弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     一、 原判決を左のとおり変更する。
     二、 控訴人A並びに控訴人東光自動車交通株式会社の両名は各自被控
訴人Bに対し金九〇万円及びその内金六〇万円については昭和三三年三月一日以降
内金三〇万円については昭和三一年三月一七日以降それぞれ完済に至るまで年五分
の割合による金員を支払え。
     三、 被控訴人Bの控訴人Cに対する請求及び他の控訴人らに対するそ
の余の請求、被控訴人Dの各控訴人に対する請求はいずれもこれを棄却する。
     四、 訴訟費用は第一、二審を通じて、被控訴人Bと控訴人A並びに控
訴人会社両名との間に生じたものはこれを五分し、その三を同被控訴人の負担と
し、その二を右控訴人両名の連帯負担とし、被控訴人Bと控訴人Cとの間に生じた
もの並びに被控訴人Dと控訴人ら三名との間に生じたものはそれぞれ全部同被控訴
人らの負担とする。
     五、 本判決は被控訴人B勝訴の部分に限り仮に執行することができ
る。
         事    実
 控訴人ら訴訟代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴の部分を取消す。被控訴人らの
請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決
を求め、被控訴人ら訴訟代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用、認否は左記のほか原判決事
実摘示のとおりであるからこれを引用する。
 被控訴人ら訴訟代理人は
 (一) 原判決の事実中七の(二)に摘示されている被控訴人Bの主張は、これ
を撤回する。同被控訴人が本訴において控訴人らに対し本件事故に因つて被つた財
産上の所謂消極損害の賠償として請求している金額は五〇万円であるが、右請求に
かかる消極損害の内訳は、原判決事実摘示中七の(一)及び(三)に摘示されてい
る同被控訴人主張の損害のうち各二五万円宛である。
 (二) 控訴人Cは、控訴人東光自動車交通株式会社の代表取締役であるから、
本件事故当時右会社の事業を事実上監督していたと否とに拘らず民法第七一五条第
二項によつて責任を負うべきである。
 (三) 控訴人らの後記(一)の主張にかかる事実は、これを全部否認する。本
件事故当時港区a町b丁目の交差点に自動式信号機の設置されていなかつたことは
被控訴人らが原審以来主張のとおりであるから控訴人らの右主張事実中信号云々の
主張は、空中楼控閣の作文に等しいものである。控訴人らの後記(二)の主張事実
中、被控訴人B所有の不動産につきその登記簿上控訴人ら主張の如く抵当権その他
の負担の記載あることは認めるが、事実は右不動産は何らの債務を負担せず、瑕疵
のないものである。
 陳述し、証拠として甲第三三ないし第三五号証を提出し、当審における被控訴人
B本人尋問の結果を援用した。
 控訴人ら訴訟代理人は、
 (一) 本件事故の発生については被控訴人Bにも過失がありこの過失は控訴人
らの賠償すべき損害額の算定につき斟酌せらるべきことは控訴人らが原審以来主張
してきたとおりであるが、この点に関する控訴人らの従前の主張を左のとおり補正
する。
 被控訴人Bは、交通頻繁な電車軌道のある道路を横断するのに被控訴人ら主張の
横断歩道を通らずに、その西方約一一米のところを歩行して右道路を横断しようと
した。斯る場合同被控訴人としては前後左右によく注意し、自動車等が接近してき
たときは直ちにこれを避譲し得るよう注意すべきであつたのに拘らず同被控訴人は
右注意を怠り、控訴人Aの運転する自動車が同被控訴人に向つて接近して走つてき
た時道路中央の電車軌道上に直立したままで少しも右自動車を避譲する動作に出な
かつた。このことは同被故訴人が本件事故に遭つた当時相当に飲酒酩酊していたこ
との証左でもある。他方控訴人Aは信号が青となつた時その運転する自動車の進行
を開始し、前記横断歩道に入る直前において(甲第一〇号証の二の(ロ)の図面
(A)点において)その前方約一一メートルの地点の電車軌道上に直立している人
影即ち被控訴人Bを発見したので直ちに急停車すべくブレーキを掛け、七、九メー
トルの間スリツプして事故を避けようとしたのである。以上によつてみれば、本件
事故の発生は少くとも被控訴人Bの過失にも起因すること明らかであり、控訴人A
はその注意義務を完うしたのであるから同控訴人としては本件事故は不可抗力とも
いうべきものである。
 (二) 被控訴人Bの本件慰籍料請求中原審は金五〇万円の限度で認容したが、
同被控訴人が本件事故で被つた傷害の程度その治療期間、治療費の金額等からみて
右慰籍料額は多きに過ぎ甚だ妥当を欠く。原審は、右慰籍料額を算定するに当り同
被控訴人が相当の不動産を所有することをも斟酌したものの如くであるが、同人の
所有不動産については、或る物は抵当権が設定されており、或る物は処分禁止の仮
処分を受けており、又或る物は代物弁済契約の目的となつているのであつて右不動
産がかかる負担を負つている事実は前記慰籍料額の算定に当つて看過されるべきで
ない。控訴人らとしては仮に慰籍料を認めるとしても金一〇万円程度が相当と思料
する。
 (三) 被控訴人Dの本件慰籍料請求につき原審は金一〇万円の限度で認容した
がこれは不当である。同人は被害者本人ではなく被害者の妻に過ぎないのであるか
らこれを認めるとしても一〇万円というのは不当に高額である。殊にその額の算定
に当り、本件事故により夫婦の営みに過不足を生じたことまで斟酌するに至つて
は、論外というべきである。
 (四) 被控訴人の前記(一)の主張の撤回に異議はない。被控訴人の前記
(二)の主張は理由がない。
 と陳述し、証拠として、甲第一〇号証の二の(ロ)を利益に援用し、甲第三三な
