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平成16年(行ケ)第144号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成16年7月22日
判決
原       告   株式会社ウィング・ビート
同訴訟代理人弁護士 渡邊敏
同        森利明
被       告   ベアー,ユー,エス,エー,インコーポレーテッド
同訴訟代理人弁護士 吉武賢次
同        宮嶋学
同訴訟代理人弁理士 黒瀬雅志
同        塩谷信
主文
     1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
 事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
(1)特許庁が取消2003-30099号事件について平成16年3月2日に
した審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
主文と同旨
第2 前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯(甲14,乙1の1,弁論の全趣旨)
 原告は,指定商品を商標法施行令1条別表第25類の「被服,バンド,ベル
ト,履物,運動用特殊衣服,運動用特殊靴」とし,別紙(1)のとおり「WORLDBEAR」
と横書きしてなる登録第4186781号商標(平成10年9月11日設定登録。
以下「本件商標権」といい,その商標を「本件商標」という。)の商標権者であ
る。
 本件商標権について,被告から商標法53条1項の規定に基づく商標登録の取消
審判が請求され,特許庁は同請求を取消2003-30099号事件として審理し
た結果,平成16年3月2日,本件商標権の商標登録を取り消す旨の審決(以下
「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月12日に原告に送達された。
2 本件審決の理由の要旨(甲14)
(1) 平成14年7月26日の時点において,次の事実が認められる。
ア 本件商標権の商標権者は有限会社三幸商会(以下「三幸商会」とい
う。)であり,原告がその通常使用権者であった。
イ 原告は,別紙(2)の商標(以下「原告使用商標」という。)を,商品「半
袖シャツ,半ズボン」に付して販売し,もって同商標を使用していた。
(2) 原告使用商標と本件商標は,類似する商標と認められる。
(3) 原告使用商標を使用した商品「半袖シャツ,半ズボン」は,本件商標の指
定商品中の「被服」に含まれる商品と認められる。
(4) 他人(被告)の業務に係る商品との混同について
ア 被告は,別紙(3)の商標(以下「被告使用商標」という。)を付したジャ
ケットを雑誌に宣伝広告していたことが認められる。
イ 原告使用商標と被告使用商標は,称呼及び観念を共通にし,外観におい
て酷似するものと認められる。
 また,原告使用商標を使用した商品「半袖シャツ,半ズボン」と被告使用商標を
使用した商品「ジャケット」は,密接な関係がある商品といえる。
 したがって,原告による原告使用商標の使用は,被告の業務に係る商品との出所
の混同を生ぜしめるものであったというべきである。
(5) したがって,本件商標権の登録は,商標法53条1項の規定により取り消
されるべきである。
第3 原告主張の取消事由
 1 事実認定の誤り
 審決は,平成14年7月26日の時点において,本件商標権の商標権者は三幸商
会であり,原告はその通常使用権者であったと認定したが,誤りである。原告は,
三幸商会との間で何らの契約も締結しておらず,通常使用権者ではなかった。
 2 商標法53条1項の解釈適用の誤り
 仮に,原告が本件商標権の通常使用権者であったとしても,審決には,以下のと
おり商標法53条1項の解釈適用の誤りがある。
(1) 商標法53条1項の趣旨は,一般公衆の利益を保護するため,商標権者が
使用権者を監督する義務を怠った場合に,商標権者への制裁として商標登録を取り
消すというものである。このような趣旨からすれば,同条項による取消請求の相手
方は,当該商標権の使用権者が誤認混同行為を行っていた時点の商標権者に限ら
れ,誤認混同行為の終了後に商標権者となった者に対しては取消請求はなし得ない
と解される。本件においては,原告による誤認混同行為は平成14年7月26日の
直後に停止され,本件商標権は同年10月2日に三幸商会から原告に移転されてい
るところ,上記原告による誤認混同行為当時の商標権者は三幸商会であるから,本
件審決が,三幸商会でなく,原告を相手方とする請求に関して同条項を適用したの
は,誤りである。
(2) 仮に,現在の商標権者が商標権を取得する以前に行われた使用権者の誤認
混同行為が,同条項の取消請求の理由になるとしても,当時の商標権者であった三
幸商会は使用権者(原告)の誤認混同行為を知らなかったのであるから,同条項の
適用はない。
(3) 原告は被告からの警告を受けて直ちに原告使用商標の使用を停止し,その
後は誤認混同行為を一切行っていない。同条項の立法趣旨が一般公衆の誤認混同を
防止することにある以上,このように誤認混同のおそれが消滅した状況において同
条項を適用すべきものではない。
(4) 本件審決は,原告使用商標と被告使用商標は「ベア」又は「ベアー」の称
