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平成25年10月25日判決言渡
平成24年(行コ)第150号公文書非開示決定取消等請求控訴事件
主文
1処分行政庁が平成24年11月13日付けで控訴人に対してした個人
情報一部開示決定のうち,別紙一覧表Ⅴ欄及びⅥ欄の各記載につき非開
示とした決定部分をいずれも取り消す。
2控訴人のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを2分し,その1を控訴人の,
その余を被控訴人の負担とする。
4なお,原判決は,控訴人の訴えの交換的変更により,失効している。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
処分行政庁が平成24年11月13日付けで控訴人に対してした個人情報
一部開示決定のうち,別紙一覧表記載Ⅳ,Ⅴ及びⅥの各欄記載の不開示とした
決定部分を取り消す(当審における訴えの交換的変更後の請求)。
第2事案の概要
1(1)控訴人は,京都府個人情報保護条例(平成8年京都府条例第1号。以下「本
件条例」という。)12条に基づき,処分行政庁に対し,自宅で死亡した控
訴人の実妹に係る「変死体等取扱報告」と題する書面記載の情報(以下「本
件個人情報」という。)の開示を請求したところ,これに対し,処分行政庁
が平成23年6月28日付けでこれを不開示とする決定(以下「本件第1次
決定」という。)をしたことから,控訴人は,原審において,本件第1次決
定の取消し及び処分行政庁に対する本件個人情報の開示をすることの義務
付けを求めた。
原審は,本件個人情報は,当該個人(実妹)の相続人である控訴人にとっ
て本件条例12条に定める「自己の個人情報」に該当するとして,控訴人の
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請求のうち,本件第1次決定の取消請求を認容したが,本件個人情報の開示
義務付けを求める部分を棄却したため,控訴人が上記棄却部分を不服として
控訴した。
(2)控訴人の上記控訴提起後,処分行政庁は,上記本件第1次決定の取消しを
命じる原判決を受け,本件個人情報が控訴人との関係で本件条例12条に定
める「自己の個人情報」に該当することを前提に,改めて控訴人に対し,平
成24年11月13日付けで,本件個人情報の一部を開示し,その余を不開
示(別紙一覧表「開示しない部分」欄掲記のとおり)とする個人情報一部開
示決定をした(以下「本件第2次決定」という。)。
そこで,控訴人は,当審において,訴えを交換的に変更して,新たに本件
第2次決定中,別紙一覧表ⅣないしⅥ欄の各記載につき不開示とした決定部
分の取消しを求めた。この訴えの変更により,原判決は当然に失効し,訴え
の交換的変更後の請求の当否(本件第2次決定の違法事由の有無)が当審に
おける審判対象となった。
2関係法令の定め
次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第2事案の概
要」の「2本件条例の定め」(原判決2頁10行目から5頁6行目まで)に
記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決3頁5行目末尾に改行の上次の文章を加える。
「(3)4条(収集の制限)
ア実施機関は,個人情報を収集するときは,あらかじめ,収集する目
的(以下「収集目的」という。)及び収集する根拠を明確にするとと
もに,当該収集目的を達成するために必要な限度を超えて収集しては
ならない(1項)。
イ実施機関は,個人情報を収集するときは,本人から収集しなければ
ならない。ただし,次の各号のいずれかに該当するときは,この限り
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でない(4項)。
(ア)法令等に基づくとき(1号)
(イ)本人の同意があるとき(2号)
(ウ)犯罪の予防等を目的とするとき(5号)」
(2)原判決3頁6行目の「(3)」を「(4)」と,25行目の「(4)」を「(5)」と
各改める。
(3)原判決4頁3行目の「(5)」を「(6)」と改め,7行目の冒頭に「(ア)」を
加え,9行目末尾に改行の上次の文章を加える。
「(イ)開示することにより,犯罪の予防,犯罪の捜査その他の公共の安全と
秩序の維持に支障が生じるおそれがあると認められる個人情報(3号)
(ウ)府若しくは国,他の地方公共団体その他これらに類する団体(以下「国
等」という。)が行う審議,検討,調査研究その他の意思形成の過程に
おける個人情報であって,これを開示することにより,当該若しくは同
種の意思形成を公正かつ適切に行うことに著しい支障が生じるおそれ
のあるもの又は府若しくは国等が行う取締り,監督,立入検査,交渉,
渉外,争訟,許認可その他の事務事業に関する個人情報であって,これ
を開示することにより,当該若しくは同種の事務事業の目的が達成でき
なくなり,若しくはこれらの事務事業の公正かつ適切な執行に著しい支
障が生じるおそれがあるもの(7号)」
(4)原判決4頁13行目の冒頭に「(ア)」を加え,14行目末尾に改行の上次
の文章を加え,15行目の「(6)」を「(7)」と,24行目の「(7)」を「(8)」
と,5頁4行目の「(8)」を「(9)」と各改める。
「(イ)開示することにより,犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の
執行その他公共の安全と秩序の維持に支障が生じるおそれがあると公
安委員会又は警察本部長が認めることにつき相当の理由がある個人情
報(3号)」
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3前提事実
次のとおり補正するほかは,原判決「事実及び理由」中の「第2事案の概
要」の「3前提となる事実」(原判決5頁7行目から7頁17行目まで)に
記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決5頁9行目の「(1)亡Aは,」を次の文章に改める。
「(1)亡Aと控訴人の関係
ア亡Aは,」
(2)原判決5頁12行目の「(2)」を「イ」に改める。
(3)原判決5頁16行目の「(3)原告及びBは」を次の文章に改める。
「(2)個人情報開示請求
控訴人及びBは,」
(4)原判決6頁6行目の「(4)亡Aの遺体の」を次の文章に改める。
「(3)文書の特定
亡Aの遺体の」
(5)原判決6頁10行目から11行目までを次の文章に改める。
「本件報告書は,変死者の特定に関わる書面の写し(運転免許証,勤務先
会社の名刺,健康保険被保険者証,病院診察券等)のほか,「発見時の状
況」として室内や浴室の具体的状況,貴重品を含む所持品の状況に関する
詳細を記した別紙,救急隊員らによる発見に至る経緯を記載した別紙,発
見場所に関する地図や室内見取図,既往症に関する電話受発信書,現場付
近聞き込み結果に関する別紙,通報者からの事情聴取結果に関する別紙,
室内の状況に関する写真,死体見分に関する別紙,遺体の発見と状況の写
真等,財産関係の記載がなされたノートや通帳の写し等の66丁により構
成されている文書である(乙17)。」
(6)原判決6頁12行目の「(5)処分行政庁は,」を次の文章に改める。
「(4)本件第1次決定
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処分行政庁は,」
(7)原判決6頁13行目から14行目にかけての「本件決定」を「本件第1次
決定」に改める。
(8)原判決6頁15行目の「(6)原告及びBは,」を次の文章に改める。
「(5)行政不服審査法上の審査請求と棄却裁決
ア控訴人及びBは,」
(9)原判決6頁18行目の「(7)」を「イ」に改める。
(10)原判決7頁16行目の「(8)原告は,」を次の文章に改める。
「(6)本件提訴
控訴人は,」
(11)原判決7頁17行目の末尾に改行の上次の文章を加える。
「(7)本件第2次決定
処分行政庁は,京都地方裁判所が控訴人の本件第1次決定の取消請求
を認容する判決をしたことを受けて,平成24年11月13日,本件個
人情報のうち,別紙一覧表ⅠないしⅥ記載欄に「開示しない部分」とし
て特定される箇所については,各記載欄右側記載の理由によって,これ
らをいずれも開示せず,その余は開示する旨の本件第2次決定をし,控
訴人,B,控訴人代理人に対し,これを通知をした。
