物1階内の通路やトイレの位置は記載され
ているものの,本件階段や通路等に設置されていた蛍光灯等の記載はなく,通路が
コンクリート製であったことの記載もないし,上記ポリグラフ検査の際,上記図面
2枚のほかに,被告人が供述するような,本件建物1階の状況を詳細に記載した図
面を被告人が示された事実も何ら認められない。すなわち,同検査を担当した証人
G''は,被告人に示した図面は上記証拠にある2枚だけである旨明確に供述すると
ころ,一般にポリグラフ検査は,犯人であれば知っていると思われることなどを被
験者に質問し,その応答の生理指標を観察して,被験者が犯行に関与しているか否
かなどを識別するために行われるもので,とりわけ,本件のような放火事件におい
ては,検査の際,犯人等にしか知り得ない犯行現場付近の詳しい状況を図面に記載
してこれを被験者に見せることは一層考え難い上に,上記ポリグラフ検査報告書抄
本によると,本件ポリグラフ検査における質問の内容は,いずれも本
件建物1階の状況につき詳細な図面を示さなければならないようなものではなく,
却って質問に必要な限度で簡略な図面であるほど答え易いものとなっているのであ
って,証人G''の上記供述は十分信用できる。
 一方,被告人は,スリッパにつき当初は,第2の犯行の際もスリッパ等に火をつ
けているからスリッパが頭に浮かんできた旨供述しているなど(第4回公判),供述
に一貫性がないのであって,証人G''の上記供述にも照らし,本件ポリグラフ検査
の際に本件建物1階付近の詳細な状況を記載した図面を示された旨の被告人の供述
はおよそ信用できない。また,被告人は,本件階段横の板壁にポストがあったこと
等については取調官から誘導されて供述したものであるなどとも供述するが,証人
B''は明確にこれを否定しており,実際にも現住性の認識に関わる重要な上記ポス
トの件につき取調官が安易に事実を明かすことは取調手法としても考え難いのであ
るから,被告人の上記供述もまた信用できず,結局,被告人は,それまで本件建物
内に入ったことがないのに,本件建物1階内部の状況を詳細に供述し得ていたこと
が十分に認められるというべきである。
   b また,本件自白は,犯行の方法を詳細かつ具体的に述べるものである
上,単なる想像によっては容易に述べられないような迫真性も有しており,被告人
が実際に体験したことを自発的に供述したものと認められる。
     まず,本件自白は,別紙図面1記載の①の地点において着火する前に,
放火の媒介物として布製スリッパと新聞紙を選んだ上,炎が大きくなるよう,床に
布製スリッパを置いて,その上に新聞紙を重ね,さらにその新聞紙の上に布製スリ
ッパを置いたこと,同図面記載の②の地点において3足の布製スリッパに着火した
後にその布製スリッパを横壁や蹴込み板に順次立てかけたこと,同図面記載の③の
地点において着火する前の段ボール箱の準備状況として,3個の段ボール箱につい
て,空気が入って燃え易くするよう段ボール箱の底と蓋となる部分を内側に折り曲
げて組み立てたこと,段ボール箱を組み立てた際,組み立てたときに箱の底と蓋と
なる部分のうちの1箇所を箱の外側に出したこと,段ボール箱を重ね易いようにつ
ぶしたこと,4個目の段ボール箱については,炎が高く上がるよう筒状にすること
として,底ないし蓋となる部分の片側だけ折り込んで3個の段ボール箱の上に置い
たこと,4個の段ボール箱の外側に出した底ないし蓋の部分を火が点きやすいよう
に,その角を薄紙,フルトと呼ばれる波形の中芯,薄紙の3つの部分に剥がし,4
個の段ボールの剥がした3つの部分それぞれに順次着火したこと,同
図面記載の④,⑤の地点においてもほぼ同様の細工をして段ボール箱を準備し,着
火したこと等々,本件犯行方法の核心部分につき,細部に至るまで極めて詳細かつ
具体的に説明するものである。
     被告人が,前記のとおり,本件犯行の核心部分につき,媒介物に対して
した細工等の理由を含めて細部に至るまで極めて詳細かつ具体的な供述をしえたの
は,現にこれらのことを体験したからこそと認められ,このことは,前記aでみた
とおり,被告人が本件犯行における放火箇所である同図面記載の①ないし⑤地点付
近における本件建物の内部の状況をも詳細に再現していることからも裏付けられ,
