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平成26年1月17日宣告裁判所書記官
平成25年第56号相続税法違反被告事件
判判判判決決決決
主主主主文文文文
被告人は無罪。
理理理理由由由由
1111本件本件本件本件のののの争点争点争点争点とととと判断判断判断判断のののの骨子骨子骨子骨子
本件公訴事実の要旨は,被告人は,平成20年9月11日に夫であるA(以
下「A」という。)が死亡し,その後の遺産分割協議の結果Aの財産の全部
を単独で取得したものであるが,その相続財産に関し,相続税を免れようと企
て,実際の相続税課税価格が10億6360万5000円,相続税額が2億29
76万500円であったにもかかわらず,相続財産から預貯金,株式等を除
外する方法により相続税課税価格を減少させ,平成21年7月7日,a税務署
署長に対し,被告人分の相続税課税価格が7億3180万5000円,相続税
額が8886万500円である旨の殊更過小な金額を記載した内容虚偽の相
続税申告書を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為に
より,正規の相続税額との差額1億4090万円の税を免れたというもので
ある。
検察官は,別表①記載の預貯金及び別表②記載の有価証券がAの相続財産
に含まれるところ,被告人は各別表の「申告」欄に○を付したものについては
申告したものの,×を付したものについて申告せず,それについて相続税を免
れた旨主張する。これに対して弁護人は,別表①の財産の一部については相続財
産にあたらないと主張するとともに,その余の預貯金及び有価証券については
客観的に過少申告があったことは間違いないが,それは被告人の誤解,失念等
によるものであって,被告人には相続税を不正に免れようとする意思はなかっ
たのであるから,被告人が「偽りその他不正の行為」(平成22年法律第6号に
よる改正前の相続税法68条,なお,当該改正は法定刑の引き上げを内容とす
るものであり,構成要件に変動はない。)を行ったとはいえないと主張して無
罪の判決を求めた。
したがって,本件の争点は,弁護人が指摘する財産が相続財産に含まれる
か否か,被告人が「偽りその他不正の行為」を行ったと認められるか否かの2
点である。
当裁判所は,検討の結果,被告人が「偽りその他不正の行為」を行ったと
は認められず,相続財産の範囲について論ずるまでもなく被告人は無罪であ
ると判断した。
2222前提事実前提事実前提事実前提事実((((当事者間当事者間当事者間当事者間にににに争争争争いがなくいがなくいがなくいがなく,,,,証拠上容易証拠上容易証拠上容易証拠上容易にににに認認認認められるめられるめられるめられる事実事実事実事実))))
被告人は,昭和21年生まれの女性であり,昭和47年にAと婚姻した後,
Aとの間に4人の子をもうけた。
Aは,父親の代から不動産賃貸業等の事業を営んでおり,被告人は,結婚
後,Aの事業の事務等を手伝う傍ら,自らの名で小規模な保険代理店業務を
営んでいた。
夫婦の資産はAが厳格に管理しており,妻である被告人が自由にできるのは
最低限の生活費に限られていた。Aは,財産運用に熱心であり,その際,預貯
金や有価証券に関しては,自らの名義のほか,被告人や4人の子の名義,さら
に一部には,第三者から借用した名義や架空人の名義で口座を開設したり取引
を行ったりしていた。被告人は,Aとの会話やAから命じられた事務をこなす
過程でそのことを知っていたが,詳細までは把握していなかった。
Aは,平成20年6月頃,病気により余命が短いと医師から告げられ,入
院生活の末に,同年9月11日に死亡した(相続税の申告期限は平成21年
7月11日)。死亡時,Aは複数の不動産の他,多額の預貯金,有価証券等
の資産を保有していた。
被告人は,平成21年3月頃,かねてよりAの事業の税理等を引き受け,
被告人ら夫婦と友人づきあいもあったB税理士に,相続税申告の税務代理を
依頼した。B税理士は,被告人に,相続税申告に必要な書類を説明し,順次
準備しておくよう指示した。
