弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人池上徹、同石井宏治の上告理由について
 一 本件は、上告人の戸籍上の父とされている丙男が死亡した後、その遺産相続
をめぐって紛争が生じ、丙男の養子である被上告人が上告人に対し、亡丙男と上告
人との間の親子関係不存在確認を求める訴えを提起した事案である。記録によって
認められる事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 丙男と丁女は、昭和一八年一〇月一日に結婚式を挙げ、同居生活を開始した。
なお、婚姻の届出は同月二二日にされた。
 2 丙男は、昭和一八年一〇月一三日に応召し、同月一九日に下関港から出征し
て、南方各地の戦場を転々とした後、昭和二一年五月二八日にa港に帰還し、翌二
九日に復員の手続がとられた。
 3 この間、丁女は、乙男と性的関係を持った。
 4 丁女は、昭和二一年一一月一七日に上告人を分娩した。
 5 上告人は、丙男により、丙男・丁女夫婦の嫡出子として届け出られたが、昭
和二二年八月四日に乙男の養子とされた。以来、上告人は、乙男の下で暮らし、乙
男・D女夫婦(昭和二七年一一月二四日婚姻)の子として育てられ、丙男・丁女夫
婦とは没交渉の状態にあった。
 6 一方、丙男・丁女夫婦は、昭和二六年三月一六日に被上告人(昭和二四年一
月二二日生まれ)を養子とし、同居生活を送ってきた。
 7 丙男は、平成四年四月二九日に死亡した。
 8 ところで、妊娠週数が二四週以上二八週未満の分娩は、現在では早産と扱わ
れているが、上告人出生当時は流産と扱われていた。ちなみに、昭和五三年及び同
五四年の各人口動態統計によれば、妊娠週数二四週以上二八週未満の分娩による出
生数の総出生数に対する構成割合は、いずれの年においても○・一パーセント程度
にすぎない。
 9 仮に、丁女が、丙男が帰還した昭和二一年五月二八日に同人と性的関係を持
ち、上告人を懐胎したとすると、丁女は妊娠週数にして最長でも二六週目に上告人
を分娩したことになる。
 二 右一の事実によれば、丙男は、応召した昭和一八年一〇月一三日からa港に
帰還した昭和二元年五月二八日の前日までの間、丁女と性的関係を持つ機会がなか
ったことが明らかである。そして、右一の事実のほか、昭和二一年当時における我
が国の医療水準を考慮すると、当時、妊娠週数二六週目に出生した子が生存する可
能性は極めて低かったものと判断される。そうすると、丁女が上告人を懐胎したの
は昭和二一年五月二八日より前であると推認すべきところ、当時、丙男は出征して
いまだ帰還していなかったのであるから、丁女が丙男の子を懐胎することが不可能
であったことは、明らかというべきである。したがって、上告人は実質的には民法
七七二条の推定を受けない嫡出子であり、丙男の養子である被上告人が亡丙男と上
告人との間の父子関係の存否を争うことが権利の濫用に当たると認められるような
特段の事情の存しない本件においては、被上告人は、親子関係不存在確認の訴えを
もって、亡丙男と上告人との間の父子関係の存否を争うことができるものと解する
のが相当である。
 三 以上によれば、被上告人の本件親子関係不存在確認の訴えが適法なものであ
るとした原審の判断は、結論において是認することができる。右判断は、所論引用
の判例に抵触するものではない。論旨は採用することができない。
 よって、裁判官福田博の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとお
り判決する。
 裁判官福田博の意見は、次のとおりである。
 私は、被上告人の本件訴えを適法なものとする法廷意見と結論を同じくするが、
その理由についてはいささか見解を異にする。
 一 民法七七二条は、婚姻成立の日から二〇〇日後又は婚姻の解消若しくは取消
しの日から三〇〇日以内に生まれた子は、「婚姻中に懐胎したもの」と推定すると
ともに(二項)、妻が婚姻中に懐胎した子は「夫の子」と推定している(一項)。
民法は、この嫡出の推定を受ける子については、嫡出否認の訴え(同法七七四条以
下)によってのみ嫡出性を覆し得るものと定め、これ以外の方法で反対事実を証明
し嫡出性を争うことを認めていない。そして、嫡出否認の訴えは、夫から、原則と
して子の出生を知った時より一年以内に限り、提起することができるものとされて
いる(同法七七四条、七七七条、七七八条)。
 しかし、今日、形式的には民法七七二条の推定要件に該当するけれども、懐胎期
間中に妻が夫の子を懐胎できないことが外観上明白な場合には、同条の嫡出推定が
及ばないものと解することにほぼ異論はない。それは、いわゆる「推定を受けない
嫡出子」ないし「嫡出推定の及ばない子」についてまでその嫡出性を否定するため
には嫡出否認の訴えによらねばならないというのでは、余りに酷であるとの考えに
基づくものであって、そのような子については、もはや嫡出否認の訴えによって嫡
出性を争う必要はなく、一般の親子関係不存在確認の訴えによって、反対事実、す
なわち、父子関係の不存在の事実を証明し、父子関係の存否を争うことができると
いうのが判例・実務の取扱いである。
 二 ところで、この親子関係不存在確認の訴えについては、一般に、提訴権者や
出訴期間に制限はなく、訴えの利益が存する限り、だれからでもいつでも提起する
ことができるものと解されている。これが、訴訟法理論からの帰結であるといわれ
る。しかしながら、私は、いわゆる「推定を受けない嫡出子」ないし「嫡出推定の
及ばない子」について、一般の親子関係不存在確認の訴えの提訴権者についての考
