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平成28年8月30日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成27年(ワ)第23129号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成28年6月9日
判決
原告富士フイルム株式会社
同訴訟代理人弁護士根本浩
松山智恵
同補佐人弁理士白石真琴
被告株式会社ディーエイチシー
同訴訟代理人弁護士山順一
山田昭
今村憲
酒迎明洋
同訴訟復代理人弁護士増田昂治
同補佐人弁理士杉村純子
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙被告製品目録記載1及び2の製品(以下,それぞれを「被告製
品1」,「被告製品2」といい,これらを「被告製品」と総称する。)を生産
し,譲渡し,貸し渡し,輸入し,又は譲渡若しくは貸渡しの申出をしてはなら
ない。
2被告は,被告製品を廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成27年8月25日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,発明の名称を「分散組成物及びスキンケア用化粧料並びに分散組成
物の製造方法」とする特許権を有する原告が,被告に対し,被告による被告製
品の製造販売が特許権侵害に当たると主張して,①特許法100条1項及び2
項に基づく被告製品の生産等の差止め及び廃棄,②民法709条,特許法10
2条2項に基づく損害賠償金1億円(内金請求)及びこれに対する不法行為の
後の日(訴状送達の日の翌日)である平成27年8月25日から支払済みまで
民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨に
より容易に認められる事実)
(1)当事者
原告は,機能性化粧品の製造,販売等を業とする株式会社である。
被告は,化粧品の輸出入,製造,販売等を業とする株式会社である。
(2)原告の特許権
ア原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特
許」と,その特許出願の願書に添付された明細書を「本件明細書」という。)
の特許権者である。
特許番号第5046756号
出願日平成19年6月27日(特願2007-169635号)
登録日平成24年7月27日
発明の名称分散組成物及びスキンケア用化粧料並びに分散組成物の製造
方法
イ本件特許権の特許請求の範囲請求項1,3及び4の記載はそれぞれ次の
とおりである(以下,請求項1の発明を「本件発明1」,請求項3の発明
を「本件発明3」,請求項4の発明を「本件発明4」といい,これらを「本
件発明」と総称する。)。
(ア)本件発明1
「(a)アスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及びリ
ン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;
(b)リン酸アスコルビルマグネシウム,及びリン酸アスコルビル
ナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体;並
びに
(c)pH調整剤
を含有する,pHが5.0~7.5のスキンケア用化粧料。」
(イ)本件発明3
「更にトコフェロールを含む,請求項1又は請求項2に記載のスキン
ケア用化粧料。」
(ウ)本件発明4
「更にグリセリンを含む,請求項1~請求項3のいずれか1項記載の
スキンケア用化粧料。」
ウ本件発明は,以下の構成要件に分説される(以下,それぞれの構成要件
を「構成要件1-A」などという。)。
(ア)本件発明1
1-A(a)アスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及
びリン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;
1-B(b)リン酸アスコルビルマグネシウム,及びリン酸アスコル
ビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸
誘導体;並びに
1-C(c)pH調整剤
1-Dを含有する,pHが5.0~7.5のスキンケア用化粧料。
(イ)本件発明3
3-A更にトコフェロールを含む,
3-B請求項1又は請求項2に記載のスキンケア用化粧料。
(ウ)本件発明4
4-A更にグリセリンを含む,
4-B請求項1~請求項3のいずれか1項記載のスキンケア用化粧
料。
(3)原告による化粧品の販売等
ア原告は,平成19年1月15日,商品名を「エフスクエアアイイ
ンフィルトレートセラムリンクルエッセンス」とするアスタキサン
チンを含有する化粧品(以下「原告旧製品」という。)の発売を開始した。
イ「(省略)」と題するインターネット上のウェブサイトに,同年6月1
4日,原告旧製品に含有される全成分のリストが掲載された(乙6。以下,
上記リストが掲載されたウェブページを「乙6ウェブページ」という。)。
(4)被告の行為等
被告は,平成26年3月6日から,被告製品の製造及び販売をしている。
被告製品は,いずれもアスタキサンチンを含有する化粧品である。被告製
品1は約0.008質量%,被告製品2は約0.025質量%のクエン酸を
それぞれ含有している(乙1の1及び2,5)。
2争点
(1)構成要件1-C「pH調整剤」の充足性
被告は,被告製品が構成要件1-A,1-B,1-D,3-A及び4-A
を充足することは争っていない。また,被告製品が構成要件1-Cを充足し
ないとすれば,構成要件3-B及び4-Bも充足しないことになる。
(2)無効理由の有無
被告は,本件特許には次のア~ウの各無効理由があり,特許無効審判によ
り無効にされるべきものであるから,原告は本件特許権を行使することがで
きない(特許法104条の3第1項)と主張している。
ア乙6ウェブページに掲載された発明(以下「乙6発明」という。)に基
づく進歩性欠如
イ「アスタキサンチン」と題するオリザ油化株式会社発行のカタログ(乙
12。以下「乙12カタログ」という。)に記載された発明(以下「乙1
2発明」という。)に基づく進歩性欠如
ウバイオジェニック株式会社の「AstabioAW0.5」の商品ラベ
ル(乙19の1。以下「乙19ラベル」という。)に記載された発明(以
下「乙19発明」という。)に基づく進歩性欠如
(3)損害の額
3争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(構成要件1-C「pH調整剤」の充足性)について
(原告の主張)
本件発明の「pH調整剤」とは一般にpHを調整するために用いられるも
のであればよく,これにはクエン酸が含まれるから(本件明細書の段落【0
065】),クエン酸を含む被告製品は構成要件1-Cを充足する。
被告は,①「pH調整剤」とはpHが5.0~7.5の範囲外にあるもの
をこの範囲内にするために用いられる調整剤をいうところ,被告製品に含ま
れるクエン酸はこのような機能を有していないこと,②「pH調整剤」の含
有量は段落【0066】で定められた範囲にある必要があるところ,被告製
品に含まれるクエン酸は上記範囲の下限値を大きく下回ること,③被告製品
のクエン酸は収れん剤として使用していることなどから,被告製品は構成要
件1-Cを充足しない旨主張する。しかし,①については,本件発明は「p
H調整剤」を含有することを規定するのみであって被告が主張するような限
定は設けられていないし,pH調整剤にはpHを変更する作用のみならず製
剤のpHを適切な値に保つという作用があり,pHを5.0~7.5の範囲
内に保つものもpH調整剤に当たる。②については,本件明細書には「pH
調整剤」の含有量の違いによって特定の成分が「pH調整剤」にならないと
の記載はない。③については,収れん剤としての機能とpH調整剤としての
機能は両立し得るものであるから,収れん剤として機能することはpH調整
剤でないことを意味しない。
(被告の主張)
本件発明がpHの範囲の数値指定にとどまらず,あえて「pH調整剤」を
構成要件としていること,本件明細書の記載(段落【0008】,【000
9】,【0062】,【0064】~【0066】,【0069】)などか
らすると,「pH調整剤」(構成要件1-C)とはpHの値を構成要件1-
