弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成14年(行ケ)第324号 審決取消請求事件
平成15年4月22日口頭弁論終結
            判      決
     原     告    株式会社鶴弥
     訴訟代理人弁理士   西山聞 一
     被     告    特許庁長官太田信一郎
     指定代理人      鈴 木 憲 子
  同 木 原   裕
  同    大 橋 良 三
  同    大 野 克 人
  同    涌 井 幸 一
          主      文
   1 原告の請求を棄却する。
   2 訴訟費用は原告の負担とする。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が不服2001-11472号事件について平成14年5月13日に
した審決を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告は,平成11年7月29日,発明の名称を「防災瓦」とする発明につき
特許出願(平成11年特許願第214606号。以下「本願出願」という。)を
し,平成13年6月5日拒絶査定を受けたので,同年7月5日,これに対する不服
の審判を請求した。特許庁は,これを不服2001-11472号事件として審理
し,その結果,平成14年5月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」と
の審決をし,同年5月31日,その謄本を原告に発送し,そのころ,原告に送達し
た。
2 特許請求の範囲(別紙図面1参照)
 「【請求項1】瓦本体の両側端部に葺合時重合される桟と差込部を形成した平
板状の瓦であって,千鳥葺き合わせ時に,瓦本体に設けた係合凸部と係合差込部が
係合する防災瓦において,瓦本体の尻側水返し上面の中央付近に,立上部と該立上
部から桟側への水平部を連続した係合凸部を設けて,水返し上面と係合凸部の水平
部下面の間に差込空間を設け,上記差込空間に差し込まれる係合差込部を,差込部
の水返しの外側に設けたことを特徴とする防災瓦。」(以下「本願発明1」とい
う。)
(【請求項2】ないし【請求項5】は省略。)
3 審決の理由
 審決は,別紙審決書の写しのとおり,本願発明1は,公開日を平成8年4月
9日とする特許出願に係る特開平8-93141号公報(以下「引用例1」とい
う。)に記載された発明(以下「引用発明」という。別紙図面2参照。)から,当
業者が容易に発明をすることができたものである,と認定判断した。 
 審決が,上記認定判断において,本願発明1と引用発明との一致点・相違点
として認定したところは,次のとおりである。
一致点
「瓦本体の両側端部に葺合時重合される桟と差込部を形成した平板状の瓦であ
って,千鳥葺き合わせ時に,瓦本体に設けた係合凸部と係合差込部が係合する防災
瓦において,瓦本体の尻側水返し上面の中央付近に,立上部と該立上部から桟側へ
の水平部を連続した係合凸部を設けて,係合凸部の水平部下面下に差込空間を設
け,上記差込空間に差し込まれる係合差込部を,差込部の水返しの外側に設けた防
災瓦」
相違点
「差込空間を,本願発明1では,水返し上面と係合凸部の水平部下面の間に設
けているのに対し,引用例1記載の発明では,係止突起の水平部下面下には,尻切
欠部が形成されていて,差込空間を係止突起の水平部下面下ではあるが,水返し上
面との間に設けているとは明記されていない点。」
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 審決は,「引用例1の図13,14,特に図13をみると,引用例1記載の
発明においても,斜め上段側の瓦Z1の係止受部2cの上面は係止突起3cの水平
部下面下に配置されるとともに,瓦Z1の尻切欠部からはずれた部分の係止受部2
cの下面は,差し込まれる瓦Zの尻部側水返し上面上に配置されるようになってお
り,防水性を考慮して尻切欠部を設けずに差込空間を水返し上面と係止突起の水平
部下面の間に設けるようにすることは,当業者が適宜なしうる設計的事項にすぎな
い。そして,本願発明1によってもたらされる効果も,引用例1に記載された発明
から当業者であれば予測することができる程度のものであって,格別顕著なものと
はいえない。」(審決書2頁第3段落,3頁第1,第2段落)と判断した。しか
し,審決は,本願発明1と引用発明との上記相違点についての判断を誤ったもので
あり,この誤りが結論に影響することは明らかであるから,違法なものとして取消
しを免れない。
1 引用発明の防災瓦は,係止突起を形成するために尻切欠部8を設けているた
め,尻切欠部8の部位から雨漏りがするとの欠陥がある。すなわち,引用発明にお
いては,斜め上段側の瓦Z1の係止受部2cの上面が差し込まれる瓦Zの係止突起
3cの水平部下面下に配置されるとともに,瓦Z1の係止受部2cの下面
中,瓦Zの尻切欠部8からはずれた部分が瓦Zの尻部側水返し上面上に配置される
