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平成21年10月29日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成21年(行ケ)第10008号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成21年9月29日
判決
原告日本フリーザー株式会社
同訴訟代理人弁護士飯田秀郷
栗宇一樹
早稲本和徳
和氣満美子
大友良浩
隈部泰正
戸谷由布子
辻本恵太
林由希子
同弁理士入交孝雄
被告株式会社カノウ冷機
同訴訟代理人弁護士田倉保
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2008−800043号事件について平成20年12月5日にし
た審決のうち,請求項1に係る部分を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が,下記1のとおりの手続において,下記2の訂正後の請求項1の
発明に係る特許を無効とした別紙審決書(写し)記載の本件審決(その理由の要旨
は下記3のとおり)には,下記4の取消事由があると主張して,その取消しを求め
る事案である。
1本件訴訟に至る手続の経緯
(1)原告は,発明の名称を「非共沸冷媒」とする特許第3934140号(平
成14年12月3日国際出願,平成19年3月30日設定登録。請求項の数は,後
記訂正の前後を通じ,全6項である。)に係る特許権(以下「本件特許」とい
う。)を有する者である。
(2)被告は,平成20年3月4日,本件特許について,特許無効審判を請求し,
無効2008−800043号事件として係属した。原告は,同手続中で,同年5
月20日,訂正請求(以下「本件訂正」といい,その訂正明細書(甲8)を「本件
明細書」という。)をした。
(3)特許庁は,平成20年12月5日,「訂正を認める。特許第393414
0号の請求項1に係る発明についての特許を無効とする。特許第3934140号
の請求項2ないし6に係る発明についての審判請求は,成り立たない。」旨の本件
審決をし,同年12月18日,その謄本を原告に送達した。
2本件発明の要旨
本件訂正後の請求項1に記載の発明(以下「本件発明」という。)の要旨は,次
のとおりである。なお,文中の「/」は原文の改行部分を示す。
圧縮機,凝縮器,蒸発器,及び蒸発器から圧縮機に至る冷媒と凝縮器から蒸発器
にいたる過程の冷媒との間で熱交換を行なう熱交換器により構成される単段式冷凍
システムに使用する非共沸冷媒であって,/標準沸点が室温近傍である高沸点ガス
と標準沸点が−60℃以下である低沸点ガスとの組合せからなる非共沸冷媒であっ
て,/上記高沸点ガスがブタン,イソブタン,各種ブテン類,及びエチルアセチレ
ンから選択した1種以上であり,/上記低沸点ガスがエタン,エチレン及びR−1
4から選択した1種以上であり,/圧縮機から熱交換器を経て蒸発器にいたる高圧
下の露点が室温以上であって,かつその沸点が蒸発器から熱交換器を経て圧縮機に
いたる低圧下の露点より高いものであり,上記高圧下の非共沸冷媒が上記熱交換器
による熱交換によって全て凝縮・液化され,上記低圧下の非共沸冷媒が上記熱交換
器による熱交換によって全て気化される成分組成としたことを特徴とする非共沸冷
媒。
3本件審決の理由の要旨
(1)本件審決のうち,請求項1に係る部分の理由は,要するに,本件発明は,
下記引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて,当業者が
容易に発明をすることができたものであるから,本件発明に係る特許は,特許法2
9条2項の規定に違反してされたものであり,同法123条1項2号の規定により
無効にすべきものである,というものである。
引用例:VjacheslavNaer,AndreyRozhentsev「Applicationofhydrocarbon
mixturesinsmallrefrigeratingandcryogenicmachines」InternationalJour
nalofRefrigeration,Volume25Number6September2002(甲1)
(2)なお,本件審決が認定した引用発明並びに引用発明と本件発明との一致点
及び相違点は,次のとおりである。
ア引用発明:圧縮機1,凝縮器2,蒸発器6,及び蒸発器6から圧縮機1に至
る冷媒と凝縮器2から絞り5に至る冷媒との間で熱交換を行う復熱熱交換器4によ
り構成されるシングル・ループ・冷凍システムに使用する非共沸冷媒であって,/
非共沸冷媒の組成成分が,イソブタン,エタン,メタンからなる3成分混合物であ
り,/圧縮機から熱交換器を経て蒸発器にいたる高圧下の露点が室温以上であり/
低圧下の非共沸冷媒が熱交換器による熱交換によって全て気化される成分組成とし
た/,非共沸冷媒。
イ一致点:圧縮機,凝縮器,蒸発器,及び蒸発器から圧縮機に至る冷媒と凝縮
器から蒸発器にいたる過程の冷媒との間で熱交換を行なう熱交換器により構成され
る単段式冷凍システムに使用する非共沸冷媒であって,/標準沸点が室温近傍であ
る高沸点ガスと標準沸点が−60℃以下である低沸点ガスとの組合せからなる非共
沸冷媒であって,/高沸点ガスがブタン,イソブタン,各種ブテン類,及びエチル
アセチレンから選択した1種以上であり,/低沸点ガスがエタン,エチレン及びR
−14から選択した1種以上であり,/圧縮機から熱交換器を経て蒸発器にいたる
高圧下の露点が室温以上であり,/低圧下の非共沸冷媒が上記熱交換器による熱交
換によって全て気化される成分組成とした,非共沸冷媒。
ウ相違点:本件発明では,高圧下の沸点が蒸発器から熱交換器を経て圧縮機に
いたる低圧下の露点より高いものであり,高圧下の非共沸冷媒が熱交換器による熱
交換によって全て凝縮・液化されるのに対して,引用発明では,この点について明
らかでない点。
4取消事由
(1)引用発明の認定の誤り(取消事由1)
(2)進歩性判断の誤り(取消事由2)
第3当事者の主張
1取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)引用例の図2について
引用例の図2(本判決添付の別紙第1図。以下「引用図面」という。)には,温
度の表記もないし,イソブタン74.5%,エタン21.0%及びメタン4.5%
の成分組成の冷媒(以下「特定3成分組成冷媒」という。)に関する「実験」の結
