弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

     主      文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
     事実及び理由
第1 請求
  被告が平成12年4月10日原告に対して行った原告の被告に対する審査請求(平成1
1年懲(審)第1号審査請求事件)を棄却するとの裁決は,これを取り消す。
第2 事案の概要
 1 本件は,所属するA弁護士会から除名の懲戒処分を受けた弁護士である原告が,こ
の処分の取消しを求めて被告に審査請求をしたところ,被告がこの審査請求を棄却する旨
の裁決をしたため,この裁決の取消しを求めている事件である。
 2 前提となる事実
  (1) 原告は,A弁護士会所属の弁護士であったが,平成10年12月1日,同弁護士会
から除名の懲戒処分(甲1。以下「本件除名処分」という。)を受けた。(争いがない。)
  (2) 本件除名処分がされるに至る経緯は,次のとおりである。
    A弁護士会の綱紀委員会は,Bが平成6年6月20日にした懲戒請求(乙1の1。A弁
護士会平成6年第21号綱紀事件)及びCが同年7月8日にした懲戒請求(乙1の2。同第2
6号綱紀事件)に基づいて,そのころ調査を開始し,平成8年3月15日,B及びCの懲戒請
求を一部理由があるものとして,懲戒委員会の審査に付するのを相当とする旨の議決(乙
3の1,2)をしたことにより,同年5月1日にA弁護士会の懲戒委員会の手続が開始され
た。Cは,上記綱紀委員会の議決のうちCの懲戒請求の一部を懲戒委員会の審査に付さ
ないとした部分について被告に異議の申出をし,被告は,これを受けて,平成9年6月17
日,上記綱紀委員会の議決の一部を取り消し,取り消した部分を上記懲戒委員会の審査
に付する旨の決定(乙3の3の1,2)をした。その結果,A弁護士会の懲戒委員会の審査
に付された懲戒請求の理由の要旨は,下記のとおりであった(甲2)。
                    記
   ア 原告は,Bと共に,平成3年1月14日,D社がスイス国のE社の開発した一般・産
業廃棄物を処理・資源化するシステム(以下「本件システム」という。)に関する特許権の日
本における独占的実施権者(ライセンシー)として同社に対して支払うべきライセンス料に
充てるためにCからスイス国のジュリアス・ベア銀行のB名義の口座へ送金された300万ド
ル(ドルは米国ドルを指す。以下同じ。)のうちのライセンス料の支払等に充てられた後の
残金100万ドルから日本円で5000万円の払戻しを受け,これを折半し,各自2500万円
ずつ日本に持ち帰ったが,D社から上記独占的実施権を取得するための法律事務を委任
された弁護士であり,同社の監査役でもある原告は,上記300万ドルがD社がCから融資
を受けたもので,E社に対するライセンス料として支払うべき金員であることを知っていなが
ら,2500万円を受領して不法に領得した。
   イ Bは,平成3年1月14日ころ,前項の100万ドルの残金のうち59万3000ドルを
香港に送金し,現金化した上日本に持ち帰ったところ,原告は,同年3月22日,そのうち4
000万円をBから受領したが,これは業務上の横領行為である。
    A弁護士会の懲戒委員会は,上記懲戒請求の理由について審査の上,平成10年1
1月13日,原告を除名する旨の議決(甲2)をし,同弁護士会は,この議決に基づいて,本
件除名処分をした。A弁護士会の懲戒委員会のした上記議決の内容は,別紙「議決書」記
載のとおりであり,同弁護士会がした本件除名処分の理由の要旨は,下記のとおりであっ
て,審査に付された懲戒請求の理由のうち前記イは,懲戒することはできないとされた。
(甲1,2)

 原告は,B,Cらと共に,E社が開発した本件システムに関する特許権の日本における独
占的実施権のライセンシーとして,D社の設立に関与し,自ら同社の代理人,監査役に就
任した。
 しかるに,原告は,平成3年1月14日,D社がE社に対するライセンス料に充てる資金と
して銀行から借り入れた300万ドルのうちから2500万円を不当に領得した。
 原告は,D社の監査役であり,かつ,E社から本件システムに関する特許権の日本にお
ける独占的実施権を取得するための法律上の事務を委任された弁護士であることから,
前記の行為は弁護士としての品位を失うべき非行である。
  (3) 原告は,被告に対し,本件除名処分の取消しを求めて審査請求をしたが,被告は,
平成12年4月10日,原告の審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という。)を
し,同月13日,原告にその裁決書が送達された。(争いがない。)
第3 争点
 1 原告がBから2500万円を受領した行為等が品位を失うべき非行に当たるか(争点
1)。
(1) 被告の主張
   ア 原告は,平成2年10月下旬,D社の発起人の一人であるFからE社が開発した本
件システムに関する特許権の日本における独占的実施権(以下「本件ライセンス」という。)
を取得するための法律事務を委任された。その後,原告は,自らもD社の発起人となり,法
律事務の処理に加え,同社の事業にも参画することとなった。
   イ 平成2年12月10日,E社の社長が来日し,同月14日付けで今後設立されるD社
がE社の日本におけるライセンシーとなることなどを内容としたベーシック・アグリーメント
(基本合意書)が作成され,原告は,Gと共に,D社の設立発起人代表として,これに署名し
た。
   ウ 平成3年1月7日,D社の設立登記がされ,原告は,同社の監査役に就任した。な
お,設立時のD社の代表取締役は,C,B及びFの3名であった。
   エ 原告は,平成3年1月11日から同月16日までの間,Bと共に,D社のE社に対す
る初年度のライセンス料を支払うためスイスに出張した。
     他方,Cは,上記ライセンス料を支払うため,スイスのジュリアス・ベア銀行本店の
B名義の口座(以下「B口座」という。)に300万ドルを送金したが,このB口座は,ライセン
ス料を至急送金するための便宜的手段としてBの名義で開設されたものであり,実質的に
はD社の口座であった。
   オ 原告は,弁護士として,D社から本件ライセンスを取得するための法律事務を委
任され,また,同社の監査役に就任していたのであるから,B口座に送金された300万ド
ルの管理・処分については,委任契約に基づき,D社に対して善良なる管理者の注意義務
を負っていた(民法644条)。