ようにはなっているものの,瓦Zに係止突起3cの裏面に尻切欠部8があるこ
と,及び,この係止突起3cが上下方向にぐらついて,係止受部2cと係止突起3
cとが完全な状態で面接触することは不可能であることにより,尻切欠部8の
部位から雨漏りが発生する。係止受部2cと係止突起3cとが完全な状態で面接触
することができないことは,引用例1の図10,図11からも明らかなとお
り,引用発明においては,尻切欠部8と導水帯1とを区割する水返しの幅が,係止
突起3c下部においては,他の部分の約3分の1程度しか形成されていないことか
らも生ずることである。
  このように,引用発明の防災瓦は,雨漏りが発生するため,産業上利用する
ことができない発明である。
2 防災瓦は,従来から上下金型を使用してプレス成形により製造するものであ
るため,本願出願時には,本願発明1のように,尻切欠部を設けずに,防災瓦表面
に係合凸部を形成するとの発明に当業者が考え及ぶことはなかった。発明の進歩性
の判断基準はあくまで当業者である。伝統工芸の一つでもある防災瓦業界にお
いては,現場を知らない有識者がいかに優れた構成の防災瓦を着想しても,現実的
に製造することができない防災瓦では,当業者はこれを一笑に付すだけである。本
願出願当時の当業者にとっては,係止突起のある防災瓦を製造するために,尻
切欠部の存在は避けることができないものであったため,係止突起があり,尻切欠
部がない防災瓦を製造することができるとは考え及びもしなかったことであ
る。
 本願発明1は,このような防災瓦の製造上の問題を解決したことにより成さ
れたものであり,その実施品である防災瓦は,需要者間で好評を博し,商業的成功
を得ているものである。これに対し,引用発明は,係止突起はあるものの,上記1
のとおり,雨漏りがするため,産業上利用することができない欠陥品である,と当
業者において認識されていたものにすぎない。
第4 被告の反論の骨子
1 審決は,本願発明1が水返し上面と係合凸部の水平部下面の間に差込空間を
設けているのと同様に,引用発明においても,係止受部2cが,係止突起3cの水
平部下面下と尻部側水返し上面との間に差し込まれるのであるから,尻部側水返し
上面と係止突起の水平部下面の間に差込空間を設けているものと認定し,その上
で,「防水性を考慮して尻切欠部を設けずに差込空間を水返し上面と係止突起の水
平部下面の間に設けるようにすることは,当業者が適宜なしうる設計的事項にすぎ
ない。」(審決書3頁第1段落)と判断したのである。
2 原告は,引用発明の防災瓦は,係止突起を形成するために尻切欠部8を設け
ており,尻切欠部8の部位より雨漏りがするとの欠陥がある,と主張している。
  しかし,雨漏りを防止するとの課題を達成するために,引用発明の防災瓦に
おいて,尻切欠部を設けずに差込空間を水返し上面と係止突起の水平部下面の間に
設けるようにすることは,当業者なら,当然に考えつくことであり,この点を「当
業者が適宜なしうる設計的事項にすぎない。」とした審決の判断に誤りはない。
3 原告は,本願発明1は,このような防災瓦の製造上の問題を解決したことに
より成されたものである,と主張する。しかし,本願発明1は,物の発明であり,
製造方法の発明ではない,また,その請求項において,製造方法を特定事項とした
ものでもない。原告の主張は失当である。
第5 当裁判所の判断
1 引用発明の防災瓦においては,係止突起の下に尻切欠部があるために,そこ
から雨漏りが生じやすいとの欠陥があった(甲第4号証【0006】)。本願発明
1は,防災瓦の防水性能を向上させるために,係合凸部(係止突起)の下にあった
尻切欠部をなくし,「水返し上面と係合凸部の水平部下面の間に差込空間を設け」
との構成としたものである(甲第5号証【請求項1】,【0012】)。審決は,
引用発明と本願発明1とのこの相違点について,「防水性を考慮して尻切欠部を設
けずに差込空間を水返し上面と係止突起の水平部下面の間に設けるようにすること
は,当業者が適宜なしうる設計的事項にすぎない。」(審決書3頁第1段落)と判
断した。
2 原告は,引用発明は,雨漏りが発生するため,産業上利用することができな
い発明である,と主張する。しかし,引用発明の防災瓦が,屋根瓦としての基本的
性能を有しないことを認めるに足りる証拠はない。引用発明の防災瓦がたとい本願
発明1の防災瓦より防水機能において劣るとしても,このことから直ちに,これ
を,産業上利用することができない発明とすることはできない。原告の主張は採用
することができない。
3 原告は,防災瓦は,従来から上下金型を使用してプレス成形により製造する
ものであるため,本願出願時には,本願発明1のように,尻切欠部を設けずに,そ
の表面に係合凸部を形成するとの防災瓦の発明に当業者が考え及ぶことはなかっ
た,本願出願当時の当業者にとっては,係止突起のある防災瓦を製造する上
で,尻切欠部の存在は不可欠であったため,係止突起があり,尻切欠部がない防災
瓦を製造することができるとは考え及びもしなかったことである,と主張する。