被告人が述べるように捜査官に誘導されるなどしたことから想像で,あるいは,3
0年位前に働いていた段ボール工場での経験を踏まえて適当に述べたものとは到底
考えられない。
     このような本件自白の内容は,その信用性を強く担保するものである。
     また,本件自白のうち,本件建物へ出入りする際には指紋を残さないよ
うに右手をジャンパーの袖で覆ったことや,放火の媒介物とするための段ボール箱
を抱えて通路を進んでいた際,バランスを崩して段ボール箱を全部落とし,「ドサ
ッ」という結構大きな音が響いたので,住人に気付かれてしまったのではないかと
思い,一瞬ドキッとしたことなどについては,真に迫るものがあって,実際に被告
人が体験したものと考えられるし,現に,取調官の誘導によるものでないことは被
告人も認めるなど自発的に供述している事柄であることにも照らして,その供述に
高度の信用性を付与するものである。
 さらに,前記のとおり,被告人は,別紙図面1記載の①から⑤の箇所に順次放火
した旨最終的に供述するところ,この放火箇所のうち最も焼損の激しい箇所に近い
のは,同図面中の③であり,当初の供述に加えて③のほかに④,⑤も殊更に追及・
申述させるだけの資料が捜査機関側にあるとまではうかがえないのであるから,と
りわけ④,⑤については基本的には被告人が進んでこれらの箇所を述べたことが認
められ,これは本件自白の核心的部分が自発的にされていることを示し,その信用
性を高める事情というべきである。
   c そして,本件自白は,後述するように,放火箇所等に関し追加や変遷が
認められるものの,被告人が別紙図面1記載の入口Bから通路B内に入り,本件階
段付近で放火をしたという本件犯行の核心部分に関しては,終始一貫している。
     弁護人は,本件自白のうち,(ア)ⅰ放火箇所とそれに纏わる放火の媒介
物に関する供述や,ⅱ放火の媒介物として用いた段ボール箱の入手先や放火の媒介
物として用いたスリッパの状況に関する供述にそれぞれ変遷がみられ,また,(イ)
被告人が述べる放火の動機は,被告人と関係のない本件建物に放火する動機として
は不自然である旨それぞれ指摘する。
     (ア)ⅰの点については,少なくとも本件階段付近において布製スリッパ
を用いて放火をしたとする基本的な点に関しては一貫しているのであり,また,本
件における放火箇所に関する供述の変遷であると言う点は,放火箇所が次第に増え
ていくという態様のもので,厳密には変遷とはいえないものであるところ,一般
に,犯行を自白した後でも,受ける刑を少しでも軽いものにするために,犯行態様
につき実際よりも軽微な態様であったと供述したり,犯行の一部を隠すことは,人
間の心理として自然なものであり,実際にも被告人はこれと同趣旨の供述を捜査段
階でしているのであって,上記の点が本件自白の信用性を減殺させる事情であると
はいえない。
 また,(ア)ⅱの放火の媒介物として用いた段ボール箱の入手先やスリッパの状況
に関する供述の変遷についても,本件自白は,本件犯行から1年以上が経過した時
点でなされた供述であり,その間に,放火の媒介物として用いた段ボール箱の入手
先や,入手した個数,各放火箇所で放火の媒介物として用いた個数や,本件階段上
にスリッパがどのように置かれていたかなどの,必ずしも本件犯行の核心部分とは
いえない周辺的な事実については記憶が曖昧になるのは別段不自然ではなく,被告
人の自白に上記のような変遷があることをもって,本件自白全体の信用性が減殺さ
れることはないというべきである。
 さらに,(イ)の犯行動機についても,被告人は,本件自白調書において,本件犯
行の動機に関し,前示犯行に至る経緯にあるとおりの内容の供述をしていたとこ
ろ,弁護人は,本件階段は本件建物2階に居住する住民が使用していたものである
から,被告人がそこで寝ることができないほど汚れていたとは思えないし,公園で
寝泊まりをした経験を有していた被告人にとって,階段付近が埃で汚れていて寝る
のに憚られたからといって,住居に使用されていることが明らかな本件建物に放火
する気持ちになるとは考えられない旨主張するが,前記1(1)アのとおり本件建物は
昭和26年ころに建てられた古い木造建物であり,本件階段が本件建物2階の住民