     しかるに,原告は,平成3年1月15日,Bと共にジュリアス・ベア銀行に赴き,Bが
B口座からD社の運転資金にする名目で日本円5000万円を引き出すのに立ち会い,同
日夜,宿泊先のホテルの部屋で,Bから,この5000万円のうち2500万円を受け取り,こ
れを領得した。
   カ 原告が,弁護士としてD社から本件ライセンスを取得するための法律事務を委任
され,Bと共に300万ドルという多額の金銭の管理をゆだねられ,かつ,D社の監査役に
就任していたことなど,原告とD社との間の高度の信頼関係にかんがみれば,代表取締役
のCなどに何らの確認もせず,本来の使途以外の目的に流用された金銭の一部である25
00万円を受領し,これをD社に返還しないのは,依頼者から預託された金員を着服したま
ま返還しないのに等しく,弁護士の信用を害する行為である。
     原告は,この2500万円はBが代表取締役を務めるH社から依頼を受けて処理し
た弁護士業務の報酬であったというが,仮にそうであったとしても,D社の預金をH社のた
めに使用することは委任の本旨に反する。また,原告は,BはD社の代表取締役として50
00万円を引き出し,その一部を流用して原告への弁護士報酬の支払に流用したが,この
流用についてはCの同意を得ていると思っており,D社の金員を着服するとの認識は全くな
かったと主張するが,仮にCが5000万円の流用を認めていたのならH社の預金口座に送
金すれば足りるのであり,わざわざスイスの銀行に送金し,スイスの銀行で現金で受け取
る合理的な理由がない。仮にその当時原告に横領の認識がなかったとしても,平成5年1
2月22日に開催されたD社の取締役会において,Cが300万ドル全額をE社に対するライ
センス料とする趣旨で送金したことや5000万円の流用についてCの了解がなかったこと
が明らかとなったのであるから,原告は,遅くともこの時点では自己の受領した2500万円
を直ちにD社に返還すべき義務の存在を認識し得たはずである。しかし,原告は,その後
も,2500万円をD社に返還しなかった。
     また,原告は,D社から本件ライセンスを取得するための法律事務を委任され,C
から本件システムに係る契約履行のために300万ドルの送金を受け,これをBと共に管理
すべき立場にあったのであるから,この300万ドルが本来の目的以外に使用された場合
は,その旨をD社の役員に報告すべき義務がある。Bが代表取締役であるとしても,D社と
Bの取引は取締役会の承認が必要な自己取引に該当するから(商法265条1項),D社の
監査役でもある原告としては他の取締役に報告せずに済ませられる事項ではないし,100
万ドルをジュリアス・ベア銀行の運用投資に回すことも取締役会の承認を要する事項であ
り(商法260条2項),Bが単独で行えることではない。平成5年12月22日に開催されたD
社の取締役会で初めて他の取締役に200万ドルが他の用途に使われたことが明らかにな
ったことからすれば,Bが取締役会の事前又は事後の承諾なく200万ドルを流用したこと
は明らかであり,かかる重要な事実を報告せず,その結果D社はE社からライセンス契約
を解除されたのであって,原告の責任は重大である。したがって,300万ドルの支払処理
につきD社に対する報告・説明義務を履行しないことも,弁護士としての信用を害すべき非
行に当たる。
  (2) 被告の主張に対する原告の反論及び主張
ア 被告は,原告がBから2500万円を受領したことをもってD社の金員の横領行為に
当たると主張するが,この主張は争う。原告がBから2500万円を受領した経緯等は,以
下のとおりである。
    (ア) 原告とB及びCとの関係
      原告は,C及びBと共に,昭和62年3月創立のJロータリークラブの創立当初か
らの会員であるが,Cは,宝石商を営む株式会社Kの代表者であり,Bは,日本と発展途
上国,特にナイジェリアとの間の航空貨物輸送を目的とするH社の代表者である。CとBの
2人は友人関係にあり,平成3年までに,Bは,Cから,数回にわたり,約1億8000万円の
融資を受けていた。
      原告は,昭和62年7月ころ,Bから,H社とナイジェリアの石油公団との原油取
引について法律問題の処理を依頼され,原油取引に関する書類の作成,LC開設銀行の
紹介,原油買取会社との契約交渉等を行ったことを始めとしてH社の法律問題を処理して
いた。これによる弁護士報酬は,少なくとも5000万円を超えていたが,原告は,Bに請求
しなかったため,未払となっていた。他方,原告とCとの関係は,ロータリークラブで会うと
挨拶を交わす程度の関係であったが,平成元年3月ころ,Bの依頼でタイ国に家具製造会
社の買収のためにBと同行した際,Cも同行したことがあった。この時のBの説明によると,
Cはバンコクでマンションを購入するが,その交渉をBが任されているとのことであり,その
外にCが所有するハワイのマンションの売却も頼まれているということであったため,原告
は,BとCは相当に親しい間柄にあり,BはCからかなり信頼されていることを知った。
    (イ) E社との関係
      原告は,平成2年2月ころ,スイス人の友人Gから,E社が開発し,世界各地で特
許権を有する一般家庭ごみの処理システム(本件システム)の日本における特許実施権者
(ライセンシー)になる会社を紹介してほしいとの依頼を受けた。Gがそれまでに原告に持ち
込んできた案件は,成功した事例が全くなかったので,原告は,本件システムについても
興味がわかず,放置していたところ,同年9月ころ,Gから,三菱グループが本件システム
に興味を示し相当乗り気になっているとの話を聞かされ,三菱グループが興味を示すほど
のものならば優れたものに違いないと考え,リサイクル事業を行っている友人のFにこの話
をした。すると,Fは,同年10月25日,スイスにあるE社の実験工場を見学して本件システ
ムの優れていることを実見し,同社のM社長とも面談して,本件システムの日本での製造,
販売の独占的実施権を取得するには100万ドルが必要であることを知った。スイスから帰
国したFは,本件システムの日本における事業化を計画し,原告に対し,本件ライセンス取
得のためにE社との交渉及び事業遂行上生ずるであろう法律問題の処理について協力を
要請した。また,Fには当時本件ライセンス取得に要する資金がなかったため,Fは,原告
に対し,自分は技術面を担当するが,本件ライセンスを取得する資金がない,原告が所属
するロータリークラブの会員の中に資金を提供してくれる者がいないかと述べた。当時,原
告は,BがCから1億8000万円も借りていることやH社が資金に窮していることなど全く知
