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(原審・横浜地方裁判所平成8年(行ウ)第38号損害賠償請求事件,平成8年(ワ)第2175号損害
賠償請求事件(原審言渡日平成10年6月15日))
     主      文
1 原判決を次のとおり変更する。
 (1) 控訴人は,被控訴人Aに対し,293万5634円,同B及び同Cに対し,各146万78
17円,同Dに対し,587万1268円並びにこれらの各金員に対する平成5年7月29日か
ら支払済みまで年5分の割合による金員をそれぞれ支払え。
 (2) 被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その2を控訴人の,その余を被控訴人ら
の負担とする。
     事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
 (1) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
 (2) 被控訴人らの請求をいずれも棄却する。 
 (3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
2 被控訴人ら
本件控訴をいずれも棄却する。
第2 事案の概要等
1 事案の概要
横浜市長は,横浜市神奈川区東部地区において,横浜国際港都建設事業幸ヶ谷地区土
地区画整理事業を施行したところ,その施行地区内に土地を共有し,これにつき換地処分
を受けたE及び被控訴人Dが,その換地処分によって定められた換地は減歩率が著しく大
きく,形状も大きく変化しており,従前の土地利用が制約されたなどと主張して,神奈川県
知事に対し,その換地処分の取消しを求める審査請求をした。同知事は,その換地処分は
違法であるが,その取消しを認めると公の利益に著しい障害を生ずるとして,その審査請
求を棄却する事情裁決をした。
そこで,Eの相続人である被控訴人A,同B,同C及び被控訴人Dは,その換地処分が照応
の原則に反し違法であり,被控訴人らは従前地について近隣地の平均減歩率を超える地
積の減歩を余儀なくされ,損害を被ったと主張し,国家賠償法1条1項又は3条1項に基づ
き,被控訴人Aにおいて,控訴人に対し,主位的に,2891万9126円及びこれに対する平
成5年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員,予備的に,2734万8074円
及びこれに対する平成5年7月29日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を
求め,また被控訴人B及び同Cにおいて,控訴人に対し,主位的に,各1445万9563円
及びこの各金員に対する平成5年9月1日から支払済みまで年5分の割合による金員,予
備的に,各1367万4037円及びこの各金員に対する平成5年7月29日から支払済みま
で年5分の割合による金員の支払を求め(以上が横浜地方裁判所平成8年(行ウ)第38号
損害賠償請求事件であり,以下「甲事件」という。),さらに,被控訴人Dにおいて,控訴人
に対し,5487万6000円及びこれに対する平成5年7月29日から支払済みまで年5分の
割合による金員の支払を求めた(以上が横浜地方裁判所平成8年(ワ)第2175号損害賠
償請求事件であり,以下「乙事件」という。)。
原審は,被控訴人A,同B及び同Cの主位的請求を棄却し,被控訴人Aの予備的請求につ
いて,1727万4375円及びこれに対する平成5年7月29日から支払済みまで年5分の割
合による金員の支払を求める限度で,同B及び同Cの各予備的請求について,各863万7
187円及びこの各金員に対する平成5年7月29日から支払済みまで年5分の割合による
金員の支払を求める限度でそれぞれの請求を認容し,また同Dの請求について,3454万
8750円及びこれに対する平成5年7月29日から支払済みまで年5分の割合による金員
の支払を求める限度でその請求を認容したところ,控訴人が原判決を不服として控訴し
た。
2 争いのない事実等
争いのない事実等は,次のとおり訂正するほか,原判決書7頁1行目から11頁4行目まで
のとおりであるから,ここにこれを引用する。