いし第三五号証の成立を認め、当審証人E、Fの各証言、当審における控訴人A、
C、被控訴人Dの各本人尋問の結果を援用した。
         理    由
 第一 被控訴人Bの請求について
 一 被控訴人Bが昭和三一年三月一六日午後八時三〇分ころ東京都港区a町c丁
目d番地先(道路の北側)から同町e丁目f番地(道路の南側)に、新橋方面から
虎の門方面に通ずる道路を横断しようとして右道路中央の都電軌道敷の上に立つて
いた時、新橋方面から虎の門方面に向つて走つて来た控訴人Aの運転する控訴会社
所有のダットサン五五年型小型四輪乗用車(自動車登録番号五―あ〇一三八)が被
控訴人Bに衝突したことは当事者間に争なく、右事故に因り被控訴人が傷害(その
部位及び程度については後述)を被つたことは原審における被控訴人B及び控訴人
Aの各供述によつて明らかである。
 二 そこで本件事故がいかなる原因で生じたものかを検討する。
 (一) まず、成立に争のない甲第九号証、第一〇号証の一、第一八号証の各供
述記載、甲第一〇号証の一、二の(イ)、二の(ロ)三ないし六、第一一号証、第
二七号証、第三三号証の各記載並びに原審及び当審における被控訴人B、控訴人A
の各供述を総合すると、次の事実が認められ、これに反する証拠はない。
 1 本件事故現場は、新橋方面から虎の門方面に通ずる前記道路(通称外濠線、
以下右道路を右通称に従つて呼ぶことがある)とg町h丁目方面からi方面に通ず
る道路が直角に交差する交差点(通称g町j丁目交差点、以下右交差点を右通称に
従つて呼ぶ)の直ぐ近くである。新橋方面から虎の門方面に通ずる前記道路は全巾
員三二、五米の東西に一直線に走る平坦な道路であつてそのほぼ中央部には復線の
都電軌道が敷設され、右軌道敷の巾員は五、九米であり、その南側には巾員八、三
米その北側には巾員七、九米の各車道があり、更にその外側は南北両側とも歩道に
なつている。本件事故当時右都電軌道敷は石敷であり、右車道はアスファルトで舗
装されていた。しかしてg町j丁目交差点には歩行者が外濠線を横断するための巾
員五、六米の横断歩道が東と西の二個所に設けられており、このうち西の横断歩道
は前記g町k丁目l番地の南東端先の歩道から同町j丁目m番地の北東端先の道に
通じている(以下この横断歩道を西側横断歩道と呼ぶ)。本件事故当時g町j丁目
交差点には信号機は設置されていなかつた。右交差点附近における自動軍や歩行者
の往来は極めて頻繁であり、午後八時三〇分ころ(本件事故発生の時刻ごろ)でも
昼間と大して差異はない。新橋方面から虎の門方面に向つて外濠線を自動車で西進
する場合前方に対する見通しは先行車に視界を妨げられない限り良好であり、夜間
でも同様である。右道路における自動車の最高制限速度は時速三二粁である。な
お、本件事故発生の当時天候は晴で路面は乾燥していた。
 2 被控訴人B(明治四三年八月二六日生)は、本件事故当日午後八時一五分こ
ろ日比谷公会堂横で有限会社日比谷食品(その代表取締役は同被控訴人)の営む食
堂「北海そば」で夕食を取つた後、新橋駅から中野駅行きのバスに乗つて帰宅すべ
く、徒歩でg町k丁目交差点から前示外濠線北側歩道を前記g町k丁目l番地に在
る塩瀬菓子店の前まで来たがここで被控訴人Bは外濠線を反対側即ち南側に横断し
ようと考え、たまたま虎の門方面から新橋方面に向つて外濠線北側車道を走る自動
車がと切れていたので北側車道を横断して道路中央の都電軌道敷上まで進んだが、
新橋方面から虎の門方面に向つて間断なく走る自動車のため一気に横断できず、右
自動車の流れがと切れるのを待つため都電軌道敷南側軌道の真中あたりに立つてい
た(被控訴人Bが前記西側横断歩道を歩行したか否か、同被控訴人の立つていた地
点が右横断歩道上であつたか否かの判断はしばらく措く)。
 3 他方控訴人A(昭和八年一月四日生)は本件事故当時控訴会社にタクシー運
転手として雇われ(この点は当事者間に争がない)。その中野営業所に所属してい
たものであつて、本件事故の当日は午前八時ころから控訴会社所有の前記小型四輪
乗用車(車長三、八六米、右ハンドル)を運転して中野駅構内タクシー(中野駅に
て待機して客を拾うタクシー)として働いていたのであるが、同日午後八時過ぎこ
ろ港区汐留駅まで運んだ客を降ろし、同所から中野駅に帰るべく新橋駅ガード下通
つて外濠線南側車道上を西進する一団の自動車のうち最も道路中央寄りに位置を占
めて進行していた。同控訴人はそれまでに何回となくこの道路を自動車で通行した
ことがあるので1で説明したg町j丁目交差点附近の状況は知悉していたが、唯前
記の自動車最高制限速度についてはこれを時速四〇粁と思い違いしていた。さて控
訴人Aの自動車が右交差点の手前まで来た時g町h丁目方面からi方面に通ずる前
記道路を北進して来て右交差点で左折しようとする自動車が二、三台現われたため
同控訴人の自動車の左側即ち南側を併進していた自動車が右出現の自動車との接触
を避けるため道路の中央の方に寄つて来た。それで控訴人Aもハンドルを稍右に切
つて都電軌道敷南側軌道上に出て、そのまま疾走してg町j丁目交差点を通過しよ
うとしたが(その際の控訴人Aの自動車の速力及び同人が先行車を追越そうとした
か否かの点はしばらく措く)、同控訴人はその際左側自動車との接触を避けること
のみに注意を奪われ前方に対する注意を怠つたため、たまたま進行方向正面に立つ
ていた被控訴人Bに気付くのが遅れ、同被控訴人の手前ほぼ八米ないし一〇米の地
点で始めて同被控訴人に気付き、とつさにブレーキを踏んで急停止しようとしたが
間に合わずこれに正面衝突してしまつた。
 (二) 本件事故発生の情況は概ね前段認定のとおりであるが、以下右情況に関
する争点中前段において判断されなかつたものにつき逐次検討する。
 1 被控訴人らは、控訴人Aは本件事故を惹起する直前時速五〇粁で疾走してい
