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平成27年5月27日判決言渡
平成26年(行ケ)第10062号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成27年4月13日
判決
原告X
訴訟代理人弁理士加藤朝道
同内田潔人
同青木充
訴訟復代理人弁理士樋口高年
被告特許庁長官
指定代理人田村嘉章
同槙原進
同窪田治彦
同内山進
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定
める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2012-10110号事件について平成25年10月28日
にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等(証拠の記載のない事実は当事者間に争いがな
い。)
原告は,発明の名称を「風力装置の操作方法及び風力装置」とする発明に
つき,平成18年7月20日を出願日とする特許出願(特願2006-198
344号。平成13年3月31日(パリ条約による優先権主張外国庁受理20
00年5月11日(以下「本件優先日」という。),ドイツ国)を国際出願日と
する特願2001-582716号の一部を新たな特許出願としたもの。以下
「本願」という。)をした。
原告は,平成24年1月23日付けで拒絶査定を受けたので,同年5月31
日,拒絶査定に対する不服の審判(不服2012-10110号)を請求する
とともに,手続補正(甲6の5)をした。さらに,原告は,平成25年4月1
2日付けで拒絶理由通知を受けたので(甲7),同年8月8日,意見書(甲8)
を提出した。
特許庁は,平成25年10月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決をし,その謄本を,同年11月12日,原告に送達した(出訴期間9
0日附加)。
原告は,平成26年3月10日,上記審決の取消しを求めて,本件訴えを提
起した。
2特許請求の範囲の記載
平成24年5月31日付け手続補正後の本願の特許請求の範囲(請求項の数
は9である。)の請求項1(以下「本件請求項」という。)の記載は,以下のと
おりである(甲6の5。以下,同項に係る発明を「本願発明」という。また,
本願の明細書及び図面を併せて「本願明細書」という。)。
「ロータと,該ロータによって駆動される発電機を有する風力装置を操作する
方法であって,
上記発電機で電力を生成し,
上記電力を電気ネットワークに供給し,
電気ネットワークにおける電力の周波数を測定し,
測定した周波数を基準値と比較し,
電気ネットワークにおける電力の周波数が基準値をしきい値だけ上回れば,
上記発電機によって生成される電力の量を低減することによって電気ネットワ
ークに供給される電力の量を低減すること,
上記発電機によって生成される電力の量の低減は,上記ロータに連結されか
つ当該ロータブレードのピッチの調整により風力装置の機械的出力を下降方向
に調整することが可能なロータブレードを風に対してピッチを調整することに
よって行われること
を特徴とする方法。」
3審決の理由
審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。その要旨は,本願発明は,
国際公開第99/33165号(甲1。以下「引用例」という。)に記載され
た発明,周知技術及び慣用手段に基づいて当業者が容易に発明をすることがで
きたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができ
ない,というものである。
審決が認定した引用発明の内容(なお,本件において,原告は,審決がした
引用発明の内容の認定は誤っていると主張しており,審決が認定した引用発明
の内容と,原告が主張するそれとが異なっているので,以下,審決が認定した
引用発明の内容を示す場合には「審決認定引用発明」といい,原告が主張する
引用発明の内容を示す場合には「原告主張引用発明」ということとする。また,
「引用発明」という言葉は,このような内容の違いを捨象し,単に,引用例記
載の発明を指すものとして用いることとする。),本願発明と審決認定引用発明
との一致点及び相違点は以下のとおりである。
(1)審決認定引用発明の内容
「ロータ4と,該ロータ4によって駆動される発電機12を備える風力装置
2を運転する方法であって,
上記発電機12で電力を発生し,
上記電力を配電網6に供給し,
配電網6に印加される電力の電圧を検出し,
検出した電圧を基準値U基準と比較し,
配電網6の配電網供給点21に印加される電力の電圧が基準値U基準から
上昇して点P1によって定義される値を超えるならば,
発電機電圧U実際の調整装置による調整により配電網6に供給される電力
を低減する,
方法。」
(2)一致点
「ロータと,該ロータによって駆動される発電機を有する風力装置を操作す
る方法であって,
上記発電機で電力を生成し,
上記電力を電気ネットワークに供給し,
電気ネットワークにおける交流電力の要素を測定し,
測定した要素を基準値と比較し,
電気ネットワークにおける交流電力の要素が基準値をしきい値だけ上回れ
ば,
所定の調整によって電気ネットワークに供給される電力の量を低減する,
方法。」
(3)相違点
ア相違点1
「電気ネットワークにおける交流電力の要素とその基準値に関し,本願発
明は,周波数とその基準値であるのに対し,引用発明では,電圧とその基
準値である点。」
イ相違点2
「所定の調整に関し,本願発明は,発電機によって生成される電力の量を
低減することであって,さらに,上記発電機によって生成される電力の量
の低減は,上記ロータに連結されかつ当該ロータブレードのピッチの調整
により風力装置の機械的出力を下降方向に調整することが可能なロータブ
レードを風に対してピッチを調整することによって行われるのに対し,引
用発明では,発電機電圧U実際の調整装置による調整である点。」
第3原告の主張
審決には,引用発明の認定の誤り(取消事由1),一致点の認定の誤り(取
消事由2),相違点1及び2の認定の誤り(取消事由3),相違点1に関する判
断の誤り(取消事由4),及び,相違点2に関する判断の誤り(取消事由5)
があり,これらの誤りは審決の結論に影響を及ぼすのであるから,審決は取り
消されるべきである。
1取消事由1(引用発明の認定の誤り)
(1)審決は,前記第2の3(1)のとおり,引用例記載の発明を認定した。
(2)しかし,引用例における配電網に関する電圧を記号「V」で表し,発電
機に関する電圧を「U」で表すこととし,具体的には,【0022】及び図
3の「Umax」及び「Umin」を「Vmax」及び「Vmin」とし,引用例で
は記号が付されていない配電網の電圧の基準値(【0022】でいう「Uma
xとUminの間に位置する」値)を「V基準」で表し,図3の点P1によって
定義される値を「上側しきい値(VUT)」とし,同様に,図3の「曲線の上
方直線部」(【0022】)の下限点によって定義される値を「下側しきい値
(VLT)」とすると,引用例記載の発明(原告主張引用発明)は以下のよう
に認定されるべきである。
「(a)ロータ4と,該ロータ4によって駆動される発電機12を備える風
力装置2を運転する方法であって,
(b)上記発電機12で電力を発生し,
(c)上記電力を配電網6に供給し,
(d)配電網6における電力の電圧を検出し,
(e)検出した電圧を基準値V基準と比較し,
(f)配電網6における電力の電圧が基準値V基準を上側しきい値(VU
T)だけ上回れば又は下側しきい値(VLT)だけ下回れば,
(g)調整装置により発電機電圧U実際を最適発電機電圧U基準に調整する
ことによって,配電網6に供給される電力を低減する,
方法」
なお,上記(f)の「又は下側しきい値(VLT)だけ下回れば」という
状態ないし要件は,引用発明の任意的構成ではなく,その技術的思想を実現
するための一体のものとして理解されるべき不可欠の構成である。にもかか
わらず,審決は,電圧が基準値を上側しきい値だけ上回る部分のみを抜き出
して認定している。
したがって,審決の認定には誤りがある。
2取消事由2(一致点の認定の誤り)
(1)審決は,前記第2の3(2)のとおり本願発明と審決認定引用発明の一致点
を認定した。
(2)本願発明における「基準値」は,電気ネットワークに対し予め設定され
ている一定値すなわち定数(例えば東日本の50Hz,西日本の60Hz)
であるのに対し,審決認定引用発明の「基準値U基準」は,発電機の電圧の
調整の目標値(変数)であって,配電網に対し予め設定されている配電網電
圧の基準となる値(定数)ではないから,一致点とはならない。
また,本願発明の「電気ネットワーク」は「電気ネットワーク全体」を意
味するのに対し,引用発明における「配電網6」は特定の配電網区域ないし
需要家群を意味するにすぎず,本願発明と引用発明とでは適用可能な「電気
ネットワーク」の範囲が異なる。審決は,このことを無視し,審決認定引用
発明の「配電網6」を過度に上位概念化して本願発明の「電気ネットワーク」
に相当するとし,一致点として認定しているのであるから,誤りである。
3取消事由3(相違点1及び2の認定の誤り)
(1)審決は,前記第2の3(3)のとおり本願発明と審決認定引用発明の相違点
を認定した。
(2)しかし,前記2(2)の点に照らすと,相違点1の認定も誤りである。
また,審決は,相違点2の認定に当たり,「発電機電圧U実際の調整装置
による所望電圧値U基準への調整により」電力の調整が行われるにもかかわ
らず,「所望電圧値U基準への」部分を無視して相違点2を認定しており,
誤りである。
4取消事由4(相違点1に関する判断の誤り)
(1)周知技術の認定の誤り
ア審決は,「新版電気工学ハンドブック」4刷,882~886頁(甲
4。以下「甲4文献」という。)及び特開平11-69893号公報(甲
2。以下「甲2公報」という。)を引用して,電力系統の需給のバランス
状態を系統の周波数によって検知し,周波数の増加を検知したら発電電力
を低減制御してバランスすることは,本件優先日前の,電力系統の技術分
野における周知の技術であるとした上で,電力系統において周波数・電圧
一定が望ましい技術常識からすると,電圧の他,周波数も監視することは
当然といえ,審決認定引用発明における基準値から上昇して点P1によっ
て定義される値を超えるならば,配電網6に供給される電力を低減するこ
とは,本願発明における基準値をしきい値だけ上回れば,電気ネットワー
クに供給される電力の量を低減することと同様な制御方法であるから,審
決認定引用発明に電力系統の技術分野における上記周知の技術を付加する
ことに,当業者にとって格別な困難性があるものとは認められない旨認定
判断し,電力系統(電気ネットワーク)の周波数が所定の範囲を超えた場
合(基準値をしきい値だけ上回わる場合)にも,発電電力を低減制御して
バランスをとることが周知の技術(以下「原告主張審決認定周知技術」と
いう。)である旨認定している。
イ(ア)aしかし,審決による原告主張審決認定周知技術の認定は,甲4文
献及び甲2公報の記載の一部(電力系統の周波数の増加に応じた発電
電力の低減制御)のみを抽出し,当該制御と密接に関連する事項(周
波数の許容範囲内での制御)を捨象して,上記文献の開示の範囲を超
えて,周波数の許容範囲外での制御にまで一般化抽象化したものであ
る。
すなわち,甲4文献には,定常時ないし平常時において周波数が許
容範囲内に収まるように(すなわち,周波数が許容範囲から逸脱しな
いように)発電機の出力増減を実施することが記載されているが,周
波数が当該許容範囲から逸脱した異常時における発電機の制御方法に
ついては記載されていない。しかも,上記の発電機とは,装置自体の
故障等の特段の事情がない限り計画的に目的の出力を得ることが可能
な伝統的発電機であり,そのような特段の事情がなくても計画的に目
的の出力を得ることが不可能な風力装置の発電機ではない。
また,甲2公報にも,定常時ないし平常時において周波数が許容範
囲内に収まるように(すなわち,周波数が許容範囲から逸脱しないよ
うに)出力増減を実施することは記載されているが,周波数が当該許
容範囲から逸脱した異常時における発電機の制御方法については記載
されていない。しかも,甲2公報は,上記許容範囲内においても,風
力発電機の出力は増減されないこと,電力系統に電力の過不足が生じ
た場合,伝統的発電装置である原動機発電装置の出力を調整し,風力
発電装置の出力については調整しないことを教示している。
b本件訴訟において被告が提出した「新版電気工学ハンドブック」
4刷,883~887頁,897頁(乙2。以下「乙2文献」とい
う。)及び特開昭56-83228号公報(乙3以下「乙3公報」と
いう。)は,審決の認定判断の基礎とされていない新たな技術的事項
(不感帯,異常時等)を導入するものであるから,証拠として採用さ
れるべきではない。
また,乙2文献には,系統周波数がその許容範囲の下限を下回る場
合について記載されているにすぎず,系統周波数がその許容範囲の上
限を上回る場合については何ら記載がない。さらに,周波数が0.4
Hz以上低下した,すなわち問題が生じた特定系統(例えば50Hz
系統)に対し,当該特定系統とは独立に運用されている健全な別系統
(例えば60Hz系統)から電力を融通することを記載しているので
あって,当該問題が生じた特定系統に接続された伝統的発電機の出力
がどのように制御されるかについての記載はない。