 (1) 原判決書10頁9行目の「そのころ」を「遅くとも同月末日ころまでに」に改める。
 (2) 原判決書11頁1行目から2行目までの「本件裁決のされた日の翌日である平成5年
7月30日から」を「遅くとも平成5年7月末日ころには本件裁決の送達を受け,その翌日の
同年8月1日から」に改める。
3 争点及び当事者の主張
 (1) 争点及び当事者の主張は,原判決書11頁6行目から62頁7行目までのとおりであ
るから,ここにこれを引用する。ただし,原判決書11頁7行目の「被告に過失」を「横浜市
長に過失」に改め,同29頁5行目及び32頁6行目の各「被告」を「横浜市長」にそれぞれ
改める。また,被控訴人A,同B及び同Cの主位的請求に関する部分を除く。
 (2) 当審における主張
  ア 本件換地処分の違法性
   (ア) 控訴人
    a 事情裁決の違法宣言は,行政処分の違法を宣言したものに過ぎず,当該行政処
分が国家賠償責任を発生させる違法行為であるか否かは別に検討すべきである。減歩
は,換地の価値と従前地の価値とを比較してされるものであり,単純な面積比だけで減歩
の是非が論じられるべきではない。換地面積の従前地に対する減歩率は,従前地と換地
との増進率と相関関係にあるので,本件換地処分の違法性は,本件換地処分の増進率を
も考慮した上,平均減歩率と本件減歩率との比較によって判断されるべきである。本件換
地処分は,換地の経済的価値の増加(増進率)を考慮に入れて減歩されたもので,経済的
に照応しており,土地区画整理法89条1項の法意を十分満たしている。
    b 本件換地処分は,Eらが仮換地変更願を控訴人に提出し,控訴人とEらとの合意
に基づいてなされたもので,土地区画整理法89条1項の適用除外となる。仮に合意が認
められないとしても,本件換地処分は,Eらの仮換地変更願の提出による要請に基づき,
公益に反せず,かつ,事業施行上支障がないものと認められた結果行われたものである
から,土地区画整理法89条1項の規定の趣旨を損なうものではなく,違法ということはでき
ない。
   (イ) 被控訴人ら
    a 事情裁決は,本件換地処分が土地区画整理法89条1項の照応の原則に違反す
るという重大な欠陥を有していることを理由に違法宣言をしたものであるから,国家賠償法
上も違法と判断されるべきである。土地所有権は,国民生活の基礎をなす私有財産であ
り,国民の居住,営業等の具体的な日常生活に密接に係わるものであるから,その価値
は,土地の形状,地積,利用状況等の土地の使用収益面も含めた様々な要素が総合され
て定まるのであって,単にある時点の交換価値(経済的価値)のみを考慮すれば足りるも
のではない。
    b 仮換地変更願は,本件換地処分の実施が間近に迫った昭和52年4月に至っ
て,本件事業の施行者である横浜市長により再度仮換地の計測等が行われた結果,本件
仮換地について従前把握されていた地積及び距離に従前の測量結果との齟齬が見つか
ったため,その点につき更正がされ,それを確認したものに過ぎず,これをもって,Eらが本
件換地処分を承諾したということはできない。このことは,仮換地変更願を作成した直後の
昭和52年12月には,Eらが本件換地処分の違法性を指摘する意見書を提出していること
からも明らかである。
  イ 横浜市長の過失
   (ア) 控訴人
控訴人は,Eらが仮換地変更願を横浜市長に提出したことを尊重して,本件換地処分をし
たので,横浜市長が本件換地処分の違法性につき認識を持つことができなかった特段の
事情が存在していた。
   (イ) 被控訴人ら
Eらは,仮換地変更願を横浜市長に提出したが,これにより本件換地処分を要請したもの
ではない。
ウ 損害額の算定基準時
   (ア) 控訴人
    a 地価の高騰は,国においても予見不可能な現象であり,横浜市長が地価の高騰
という特別事情を予見することが可能であったということはできない。
    b 仮に,損害の発生が事情裁決時であるとすると,Eらは,本件換地を事情裁決時
前に横浜光学曲硝子株式会社に譲渡しているので,事情裁決時には所有者ではなく,被
控訴人らに本件換地処分につき,損害を認める余地はない。
   (イ) 被控訴人ら
    a 不法行為による所有権侵害の場合における損害額の算定基準時は,原則とし
