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裁判例


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主文
1処分行政庁渋谷区建築主事がオマーン国に対して平成18年7
月27日付けでした建築確認処分の効力は,本案事件(当庁平成
18年(行ウ)第653号建築認定処分取消等請求事件)の第1審
判決の言渡しまで停止する。
2申立人Aのその余の申立てを却下する。
3申立人Bの申立てをいずれも却下する。
4申立費用は,相手方に生じた費用の2分の1及び申立人Bに生
じた費用の全部を同申立人の負担とし,相手方に生じた費用の4
分の1及び申立人Aに生じた費用の2分の1を同申立人の負担と
し,申立人Aに生じた費用の2分の1及び相手方に生じた費用の
4分の1を相手方の負担とする。
事実及び理由
第1申立て
1処分行政庁渋谷区長がオマーン国に対して平成18年5月15日付けでした
東京都建築安全条例4条3項に基づく認定の効力は,本案事件(当庁平成18
年(行ウ)第653号建築認定処分取消等請求事件)の第1審判決の言渡しまで
停止する。
2主文第1項と同旨
第2事案の概要
1本件は,処分行政庁渋谷区長(以下「渋谷区長」という。)がオマーン国(以
下「オマーン」という。)に対して平成18年5月15日付けでした東京都建
築安全条例(昭和25年東京都条例第89号。以下「本件条例」という。)4
条3項に基づく認定(以下「本件認定」という。),及び処分行政庁渋谷区建築
主事(以下「渋谷区建築主事」という。)がオマーンに対して同年7月27日
付けでした建築基準法6条1項に基づく確認(以下「本件建築確認」という。)
に係る別紙建設予定建物目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の敷地
である別紙物件目録記載1の土地(以下「本件敷地」という。)の隣接地に存す
る同目録記載2の(1)の建物(以下「件外建物1」という。)の区分所有者であ
る申立人B,及び同目録記載2の(2)の建物(以下,「件外建物2」といい,件
外建物1と併せて「件外各建物」という。)の区分所有者である申立人Aが,本
件認定及び本件建築確認の各取消しを求める当庁平成18年(行ウ)第653号
建築認定処分取消等請求事件(以下「本件本案」という。)を提起した上,本
件認定及び本件建築確認により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があ
る旨主張して,行政事件訴訟法25条2項本文に基づき,本件認定及び本件建
築確認の各効力の停止を求める事案である。
2関係法令の定め
(1)外交関係に関するウィーン条約(昭和39年条約第14号。以下「外交関
係条約」という。)
ア1条
この条約の適用上,
(a)「使節団の長」とは,その資格において行動する任務を派遣国によ
り課せられた者をいう。
(b)「使節団の構成員」とは,使節団の長及び使節団の職員をいう。
(c)「使節団の職員」とは,使節団の外交職員,事務及び技術職員並び
に役務職員をいう。
(d)「外交職員」とは,使節団の職員で外交官の身分を有するものをい
う。
(e)「外交官」とは,使節団の長又は使節団の外交職員をいう。
(f)から(h)まで(省略)
(i)「使節団の公館」とは,所有者のいかんを問わず,使節団のために
使用されている建物又はその一部及びこれに附属する土地(使節団の長
の住居であるこれらのものを含む。)をいう。
イ3条
1使節団の任務は,特に,次のことから成る。
(a)接受国において派遣国を代表すること。
(b)から(e)まで(省略)
2(省略)
ウ14条
1使節団の長は,次の3の階級に分かたれる。
(a)国の元首に対して派遣された大使又はローマ法王の大使及びこれ
らと同等の地位を有する他の使節団の長
(b)国の元首に対して派遣された公使及びローマ法王の公使
(c)外務大臣に対して派遣された代理公使
2(省略)
エ31条
1外交官は,接受国の刑事裁判権からの免除を享有する。外交官は,ま
た,次の訴訟の場合を除くほか,民事裁判権及び行政裁判権からの免除
を享有する。
(a)接受国の領域内にある個人の不動産に関する訴訟(その外交官が
使節団の目的のため派遣国に代わって保有する不動産に関する訴訟を
含まない。)
(b)外交官が,派遣国の代表者としてではなく個人として,遺言執行
者,遺産管理人,相続人又は受遺者として関係している相続に関する
訴訟
(c)外交官が接受国において自己の公の任務の範囲外で行なう職業活
動又は商業活動に関する訴訟
2(省略)
3外交官に対する強制執行の措置は,外交官の身体又は住居の不可侵を
害さないことを条件として,1(a),(b)又は(c)に規定する訴訟の場
合にのみ執ることができる。
4外交官が享有する接受国の裁判権からの免除は,その外交官を派遣国
の裁判権から免れさせるものではない。
オ32条
1派遣国は,外交官…(略)…に対する裁判権からの免除を放棄すること
ができる。
2放棄は,常に明示的に行なわなければならない。
3外交官…(略)…が訴えを提起した場合には,本訴に直接に関連する反
訴について裁判権からの免除を援用することができない。
4民事訴訟又は行政訴訟に関する裁判権からの免除の放棄は,その判決
の執行についての免除の放棄をも意味するものとみなしてはならない。
判決の執行についての免除の放棄のためには,別にその放棄をすること
を必要とする。
カ41条
1特権及び免除を害することなく,接受国の法令を尊重することは,特
権及び免除を享有するすべての者の義務である。(以下省略)
2及び3(省略)
(2)国家及び国家財産の裁判権免除に関する国際連合条約(以下「国連裁判権
免除条約」という。)
ア2条
1この条約の適用上,
(a)「裁判所」とは,名称のいかんを問わず,司法機能を行使する権
限を有するあらゆる国家の機関をいう。
(b)「国家」とは,次のものをいう。
(i)国家及びその政府の各種の機関
(ii)国家の主権的権限の行使としての行為を行う権限を有し,その
資格で行為を行っている連邦国家の支邦又は国家の地方政府
(iii)国家の主権的権限の行使としての行為を行う権限を有し,実際
にそのような行為を行っている限りにおいて,国家の機関又は下部
機関若しくは他の実体
(iv)その資格において行動している国家の代表
(c)(省略)
2及び3(省略)
イ3条
1この条約は,次の任務を果たすことに関連して国際法に基づき国家が
享受する特権及び免除に影響を及ぼすものではない。
(a)国家の外交使節団,領事機関,特別使節団,国際機関に対する使
節団又は国際機関の組織若しくは国際会議に対する代表団,及び
(b)これらに所属する者
2及び3(省略)
ウ5条
国家は,国家自身及びその国家財産に関し,この条約の規定に従って,
他国の裁判所の裁判権からの免除を享有する。
エ6条
1国家は,自国の裁判所における外国国家に対する訴訟での裁判権行使
を差し控えることにより,第5条にいう国家の免除に効果を与えるもの
とし,その目的のために,自国の裁判所が第5条にいう当該外国国家の
免除の尊重を自発的に決定することを確保する。
2ある国家の裁判所での訴訟は,次の場合には,外国国家に対して提起
されたものとみなされる。
(a)当該外国国家がその訴訟の当事者とされる場合,又は
(b)当該外国国家がその訴訟の当事者とされてはいないが,その訴訟
が実質的に当該外国国家の財産,権利,利益又は活動に影響を及ぼす
ことを求めるものである場合
オ13条
関係国の間で別段の合意がない限り,国家は,次の決定に関係する訴訟
に対して管轄を有する外国の裁判所において,裁判権からの免除を援用す
ることができない。
(a)法廷地国に所在する不動産に関する国家の権利若しくは利益,国家
によるその占有若しくは使用,若しくは国家の利益から生じる若しくは
国家によるその占有若しくは使用から生じる当該国家の義務
(b)相続,贈与若しくは無主物により生じる動産若しくは不動産に関す
る国家の権利若しくは利益,又は,