同年5月下旬頃,B税理士は,被告人に対し,Aの預貯金等について,死亡
日における残高証明書を取得するよう改めて指示した。
被告人は,B税理士の指示に従って金融機関等に連絡を取り,Aが死亡した
ことを伝えた上で,残高証明書等の発行を依頼した。依頼を受けた金融機関等
は,A名義で取引があった預貯金口座等について,死亡当時の残高等を記載し
た証明書を発行するなどし,被告人は,その結果をB税理士に順次報告した。
同年6月下旬頃,B税理士は,Aの財産が予想よりかなり多いことに驚くと
ともに,今回の申告は大口案件として税務当局の調査の対象となることを見越
し,被告人に対して,「必ず税務調査があるので申告漏れがないように」など
と伝えた。これに対し,被告人は,既に報告したもの以外に預貯金等は存在し
ない旨回答した。
被告人は,B税理士の助言や4人の子の意向に基づき,Aの遺産の全部を
被告人が単独で取得することを決め,平成21年7月1日頃,4人の子との
間でその旨の遺産分割協議を行った。
平成21年7月7日,被告人は,相続税申告書をa税務署に提出した。同
申告書はB税理士が文面を作成後,被告人や4人の子が押印して作成したも
のである。同申告書によれば,被告人の取得する相続税課税価格の総額は7
億3180万5000円(このうち現金,預貯金等の合計は1億6420万
1264円),相続税額は8886万500円であるとされている。なお,
被告人が相続財産として申告した預貯金及び有価証券(以下,預貯金及び有
価証券を併せて「預貯金等」という。)の内訳は,別表①及び別表②の各「申
告」欄に○が付されたものである。
平成22年12月,b国税局は,被告人に対する相続税法違反嫌疑事件の
犯則調査として,被告人の居宅兼事務所を捜索し,多数の預金通帳等の資料
を発見,押収した。
b国税局は,調査の結果,被告人について,相続税課税価格2億7794
万9136円の預貯金及び5385万306円の有価証券の申告漏れを指摘
した。申告漏れが指摘された預貯金等の内訳は,別表①及び別表②の各「申
告」欄に×が付されたものである(なお,Aが管理していた預貯金等の一部
に被告人や4人の子の固有資産として2500万円余りが含まれると認定さ
れている。)。各別表の記載から明らかなとおり,A名義のものは別表①の
一連番号98,102,103の3口座を除き,全て申告されていたが,A
以外の名義の預貯金等についてはいずれも申告されていなかった。なお,各
別表の名義欄の記載のうち,「C」,「D」,「E」及び「F」の4人は被
告人とAの子であり,A,被告人及び上記4人の子以外の名義はいずれも架
空人(「G」,「H」等)又は第三者のものである。
その後,被告人は,指摘に従って修正申告を行い,平成22年12月に差額
の相続税約1億4000万円を納付した上,平成24年には重加算税等として
約5000万円を納付した。
3333被告人被告人被告人被告人がががが「「「「偽偽偽偽りそのりそのりそのりその他不正他不正他不正他不正のののの行為行為行為行為」」」」をををを行行行行ったといえるかったといえるかったといえるかったといえるか否否否否かについてかについてかについてかについて
「偽りその他の不正の行為」の意義,解釈について
相続税法68条を含む各種税法における租税逋脱罪に関する規定は,いず
れも「偽り(詐欺)その他不正の行為」により税を免れることを犯罪の成立要
件として定めるところ,「偽りその他不正の行為」とは,逋脱の意図をもって,
その手段として税の賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるような何
らかの偽計その他の工作を行うことをいうとの判例(旧物品税法に関する最高
裁昭和40年第65号同42年11月8日大法廷判決・刑集21巻9号11
97頁参照)が確立している。
本件では,申告に先立って,被告人が相続財産の秘匿隠蔽工作を行ったとの
事実は認められないところ(検察官も,そのような事実があったとは主張して
いない。),前記判例に示された解釈を,本件のような事前の秘匿隠蔽工作を
伴わない過少申告事案について当てはめれば,この場合の「偽りその他不正の