らず,むしろ発展途上国への航空貨物の輸送で大きな利益を得ていると思っていたことか
ら,Bに本件ライセンス取得の話を持ち掛け,出資を打診したところ,Bは,自分より金持ち
がいるからその人に資金を出してもらうとして,Cの名を出し,BがCに資金の提供を依頼
することになった。同年11月20日,原告とFは,H社の本社にBを訪ね,E社からFあてに
送られてきたベーシック・アグリーメント(基本合意書)の草案の内容を説明するとともに,E
社作成のビデオテープやパンフレット類を手渡して,これらをCに見せてもらうよう依頼し
た。
    (ウ) B口座開設の経緯
      E社から送られてきたベーシック・アグリーメントの草案により本件ライセンスを取
得するためには,初年度の1月初めに100万ドル,次年度からは毎年50万ドルをライセン
ス料としてE社に支払わなければならないことが判明した。原告は,当時,特許権等の技
術導入契約を締結しようとするときは,外為法上,契約締結日前3か月以内に「技術導入
契約の締結に関する届出書」を日本銀行を経て大蔵大臣等に提出しなければならず,そ
の届出書が受理されてから30日を経過するまでは契約を締結したり,ライセンス料を送金
したりすることができないことを知った。本件システムの日本における購入先は主として一
般家庭のごみ処理を行う地方自治体であるため,届出書の必要的記載事項である日本で
のごみ処理機械の生産計画を勝手に記載するわけにはいかなかったことや当時はE社と
ベーシック・アグリーメントの締結に至っていなかったことなどから,外為法上の事前届出
の手続をとることが時間的に無理であり,日本からE社にライセンス料を直接送金すること
ができないことが分かった。そこで,原告は,E社のあるスイスに本件ライセンスを取得する
者の銀行口座を開設し,その口座に送金し,同口座からE社に支払う以外に方法はないと
考え,平成2年11月21日,知人であり,スイスのジュリアス・ベア銀行東京駐在員事務所
の主席代表であるNに会い,ライセンス料送金の手続を聞いたところ,同人は,スイスの銀
行に個人の銀行口座を開設し,いったんその口座に送金して,そこからライセンス料を送
金する方法を原告に教えた。同月30日,原告は,Bを紹介すべく,Bを伴ってNと会った
が,その際,Nは,Bから原告あての委任状,Bのパスポートの写真及び署名のコピーがあ
れば,Bの個人口座を直ぐに開設することができると言って,ジュリアス・ベア銀行所定の
口座開設のための委任状用紙をBに交付した。その数日後,Bは,原告経由で必要書類を
Nに届け,間もなくジュリアス・ベア銀行のスイス本店にB口座が開設された。
    (エ) E社とのベーシック・アグリーメント締結
      平成2年12月10日,E社のM社長が来日し,原告の事務所で,原告,G及びFと
M社長との交渉が始まった。M社長は,来日前から三菱商事をライセンシーにする意思を
固めていた模様であったため,交渉は難航したが,同月14日に至り,ようやく近く設立予
定のD社が日本のライセンシーになることに決まったものの,その代わり次年度分からの
ライセンス料は50万ドルではなく,毎年100万ドルということになり,その条件で同日ベー
シック・アグリーメントが締結された。この交渉の推移と結果は,原告の事務所に来ていた
Bには逐一伝えており,Bは,ベーシック・アグリーメントの内容を十分に知っていたはずで
ある。なお,このベーシック・アグリーメントは英文であり,原告が大急ぎで作成したため,
文章が繋がらず数行脱落した箇所が生じた。
      Bは,ライセンス料を毎年日本から送金するのは大蔵省に対する届出など手続
が面倒であり,2年分のライセンス料があればその間に地方自治体から注文が取れるだろ
うし,そのほかに100万ドルあれば運転資金等に使用できるので,合計300万ドルをCか
ら借りると原告に伝えた。ベーシック・アグリーメントの締結交渉中,M社長からE社の実験
工場は毎日運転しているのではないため,バイヤーが見学に来て本件システムの試運転
を行う場合,ごみを大量に集めるなどのために費用が1回につき500万円くらいかかる
が,これはライセンシーの負担になると言われ,原告は,これをBに伝えていたが,300万
ドルを借りる旨のBの話を聞き,2年分のライセンス料のほかにこれらの費用に充てるため
100万ドルをCから借りるものと理解した。
    (オ) 太陽神戸三井銀行銀座支店における説明
      Cは,300万ドルを太陽神戸三井銀行銀座支店から融資を受けて調達したが,
この交渉はCとBが行っていた。原告は,Bから,同銀行に本件システムの説明をしてほし
いと依頼され,平成2年12月27日,B及びCと共に同支店に行ったが,原告が同支店に
行ったのはこの1回限りであり,話した内容もE社の業務内容や本件システムについてで
あり,融資金の使途や本件ライセンスの取得に要する費用等については,既にCから説明
してあると思い,何も話さなかった。ただ,原告の説明が終わった後で,同銀行の担当者が
スイスへの送金総額は300万ドルであることの確認を求めたので,原告は,そうだと答え
た。
    (カ) D社の設立
      平成3年1月7日,B,C,G,F,O,P及び原告の7名が設立発起人となって,本
件システムのライセンシーとなるD社が設立された。資本金は,610万円(1株5万円で12
2株)であり,PとQの2名が各1株,Pを除く発起人6名がそれぞれ20株を引き受けた。そ
して,B,C及びFの3名が代表取締役に,原告が監査役にそれぞれ就任した。3名の代表
取締役のうち,Bが営業,財務及び業務全般を担当し,Fが営業と技術を担当することにな
ったが,Cは,名目のみの代表取締役であり,D社の運営には一切関与しなかった。D社
は,その後2回の増資があり,最終的な同社の資本金は3000万円になった。
    (キ) ジュリアス・ベア銀行の訪問
      E社とのベーシック・アグリーメントでは,速やかに日本法による株式会社を設立
し,その会社がベーシック・アグリーメントに定めるすべての権利義務を承継するとされて
いたため,原告は,D社が設立された場合,同社の預金口座をジュリアス・ベア銀行に開
設しなければならないと考え,その手続を前記のNに相談したところ,同人から,個人の場
合と異なり,会社の口座開設手続は複雑で,会社の登記簿謄本,定款,取締役会の口座
開設決議議事録,決算書類及び会社を代表してサインする権限のある者の名簿並びにこ
れらの英訳と在日スイス大使館による翻訳証明書等が必要であるとの説明を受けた。そこ
で,原告は,平成3年1月7日ころ,在日スイス大使館を訪ね,領事に対し,D社の預金口