なお,処分行政庁は,本件第2次決定をした際に,本件第1次決定は
職権で取り消したとして,平成25年1月17日,その旨控訴人,B,
控訴人代理人に通知した。
(8)不開示部分の特定と被控訴人が不開示とした本件条例の根拠条項
被控訴人は,本件第2次決定のうち,控訴人が取消しを求めている部
分についての不開示部分とその理由は,以下のとおりであるとしている。
アⅣ欄記載について
(本件条例13条2項3号を理由として不開示とした部分)
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(ア)変死体等取扱報告
不開示部分は,「事件性の判定項目」であり,本件報告書(乙1
7)の3頁「14」項「その他」欄の「家庭」「円満・不和」欄の
マスキング部分である。
(イ)変死観察メモ
不開示部分は,検視内容等であり,本件報告書の23ないし24
頁「硬直」「身長・体格」「触検」「腐敗」「死斑」「身体各部の
所見」「直腸温」「凶器毒物容器」「心臓血採取」「身元不明
死体」欄のマスキング部分である。
(ウ)損傷,身体特徴図示
不開示部分は,検視内容等であり,本件報告書の25頁のマスキ
ング部分である。
(エ)検視写真
不開示部分は,検視内容であり,本件報告書の26頁(陰部・乳
房部分を除く。)及び27頁のマスキング部分である。
イⅤ欄記載について
本件条例13条2項1号(同条1項1号,同項7号)を理由として
不開示とした部分は,病名,受診科及び薬名であり,本件報告書の1
7頁のマスキング部分(決済印,取扱(作成)者欄,発信者(取扱者)
欄を除く。)である。
ウⅥ欄記載について
(本件条例13条2項1号〔同条1項1号〕を理由として不開示とし
た部分)
(ア)死亡者宅状況写真
不開示部分は陰部であり,本件報告書の22頁及び28頁のマス
キング部分である。
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(イ)検視写真
不開示部分は陰部,乳房であり,本件報告書の26頁掲載に係る
上から1枚目の写真及び2枚目の写真の各マスキング部分である。
(9)本件審判対象
なお,控訴人は,本件第2次決定のⅠないしⅢ欄のマスキング不開示
部分は争わないと述べた。
4争点及び争点に関する当事者の主張
(1)本件条例13条1項1号(同条2項1号による準用)を理由に不開示とす
ることの相当性(争点(1))
ア被控訴人の主張
(ア)前記第2の3(11)で補正した(8)イ(Ⅴ欄)について
これらの情報は,開示請求をした控訴人以外の亡Aの病名,受診科及
び薬名等に関する情報であり,これらの診療情報は一般にセンシティブ
情報として,プライバシー性が高いとされ,通常他人に知られたくない
と望むことが正当であると認められる。
(イ)前記第2の3(11)で補正した(8)ウ(Ⅵ欄)について
請求者である控訴人以外の者の乳房と陰部の写真は,通常他人に知ら
れたくないと望むことが正当であると認められるものを含む個人情報
に該当する。
(ウ)控訴人の主張に対する反論
a本件条例には,控訴人の指摘する行政機関が保有する個人情報の保
護に関する法律(以下「個人情報保護法」という。)14条2号但し
書ロに相当する規定は設けられていないから,保護される開示請求者
以外の者の特定個人利益と開示により保護される「人の生命,健康,
生活又は財産」とを比較考量することは想定されていない。
b亡Aは死亡し,控訴人が損害賠償請求権の承継取得者となったとし
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ても,個人情報の取扱いの上では死者の尊厳は個別に独自の利益とし
て考慮されるべき事項であり,死者が不開示利益を放棄しているとみ
なすべきとの主張は独善的である。特に上記(イ)については損害賠償
請求権の行使に当たって必要がない。
イ控訴人の主張
(ア)被控訴人主張に係る死者の名誉について不開示とすべき事情は,開示
請求者がマスコミや第三者である場合に妥当するが,本件のように死者
の相続人が本来死者に属していた不法行為に基づく損害賠償請求権を
行使するに当たって証拠として用いる目的で死体情報の開示を求めて
いるような場合には妥当しない。また,陰部や乳房の画像を入手する必
要性の乏しさを主張する点については,法医学の専門家でない被控訴人
が拒否理由とすることは許されない。
(イ)個人情報保護法14条2号ロ「人の生命,健康,生活又は財産を保護
するため,開示することが必要であると認められる情報」は,開示すべ
きものと規定されており,この規定の解釈としては,不開示により保護
される開示請求者以外の特定の個人の利益と開示により保護される人
の生命,健康,生活又は財産を比較考量して,後者が前者に優越すると
きには開示を義務付けることと解されている。
本件においては,開示により保護される利益である損害賠償請求権が,
もともとは亡Aに属しており,これが相続により開示請求者に承継され
たことが重要である。
亡Aが仮に損害賠償請求権を行使する場合,経験則上,その立証手段
として必要な本件情報を,「他人に知られたくない」としてその利用を
躊躇するとは考え難い。本件のように不開示により保護される利益と開
示により保護される利益は同一人に属し,後者の利益のために前者の利
益を放棄したと考えられる場合は,利益衡量するまでもなく開示は認め
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られるべきである。
(2)本件条例13条1項7号(同条2項1号による準用)を理由に不開示とす
ることの相当性(争点(2))
ア被控訴人の主張
(ア)前記3(前提事実)の(11)で補正した(8)イ(Ⅴ欄)のとおり,本件
情報は,C病院院長からの亡Aの病名,受診科,薬名,既往症等の聴取
結果が記録されている。
(イ)警察が取り扱う死体について
警察が取り扱う死体は,病死,老衰等医師が死亡診断書を作成する自
然死体と不自然死体があり,不自然死体は,次の3種に大別される。
①犯罪死体(その死亡原因が犯罪に起因するものと明らかに認められ
るもの)
②変死体(その死亡原因が自然死か犯罪に起因するものであるか否か
について疑いがあるもの)
③非犯罪死体(自然,災害死等,その死亡が犯罪に起因しないと明ら
かに認められるもの)
警察は,不自然死体を認知した場合,その死亡原因が犯罪に起因する
か否かを判断するため,犯罪性の有無を念頭に,死体の状況,現場の状
況,関係者からの事情聴取,死体の身上関係等様々な事項について調査
し,真相究明を行う。
その結果,死亡原因が犯罪に起因したものである又は犯罪に起因した
ものではないかとの疑いがあるとの判断に至ったものについては,刑事
訴訟法及び検視規則に基づき司法手続を執るが,犯罪に起因しないとの
判断に至ったものについては,死体取扱規則に基づく行政手続に移行す
る。
(ウ)亡Aの死亡事案は,現場の状況,死体観察,関係者からの事情聴取結
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果などから総合的に判断した結果,犯罪に起因したものではないと判断
した。
上記を受けて,警察は行政手続として調査した結果として,C病院長
から聴取した病名,受診科,薬名,既往症等の調査結果を記録したもの
である。
(エ)医師には,刑法134条により罰則をもって義務付けられる守秘義務
があるが,聴取に応じた医師は,死因又は身元を明らかにし,死因が災
害,事故又は犯罪その他市民生活に危害を及ぼすものであることが明ら
かとなった場合にその被害拡大,再発防止,その他適切な措置の実施に
寄与すると共に,遺族の不安の緩和又は解消及び公衆衛生の向上に資し,
もって市民生活の安全と平穏を確保する警察活動に協力するとの立場
から任意に事情聴取に応じたものである。
これらの情報は,刑事事件となった場合以外は公表が予定されていな
いとの前提で警察の調査等に協力した医師から得たものであり,そのま
ま開示されると警察と医師の信頼関係が損なわれるおそれがある。
このような事態となれば,医師が自らの知見を関係者に遠慮すること
なくありのままの事実関係を述べることを避けたり,今後同種事案にお
いて医師一般からの協力が得られなくなり,事情聴取が円滑かつ効果的
になし得なくなるおそれがある。このような事態は府が行う事務事業に
関する個人情報であって,これを開示することにより同種の事務事業の
目的が達成できなくなり,地域警察活動の公正かつ円滑な運営に支障を