Dで定められている5.0~7.5の範囲にするために用いられる調整剤で
あり,これを欠いた場合にはpHを上記範囲とすることができないものをい
い,その含有量が段落【0066】で定められている範囲(0.1質量%~
1.5質量%)内にあるものをいうと解すべきである。また,原告は,拒絶
理由通知に対し,平成24年6月7日付け意見書(乙4)を提出しているが,
上記意見書において,本件発明の組成物のpHを5.0~7.5の範囲に調
整することは引用文献に開示されていない事項である,特定の成分を組み合
わせた後にpHを特定範囲に調整したものが本件発明であることなどを主
張していたことからしても,「pH調整剤」は上記のように解釈されること
になる。
そして,被告製品に含まれるクエン酸の含有量を0としても,被告製品の
pHの値は5.0~7.5の範囲内にあるから(乙2),上記クエン酸は「p
H調整剤」として機能していない。また,被告製品に含まれるクエン酸の含
有量は,段落【0006】で定められた範囲の下限値を大きく下回る。さら
に,被告製品におけるクエン酸は,肌を引き締め整えるための収れん剤とし
て使用されているものであり,pHを調整するために用いられていない。し
たがって,被告製品は構成要件1-Cを充足しない。
(2)争点(2)(無効理由の有無)について
ア乙6発明に基づく進歩性欠如
(被告の主張)
(ア)乙6ウェブページの内容は本件特許の出願前に電気通信回線を通
じて公衆に利用可能となっていたところ,クエン酸がpH調整剤に該当
するとすれば,乙6ウェブページには以下の内容の乙6発明が掲載され
ている。
「アスタキサンチン含有物であるヘマトコッカスプルビアリス油,ポ
リグリセリン脂肪酸エステル及びレシチンやリゾレシチンを含むエマ
ルジョン粒子,リン酸アスコルビルマグネシウム,クエン酸のpH調
整剤,トコフェロール並びにグリセリンを含む美容液」
(イ)本件発明と乙6発明を対比すると,本件発明のpHの値は5.0~
7.5の範囲であるのに対し,乙6発明のpHの値は特定されていない
点で相違し,その余の点で一致する。
(ウ)乙6ウェブページにはpHの値が開示されていないから,これに接
した当業者は,そこに記載されている成分を含む化粧料のpHを調整し
てその安定性,安全性を確保するということを当然の課題として認識す
る。そして,化粧品のpHの調整が化粧品の安定化につながること(乙
9の1及び2),化粧品のpHが一般的に弱酸性(pH4程度)~弱ア
ルカリ性(pH8程度)の範囲内にあること(乙8の1~6,22)は
いずれも技術常識であるから,安定性及び安全性の観点から化粧品のp
Hの値を弱酸性~弱アルカリ性の範囲内で調整することは周知である。
そもそも,化粧品の開発において適切なpH範囲を選択し決定すること
は,化粧品が皮膚に塗布するものである以上必須の過程である(乙8の
3,4及び6,9の1及び2,27)。
そうすると,化粧品である乙6発明の安定化を図るためにそのpHの
値を弱酸性~弱アルカリ性の範囲内である5.0~7.5に調整するこ
とは,当業者であれば当然に実施する程度の数値範囲の最適化にすぎず,
その範囲も化粧品が通常有するpHとして何ら特異なものでないから,
上記相違点に係る構成に至ることは容易である。したがって,本件発明
は進歩性を欠く。
(エ)原告は,①リン酸アスコルビルマグネシウムは酸性~中性の範囲に
おいて不安定な成分であるから,これを含む乙6発明のpHの範囲を5.
0~7.5とすることに阻害要因がある,②本件発明は乙6発明と比較
して顕著な効果を奏すると主張する。上記①については,リン酸アスコ
ルビルマグネシウムは酸性~中性の範囲において不安定でないこと(乙
10の2,11),リン酸アスコルビルマグネシウムを酸性下で使用す
る化粧品が存在すること(乙24~26,28,29)などからすれば,
阻害要因となり得ない。上記②については,本件明細書の実施例1~3
の測定結果(【表4】~【表6】)は,化粧品のpHを化粧品分野にお
ける技術常識の範囲内で調整することにより経時安定性が向上したこと
を裏付けるものにすぎないから,pHが5.0~7.5の範囲において
のみ顕著な効果を奏するということはできない。
(原告の主張)
(ア)乙6ウェブページには原告旧製品に係る全成分のリストが掲載さ