果である高圧(定常状態で1.25MPa)側の露点及び沸点並びに低圧(定常状態
で0.17MPa)側の露点及び沸点の記載もない。特定3成分組成冷媒について,
引用例の図1の冷凍システムによる実験をした結果として冷凍サイクルの温度−エ
ントロピ線図(以下「T−s線図」という。)を記載するためには,その各実験結
果に基づくデータを得なければならないにもかかわらず,これらのデータは全く記
載されていない。また,図1の冷凍システムでは,このようなPvT性質決定のた
めの実験値を得ることは不可能である。
(2)引用発明の認定の誤り(一致点及び相違点の認定の誤り)について
ア特定3成分組成冷媒を対象にして,REFPROPVersion8.0というソフ
トウェアを利用し,1.25MPa(甲1の高圧)及び0.17MPa(甲1の低圧)の
等圧線並びに飽和液線及び飽和蒸気線(T−s線図)を描くと,本判決添付の別紙
第2図(以下「原告図面」という。)のとおりになる。
引用図面は,特定3成分組成冷媒のT−s線図ではないから,同図に記載された
冷凍サイクルは,適宜にモデルとして記載されたT−s線図の「飽和ドーム形状」
のもとに,引用例の図1の冷凍システムにおける高圧及び低圧に対応するモデルと
して適宜記載された各等圧線上に,圧縮機の出口Ⅰ,凝縮器の出口Ⅱ,復熱熱交換
器の出口Ⅲ,蒸発器の入口Ⅳ,蒸発器の出口Ⅴ,復熱熱交換器の出口Ⅵの各温度を
プロットしてこれらを結んでサイクルとして示したにすぎない。
本件審決は,引用図面をもって特定3成分組成冷媒のT−s線図であることを基
礎に,点Ⅱにおいて,冷媒は湿り蒸気状態にありその一部は凝縮した状態となって
いること,このように冷媒の一部が凝縮した状態となるためには,点Ⅱに至るまで
の間に,冷媒は室内へ熱を放出してその一部が気体から液体へと相変化を起こす必
要があり,そのためには,「高圧下の露点」における冷媒の温度は,点Ⅱより高温
であり,かつ,室温以上であることが必要であると論じるものであるが,本件審決
が前提とするような冷媒の状態が不明である以上,上記認定は明らかに誤りである。
本件審決は,このように引用発明の認定を誤り,これにより,引用発明と本件発
明との一致点及び相違点の認定を誤った違法がある。
イちなみに,本件発明と引用発明との一致点及び相違点は,それぞれ次のよう
に認定されるべきもの(以下,相違点については,「原告主張の相違点①」などと
いう。)である。
(ア)一致点:圧縮機,凝縮器,蒸発器,及び蒸発器から圧縮機に至る冷媒と凝
縮器から蒸発器にいたる過程の冷媒との間で熱交換を行なう熱交換器により構成さ
れる単段式冷凍システムに使用する非共沸冷媒であって,標準沸点が室温近傍であ
る高沸点ガスと標準沸点が−60℃以下である低沸点ガスとの組合せからなる非共
沸冷媒であって,高沸点ガスがブタン,イソブタン,各種ブテン類,エチルアセチ
レンから選択した1種以上であり,低沸点ガスがエタン,エチレン及びR−14か
ら選択した1種以上であり,低圧下の非共沸冷媒について,熱交換器による熱交換
によって全て気化される非共沸冷媒。
(イ)相違点①:非共沸冷媒の,圧縮機から熱交換器を経て蒸発器にいたる高圧
下の露点について,本件発明が室温以上であるのに対し,引用例に記載された発明
では記載されていない点。
(ウ)相違点②:非共沸冷媒の高圧下における沸点,及び蒸発器から熱交換器を
経て圧縮機にいたる低圧下の露点について,本件発明は前者が後者より高いもので
あるのに対し,引用例に記載された発明では両者の関係が記載されていない点。
(エ)相違点③:高圧下の非共沸冷媒について,本件発明は熱交換器による熱交
換によって全て凝縮・液化されるのに対し,引用例に記載された発明では全て凝縮
・液化されることが記載されていない点。
(オ)相違点④:非共沸冷媒の成分組成が,本件発明では,圧縮機から熱交換器
を経て蒸発器にいたる高圧下の露点が室温以上であって,かつその沸点が蒸発器か
ら熱交換器を経て圧縮機にいたる低圧下の露点より高いものであり,上記高圧下の
非共沸冷媒が上記熱交換器による熱交換によって全て凝縮・液化され,上記低圧下
の非共沸冷媒が上記熱交換器による熱交換によって全て気化される成分組成である
のに対し,引用例に記載された発明では,イソブタン74.5%,エタン21.0
%,メタン4.5%という特定の組成である点。
(3)小括
以上の引用発明の認定の誤り(一致点と相違点の認定の誤り)は,本件審決の結
論に影響を及ぼすことは明らかであり,本件審決は取り消されるべきものである。
〔被告の主張〕
(1)REFPROPについて
原告の主張は,唯一,REFPROPという市販のソフトウェアに依拠した仮想
的な計算を根拠としたものであって,実測を伴わない以上,そのまま使うことがで
きない。
現実にREFPROPにおいても,仮想値の正確性については,現実に測定して
検証をしていないものについては何らの保証もされていない。
(2)原告主張の相違点①(高圧下の露点が室温以上であること)について
そもそも「高圧下の露点が室温以上であること」は,冷凍庫を室温で使用する以
上論理的に当然のことであって,仮に高圧下の露点が室温以下であれば,そのよう
な冷凍庫は室温では使えないことを意味するからである。
さらに,引用図面の凝縮器出口Ⅱは,湿り蒸気範囲内に存在している。これは,
高圧側冷媒が凝縮器で室温の空冷により冷却され凝縮したことを意味している。
その上,原告図面において「高圧下の露点が室温以上であること」を記載してい
る以上,そもそもこれを相違点と主張すること自体が矛盾しており,原告主張の相
違点①は,相違点たり得ない。
(3)原告主張の相違点②(高圧下の沸点が低圧下の露点よりも高いこと)につ
いて
引用例を見た当業者は,ここに「高圧下の沸点が低圧下の露点よりも高い」場合
が含まれることは,当然理解できることである。
(4)原告主張の相違点④(特定組成)について
原告の主張は,引用例では特定の組成が開示されているが,本件発明では特定の
組成に制限がないとの趣旨であると推測される。
しかし,本件発明においては,「圧縮機から…全て気化される成分組成」と述べ
ているだけで特定の組成には限定されていない以上,引用例が開示した特定組成3
成分の場合は上記のこの場合に包含されているから,単に引用例が存在するという
事実だけでも,原告が指摘する相違点④は相違点であり得ないことは明らかである。
一つの例であっても,特許請求の範囲内の技術的思想が開示されているのであるか
ら,相違点として取り上げる価値もない。
その上,引用例では,特定3成分組成冷媒の場合にだけ有効であるというような