て,被害者が当該不法行為によって,目的物の所有権を喪失した時点であるが,本件換
地処分をした当時,本件従前地を含む横浜市周辺の地価が本件裁決時までの間に,相当
程度続騰するという特別事情があり,本件換地処分を行った横浜市長は,本件換地処分
をした当時,この特別事情を予見し又は予見することができたはずであるから,このような
特別事情がある場合には,特別事情による損害が発生した時点を,損害額算定の基準時
とすべきであり,本件換地処分によって被った損害額の算定基準時は,本件裁決時と解す
るのが相当である。
    b 本件請求は,被控訴人らが横浜市長による違法な換地処分によって本件従前地
の所有権を喪失したことによる損害賠償請求であり,本件換地を処分したとしても,本件損
害賠償請求に影響を及ぼすものではない。
  エ 損害
   (ア) 控訴人
    a 損害額算定の対象は本件換地ではなく,平均増進率に見合う土地を対象地とす
べきである。評価式換地面積計算方法(増進率を見込んだ上での換地の地積を算定する
方法)で,換地面積を計算すると,次のとおりである。
換地面積(整理後の画地の地積)
= 整理前の画地の地積×整理前の画地の1平方メートル当たりの指数×(1-一般宅地
の減歩率)×一般宅地の宅地利用増進率÷整理後の画地の1平方メートル当たりの指数
= 240.33㎡×530×(1-0.176)×1.1401÷833
= 143.7㎡
これによれば,増進率を見込んだ整理後の画地の地積は143.7平方メートルあれば足
り,本件換地面積142.95㎡と比較してその差はわずかであり,本件換地処分によって被
控訴人らが損害を被っているとはいえない。
    b 本件鑑定書は,バブル期の数値を無定見に採用して鑑定額を算出している点に
おいて問題がある上,従前地よりも価格が増進している換地の評価を従前地の価格以下
に算定するなど,不当な価格を基にしている。また,本件鑑定書は,標準画地を青木7番6
付近の宮前商店街に設定し,その更地価格を1平方メートル当たり139万円と算定してい
るが,宮前通りに面する7番6付近は建築物に対する斜線規制が適用され,国道側に比し
て土地の利用制限が生じるので,土地価格が低くなるのであり,この点から,上記更地価
格は,本件損害額算定の根拠とすることはできない。さらに,本件鑑定書を作成した澤野
鑑定士は,昭和58年ころ,Eらの依頼により,別件の賃料増額事件において,本件換地の
更地価格を1平方メートル当たり54万5000円と鑑定しているが,これを平成5年時に時
点修正すると,139万円程度となるところ,本件鑑定書では,本件換地の1平方メートル当
たりの評価を95万9100円としており,恣意的な評価をしている。そして,本件鑑定書が従
前地の価格算定にあたり使用した平均増進率は,土地区画整理事業が概成した昭和30
年当時の土地区画整理事業に係る要因に従って,従前,従後の土地の利用増進を計算し
たものであり,土地区画整理事業以外の建築基準法上の建ぺい率,容積率,都市計画法
による用途地域の指定など,行政的要因及び横浜駅東口の開発・ポートサイド地区再開
発等の地域的要因が変化した平成5年当時の土地価格を平均増進率で割り戻しても合理
的な従前地価格が算定できるものではない。
   (イ) 被控訴人ら
    a 控訴人が主張する評価式換地面積計算方法が本件換地処分において採用され
たとの証拠は全く存しない上,同計算方法は,本件換地と従前地との経済的な照応のみを
比較するものに過ぎず,本件換地処分の照応の原則違反の違法性を何ら治癒するもので
はない。また計算上の指数及び増進率については,一方的に措定されたものであって,合
理性がない。
    b 本件鑑定書の標準画地の鑑定評価額(1平方メートル当たり139万円)は,控訴
人提出の乙第10号証の鑑定評価書における平成5年時点の本件換地の鑑定評価額(1
平方メートル当たり138万円)とほぼ同額であり,また本件鑑定書の標準画地の鑑定評価
において採用された比準価格と,乙第10号証の鑑定評価書における標準的画地におけ
る比準価格とは全く同額で,本件鑑定書の鑑定評価額の正当性は,乙第10号証の鑑定
評価書によって,逆に裏付けられている。また,平均増進率による割戻しについては,平成
5年当時における増進率を算出する的確なデータがないので,従前地の評価をより合理的