らが普段から使用していたからといって,本件階段付近が少なからず汚れていたと
しても別段不自然ではないし,前示犯行に至る経緯にあるとおり,被告人が午前零
時過ぎ以降という深夜に寝場所等を求めて約1時間歩き回ったのに思うように寝場
所等が見つからないことで相当に苛立ち,放火行為に及んだとしても,短絡的であ
るとはいえ理解できないわけではなく,判示第2のL'に対する現住建造物等放火被
告事件では,被告人は義理の息子に対するうっ憤を晴らすというただ
それだけの目的で住民がいることが明らかな共同住宅の一室に放火をしているな
ど,被告人には,うっ憤が溜まるとそれを晴らすために安易に建物等に放火をする
傾向がうかがわれるのであるから,被告人の述べる本件犯行の動機に格別不自然さ
はないというべきである。以上の次第であり,弁護人の指摘するその他の点を検討
しても,本件自白の信用性は減殺されない。
d また,被告人が自白を始めた理由は,前記2の「被告人の捜査段階の自白の任
意性について」の項で詳細に認定・説示したとおり,本件火災で死者も出したこと
に対する被告人の悔悟の念によるものであったと認められるのであるから,そのこ
とは,自白の任意性を肯定する事情になるにとどまらず,被告人が本件建物に放火
したという核心部分の供述の信用性を肯定し得る大きな事情となるものである。
e 以上のような各事情,本件自白は,客観的事実とよく符合しており,とりわ
け,本件建物内部の状況,特に放火箇所と被告人が供述する付近の状況を供述した
部分が細部に至るまで実際の客観的状況とよく符合していること,犯行方法につき
細部に至るまで詳細かつ具体的であり,真に迫るものが少なからずあるほか,現に
犯行を体験した者しか供述できないと考えられるような内容が自発的にされている
ものであること,本件犯行の核心部分については終始一貫していること,被告人の
悔悟の念に基づいてされたものであること等の事情に照らすと,本件自白には高度
の信用性が認められるというべきである。
イ 被告人の公判供述について
a 本件火災発生直前後の被告人の行動等に関する被告人の公判供述,すなわち,
D'方を出た後本件火災発生に至るまでの被告人自身の辿った道程に関する公判段階
での供述は,次に述べるとおり信用性が低いというべきである。
b 被告人が,本件火災のあった日の前日である平成13年10月25日夜,当時
内妻と一緒に居候をさせてもらっていた知人のD'方の居間で同女とその娘E',内
妻の4人でテレビを見るなどしていたところ,そのうちE'が居間の真ん中で寝込ん
でしまい,一向に起きる気配がなかったことから,被告人は「もういい,外で寝
る。」と腹を立てたようにして上記D'方を出たことは,捜査段階及び公判段階でも
異なるところはない。
 その後辿った道程について,被告人は,公判段階で,第1の前示「犯行に至る経
緯」中にある内容とは異なり,D'方を出た後の目的地が判然としないものの,G'
に赴いた後,o町商店街のアーケード内を通ってその近くにあるH''1階の飲み屋
階段付近に寝場所を探したが,人の出入りがあって諦め,その後,C'公園,F'
方,X'図書館前の順に歩いて最終的に同図書館向かいのC'公園を寝場所にするこ
とにし,同公園に赴きそこで横になる前に本件火災(公判供述の前提となってい
る,被告人の供述調書で述べられている火災の状況は,「夜の空に,その部分だけ
真っ黒い煙がかかっている様に見え,建物は燃え上がる途中で黒い煙が出ている事
がわかった」というもの。)を発見した旨供述している(第11回公判)。
 しかし,F'の供述によると,F'は,平成13年10月26日午前零時半ころ,
散歩をしようと自宅を出たところに被告人と出くわし,F'方で一緒に焼酎を飲むな
どしたが,被告人が宿泊することは断ったので,被告人は,同日午前零時45分こ
ろ,「C'で寝る。」と言い残して上記F'方を後にしたことが認められ,これによ
ると,被告人がF'方を出たのは本件火災のあった日の午前零時45分ころであり,
被告人の捜査段階の供述にも照らしてその時間に若干の誤差があるとしても,F'方
から上記公園までは約800メートルであるから,被告人は同公園に午前1時ころ
には着いていたものとみられ,被告人はそれから間もなくして本件火災を数百メー