れているから,乙6ウェブページに接した当業者は乙6ウェブページに
記載されているものは原告旧製品であると認識する。そして,原告旧製
品のpHは7.9~8.3であるから,乙6発明は乙6ウェブページに
掲載されている全ての成分を含み,pHが7.9~8.3である美容液
と認定すべきである。
(イ)本件発明と乙6発明を対比すると,本件発明のpHの値は5.0~
7.5の範囲であるのに対し,乙6発明のpHの値は7.9~8.3の
範囲である点で相違し,その余の点で一致する。
(ウ)乙6ウェブページは本件特許の出願日の約5か月前に発売された
原告旧製品の成分に関するものであるところ,化粧品に高い安定性(通
常室温状態で3年を超えて安定した品質)が求められることは周知であ
るから,乙6ウェブページに接した当業者は,原告旧製品について化粧
品に求められる高いレベルの安定性試験により安定性が確認されたもの
であると認識するのであって●(省略)●アスタキサンチンの安定化に
着目した手法として,安定性に寄与し得る多様な抗酸化剤等の加除や量
の増減,遮光性容器やポンプ式容器等への容器の変更,包接体の利用,
アスタキサンチン自体の誘導体化等の様々なものがあること(甲25~
27),ある化粧品のpHを変更するためには,その変更が悪影響を及
ぼさないか否かを,当該化粧品に含まれている全ての成分につき,それ
ぞれ検証,確認することが必要になることなどからすれば,上記課題を
解決するために様々な選択肢の中からpHの変更を選択することは容易
になし得ない。これらに加えて,乙6発明はリン酸アスコルビルマグネ
シウムを含む化粧品であるところ,リン酸アスコルビルマグネシウムは
酸性~中性の範囲で不安定な成分であることが技術常識であること(甲
30~32,50~55)から,乙6発明のpH(7.9~8.3)を
酸性側である5.0~7.5に変更することには積極的な阻害要因があ
ったというべきである。また,化粧品の適切なpHの範囲は,各化粧品
が有する組成に応じてそれぞれ異なるものであり,各化粧品固有の適切
なpHの範囲を選択することは,容易になし得るものでない。
本件発明は,pHを5.0~7.5の範囲とすることによって,●(省
略)●アスタキサンチンの安定性の大幅な向上という顕著な効果を奏す
るものである(本件明細書の【表4】,【表5】)。
したがって,本件発明は進歩性を有する。
イ乙12発明に基づく進歩性欠如
(被告の主張)
(ア)乙12カタログは本件特許の出願前に頒布された刊行物であると
ころ,乙12カタログには以下の内容の乙12発明が記載されている。
「ヘマトコッカス抽出物,グリセリン脂肪酸エステル,レシチン,抽
出トコフェロール,グリセリンを含み,少なくともヘマトコッカス藻
抽出物から抽出・精製したアスタキサンチンを乳化させた水溶性の液
体である化粧品」
(イ)本件発明と乙12発明を対比すると,①本件発明がポリグリセリン
脂肪酸エステルを含有するが,乙12発明がグリセリン脂肪酸エステル
を含有する点,②本件発明がリン酸アスコルビルマグネシウム及びリン
酸アスコルビルナトリウムからなる群より選ばれる少なくとも1種のア
スコルビン酸誘導体を含有するが,乙12発明がこれらを含むかどうか
不明な点,③本件発明がpH調整剤を含み,pHの範囲を5.0~7.
5としているが,乙12発明がpH調整剤を含むかどうか,及びpHの
範囲が不明な点で相違し,その余の点で一致する。
(ウ)上記相違点①については,化粧料の乳化剤としてグリセリン脂肪酸
エステルとポリグリセリン脂肪酸エステルは等価なものとして使用され
ているから(乙16の1~6),乙12発明においてグリセリン脂肪酸
エステルに代えてポリグリセリン脂肪酸エステルを用いることは,当業
者が容易になし得ることである。上記相違点②については,アスタキサ
ンチンは経時安定性が良好でなかったところ,アスタキサンチンを含む
化粧料の経時安定性を確保するためにリン酸アスコルビルマグネシウム
の添加が有効であることが開示されていたから(乙15の1),乙12
発明のアスタキサンチンを含む化粧水の経時安定性を向上させるために
リン酸アスコルビルマグネシウムを配合することは容易である。上記相
違点③については,前記ア(被告の主張)と同様の理由で容易想到であ
る。したがって,本件発明は進歩性を欠く。