来すおそれがある。
イ控訴人の主張
争う。
(3)本件条例13条2項3号を理由に不開示とすることの相当性(争点(3))
ア被控訴人の主張
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(ア)「公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがある」との要件に
該当すること
a不自然死体の事件性を判断するために必要な調査内容,これらを判
断する過程において必要な記載や写真には,調査の際の着眼点,ある
いは判断の際の着眼点が自ずと具体的に現れるものである。本件情報
は,死亡の事件性に関する個別具体的な調査内容,判断過程,結果等
に関するものであり,犯罪死体であるか否かを判別するために観察し
た部位や着眼する個別部位,具体的観察方法が撮影されており,捜査
手法が記載されている。
これらを明らかにすれば,非犯罪死体であるかのようにする証拠隠
滅工作や対抗措置,防衛措置に利用されるおそれがあり,今後の捜査
に支障となることは明らかである。
b控訴人は,本件では,「変死体等取扱報告」において病死と判断さ
れたのであるから今後の捜査への支障があるとはいえないと主張す
る。
(a)しかしながら,変死体につき,犯罪死体であるか否かを判別する
ために着眼する個別部位と具体的観察方法を明らかにすれば,今後
犯罪を行い又は行おうとする者によって,非犯罪死体を装う証拠隠
滅工作,対抗措置,防衛措置に利用されるおそれがあり,今後の犯
罪等捜査の支障になることは明らかである。
(b)本件では病死と判定されたから,今後の捜査への支障は問題とす
る余地がないと主張されているが,一旦は犯罪によるものでないと
判断されても,それはその判断時点で把握した情報による判断にす
ぎないものであって,固定的判断ではなく,後に判明した事情を元
に再度疑いが生じることもある。
c控訴人は,個別事件に関わる具体的な捜査手法をいうべきであって,
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一般的捜査手法のごときものは含まれないと主張するが,そのように
限定する文言は規定されていない上,「犯罪の予防」との文言は,当
該事件を離れ,未だ発生していない犯罪に対する予防や鎮圧対策も想
定していることは明白であるから,今後発生し得る事件の捜査への支
障の有無を問題とすることは明らかである。
(イ)「おそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情報」
と規定されていること
a「おそれがあると実施機関が認めることにつき相当の理由がある情
報」と規定された趣旨は,犯罪の予防,鎮圧又は捜査等に支障を及ぼ
すおそれの有無についての判断は,その性質上,犯罪や捜査等に関す
る将来の予測を含む専門的技術的判断を要するという特殊性がある
ことから,実施機関の第一次的判断権を尊重する趣旨を明確にしたも
のであり,その裁量を制限する趣旨ではないとされている。そうする
と実施機関の上記第一次的判断権が尊重されるべきであり,裁量権の
範囲を超え,又はその濫用があったと認められる場合に限り違法とす
べきである。
b本件では,全面的不開示ではなく一部開示もされており,十分な審
査を行って13条2項3号に該当すると判断した部分のみを不開示
にしているから,裁量権逸脱はない。
イ控訴人の主張
(ア)本件条例13条の解釈について
本件条例12条は個人情報の原則開示の義務を明記し,同13条にお
いて例外的に不開示とすることができる場合を規定している。そうする
と,個人情報保護法14条同様,本件条例13条により不開示とされる
場合については限定的に解釈されなければならない。
(イ)「公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがある」との要件該
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当性について
a被控訴人は,「捜査の着眼点等が公になる」から上記要件に該当す
ると主張するが,ここにいう「捜査の着眼点」とは,単なる一般的な
捜査手法のごときものは含まれず,個別事件に関わる具体性のあるも
のでなければならないし,そうでないとしても,テロ事件やインター
ネット犯罪のような例外的な類型のものに限られるというべきであ
る。
そうでなければ,およそ犯罪に少しでも関わる可能性のある限り,
開示対象にならないという不当な結論を招くこととなる。
b「支障が生ずるおそれ」については,特に本件では,変死体等取扱
報告」において病死と判断されたのであるから,今後の捜査への支障
があるという前提を欠く。
c不開示部分中,単に「死体の状況や身体的特徴に関する観察情報」
に該当する部分は,亡Aの身体の外観を客観的に観察した結果を記述
ないし写真撮影したにすぎないから,具体的に捜査の着眼点を見出す
ことはできないし,このような情報に含まれる着眼点は,仮に損傷や
変色箇所が含まれていたとしても,日常的な犯罪報道や多くの推理小
説によって知られた情報であり,ありふれた知識にすぎない。
(ウ)「支障が生じるおそれがあると公安委員会又は警察本部長が認めるこ
とに相当の理由がある」との要件について
開示請求部分が「人の生命,健康,生活又は財産を保護するために開
示が必要な情報」である場合には,不開示とするのは相当でないことは
明らかである。本件では,開示請求者の財産を保護するために必要な情
報であるから「相当の理由がある」とはいえない。
第3当裁判所の判断
当裁判所は,控訴人の当審における請求は,別紙一覧表Ⅴ欄及びⅥ欄の各記載
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につき非開示とした決定部分の各取消しを求める限度で理由があるからこれを認
容し,その余は理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は,以下の
とおりである。
1本件条例13条1項1号(同条2項1号による準用)を理由に不開示とする
ことの相当性(争点(1))
当裁判所は,以下のとおり,いずれについても開示を相当と判断するもので
ある。以下,本件条例13条2項1号の「開示請求をした者以外の者」の解釈
を検討した上で(本項(1)),Ⅴ欄(本項(2)),Ⅵ欄(本項(3))につき個別
に検討する。
(1)本件条例13条2項1号は,「開示請求をした者以外の者」の個人情報と
定めているから,本件病名等の記載が亡Aのものである以上,開示請求権は
亡Aが生存しておれば亡Aにあることは明らかであり,亡Aが死亡した後は
開示請求権を有する者は存在しなくなる。
しかし,以下の理由から,同条項の「開示請求をした者以外の者(本人)」
とは,当該情報の本人が死亡した場合において,当該情報が,開示請求者と
本人との類型的関係上本人と同視することができる本件のような場合には,
特段の事情がない限り,当該情報は,開示請求者自身の個人情報として,1
3条1項1号に該当しないと解した上で,開示請求し得ると解すべきである。
ア本件条例は,府の所定(2条2号)の実施機関が個人情報を収集し得る
場合とその取扱いについて定め,併せて,個人情報の開示等を求める個人
の権利を明らかにすることにより,個人の権利利益を保護することを目的
とすると規定しており(1条),4条4項は,法令に基づく場合や本人の
同意がある場合,犯罪の予防目的等定められた目的以外で個人情報を収集
するときは原則として本人から収集すべきものと規定し,12条は,公文
書記録上の自己の個人情報のうち検索し得るものの開示請求ができると
規定し,19条は,誤りがある場合にその訂正を請求し得ることを規定し,
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27条は,個人情報の取扱いが不適正である場合には是正の申出をなし得
ることを規定している。このように,本件条例は,個人情報の取扱いに関
する基本的な事項を定めることにより,行政の適正かつ円滑な運営を図り
つつ個人の権利利益を保護することを目的としていると解されるところ,
本件条例においては,個人情報の実施機関による収集,保管,開示に関す
る当該情報に係る個人の権利利益を尊重し,個人情報は,公の行政目的の
ために規制を受ける場合のほかは,実施機関による個人情報の収集,保管,