行為」とは,真実の課税物件を隠蔽し,それが課税対象となることを回避する
ため,課税物件を殊更に過少に記載した内容虚偽の申告書を提出したことをい
うと解すべきである(所得税に関する最高裁昭和46年第1901号同48
年3月20日第三小法廷判決・刑集27巻2号138頁参照)。すなわち,こ
の類型の逋脱罪の成立には,単に過少申告があったというだけでは足りず,税
を不正に免れようとの意図(逋脱の意図)に基づき,その手段として,申告書
に記載された課税物件が法令上のそれを満たさないものであると認識しなが
ら,あえて過少な申告を行うことを要し,反対に,行為者が,そのような意図
に基づかず,例えば不注意や事実の誤認,法令に関する不知や誤解などの理由
によって過少申告を行った場合には,「偽りその他不正の行為」にはあたらな
いと解するのが相当である。
上記解釈は,「偽りその他不正の行為」との条文の文言及び前記各最高裁
判例に示された解釈の文言(特に「逋脱の意図をもって,その手段として」と
の部分)から当然に導かれる帰結といえるが,実質的な観点からしても理由の
あることである。すなわち,租税逋脱犯処罰の本来の趣旨は,違反者の不正行
為の反社会性ないし反道徳性に着目し,それに制裁を科すことにあるところ,
申告内容が過少になる原因としては,単なる不注意や誤解など,必ずしも反社
会的とはいえない場合も含まれるため,犯罪として処罰するに値する行為を選
別するためには,申告行為の外形だけでなく,逋脱の意図の存否も含めて考慮
することが避けられないのであり,前記のような解釈には合理的な理由がある
と考えられる。さらに別の観点からの理由として,解釈上,いわゆる単純不申
告事案(事前の秘匿隠蔽工作を伴わず,かつ,申告行為そのものを行わない事
案)については,それが逋脱の意図に基づく場合であっても「偽りその他不正
の行為」にはあたらず(最高裁昭和33年第1569号同38年2月12日
第三小法廷判決・刑集17巻3号183頁),せいぜい軽い不申告罪で処罰さ
れ得るにとどまる(相続税法69条参照)と解されていることとの均衡上,逋
脱の意図に基づかない過少申告について,これを逋脱罪として重く処罰するこ
とはあまりに均衡を失すると考えられる。また,租税逋脱罪と近接する制度で
あり,法文上の要件も類似する重加算税制度においては,納税者の積極的な過
少申告の意図の存在が賦課要件となると解されており(最高裁平成6年第2
15号同7年4月28日第二小法廷判決・民集49巻4号1193頁等),こ
のこととの関係でも,逋脱の意図に基づく場合に限って租税逋脱罪の成立を認
めるのが相当といえる。
検察官は,他の多くの犯罪と同様に,未必の故意を含む構成要件的故意が
あれば租税逋脱罪成立の主観的要素としては十分であり,逋脱の意図に基づ
き過少申告を行ったことを要すると解すべき理由はなく,したがって,仮に
弁護人が主張するように,申告当時,被告人には家族名義の預貯金等につい
て申告が必要であるとの認識が欠けていたとしても,それは法の不知に過ぎ
ず,犯罪の成立を妨げないと主張するが,前記判例を正しく理解しない主張
であって,採用することができない(なお,検察官は,本件公訴事実中の「殊
更過小な金額を記載した」との記載について,「殊更」に格別の意味はない
と釈明するが,当該表現は前記昭和48年最高裁判決を踏まえていることは
明らかであると解され,検察官の主張には一貫しないものがある。)。
そこで,本件においては,被告人が,相続税を不正に免れようとの意図に
基づき,その手段として,相続税申告書に記載された相続税課税価格が法令
上のそれに満たないものであると認識しながら,あえて過少な申告を行った
と認められるかについて検討すべきこととなる。
当裁判所は,この点に関する検察官の立証は不十分であり,むしろ,本件に
おいては,被告人が公判廷で述べるとおり,申告当時,被告人に逋脱の意図は
なく,被告人は,申告書に記載された相続財産の他に記載すべきものがあると
の認識を欠いたまま申告を行った可能性が高いと判断した。
以下では,まず,被告人供述が基本的に信用できると判断した理由について
述べ,その後に,検察官が逋脱の意図又は故意を推認させる事情として指摘す