え方をそのまま及ぼすことには反対である。
 三 すなわち、もともと嫡出否認の訴えについて、提訴権者、出訴期間に関して
厳格な要件が定められているのは、可及的速やかに身分関係を確定させ、子の福祉
を図るとともに、併せて、第三者の家庭への介入を否定し、家庭の平和ないし家庭
の秘密を保護することを目的としているのであって、このような要請は、判例・実
務の取扱いによって嫡出推定の及ばないこととされる親子関係についても本来当て
はまるべきものである。特に、父が自分の嫡出子でないことを知りつつも自分の嫡
出子として親子関係を維持していたような場合には、このような要請を排除する必
要はないのである。ところが、ひとたび民法七七二条の嫡出推定の枠が外れるとさ
れた場合には、訴えの利益が存する限り第三者も常に父子関係の存否を争う適格を
有するということになると、父がそのような争いの方途を選択することなく平穏な
家庭を維持していたにもかかわらず、第三者によって、父子関係の不存在が明らか
にされ、その結果、家庭内に秘められていた真相が暴露され、あるいは、子の福祉
が害されるという事態が生じてしまう。これは、本来、民法七七二条以下の規定が
目指したものとは相いれないというべきである。
 本件において、丙男は、いったん上告人を丙男・丁女夫婦の嫡出子として戸籍上
の届出をし、それから一年を経ずして実の父であると思われる乙男の下に養子に出
してはいるものの、上告人が出生してから一年以内に旧民法八二二条以下所定の嫡
出否認の訴えを提起していないことはもとより、平成四年に死亡するまで、上告人
との間の父子関係の存否を積極的に争った形跡はない。丙男は、このような方法を
とることによって、上告人の出生の秘密、換言すれば、妻である丁女の不貞の事実
を、世間の目から覆い隠そうとしたのではないかと推測される。本件訴えは、丙男
の死亡後に、その養子である被上告人から、上告人が相続権を有しないことを確定
するために提起されたものであるが、その結果、家庭内に秘められていた真相が公
にされる結果となったものである。
 四 民法の嫡出否認に関する規定は厳格にすぎるから、一定の要件の下に嫡出推
定の及ばない場合を認めることによって、これを緩和せざるを得ないのであろう。
しかし、嫡出推定が排除される場合であるからといって、当然に、だれからでもい
つでも父子関係の存否を争うことができるとするのは、身分関係の早期安定を図り、
かつ、第三者の家庭への介入を防ごうとした前記民法の趣旨に反することとなる。
したがって、さきに述べたように、嫡出推定が排除される場合についても、一般の
親子関係不存在確認の訴えを提起し得る場合と同様に扱うのは相当ではなく、嫡出
否認制度を設けた民法の趣旨が反映されるべきである。
 私は、嫡出推定が排除される場合であっても、父子関係の存否を争い得るのは、
原則として、当該家庭を構成している戸籍上の父、子、母、それに、新たな家庭を
形成する可能性のある真実の父と主張する者に限定されるべきであると考える。も
っとも、これらの者についても、具体的な事情のいかんによつて、親子関係不存在
確認の訴えを提起することが権利の濫用に当たる場合があるのは、別個の問題であ
る(殊に、子の出生から長期間が経過し、この間、安定した身分秩序が事実上継続
されている場合には、戸籍上の父からであるか子からであるかを問わず、親子関係
不存在確認の訴えの提起が制限されることがあり得よう。)。
 それ以外の第三者については、現行法の解釈として、当然に親子関係不存在確認
の訴えの原告適格を否定することはできないとしても、その訴えの許容性について
は、より厳格に吟味されるべきであろう。これら第三者については、たとえ身分上、
財産上の利害関係が存する場合であっても、むしろ特段の事情のない限り、親子関
係不存在確認の訴えの提訴権者となり得ないものと解するのが、前記の民法の趣旨
にかなうものであると考える。
 五 私の意見は以上のとおりであるが、これを本件について見るに、前記のとお
り、上告人は、生後間もなく、実の父であると思われる乙男の下に養子に出され、
養家の子として育てられてきたものである。そして、記録によれば、丙男・丁女夫
婦は、上告人を養子に出した後、上告人との接触を完全に絶ち、今日に至るまで交
渉が断絶した状態で推移してきたことが認められる。丙男が上告人を自己の嫡出子
として扱った形跡は全くうかがわれず、かえって、以上の事実からすれば、丙男と
しては、上告人が自己の嫡出子であることを否定する意思を有していたと推認され
る。他方、被上告人は、幼くして丙男・丁女夫婦の養子となり、同夫婦の子として
育てられてきたのであって、丙男が、被上告人を唯一の跡継ぎと考え、その財産を
被上告人に承継させようとしていたことも推測するに難くない。このような上告人
出生後四十数年間にわたる関係者の生活関係の実態、その認識等に照らすと、本件
は、丙男の相続人としての地位を有する被上告人において、亡丙男と上告人との間
の父子関係の存否を争う訴えを提起することが許容される限界的事例ではないかと
考えられ、私見を前提としても右特段の事情が存するものとして、上告棄却に賛成
する次第である。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    福   田       博
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    根   岸   重   治
            裁判官    河   合   伸   一

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