開示等の各場面において,一定程度当該個人が当該自己情報に関与し得る
仕組みが規定されている。
イこのうち,13条2項1号の準用する同条1項1号は,「開示請求をし
た者以外の者」の個人情報であって「通常他人に知られたくないと望むこ
とが正当であると認められるものを含む」情報を開示しないことができる
旨を規定する。「通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認
められるものを含む」情報とは,私事の中でも秘匿すべきものであること
が一般に承認されているような事項というべきであり,上記アの観点も加
味すると,この種の個人情報は,開示請求者に開示される場合には,一般
的には当該個人情報に係る者のプライバシーを侵害し,これを侵害するお
それがあるが,当該開示請求者が当該個人情報に係る者自身である場合に
は,そのような侵害やそのおそれはなく,かえって,本件条例に定めた自
己情報への関与をなし得る一場面であるというべきことになる。
ウ死者はプライバシーの権利又は法的利益を享受し得る法的地位を有し
ないから,個人情報に係る当該個人が死亡した場合には,原則として,死
亡した当該個人についてプライバシーの保護を配慮する必要はない。
被控訴人は,死者の尊厳は,個別に独自利益として考慮されるべき事項
であると主張するが,死者は法的主体たり得ないから,死者がプライバシ
ー権又は法的利益を有するものと解することはできないし,死者の名誉権
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を保護するかのようにみえる刑法230条2項についても,その保護法益
は,一般的には死者に対する名誉毀損行為を処罰することにより,死者へ
の遺族の敬慕の感情を保護法益としてこれを保護することにより公の秩
序を維持しようとするにあるのであって,必ずしも,死者の名誉を承継人
らとは離れて個別の独自利益ないしは公益などとして保護しようとする
ものではない。そのほかに,死者の名誉やプライバシー権を個別の独自利
益として保護すべき根拠や,これを直接に公的利益などと解する根拠とな
る規定も見当たらない。
エもっとも,当該死者が,仮に生存中であったならば,当該相続人は「他
人」なのであるから,同人との関係においても「知られたくない」と望む
ことが正当であると認められる場合もないではないが,しかし,そのよう
な関係であっても,当該個人が死亡した場合には,好むと好まざるにかか
わらず,当該個人の権利利益は,相続人廃除規定に該当する場合のほかは,
相続人らに承継されるのであり,プライバシー権に基づく私的利益も同様
に承継されるべきものと解さざるを得ない。
他方,当該死者が,仮に生存中に,当該個人情報に関連してプライバシ
ーの侵害があったとして,あるいは当該個人情報を根拠資料として損害賠
償請求権その他の財産権を行使しようとする場合には,当該個人情報を自
ら開示を受けた上で,これらの権利行使をすることとなるのであり,もし
これが当該相続人との関係でも「知られたくない」と望むことが正当なも
のであったとしても,当該権利行使の必要上開示請求することを躊躇する
とは考え難い。
オそうすると,死者の個人情報で,死者自身が「通常他人に知られたくな
いと望むことが正当であると認められるものを含む」情報は,当該死者自
身が相続人ら承継人との間の具体的関係に照らして「知られたくない」と
考えるかどうかを通常は問題とする余地がないというほかはなく,類型的
-17-
に開示請求者が相続人であれば,特段の事情がない限り,当該死者の個人
情報は,開示請求者本人のものと同視してよいというべきである。
(2)Ⅴ欄の記載(亡Aの病名,受診科,薬名の記載〔前記第2の3(11)で補正
した(8)イ〕)について
ア原判決を引用・補正(前記第2の3〔前提となる事実(1),(2)〕)した
ところ及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,亡Aの姉であり,他の相続
人との遺産分割を経て亡Aの相続人として同人の権利義務を包括的に承
継する者であるが,控訴人は,亡Aの死因ないしは死亡に至る経緯に不明
点があり,場合によっては第三者に損害賠償請求権が発生する可能性もあ
り得ることを前提に弁護士に依頼し,本件開示請求を行ったものと認めら
れ,亡Aの死亡に関し第三者に何らかの落ち度が認められる場合には,控
訴人は同人に対する損害賠償請求権を相続し,控訴人自身も場合によって
は民法711条の類推適用により固有の慰謝料請求権を取得することも
ないではない。
イそして,Ⅴ欄の亡Aの病名や受診科,薬名の記載内容は,亡Aに従前い
かなる既往症があったか,その診療経過及び投薬内容がいかなる内容であ
ったかが記載されていると考えられ,この情報には,内容によっては,亡
Aの死因ないしその経過に密接に関連する情報が記録されている可能性
が高いと認められる。
そうすると,Ⅴ欄の亡Aの病名や受診科,薬名の記載内容は,一般的に
は「通常他人に知られたくないと望むことが正当と認められる」情報では
あるが,亡Aが死亡した後の同人の相続人による請求においては,亡Aの
個人情報であっても,特段の事情のない限り,「請求をした者以外の者」
の情報とはいえず,控訴人の相続した損害賠償請求権の存否に密接な関連
を有する情報を記録した文書というべきである。
ウなお,実質的に考えても,損害賠償請求権の行使に必要な既往症のカル
-18-
テは,個人情報の帰属者の同意のある場合はもちろん,当該情報主体が死
亡した場合には,遺族がその損害賠償請求権を行使することを前提に,医
師らに対し,情報の開示を求めることは世上よくある事態というべきであ
り,その場合には,通常他人に知られたくないものとしても,権利行使の
必要上やむを得ない場合として許容されているというべきである。
(3)Ⅵ欄の記載(亡Aの死体写真中の乳房と陰部の部分〔前記第2の3(11)で
補正した(8)ウ〕)について
Ⅳ欄の亡Aの死体写真中の乳房と陰部の部分については,なお一層亡Aと
すれば「他人」に「知られたくないと望むことが正当」な個人情報に該当す
るということができる。すなわち,前記(2)よりなお一層,仮に生存中にお
いて,「他人」である当該相続人との関係において「知られたくない」と望
むことが正当であると認められる場合もあり得る。
しかし,そのような関係であっても,前記(2)で説示したように,当該個
人が死亡した場合には,好むと好まざるにかかわらず,当該個人の権利利益
は,相続人廃除規定に該当する場合のほかは,相続人らに承継されるのであ
り,このような固有のプライバシー権に基づく私的利益も同様に承継される
と解さざるを得ない。
以上によれば,掲記の情報についても,本件においては「開示請求をした
者以外の者」の情報に該当するということはできない。
2本件条例13条1項7号(同条2項1号による準用)を理由に不開示とする
ことの相当性(争点(2))
(1)Ⅴ欄の記載(亡Aの病名,受診科,薬名の記載〔前記第2の3(11)で補正
した(8)イ〕)については,被控訴人は,本件条例13条2項1号,同条1
項7号に該当するとし,行政手続として死体取扱規則による取扱いを受ける
場合,これらを開示すると,守秘義務による罰則をもってする強制を解いて
あえて調査を行っているところであるから,上記手続が「府もしくは国等が
-19-
行う取締り,立入検査,交渉,渉外,争訟,許認可その他の事務事業」に該
当することを前提に,今後この種の事務事業を遂行する際,医師らの協力を
円滑に得ることが困難となり,これらの「当該若しくは同種の事務事業の目
的を達成し得ない」か「事務事業の適切な執行に著しい支障が生じるおそれ
がある」と主張する。
しかしながら,そもそも,行政手続として行われる不自然死体の検視手続
が,上記「府もしくは国等が行う取締り,立入検査,交渉,渉外,争訟,許
認可」ないしこれと同種の事務事業に文言上該当するかにつき疑問が残るこ
とを措いても,守秘義務による罰則をもってする強制を解き,あえて調査を
行うとする際の守秘義務の対象は,当該個人情報の帰属する本人に関するプ
ライバシー情報ないしはセンシティブ情報なのであって,当該個人情報の帰
属する本人が死亡した後は,これらの守秘義務違反によって損なわれる個人
法益若しくは発生する損害賠償請求権は,いずれも相続人に帰属するといわ
ざるを得ないことを考慮すると,当該守秘義務の遵守によって保全される個
人法益ないし損害賠償請求権との関係では,これらにより取得した情報を相
