弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人坂本英雄提出の控訴趣意書に記載されたとおりである
から、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。
 論旨は、本件盃の底部に貼付されている写真は、刑法第百七十五条にいうところ
の猥褻の図画にあたらないというに帰する。
 おもうに、右法条にいわゆる猥褻の図画とは、その内容がいたずらに性欲を興奮
または刺戟せしめ、かつ、普通人の正常な性的毒恥心を害し、善良な性的道義観念
に反する図画をいう。しかして、当該図画が右猥褻の図画にあたるかどうかは、一
般社会に行われている良識すなわち社会通念に従つてこれを判断すべきものであ
る。本件において被告人が販売の目的で所持していた物件は、原判決の適法に認定
するところによれば、八種<要旨>類八十四個の俗にヌード盃といわれているもの
で、やや深めの盃の底部に裸体の女性が種々の姿態で陰部を露出している写
真を入れ、その上をガラスのレンズで被うて、その周囲を盃に密着せしめ、これに
通常の用法に従い酒あるいは水等の透明な液体を注入するときは、レンズと液体と
の作用により忽然として右写真の映像が現われる仕組みになつているものであり、
なお、原判決の引用証拠によると、その映像は、手を広げ、股を開き、からだをく
ねらし、乳房を抱き、ほほえみかける等の各様の煽情的な姿態を取り、陰部(主と
して陰毛の部分)を露出している若い女の裸像であることが認められる。右写真
は、われわれの社会に行われていると認められる良識すなわち社会通念に照してこ
れを評価すれば、いわゆる性器の非公然性の原則にもとり、いたずらに見る者の性
的欲望を興奮刺戟せしめ、少くとも家庭の団欒、世間の集会等で披露をはばかる程
度に普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念上嫌忌せざるをえない
性質のもので、したがつて、論旨により証拠価値を否定されている原審鑑定人Aの
鑑定書記載の鑑定の結果をまつまでもなく、前記法条にいわゆる猥褻の図画にあた
るものと解するのが相当である。なお、猥褻の図画であるかどうかの判定基準であ
る社会通念は、個々人の認識の集合またはその平均値ではなく、これを超えた集団
意識であり、個々人がこれに反する認識を持つことによつて否定されるものではな
い。したがつて、原審鑑定人Bがその鑑定書において本件盃につき示した「この種
の物件を昭和二十年以前は猥褻物件として取り扱つたかもしれないが、現在の世相
にはあてはまらない」との見解は、一有識人の個人的見解としては注目に値する
が、さきに示した猥褻性の判断を左右するものではない。また、原審証人C、同D
および同Eに対する各尋問調書記載の供述中論旨引用にかかる前記写真の出所その
他の点に関する部分がかりに真実であるとしても、右判断は、なお妥当するものと
解すべきである。原審弁護人が提出した文書図画の類は、右写真と事例を異にする
から、前者が一般に市販され、不間に付されているという事実によつて後者の猥褻
性の有無を律することは、失当である。(ちなみに、原審鑑定人Aの鑑定書につい
ては、原審において検察官および弁護人が証拠とすることに同意しており、原審の
いわゆる相当性の判断に誤があるとは認められないから、その証拠能力を否定する
主張は、採用のかぎりではない。)
 論旨は理由がない。
 (裁判長判事 坂間孝司 判事 栗田正 判事 有路不二男)

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