呼及び熊の観念において共通するとしたが,これらの称呼及び観念は,いずれの商
標においても識別力の弱い部分であり,当該部分の共通性を誤認混同のおそれの認
定の根拠とすることは不当である。また,外観についても,熊の図形や「Bear」の
文字の類似性を誤認混同のおそれがあることの根拠としているが,これらの図形及
び文字は識別力が弱く,外観上の要部たりえないから,その類似性は誤認混同のお
それの根拠とはならない。
(5) 甲8の1ないし5,乙14ないし20によれば,被告が登録済または出願
中の商標及び現実に使用していた商標は,本件の被告使用商標以外にも多数あり,
これらの商標(以下「被告別商標群」という。)は,熊のアウトラインとBearの文
字が分離しているものや,文字のみから構成されているものである。このように,
被告は,主として被告別商標群を被告の商品に使用していたものであり,被告別商
標群と原告使用商標は識別力の弱い熊の図形やBearの呼称及び文字において共通す
るに過ぎないから,原告が原告使用商標を使用することによって,被告の商品との
誤認混同を生ずることはない。
第4 被告の主張
1 原告は,三幸商会が本件商標権の商標権者であった時に原告がその使用権者
であったことを否認するが,乙3によれば,同書面の日付である平成14年7月2
6日時点において本件商標権の通常使用権の設定を受けていたことを自認している
ことと矛盾する。
2 商標法53条1項の解釈適用の誤りとして原告が上記第3の2において主張
するところはいずれも理由がなく,これらの原告の主張を排斥した本件審決の認
定,判断には何ら誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 商標法53条1項の規定する要件の具備の有無について
(1) 通常使用権者による登録商標に類似する商標の使用
 原告は,前記第3の1のとおり,原告が原告使用商標の使用当時において本件商
標権の通常使用権者であったことを否認している。しかしながら,乙3(回答書)
の文中において,原告は,当時の商標権者であった三幸商会から「使用許諾」を受
けたうえで原告使用商標を付した商品を販売していたことを自認しており,本件審
決が,このことから原告が上記時点において本件商標権の通常使用権者であったと
推認したことは経験則上当然であり,その判断に何ら誤りはない。
 そして,原告使用商標は,その構成のうち,熊のアウトライン内に表示されてい
る「WORLD」と「Bear」の欧文字部分において本件商標とその綴りを同じくし,それ
から生じる「ワールドベア」又は「ワールドベアー」の称呼を共通にするものであ
るから,本件商標に類似するものと認められる(なお,この点は原告も認めてい
る。)。したがって,原告がその販売する商品である「半袖シャツ,半ズボン」に
原告使用商標を付したことをもって,本件商標に類似する商標をその指定商品であ
る「被服」(なお,上記「半袖シャツ」等が被服に含まれることも原告は認めてい
る。)について使用したといえるのは明らかである。
(2) 他人の業務に係る商品との混同
ア 原告使用商標と被告使用商標との類似について
 原告使用商標と被告使用商標は,「Bear」の文字及び「ベア」又は「ベアー」の
称呼が同一であること並びに熊の観念において共通することに加えて,外観上,熊
の図形の形状も類似しており,さらに熊の図形の後方に「Bear」の文字を囲んだ枠
(「e」「a」「r」の各欧文字の形状に応じた凹凸を施したもの)を配置して輪郭線
を一体化させた点においても酷似しているのであるから,時と所を異にして離隔観
察するときは,外観上彼我見誤るおそれがあることは明らかというべきである。こ
れと同旨の本件審決の認定判断には,誤りはない。
 原告は,前記第3の2(4)のとおり,「Bear」の文字,「ベア」等の称呼並びに熊
の観念及び図形はいずれも識別力が弱いから,これらの共通性及び類似性は商標全
体としての類似性とは結びつかないと主張するが,個々の称呼等は識別力が弱いと
しても,これらが一体となった被告使用商標には,後記イ認定のとおり強い識別力
があり,これと要部を同じくする原告使用商標は被告使用商標に類似するものとい
うべきである。
イ 被告使用商標の周知性
(ア) 乙8ないし11,14ないし20,22,23によれば,被告は,
平成14年7月以前において,被告使用商標を付したダウンジャケット等の商品を
各種媒体において宣伝広告のうえ,自ら又は販売代理店を通じて販売していたこと
が認められる。
(イ) 乙8,10,11,14ないし20,22,25ないし36によれ
ば,被告は,平成14年7月以前において,日本国内で偽物商品が大量に出回って
いる事態に対処するために,消費者及び取引業者への周知徹底,真正商品への特殊
なシールの貼付及び商品の日本への一時出荷停止等の措置を取ったことが認められ
る。
(ウ) 上記(ア)及び(イ)の事実からすれば,被告使用商標は,平成14年
7月以前に,被告が販売するダウンジャケット等の商標として我が国において取引
者,需要者間に広く認識され,偽物商品が大量に出回るほどに需要者間で人気を博
していたものと認められる。
ウ 上記ア及びイの事実からすれば,被告使用商標と類似する原告使用商標
を原告が半袖シャツ等に使用したことによって,取引者,需要者において,原告の
商品と被告の商品との出所に関する誤認混同が生ずるおそれがあったものと認めら