続人に開示したからといって,今後の検視手続等に著しい支障が生じるとは
到底思われないところであり,1項7号に基づく不開示については理由がな
い。
3本件条例13条2項3号を理由に不開示とすることの相当性(争点(3))
(1)Ⅳ欄の各記載で本件条例13条2項3号を理由に不開示とされているのは,
(a)変死体等取扱報告の「事件性の判定項目」,(b)変死観察メモの検視内容
等,(c)損傷,身体特徴図示の検視内容等,(d)検視写真の検視内容等(26
頁の陰部・乳房部分を除く。)である。
(2)控訴人は,①本件条例13条の解釈に当たっては,飽くまでも原則に対す
る例外規定であって,厳格に解釈されなければならないとし,「捜査の着眼
点」として一般的な捜査手法にすぎないレベルのものというだけでは足りず,
-20-
個別事件に関わる具体性のあるものであって,例外的な類型のものに限られ
る,②これらのうち,単に変死体の観察情報に該当する部分は,身体の外観
の客観的観察結果の記述ないし写真撮影にすぎないから,捜査の着眼点は見
出し得ず,これらに含まれる損傷や変色箇所についての捜査の着眼点はあり
ふれた知識にすぎないと主張する。
しかしながら,以下の理由で上記主張は採用できない。
ア本件条例13条1項3号と同条2項3号,4条の関係について
(ア)本件条例13条は,1項に公安委員会及び警察本部長を除く行政機関
が保有する個人情報の不開示とする場合について規定しているが,その
3号には,開示により「犯罪の予防,犯罪の捜査その他公共の安全と秩
序の維持に支障が生じるおそれがあると認められる」個人情報と規定し,
2項に公安委員会と警察本部長の保有する個人情報につき不開示とな
し得る場合について,その3号に,開示により「犯罪の予防,鎮圧又は
捜査,公訴の維持,刑の執行その他公共の安全と秩序の維持に支障が生
じるおそれがあると公安委員会又は警察本部長が認めることにつき相
当の理由がある」個人情報と規定している。
(イ)2項の規定については,そもそも,公安委員会及び警察本部長は犯罪
捜査等の警察業務を行う機関であり,犯罪捜査においては個人情報を収
集しなければ事案に対応できない場合があり,警察業務においては取り
扱う個人情報の内容等について秘匿性が強く求められるなど,他の実施
機関の事務とは異なる特殊性があることに配慮して,本件条例4条3項
3号に特別な定めとして「犯罪の予防,鎮圧及び捜査,被疑者の逮捕,
交通の取締りその他公共の安全と秩序の維持(以下「犯罪の予防等」と
いう。)を目的とするとき」には,思想,信条及び信教に関するものな
ど極めてセンシティブな個人情報の収集も許容される旨の定めを置き,
さらに同4条5号に特別な定めとして「犯罪の予防等を目的とすると
-21-
き」には本人の同意なく本人以外から個人情報を収集することができる
旨の規定を置いていると解されるところであり(乙2・9頁),これを
踏まえて,開示(本件条例13条)に当たっても,1項とは別に定めが
置かれている(2項)と考えられる。そして,2項の不開示とし得る場
合については,犯罪の予防等を目的として警察業務上収集された個人情
報のうち,刑事法執行を中心としたものに限定して不開示とするものと
し(乙2・34頁),その余はできる限り本人に開示すべきこととしつ
つ,刑事法執行を中心としたものについては,警察業務の特殊性からす
れば,犯罪に関する将来予測としての専門的・技術的判断を要するため,
これを担う公安委員会及び警察本部長が同号掲記に係る「犯罪の予防,
鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行」等「その他の公共の安全と秩序
の維持に支障が生じるおそれがある」と「認めることにつき相当の理由
がある」場合に不開示とすると規定されたものである。したがって,司
法審査の場においては,公安委員会及び警察本部長の第一次的判断を尊
重し,その判断が合理性を持つものとして許容される限度内のものであ
るかを審理判断するのが適当であると解される。
上記控訴人の主張①に関しては,仮に13条を個人情報開示の趣旨か
ら厳格に解釈すべきものであるとしても,そもそも13条2項3号で不
開示とされているものは,4条において個人情報収集を許容されて保有
することとなったもののうち,刑事法執行を中心としたものに限定され,
その余は出来る限り本人に開示すべきものとされているのであって,不
開示の範囲は既に一定程度絞り込まれているといわざるを得ない。13
条にはそれ以上の限定が付されていることをうかがわせる文言も,個別
事情を斟酌すべきことを規定する文言も見当たらないところであり,別
段の規定も設けられているものではないことは,既に刑事法執行を中心
としたものと限定されていることを前提としているものと解される。そ
-22-
うすると,非開示となし得るのは,控訴人の主張するように,一般的な
捜査手法にすぎないレベルのものというだけでは足りず,個別事件に関
わる具体性のあるものであって,例外的な類型のものでなければならな
いと解すべき根拠は見当たらない。かえって,上記のような2項3号の
文言からは,一般的な捜査手法に該当するのか,個別事件に関わる具体
的な捜査手法に係るのかの判断それ自体をも含めて,公共の安全と秩序
の維持に支障が生じるおそれがあるか否かの判断を公安委員会又は警
察本部長の合理的裁量に委ねているものと解されるところである。
(ウ)そうすると,裁判所は,本件条例13条2項3号に掲げる不開示情報
に該当するか否かについての公安委員会又は警察本部長の判断が違法
となるかどうかを審理判断するに当たっては,その判断が実施機関の裁
量権の行使としてなされたものであることを前提に,不開示の判断の基
礎とされた重要な事実に誤認がある等により同判断が全く事実の基礎
を欠くかどうか,あるいは,事実に対する評価が明白に合理性を欠くこ
と等により同判断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであ
るかどうかなど,裁量権の範囲を超え又はその濫用があったと認められ
る点があるか否かを審理し,これが認められる場合に限り違法とすべき
ものであって,開示請求者においては,かかる裁量権の範囲を超え又は
その濫用があったことを基礎付ける具体的事実について主張立証する
ことを要するものと解するのが相当である。
イ本件の記載について
(ア)そして,この点につき,まず,本件の情報である前記(a)変死体等取
扱報告の「事件性の判定項目」,(b)変死観察メモの検視内容等,(c)損
傷,身体特徴図示の検視内容等,(d)検視写真の検視内容等は,上記「開
示することにより犯罪の予防,鎮圧又は捜査,公訴の維持,刑の執行そ
の他公共の安全と秩序の維持に支障が生じるおそれがある」情報に該当
-23-
するというべきである。
すなわち,上記情報には,いずれも,死亡の事件性(犯罪に起因する
かどうか)を判断するために必要とされる調査内容,これらの判断の過
程において必要とされる記載や写真が含まれているのであり,これらの
検視内容が,変死体の客観的な外見や身体的特徴の単なる観察情報であ
ったとしても,いかなる着眼点からどの点をどの程度まで,いかなる方
法により観察するかについて,当該変死体の具体的状況に応じて個別具
体的な記述の上に随所自ずと現れるものであり(例えば,上記(c)に標
記された項目の記載についても,それがまずは単なる計測等の結果とし
ていわゆるありふれた客観的な記載を行うものとしても,具体的状況に
よってはそれだけにとどまらず,当該死体の体位や硬直状況,腐敗状況
を勘案すると,その計測方法・計測結果,観察手法・観察結果,注記方
法等も自ずと異なってくる可能性もあることを踏まえると,各項目の記
載についても個別具体的な記述がなされる場合も少なくないと考えら
れる。),これらは調査,記載,撮影に当たっては自ずと判断の際に必
要な,着眼すべき個別部位,具体的観察方法が現れていると解されるの
であって,記載項目等から直ちに一般的なありふれた知識であるといえ
るものではない。
また,上記(a)変死体等取扱報告の「事件性の判定項目」,(b)変死観
察メモの検視内容等,(c)損傷,身体特徴図示の検視内容等,(d)検視写
真の検視内容等につき,これらのうちに示される捜査の着眼点が,一般
的な捜査手法の側面を有するとしても,必然的に,個別事件において取
り上げられるべき具体的な捜査手法の側面をも有することになるもの
と考えられるのであって,控訴人主張のような二者択一的割り切りをす