確かに,本願発明1の願書に添附した明細書(以下「本願明細書」とい
う。)の【発明の詳細な説明】には,引用発明の防災瓦では,尻切欠部があるた
め,防水性能が不十分であったこと(甲第4号証【0005】,【0006】,
【0008】),及び,「従来の瓦成形方式は,上下型(金型)が鉛直方向上下に
移動して原料を加圧することによって成形していたため,上下方向の中間に空間部
が存在する形状(鉤状等)の成形は,空間部を成形する部分形成型が,加圧成形後
の金型上昇時に鉤部における空間部の上方成形部に当接し,引っ掛かることにな
り,鉤部成形は不可能であった。」(同【0007】)こと,すなわち,係合凸部
(係止突起)の下に尻切欠部を設けずに防災瓦を製造することは,製造工程上困難
であったことが記載されている(本願明細書の【発明の詳細な説明】では,このこ
ととの関連で,【0027】,【0028】等において,係合凸部の下に尻切欠部
を設けずに防災瓦を製造する製造方法についての発明が詳しく記載されている。甲
第4号証)。
しかしながら,尻切欠部を設けることにより原告主張のような不都合が生じ
ることは,むしろ自明というべき事項であるから,これを設けることなく同じ目的
が達成できるならば,そのようにしたいということは,当業者として当然考えるこ
とというべきである。すなわち,尻切欠部を設けずにその表面に係合凸部を形成す
るという構成自体は,物の発明の形を採るにせよ,方法の発明の形を採るにせよ,
何らの困難なく想到できることというべきである。したがって,出願された発明が
このような構成のものにとどまる限り,これに進歩性を認める余地はない。出願さ
れた発明が,上記のような構成のものにとどまることなく,それまで困難とされて
いた,尻切欠部を設けずにその表面に係合凸部を形成することを実現するための手
段をその構成要件としているとき,初めて,進歩性が認められる可能性が生まれる
ことになる。
ところが,本願明細書の【請求項1】には,係合凸部の下に尻切欠部を設け
ずに防災瓦を製造するための製造方法を特定するための記載はない。すなわち,本
願明細書には,本願発明1の構成の防災瓦の製造方法について,上記のとおり,そ
の発明の詳細な説明には詳しい方法が開示されているものの,本願発明1を特定す
るために必要と認める事項のすべてが記載されているべき【請求項1】は,このよ
うな構成の防災瓦を製造する方法を特定する記載は一切ない。
したがって,本願発明1の進歩性を判断するに当たり,その【請求項1】に
より特定された本願発明を公知技術である引用発明と対比し,その相違点を上記の
とおり認定した上,防水性能が不十分であった引用発明の防災瓦の防水性能を高め
るために,その原因となっていた尻切欠部を設けないようにしたとの本願発明1の
構成は,当業者であれば,その構成を容易に想到し得るものであるとした審決に何
ら誤りはない。
本願明細書に記載された本願発明1の構成の防災瓦を製造する方法について
は,これを特定する事項を特許請求の範囲に記載することにより,すなわち,上下
の金型を使用して,係合凸部を備えた防災瓦を大量生産する場合に生じる困難を克
服した発明として,特許出願がされていれば,これについては,この点についての
公知技術を調査するなどした上で,その進歩性を判断することになる。しかし,本
願発明1の構成の防災瓦の発明の進歩性については,あくまでも,その特許請求の
範囲に記載された発明として,その進歩性の判断をすべきである。原告の上記主張
は,尻切欠部を設けずにその表面に係合凸部を形成すること自体の容易想到性と,
尻切欠部を設けずにその表面に係合凸部を形成するめの具体的方法の容易想到性と
を区別せず,両者を同一視して,後者が認められないことをもって,前者が認めら
れないこととしようとするものであり,採用することができない。原告の主張が認
められることになれば,課題自体は当業者にとって自明であるとき,その課題を解
決するための一つの手段を発明したにすぎない者が,そのことを理由に同一課題を
解決するための手段の全部につき特許を取得するという結果を認めなければならな
いことになる。このような結果を認めなければならなくなる主張が不合理であるこ
とは,論ずるまでもないところである。
4 結論
 以上に検討したところによれば,原告の主張する取消事由には理由がなく,
その他,審決には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,原告の本訴
請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴
訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第6民事部
      裁判長裁判官 山  下  和  明
         裁判官 設  樂  隆  一
 
          裁判官 高  瀬  順  久
(別紙)
別紙図面1別紙図面2

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