れる。
エ この点につき,原告は,前記第3の2(5)のとおり,被告は,被告使用商
標ではなく主として被告別商標群を被告の商品に使用していたものであり,被告別
商標群と原告使用商標は識別力の弱い「Bear」の文字及び「ベア」等の称呼並びに
熊の図形及び観念において共通するに過ぎないから,原告が原告使用商標を使用す
ることによって,被告の商品との間で誤認混同を生ずることはないと主張する。
 しかしながら,乙11,22及び23のように,被告別商標群の商標ではなく,
被告使用商標そのものが被告の商品に付されている例も少なくない。また,乙8,
11,15ないし23等の広告において,被告使用商標が顕著に大きく表示されて
いることからみても,原告の指摘のように個々の商品の胸マーク等に付すものとし
ては被告別商標群の商標が選択される場合があるとしても,被告がその営業政策
上,自己の展開するブランドの中核となる商標として被告使用商標を用いていたこ
とは優に認められるところというべきである。そして,真正商品の証明として被告
が商品タグに貼付していた円形のホログラムシール(乙15,28など)におい
て,その中央に大きく表示されているのは被告使用商標であることも,同商標が被
告の販売する商品の出所を表示する機能を与えられたものであったことを明らかに
しているといえる。
 よって,原告の上記主張も採用の限りでない。
(3) したがって,本件審決が,原告による原告使用商標の使用が商標法53条
1項の要件に該当すると判断したことには,何ら誤りがない。
2 原告のその余の主張について
 原告が本件審決の取消事由として主張するその余の点も,次のとおりいずれも理
由がない。
(1) 原告は,前記第3の2(1)のとおり,使用権者による誤認混同行為の後に
商標権者となった者に対しては商標法53条1項に基づく取消請求はなし得ないと
主張する。
 しかしながら,少なくとも,原告のように使用権者の立場で自ら誤認混同行為を
した者が,その当時の商標権者(三幸商会)から譲渡を受けて商標権者となった場
合について,原告主張の商標法53条1項の立法趣旨である商標権者の使用権者に
対する監督義務の点等を考慮しても,同条項の適用を否定すべき根拠はないと判断
せざるを得ない。したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 原告は,前記第3の2(2)のとおり,原告による誤認混同行為当時の商標
権者であった三幸商会は原告の誤認混同行為を知らなかったのであるから同条項の
適用はない,とも主張する。
 しかしながら,商標法53条1項は,その但書において,「ただし,商標権者が
その事実を知らなかった場合において,相当の注意をしていたときは,この限りで
ない。」と定めているのであり,同条項本文の適用を免れるためには,原告におい
て,三幸商会が原告の誤認混同行為を知らなかったこと及び三幸商会が相当の注意
をしていたことを主張立証すべきであるが,本件全証拠によるも,いずれの点もこ
れを認めるに足りない。
(3) 原告は,前記第3の2(3)のとおり,原告は被告からの警告を受けて直ち
に原告使用商標の使用を停止し,その後は誤認混同行為を一切行っていないのであ
るから,一般公衆の誤認混同を防止するという商標法53条1項の立法趣旨に鑑み
れば,このように誤認混同のおそれが消滅した状況において同条項を適用すべきも
のではないと主張する。
 仮に,同条項の趣旨に鑑み,特許庁において,商標権者又は使用権者による自主
的な是正行為があった場合には商標登録の取消しをしないという裁量の余地があり
得るとしても,本件においては,通常使用権者の立場で自ら混同惹起行為を行った
原告が本件商標権を譲り受けたという事情もあるので,商標登録の取消しの審決を
したことが裁量の範囲を逸脱して違法となると解することはできない。
 むしろ,本件では,以下の①ないし④の事情に照らすと,原告は,被告使用商標
を知った上で,あえてこれに類似する原告使用商標を使用したものと考えざるを得
ず,商標取消の制裁を受けてもやむを得ないというべきである。
① 被告使用商標は前記1(2)イのとおり周知であったこと。
② 本件商標がゴシック体大文字のBEARであるにもかかわらず,原告使用
商標ではわざわざ被告使用商標の字体に似せた小文字のBearとしていること。
③ 被告使用商標における熊の図形(左を向いて歩行している姿)及びこ
の後方に付されたBearの文字を囲む枠の形状は特徴的なものであるところ,この点
についての原告使用商標の被告使用商標との類似は偶然の一致とは考えられないこ
と。
④ 原告使用商標で星条旗を付しているのは,被告使用商標のUSAを意識し
ているとしか考えられないこと。
 3 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がな
く,本件決定には他にこれを取り消すべき瑕疵はない。
 よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のと
おり判決する。
  東京高等裁判所知的財産第1部
 
    裁判長裁判官   北  山  元  章
   裁判官     清  水     節
         裁判官  上  田  卓  哉
(別紙)

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