限定はしていないし(訳文3頁10行以下),実際に使用した例を開示しているに
すぎない。
原告は,引用例で開示されている技術的思想は特定3成分組成冷媒の場合にだけ
有効であると決め付けているが,ここでの問題は,具体的な特定3成分組成冷媒の
みに実用性があるかどうかではなく,特定3成分組成冷媒を用いた具体例を見た当
業者が,本件発明に容易に想到できるかである。その開示された技術的内容と当業
者の容易想到性だけが問題であり,本件では,原告主張の相違点④も,相違点たり
得ない。
(5)小括
したがって,本件審決の相違点の認定に誤りはない。
2取消事由2(進歩性判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)本件審決が認定した相違点(原告主張の相違点②及び③)について
ア引用例には非共沸冷媒を用いるときの技術的課題の認識もまたその技術的課
題の解決に向けた発想も存しないこと
単一冷媒に関する冷凍システムの技術分野とは異なり,非共沸冷媒においては,
平衡状態図において気相線及び液相線が分離してしまい,温度の変化と共に気相と
液相の成分組成が変化してその潜熱も変化するため,T−s線図における「飽和ド
ーム形状」の内部,すなわち,気液が混合している(湿り蒸気)においては,高圧
側の等圧線は等温変化(水平)ではなくなり,凝縮器による凝縮後の冷媒の状態を,
飽和液線上,又は,飽和液線を越えて「飽和ドーム形状」の外側の領域に位置させ
ることは,容易ではない。
引用例は,非共沸冷媒のこのような特性に基づく技術的課題の存在に言及するこ
ともなく,また,これを示唆する記載も全くない。したがって,このような技術的
課題を解決するための発想を全く示していない。
イ引用発明において,「凝縮器による凝縮後の冷媒の状態を,飽和液線上,ま
たは,飽和液線を越えて『飽和ドーム形状』の外側の領域に位置させる」ことがで
きないこと
本件審決も,このことを認めている。
ウ特定3成分組成冷媒からメタンを除外すること
引用例の特定3成分組成冷媒は,特定された組成であって,この特定3成分組成
冷媒からメタンを除外した組成の冷媒とすると,その冷媒はもはや特定3成分組成
冷媒ではなく,特定3成分組成冷媒を完全に凝縮させるためにメタンを除外すると
するのは矛盾である。
引用例は,特定3成分組成冷媒を用いて,−73∼−183℃の温度領域用の簡
素で,信頼性のある,潤滑油型圧縮機を備えた冷凍・極低温ジュール・トムソン小
型冷凍機の創製ができたと報告しており,特定3成分組成冷媒からメタンを除外す
る理由は微塵もない。
エ「高圧下の沸点」を「低圧下の露点」よりも高いものとすること
特定3成分組成冷媒においては,高圧下の沸点は−50.6℃であり,低圧下の
露点は−12.6℃であり,「高圧下の沸点」を「低圧下の露点」よりも高いもの
とすることはできない。本件審決が,あたかも非共沸冷媒を高圧下で完全に凝縮さ
せることを技術的手段として「高圧下の沸点」を「低圧下の露点」よりも高いもの
とすることができるかのごとき認定をしている点は,技術的に成り立たない。
「高圧下の沸点」及び「低圧下の露点」は,非共沸冷媒の組成と圧力によって特
定されるT−s線図が示す飽和液線及び飽和蒸気線の各形状及び等圧線の形状によ
って一義的に決定している。仮に,何らかの手段によって,復熱熱交換器4の高圧
側出口における冷媒の状態を表す点Ⅲを,飽和液線上,又は,飽和液線を越えて
「飽和ドーム形状」の外側の領域に位置させたとしても,「高圧下の沸点」及び
「低圧下の露点」は変化しない。
(2)原告主張の相違点④に係る本件審決の判断について
ア本件発明が非共沸冷媒における実用的な組成割合を特定するものであること
本件発明は,非共沸冷媒の特性は十分に解明されていなくても,選択する非共沸
冷媒において,個別に冷凍システムにおいて実験してその適用可能性を検討するの
ではなく,圧縮機から熱交換器を経て蒸発器に至る高圧下の沸点が蒸発器から熱交
換器を経て圧縮機に至る低圧下の露点より高いことを確認することによって単段式
冷凍システムにおいて実用的に使用できる非共沸冷媒の組成として,「上記高圧下
の非共沸冷媒が上記熱交換器による熱交換によって全て凝縮・液化され,上記低圧
下の非共沸冷媒が上記熱交換器による熱交換によって全て気化される成分組成」を
得ることができるという,優れた作用効果を奏するのである。
イ引用例は,特定3成分組成冷媒が実用的であることを示すにすぎないこと
引用例には,特定3成分組成冷媒が,図1の冷凍システムにおいて小型冷凍機と
して実用的であることが記載されている。しかし,この特定3成分組成冷媒の組成
割合を変更したり,あるいはその成分そのものを変更したりした場合に,同様の実
用的な冷凍が可能であるか否かについては全く記載もなく,何らの示唆もされてい
ない。
かえって,引用例には,実験で特定3成分組成冷媒が当該組成割合におけるピン
ポイントにおいて実用的であることが確認されたにすぎないことを論じている(訳
文2頁16∼23行)。
(3)小括
以上のように,引用例記載の非共沸冷媒を使用する小型冷凍機において,冷凍温
度領域をより低くするための冷媒の組成成分であるメタンを非共沸冷媒に加える必
要がなくなると考え,イソブタン,エタンのみを用い,それらの沸点を考慮して両
者の混合比率を調整する場合を想定すると,その調整後の冷媒のPvT性質は,当
該調整した冷媒に特有のものとなり,特有の状態式に基づくことになる。したがっ
て,当該調整した冷媒の「飽和ドーム」の形状がどのようなものであるのか,T−
s線図上の等圧線がどのようなものであるか,引用例からは何も明らかにならない。
また,使用する冷凍システムの高圧値及び低圧値が決定されると,調整された冷
媒のPvT性質に基づき当該冷媒の高圧下の沸点及び低圧下の露点は一義的に決定
される。つまり,復熱熱交換器の高圧側出口における冷媒の状態が,飽和液線上,
又は,飽和液線を越えて「飽和ドーム形状」の外側の領域に位置するか否かによっ
て,当該調整された冷媒の「高圧下の沸点」及び「低圧下の露点」が変化すること
はない。
そうすると,メタンを除外し,非共沸冷媒として,イソブタン,エタンのみを用
い,それらの沸点を考慮して,両者の混合比率を調整して冷凍システムに適用しよ
うとしても,非共沸冷媒特有の不安定さが露呈してしまうのであって,本件発明が
掲げた技術的課題を解決する手段に至らない。
本件審決は,いずれも調整された冷媒のPvT性質に依存する事項に関する吟味