なものに近づけるために,本件事業当時に横浜市長により行われた平均増進率を採用し
たものであって,合理性があるというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 本件換地処分の違法性
 (1) 本件換地処分の違法性については,次のとおり付加,訂正するほか,原判決書62
頁10行目から88頁2行目までと同旨であるから,ここにこれを引用する。
  ア 原判決書74頁2,3行目の「地積二四○・一○平方メートル」を「地積247.10平方
メートル」に改める。
  イ 同76頁2行目の「換地率」を「換地による減歩率」に改める。
  ウ 同79頁8行目の「形状に」を「本件換地は,形状に」に改める。
  エ 同86頁9行目の「甲事件」の次に「甲7号証,」を加える。
 (2) 当審における主張に対する判断
  ア 控訴人は,事情裁決の違法宣言が,行政処分の違法を宣言したものに過ぎず,当
該行政処分が国家賠償責任を発生させる違法行為であるか否かは別に検討すべきであ
ると主張する。この点について,引用に係る原判決は,本件従前地と本件換地との照応関
係,隣接地との均衡等を検討して,国家賠償法上,本件換地処分を違法と判断したもので
あり,本件裁決が本件換地処分を違法と宣言したことから,本件換地処分が国家賠償法
上も直ちに違法になると判断したものでない。したがって,控訴人が主張するとおり,国家
賠償法の観点から,本件換地処分の違法性を判断しているのである。
  イ 控訴人は,「減歩は,換地の価値と従前地の価値とを比較してされるものであり,単
純な面積比だけで減歩の是非が論じられるべきではなく,換地面積の従前地に対する減
歩率は,従前地と換地との増進率と相関関係にあるので,本件換地処分の違法性は,本
件換地処分の増進率を考慮した上,平均減歩率と本件減歩率の比較によって判断される
べきであるところ,本件換地処分は,換地の経済的価値の増加(増進率)を考慮に入れて
減歩されたもので,経済的に照応しており,土地区画整理法89条1項の法意を十分満た
している。」と主張する。
しかし,前述のとおり,本件換地処分が照応の原則に適合しているといえるためには,従
前地と換地とが単に経済的に等価であるというだけでは足りず,土地区画整理法89条1
項に定める土地の位置,地積,利用状況等の諸要素を総合的に勘案して照応していると
認められることが必要であるところ,本件換地処分により本件従前地と本件換地との間に
地積,形状,利用状況等につき著しい変化を来たし,近隣の換地と比較して均衡を欠いて
いるのであるから,たとえ経済的価値が等しいとしても,照応の原則に反するものというべ
きである。したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
  ウ 控訴人は,「本件換地処分は,Eらが仮換地変更願を控訴人に提出し,控訴人とE
らの合意に基づいてなされたもので,土地区画整理法89条1項の適用除外となり,仮に合
意が認められないとしても,Eらの仮換地変更願の提出による要請に基づき,公益に反せ
ず,かつ,事業施行上支障がないものと認められた結果行われたものであるから,土地区
画整理法89条1項の規定の趣旨を損なうものではなく,違法ということはできない。」と主
張する。
しかし,甲事件甲第10号証の1及び2,甲イ第23号証,甲事件乙第8号証,弁論の全趣
旨によると,本件事業の施行者である横浜市長により再度仮換地の計測等が行われた結
果,本件仮換地について従前把握されていた地積に齟齬があることが判明したため,横浜
市長の求めに応じて,Eらは,昭和52年5月2日,仮換地変更願(乙8)を提出したが,そ
の後の同年12月には,Eらが本件換地処分の違法性を指摘する意見書を提出しているこ
とが認められる。この事実によると,仮換地変更願の提出をもって,Eらが本件換地処分を
要請し,あるいは承諾したということはできない。
したがって,控訴人の上記主張は,採用することができない。
2 横浜市長の過失
 (1) 横浜市長の過失については,原判決書88頁4行目から89頁9行目までと同旨であ
るから,ここにこれを引用する。ただし,同89頁8行目の「被告」を「横浜市長」に改める。
 (2) 当審における主張に対する判断