甲4文献及び甲2公報記載の技術は,常に,許容範囲に相当すると
される「不感帯」内に収まるように周波数制御を行うことを目標とし
ているのに対し,乙3公報記載の技術は許容範囲に相当するとされる
「不感帯」において周波数制御を行わない技術であるから,乙3公報
の記載を原告主張審決認定周知技術が存在することの根拠とすること
はできない。
(イ)なお,上記各文献から正しく認定できる周知技術の下では,周波数
が許容範囲を逸脱した場合には,風力発電機が電力系統(電気ネットワ
ーク)から分離されるのが技術常識であった。現に,本件優先日当時の
電力系統運用規定や協定等により,系統周波数がその基準値をしきい値
だけ上回るとき,すなわち,系統周波数がその許容範囲の上限を上回る
とき,風力装置は電力系統(電気ネットワーク)から直ちに解列されて
いた。
(ウ)したがって,審決の前記アの認定は誤りである。
(2)容易想到性の判断の誤り
ア審決は,前記(1)アのとおり,審決認定引用発明において,相違点1に
係る本願発明の構成とすることは当業者にとって容易である旨判断した。
イしかし,以下のとおり,審決の上記アの判断には誤りがある。
(ア)前記(1)のとおり,原告主張審決認定周知技術の認定には誤りがあ
る。
(イ)本願発明は,電気ネットワーク(電力系統全体)の周波数を測定し,
該周波数がその基準値をしきい値だけ上回るとき,風力装置から電気ネ
ットワークへの供給電力を低減することにより,電気ネットワーク(電
力系統全体)の需給のバランス調整に資するものである。
これに対し,前記(1)イのとおり,甲4文献及び甲2公報から認定で
きる周知技術は,電力系統の周波数の許容範囲内で伝統的発電機の出力
を増減するものである。したがって,甲4文献及び甲2公報から認定で
きる周知技術を引用発明に付加しても,相違点1に係る本願発明の構成
に容易に想到することはできない。
また,前記(1)イ(イ)のとおり,引用発明に甲4文献及び甲2公報か
ら認定できる周知技術を適用すれば,風力装置は,周波数が基準値をし
きい値だけ上回れば電気ネットワークから分離されることとなるから,
相違点1の構成とはならない。
仮に,周波数が許容範囲を逸脱した場合にも風力装置が電気ネットワ
ークから分離されないと解したとしても,この場合,審決の認定する周
知技術では発電機がどのように制御されるか不明である。
(ウ)周波数は,電気ネットワーク(電力系統全体)で同様に変動するの
に対し,電圧は個々の配電網(電力系統の一部)ごとに別様に変動する
のが通常であるから,個々の配電網において,周波数の変動と電圧の変
動が常に一致するということはあり得ず,むしろ,周波数と電圧は反対
方向に変動することもある。このため,引用発明において,検出対象と
して周波数を付加した場合,電圧を検出していれば供給電力を低減する
必要があるにもかかわらず低減せず,また,電圧を検出していれば供給
電力を一定に維持すべきであるにもかかわらず低減してしまうこともあ
る。したがって,電気ネットワークにおける電力の状態を表す指標とし
ての電圧と周波数は単純に付加できるものではなく,むしろ,当該付加
には阻害要因があるとさえいえる。
(エ)審決は,審決認定引用発明,本願発明,及び周知技術が原理的な制
御手法において一致しているとして,審決認定引用発明の制御手法に原
告主張審決認定周知技術を付加している。
しかし,そもそも審決認定引用発明と本願発明は制御の基準が電圧と
周波数とで異なっている。
また,審決認定引用発明では,電気ネットワークにおける交流電力の
要素(配電網電圧)が基準値(一連の最適発電機電圧)をしきい値だけ
上回れば,所定の調整によって電気ネットワークに供給される電力の量
を低減するものであるのに対し,甲4文献及び甲2公報から認定できる
周知技術は,電力系統(配電網)の周波数が許容範囲内にある場合に,
伝統的発電装置の出力が電力系統の需給状態をバランスするよう調整す
るもので,電力系統の周波数が許容範囲外にある場合については開示が
ないものであるから,原理的制御手法において一致するものではない。
なお,引用発明においては,配電網電圧が上方しきい値と下方しきい
値の間(許容範囲内)にある場合,当該風力装置の出力は調整されない
のに対し,甲4文献及び甲2公報から認定できる周知技術においては,
電力系統(配電網)の周波数が許容範囲内にある場合には,伝統的発電
装置の出力が電力系統の需給状態をバランスするよう調整されるから,
やはり原理的制御手法において一致するものではない。
さらに,引用発明では,配電網6の電圧が下側しきい値(VLT)に
より規定される値と上側しきい値(VUT)により規定される値の間に
ある場合,配電網6への供給電力は一定に維持されるところ,仮に,単
純に,電圧を周波数に置き換えると,周波数の許容範囲内において,配
電網6への供給電力が一定に維持されるという制御手法が導かれる。こ
れに対し,甲4文献及び甲2公報に記載された技術の場合,周波数の許
容範囲内において,電力系統への供給電力が増減されるから,電圧と周
波数の相違を無視したとしても,引用発明の制御手法は,甲4文献及び
甲2公報に記載された技術の制御手法と一致しない。
(オ)本願発明は電気ネットワークの需給バランスを図り周波数を一定に
維持するために,周波数が基準値をしきい値だけ上回ると風力装置の供
給電力を低減するが,その際,周波数は電気ネットワークの需給バラン
スの指標として監視される。これに対し,そもそも,電圧を電気ネット
ワークの需給バランスの指標として用いることはできない。引用発明は
配電網6の需給バランスを図ることを目的としておらず,電力系統の電
圧を電力の需給バランスの指標として使用することもしていない。引用
例1の【0015】及び【0023】の記載も,風力装置の供給電力の
周波数を配電網周波数(系統周波数)に適合させることにより風力装置
を電力系統に接続可能にするために,配電網周波数を検知することを記
載しているにすぎず,電力系統の電力の需給のバランス状態を配電網周
波数で検知することを示すものではない。
したがって,本願発明と引用発明の制御方法は同一ではないから,引
用発明に甲4文献及び甲2公報から認定できる周知技術を付加する動機
付けがない。
5取消事由5(相違点2に関する判断の誤り)
(1)慣用手段の認定の誤り
ア審決は,特開平11-50945号公報(甲3。以下「甲3公報」とい
う。)を引用して,電力の需給バランスが供給過多に陥った場合に,風力
発電機側のブレードのピッチ角を調節することにより余分な電力を発生さ
せないように発電量を減少させ発電機の出力を自動調整し,需給バランス
を行なうことが,本件優先日前の,風力発電機の技術分野における慣用手
段(以下「本件慣用手段」という。)である旨認定した。
イしかし,以下のとおり,審決の上記アの認定には誤りがある。
(ア)本件慣用手段は,従来技術の問題点を解決する手段として甲3公報
(公開日平成11年2月23日)によって初めて開示された技術であり,
当該公開日の約1年3月後である本件優先日前の風力発電機の技術分野
において慣用されていたとはいえない。
(イ)甲3公報は,電力の需給バランスが供給過多になっても直ちにはブ
レードのピッチ調整は行わず,第一義的に,発電機の出力を蓄電池に充
電し,蓄電池の電圧が所定値以上に上昇した場合に初めてブレードのピ
ッチ調整により発電機の出力を調整する技術,すなわち,電力の需給バ
ランスが供給過多になっても蓄電池の電圧が所定値以上に上昇するまで
は「余分な電力」を発生させ続ける技術を記載しているにすぎない。
また,甲3公報記載の発明においては,蓄電池の存在や蓄電池の電圧
に基づく制御は,その課題を解決するために不可欠の構成要素である
(甲3公報の請求項1,【0020】参照)にもかかわらず,審決はこ
れを捨象している。
(ウ)被告が本件慣用手段の存在を裏付けるものとして本件訴訟において
提出した特開平6-200864号公報(乙1。以下「乙1公報」とい
う。)も,【0004】の記載に照らすと,ピッチ角の制御を風速の変動
にかかわらず,風車の回転数を一定に維持するために,すなわち,風力
発電機の出力を一定に維持するために行われることを開示するものであ
るから,ピッチ調整により風力発電機の出力を低減する本願発明の特定
の制御とは異なった方向の技術的思想を開示するものである。
(エ)本件優先日当時,電気ネットワーク(電力系統)の周波数が基準値
をしきい値だけ上回る場合(許容範囲の上限を超える場合),風力装置
は電気ネットワークから解列(分離)されていたから,本件慣用手段が,
本件優先日当時の慣用手段であったということはない。さらに,甲3公
報記載の発明においては,電力系統への出力の供給過多の場合でも,風
力発電機は電力系統から解列(分離)されていないことから,周波数が
許容範囲内にある場合の制御と解するべきであるから,周波数が許容範
囲外の場合すなわち基準値をしきい値だけ上回る場合の制御を開示する
ものではない。
(2)容易想到性の判断の誤り
ア審決は,本件慣用手段を前提に,例えば余分な電力を消費すべくヒータ
等の電力を放出する回路を用いることをしないようにするため,余分な電
力を発電機で発電させないようにすることは,当然要求される技術的事項
といえるから(例えば,甲3公報【0008】~【0010】等参照。),
審決認定引用発明に本件慣用手段を付加することに,当業者にとって格別
な困難性があるものとは認められず,審決認定引用発明に本件慣用手段を
付加することで,上記相違点2に係る本願発明の構成とすることは当業者
にとって容易である旨判断した。
イしかし,以下のとおり,審決の上記アの判断には誤りがある。
(ア)前記(1)のとおり,審決の本件慣用手段の認定には誤りがある。
また,引用発明は「ヒータ等の電力を放出する回路」を備えておらず,
かつ,備える示唆もないから,引用発明に本件慣用手段を付加する動機
付けがない。
さらに,甲3公報において「ヒータ等の電力を放出する回路」を不要
とする目的は,コスト削減であるところ,引用発明においては,電圧を
調整装置によって調整するだけであるから,少なくとも,ロータブレー
ドのピッチ調整を行うためのコストの増大を招来する機械装置は不要で
あり,引用発明において,そのようなコストの増大を招来する機械装置
(ピッチ調整機構)を備えるような動機付けはないどころか,それに対
する否定的教示がある。
(イ)引用発明は配電網の需給バランスを図ることを目的として風力装置
の供給電力を制御する技術ではないから,需給バランスを図る際に伴い
得る余分な電力は発生せず,本件慣用手段を付加する動機付けはない。
(ウ)本件慣用手段は,風力発電装置内で電力の需給バランスを図ること
を目的とした技術であるから,風力発電装置の外部にある電力系統(電
気ネットワーク)における電力の需給バランスを図ることを目的として,
本件慣用手段を引用発明に適用する動機付けはない。
(エ)引用発明に原告主張審決認定周知技術及び本件慣用手段を付加して
得られる発明は,電圧と周波数の両者について条件が成就したとき発電
機の出力を調整し,この電力の調整は「調整装置」による発電機電圧の
調整と「ピッチ角制御」によって行うものである。したがって,本願発
明とは構成ないし技術的思想が異なるから,引用発明に原告主張審決認
定周知技術及び本件慣用手段を付加することにより,当業者が本願発明
の構成に容易に想到することはできない。
第4被告の反論
以下のとおり,審決の認定判断に誤りはない。
1取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
審決は,引用例から以下の発明を認定しているものであって,審決の認定に
誤りはない。
「(a)ロータ4と,該ロータ4によって駆動される発電機12を備える風力
装置2を運転する方法であって,
(b)上記発電機12で電力を発生し,
(c)上記電力を配電網6に供給し,
(d)配電網6における電力の電圧を検出し,
(e)検出した電圧を基準値V基準と比較し,
(f)配電網6における電力の電圧が基準値V基準を上側しきい値(VUT)
だけ上回れば(又は下側しきい値(VLT)だけ下回れば),
(g)調整装置により発電機電圧U実際を最適発電機電圧U基準に調整するこ
とによって,配電網6に供給される電力を低減する,
方法」
2取消事由2(一致点の認定の誤り)について
(1)審決が認定した引用発明は前記1のとおりのものであるから,基準値を
一致点としたことにつき審決の認定に誤りはない。
(2)審決の認定した相違点1における「電気ネットワーク」は,交流電力の
要素(周波数であるか電圧であるか)との関わりにおいて理解すべきである
から,原告が主張する「電力の状態が検出可能な電気ネットワークの範囲の
相違」については,審決も相違点1として認定している。
本願明細書【0002】及び【0006】の記載に照らすと,本願発明は
適用される系統(電気ネットワーク)として「弱小の電気ネットワーク
(島)」を想定している。他方,引用例において,適用対象としている系統
(配電網)について,例えば【0004】に「例えば,公共配電網」,【00
18】に「例えば,公共配電網であり得る配電網6」と記載され,その大小
や一部か全部かといった範囲について特段の限定がなされているものではな
い。
3取消事由3(相違点1及び2の認定の誤り)について
(1)審決の「基準値」及び「電気ネットワーク」に係る認定判断に誤りはな
く,したがって,審決の相違点1の認定にも誤りはない。
(2)審決認定引用発明における「発電機電圧U実際の調整装置による調整」と
は,「発電機電圧U実際の調整装置による所望電圧値U基準への調整」を意味