をするまでもなく当業者に容易であると単に決めつけているにすぎず,理由不備で
あるとともに,進歩性の判断を誤るものであって,違法である。
〔被告の主張〕
(1)原告主張の相違点②(高圧下の沸点が低圧下の露点よりも高いこと)につ
いて
ア原告の主張からも容易想到が明らかであること
原告も,本件明細書において自認したように,「達成可能な最低冷凍温度は凝縮
過程で凝縮可能な冷媒の沸点により定まり,また,高圧側冷媒の凝縮・液化と低圧
側冷媒の蒸発・気化の条件が充たされれば,上記の目的とする単段式冷凍機システ
ムが成立する」ものであって,何らの新たな技術的思想を開示したものではない。
イ「高圧下の沸点が低圧下の露点よりも高い」場合に限定することの技術的意
義はないこと
高圧側冷媒の凝縮・液化と低圧側冷媒の蒸発・気化との各種の条件の組合せのうち,
本件発明では「高圧下の沸点が低圧下の露点と同じ又はそれよりも低い場合」を権
利範囲から除外し,単に「高圧下の沸点が低圧下の露点よりも高いこと」のみをク
レームアップしただけのことであるが,以下のとおり,限定の技術的意義は何ら見
いだせない。
(ア)「高圧側冷媒の凝縮・液化」と「低圧側冷媒の蒸発・気化」との相関関係は,
当業者が反復継続して実験しさえすれば見いだすことができるものであって,何ら
の新たな技術的思想を提供しているものではない。原告も,ソフトウェアを使うこ
とで,その可能性が見いだせることを認めている。
(イ)熱交換器で熱交換を可能とするためには,高圧下の沸点と低圧下の沸点と
を比較すれば,論理必然的に前者が高くなり,高圧下の露点と低圧下の露点とを比
較しても,論理必然的に前者が高くなるものである。そして,平衡状態図の高圧側
の気液共存域(気相線と液相線とで囲まれた領域全体)と低圧側の気液共存域との
位置関係は,当業者が各種の冷媒の組み合わせをどのように決めるかで決まるもの
である。したがって,本件発明の「高圧下の沸点」と「低圧下の露点」とを比較し
て前者が高い場合は,結局は,高圧側の気液共存域が低圧側の気液共存域よりも上
方にある場合の一部であるというだけのことにすぎない。
(ウ)本件発明は,結局,この高圧側の気液共存域と低圧側の気液共存域の相対
的な位置関係の一部を指摘するに,「高圧下の沸点」と「低圧下の露点」との上下
関係という観点から言い換えたにすぎない。つまり,従来から存在している高圧側
の気液共存域と低圧側の気液共存域の位置関係を一部切り取っただけのことを別の
言葉で表現しただけなのである。
(エ)なお,「高圧下の沸点」が「低圧下の露点」と同じ又はそれよりも低くて
も冷凍の効果があるから,「高圧下の沸点が低圧下の露点より高いこと」には何ら
の臨界的な意義もない。高圧側の気液共存域と低圧側の気液共存域との相対的な位
置関係を用いて冷凍の効果を実現するものだからである。
ウ本件明細書には,「高圧下の沸点」及び「低圧下の露点」の測定結果の記載
がなく,単に「高圧側出口温度」及び「低圧側出口温度」のみしか記載されていな
いこと
原告が,ソフトウェアの仮想的な数値を持ち出さざるを得なかったのは,自ら本
件明細書には「高圧下の沸点が低圧下の露点よりも高い」場合の実験例が一つも記
載されていないことに気が付いて,あわてて新たに仮想的な数値を提示したものに
すぎない。
エ原告主張の模式図論の問題点
(ア)原告は,引用図面が模式図であるとして,これが引用例で取り上げた特定
3成分組成冷媒のT−s図ではないと主張するが,誤りである。
引用例の本文から明らかなように,特定3成分組成冷媒を使って実験した結果を
報告していることは明らかであるから,単に数値の記載がない模式図だからといっ
て,特定3成分組成冷媒とは関係のない表が掲載されているとするのは誤りである。
引用例は権威のある論文であるが,ここに虚偽の事実が記載されていると主張する
のであれば,原告はきちんと実験をした上で反論すべきである。引用例の記述を正
確に読めば,日本語と異なり,英語では定冠詞と不定冠詞との区別は厳密に行われ
ているから,引用図面が特定3成分組成冷媒のものであることは明らかである。
(イ)原告は,引用図面の表中に数値が記載されていないということから,これ
を単なる模式図と決め付けることで,各ポイントの相対的な位置関係までもが誤り
であるという主張もしているようである。その唯一の根拠は,実際の実験ではなく,
REFPROPの仮想的な計算結果と異なっているという点である。
計算する混合冷媒に関して,パラメータを決めるのに十分な熱物性値情報が得ら
れない混合冷媒の組合せにおいては,あくまでREFPROPの計算値は推算値で
あり,正確な熱力学性質を計算する保証はない(乙3)。原告図面も,単にソフト
ウェアで仮想的な計算をしたというだけのことであって,実際に実験をしてその数
値に正確性の確認を全くしていないから,信用性がない。
オ審査経過からも,「高圧下の沸点」と「低圧下の露点」との上下関係と,冷
凍の効果の有無と結び付けることには,論理的必然性はないこと
(ア)まず,国際公開における請求項1の文言は,「その(圧縮後の凝縮過程
の)圧力における沸点が蒸発器から圧縮機に至る過程の低圧圧力における露点以上
の領域において動作せしめる」という文言であった。これに対する拒絶通知には,
「その圧力における沸点」は「その圧力における露点」の,「…低圧圧力における
露点」は「…低圧圧力における沸点」の誤りであるという指摘がされた。
原告は,平成18年6月15日の手続補正書において,請求項1を「上記蒸発器
から熱交換器を経て圧縮機にいたる低圧下で露点を低下させて,熱交換する高圧側
冷媒をその沸点以下に冷却するとともに低圧側冷媒をその露点以上に昇温するこ
と」と補正した。これに対しても,最終的に拒絶査定謄本が通知され,先行技術と
形式的要件が一致しているのみならず,「出願人が構成上の差異として主張してい
る効果は,…引用文献1に記載された発明においてすでに備わっている。」との指
摘を受けた。
そして,原告は,平成18年11月29日の手続補正書において,現在の文言に
補正したものであり,これも今回の審判により無効とされている。
(イ)これらの経緯から明らかなように,本来この出願には従来知られた技術的
思想を超える何らの新たな技術的思想の開示は全くないのであり,かつ,「高圧下
の沸点と低圧下の露点」との関係に着目することにも何らの技術的意味もない。
そして,引用図面からは,まさに高圧下の沸点(同図面のⅢから,当業者であれ
ば,技術的常識である過冷却を用いれば飽和液線上に到達できることは理解でき
る)が低圧下の露点(同図面に明示されている)より相対的に高くなった場合が開
