弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 控訴の趣意は東京高等検察庁検事か提出した新潟地方検察庁検事築信夫作成名義
の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人小林直人、同渡辺喜
八、同石田浩輔、同坂上富男及び同堀之内直人が連名で提出した答弁書記載のとお
りであるから、いずれもこれを引用する。
 右控訴の趣意に対する当裁判所の判断は次のとおりである。
 所論は、要するに、原判決は鉄道営業法第二十五条は抽象的危殆犯を規定したも
のと解せられるべきであるのに具体的危殆犯を規定したものと解した点において法
令の解釈適用を誤つているのであり、仮に同条を具体的危殆犯の規定であるとする
見解を採つた場合においても、具体的危殆犯の成立に必要とされる「危険の発生」
の解釈を誤つた点において法令の解釈適用を誤り、この法令の解釈適用の誤の結果
本件の踏切警手の職場離脱行為によつては同条の具体的危殆犯の成立に必要とされ
る危険の発生はなかつたものとする点において事実誤認があるのであると言い、さ
らに詳言して同条は「……旅客若ハ公衆ニ危害ヲ醸ス虞アル行為アリタルトキハ…
…」と規定し、「……虞アリタルトキハ……」と規定しているのではなく、「危害
ヲ醸ス虞アル」というのは、行為の性質を規定したもので行為の結果を規定したも
のではないから、同条は具体的危殆犯と異なり危険の発生を構成要件としたもので
はなく、鉄道係員の職務上の義務違背行為又は職務懈怠行為の中旅客もしくは公衆
に危害をかもす虞のある行為、換言すれば旅客もしくは公衆の生命、身体を侵害す
る危険発生の可能性のある鉄道係員の職務上の義務違背行為又は職務懈怠行為を構
成要件として規定した抽象的危殆犯と解するのが相当であるとし、実質的にも鉄道
事業の性質から考え高速度交通機関である列車の運行には本質的に事故発生の危険
が潜在的に随伴していることは多言を要しないところであるが、それにもかかわら
ずなおその運行が許容されているのは、鉄道が事故発生の危険を防止するためにそ
の組織、機構、設備及び運営について人的物的に万全の措置を採つていることを前
提としているのであつて、列車の運行に直接的に関係ある職務に従事する鉄道係員
が、その定められた職務を尽すことは、事故発生の危険を防止するための措置の一
環として特に重要なものであるということから、結局鉄道係員の職種のうち列車の
運行に直接関係ある職種の職務に従事する鉄道係員が職務上の義務に違背し又は職
務を懈怠するときはそこに直ちに事故発生の危険を生ずるものといわなければなら
ないと主張するのである。
 <要旨>しかし、鉄道営業法第二十五条に「鉄道係員職務上ノ義務ニ違背シ又ハ職
務ヲ怠リ旅客若ハ公衆ニ危害ヲ醸スノ虞アル行為アリタルトキハ……」とあ
るのは、「鉄道係員職務上の義務に違背し又は職務を怠り旅客もしくは公衆に危害
を醸すの虞を生ぜしめたときは……」と同義に解すべきもので、したがつて、旅客
又は公衆に危害を醸すの虞、換言すれば、旅客又は公衆の生命身体を侵害する可能
性のある状態を生ぜしめたかどうかは、右職務上の義務違背又は職務懈怠のときの
具体的事情に照らしこれを決定すべきものといわなければならない。けだし、鉄道
営業法は明治三十三年に制定された法律で、その罰則の規定も、今日から見れば、
その形式体裁必ずしもととのわず、意義明確を欠く点もないとは言いがたいが、同
法第二十五条に「旅客若ハ公衆ニ危害ヲ醸スノ虞アル行為アリタルトキハ」と規定
してあるからといつて、必ずしも検察官所論のように右の「旅客もしくは公衆に危
害を醸すの虞」は、行為の性質を規定したもので行為の結果を規定したものではな
く、したがつていわゆる危険の発生を構成要件として規定したものではないと論断