る点についての判断を示すこととする。
ア被告人の公判供述の要旨は,概ね以下のとおりである。
夫であるAが,昔から一部の預貯金等の名義を自分(被告人)や息子,
娘にしてくれていたことは知っていた。Aが家族のために蓄えてくれてい
るのであり,それぞれ名義人のものになるのだろうと思っていた。特に,
自分名義の預貯金等については,Aから「ちゃんと貯金しといてやったか
らな」などと時折声を掛けられており,自分のものにしてくれたと受け取
っていた。一部の架空人名義のものについてはAのものであろうと思って
いたが,これについては相続税申告時には既に解約等の手続が終わってい
たため,申告の必要があるとは考えなかった。
本件の相続税の申告にあたり,脱税しようなどと考えたことは一度もな
く,申告時には,B税理士の指示に従い,申告が必要な財産を全て申告し
たつもりであった。自分名義あるいは子の名義の預貯金等について申告す
る必要があると考えたことはなく,B税理士からもそのような注意はなか
った。国税局による調査の際,担当者から,それらについても申告が必要
だと聞かされたときにはたいへん驚き,その後,B税理士に何故その旨注
意してくれなかったのかと強く問い詰めた。申告前に誰かが教えてくれて
いれば,こんなことにはならなかった。
なお,Aの死亡後,相続税の申告までに,A名義又は架空人名義の預貯
金等のいくつかについて解約,名義変更等の手続をしているが,脱税のた
めに行ったものではない。これらについては当然申告すべきであったと今
は理解できるが,当時は申告期限が迫っていた上,想像以上に遺産が膨大
で,B税理士から指示されたものを揃えるのに精一杯という状況であった
ため,そこまで気が回らなかった。
イ被告人の前記供述は,以下の理由から信用できるものである。
まず重要なことは,税務調査が入るまでのいずれの時点においても,
被告人が,脱税のため,あるいは脱税発覚防止のための隠蔽工作等を行
った形跡がまったくないことである。まず,本件で申告漏れが指摘され
ている財産の大半はA以外の名義に係る預貯金又は有価証券であるとこ
ろ,それらのほとんどは,専らAの意思によりそのような形態とされた
ものであって,被告人の秘匿隠蔽の意図によって作出されたものではな
いことは明らかである。また,国税当局による税務調査の結果によって
も,時期や内容に照らして明らかに不審な金銭の移動や取引があったと
の指摘はない(なお,後述のとおり,Aの死後,相続税の申告までの間
に,被告人は一部の預金について解約や名義変更等が行っているほか,
有価証券について若干の取引もしているが,これらはいずれも,その時々
の不都合や助言に対応して場当たり的に行ったものであることがうかが
われ,秘匿隠蔽工作とみるべきものではない。)。しかも,これらの預
貯金に関する通帳等は,税務調査の際,被告人の居宅兼事務所内に特に
隠された様子もなく保管され,国税当局により容易に発見,押収されて
いる上,こうした通帳等の保管状況はAが死亡する以前からほぼ変わり
がなかったとうかがわれる。さらに,調査直後の被告人の言動や,公判
廷での供述内容からすると,税務調査が行われた場合の説明方法を被告
人が事前に検討していたとは考えがたい。
申告漏れが指摘された預貯金等が巨額であることに加えて,被告人は,
相続税申告前に,B税理士から,事後に必ず税務調査が行われる旨聞か
されていたことをも考慮すると,被告人が何の隠蔽工作も税務調査への
備えも行わずに重大な過少申告を行い,実際に調査が入るまで漫然と構
えていたというのは,逋脱の意図を有する者の行為としては違和感を禁
じ得ない。上記のような際立った無防備さは,犯行の大胆さとして説明
できる域を超えており,むしろ,被告人に逋脱の意図がなかったからこ
その経緯と考える方が自然である。
また,申告前後の被告人の言動には,不審を抱かせるべきものが見ら
れない上,相続の内容や税についての無頓着さ,知識のなさが如実に表
れている。すなわち,本件の相続事務について,被告人がB税理士の指
示に背いたり,指示に基づかずに独断で行ったりしたことはなかったと