ることは困難であるし,その必要性もないと思料される。
(イ)しかも,上記事件性の判断は,調査の時点で判明し得た情報を基にし
-24-
たものであって一旦犯罪に起因しないと判断されても,その後に判明し
た事情によっては犯罪に関わるとの疑いが再燃することもあり得るの
であり,現に自殺や事故を装った犯罪が多数あることや,偶然の事情や
科学的な限界等が後日判明することも珍しくないことなどを考えると,
上記のような可能性を否定することはできない。そうすると,仮に亡A
の死亡が犯罪に起因するものであった場合には,これらを明らかにすれ
ば,証拠隠滅工作や対抗・防衛措置に利用されるおそれがあり,今後の
捜査に支障となることは明らかであるし,このようなものでなかったと
しても,一般的に犯罪に起因するかどうかの判断の過程や検討・着眼点
等が明らかになることにより,証拠隠滅工作や対抗・防衛措置に利用さ
れるおそれがあるということもでき,これらが犯罪の予防,鎮圧,捜査
等の支障となるものと認められる。
(ウ)そうすると,本件においては,全面的不開示ではなく一部開示もされ
ていることを考慮すると,Ⅳ欄の各記載につき,公安委員会又は警察本
部長の非開示とした判断について,裁量権の範囲を超え又はその濫用が
あったと認めるに足りる証拠はないといわなければならない。
第4結論
以上によれば,控訴人の当審における訴えの交換的変更後の請求である本件
第2次決定の取消しを求める請求は,このうち,別紙一覧表Ⅴ欄,及びⅥ欄の
各記載につき非開示とした決定部分の取消しを求める限度で理由があるから
これを認容し,その余は理由がないから棄却すべきである。
よって,控訴人の当審における訴えの変更後の請求につき,上記のとおりの
判断をすることとして,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第5民事部
-25-
裁判長裁判官坂本倫城
裁判官西垣昭利
裁判官天野智子
(原裁判等の表示)
主文
1処分行政庁が平成23年6月28日付けで原告に対してした個人情報不開
示決定を取り消す。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の,その余を被告の各負担とする。
事実及び理由
第1請求
1主文1項同旨
2処分行政庁は,原告に対し,亡A(昭和▲年▲月▲日生)に係る「変死体等
取扱報告」と題する書面記載の情報を開示せよ。
第2事案の概要
1本件は,原告が,京都府個人情報保護条例(平成8年京都府条例第1号。以
下「本件条例」という。)12条に基づき,処分行政庁に対し,自宅で死亡し
た原告の実妹に係る「変死体等取扱報告」と題する書面記載の情報(以下「本
-26-
件個人情報」という。)の開示を請求したところ,処分行政庁からこれを不開
示とする決定(以下「本件決定」という。)を受けたことから,本件決定の取
消しと本件個人情報を開示することの義務付けを求める事案である。
2本件条例の定め(乙1)
(1)1条(目的)
この条例は,個人情報の取扱いに関する基本的な事項を定め,併せて府の
実施機関が管理する個人情報の開示,訂正及び利用停止を求める個人の権利
を明らかにすることにより,個人の権利利益を保護することを目的とする。
(2)2条(定義)
この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めると
ころによる。
ア個人情報
個人に関する情報であって,個人が特定され得るもの(他の情報と照合
することにより,個人が特定され得るものを含む。)をいう(1号)。
イ実施機関
知事,教育委員会,選挙管理委員会,人事委員会,監査委員,公安委員
会,警察本部長,労働委員会,収用委員会,海区漁業調整委員会,内水面
漁場管理委員会及び京都府公立大学法人をいう(2号)。
ウ法令等
法令,条例又は法律若しくはこれに基づく政令の規定に基づく明示の指
示をいう(3号)。
エ公文書
実施機関の職員が職務上作成し,又は取得した文書,図画及び電磁的記
録であって,当該実施機関の職員が組織的に用いるものとして,当該実施
機関が保有しているものをいう(5号)。
(3)5条(利用及び提供の制限)
-27-
ア実施機関は,収集目的以外の目的のために個人情報を利用し,又は提供
してはならない。ただし,次の各号のいずれかに該当するときは,この限
りでない(1項)。
(ア)法令等に基づくとき(1号)
(イ)本人の同意があるとき又は本人に提供するとき(2号)
(ウ)個人の生命,身体又は財産の保護のため緊急かつやむを得ないと認
められるとき(3号)
(エ)犯罪の予防等を目的とするとき(4号)
(オ)実施機関内部で利用し,又は他の実施機関に提供する場合で,個人
情報を利用し,又は提供することが事務の執行上やむを得ず,かつ,当
該利用又は提供によって本人又は第三者の権利利益を不当に侵害する
おそれがないと認められるとき(5号)
(カ)前各号に掲げる場合のほか,個人情報を利用し,又は提供すること
に相当の理由があり,かつ,当該利用又は提供によって本人又は第三者
の権利利益を不当に侵害するおそれがないと認められるとき(6号)
イ実施機関は,前項第5号及び第6号に規定する場合において,個人情報
を利用し,又は提供するときは,あらかじめ,京都府個人情報保護審議会
(以下「審議会」という。)の意見を聴かなければならない(2項)。
(4)12条(開示の請求)
何人も,実施機関に対し,公文書に記録されている自己の個人情報であっ
て,検索し得るものの開示の請求(以下「開示請求」という。)をすること
ができる。
(5)13条(開示しないことができる個人情報)
ア実施機関(公安委員会及び警察本部長を除く。)は,開示請求に係る個
人情報が次の各号のいずれかに該当するときは,当該個人情報の全部又は
一部を開示しないことができる(1項)。
-28-
開示請求をした者以外の者に関する個人情報であって,通常他人に知
られたくないと望むことが正当であると認められるものを含む個人情
報(1号)
イ公安委員会及び警察本部長は,開示請求に係る個人情報が次の各号のい
ずれかに該当するときは,当該個人情報の全部又は一部を開示しないこと
ができる(2項)。
前項各号(第2号及び第3号を除く。)のいずれかに該当する個人情
報(1号)
(6)14条(開示請求の方法)
ア開示請求をしようとする者は,次に掲げる事項を記載した請求書(以下
「開示請求書」という。)を実施機関に提出しなければならない(1項)。
(ア)開示請求をしようとする者の氏名及び住所(1号)
(イ)開示請求に係る個人情報の内容(2号)
(ウ)前2号に掲げるもののほか,実施機関が定める事項(3号)
イ代理人によって開示請求をしようとするときは,その代理人は,前項に
規定する請求書に,同項各号に掲げる事項のほか,その代理人の氏名及び
住所を記載しなければならない(2項)。
(7)15条(開示請求に対する決定等)
ア実施機関は,開示請求書が実施機関に提出されたときは,当該開示請求
書が提出された日から起算して15日以内に,当該請求についての決定
(以下「開示決定等」という。)をしなければならない(1項本文)。
イ実施機関は,開示決定等をしたときは,速やかに,その開示決定等の内
容を当該開示請求者に書面により通知しなければならない(2項)。
(8)36条(京都府個人情報保護審議会)
この条例によりその権限に属することとされた事項を行わせるため,審議
会を置く(1項)。
-29-
3前提となる事実(当事者間に争いがないか,証拠及び弁論の全趣旨により容
易に認められる事実)
(1)亡Aは,平成▲年▲月▲日,京都市α×番地3所在の自宅(浴室内)に
おいて死亡した。
原告は,亡Aの姉であり,その相続人の1人である(乙3)。
(2)平成23年3月8日,亡Aの相続人間において,被相続人亡Aに係る遺
産のうち,亡A死亡に関わるD株式会社に対する権利につき,原告及びBが
相続取得する旨の遺産分割協議が成立した(乙3)。
(3)原告及びBは,平成23年6月14日,本件条例12条の規定に基づき,
実施機関である処分行政庁に対し,「平成▲年▲月▲日京都市α×番地3所
在の自宅において死亡したA(昭和▲年▲月▲日生まれ)につき,京都府警
察職員が作成した死体検案調書に記載されている情報」の開示請求(以下「本
件開示請求」という。)をした。
なお,本件開示請求に係る個人情報開示請求書には,請求者と本件個人情
報との関係につき,「本件の請求者らは亡Aの死因に疑問を抱いており,真
の死因が亡Aの浴室のガス湯沸器の故障により発生した一酸化炭素中毒で