しており,この点で原告の主張と何ら齟齬を生じるものではない。
4取消事由4(相違点1に関する判断の誤り)について
(1)周知技術の認定の誤りについて
ア審決の認定について
甲4文献及び甲2公報を合わせれば,①電力系統の需要と供給がバラン
スしているか崩れているか,すなわち需給のバランス状態を系統の周波数
によって検知すること,及び,②周波数の増加を検出するのは供給(発電)
電力が需要電力を上回った場合であるから需給をバランスするため供給
(発電)電力を減らすように発電機の出力減を実施すること,つまり周波
数の増加を検知したら供給(発電)電力を低減制御してバランスすること
が理解でき,審決が認定した「電力系統の需給のバランス状態を系統の周
波数によって検知し,周波数の増加を検知したら発電電力を低減制御して
バランスすること」(以下「被告主張審決認定周知技術」という。)が理解
される。
したがって,審決の認定に誤りはない。
イ原告の主張について
(ア)原告は,審決による原告主張審決認定周知技術の認定は,甲4文献
及び甲2公報の記載の一部(電力系統の周波数の増加に応じた発電電力
の低減制御)のみを抽出し,当該制御と密接に関連する事項(周波数の
許容範囲内での制御)を捨象して,当該文献の開示の範囲を超えて,周
波数の許容範囲外での制御にまで一般化抽象化したものである旨主張す
る(前記第3の4(1)イ(ア))。
しかし,審決の認定は,甲4文献及び甲2公報から,電力系統の需給
バランス状態を系統の周波数によって検出し,周波数の増加を検知した
ら,供給電力を低減制御してバランスするという,制御の原理的側面を
認定したのであって,周波数を許容範囲内で制御するかどうかを具体的
に認定したわけでもなければ,電力系統に並列される発電装置等を特定
して認定したわけでもないのであるから,許容範囲内での制御か許容範
囲外での制御かや,周波数が許容範囲を超えた場合に風力発電機を分離
するかどうかなどを問題とする原告の主張は,その前提を誤っており,
失当である。
また,原告は,周波数の許容範囲内における制御と許容範囲を超えた
場合の制御は違うとか,定常時の制御と異常時の制御は違うなどと主張
する。しかし,電力系統の周波数制御は,標準周波数からの偏差を許容
範囲内に収めるため,それが許容範囲外になった際にも行われる(乙2,
3)。さらに,「電力系統の異常時」とは,定常時でない緊急時及び復旧
時であり,故障や停電等の保護が必要な状態,事故状態といえるときの
ことであるから,電力系統の周波数偏差が「許容範囲」外にあるときと
「電力系統の異常時」とは一致するものではなく,意味内容として異な
る。そうすると,電気ネットワーク(電力系統)の周波数が「許容範囲」
外にある場合とは,「異常時」を意味するものではないし,電力系統の
周波数制御は許容範囲内に限り行われるものではなく,それが許容範囲
外になった際にも行われるものであるから,原告の主張は誤った区別を
前提にしたものであって失当である。
(イ)原告は,甲4文献及び甲2公報から認定できる周知技術においては,
周波数が許容範囲を逸脱した場合には,風力発電機が電力系統(電気ネ
ットワーク)から分離される旨主張する(前記第3の4(1)イ(イ))。
しかし,連係している発電装置(発電者)の解列(分離)のタイミン
グは,発電装置に関わる事故時を除き,取決め・契約等によって設定さ
れる側面が強いというべきであり,さらに,設定するタイミングも「許
容範囲」の上限に限られず様々である。したがって,「電気ネットワー
クにおける電力の周波数が基準値をしきい値だけ上回る場合」(すなわ
ち,「許容範囲」の上限を上回る場合)には,風力装置は電気ネットワ
ーク(電力系統)から直ちに解列(分離)されることが本件優先日当時
における風力発電の技術分野における技術常識であったとの原告の主張
は誤りである。
(2)容易想到性の判断の誤りについて
ア審決の判断について
電力系統において周波数・電圧一定が望ましいことが技術常識なのであ
るから,電力系統において電圧の他,周波数も監視することは当業者にと
って当然であるとした審決の認定判断に誤りはない。
そして,引用発明において採用された「電気ネットワークにおける交流
電力の要素が基準値をしきい値だけ上回れば,所定の調整によって電気ネ
ットワークに供給される電力の量を低減」するという手法と,周波数の増
加を検知したら発電電力を増加制御ではなく低減制御して電力系統の需給
状態をバランスする被告主張審決認定周知技術の手法は,その原理的な制
御手法において一致している。そうすると,引用発明に,それと原理的制
御手法を同じくする被告主張審決認定周知技術を付加することに当業者に
とって格別な困難性があるとすることはできない。そして,そのような付
加をすれば,電力系統における電圧に加えて周波数によってもその需給の
バランス状態を検知し,電圧又は周波数が,それぞれの基準値をそれぞれ
について設定されるしきい値だけ上回る増加を検知したら,電力系統に供
給する発電電力を低減制御する発電電力制御を行うものとなるのであるか
ら,引用発明において相違点1に係る本願発明の構成とすることは当業者
にとって容易というべきである。ここで,電圧と周波数のしきい値はそれ
ぞれ設計者が必要に応じて適宜に設定できる。
さらに,このような制御手法の例は,本願発明において,基準値をしき
い値だけ上回れば電気ネットワークに供給される電力の量を低減すること
と原理的に同様であって,電力の量を増加するような逆方向の制御手法で
はないから,技術上の瑕疵があるものではない。
よって,電力系統における技術常識と当業者にとって当然といえる事項
からすると,引用発明に被告主張審決認定周知技術を付加することで,相
違点1に係る本願発明の構成とすることは当業者にとって容易であるとし
た審決の認定判断に誤りはない。
イ原告の主張について
(ア)原告は,審決が原告主張審決認定周知技術を認定していることを前
提に種々主張する(前記第3の4(2)イ(ア)及び(イ))。
しかし,審決が認定した周知技術は前記(1)アのとおりのものであり,
この点に誤りはなく,したがって,審決が原告主張審決認定周知技術を
認定したことを前提とする原告の主張は失当である。
また,前記(1)イ(イ)及び後記(ウ)の点に照らすと,本願発明と被告
主張審決認定周知技術とでは供給電力制御のための対象となる周波数範
囲及び制御態様が異なるともいえない。
(イ)原告は,電気ネットワークにおける電力の状態を表す指標としての
電圧と周波数は単純に付加できるものではなく,むしろ,引用発明に検
出対象として周波数を付加することには阻害要因がある旨主張する(前
記第3の4(2)イ(ウ))
審決は,引用発明の運転方法として電力供給過多となる配電網電圧が
上昇する場合のみを認定しており,供給不足の場合までは認定していな
いが,引用例には供給不足の場合の配電網電圧が下降する際の運転方法
も開示されており,両運転方法として,供給電力を一定に維持できなく
なる段階で,配電網電圧が上昇あるいは下降するにしたがって供給電力
を低減し,さらには出力をゼロとすることが開示されている。このこと
は,引用発明は,「配電網電圧の望ましくない変動を防止する」(【00
11】)技術を開示していることを意味するのであるから,電気ネット
ワークにおける電力の状態を表す指標として,「電圧」に「周波数」を
付加することを阻害するものではない。
(ウ)原告は,引用発明と甲4文献及び甲2公報から認定できる技術とで
は原理的な制御手法が異なる旨主張する(前記第3の4(2)イ(エ))。
しかし,「原理的な制御手法」とは,引用発明の「電気ネットワーク
における交流電力の要素が基準値をしきい値だけ上回れば,所定の調整
によって電気ネットワークに供給される電力の量を低減する」ことと,
被告主張審決認定周知技術の「電力系統の周波数の増加を検知したら発
電電力を低減制御する」ことの,両者の原理的な制御手法のことである。
要するに,電気ネットワークにおける交流電力の要素が上昇方向に偏位
した場合の電気ネットワークに供給される電力の量の制御が,増加制御
ではなく低減制御であることを指しており,その範囲において,引用発
明の制御手法と周知の技術の制御手法とは一致しているとしたことに誤
りはない。
また,電力系統の周波数制御において負荷変動の大きさ,つまり,目
標周波数との偏差により,それを吸収する制御をいくつかの制御手段に
分担することは知られており,直接的な周波数制御を分担しない不感帯
というべき偏差範囲があることも知られている(乙2,3)。すなわち,
電力系統の周波数制御において,採用される制御手段は目標周波数との
偏差(「許容範囲」外を含む)に応じて分担する複数のものからなるも
のであり,各採用されている全ての制御手段・手法が必ずしも周波数の
許容範囲内において電力系統への供給電力を増減制御するものとは限ら
ないものの,それらは電力系統の周波数制御手段の観念でまとめられる
ものである。そうすると,甲4文献及び甲2公報記載の技術の制御手段
は,具体的な制御手法として不感帯を有するものを含み得るから,引用
例に開示されたいわゆる不感帯を有する制御手法において,甲4文献及
び甲2公報に例示される周知の技術を付加できると認定した審決に技術
的な誤りはない。
(エ)原告は,引用発明は配電網6の需給バランスを図ることを目的とし
ておらず,電力系統の電圧を電力の需給バランスの指標として使用して
もいないから,引用発明に甲4文献及び甲2公報から認定できる周知技
術を付加する動機付けがない旨主張する(前記第3の4(2)イ(オ))。
しかし,引用例【0013】及び【0014】の記載は,配電網から
一時的に大電力が消費されることにより配電網電圧が低下する状況であ
っても,その電圧変動を補償できることを開示しているから,引用例は,
図3に示された制御とは別に,配電網電圧が低下する状況であっても配
電網の需給バランスを図れることも開示している。
したがって,図3に示された配電網電圧が上昇する場合の制御と合わ
せると,全体として引用例は,配電網電圧が低下する場合と上昇する場
合の両者に関し,それを指標として需給バランスを図るために供給電力
を制御することを開示している。
また,引用例【0023】に配電網の電圧とともに周波数も検出する
ことが記載されている。さらに,【0015】には「このようにして,
供給電力は配電網の状態に適合させられ,その結果,配電網周波数が影
響を受ける。」とも記載されている。これらは,引用発明において,配
電網の周波数を検知して電力制御を行うことの動機付けがあることを示
している。
5取消事由5(相違点2に関する判断の誤り)について
(1)慣用手段の認定の誤りについて
ア審決の認定について
審決は,甲3公報の【0009】及び【0010】の記載事項を個別具
体的な実施形態に係る技術事項に限定せずに,一般的な技術事項として,
本件慣用手段としたものであり,その認定に誤りはない。このことは同公
報の【要約】,【0011】,【0019】及び【0020】の記載からも理
解できる。
また,風力発電装置の技術分野において,ピッチ角制御により風車から
の出力,それに接続する発電機出力の調整を行うことは,風車の回転停止
等のために単に風を通過させるフェザリングを始め,従来から実施されて
いる(乙1公報【0004】)参照)。
したがって,審決の認定に誤りはない。
イ原告の主張について
(ア)原告は,甲3公報には,電力の需給バランスが供給過多になっても
蓄電池の電圧Vが所定値以上に上昇するまでは「余分な電力」を発生さ
せ続ける技術が記載されているにすぎない旨主張する(前記第3の5
(1)イ(イ))。
しかし,原告の主張は,出力調整手法を個別具体的な実施形態に係る
特定のものに限定するものであるが,審決は,発電機の出力の調整の具
体例を特定して認定したものではなく,個別具体的な実施形態に係る技
術事項に限定せずに,一般的な技術事項として本件慣用手段を認定した
ものであるから,原告の主張により直ちに,本件慣用手段の認定が誤り
ということはできない。
また,原告は,甲3公報記載の発明においては,蓄電池の存在や蓄電
池の電圧に基づく制御は,その課題を解決するために不可欠の構成要素
である旨主張する(前記第3の5(1)イ(イ))。
しかし,系統全体でみた発電コスト低減のため,蓄電設備(バックア
ップ電源)を付加することが有効な場合があり,甲3公報においても,
二次電池を備えたバックアップ電源を加えた構成が示され,その具体的
制御が複雑であるとしても,そのことによって,審決の認定が誤りであ
ることにはならない。さらに,審決が認定した甲3公報に係る「電力の
需給バランス」とは,風力発電装置内でのものであって,バックアップ
電源の働きが無い状態を考えれば単純明快で,風力発電装置の出力であ
る系統への出力と,風力発電装置が風力により発電する発電量とのバラ
ンスのことである。
(イ)原告は,本件優先日当時,電気ネットワーク(電力系統)の周波数
が基準値をしきい値だけ上回る場合(許容範囲の上限を超える場合),
風力装置は電気ネットワークから解列(分離)されていたとか,甲3公
報は,周波数が許容範囲外の場合すなわち基準値をしきい値だけ上回る
場合の制御を開示するものではない旨主張する(前記第3の5(1)イ
(エ))。
しかし,連係している発電装置(発電者)の解列のタイミングは,技
術常識というよりも取り決め・契約によって設定される側面が強いこと,
電力系統の周波数制御は許容範囲内に限り行われるものではなく,それ
が許容範囲外になった際にも行われることからすると,甲3公報は,電
力系統の周波数が許容範囲外の場合,すなわち基準値をしきい値だけ上