うかがわれ,B税理士に対して,税の見込額や個別の財産について相続
税が課されるのかどうかを尋ねた形跡すらない。このように,被告人は,
B税理士に指示されるままに行動するだけで,申告内容に関する主体的,
積極的な関与を行ったとはうかがわれない。さらに,税務調査が入った
後,B税理士を問い詰めたこと(B税理士もこれに沿う供述をしている。)
などは,被告人が,申告時,A名義以外の預貯金等に相続税が課される
可能性があるとは知らなかったことを端的に示すものである。また,被
告人は,相続税については税率も含めてほとんど何の知識もなかったと
述べるところ,被告人が税に関して詳しい知識を有していたことをうか
がわせる証拠はなく,被告人が無知を装って嘘を述べているとは考えに
くい。このような申告前後の被告人の言動や法廷での被告人の供述を全
体として観察すれば,被告人が,今回の相続の内容や相続税の税額に強
い関心を寄せていたとは到底感じられず,そのような被告人が脱税を企
てたという見方にはやはり相当無理がある。かえって,被告人が述べる
とおり,被告人は,B税理士の指示に従い,申告期限までに支障なく申
告を成し遂げることに専心していたと見る方がよほど真実味がある。
さらに,そもそも本件では,被告人を含む家族名義の預貯金等(前記
のとおり,申告漏れが指摘されている預貯金等のほとんどは,被告人を
含む家族名義のものである。)について,相続財産として申告する必要
があることを被告人が当然知っていたはずであるとはいえない。むしろ,
本件の事実経緯に照らせば,被告人がそうは考えなかったことにも相応
の理由があったといえる。
すなわち,まず,被告人名義の預貯金等については,Aが,妻である
被告人に事業を手伝ってもらう中で,あえて一部の預貯金等を被告人名
義にし,そのことを被告人にも「ちゃんと貯金しといてやったからな」
などと伝えていたとの経緯からすると,被告人が,それら被告人名義の
預貯金は自分のものになっていると受け取るのが自然なことといえる
(なお,A自身には相続税対策という意識もあったと推測されるが,被
告人が同様の認識であったとは認められない。)。また,名義が4人の
子になっていたものについても,Aが長期間にわたって継続的に子の名
義の財産を増やしていた経緯や,幼少期のお年玉等,明らかに子の固有
財産と考えられるものも含めた形で混然一体と管理されていた状況に照
らすと,被告人が,それら子の名義の預貯金等についても同様に,既に
それぞれの子の財産となっているとの認識を抱き,今回の相続の対象に
なっているとは考えなかったとしても,別段不思議なことではない(な
お,これら家族名義の預貯金等が,真に相続財産にあたるか否かは別途
検討を要する問題であるが,本判決では立ち入らない。)。
加えて,B税理士は,被告人に対して,家族名義の財産であっても場
合によっては相続税が課される可能性がある旨の注意や説明をしておら
ず,4人の子や関わりのあった金融機関の担当者も同様であったと認め
られること,前記のとおり,被告人の税に関する知識は通常人のそれに
満たないものであったとうかがわれることなどの事情も併せて考慮する
と,被告人が,Aの生前から既に家族名義となっていた預貯金等につい
て申告の必要があると思い至らなかったとしても,あながち無理のない
経緯として理解できる。
以上に挙げた事情を総合すると,家族名義の預貯金等について,申告
の必要があるとは思いもよらなかったとする被告人の供述は十分信用す
ることができる。
他方,A名義の預貯金等のうち申告されていない3口座については申
告の必要があることは明らかであるし,架空人又は第三者名義のものに
ついても,状況からAの財産に属すると判断されるものであるから,同
様に申告の必要があることは容易に気付くことができたはずである。し
たがって,被告人がこれらの預貯金等を申告しなかったことは,逋脱の
意図に基づくものではないかと考える余地がある。
しかし,これらはいずれも比較的小額のものばかりであり,Aの財産
全体からみればごく僅かのものに過ぎないところ,大口の財産について
何ら隠蔽等を行っていない被告人が,額の小さいものだけをあえて申告