(c)信託財産,破産者の財産若しくは解散した会社の財産のような財産
の管理に関する国家の権利若しくは利益
カ18条
国家の財産に対する差押,仮差押又は強制執行のような判決前のいかな
る強制措置も,次の場合であって,かつ次の限度による場合を除くほか,
外国の裁判所での訴訟に関連してとられてはならない。
(a)国家が,以下の方法により,指定された措置をとることに明示的に
同意している場合。
(i)国際協定
(ii)仲裁協定若しくは書面による契約,又は,
(iii)当事者間に紛争が生じた後での裁判所における宣言又は文書によ
る通知
(b)国家が当該訴訟の目的である請求を満たすために財産を割当て又は
指定した場合
キ19条
国家の財産に対する差押,仮差押又は強制執行のような判決後のいかな
る強制措置も,次の場合であって,かつ次の限度による場合を除くほか,
外国の裁判所での訴訟に関連してとられてはならない。
(a)国家が,以下の方法により,指定された措置をとることに明示的に
同意している場合。
(i)国際協定
(ii)仲裁協定若しくは書面による契約,又は,
(iii)当事者間に紛争が生じた後での裁判所における宣言又は文書によ
る通知
(b)国家が当該訴訟の目的である請求を満たすために財産を割当て又は
指定した場合,又は,
(c)当該財産が国家により特に政府の非商業的目的以外の目的のために
使用され又は使用されることが意図されており,かつ法廷地国の領域内
に存在することが立証されている場合。但し,訴訟の対象とされている
団体と関連を有する財産に対してのみ判決後の強制措置をとることがで
きる。
(3)本件条例
ア1条
建築基準法(以下「法」という。)第40条(…(略)…)による建築物
の敷地,構造及び建築設備並びに工作物に関する制限の附加,法第43条
第2項による建築物の敷地及び建築物と道路との関係についての制限の附
加,建築基準法施行令(…(略)…以下「令」という。)第128条の3第
6項による地下街に関する令と異なる定め並びに令第144条の4第2項
による道に関する令と異なる基準については,この条例の定めるところに
よる。
イ1条の2
第4条,第10条の2,第10条の3,第22条,第41条及び第82
条の規定は,都市計画区域及び準都市計画区域内に限り適用する。
ウ4条
1項延べ面積(同一敷地内に2以上の建築物がある場合は,その延べ面
積の合計とする。)が1000㎡を超える建築物の敷地は,その延べ面積
に応じて,次の表に掲げる長さ以上道路に接しなければならない。
延べ面積長さ
1000㎡を超え,2000㎡以下のもの6m
2000㎡を超え,3000㎡以下のもの8m
3000㎡を超えるもの10m
2項延べ面積が3000㎡を超え,かつ,建築物の高さが15mを超え
る建築物の敷地に対する前項の規定の適用については,同項中「道路」
とあるのは,「幅員6m以上の道路」とする。
3項前2項の規定は,建築物の周囲の空地の状況その他土地及び周囲の
状況により知事が安全上支障がないと認める場合においては,適用しな
い。
3前提となる事実
一件記録(ただし,本件本案の記録を含む。以下同じ。)によると,現段階
では,以下の事実を一応認めることができる。なお,認定の根拠となる疎明資
料についてはこれを各末尾に付記した。
(1)当事者等
ア申立人Bは,本件敷地の隣接地に存する件外建物1の区分所有者であり,
申立人Aは,同隣接地に存する件外建物2の区分所有者である。(疎甲4
の1及び2)
イ渋谷区長は,特別区における東京都の事務処理の特例に関する条例(平
成11年東京都条例第106号)に基づき,本件条例4条3項の認定に係
る権限を有するものである。
(2)本件認定及び本件建築確認の経緯等
アオマーンは,平成16年1月30日,本件敷地を買い受けて,その所有
権を取得した。(疎甲1)
イオマーンは,本件敷地上に大使館兼大使公邸兼大使館員住居として本件
建物を建築することを計画した。本件建物の概要は,別紙建設予定建物目
録記載のとおりであり,延べ床面積が6690.53㎡,高さが24.8
5mである。なお,現在,オマーン大使館は,東京都渋谷区α−××−1
1に在る。(疎甲13,疎乙1)
ウ「オマーン王国大使館駐日大使C」は,渋谷区長に対し,平成18年4
月12日,本件建物の建築主として,認定申請書を提出するという方法に
より,本件条例4条3項に基づく認定の申請をした(以下,この申請を
「本件申請」といい,上記認定申請書を「本件申請書」という。)。(疎
乙1)
エ渋谷区長は,「オマーン王国大使館駐日大使C」に対し,平成18年5
月15日付けで,本件認定をした。(疎甲2,疎乙2)
オ「オマーンスルタン国特命全権大使C」は,平成18年6月1日,「オ
マーンスルタン国特命全権大使C」を建築主とする本件建物に関する建築
計画概要書を渋谷区建築主事に提出した。建築基準法6条1項に基づく確
認の申請書は,同法施行規則別記第二号様式による正本及び副本に,それ
ぞれ同規則1条の3第1項に定める所定の図書を添えたもの並びに別記第
三号様式による建築計画概要書のほか,同項に定める所定の図書を添えた
ものとされている(同項)が,「オマーンスルタン国特命全権大使C」は,
渋谷区建築主事に対し,本件建物について建築基準法6条1項に基づく確
認の申請をしていない。(疎乙3,4)
カ渋谷区建築主事は,本件建物の建築主を「オマーンスルタン国特命全権
大使C」として,同人に対し,平成18年7月27日付けで,建築基準法
18条3項(同法6条の3第1項の規定により読み替えて適用される6条
1項)の規定に基づき本件建築確認をした。(疎甲3,13,疎乙3,
4)
キ申立人らほか2名は,渋谷区建築審査会に対し,平成18年8月7日,
本件認定及び本件建築確認の各取消しを求める審査請求をした。(疎甲
3)
ク渋谷区建築審査会は,平成18年11月9日付けで,上記キの審査請求
をいずれも棄却する旨の裁決をした。(疎甲3)
ケ申立人らは,平成18年11月29日,本件認定及び本件建築確認の各
取消しを求める本件本案に係る訴えを提起するとともに,本件認定及び本
件建築確認の各効力の停止を求める旨の本件申立てをした。
4争点
本件の争点は,①本件申立てについて我が国の裁判権が及ぶか,②本件認定
及び本件建築確認が行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公権
力の行使に当たる行為」(以下「処分」という。)に該当するか,③本件申立
てのうち本件認定の効力の停止を求める部分には申立ての利益があるか,④本
件が「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」(行政事件訴訟法25
条2項本文)に該当するか,⑤本件認定及び本件建築確認の各効力の停止が公
共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるか(同条4項),⑥本件本案につ
いて理由がないとみえるか(同項)である。
5当事者の主張
争点①,②,④及び⑥に関する申立人らの主張は,別紙1(行政処分執行停
止申立書写し),別紙2(行政処分執行停止申立書訂正申立書写し),別紙3
(本件本案の訴状の写し),別紙4(反論書写し)及び別紙5(反論書(2)写
し)記載のとおりである。
争点①,②及び④に関する相手方の主張は,別紙6(意見書写し)及び別紙
7(補正書写し)記載のとおりである。
第3当裁判所の判断
1争点①(本件申立てについて我が国の裁判権が及ぶか。)について
(1)まず,本件建物の建築主として本件認定及び本件建築確認の相手方となっ
たのはだれであるかということについて検討するに,①前記前提となる事実
によると,本件建物について建築主として本件条例4条3項に基づく認定の
申請をして本件認定を受けたのは,「オマーン王国大使館駐日大使C」であ
り,また,渋谷区建築主事に提出された本件建物に関する建築計画概要書に
おいて本件建物の建築主とされ,本件建築確認において本件建物の建築主と
されていたのは,「オマーンスルタン国特命全権大使C」であること,②前