座をジュリアス・ベア銀行に開設するために同行が要求する書類の翻訳証明書の発行を
求めたが,領事は,スイス大使館にはそのような権能はないとしてこれを拒否した。そこ
で,原告は,再度Nに相談したところ,同人から,チューリッヒにあるジュリアス・ベア銀行本
店に行って直接交渉することを勧められた。原告は,ライセンス料の支払期限が切迫して
いたため,同月10日,Bと共にスイスに行き,同月11日,ジュリアス・ベア銀行にD社の口
座開設を求めたが,やはり在日スイス大使館の翻訳証明書なしには口座開設はできない
とのことであった。原告は,D社の設立前に開設したB口座の外に実質的なD社の口座を
開設しなくてはならないと考え,Bと相談の上,Bと原告の共同名義の口座(以下「共同名
義口座」という。)を同銀行本店に開設した。共同名義にしたのは,初めD社の代表取締役
であるBの名義にしようとしたが,Bが英会話ができないのを知ったジュリアス・ベア銀行の
担当者Rが緊急に連絡する必要が生じたときに英会話ができないと困るので原告にBの代
理人になるよう求めたためである。
    (ク) 送金された300万ドルの処理
      平成3年1月14日,太陽神戸三井銀行銀座支店からジュリアス・ベア銀行のB口
座に300万ドルが送金されてきた。ジュリアス・ベア銀行本店に待機していたBと原告は,
うち100万ドルを直ちにE社の口座に送金する手続をし,次年度のライセンス料分100万
ドルについては共同名義口座に移した。ところが,ジュリアス・ベア銀行の担当者Rは,1年
間預金しておくだけでは金利が低いのでD社にとってメリットがない,8割元本保証の高利
回りの運用に回せばD社の利益になると投資の実績表を示しながら熱心に投資を勧めた
ため,Bも,その気になり,100万ドルを1年間の投資に回すことにした。なお,これはジュ
リアス・ベア銀行の資金運用の失敗で3万ドルの赤字になったため,同行から不足分を借
りて平成4年1月に2回目のライセンス料として100万ドルがE社に支払われている。B
は,上記300万ドルの残りの100万ドルは運転資金であるからと言って,B口座にそのま
ま残した。なお,上記300万ドルは,D社がCから事業資金として借りたものである。
    (ケ) 原告の2500万円の受領
      平成3年1月15日,Bは,原告に再度Rに会いたいと言ったため,原告は,Bと共
に,ジュリアス・ベア銀行本店にRを訪ねた。すると,Bは,Rにメモを渡し,B口座から,香
港のSの預金口座に20万0112ドル40セント,ロンドンのTの預金口座に2万9374ドル
77セント,香港のU社の預金口座に39万3170ドル87セントをそれぞれ送金するよう片
言の英語で指示するとともに,日本円で5000万円を用意するよう指示した。Bの説明で
は,SはH社の香港駐在員であり,同人の口座に運転資金を移しておけばBが必要なとき
に直ちに送金ができる,Tに送金することにより近々ナイジェリアとの間に大きな取引が行
われる,U社はH社の取引先で直ぐに返してもらえる,5000万円は日本に持ち帰り,運転
資金や役人への接待に使用するとのことであった。
      Bは,Rから5000万円を受け取って鞄に詰め,原告と共に宿泊先のホテルに戻
ったが,原告が自室でくつろいでいると,Bが2500万円を持参し,H社に関する弁護士報
酬の未払分の一部として受け取ってほしいとのことであったので,原告は,この2500万円
についてはBがD社の運転資金として使用するために引き出した5000万円のうちの一部
を一時的に流用するものであることは分かったが,この流用についてはCの了解を得てい
るものと思い,2500万円を受け取った。
   イ 以上のように300万ドルは,その全額がE社に支払われるライセンス料というわけ
ではなかった。そのうちの200万ドルのみがライセンス料で100万ドルはD社の運転資金
にされる予定であった。B口座から5000万円を引き出したのはBであり,原告は,この引
き出しについて事前に相談されることもなかった。Bは,5000万円はD社の者をスイスに
あるE社の実験工場に派遣する経費や今後のD社の運転資金として使用すると説明して
いた。原告は,Bから2500万円を受け取った時,運転資金をH社の債務の支払に流用す
るものであることは分かったが,小さな会社ではこのようなことはよくあることであるし,流
用についてはCの了解を得ているものと思ったのである。
     被告は,Cに確認すべきだというが,Cは宝石店である株式会社Kを経営しており,
D社の業務に関与することは望まなかったのであり,原告は,D社の運転資金をどのように
使用するかについてはすべてBに任されていたものと認識していたのである。
     仮にBが5000万円を引き出した行為が横領行為に当たるとしても,原告は,この
行為に何ら荷担しておらず,横領罪の共犯に当たるものではない。
   ウ また,被告は,原告がD社から本件ライセンスを取得するための法律事務を委任
され,Cから本件システムに係る契約履行のために300万ドルの送金を受け,これをBと
共に管理すべき立場にあったのであるから,この300万ドルが本来の目的以外に使用さ
れた場合はその旨をD社の役員に報告すべき義務があると主張するが,原告は,本件ライ
センスを取得するための渉外事務を委任されただけであり,D社の代理人として法律行為
をしたことはなく,また,D社の取締役会は一度も開かれなかったし,もともと100万ドルの
投資や2500万円の流用については代表取締役であるB自身が行ったものであるから,
原告が取締役会の開催を求めて報告することまではしなかったのである。D社は,資本金
1億円以下の小会社であるから,株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律2
5条により商法260条の3の規定は適用されないのであり,原告に監査役としての商法上
の報告義務はない。
2 原告の行為が品位を失うべき非行に当たる場合,当該非行についての除斥期間は経
過したか(争点2)。
(1) 原告の主張
   ア 仮に原告がBから2500万円を受領した行為が非行に当たるとしても,これにつ
いての除斥期間の始期は原告が2500万円を受領した平成3年1月15日であるから,同
日から3年を経過した平成6年1月14日の経過により除斥期間が満了した(弁護士法64
条)。
     したがって,A弁護士会の懲戒委員会が懲戒手続を開始した平成8年5月1日に
は既に除斥期間が経過していたから,A弁護士会のした本件除名処分は違法であり,本件
除名処分を是認した被告の本件裁決も違法であって,取り消されるべきである。