トル離れた地点から発見したことになる。
 被告人の公判段階における供述を前提とすると,被告人は午前1時ころ数百メー
トル離れた地点から本件建物が燃え上がる途中で黒い煙が出ていることを確認した
ことになるところ,前記のとおり出火箇所は本件建物1階とみられることにも照ら
して,既にその時点で建物が相当な勢いで燃えていたことになり,出火は更にそれ
よりもかなり前にあったことになるが,本件火災が発生した旨の最初の119番通
報があったのは午前1時38分ころで,消防隊の消火活動が開始されたのがそれか
ら数分後のことであるから,消防隊が本件建物2階の住民らの多くを救出し得た本
件においては,被告人の公判段階における供述は,火災の発生時刻,その後の焼損
の時間的経緯と相当に矛盾するものといわざるを得ない(なお,本件火災発生から
間もないころに作成された平成13年11月3日付けの被告人の警察官調書におい
ては,被告人は,本件火災に関わりがないことを前提とし,当日の行動について,
前記のD'方を出た後,F'方に行き,その後,C'公園に行った際に本件火災を発見
した旨供述しており,前記公判供述は,この供述とも異なるものである。)。
 このように,本件火災発生直前における被告人の辿った道程についての公判供述
は,第三者の供述や客観的事実に照らして,本件火災の発生時刻,その後の焼損の
時間的経緯との間で相当に矛盾を生じさせるなど,不自然といわざるを得ないもの
であって,信用性は低いものである。
 却って,捜査段階における最終的な供述は,上記認定事実と整合的であるのみな
らず,それぞれの距離に照らして時間的に無理がなく,寒さをしのぐ目的からとっ
た行動としても認定事実との矛盾がないものである(なお,被告人は,自白した当
初は,D'方,G',o町商店街〔本件犯行〕,F'方,C'公園との道程を供述して
いたが,その後の取調べにおいて,記憶違いであったとして,前示のとおりの供述
に変更して,最終的にこれを維持しているものである。)。
c このように本件犯行への関与を否定する理由として本公判廷で述べられた本件
火災発生直前の被告人自身が辿った道程についての供述は,不自然で信用性が低い
のであり,このことは,却って,被告人が高度の信用性が肯定できる自白をしてい
ることと相俟って,被告人の本件建物に放火した旨の自白の信用性を補強する事情
にもなるというべきである。
ウ 以上の次第であり,被告人の本件自白は高度の信用性が認められ,公判供述に
は信用性が認められないというべきである。
(4) 結論
  以上のとおりであって,本件自白には高度の信用性が認められるのであり,こ
れを中心とする関係各証拠に照らせば,被告人が本件の犯人であることは優に認め
られる。
(累犯前科)
1 事実
 (1) 平成5年11月19日I''地方裁判所宣告
   非現住建造物等放火,現住建造物等放火の各罪により懲役5年
   平成10年12月7日その刑の執行終了
 (2) 平成12年6月13日J''地方裁判所K''支部宣告
   (1)の刑の執行終了後に犯した住居侵入,暴力行為等処罰に関する法律違反,
 銃砲刀剣類所持等取締法違反の各罪により懲役1年2月
   平成13年8月2日その刑の執行終了
2 証拠
  前科調書,判決書謄本,調書判決謄本
(法令の適用)
1 罰条   
  第1及び第2の各犯罪事実の所為は,それぞれ(第1については包括して)刑
法108条に該当(各有期懲役刑の長期は同法6条,10条により軽い行為時法で
ある平成16年法律第156号による改正前の刑法12条1項の刑のそれによ
る。)
2 刑種の選択
  第1の罪 無期懲役刑
第2の罪 有期懲役刑
3 3犯の加重
  第2の罪につき刑法59条,56条1項,57条(刑法6条,10条により軽
い行為時法である平成16年法律第156号による改正前の刑法14条の制限内)
4 併合罪の処理
  刑法45条前段,46条2項本文(無期懲役刑を選択した第1の罪の刑で処断
し,他の刑を科さない。)
5 未決勾留日数の算入
  刑法21条
6 訴訟費用の不負担
  刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,第1記載の経緯のとおり,寝場所等が一向に見つからなかっ