記前提となる事実によると,本件建物は,オマーンの大使館兼大使公邸兼大
使館員住居としてその建築が計画されたものであり,その敷地である本件敷
地はオマーンの所有に属すること,③我が国においては,財務大臣の指定し
た外国国家の政府又は政府機関は,財務大臣の承認があれば,土地,建物の
全部若しくは一部又はこれに付属する設備を有効に取得することができ(外
国政府の不動産に関する権利の取得に関する政令(昭和24年政令第311
号。以下「本件政令」という。)2条,3条1項,4条),オマーンは財務
大臣の指定する国家の1つである(外国政府の不動産に関する権利の取得に
関する政令により財務大臣の指定する国(昭和27年大蔵省告示第1531
号)柱書き及び137)から,オマーンは,財務大臣の承認を受ければ我が国
において土地,建物の全部若しくは一部又はこれに付属する設備を有効に取
得することができる上,本件政令は,既存の土地,建物の全部若しくは一部
又はこれに付属する設備の取得には財務大臣の承認を要するが,自ら新築す
るという方法による建物の取得には財務大臣の承認を要するものとは定めて
いないから,オマーンは,財務大臣の承認がなくても本件建物の建築によっ
て本件建物の所有権を有効に取得することができること,④使節団の任務の
1つは,接受国において派遣国を代表することであり(外交関係条約3条1
(a)),大使は使節団の長である(外交関係条約1条(a))こと,⑤本件敷
地に掲げられた「建築計画のお知らせ」にも,建築主は「オマーンスルタン
国」と表示されていることを総合すると,オマーン駐日大使Cは,個人とし
て建築主となり本件認定及び本件建築確認の相手方となったのではなくオマ
ーンを我が国において代表する者として行動し申請者等として表記されてい
たものというべきであって,本件建物の建築主は,オマーン駐日大使個人で
はなく,オマーンであると認めるのが相当であり,本件認定及び本件建築確
認の相手方も,オマーン駐日大使個人ではなく,オマーンであるというべき
である。
(2)ところで,オマーンは,本件建物の建築についてされた本件認定及び本件
建築確認の各取消しを求める本件本案の被告ではない。しかし,仮に,本件
認定及び本件建築確認がいずれも処分であり,本件本案においてこれらがい
ずれも取り消されると,オマーンは,本件建物を建築することができないこ
とになる。他方,オマーンがする本件建物の建築についてされた本件認定及
び本件建築確認の各取消しを求める本件本案が我が国の裁判権行使の対象と
ならないとすれば,そもそも本件本案において本件認定及び本件建築確認が
違法であるか否かを判断することはできず,本件申立てについて判断するこ
ともできないことになる。そこで,まず,本件認定及び本件建築確認の各取
消しを求める本件本案が我が国の裁判権行使の対象となるか否かについて検
討する。
(3)ア外国国家を相手方とする処分が違法であるか否か等が裁判手続において
争われる場合には,外国国家が我が国の民事裁判権又は行政裁判権に服す
るか否かを検討する必要がある。外国国家に対する民事裁判権及び行政裁
判権の免除に関しては,かつては,外国国家は,法廷地国内に所在する不
動産に関する訴訟など特定の場合や,自ら進んで法廷地国の民事裁判権又
は行政裁判権に服する場合を除き,原則として,法廷地国の民事裁判権又
は行政裁判権に服することを免除されるという考え方(以下「絶対免除主
義」という。)が広く受け入れられ,この考え方を内容とする国際慣習法が
存在していたものと解される。しかし,国家の活動範囲の拡大等に伴い,
国家の行為を主権的行為とそれ以外の私法的ないし業務管理的な行為とに
区分し,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為についてまで法廷地国
の民事裁判権及び行政裁判権を免除するのは相当でないという考え方(以
下「制限免除主義」という。)が徐々に広がり,現在では多くの国におい
て,制限免除主義に基づいて,外国国家に対する民事裁判権又は行政裁判
権の免除の範囲が制限されるようになってきている。これに加えて,平成
16年12月2日に国際連合第59回総会において採択された国連裁判権
免除条約も,制限免除主義を採用している。このような事情を考慮すると,
今日においては,外国国家は主権的行為について法廷地国の民事裁判権又
は行政裁判権に服することを免除される旨の国際慣習法の存在については,
これを引き続き肯認することができるものの,外国国家は私法的ないし業
務管理的な行為についても法廷地国の民事裁判権又は行政裁判権から免除
される旨の国際慣習法はもはや存在しないものというべきである。そして,
外国国家に対する民事裁判権及び行政裁判権の免除は,国家がそれぞれ独
立した主権を有し,互いに平等であることから,相互に主権を尊重するた
めに認められたものであるところ,外国国家の私法的ないし業務管理的な
行為については,我が国が民事裁判権又は行政裁判権を行使したとしても,
通常,当該外国国家の主権を侵害するおそれはないものと解されるから,
外国国家に対する民事裁判権及び行政裁判権の免除を認めるべき合理的な
理由はないといわなければならない。外国国家の主権を侵害するおそれの
ない場合にまで外国国家に対する民事裁判権及び行政裁判権の免除を認め
ることは,外国国家の私法的ないし業務管理的な行為によって損害を被る
おそれのある私人に対して,合理的な理由のないまま,司法的救済を一方
的に否定するという不公平な結果を招くことになる。したがって,外国国
家は,その私法的ないし業務管理的な行為については,我が国による民事
裁判権又は行政裁判権の行使が当該外国国家の主権を侵害するおそれがあ
るなど特段の事情がない限り,我が国の民事裁判権及び行政裁判権から免
除されないと解するのが相当である(最高裁平成11年(オ)第887号,
同年(受)第741号同14年4月12日第二小法廷判決・民集56巻4号
729頁,最高裁平成15年(受)第1231号同18年7月21日第二小
法廷判決・裁判所時報1416号8頁参照)。
そうすると,外国国家の行為が,主権的行為ではなく私法的ないし業務
管理的な行為であると認められる場合には,我が国による民事裁判権又は
行政裁判権の行使が当該外国国家の主権を侵害するおそれがあるなど特段
の事情がない限り,当該外国国家の行為について当該外国国家を相手方と
してされた処分が違法であるか否か等が裁判手続において争われれば,我
が国の裁判所は,これについて判断することができるものと解される。
イそして,主権的行為と私法的ないし業務管理的な行為との区別について
は,①外国国家の我が国の裁判権からの免除は,外国国家の主権を侵害し
ない限りで,外国国家との取引の相手方となった者又は外国国家に対して
された処分によって法律上不利益を被る者若しくはそのおそれのある者の
権利ないし利益についての裁判上の保護を図るという見地から,その範囲
を確定すべきものであること,②その範囲を確定するに当たっては,外国
国家の行為の目的ないし動機を基準にして区別しようとする見解は,その
行為を行った外国国家の認識の内容がその判断基準になるという点におい
て,判断が主観的なものとなるおそれがあること,③これに比べて,外国
国家の行為自体の法的性質を基準にして区別しようとする見解は,私人が
行うことができる行為と同様な行為であれば,私法的ないし業務管理的な
行為であって,裁判権免除の対象とはならず,国家のみが行い得る行為を
主権的地位に基づく統治作用としての公的行為としてとらえて裁判権免除
の対象とするもので,判断基準として客観的で優れたものであるというこ
とができること,④もっとも,一見私法的ないし業務管理的な行為であっ
ても,軍事,外交,立法,司法及び行政に関する権力の行使に密接に関係
してされたものである場合には,行為の法的性質だけから機械的に私法的
ないし業務管理的な行為と割り切って処理することが適当ではない場合が
あり得るものと考えられるから,主権的行為と私法的ないし業務管理的な
行為との区別において外国国家の行為の目的ないし動機を全く参酌しない
