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判決言渡平成20年12月22日
平成20年(行ケ)第10047号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成20年12月15日
判決
原告ダイニック株式会社
訴訟代理人弁護士安藤信彦
同得丸大輔
同大関太朗
訴訟代理人弁理士三枝英二
同藤井淳
同林雅仁
同田中順也
同菱田高弘
被告ジャパンゴアテックス株式会社
訴訟代理人弁護士岡田春夫
同小池眞一
訴訟代理人弁理士植木久一
同菅河忠志
同植木久彦
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007−800104号事件について平成20年1月10日
にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,原告が名称を「吸湿性成形体」とする発明について有する特許第3
885150号の請求項1∼6(以下「本件発明1∼6」という。)につい
て,被告が無効審判請求をしたところ,特許庁が上記発明に係る特許を無効と
する旨の審決をしたことから,特許権者である原告がその取消しを求めた事案
である。
2争点は,本件発明1及び4∼6が下記刊行物①・②に記載された発明から,
本件発明2及び3が下記刊行物①・②・③に記載された発明から,それぞれ容
易に発明することができたか(特許法29条2項),である。

①米国特許第5593482号明細書(発明の名称「ADSORBENTASSEMBLY
FORREMOVINGGASEOUSCONTAMINANTS」[ガス状汚染物質除去のための吸着剤
アセンブリ],特許日1997年[平成9年]1月14日,甲1の3。以
下,これに記載された発明を「引用発明」という。)
②特開平9−148066号公報(発明の名称「有機EL素子」,出願人パ
イオニア株式会社ほか,公開日平成9年6月6日。甲2。以下,これに記載
された発明を「甲2発明」という。)
③DARIOBERUTOほか「Vapor-PhaseHydrationofSubmicrometerCaO
Particles」(サブマイクロメートルのCao粒子の気相水和)
J.Am.Cerm.Soc.1981,Vol.64,No2,pp74-80(甲3の1。以下,これに記載さ
れた発明を「甲3の1発明」という。)
3なお,原告は,本件訴訟提起後の平成20年3月10日(訂正2008−3
90026号事件)及び平成20年5月2日(訂正2008−390048号
事件)にそれぞれ上記特許につき訂正審判請求をしたが,前者はその後原告が
取り下げ,後者は平成20年8月27日に特許庁から請求不成立の審決がなさ
れ確定している。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
ア原告は,平成12年5月17日に日本国に出願した特願2000−14
5633号及び平成12年10月20日に日本国に出願した特願2000
−321241号に基づく各優先権を主張して,平成13年5月17日,
名称を「吸湿性成形体」とする発明について国際特許出願(PCT/JP
2001/004121号,特願2001−585252号)し,平成1
8年12月1日,特許第3885150号として設定登録を受けた(請求
項の数6。特許公報は甲57。以下「本件特許」という。)。
イこれに対し被告は,平成19年5月25日付けで上記特許の請求項1∼
6につき無効審判請求(以下「本件無効審判請求」という。)をしたの
で,特許庁は,同請求を無効2007−800104号事件として審理し
た上,平成20年1月10日,「特許第3885150号の請求項1∼6
に係る発明についての特許を無効とする。」旨の審決を行い,その謄本は
平成20年1月15日原告に送達された。
(2)発明の内容
本件特許の請求項1∼6(本件発明1∼6)の内容は,次のとおりであ
る。
「【請求項1】
電子デバイス用吸湿材料であって,CaO,BaO及びSrOの少なくと
も1種の吸湿剤,並びに樹脂成分を含有し,
吸湿剤及び樹脂成分の合計量を100重量%として吸湿剤30∼85重
量%及び樹脂成分70∼15重量%含有され,
前記樹脂成分がフッ素系樹脂であり,かつ,フィブリル化されている,
吸湿性成形体。
【請求項2】
吸湿剤として,比表面積10m/g以上の粉末が用いられている請求2
項1記載の吸湿性成形体。
【請求項3】
吸湿剤として,比表面積40m/g以上の粉末が用いられている請求2
項1記載の吸湿性成形体。
【請求項4】
さらにガス吸着剤を含有する請求項1記載の吸湿性成形体。
【請求項5】
ガス吸着剤が,無機多孔質材料からなる請求項4記載の吸湿性成形体,
【請求項6】
吸湿性成形体表面の一部又は全部に樹脂被覆層が形成されている請求項
1記載の吸湿性成形体。」
(3)審決の内容
ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件
発明1及び4∼6は,引用発明及び甲2発明に基づいて,本件発明2及び
3は,引用発明・甲2発明及び甲3の1発明に基づいて,それぞれ当業者
が容易に発明することができたから,いずれも特許法29条2項により特
許を受けることができない,というものである。
イなお,審決が認定する引用発明の内容,並びに本件発明1と引用発明と
の一致点及び相違点は,次のとおりである。
〈引用発明の内容〉
「コンピューターディスクドライブの筐体内に使用され,湿気を包含す
るガス状汚染物質を除くための吸着剤組立品の吸着剤層であって,延伸多
孔質ポリテトラフルオロエチレン内にシリカゲルが充填された吸着剤層」
の発明
〈一致点〉
いずれも「電子デバイス用吸湿材料であって,吸湿剤と樹脂成分を含有
し,前記樹脂成分がフッ素樹脂である吸湿性成形体」
〈相違点a〉
本件発明1では,吸湿剤として,CaO,BaO及びSrOの少なくと
も1種(以下,まとめて「CaO等」又は「酸化カルシウム等」というこ
とがある。)を用いるのに対し,引用発明では,シリカゲルを用いている
点。
〈相違点b〉
本件発明1が,吸湿剤と樹脂成分の割合を「吸湿剤及び樹脂成分の合計
量を100重量%として吸湿剤30∼85重量%及び樹脂成分70∼15
重量%含有され」と規定しているのに対し,引用発明では,樹脂成分に相
当するポリテトラフルオロエチレンと吸湿剤に相当するシリカゲルの量に
ついて規定がない点。
〈相違点c〉
本件発明1ではフッ素樹脂がフィブリル化されているのに対し,引用発
明では延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンをフィブリル化することに
ついて規定がない点。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下のとおり誤りがあるから,違法なものとし
て取り消されるべきである。
ア取消事由1(本件発明1の阻害要因)
(ア)審決は,原告がした阻害要因に関する「酸化カルシウム等を粉末の
まま樹脂と共に使用すると,水と接触したときに発火の危険性があるか
ら避けるべきこととされていた。この技術常識を破って,引用発明と甲
2発明とを組み合わせることを動機付けるものは何もなく,しかも組み
合わせには避けるべき要因(組み合わせることの阻害要因)がある」旨
の主張を退け,本件発明1は引用発明及び甲2発明に基づいて当業者が
容易に発明することができたと結論付けた。なお,この主張における
「酸化カルシウム等を粉末のまま使用する」との部分における「粉末の
まま」とは「酸化カルシウム等の粉末が樹脂に被覆されることなく酸化
カルシウム粉末単体と同等レベルの吸湿性能が発揮されている状態」を
意味する。
審決は,原告が阻害要因として挙げた下記阻害1及び阻害2の成立を
否定している。
①阻害1:「粉末のCaO等と樹脂を混合する目的はCaO等の発
火の回避にあり,フィブリル化したPTFEではこの目的は達成で
きない。」
②阻害2:「粉末のCaO等をフィブリル化したPTFEに組み合
わせた吸湿剤は発火の危険性がある。」
しかしながら,審決には以下に述べるとおりの誤りがある。
(イ)阻害1に関する審決の判断の誤り
審決は,甲49(特開平5−227930号公報,発明の名称「シー
ト状乾燥剤」,出願人足立石灰工業株式会社,公開日平成5年9月7
日,審判乙22。以下無効審判事件と書証の番号が異なるものは,「審
判〇〇」として同事件の書証の番号を併記することがある。)の段落【
0014】に「熱可塑性樹脂シート内に存在する酸化カルシウムは,ポ
リマーを介して外気もしくは水分と接触する事となる。その結果,多量
の水が存在しても酸化カルシウムは急激な水和反応を起こさず,急激な
温度上昇とか発熱発火の危険性は全くなくなる」ことが記載されてお
り,甲48(特開平6−277507号公報,発明の名称「ポリマー発
泡体乾燥剤」,出願人足立石灰工業株式会社,公開日平成6年10月4
日,審判乙21)にも同様の記載があることを認めながら,甲6の4
(特公昭46−26569号公報,発明の名称「乾燥剤を備えたコンデ
ンサ」,出願人ピー・アー・マロリ・アンド・カムパニ・インコーパレ
イテイド,公告日昭和46年8月2日),甲14(特開平3−1099
16号公報,発明の名称「乾燥剤組成物」,出願人富田製薬株式会社ほ
か,公開日平成3年5月9日)及び甲15(実開昭52−77956号
公報,考案の名称「乾燥剤」,出願人クラレプラスチックス株式会社,
公開日昭和52年6月10日)には上記とは異なる目的で樹脂と共に使
用されることが記載されていることから,「専ら粉末の酸化カルシウム
等の発火を防止するために樹脂が使用されていたと解することはできな
い。」と述べて,阻害1の成立を否定している(19頁25行∼38
行)。
しかし,上記甲48及び甲49には,審決も認める通り,CaO等を
粉末のまま用いると,水に接触したとき発熱,発火の危険性があり,火
傷や火災の原因となること,及びこの危険を回避するために樹脂に混入
して用いることが記されている。審決は,これを「専ら」の目的ではな
いとして,阻害1を排除しているが,なぜ「専ら」の目的でなければ阻
害要因が生じないのか不明である。
粉末のCaO等を樹脂に混入することが「専ら」の目的か否かではな
く,その目的の有している意義に基づき判断しなければならない。上記
甲48及び甲49には,粉末のCaOは樹脂に混入して使用しなければ
(粉末のままの状態で使用すれば),水と接触したときに,発熱,発火
の危険があり,火傷や火災の原因となることが記されている。このよう
な危険は,もし発生すれば社会に重要な影響を与え,人の生命をも奪い
かねない。したがって避けなければならないことであり,阻害事由が発
生する。
以上のとおり,「専ら」の目的ではないという意味不明の根拠を以て
阻害1を否定した審決の判断には誤りがある。
(ウ)阻害2に関する審決の判断の誤り
a審決は阻害2を否定するに当たって
①CaO等とPTFEの組合せは必然的に発火を招くか,
②PTFEは一義的に可燃物といえるか,
③PTFEを可燃物と解した場合,CaO等とPTFEの組合せ
は阻害要因となるか,
という三つの観点から判断している。
以下,各観点につき,審決の判断に誤りがあることを明らかにす
る。
b①の観点につき
審決は,環境に関わらず,CaO等が水と共存しさえすれば,PT
FEは当然に発火するとはいえないと述べ,さらに甲46(原告従業
員内A作成の2007年[平成19年]10月1日付け実験成績証明
書,審判乙19)及び甲47(同じく2007年[平成19年]10
月10日付け実験成績証明書,審判乙20)の実験で用いられた,酸
化カルシウムの配合量70%は実施例8より多いこと,及び甲31
(特開2002−280166号公報,発明の名称「有機EL素
子」,出願人ジャパンゴアテックス株式会社,公開日平成14年9月
27日,審判乙4)の段落【0041】の実施例1の結果では,重量
比で酸化バリウム:PTFE=6:4の多孔質吸着シート一枚に水を
滴下しても発煙すらしていないから,酸化カルシウム等とPTFEの
組合せが必然的に発火を招くと解することはできないとしている(2
0頁11行∼25行)。
しかし,甲44(吉田忠雄ほか監訳「危険物ハンドブック」丸善株
式会社昭和62年1月25日発行,審判乙17)には,「酸化カルシ
ウムの結晶は目立たない程度に徐々に水と反応するが,粉末は数分後
に爆発的な激しさで反応する…。生石灰は,1/3の重量の水と混合
すると150∼300℃(量による)に達し,可燃性物質に着火する
ことが可能となる。場合によっては800∼900℃にまで達する
…。」(346頁右欄下17行∼下12行)と記載され,さらに甲4
5(国立天文台編「理科年表平成11年」丸善株式会社平成10年
11月30日発行,審判乙18)には,PTFEの発火温度は492
℃であることが記載されている。これらの記載は,粉末のCaOとP
TFEの組合せは水と接触したとき,PTFEの発火温度より高くな
る場合があり,その場合にはPTFEは発火することを示している。
審決が「必然的に」発火しなければ阻害要因は生じないとする根拠
は不明である。当業者は上記甲44及び甲45の記載から,粉末のC
aOとPTFEとを共存させると,水と接触したとき発火の危険があ
ると認識する。この認識が阻害要因となるのであり,これを無視して
「必然的に」発火するとはいえないから阻害要因はないとする審決の
判断には誤りがある。
また,審決は,甲46及び甲47の酸化カルシウムの配合量が実施
例8より多いことを挙げているが,本件発明1はCaO等を30∼8
5%含有する吸湿性シートを包含しており,甲46及び甲47は,こ
の範囲内の配合量で試験されたものであり,粉末のCaO等を本件発
明1の範囲内の配合量でPTFEと共に用いると水と接触したとき,
発火することを示すものである。甲55(原告従業員内A作成の20
08年[平成20年]2月27日付け実験成績証明書)は,実施例8
と同じCaO:PTFE=60:40の配合の吸湿性シートも,水と
接触すると,炎を上げて発火したことを証明している。
さらに,審決は,前記甲31の実施例1の記載からも必然的に発火
するとはいえないと述べている。しかし,本件特許出願当時,CaO
等は水と接触したとき激しく発熱し,火傷の原因となり,また可燃物
を燃焼させ発火の原因となることは知られており,当業者はそのよう
に認識していた(甲28∼30,35∼43,48∼49)。甲31
は,本件特許の優先権主張日後に公知となった文献であり,これをも
って本件特許出願当時の上記当業者の認識が覆されるはずがない。
c②の観点につき
審決は,甲53(小川伸「英和プラスチック工業辞典」株式会社
工業調査会1992年[平成4年]5月25日5版第2刷発行,審判
乙26)及び甲54(「プラスチック大辞典」株式会社工業調査会1
994年[平成6年]10月20日初版第1刷発行,審判乙27)に
記された可燃性,不燃性についての広義の解釈を採らず,甲25(永
井進監修「実用プラスチック用語辞典第三版」株式会社プラスチッ
クス・エージ1989年(平成元年)9月10日発行)及び上記甲5
4に燃焼のしやすさを評価する手法としてJIS規格が記されている
ことから,プラスチックにおける定義によればPTFEは不燃物に当
たるとし,PTFEを一義的に可燃物であるとは解し得ないとしてい
る。
しかし,上記甲53は「プラスチック工業辞典」であり,プラスチ
ックに用いられる用語の意味を記載したものである。甲53には,
「可燃性」の項(186頁)に「材料が燃えることを表す」と記載さ
れて広義の可燃性の意義が定義され,また「不燃性」の項(485
頁)には「高温度(例えば650℃)に加熱しても発火せず且つ赤熱
しただけでは灰化しない性質」と定義されている。また,上記甲54
には,「燃焼性,可燃性」の項(319頁)に「可燃性物質が酸化反
応によって発熱と光を発生する現象を生じる性質をいう。一般には燃
焼を生じるためには可燃性物質,酸素,熱の3要素が必要である。」
と記載され,JIS規格のように炎との接触を必要としないことが明
記されている。JIS規格は材料の燃焼のしやすさの程度を規定する
一つの規格を記すだけで,これをもって「燃焼性」,「可燃物」の定
義とすることはできない。
審決は,「PTFEを一義的に可燃物であるとは解し得ない。」と
する。なぜ一義的でなければならないのか不明である。特許請求の範
囲に記載された用語が広義と狭義の二つの意義を有するとき,どちら
の意義に解すべきかは当業者が出願当時の技術水準に基づいて,その
用語をどのように解するかによって決しなければならない。
甲28(宇部マテリアルズ株式会社「製品安全データシート」19
93年[平成5年]6月30日作成・2003年[平成15年]3月
1日改訂,審判乙1),甲35(宇部マテリアルズ株式会社従業員B
作成の2007年[平成19年]10月1日付けの書面,審判乙
8),甲38(ギュンター・ホンメル編,新居六郎訳「危険物ハンド
ブック(第1巻)」シュプリンガー・フェアラーク東京1996年[
平成8年]9月17日発行)及び甲39(厚生省生活衛生局企画課生
活化学安全対策室監修「国際化学物質安全性カード(ICSC)日本
語版第3集」化学工業日報社1997年[平成9年]11月28日発
行,審判乙11)には,CaOは水と接触すると,激しく発熱して可
燃物を発火させると記載されている。これらの証拠において「可燃物
を発火させる」というのは,一般に広い意味で用いられる可燃性,す
なわち前記甲53でいう,材料が燃えることをいうと解され,JIS
規格に規定された規格に従って「可燃物」と記されているとは認めら
れない。しかも,CaOは水と接触したとき発熱はするが,それ自身
炎を出さない物質であって,発熱により材料を燃焼させると認められ
るから,甲54の「燃焼性,可燃性」の定義と一致する。
そうすると,炎との接触を必要とし,燃焼のし易さの程度を規定す
るJIS規格を持ち出し,これをプラスチックにおける可燃性の定義
であると決めつけ,PTFEを一義的に可燃物であるとは解し得ない
とした審決の判断には誤りがある。
しかも,上記甲53によれば,650℃に加熱しても発火しないも
のを不燃性というのであるから,492℃の発火温度を有するPTF
Eは不燃物とはいえず可燃物になる。
他方,PTFEの熱分解メカニズムからみても,PTFEが実質的
に可燃物に当たることは明らかである。PTFEが加熱された場合,
490℃付近から急速に分解が進行して下記のようにTFE(テトラ
フルオロエチレン:CF=CF)を生成する(里川孝臣編「ふっ素22
樹脂ハンドブック」日刊工業新聞社1990年[平成3年]11月3
0日初版1刷発行[甲68]86頁)。

「−(CF)−→nCF=CF↑」24n22
TFEは空気中で燃えやすいうえに,無酸素で加熱されると爆発的
に反応する性質を有する(独立行政法人日本学術振興会フッ素化学第
155委員会編「フッ素化学入門−先端テクノロジーに果すフッ素化
学の役割」三共出版株式会社2004年[平成16年]3月1日初版
第1刷発行[甲69]187頁,H.C.DUUS「ThermochemicalStudies
onFluorocarbons」INDUSTRYANDENGINEERINGCHEMISTRY1955年
[昭和30年]7月[甲70]1445頁)。この点,上記分解温度
がPTFEの発火温度(前出の492℃)とほぼ一致していることか
ら,PTFEの発火と上記メカニズムとが技術的に整合がとれている
ことがわかる。このように,PTFEの熱分解メカニズムという見地
からみても,燃焼性のTFEを生成するPTFEが実質的に可燃物に
該当することは明らかである。
したがって,②の観点においても審決は判断を誤っている。
d③の観点につき
審決は,甲23(「石灰ハンドブック1992」日本石灰協会1
992年[平成4年]8月31日発行)673頁及び甲10(富士ゲ
ル産業株式会社の2007年[平成19年]9月14日付けホームペ
ージの一部)を根拠として,PTFEを可燃物と解し,水と接触した
ときに発火の危険性があると解しても,酸化カルシウム等の粉末乾燥