財産から除外したというのは,逋脱行為としてあまりに中途半端で,現
実味に欠ける(なお,比較的財産規模の大きい「G」名義の2口座(別
表①の番号7,25)については,Aが死亡する直前の平成20年8月
頃,I信用組合に「G」が架空人であることを告げ,これをA名義に変
更しようとする手続を行っていたが,死亡前には手続が完了しなかった
ために,死亡後に名義変更が持ち越されたという経過をたどっており,
その点からすると,被告人が逋脱のためにこれをあえて相続財産から除
外したとは考えがたい。)。
むしろ,被告人は,Aが遺した財産の一部しか把握していなかったとう
かがわれること,前記のとおり,被告人は,個別の相続財産の内容や税額
に対する関心が低く,知識も乏しかったこと,申告期限が迫る中,B税理
士から指示される事務を慌ただしく処理する状況であったことなどの事
情を踏まえると,これら架空人又は第三者名義の預貯金等について,申告
すべきことに気が回らなかったという被告人の説明は,あり得べきことと
して受け入れられるものである。
以上のとおり,申告漏れが指摘された預貯金等のうち,家族名義のも
のについては申告が必要であるとの認識を欠いたために申告せず,その
余のものについては失念等によって申告を怠ったとの被告人の供述は,
基本的に信用することができる。少なくとも,その信用性を根底から疑
問視させるほどの事情は証拠上見出せない。
検察官は,被告人が,Aの死後,申告までの間に,いずれも相続の
名目で,架空人であるG名義の預貯金等を被告人名義に変更したり,一
部のA名義の預貯金口座の解約払戻や有価証券の移管等の手続を行った
りしていたことなどの事情を挙げ,それを根拠に,被告人は,A名義以
外の相続財産があることを認識していたはずであると主張し,また,
被告人は,B税理士に対し,生前贈与はないと報告した上,同税理士か
ら,除外又は失念している財産がないか念を押された際も,明確に否定
していたことからすると,被告人が意図的に過少申告を行ったことは明
らかであると主張する。しかし,いずれの指摘も先に示した判断を左右
するものではない。
まずの点についていえば,そもそも,それらの手続は,被告人の自
発的意思により行われたというよりも,金融機関の担当者等に促されて
行ったとうかがわれるものが多く(I信用組合に提出した相続協議書は
その典型といえる。),財産や税に対する被告人の関心や知識の高まり
を示す事実とみることはできない。
また,の点についても,確かにB税理士の供述調書中には,生前贈
与が行われていないことを被告人に確認したとの記載はあるが,具体的
な言葉のやりとりは書かれておらず,むしろ供述調書の記載内容を全体
として見ると,同税理士は,A名義以外の財産が相続財産にあたる可能
性を念頭に置いておらず,被告人に対して,そのような財産の存否を慎
重に確認していないことが読み取れる(仮に,B税理士がその可能性を
慎重に吟味,確認していたのであれば,税務調査後に被告人から指導の
不備を問い詰められることにはならないはずである。)。検察官の指摘
は,全体の文脈を見渡さず,自らの見立てに沿いうる一部の語句だけを
取り上げたに過ぎない。
以上の検討から明らかなように,本件では,被告人が,逋脱の意図に
基づき,あえて虚偽の過少申告を行ったと認めるべき証拠はなく,かえ
って,本件申告時には逋脱の意図などなかったとする被告人の供述の方
にこそ信用性が認められる。したがって,被告人が「偽りその他不正の
行為」を行ったとは到底認められない。よって,相続財産の範囲につい
て論じるまでもなく,被告人に本件逋脱罪が成立しないことは明らかで
ある。
4444結論結論結論結論
以上のとおり,本件公訴事実については犯罪の証明がないから,刑事訴訟法
336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑懲役1年6月,罰金3500万円)
平成26年1月21日
神戸地方裁判所第4刑事部
裁判長裁判官丸田顕
裁判官片田真志
裁判官高島剛

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