控訴人は,Eらが仮換地変更願を横浜市長に提出したことを尊重して,本件換地処分をし
たので,横浜市長が本件換地処分の違法性につき認識を持つことができなかった特段の
事情が存在していたと主張する。
しかし,前述のとおり,Eらが仮換地変更願を横浜市長に提出したことをもって,Eらが本件
換地処分を要請し,あるいは承諾したということはできないのであるから,Eらの仮換地変
更願の提出をもって,横浜市長が本件換地処分の違法性につき認識を持つことができな
かった特段の事情が存在していたと認めることはできない。したがって,控訴人の上記主
張は,採用することができない。
3 損害額の算定基準時
 (1) 公務員の違法な行為により所有権を喪失した場合における損害額の算定基準時
は,原則として,被害者が公務員の違法な行為の結果,目的物の所有権を喪失した時点
と解される。
これを本件についてみると,前記争いのない事実等のとおり,横浜市長が昭和53年1月2
8日に本件換地処分を行い,その効力が同年2月5日に生じたのであり,本件換地処分を
無効ならしめるような事情につき主張立証がないから,Eらは,同日,本件従前地の所有
権を喪失したということができ,損害額の算定基準時は,昭和53年2月5日となる。
 (2) 被控訴人らは,本件換地処分をした当時,本件従前地を含む横浜市周辺の地価が
本件裁決時までの間に,相当程度続騰するという特別事情があり,本件換地処分を行った
横浜市長は,本件換地処分をした当時,この特別事情を予見し又は予見することができた
はずであるから,このような特別事情がある場合には,特別事情による損害が発生した時
点を損害額算定の基準時とすべきであり,本件換地処分によって被った損害額の算定基
準時は,本件裁決時と解するのが相当であると主張する。
確かに,公務員の違法行為によって所有権を喪失した被害者において,所有権喪失時に
おける目的物の交換価値以上の利益を転売等によって確実に取得することができたという
特別事情があり,かつ,加害者が不法行為時においてその特別事情を予見することがで
きたことを被害者が主張立証した場合には,特別の事情による損害をも当該違法行為と相
当因果関係のある損害ということができる。しかしながら,被控訴人らは,Eらが本件従前
地の所有権を喪失した昭和53年2月5日当時における目的物の交換価値以上の利益を
取得することができたという特別事情,及び横浜市長が本件換地処分をした当時,この特
別事情を予見することができたことを具体的に主張立証しておらず,これらの事実を認め
るに足りる証拠はない。すなわち,乙第9号証によると,横浜市神奈川区の地価が昭和52
年から平成3年まで上昇し,その後は下降傾向にあることが認められ,本件換地処分の効
力が生じた昭和53年2月5日当時,本件換地付近の地価が上昇傾向にあったといえる。し
かし,被控訴人らは,本件換地処分時から15年余りを経過した本件裁決時までに上昇し
た地価に基づく損害を求めているが,本件換地処分当時,Eらにつき転売の予定等の特別
の事情があったことを認めるに足りる証拠はない上,本件裁決までに15年余りを要し,そ
の間,特に昭和61年以降いわゆるバブル経済の進展により地価が急激に上昇することを
本件換地処分時に横浜市長が予見することができたことは,本件全証拠によっても認める
に足りない。
なお,本件換地処分時から本件裁決までに15年余りを要したことは,横浜市長の責めに
帰すべき事情に基づくものではなく,その間の損害は,本来,本件換地処分時における損
害金に対する遅延損害金の支払をもって満足すべきものである。
したがって,被控訴人らの上記主張は採用することができない。
 (3) 被控訴人らは,判例は必ずしも損害額算定の基準時を所有権喪失時とせず,違法
な行政処分の結果,損害が現実化した時点を損害額の算定基準としているところ,本件裁
決が事情裁決という例外的な措置をとったため,裁決の時点ではじめて損害の回復を図る
必要が生じたのであり,本件換地処分時には,未だ損害は現実化していなかったと主張す
る。
しかし,前述のとおり,照応の原則に反した本件換地処分によりEらに損害が発生していた
のであり,Eらは,本件換地処分に対する審査請求手続をとるまでもなく,本件換地処分の
違法を主張して,損害賠償を請求することが可能であったというべきである。そして,被控