剤は広く使用されており,製品に注意書きを付すなどの危険性回避手
段を講じれば発火の危険性は回避できるから,CaO等をPTFEと
組み合わせることに阻害要因があると解することはできないと判断し
ている。
しかし,本件発明1の吸湿性成形体は,あくまで「電子デバイス
用」であって,「食品用」とは明確に区別されるべきものである。甲
10及び甲23は「食品用」に係るものであるところ,食品用に使用
される乾燥剤は,極めて緩やかな吸湿性を有するものであれば足り,
それだけ発火の問題は大幅に小さくなるといえる。甲10の左欄には
「主成分の酸化カルシウムは放置すると数十時間で反応が終わります
が,日本石灰乾燥剤協会(NSKK)に準ずる透湿性のある包材で使
用する事により水分の吸着をコントロールしています。」と明記され
ている。もともと吸湿性の低い酸化カルシウムを用いながら,包材で
水分の吸着をコントロールしても実用化できるような吸湿性で足りる
のが食品用の吸湿剤といえる。また,甲10の左下部のグラフによれ
ば,重量増加率が5%になるまでに約96時間もかかっていることが
わかるが,この値は,本件明細書(甲57)中に開示されている,樹
脂成分としてポリエチレンを用いた実施例1の結果と比べても大幅に
低い数値であることがわかる。本件明細書(甲57)においてフィブ
リル化フッ素樹脂を用いた実施例8にあっては,重量増加率5%にな
るまで5分しかかかっておらず,本件発明1における電子デバイス用
の吸湿剤とは歴然とした差があることがわかる。このように,食品用
の用途で要求される吸湿性は,電子デバイス用で要求される吸湿性と
は全く異なるものであり,その用途の違いは無視できないレベルにあ
ることは明らかである。
それにもかかわらず,審決では,「しかるところ,発火の危険が生
じるのは,廃棄時等の水を接触した場合であって,通常の吸湿過程,
つまり,通常の電子デバイス内の吸湿を行うような水のない雰囲気下
では発火の危険が存在しない。一方,酸化カルシウム等は,廃棄時等
において水分と接した場合に発火の危険性があるとの技術常識が存在
するものであるが,このような技術常識があるにもかかわらず,依然
として粉末乾燥剤として広く使用されており〔甲第23号証,参考資
料1(甲第10号証)〕,発火の危険性という一事をもってその使用
が妨げられているものではない。」(22頁22行∼29行)と決め
付け,食品用と電子デバイス用とを同一平面上で議論しようとしてお
り,その論理には無理がある。
むしろ,甲23又は甲10は,食品用ですら発火の問題が危惧され
ていることから,よりいっそう高い吸湿性が要求される用途(例えば
電子デバイス用)に用いる場合は発火の問題がなおさら無視できない
レベルにあることを示唆しているといえる。
以上のように,「電子デバイス用」であることを前提とする本件発
明1の吸湿性成形体は,食品用に使用される吸湿剤とは異なって,高
い吸湿性が要求されることから,水と接触したとき,発火の危険性は
大きく高まるのである。また,その故にこそ,粉末状CaO等をフィ
ブリル化PTFEと組み合わせて,CaO粉末を露出させた状態で電
子デバイスの吸湿材料として用いるという先行技術は存在しないので
ある。
したがって,審決が,製品に注意書を付すなどの危険回避手段を講
じれば発火の危険性は回避できると判断したのは誤りであり,③の観
点においても審決は判断を誤っている。
(エ)甲2の記載内容に対する審決の判断の誤り
審決は,原告がした「甲2には酸化カルシウム等の粉末表面を粘着材
で覆って吸湿剤として用いることが記載されているが,酸化カルシウム
等を粉末状態のまま用いることは記載されていない。」との主張を退
け,甲2にはCaO等の固定方法として,粘着材による方法以外にも,
通気性を有する袋に入れて固定する方法など,粉末のまま使用される手
段が開示されているから,必ずしも粉末表面を粘着材で覆わなければ使
用できないとはいえないと判断している。
しかし,甲2にはCaO等を樹脂に混入して使用することしか記載さ
れていない。CaO等を粉末のまま用いることは記載されておらず,粉
末のまま用いると,水と接触したとき発熱,発火の危険があることを知
っている当業者は,甲2には,CaO等を粉末のまま用いることは記載
されていないと理解する。
もっとも,CaO等を粉末のまま用いるかどうかという問題とは別
に,審決で取り上げているような「通気性を有する袋」に入れるという
こと自体,吸湿剤の種類にかかわらず大量の水分と接触しないように注
意するということであり,これはむしろ発火の危険性を認識しているこ
との表れといえる。
イ取消事由2(本件発明1の効果の予測性)
(ア)本件発明1は,特に「吸湿剤の脱落防止効果」と「粉末単体の場合
と同程度の吸湿効果」との二つの効果を一挙に達成することに成功した
ものである。
(イ)これに対し,審決は,本件発明1の効果につき,「本件発明1の効
果は,粉末が脱落しない,優れた吸湿性を発揮する,電子デバイスの小
型化・軽量化が図られるという効果をもつものであるが〔特許掲載公報
第4頁第34∼35行,第5頁第18∼21行〕,これらはいずれも格
別な効果とはいえない。すなわち,上記のとおり引用発明ではフィブリ
ル化したPTFEが用いられており,吸着剤が充填されたPTFEは吸
着剤が外に移動せず,汚染の問題がないので好ましいと記載され〔摘示
事項(A−5)〕,また,吸着剤の空間を最小限に抑えられることが記
載されている〔摘示事項(A−2)(A−3)〕。一方,本件発明1に
係る実施例4,6,8,10の吸湿剤成形体および吸湿剤単体の60分
経過時の試験結果と,同条件における,フィブリル化したPTFEと物
理的吸湿剤を組み合わせた吸湿剤成形体と物理的吸湿剤単体の吸湿の試
験結果…を比較しても,物理的吸湿剤として活性炭「太閤CB」を用い
た結果に比べて,実施例4,6の結果は劣るものであり,また,実施例
8,10の結果も格段に優れるものでもないことから,その吸湿性能は
専らフィブリル化された多孔質のPTFEを用いることで必然的に得ら
れるものと考えられ,CaO等の選択により格別顕著な吸湿効果を奏し
ているとはいえない。そうすると,本件発明の上記効果は,甲第1号証
の3に明示されたものかあるいはフィブリル化したPTFEを使用した
ことに基づき必然的に得られ,容易に認識できるものと認められ,格別
顕著なものと評価できない。」(17頁下1行∼18頁20行)と判断
している。
(ウ)しかし,甲1の3(引用発明)から,上記の「吸湿剤の脱落防止効
果」と「粉末単体の場合と同程度の吸湿効果」という二つのいわば相反
する効果が同時に達成されることを予測することなどは,以下に述べる
理由により,到底不可能である。
a「吸湿剤の脱落防止効果」につき
甲1の3には,充填PTFEは,吸着剤物質が外部へ移動せず,汚
染の問題が生じないことから,特に好ましい旨が形式的に記載されて
いる。
しかし,甲1の3における「ADSORBENTASSENBLY」の構成は,甲1
の3の4欄54行∼5欄22行及びFig.2∼6に記されているも
のの,その「吸着剤層」の形成方法は予め形成された延伸PTFEに
後から吸着剤物質を充填することを前提とするものである。このこと
は,甲1の3の4欄42行∼46行の「Apreferredembodimentis
theuseofexpandedporouspolytetrafluoroethylene(PTFE)madein
accordancewiththeteachingsinU.S.Pat.Nos.3,953,566and
4,187,390,theexpandedporousPTFEthenfilledwithaparticular
adsorbentmaterial.」(審決[8頁下9行∼下6行]の訳文:「好ま
しい態様は,米国特許第3,953,566号および4,187,3
90号に開示の方法で得られる延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレ
ン(PTFE)の使用であり,加えて,特定の吸着性物質が充填され
た延伸多孔質PTFEである。」)との記載において「then」と明記
されていることや,8欄13行∼20行の「Theadsorbentlayerwas
approximately0.043inches(1.0922mm)thickand0.625inches
(15.875mm)longand0.156inches(3.9624mm)wide.Theadsorbent
layerwasconstructedofasilicagelwithblueindicatorgel
impregnatedintoanexpandedporousPTFEmembranewitha40%by
weightsilicagelplusindicatorloadingandatotalsilicagel
contentof0.021gramsofsilicagelat20%relativehumidity.」
(審決[9頁下13行∼下9行]の訳文:「吸着剤層は厚み約0.0
43インチ[1.0922mm],長さ0.625インチ[15.8
75mm],幅0.156インチ[3.9624mm]である。この
吸着剤層は,延伸多孔質PTFEにシリカゲル+指示薬で40重量%
充填した青の指示色を示すシリカゲルから構成されており,全シリカ
ゲル量は,相対湿度20%でのシリカゲルで0.021gであっ
た。」)との記載においてシリカゲルを延伸PTFE中に
「impregnated」により充填したことが記載されていることからも明
らかである。
このように,甲1の3を普通に読めば,その吸湿剤層の形成方法と
しては,まず延伸PTFEを形成した後,得られた延伸PTFEに吸
湿剤物質を充填する,いわゆる「(吸着剤物質)後入れ方法」を前提
技術としていることがわかる。したがって,たとえ甲1の3の構成が
本件発明1のそれと類似していたとしても,その作り方が異なる以
上,その構成による効果が同じになるとは限らず,甲1の3から直ち
に本件発明1の「吸湿剤の脱落防止効果」を予測することはできな
い。
甲1の3には,「後入れ方法」によって吸着材物質が脱落しないよ
うに延伸PTFE中にどのように充填すればよいかにつきその詳細は
一切明らかにされていない。また,甲1の3の実施例3を仔細に見て
も,シリカゲルを延伸PTFE中に「impregnated」により充填した
こと自体は記載されているが,通常シリカゲルは溶液状ではなく固体
(粒子)状であるところ,例えば,(a)どのような粒径をもつシリカ
ゲル粒子をどのような細孔をもつ延伸PTFE中に充填させるのか,
(b)そのようなシリカゲル粒子をどのような「後入れ方法」で延伸P
TFE中の細孔中に充填させるのか,(c)「後入れ方法」では,延伸
PTFEの最表面又はその付近にもシリカゲル粒子が多数付着すると
予想され,それらが脱落するおそれがあるのでないか,(d)たとえ延
伸PTFEの細孔中にシリカゲル粒子を充填できたとしても接着剤や
粘着剤なしで本当にシリカゲルが脱落しないようにできるのかどうか
(また接着剤や粘着剤を使えば吸湿性が犠牲になるのではないか)
等,不明な点や疑義ある点が極めて多い。
このように,「後入れ方法」を前提とする甲1の3では,吸着剤物
質の脱落を防止するための具体的な技術手段が不明であるだけでな
く,むしろ「後入れ方法」を採ることにより脱落しやすい状態のもの
しか得られないのではないかという疑義さえ生じさせるものであるか
ら,甲1の3から直ちに本件発明1の「吸湿剤の脱落防止効果」が達
成できるかどうかを予測することなど到底不可能である。
なお,甲1の3には,「充填PTFEは,吸着剤物質が外部に移動
せず,汚染の問題が生じないことから,特に好ましい。」(4欄47
行∼49行,訳文は,抄訳1頁下2行∼下1行)との記載があるが,
甲1の3の請求項1は,三つの層(粘着層,吸着剤層及びフィルター
層)を有し,吸着剤層が粘着層とフィルター層の間に配置されている
ことを必須要件としているから,吸着剤層が両層に挟まれることで
「吸着剤物質が外部に移動しない」と考えるのが相当である。
b「粉末単体の場合と同程度の吸湿効果」につき
甲1の3の実施例3には,延伸多孔質PTFEにシリカゲル及び指
示薬が充填された吸着剤層において,シリカゲルが湿気を吸着して変
色した旨が記載されている。しかし,甲1の3の実施例3から読み取
れることは,せいぜい「シリカゲルが湿気を吸着した」という程度で
あって,この記載から「粉末単体の場合と同程度の吸湿効果」(本件
特許の図7及び図9[甲57])という点まで予測できるはずもな
い。
また,上記aで述べたとおり,甲1の3には,「後入れ方法」で吸
着剤物質を脱落させることなく充填する方法が不明であるから,その
吸着性能もどのように機能するか不明といわざるを得ない。それにも
かかわらず,審決は,本件発明1の効果と,単に物理吸着剤単体によ
る効果を示す甲22(被告従業員C作成の2007年[平成19年]
10月1日付け実験成績証明書)及び本件発明1に記載された製造方
法に基づいて得られる効果を示す甲33(原告従業員内A作成の20
07年[平成19年]7月27日付け実験成績証明書,審判乙6)と
を対比した結果に基づいて,本件発明1の効果の予測性について判断
している。しかし,これらの対比は,あくまで本件発明1に開示され
ているシート形成方法で吸湿性成形体を作成することを前提とするも
のであり,「後入れ方法」を前提としている甲1の3とは直接関係の
ないものである。
そうすれば,本件発明1と甲22及び甲33とを対比したところ
で,これが甲1の3からみた本件発明1の効果の予測性を判断する根
拠となり得ないことは明らかである。換言すれば,甲22及び甲33
との対比を前提とした審決における判断は,本件発明1の存在を前提
とした判断であって,本件発明1を未だ知らない当業者がその効果を
予測できるかどうかという進歩性の議論において妥当性を欠くものと
いわざるを得ない。
以上のとおり,甲1の3には「粉末単体の場合と同程度の吸湿効
果」という効果が開示されていない上,甲22及び甲33との対比も
本件発明1の「粉末単体の場合と同程度の吸湿効果」の予測性を裏付
ける証拠となり得ないのであるから,当業者が何の実験も行うことな
く甲1の3から直ちに本件発明1の「粉末単体の場合と同程度の吸湿
効果」を予測することは到底不可能である。
c発明の効果の予測性についてのまとめ
上記a,bのとおり,「後入れ方法」を前提技術としている甲1の
3において「吸湿剤の脱落防止効果」及び「粉末単体の場合と同程度
の吸湿効果」という二つの効果が一挙に達成できるかどうかは全く不
明であるといわざるを得ない。
また,たとえ,甲1の3に記載の「後入れ方法」で吸着剤層を形成
しようとしても,上記aのとおり甲1の3に「後入れ方法」に関する
詳細が明らかにされていない以上,甲1の3に実施例3等を忠実に再
現することができないものであり,この点からみても本件発明1の二
つの効果を予測できないことは明らかである。
仮に,甲1の3以外の公知文献に記載の製造方法を用いて甲1の3
の構成を再現し,その効果が確認できたとしても,それは甲1の3と
当該公知文献との組み合わせによる実験が必要となることを意味する
ものであり,かえって本件発明1の上記二つの効果の非予測性を裏付
けるものとなる。
以上のとおりであるから,本件発明1の効果を「甲第1号証の3に
明示されたものかあるいはフィブリル化したPTFEを使用したこと
に基づき必然的に得られ,容易に認識できるものと認められ,格別顕
著なものと評価できない。」(18頁18行∼20行)と判断した審
決は誤りである。
(エ)なお,被告が後記3(2)ウ(ア)で引用している甲1の1以下の各甲
号証は,審決で判断されなかったものであるから,本訴においてこれ
らを本件発明1の効果を予測することができたことの資料として用い
ることは許されないし,これらを検討しても,本件発明1の効果を予
測することができたことが認められるものではない。
ウ取消事由3(本件発明2∼6)
本件発明2∼6は,いずれも本件発明1に従属するものであるから,こ
れらの発明についても,本件発明1と同じ取消事由を有することは明らか
である。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
(1)取消事由1に対し
ア審決は,原告の主張する阻害事由の内容を
阻害1:粉末のCaO等と樹脂を混合する目的は,CaO等の発火の回
避にあり,フィブリル化したPTFEではこの目的を達成でき
ない
阻害2:粉末のCaO等をフィブリル化したPTFEと組み合わせた吸
湿剤は発火の危険がある
の二つに分けて整理している。
イ阻害1について
阻害1は,粉末のCaO等と樹脂の混合目的からCaO等とフィブリル
化PTFEの組合せが動機付けられるかを論点とするものであることか
ら,原告が主張する事由が同一刊行物内の記載でないとはいえ(すなわち
甲1の3や甲2内の記載ではないとはいえ),審決は,あえて原告が主張
する阻害1の主張を,課題が異なることや動機付けの不存在を根拠とする
ものであると位置付け,「一見論理付けを妨げるような記載」(仮の阻害
要因)であるか否かと同じ慎重さをもって検討を加えているものである。
審決では,阻害1に関して,甲49及び甲48に基づき,確かに「熱可
塑性樹脂シート内の酸化カルシウムは,ポリマーを介して外気や水分と接
触する結果,多量の水が存在しても急激な水和反応は起こさず,発熱発火
の危険性は全くなくなる」との記載があることを認定する一方で,甲6の
4,甲14及び甲15に基づき,(ア)粉末状のアルカリ土類酸化物の取り
扱い性の向上と,電子装置内への密封前の取り扱い時における乾燥能力の
低下を抑えること,(イ)飛散性などの欠点を抑え,加工成形を容易にする
こと,(ウ)酸化カルシウムの吸湿・膨張により袋やケースの破損による飛
散・汚染の防止を図ることなどもCaOと樹脂とを組み合わせる目的にな
ると認定している(19頁25行∼38行)。すなわち,審決は,阻害1
で主張されるような目的でCaOや樹脂が組み合わされる場合の他,他の
目的でもCaOや樹脂が組み合わされる場合があるとしているのであり,
これら他の目的は,CaOとフィブリル化PTFEを組み合わせる動機付
け(論理付け)になりうる技術常識である。
そうすると,阻害1については,仮に,原告が主張するような甲48や
甲49のような記載が甲1の3や甲2内にあると仮定したとしても,「課
題が異なる等,一見論理付けを妨げるような記載があっても,技術分野の
関連性や作用,機能の共通性等,他の観点から論理付けが可能な場合」に
該当する。したがって,審決の判断手法は,進歩性の手法として慎重を尽
くしたものと評価されることはあっても,これを違法であるなどとするそ
しりを受ける理由はない。
原告は,なぜ「専ら」の目的でなければ阻害要因が生じないのか不明で
あるとか,甲48や甲49を指摘して,その目的の有している意義に基づ
き判断しなければならないなどと主張するが,このような主張は,上記の
とおり,原告の主張を善解して示した審決の慎重な判断を正解するもので
はない。
ウ阻害2について
阻害2は,原告が主張する事由が同一刊行物内の記載でないとはいえ,
審決は,あえて原告が主張する阻害2の主張をもって,技術常識として記
載されている事項と同視できるように位置付け,「粉末のCaO等をフィ
ブリル化したPTFEと組み合わせた吸湿剤は発火の危険がある」とする
被告の主張が妥当であるか否かを,「請求項に係る発明に容易に想到する
ことを妨げるほどの記載」(真の阻害要因)の観点と同様の慎重さをもっ
て判断したものである。
阻害2は,審決が判断しているように,①CaO等とPTFEの組合せ
が必然的に発火を招くか,②PTFEは一義的に可燃物といえるか,③P
TFEを可燃物と解した場合,CaO等とPTFEの組合せは阻害される
かの三つの観点に分けられる。
a①の観点につき
(a)審決は,阻害2の①について,甲44∼47及び甲31の記載内
容を丁寧に調べ,「水の量及びCaO等の周囲環境に関わらず,Ca
O等と共存しさえすればPTFEは当然に発火する,つまり当然に燃