(エ)原告は,上記相違点①~③に加えて,④本件発明がスキンケア用化
粧料であるのに対し,乙12発明が化粧品などに用いる原料である点も
相違点になると主張する。この点については,乙12発明を化粧品に用
いることができることは明らかであるから,これをスキンケア用化粧料
とすることは当業者が容易になし得る。したがって,上記④の点が相違
点になるとしても,本件発明は進歩性がない。
(原告の主張)
(ア)乙12カタログに開示されている水溶性の液体は化粧品に配合さ
れる原料にすぎず,スキンケア用の化粧品でないから,本件発明と乙1
2発明の相違点は,被告が主張する相違点①~③に加えて,④本件発明
がスキンケア用化粧料であるのに対し,乙12発明が化粧品などに用い
る原料である点となる。
(イ)上記相違点①については,グリセリン脂肪酸エステルとポリグリセ
リン脂肪酸エステルは化粧品の乳化剤として区別して用いられる成分で
あることは明らかであり,いずれを用いるのかにより全く異なる化粧品
が得られるから,単なる材料の置換,設計変更には当たらない。上記相
違点②については,乙15の1には単なるアスタキサンチン分散物に対
してリン酸アスコルビルマグネシウムの添加が有効であることは記載さ
れていない。上記相違点③については,前記ア(原告の主張)と同様の
理由で容易に想到し得ない。上記相違点④については,乙12発明の化
粧品用水溶液は冷蔵保存が必要であり,それ自体は室温等で安定な水溶
液でなく,本件発明の課題(カロテノイド含有油性成分を含み,保存安
定性に優れた分散組成物及びこれを用いたスキンケア用化粧料を提供す
ること)の解決手段を把握することはできない。また,本件発明は,乙
12発明と比較して顕著な効果を奏する。したがって,本件発明は進歩
性がある。
ウ乙19発明に基づく進歩性欠如
(被告の主張)
(ア)乙19ラベルは本件特許の出願前に頒布された刊行物であるとこ
ろ,乙19ラベルには以下の内容の乙19発明が記載されている。
「アスタキサンチン,グリセリン,グリセリン脂肪酸エステル,抽出
トコフェロール,酵素分解レシチンを含み,乳化した水溶液である食
品添加物であるが,かかる材料は,化粧品用の材料として使用できる
組成物」
(イ)本件発明と乙19発明を対比すると,前記イ(被告の主張)(イ)①
~③の点で相違し,その余の点で一致する。上記相違点①~③について
は,前記イ(被告の主張)(ウ)のとおり,いずれも当業者が容易に想到
し得るから,本件発明は進歩性を欠く。
(ウ)原告は,上記相違点①~③に加えて,④本件発明がスキンケア用化
粧料であるのに対し,乙19発明が食品添加物である点も相違点になる
と主張する。この点については,乙19ラベルのパンフレット(乙19
の2)には乙19発明が化粧品にも使用できる旨の記載があるから,容
易想到である。したがって,上記④が相違点になるとしても,本件発明
は進歩性がない。
(原告の主張)
乙19ラベルは,本件特許の出願日前に頒布された刊行物に当たらな
い。
仮に当たるとしても,乙19ラベルに開示されているのは食品添加物で
あり,スキンケア用の化粧品でないから,被告が主張する相違点①~③に
加えて,④本件発明がスキンケア用化粧料であるのに対し,乙19発明が
食品添加物である点も相違点となる。そして,上記相違点①~④について
は,前記イ(原告の主張)(イ)のとおり,いずれも当業者が容易に想到し
得ないから,本件発明は進歩性を有する。
(3)争点(3)(損害の額)について
(原告の主張)
平成26年3月から平成27年8月までの1年5か月間における被告製
品の売上げは6億8000万円を下らず,その利益率は20%と考えられる
から,被告は被告製品の販売により少なくとも1億3600万円の利益を得
た。したがって,原告は同額の損害を被った(特許法102条2項)。
(被告の主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(構成要件1-C「pH調整剤」の充足性)について
(1)原告が被告製品に含まれるクエン酸が「pH調整剤」に当たると主張する
のに対し,被告は,上記クエン酸は被告製品のpHを5.0~7.5の範囲
にするものでなく,その量もごく微量であるから,「pH調整剤」に当たら
ないと主張するので,以下検討する。