回る場合の制御を開示するものではないという原告の主張は誤りである。
(2)容易想到性の判断の誤りについて
ア審決の判断について
前記(1)のとおり,審決の本件慣用手段の認定に誤りはない。
そして,引用発明は,発電機12で発生された交流電圧を,整流器16,
周波数変換器18を介して,配電網周波数に対応する周波数を有する交流
電圧に変換して配電網に供給するようにできるものである(【0020】,
【0023】,図2,図4。判決注・図2,図4については,後記第5の
2(1)イ参照。)。したがって,引用発明の発電機は配電網周波数に応じた
周波数で発電する形式に限られるものではないことが理解できるから,引
用発明において,風速にかかわらずピッチ角を調整してその回転数を変更
することにより発電機の発電電力量を低減するものとすることを阻害する
特段の事情はない。
また,風力発電装置において,例えば余分な電力を消費すべくヒータ等
の電力を放出する回路を用いることをしないように,余分な電力を発電機
で発電させないようにすることは,当然要求される技術的事項である。
そうすると,引用発明に本件慣用手段を付加することに,当業者にとっ
て格別な困難性があるとすることはできないとした審決の判断に誤りはな
い。
イ原告の主張について
(ア)原告は,引用発明は「ヒータ等の電力を放出する回路」を備えてお
らず,かつ,備える示唆もないし,また,引用発明には,少なくとも,
ロータブレードのピッチ調整を行うため,コストの増大を招来する機械
装置は不要であるから,引用発明に甲3公報の記載事項を備える動機付
けはない旨主張する(前記第3の5(2)イ(ア))。
しかし,出力電力の低減を実現するためには,生産されたエネルギー
に対し,低減分に相当するエネルギーが配電網への出力外で消費されな
ければならないところ,消費のための具体的技術が引用例に開示されて
いないことからすると,一般的な放熱による電力低減(エネルギー放出)
を行うものと考えるのが当業者にとって自然である。すなわち,引用発
明においてもヒーター等により消費することでエネルギーを放出してい
ると考えられる。
また,コストに関する原告の主張により,審決の認定判断が当然に誤
りであると解されるわけではなく,ケースバイケースというべきであり,
原告の主張が正当であるとは一概にはいえない。
(イ)原告は,引用発明は配電網の需給バランスを図ることを目的として
風力装置の供給電力を制御する技術ではないから,需給バランスを図る
際に伴い得る余分な電力は発生せず,本件慣用手段を付加する動機付け
はない旨主張する(前記第3の5(2)イ(イ))。
しかし,前記4(2)イ(エ)のとおり,引用発明は配電網の需給バラン
スを図ることを目的としていないとはいえない。
(ウ)原告は,引用発明に原告主張審決認定周知技術及び本件慣用手段を
付加して得られる発明は,本願発明とは構成ないし技術的思想が異なる
旨主張する(前記第3の5(2)イ(エ))。
しかし,引用発明に被告主張審決認定周知技術及び本件慣用手段を付
加したものとしては,配電網の電圧と周波数のどちらかの条件が満たさ
れるときにネットワークに供給される電力が低減調整され,その際には
発電機の機械的出力の量がピッチ角制御で低減調整されることにより,
少なくともネットワークに供給される電力の量が低減調整され,ネット
ワークに供給される電力の周波数が調整装置により調整されるものが考
えられる。すなわち,少なくとも配電網の周波数の条件が満たされると
きにネットワークに供給される電力が低減調整され,その際には発電機
の機械的出力の量がピッチ角制御で低減調整されることにより,ネット
ワークに供給される電力の量が低減調整されるものが含まれるから,本
願発明を包含するものである。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,審決のした引用発明の認定及び相違点2の認定には誤りがある
ものの,これらの誤りは審決の結論に影響を及ぼすものではなく,他に審決の
結論に影響を及ぼすような誤りは認められないから,審決にはこれを取り消す
べき違法はないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。
1本願発明について
本件請求項の記載は前記第2の2のとおりである。
そして,本願明細書には,本願発明の背景技術,課題及び課題を解決する手
段の記載として,おおむね,以下の内容の記載がある。
本願発明は,風力装置が接続された電気ネットワークに電力を供給するため
の,ロータにより駆動される発電機を有する風力装置を操作する方法に関する
ものであり(【0001】),弱小の電気ネットワーク(島)の場合,比較的大
きな消費者が電気ネットワークから切り離されたときには,ネットワーク周波
数が非常に急峻(突然)に上昇することがあるが(【0002】),例えばコン
ピュータ,電気モータなどの,電気ネットワークに接続された多くのアイテム
の電気装置は,ネットワーク周波数の変動又はその突然の変化に対応するよう
になっていないため,上記の周波数の上昇は電気装置に損傷を与え,その破壊
に至るという結果を招くことがあるため(【0003】),風力装置が電気ネッ
トワークに接続されている場合に生じる上記の問題を解決することを目的とし
て(【0004】),本願発明の構成を採用し,風力装置が上記のような弱小ネ
ットワークで操作される場合に,それらの(機械的な)電気的な出力を,上昇
するネットワーク周波数に応じて制御するようにし(【0006】),ネットワ
ーク周波数のさらなる上昇を防止し,又はネットワーク周波数の低下を達成す
る(【0008】~【0012】)ものである。
2取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
(1)引用例(甲1)には以下の記載がある(なお,以下の記載は,引用例の
翻訳として提出された特表2001-52378号公報の記載に基づく。)。
ア特許請求の範囲
「【請求項1】電力を配電網(6),特に配電網(6)に接続された使用
者(8)に出力するようにロータによって駆動される発電機を備える風力
装置を運転する方法において,
発電機によって配電網(6)に出力される電力が,配電網(6)に印加
される電圧に応じて調整されることを特徴とする方法。
【請求項2】発電機から出力されて配電網(6)に供給される電圧が,
配電網供給点(21)に印加される電圧に応じて調整される請求項1に記
載の方法。
【請求項3】供給電圧を所望基準値(U基準)に調整することによって,
出力電力が調整される請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】電圧が,設定自在の周波数を有する交流電圧として供給
さる請求項3に記載の方法。
【請求項5】設定自在の周波数が,配電網周波数に大略対応する請求
項4に記載の方法。
【請求項6】ロータ(4)と,電力を配電網(6)に出力するように
ロータ(4)に連結された発電機とを備えて,特に,請求項1乃至5のい
ずれかに記載の方法を実施するための風力装置において,配電網(6)
に印加される電圧を検出する検電器を有する調整装置を備えて,発電機に
よって配電網(6)に出力される電力が,検電器によって検出された電圧
に応じて調整自在である風力装置。・・・」
イ発明の詳細な説明
「【0001】
本発明は,電力を電気使用者,特に配電網に出力するようにロータによ
って駆動される発電機を備える風力装置を運転する方法に関する。」
「【0007】
本発明の目的は,従来技術の欠点を防止すると共に,使用者,特に,配
電網における電圧の過度の変動と風力装置の望ましくない運転停止を防止
する,風力装置を運転する方法と風力装置を提供することである。
【0008】
冒頭に記載した種類の方法において,本発明の目的は,風力発電機によ
って配電網に出力される電力が,配電網の印加配電網電圧に応じて調整さ
れることにより達成される。
【0009】
冒頭に記載した型式の装置において,本発明の目的は,使用者に印加さ
れる電圧,例えば,配電網電圧を検出する検電器を有する調整装置を設け
て,発電機によって使用者に出力される電力が,検電器で検出された電圧
に応じて調整されることにより達成される。
【0010】
上記したように,エネルギー発生において,発生し得るエネルギーの変
動が有り得て,風力に依存する風力装置の場合は避けられない。しかしな
がら,これらの変動が本発明の出発点ではない。むしろ,本発明は,電力
消費の変動は使用者の側でも生じて,結果として配電網電圧が変動すると
いう問題に取組む。電気機器,特に,コンピュータの危険な電圧変動に対
する保護が,しばしば不十分であるので,このような配電網電圧が危険で
あることが知られている。従って,本発明では,エネルギーの供給におい
て,発電機側のエネルギー発生の変動のみならず使用者側の変動も考慮に
入れて,供給電圧が供給点において所望の基準値に調整される。
【0011】
本発明は,発電機の出力電力を使用者又は配電網の電圧に応じて調整す
ることにより,使用者に印加される電圧,特に,配電網の電圧の望ましく
ない変動を防止する。これにより,風力の変化で生じ得る望ましくない電
圧変動も防止される。
【0012】
本発明の別の利点は,風力が極めて大きく変化する場合でも,配電網で
の変動を防止するために,風力装置を運転停止する必要が無いことである。
本発明によれば,風力が大きく変化しても,配電網電圧の変化を生じるこ
と無く風力装置の運転が続けられる。そのために,本発明にかかる調整装
置は,使用者又は配電網における電圧を検出する検電器を備える。
【0013】
更に,本発明では,風力が一定の場合,配電網に接続された使用者の何
人かが配電網から一時的に大電力を消費することにより電圧が変動し得る
ので,配電網電圧の変動を給電用の配電網において規則的に補償すること
ができる。このような電圧低下の場合,本発明にかかる風力装置は,より
大きな電力を配電網に供給して,電圧変動を補償できる。このために,例
えば,本発明で検出される配電網電圧値に基づいて,供給電圧が風力装置
と配電網の間のインタフェースにおいて高められる。
【0014】
本発明の方法の好ましい実施形態によれば,供給電圧を所望の基準値に
調整することにより,出力電力が調整される。この場合,前述したように
配電網に接続されたある使用者が大電力を必要とする時に,配電網電圧の
補償を特に簡単に行うことができる。
【0015】
本発明の別の好ましい実施形態によれば,電圧は,設定自在の周波数を
有する交流電圧として供給される。このようにして,供給電力は配電網の
状態に適合させられ,その結果,配電網周波数が影響を受ける。設定自在
の周波数は,望ましくは配電網周波数に対応する。
【図1】
【0016】
本発明にかかる風力装置は,マイクロプロセッサを有する調整装置を有
利に備えて,ディジタル調整を行うことができる。
【0017】
以下に,本発明を,風力装置を運転する方法の実施形態について図面を
参照して説明する。
【0018】
図1に概略的に示すように,
ロータ4を備える風力装置2は,
例えば,公共配電網であり得る配電網6に接続されている。複数の電気使
用者8が配電網に接続されている。
【0019】
風力装置2の図1に不図示の発電機が電気制御調整装置10に接続され
ている。電気制御調整装置10は,最初に,発電機に発生された交流を整
流し,次に,それを配電網周波数に対応する交流電圧に変換する。配電網
6の代りに,風力装置2から個々の使用者に電力を供給することもできる。
制御調整装置10は,本発明にかかる調整装置を有する。
【0020】
図2は,本発明にかかる
調整装置を示す。概略的に
図示されたロータ4は発電
機12に連結され,発電機
12は,風速,従って,風力に依存する電力を生産する。発電機12で発
生された交流電圧を,最初に,整流し,次に,配電網周波数に対応する周
波数を有する交流電圧に変換することもできる。
【0021】
【図2】
【図3】
配電網電圧が,配電網6(図1)内のある個所において検電器(不図示)
により検出される。最適発電機電圧U基準(図2参照)が,検出された配
電網電圧に基づいて,場合によっては図4に示すマイクロプロセッサによ
り算出される。次に,発電機電圧U実際が,調整装置によって所望電圧値
U基準に調整される。発電機電圧のこの調整により,発電機12から使用
者,図示の実施形態では配電網6に出力される電力が調整される。風力装
置から出力される電力のこの調整された供給により,配電網6の配電網電
圧の変動が防止又は著しく低減される。
【0022】
図3の線図は,縦座標にプ
ロットされて,風力装置によ
って出力される電力と,横座
標にプロットされた配電網電
圧の間の関係を示す。もし配
電網電圧が,電圧値Uminと
Umaxの間に位置するその基準値からほんの僅かしか偏倚していなければ,
曲線の上方直線部(横座標に平行な直線)に対応する一定電力が発電機に
よって配電網に出力される。もし配電網電圧が,更に上昇して,点P1に
よって定義される値を超えるならば,供給電力は低減される。値Umaxに
到達すると,供給電力はゼロに等しい(点P2)。高い風力が存在する場
合でも,点P2では電力は配電網に全く供給されない。もし風力が急激に
低下すると,減少した量の電力を配電網に供給することができる。風力変
換器の側で全く電力を出力できない時でも,風力変換器の運転は電力出力
無しに続けられるので,配電網電圧が再びUminとUmaxの間の値を取る
や否や電力出力は常に行われ得る。
【0023】
図4は,図1の制御調整装置10の