とするのは適当ではないが,上記②のおそれを考えると,外国国家の行為
の目的ないし動機を参酌するとしても,それは,当該外国国家の行為の法
的性質の判断に当たって,客観的に表示されている当該外国国家の行為の
動機ないし目的を加味して総合的に考慮して,当該外国国家の行為が私人
の行為と同様な行為であるか,それとも国家のみが行い得る行為であるか
という観点から判断するのが相当である。
(4)ア①我が国においては,建築基準法6条1項各号に掲げる建築物を建築す
ることは本来私人が自由にできることであること,②前記前提となる事実
のほか,一件記録(疎甲8,9,13,14,疎乙1)によると,(i)本件
建物は,平成18年10月に建築が開始され,同20年2月にしゅん工の
予定であり,完成後にはオマーンの大使館兼大使公邸兼大使館員住居とし
て使用される予定であり,本件申請書には,「建築物の主要用途」として
「大使館,大使公邸,大使館員住居」と記載されていたこと,(ii)しかし,
現在,オマーン大使館は,東京都渋谷区α−××−11に在ることが認め
られること,③そうすると,使節団の公館とは,所有者のいかんを問わず,
使節団のために使用されている建物又はその一部及びこれに附属する土地
(使節団の長の住居であるこれらのものを含む。)をいう(外交関係条約
1条(i))から,本件建物は,完成後には使節団の公館として使用される
目的で建築が計画され,現在建築中のものであるということができるもの
の,現時点においてはオマーンから日本国に派遣された使節団の公館では
ないこと,④使節団の公館が外国国家の我が国における外交活動の拠点で
あることにかんがみれば,外国国家が外交活動を行うために我が国におい
て使節団の公館に供するための建物を最初に取得する行為は,それが既存
の建物の購入や賃借であれ,新規に建物を建築することであれ,当該外国
国家の我が国における外交活動の一環であるということができ,その意味
において上記取得行為は当該外国国家のみが行い得ることであるというこ
とができるのに対し,既に我が国において使節団の公館に供するための建
物を取得してこれを利用している外国国家が,これに替えて別の建物を取
得する行為を直ちに外交活動の一環であるということは当然にはできない
のであり,これを外交活動の一環であると認めるべき諸事情とあいまって
初めて当該外国国家のみが行い得ることであるということができるところ,
本件全疎明資料を精査しても,オマーンが本件建物を建築することを直ち
にオマーンの外交活動の一環であると認めるべき諸事情の存在はうかがわ
れないのであり,したがって,オマーンが本件建物を建築することは,オ
マーンという外国国家のみが行い得る行為ではなく,私人が行うのと同様
の行為であると認めるのが相当である。
そうすると,オマーンは,本件建物を建築することがオマーンの主権的
行為であることを理由に,本件認定及び本件建築確認が違法であるか否か
が争われている本件本案において,我が国の民事裁判権及び行政裁判権か
ら免除されるべきであるということはできない。
イ(ア)また,法廷地国内に所在する不動産に関する訴訟は,絶対免除主義
の下においても,法廷地国の裁判権に服するものと解されているが,こ
れは,当該不動産に関する訴訟において問題となっている権利関係の内
容が不動産を直接に支配するものであるという点において法廷地国の領
土主権と抵触することから,法廷地国の領土主権を尊重して,法廷地国
内に所在する不動産に関する訴訟については法廷地国の裁判権に服する
ものとされていることによるのである。そうすると,法廷地国の裁判権
に服するものとされる法廷地国内に所在する不動産に関する訴訟とは,
外国国家の所有に係る不動産を直接目的とする権利関係の訴訟をいうも
のと解するのが相当である。
また,我が国においては,財務大臣の指定した外国国家の政府又は政
府機関は,財務大臣の承認がなければ,土地,建物の全部若しくは一部
又はこれに付属する設備を有効に取得することはできない(本件政令2
条,3条1項,4条)が,本件政令は,外国国家が既存の土地,建物の
全部若しくは一部又はこれに付属する設備を取得する場合には財務大臣
の承認を要するものと定めているものの,外国国家が自ら建築するとい
う方法によって建物を取得する場合には財務大臣の承認を要するものと
は定めてないから,外国国家は,財務大臣の承認がなくても建物の建築
によって当該建物の所有権を有効に取得することができるというべきで
ある。そうすると,法廷地国内に所在する不動産に関する訴訟にいう不
動産とは,既に外国国家が所有している土地,建物の全部若しくは一部
又はこれに付属する設備のほか,外国国家が建築中の建物を含むものと
解するのが相当である。
なお,外交関係条約31条1(a)の括弧書きでは,外交官が使節団の
目的のため派遣国に代わって保有する不動産に関する訴訟には裁判権免
除が認められる旨定めているが,これは,世界各国の中には法律で外国
国家に不動産の取得を許さない旨定める国があり,その場合には当該外
国国家は自己の名義で不動産を取得することはできないので,その国に
派遣した使節団の長等の名義で不動産を取得することになるが,その場
合,名義上は外交官の不動産であっても,実質的には当該外交官を派遣
した外国国家の所有に係る不動産であることから,当該不動産に関する
事件は,接受国の裁判権から免除されるのが相当であるとして規定され
たものであると解することができる。そうすると,この規定によっても,
外国国家の所有に係る不動産のうち使節団の目的のために現に使用され
ているものに関する訴訟は,法廷地国内に所在する不動産に関する訴訟
から除外されるけれども,そのように現に使節団の目的のために使用さ
れている不動産以外のものに係る訴訟については,裁判権免除の対象と
はならないものと解するのが相当である。
(イ)そうすると,本件建物は,完成後には使節団の公館として使用され
る目的で建築が計画され,現在建築中のものであるということができる
ものの,現時点においてはオマーンから日本国に派遣された使節団の公
館は別に存在しているというのであるから,本件本案は,オマーンが建
築中の本件建物を直接目的とする権利関係に関する訴訟に当たるという
ことができ,法廷地国である我が国の民事裁判権及び行政裁判権から免
除されないというべきである。
(5)以上によると,オマーンは,本件認定及び本件建築確認が違法であるか否
かが争われている本件本案において,我が国の民事裁判権及び行政裁判権か
らの免除を受けるものではないというべきである。
2争点②(本件認定及び本件建築確認が処分に該当するか。)について
(1)行政事件訴訟法25条2項本文は,「処分の取消しの訴えの提起があった
場合において,…(略)…裁判所は,申立てにより,決定をもって,処分の効
力…(略)…の全部又は一部の停止…(略)…をすることができる。」と規定し
ているから,処分の効力の停止が認められるためには,本案訴訟として行政
事件訴訟法3条2項に規定する処分の取消しの訴えが提起され係属している
ことが前提要件とされている。そして,処分の効力の停止が原告勝訴の場合
を予想して原告の権利又は利益の保護を目的とするものであることを考慮す
れば,本案訴訟である処分の取消しの訴えは,適法な訴えであることを要す
るものというべきである。
ところで,処分の取消しの訴えは,処分の取消しを求める抗告訴訟であり
(同項),抗告訴訟の対象である処分とは,公権力の主体たる国又は公共団
体が行う行為のうち,その行為によって,直接相手方の権利義務を形成し又
はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される
(最高裁昭和37年(オ)第296号同39年10月29日第一小法廷判決・
民集18巻8号1809頁参照)。そうすると,処分の取消しの訴えにおい
て取消しを求められているものが上記のような抗告訴訟の対象である処分に
当たらない場合には,当該処分の取消しの訴えは,抗告訴訟の対象とならな
いものを対象としている点において不適法な訴えということになり,当該処