本件発明は,アスタキサンチン等を含むエマルジョン粒子(構成要件1-
A),リン酸アスコルビルマグネシウムなどのアスコルビン酸誘導体(同1
-B),pH調整剤(同1-C),トコフェロール(同3-A)及びグリセ
リン(同4-A)を含有するスキンケア用化粧料(同1-D)に係る発明で
あるところ,特許請求の範囲の文言上,「pH調整剤」の具体的な内容につ
いては記載がなく,本件明細書には「pH調整剤としては,一般にこの用途
で用いられるものであればいずれも該当し」との記載がある(段落【006
5】)。これらのことからすれば,「pH調整剤」とは,その字句のとおり,
pHを調整する剤をいうと解するのが相当である。
そして,クエン酸は本件明細書においてpH調整剤として例示されている
ところ(段落【0065】),証拠(乙2)及び弁論の全趣旨によれば被告
製品からクエン酸を取り除くとpHが大きく(被告製品1において約0.6,
同2において約0.7)変化することが認められ,被告製品に含まれるクエ
ン酸はpHを調整する機能を有しているということができる。したがって,
被告製品は構成要件1-Cを充足するというべきである。
(2)これに対し,被告は,①特許請求の範囲や本件明細書の記載,原告が本件
特許の出願経過で提出した意見書(乙4)の内容からすれば,「pH調整剤」
とはpHの値を構成要件1-Dで定められている5.0~7.5の範囲にす
るために用いられる調整剤であり,これを欠いた場合にはpHを上記範囲と
することができないものをいうと解すべきである,②「pH調整剤」の含有
量は本件明細書の段落【0066】で定められている範囲(0.1質量%~
1.5質量%)内にある必要がある,③被告製品のクエン酸は収れん剤とし
て使用しているなどとして,被告製品は構成要件1-Cを充足しない旨主張
するが,後記ア~ウのとおり,いずれも採用することができない。
ア上記①について
まず,特許請求の範囲の記載をみるに,本件発明は,pH調整剤を含む
スキンケア用化粧料であって,そのpHの値を5.0~7.5の範囲に限
定したものであるが(構成要件1-C,1-D),被告が主張するような
pH調整剤の有無とpHの関係について定めはない。また,本件明細書の
記載(段落【0009】,【0062】,【0064】~【0066】,
【0069】)をみても,本件発明のスキンケア用化粧料(分散組成物)
は水分散物,水性組成物及びpH調整剤を混合することによって得られる
ものであって,最終的にpHの値が5.0~7.5の範囲にあれば足りる
と解されるのであり,本件明細書にpH調整剤を欠いた場合におけるpH
の値についての記載はない。さらに,原告が提出した上記意見書(乙4)
にも,このような記載は見当たらない。これらのことからすれば,「pH
調整剤」の意義につき,被告が主張するように解釈することはできないと
いうべきである。
イ上記②について
特許請求の範囲には,本件発明のスキンケア用化粧料に含まれるpH調
整剤の量についての定めはない。また,本件明細書には「本発明における
エマルジョン含有組成物におけるpH調整剤の含有量は,分散組成物のp
Hを前述した範囲にするために必要な量であればよく・・・一般に,分散
組成物全体に対して,0.1質量%~1.5質量%の範囲にあり,より好
ましくは0.5質量%~1.0質量%の範囲である。」との記載があるが
(段落【0066】),これは一般的なpH調整剤の含有量として0.1
質量%~1.5質量%を記載したにすぎず,pH調整剤の種類によって適
宜調整できるものと解される。したがって,本件発明の「pH調整剤」の
含有量が上記範囲内でなければならないということはできない。
ウ上記③について
前記(1)で説示したとおり,被告製品1及び2に含まれるクエン酸がpH
を調整する機能を有していることからすれば,被告が主張するように上記
クエン酸が収れん剤として機能するものであるとしても,このことは構成
要件1-Cの「pH調整剤」の充足性判断の結論に影響しないというべき
である。
(3)したがって,被告製品はいずれも本件発明の各技術的範囲に属するものと
認められる。
2争点(2)ア(乙6発明に基づく進歩性欠如)について
(1)乙6発明と本件発明の一致点及び相違点
ア乙6ウェブページは本件特許の出願前である平成19年6月14日に