焼するとはいえない。」(20頁16行∼18行),「酸化カルシウ
ム等とPTFEの組合せが必然的に発火を招くと解することはできな
い。」(20頁24行∼25行)と判断している。すなわち,審決
は,原告が阻害要因と主張していた発火にとって,「水の量及びCa
O等の周囲環境」が重要であると指摘した上で,「必然的に発火を招
くと解することはできない」と結論付けているものである。
このような結論は,被告が提出した甲26(Cの実験成績証明書)
に記載されている「本件特許明細書記載の加速試験条件での高比表面
積のCaOの温度上昇の実験結果」のとおり,客観的に事実として正
しく,引用発明に甲2に記載の「CaO等」を組み合せるに際して想
定される有機EL素子という「密閉性」の高い適用分野においては,
原告も認めるとおり,通常の使用環境下での危険性がそもそも想定し
えないに等しいものである。
そして,この事実は,阻害2の③の観点で示される「CaOとフィ
ブリル化PTFEを組み合わせても,水の量等をコントロールすれ
ば,危険性を回避できる」との総合的結論を客観的事実面から支える
ものである。
(b)原告は,「審決が『必然的に』発火しなければ阻害要因は生じな
いとする根拠は不明である。」と主張する。しかし,審決は,阻害要
因の検討として,客観的事実としての取り返しのつかないデメリット
が事実として存在するか否かを検討したものであり,必然的でない場
合には,そもそも水分のコントロール等によるデメリットの回避策が
生ずるなど,当業者が組み合わせに想到することを阻害するような真
の阻害要因にはならない。
また,原告は,さらに燃えることもある事実(甲55)を追加して
いるが,水の付加条件も含め,発明の構成の範囲で常に発火する危険
なのか(必然的か否か)との検討視点を欠くものであり,不適切な主
張である。このことは,原告が,PTFEが不燃性樹脂であっても燃
えることを説明すべき機序がありうる資料として新たに提出した甲6
8∼70を検討しても同様である。それぞれ,特殊な条件下(高温か
つ真空下)でのPTFEの熱分解を経た上で得られるテトラフルオロ
エチレン(TFE)を前提に,酸素の存在を前提とする酸化反応によ
る燃焼作用を説明する内容であり,常に発火するかのごとき主張は失
当である。
さらに,原告は,甲31について本件特許出願時以降のものである
旨主張するが,①の観点は周知性ではなく,客観的事実について判断
したものであるから,原告の主張は審決の違法性とは無関係である。
b②の観点につき
(a)審決は,原告が提示した甲28,甲35,甲38,甲39,甲4
4をデメリットの生ずることが技術常識として周知であったかを検討
すべき根拠文献として特定し,その主張が妥当であるか否かについて
検討を加えている。
そして,審決は,可燃物,不燃物について定義する甲25,甲53
(審判乙26),甲54(審判乙27)の記載について詳細に突き合
わせた上で,「素材の評価手法によって,可燃性あるいは不燃性とさ
れる対象が異なるものと認められる。つまり,乙第27号証および甲
25号証において,共通してJISK6911の試験法が例示されているよ
うに,プラスチックにおける可燃性・不燃性の定義が存在し,かたや
乙第26号証では,有機物は可燃性で無機物は不燃性,あるいは不燃
物は高温度(例えば650℃)で発火しない,との一般的な定義があ
り,両者の定義は素材の評価手法により異なることが理解できる。そ
うすると,PTFEはプラスチックにおける定義によれば不燃物であ
るから,PTFEが可燃物であると一義的に解することはできな
い。」(21頁21行∼29行)と判断しているものである。
周知性において問題となる事項が,正にCaO等をPTFEと組み
合わせるに際して,当業者の技術常識において,PTFEが可燃物と
認識されてこれが阻害されるか否かである以上,PTFEが一義的に
可燃物と認識されていたかを検討した審決の視点は正しく,かつ,不
燃性樹脂であるPTFEの認定として正しい事実認定である。
なお,原告が提示した甲28,甲35,甲38,甲39,甲44
は,可燃物と組み合わせればデメリットが生じることからこれを避け
るように記載する内容ではない。例えば,甲28及び甲35には確か
に「水分にあうと激しく発熱し,可燃物を発火させるのに十分な熱を
発生することがある。」と記載されているが,甲28の4頁の「1
0.安定性及び反応性」の項には「避けるべき条件:水と反応し発熱
する」と記載されている。すなわち,避けられるのは,あくまで水で
あって,可燃物ではない。これらの記載からすれば,水を避けること
で(水との接触をコントロールすることで),CaOと可燃物とを組
合せてもそのデメリット(発火)の回避が可能であることが知られて
いるのであって,甲28等にCaOと可燃物とを組み合わせると取り
返しのつかないデメリットが生じることが記載され,技術常識になっ
ているとは到底いえず,この観点からも,当該取り返しのつかないデ
メリットの周知性は否定される。
(b)原告は,甲28,甲35,甲38,甲39の可燃物に関する定義
が一般に広い意味で用いられる「可燃性」であると主張する。しか
し,可燃物とは,必ずしも,原告が主張するような燃やそうと努力す
れば燃えるような状態を指すものではなく,努力しなくても簡単に燃
えるものを指して可燃物とするのが自然な理解であり,例えば,広辞
苑には可燃物に関して「火をつけるとよく燃えること,燃えやすいこ
と」と記載されている。
そうすると,PTFEは,まさに不燃物であって,火がついても直
ちに自己消火するものであるから(甲12[大阪市立工業研究所プラ
スチック読本編集委員会ほか編「「プラスチック読本改訂第18
版」株式会社プラスチックス・エージ1992年(平成4年)8月1
5日発行]及び甲25[プラスチック用語辞典]),可燃物(火をつ
けるとよく燃えること,燃えやすいこと)に該当しないことが逆に明
らかになるものである。
そもそも,樹脂として客観的に不燃性に分類されるようなPTFE
に対して,燃やそうと努力すれば燃えるから可燃物となるといった原
告の理解は,文献の記載内容の論理的解釈として無理がある。
また,原告は,甲68∼70を提出して,PTFEが490℃付近
から急速に分解が進行する旨の主張を追加しているが,PTFEが可
燃物であることを裏付けるものでもなく,PTFEとCaO等とを組
み合わせると取り返しのつかないデメリットが生じることを客観的に
示すものでもなく,また取り返しのつかないデメリットの周知性を示
すものでもない。原告の主張する各反応が,そもそも通常考えられな
い特殊な条件(高温かつ真空下など)を必要とすることは証拠上自明
である。原告提出の甲68(ふっ素樹脂ハンドブック)には,「しか
しPTFEは燃えにくく,一度火がついても消えやすい。難燃材料と
してもすぐれ,酸素指数は95.0である(酸素指数が小さいほど低
い酸素濃度でよく燃え,21より小さいといったん火がつけば空気中
で燃えつづける)。」と記載されており(88頁11行∼13行),
安全性の面では一般的にいえばむしろ「すぐれ」るものであるとの評
価が定着していることを示している。
c③の観点につき
(a)阻害要因が認められるには,取り返しのつかないデメリットの客
観的事実とその周知性の両方が必要とされるところ,審決は,以上の
①,②の観点から,客観的事実及び周知性の両方とも具備しないこと
を明らかにした。
審決は,さらに踏み込んで,PTFEが可燃物であると解しても,
また,CaO等との組み合わせには一義的にデメリットがあると当業
者の技術常識において認識されていると判断したとしても,デメリッ
トが回避可能である以上,阻害要因を充足しないことを明らかにして
いる(22頁25行∼36行)。
そもそも電子デバイス部品は水を避けるように設計・組み立てられ
るものであり,元々水との接触がない環境を発明の前提としているこ
とを,この際,原告は再認識すべきである。
(b)原告は,甲23,甲10,甲27が「食品用」であることを問題
視しているようであるが,そもそも,食品用のCaOに関して発火の
危険性があると主張していたのは原告であり,ともに「発火の危険
性」という一事をもって,その使用が妨げられているものではないこ
とを裏付けている点で異なるところはない。審決の「また,一般に,
危険性のある製品であっても,法律により使用が禁止されているもの
を除き,製品に注意書きを付すなどの手段によりその危険性の低減・
回避は可能であり,」との判断(22頁29行∼31行)は,食品用
CaOだけに通じる技術常識を示すものではなく,CaO自体の一般
的技術常識を示すものである。現に,原告がその阻害要因の主張の直
接的な根拠として提出している甲28及び甲35は,その用途を限定
しないCaOの製品安全に関するデータシートである。
原告は「電子デバイス用」であることを強調するが,仮に,CaO
等にそのような区別があったとしても,注意すれば危険を回避できる
点は電子デバイス用でも同じであって,異なる事情を認定すべき理由
が考えられない。むしろ,食品用CaOは生ゴミなどの水と接触する
危険性が高い一方,電子デバイス用CaOは,電子デバイス自体が水
との接触を嫌うものである以上,むしろ自然に水との接触が回避さ
れ,より安全であるといえる。
原告は,食品用のCaOは吸湿速度が遅く,電子デバイス用のCa
Oは吸湿速度が速いといった区別があるかのような主張を行っている
が,原告が主張する食品用,電子デバイス用の属性が限定される根拠
が不明である。電子デバイス用CaOを特定する記載は本件特許明細
書にはない。本件特許の請求項1の吸湿性成形体は,その引用形式の
請求項である請求項6の態様を含むものであるところ,この請求項6
の吸湿性成形体は,表面の一部又は全部に樹脂被覆層が形成されてお
り,吸湿性成形体としての吸湿速度をコントロールすることを前提と
しているから,原告が主張する電子デバイス用であっても,むしろ,
吸湿速度が遅いと評価せざるを得ない内容も含まれるものである。
エ阻害事由についてのまとめ
本件発明1は,水と接触する危険にさらされることを前提としてなされ
たものでなく,むしろ水と接触することが忌避されることを前提とした電
子デバイスの分野での使用に係る発明であり,審決が指摘するように,本
件発明1は発火の危険性を認識することなくされたものであり,かつ,本
件特許明細書にそのような危険回避の課題も記載されていない。したがっ
て,発明の実施態様とかけ離れた状況下の発火実験で発火したこと等を阻
害要因と原告が主張することには合理的な理由がない。
オ甲2に関する審決の判断について
a原告は,甲2には,CaO等を粉末のまま用いることは記載されてい
ないと主張する。
しかし,審決において,引用発明の「シリカゲル」との置換を検討し
ている甲2に記載されている構成は,「有機EL素子内においてCaO
等が化学的吸湿剤として使用されていた」との技術的事項であり,Ca
O等が粉末のまま使用されていたかについては無関係な議論といわざる
をえない。
また,甲2の実施例において,「粘着材を用いてガラス封止缶7に固
定する」とされているのは,酸化バリウム(BaO)又は酸化カルシウ
ム(CaO)を用いた「乾燥手段8」である。甲2において,BaOや
CaOから「乾燥手段8」を形成する手法として,「化合物を固形化し
て成形体と」する方法や「化合物を通気性を有する袋に入れ」る方法等
が記載されており(段落【0019】),「粘着材樹脂と混合して」
「CaO等」から「乾燥手段8」を形成するとのみ記載されるものでは
ない。のみならず,「化合物を通気性を有する袋に入れ」る方法や,
「ガラス封止缶7に仕切りを設け,この仕切りの中に上記の化合物を入
れる方法」という甲2の段落【0019】の記載を素直に読めば,「C
aO等」が「粉末」のまま「有機EL素子」内に「封入」されている技
術的事項は明記されているといえる。
なお,原告は,本件無効審判請求事件においては,その答弁書(甲5
9)6頁16行∼18行において,「一方,甲第2号証に開示されてい
るCaO,BaOは,あくまで単独(粉末のまま)で使用されるもので
あり,樹脂と混ぜて使用することについては何の示唆も存在しない。」
と主張していたのであり,原告の甲2に関する上記主張は,この本件無
効審判請求事件における主張と矛盾し,信用できないものであることは
明らかである。
b原告は,甲2に記載のCaO等につき,「CaO等を粉末のまま用い
るかどうかという問題とは別に,審決で取り上げているような『通気性
を有する袋』に入れるということ自体,吸湿剤の種類にかかわらず大量
の水分と接触しないように注意するということであり,これはむしろ発
火の危険性を認識していることの表れといえる。」とも主張する。
しかし,有機EL素子内に設置することで既に水との接触の危険性が
避けられており,袋入りでなければ有機EL装置に(電子デバイス用
の)CaOが粉末のまま使用できないと理解する当業者はいない。そも
そも,甲6の3(特開平11−329719号公報,発明の名称「有機
電界発光素子」,出願人エルジー電子株式会社,公開日平成11年11
月30日)の有機EL素子において,図5に示されるとおり,「吸着層
35」に使用される(電子デバイス用の)「BaO」や「CaO」の無
機吸湿剤は「溶媒を使用せずに粉状で充填して使用」されるものである
(段落【0040】)が,「ポリテトラフルオロエチレン」を使用した
もので,「0.01∼10μmの気孔を有する」支持層33(段落【0
042】)にて直接接触支持され使用されている事実が明らかであり
(段落【0049】,【0052】),袋体に入れなければ使用できな
いとの原告の主張には,技術常識として根拠がない。袋に入れることの
第一義的な目的は,バラバラの粉末を一つに取りまとめるためである。
「大量の水分と接触しないように注意するということであり」との上
記主張は,大量の水分と接触しないようにすれば,危険性は全く存在し
ないとの認識が技術常識であることを,当業者である原告自身が示して
おり,阻害要因の主張自体が失当なものであることを自認するに等しい
内容である。
(2)取消事由2に対し
ア原告は,本件発明1は,「粉末単体の場合と同程度の吸湿効果」と「吸
湿剤の脱落防止効果」との二つの効果を一挙に達成するものであり,二つ
のいわば相反する効果が同時に達成されることを予測することなど到底不
可能である,と主張する。
イしかし,そもそも原告の上記の効果に関する主張は,本件発明1の発明
特定事項から離れており,「作り方」といった本件発明1と関連性のない
甲1の3の記載に基づいて本件発明1の効果が予測されないと主張してい
る点で既に根拠がない。
効果に関する主張が,独立に特許発明の進歩性の根拠になり,特許を無
効にするとの審決の独立した取消事由に相当すると評価しうるのは,「当
該発明の構成をとることによって奏すべき作用効果が特許の出願時の技術
常識において予測できず,実験等を実施することで初めて確認できた効果
であると認められる技術的思想」であるような場合だけであり,発明特定
事項から離れて甲1の3の記載事項から予測可能性を論難することには法
的な意味がない。
ウ原告主張の誤りを個別に指摘すると,次のとおりである。
(ア)原告の主張する効果が本件発明1の構成をとることによって,当然
予測される内容であること
原告が主張する本件発明1の効果である「粉末単体の場合と同程度の
吸湿効果」と「吸湿剤の脱落防止効果」は,両者とも「フィブリル化」
された「フッ素系樹脂」とこれで取りまとめた「吸湿剤」とによる「吸
湿性成形体」の構成において知られていた効果である。なぜなら,フィ
ブリル化されたPTFE等で吸湿剤を取りまとめるという従来技術を採
用する根拠は,まさに通気性のあるフィブリル化されたPTFEで吸湿
剤としての機能を維持しつつ,その粉体である吸湿剤の飛散を防止する
ところにあり,そのことは技術常識であったからである(甲1の1[特
開平6−211994号公報]段落【0003】及び【0023】,甲
1の2[特開平8−24637号公報]段落【0003】及び【007
1】,甲1の4[特開昭63−28428号公報]2頁左上欄1行∼5
行及び右上欄1行∼6行,甲1の5[特開平4−323007号公報]
段落【0003】及び【0006】,甲7の1[特開平5−4247号
公報]段落【0001】及び【0002】,甲7の2[特開昭63−3
6836号公報]2頁右下欄5行∼8行及び5頁左下欄15行∼右下欄
1行,甲7の3[里川孝臣「機能性含ふっ素高分子」日刊工業新聞社昭
和57年2月28日初版1刷発行]32頁8行∼12行及び33頁1行
∼4行,甲13[国際公開97/27042号公報]8頁15行∼18
行及び5頁24行∼25行,甲19[特開平3−122008号公報]
2頁右下欄4行∼10行,甲20[特開平3−228813号公報]3
頁右下欄7行∼10行,甲21[特開平3−228814号公報]4頁
右上欄10行∼12行)。
以上のとおり,原告が「粉末単体の場合と同程度の吸湿効果」と「吸
湿剤の脱落防止効果」との二つの相反する効果を同時に達成した点にお
いて本件発明1の顕著な効果である等と主張することには合理的な根拠
がなく,上記の各公知例に明らかなとおり,フィブリル化されたフッ素
系樹脂で機能性粒子を取りまとめるとの構成をとる場合に当然に予測さ
れるべき効果でしかないことが明らかである。
(イ)甲1の3の記載から「吸湿剤の脱落防止効果」が予測できないとす
る原告の主張が失当であること
a甲1の3は,特定の吸着剤物質が充填されたPTFEを採用する理
由について,「好ましい態様は,米国特許第3,953,566号お
よび4,187,390号に開示の方法で得られる延伸多孔質ポリテ
トラフルオロエチレン(PTFE)の使用であり,加えて,特定の吸
着剤物質が充填された延伸多孔質PTFEである。充填PTFEは,
吸着剤物質が外部に移動せず,汚染の問題が生じないことから,特に
好ましい。」(4欄42行∼49行,訳文は,抄訳1頁下5行∼下1
行)と明記してある。
このような甲1の3の記載に鑑みれば,シリカゲルの脱落防止効果
があるか否かが不明であるとする原告の主張に根拠が全くないのは明
らかである。
b原告が,引用発明につき,延伸多孔質PTFEを製造した後にシリ
カゲルを充填するとの「後入れ方法」と解釈する根拠は,甲1の3の
4欄46行の「then」及び8欄16行∼17行の「impregnated」に
あるが,以下のとおり,いずれも根拠にならない。
(a)「then」につき
「then」は時間的な要素を含む概念を示す他,「also;in
addition」などの内容的追加を表すこともある(乙6[「Oxford
DictionaryofEnglish」OXFORDUNIVERSITYPRESS1829頁])。
しかも原告が指摘する「then」が使用されている箇所は,
adsorbent(吸着剤)の充填形態について説明する段落において,
参照刊行物の記載内容の概要部分(延伸多孔質PTFE)をまず初
めに紹介し,ついで当該段落の主題(吸着剤の充填形態)と密接に
関連する部分(そこへの吸着剤の充填)を紹介する箇所であって,
吸着剤の添加を時間を追って順に説明する箇所ではない。この箇所
において,「then」を素直に理解すれば,「also;inaddition」な
どのように前に紹介した内容をさらに補足する表現であると理解さ
れるといえる。したがって,「then」を「後入れ方法」の根拠と理
解するのは,甲1の3の記載から遊離しているといわざるを得な
い。
仮に,「then」が時間的要素を示す用語として使用されていたと
しても,原告が主張するような「afterthat;next;afterward」と
いった経時的要素を示す意味と理解するよりも,「atthattime;
atthetimeinquestion」(上記乙6)という「その時」,「その
頃」といった同時期の事象,状態を示す副詞と理解する方が以下の
文脈からして自然である。すなわち,甲1の3の4欄43行∼46
行の「theuseofexpandedporouspolytetrafluoroethylene
(PTFE)madeinaccordancewiththeteachinginU.S.Pat.Nos.