しなければならないわけのものではないし、又実質的に考えても、高速度交通機関
である列車の運行には本質的に事故発生の危険が潜在的に随伴し、それにもかかわ
らずなおその運行が許容されているのは、鉄道が事故発生の危険を防止するため
に、その組織、機構、設備及び運営について人的物的に万全の措置を採つているこ
とを前提としているのであり、したがつて列車の運行に直接的に関係のある職務に
従事する鉄道係員がその定められた職務を尽すことは事故発生の危険を防止するた
めの措置の一環として特に重要なものであることは、所論のとおりであるとして
も、一般に鉄道係員がその職務上の義務に違背し又はその職務を怠つた場合、その
かぎりにおいては、たとえば日本国有鉄道法第三十一条に戒告から免職にいたる懲
戒の規定を置いているように、一応内部規律違反の問題として当該組織内部におい
て制裁の措置を講ずれば足り、所論のように列車の運行に直接関係ある職務に従事
する鉄道係員のそれであるからといつて、何ら具体的に旅客又は公衆に危害を醸す
虞を生ぜしめた場合でないのにかかわらず、なおかつ一般社会秩序の維持のために
刑罰を科する必要があるとは必ずしも言いがたいからである。原判決も、その説明
を通読すれば、この点については同一の趣意に出たものと認められ、正当であると
考えられるから、原判決に所論のような法令の解釈を誤つた違法はない。
 そこで本件について鉄道営業法第二十五条に該当する事実の存否について調査し
てみると、原判決の認定するように、被告人Aは国鉄労働組合新潟地本青年部長、
被告人Bは同地本C支部執行委員長、被告人Dは同支部E施設分会副執行委員長、
被告人Fは同分会書記長として、いずれも本件公訴事実にあるとおり、昭和三十二
年七月十日以降国鉄労組の行つたいわゆる処分反対闘争に際し、右E施設分会の闘
争指導に当つていたものであるが、同月十五日その直接又は間接の慫慂により、国
鉄弥彦線E駅からG駅を経てH駅にいたる間の三条市内所在a、b、c県道、d
町、e、f寺、g橋の七ケ所の踏切に勤務中の右分会所属組合員であるIほか六名
の踏切警手をして所属上司の許可なくして同日午前九時四十分ごろから十時五十分
ごろまでの間その職場から離脱させて職場大会に参加させるにいたつたことが記録
により認められる。そして踏切警手の職務が踏切道を看守して危険の発生を防止す
るにあることは、保線区従事員職制及び服務規程第七十三条ないし第七十六条の規
定等から明らかであり、右七名の踏切警手がその職場の踏切を離れることを予定さ
れた午前九時四十分ころから約一時間の間に本件各踏切を通過する予定の列車とし
て弥彦発E行第二一三列車及び越後長沢発弥彦行第二一四列車のあつたことも、記
録上認められるから、それらが所定の時刻表のとおりに運行されることを前提とす
れば、右七名の踏切警手が職場を離脱した行為が旅客又は公衆の生命身体を侵害す
る可能性のある状態を生ぜしめたということができることはもちろんであり、した
がつてこれを慫慂した被告人らの責任も問題となつてくるわけである。しかし、原
審征人J、同K、同L、同M、同N、同O、同P、同Q、同R、同I、同S、同
T、同U、同V、同W、及び同Xの各供述、被告人らの原審公判における各供述、
被告人らの検察官に対する各供述調書、押収してある運転取扱心得一冊(東京高裁
昭和三六年押第八九九号の三)及び列車運転状況表三通(前同号の四ないし六)に
当番における証人J、同L、同M、同P及び同Yの各供述並びに被告人Fの当審公
判における供述を総合してみると、本件の場合、第二一三列車の所定の時刻はH駅
発午前九時四十三分、G駅着同九時四十九分三十秒、同駅発同九時五十分三十秒、
E駅着同九時五十五分、第二一四列車の所定の時刻はE駅発午前九時五十七分、G
駅着同十時一分、同駅発向十時二分、H駅着同十時八分であつたところ、被告人F