   イ 被告は,依頼者に返還すべき金銭を着服したまま返還しないという非行の場合に
は,犯罪行為又は不法行為としての着服行為が終了しても,着服した金銭を依頼者に返
還するか,又は着服行為についての示談が成立するまでは弁護士としての信用は害され
た状態にあり,非行は継続しており,除斥期間も開始しないと主張するが,それでは除斥
期間がいつまでも進行しないことになり,除斥期間を設けた趣旨に反し,明らかに不合理
である。また,被告には取締役会に対する説明報告義務はないから,除斥期間の開始を
平成5年12月25日とするのも誤りである。
  (2) 被告の主張
ア 原告の行為は,刑法上業務上横領に該当する行為であるが,弁護士法における
懲戒制度は,刑法及び民法のように依頼者の財産権そのものの保護を目的とするのでは
なく,国民の基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とし,深い教養の保持と
高い品性の陶やが求められる弁護士の使命と職務を全うし,弁護士に対する信頼を維持
し,向上させることを目的としている。したがって,弁護士法上何が懲戒の対象となる非行
であるかは,犯罪行為や民法上の不法行為と異なり,弁護士としての信用を害したか否
か,職務の内外を問わずその品位を失うべき行為があったか否かによって判断されるので
ある(弁護士法56条1項)。
     したがって,例えば依頼者に返還すべき金銭を着服したまま返還しないという非行
の場合には,犯罪行為又は不法行為としての着服行為が終了しても,着服した金銭を依
頼者に返還するか,又は着服行為についての示談が成立するまでは弁護士としての信用
は害された状態にあって,非行は継続しており,除斥期間も開始しないというべきである。
すなわち,弁護士法64条にいう「懲戒の事由があったとき」とは,懲戒の事由に当たる行
為が終了した時であり,継続する非行についてはその行為が終了した時と解すべきであ
る。
     本件では,原告は,懲戒手続が開始された平成8年5月1日の時点においても25
00万円をD社に返還していなかったのであるから,除斥期間は開始さえしていないのであ
る。なお,A弁護士会の懲戒委員会は,除斥期間の始期について,「金銭受領の時点が除
斥期間の始期となるのではなく,返還義務を履行しないことが依頼者に明らかとなりそれ
が依頼者において着服行為と認識された時点,又は事件の終了,委任関係の終了その他
依頼者との関係で清算すべきことが明確になった時点が始期となる。」としているが,この
見解によっても,本件においては,平成5年12月22日のD社の取締役会で事実関係が初
めて明らかにされたのであるから,除斥期間が経過していないという結論は同じである。
   イ また,原告は,D社から本件ライセンスを取得するための法律事務を委任された
者として,かつ,D社の監査役として,本件ライセンス取得のために送金された300万ドル
がそれ以外の目的のために使用・費消された場合には,その旨を取締役会に報告し,説
明すべきであるが,原告は,平成5年12月22日に至るまでこれをしなかったのであるか
ら,この時点までは除斥期間は開始しない。
3 本件除名処分は懲戒権の濫用といえるか(争点3)。
(1) 原告の主張
    仮に原告の行為が品位を失うべき非行に当たるといえるにしても,本件除名処分
は過酷なものであり,懲戒権の濫用である。
(2) 被告の反論
  原告の主張は争う。
第4 争点に対する判断
 1 証拠(甲4ないし6,8,乙1の6ないし11,1の16,1の17の1及び2,1の21の17
の1及び2,1の21の20の1ないし3,1の21の21の1ないし12,2の6,2の9の6,3の
4ないし13,4,5,6の1ないし19,7,8の1ないし3,原告本人)及び弁論の全趣旨によ
れば,原告が2500万円を受領するに至った経緯等について,以下の事実を認めることが
できる。
  (1) 原告は,渉外関係事件を主として扱う弁護士として東京都千代田区a町に法律事
務所を設けていたが,昭和62年3月ころに設立されたJロータリークラブの会合で,そのこ
ろBと知り合った。Bは,当時,主に発展途上国と日本を結ぶ航空貨物運送の代理店業務
を行うことを目的としていたH社の代表取締役をしており,原告は,同社の業務に関してB
を手助けしたこともあった。
  (2) 原告は,平成2年2月ころ,かねてからの知り合いであるスイス人のGから,E社が
開発した本件システムの日本におけるライセンシーになる会社を紹介してほしいとの依頼
を受けた。そこで,原告は,リサイクル業を営む友人のFにこの話をしたところ,Fは,スイス
のE社の実験工場を視察するなどし,その結果,本件システムの日本における事業化を進
めたいと考えるようになった。しかし,E社から本件ライセンスを取得するには初めに100
万ドルが必要である旨説明されたものの,Fにはその資金がなかったことから,Fは,原告
に資金提供者を紹介してほしい旨要請した。そのため,原告は,同年夏ころ,Bに対し,本
件システムの事業化の話を持ち掛け,本件システムを我が国の自治体に売却することに
より短期間に大幅な利益が得られる見込みであること,E社から本件ライセンスを取得する
には300万ドルが必要であることなどを説明し,資金提供者の確保を要請した。
  (3) 原告の要請を受けたBは,Jロータリークラブの会員として原告とも面識のあるCに
資金提供を呼び掛けることにした。Cは,銀座で宝石店を営む資産家であり,Bは,Cから,
当時約1億8000万円の融資を受けていた。Bは,平成2年9月ころ,帝国ホテルにおい
て,原告と共にCと面談し,本件システムの事業化計画について説明したが,その際,原告
は,Cに対し,本件ライセンス取得のためには300万ドルが必要だが,本件システムの売
却利益により短期間に返済することができる旨説明し,資金の提供方を要請した。Cは,ロ
ータリークラブにおける会合の話の中で原告が著名な渉外弁護士であると知っていたこと
から,原告の話を信用し,300万ドルを提供することにした。
  (4) 原告は,資金の目処がついたため,本件システムのライセンシーとなる会社の設
立を企画するとともに,本件ライセンス取得のためE社との交渉を始め,平成2年11月ころ
には,E社からベーシック・アグリーメントの草案を入手した。原告は,E社にライセンス料を
支払うためにはスイスに銀行口座を開設する必要があると考え,同年12月初めころ,Bを
代理して,スイスのチューリッヒにあるジュリアス・ベア銀行本店にB口座を開設する手続を
し,同月4日ころ,B口座が開設された。