3,953,566and4,187,390,theexpandedporousPTFEthenfilled
withaparticularadsorbentmaterial」との記載は,同格(=)を
示すべき「,」が二つの名詞を連結するものであり,米国特許第3
953566号及び同第4187390号に従って製造された
「expandedporouspolytetrafluoroethylene(PTFE)」を定冠詞で
ある”the”で受けて「theexpandedporousPTFEthenfilledwith
aparticularadsorbentmaterial」と言い換えているものと理解す
るのが文法的に正しく,「,」による連結が同格を意味する以上,
「thenfilled」の解釈としては,「afterthat」(その後)と理解
するより「atthattime」(その時点では)の状態を意味すると理
解する方が文理的にも自然な解釈である。また,そもそも,上記箇
所において引用されている米国特許第3953566号(甲5の
1)及び同第4187390号(甲5の2)は,PTFEに充填材
を充填する方法として,現実に「後入れ方法」ではない通常の製造
方法を開示している。すなわち,甲5の1の11欄3行∼10行
(甲5の2の10欄3行∼8行)には,「上記のテフロン6A樹脂
は,アスベスト1に対して樹脂4の重量の割合で,商業的に入手可
能なアスベストパウダーと混合される。混合物は,混合物1ポンド
あたり115ccの無臭鉱物油で潤滑されて,幅6インチ,厚さ
0.036インチの連続したフィルムに押し出す。」(訳文は被告
による)と記載され,アスベストと同様にPTFEに充填する一般
的な充填剤につき,甲5の1の21欄60行∼65行(甲5の2の
17欄66行∼18欄3行)において,「上記の各実験例では,充
填剤としてアスベストの使用を示したが,カーボンブラック,多種
の色素,及びマイカ,シリカ,二酸化チタン,ガラス,チタン酸カ
リウム等の広範な種類の充填剤を充填しうるものと理解されるべき
ものである。」(訳文は被告による)と記載されており,フィブリ
ル化されたPTFEに充填剤を充填するに際して,原告が主張する
ような「後入れ方法」によらない事実が明記されている。
刊行物の記載事項は,進歩性の検討対象となるべき特許出願時
(優先権主張日)における技術常識に従い理解されるものであると
ころ,上記のような明確な裏付け及び当業者の理解が示された文献
がある中で,上記「then」を「後入れ方法」の根拠とすることは不
自然な解釈である。
(b)「impregnated」につき
「impregnate」という文言は,「含浸」と訳される場合もある
が,シリカゲルの溶液をもって「含浸」させるといった製法は,少
なくとも通常の手段ではない。
乙8(富井篤編「科学技術英和大辞典」株式会社オーム社平成5
年11月25日第1版第1刷発行1165頁)は,「impregnate」
につき,「③すきまを埋める,詰める◇Sawingisdonewiththe
edgeofarapidlyrotatingphosphorobronzediskthathasbeen
impregnatedwithdiamonddust.ダイヤモンドの微粉が植え付けら
れている急速に回転するリン青銅ディスクのエッジで鋸引きを行
う.」と説明する。乙9(海野文男ほか編「ビジネス技術実用英語
大辞典」日外アソシエーツ株式会社1998年[平成10年]6月
26日第1刷発行408頁)は「impregnate」につき「充填する,
…◆fiberglass-impregnatedplasticガラス繊維入りプラスチッ
ク」と説明する。乙10の1(「THERANDOMHOUSEDICTIONARYOF
THEENGLISHLANGUAGE」RANDOMHOUSEINC.1987年[昭和62年
]発行)は,「impregnate」につき「4.tofillintersticeswith
asubstance.」と説明し,乙10の2(「小学館ランダムハウス英
和大辞典上巻」株式会社小学館昭和52年第4刷発行)は,これを
「4すきまを埋める,詰める」と記載している。
これら各書証から明らかなように,ダイヤモンドの微粉やガラス
繊維などのように溶けないものを充填する場合にも,impregnateが
使用されるのであり,これらの例では当然のことながら後入れ不可
能であり,impregnateの文言から「後入れ方法」と断定することは
できない。
原告は,甲1の3について,「通常シリカゲルは溶液状ではなく
固体(粒子)状である」と主張するが,固体(粒子)状であるなら
なおさらダイヤモンドの微粉やガラス繊維などと同様に「後入れ方
法」ではないと理解するのが自然である。
以上のとおり,「impregnated」という用語からは,引用発明に
おけるシリカゲルを「後入れ方法」によって充填されたものと限定
解釈する根拠はどこにもなく,前記甲5の1及び2に示された技術
常識に照らして記載事項を解釈すれば,むしろ,先入れ方法により
シリカゲルが延伸多孔質PTFEに充填されたものであることが理
解できるといえ,「impregnated」は当該理解に反する用語ではな
い。
(c)「後入れ方法」の解釈の誤りの結論
以上のとおり,引用発明の製法を考察しても,原告が主張するよ
うな「後入れ方法」と理解すべき根拠はどこにも存在しない。
そればかりか,上記のとおり「後入れ方法」と理解すると,甲1
の3の記載と整合しない。なぜなら,甲1の3には,「充填PTF
Eは,吸着剤物質が外部へ移動せず,汚染の問題が生じない」とし
て,その構成を採用する目的に関する記載があるところ(4欄47
行∼49行,訳文は,抄訳1頁下2行∼下1行),原告は,「後入
れ方法」と理解すると,「脱落しやすい状態のものしか得られない
のではないかという疑義さえ生じさせる」として,甲1の3の記載
と整合しなくなることを自認している。甲1の3において「充填P
TFEは,吸着剤物質が外部へ移動せず,汚染の問題が生じない」
と明記されているにもかかわらず,それと異なる結論が導出される
のは,そもそも,原告の「後入れ方法」との解釈が誤っているから
に他ならないと理解されるところである。
cフィブリル化PTFEが,固体粒子を取り纏める技術として技術常
識であることは,前記(ア)の甲1の1・2・4・5,7の1∼3,1
3,19∼21などから明らかである。「吸湿剤の脱落防止効果」
は,延伸多孔質PTFEが,本来備える効果であって,甲1の3自体
に,上記b(c)のとおり「充填PTFEは,吸着剤物質が外部へ移動
せず,汚染の問題が生じない」と明記しているのであるから,甲1の
3からだけでも理解できる機序であることは明らかである。
さらにいえば,本件発明1自身,単に「CaO,BaO,SrO…
並びに樹脂成分を含有し,…前記樹脂成分がフッ素系樹脂であり,か
つ,フィブリル化されている」と特定する発明にすぎず,CaO等の
含有手順を明らかにしておらず,またフィブリル化の達成手段も明確
にしていない。
(ウ)甲1の3から「粉末単体の場合と同程度の吸湿効果」が予測できな
いとする原告の主張が失当であること
a原告は,甲1の3は「後入れ方法」であること,したがって甲22
と甲33の対比結果を考慮したことは妥当性を欠くと主張する。
しかし,前記(イ)bのとおり,甲1の3は「後入れ方法」であると
する前提において既に誤っている。
b審決は,本件特許明細書(甲57)に開示された各実施例の具体的
構造を前提として,当該明細書の試験結果に関して,従来技術として
知られていた機序の延長上のものとして理解できるか否かを検討して
いるものである。審決は,まず,「本件発明1に係る実施例4,6,
8,10の吸湿剤成形体および吸湿剤単体の60分経過時の吸湿の試
験結果と,同条件における,フィブリル化したPTFEと物理的吸湿
剤を組み合わせた吸湿剤成形体と物理的吸湿剤単体の吸湿の試験結果
〔乙第6号証,甲第22号証〕を比較し」たものである(18頁9行
∼12行)。すなわち,審決は,フィブリル化したPTFEと物理的
吸湿剤を組み合わせた吸湿剤成形体と物理的吸湿剤単体の吸湿の試験
結果を対比している。そして,各試験結果から明らかなように,吸湿
剤単体で使用した場合と,吸湿剤をフィブリル化PTFEで取り纏め
た場合とは,吸湿剤の種類によらず,本件特許明細書の実施例4,
6,8,10(図6∼9)と同様のグラフが描けることが確認されて
いる。
審決は,上記対比の中で特に比較シートCの例,すなわち「物理的
吸湿剤として活性炭『太閤CB』を用いた場合」に着目し,これに比
べて,「実施例4,6の結果は劣るものであり,また,実施例8,1
0の結果も格段に優れるものでもない」ことを指摘している(18頁
12行∼15行)。
以上のとおり,審決は,「フィブリル化の程度」を揃えてやれば,
フィブリル化されたPTFEと吸湿剤とにより構成される各種吸湿性
成形体の吸湿特性は,吸湿剤の種類に応じた違いはあっても,「Ca
O等」の吸湿剤単体と異ならない吸湿特性を示し,かつ,本件発明1
の実施例4,6は活性炭(太閤CB)をフィブリル化PTFEで取り
まとめた比較シートCよりも劣り,実施例8,10も格段優れたレベ
ルにあるものではないことを確認したからこそ,「その吸湿性能は専
らフィブリル化された多孔質のPTFEを用いることで必然的に得ら
れるものと考えられ,CaO等の選択により格別顕著な吸湿効果を奏
しているとはいえない。」と結論付けている(18頁15行∼17
行)。このような審決の判断は,本件特許明細書の記載に基づき,本
件発明1が奏する作用効果の内実を正確かつ客観的に認定したもので
あると評価されるべきであって,甲1の3の解釈とは無関係である。
その上で,審決は,「そうすると,本件発明の上記効果は,…フィ
ブリル化したPTFEを使用したことに基づき必然的に得られ,容易
に認識できるものと認められ,格別顕著なものと評価できない。」
(18頁18行∼20行)として,本件発明1の効果は,甲1の3が
当該フィブリル化PTFEを開示するものである以上,これに甲2記
載の「CaO等」が組み合わさった構成から必然的に導かれる効果で
しかないと判断している。
したがって,試験結果の対比は,本件発明1の効果の予測性を認定
する根拠となり得ないとする原告の主張は,審決の論理構造を正しく
理解するものではないから,失当である。
c原告は本件発明1の効果を本件特許の図7や図9(甲57)に基づ
いて「粉末単体の場合と同程度の吸湿効果」と決め付けているようで
あるが,これがそもそも誤りの発端である。上記図7や図9の試験結
果は,それぞれ,具体的な実施例の試料としての構造を前提として確
認された内容でしかない。
審決は,本件発明1について「粉末単体の場合と同程度の吸湿効
果」を認めたのではなく,本件発明1の効果を「優れた吸湿性を発揮
する」という定性的レベルで認定したものである(17頁最終行)。
この認定は,本件発明1が「前記樹脂成分がフッ素系樹脂であり,か
つ,フィブリル化されている」と定性的に発明を特定するものにすぎ
ない以上,その効果も定性的な範囲で認めるのが妥当であることを示
すものである。
そして,引用発明と本件発明1とは,吸湿性に関する構成要件であ
るところの「前記樹脂成分がフッ素系樹脂であり,かつ,フィブリル
化されている」点で完全に同一である。
したがって,両者の効果も同一であると認定するのが基本的な進歩
性の判断手法であり,かつ,これと異なる特異な機序に基づく効果が
確認されてもいないのに,甲1の3に効果の開示がないとする原告の
主張は失当である。
エ原告の効果に関する主張に対する反論のまとめ
以上のとおり,「吸湿剤の脱落防止効果」及び「粉末単体の場合と同程
度の吸湿効果」(正しくは,「優れた吸湿性を発揮する」という定性的効
果)は,いずれも,フィブリル化PTFEが本来備える効果である(さら
にいえば,周知な効果でもある)。
そして,甲1の3は,「吸着剤物質が外部へ移動せず,汚染の問題を生
じない」ようにする目的で,かつシリカゲルに湿気を吸わせる目的でフィ
ブリル化PTFEを使用しているのであるから,引用発明においては,上
記フィブリル化PTFEの効果をまさに発揮させているのであり,「吸湿
剤の脱落防止効果」及び「粉末単体の場合と同程度の吸湿効果」(正しく
は,「優れた吸湿性を発揮する」という定性的効果)は,甲1の3自体か
らも理解できることは明らかである。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2本件発明について
(1)本件特許明細書(甲57)には,【特許請求の範囲】として前記第3,
1(2)の記載があるほか,【発明の詳細な説明】として次の記載がある。
ア技術分野
「本発明は,吸湿性成形体に関する。」
イ背景技術
「電池,キャパシタ(コンデンサ),表示素子等の電子デバイスは,超
小型化・超軽量化の一途をたどっている。これらの電子部品は,必ず外装
部の封止工程において,ゴム系シール材あるいはUV硬化性樹脂等の樹脂
系接着剤を用いて封止が行われる。ところが,これらの封止方法では,保
存中又は使用中にシール材を通過する水分により電子部品の性能劣化が引
き起こされる。すなわち,電子デバイス内に侵入した水分により,電子デ
バイス内部の電子部品が変質又は腐食するおそれがある。例えば,有機電
解質を用いる電池又はコンデンサでは,その電解質中に水分が混入すると
電気伝導度の変化,侵入水分の電気分解等が起こり,さらに端子間の電圧
の降下やガス発生による外装ケースの歪みや漏液を生じることがある。こ
のように,電子デバイス内に侵入した水分により,電子デバイスの性能安
定性・信頼性を維持することが困難となっている。
また,これを解決するためにハーメチクシール又は金属溶接を行うことも
考えられる。ところが,これらの技術では,外装ケースの膨れや内部減圧
による歪み,ひいては内部の機能材料の化学変化が引き起こされる。
他方,これらの電子デバイスを組み立てる工程では,全工程にわたって湿
度を0に維持することは事実上不可能であるため,例えば電子デバイス完
成後のエージング工程中において,組立工程中に電子デバイス中に侵入し
た水分を吸湿することが必要不可欠となる。ところが,前記のように,電
子デバイス内に侵入した水分を確実かつ容易に吸湿する技術は未だ確立さ
れていない。
ウ発明の開示
「従って,本発明の主たる目的は,これら従来技術の問題を解消し,電
子デバイス等の装置内部に侵入した水分を容易かつ確実に吸湿できる材料
を提供することにある。
本発明者は,これら従来技術の問題に鑑み,鋭意研究を重ねた結果,特定
の吸湿性成形体が上記目的を達成できることを見出し,ついに本発明を完
成するに至った。
すなわち,本発明は,下記の吸湿性成形体に係るものである。
1.吸湿剤及び樹脂成分を含有する吸湿性成形体。
2.吸湿剤が,アルカリ土類金属酸化物及び硫酸塩の少なくとも1種を含
む請求項1記載の吸湿性成形体。
3.吸湿剤が,CaO,BaO及びSrOの少なくとも1種である前記項
1記載の吸湿性成形体。
4.吸湿剤として,比表面積10m/g以上の粉末が用いられている前2
記項1記載の吸湿性成形体。
5.吸湿剤として,比表面積40m/g以上の粉末が用いられている前2
記項1記載の吸湿性成形体。
6.吸湿剤が吸湿性成形体中30∼95重量%含有されている前記項1記
載の吸湿性成形体。
7.樹脂成分が,フッ素系,ポリオレフィン系,ポリアクリル系,ポリア
クリロニトリル系,ポリアミド系,ポリエステル系及びエポキシ系の少な
くとも1種の高分子材料である前記項1記載の吸湿性成形体。
8.さらにガス吸着剤を含有する前記項1記載の吸湿性成形体。
9.ガス吸着剤が,無機多孔質材料からなる前記項8記載の吸湿性成形
体。
10.吸湿性成形体表面の一部又は全部に樹脂被覆層が形成されている前
記項1記載の吸湿性成形体。
11.樹脂成分がフィブリル化されている前記項1記載の吸湿性成形体。
12.吸湿剤としてCaO,BaO及びSrOの少なくとも1種であって
比表面積10m/g以上の粉末が用いられ,かつ,樹脂成分としてフッ2
素系樹脂が用いられてなる前記項1記載の吸湿性成形体。
13.フッ素系樹脂がフィブリル化されている前記項12記載の吸湿性成
形体。
14.前記項1記載の電子デバイス用吸湿性成形体。
本発明の吸湿性成形体は,吸湿剤及び樹脂成分を含有する。吸湿性成形体
の形状は限定的でなく,最終製品の用途,使用目的,使用部位等に応じて
適宜設定すれば良く,例えばシート状,ペレット状,板状,フィルム状,
粒状(造粒体)等を挙げることができる。
吸湿剤としては,少なくとも水分を吸着できる機能を有するものであれば
良いが,特に化学的に水分を吸着するとともに吸湿しても固体状態を維持
する化合物が好ましい。このような化合物としては,例えば金属酸化物,
金属の無機酸塩・有機酸塩等が挙げられるが,本発明では特にアルカリ土
類金属酸化物及び硫酸塩の少なくとも1種を用いることが好ましい。