示されていることが理解できる。
(2)原告主張の相違点③(全部液化)について
ア「全部液化」するという発想は,当業者の技術的常識であること
「全部液化」については,引用図面には明示はされていないものの,このような
飽和線上に位置することは,当業者であれば容易に想到できるものである。すべて
の液体が気体になるには蒸発の潜熱が必要であって,蒸発潜熱のみによって冷却を
すれば,T−s図の飽和線上に到達することは,当業者であれば当然知っているこ
とであり,また,原告自ら,全部凝縮液化となることは,上記の状況さえあれば良
いと述べているから,むしろ容易想到であることを自認している。
イ本件発明は,最適材料の選択をしたものにすぎないこと
本件発明は,単に最適材料の選択にすぎない上,本件発明は,従来から知られた
技術的思想の適用場面として,希望的に単に理論的にいくつかの例を開示しようと
試みたものにすぎず,現実に測定に基づくものでもなく,かつ,その検証も欠けて
いる。
ウ本件発明の問題点
本件明細書中に記載された冷媒において,完全気化や完全液化を検証したという
実験結果は,どこにも記載されていない。現実の冷凍機に使われる通常の圧力・温
度では「完全液化」を確認することは,現実に不可能に近く,本件明細書の記載で
は,「完全液化」を構成要件としているものの,これを検証する方法はない。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
(1)引用例に記載された事項について
ア引用例の記載
引用例は,平成14年9月に英国で発行され,国立国会図書館に平成14年10
月21日に受け入れられた雑誌に掲載されたヴァチスラフ・ナエル,アンドレイ・
ロジェンツェフ著の「小型冷凍機及び小型超低温冷凍機への炭化水素混合物の応
用」と題する論文である(甲1)。
引用例の「2.実験2.1テストチェンバーの冷凍システム」の項目中に,
「図1に,冷凍サイクルの作動スキームを示す。図2に,リンデサイクルに相当す
る,このシステムの熱力学的サイクルをT−s図で示す。」(訳文4頁1∼2行),
「システムは,3成分混合物により作動し,組成は次のとおりである:イソブタン
(CH)74.5%,エタン(CH)21.0%,メタン(CH)4.5%410364
(いずれも重量%)。総充填量は,0.067㎏である。このシステムの最も重要
なユニットは,伝熱熱交換器である。我々の開発で用いられた典型的な熱交換器の
デザインを図3に示す。」(訳文5頁1∼5行)との記載がある。そして,図1と
して「リンデサイクルによる冷凍システムのシングル・ループ・スキーム」,図2
(引用図面)として「この冷凍システムを従来から広く使われてきた方法で示した
サイクル」が図示されている(訳文4頁,乙1の1)。
以上の記載によると,引用例は,図1に示されるような冷凍システムを構築し,
冷媒としてイソブタン(CH)74.5%,エタン(CH)21.0%,メ41036
タン(CH)4.5%よりなる3成分混合物(特定3成分組成冷媒)を利用して4
いること,このシステムのT−s線図を図2(引用図面)に示したものであると解
される。
そして,図1に引出し線を用いてローマ数字「Ⅰ」∼「Ⅵ」が付された箇所があ
り,図2において,異なる書体ではあるがローマ数字「Ⅰ」∼「Ⅵ」が付されてい
る点が看取できる。図1は,冷凍サイクルの作動スキームを示し,図2は,このシ
ステムの熱力学的サイクルをT−s線図で示すものであるから,図1の冷凍システ
ムにおける「Ⅰ」∼「Ⅵ」の箇所と,図2(引用図面)のT−s線図の「Ⅰ」∼
「Ⅵ」の各点とがそれぞれ対応するものと解される。
イ原告の主張
(ア)原告は,引用図面には,温度の表記もなく,高圧側及び低圧側の露点及び
沸点の記載もないし,データの記載もないなどと主張する。
確かに,引用例には,T−s線図を得るための実験データが記載されておらず,
飽くまでも概略図といわざるを得ないものである。もっとも,本件発明や引用例の
図1に示されるのと同形式の,非共沸冷媒を利用した冷凍システムにおけるT−s
線図が,引用図面とほぼ同様の図になることは,一般的に知られており(甲2図4
・2・47),具体的な数値は示されていなくとも,概略図であるという限りにお
いて,引用図面が特定3成分組成冷媒についてのT−s線図を示しているといって
差し支えない。
(イ)また,原告は,REFPROPVersion8.0を利用した特定3成分組成冷
媒のT−s線図が,原告図面のとおりになると主張する。
REFPROPとは,NISTReferenceFluidThermodynamicandTransportPro
perties-REFPROPの略称であり,アメリカ合衆国連邦政府の機関である標準
技術局NIST(NationalInstituteofStandardsandTechnology)が作成した混合
冷媒の熱力学性質及び輸送性質等を提供するデータベース及びこれを視覚化するソ
フトウェアであって,冷凍空調工学の分野において広く用いられているデータベー
スである(甲10)。
他方,NIST自らのサイトにおいて,「REFPROPは一つのプログラムであっ
て,データベースを含む手段ではない。このREFPROPの「データベース」は,
実際には一つのプログラムであって,純流体の臨界点及び三重点を除いては,実験
に基づく情報は含まれていない。」と述べられている(乙2)。また,非共沸冷媒
の場合の計算については,そのパラメータを熱物性値の精密測定から決められる場
合と実験的な熱物性値がないために決められない場合とがあるため,計算する混合
冷媒の組合せにおいては,REFPROPであっても,仮想的な推計値にすぎない
との学者の指摘もある(乙3)。
そうすると,原告図面も,特定3成分組成冷媒のT−s線図の概略を示している
ことになる。
ウ小括
以上のとおり,引用図面は,特定3成分組成冷媒のT−s線図の概略を示したも
のと解することができる。
そこで,以下,これを前提に,原告の主張する相違点があるといえるかどうかに
ついて検討する。
(2)原告主張の相違点①について
ア引用例の記載
引用例には,以下の記載がある。
「サイクルの熱力学計算では,高温熱交換器(コンデンサー)内では,実際に混
合物の凝縮がないことを示している。混合物の高圧蒸気は,伝熱熱交換器に流入す
る。混合物の高圧流は,冷却され,この熱交換器で凝縮される。」(甲1の訳文6
頁7∼10行,甲5,乙1の2)
そして,引用図面において,凝縮器2出口に対応する点Ⅱは飽和蒸気線よりも内