分の取消しの訴えの係属を前提とする処分の効力停止の申立ても不適法であ
るということになる。
(2)ア建築基準法6条1項及び6項,7条1項,4項及び5項並びに9条1項
によると,建築主が同法6条1項各号に掲げる建築物を建築しようとする
場合において当該工事に着手する前に建築主事に提出した確認の申請書に
係る計画が建築基準関係規定(建築基準法並びにこれに基づく命令及び条
例の規定その他建築物の敷地,構造又は建築設備に関する法律並びにこれ
に基づく命令及び条例の規定で政令で定めるものをいう。)に適合するも
のであることを建築主事が確認することは,建築基準法6条1項各号に掲
げる建築物の建築の工事が着手される前に,当該建築物の計画が建築基準
関係規定に適合していることを公権的に判断する行為であって,それを受
けなければ上記工事をすることができないという法的効果が付与されてお
り,建築基準関係規定に違反する建築物の出現を未然に防止することを目
的としたものということができる(最高裁昭和58年(行ツ)第35号同5
9年10月26日第二小法廷判決・民集38巻10号1169頁参照)か
ら,そのような建築確認は,処分に当たるというべきである。
イまた,建築基準法によれば,建築物の敷地は原則として道路に2m以上
接しなければならず(43条1項),地方公共団体は,延べ面積が100
0㎡を超える建築物の敷地が接しなければならない道路の幅員,その敷地
が道路に接する部分の長さその他その敷地又は建築物と道路との関係につ
いてこれらの建築物の用途又は規模の特殊性により,同項の規定によって
は避難又は通行の安全の目的を十分に達し難いと認める場合においては,
条例で,必要な制限を付加することができ(同条2項),これを受けて定
められた本件条例によれば,延べ面積が1000㎡を超える建築物の敷地
は,その延べ面積に応じて定められた長さ以上道路に接しなければならず
(4条1項),延べ面積が3000㎡を超え,かつ,建築物の高さが15m
を超える建築物の敷地に対する前項の規定の適用については,同項中「道
路」とあるのは幅員6m以上の道路とする(同条2項)が,建築物の周囲の
空き地の状況その他土地及び周囲の状況により都道府県の知事(以下「知
事」という。)が安全上支障がないと認める場合においては,同条1項及
び2項の規定を適用しない(同条3項)ものとされている。
以上の規定からすると,同項に基づく認定の申請をした者は,知事が同
条1項及び2項の規定を適用しない旨の認定をした場合には,建築基準法
42条1項の規定する幅員4m(特定の区域内では6m)以上の道路に2
m以上接しなければならないという同法43条1項本文所定の制限を受け
るにとどまるのに対し,知事が上記認定をしなかった場合には,本件条例
4条1項及び2項の規定に基づくより厳しい接道の規制を受けることとな
り,その結果,建築基準法43条1項所定の接道の要件を満たすものの,
本件条例4条1項及び2項所定の幅員6m以上の道路への接道要件を満た
すことができない場合には,建築確認を受けることができないことになる。
そうすると,知事の本件条例4条3項に基づく認定には上記のような法
的効果が付与されており,同認定は,申請者の法的地位に直接影響を与え
るものであり,申請者個々人に対する権利義務を形成し,又はその範囲を
確定するものというべきであるから,処分に当たるというべきである。
(3)アところで,①処分とは,行政庁が,法律による特別の授権に基づき,優
越的な意思の主体として相手方の意思のいかんにかかわらず一方的に意思
決定をし,その結果につき相手方の受忍を強制し得るという効果を持つ行
為にほかならないということができるところ,処分の相手方が外国国家で
ある場合には,主権平等の見地から,我が国の行政庁が一方的に意思決定
をした結果につき外国国家にその受忍を当然に強制し得るということはで
きないこと,②外国国家が日本国内において所有する財産(以下「外国所
有財産」という。)には,使節団の公館のほかにも,国内において当該外
国国家の主権的作用のために使用されるものがあり得るから,外国所有財
産に対する強制執行の措置は,国内における外国国家の主権的活動を阻害
する結果を招来する危険が大きいものと考えられ,したがって,一般に,
条約等の特別の定めの適用がなければ,当該外国国家の同意がない限り,
外国所有財産に対する強制執行を実施することは許されないと解されてい
ること,③前示のとおり,処分とは,公権力の主体たる国又は公共団体が
行う行為のうち,その行為によって,直接相手方の権利義務を形成し又は
その範囲を確定することが法律上認められているものをいうから,外国国
家を相手方とする処分は,我が国内における当該外国国家の主権的活動を
阻害する結果を招来する危険があり得るという点においては,外国所有財
産に対する強制執行と異なるところはないことを総合すると,行政庁は,
当該外国国家の同意がある場合に限り,一方的に意思決定をした結果につ
きその相手方である外国国家にその受忍を強制し得るのであり,したがっ
て,外国国家を相手方とする処分は,これに服する旨の当該外国国家の同
意がある場合に限り,有効な処分ということができると解するのが相当で
ある。
イそして,いかなる場合に外国国家の同意があるということができるかに
ついては,一概にはいえないものの,例えば,①国連裁判権免除条約は,
いまだ日本において批准されていないものの,国家の財産に対する差押え,
仮差押え又は強制執行のような判決前及び判決後のいかなる強制措置も,
国家が,国際協定,仲裁協定若しくは書面による契約,又は当事者間に紛
争が生じた後での裁判所における宣言若しくは文書による通知の方法によ
り,指定された措置をとることに明示的に同意している場合に限り,外国
の裁判所での訴訟に関連してとられてはならない旨規定しており(18条
柱書き及び(a),19条柱書き及び(a)),これは,いかなる場合に外国
国家の同意があるということができるかを考えるに当たって参考となり得
ること,②しかし,処分は,法律上直接その相手方の権利義務を形成し,
又はその範囲を確定するものであるが,処分によって形成される権利義務
の内容又は処分によって確定される権利義務の範囲は多様であり,処分の
中には処分がされることによって相手方の権利が伸張され,又は義務が軽
減されるいわゆる利益処分もあること,③外国国家が,国際儀礼上の観点
等から,我が国の行政庁に対し,上記のような利益処分をすることを求め
る旨の申請をすることはあり得るものと考えられるが,仮に,当該処分の
相手方となろうとする外国国家と当該処分がされることによって法律上不
利益を受ける者又はそのおそれのある者との間に当該処分がされることを
めぐる紛争が存在するという状況の下において,当該外国国家が我が国の
行政庁に対して当該処分をすることを求める旨の申請をした場合には,当
該外国国家は上記紛争に対する裁定を求める趣旨で行政庁に対し当該申請
をしたと見ることも十分に可能であること,④仮に,そのように見ること
ができないとすると,たとえ当該処分が違法であったとしても,上記③の
紛争の一方当事者である外国国家は,当該処分がされることによって権利
の伸張又は義務の軽減を享受する一方,上記紛争の他方当事者は,当該処
分がされることによって法律上不利益を被り,又はそのおそれがあるにも
かかわらず,我が国における司法的救済は一切受けられない事態となるが,
そのような事態についてそれによって生ずる法律上の不利益を少しでも軽
減するための何らの行政上の措置(例えば,日本国とアメリカ合衆国との
間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国
における合衆国軍隊の地位に関する協定18条5項は,外国国家に対する
民事裁判権の免除に関する国際慣習法を前提として,外国の国家機関であ
るアメリカ合衆国の軍隊による不法行為から生ずる請求の処理に関する制
度を創設したものと解されている(前掲最高裁平成14年4月12日第二
小法廷判決参照)。)が採られていない現状を前提にすると,上記事態は