は、最初の第二一三列車がH駅を発車する予定の午前九時四十三分より三十分以上
も前の同九時十分頃に各踏切警手の上司である新津保線区長Jに対しE駅H駅間の
保線区所属の踏切警手全員がG駅構内において行われている職場大会に午前九時四
十分から参加することになつた旨を電話で通告し、この通告があつたことの結果と
して、J保線区長においては、代務者を調達することには成功しなかつたが、E線
路分区長Kに命じて午前九時二十五分ころG駅に当務助役Oに対し隣駅すなわちH
駅及びE駅より列車を受け入れないように申し入れさせ、右O助役よりH駅及びE
駅に対し連絡があるまでG駅に向けて列車を発車させないように申し入れて右両駅
の承諾を得たことにより、午前九時二十六分ころには列車停止の手配を完了するこ
とができ、その結果として、定時としては午前九時四十二分にH駅に到着すべきと
ころを延着して同九時五十四分三十秒に同駅に到着した第二一三列車はそのまま同
駅に停車し、定時としては午前九時四十分三十秒にE駅に到着すべきところを延着
して同十時十三分三十秒に同駅に到着した第二一四列車もそのまま同駅に停車して
いたこと、被告人らがIほか六名の踏切警手に対し直接又は間接に職場を離脱する
ように慫慂したのは、E線路分区長Kが午前九時二十五分ころG駅のO助役に対し
H駅及びE駅からの列車を受け入れないように申し入れたことを確認してから後
で、客観的には右O助役がG駅に向け列車を発車させないことにつきH駅及びE駅
の承諾を得て列車停止の手配が完了してから後であり、前記七名の踏切警手が午前
十時三十分ころまで職場大会に参加し遅くとも同十時五十分までには職場に復帰す
る予定で現実に各踏切を離れたのも、右のように列車停止の手配が完了した後であ
つたことが認められ、又本件のように線路の故障以外の事由によつて列車を運行す
ることができなくなつた場合においては、保線区長としては応急措置として暫定的
に列車の運行を停止することができるだけであつて、最終的のことは所轄新潟鉄道
管理局長の権限に属することであるため、J保線区長からは午前九時三十五分ころ
同管理局施設部総務課及び保線課に対し運行停止の手配をとつてあることをも付け
加えて事態を報告して指示を求める一方、G駅のO助役からも同管理局運転部列車
課の運行係首席Mに対し同様の報告をして指示を求めることがあつたので、同管理
局においては局長が最終的に事態に処する方策を決定することになつたわけである
が、局長としてはこの場合当然昭和二十六年総裁達第三〇七号安全の確保に関する
規程第十七条に「列車、自動車の運転並びに船舶の運航に危険のおそれがあるとき
は、従事員は、一致協力して、危険をさける手段をとらなければならない。万一正
規の手配によつて危険をさけるいとまのないときは、最も安全と認められる処置を
とらなければならない。直ちに列車又は自動車をとめるか又はとめさせる手配をと
ることが多くの場合危険をさけるのに最もよい方法である。」と、又第六条に「従
事員は、常に旅客、公衆、貨物の安全のため万全の注意を払わなければならな
い。」とある同規程の精神を汲み、安全の確保を国の最大使命とする立場をとり、
列車の運行を開始しようとするときは、代務者を各踏切に立てる等旅客又は公衆の
生命身体を侵害する事態を招来する可能性のない方法を講じたうえでこれを運行す
るであろうし、もしも右のような方法を講ずることができず、列車を運行すること
により旅客又は公衆の生命身体を侵害する可能性のある状態の生ずることが認めら
れる以上は、列車の運行を開始しないであろうと一般に期待すべきは通例であるか
ら、前記踏切警手の職場離脱中その間当該踏切について旅客又は公衆の生命身体を
侵害する可能性のある状態を生ずるような方法で列車が運行されるようなことは、
被告人らが予期しなかつたことであり、又一般に予期し得べかりしところでなかつ