アルカリ土類金属酸化物としては,例えば酸化カルシウム(CaO),酸
化バリウム(BaO),酸化マグネシウム(MgO),酸化ストロンチウ
ム(SrO)が挙げられる。

本発明の吸湿剤としては,アルカリ土類金属酸化物が好ましい。特に,C
aO,BaO及びSrOの少なくとも1種が好ましい。最も好ましくはC
aOである。
本発明の吸湿剤は,粉末の形態で含有させることが好ましい。この場合,
粉末の比表面積(BET比表面積)は,通常10m/g以上,さらには2
30m/g以上,特に40m/g以上であることが好ましい。このよう22
な吸湿剤としては,例えば水酸化カルシウムを900℃以下(好ましくは
700℃以下,最も好ましくは500℃以下(特に490∼500℃)で
加熱して得られるCaO(粉末)を好適に用いることができる。本発明で
は,BET比表面積10m/g以上,さらには30m/g以上,特に422
0m/g以上のCaO粉末を最も好ましく用いることができる。2

本発明では,これら高分子材料の中でも,フッ素系,…等が好ましい。具
体的には,フッ素系としては,ポリテトラフルオロエチレン,ポリクロロ
トリフルオロエチレン,ポリビニリデンフルオライド,エチレン−テトラ
フルオロエチレン共重合体等が挙げられる。…これら樹脂成分のうち,本
発明では,フッ素系樹脂が好ましい。
本発明では,吸湿剤及び樹脂成分の含有量はこれらの種類等に応じて適宜
設定すれば良いが,通常は吸湿剤及び樹脂成分の合計量を100重量%と
して吸湿剤30∼95重量%程度及び樹脂成分70∼5重量%程度にすれ
ば良い。好ましくは吸湿剤50∼85重量%程度及び樹脂成分50∼15
重量%,最も好ましくは吸湿剤55∼85重量%程度及び樹脂成分45∼
15重量%とすれば良い。
本発明では,その効果を妨げない範囲内で,必要に応じて他の成分を適宜
添加することもできる。例えば,ガス吸収性を示す材料(ガス吸着剤)を
配合することができる。ガス吸着剤としては,シリカ,アルミナ,合成ゼ
オライト等の無機多孔質材料を例示することができる。ガス吸着剤の含有
量は限定的でないが,通常は吸湿剤及び樹脂成分の合計量100重量部に
対して3∼15重量部程度とすれば良い。
また,本発明の吸湿性成形体は,必要に応じてその表面上の一部又は全部
に樹脂成分を含む樹脂被覆層が形成されていても良い。これにより,吸湿
性成形体の吸湿性能を制御することができる。樹脂被覆層の樹脂成分とし
ては,気体透過性の高い材料であれば良く,具体的には吸湿性成形体に含
まれる上記樹脂成分と同様のものを採用することができる。好ましくは,
上記ポリオレフィン系のものを使用することができる。
上記樹脂成分中には,必要に応じて無機材料又は金属材料からなる粉末を
分散させても良い。これにより,急激な温度変化又は湿度変化に対する耐
久性等をより高めることができる。特に,マイカ,アルミニウム粉等のリ
ーフィング現象を示す粉末(鱗片状粒子)が好ましい。上記粉末の含有量
は特に限定的でないが,通常は樹脂被覆層中30∼50重量%程度とすれ
ば良い。
樹脂被覆層の厚さは,所望の吸湿性能,樹脂被覆層で用いる樹脂成分の種
類等に応じて適宜設定できるが,通常は0.5∼20μm程度,好ましく
は0.5∼10μmとすれば良い。このため,上記粒子の粒径は,一般に
樹脂被覆層の厚さよりも小さくなるように設定すれば良い。
本発明の吸湿性成形体は,これらの各成分を均一に混合し,所望の形状に
成形することによって得られる。この場合,吸湿剤,ガス吸着剤等は予め
十分乾燥させてから配合することが好ましい。また,樹脂成分との混合に
際しては,必要に応じて加熱して溶融状態としても良い。成形方法は,公
知の成形又は造粒方法を採用すれば良く,例えばプレス成形(ホットプレ
ス成形等を含む。),押し出し成形等のほか,転動造粒機,2軸造粒機等
による造粒を適用することができる。
吸湿性成形体がシート状である場合,このシート状成形体をさらに延伸加
工したものも吸湿性シートとして好適に用いることができる。延伸加工
は,公知の方法に従って実施すれば良く,一軸延伸,二軸延伸等のいずれ
であっても良い。
また,樹脂被覆層を形成する場合,その形成方法は限定的でなく,公知の
積層方法等に従って実施すれば良い。例えば,吸湿性成形体がシートであ
る場合は,そのシートの表面及び裏面の少なくとも一方に,予め成形され
た樹脂被覆層用シート又はフィルムを積層すれば良い。
例えば,図1に示すように,吸湿性シート(1)の裏面に樹脂被覆層
(2)を形成することができる。また,図2に示すように,吸湿性シート
(1)の表及び裏面に樹脂被覆層(2)(2)を形成することもできる。
吸湿性成形体をシート状とする場合のシート厚さは,最終製品の使用目的
等に応じて適宜設定すれば良い。例えば,吸湿性成形体をキャパシタ等の
電子デバイスに適用する場合は,通常50∼400μm程度,好ましくは
100∼200μmとすれば良い。これらシート厚さは,樹脂被覆層を有
する場合は,樹脂被覆層を含めた厚さである。
本発明の吸湿性成形体は,樹脂成分がフィブリル化されていることが好ま
しい。フィブリル化によって,いっそう優れた吸湿性を発揮することがで
きる。フィブリル化は,吸湿性成形体の成形と同時に実施しても良いし,
あるいは成形後の加工により実施しても良い。例えば,樹脂成分と吸湿剤
とを乾式混合して得られた混合物を圧延することにより樹脂成分のフィブ
リル化を行うことができる。また例えば,本発明成形体をさらに前記のよ
うに延伸加工を施すことによってフィブリル化を行うことができる。より
具体的には,CaO,BaO及びSrOの少なくとも1種の吸湿剤粉末と
フッ素系樹脂粉末(例えば,ポリテトラフルオロエチレン等)とを乾式混
合した後,得られた混合物を圧延することによりフィブリル化された吸湿
性成形体を製造することができる。圧延又は延伸は,公知の装置を用いて
実施すれば良い。フィブリル化の程度は,最終製品の用途,所望の特性等
に応じて適宜調整することができる。吸湿剤粉末は,前記の比表面積を有
するものを用いることが好ましい。フッ素系樹脂粉末は限定的でなく,公
知又は市販のフッ素系樹脂粉末(粒度)をそのまま使用すれば良い。
本発明の吸湿性成形体は,吸湿が必要な箇所又は部位に常法により設置す
れば良い。例えば,電子デバイスの容器内雰囲気中の水分を吸湿する場合
は,容器内面の一部又は全部に吸湿性成形体を固定すれば良い。また,有
機電解質を用いるキャパシタ,電池等において,有機電解質中の水分を吸
湿する場合は,有機電解質中に吸湿性成形体を存在させれば良い。

本発明によれば,吸湿性成形体を採用しているので,電子デバイス等の装
置内部に侵入した水分をより容易かつ確実に除去することができる。
これにより,乾燥手段の設置を機械化することも可能となる。また,これ
に伴い,雰囲気内に水分が侵入する機会が減り,当初から高い乾燥状態を
もつ雰囲気を作り出すことができる。すなわち,高い乾燥状態でデバイス
を製造できるとともに製造後も確実に水分を除去できるので,より安定性
・信頼性の高いデバイスを工業的規模で提供することが可能となる。
また,乾燥手段として従来の乾燥剤(粉末)をそのまま用いた場合と異な
り,粉末が脱落して容器に散乱するという問題も回避することができる。
さらに,粉末を使用する場合は収納部の確保が必要であったが,本発明で
はそのような必要がなくなり,デバイスの小型化・軽量化にも貢献するこ
とができる。
このような特徴をもつ本発明の吸湿性成形体は,電子材料,機械材料,自
動車,通信機器,建築材料,医療材料,精密機器等のさまざまな用途への
応用が期待される。」
エ発明を実施するための最良の形態
「以下,実施例を示し,本発明の特徴とするところをより一層明確にす
る。但し,本発明は,これら実施例に限定されるものではない。
実施例1
シート状の吸湿性成形体を作製した。
吸湿剤であるCaO粉末(純度99.9%)を900℃で1時間加熱して
十分脱水させ,次いで180∼200℃の限率乾燥雰囲気中で冷却し,最
終的に室温まで冷却した。得られたCaO(BET比表面積約3m/2
g)60重量%及び樹脂成分としてポリエチレン(分子量:約10万)4
0重量%を乾式混合した後,約230℃に加熱して溶融で混練し,この混
練物をTダイで押し出してシート状に成形することにより,厚さ300μ
mのシート状吸湿性成形体を得た。

実施例4
吸湿剤としてSrO粉末(粒度10μmパス)60重量%及び樹脂成分と
してフッ素系樹脂(ポリテトラフルオロエチレン(PTFE))40重量
%を用いた。これらを粉末状態で十分に混合した。得られた混合物を圧延
ロールでシート状に圧延成形し,厚さ300μmのシートを得た。得られ
たシートは,PTFE樹脂がフィブリル化されており,SrOを含有した
多孔質構造体となっていた。

実施例6
吸湿剤として実施例1と同じCaO粉末を用いたほかは,実施例4と同様
にして厚さ300μmのフィブリル化されたシートを得た。

実施例7
吸湿剤としてBET比表面積48m/gのCaO粉末(粒度10μmパ2
ス)60重量%及び樹脂成分としてポリエチレン(分子量:約10万)4
0重量%を用いた。これらを乾式混合した後,約230℃に加熱して溶融
で混練し,この混練物をTダイで押し出してシート状に成形することによ
り,厚さ300μmのシート状吸湿性成形体を得た。なお,上記CaO粉
末は,水酸化カルシウムを窒素ガス中500℃で焼成し,上記比表面積に
調整したものを用いた。
実施例8
吸湿剤として実施例7と同じCaO粉末60重量%及び樹脂成分としてフ
ッ素系樹脂(ポリテトラフルオロエチレン(PTFE))粉末40重量%
を用いた。これらを粉末状態で十分混合した。得られた混合物を圧延ロー
ルでシート状に圧延成形し,厚さ300μmのシートを得た。得られたシ
ートは,PTFE樹脂がフィブリル化されており,CaOを含有した多孔
質構造体となっていた。
試験例3
実施例7及び8で得られたシートについて,吸湿による重量経時変化を調
べた。各シート片(縦25mm×横14mm×厚さ300μm)を温度2
0℃及び相対湿度65%RHの雰囲気下に設置し,一定時間ごとの重量増
加率(%)を測定した。重量増加率は,試験例1と同様にして算出した。
その結果を表3及び図7に示す。なお,吸湿剤単独(高比表面積CaO)
による試験結果も併せて示す。
試験例4
実施例1及び6で得られたシートについて,試験例3と同様の試験を実施
した。その結果を表4及び図8に示す。なお,吸湿剤単独(低比表面積C
aO)による試験結果も併せて示す。
実施例9
吸湿剤であるBaO粉末を900℃で1時間加熱して十分脱水させ,次い
で180∼200℃の限率乾燥雰囲気中で冷却し,最終的に室温まで冷却
した。このBaO60重量%及び樹脂成分としてポリエチレン(分子量:
約10万)40重量%を乾式混合した後,約230℃に加熱して溶融で混
練し,この混練物をTダイで押し出してシート状に成形することにより,
厚さ300μmのシート状吸湿性成形体を得た。
実施例10
吸湿剤として実施例9と同じBaO60重量%及び樹脂成分としてフッ素
系樹脂(ポリテトラフルオロエチレン(PTFE))40重量%を粉末状
態で十分混合した。得られた混合物を圧延ロールでシート状に圧延成形
し,厚さ300μmのシートを得た。得られたシートは,PTFE樹脂が
フィブリル化されており,BaOを含有した多孔質構造体となっていた。
試験例5
実施例9及び10で得られたシートについて,試験例3と同様の試験を実
施した。その結果を表5及び図9に示す。なお,吸湿剤単独による試験結
果も併せて示す。
試験例6
実施例4,6,8及び10で得られたシートについて,試験例3と同様の
試験を実施した。その結果を表6及び図10に示す。
以上の結果より,本発明吸湿体はいずれも優れた吸湿性を発揮できるこ
とがわかる。とりわけ,BET比表面積48m/gという高比表面積の2
CaO粉末を用いて成形した実施例8の成形体が最も高い吸湿性を示すこ
とがわかる。また,CaOは,安全性が高いという点からも他のものより
も好ましいと言える。」
(2)上記(1)の記載によれば,①電池,キャパシタ(コンデンサ),表示素子
等の電子デバイスは,必ず外装部の封止工程において,ゴム系シール材ある
いはUV硬化性樹脂等の樹脂系接着剤を用いて封止が行われるが,封止をし
ても,保存中又は使用中にシール材を通過する水分があるため,その水分に
よって電子部品の性能劣化が引き起こされること,②これらの電子デバイス
を組み立てる工程では,全工程にわたって湿度を0に維持することは事実上
不可能であるため,組立工程中に電子デバイス中に水分が侵入することがあ
ること,③本件発明は,上記のような電子デバイス等の装置内部に侵入した
水分を容易かつ確実に吸湿できる材料を提供するものであり,電子デバイス
等の装置内部に侵入した水分をより容易かつ確実に除去することができるの
で,より安定性・信頼性の高いデバイスを工業的規模で提供することが可能
となること,④本件発明においては,乾燥手段として従来の乾燥剤(粉末)
をそのまま用いた場合と異なり,粉末が脱落して容器に散乱するという問題
を回避することができるし,また,粉末を使用する場合は収納部の確保が必
要であったが,本発明ではそのような必要がなくなり,デバイスの小型化・
軽量化にも貢献することができること,以上の事実が認められる。
そして,本件特許明細書記載の実施例のうち,実施例4,6,8,10の
各実施例が,本件発明1の実施例であると認められる。
なお,原告は,本件発明1について,「酸化カルシウム等を粉末のまま使
用する」もの,すなわち,「酸化カルシウム等の粉末が樹脂に被覆されるこ
となく酸化カルシウム粉末単体と同等レベルの吸湿性能が発揮されている状
態」のものであるとも主張するが,本件特許の【特許請求の範囲】請求項1
にこのような限定はなく,請求項1の記載を超えて,本件発明1が原告が主
張する上記のようなものであると認めることはできない。
3引用発明について
(1)甲1の3(米国特許第5593482号明細書)には,次の記載がある
(エを除く訳文は原告による[甲1の3添付]。エの訳文は審決によ
る。)。
ア「この発明は,薄型コンパクトな自己接着型の吸着剤アセンブリに関す
るものであり,この吸着剤アセンブリは,接着剤層,1以上の吸着剤また
は反応性物質の層,および吸着剤物質を保持し,ガスと選択された液体を
透過し得るが,大きなサイズの物質は透過し得ないフィルター材層を有す
るものである。この吸着剤アセンブリは,汚染物質除去のためにエンクロ
ージャー内部にマウントすることを目的として設計されている。あるい
は,吸着剤アセンブリは,エンクロージャーの外側にマウントするために
も提供される。」(1欄12行∼20行)
イ「この発明は,低縦断面容器を有する自己接着型吸着剤アセンブリを提
供するものであり,前記容器は選択的にガスを吸着するための構成要素で
あって,一つ以上の接着層と,一つ以上の吸着剤又は反応体の層と,フィ
ルター材層から構成されるものを収容する。
このアセンブリによれば,他の微粒子ろ過装置の性能を落とすことなく
不要なガスを吸着できる手段を提供でき,かつ,デバイスを外気からでき
るだけ離してかつその保護を必要とする臨界域に最も近く設置することが
できるため,不要な汚染ガスをエンクロージャー内で空気から連続的に除
去できる。」(2欄56行∼67行)
ウ「本発明は,コンピューターディスクドライブのエンクロージャー内で
の使用のために自己接着性を有し,エンクロージャー内の汚染物を除去可
能な,非常に薄い吸着剤フィルターアセンブリを提供するものである。」
(3欄61行∼64行)
エ「懸念されるガス状汚染物質には,フタル酸ジオクチル,塩素,硫化水
素,一酸化窒素,無機酸ガス,シリコーン,炭化水素主体の切削油及び他
の炭化水素汚染物に起因する蒸気が含まれるが,これらに限定されること
はない。」(4欄12行∼16行)
オ「吸着剤としては,粒状活性炭のような100%吸着剤物質の1以上の
層からなるものでもよく,または多孔質高分子物質骨格のボイド空間に吸
着剤で充填されたような製品でもよい。他に可能なものとしては,セルロ
ースあるいは高分子不織布のような不織布に侵入させた吸着剤が含まれる
が,これらは,吸着剤の多孔質成形体,および高分子またはセラミックの
フィルターの他に,ラテックスあるいは他のバインダー樹脂を含んでいて
もよい。吸着剤は,特定の吸着剤が100%でもよく,あるいは異なるタ
イプの吸着剤の混合物でも構わず,特定の用途に応じて選択する。好まし
い態様は,米国特許第3,953,566号および4,187,390号
に開示の方法で得られる延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン(PTF
E)の使用であり,加えて,特定の吸着剤物質が充填された延伸多孔質P
TFEである。充填PTFEは,吸着剤物質が外部へ移動せず,汚染の問
題が生じないことから,特に望ましい。充填PTFE層は,約0.005