到底容認することができないと考えられることを総合すると,処分の相手
方の権利が伸張され,又は義務が軽減されるという処分について,当該処
分の相手方となろうとする外国国家と当該処分がされることによって法律
上不利益を受ける者又はそのおそれのある者との間に当該処分がされるこ
とをめぐる紛争が存在するという状況の下において,当該外国国家が行政
庁に対し当該処分をすることを求める旨の申請を書面によって行った場合
には,上記紛争が存在するにもかかわらず,当該申請が上記紛争に対する
裁定を求める趣旨ではなく,あくまでも国際儀礼上の観点からされたもの
にすぎないと認められる特段の事情がない限り,当該申請それ自体によっ
て,当該申請に対して行政庁がする意思決定の結果を尊重し,これに従う
旨の外国国家の意思が明確に表明されているものと認めるのが相当である。
したがって,いかなる場合に外国国家の同意があるということができる
かについては,一概にはいえないものの,例えば,利益処分の相手方とな
ろうとする外国国家と当該処分がされることによって法律上不利益を受け
る者又はそのおそれのある者との間に当該処分がされることをめぐる紛争
が存在するという状況の下において,当該外国国家が当該処分をすること
を求める旨の申請を書面によって行ったことは,前記の特段の事情がない
限り,当該処分に服する旨の当該外国国家の同意に当たるというべきであ
る。
ウそこで,以上の考え方によって,以下,本件認定に服する旨のオマーン
の同意があるか否かについて検討する。
前記前提となる事実及び既に判示したことのほか,一件記録(疎甲3,
10から12まで,14)によると,①件外各建物は,βと呼ばれる15
棟から成る建物の一部であるところ,オマーン大使館から本件建物の設計
を請け負った株式会社D(以下「本件設計事務所」という。)は,平成1
7年9月,βの住民を対象として本件建物の建築に関する説明会を行った
が,その説明会において,本件敷地に地下1階,地上7階建て,床面積が
6600㎡を超え,高さが24mを超える本件建物が建築される予定であ
ることが明らかにされたこと,②本件建物がその設計どおりに建築される
と,βの住民が日照等において不利益を被ることが予想されること,③本
件敷地は,その東側において南から北に通行する一方通行の港区道(以下
「本件区道」という。)と接しており,本件区道を南から北に向かって進
むと,本件区道は6mの実効幅員を有する道路に接続しているが,本件区
道のうち上記接続地点から本件敷地までの部分の距離は約110mであり,
その幅員は,最も狭いところで4.88m,最も広いところで5.83m
であるから,渋谷区長が本件建物の敷地である本件敷地について本件条例
4条3項に基づく認定をしない限り,本件建物をその設計どおりに建築す
ることはできないこと,④βの住民は,本件建物が本件敷地に占める状況
及び本件敷地の周囲の状況等から,渋谷区長が本件敷地について同項に基
づく認定をすることはないものと判断し,本件建物の設計を見直して本件
建物の高さを同条2項に従って15m以内とするように求めて,本件設計
事務所やオマーン大使館の代理人である弁護士と再三にわたり交渉を重ね
たが,オマーン大使館は,上記のような設計の見直しには全く応じなかっ
たこと,⑤βの住民は,渋谷区建築主事に対し,本件敷地について同条3
項に基づく認定をしないよう働き掛けたものの,渋谷区建築主事は,本件
建物の敷地である本件敷地について同項に基づく認定をすることができる
旨の考えを変えなかったこと,⑥オマーンは,渋谷区長に対し,同18年
4月12日,本件建物の建築主として,本件申請書を提出する方法により,
同項に基づく認定を求める旨の本件申請をし,渋谷区長は,オマーンに対
し,同年5月15日付けで,本件認定をし,渋谷区建築主事は,本件建物
の建築主をオマーンとして,同年7月27日付けで,建築基準法18条3
項(同法6条の3第1項の規定により読み替えて適用される6条1項)の
規定に基づき本件建築確認をしたことが認められる。
既に判示したところによると,本件認定は,本件条例4条1項及び2項
所定の幅員6m以上の道路への接道要件を満たすことができない場合であ
っても,建築基準法42条1項の規定する幅員4m(特定の区域内では6
m)以上の道路への接道要件を満たしてさえいれば,延べ面積が3000
㎡を超え,かつ,高さが15mを超える建築物を建築することが可能とな
るという点において,当該処分の相手方にとって利益処分であるというこ
とができるところ,上記認定事実によると,本件認定がされる前から,本
件認定の相手方であるオマーンと本件認定がされることによって法律上不
利益を受ける者又はそのおそれのある者であるβの住民との間には本件認
定がされることをめぐる紛争が存在していたということができ,かつ,そ
のような紛争が存在する状況の下において,本件認定の相手方であるオマ
ーンが渋谷区長に対し本件申請書を提出するという方法によって本件認定
をすることを求める旨の本件申請を行っているのであって,本件全疎明資
料を精査しても,上記紛争が存在するにもかかわらず,本件申請が上記紛
争に対する裁定を求める趣旨ではなく,飽くまでも国際儀礼上の観点等か
らされたものにすぎないことを認めるに足りる疎明資料はないことを勘案
すると,本件申請それ自体によって,本件申請に係る本件条例4条3項に
基づく認定に係る行政庁である渋谷区長が一方的にする意思決定の結果を
尊重し,これに従う旨のオマーンの意思が明確に表明されているものと認
めるのが相当である。他にこの認定を左右するに足りる疎明はない。
以上によると,本件認定に服する旨のオマーンの同意があるというべき
であるから,本件認定は処分に当たるということができる。
エ次に,本件建築確認に服する旨のオマーンの同意があるか否かについて
は,①既に判示したところによると,オマーンとβの住民との間には,本
件敷地が本件条例4条1項及び2項所定の幅員6m以上の道路への接道要
件を満たしていないにもかかわらず,その上に,延べ面積が3000㎡を
超え,かつ,高さが15mを超える本件建物を建築することができるか否
かをめぐる紛争が存在していたということができること,②前示のとおり,
建築基準法の規定によると,本件建物に係る建築確認には,延べ面積が3
000㎡を超え,かつ,高さが15mを超える建築物である本件建物を建
築することができる旨の法的効果が付与されるから,上記①のオマーンと
βの住民との間の紛争とは,要するに,本件建物に係る建築確認の適法性
をめぐる紛争であるということができること,③本件条例4条3項に基づ
く認定は,建築物の敷地が同条1項及び2項所定の幅員6m以上の道路へ
の接道要件を満たすことができない場合であっても,建築基準法42条1
項の規定する幅員4m以上の道路への接道要件を満たしてさえいれば,延
べ面積が3000㎡を超え,かつ,高さが15mを超える建築物を建築す
ることが可能となるという法的効果を有しているから,渋谷区長が本件敷
地について本件条例4条3項に基づく認定をして初めて,渋谷区建築主事
は本件建物に係る建築確認をすることが可能となること,④したがって,
上記①のオマーンとβの住民との間の紛争とは,要するに,本件敷地につ
いて本件認定をし,本件建築確認をすることの適法性をめぐる紛争である
ということもできること,⑤前記認定事実のとおり,βの住民は,平成1
7年9月に説明会が行われた後,本件建物が本件敷地に占める状況及び本
件敷地の周囲の状況等から,渋谷区長が本件建物の敷地である本件敷地に
ついて同項に基づく認定をすることはないものと判断し,本件建物の設計
を見直して本件建物の高さを本件条例4条2項に従って15m以内とする
ように求めて,本件設計事務所及びオマーン大使館の代理人である弁護士
と再三にわたり交渉を重ねていたから,オマーンとしては,βの住民が本
件建物に関する建築確認の適法性をめぐる紛争において主張する違法事由
は,本件建物の敷地である本件敷地が同条1項及び2項所定の幅員6m以
上の道路への接道要件を満たしていないことに尽き,したがって,渋谷区