訴人らがその主張の根拠として引用する判例(最高裁判所昭和50年3月28日第三小法
廷判決・民集29巻3号251頁)は,被害者が無効な行政処分によって土地の所有権を喪
失した事案に関するものであって,本件換地処分が違法ではあるが無効でないことを前提
とする本件とは事案を異にしており,被控訴人らの主張に沿うものではない。
したがって,被控訴人らの上記主張は,理由がない。
 (4) 被控訴人らは,本件換地処分が行政行為としての公定力を有し,権限のある行政庁
等によって取り消されるまでは適法と推定され,本件裁決がされるまでは,本件換地処分
が違法であることを理由に損害賠償を求めることができず,損害賠償請求権は発生してい
なかったと主張する。
しかし,本件換地処分が行政行為としての公定力を有しているとしても,Eらは,本件換地
処分の違法を主張して,損害賠償を請求することが可能であったのであり,損害賠償請求
権は発生していたのであるから,被控訴人らの上記主張は,独自の見解を主張するもの
で,採用することができない。
 (5) 被控訴人らは,「裁決によって換地処分が違法として取り消された場合,換地処分を
受けた者は,処分庁に対し,適法な換地処分の実施を求めて損害を回復することことが原
則であるが,本件のように事情裁決により換地処分が違法であると宣言されたにとどまり,
その取消しが認められなかった場合には,換地処分を受けた者は,原状回復請求権の行
使をすることができないので,処分庁に対し,原状回復請求に代えて,換地処分の違法を
理由とする損害賠償を求めざるを得ないのであって,その損害賠償請求権は,原状回復
請求権が履行不能により金銭債権に転化したものというべきであり,履行不能時に填補賠
償債務に代わるから,履行不能時における目的物の価格が損害賠償算定の基準となる」
旨の主張をする。
しかし,前述のとおり,Eらの損害は本件換地処分によって生じたものであって,Eらは,本
件換地処分に対する審査請求手続をとるまでもなく,本件換地処分の違法を主張して,損
害賠償を請求することが可能であったのであり,本件裁決によってEらに損害が発生したと
いうことはできず,また本件裁決によりEらの原状回復請求権が填補賠償請求権に転化し
たということもできない。そして,本件のように事情裁決がされた後に損害賠償請求がされ
た場合でも,前述のとおり,所有権喪失時における目的物の交換価値以上の利益を取得
することができたという特別事情等を認めるに足りる証拠がない以上,本件従前地の所有
権を喪失した本件換地処分時を基準として損害額が算定されることになるというべきであ
る。
したがって,被控訴人らの上記主張は,採用することができない。
4 損害額
 (1) 本件従前地の所有権侵害による損害額
  ア 本件換地処分による損害額については,本件従前地が,昭和53年2月5日当時,
仮換地によりそれ以前のような形状では現存していなかったので,その当時の本件換地の
価格を基準として,原判決書別紙一覧表(一)の各換地の平均減歩率に基づく適正な換地
処分がされていれば得たであろう換地の価格から,本件換地の価格を控除して算定すべ
きこととなる。
控訴人は,損害額算定の対象は本件換地ではなく,平均増進率に見合う土地を対象地と
すべきであると主張する。しかし,控訴人が主張する平均増進率は,経済的な照応のみを
考慮するものであるから,損害額算定にあたり平均増進率に見合う土地を対象土地とする
のは相当ではないというべきである。
  イ 甲事件乙第3号証,乙事件乙第3号証及び乙第11号証によると,昭和53年2月5
日当時の本件換地の1平方メートルあたりの更地価格は19万5000円であったことが認
められる。
また,原判決書別紙一覧表(一)の各換地の平均減歩率は,17.60パーセントであり,そ
の平均減歩率に基づく適正な換地面積は,本件従前地の面積240.33平方メートルから
上記平均減歩率に相当する面積42.30平方メートルを控除した198.03平方メートルと
なり,これから本件換地の面積142.95平方メートルを控除すると,その差は55.08平
方メートルになる。
これに上記の本件換地の1平方メートル当たりの更地価格19万5000円を乗ずると,10
74万0600円となる。