たと主張し成立に争いのない甲第九号証及び甲第一〇号証の一の各供述記載によれ
ば、控訴人Aは警察官ないし検察官に対し右主張と同旨の供述をしたことが認めら
れる。ところで前示甲第一一号証及び甲第一〇号証の二の(ロ)の各記載によれ
ば、本件事故において控訴人Aの運転する自動車が急停車したことにより都電軌道
敷の敷石上に長さ七、九米に亘る二条のスリツプ痕が前記西側横断歩道の西縁線上
から始まつて都電軌道と併行して真直に西に向つて印せられていたことが認められ
るから、何らの反対の証拠のない本件においては右スリツプ痕の東端即ち始点はブ
レーキが効き始めた時の自動車の後輪の位置を示し、右スリップ痕の西端即ち終点
は自動車の停止した時のその前輪の位置を示すものと推定すべきである。そして前
示第一〇号証の六―これは前記自動車を真横から撮影した写真であるが、この写真
における右自動車の車長はこれを計測してみると一三、七糎あり、右自動車の実際
の車長が三、八六米あることは前示のとおりであるから、右写真は縮尺三八六分の
一三、七のものである。従つて前記自動車の各部間の前後方向における間隔は右写
真によつてこれを計測して算出することが可能である―によれば、前記自動車の前
後両輪間の間隔(正確にはその軸間々隔は二、三米あることが認められるから、前
記自動車が本件事故において急停止した際ブレーキが効き始めてから停止までに前
進した距離は前記スリツプ痕の長さから右に示した前後両輪間の間隔を差引いたも
の即ち五、六米と推定されるのである。しかるところ成立に争のない乙第一号証
(警視庁交通部作成の「安全運転のために」と題する小冊子)四頁の記載によれ
ば、四輪乗用車の運転者が危険を感じてブレーキを踏む場合ブレーキが効き始めて
から自動車が停止するまでにその前進する距離は、時速二〇粁で走つていた場合は
二、〇米、時速三〇粁で走つていた場合は三、九米、時速四〇粁で走つていた場合
は七、〇米、時速五〇粁で走つていた場合は一二、六米であることが認められ―こ
れは平均的ないし一般的な標準を示すに過ぎないものと考えるべきである。蓋しブ
レーキが効き始めてから自動車が停止するまでにその前進する距離はブレーキを踏
む直前の速力のみならず、当該自動車の重量及び路面の摩擦状況の如何によつて異
ることは経験上明らかだからである―この割合を前提とする限り、ブレーキが始め
てから停止するまでに前示の如く五、六米前進したものと推定される本件の場合控
訴人Aがブレーキを踏んだ直前の速度は時速ほぼ三六粁と推測されることになる
が、本件の場合自動車が停止するまでに被控訴人Bと正面衝突したことを考慮に入
れるならば即ち右正面衝突がなかつたとすればブレーキが効き始めてから自動車が
停止するまでにその前進した距離は前示の五、六米を若干越えていたであろうと推
認するのが正しいとするならば、前記速度は時速三六粁を若干上廻つていたものと
推測すべきことになる。右推測の結果に控訴人Aが原審における本人尋問において
「本件事故の時の速度ははつきりは判らないが時速四〇粁までは出ていなかつたと
思う。」旨供述し、また、当審における本人尋問において「本件事故の時の速度に
ついてはつきりした記憶はないが、時速四〇粁か四五粁ぐらいと思う。」旨供述し
ている事実前他原審における同控訴本人の速力の点につき警察官又は検察官に対し
て供述した時の態度に関する供述を総合すると、本件事故発生の直前において控訴
人Aは時速四〇粁(秒速一一、一米)前後の速度で疾走していたものと認めるを相
当とし、同控訴人が警察官や検察官に対してなした前記の供述は事実に合致してい
ないものと認められる。被控訴人Bは原審における本人尋問において本件自動車は
時速七〇粁くらいは出していたと思う旨供述しているが、夜間自動車に正面衝突さ
れた歩行者が加害車の速度についてなす推測は特別な技能のない限り正確なものと
は認められないから右供述によつて前記認定を動かすことはできない。そのほか前
記認定を覆して被控訴人らの前記主張を認むべき証拠はない。
 しかしながら前記認定によれば控訴人Aは本件事政発生の直前前示最高制限速度
(時速三二粁)を超える速度でg町j丁目交差点を疾たしたことは明らかである。
 2 被控訴人らは、控訴人Aは本件事政発生の直前に先行車を追越そうとしてい
たと主張し、被控訴人Bは原審における本人尋問において右主張に添う供述をして
いる。しかしながら前示甲第九号証及び原審及び当審における控訴人A本人尋問の
結果中には同控訴人が本件事故発生の直前にその先行車を追越そうとしたものと認
められるような供述記載ないし供述は全くなく、また前示甲第一八号証の供述記載
によれば被控訴人Bは控訴人Aの自動車に気付いた当初右自動車がg町j丁目交差
点で右折する態勢にあつたと認めたことが窺われるが、これは前段認定の如く同控
訴人が接触をさけるため進行方面に向かつて右にハンドルを切つた態勢を認めたに
すぎず、同号証の供述記載によつても追越の事実を認め得ない。此等の事実による
ときは被控訴人Bの原審における前記供述は措信できない。ほかに被控訴人らの前
記主張を認めるに足る証拠はない。
 3 被控訴人らは、被控訴人Bは本件事故発生の際横断歩道を歩行して道路を横
断しようとし、横断歩道上に立つていたものであると主張し、これに対し控訴人ら
は、被控訴人Bは横断歩道を通らずに道路を横断しようとし横断歩道の西方約一一
米の地点に立つていたものであると主張する。案ずるに、被控訴人Bは原審及び当
審における本人尋問において被控訴人らの主張と同旨の供述をなし、本件事故発生
の際に同被控訴人が立つていた地占ぼ、前記西側横断歩道上で前記スリツプ痕の東
端附近であつたと供述する。もし右供述が真実とすれば、控訴人Aの自動車は時速
ほぼ四〇粁の速度のまま即ちブレーキを踏むことによる減速効果が全くあらわれな
