弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 被告は、原告に対し、八四一万九〇七五円及びこれに対する昭和五六年八月八
日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その三を被告、その一を原告の各負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、一一三七万三〇九〇円及びこれに対する昭和五六年八月
八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 1につき仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 被告は、コンクリートポール、パイル等コンクリート製品の製造、販売とコン
クリート建造物の工事請負等をその営業目的として、昭和三二年一〇月二一日に設
立された株式会社であり、原告は、右設立時より、被告の製造技術部門担当の常務
取締役として、同じく同四二年五月よりは専務取締役として、同五二年一二月末ま
で被告に勤務していたものである。
2 被告は、次の内容を含む別添「会社業務に属する特許、実用新案又は意匠登録
取扱規程」(以下、「被告職務発明規程」という。)を昭和三八年一〇月一日から
実施している。
(一) 被告の役員又は従業員は、被告の業務範囲に属しかつ当該者の現在又は過
去の職務に属する発明、考案、創作をなした場合には、日本国及び外国における特
許、実用新案登録及び意匠登録を受ける権利を被告に譲渡しなければならない。
(二) (一)により譲渡され、設定登録された権利を被告が実施し、これによつ
て利益を得た場合には、その利益の額、及び発明、考案又は創作に当たつて被告が
貢献した程度を勘案して、当該発明者、考案者又は創作者に補償金を支払う(以
下、「実績補償金」という。)。
(三) 被告は役員又は従業員がその身分を喪失し、若しくは死亡した場合でも右
(二)の実績補償金を支払う。
(四) (一)においてすでに出願中のもの及び権利の設定登録がされているもの
については、それぞれの出願者は被告に当該権利を譲渡する。
3(一) 原告及び訴外【A】、同【B】は、別紙目録一記載の各実用新案権に係
る各考案(以下、まとめて「本件各考案」という。)を、同目録記載のとおり、単
独又は共同で考案したが、本件各考案は被告の業務範囲に属し、かつ被告における
右原告らの職務に属するものであつた。
(二) 原告及び右【A】、【B】は、被告職務発明規程に基づき、本件各考案の
実用新案登録を受ける権利をそれぞれ被告に譲渡した。
4(一) 東急式PCパイルは、被告において昭和三七年初めころから研究、開
発、製造されたパイルで、高品質で安定性があり、耐久性、経済性においても理想
的なパイルであり、広く需要家より信頼され好評を博してきたものであるが、本件
各考案は右東急式PCパイルの製造において、その中核をなす必要不可欠な技術に
係るものである。
(二) 東急式PCパイルは、右のように優れた製品であつたため、別紙目録二記
載の各社が、東急式PCパイルグループを結成し、被告から本件各考案の実施許諾
その他の技術の供与を受けて同パイル又はその部品を製造、販売するようになつ
た。右各社は被告に対し昭和四四年四月から同五二年九月までの間、本件各考案等
の実施の対価として、総額三億二三八三万円の技術協力費を支払い、被告はこれに
よつて右同額の利益を得た。
5(一) 東急式PCパイル製造における本件各考案の重要性と本件各考案がされ
るに当たつて被告が貢献した程度すなわち被告の人的物的な研究設備の利用、被告
の出損した研究費の額等を考慮すると、被告が得た前記技術協力費の五パーセント
相当分が、被告職務発明規程に基づく実績補償金として本件各考案の考案者に対し
支払われるべきである。
(二) 右実績補償金に対する原告の考案の寄与率は、次のとおりである。
(1) 別紙目録二記載の株式会社中、朝日計器車輛株式会社(以下、「朝日計器
車輛」という。)を除く会社からの技術協力費に関しては、原告の単独考案である
別紙目録一の1(一)ないし(三)記載の考案の寄与率が二一分の一〇、原告と訴
外【A】との共同考案である同目録の2記載の考案の寄与率が二一分の一〇(共同
考案なので原告の寄与率は二一分の五である。)、訴外【B】の単独考案である同
目録の3記載の考案の寄与率が二一分の一とみることができるので、原告の考案の
寄与率は、合計二一分の一五となる。
(2) 朝日計器車輛からの技術協力費に関しては、同社が東急式PCパイル用継