はないかと考えている者である。もしそうであるならば,同人等はガス湯沸
器に製造上の欠陥があるときは製造者に対する損害賠償請求権を相続する
(請求者らは遺産分割協議により亡Aのガス湯沸器製造業者に対する請求
権を承継取得した。)とともに固有の慰謝料請求権をも取得する。そうする
と,本件個人情報は,亡Aの個人識別情報であるとともに請求者らの個人識
別情報でもあるから,請求者らの自己の個人情報に当たる。」旨の記載がさ
れている。
(以上につき,乙3)
(4)亡Aの遺体の取扱いに際しては,β警察署警察官により「変死体等取扱
報告」と題する書面(以下「本件報告書」という。)が作成されているとこ
-30-
ろ,処分行政庁は,本件開示請求に係る情報(本件個人情報)の記録された
公文書として本件報告書を特定した。
本件報告書には,自宅浴室内で死亡した亡Aの遺体の写真や遺体の発見時
の状況,所持品に関する具体的かつ詳細な報告内容が掲載されている。
(5)処分行政庁は,平成23年6月28日,本件個人情報は本件条例12条
に規定する「自己の個人情報」に該当しないとして,これを開示しない旨の
本件決定をし,同日付けで,原告及びBに対し,本件決定を通知した(甲1)。
(6)原告及びBは,本件決定を不服として,平成23年7月28日付けで,
京都府公安委員会に対し,行政不服審査法に基づく審査請求(以下「本件審
査請求」という。)をした(乙4)。
(7)京都府公安委員会は,本件審査請求に対する裁決を行う必要があること
から,平成23年9月15日,本件条例における「死者の個人情報に対する
遺族からの開示請求権の有無」に係る解釈を明らかにするため,本件条例を
主管する京都府知事に対し,本件条例の解釈につき照会を行った(乙5)。
京都府知事は,平成23年10月31日付けで,上記照会に対する回答を
した。この回答によると,①請求権者及び請求内容についての解釈・運用に
ついて,「条例における請求権者はすべての自然人であり,また,開示請求
をすることのできる個人情報は,公文書に記録されている自己の個人情報で
あって,検索しうるものであるため,死者の情報について,遺族等からの開
示請求は認めていない。」,②死者の情報について,「条例では,死者の情
報についても,適正に取り扱うことが必要であると考えられることから,生
存する個人の情報と同様,『個人情報』に含めている。」,③死者の情報の
提供について,「条例の目的は個人の権利利益の保護であり,開示請求をす
ることができる情報は,実施機関が保有している自己に関する情報に限られ
ているため,死者の情報については,たとえ遺族等であっても開示請求をす
ることはできないが,死者の情報について遺族等から提供の申し出があった
-31-
場合には,条例第5条第1項第6号及び同条第2項の規定に基づき,条例第
36条の規定により設置された京都府個人情報保護審議会に諮問を行い,同
審議会において,当該情報を利用し,又は提供することに相当の理由があり,
かつ,当該利用又は提供によって本人又は第三者の権利利益を不当に侵害す
るおそれがないと認められた場合に限り,遺族等に提供することとしてい
る。」などと示された(乙6)。
京都府公安委員会は,平成23年11月24日,上記回答を根拠とし,本
件審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲2)。
(8)原告は,平成23年12月16日,本件決定の取消しと本件個人情報の
開示決定の義務付けを求め,本件訴えを提起した(顕著な事実)。
4争点
本件の争点は,本件個人情報が本件条例12条に定める「自己の個人情報」
に該当するか否かであり,この点に関する当事者の主張は次のとおりである。
(被告の主張)
(1)本件条例において,開示の請求権者はすべての自然人であり,また,開
示請求のできる個人情報は,公文書に記録されている自己の個人情報であっ
て,検索し得るものであるため,死者の個人情報については,遺族等による
本件条例12条に基づく開示請求を予定していない。このため,被告におい
ては,相続人たる遺族が本件条例12条の規定により,自己の個人情報とし
て,被相続人たる死者の個人情報について開示請求を行った場合であって
も,その開示請求を受理した実施機関は,請求に係る個人情報が本件条例1
2条の規定する「自己の個人情報」に該当しないことを理由に開示しない決
定を行う取扱いをしている。このことは,本件条例は,同条例における個人
情報の開示請求が一身専属的なものであるとの理解の下,死者固有の名誉,
プライバシーを最大限に保護するという考え方をとっているためである。
(2)本件個人情報は,本件報告書に記載されている情報であるが,同報告書
-32-
には,自宅浴室内で死亡した亡Aの遺体の写真や遺体の発見時の状況,所持
品に関する具体的かつ詳細な報告内容が掲載されている。死亡した場所が浴
室であったこと,死亡に至るまでの諸症状や死後の経時的変化が遺体に現れ
ていることなどから,本件報告書を開示することにより,死者の名誉,プラ
イバシーを侵害しかねない情報が多数存在している。本件報告書に記録され
ている個人情報は,亡A固有の名誉,プライバシーに関するきわめてセンシ
ティブな情報であり,このような情報は,生存者であれ死者であれ,通常他
人に知られたくないと望むことが社会通念上妥当であると認められる。
このように本件報告書には,死者固有の名誉,プライバシーに関連するセ
ンシティブ情報が含まれているが,本件条例は,個人情報を厳密に保護する
という立場から,死者の情報について遺族等からの申し出があった場合に
は,本件条例12条に基づく開示請求に応じるのではなく,本件条例5条1
項6号及び同条2項に基づき,審議会に諮問を行い,審議会において,当該
情報を利用し,又は提供することに相当の理由があり,かつ,当該利用又は
提供によって本人又は第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがないと
認められた場合に限り,遺族等に提供する運用を行っている。収集した目的
以外の目的のために個人情報を提供する場合において,実施機関が個人情報
の提供について判断するのではなく,審議会への諮問を義務付けていること
は,目的外提供の事案毎に個別具体的に判断することにより,個人情報のよ
り慎重な取扱いを行うことを目的としている。
(3)以上からすれば,原告が遺産分割協議により,亡Aのガス湯沸器製造業
者に対する損害賠償請求権等(亡Aの死亡原因が同器具の製造上の欠陥によ
る一酸化炭素中毒である場合)を相続したからといって,直ちにこの損害賠
償請求に係る「亡Aの個人情報」が,「原告にとっての個人情報」となった
ということはできないというべきである。
(原告の主張)
-33-
(1)原告は,亡Aの死因に疑問を抱いており,真の死因が自宅浴室のガス湯
沸器の故障により発生した一酸化炭素中毒ではないかと疑っている。そうで
あるとすれば,原告は亡Aの相続人として,ガス湯沸器に製造上の欠陥があ
るときは製造物責任法に基づく製造者に対する損害賠償請求権を亡Aから
相続するとともに,固有の慰謝料請求権をも取得することになる。そして,
本件報告書には,亡Aが浴室で死亡している状況と同人の遺体の外観を撮影
した写真が貼付されているので,これが一酸化炭素中毒において遺体が呈す
る外観の特徴に関する有力な証拠方法となる可能性がある。そうすると,本
件個人情報は,一次的には亡Aにとっての「自己の個人情報」であるが,同
人が死亡したことにより,それが相続人である原告にとっての「自己の個人
情報」にも該当することになったといわなければならない。
(2)被告は,死者に関する個人情報はすべてが当然に相続人にとっての「自
己の個人情報」となるものではなく,当該個人情報の内容によってはこれが
否定される場合があり,本件報告書にはセンシティブ情報が含まれるから,
相続人たる原告にとって「自己の個人情報」には当たらない旨を主張する。
しかし,相続人に属する権利義務の消長に関わる情報は,それが死者に関す
る個人情報であっても同時に相続人自身の個人情報にも該当するというべ
きである。本件において,原告は,上記(1)のとおり,亡Aの死亡が第三者
の不法行為に起因することを立証するために本件個人情報が必要である旨
主張しているのであり,この主張が一見して不合理ではない以上,本件個人
情報は,原告が亡Aから相続した不法行為に基づく損害賠償請求権及び原告
の固有の慰謝料請求権の消長に関わる情報であるということになり,したが