  (5) E社のM社長は,平成2年12月10日ころに来日した。原告がM社長と交渉した結
果,同月14日,E社と設立中の会社の発起人になることになっていたF,C,O,B,G及び
原告との間で,設立中の会社(D社)が本件ライセンスのライセンシーとなること,ライセン
シーは平成4年から毎年1月2日に実施料100万ドルをE社に支払うこと,ライセンシーは
それとは別に平成3年1月14日までに100万ドルをE社に支払うことなどを内容とする英
文のベーシック・アグリーメントが作成され,調印された。このベーシック・アグリーメントに
は,E社側はM社長が,ライセンシー側は,原告,F及びGの3名がそれぞれ署名した。
  (6) 他方,Cは,本件ライセンスの取得に必要と言われた300万ドル相当の金員を太
陽神戸三井銀行銀座支店から借り入れて調達することとし,平成2年10月ころ,同支店に
融資を申し入れた。同支店の担当者は,Cに対し,本件ライセンスに関する契約の内容を
説明できる者を同行するよう指示したため,Cは,原告に対し,同支店に同行して担当者に
この説明をするよう求めた。その結果,原告は,同年12月27日,Cと共に太陽神戸三井
銀行銀座支店に赴き,平成3年1月14日までに300万ドルが必要なことを説明した。ま
た,その際か遅くとも同銀行の融資決済がされた同月11日までの間に,ベーシック・アグリ
ーメントのコピーが銀行側に提出されたが,このベーシック・アグリーメントのコピーには,
同月14日までに300万ドルをE社に支払うべきことが記載されており,E社との間で取り
交わされた前記ベーシック・アグリーメントを変造したものであった。
  (7) 平成3年1月7日,本件ライセンスのライセンシーとなるD社が設立された。設立の
発起人は,予定されていたB,C,G,F,O及び原告の6名にPが加わった7名であった。資
本金は,610万円(1株5万円の122株)であり,PとQの2名がそれぞれ5万円,Pを除く
発起人6名がそれぞれ100万円を引き受けた。B,C,F,O及びPの5名が取締役に就任
し,このうちB,C及びFの3名が代表取締役になり,また,原告は,監査役に就いた。D社
の本店は,原告の事務所に置かれた。
  (8) 原告とBは,D社にライセンス料を支払うため,チューリッヒに出張し,平成3年1月
11日(現地時間),ジュリアス・ベア銀行本店を訪れ,共同名義口座を開設した。この共同
名義口座は,原告とBの共同でなければ払戻し等の手続をすることができないという口座
ではなく,原告とBは,いずれも単独で権利行使をすることができるものであった。原告は,
渉外弁護士として英語が堪能であったが,Bは,ほとんど英語を話すことができず,むろん
ドイツ語,フランス語も理解できなかったので,ジュリアス・ベア銀行との交渉等は原告が行
った。
  (9) Cは,太陽神戸三井銀行から4億0680万円の融資を受け,平成3年1月11日,B
を通じて原告から交付された送金先のメモに基づいて,受取人をE社として,B口座に300
万ドルを送金した(乙1の6)。このメモには,B口座の口座番号のほかに,通常は「受取人
E社」と訳される「in favour of E」の文字が記載されていたため,Cや送金手続をした銀
行の担当者は,B口座をE社の預金口座であると誤信した。
    B口座に送金された300万ドルは,同日(現地時間),電話による指図により,うち1
00万ドルはE社の預金口座に(乙1の21の21の2),うち100万ドルは共同名義口座に
(乙1の21の21の3)それぞれ振替送金の手続がとられ,後者の100万ドルは,ジュリア
ス・ベア銀行の投資運用にゆだねられた。また,同月14日(現地時間),電話による指図に
より,100万ドルが残ったB口座から,日本円で5000万円(37万6459ドル余)の払戻手
続,香港のSの預金口座に20万ドル(乙1の21の21の4),ロンドンのTの預金口座に2
万9350ドル(乙1の21の21の5),香港のU社の預金口座に39万3000ドル(乙1の21
の21の6)の各送金手続がされた。Sは,H社の従業員であり,U社は,H社の関連会社で
あった。
  (10) 平成3年1月15日(現地時間),原告とBは,ジュリアス・ベア銀行を訪れ,同銀行
から,前日に払戻手続をした5000万円を受け取った。5000万円の受領書(乙1の21の
20の2)には原告とBが署名した。
    原告とBは,払戻しを受けた5000万円を2500万円ずつ分けて日本に持ち帰り,
原告は,自分が持ち帰った2500万円を自己のために費消し,Bは,2500万円をH社の
運転資金として費消した。300万ドルがどのように処理されたかについては,平成5年12
月になるまで,原告もBも,D社の他の取締役には説明しなかった。
  (11) 平成4年1月に開かれたD社の取締役会において,E社に支払うべきライセンス料
が議案に上った。その際,Bから,原告がE社に支払った旨の説明があったため,他の取
締役は,これを了承した。同月にE社に支払うべきライセンス料の100万ドルは,原告が同
月13日ジュリアス・ベア銀行にファックスで指示して共同名義口座からE社に送金されたも
のである(乙1の21の20の3,1の21の21の1)が,共同名義口座の100万ドルはジュリ
アス・ベア銀行の投資運用の結果3万ドル余りの損失を出していたため,同銀行の貸越し
として処理された。
  (12) 平成5年1月に開かれたD社の取締役会では,議長となったBが同月にE社に支
払うべきライセンス料は支払期限が過ぎているが資金の手当をいかにしたらよいかと発問
し,これに対し,Cが期限を延ばしてもらうわけにはいかないのかと発言したため,BがE社
と交渉する旨答えた。同年2月12日に開かれた取締役会には原告も参加したが,その席
上,議長となったBから原告に同年分のライセンス料の支払延期の交渉が要請され,原告
は,E社に手紙を書くことを了承した。
  (13) 平成5年9月になり,E社から,D社に対し,本件ライセンスに関する契約を解約す
る旨の通知があった。驚いたCらは,V弁護士に調査を依頼し,同弁護士が同年12月9日
ころスイスのジュリアス・ベア銀行に赴き調査をしたところ,Cが平成3年1月11日にB口座
に送金した300万ドルのうち,100万ドルはE社に支払われたものの,100万ドルは共同
名義口座に振り替えられて投資運用に回されたこと,残りの100万ドルのうち37万6459
ドル余りが日本円5000万円で払い戻され,原告とBが持ち帰り,残りの62万ドル余りはS
ほか2名の預金口座に送金されていたことが判明した。Cは,300万ドル全額が同月14日