手のみを同パイルグループ各社に製造販売していたので、別紙目録一の1及び3記
載の考案のみが関係する。同目録の1記載の原告の単独各考案の寄与率は一一分の
一〇、同目録の3記載の【B】の単独考案の寄与率は一一分の一である。
(三) したがつて、前記技術協力費三億二三八三万円のうち、朝日計器車輛から
支払われた技術協力費八三二八万円を除いた二億四〇五五万円については、これに
〇・〇五を乗じ、更に原告の考案の寄与率二一分の一五を乗じて得られる八五九万
一〇七一円、及び右朝日計器車輛から支払われた八三二八万円については、これに
〇・〇五を乗じ、更に原告の考案の寄与率一一分の一〇を乗じて得られる三七八万
五四五四円が、被告職務発明規程に基づき被告が原告に支払うべき実績補償金額と
なる。
6 よつて、原告は被告に対し、被告職務発明規程に基づく実績補償金として、前
記八五九万一〇七一円と三七八万五四五四円の合計額一二三七万六五二五円の内金
一一三七万三〇九〇円、及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五六
年八月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め
る。
二 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1ないし3の各事実は認める。
2 同4(一)の事実は認める。同4(二)については、別紙目録二記載の会社
中、朝日計器車輛を除いた会社が東急式PCパイルグループを結成し、これらの会
社から被告に対し本件各考案の実施の対価として技術協力費が支払われたことは認
め、その余の事実は否認する。
被告が本件各考案の実施の対価として得た技術協力費としては朝日計器車輛から支
払われた技術協力費九五〇〇万円は除かれるべきであつて、被告が本件各考案の実
施の対価として得た技術協力費は二億二九二五万円である。
3 同5の事実は否認する。
 原告は、被告の研究設備、優秀なスタツフを最大限に活用して本件各考案をなし
たのであり、そこには再三の失敗もあり、被告は多額の研究費を出捐している。
 被告は、原告の功績に対しては、原告を役員として遇し、常に社内で二番目に高
額の報酬を支給し続けたことによつて十分に報いてきたものである。他の企業の例
を見ても、原告主張のような高額の実績補償金を支払つた例はなく、原告の主張す
る実績補償の金額は不当である。
三 抗弁
1 放棄
 原告は、以下の事実から明らかなとおり、被告に対する実績補償金請求権を放棄
していた。
(一) 原告は、被告に在職中、その取締役としての地位にありながら、各決算期
において実績補償金の支払を請求したことは一度もなかつた。また被告は前記のよ
うに原告の功績に対し役員として長年高額の報酬を支払い十分な待遇を続けてきた
のであり、原告はこれにより実績補償金相当の金員をすでに得ており、それ故に原
告も実績補償金を請求することを不当と考え、被告に対しこれを請求しなかつたの
である。
(二) 被告は、昭和四八年二月一五日付禀議書により職務発明についての補償金
の支払は役員を除く従業員に限ることを決めたが、原告も当時被告の専務取締役と
して右決定を承認している。
2 被告職務発明規程の改正
 前記1(二)のとおり、昭和四八年二月一五日付の禀議書による決定により、被
告職務発明規程は改正され、右以降は役員である原告については実績補償金請求権
は生じていない。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の放棄の事実は否認する。同1(一)中、原告が取締役在任中各決算期
において実績補償金の支払を被告に対し請求しなかつたことは認め、その余の事実
は否認する。原告が右請求をしなかつたのは、被告職務発明規程が実施された昭和
三八年末に、【C】元常務取締役を通じ【D】元社長に実績補償金の支払を請求し
た際、同社長から原告が被告から退任する際支払う旨約束されたからである。
 同1(二)の事実は否認する。被告の右禀議書では登録補償を役員に支給しない
ことが決定されただけであり、実績補償については何の決定もされていない。
2 抗弁2の事実は否認する。
第三 証拠(省略)
       理   由
一 請求の原因1ないし3、同4(一)の各事実及び同4(二)中、朝日計器車輛
を除いた別紙目録二記載の会社が東急式PCパイルグループを結成し、これらの会
社から被告に対し本件各考案の実施の対価として技術協力費が支払われたことは当
事者間に争いがない。
二 そこで抗弁1について判断する。