インターネット上で公開されたものであるから(乙6,弁論の全趣旨),
乙6ウェブページに掲載された乙6発明は日本国内において電気通信回
線を通じて公衆に利用可能となった発明(特許法29条1項3号)に当た
る。
そして,証拠(乙6)及び弁論の全趣旨によれば,乙6発明は,水,グ
リセリン,クエン酸(本件発明の「pH調整剤」に相当する。),リン酸
アスコルビルマグネシウム,オレイン酸ポリグリセリル-10(同「ポリ
グリセリン脂肪酸エステル」に相当する。),ヘマトコッカスプルビアリ
ス油(同「アスタキサンチン」に相当する。),トコフェロール,レシチ
ン(同「リン脂質」に相当する。)等の35の成分を含む美容液(同「ス
キンケア用化粧料」に相当する。)に関する発明であり,このうちオレイ
ン酸ポリグリセリル-10,ヘマトコッカスプルビアリス油及びレシチン
はエマルジョン粒子となっているものであると認められる。
そうすると,本件発明と乙6発明は,本件発明のpHの値が5.0~7.
5の範囲であるのに対し,乙6発明のpHの値が特定されていない点で相
違し,その余の点で一致する。
イこれに対し,原告は,当業者は乙6ウェブページに掲載されている内容
は原告旧製品の全成分であると認識するところ,原告旧製品のpHの値は
7.9~8.3であるから,本件発明と乙6発明の相違点は,本件発明の
pHの値が5.0~7.5の範囲であるのに対し,乙6発明のpHの値が
7.9~8.3の範囲である点となる旨主張する。
そこで判断するに,原告の上記主張は,原告旧製品自体の成分を検査す
ればpHの値を知ることができるというにとどまるものであって,本件の
関係証拠上,技術常識を踏まえてみても乙6ウェブページに掲載されてい
る内容自体からpHが7.9~8.3であると導くことができるとは認め
られない。したがって,乙6発明においてpHの値は特定されていないと
解するのが相当であって,原告の上記主張を採用することはできない。
(2)相違点の容易想到性
ア後掲の証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(ア)化粧品(医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に
関する法律2条2項の「医薬部外品」及び同条3項の「化粧品」に当た
るもの)の基本的かつ重要な品質特性としては,安全性,安定性,有用
性,使用性が挙げられ,化粧品の設計に当たっては,まず配合薬剤の基
剤中における安定性に留意する必要がある。薬剤の安定化にはpH,温
度,光,配合禁忌面から同時に配合する成分の影響を把握しておくこと
が重要となる。安定化の方法としては,酸素を断つ方法や酸化防止剤の
配合,pH調整剤,金属イオン封鎖剤の配合や最適配合量の水準,不純
物質の除去,生産プロセスにおける温度安定性の工夫,原料レベルでの
安定な保管などの方法がある。化粧水等の化粧品の品質検査項目として
は,外観や匂い等の官能検査,pH,比重,透明度,粘度,有効成分等
の定量試験などの項目があり,化粧品の安定化を図るためにpH調整剤
を用いることやpHを測定することは一般的に行われている。(乙9の
1及び2,27)
(イ)皮膚に直接塗布する化粧品のpHは,皮膚への安全性を考慮して,
弱酸性(約pH4以上)~弱アルカリ性(約pH9以下)の範囲で調整
される。実際に市販されている化粧品については,そのpHが人体の皮
膚表面のpHと同じ弱酸性の範囲(pH5.5~6.5程度)に設定さ
れているものも多い。(乙8の1~6,22)
イ上記の認定事実によれば,化粧品の安定性は重要な品質特性であり,化
粧品の製造工程において常に問題とされるものであるところ,pHの調整
が安定化の手法として通常用いられるものであって,pHが化粧品の一般
的な品質検査項目として挙げられているというのであるから,pHの値が
特定されていない化粧品である乙6発明に接した当業者においては,pH
という要素に着目し,化粧品の安定化を図るためにこれを調整し,最適な
pHを設定することを当然に試みるものと解される。そして,化粧品が人
体の皮膚に直接使用するものであり,おのずからそのpHの値が弱酸性~
弱アルカリ性の範囲に設定されることになり,殊に皮膚表面と同じ弱酸性