いうちに被控訴人Bに衝突したことになる。蓋し前叙のとおり前記西側横断歩道の
西縁線上に在る前記スリップ痕の東端はブレーキが効き始めた時の自動車の後輪の
位置を示すものだからである。右に反し、控訴人Aは原審及び当審における本人尋
問において、本件事故発生の際被控訴人Bは前記スリップ痕の西端附近即ち前記西
側横断歩道の西縁線からほぼ八米くらい西方へ離れた地点に立つていたと供述し、
また前示甲第一一号証及び甲第一〇号証の二の(ロ)の各記載によれば、控訴人A
は、本件事故発生後三〇分にして開始された司法察警員の本件事故現場の実況見分
に立会つた際も司法警察員に対して右供述と同様に指示説明したことが認められ
る。もし右供述が真実であるならば、控訴人Aの自動車は停止直前に被控訴人Bに
衝突したことになる。蓋し前叙のとおり前記スリップ痕の西端は自動車が停止した
時の前輪の位置を示すものだからである。ところで
 (a) 前示甲第一一号証及び甲第一〇号証の二の(ロ)の各記載並びに前示甲
第九、第一八号証の各供述記載によれば、本件事故において被控訴人Bは控訴人A
の運転する前記自動車によつて前記スリップ痕西端の西方稍南寄りの方面即ち右自
動車の進行方向を基準にしてその前方稍左斜め約八米の地点まで跳ね飛ばされたこ
とが認められ、また、前示甲第一〇号証の四、五(同号証の三の記載によれば、同
号証の四、五はいずれも本件事故の翌日に撮影した前記自動車の写真である)によ
れば、本件事故によつて前記自動車はその前方ボンネツトカバーの前端中央部附近
に縦約三〇糎、横約四〇糎くらいの凹みが生じ(前方ボンネツトカバーの損傷の点
は当事者間に争がない)、右ボンネツトカバーの中央部に固着されていた金属製鳥
型マスコットが折損飛散する損傷を被つたことが認められ、右認定の事実によれ
ば、前記自動車は被控訴人Bに衝突した時なお相当の速力を保有しておつたものと
認められるのであつて停止直前の状態にあつたものとは認め難い。しかしながら他
面前記自動車が時速ほぼ四〇粁のまま被控訴人Bに正面衝突したにしては右認定の
跳ね飛ばされ方ないし自動車の損傷は些か軽微に過ぎるようにも思われる。
 (b) 前示乙第一号証四頁の記載によれば、自動車運転者が危険を感じてから
その踏んだブレーキが効き始めるまでに最短〇、四秒を要するものであることが認
められるが、原審における控訴人A本人尋問の結果によれば、同控訴人は本件事故
当時タクシー運転手として小型四輪乗用車の運転には充分慣れていたものと認めら
れること、本件事故発生の前叙の如き情況からみて控訴人Aは被控訴人Bに気付い
て危険を感じた瞬間殆んど反射的にブレーキを踏んだものと認められること、前示
甲第一一号証の記載によれば本件事故当時控訴人Aの運転していた前記自動車のブ
レーキには何ら故障がなかつたこと等を併せ考えると、本件事故の際控訴人Aが被
控訴人Bに気付いて危険を感じその踏んだブレーキが効き始めるまでに要した時間
は前示の最短所要時間に近似したものと推認され、従つてこれを〇、四秒ないし
〇、五秒と推認して大過のないものと考えられる。ところで前記自動車は前叙認定
のとおり時速ほぼ四〇粁(秒速ほぼ一一、一米)で走つていたのであるから右認定
の〇、四秒ないし〇、五秒間に前記自動車はほぼ四、四米ないし五米前進したもの
と推認される。しかして前記スリツプ痕の東端はブレーキが効き始めた時の前記自
動車の後輪の位置を示すのであるから右推認が正しいものとすれば、控訴人Aは、
その運転していた自動車の後輪が前記スリツプ痕東端の手前即ち東方ほぼ四、四米
ないし五、五米の地点に達した時これを控訴人A自身の位置について云えば、右地
点より右自動車の後輪軸と運転手席のと水平間隔(前示甲第一〇号証の六の写真に
よつて計測算出すると、それは一、三米である―だけ前方の地点即ち前記スリツプ
痕東端の手前ほぼ三、一米ないし四、二米の地点に達した時に被控訴人Bに気付い
たものと推認できるのである。しかるに控訴人Aは被控訴人Bの手前ほぼ八米ない
し一〇米の地点でこれに気付いたことは既に認定したとおりであり、そうすれば控
訴人Aが被控訴人Bに気付いた時に同被控訴人の立つていた地点は前記スリツプ痕
東端から西方へほぼ三、八米ないし六、九米のところとなるわけである。しかして
前叙のとおり前記スリツプ痕東端は前記西側横断歩道の西縁線上に在るのであるか
ら右の推測上被控訴人Bの立つていたことになる地点は、前記西側横断歩道の西縁
線から西方へほぼ三、八米ないし六、九米のところとなるわけである。
 以上(a)(b)に説明の事実及び前示甲第九号証の供述記載、前示甲第一一号
証、甲第一〇号証の二の(ロ)の各記載、原審及び当審における控訴人Aの供述並
びに既に認定した左記情況的事実即ち被控訴人Bはg町k丁目交差点の方から外濠
線北側歩道を東進して来て外濠線を横断しようとしたものであること、同被控訴人
は右横断を開始するに当り自動車の流れの切れるのを待つた形跡がなく、前記g町
k丁目l番地に在る塩瀬菓子店前にさしかかつた時たまたま自己に近い北側車道上
を走つている自動車がなかつたので即時に外濠線を横断にかかつたものと推認され
ること、それに夜間であつたこと等を総合すると、被控訴人Bは本件事故の際外濠
線を横断するに当り前記西側横断歩道を歩行せず、その西縁線よりも数米西寄りの
ところの車道上を歩行して都電軌道敷上に至り本件事故発生の際は前記西側横断歩
道の西縁から西方にほぼ五米くらい離れた地点に立つていたものと認めるのが相当
である。原審及び当審における被控訴人Bの前記供述は措信しない。前示甲第一八
号証及び原審における被控訴人B本人尋問の結果中には、控訴人Aは被控訴人Bに
衝突してからブレーキを掛けたように思う旨の供述記載ないし供述があるが、特段
の事情の認められない本件においては、夜間自動車に正面衝突された被害者である