  ウ そして,本件換地について清算金19万8064円が定められたことは前記第2の2
の争いのない事実等のとおりであるから,上記の差額1074万0600円から上記清算金
額を控除した1054万2536円が本件換地処分によって本件従前地に照応する換地を取
得することができなかったことによる損害額となる。
 (2) 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば,被控訴人らは,本件訴訟を弁護士に依頼せざるを得なかったも
のと認められるところ,本件換地処分と相当因果関係のある弁護士費用は,合計120万
円(甲事件被控訴人ら60万円,乙事件被控訴人D60万円)が相当である。
 (3) 以上のことから,被控訴人らが本件換地処分の結果被った損害の総合計額は,(1
)の本件従前地の所有権侵害による損害額及び(2)の弁護士費用の合計1174万2536円
となる。
5 消滅時効の抗弁
 (1) 行政処分により権利を侵害された者は,その効力を争う審査請求又は訴えにおい
て,当該処分の取消しが認められる以前に,その違法を理由とする損害賠償請求権を行
使することができないわけではなく,行政処分の効力とは無関係に,当該処分の違法を理
由として,国家賠償法に基づく損害賠償請求権を行使できると解するのが相当である。
 (2) ところで,国家賠償法に基づく損害賠償請求権は,被害者が損害及び加害者を知っ
たときから3年間行使しなかった場合に時効により消滅するものとされている(国家賠償法
4条,民法724条)。そして,被害者は,通常,違法な加害行為がされたことを知ったとき
に,これに伴う損害も知ったことになると解される。しかし,前記第2の2の争いのない事実
のとおり,Eらの審査請求の申立てによって本件換地処分の効力が争われ,本件裁決によ
りそれが違法とされたにもかかわらず,事情裁決という結果に終わり,被控訴人らは,その
損害を回復するためには損害賠償を求めるほかないことになったのであるから,本件裁決
の確定時において初めて確定的に本件換地処分による損害を知ったものというべきであ
り,このときから,損害賠償請求権の消滅時効が進行すると解するのが相当である。
 (3) 前記第2の2の争いのない事実によると,本件裁決は,平成5年8月末日に確定した
といえるので,Eらは,平成5年8月末日には,本件換地処分による損害を知ったと認めら
れる。そうすると,本件損害賠償請求権の消滅時効は,平成5年9月1日から進行すると解
されるところ,甲事件被控訴人らは,3年以内である平成8年7月9日に甲事件の訴えを,
乙事件被控訴人Dは,同じく同年6月26日に乙事件の訴えをそれぞれ横浜地方裁判所に
提起していることは,本件記録により明らかである。
控訴人は,被控訴人らの損害賠償請求権につき,本件換地処分の公告の日の翌日から
消滅時効が進行し,昭和56年2月4日の経過をもって,消滅時効が完成したと主張する
が,上記の理由から,その主張は,採用することができない。
したがって,控訴人の消滅時効の抗弁は理由がない。
6 以上によれば,本件換地処分による総損害額1174万2536円につき,その2分の1
の587万1268円がEの損害額となり,その相続人の被控訴人Aは,法定相続分2分の1
に相当する293万5634円の,同B及び同Cは,法定相続分4分の1に相当する各146万
7817円の,被控訴人Dは,上記総損害額の2分の1の587万1268円の各損害賠償及
びその各金員に対する不法行為後の平成5年7月29日から支払済みまで民法所定の年
5分の割合による遅延損害金の各支払請求権を有することになる。
7 よって,被控訴人らの控訴人に対する請求は,上記6の限度で理由があるので,これら
を認容し,その余は理由がないので,これらをいずれも棄却し,これと異なる原判決を変更
することとし,訴訟費用の負担につき民訴法67条2項,64条本文,61条,65条1項本文
を適用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第14民事部
     裁判長裁判官  細 川    清
          裁判官  川 口 代志子
          裁判官  大 段    亨

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