インチを下まわる厚みの如く,極めて薄い寸法とすることができ,それ
故,側面が極めて低い容器に適合できる点でも好ましい。
吸着剤物質としては,シリカゲル,活性炭,活性アルミナ,またはモレ
キュラーシーブスのような物理吸着剤や,過マンガン酸カリウム,炭酸カ
ルシウム,硫酸カルシウム,粉末金属,または除去が要求される既知の汚
染物に応じてガス相の汚染物を排除するための他の反応性物質のような化
学吸着剤が含まれる。加えて,吸着剤物質は,上述の物質の混合物でもよ
い。さらに,吸着剤物質の層を複数層としてもよく,その場合,夫々の層
は異なる吸着剤物質を含み,汚染物は異なる層を通過して選択的に除去さ
れる。
表面フィルター層は,ガス透過性を有し,蒸気汚染物が吸着剤層まで拡
散し得る微粒子ろ過メディアからなる。表面フィルター層は,アセンブリ
において,吸着剤物質(または層)の保持手段も提供する。フィルター層
には,高分子膜,開口を持たない濾紙,あるいはラミネートフィルター材
が含まれる。高い蒸気透過性と高い微粒子保持性を有する好ましい材料と
して,延伸多孔質PTFE膜またはそのラミネートが挙げられる。」(4
欄32行∼5欄7行)
カ「図2∼6のものが,第1の態様で最良と理解している。第2は,フィ
ルターアセンブリを拡大した俯瞰図である。この態様では,図2aに断面
の最良のシーンを示すが,そのフィルターアセンブリは,エンクロージャ
ー内表面にアセンブリを固着させるための接着剤層10,吸着剤物質層1
1,および表面フィルター層12を有しており,吸着剤層11は,全体
が,接着剤層10とフィルター層12の間に閉じこめられている。」(5
欄14行∼22行)
キ「吸着剤層は,ほぼ0.5インチの径と0.022インチ(0.558
9mm)の厚みを有していた。この吸着剤層は,炭素量で60重量%の活
性炭を充填した延伸PTFEから構成されており,活性炭の全炭素含量は
0.0257gであった。」(6欄67行∼7欄3行)
ク「吸着剤層は,延伸PTFE膜を炭素量で70重量%充填する活性炭か
ら構成されており,活性炭の全炭素含量は0.0468gであった。」
(7欄38行∼41行)
ケ「EXAMPLE3
図8や図8aに類似し,次の特徴を有する自己接着型吸着剤アセンブリ
を製造した。このアセンブリは,長さ0.75インチ(19.05m
m),幅0.375インチ(9.525mm),厚み0.050インチ
(1.27mm)の直方体である。最上層は厚み約0.04インチ(0.
1016mm),透過率7.0ガーレー秒,水蒸気透過率70,000g
HO/m・24hrの延伸PTFE膜の層である。このフィルタ層は,2

吸着剤層に積層された。
吸着剤層は厚み約0.043インチ(1.0922mm),長さ0.6
25インチ(15.875mm),幅0.156インチ(3.9624m
m)である。この吸着剤層は,延伸多孔質PTFEにシリカゲル+指示薬
で40重量%充填した青の指示色を示すシリカゲルから構成されており,
全シリカゲル量は,相対湿度20%でのシリカゲルで0.021gであっ
た。
接着剤層は,厚み0.002インチ(0.0508mm)の透明ポリエ
ステルフィルムの基材上に設けられた厚み0.001インチ(0.025
4mm)の高温除去性アクリル型感圧接着剤である。この層は吸着剤層と
共にエンクロージャーの外側に接着される。透明なポリエステルフィルム
であるため,シリカゲルが湿気を吸ったときにピンクに変わるゲルの青色
指示を視認できる。接着剤が除去可能であるため,必要に応じて吸着剤を
容易に交換できる。」(8欄1行∼33行)
(2)また,甲1の3(米国特許第5593482号明細書)には,特許請求
の範囲として,次の記載がある(訳文は審決による。)。
「1.コンピューターの筐体内に発生する未処理のガス状汚染物を除くた
めの,低縦断面容器を有する吸着剤組立品であって,接着剤層,薄い吸着剤
層,延伸多孔質テトラフルオロエチレン膜からなるフィルター層の3層から
なり,吸着剤層は接着剤層とフィルター層の間に存在する吸着剤組立品。
4.吸着剤層は,吸着剤で充填された多孔質高分子材料の骨格からなる,請
求項1の吸着剤組立品。
5.多孔質高分子材料の骨格が,延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレンで
ある,請求項4記載の吸着剤組立品。
7.吸着剤物質が,シリカゲル,活性炭,活性アルミナ,モレキュラーシー
ブのような物理的吸着剤から選ばれる請求項1記載の吸着剤組立品。」〔8
欄∼9欄特許請求の範囲請求項1,4,5,7〕
(3)上記(1),(2)の記載によれば,引用発明は,審決が認定しているとお
り,「コンピューターディスクドライブの筐体内に使用され,湿気を包含す
るガス状汚染物質を除くための吸着剤組立品の吸着剤層であって,延伸多孔
質ポリテトラフルオロエチレン内にシリカゲルが充填された吸着剤層」とい
うものであると認められる。
4取消事由1(本件発明1の阻害要因)について
(1)本件発明1は,電子デバイス用吸湿材料であるところ,前記2のとお
り,本件発明1の吸湿材料が吸湿する対象となる水分は,①ゴム系シール材
あるいはUV硬化性樹脂等の樹脂系接着剤を用いて封止をしても,保存中又
は使用中にシール材を通過する水分,②電子デバイスを組み立てる工程中に
電子デバイス中に侵入する水分であると認められる。しかるところ,甲32
(岡田勇一「有機ELディスプレイ用シート状乾燥剤」月刊ディスプレイ8
巻9号平成14年9月1日発行,審判乙5)によれば,上記①,②の水分は
ごく微量の水分であると認められるから,本件発明1の吸湿材料が吸湿する
対象となる水分は,ごく微量の水分であるということができる。
もっとも,本件発明1の吸湿材料を装着した電子デバイスを廃棄するとき
などには,本件発明1の吸湿材料が多量の水分と接する可能性が考えられ
る。本件特許明細書(甲57)には,そのことについての記載はないが,そ
のような可能性は,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知
識を有する者)には,当然に認識されるものというべきである。
(2)阻害1(「粉末のCaO等と樹脂を混合する目的はCaO等の発火の回
避にあり,フィブリル化したPTFEではこの目的は達成できない。」)に
つき
ア甲49(特開平5−227930号公報,審判乙22)には,ポリマー
シート中に乾燥剤主成分として酸化カルシウムが含まれているシート状乾
燥剤に関する発明が記載されており,その段落【0003】∼【0005
】には,「…酸化カルシウムを多孔質の包装紙に入れた従来製品は,乾燥
能力が優れていることから,主として食品乾燥のために食品と一緒にビン
等の容器に入れられ封をされているのが現状である。このように酸化カル
シウムは比較的安価なこともあって,通常120g前後の量が,場合によ
ってはさらに多量の酸化カルシウムが一つの包装紙の中に入れられてお
り,これらは容器の中の食品が消費された後も,大部分が酸化カルシウム
の状態として存在している事となる。そして大変好ましくない事には,こ
れらの用済み酸化カルシウムはゴミ箱等に捨てられるのが通常であ
る。」,「酸化カルシウムは水と反応して発熱する事はよく知られてお
り,1mol当りの発熱量は15.2Kcalであり,この捨てられた酸
化カルシウム乾燥剤による火災発生の報告は姫路市消防局による文献,建
築防災(NO84P2∼41984)でも紹介されており,大変危険
なものである。」,「一方,火災にならなくても,幼児がしゃぶったりす
ると熱傷を起こしたりして,これ又危険であり,この例としても熱傷,第
10巻第2号(1985.3)に松江赤十字病院の先生によって事例とし
て報告されている。」と記載されており,段落【0014】には,「熱可
塑性樹脂シート内に存在する酸化カルシウムは,ポリマーを介して外気も
しくは水分と接触する事となる。その結果,多量の水が存在しても酸化カ
ルシウムは急激な水和反応を起こさず,急激な温度上昇とか発熱発火の危
険性は全くなくなる。一方,吸湿性については少しの時間遅れが発生する
が,吸湿機能は十分に存在する。」と記載されている。
また,甲48(特開平6−277507号公報,審判乙21)には,ポ
リマー発泡体中に乾燥剤主成分として酸化カルシウムが含まれているポリ
マー発泡体乾燥剤に関する発明が記載されており,その【手続補正書】の
段落【0003】∼【0005】には,上記甲49の段落【0003】∼
【0005】と同趣旨の記載があり,段落【0014】には,「混練,可
塑化,そして発泡された酸化カルシウムを主成分とするポリマー発泡体
は,薄いポリマー皮膜が酸化カルシウムの表面をおおっている。その結
果,多量の水が存在しても急激な水和反応はおこらず,発火の危険性はな
くなる。」と記載されている。
イ以上のアの記載によれば,甲49及び甲48には,酸化カルシウムをポ
リマーと混合することにより,多量の水が存在しても酸化カルシウムが発
火しないことが記載されている。もっとも,ここで想定されているのは,
酸化カルシウムを廃棄した場合や幼児がしゃぶった場合であって,ごく微
量の水分で発火することを防止するために酸化カルシウムをポリマーと混
合するものではない。したがって,本件発明1の吸湿材料が吸湿する対象
となる水分(上記(1)①及び②の水分)による発火を防止するために酸化
カルシウムをポリマーと混合する必要があることを示すものではない。
また,甲49及び甲48の記載によるも,フィブリル化したPTFEを
用いた場合には,甲49及び甲48記載のものよりも,酸化カルシウムを
廃棄した場合や幼児がしゃぶった場合に発火の危険性がどの程度増すかは
明らかでない。そして,本件発明1の電子デバイス用のものについては,
上記(1)のとおり,本件発明1の吸湿材料を装着した電子デバイスを廃棄
するときなどにおける発火の危険性が問題となるが,その場合に,甲49
及び甲48記載のものよりもどの程度危険が増すかは,やはり明らかでな
く,仮にそのような危険が存するとしても,後記(3)エで述べるとおり注
意喚起をすることによって避けることができるものと解される。
(3)阻害2(「粉末のCaO等をフィブリル化したPTFEに組み合わせた
吸湿剤は発火の危険性がある。」)につき
アCaO等の性質
(ア)甲35(宇部マテリアルズ株式会社作成の2007年[平成19年
]10月1日付けの書面,審判乙8)によれば,甲28(宇部マテリア
ルズ株式会社「製品安全データシート」1993年[平成5年]6月3
0日作成・2003年[平成15年]3月1日改訂,審判乙1)の記載
のうち,酸化カルシウム(CaO)について,「物理的及び化学的危険
性:水分にあうと激しく発熱する。」,「安全取扱い注意事項:水分に
あうと激しく発熱し,可燃物を発火させるのに十分な熱を発することが
ある。」,「反応性:②水分と反応し,水蒸気を発生する。この際,可
燃物を発火させるのに十分な熱を発生することがある。」と記載されて
いる部分は,平成12年4月以前から記載され,顧客に配布されていた
ものと認められる。
甲37(堺化学工業株式会社「製品安全データシート」平成10年6
月25日初版,審判乙10)には,酸化バリウム(BaO)について,
「不燃性但し,水分にあうと激しく発熱し,反応熱でワラ・紙・油布
などの引火性有機物があると発火することがある。」と記載されてい
る。
甲30(堺化学工業株式会社「製品安全データシート」平成12年2
月1日初版・平成16年4月1日5版,審判乙3)には,酸化ストロン
チウム(SrO)について,「不燃性但し,水分にあうと激しく発熱
し,反応熱でワラ・紙・油布などの引火性有機物があると発火すること
がある。」と記載されている。
甲38(ギュンター・ホンメル編,新居六郎訳「危険物ハンドブック
(第1巻)」シュプリンガー・フェアラーク東京1996年[平成8年
]9月17日発行,審判乙11)「カード244」には,酸化カルシウ
ム(CaO,生石灰)は,不燃性であるが,湿気又は水と接触すると激
しく反応し,多量の熱を放出するので,可燃性物質を発火させることも
あることが記載されている。
甲39(厚生省生活衛生局企画課生活化学安全対策室監修「国際化学
物質安全性カード(ICSC)日本語版第3集」化学工業日報社199
7年[平成9年]11月28日発行,審判乙12)336頁∼337頁
には,酸化カルシウム(CaO)は,不燃性であるが,水と反応し,可
燃物を発火させるのに十分な熱を発生することが記載されている。
甲40(「−汚染防止対策のための−化学物質セーフティデータシー
ト(MSDS)」財団法人未来工学研究所平成4年10月発行,審判乙
13)168頁には,酸化カルシウム(CaO,生石灰)は,水にあう
と激しく発熱し,反応熱でわら,紙,油布等の引火性有機物があると発
火することがあることが記載されている。
甲41(特開昭61−11144号公報,審判乙14)には,「酸化
カルシウムを用いる場合には,コストは安く汎用性はあるものの吸湿の
際の発熱によって火傷・火災等の事故が頻繁に起こっている事実があ
り,安全性の面で問題があった。」(1頁右欄8行∼11行)と記載さ
れている。
甲42(姫路市消防局「食品乾燥剤の火災実験結果概要報告」建築防
災84号2頁∼4頁[昭和59年12月1日発行],審判乙15)に
は,市販の海苔パックに用いられている乾燥剤と工業用生石灰(純度9
4%)に水を添加する実験をしたところ,乾燥剤では,75分後に発煙
し,95分後に発煙は激しくなり最高温度は269℃まで上昇したが,
空気の供給不足により発火にまでは至らなかったこと,工業用生石灰で
は,46分後に発煙し,50分後に最高温度が270℃になり,75分
後に発火したことが記載されている。
甲43(大木道則ほか編集「化学大辞典」東京化学同人2005年[
平成17年]7月1日第5版発行,審判乙16)873頁には,酸化ス
トロンチウム(SrO)について,「熱に安定で,融点は2430℃,
水を加えると多量の熱を放出し,水酸化ストロンチウムとなる。」と記
載されている。
甲44(吉田忠雄,田村昌三監訳「危険物ハンドブック」丸善株式会
社昭和62年1月25日発行,審判乙17)346頁には,「酸化カル
シウムの結晶は目立たない程度に徐々に水と反応するが,粉末は数分後
に爆発的な激しさで反応する…。生石灰は,1/3の重量の水と混合す
ると150∼300℃(量による)に達し,可燃性物質に着火すること
が可能となる。場合によっては800∼900℃にまで達する…。」
(右欄下17行∼下12行)と記載されている。
(イ)以上の(ア)の記載によれば,酸化カルシウム(CaO,生石灰),
酸化バリウム(BaO),酸化ストロンチウム(SrO)は,それ自体
としては,熱に対して安定な不燃性の物質であるが,湿気又は水と反応
すると熱を出し,その熱は場合によっては800∼900℃にまで達す
ることが認められる。
しかし,これらの記載によっても,本件発明1の吸湿材料が吸湿する
対象となるごく微量の水分(上記(1)①及び②の水分)によって,酸化
カルシウム(CaO,生石灰),酸化バリウム(BaO),酸化ストロ
ンチウム(SrO)が,後記イ記載の「492℃」を超えるような高温
になるというべき根拠は認められない。
イPTFEの性質
(ア)甲45(国立天文台編「理科年表平成11年」丸善株式会社平成
10年11月30日発行,審判乙18)481頁には,テフロン(PT
FE)の発火点(物質を空気中で加熱する時,火源がなくとも発火する
最低温度)は492℃であることが記載されている。
(イ)甲68(里川孝臣編「ふっ素樹脂ハンドブック」日刊工業新聞社1
990年[平成3年]11月30日初版1刷発行)85頁∼86頁に
は,PTFEが加熱された場合,約490℃くらいから急激に分解が進
み,真空500℃以上では大部分がCFモノマー(CF=CF)に2422
なることが記載されている。
甲69(独立行政法人日本学術振興会フッ素化学第155委員会編
「フッ素化学入門−先端テクノロジーに果すフッ素化学の役割」三共出
版株式会社2004年[平成16年]3月1日初版第1刷発行)187
頁には,TFE(テトラフルオロエチレン:CF=CF)は空気中で22
燃えやすい上に,無酸素で加熱されると爆発的に反応する性質を有する
ことが記載されている。また,甲70(H.C.DUUS「Thermochemical
StudiesonFluorocarbons」INDUSTRYANDENGINEERINGCHEMISTRY19
55年[昭和30年]7月)1445頁にも,TFE(テトラフルオロ
エチレン:CF=CF)が爆発的な熱分解を起こすことが記載されて22
いる。
(ウ)他方,甲12(大阪市立工業研究所プラスチック読本編集委員会ほ
か編「プラスチック読本改訂第18版」株式会社プラスチックス・エ
ージ1992年(平成4年)8月15日発行)には,ポリテトラフルオ
ロエチレン(PTFE)の燃焼性について「不燃性」と記載されてい
る。
また,甲68(ふっ素樹脂ハンドブック)には,「PTFEは熱的に
