弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人仲田隆明の上告理由について
 一 論旨は、原判決が飲料水と斑状歯との因果関係を肯定するためには、(1) 
その飲料水中に過剰濃度のフッ(弗)素が含まれていること、(2) その飲料水を
歯の石灰化期の期間中に継続的に飲用したこと、(3) 右飲料水中に含まれるフッ
素以外には斑状歯の原因となるべきものが見当たらないこと、の三条件が充足され
なければならないとした上、本件水道水と上告人の斑状歯との間の因果関係を肯定
しながら、被上告人の損害賠償責任を否定したことを非難するので検討するのに、
まず、原審の適法に確定した事実関係をみると、その概要は次のとおりである。
 1 昭和二六年四月一日、兵庫県旧有馬郡a村が西宮市と合併した当時は、b地
区においては、かんがい用水路を利用する部落有の共同水道により太多田川から引
水して生活用水としていたが、降雨時の水の濁りや伝染病発生の危険もあって日常
生活に著しい支障を生じていた。そこで、合併後の西宮市において埋設管を設置す
るとともに、塩素滅菌装置を設けて、昭和三二年七月から本格的に給水を開始した。
b地区を含む北部地域は、市域の半ばを占めるにもかかわらず、人口比は三ないし
五パーセントにすぎず、もともと旧村落が散見されるにすぎない状況であったが、
合併後は、井戸水等からの転換や生活様式の変更のため、上水道の需要が増加し、
さらに、昭和四〇年代の宅地開発に伴う給水人口の増加が顕著となり、特にb地区
においてそれが著しく、b地区では、恒常的に水不足の状態が継続した。北部地域
には二級河川の武庫川が存在するが、武庫川からの取水は事実上不可能で、昭和三
〇年頃から北部四地区の各地に水源を求めた結果、船坂川の原水のフッ素濃度が低
いのに着目して、現在の丸山ダムの建設を計画した。当初の計画によれば、工期は
昭和四四年度から四八年度までの五か年とし、工事費二一億六〇〇〇万円の予定で
あったが、完工は昭和五二年八月、全湛水を開始して満水となったのは同五四年四
月で、総工費は七一億一〇〇〇万円の巨額に上った。
 2 丸山ダム完成までのb地区のフッ素低減対策として、被上告人は、昭和四七
年三月にドン尻ダムを建設し、併せてドン尻浄水場を設置し、翌四八年四月一日か
ら生瀬浄水場へ送水し、フッ素濃度の低い水と混合希釈してb地区へ給水してきた。
 3 この間、被上告人は、不十分ながらも昭和四〇年以前から本件水道水の水質
検査をし、フッ素濃度を低減する方法として硫酸バンドを用い、また活性アルミナ
によるフッ素除去法等も検討したが、いずれも芳しい成果を得なかったところ、昭
和五二年初め頃からの研究の結果、硫酸バンドによる連続処理によれば水質が格段
に安定することが判明したので、被上告人は、生瀬浄水場において一億四〇〇〇万
余円をかけて設備を拡充し、翌五三年から硫酸バンド法による連続処理に踏み切り、
安定した水質の給水を行い得るに至った。
 4 昭和五四年一月、前記丸山ダムにおいて全湛水を開始し、同年四月には満水
となり、これにより被上告人は、翌五五年一月以降、丸山浄水場からの給水に全面
的に切り換え、b地区に対する給水のための赤子谷川及びドン尻ダムからの取水を
完全に停止し、これによりフッ素除去問題はすべて解決するに至った。
 二 以上、上告人の居住するb地区を含む旧a村が西宮市に合併された当時から
丸山ダムの完成による丸山浄水場よりb地区等への給水開始に至るまでの間の推移
につき、原審の認定した事実関係を念頭に置いて、以下に、原判決が被上告人の責
任につき判示したところを検討することとする。
 原判決は、本件水道の設置又は管理に瑕疵があったこと、また、被上告人の側に
過失があったことをいずれも否定しているが、その理由は次の四点に整理すること
ができる。
 1 厚生省令の定める〇・八PPMというフッ素濃度それ自体はそれほど有害危
険なものではないから、その基準値を超えていたというだけでは直ちに斑状歯の発
生に結びつくわけではない。上告人の歯の石灰化期のうち昭和四〇年頃から同四六
年頃までの間、本件水道水中には右の基準値である〇・八PPMを相当超える濃度
のフッ素が含まれていたことはあったものの、その程度が著しく高いものであった
とまではいえない。
 2 水は国民の日常生活にとって不可欠のもので、水道事業者は常時水を供給す
べき責務を負う反面、水道水に含まれるフッ素を原因とする斑状歯は、特に重症の