同被控訴人が斯る点について、正確に判断し得るとは認められないから、右供述記
載ないし供述は同人の主観的判断と認めざるを得ず、これ等によつて前記認定を動
かすことはできない。また、原審及び当審における被控訴人Aの供述ないし前示甲
第一一号証甲第一〇号証の二の(ロ)の記載は、前記認定に反する限度ではこれを
採用しない。ほかに前記認定を覆すに足る証拠はない。
 4 控訴人らは、被控訴人Bは本件事故が惹起する前に控訴人Aの運転する自動
車が同被控訴人の方に向つて走つて来るのを認めていながら道路中央の都電軌道上
に直立したままでおり、少しも右自動車を避譲する動作に出なかつた旨主張する。
この点につき被控訴人Bが本件事故惹起の前に控訴人Aの運転する自動車に気付い
ていたこと、その際同被控訴人は当初右自動車がg町j丁目交差点で右折する態勢
にあつたものと認めたことは既に認定したとおりである。しかして前示甲第一八号
証の供述記載によれば、被控訴人Bが前記自動車を避けることができなかつたの
は、前記自動車が被控訴人Bの予期に反して相当の速力で同被控訴人に向つて直進
して来たため、とつさの動作に出る余裕がなかつたためであつたと認められる。被
控訴人Bは当審における本人尋問において前記自動車の反対方向から即ち虎の門方
面から来る自動車が背後を通るので後退して前記自動車を避けることはできなかつ
たと供述しているが、かかる供述は当審に至つて始めてなしたものであつてこれが
真実であるとの心証は得難い。
 5 控訴人らは被控訴人Bは本件事故当時飲酒により相当酩酊していたと主張
し、原審及び当審における控訴人A、証人E、原審証人Gの各供述中には、被控訴
人Bが本件事故に遭つた際酒を飲んでいた旨を被控訴人Bの妻被控訴人Dないし警
察官かり聞いたとの供述があるが、控訴人Aの原審における供述によれば同控訴人
が本件事故発生直後被控訴人Bを救助してこれを病院に運んだ際同被控訴人の酒気
には全く気付かなかつたことが認められるし、この事実と原審における被控訴人
B、同Dの各供述に照らすと、当裁判所は前記伝聞にかかる供述の内容が真実に合
致するとの心証を得ることが出来ない。ほかに前主張を認めるに足る証拠はない。
 (三) 以上(一)及び(二)で認定した事実によれば、本件事故発生の主たる
原因は、控訴人Aが前記自動車を運転して自動車等交通雑沓するg町j丁目交差点
にさしかかつた際当然徐行すべきに拘らず同所の最高制限速度(時速三二粁)を超
える速度(時速ほぼ四〇粁)を以つて都電軌道敷上を疾走して右交差点を通過しよ
うとし、しかもその際左側方の同行車との接触を避けることにのみ注意を奪われ、
肝心の前方に対する注視を怠り、被控訴人Bに気付くのが遅きに失した過失に因る
ものであることは明らかである。しかしながら被控訴人Bにも本件事故について過
失のあることは否定できない。蓋し被控訴人Bが自動車の往来の頻繁な、しかも信
号機の設備のない前記交差点附近において、しかも夜間道路の中央で自動車の進行
により一時佇立せざるを得ないような状況のもとに道路の横断を企て、しかも直ぐ
近くに前記西側横断歩道があつたに拘らずこれによらずにその西縁から数米、西方
に外れて歩行して都電軌道敷上に至り右西縁からほぼ五米くらい西方に離れた地点
に仔立していた所為が極めて危険なものであることは明らかであり、まず同被控訴
人はかかる危険な所為に出た点において歩行者として用うべき注意を欠いたものと
いうべきであり(被控訴人Bが前記西側横断歩道を歩行し右横断歩道上に立つてい
たとしても本件事故は不可避であつたろうと推論するのは正当ではない。何故なれ
ば自動車運転者は横断歩道の手前に差し掛つた場合横断歩道上に注意を集中するの
が通常であり従つて横断歩道の向う側にいる歩行者については横断歩道上にいる歩
行者よりも気付き難いのが一般である―殊に夜間において然り―からもし被控訴人
Bが前記西側横断歩道を歩行し右横断歩道上に立つていたとしたならば、控訴人A
は同役控訴人をもつと早く発見したかも知れないとも言えるからである)、のみな
らず同被控訴人は右のような危険な場所に立つていたに拘らず控訴人Aの運転する
自動車が相当の速度で同被控訴人の方に向つて進行して来るのを認めたとき右自動
車が前記交差点において右折するものと判断し、慢然同一地点に立つていたため右
自動車を避讓する余裕を失つてしまつた点においても不注意の責は免れないからで
ある。
 三 以上認定のとおりであるから控訴人Aは本件事故に因つて被控訴人Bの被つ
た財産上及び精神上の損害を賠償すべき義務のあることは明らかである。
 四 次に控訴会社及び控訴人Cの損害賠償義務の有無について考察する。
 (一) 控訴会社が被控訴人等主張の如き事業を営む会社であつて控訴人Aが控
訴会社にタクシー運転手として雇われていた者であることは当事者間に争なく、本
件事故発生当時控訴人Aが控訴会社の前記自動車により同会社の業務に従事中であ
つたことは前叙認定のとおりであるから本件事故は控訴会社の事業の執行に付き惹
起したものというべきである。
 (二) 控訴人Cが控訴会社の代表取締役であることは当事者間に争がない。被
控訴人らは控訴人Cの右地位に基づき同控訴人は当然に民法第七一五条二項の責任
を負担する旨主張するので此点について検討する。<要旨>民法第七一五条二項は使
用者(事業主)の外に使用者に代つて法律上具体的に事業を監督する者にも賠償責
を負はせて被害者の保護を図つたものであるから、同条二項の監督者とは
一項の使用者とは別異の者を意味することは勿論であり、このことは使用者が自然
人である場合を考えれば極めて明かである。しかして右に所謂使用者の中には公法
上竝に私法上の法人を含むことは言うまでもない。そして法人の代表者が代表者と
して法人のためにその職務上の行為を為す場合でもすべては機関としての行為に包