側にあることが看取できる。
これらの記載を総合すると,熱力学計算上は,凝縮器2において特定3成分組成
冷媒である混合物はほとんど凝縮していないが,引用図面であるT−s線図からは,
冷媒の一部は凝縮しているものと解される。
そして,引用例の図1に示される冷凍システムは,周囲温度35℃,25℃にお
いて実験されたものであるから(甲1の訳文7頁1∼4行),室温で運転されてい
ると解すべきところ,上記のとおり凝縮器2において冷媒の一部が凝縮しているこ
とからすると,引用例の図1に示される冷凍システムにおける冷媒の高圧下の露点
は,室温以上であるということができる。
なお,REFPROPVersion8.0により求められた特定3成分組成冷媒の高圧
下の露点は50.451℃である(甲9別紙①−2)。このことからも,引用例の
図1に示される冷凍システムの冷媒の高圧下の露点は,室温以上であるということ
ができる。
イ小括
以上のように,引用図面によっても,REFPROPにより求めた場合であって
も,引用例における特定3成分組成冷媒の高圧下の露点は室温以上であるから,原
告主張の相違点①は,相違点たり得ない。
もっとも,特定3成分組成冷媒からメタンを除外した場合については,組成によ
って露点が異なることに照らし,高圧下の露点が室温以上といえるか否か明らかで
はない。そこで,この点については,別途,後記2(取消事由2)において検討す
ることとする。
(3)原告主張の相違点④について
原告主張の相違点④は,引用例に記載された発明では,イソブタン74.5%,
エタン21.0%,メタン4.5%という特定3成分組成冷媒であるのに対し,本
件発明が組成発明であることを指摘するものである。すなわち,本件発明における
非共沸冷媒の成分組成が,①圧縮機から熱交換器を経て蒸発器にいたる高圧下の露
点が室温以上であって(原告主張の相違点①に対応),かつ②その沸点が蒸発器か
ら熱交換器を経て圧縮機にいたる低圧下の露点より高いものであり(原告主張の相
違点②に対応),③上記高圧下の非共沸冷媒が上記熱交換器による熱交換によって
全て凝縮・液化され(原告主張の相違点③に対応),上記低圧下の非共沸冷媒が上
記熱交換器による熱交換によって全て気化される(一致点に含まれる)成分組成で
あるというものである。
ところで,上記原告主張の相違点②及び③が,本件審決が認定した相違点に相当
することは,原告が認めるところであるが,この点については,本件審決の進歩性
判断の誤りとして,後記2(取消事由2)において検討するところ,その際,原告
主張の相違点④に係る指摘が本件審決の結論に影響を及ぼすか否かについても検討
することとする。
2取消事由2(進歩性判断の誤り)について
(1)メタンを除外することについて
ア引用例には,イソブタン74.5%,エタン21.0%,メタン4.5%と
いう特定3成分組成冷媒が記載されているところ,本件発明においては,高沸点ガ
スとしてイソブタンを含む冷媒から選択した1種以上,低沸点ガスとしてエタンを
含む冷媒から選択した1種以上と記載し,それにメタンが含まれることを要素とし
ていない。そこで,まず,引用例記載の発明からメタンを除外する非共沸冷媒を当
業者に容易に想到することができるものといえるか否かを検討する。
イ引用例には,以下の記載がある。
「炭化水素混合物を応用することによって,簡素で,信頼性と耐久性のある,−
73∼−183℃の温度領域用の冷凍・極低温ジュール・トムソン小型冷凍機の創
製が可能となる。」(甲1の訳文1頁8∼10行)
「我々は,炭化水素混合物及びいくつかの他の冷媒を用いて作動する小型冷凍機
について,実験に基づく研究を行った。」(甲1の訳文3頁10∼11行)
「システムは,3成分混合物により作動し,組成は次のとおりである:イソブタ
ン(CH)74.5%,エタン(CH)21.0%,メタン(CH)4.5410364
%(いずれも重量%)。」(甲1の訳文5頁1∼3行)
「炭化水素混合物を用いた絞り型冷凍・極低温小型冷凍機の,得られた実験デー
タは,この冷凍機は,−73℃∼183℃の温度範囲で,他の冷凍システムの代替
になると考えられることを示している。」(甲1の訳文18頁2∼4行)
ウこれらの記載によると,引用例に係る研究は,特定3成分組成冷媒のみに限
定されるようなものではなく,炭化水素混合物を冷媒とした小型冷凍機に関する各
種の実験が示され,その一例として,特定3成分組成冷媒を使用した実験が示され
ているものである。他方,特定3成分組成冷媒に限定される旨の記載は認められな
い。そして,引用発明において,このように低い温度領域を実現するために,沸点
が−161.49℃(岩波理化学辞典第5版)のメタンを用いていることは,当
業者であれば容易に理解することができる。
そもそも,冷凍機の温度領域をどのような値に設定するのかは,被冷凍物に応じ
て決定されるものであり,引用発明において,その温度領域を被冷凍物に応じて比
較的高い温度領域とすることは,当業者が適宜に選択できる事項である。−73∼
−183℃の温度領域より高い冷凍温度領域を設定する場合には,温度領域を低く
するための成分であるメタンを非共沸冷媒に加える必要がなくなることは,技術的
に明らかであり,引用例に接した当業者にとって,特定3成分組成冷媒からメタン
を除外することが,格別困難なこととはいえない。
よって,引用発明において,所望の設定温度に応じて,非共沸冷媒として,メタ
ンを除外し,イソブタン及びエタンを用い,両者の混合比率を調整することは,当
業者が適宜なし得た事項というべきである。
エ原告は,引用例の特定3成分組成冷媒からメタンを除外する理由は微塵もな
いと主張する。
しかしながら,所望の設定温度に応じて,冷媒の組成を変更することは通常の技
術的事項であるから,メタンの沸点が−161.49℃で完全液化温度が極めて低
いために,メタンを完全に凝縮させる温度まで低下させる圧力,温度条件にするこ
とが装置の構成やコストの面から制約が多いことに照らすと,引用例に接した当業
者にとって,特定3成分組成冷媒からメタンを除外することは,格別困難なことと
はいえない。また,上記のとおり,引用例に係る研究は,特定3成分組成冷媒に限
定されるようなものではない。よって,原告の主張は採用できない。
(2)高圧下の冷媒をすべて凝縮・液化し,低圧下の冷媒をすべて気化すること
(原告主張の相違点③及び④)について
ア蓮見善久著「冷凍機の設計・製図」(平成6年9月理工学社発行。乙4)に
は,以下の記載がある。
「冷媒は冷凍機作動中においては,「圧縮→凝縮→膨張→蒸発→圧縮」を繰り返