非常に安定で通常の成形温度(約400℃以下)ではほとんど重量減少
が認められない…」(85頁下2行∼下1行),「しかしPTFEは燃
えにくく,一度火がついても消えやすい。難燃材料としてもすぐれ,酸
素指数は95.0である(酸素指数が小さいほど低い酸素濃度でよく燃
え,21より小さいといったん火がつけば空気中で燃えつづける)。」
(88頁11行∼13行)と記載されている。
(エ)以上の(ア)∼(ウ)の各記載に前記アで述べたところを総合すると,
PTFEは一般には熱に対して安定で「不燃性」の物質であると考えら
れているが,酸化カルシウム(CaO,生石灰),酸化バリウム(Ba
O),酸化ストロンチウム(SrO)が湿気又は水と反応して熱を出
し,その熱が492℃を超えるような高温になった場合には,PTFE
が燃えることがあるものと認められる。
しかし,上記ア(イ)のとおり,本件発明1の吸湿材料が吸湿する対象
となるごく微量の水分(上記(1)①及び②の水分)によって,酸化カル
シウム(CaO,生石灰),酸化バリウム(BaO),酸化ストロンチ
ウム(SrO)が492℃を超えるような高温になるというべき根拠は
認められないから,そのようなごく微量の水分によって,酸化カルシウ
ム(CaO,生石灰),酸化バリウム(BaO),酸化ストロンチウム
(SrO)が熱を出し,PTFEが燃えるような事態になるとはほとん
ど考えられない。
(オ)なお,PTFEの可燃性・不燃性については,「可燃性」「不燃
性」の定義をめぐって当事者の主張立証が行われているが,上記(エ)の
ように理解すれば足り,「可燃性」「不燃性」についての抽象的な定義
についての議論が必要であるとは解されない。
ウ粉末のCaO等をフィブリル化したPTFEに組み合わせた吸湿剤の発
火実験
(ア)甲46(内A作成の2007年[平成19年]10月1日付け実験
成績証明書,審判乙19)には,「…吸湿剤としてCaO粉末(比表面
積60m/g)70重量%及び樹脂成分としてフッ素樹脂(PTF2
E)粉末30重量%を用い,これらを粉末状態で十分混合した。得られ
た混合物を圧延ロールでシート状に圧延成形し,PTFEがフィブリル
化された厚さ約300μmのシートを得た。得られたシートをサンプル
として用いた。」,「アルミニウム製小皿にピンセットで挟んだサンプ
ルを載せた(図1)。その上から脱イオン水を振りかけた(図2)とこ
ろ,数秒後に発煙するとほぼ同時に瞬間的に炎を上げて発火し(図3,
図4),1∼2秒後に炎は消えた。サンプルはほぼすべて燃焼している
ことが確認された(図5)。」,「上記結果より,本件発明に係るフィ
ブリル化フッ素樹脂と酸化カルシウムを含むシートは放棄等したとき
に,水と接触すると,水と反応して発熱・発火する危険があることが確
認された。」と記載され,実験の様子を写した図1∼5の写真が添付さ
れている。
甲47(内A作成の2007年[平成19年]10月10日付け実験
成績証明書,審判乙20)には,「…吸湿剤としてSrO粉末70重量
%及び樹脂成分としてフッ素樹脂(PTFE)粉末30重量%を用い,
これらを粉末状態で十分混合した。得られた混合物を圧延ロールでシー
ト状に圧延成形し,PTFEがフィブリル化された厚さ約300μmの
シートを得た。得られたシートをサンプルとして用いた。」,「アルミ
ニウム製小皿にピンセットで挟んだサンプルを載せた(図1)。その上
から脱イオン水を振りかけた(図2)ところ,数秒後に発煙するとほぼ
同時に瞬間的に炎を上げて発火し(図3,図4),1秒後に炎は消え
た。サンプルはほぼすべて燃焼していることが確認された(図
5)。」,「上記結果より,本件発明に係るフィブリル化フッ素樹脂と
酸化ストロンチウムを含むシートは放棄等したときに,水と接触する
と,水と反応して発熱・発火する危険があることが確認された。」と記
載され,実験の様子を写した図1∼5の写真が添付されている。
甲55(内A作成の2008年[平成20年]2月27日付け実験成
績証明書)は,「…吸湿剤としてCaO粉末(比表面積60m/g)2
60重量%および樹脂成分としてフッ素樹脂(PTFE)粉末40重量
%を用い,これらを粉末状態で十分混合した。得られた混合物を圧延ロ
ールでシート状に圧延成形し,PTFEがフィブリル化された厚さ約3
00μmのシートを得た。得られたシートをサンプルとして用い
た。」,「アルミニウム製小皿にピンセットで挟んだサンプルを載せた
(図1)。その上から脱イオン水を振りかけた(図2)ところ,約2秒
後に発煙するとほぼ同時に瞬間的に炎を上げて発火し(図3,図4),
1∼2秒後に炎は消えた。燃焼完了後は,燃え残りは存在せず,炭(黒
色)と炭(白色)だけが残った(図5)。」,「上記結果より,本件発
明に係るフィブリル化フッ素樹脂と酸化カルシウムを含むシート(Ca
O:PTFE=60:40)は,その条件によっては水との反応により
発火することが確認できた。」と記載され,実験の様子を写した図1∼
5の写真が添付されている。
(イ)上記の甲46,甲47及び甲55の実験に用いられたものは,本件
発明1の要件である「CaO,BaO及びSrOの少なくとも1種の吸
湿剤,並びに樹脂成分を含有し,」,「吸湿剤及び樹脂成分の合計量を
100重量%として吸湿剤30∼85重量%及び樹脂成分70∼15重
量%含有され,」,「前記樹脂成分がフッ素系樹脂であり,かつ,フィ
ブリル化されている,」との要件を満たしているものである。しかし,
この実験は,脱イオン水を振りかけているので,ごく微量の水分で発火
することの実験ではない。
エCaO等とPTFEを組み合せたものの発火を避ける方法
(ア)前記ア∼ウで述べたところからすると,本件発明1で用いられる酸
化カルシウム(CaO,生石灰),酸化バリウム(BaO),酸化スト
ロンチウム(SrO)が湿気又は水と反応して熱を出し,そのためにフ
ィブリル化されたPTFEが燃えることがあるものと認められる。
しかし,このような事態は,本件発明1の吸湿材料が吸湿する対象と
なるごく微量の水分(上記(1)①及び②の水分)によって起こるとは認
められない。
もっとも,本件発明1の吸湿材料を装着した電子デバイスを廃棄する
ときなどには,本件発明1の吸湿材料が多量の水分と接する可能性が考
えられ,そうすると,その場合にはフィブリル化されたPTFEが燃え
ることがあり得ることになるが,電子デバイスの廃棄等は,通常は廃棄
物業者などの事業者によって法令に従って行われるものと考えられるか
ら,それらの者に対して注意書きを付したり,指導を行うなどして,水
分と接することがないようにすれば,フィブリル化されたPTFEが燃
えるというような事態を避けることが可能であると考えられる。
(イ)一方,甲37(製品安全データシート)には,酸化バリウム(Ba
O)について「水分のある場所で取り扱わない。」,「高温多湿状態で
の保管・貯蔵は避ける。」,「廃棄上の注意:『毒物及び劇物取締法』
に基づく廃棄基準に従って処理を行う。通常行われる方法は,沈殿法:
多量の水に溶かし,希硫酸を加えて中和し,沈殿をろ過して埋立処分す
る。」との注意書きが記載されている。
また,甲10(富士ゲル産業株式会社の「生石灰PARITFIN
E<R>V・Kシリーズ」に関するホームページの記載)中には,酸化カ
ルシウムを主成分とする同製品の「取扱い上の注意」として「水分にあ
うと激しく発熱し,反応熱でワラ・紙・油布などの引火性有機物質があ
ると発火する事があるので,付近に可燃物を置かない。また,水漏れに
注意して保管する。」と記載されており,同製品の包装(甲27)に
は,「禁水」,「ぬらさない」,「水気のある所に捨てない」,「発熱
することがあります」と記載されている。甲28(製品安全データシー
ト)には,酸化カルシウム(CaO)について,「適切な保管条件:①
大気との接触をできるだけ少なくし,水との接触を避け,防湿及び防水
に留意する。水分と反応し,体積膨張により容器を破壊することがあ
る。②その他,消防法の定めるところに従う。」,「廃棄上の注意水
溶液は強アルカリ性であり,中和等の処理をおこなう。管理型最終処分
場で処分する。」と記載されており,甲30(製品安全データシート)
には,酸化ストロンチウム(SrO)について,「水分のある場所で取
り扱わない。」,「高温多湿状態での保管・貯蔵は避ける。」,「廃棄
上の注意:通常行なわれる方法は,沈殿法:多量の水に溶かし,希硫酸
を加えて中和し,沈殿をろ過して埋立処分する。排水については,水質
基準に従って処理を行う。又は指定業者に依頼する。」との注意書きが
記載されている。これらのホームページ及び製品安全データシートの記
載は,本件特許の優先日(平成12年5月17日,平成12年10月2
0日)後のもの又は優先日後に改訂された可能性があるものであるが,
上記アで述べたところからすると,本件特許の優先日当時,本件発明1
で用いられる酸化カルシウム(CaO),酸化ストロンチウム(Sr
O)が水と反応した場合の危険性が知られていたことは明らかであるか
ら,本件特許の優先日当時に,このような注意喚起をすることは可能で
あったものと解される。
以上の事実は,注意喚起をすることによりフィブリル化されたPTF
Eが燃えるというような事態を避けることが可能であるとの上記(ア)の
判断を裏付けるものということができる。
なお,甲10の製品は,食品用のものであるが,これが食品用のもの
であり,電子デバイス用のものと吸湿速度に差があるとしても,電子デ
バイス用のものについて同様の注意喚起をすることができない理由はな
い。
オ以上を総合すると,阻害2(「粉末のCaO等をフィブリル化したPT
FEに組み合わせた吸湿剤は発火の危険性がある。」)については,本件
発明1の吸湿材料は,それが吸湿する対象となるごく微量の水分(上記
(1)①及び②の水分)によってフィブリル化されたPTFEが燃えること
があるとは認められず,本件発明1の吸湿材料を装着した電子デバイスを
廃棄するときなどには,フィブリル化されたPTFEが燃えることがあり
得るが,そのような事態は,注意喚起をすることによって十分に避けるこ
とができるものと解される。
(4)阻害1と阻害2のまとめ
以上述べたところからすると,粉末のCaO等をフィブリル化したPTF
Eに組み合わせることについて,阻害要因があると認めることはできない。
(5)甲2の記載につき
ア甲2(特開平9−148066号公報)には,次の記載がある。
(ア)【特許請求の範囲】
「【請求項1】有機化合物からなる有機発光材料層が互いに対向す
る一対の電極間に挟持された構造を有する積層体と,この積層体を収納
して外気を遮断する気密性容器と,この気密性容器内に前記積層体から
隔離して配置された乾燥手段とを有する有機EL素子において,前記乾
燥手段が化学的に水分を吸着するとともに吸湿しても固体状態を維持す
る化合物により形成されていることを特徴とする有機EL素子。
【請求項2】前記乾燥手段を形成する化合物がアルカリ金属酸化物
またはアルカリ土類金属酸化物である請求項1記載の有機EL素子。」
(イ)【発明の詳細な説明】
「【0003】一方,有機EL素子は,一定期間駆動すると,発光輝
度,発光の均一性等の発光特性が初期に比べて著しく劣化するという欠
点を有している。このような発光特性の劣化を招く原因の一つとして
は,有機EL素子の構成部品の表面に吸着している水分や有機EL素子
内に侵入した水分が,一対の電極とこれらにより挟持された有機発光材
料層との積層体中に陰極表面の欠陥等から侵入して有機発光材料層と陰
極との間の剥離を招き,その結果,通電しなくなることに起因して発光
しない部位,いわゆる黒点が発生することが知られている。」
「【0004】そこで,この黒点の発生を防止するためには有機EL
素子の内部の湿度を下げる必要がある。」
「【0009】本発明の有機EL素子は,有機化合物からなる有機発
光材料層が互いに対向する一対の電極間に挟持された構造を有する積層
体と,この積層体を収納して外気を遮断する気密性容器と,この気密性
容器内に前記積層体から隔離して配置された乾燥手段とを有する有機E
L素子において,化学的に水分を吸着するとともに吸湿しても固体状態
を維持する化合物を用いて乾燥手段とする。このような化合物を乾燥手
段に用いるのは,物理的に水分を吸着する化合物は,一旦吸着した水分
を高い温度で再び放出してしまうため,黒点の成長を十分に防止するこ
とができないからである。また,吸湿しても固体状態を維持する化合物
を乾燥手段に用いるのは,吸湿により液化してしまう化合物であると,
素子に悪影響を及ぼすとともに封入の際の取扱が容易ではなく,封入方
法が著しく制限されて実用的ではないからである。このように,本発明
の有機EL素子では,化学的に水分を吸着するとともに吸湿しても固体
状態を維持する化合物を用いて乾燥手段とし,この乾燥手段を,有機化
合物からなる有機発光材料層が互いに対向する一対の電極間に挟持され
た構造を有する積層体から隔離して気密性容器内に配置し,封止してい
るので,リーク電流やクロストークの発生を招くことがない。したがっ
て,本発明の有機EL素子においては,一定期間駆動した後も黒点の発
生が確実に防止され,長期にわたって安定した発光特性が維持され
る。」
「【0013】乾燥手段8を形成する化合物としては,化学的に水分
を吸着するとともに吸湿しても固体状態を維持するものであればいずれ
も使用可能である。このような化合物としては,例えば,アルカリ金属
酸化物,アルカリ土類金属酸化物,硫酸塩,金属ハロゲン化物,過塩素
酸塩,有機物が挙げられる。」
「【0014】前記アルカリ金属酸化物としては,酸化ナトリウム
(NaO),酸化カリウム(KO)が挙げられ,前記アルカリ土類金22
属酸化物としては,酸化カルシウム(CaO),酸化バリウム(Ba
O),酸化マグネシウム(MgO)が挙げられる。」
「【0019】乾燥手段8の封入方法としては,例えば,上記の化合
物を固形化して成形体とし,この成形体をガラス封止缶7に固定する方
法,上記の化合物を通気性を有する袋に入れてガラス封止缶7に固定す
る方法,ガラス封止缶7に仕切りを設け,この仕切りの中に上記の化合
物を入れる方法,さらには真空蒸着法,スパッタ法あるいはスピンコー
ト法等を用いてガラス封止缶7内に成膜する方法など種々の方法を採用
することができる。」
「【0020】このように,この有機EL素子は,化学的に水分を吸
着するとともに吸湿しても固体状態を維持する化合物を用いて乾燥手段
8とするので,封入の際の取扱が容易であり,より簡便なあるいは機能
的な封入方法の採用が可能である。」
「【0021】
【実施例】次に本発明の実施例および比較例を挙げ,本発明についてさ
らに具体的に説明する。
実施例1
酸化バリウム(BaO)を乾燥手段8とし,この乾燥手段8を用いて図
1に示す構造の有機EL素子を作成した。なお,この乾燥手段8は粘着
材を用いてガラス封止缶7に固定することにより封入した。」
「【0022】この有機EL素子の発光部について封入直後に50倍
の拡大写真を撮影した。次に,この有機EL素子を温度85℃の条件で
500時間保存した後,発光部について封入直後と同様にして拡大写真
を撮影した。」
「【0023】これらの拡大写真を比較観察したところ,黒点(ダー
クスポット)の成長は殆ど見られなかった。
実施例2
前記実施例1において,酸化バリウム(BaO)に代えて酸化カルシウ
ム(CaO)を用いて乾燥手段8としたほかは,前記実施例1と同様に
して有機EL素子を作成するとともに,封入直後および温度85℃にて
500時間保存した後の発光部の拡大写真を比較観察した。」
「【0024】その結果,黒点(ダークスポット)の成長は殆ど見ら
れなかった。」
「【0026】…
比較例1
前記実施例1において,酸化バリウム(BaO)に代えてシリカゲルを
用いて乾燥手段8としたほかは,前記実施例1と同様にして有機EL素
子を作成するとともに,封入直後および温度85℃にて500時間保存
した後の発光部の拡大写真を比較観察した。」
「【0027】その結果,黒点(ダークスポット)の成長が著しいこ
とが確認された。」
イ上記アの記載によれば,甲2には,①有機EL素子に用いる乾燥手段と
して,化学的に水分を吸着して固体状態を維持する化合物を用いることが
記載されており,その化合物として,アルカリ土類金属酸化物である酸化
カルシウム(CaO),酸化バリウム(BaO)などが例示されているこ
と,②それらの乾燥手段の封入方法として,上記の化合物を固形化して成
形体とし,この成形体をガラス封止缶7に固定する方法,上記の化合物を
通気性を有する袋に入れてガラス封止缶7に固定する方法,ガラス封止缶
7に仕切りを設け,この仕切りの中に上記の化合物を入れる方法などが例
示されていること,③実施例として,乾燥手段としてBaO,CaOを用
いた例(実施例1,2)が記載され,実施例1,2においては,乾燥手段
(BaO,CaO)を粘着材を用いてガラス封止缶に固定することにより
封入されていること,④比較例としてシリカゲルを用いた例が記載され,