主要部品を示す。制御調整装置10は,
発電機で発生した交流電圧が整流され
る整流器16を有する。整流器16に
接続された周波数変換器18は,最初に整流された直流電圧を交流電圧に
変換し,この交流電圧は,3相交流電圧として電線L1,L2とL3を介
して配電網6に供給される。周波数変換器18は,調整装置全体の一部で
あるマイクロコンピュータ20によって制御される。この目的のために,
マイクロコンピュータ20は周波数変換器18に連結されている。風力装
置2によって任意に設定された電力を配電網6に供給するための電圧調整
用の入力パラメータは,現在の配電網電圧U,配電網周波数f,発電機の
電力P,力率cosφと電力勾配dP/dtである。供給電圧の本発明に
かかる調整はマイクロコンピュータ20によって実行される。」
(2)以上の引用例の記載に照らすと,引用例における配電網に関する電圧を
記号「V」で表し,発電機に関する電圧を「U」で表すこととし,具体的に
は,【0022】及び図3の「Umax」及び「Umin」を「Vmax」及び「V
min」とし,引用例では記号が付されていない配電網の電圧の基準値(【0
022】でいう「UmaxとUminの間に位置する」値)を「V基準」で表し,
図3の点P1によって定義される値を「上側しきい値(VUT)」とし,同様
に,図3の「曲線の上方直線部」(【0022】)の下限点によって定義され
る値を「下側しきい値(VLT)」とすると,引用例には以下の発明(以下
「甲1発明」という。)が記載されているものと認められる。
「(a)ロータ4と,該ロータ4によって駆動される発電機12を備える風
力装置2を運転する方法であって,
(b)上記発電機12で電力を発生し,
(c)上記電力を配電網6に供給し,
【図4】
(d)配電網6における電力の電圧を検出し,
(e)検出した電圧を基準値V基準と比較し,
(f)配電網6における電力の電圧が基準値V基準を上側しきい値(VU
T)だけ上回れば(又は下側しきい値(VLT)だけ下回れば),
(g)調整装置により発電機電圧U実際を最適発電機電圧U基準に調整する
ことによって,配電網6に供給される電力を低減する,
方法」(この認定は審決と一部異なる。)
(3)これに対し,原告は,上記(2)の(f)の「又は下側しきい値(VLT)
だけ下回れば」という状態ないし要件は,引用発明の任意的構成ではなく,
その技術的思想を実現するための一体のものとして理解されるべき不可欠の
構成である旨主張する(前記第3の1(2))。
確かに,引用例の図3からは,配電網6における電力の電圧が基準値V基
準を下側しきい値(VLT)だけ下回れば,調整装置により発電機電圧U実際を
最適発電機電圧U基準に調整することによって,配電網6に供給される電力
を低減することが読み取れる。
しかし,上記図3はそもそも引用例における実施形態として示されたもの
にすぎない(【0017】,【0022】)。
しかも,引用例【0013】及び【0014】は,配電網から一時的に大
電力が消費されることにより配電網電圧が低下する状況であっても,その電
圧変動を補償できることを開示しているところ,このような場合には,配電
網6に供給される電力を増加させることになることは明らかであるから,上
記開示部分は,図3の記載と整合しない。
以上によれば,引用例は,配電網6における電力の電圧が基準値V基準を
下側しきい値(VLT)だけ下回った場合に,調整装置により発電機電圧U実
際を最適発電機電圧U基準に調整することによって,配電網6に供給される電
力を増加させる構成も低減する構成も開示しているものと解され,後者の構
成のみを不可欠の構成としているということはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
3取消事由2(一致点の認定の誤り)及び3(相違点1及び2の認定の誤り)
について
(1)本願発明と甲1発明とを対比すると,機能及び構成からして,甲1発明
の「ロータ4」は本願発明の「ロータ」に相当し,甲1発明の「発電機12」
は本願発明の「発電機」に相当し,甲1発明の「備える」態様は本願発明の
「有する」態様に相当し,甲1発明の「風力装置2」は本願発明の「風力装
置」に相当し,甲1発明の「運転する方法」は本願発明の「操作する方法」
に相当している。同様に,甲1発明の「発生し」た態様は本願発明の「生成
し」た態様に相当する。
(2)本件請求項の記載のみからは本願発明における「電気ネットワーク」が
具体的にどのような範囲のものかは明確ではない。しかし,前記1の本願明
細書の記載も参酌すると,本願発明の「電気ネット―ワーク」は,使用者側
の電力消費変動によりネットワーク周波数が変動する規模の電力系統,すな
わち,比較的小規模の電気ネットワークを含むものと解することができる。
他方,甲1発明は,使用者側の電力消費の変動に伴って,配電網電圧が変
動する問題について,発電機の出力電圧を配電網の電圧に応じて調整するこ
とにより,使用者に印加される電圧,特にコンピュータの危険な電圧変動に
対する保護等,配電網の電圧の望ましくない変動を防止するものであるから
(【0010】,【0011】),甲1発明の「配電網6」も,使用者側の電力
消費変動により配電網電圧が変動する規模の電力系統であると解することが
できる。
そして,両発明とも,電力消費の変動に伴う系統変動を抑制することで,
コンピュータ等の電機機器の保護を図るという点で,課題を共通とするもの
である。
そうすると,甲1発明の「配電網6」は,本願発明の「電気ネットワーク」
に相当する。
(3)さらに,甲1発明の「検出し」た態様は本願発明の「測定し」た態様に
相当し,甲1発明の「配電網6における電力」は本願発明の「電気ネットワ
ークにおける電力」に相当し,甲1発明の「配電網6に供給される電力」は
配電網6に供給される電力の量といえるから本願発明の「電気ネットワーク
に供給される電力の量」に相当している。
また,甲1発明の電力は交流電力であり,本願発明の電力も周波数を測定
することからすると交流電力であるから,甲1発明の「配電網6における電
力の電圧」と,本願発明の「電気ネットワークにおける電力の周波数」とは,
「電気ネットワークにおける交流電力の要素」の概念で共通し,甲1発明の
「配電網6における電力の電圧が基準値V基準(判決注・定数であることが
明らかである。)を上側しきい値(VUT)だけ上回れば」という態様は,本
願発明の「基準値をしきい値だけ上回れば」という態様に対応し,甲1発明
の「調整装置により発電機電圧U実際を最適発電機電圧U基準に調整すること」
と,本願発明の「上記発電機によって生成される電力の量を低減することに
よって」とは,「所定の調整によって」の概念で共通する。
そうすると,結局,甲1発明の「配電網6における電力の電圧が基準値V
基準を上側しきい値(VUT)だけ上回れば,調整装置により発電機電圧U実際
を最適発電機電圧U基準に調整することによって,配電網6に供給される電
力を低減する」という態様と,本願発明の「電気ネットワークにおける電力
の周波数を測定し,測定した周波数を基準値と比較し,電気ネットワークに
おける電力の周波数が基準値をしきい値だけ上回れば,上記発電機によって
生成される電力の量を低減する」という態様は,「電気ネットワークにおけ
る交流電力の要素を測定し,測定した要素を基準値と比較し,電気ネットワ
ークにおける交流電力の要素が基準値をしきい値だけ上回れば,所定の調整
によって電気ネットワークに供給される電力の量を低減する」という概念で
共通している。
なお,前記2(2)において認定した甲1発明の「(又は下側しきい値(VL
T)だけ下回れば)」との部分は,前記2(3)において説示したとおり,甲
1発明における必要不可欠な構成ではなく,また,本願発明との対比におい
ても関係しない部分であるから,特に対比において問題とする必要はない。
(4)以上によれば,本願発明と甲1発明の一致点及び相違点は以下のとおり
となる。
ア一致点
ロータと,該ロータによって駆動される発電機を有する風力装置を操作
する方法であって,
上記発電機で電力を生成し,
上記電力を電気ネットワークに供給し,
電気ネットワークにおける交流電力の要素を測定し,
測定した要素を基準値と比較し,
電気ネットワークにおける交流電力の要素が基準値をしきい値だけ上回
れば,
所定の調整によって電気ネットワークに供給される電力の量を低減する,
方法。
イ相違点1
電気ネットワークにおける交流電力の要素とその基準値に関し,本願発
明は,周波数とその基準値であるのに対し,甲1発明では,電圧とその基
準値である点。
ウ相違点2
所定の調整に関し,本願発明は,発電機によって生成される電力の量を
低減することであって,さらに,上記発電機によって生成される電力の量
の低減は,上記ロータに連結されかつ当該ロータブレードのピッチの調整
により風力装置の機械的出力を下降方向に調整することが可能なロータブ
レードを風に対してピッチを調整することによって行われるのに対し,甲
1発明では,調整装置により発電機電圧U実際を最適発電機電圧U基準に調
整する点。(この認定は審決と一部異なる。)
(5)原告は,上記のほかにも審決の一致点及び相違点の認定の誤りを主張す
る(前記第3の2及び3)。
しかし,原告の主張は,本願発明の「電気ネットワーク」と甲1発明の
「配電網6」とが一致点ではないとする主張を除き,いずれも審決認定引用
発明の内容を前提とするものであるから,上記(4)の認定に対するものとし
ては適切でない。
また,本願発明の「電気ネットワーク」と甲1発明の「配電網6」とを一
致点とすることができることは,前記(2)において説示したとおりである。
さらに,原告の主張中には,「審決は,本願発明と引用発明とを過度に一
般化・抽象化して無理矢理一致点を認定している。」とする部分もあるけれ
ども,本願発明と引用発明の一致点を前記(4)アのとおり自然に認定できる
ことはすでに説示したとおりなのであるから,原告の上記主張も失当である。
よって,原告の上記主張はいずれも採用することができない。
4取消事由4(相違点1に関する判断の誤り)について
(1)周知技術の認定について
ア甲4文献
(ア)甲4文献(昭和63年2月20日印刷,平成10年11月10日4
刷)には以下の記載がある(甲4)。
a「2章電力系統の運用
電力系統運用の目的は,面的に広がった水力,火力,および原子力
発電所などの電源から送電線,変電所,および配電線を経て需要家に
いたるまでのすべての要素を有機的に連系し,需要家の要求する電力
を極力一定の周波数・電圧で停電することなく経済的に供給すること
である。」(882頁左欄42行~47行)
b「2.1需給運用
時々刻々変動する需要に対し,常に供給力を確保して需要と供給力
の均衡を図り,水力発電・火力発電・原子力発電などの供給力を総合
的に組み合わせて信頼性および経済性の高い運用を行う一連の業務を
需給運用という。」(882頁左欄51行~55行)」
c「2.1.2周波数制御
時々刻々変動する需要と供給力との差を周波数変化としてとらえ,
発電機の出力増減を数秒から数十秒の間隔で実施し,これを許容範囲
内に収めるための制御のことを周波数制御(LFC:LoadFr
equencyControl)という。
(a)周波数制御の必要性周波数の変動は電気時計の精度として
表されるが,コンピュータ,放送用テープレコーダ,ファクシミリ,
高速度のポットモータなどを使用する需要家においては,特に周波数
の一定値保持が要求される。また電力会社においても,電力系統の安
定度の維持および会社間連系線の潮流制御の安定化とこれによる連系
線の有効活用の観点から,定常時における周波数を一定値に保持する
ことが望ましい。
しかし,時々刻々変動する需要に対応して供給力を完全に追従させ
ることは不可能であり,平常時には標準値からの偏差(周波数偏差)
がある範囲内に収まり,確率的に変動量が標準値を維持するよう運用
されている。わが国における現状では,標準周波数に対し±0.1~
0.2Hz以内に収めることを目標としている。」(883頁右欄24
行~40行)
(イ)以上によれば,甲4文献には,「電力系統の運用の目的は,需要家
の要求する電力を極力一定の周波数・電圧で停電することなく経済的に
供給することであり,コンピュータ使用者など周波数の一定値保持を要
求する需要家に対して,時々刻々変動する需要と供給力との差を周波数
変化としてとらえ,発電機の出力増減を実施し,周波数変化を許容範囲
内に収めるために周波数制御を行うこと」が,技術常識として記載され
ているものと認められる。
イ甲2公報
(ア)甲2公報には以下の記載がある(甲2)。
a「【発明の詳細な説明】【0001】【発明の属する技術分野】本発明
は,離島の電源として好適な発電システムに係り,風力発電機とディ
ーゼルエンジン等の原動機で駆動される発電機とNaS電池等の二次
電池とを組み合わせたハイブリッド発電システムに関する。
【0002】【従来の技術】離島の電源としてディーゼルエンジン
やガスタービン等の原動機で駆動される発電装置が実用化されており,
このような小規模電力系統に風力発電装置や太陽光発電装置を導入し
て発電コストを引き下げる試みがなされている。小規模電力系統に,
風力発電装置や太陽光発電装置を導入すると,負荷変動の他風速,日
照の変化で発電電力が急変し,需要と供給のバランスが崩れ,電力系
統の安定性が損なわれる恐れがある。・・・
【0003】【発明が解決しようとする課題】・・・また,原動機発
電装置に風力発電装置,太陽光発電装置を組み合わせたシステムにあ
っては,風力発電装置や太陽光発電装置の発電電力の急変に対し,原