にライセンス料としてE社に支払われたものと思っていたため,上記の調査結果に驚き,B
に問いただした結果,Bは,5000万円を原告とBとで2500万円ずつに分けて,それぞれ
ブランデーの箱に詰めて日本に持ち帰ったことを明らかにした。
  (14) 平成5年12月22日,D社の取締役会が開かれた。これには原告も出席したが,
その中で,300万ドルの使途についての原告の責任や今後の善後策などが話し合われ
た。原告は,B口座から5000万円の払戻しを受け,そのうち2500万円を原告が費消した
ことは認めたが,この2500万円はBからH社の報酬としてもらったものだと弁解したもの
の,H社に対しては報酬の請求書を出していないこと,受け取った2500万円についてもH
社に領収書は発行していないことを認めた。
  (15) Cは,平成6年8月,E社に支払う金員は実際は100万ドルでよかったのに原告か
ら300万ドルが必要だとだまされたとして,原告及びBに対し2億7120万円(平成3年12
月当時の200万ドルに相当する金額)の損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に提起
し,原告は,これを争ったものの(Bは,争わなかった。),同裁判所は,平成10年12月21
日,Cの原告に対する請求を全額認容する旨の判決(乙4)を言い渡した。原告は,この判
決に対して控訴をしたが,控訴審である東京高等裁判所は,平成12年2月10日,原告の
控訴を棄却する旨の判決(乙5)を言い渡した。
    これとは別に,Cは,平成8年2月9日,東京地方検察庁に対し,原告及びBの両名
を詐欺罪で告訴したため,同検察庁は,原告及びBの両名を詐欺罪で起訴した。
 2 争点1について
  (1) 平成3年1月15日,ジュリアス・ベア銀行のB口座から日本円で5000万円が払い
戻され,原告がそのうちの2500万円を受領してこれを費消したことは,原告の認めるとこ
ろである。
    また,上記1で認定したところによれば,原告は,D社が設立されるまでは,D社を設
立して本件ライセンスをE社から取得し,日本において本件システムの販売等を事業化し
ようとしていたF,C,Bらから本件ライセンス取得等に関する法律事務を委任され,D社設
立後は,同社から同様の法律事務を委任されるとともに同社の監査役に就任したこと,B
口座に送金された300万ドルは,Cが銀行から融資を受けてD社に貸し付けたものであっ
て,B口座は,実質的にはD社の口座であったが,原告は,これらのことを知っていたこと,
Cは,平成5年12月に至るまで,平成3年1月14日までにE社に支払うべきライセンス料
は300万ドルであると思っていたこと,以上の事実を認めることができる。
  (2) 原告の主張は,Cから借りることにした300万ドルという金額はBが決めたもので
あり,Bの説明によれば,そのうちの200万ドルが初年度と2年目のライセンス料で残りの
100万ドルはD社の運転資金ということであった,B口座から5000万円を引き出したのは
Bであり,原告は,この引き出しについて事前に相談されることもなく,Bは,5000万円は
D社の者をスイスにあるE社の実験工場に派遣する経費や今後のD社の運転資金として
使用すると説明していた,Bから2500万円を受け取った時,D社の運転資金をH社の債
務の支払に流用するものであることは分かっていたが,小さな会社ではこのようなことはよ
くあることであるし,流用についてはCの了解を得ているものと思った,というものであって,
要するに,2500万円はBからH社の報酬としてもらったものであり,弁護士の品位を失う
べき非行に当たらないというものである。原告のこの主張によれば,本件ライセンス取得の
ために300万ドルが必要だと偽ってCにこれを出捐させ,B口座に送金されてきた300万
ドルの一部をD社以外のために流用することにしたのはいずれもBであって,原告自らは
何らやましいところはないかのようである。
  (3) しかしながら,原告の上記主張は,容易にうなずくことができない。その理由は,以
下のとおりである。
   ア まず,原告は,Cから借りることにした300万ドルという金額はBが決めたと主張
するが,上記1で認定したように,本件システムの日本における事業化の中心的な役割を
果たしたのは原告であり,原告は,Fから資金提供者の紹介を依頼されて,Bに対して資金
提供者の確保を要請しているのであるが,その際には所要の資金額が当然に提示された
ものと考えられ,所要の資金額の提示なく資金提供者の確保を要請したとするのは不自然
である。原告の上記主張は,採用することができない。
   イ 原告は,B口座からの香港等への送金や5000万円の払戻しはBがやったもので
原告は関与していないと主張し,原告は,Bは紙に書いたものを銀行の担当者に見せて送
金していたと供述をする。しかしながら,証拠(乙1の21の21の4ないし6)によれば,B口
座から香港等への送金手続は,いずれも,平成3年1月14日電話による指図でされてい
ることが認められる上,このような指図を英会話のできないBが単独で行ったとは考え難い
ところである。また,原告は,5000万円は,同月15日にBが払い戻したというが,スイス
の銀行で即座に日本円5000万円が都合つけられたものとは考え難く,事前の指図があ
ったと考えざるを得ない。また,5000万円の受領書(乙1の21の20の2)には,原告自身
も署名しているのである。原告の上記主張は,いずれも採用することができない。
   ウ 原告は,Bは5000万円をD社の者をスイスにあるE社の実験工場に派遣する経
費や今後のD社の運転資金として使用すると説明していたとか,Bから2500万円を受け
取った時にD社の運転資金をH社の債務の支払に流用するものであることは分かったが,
このようなことは小さな会社ではよくあることであるし,流用についてはCの了解を得ている
ものと思ったなどと主張する。
     しかしながら,Bは,D社のオーナーではなく,資本金の約6分の1を出資したにす
ぎない。また,300万ドルは,D社が事業を始めるに必要な資金としてCが銀行から融資を
受けてD社に貸し付けたものである。これらのことを知悉していた原告がこのような流用は
よくあることだと主張すること自体驚くべき感覚といわざるを得ない。H社の報酬としてもら
ったという原告の弁解も,H社に請求書を出したことはなく,2500万円についても領収書
を発行していないというのであるから,容易に受け入れ難いところである。以上の事柄を勘
案すると,原告の上記主張も,到底採用することができないというべきである。