実施例1,2では有機EL素子における黒点の成長を十分に防止すること
ができるのに対し,比較例では黒点の成長を防止することができないこと
が示されていることが認められる。
上記のとおり,甲2においては,乾燥手段としてBaO,CaOの封入
方法として,上記の化合物を固形化して成形体とし,この成形体をガラス
封止缶7に固定する方法,上記の化合物を通気性を有する袋に入れてガラ
ス封止缶7に固定する方法,ガラス封止缶7に仕切りを設け,この仕切り
の中に上記の化合物を入れる方法などが例示されているものの,BaO,
CaOをそのままフィブリル化した樹脂成分と組み合わせる方法が記載さ
れているとはいえない。
しかし,引用発明(甲1の3に記載された発明)は,前記3のとおり,
「コンピューターディスクドライブの筐体内に使用され,湿気を包含する
ガス状汚染物質を除くための吸着剤組立品の吸着剤層であって,延伸多孔
質ポリテトラフルオロエチレン内にシリカゲルが充填された吸着剤層」と
いうものであって,甲2にはシリカゲルを用いた比較例も記載されている
のであるから,引用発明における吸湿剤であるシリカゲルを,甲2におけ
る乾燥手段であるBaO,CaOと置換することは,当業者は容易に想到
することができるというべきである。そして,引用発明のものが樹脂成分
を実質的にフィブリル化したものであることについては,前記3(1)オの
とおり,甲1の3に,引用発明の「延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレ
ン(PTFE)」は,米国特許第3,953,566号および4,18
7,390号に開示の方法で得られると記載されていることから明らかで
ある(審決17頁下12行∼下3行)。
ウまた,原告は,甲2発明について,「CaO等を粉末のまま用いるかど
うかという問題とは別に,審決で取り上げているような『通気性を有する
袋』に入れるということ自体,吸湿剤の種類にかかわらず大量の水分と接
触しないように注意するということであり,これはむしろ発火の危険性を
認識していることの表れといえる。」とも主張する。
しかし,前記(3)のとおり,本件発明1の吸湿材料は,それが吸湿する
対象となるごく微量の水分(上記(1)①及び②の水分)によってフィブリ
ル化されたPTFEが燃えることがあるとは認められず,本件発明1の吸
湿材料を装着した電子デバイスを廃棄するときなどには,水との接触によ
ってフィブリル化されたPTFEが燃えることがあり得るものの,そのよ
うな事態は,注意喚起をすることによって避けることができると解される
から,CaO等を通気性を有する袋に入れなければ水との接触の危険性が
避けられないということはなく,当業者がCaO等の封入方法をこのよう
な態様のものに限られると理解することもないというべきである。
(6)以上のとおり,相違点a(本件発明1では,吸湿剤として,CaO,B
aO及びSrOの少なくとも1種を用いるのに対し,引用発明では,シリカ
ゲルを用いている点。)は,引用発明及び甲2発明から容易に想到すること
ができたということができるのであって,その旨の審決の判断に誤りがある
ということはできない。
したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
5取消事由2(本件発明1の効果の予測性)について
(1)原告は,本件発明1は,特に「吸湿剤の脱落防止効果」と「粉末単体の
場合と同程度の吸湿効果」との二つの効果を一挙に達成することに成功した
ものであると主張する。
しかし,前記2(2)のとおり,本件発明1について「吸湿効果が粉末単体
の場合と同程度のもの」と特定することはできず,本件発明1の効果は,前
記2(2)③(電子デバイス等の装置内部に侵入した水分のより容易かつ確実
な吸湿,除去),④(吸湿剤の脱落防止及びデバイスの小型化・軽量化)の
とおりであると認められる。
(2)「吸湿剤の脱落防止」につき
ア前記3(1)オのとおり,甲1の3には,「充填PTFEは,吸着剤物質
が外部へ移動せず,汚染の問題が生じないことから,特に望ましい。」と
記載されているから,引用発明が「吸湿剤の脱落防止」の効果を有するも
のであることは明らかである。
イ原告は,甲1の3における「吸着剤層」の形成方法は予め形成された延
伸PTFEに後から吸着剤物質を充填することを前提とするものであると
主張する。
しかし,この主張は,次のとおり採用することができないから,この主
張に基づく,甲1の3における「吸着剤層」は脱落しやすい状態のもので
ある旨の原告の主張を採用することもできない。
(ア)甲1の3の4欄42行∼46行には,「Apreferredembodimentis
theuseofexpandedporouspolytetrafluoroethylene(PTFE)madein
accordancewiththeteachingsinU.S.Pat.Nos.3,953,566and
4,187,390,theexpandedporousPTFEthenfilledwithaparticular
adsorbentmaterial.」(訳文[前記3(1)オ]:好ましい態様は,米国
特許第3,953,566号および4,187,390号に開示の方法
で得られる延伸多孔質ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)の使用
であり,加えて,特定の吸着性物質が充填された延伸多孔質PTFEで
ある。)と記載されている。ここで「then」と記載されているが,乙6
(「OxfordDictionaryofEnglish」OXFORDUNIVERSITYPRESS1829
頁)には,「then」について,「afterthat;next;afterward」という
意味のほか,「atthattime;atthetimeinquestion」という意味や
「also;inaddition」という意味があると認められるから,この文章の
みでは,予め形成された延伸PTFEに後から吸着剤物質を充填するこ
とを意味すると解することはできない。
(イ)甲1の3の8欄13行∼20行には,「Theadsorbentlayerwas
approximately0.043inches(1.0922mm)thickand0.625inches
(15.875mm)longand0.156inches(3.9624mm)wide.Theadsorbent
layerwasconstructedofasilicagelwithblueindicatorgel
impregnatedintoanexpandedporousPTFEmembranewitha40%by
weightsilicagelplusindicatorloadingandatotalsilicagel
contentof0.021gramsofsilicagelat20%relativehumidity.」(訳
文[前記3(1)ケ]:吸着剤層は厚み約0.043インチ[1.092
2mm],長さ0.625インチ[15.875mm],幅0.156
インチ[3.9624mm]である。この吸着剤層は,延伸多孔質PT
FEにシリカゲル+指示薬で40重量%充填した青の指示色を示すシリ
カゲルから構成されており,全シリカゲル量は,相対湿度20%でのシ
リカゲルで0.021gであった。)と記載されており,ここでは,シ
リカゲルを延伸PTFE中に「impregnated」により充填したことが記
載されている。
乙8(富井篤編「科学技術英和大辞典」株式会社オーム社平成5年1
1月25日第1版第1刷発行1165頁)は,「impregnate」につき,
「②飽和させる,充満させる,…にしみこませる,注入する,含浸させ
る,③すきまを埋める,詰める」という意味を記載している。乙9(海
野文男ほか編「ビジネス技術実用英語大辞典」日外アソシエーツ株式会
社1998年[平成10年]6月26日第1刷発行408頁)は
「impregnate」につき,「∼に(∼を)含浸させる,浸透させる,充填
する,充満する」という意味を記載している。乙10の2(「小学館ラ
ンダムハウス英和大辞典上巻」株式会社小学館昭和52年第4刷発行)
は,「impregnate」につき,「3充満(飽和)させる,…にしみ込ま
せる,4すきまを埋める,詰める」という意味を記載している。これ
らによると,「impregnate」は,「…にしみこませる,注入する,含浸
させる」などといった意味のほかに,「すきまを埋める,詰める」とい
う意味もあるから,上記の文章のみでは,予め形成された延伸PTFE
に後から吸着剤物質を充填することを意味するとまで解することはでき
ない。
(ウ)その他,甲1の3に「吸着剤層」の形成方法を特定する記載がある
とは認められない。
(エ)そして,前記3(1)オのとおり,甲1の3に,延伸多孔質ポリテト
ラフルオロエチレン(PTFE)の製造方法として引用されている米国
特許第3953566号の明細書(甲5の1)の11欄3行∼10行及
び米国特許第4187390号の明細書(甲5の2)の10欄3行∼8
行には,「上記のテフロン6A樹脂は,アスベスト1に対して樹脂4の
重量の割合で,商業的に入手可能なアスベストパウダーと混合される。
混合物は,混合物1ポンドあたり115ccの無臭鉱物油で潤滑され
て,幅6インチ,厚さ0.036インチの連続したフィルムに押し出
す。」(訳文は被告による)と記載され,また,甲5の1の21欄60
行∼65行(甲5の2の17欄66行∼18欄3行)には,「上記の各
実験例では,充填剤としてアスベストの使用を示したが,カーボンブラ
ック,多種の色素,及びマイカ,シリカ,二酸化チタン,ガラス,チタ
ン酸カリウム等の広範な種類の充填剤を充填しうるものと理解されるべ
きものである。」(訳文は被告による)と記載されている。これらの記
載からすると,PTFEに,シリカを含む充填剤を充填するに際して,
PTFEと充填剤を混合してフィルムに押し出すことが記載されてい
る。これに対し,甲5の1の16欄30行∼56行(甲5の2の13欄
36行∼47行)には,「メチルメタクリレート中に1%の重合開始剤
2,2’−アゾビス(2−メチルプロピオニトリル)を含む溶液を,実
施例…で調製された延伸アモルファスフィルムに塗布した。前記溶液は
すぐに延伸アモルファスフィルムに吸収された。吸収されなかった余分
な溶液をフィルム表面からふき取った。その後,含浸フィルムを加温
し,延伸アモルファスフィルムの細孔中でメチルメタクリレートを重合
させることにより,細孔中にポリ(メチルメタクリレート)が充填され
るフィルムを得た。」(訳文は原告による)と記載されており,PTF
Eに,メチルメタクリレート中に高分子重合開始剤を含んだ溶液を塗布
することが記載されている。ここで,「impregnate」との用語が用いら
れていることからすると,上記(イ)の「impregnate」も同様の意味であ
る可能性があるが,甲1の3には,上記(イ)の記載しかないから,これ
らが同じ意味であるとまで解することはできない。
(オ)以上によると,甲1の3において「吸着剤層」の形成方法は特定さ
れていないというほかなく,予め形成された延伸PTFEに後から吸着
剤物質を充填することを前提とするものであると認めることはできな
い。
ウ原告は,甲1の3の「充填PTFEは,吸着剤物質が外部へ移動せず,
汚染の問題が生じないことから,特に望ましい。」との記載(前記3(1)
オ)について,甲1の3の請求項1では,3つの層(粘着層,吸着剤層及
びフィルター層)を有し,吸着剤層が粘着層とフィルター層の間に配置さ
れていることを必須要件とするから,吸着剤層が両層に挟まれることで
「吸着剤物質が外部に移動しない」と考えるのが相当であると主張する。
しかし,上記イのとおり,甲1の3は,予め形成された延伸PTFEに
後から吸着剤物質を充填することを前提とすると認めることはできないか
ら,原告が主張するような「吸着剤層が粘着層とフィルター層に挟まれる
もの」でないと「吸着剤物質が外部に移動しない」との効果を生じないと
いうことはできない。また,前記3(1)オの甲1の3の記載にも原告の主
張を裏付ける記載はない。したがって,甲1の3の「充填PTFEは,吸
着剤物質が外部へ移動せず,汚染の問題が生じないことから,特に望まし
い。」との記載を原告が主張するように限定して解釈することはできない
のであって,上記アのとおり引用発明の効果と解することができる。
(3)「電子デバイス等の装置内部に侵入した水分のより容易かつ確実な吸
湿,除去」につき
ア上記(2)のとおり,甲1の3における「吸着剤層」の形成方法は予め形
成された延伸PTFEに後から吸着剤物質を充填することを前提とするも
のであると認めることはできないから,この主張に基づく,引用発明にお
いてはその吸着性能がどのように機能するか不明である旨の原告の主張を
採用することはできない。
イそして,前記2(2)エのとおり,本件発明1の実施例である実施例4,
6,8,10について,シート片(縦25mm×横14mm×厚さ300
μm)を温度20℃及び相対湿度65%RHの雰囲気下に設置し,一定時
間ごとの重量増加率(%)を測定したところ,60分後の重量増加率は,
実施例4が17.1%,実施例6が0.25%,実施例8が29.9%,
実施例10が26.1%であったと認められる。
これに対し,甲33(内A作成の2007年[平成19年]7月27日
付け実験成績証明書)によれば,吸湿剤として,シリカゲル(商品名「ミ
ズカシルP73」),ゼオライト(商品名「シルトンB」),活性炭(商
品名「太閤CB」),活性アルミナ(商品名「GB−20」)各60gを
PTFE40gと混合し,圧延成形して,厚さ300μmのフィブリル化
されたシートを作成し,シート片(縦25mm×横14mm×厚さ300
μm)を温度20℃及び相対湿度65%RHの雰囲気下に設置し,一定時
間ごとの重量増加率(%)を測定したところ,60分後の重量増加率は,
シリカゲルを用いたものでは7.1%∼8.5%,ゼオライトを用いたも
のでは18.6%∼19.8%,活性炭を用いたものでは20.5%∼2
1.1%,活性アルミナを用いたものでは7.7%∼7.9%であったこ
とが認められる。また,甲22(C作成の2007年[平成19年]10
月1日付け実験成績証明書)によれば,シリカゲル(商品名「ミズカシル
P73」),ゼオライト(商品名「シルトンB」),活性炭(商品名「太
閤CB」),活性アルミナ(商品名「GP−20」)の各粉末を縦25m
m×横14mm×厚さ300μmのPETフィルムの窪みに満たして,温
度20℃及び相対湿度65%RHの雰囲気下で,一定時間ごとの重量増加
率(%)を測定したところ,60分後の重量増加率は,シリカゲル粉末が
6.6%∼8.2%,ゼオライト粉末が18.0%∼18.5%,活性炭
粉末が21.9%∼22.6%,活性アルミナ粉末が7.0%∼7.8%
であったことが認められる。
これらの結果からすると,本件発明1の吸湿効果は,実施例8,10
は,シリカゲル,ゼオライト,活性炭又は活性アルミナを用いたシートや
それらの粉末よりも高いが,活性炭を用いたシートやその粉末との差は,
60分後の重量増加率において10%に満たないものであり,実施例4
は,シリカゲル又は活性アルミナを用いたシートやそれらの粉末よりも高
いが,ゼオライト又は活性炭を用いたシートやそれらの粉末よりも低く,
実施例6は,いずれものものよりも低かったことが認められる。
そうすると,本件発明1の吸湿効果については,格別に顕著なものとい
うことはできない。
なお,原告は,甲22及び甲33との対比を前提とした判断は,本件発
明1の存在を前提とした判断であって,本件発明1を未だ知らない当業者
がその効果を予測できるかどうかという進歩性の議論において妥当性を欠
くと主張するが,本件発明1の効果を当業者が予測できるかどうかを判断
しているのであるから,当該発明の効果を対象とすべきであって,それを
甲22,甲33との対比に基づいて判断することが妥当性を欠くというべ
き理由はない。
(4)以上によれば,本件発明1の効果である「吸湿剤の脱落防止」及び「電
子デバイス等の装置内部に侵入した水分のより容易かつ確実な吸湿,除去」
については,引用発明に甲2発明を組み合わせることによって容易に想到す
ることができる本件発明1の構成によって奏することを予測し得るものであ
り,格別に顕著なものということはできない。
(5)したがって,原告主張の取消事由2も理由がない。
6取消事由3(本件発明2∼6)について
既に述べたとおり,本件発明1に関する審決の判断に取消事由を有するとは
認められないから,本件発明2∼6について,本件発明1と同様の取消事由を
有するとは認められない。
7結論
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海

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