摂されずそれ以外に個人として使用者たる法人と別異の者の行為として把握さるべ
きであるとしても、一般に法人の代表者は必ずしも常に具体的に被用者の選任竝に
事業の監督を為すものでないことを考えると、法人が同条一項に所謂使用者である
場合にその代表者をして同条二項の責任を負はしめるためには、その代表者が具体
的に事業の監督を為している者であることを主張立証することを要し、法人の代表
者なるが故に当然同条二項の監督者に当ると做すことを得ないと解すべきである。
(若し反対に、民法第七一五条二項に謂う監督者の中には当然に法人の代表者を包
含すると解するならば、法人が同条一項によつて責任を負担する場合は、その代表
者は具体的に選任監督に当つていると否とを論ぜず同条二項によつて責任を負担す
る結果となり、斯くては個人たる代表者の責任を著しく加重し、不法行為に因る損
害賠償責任について民法の現に立脚する有責主義の原則と離れ過ぎるのみならず、
職務・責任の分化する法人機構の実際にも著しく合致しない結果となるであろ
う)。
 従つて控訴人Cは代表取締役たる地位に基づいて当然民法第七一五条二項の監督
者の責任を負う旨の被控訴人等の主張はそれ自体失当というべきである。のみなら
ず当審における控訴本人Cの供述によれば、控訴会社は代々木(本社)、中野、深
川、蒲田等に営業所を有し、各営業所には所長を置き夫々これを統轄させており、
本件事故当時会社の使用していた運転手は二百三十人を超えていたこと、Aは中野
営業所に所属していたことを認め得るが、控訴人CがAの所属する営業所の営業を
具体的に監督する関係に在つたことは右供述によつては之を認め難い。尤もCは代
々木本社には何時も午前七時三十分に出勤し運転手の点呼にも時折出て陣頭指揮し
た旨、また毎月一回休みの運転手を集め事故防止会議を開いた(各営業所にも営業
所単位としてやらせていた)旨或は月に一度は各営業所を廻り自ら監督した旨など
を供述するが、右供述はそれ自体謂わば一般的抽象的な精神的監督にとどまり(具
体的に監督していたと認められるのは精々代々木営業所の営業に限られる)而も供
述の全体を通観すると控訴会社は相当の注意義務をつくし本件事故についての責任
がない旨の主張に平仄を合せようとする誇張的な供述で真実に合致したものとは認
め難い(現に同人は運転手の監督は原則として各営業所の所長に任せていた旨供述
している)。従つて右供述によつても控訴人Cが控訴会社の代表者として被用者た
るAの所属する営業所の営業を具体的に監督する関係に在つたとは認め難い。他に
之を認めるに足る資料がないから、控訴人Cに対する請求は失当として棄却すべき
である。
 (三) 控訴会社は、控訴人Aの選任及び監督につき相当の注意をしたと主張す
る。そこで考えるに、前示甲第九号証の供述記載及び原審における控訴人A本人の
供述によれば、控訴会社が控訴人Aを雇つたのは昭和三〇年二月ころであることが
認められるが、控訴会社が控訴人Aをタクシー運転手として雇い入れるにつき相当
の注意をしたものと認めるに足る証拠はない。控訴人Cは当審における本人尋問に
おいて控訴会社がタクシー運転手を雇う場合の採用方法ないしその前歴調査等に関
しいろいろに供述しているが、控訴人Aを雇つた当時にも果して右供述の如き方法
が執られていたかどうか明らかでないので右供述を以つて前記主張(但し選任の
点)を肯認する資料とすることはできない。また原審証人G、当審における控訴人
A、Cは本件事故当時控訴会社ないし控訴人Cは、運転手に毎朝自動車の始業点検
をさせることにしていたほか各営業所長らをして月に一回くらいの割合で運転手に
対し事故防止に関する教育ないし訓戒を施させ、時には控訴人C自らこれをんし、
また事故を起した者が出た場合はその都度運転手を集めて当該事故についての研究
会を開いて事故原因を究明し事故防止に資する等の方策を執つていた旨供述する
が、仮に此等供述通りとするも斯る方策は一般に自動車営業主の何人でも為すべ
く、また為し易いところであり、此の程度を以て監督を尽したと謂い難いのみなら
ず、他方成立に争のない甲第一五号証の記載によれば、原判決が説示するとおり
(記録三六〇丁裏五行目の一一字目から三六一丁表一〇行目の二五字目まで)、控
訴会社関係の昭和三二年六月以降昭和三四年六月までの間における事故及び違反の
検挙件数は相当の多数に達し、それについて控訴会社は警視庁から屡々警告を受け
ていたことが認められるから、本件事故発生のあつた昭和三一年当時においても、
特別の事情の認められない本件においては、その事故率は前示期間におけるそれと
格段の相違があつたものとは認められないし、更に前示甲第九号証の供述記載と原
審における控訴人Aの供述によれば、同控訴人は人身事故こそ本件事故が最初であ
つたが、それまでに交通違反を五回も犯しており(同控訴人が自動車運転免許を取
つたのは昭和二六年二月)、現に本件事故の当日にも事故惹起前に停車違反を犯し
て運転免許証を愛宕警察署に保管されていたことが認められるのであつて、これら
の事実に鑑みるときは、仮に控訴会社ないし控訴人Cが運転手に対し同人等の供述
する前示程度の一般的事故防止策を講じていたとしても、控訴人Aに対する監督に
つき相当の注意をしたものとは認め難い。ほかに前記主張を認めるに足る証拠はな
い。されば前記主張を前提とする控訴会社の抗弁は採り得ない。
 (四) また控訴会社は、控訴人Aの選任及び監督につき相当の注意を為したと
しても本件事故は不可抗力であつたと主張するが、これを認むべき証拠は一つもな
く、従つてこれを前提として控訴会社に損害賠償義務がないとする抗弁も亦採り得
ない。
 (五) 以上のとおりであるから控訴会社は民法第七一五条第一項の規定に基
き、被控訴人Bに対して損害賠償を為すべき義務がある。
 五 そこで被控訴人Bが被つた損害額について検討する。