1 前記一の当事者間に争いのない事実並びに成立に争いのない甲第二号証及び原
告本人尋問の結果によれば、被告が昭和三二年に株式会社東京急行電鉄の子会社と
して新しく設立された際、当時日本国有鉄道技術研究所において一級技師の資格を
持ち、試作工場長として勤務していた原告を、被告の製造、技術部門の要となる技
術者として、当初から原告を被告の役員として遇することを条件に、被告に迎え入
れ、当初は常務取締役として、昭和四二年から同五二年末までは専務取締役として
原告を遇したこと、原告は、高品質で安全性があり、耐久性、経済性においても優
れ、広く需要家により信頼され好評を博してきた東急式PCパイルの研究、開発、
製造に技術面で主導的役割を果たし、設立されて間もない被告の製造、技術面での
基礎を形成したこと、被告は昭和四八年ころから営業成績が低迷し、昭和五二年に
は多大の損失を蒙つたため、当時の【E】社長及び原告ら数名の取締役はその責任
をとつて辞任したこと、原告は最終的に引責辞任の形でその職を辞したが前記のと
おり技術担当の役員として被告に迎えられた原告が被告の技術部門、特に東急式P
Cパイルの研究開発製造において果たした功績は高く評価されること、以上の各事
実が認められ、右認定を覆す証拠はない。
2 原告が被告に在職中、その取締役としての地位にありながら、被告の各決算期
において正式に実績補償金の請求をしたことが一度もなかつたことは当事者間に争
いがなく、また成立に争いのない乙第五号証の一及び原告本人尋問の結果により成
立の認められる同号証の二並びに原告本人尋問の結果によれば、昭和四八年二月に
原告及び訴外【B】らの各考案に係る数個の実用新案権が設定登録された際、考案
者である原告らに対し、被告職務発明規程に基づき登録補償金を支払う旨を決裁し
た被告社内の禀議書の裏面に、当時の【F】常務取締役、【E】社長によつて、
「本規程は従業員のみに適用としたい。」、「今後は従業員のみに適用のこと。」
との文言が付記され、原告自身はその数日後に右の付記がされたことを知つたが、
これについて特段の異議は述べなかつた事実は認められるが、一方前掲乙第五号証
の一・二及びいずれも成立に争いのない甲第二二号証の一・二、第二七号証、乙第
三号証の一ないし四並びに原告本人尋問の結果によれば、原告は被告職務発明規程
が実施された昭和三八年の末ころ、当時の被告の【C】常務取締役を通じ、【D】
社長に実績補償金の支払を請求したところ、同社長から役員については実績補償金
の支払は各会計年度ではなく退職時に考慮するとの返答を受けたため各決算期にお
いては被告に対し実績補償金の支払を求めなかつたこと、原告は【D】社長との右
合意に従つて被告を退職することが決定した昭和五二年一二月中旬ころ被告に対し
書面により実績補償金の支払を請求したがその支払を拒絶されたこと、原告は退職
後の昭和五三年三月から同五六年三月まで被告に非常勤の技術顧門として勤務し月
額一〇万円の手当を被告から得ており、その限りで依然として被告との関係を継続
していたが、その期間内である昭和五三年一〇月には被告を被申立人として実績補
償金の支払を求めて東京簡易裁判所へ調停の申立をし、同五四年九月に右申立を取
下げるまで右調停が継続し、その後本訴を提起するに至つたこと、そして前記の昭
和四八年の禀議書における役員への職務発明の補償規程の不適用の記載は登録補償
についての禀議書の裏面に付加されて記載されたもので、実績補償については何ら
明示的に触れているものではなく、原告はこれを役員には登録補償に関する定めを
適用しないとの趣旨で事後的に承認したにすぎないだけであること、以上の事実が
認められ、これに前記1認定の事項とを考慮すれば、原告が実績補償金を放棄した
と認めることは到底できず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。
三 抗弁2について
 前記の昭和四八年の禀議書は、登録補償についての禀議書であり、その裏面の役
員へ不適用との記載も実績補償については明示的には何も触れていないことは前記
二のとおりであり、したがつて禀議書裏面の右記載をもつて、直ちに、被告主張の
ように被告職務発明規程における実績補償金支給の定めが役員に対して適用されな
い旨が決定されたと認めることはできず、右記載が被告主張の趣旨で記載されたこ
とを認めるに足りる証拠はなく、かえつてもし被告主張のように被告職務発明規程
における補償金支給の定めが役員に対して適用されない旨が決定されたとするなら
ば、その決定の性質上正規の手続によりその旨を明示する同規程の改正がされるべ