とされることも多いという化粧品の特性に照らすと(前記ア(イ)),化粧
品である乙6発明のpHを上記範囲に含まれる5.0~7.5に設定する
ことが格別困難であるとはうかがわれない。
そうすると,相違点に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到
し得るものであると解するのが相当である。
ウこれに対し,原告は,①乙6ウェブページは原告旧製品に関するもので
あり,●(省略)●その解決手段としては様々なものがあるから,pHを
調整するという手段を選択することは容易になし得ない,③乙6発明に含
まれるリン酸アスコルビルマグネシウムはpHが酸性~中性の範囲で不
安定な成分であることが技術常識であったから,pHの値を酸性側である
5.0~7.5に変更することには積極的な阻害要因があった,④本件発
明はpHを5.0~7.5の範囲とすることで●(省略)●アスタキサン
チンの安定性の大幅な向上という顕著な効果を奏したなどとして,本件発
明は進歩性を有する旨主張する。
そこで判断するに,まず,上記①及び②については,前記イで説示した
とおり,安定性は化粧品の製造工程において常に問題とされる化粧品の品
質特性であり,pHの調整が安定化のための一般的な手法であることから
すれば,乙6ウェブページに掲載されている成分リストが販売開始から間
もない原告旧製品のものであるとしても,当業者が化粧品の安定性の確
保,向上という課題を全く認識しないということはできないし,pHの調
整という手法を採用することが困難であったということもできない。
次に,上記③については,原告は乙6発明のpHが7.9~8.3であ
ることを前提にこれを酸性側に変更することの阻害要因を主張するが,そ
のような前提を採ることができないことは前記(1)イのとおりである。こ
の点をおくとしても,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の出
願当時,(a)リン酸アスコルビルマグネシウム単体の水溶液については,
pHが8~9の弱アルカリ性の領域においては安定とされていたが,pH
が中性~酸性の範囲においては安定性に問題があるとされていたこと(甲
30~32,50~55),⒝リン酸アスコルビルマグネシウムを含む化
粧料について,弱酸性における安定性を改善する手法が検討されており
(甲31,50~52,61,乙10の2,25),実際にリン酸アスコ
ルビルマグネシウムを含有する弱酸性の化粧品が販売されていたこと(乙
28,29)が認められる。これら事実関係によれば,リン酸アスコルビ
ルマグネシウムに加え他の成分を含む化粧品については,弱酸性下におけ
る安定性の改善が試みられており,現に製品としても販売されていたので
あるから,原告が主張するリン酸アスコルビルマグネシウム単体の水溶液
が酸性下においてその安定性に問題があるという事情は,乙6発明の美容
液のpHを弱酸性の範囲に調整することの阻害要因とならないと解する
のが相当である。
上記④については,前記イで説示したとおり,pHの調整が化粧品の安
定性を高めるための手法として周知であったことからすると,本件発明の
実施例について吸光度の残存率の高さや性状変化の少なさといった経時
安定性の測定結果が良好であったとしても(本件明細書の【表4】~【表
6】),●(省略)●予測し得る範囲を超えた顕著な効果を奏するとは認
められない。
したがって,原告の上記主張①~④はいずれも採用することができない。
(3)まとめ
以上によれば,本件発明は乙6発明に基づいて容易に発明することができ
たものであるから,原告は本件特許権を行使することができない。
3結論
以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいず
れも理由がないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官長谷川浩二
裁判官藤原典子
裁判官中嶋邦人
別紙
被告製品目録
1DHCアスタキサンチンジェル(販売名DHCアスタジェル)
2DHCアスタキサンチンローション(販売名DHCアスタローション)

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