 (一) 原審における被控訴人Bの供述、これによつて真正の成立を認め得る甲
第八号証の記載、原審証人Hの証言、これによつて真正の成立を認め得る甲第二一
号証の一の記載、原審証人Iの証言によつて真正の成立を認め得る甲第二三号証の
一の記載によると、被控訴人Bは本件事故により安静加療約七週間を要する左脛骨
腓骨々折、両腿部擦過傷、全身打撲症、前額部及び左肘部打撲兼挫創、左手背打撲
兼擦過傷、並びに激痛による上顎右側犬歯の急性歯槽骨炎、上顎正面中央から左へ
七番目から正面中央右へ三番目までの計一〇本の加工歯破折の傷害を被り、金床義
歯下顎一個を紛失したことが認められ、原審における被控訴人Bの供述、これと前
示甲第八号証とによつて真正の成立を認め得る甲第一九号証の一ないし三の記載、
原審証人Jの証言とこれによつて真正の成立を認め得る甲第二〇号証の一ないし三
の記載、原審証人Hの証言とこれによつて真正の成立を認め得る甲第二一号証の一
ないし四の記載、原審証人Kの証言とこれによつて真正の成立を認め得る甲第二二
号証の記載、原審証人Iの証言とこれにより真正に成立したものと認められる甲第
二三号証の一、二の記載、第三者作成の文書にしてその方式、趣旨により真正に成
立したものと認め得る甲第二四号証の記載、原審証人Lの証言とこれによつて真正
の成立を認め得る甲第二六号証の一ないし四の記載、原審における被控訴人Dの第
二回本人尋問の結果とこれにより真正の成立を認め得る甲第三一号証の記載、原審
における被控訴人Dの第三回本人尋問の結果とこれによつて同被控訴人の作成した
メモと認められる甲第三二号証の一、二記載、原審における被控訴人Dの第一回本
人尋問の結果とこれによつて真正の成立を認め得る甲第三〇号証の一ないし三の記
載によれば、被控訴人Bは前記認定の傷害の治療ないし傷害治療後の後遺症たる外
傷性神経痛の治療のため、
 1、 まず、昭和三一年三月一六日本件事故直後、港区no丁目p番地十仁病院
に入院し、同年四月五日退院に至るまで二一日間治療を受け、同病院に入院費、処
置料、レントゲン撮影料、注射代等として計金三万七七〇〇円を支払い、
 2、 右入院期間附添わしめた看護婦Jに対し料金、食費等の計金一万一七〇
円、また同年四月六日から同年同月一四日までの九日間自宅において附添わしめた
同人に対し料金、食費等の計金四、三二〇円、夜具代(但し同年三月一六日から同
年四月一四日までの分)として六、〇〇〇円以上合計金二万四九〇円を支払い、
 3、 同年三月一七日から、十仁病院内で中央区qr丁目s番地歯科医H及びM
の治療を受け、十仁病院退院後も、同年五月五日まで引続き治療を受け、Hに対
し、治療費、架工歯義歯作成費用として計金一六万七二〇〇円を支払い、
 4、 同年四月六日から同月同月一四日まで八日間に亘り千代田区tu番地新名
医院の医師Jの治療をうけ、同人に対し処置料、往診料として計金二、七〇〇円を
支払い、
 5、 以上の治療により外傷はほぼ治療したが、なお創痕の疼痛や外傷に起因す
る上肢等の神経痛が相当強度にのこつていたので同年五月六日から同年六月一四日
に至るまで四〇日間に亘つて杉並区v町w番地方南病院において、医師Iから治療
を受け、同人に対し入院料、静脈注射代、マツサージ料等として計金四万七七五〇
円を支払い、
 6、 同年四月六日文京区x町y丁目z番地千代田医理科器械株式会社から離披
架及び折たたみ式離披架各一個を買受け、同会社に対しその代金として九〇〇円を
支払い、
 7、 同年七月五日ころから昭和三三年二月末までの間世田谷区a1町b1丁目
c1番地銭灸師Lから鉄灸マツサージの治療を受け、同人に対しその料金として計
金一五万四〇〇〇円を支払い、
 8、 昭和三二年五月一〇日港区a町c丁目d1番地川西工業株式会社から、ス
タンド型及びポータブル型治療用電気器具附属品一式二基及び独逸製カーポンニ四
箱を買受け、同会社に対し、その代金として九万四〇〇〇円を支払い、
 9、 前示1及び3の入院加療に伴い妻である被控訴人Dを見舞その他所要のた
め病院に通わせるための交通費その他本件事故に因る受傷がなければ支出の必要が
なかつた雑費として計金三、九一五円の支出をなし、(この点に関する証拠たる甲
第三二号証の一、二には果物ジユース代金や食費等の如く被控訴人Bの本件負傷が
なくとも被控訴人らにおいて支出したであろうと認められるもの、シーツカバー代
金の如く被控訴人Bの治療完了後にも残存してそのまま使用できる物品の購入代
金、電話料の如く被控訴人Bの負傷といかなる関連があるか不明のものが記載され
ているが、これらは被控訴人Bの負傷に因つて生じた支出とは認められない)、
 10、 (a)昭和三一年一一月二三日から同年一二月五日まで一三日間、
(b)昭和三二年一月三日から同年二月二〇日まで四九日間(c)同年四月二一日
から同年五月一〇日まで二〇日間いずれも静岡県田方郡e1村f1温泉旅館月ケ瀬
で湯治療法を為し、同旅館に宿泊料として(a)の期間の分として金三万二二四〇
円、(b)の期間の分として金一二万一五二〇円、(c)の期間の分として金四万
九六〇〇円を支払い従つてその合計金としては金二〇万三三六〇円を支払つた。し
かして弁論の全趣旨から窺われる被控訴人Bの生活程度からすれば同人は通常食費
として一日五〇〇円は要するものと認められるところ、右宿泊料のうち右の割合に
よるもの即ち前示全湯治期間八二日分として四万一〇〇〇円は、被控訴人Bにおい
て本件受傷がなかつたとしても支出を免れなかつたものとしてこれを控除するを相
当とし、しかるときその残額は一五万二三六〇円となる
 ことが認められる。被控訴人Bが原判決事実摘示六の(10)及び(二)に記載
の如き費用を支出したことについてはこれを認めるに足る証拠がない。しかして1
ないし10の合計金額が六八万一〇一五円となることは計算上明らかであるから被