たことに対するうっ憤晴らしのために,X'駅前の繁華街であるo町商店街のアーケ
ードに隣接するU'市場の一角を占めていた判示共同住宅兼店舗建物(以下「本件建
物」という。)に放火し,同建物とこれに隣接する判示各建物を焼損したという現
住建造物等放火(第1)及び,第2記載の経緯のとおりの内妻(現妻)の長男に対す
るうっ憤晴らしのために,共同住宅の空き室に放火して同住宅居室の押入中棚の一
部を焼損(起訴状の公訴事実の記載による限り,最初に行ったカーテンへの放火は
起訴事実に含まれていないとみられるから,犯罪事実として認定できる焼損部分は
押入中棚の一部の約0.13平方メートルに止まるものである。)したという現住
建造物等放火(第2)の各事案である。
 被告人が第1の犯行に至った経緯は,前示のとおりであり,犯行前夜,居候させ
てもらっていた知人宅で寝ることをあきらめたきっかけ自体は見方によっては不運
な点があるとしても,寝場所の当てもないのに当夜知人宅を出ることにした判断は
場当たり的で甘いものがあって,特に斟酌すべき事情とも言い難いところ,公園や
知人宅をさまよった挙げ句,勝手に本件建物内に入り込んだにもかかわらず,寝場
所にしようとした階段踊り場が汚れていたことから,被告人は寝場所が見つからな
いことのうっ憤を一気に募らせて本件建物に対する放火を決意したものであって,
その動機は,余りに理不尽で短絡的というほかない。しかも,本件建物が古い木造
である上,建造物が密集する商店街にあり,住民が2階に複数名居住していること
を内部の状況から認識し,したがって,これに放火をすれば本件建物内の住民らが
焼死し,あるいは近隣建物にも拡大延焼するなどの大惨事につながりかねないこと
も容易に理解できたにもかかわらず,被告人は,住民が寝静まる深夜の午前1時2
5分ころに,自己のうっ憤を晴らすだけのために,いとも簡単に第1の犯行を決意
したのであって,極めて身勝手で自己中心的というべきである。
 そして,被告人は,本件建物の2階の住民の避難口となる階段2箇所において新
聞紙や布製スリッパ等に点火して順次放火したものの,思いのほか大きな炎が上が
らず本件建物が燃える気配がないとみるや,うっ憤晴らしのために何としても確実
に本件建物を焼損させようと考え,いったん本件建物外に出て近くのごみ置き場等
から段ボール箱を複数入手し,よく燃え上がるような細工を施した上で,これらを
本件建物内の通路3箇所に木製の壁板に接するように置いて点火し放火したもので
あり,強固な犯意に基づく執拗で危険極まりない犯行である。
 第1の犯行により,6世帯8名の住民や多数の店舗が入居する本件建物(床面積
合計約940平方メートル)が全焼したほか,本件建物に隣接する合計8棟の建物
も全焼ないし半焼したのであり,総焼損面積は約1321平方メートルにも及んで
いる。住居を失った住民や店舗,倉庫を失った営業主らの生活・営業に与えた影響
は甚大なものがあることは言うに及ばず,この犯行により本件建物に居住していた
2名の住民が逃げそびれて焼死したものであり,自宅で就寝中に突如炎に包まれた
2名の被害者が抱いた恐怖感,肉体的苦痛が極めて大きかったであろうことは想像
に難くなく,突然生命を奪われたその無念さは察するに余りある。そして,類焼被
害を含めた財産的損害は合計2億円以上という莫大なものになるのであり,財産的
損害の面からみても第1の犯行の結果は誠に重大であり,本件遺族を始めとする被
害者らの処罰感情がいずれも極めて厳しいのは全く当然である。もとより,o町商
店街のアーケードに隣接するU'市場の一角を占めていた本件建物を焼損した第1の
犯行が,地域社会に多大な影響を与え,近隣住民に強い不安感を与えたであろうこ
とは想像に難くなく,第1の犯行が社会に与えた影響もまた重大であ
ったと考えられる。
 しかるに,被告人は被害者らに対し何ら被害弁償をなし得ていないばかりか,公
判廷において不合理な弁解に終始しており,反省の態度が不十分であるというほか
ない。
 次に,第2の犯行は,東西両隣が軒等の接する木造家屋で北隣も近接した木造家
屋であるなど住宅や商店が密集する住宅街の中にある古い木造の共同住宅の一室に
おいて,やはり住民が寝静まる深夜の午前3時ころという時間帯に,上記共同住宅
の一室内のカーテンにライターで火を点けるとともに,同室内の押入内の木製中棚