きであると考えられるのに、このような改正がその後されたことを認めるに足る証
拠はなく、結局、本件証拠上、右被告主張事実を認めることはできない。
四 実績補償金の額について
1 成立に争いのない乙第七号証によれば、被告が昭和四四年四月から同五二年九
月までの間に朝日計器車輛を除く別紙目録二記載の会社から本件各考案の実施の対
価として得た技術協力費の額は、二億四〇五四万五〇〇〇円であることが認められ
る。
 原告は、前記期間中朝日計器車輛からも被告に対し本件各考案の実施の対価とし
て技術協力費が支払われた旨主張し、朝日計器車輛から被告に対し技術協力費名義
で金員が支払われたことは当事者間に争いがないが、この金員が本件各考案の実施
の対価としての意義で支払われたことを認めるに足る証拠はない。
2 本件各考案中、別紙目録一の1(一)ないし(三)記載の考案が原告の単独考
案であること、同目録の2記載の考案が原告と訴外【A】の共同考案であること、
同目録の3記載の考案が訴外【B】の単独考案であること、及び本件各考案が東急
式PCパイルの製造においてその中核をなす必要不可欠な技術に係るものであるこ
と、朝日計器車輛を除く別紙目録二記載の会社が東急式PCパイルグループを結成
し、これらの会社から被告に対し本件各考案の実施の対価として技術協力費が支払
われたことは前記のとおり当事者間に争いがなく、この事実からすれば、本件各考
案の実施の対価としての技術協力費を被告が収受できたのは、被告職務発明規程の
定めるところに従い原告ら考案者が本件各考案についての実用新案登録を受ける権
利を被告に譲渡したことに起因するものであることが明らかである。一方、被告
が、原告らが本件各考案をなすに当たつて、多額の研究費を出捐し、その研究設
備、スタツフを最大限に活用させたことは原告も明らかに争わないところである。
右の各事実に前掲甲第二号証、いずれも成立に争いのない甲第三ないし第七号証及
び原告本人尋問の結果並びに本件弁論の全趣旨を総合すれば、被告職務発明規程に
よつて本件各考案の考案者が受けるべき実績補償金の額は被告が受領した前記1の
技術協力費の五パーセントをもつて相当とすると認められ、また前記事実及び右各
証拠によれば、右実績補償金につき他の二名の考案に対する原告の考案の寄与率は
少くとも七割であると認められ、右認定を覆すべき証拠はない。
 以上の事実によれば、本件において被告が原告に支払うべき実績補償金は前記1
の技術協力費二億四〇五四万五〇〇〇円に〇・〇五を乗じ、更に〇・七を乗じて得
られる八四一万九〇七五円であると認められる。
3 被告は、本件各考案に係る権利の被告への承継に対する対価としては、原告を
その在職中被告の役員として遇し、常に社内で二番目に高額の報酬を支給し続けた
ことをもつて十分である旨主張するが、被告職務発明規程が請求の原因2記載のと
おりであることは前記一のとおり当事者間に争いがなく、被告職務発明規程が特許
法第三五条第三、第四各項の規定の趣旨を受けて、職務発明をした役員、従業者に
対し、労働の対価としての報酬の外に職務発明の被告への承継の対価としての実績
補償金を支払う旨を明確に定めていることは、同規程自体から明らかであること、
原告は前記二1のように被告設立当時日本国有鉄道技術研究所において一級技師の
資格を持ち、試作工場長として勤務していたが、被告の技術部門の要として当初か
ら役員として遇されることを条件に被告に迎え入れられたことからすれば、単に原
告が被告の役員として社内で二番目に高額の役員報酬の支払を受けてきたことをも
つて、原告が被告から特許法第三五条第三項に規定する職務発明の承継に対する相
当の対価の支払を受けたと認めることはできず、被告の右主張は採用の限りではな
い。
五 以上のとおり、原告の請求は八四一万九〇七五円及びこれに対する訴状送達の
日の翌日であることが記録上明らかである昭和五六年八月八日から民法所定年五分
の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容
し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八
九条、第九二条本文の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項の規定を
各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 牧野利秋 清水篤 設楽隆一)

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