たといわなければならない。したがつて、以上のような事実関係の下においては、
客観的に本件踏切警手の職場離脱行為によつて旅客又は公衆の生命身体を侵害する
可能性のある状態を生ぜしめたということは相当でないばかりでなく、少くとも被
告人らの認識の点から見ても、仮に本件踏切警手の職場離脱行為により旅客又は公
衆の生命身体を侵害する可能性のある状態を生ぜしめたと論断しても、その点につ
いて故意又は過失いずれの責任を問うこともできないことはいうまでもない(本件
において前記踏切警手の職場離脱中、一応列車の運行停止の措置がとられた後新潟
鉄道管理局長Zが運転部列車課長Lらと協議した結果、昭和二十三年総裁達第四一
四号運転取扱心得第五百六十二条の四に、踏切警報機又は自動しや断機が故障のた
め使用することができない場合の規定として、その場合には「長緩汽笛一声の合図
を行いつつ必要に応じ速度を低下して注意運転しなければならない。」とあるとこ
ろから、右第五百六十二条の四の規定を準用して列車の運行を開始することが適当
な処置であるとの判断に立つて、右にいわゆる注意運転に加えて誘導者を同乗させ
る誘導者付き注意運転ともいうべき運転方法をとらせて第二一三列車及び第二一四
列車を運行させることにしたことが、記録上認められるが、当審における事実の取
調の結果を参酌しても、原判決認定のとおりそのために旅客又は公衆の生命身体を
侵害する可能性のある状態を生ぜしめたとは認め難い。)。
 なお、検察官は、当局が踏切警手の職場離脱の事態に対処して、列車を停止した
り注意運転の方法によつて運行させたりしたことは、事故の発生をなからしめるた
めの緊急的応急措置である、踏切警手の職場離脱によつて事故発生の虞がある状態
が発生したのでそれを未然に防止するためにとつた非常措置であつて、危険があつ
たからこそとられた措置であり、危険がなかつたならばかような措置は不必要であ
つたわけであるというけれども、問題は踏切警手の職場離脱のとき旅客又は公衆の
生命身体を侵害する可能性のある状態を生ぜしめたかどうかの点に存し、当局が列
車停止の措置をとつたときはまだ職場離脱の事実がなく、したがつて事故発生の虞
ある状態が発生していたのではないから、所論は当らない。所論は、なお、原判決
は踏切警手が踏切道を看守していないために無用の者が踏切道より線路内に立ち入
りために発生すべき危険の有無については全然考慮に入れていないというが、右の
場合も当該踏切について旅客又は公衆の生命身体を侵害する可能性のある状態を生
ずるような方法で列車が運行されることを前提とした範囲内においてのみ踏切警手
の責任を考えるべきであるから、所論はなんら前記認定を左右するものではない。
 本件の場合踏切警手の職場離脱行為によつて所定の列車の運行を遅延させる結果
を生じ、一時的にもせよ列車運行計画が混乱され高速度交通機関としての鉄道の効
率が減殺され旅客又は公衆に迷惑を及ぼしたことは明らかであるから、もしその意
味において内部規律による制裁措置のほか、さらに処罰を必要とするというなら
ば、それはその趣旨にそう別途の刑罰法規にまつべきであつて、鉄道営業法第二十
五条にいわゆる旅客又は公衆に危害を醸す虞ある状態を生ぜしめたとして責任を追
及するわけにはゆかないのである。
 以上の次第で、原判決とその理由の説明に異なるところはあるが、結局犯罪の証
明なしとした点において原判決は正当であり、本件控訴の趣意は論旨いずれも理由
がないことになるから、刑事訴訟法第三百九十六条に
より本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 足立進 判事 栗本一夫 判事 上野敏)

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