長が本件建物の敷地である本件敷地について同条3項に基づく認定をすれ
ば,渋谷区建築主事がほとんど確実に本件建物に関する建築確認をするで
あろうことを容易に予想することができたということができること,⑥し
たがって,オマーンにとってみれば,渋谷区長が上記④のオマーンとβの
住民との間の紛争についてする裁定は,同時に渋谷区建築主事が上記①の
オマーンとβの住民との間の紛争についてする裁定を意味するものという
ことができること,⑦そうすると,前示のとおり,オマーンが渋谷区長に
対してした同項に基づく認定を求める旨の本件申請には,上記認定に係る
行政庁である渋谷区長が一方的にする意思決定の結果を尊重し,これに従
う旨のオマーンの意思が明確に表明されているから,本件申請には,渋谷
区建築主事が上記①のオマーンとβの住民との間の紛争についての裁定を
求める趣旨も含まれているということができること,⑧そして,前記前提
となる事実及び既に判示したところによると,オマーンは,渋谷区建築主
事に対し,本件建物の建築確認の申請をしてはいないものの,本件認定が
された後である同18年6月1日,本件建物に関する建築計画概要書を渋
谷区建築主事に提出していることが認められ,そうすると,これによって,
渋谷区建築主事が上記①のオマーンとβの住民との間の紛争についてする
裁定を求めるオマーンの意思がより一層明確にされたものということがで
きること,⑨前記前提となる事実のとおり,オマーンは,渋谷区建築主事
に対して本件建物について建築基準法6条1項に定める建築確認の申請を
していないが,そのことから直ちに,上記①の紛争が存在するにもかかわ
らず,本件申請が上記①の紛争に対する裁定を求める趣旨ではなく,飽く
までも国際儀礼上の観点からされたものにすぎないと認めることはできず,
他にこれを認めるに足りる疎明資料はないことを総合すると,本件申請に
は,本件申請において求めた本件認定に引き続いてされるはずである同項
に基づく建築確認に係る行政庁である渋谷区建築主事が一方的にする意思
決定の結果を尊重し,これに従う旨のオマーンの意思が明確に表明されて
いるものと認めるのが相当である。
以上によると,本件建築確認に服する旨のオマーンの同意があるという
べきであるから,本件建築確認は処分に当たるということができる。
3争点③(本件申立てのうち本件認定の効力の停止を求める部分には申立ての
利益があるか。)について
(1)執行停止は,申立人に現実的な救済を与えることを目的とするものである
から,執行停止の申立てが認容された場合に申立人に現実的な救済が与えら
れる状況がなければならず,そうでない場合には,当該執行停止の申立てに
は申立ての利益があるとはいえないと解するのが相当である。
(2)本件認定の効力の停止が認められると,本件敷地については本件認定がさ
れていない状態となるから,前記前提となる事実のとおり,延べ面積が30
00㎡を超え,かつ,建築物の高さが15mを超える建築物である本件建物
の敷地である本件敷地は,幅員6m以上の道路に長さ10m以上接しなけれ
ばならないこととなり(本件条例4条1項,2項),前記認定事実のとおり,
本件敷地が幅員6m以上の道路に接していない以上,渋谷区建築主事は,本
件建物について建築基準法6条1項に基づく確認をすることができないこと
になる。
しかし,行政事件訴訟法25条2項本文に定める処分の効力の全部又は一
部の停止は,同条1項が「処分の取消しの訴えの提起は,処分の効力…(略)
…を妨げない。」と定めていることから設けられた制度であることを考慮す
ると,処分の効力の全部又は一部の停止を命ずる決定がされた以降の将来に
向かって当該決定の対象とされた処分の効力を停止させるにすぎない。そし
て,前記前提となる事実のとおり,渋谷区長は,平成18年5月15日付け
で本件認定をし,渋谷区建築主事は,同年7月27日付けで本件建築確認を
し,申立人らは,同年11月29日に提起した本件本案において本件認定の
取消しを求めていることからすると,本件建築確認がされた時点において本
件認定は効力を有していたというべきであるから,その後に本件認定の効力
が将来に向かって停止されたとしても,本件敷地が幅員6m以上の道路に接
していないことを理由に,渋谷区建築主事がした本件建築確認がさかのぼっ
て違法となるわけではない。そうすると,本件認定の効力を停止する決定が
されても,それによって本件建物を建築することができなくなるわけではな
く,本件建物の建築を止めることによって重大な損害を避けるという申立人
らの目的を達成することはできないというほかない。
したがって,本件申立てのうち本件認定の効力の停止を求める部分には,
申立ての利益がないというべきである。
(3)以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件申立てのう
ち本件認定の効力の停止を求める部分は,却下を免れない。
4争点④(本件申立てのうち本件建築確認の効力の停止を求める部分が「重大
な損害を避けるため緊急の必要があるとき」に該当するか。)について
(1)行政事件訴訟法25条2項本文は,「処分,処分の執行又は手続の続行に
より生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」を執行停止の積
極的要件とし,同条3項において,「裁判所は,前項に規定する重大な損害
を生ずるか否かを判断するに当たっては,損害の回復の困難の程度を考慮す
るものとし,損害の性質及び程度並びに処分の内容及び性質をも勘案するも
のとする。」と規定している。そうすると,「重大な損害を避けるため緊急
の必要があるとき」とは,処分の執行を受けることによって申立人の被る損
害が,原状回復若しくは金銭賠償によるてん補が不能であるか,又は社会通
念上,そのような原状回復,金銭賠償等で損害を回復させるのが容易でなく,
若しくは相当でないとみられる程度に達していて,そのような損害の発生が
切迫しており,これを避けなければならない緊急の必要性が存在することを
いうと解するのが相当であり,この必要性の有無については,申立人が処分
の執行によって被る損害が,その性質,内容,程度等に照らし,行政目的を
達成する必要性との関連において,やむを得ないものと評価することができ
ず,行政目的の実現を一時的に犠牲にしてもなお申立人を救済しなければな
らない緊急の必要性があるか否かという観点から判断すべきものである。
(2)ア申立人らは,本件建築確認に基づいて本件建物が建築されると,①圧迫
感,②プライバシーの侵害のおそれによる不安感ないし不快感,③日照被
害,④件外各建物の経済的価値の下落という重大な損害を被る旨主張する。
イ一件記録(疎甲12,14)によると,本件建物は,件外各建物の敷地
と本件土地との境界線から最も近いところで約6.2m(疎甲12[②]か
ら概算して得た数値。以下同じ。)の位置に建設され,本件建物の5階か
ら7階までの部分が件外各建物の前に位置することになること,件外建物
1と本件建物との間の距離は,最も短いところで約15.6mであり,件
外建物2と本件建物との間の距離は,最も短いところで約14.1mであ
ることが認められる。
そうすると,本件建物と件外各建物との位置関係によると,申立人らは,
本件建物によって圧迫感及びプライバシーの侵害のおそれによる不安感な
いし不快感を抱くことがあり得るものと考えられる。
しかし,その発生をもって,直ちに行政事件訴訟法25条2項本文にい
う「重大な損害」に当たるということはできない。
ウまた,前記イ及び後記エによると,申立人らは,本件建物によって件外
各建物の経済的価値の下落を被ることがあり得るものと考えられる。
しかし,その発生をもって,直ちに行政事件訴訟法25条2項本文にい
う「重大な損害」に当たるということはできない。
エ他方,一件記録(疎甲11[⑦],14)によると,①申立人Bの所有に
係る件外建物1及び申立人Aの所有に係る件外建物2の位置は,別紙見取
図のとおりであること,②件外建物1のうち東向きの部屋は,午前中の4.