動機発電装置の応答遅れがあるために,系統周波数が一時的に変動す
るといった問題がある。特に,発電コストを低減するために,原動機
発電装置の運転停止時間をできる限り長くし,風力発電装置や太陽光
発電装置を極力長く運転するようにした場合,風力発電装置,太陽光
発電装置から原動機発電装置への切り替え時の系統周波数の変動が大
きくなるという問題がある。
【0004】本発明の目的は,風力発電装置,太陽光発電装置から
原動機発電装置とを組み合わせたシステムにおいて,発電電力並びに
負荷変動に対する電力系統の安定性を保つことにある。」
b「【0008】【発明の実施の形態】以下図面に示す実施の形態につい
て説明する。1は電力系統で負荷2に電力を供給している。この系統
1には1台もしくは複数台の風力発電機3と太陽光発電装置4とナト
リウム硫黄(NaS)電池8とディーゼルエンジン6で駆動される同
期発電機7とが連繋されている。太陽光発電装置4はDC/AC変換
器5を介して系統1に繋がれ,NaS電池8は可逆変換器9を介して
系統1に接続される。10は,この電力系統1の供給バランスを調整
する制御装置で,計器用変圧器12を介して系統の周波数検出器11
で検出し,これが基準となる値,例えば50Hzになるように可逆変
換器9を制御するものである。
【0009】電力系統において負荷2が必要とする需要電力と各発
電装置が発電する合計の発電電力がバランスしていれば,系統周波数
は一定となり,系統は安定状態にある。ところが,風力発電機3もし
くは太陽光発電装置4の発電電力が風速や日照の低下によって突然低
下することがある。すると系統の需給のバランスが崩れ,需要電力が
発電電力を上回るため,系統の周波数が低下し,周波数検出器11が
それを検知し,制御装置10が可逆変換器9にNaS電池8に充電さ
れている貯蔵電力を放出(即ち放電)する指令を出し,系統に供給さ
れる電力を増大させる。これによって系統の周波数は基準の周波数に
戻される。・・・
【0011】反対に風速あるいは日照が増大して発電電力が需要電
力を上回った場合には系統1の周波数の増加を検出して系統1からN
aS電池8へ充電して需給のバランスをとる。NaS電池8への充電
時には,シャント抵抗13に充電方向の電流が流れるので,これを検
出して電流制御器14によりディーゼルエンジン6のガバナ設定器1
5の設定値を制御してエンジンの降速制御を行い,発電電力を減じ
る。・・・
【0013】このシステムに使用される二次電池8は原動機発電装
置の応答遅れによる電力需給のバランスを取るためのものであるから
電池の容量はそれ程大きなものでなくとも良い。しかし,二次電池8
は風力発電機の出力変動に応じて充放電を頻繁に繰り返す必要がある
ので,急速な充放電に耐えるNaS電池を用いることが好ましい。更
に,本システムでは,風力発電機及び太陽光発電装置の発電電力の全
てを系統に供給し需要電力との過不足を原動機発電装置と二次電池で
補うものであるから,原動機の運転時間を極力少なくでき,もって発
電コストを低減することができる。
【0014】【発明の効果】以上の説明より明らかな如く本発明に
よれば,原動機発電装置に風力発電機を組み合わせたハイブリッド発
電システムにおける系統の安定性を格段に向上することが出来る。」
(イ)以上によれば,甲2公報には,「離島の電源として好適な,風力発
電機とディーゼルエンジン等の原動機で駆動される発電機と二次電池と
を組み合わせたハイブリッド発電システムにおいて,発電電力及び負荷
変動に対する電力系統の安定性を保つため,電力系統の周波数を検出し
て,二次電池の電力系統との間での充放電を制御することで,発電電力
の供給が過多の場合及び過少の場合のいずれにおいても,電力系統の供
給バランスを調整するため,可逆変換器を制御する構成」が記載されて
いる。
ウ認定できる周知技術の内容
上記ア及びイに照らすと,電力系統の需給のバランス状態を系統の周波
数によって検知し,周波数変化に対して発電電力を増減制御してバランス
を図ることができること(したがって,発電電力が供給過多となる場合に
発電電力を減少させることを含む。)は,本件優先日時点における,風力
発電を含む電力系統の技術分野においての周知の技術であるものと認めら
れる。
なお,前記ア及びイに照らすと,甲4文献及び甲2公報とも,周波数を
許容範囲内に収めることを目標とするものではあるものの,周波数が許容
範囲を超えて上昇した場合についてどのように対処するかは何らの記載も
なく,また,後記エ(イ)のとおり,許容範囲を超えた場合の制御の方法は,
取決め等により適宜設定されるものであるし,その方法が,周波数を許容
範囲内に収めるための制御方法と技術的思想を異にしているわけでもない
ことに照らすと,周波数が許容範囲を超えて上昇した場合に一切制御を行
わない(それを予定していない)ものと断ずることはできない。
むしろ,乙2文献(甲4文献と同一の書籍である。)の「2章電力系
統の運用」の「2.1.2周波数制御」の箇所には,周波数偏差を許容
範囲内に収める電力系統の周波数制御において,「標準周波数に対し±0.
1~0.2Hz以内に収めることを目標として」おり(883頁。前記ア
(ア)c),「50Hz系統と60Hz系統は周波数変換装置を介して連係し
ており,周波数が0.4Hz以上下がったときは健全系統から融通応援す
る仕組みになっている」(885頁)ことが記載されていることや,乙3
公報(1頁左下欄5~13行,1頁右下欄13行~2頁左上欄1行,5頁
左下欄17行~6頁右上欄7行)に,電力系統の周波数の許容変動幅を0.
1Hzとしている際に,0.1Hz以上の周波数変動が生じて,周波数が
増大した場合に,発電機出力を減少させ,周波数を降下させることが記載
されていることなどに照らしてみれば,周波数を許容範囲内に収めるよう
に制御する技術というものは,周波数を一定範囲内に止めるように制御す
ることのみを意味するのではなく,周波数が一定範囲を超えた場合に直ち
に調整を行い,それを一定の範囲内に戻すようにする制御も含むものと解
することができるから,このことからしても,周波数を許容範囲内に収め
る制御と,周波数が許容範囲を超えた場合の制御とを峻別しようとするこ
とには疑問がある。
以上指摘した点を考慮すると,上記周知技術は,周波数が許容範囲内に
ある場合のみを想定するものではないというべきである。
エ原告の主張について
(ア)a原告は,審決による原告主張審決認定周知技術の認定は,甲4文
献及び甲2公報の記載の一部(電力系統の周波数の増加に応じた発電
電力の低減制御)のみを抽出し,当該制御と密接に関連する事項(周
波数の許容範囲内での制御)を捨象して,当該文献の開示の範囲を超
えて,周波数の許容範囲外での制御にまで一般化・抽象化したもので
あるなどと主張する(前記第3の4(1)イ(ア)a)。
しかし,前記3(5)や4(1)ウにおいて説示したところに照らすと,
原告の上記主張は採用することができない。
b原告は,乙2文献及び乙3公報は,審決の認定判断の基礎とされて
いない新た技術的事項を導入するものであるから,証拠として採用さ
れるべきではないとか,乙2文献及び乙3公報の記載はいずれも前記
ウの周知技術を認定するための根拠とならないなどと主張する(前記
第3の4(1)イ(ア)b)。
しかし,乙2文献及び乙3公報は,上記のとおり,審決において認
定された周知技術ないしは技術常識の存在及びその内容を認定するた
めに用いるものであるから,証拠として採用し得ないものではない。
そして,前記aにおいて説示したところに照らすと,甲4文献及び
甲2公報に,乙2文献及び乙3公報の記載事項を合わせることにより
前記ウの周知技術を認定することは十分に可能であるというべきであ
る。
原告は,乙2文献には,周波数が低下した場合の制御しか触れられ
ていない上,その具体的な制御方法(発電機の出力の制御方法)も記
載されていないとか,乙3公報の記載は,周波数が許容範囲内を超え
た場合の制御についてしか触れていないから参考にならないなどと主
張しているが,周波数を許容範囲内に止めるための制御と周波数が許
容範囲を超えた場合の制御とを峻別したりする理由はないことは既に
説示したとおりであるし(前記2(3)及び4(1)ウ),具体的な制御方法
の記載がないとの点も,前記ウの周知技術の認定においては,飽くま
で周波数を上昇させるための措置をとるかどうかを問題としているの
にすぎない以上,上記認定を妨げるものではない。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ)原告は,甲4文献及び甲2公報から認定できる周知技術においては,
周波数が許容範囲を逸脱した場合には,風力発電機が電力系統(電気ネ
ットワーク)から分離される旨主張する(前記第3の4(1)イ(イ))。
しかし,乙2文献の「2.2送変電系統の運用」の「2.2.1
日常の送変電系統の運用」の記載(886,887頁)によれば,電力
系統に連係した発電装置は,特定の自主操作ができるとしても,基本的
には連係された電力系統運用規定や協定等に則る給電指令に基づいて運
転を行うものである。そうすると,電力系統の供給過多の場合に,連係
している発電装置(発電者)のどれをどのように運転(抑制・停止)す
るかについても,それら運用規定や協定等で取り決める事項であると解
される。したがって,連係している発電装置(発電者)の解列(分離)
のタイミングは,原則として上記のような取決め・契約等によって設定
される側面が強いものと解されるし,設定するタイミングも「許容範囲」
の上限に限られず様々であると解される。そして,風力発電においてこ
れを別異に解するべき事情もうかがえない。
この点,原告は,本件優先日当時の電力系統運用規定や協定等により,
系統周波数がその基準値をしきい値だけ上回るとき,すなわち,系統周
波数がその許容範囲の上限を上回るとき,風力装置は電力系統(電気ネ
ットワーク)から直ちに解列されていた旨主張する(前記第3の4(1)
イ(イ))が,仮に原告の上記主張が事実であるとしても,これも上記の
取決め等によるものにすぎない以上,前記ウの周知技術のような制御を
なし得ないことを示すものではないのであるから,上記周知技術が存在
するとの認定を妨げるものではない(若干付言すると,原告は,系統事
故等の電力ネットワークの異常時には,風況に応じてその出力が変化す
る風力装置は攪乱要因になるので分離されていたと主張するところ,確
かにそのような面があるであろうことは否定することはできない。しか
し,周波数が許容範囲を超えたからといって,直ちに「系統事故等の電
力ネットワークの異常」が生じたということはできないことや,後記5
(1)において説示するとおり,本件優先日当時には,ピッチ角の制御に
より,風力装置の出力を制御する技術が確立されていたと認められるこ
とからすれば,周波数が許容範囲を超えた場合には,風力装置は直ちに
分離されるのが本件優先日当時の技術常識であったと考えることはでき
ないところである。)。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(2)容易想到性の判断について
ア判断
前記(1)ア(ア)の甲4文献の記載に照らすと,電力系統における交流電
力の状態を表す指標としての電圧及び周波数は,電力制御のパラメータと
しては周知のものであると認められる。このことは,本願明細書【001
4】及び引用例【0023】において,電力系統に供給する電力を低減制
御するに際し,制御装置に入力されるパラメータとして,現在のネットワ
ーク(配電網)電圧及びネットワーク(配電網)周波数が含まれているこ
とからも明らかである。
そして,上記同箇所の甲4文献の記載に照らすと,周波数・電圧が一定
であることが望ましいことは技術常識であると認められる。そうすると,
装置により電力を電力系統に供給する際には,電圧のみならず周波数も監
視し制御することは,当業者にとって当然のことであり,これは甲1発明
においても同様であると解される。加えて,前記2(1)ア及び上記のとお
り,甲1発明においても,配電網の周波数を踏まえている(【請求項5】,
【0015】,【0023】)ことにも照らすと,甲1発明に,前記(1)ウ認
定の周知技術を付加することは当業者にとって容易に想到し得るものと認
められる。
さらに,本願発明と甲1発明とでは電力制御の基準となる値が周波数か
電圧かで異なるものの,いずれも一定の定数を基準とするものである点で
同一である上に,制御する対象も,供給電力という同一の対象なのである
から,当業者において,甲1発明における電圧を基準とする電力の量の低
減方法を,周波数を基準として行うことは容易に想到し得ることであると
いえる。
そうすると,甲1発明に前記(1)ウ認定の周知技術を付加することによ
り相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者にとって容易であ
るというべきである。
イ原告の主張について
(ア)原告は,①甲4文献及び甲2公報から認定できる周知技術は,電力
系統の周波数の許容範囲内で伝統的発電機の出力を増減するものである
から,甲4文献及び甲2公報から認定できる周知技術を引用発明に付加
しても,相違点1に係る本願発明の構成に容易に想到することはできな
い,②引用発明に甲4文献及び甲2公報から認定できる周知技術を適用
すると,風力装置は,周波数が基準値をしきい値だけ上回れば,電気ネ
ットワークから分離されることとなるから,相違点1の構成とはならな
いし,仮に,周波数が許容範囲を逸脱した場合にも風力装置が電気ネッ