して被冷凍物から熱を取り去っている。これを冷凍サイクルという。冷凍サイクル
には,1.湿り圧縮,2.乾き圧縮,3.過熱圧縮,4.過冷却,5.過熱過冷却,
と称する各冷凍サイクルが考えられる。」(8頁19∼22行)
「2.乾き圧縮冷凍サイクル」の項に,「圧縮機が吸入する冷媒蒸気は飽和蒸気
で,圧縮後,過熱蒸気として吐出する圧縮冷凍サイクルを,乾き圧縮冷凍サイクル
と呼んでいる。…湿り圧縮冷凍サイクルよりも冷凍効果の増加は明らかである。」
との記載(10頁7∼10行)
「3.過熱圧縮冷凍サイクル」の項に,「圧縮機に吸入される冷媒蒸気が過熱蒸
気の状態にあり,圧縮後もさらに過熱蒸気の状態として吐出されてくる圧縮冷凍サ
イクルである。…乾き圧縮冷凍サイクルよりもさらに冷凍効果の増加が図れるもの
であり,また液圧縮の危険性からは遠ざかるものである。」との記載(11頁2∼
8行)
「4.過冷却冷凍サイクル」の項に,「飽和液の状態にある冷媒をさらに凝縮器
内で冷却するか,あるいは凝縮器の能力が足りなければ過冷却器を設けて冷却して
やり,飽和液温度以下にして膨張弁から蒸発器へと循環させるサイクルである。…
蒸発器入口における冷媒の乾き度が小さいため,冷凍効果を大きくすることができ
る。」との記載(12頁2∼6行)
「5.過熱過冷却冷凍サイクル」の項に,「過熱圧縮冷凍サイクルと過冷却冷凍
サイクルとを組み合わせたもので,実際の冷凍サイクルはこのサイクルとなってい
る。…過熱部分,過冷却部分の両方によって冷凍効果のさらなる拡大を図ったもの
である。」との記載(13頁2∼5行)
イ以上の記載によると,一般の冷凍サイクルにおいて,以下の事項が知られて
いたということができる。
(ア)過冷却,すなわち,高圧下の冷媒をすべて凝縮・液化すること(飽和液温
度以下まで冷却すること)により,蒸発器入口における冷媒の乾き度が小さくなり,
冷凍効果を大きくすることができること。
(イ)乾き圧縮や過熱圧縮,すなわち,低圧下の冷媒をすべて気化すること(乾
き蒸気や過熱蒸気とすること,少なくとも飽和蒸気まで加熱すること)により,冷
凍効果の増加を図るとともに,圧縮機における液圧縮(湿り蒸気を圧縮すること)
を回避することができること。
(ウ)実際の冷凍サイクルは,過熱圧縮冷凍サイクルと過冷却冷凍サイクルとを
組み合わせたものとなっていること。
そして,非共沸冷媒を用いた冷凍サイクルにおいても,同様に,高圧下の冷媒を
すべて凝縮・液化し,低圧下の冷媒をすべて気化していることが認められる(甲2
図4・2・47)。
ウ引用図面における点Ⅲの位置(伝熱交換器4の高圧側出口)が飽和液線の内
側にあることからすると,引用発明では,高圧下の冷媒が完全に液化されずに一部
が液化されない状態(湿り蒸気の状態)となっていることが分かる。このことは,
原告図面によっても同様と解される(弁論の全趣旨)。これは,引用発明の冷媒組
成成分としてメタン(沸点−161.49℃)を含んでいるためと考えられ,メタ
ンの完全液化温度が極めて低いことに起因していることは,当業者が容易に理解す
ることができる。
また,引用図面における点Ⅵの位置(蒸発器6出口)が飽和蒸気線の外側にある
ことからすると,引用発明では,低圧下の冷媒が過熱蒸気の状態となっていること
が分かる。このことは,原告図面によっても同様と解される(弁論の全趣旨)。
エ以上によると,引用発明において,完全液化温度が極めて低く,完全に凝縮
させることに制約が多いメタンを,冷媒から除外する場合において,高圧下の冷媒
を熱交換器による熱交換によってすべて凝縮・液化し,低圧下の冷媒を熱交換器の
熱交換によってすべて気化する冷凍サイクルで利用することは,通常想定する範囲
内の事項ということができ,このような冷凍システムに適合する冷媒とすることは
当業者にとって格別困難とはいえない。
(3)高圧下の露点を室温以上のものとすること(原告主張の相違点①及び④)
について
ア前記1(2)のとおり,引用発明の特定3成分組成冷媒の高圧下の露点は室温
以上である。
イ他方,引用発明からメタンを除外して,非共沸冷媒として,イソブタン及び
エタンのみを用いる場合においても,高圧下の露点が室温以上のものにすることが
容易であるといえるか否かについて,以下に検討する。
社団法人日本冷凍協会「新版・第5版冷凍空調便覧」(平成5年6月発行。甲
2)の図4・2・46に示された非共沸冷媒を用いた冷凍システムにおいては,図
4・2・47の点3の位置から,高圧下の冷媒が凝縮器の出口において完全液化し
ていることが分かる。そして,冷凍機が通常室温で使用されていることからすると,
上記冷凍システムも室温で使用されているものと推認され,非共沸冷媒を用いる場
合においても高圧側の冷媒を凝縮器での室温の空冷により凝縮するためには,高圧
下の露点が室温以上であることが必要であると解される。このように,冷凍システ
ムにおいて,高圧側の冷媒を凝縮器での室温の空冷により凝縮することは通常のこ
とである。
そして,沸点が極めて低いメタンを含まないことからしても,高圧側の冷媒を凝
縮器での室温の空冷により凝縮すること,すなわち,高圧下の露点が室温以上であ
るものとすることは,高温成分であるイソブタンの割合を高めるなど,成分割合を
適宜調整することにより,当業者が容易になし得る事項ということができる。
ウ実際の冷凍システム中において,冷媒の変化の状況を詳細に知るために,T
−s線図のような冷媒の蒸気線図が利用される。
本件特許出願時において,既にREFPROPが利用可能であったことが認めら
れるところ(乙5),このようなソフトウェアを利用することによって,露点,沸
点,エントロピー等の物性値を推定することができる。そして,システム圧が設定
されるならば,冷凍サイクルをT−s線図上に示すことが可能である。なお,RE
FPROP等を利用する場合には,別途実験によってその結果の正確性を確認しな
ければならないが,その実験も通常の創作能力の範囲内においてなし得ることであ
る。
そして,引用例においてメタンを除外しイソブタン,エタンのみを用いる場合に
も,REFPROP等を利用して得られたT−s線図により冷媒の変化の状況を詳
細に知ることができるところ,高圧下の冷媒が熱交換器によってすべて凝縮・液化
し,低圧下の冷媒が熱交換器によってすべて気化しているか否か,高圧下の露点が
室温以上であるか否かを,容易に把握することができ,結果に応じて適宜の調整が
可能となるものである。
このように,冷凍システム中の冷媒の変化の状況を容易に把握できることからも,