5時間しか日が当たらないこと,③本件建物は,冬至日において,日の出
から午前10時ころまで件外建物1の東向きの部屋に日影を生じさせるこ
と,④したがって,件外建物1の東向きの部屋に日が当たるのは,午前中
の約2時間だけになること,⑤しかし,件外建物1には南向きの部屋もあ
り,その部屋には午後も日が当たること,⑥件外建物2は東向きであるた
め,件外建物2には午前中の約4.5時間しか日が当たらないこと,⑦本
件建物は,冬至日において,日の出から午前11時すぎころまで件外建物
2に日影を生じさせること,⑧したがって,件外建物2に日が当たるのは,
午前中の約1.5時間だけになること,⑨件外建物2には南向きの部屋は
ないことが認められる。
そうすると,日照被害については,本件建物が申立人Bについて生じさ
せる日影の発生をもって,直ちに行政事件訴訟法25条2項本文にいう
「重大な損害」に当たるということはできないが,本件建物が申立人Aに
ついて生じさせる日影の発生は,同項本文にいう「重大な損害」に当たる
ということができる。
(3)以上によれば,①申立人Bの主張に係る損害,並びに②申立人Aの主張に
係る損害のうち,(i)圧迫感,(ii)プライバシーの侵害のおそれによる不安感
ないし不快感,及び(iii)件外建物2の経済的価値の下落をもって,直ちに行
政事件訴訟法25条2項本文にいう「重大な損害」に当たるということはで
きないが,申立人Aの主張に係る損害のうち日照被害は,同項本文にいう
「重大な損害」に当たるということができる。
そして,本件建物が完成すれば本件本案のうち本件建築確認の取消しを求
める部分の訴えの利益は失われると考えられるところ,前記認定事実のとお
り,本件建物の建築は平成18年10月に開始され,同20年2月にしゅん
工の予定であるから,緊急の必要性があることも認められる。
したがって,本件申立てのうち,申立人Bが本件建築確認の効力の停止を
求める部分については,「重大な損害を避けるため緊急の必要があるとき」
に該当すると認めることはできないが,本件申立てのうち,申立人Aが本件
建築確認の効力の停止を求める部分については,「重大な損害を避けるため
緊急の必要があるとき」に該当すると認めることができ,申立人Aの主張は
理由があるというべきである。
5争点⑥(本件本案について理由がないとみえるか。)について
(1)申立人Aは,①本件建物の建築主であるオマーンが建築確認の申請をして
いないにもかかわらず,渋谷区建築主事が本件建築確認をしたことは,建築
基準法に違反する,②本件区道の幅員がおおむね5.2mしかないにもかか
わらず,渋谷区長が安全上支障がないとして本件敷地について本件認定をし
たことは,本件条例に違反する旨主張する。
(2)ア既に判示したところによると,処分の相手方が外国国家である場合には,
主権平等の見地から,我が国の行政庁が一方的に意思決定をした結果につ
き外国国家にその受忍を当然に強制し得るということはできないから,外
国国家を相手方とする処分は,それに服する旨の当該外国国家の同意がな
い限り,処分に当たるということはできない。したがって,当該処分が建
築確認である場合には,国際儀礼上建築基準法18条2項及び3項の規定
に準じて処理すべきである。
しかし,前示のとおり,本件建築確認にはこれに服する旨のオマーンの
同意があると認められるから,本件建築確認は,処分に当たるというべき
である。したがって,オマーンを建築主とする本件建物に関する建築確認
には同法6条1項が適用されるべきである。
イところで,建築基準法は,同法6条1項の建築物の構造等に関する最低
基準を定めて国民の生命,健康及び財産を保護するために建築物の建築等
を規制しようとして,本来自由であるはずの建築物の建築等を一般的に禁
止した上で,国,都道府県又は建築主事を置く市町村以外のものを建築主
とする建築物については,当該建築主から申請のあった建築物のうち,建
築主事が同法6条1項にいう建築基準関係規定に適合することを確認した
ものについてのみ建築等を認めることとしている。そうすると,当該建築
主が当該建築物を建築する予定がある場合には,当該建築物が建築基準関
係規定に適合してさえいれば,たとえ当該建築物について建築主事に対す
る確認の申請がされていなかったとしても,当該建築物について建築主事
が建築基準関係規定に適合する旨の確認をすることは認められるべきであ
る。したがって,当該建築物について建築主事に対する確認の申請がされ
ていないことは,当該建築物について建築主事がした建築基準関係規定に
適合する旨の確認を違法とする事由にはならないというべきである。
ウそうすると,前記前提となる事実のとおり,オマーンは,渋谷区建築主
事に対して本件建物について建築基準法6条1項に定める建築確認の申請
をしていないが,これをもって,直ちに本件建築確認が違法であるという
ことはできない。
(3)ア前記認定事実のほか,一件記録(疎甲3,11[⑦],12[②],14)
によると,①本件敷地は,その東側において南から北に通行する一方通行
の本件区道と接していること,②本件区道を南から北に向かって進むと,
本件区道は6mの実効幅員を有する道路に接続していること,③本件区道
のうち上記接続地点から本件敷地までの部分の距離は約110mであり,
その幅員は,最も狭いところで4.88m,最も広いところで5.83m
であること,④本件建物から本件敷地の西側の境界線(件外各建物の敷地
との境界線)までの距離は,最も短いところで約6.2mであり,本件建
物から本件敷地の北側の境界線までの距離は,約6.2mであり,本件建
物から本件敷地の東側の境界線(本件区道との境界線)までの距離は,約
6.2mであり,本件建物から本件敷地の南側の境界線までの距離は,約
1mであること,⑤本件敷地の西側,北側及び南側には,本件建物におい
て火災が発生したときに消火避難活動を容易にすることができるようにす
るための空き地として使用することができる場所はないこと,⑥本件敷地
の東側には本件区道に沿って約2mの歩道が設けられ,その西側には本件
建物との間に幅約5mのスペースが設けられる予定であるが,同所は,本
件建物に近接しているので,これを消火避難活動のための空き地として使
用することは困難であること,⑦本件敷地の西側には件外各建物を含むβ
があり,本件敷地の北側には社会福祉法人Eの2階建ての建物があり,本
件敷地の東側には,本件区道を挟んで,学校法人Fの5階建ての建物並び
に社会福祉法人G及び社会福祉法人Hの5階建ての建物があり,本件敷地
の南側には4階建ての公務員住宅があること,⑧学校法人Fの5階建ての
建物並びに社会福祉法人G及び社会福祉法人Hの5階建ての建物は,その
東側において,環状4号線に面していること,⑨件外各建物を含むβの敷
地は,本件敷地よりも7,8m高く,件外各建物を含むβの敷地のうち本
件敷地に面する法面はコンクリート製の擁壁であること,⑩上記⑦の公務
員住宅の南側にはI訓練所の建物があり,本件区道に面しているが,その
床面積は6300㎡であり,その高さは14.91mであることが認めら
れる。
イ上記アの認定事実によると,本件敷地の周囲は,狭小な敷地のない密集
の度合いの低い市街地を形成しているということができる。また,本件敷
地の東側に面する本件区道は,その幅員が最も狭いところで4.88m,
最も広いところで5.83mであるものの,南から北に向かっての一方通
行であるから,本件建物が火災となったときにおよそ消防車が本件区道に
進入することができないということはできない。
しかし,本件敷地の西側,北側及び南側には本件火災が発生したときに
消火避難活動を容易にすることができるようにするための空き地として使
用することができる場所はなく,本件敷地の東側にあるスペースを消火避
難活動のための空き地として使用することも困難であることからすると,
本件建物に発生した火災を消火するには消防車を主として本件敷地の東側
にある本件区道上に配置せざるを得ないことになるが,本件建物が高さ2
4.85mの地上7階建てであることを勘案すると,上記の程度の消防車
の配置をもって,本件建物の周辺の建物への延焼ないし本件建物の倒壊に
よる本件建物の周辺の建物の被害を防ぐのに十分であるとは断言し難い。
そうであるとすると,当審で提出された疎明資料を前提とする限り,本
件敷地について渋谷区長が安全上支障がないと認めてした本件認定が適法
であると認めることには疑問が残り,本件認定が違法である可能性もなく
はないのであって,結局,本件認定の適否は判然としない。本件本案につ
き,いまだ実質的な審理が行われていない現段階においては,本件本案の
うち本件認定の取消しを求める申立人らの請求に理由があると直ちに判断
することはできないが,他方,当審で提出された疎明資料を前提とする限
り,本件認定が適法と認められず,違法であると判断される可能性もある
ものと考えることができる。
そして,本件認定が違法であるとして取り消されれば,本件敷地は,幅
員6m以上の道路に接していないこととなるから,本件建築確認は,本件
条例4条2項に違反するものとして,違法であるということになる。
(4)以上によれば,本件本案の審理を尽くしていない現段階において,本件申
立てのうち申立人Aが本件建築確認の効力の停止を求める部分が「本案につ
いて理由がないとみえるとき」に該当するとまでいうことはできない。
6争点⑤(本件建築確認の効力の停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそ
れがあるか否か)について
前示のとおり,当審で提出された疎明資料を前提とする限り,本件建築確認
の適否は判然としないのであるから,本件建築確認の効力の停止を認めても,
建築基準法による建築の規制に関する法体系を著しく乱すことにはならない。
そのほか,本件建築確認の効力の停止が公共の福祉に重大な影響を及ぼすお
それがあることをうかがわせる疎明資料は見当たらない。
第4結論
以上によれば,本件申立ては,申立人Aが本件建築確認の効力の停止を求め
る限度で理由があるから,この限度で認容し,その余は理由がないから,これ
らをいずれも却下することとし,申立費用の負担につき,行政事件訴訟法7条,
民事訴訟法61条,64条本文,65条1項本文を適用して,主文のとおり決
定する。
平成19年1月24日
東京地方裁判所民事第38部
杉原則彦裁判長裁判官
鈴木正紀裁判官
松下貴彦裁判官

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