トワークから分離されないと解したとしても,この場合,審決の認定す
る周知技術では発電機がどのように制御されるか不明である旨主張する
(前記第3の4(2)イ(イ))。
しかし,甲4文献及び甲2公報から認定できる周知技術が,電力系統
の周波数の許容範囲内で伝統的発電機の出力を増減するものであるとは
いえないことは,前記(1)ウにおいて説示したとおりである。
また,周波数が基準値をしきい値だけ上回ったときに,風力装置が電
気ネットワークから分離されるかどうかは取決め等によることは前記
(1)エ(イ)において説示したとおりであり,したがって,原告の上記主
張を根拠として甲1発明に前記(1)ウ認定の周知技術を付加することが
技術的に困難なものであるとはいえない。
さらに,風力装置が電気ネットワークから分離されない場合の発電機
の制御方法につき,甲1発明における方法と同様の方法を採用すること
が容易であることは前記ア説示のとおりである。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ)原告は,周波数は電気ネットワーク(電力系統全体)で同様に変動
するのに対し,電圧は個々の配電網(電力系統の一部)毎に別様に変動
するのが通常であるから,個々の配電網において,周波数の変動と電圧
の変動が常に一致するということはあり得ず,電気ネットワークにおけ
る電力の状態を表す指標としての電圧と周波数は単純に付加できるもの
ではなく,むしろ,当該付加には阻害要因がある旨主張する(前記第3
の4(2)イ(ウ))。
しかし,個々の配電網において,周波数の変動と電圧の変動が常に一
致するものではないとしても,甲1発明に前記(1)ウ認定の周知技術
(及び後記5(1)ウ認定の慣用手段)を付加しても制御をなし得ると解
されることは後記5(2)イ(エ)説示のとおりである。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ)原告は,①本願発明と引用発明とでは,制御の基準が電圧と周波数
とで異なっている,②甲4文献及び甲2公報から認定できる周知技術は,
電力系統(配電網)の周波数が許容範囲内にある場合には,伝統的発電
装置の出力が電力系統の需給状態をバランスするよう調整され,電力系
統の周波数が許容範囲外にある場合については開示がないものであるか
ら,本願発明と原理的制御手法において一致しない,③審決認定引用発
明(前記第2の3(1))においては,配電網電圧が基準値をしきい値だ
け上回る場合,所定の調整によって電気ネットワークに供給される電力
の量を低減させるのに対し,甲4文献及び甲2公報から認定できる周知
技術は,電力系統(配電網)の周波数が許容範囲内にある場合に,伝統
的発電装置の出力が電力系統の需給状態をバランスするよう調整するだ
けであって,周波数が許容範囲外にある場合については開示がなく,原
理的制御手法において一致しないし,引用発明(前記第3の1(2))に
おいても,配電網電圧が上方しきい値と下方しきい値の間(許容範囲内)
にある場合,当該風力装置の出力は調整されないのに対し,甲4文献及
び甲2公報から認定できる周知技術においては,電力系統(配電網)の
周波数が許容範囲内にある場合には,伝統的発電装置の出力が電力系統
の需給状態をバランスするよう調整されるから,やはり原理的制御手法
において一致するものではなく,さらに,引用発明では,配電網6の電
圧が下側しきい値(VLT)により規定される値と上側しきい値(VUT)
により規定される値の間にある場合,配電網6への供給電力は一定に維
持されるところ,仮に,単純に,電圧を周波数に置き換えると,周波数
の許容範囲内において,配電網6への供給電力が一定に維持されるとい
う制御手法が導かれるのに対し,甲4文献及び甲2公報に記載された技
術の場合,周波数の許容範囲内において,電力系統への供給電力が増減
されるから,電圧と周波数の相違を無視したとしても,引用発明の制御
手法は,甲4文献及び甲2公報に記載された技術の制御手法と一致しな
いなどと主張する(前記第3の4(2)イ(エ))。
しかし,上記①の主張を採用することができないことは前記アのとお
りである。また,前記(1)ウ及びエ(ア)において説示した点に照らすと,
上記②の主張も採用することができない。
上記③の主張は,煎じ詰めれば周波数の許容範囲内における調整と,
許容範囲外における調整は違うという考え方を前提とするものであると
ころ,この主張を採用することはできず,甲4文献及び甲2公報に記載
された技術は,周波数が許容範囲を超えた場合の調整をも想定している
ものと理解することができることは既に説示したとおり(前記4(1)ウ)
である。したがって,甲1発明と前記4(1)ウ認定の周知技術とは原理
的制御方法が一致しないから,前者に後者を付加することはできないと
いう原告の主張は採用することができない。
よって,原告の上記各主張はいずれも採用することができない。
(エ)原告は,周波数は電気ネットワーク(電力系統全体)で同様に変動
するのに対し,電圧は個々の配電網(電力系統の一部)ごとに別様に変
動するのが通常であるから,電気ネットワークにおける電力の状態を示
す指標としての電圧と周波数は単純に付加できるものではないとか(前
記第3の4(2)イ(ウ)),本願発明においては,周波数が,電気ネット
ワークにおける需給バランスの指標として監視されるのに対し,甲1発
明は配電網の需給バランスを図ることを目的としているわけではないし,
甲1発明が監視の対象としている電圧も,電気ネットワークにおける需
給バランスの指標として利用することはできない(同(オ))などと主張
する。
しかし,そもそも,本願発明の内容及び本願明細書の記載を参照して
も,供給電力が不足した場合の制御の方法は記載されていないのである
から,本願発明が供給電力の不足する場合も含め電力系統の需給バラン
スを図ることを目的とするものであるかは不明である(後者の主張につ
いて)。
また,この点をおくとしても,本願発明及び甲1発明とも,基準値
をしきい値だけ上回れば電気ネットワークに供給される電力の量を低
減する点では共通する制御を行っていることは明らかである。そし
て,前記3(2)において説示したとおり,本願発明も甲1発明も,比較
的小規模な電気ネットワーク(ないし配電網)を対象としている(少
なくとも,それをも対象としている)ところ,このように比較的小規
模な電気ネットワークにおいては,周波数と電圧が概ね同様の挙動を
示すものと考えられることや,前記2(3)において説示したとおり,甲
1発明も配電網の電圧の状況に応じて配電網に供給される電力を調整
することが記載されていることを併せ考慮すれば,甲1発明に,甲4
文献及び甲2公報から認定できる周知技術を付加する動機付けは十分
にあるものと考えるべきであり,原告の主張は失当である。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
5取消事由5(相違点2に関する判断の誤り)について
【図2】
(1)慣用手段の認定について
ア甲3公報
(ア)甲3公報には以下の記載がある(甲3)。
「【0002】
【従来の技術】
・・・
【0003】次に従来のDC(直流)リンク方式による風力発電装置
の概要を図3(判決注・省略)に基づいて説明するに,DCリンク方式
は,ACリンク方式の欠点である風16の変動等が直接系統への出力の
変動となることを抑制することを目的に,コンバータ4とインバータ1
1からなるDCリンク機構25内に蓄電池9を設け,該DCリンク機構
25によって発電機18によって発電されたAC電力を前記コンバータ
4によってDC変換した後,更にインバータ11によりDCからACに
変換して電力系統に供給するが,その発電機18によって発電された電
力が過多の場合は一旦蓄電池9に貯蔵し,その後交流に変換して電力系
統に供給するように構成されている。
【0004】図2にかか
るDCリンク方式の従来の
制御技術を示す。風力発電
機側に設けられた風速計1
からの風速信号Fをもとにピッ
チ角制御器14がピッチ角信号
ピッチ角(P1)を出す。
【0005】ピッチ角制御器
14によるピッチ角制御方法を
【図5】
図5に基づいて説明するに,図5(A)のグラフの実線では,定格風速
に達するまでは,あらかじめ最大能力を出す様ピッチ角P1を一定αに
設定し,又,定格風速を越えた場合は,ピッチ角P1を徐々に-90°
側に振ることにより,定格以上の発電機出力を防止する様に設定されて
いる。図5(B)はブレード17とピッチ角P1の関係を説明する図で,
ピッチ角P1が-90°ではブレード17と風向きが平行となってブレ
ード17は回転せず,一方ピッチ角P1:αで最大能力を出すピッチ角
P1となる。
【0006】図2に戻り,風速計1からの風速信号Fはピッチ角制御
器14とともに,発電機18の出力指令制御器2に入力され,該出力指
令制御器2でトルク制御信号Trを出し,トルク制御器3がコンバータ
4に対し一定トルクを保つようにすべり信号等S1を使って駆動周波数
を制御する。すなわち駆動トルクが大きすぎる場合に駆動周波数を上昇
させ,大きくなっているすべり信号等S1をトルク制御信号Trに追従
させ,発電機18側のブレード17の回転数を上げる等の制御により,
出力制御器2では予定のトルク信号等Trが得られない場合に適宜修正
制御を行なう。
【0007】一方インバータ11は電圧制御器10によって制御され,
系統への出力電圧12が一定になるように運用される。また一時的に蓄
電池9に電力を蓄えることによって,風16等の変動による系統への出
力変動は少なくなるように制御している。
【0008】【発明が解決しようとする課題】かかる図2に示す従来
のDCリンク方式の制御技術では,図6(判決注・省略)に示すように,
電力需要W2が風力発電装置の出力W1より小さくなる領域wでは供給
過多となり,その供給過多中蓄電池9への充電を行うために,その供給
過多が長期化すると,蓄電池9の容量を超える不具合があり,この為従
来は図2に示すように,コンバータのAC出力側にヒータ27への放電
する等の蓄電した電力を放出する回路が必要となり,コスト的なデメリ
ットが大きい。
【0009】本発明はかかる従来技術の欠点に鑑み,電力の需給バラ
ンスが供給過多に陥った場合でも,ピッチ角P1を効率良く制御するこ
とにより,ヒータ等の電力を放出する回路を用いることなく需給バラン
スを行なうことが出来,極めてコスト的に有利となる風力発電装置の発
電量制御方法を提案することを目的とする。
【0010】
【課題を解決するための手段】本発明は,ヒータ27等を使った電力
放出回路を廃止する手段として,前記風力発電機側のブレード17のピ
ッチ角P1を調節することにより余分な電力を発生させない方法を提
案するものである。即ち本発明は,風力発電機出力を直流に変換したの
ち,必要に応じ蓄電池に貯蔵しながら,交流に変換して電力系統に供給
する風力発電装置において,前記電力系統への出力が過多になり,発電
機出力を一時的に蓄電する蓄電池9の電圧Vが所定圧以上に上昇した場
合に,該蓄電池電圧Vに基づいて前記風力発電機側のブレード17のピ
ッチ角P1を調節することにより発電量を減少させ発電機の出力を自動
調整することを特徴とする。」
「【0020】【発明の効果】以上記載のごとく本発明によれば,風力
計1からの風速信号Fによってピッチ角制御器14を作動させるだけで
はなく蓄電池電圧信号Vによっても作動量を制御することによって,電
力の需給バランスが供給過多に陥った場合でも,ピッチ角を使って出力
制限が可能となり,この結果ヒータ27等の需給をバランスさせるため
の機器が不要となり極めてコスト的に有利となる。」
(イ)以上によれば,甲3公報には,従来のDCリンク風力発電装置にお
いては,出力の変動を少なくするために,定格風速に達するまでは,あ
らかじめ最大能力を出すようにピッチ角を一定に設定し,また,定格風
速を越えた場合は,ピッチ角を徐々に-90°側に振ることにより,定
格以上の発電機出力を防止するように調整されるなどし,さらに,イン
バータが電圧制御器によって制御され,系統への出力電圧が一定になる
ように運用されるが,発電機によって発電された電力が過多の場合は,
一旦蓄電池に貯蔵し,風等の変動による系統への出力変動を少なくする
という制御もなされていたところ(【0003】~【0007】),風力
発電装置による電力が供給過多の間,蓄電池への充電を行うために,そ
の供給過多が長期化すると,蓄電池の容量を超える不具合があるため,
コンバータのAC出力側にヒータへの放電をする等の蓄電した電力を放
出する回路が必要となり,コスト的なデメリットが大きいという課題が
あったこと,甲3公報に記載された発明は,この課題を解決するために
(【0008】),風力計からの風速信号によってピッチ角を制御するの
みでなく,蓄電池の電圧が所定値以上に上昇した場合に,ピッチ角を調
節することにより発電量を減少させ,ヒータ等の電力を放出する回路を
用いることなく需給バランスを行なうこととしたこと(【0009】,
【0010】,【0020】)が記載されているものと認められる。
イ乙1公報
(ア)乙1公報には以下の記載がある(乙1)。
「【0002】【従来の技術】風力エネルギーを利用する風力発電は清浄
なエネルギーを使用するために,昨今取沙汰される地球環境問題の改善
や,エネルギー源小国である日本でのエネルギー自給率の向上に貢献で
きる。しかし,この風力エネルギーはどこにでもあるものの,エネルギ
ー密度が低く,また経時的変動が大きいという欠点がある。
【0003】一般に,風力発電機は,原出力装置として風力エネルギ