場合はともかく、審美性の障害にとどまるものである。
 3 上告人の歯の石灰化期に相当する昭和四〇年代には、効果的なフッ素の低減
技術ないしフッ素除去の方法は確立されず、西宮市において研究の結果、硫酸バン
ド法による連続処理により安定した水質の給水を行うことができるようになったの
は、昭和五三年のことである。
 4 昭和四〇年代の宅地開発に伴い、西宮市の北部地域とくにb地区において給
水人口が急増したため、被上告人の給水能力の限界を超える状況となった。そこで
被上告人は、昭和三九年頃から水不足等に対応するための抜本的な北部水道事業計
画を立て、同四八年四月からはフッ素濃度の低いドン尻ダムの原水との混合希釈を
図り、更には多大の財政的負担の下に丸山ダムを完成させ、昭和五五年一月以降、
遂にフッ素問題を全面的に解決するに至った。
 これによると被上告人は、昭和二六年四月の合併後、b地区を含む北部地域が西
宮市域の半ばを占める反面、人口比にいて三ないし五パーセントにとどまるもので
ありながら、昭和四〇年代以降北部地域自体として給水人口の急増したことへの対
応に苦慮しつつ、北部地域への給水と水道水中のフッ素の低減ないし除去のため相
応の努力を積み重ねてきたものということができ、厚生省令による基準値を超える
フッ素を含有する限り給水が許されないとすれば、被上告人として北部地域におけ
る水道の敷設は事実上不可能であったことが窺われる。
 三 以上の検討を前提として、本件における被上告人の責任を考察すれば、設備
の整った水道施設において基準値を上回るフッ素の含有を放置した場合と同列に論
ずることはできず、上告人の歯の石灰化期のうち昭和四〇年頃から同四六年頃まで
の間、本件水道水中に基準値を相当程度超えるフッ素が含まれていたとしても、直
ちに本件水道の設置又は管理に瑕疵があったとはいえず、また、被上告人ないしそ
の担当職員に上告人主張の過失があったとみることはできない。したがって、その
間、被上告人が、現実に発生した斑状歯による被害の救済につき、「西宮市斑状歯
の認定及び治療補償に関する規程」(昭和五二年一月三一日西宮市水道局管理規程
第二号)を制定した上、斑状歯患者からの要望により治療補償を実施する行政措置
を講ずるなど、これを損失補償の領域に属する問題として対処してきたことは、相
当であったということができ、被上告人につき損害賠償責任を否定した原判決の結
論は、その趣旨においても相当として是認すべきである。
 四 また、論旨は、被上告人が「フッ素濃度を遵守していないという事実を斑状
歯被害者となる住民に対しその広報もしていない。当然ながら、北部地域でフッ素
濃度の少ない水源を確保するのは容易ではないとの広報活動も全くしていない。そ
の広報活動がおこなわれていれば上告人家族は現在地に移転してはこなかった」旨
主張するが、「兵庫県や西宮市においては古くから、遅くとも昭和二〇年代から、
飲料水と斑状歯の問題について重大かつ深刻に受けとめられており、すでに昭和三
四年には『たえず上水道源水のフッ素量を監視』する必要性が叫ばれていた」こと、
また、「上告人が生まれ育ったbを含む西宮市北部地域は、隣接する宝塚市ととも
に、古くから六甲山系からでる河川の水に含まれる高濃度のフッ素による斑状歯被
害の危険性が指摘されていたところで、b地区と同様に六甲山系の川水を飲料水と
して常用する宝塚市では、斑状歯を表す『ハクサリ』という地名があるほどである」
こと、さらに、昭和三四年三月二〇日被上告人発行の「西宮市史」第一巻では、b
地区の飲料水の水源となっている赤子谷川等の川水にフッ素イオンの含有量が多く、
これらの川水を直接用いている地域あるいはこれらの川水が地下水と関係する地域
では、フッ素の人体に及ぼす害として斑状歯が著しいこと等が指摘されていること
は、すべて論旨自体に明らかなところであって、被上告人の広報活動の欠如をいう
所論は、被上告人に対する非難としては当を得ないものというほかはない。
 その他、所論は、原審の専権に属する事実の認定、証拠の取捨選択を非難するに
帰し、すべて採用することができない。
 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    佐   藤   庄 市 郎
            裁判官    大   野   正   男
            裁判官    千   種   秀   夫

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