にわざわざ数百メートル離れた公衆電話ボックスまで行って取ってきた電話帳の紙
片や足拭き用マットを置いてライターで火を点け,さらに,上記カーテンに点けた
火が消えているのを見るや,上記押入内で燃えていた足拭き用マットのうちの1枚
を取り出して畳の上に置き,その上に上記カーテンなどを置いてこれに火を点けた
ものであり,第1の犯行同様,確実に上記共同住宅を焼損させようという強固な犯
意に基づく執拗で危険な犯行であるし,上記共同住宅の一室の押入内の中棚の一部
などが焼損して同住宅の所有者に約24万円相当の損害を被らせた結果も小さくな
く,その処罰感情が厳しいのは当然であるが,被告人は被害者に対し何ら慰謝の措
置を講じていない。
 加えて,被告人には,昭和50年に現住建造物等放火の罪で懲役4年に,平成5
年に非現住建造物等放火,現住建造物等放火の各罪で懲役5年(前記累犯前科(1))に
それぞれ処せられた,うっ憤晴らし等のために敢行した本件と同種前科2犯がある
上,被告人は,前刑(前記累犯前科(2))で服役していたA'刑務所を満期出所した
後,わずか3か月足らずのうちにうっ憤晴らしのために第1の犯行を敢行したもの
であり,規範意識や更生意欲の欠如は顕著であるばかりか,先にみた第1の犯行態
様,すなわち,寝場所が見つからないことのうっ憤を一気に募らせて放火を決意
し,本件建物が燃える気配がないとみるや,うっ憤晴らしのために何としても確実
に本件建物を焼損させようと考えて,犯行の方法をエスカレートさせていった被告
人の行動にも照らすと,うっ憤がたまると放火をしてこれを晴らそうとする被告人
の性癖は,相当に深刻で根深いものがあり,同犯行により2名の住民を焼死させる
などの甚大な被害を生じさせたにもかかわらず,さらに,そのわずか8か月余り後
に,またしてもうっ憤晴らしのために第2の犯行に及んだことからすると,同犯行
では思い直して消火活動をしたことを考慮しても,その性癖は固着化しつ
つあると評価せざるを得ないものである。
 以上みたとおり,第1の犯行については,犯行に至る経緯に酌むべき点はなく,
その動機は余りに理不尽,極めて身勝手,自己中心的であり,犯行の態様も,強固
な放火の犯意に基づく,執ようで危険極まりないものであること,犯行が居住者や
営業主に与えた影響は甚大であり,居住者から死者2名を出している上,財産的被
害も莫大であり,被害感情は厳しいことなど,いずれの観点からみても,その犯情
は誠に悪いものである。そして,そのわずか8か月余り後にうっぷん晴らしのため
に第2の犯行を敢行していること,同種前科2犯があり,うっ憤がたまると放火を
してこれを晴らそうとする前記性癖は根深く固着化の傾向がみられることに照らす
と,被告人の刑責は極めて重く,重罰をもってこれを償わせる必要があるというべ
きである。
 他方で,被告人は,第2の犯行については捜査段階から一貫して認めており,ま
た,第1の犯行についても,公判段階に至って否認に転じたものの,捜査段階では
火災で亡くなった被害者らに対する自責の念等から犯行を自白しており,同被害者
の戒名を拝み続けているなど,第1の犯行を反省している面もあること,第2の事
実について,押入の中棚が激しく燃えているのを見るや,第1の犯行で死亡者が出
たこと等を想起するなどしてこのままではL'全体が燃えて住人も死んでしまうかも
しれないと思い直し,自らバケツに水を汲んで消火活動に当たり,犯行結果が判示
の限度に止まっていること,本件各犯行はいずれも衝動的なものであって計画的な
犯行ではないこと,被告人の妻が出廷して被告人の社会復帰を待つ旨述べたことな
ど,被告人のために酌むことのできる情状もある。
 しかし,これらを最大限に考慮しても,前記事情に照らして,被告人に対しては
無期懲役刑に処するのが相当であると判断し,主文のとおり量刑した。
(求刑 無期懲役)
 平成17年2月25日
    福岡地方裁判所小倉支部第1刑事部
       裁判長裁判官  野  島  秀  夫 
          裁判官  西  森  英  司 
          裁判官 大  庭  和  久

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