ーにより回転される風車や,この風車の回転を増速する増速装置や,発
電機,及びそれらの制御装置等により構成されている。このような風力
発電機では,変動の大きい風力エネルギーを入力としながらも,一定回
転数が要求される発電機が出力に使用されているために,エネルギー密
度が低く且つ変動の大きい風力エネルギーから如何程のエネルギーを取
得するか,またその変動にどれだけ追従できるかが重要な課題となる。
【0004】このような変動に対して従来は,風車の羽根のピッチ角
制御や電気的な周波数制御が行われている。このうち,ピッチ角制御は
各羽根の風に対する取付角,即ち風向に対する羽根の投影面積の制御角
を制御することであり,具体的には風車からの出力(風車の回転数)が
低減したときには風を受ける面積若しくは風の流動抵抗を増大するよう
にピッチ角を制御し,風車からの出力(風車の回転数)が増大した時に
は風を受ける面積若しくは風の流動抵抗を減少するようにピッチ角を制
御することで,風車の回転数を一定に保持し,また限界風速以上のとき
の羽根の破損を防止することができる。一方,前記電気的周波数制御で
は,可変速インバータ等によって出力の周波数特性を整えるように制御
する。」
(イ)以上によれば,乙1公報には,従来技術として,風力発電機の技術
分野において,風力エネルギーの変動に対応して,風車からの出力(風
車の回転数)が低減したときには風を受ける面積又は風の流動抵抗を増
大するようにピッチ角を制御し,風車からの出力(風車の回転数)が増
大したときには風を受ける面積又は風の流動抵抗を減少するようにピッ
チ角を制御することで,風車の回転数を一定に保持することが記載され
ている(【0004】)。そして,このような制御が必要とされるのは,
出力に使用される発電機につき一定回転数が要求されているためである
から(【0003】),上記の制御は発電機の出力の調整を目的としたも
のであるということができる。
ウ慣用手段の認定
以上によれば,風力装置を配電網に接続している状態で,電力の需給バ
ランスが供給過多に陥った場合,風力発電機側のブレードのピッチ角を調
節することにより発電量を減少させ発電機の出力を自動調整し,需要との
バランスを図ることは,本件優先日時点において,風力発電機の技術分野
における慣用手段であったものと認められる。
エ原告の主張について
(ア)原告は,甲3公報記載の技術は,同公報の公開日の約1年3月後で
ある本件優先日前の風力発電機の技術分野において慣用されていたとは
いえない旨主張する(前記第3の5(1)イ(ア))。
しかし,前記アのとおり,前記ウの事項は,甲3公報においても従来
技術として記載されている内容のものであるし,乙1公報の記載も併せ
考えると,前記ウの事項が本件優先日当時の慣用手段と認定することが
できる。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ)原告は,甲3公報は,電力の需給バランスが供給過多になっても直
ちにはブレードのピッチ調整は行わず,第一義的に,発電機の出力を蓄
電池に充電し,蓄電池の電圧が所定値以上に上昇した場合に初めてブレ
ードのピッチ調整により発電機の出力を調整する技術,すなわち,電力
の需給バランスが供給過多になっても蓄電池の電圧が所定値以上に上昇
するまでは「余分な電力」を発生させ続ける技術を記載しているにすぎ
ないとか,甲3公報記載の発明においては,蓄電池の存在や蓄電池の電
圧に基づく制御は,その課題を解決するために不可欠の構成要素である,
などと主張する(前記第3の5(1)イ(イ))。
しかし,甲3公報記載の発明において,発電量の低減(それによる需
給バランスの調整)は,ピッチ角の制御のみによって十分に達成可能な
のであって,蓄電池が存在しなければ達成することができないわけでは
なく,蓄電池の存在(及び蓄電池の電圧に基づく制御)は,むしろ,風
力装置の出力を無駄にしないための付加的構成(オプション)と理解す
べきものであると考えられる。したがって,蓄電池やその電圧に基づく
制御が,甲3公報記載の発明の不可欠の構成であるということはできず,
原告の主張は失当である。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ)原告は,乙1公報は,風力発電機の出力を一定に維持するために行
われることを開示するものであるから,ピッチ調整により風力発電機の
出力を低減する本願発明の特定の制御とは異なった方向の技術的思想を
開示するものである旨主張するが(前記第3の5(1)イ(ウ)),前記イに
おいて説示したとおり,乙1公報において,ピッチ角を制御し,風車の
回転数を一定に保持することは,発電機の出力の調整を目的としたもの
であるということができ,本願発明の技術思想とは異なったものである
ということはできないから,原告の上記主張は採用することができない。
(エ)原告は,本件優先日当時,電気ネットワーク(電力系統)の周波数
が基準値をしきい値だけ上回る場合(許容範囲の上限を超える場合),
風力装置は電気ネットワークから解列(分離)されていたから本件慣用
手段は本件優先日当時の慣用手段とはいえない,甲3公報記載の発明に
おいては,電力系統への出力の供給過多の場合でも,風力発電機は電力
系統から解列(分離)されていないことから,周波数が許容範囲内にあ
る場合の制御と解するべきであるから,周波数が許容範囲外の場合すな
わち基準値をしきい値だけ上回る場合の制御を開示するものではないな
どと主張する(前記第3の5(1)イ(エ))。
しかし,前記4(1)エ(イ)の説示のとおり,電気ネットワーク(電力
系統)の周波数が基準値をしきい値だけ上回る場合(許容範囲の上限を
超える場合),風力装置を電気ネットワークから解列(分離)するかど
うかは取決め等によるにすぎないことに照らすと,このことが前記ウの
慣用手段の認定の妨げになるものとはいえないし,甲3公報記載の発明
を原告主張のとおりに解釈すべき根拠となるものでもない。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(2)容易想到性の判断について
ア判断
前記(1)アのとおり,風力発電の発電機の制御においては,電力が供給
過多となった場合に,従来から種々の制御方法を組み合わせて使用し,こ
れに対処してきたものである。このことに,前記4(2)ア説示のとおり,
本願発明と甲1発明とでは電力制御の基準となる値が周波数か電圧かで異
なるものの,いずれも一定の定数を基準とした制御を行う点で同一である
上に,制御する対象も,供給電力という同一のものであることを併せ考え
ると,甲1発明に風力発電機の技術分野における前記(1)ウ説示の慣用手
段(本件慣用手段)を付加することで,相違点2に係る本願発明の構成と
することは,当業者が容易に想到し得たものと認められる。
イ原告の主張について
(ア)原告は,甲1発明は「ヒータ等の電力を放出する回路」を備えてお
らず,かつ,備える示唆もないから,甲1引用発明に本件慣用手段を付
加する動機付けがないとか,甲1発明において,コストの増大を招来す
る甲3公報記載の機械装置(ピッチ調整機構)を備える動機付けはない
などと主張する(前記第3の5(2)イ(ア))。
しかし,前記アにおいて説示したところに照らすと,甲1発明が「ヒ
ータ等の電力を放出する回路」を備えているかどうかにかかわらず,甲
1発明に本件慣用手段を付加することは当業者が容易に想到できたもの
というべきである。
また,甲1発明に本件慣用手段を付加すれば,そのためのコストが必
要となることは原告主張のとおりである。しかし,コストが必要となる
ことは,上記慣用手段を付加することが技術的に困難であることを示す
ものではない。そもそも,追加のコストを支出するかどうかの判断は技
術的側面以外の様々な要素によっても変わり得るものであり,本件慣用
手段を付加するコストを支出することが一般的に困難であるという事情
もうかがえない以上,甲1発明に本件慣用手段を付加することを当業者
が容易に想到し得ることに変わりはないというほかない。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ)原告は,甲1発明は配電網の需給バランスを図ることを目的とし
て風力装置の供給電力を制御する技術ではないから,需給バランスを
図る際に伴い得る余分な電力は発生せず,本件慣用手段を付加する動
機付けはない旨主張する(前記第3の5(2)イ(イ))。
しかし,前記4(2)イ(エ)において説示したところに照らすと,原告
の上記主張は採用することができない。
(ウ)原告は,本件慣用手段は,風力発電装置内で電力の需給バランスを
図ることを目的とした技術であるから,風力発電装置の外部にある電力
系統(電気ネットワーク)における電力の需給バランスを図ることを目
的として,本件慣用手段を甲1発明に適用する動機付けはない旨主張す
る(前記第3の5(2)イ(ウ))。
確かに,甲3公報の記載内容に照らすと,前記(1)ア記載の甲3公報
記載の発明は,風力発電機の出力である系統への出力と,風力発電機が
風力により発電する発電量との需給バランスをとるものであるというこ
とができる。
しかし,甲3公報記載の発明においても,系統への出力と風力発電機
が風力により発電する発電量との需給バランスをとる目的は,系統への
出力を一定とすることにあるのであって,これを電力系統の需給バラン
スを図るための調整と理解することもできないわけではないし,少なく
とも,それとは無縁の技術ということはできないはずである。他方,甲
1発明においても,配電網における需給バランスの調整は,結局のとこ
ろ,甲3公報記載の発明と同様に,発電装置から電力系統への出力の調
整によって行われている。このように,甲1発明と甲3公報記載の発明
とは,目的においても手段においても共通性を有しているということが
できるのであるから,甲1発明に前記(1)ウ認定の慣用手段を適用する
動機付けがないということはできず,原告の上記主張は採用することが
できない。
(エ)原告は,甲1発明に原告主張審決認定周知技術及び本件慣用手段を
付加して得られる発明は,電圧と周波数の両者について条件が成就した
とき発電機の出力を調整し,この電力の調整は「調整装置」による発電
機電圧の調整と「ピッチ角制御」によって行うものであるから,本願発
明とは構成ないし技術的思想が異なり,甲1発明に原告主張審決認定周
知技術及び本件慣用手段を付加することにより,当業者が本願発明の構
成に容易に想到することはできない旨主張する(前記第3の5(2)イ
(エ))。
しかし,前記4(1)において説示したとおり,電気ネットワークにお
ける交流電力の状態を表す指標としての電圧と周波数は,制御のための
入力パラメータとして周知であり,「電力系統の運用において,周波
数・電圧が一定となるように電力を供給するに際し,時々刻々変動する
需要と供給力との差を周波数変化としてとらえ,発電機の出力増減を実
施し,周波数変化を許容範囲内に収めるために周波数制御を行うこと」
が技術常識であることに照らすと,電力供給制御の基準として,周波数
を採用するのか,電圧を採用するのか,あるいは周波数と電圧の両方を
採用するのかは,需要家等から求められる電力系統の安定度等も考慮し
つつ,周波数・電圧が一定となるように電力を供給するために当業者が
適宜選択し得るものと認められる。
しかも,甲1発明に前記4(1)ウ認定の周知技術と前記(1)ウの慣用手
段をそれぞれ付加した構成においても,周波数に基づいて系統への供給
電力を制御することは当然に可能であるところ,前記3(2)説示のとお
り,甲1発明は比較的小規模の配電網を対象としており,そこでは,周
波数と電圧が概ね同様の挙動を示すと考えられる以上,電圧と周波数の
指標のいずれに基づいて制御を行うかは,必要に応じて当業者が適宜選
択すべきものであるといえる。そして,このように考えれば,甲1発明
に周知技術や慣用手段を付加して想到し得るのは,電圧の調整とピッチ
角制御を併用した電力の調整のみであるとする原告の主張も,疑問であ
るといわざるを得ない。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
6まとめ
その他,原告が種々主張する点はいずれも以上の認定判断を左右するもので
はない。
以上によれば,当裁判所の認定した引用発明の内容は,審決が認定した内容
(その内容は,第2の3(1)に記載のとおり。)と異なっており,この点におい
て審決の認定には誤りがあるというほかないが(したがって,相違点2の認定
についても同様である。),正しく認定した引用発明(甲1発明)から本願発明
を容易に想到できることは前記4及び5において認定したとおりであるから,
本願発明は引用例に記載された発明等に基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができたものであるとした審決の結論に誤りはなく,したがって,上記の審
決の引用発明の認定の誤り等は,審決の違法をもたらすほど重大なものではな
いというべきである。
第6結論
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官鶴岡稔彦
裁判官大西勝滋
裁判官神谷厚毅

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弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
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採用担当宛