  (4) 上記(3)で検討したところに前記1で認定した事実を総合すれば,原告は,本件ライ
センス取得のために必要だと誤信したCが銀行から融資を受けて実質的にはD社の口座
であったB口座に300万ドルを送金したことを知りながら,すなわち,この300万ドルはD
社がCから借り入れてBが同社のために業務上保管するに至った金員であることを知りな
がら,平成3年1月15日,Bと共にB口座から5000万円の払戻しを受け,そのうちの250
0万円を受領して費消し,その後少なくとも平成5年12月22日の時点ではこれをD社に返
還していなかったものであるから,D社から本件ライセンス取得等のための法律事務を委
任され,かつ,D社の監査役にもなっていた原告のこの行為は,弁護士としての品位を失う
べき非行に当たるものといわざるを得ない。
    また,原告が上記300万ドルのうちから自己が2500万円を受領したことを秘匿し,
平成5年12月22日に至るまでD社の取締役会ないしB以外の取締役に報告・説明しなか
ったことも,前記1で認定した事情の下では,同様に弁護士としての品位を失うべき非行に
当たるというべきである。
3 争点2について
  (1) 原告は,原告がBから2500万円を受領した行為が品位を失うべき非行に当たると
しても,これについての除斥期間の始期は原告が2500万円を受領した平成3年1月15
日であるから,同日から3年を経過した平成6年1月14日の経過により除斥期間が満了し
たと主張する。
    そして,A弁護士会に対してBが原告の懲戒請求をしたのが平成6年6月20日,C
が原告の懲戒請求したのが同年7月8日であり,これらの請求に基づいて,そのころA弁護
士会の綱紀委員会の調査が開始され,同委員会がB及びCの懲戒請求を一部理由がある
ものとして懲戒委員会の審査に付するを相当とする旨の議決したのが平成8年3月15日,
この議決を受けてA弁護士会の懲戒委員会の手続が開始されたのが同年5月1日である
ことは,前記前提となる事実のとおりである。
    そうすると,弁護士法64条にいう「懲戒の手続を開始する」とは,所属弁護士会の
綱紀委員会が懲戒事由の調査を開始することをいうものと解すべきであるから(東京高裁
平成12年(行ケ)第237号平成13年6月12日判決参照),原告の主張のように除斥期間
の始期を原告がBから2500万円を受領した平成3年1月15日とすると,B及びCがそれ
ぞれ懲戒請求をした時にはいずれも既に同日から3年を経過しており,2500万円の受領
行為については,既に除斥期間が満了していることになる。
  (2) しかしながら,弁護士法64条にいう「懲戒の事由があったとき」とは,懲戒の事由
に当たる行為が終了した時を,継続する非行についてはその行為が終了した時をいい,ま
た,弁護士法に基づく懲戒は,弁護士が高度の法律的素養及び能力を備えたものとしてそ
の資格を取得し,基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とし,誠実にその職務を行う
とともに,深い教養の保持と高い品性の陶やを求められることから,このような弁護士に対
する国民からの信頼を護るために,弁護士に職務の内外を問わずその品位を失うべき非
行があったときにされるものであり,したがって,弁護士のある行為が「品位を失うべき非
行」に当たるか否かは,この弁護士法の懲戒制度の趣旨にのっとり,刑法の規定や民法
の不法行為の規定とは異なる観点から判断することを要するものである。
    以上の観点から,弁護士が依頼者から又は依頼者のために預かった金品を返還す
べき時期に依頼者に返還しない場合についてみてみると,刑法上は,当該弁護士が不法
領得の意思に基づいて占有する金品を領得した時点で業務上横領罪が成立するものであ
り,その後依頼者に金品を返還したか否かなどは業務上横領罪の成否に関わらないので
あるから,犯罪としては領得した時に行為は終わっているということができよう。民法上の
不法行為も,同様である。しかしながら,弁護士法上は,弁護士が依頼者から又は依頼者
のために預かった金品を返還すべき時期に依頼者に返還しないという行為は,それ自体,
依頼者の弁護士に対する信頼,ひいては国民一般の弁護士全体に対する信頼を破壊す
るものとしてその品位を失うべき非行に当たり,不法領得の意思の有無や領得行為の態
様などは非行の悪性を示すにすぎないものというべきである。したがって,弁護士が依頼
者から又は依頼者のために預かった金品を不法に領得した場合も,その後これを依頼者
に返還するまでの間は,なお非行は継続しているのであり,除斥期間は開始しないものと
解するのが相当である。もっとも,依頼者と弁護士の委任関係が終了した場合には,その
終了時に預かった金品等の清算がされるのが通常であることや委任事務に係る資料の保
存にも限度があること,委任関係が終了した後もいつまでも懲戒し得るというのでは弁護
士は極めて不安定な立場に置かれることになり,除斥期間を設けた法の趣旨に反すること
にもなることにかんがみると,弁護士が依頼者から又は依頼者のために預かった金品を横
領するなどしてこれを返還しない場合であっても,委任関係が終了したときは,その終了の
時点から除斥期間が開始するものと解すべきである。
  (3) かかる見地に立って本件をみると,前記1で認定した事実によると,少なくとも平成
5年12月22日にD社の取締役会が開かれた時点では,原告とD社との委任関係は終了
していなかったし,原告が領得した2500万円をD社に返還していなかったことも明らかで
あるから,A弁護士会の綱紀委員会の調査が開始された当時にはいまだ3年の除斥期間
が経過していなかったことは明らかというべきである。
    したがって,除斥期間が満了したとの原告の主張は,採用することができない。
 4 争点3について
原告は,本件除名処分は過酷なものであり,懲戒権の濫用である旨主張するが,既に
認定した非行の内容や態様等にかんがみると,本件除名処分が過酷にすぎて懲戒権の濫
用に当たるとは到底いえない。
 5 結論
   以上の次第であるから,本件除名処分ひいては本件裁決に原告主張の違法は認め
られず,原告の本件請求は理由がない。
   よって,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第4特別部
      裁判長裁判官  石 井 健 吾
  
           裁判官  大 橋   弘
           裁判官  植 垣 勝 裕
(別紙議決書省略)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