控訴人Bは本件事故に因り右金額に相当する財産上の積極損害を被つたものという
べきである。
 (二) 被控訴人Bは、昭和二七年一一月ころから千代田区霞ケ関一丁目文部省
構内で売店スーヴェニア・シヨツプを経営していたが本件受傷の結果これを経営す
ることができなくなつたので己むなくこれを閉鎖し、そのため一五〇万円の得べか
りし利益を失つたと主張し、原審における被控訴人Bの供述によると本件事故の当
時文部省構内にスーヴェニア・シヨツプという売店があり、その後間もなく閉鎖し
たことが認められるが、右供述によるも右売店が被控訴人Bの経営していたものと
は確認し難く、却つて右供述と弁論の全趣旨によれば右売店は被控訴人Bにおいて
理事長をしていた財団法人厚生会の経営と推認されるので右の主張はその前提にお
いて既に失当であつてその余の判断を俣つまでもなく採ることができない。また被
控訴人Bは本件受傷の結果当時就任していた職務を退き、かつ、失業したため少く
とも一三四万八〇〇〇円の得べかりし利益を失つたと主張するが、これを肯認する
に足りる証拠はない。
 (三) 以上のとおりであるから被控訴人Bが本件事故に因つて被つた財産上の
損害は(一)で認定の金六八万一〇一五円であるが、既に認定のとおり本件事故発
生については被控訴人Bにも過失があり、この過失は控訴人Aの過失に比較すれば
程度の軽いものではあるが、本件損害賠償額を決定するにはこれを斟酌するのが相
当であり、これによるときは前記損害のうち控訴人A及び控訴会社の各自が被控訴
人Bに賠償すべき金額は金六〇万円を以つて相当と認める。
 (四) 次に、以上認定の事実によれば、被控訴人Bは本件事故に因つて精神上
も少なからぬ苦痛を受けたものと認められる。しかして本件事故発生の原因(被控
訴人Bの過失の斟酌をも含む)並びに被控訴人Bの負傷の部位程度、その治療に従
事した経過が前叙認定の如きものであること、原審及び当審における被控訴人B、
Dの各供述によれば、被控訴人Bの本件事故に因る外傷に起因する神経症は前叙認
定の治療ないしその後の東大病院等における治療にも拘らずなかなか全治せず、本
件事故発生から既に七年も経た現在においてすら時折右肩から右腕にかけての痛み
を覚え、そのためとかく気分も勝れず、能率的な活動も妨げられていること、前記
供述と成立に争のない甲第一ないし第三号証、第七、第三四、第三五号証の各記載
を総合すれば、被控訴人Bはその主張の如き経歴及び資産(但しその価格の点を除
く)を有していること、他方前示甲第九号証の記載によれば控訴人Aにはこれとい
つた目ぼしい資産はないこと、しかし成立に争のない甲第一四号証の記載と原審証
人Gの証言によれば、控訴会社は資本の額一、〇〇〇万円で、タクシー八〇台以上
を有して営業しているものであることがそれぞれ認められること、その他本件弁論
に現われた諸般の事情を斟酌すると、被控訴人Bの前記精神的苦痛が慰籍されるべ
き金額は金三〇万円を以つて相当と認められる。
 (五) 右のとおりとすると、控訴人A及び控訴会社の各自が被控訴人Bに対し
て賠償すべき損害額は(三)の金六〇万円と(四)の金三〇万円の合計金九〇万円
である。
 六 以上のとおりであるから控訴人A及び控訴会社は各自被控訴人Bに対し金九
〇万円及び内金六〇万円即ち前示財産上の損害についてはその全部が発生を了した
と認められる(右損害のうち最も最後に発生したのは五の(一)の7に示したもの
のうち最後のものである)昭和三三年三月一日以降、内金三〇万円即ち前示慰籍料
については本件事故発生の日即ち控訴人Aの被控訴人Bに対する不法行為が為され
た日の翌日である昭和三一年三月一七日以降それぞれの完済に至るまで民法所定の
年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、被控訴人Bの控訴人A及び控
訴会社に対する本訴請求は右の限度においてこれを正当として認容すべきである
が、その余は失当としてこれを棄却すべきである。
 第二 被控訴人Dの請求について
 被控訴人Dが被控訴人Bの妻であることは当事者間に争ない。しかして妻もその
夫が第三の不法行為に因つて身体傷害を被つたことにより精神上の苦痛を受けた場
合は民法第七〇九条第七一〇条に基いて、自己の権利として加害者側に対し慰籍料
を請求できないものではないが民法第七一一条の規定の存することを考えると妻が
斯る場合に慰籍料請求のできるのは、その精神的苦痛が夫の死亡したときにも比肩
し得る租に重大な場合に限られるものと解するを相当とする。本件についてこれを
みるに被控訴人Bが本件事故に因つて被つた負傷ないしその後遺症は前叙の如き程
度のものであり、Bが不具者となつて被控訴人Dの一生の負担となるが如きもので
はなく、また本件事故については同被控訴人にも過失があり、その他本件弁論に現
われた諸般の事情に鑑みると、本件事故に因り被控訴人Dの被つた精神的苦痛は夫
たるBが死亡したときのそれに比肩し得る程度のものとは到底認め得ない。されば
その余の判断をなすまでもなく被控訴人Dの本件慰籍料請求は失当であつてこれを
棄却すべきである。
 第三 よつて右判断と一部符合しない原判決(但し控訴人ら敗訴の部分に限る)
を民法第三八四条第一項第三八六条に則る趣旨において変更し、訴訟費用の負担に
つき同法第九六条第九二条第九三条第一項第八九条を適用し、なお原審が被控訴人
Bの勝訴部分につき無担保で仮執行宣言をしたのは相当と認められるが本案判決の
変更によりその執行力の範囲は当然に本判決主文末項のとおり変更せらるべきであ
るので注意的に右主文末項においてこれを明らかにすることとし、主文のとおり判
決する。
 (裁判長判事 鈴木忠一 判事 加藤隆司 判事 宮崎富哉)

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