引用例に記載された発明に基づいて,イソブタン,エタンのみを用い,高圧下の冷
媒が熱交換器によってすべて凝縮・液化し,低圧下の冷媒が熱交換器によってすべ
て気化され,高圧下の露点が室温以上である冷媒に,当業者が容易に想到できたも
のということができる。
(4)高圧下の沸点と低圧下の露点との関係(原告主張の相違点②及び④)につ
いて
ア上記(2)(3)で述べたような,高圧下の冷媒を熱交換器によってすべて凝縮・
液化させ,低圧下の冷媒を熱交換器によってすべて気化させ,高圧側の冷媒を凝縮
器での室温の空冷により凝縮させるといったシステムにおいて,高圧側の沸点,低
圧側の露点は,熱交換器で熱交換した結果,冷媒の温度が下降又は上昇する過程の
一経過点に相当する。
そして,高圧側及び低圧側の圧力設定と冷媒の成分組成により,(a)高圧下の沸
点が低圧下の露点より大きいシステムも,(b)その逆の関係になるシステムも,い
ずれも構成できるものである。
その結果,(a)のように高圧下の沸点が低圧下の露点より大きくなることは,適
宜のシステム設計により通常の試行錯誤の中で十分起こり得るものである。すなわ
ち,(a)のような関係になる成分組成冷媒を利用することないしは(a)のような関
係の成分組成冷媒に想到することは,当業者にとって容易なことである。
イまた,熱交換器における交換熱量の観点から検討すると,熱交換器における
交換熱量は,高圧側冷媒温度と低圧側冷媒温度との差や伝熱面積に依存する(交換
熱量Q=A×U×Δt,ただし,A:熱交換器伝熱面積,U:総括伝熱係数,Δ
t:高圧冷媒温度−低圧冷媒温度)。例えば,圧縮機を調整し高圧側の設定圧を上
昇させることにより当該温度差を大きくすることができ,これによって交換熱量を
大きくすることが可能であるが,こうした熱交換器における交換熱量の調整は,当
業者が適宜になし得る範囲内の事項である。
そして,同じ組成の冷媒であっても,圧力によってその沸点,露点は異なるもの
であり,交換熱量の調整に応じて圧力が変わることにより,高圧下の沸点と低圧下
の露点との高低関係が変わり,同じ組成の冷媒を使用する場合でも,(a)高圧下の
沸点が低圧下の露点より大きいシステムも,(b)その逆の関係になるシステムも,
いずれも構成することが可能である。
そうすると,結果として,(a)の高圧下の沸点が低圧下の露点より大きいという
関係になることは,熱交換器に係る通常の設計変更の範囲内で十分に起こり得るこ
とであり,このことは,甲2の図4・2・47にあるように,従前より知られてい
る関係でもある。
ウ加えて,当業者は,計算又は実験により得られたT−s線図上で,高圧下の
沸点と低圧下の露点との関係を認識できるものであり,実際のシステムにおいて,
高圧下の沸点が低圧下の露点より大きいといった関係になっていることも,容易に
認識することができる事項である。
エ以上のとおり,引用発明においてメタンを除外し,非共沸冷媒として,イソ
ブタン及びエタンのみを用いる場合に,高圧下の沸点が低圧下の露点より大きいと
いった関係になるものとすることは,当業者は,容易に発明することができる。
オなお,本件審決は,この点について,何らかの手段により高圧側の冷媒を完
全液化させることで「高圧下の沸点」を「低圧下の露点」よりも高くできるかのよ
うに説示しているが(18頁20∼24行),圧力によって沸点,露点は決定され
るものであるから,例えば,熱交換器の伝熱面積を大きくし過冷却機を別途設ける
など,システムの設定圧力を変更せずに単に高圧下の冷媒を完全液化させることで
は,「高圧下の沸点」,「低圧下の露点」が変化することはないから,その説示は
適切とはいえない。
しかし,高圧下の冷媒を熱交換器によってすべて凝縮・液化させ,低圧下の冷媒
を熱交換器によってすべて気化させる場合に,圧力設定及び冷媒の組合せにより,
又は,熱交換器の交換熱量を調整する結果,高圧下の沸点が低圧下の露点より大き
いといった関係になることは,十分に起こり得ることといえるから,本件審決は,
結論において,誤りはない。
(5)原告の主張について
ア原告は,イソブタン及びエタンのみを用いた場合のT−s線図上の等圧線が
どのようなものであるか,引用例に記載がないと主張する。
確かに,引用例にはその点についての記載はないが,非共沸冷媒を利用した,本
件発明や引用例の図1に示される冷凍システムと同様の冷凍システムにおいて,T
−s線図上に示された冷凍サイクルが,同様になることは,一般的に知られている
事項であることは,前記のとおりであり,イソブタン及びエタンのみを用いる場合
においても概略同様のT−s線図となることは当業者が容易に理解できるものであ
る。そして,具体的な数値は示されていなくとも,本件特許出願時において既に利
用可能であったREFPROPのようなソフトウェアを利用することによって,あ
る程度の数値を推定することは容易になし得たものと考えられ,実験により正確な
数値を求めることも通常の創作能力の範囲内でなし得ることである。
イまた,原告は,復熱熱交換器の高圧側出口における冷媒の状態が,飽和液線
上又は飽和液線を越えて「飽和ドーム形状」の外側の領域に位置するか否かによっ
て,当該調整された冷媒の「高圧下の沸点」及び「低圧下の露点」が変化すること
はないと主張する。
しかしながら,高圧下の冷媒をすべて凝縮・液化させ,低圧下の冷媒をすべて気
化する冷凍システムが周知であることは前記のとおりである。そして,当該冷凍シ
ステムにおける圧力設定及び冷媒の組合せにより,又は,熱交換器の交換熱量に係
る設計変更の範囲内で,「高圧下の沸点」が「低圧下の露点」より大きい関係にな
ることが十分に起こり得ることも,前記のとおりである。よって,引用例に具体的
な数値までは示されていなくとも,イソブタン及びエタンの利用可能性が示されて
いると解される以上,本件発明に容易に想到できる。
(6)小括
以上のとおり,原告主張の相違点①ないし④に係る構成は,当業者が容易に想到
することができたものということができるのであって,本件審決がこれを相違点と
して認定しなかったからといって,その結論に影響するものではない。
3結論
以上の次第であるから,原告の主張する取消事由はいずれも理由がなく,原告の
請求は棄却されるべきものである。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官滝澤孝臣
裁判官高部眞規子
裁判官杜下弘記
(別紙第1図)
(別紙第2図)

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