って,原告にとっても「自己の個人情報」に当たるというべきである。
(3)また,被告は,本件条例5条1項6号による目的外利用としての裁量的
開示の途があるから,死者の関する個人情報は本件条例12条に基づく開示
請求の対象にはならない旨を主張する。しかし,この制度は,当該情報が開
-34-
示請求者の自己情報に当たらず,開示請求権がない場合における例外的な救
済的措置であり,この制度があることを理由に開示請求権を否定することは
本末転倒である。被告の主張を認めれば,およそすべての情報について開示
請求権の権利性が否定されてしまうことになりかねない。
第3当裁判所の判断
1本件条例は,個人情報の取扱いに関する基本的な事項を定め,併せて実施機
関が管理する個人情報の開示,訂正及び利用停止を求める個人の権利を明らか
にすることにより,個人の権利利益を保護することを目的として制定されたも
のであり(1条),このような観点から,12条は,何人も実施機関に対し,
公文書に記録されている自己の個人情報であって,検索し得るものにつき,開
示請求ができると規定し,実施機関に対し,原則として,「自己の個人情報」
について開示することを義務付けているものと解される。
そして,本件条例において,「個人情報」とは,個人に関する情報であって,
個人が特定され得るもの(他の情報と照合することにより,個人が特定され得
るものを含む。)をいうとされており(2条1号),自然人であれば,京都府
民であるか否かを問わず,公文書に記録されている本人の個人情報についてそ
の開示を請求することができるものとされている(12条)(乙2)。
2以上を前提に,本件個人情報が本件条例12条に定める「自己の個人情報」
に該当するか否かを検討する。
(1)前提となる事実(4)記載のとおり,本件報告書には,自宅浴室内で死亡し
た亡Aの遺体の写真や遺体の発見時の状況等に関する報告内容が掲載され
ているものであるが,かかる情報(本件個人情報)は死者である亡Aに関す
る情報であり,その姉である原告にとって,「自己の個人情報」といえるか
どうかが問題となる。
前提となる事実及び弁論の全趣旨によれば,亡Aは平成▲年▲月▲日自宅
浴室内で死亡したこと,原告は亡Aの姉であり,その相続人の1人であるこ
-35-
と,上記浴室にはガス湯沸器が設置されており,原告は亡Aの死因が同湯沸
器の故障により発生した一酸化炭素中毒によるものではないかと考えてい
ること,亡Aの相続人間では平成23年3月8日,被相続人亡Aに係る遺産
のうち上記ガス湯沸器の製造業者に対する損害賠償請求権等につき,原告ほ
か1名が相続取得する旨の遺産分割協議が成立したことが認められる。
上記認定事実によれば,本件報告書には亡Aの死亡状況等に関する写真や
警察官による報告等が掲載されており,これは亡Aの死因を特定する手がか
りになり得るものであるから,本件個人情報は,上記ガス湯沸器の製造業者
に対する不法行為による損害賠償請求権の成否に関わる情報といえる。そし
て,原告は,遺産分割協議により上記損害賠償請求権を相続取得したもので
あるから,本件個人情報は,亡Aの相続人である原告にとっても,自らの権
利義務に関する情報というべきものである。
そうすると,本件個人情報は,原告にとって,本件条例12条に定める「自
己の個人情報」に該当するというべきである。
(2)これに対し,被告は,①本件条例は,死者の個人情報について,遺族等
による同条例12条に基づく開示請求を予定しておらず,本件個人情報は同
条の規定する「自己の個人情報」に該当しない,②本件個人情報は,亡A固
有の名誉,プライバシーに関するきわめてセンシティブな情報であり,この
ような情報は,生存者であれ死者であれ,通常他人に知られたくないと望む
ことが社会通念上妥当であると認められる,③本件条例は,個人情報を厳密
に保護するという立場から,死者の情報について遺族等からの申し出があっ
た場合には,本件条例5条1項6号及び同条2項に基づき,審議会の諮問を
経て,遺族等に提供する運用を行っているもので,本件個人情報の提供も上
記規定によるのが相当であるなどと主張する。
上記①の主張について,本件個人情報は,上記(1)で検討したとおり,死
者である亡Aの個人情報であるとともに,原告自身の個人情報でもあると解
-36-
されるのであるから,同主張は失当であり,採用できない。
上記②の主張については,その位置付けは必ずしも明確ではなく,本件個
人情報が亡Aにとってセンシティブ情報であることを根拠に原告自身にと
って「自己の個人情報」に該当しないというのであれば主張自体失当という
ほかない。しかし,本件条例13条が「開示しないことができる個人情報」
として,「開示請求をした者以外の者に関する個人情報であって,通常他人
に知られたくないと望むことが正当であると認められるものを含む個人情
報」(同条2項1号及び1項1号)を挙げていることから,実質的には同規
定が定める不開示事由を主張しているものと解することは可能であり,この
点は後記(3)で検討する。
上記③の主張について,本件条例5条1項6号及び同条2項は,実施機関
が管理する個人情報について,目的外利用・提供はしないことを原則としな
がら,例外的にこれができる場合を限定的に定めたものであって(乙2),
本件条例12条とはその趣旨や適用場面を異にするものである。また,ある
個人情報が「自己の個人情報」に該当するか否かは,当該情報の性質・内容
や請求者との関係等に照らし客観的に判断されるべきところ,当該情報につ
いて,本件条例5条1項6号及び同条2項に基づく目的外利用・提供が認め
られる余地があることを理由に「自己の個人情報」に当たらないとすること
は,その解釈・運用が恣意的になる可能性も否定できない。したがって,本
件個人情報が死者である亡Aの個人情報にすぎないのであればともかく,原
告自らの権利義務に関する情報であり,原告にとっても「自己の個人情報」
であると解される以上,上記規定に基づく目的外利用・提供が認められる余
地があることを理由に,本件条例12条に基づく開示請求の対象にならない
と解することはできないというべきである。したがって,上記③の主張は採
用の限りでない。
(3)本件個人情報が,本件条例13条2項1号,1項1号における「開示し
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ないことができる個人情報」としての「開示請求をした者以外の者に関する
個人情報であって,通常他人に知られたくないと望むことが正当であると認
められるものを含む個人情報」に該当するかを検討する。
死者である亡Aの個人情報という面からみると,一般に死者の名誉毀損や
プライバシー侵害が認められるものとはされていないものの,一般人にとっ
て死後においても他人に知られたくないと望む事項があることは十分に考
えられ,本件条例が「個人情報」を「生存する個人」に関するもの(例えば,
個人情報の保護に関する法律2条1項参照)に限定していないのも,かかる
点を考慮してのことと解される。加えて,亡Aの原告以外の相続人にとって
も亡Aの個人情報は「自己の個人情報」となり得るところ,被相続人の情報
がその相続人自身として他人に知られたくないと望む情報であるというこ
とは十分に考えられるところである。
そうすると,本件個人情報が亡Aにとっていわゆるセンシティブ情報であ
るとすれば,本件個人情報をもって上記不開示事由に該当する可能性はある
ということができる。
3そうすると,本件個人情報は,原告にとって,本件条例12条に定める「自
己の個人情報」に該当することになるから,これに該当しないことを根拠とす
る限りで本件決定は違法なものであり,取消しを免れない。
他方,本件個人情報が不開示事由に該当するかどうかは実施機関である処分
行政庁において判断していないし,本件全証拠によっても,これに該当しない
ことが当裁判所に明らかであるとはいえないから,同情報の開示決定をすべき
であることがその根拠規定から明らかである(行政事件訴訟法37条の3第5
項)とは認められず,同情報の開示決定を命ずることはできない。
4以上によれば,原告の本件決定の取消しを求める請求は理由があるから認容
し,本件個人情報を開示することの義務付けを求める請求は理由がないから棄
却する。
-38-
京都地方裁判所第3民事部
裁判長裁判官瀧華聡之
裁判官奥野寿則
裁判官堀田喜公衣

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