弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を罰金三千円に処する。
     右罰金を完納することができないときは金百円を一日に換算した期間被
告人を労役場に留置する。
         理    由
 弁護人高柳愿の控訴趣意は別紙同弁護人名義の控訴趣意書の通りである。これに
対し当裁判所は左の通り判断する。
 原判決は被告人が第一、法定の除外事由がないのに昭和二十四年二月下旬頃から
同年三月上旬頃に至る間約数回に亘り小笠郡a町b町の自宅に於てA当十八年より
売却方依頼を受けて刄渡約九寸五分の短刀一振を隠匿不法に所為し、第二、同年三
月上旬頃Aの所有である前記短刀一振をa町cBことB方附近でCに金一千円にて
売渡したがこの代金をAに手交せずその頃同町附近において擅に生活費其の他に消
費横領したものであると認にし、この証拠として被告人の公判廷における供述、公
判廷における証人D、同Cの各証言を掲げ、銃砲等所持禁止令第一条、第二条、刑
法第二百五十二条第一項等の法令を適用したことは所論の通りである。原判決に所
論のように(一)、右第二事実について事実誤認(二)右第一事実について量刑不
当があるかどうか、(三)本件犯行が所論の窃盗罪の前に行われたものであるか否
かについて順次案ずるに、(一)原判決が挙示する原審第一回公判調書によれば被
告人は本件横領の起訴事実を認め、判示同趣旨の供述をしているのであるが、これ
と共に弁護人の問に対し、右短刀は被告人の不在中AとEという男が来て妹と共に
飲酒し、妹が酔つていたので被告人が帰宅後叱ると、Aが俺は死ぬといつて短刀を
取り出して死ぬような格好をしたので、危いと思つて、Aから取上げその夜は被告
人方に寝かしておいたとヒろ翌朝Aはその短刀を何処かえ売つてくれと言つたので
頂つた。これを母が見つけて注意を受けたので、Aに返した。その後被告人の不在
中友人Dが右短刀を被告人方へ置いて行つたので、被告人はAがDに対し、売却方
を依頼して来たと思つた。しかし後にAに聞くとDが二、三日貸して呉れと言つた
ので、Dに貸したものであつたと述べていて、弁護人は委託関係は返還によつて中
断したと主張した旨記載され、原判決の挙示する原審第三回公判調書によれば原審
証人Dの証言として、被告人は一度Aから売つてくれと言つて短刀を預つた旨の原
審認定事実を認めるに足る記載があるけれどもこれと共に続いて被告人は母に大い
に叱られ短刀をAに返した。その晩私とAが帰る途中私に短刀を売つてくれと言つ
て渡したので二、三日貸してくれといつて短刀を預つた。その翌日Fのところに出
勤したとき短刀を持つて行つたが井戸堀の手伝に来て呉れと使が来たのでd村へ行
つた。その時Fは留守だつたから短刀はミシンのすぐ傍の切屑籠の中に入れて置い
た旨の記載があり、以上の各記載を彼此対照しその他記録を精査検討すると被告人
は一旦右短刀をAに返還したところ、再び切屑籠の中から短刀が出て来たので、A
が再び売却方を依頼するものだと思つて右短刀を処分したのであるが、Aは一旦返
還された後再び被告人に売却方依頼したことはなく、DがAから借受けて仕事の都
合上置場所に困り被告人方の切屑籠の中に入れておいたものを被告人が偶々これを
発見し前記の誤解に基いてこれを取出して占有したものと認めることができ、記録
を精査する<要旨第一>とこの事実を確認することができる。而して刑法第二百五十
二条第一項の横領罪の成立するがためには物の占有の原因が委任、事務
管理、後見等の委託関係に基くことを要し、かかる委託関係が存在しない場合即ち
遺失物、漂流物、誤つて占有した物件、他人の置去つた物件、逸去した家畜等の場
合においては刑法第二百五十四条の占有離脱物の横領罪が成立するは格別、刑法第
二百五十二条第一項の横領罪は成立しないものであつて、<要旨第二>このことはた
とえ犯人が主観的には売却依頼その他の委託関係ありと誤信して他人の物を売却処
分した場合(主観的には刑法第二百五十二条の横領罪を認識した場合)
でも客観的には委託関係がない限り同様な結論を生ずるものと解すべきである。従
つて前記のように被告人とAとの間に一旦成立した委託関係が短刀の返還によつて
中断され、たとえ被告人が再び売却の依頼を受けたものと誤信してその短刀の占有
を取得したとしても、客観的には委託関係は存在しなかつたような場合にあつては
刑法第二百五十四条の横領罪が成立することはあつても、同法第二百五十二条第一
項の横領罪は成立しないものと解するのを相当とする。それ故原審には以上の事実
関係を誤認しひいて法令の適用を誤つた違法がある。
 (中略)
 以上説明のように原判決には事実の誤認、法令の違反、量刑の不当があつて、所
論は結局理由があるから、刑事訴訟法第三百九十七条に上つて、原判決を破棄する
が、当裁判所は訴訟記録並びに原裁判所及び当裁判所で取調べた証拠によつて直ち
に判決することができると認めるので、同法第四百条但書によつて本件について更
に判決することとする。
 被告人は、
 第一、 法定の除外事由がないのに、昭和二十四年二月下旬頃から同年三月上旬
頃迄の間静岡県小笠郡a町b町の自宅にA当時十八年から売却方依頼を受けた刄渡
約九寸五分の短刀一振を隠匿して不法に所持し
 第二、 同年三月上旬頃右短刀を母に発見注意されたので一旦Aに返還したとこ
ろ、同人からこれを借受けた友人Dが、被告人方の切屑籠に置き去つたのを、再び
右Aが自己に売却方依頼したものと誤信し、この誤信に基いてこれを前記a町Bこ
とB方附近でCに金一千円で売却してこれを横領し
 たものである。
 (証拠説明省略)
 尚被告人は昭和二十四年五月二日静岡地方裁判所掛川支部で窃盗罪によつて懲役
八月三年間執行猶予の判決を受けたもので、この事実は前記取寄記録中の判決書の
記載によつてこれを認める。法律に照らすと被告人の判示第一の所為は銃砲等所持
禁止令第一条第二条同令施行規則第一条罰金等臨時措置法第四条に、判示第二の所
為は刑法第二百五十四条罰金等臨時措置法第二条に該当するが、以上は前記前科と
の関係において、同法第四十五条後段の併合罪にあたると共に相互の間に同法第四
十五条前段の併合罪の関係があるので同法第五十条に上つて本件の罪についてのみ
裁判することとし前記の上うな諸般の情状に照し、それぞれ所定刑中罰金刑を選択
し、同法第四十八条第二項に上つて罰金額を合算しその金額範囲内で、被告人を罰
金三千円に処することとし右罰金を完納することができないときは同法第十八条に
より金百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。
 よつて主文の通り判決する。
 (裁判長判事 谷中董 判事 中村匡三 判事 真野英一)

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