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判決言渡平成20年12月24日
平成20年(行ケ)第10229号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成20年12月17日
判決
マルコ株式会社補助参加人
原告X
訴訟代理人弁護士東野修次
同飯島歩
同中山務
同栗山貴行
訴訟代理人弁理士横井知理
被告Y
訴訟代理人弁理士谷義一
同阿部和夫
同佐藤久容
同登山桂子
訴訟復代理人弁理士新開正史
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007−800143号事件(請求人Y,被請求人マルコ株
式会社,被請求人補助参加人X)について平成20年5月8日にした審決を取
り消す。
第2事案の概要
1マルコ株式会社は,発明者X(原告)・発明の名称を「カップ部を有する衣
類のオーダーメイド用計測サンプル及びオーダーメイド方式」とする特許第3
652251号(請求項の数8)の特許権者である。
2被告は,マルコ株式会社を被請求人として上記特許の請求項1∼8について
無効審判請求をし,その審理の途中で原告がマルコ株式会社を補助するため参
加したが,特許庁は,請求項1∼8に係る発明(以下順に「本件特許発明1∼
8」という。)についての特許を無効とする旨の審決をした。本件訴訟は,上
記無効審判請求事件の被請求人補助参加人である原告が,上記審決の取消しを
求めた事案である。
3争点は,本件特許発明1∼8が下記の各刊行物に記載された発明との関係で
進歩性を有するか(特許法29条2項),である。

・特開平8−158111号公報(発明の名称「ファウンデーション」,出
願人株式会社ダッチェス,公開日平成8年6月18日,甲1。以下これに
記載された発明を「甲1発明」という。)
・「Dublev(デューブルベ)」と称する株式会社ワコールのセミオé
ーダーシステムに関するカタログ(カタログ有効期間2000年[平成12
年]8月1日∼2001年[平成13年]1月31日,甲2)
・特開2000−64104号公報(発明の名称「カップ付き女性用衣
類」,出願人株式会社ワコール,公開日平成12年2月29日,甲3)
・「手作りランジェリー」レディブティックシリーズ通巻1404号(19
99年[平成11年]3月20日株式会社ブティック社発行。甲4,乙1)
・特表平9−504636号公報(発明の名称「注文服製造装置及び方
法」,出願人カスタムクロージングテクノロジーコーポレイショ
ン,公表日平成9年5月6日,甲5)
・特開平7−316909号公報(発明の名称「体型把握用洋服」,出願人
根本信一,公開日平成7年12月5日,甲6)
4なお,原告は,マルコ株式会社に対し,本件特許に関し,大阪地裁平成18
年(ワ)第7529号事件において職務発明の対価の請求をしている。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
マルコ株式会社は,平成13年1月16日,発明者をX(原告)・名称を
「カップ部を有する衣類のオーダーメイド用計測サンプル及びオーダーメイ
ド方式」とする発明について,特許出願(特願2001−8099号。公開
特許公報は特開2002−212823号)をし,平成17年3月4日特許
第3652251号として登録を受けた(請求項の数8。甲9。以下「本件
特許」という。)。
被告は,平成19年7月25日付けで本件特許の請求項1∼8について無
効審判請求をしたので,特許庁は,同請求を無効2007−800143号
事件として審理し,原告は,平成19年11月12日付けでマルコ株式会社
を補助するため同事件に参加し,平成20年1月9日付け決定により特許庁
から参加の許可を受けた。
そして特許庁は,上記事件を審理の上,平成20年5月8日,特許第36
52251号の請求項1ないし8に係る発明についての特許を無効とする旨
の審決をし,その謄本は平成20年5月20日原告に送達された。
(2)発明の内容
本件特許は,上記のとおり請求項1∼8から成るが,その内容は,次のと
おりである。
「【請求項1】バージスサイズを変えた複数のカップ受部と,1つのバー
ジスサイズにおいてカップ高さを変えた複数のカップ部との組み合わせから
なり,カップ受部に対してカップ部を着脱可能に設けてなるカップ部を有す
る衣類のオーダーメイド用計測サンプル。
【請求項2】バージスサイズを変えた複数のカップ受部と,1つのバージ
スサイズにおいてカップ高さを変えた複数のカップ部と,一つのカップ受部
において寸法の異なる複数のバック部とを有し,カップ受部に対してカップ
部及びバック部を着脱可能に設けてなるカップ部を有する衣類のオーダーメ
イド用計測サンプル。
【請求項3】カップ受部の上端縁とカップ部の下端縁にそれぞれ設けた一
対の面ファスナーによってカップ受部とカップ部を着脱可能とした請求項1
又は2記載のカップ部を有する衣類のオーダーメイド用計測サンプル。
【請求項4】カップ受部とバック部をかぎホックによって着脱可能とした
請求項2又は3記載のカップ部を有する衣類のオーダーメイド用計測サンプ
ル。
【請求項5】バージスサイズを変えた複数のカップ受部と,1つのバージ
スサイズにおいてカップ高さを変えた複数のカップ部との組み合わせからな
り,カップ受部に対してカップ部を着脱可能に設けることにより,カスタム
サイズのカップ部を有するオーダーメイド用計測サンプルの試着を可能とし
たことを特徴とするカップ部を有する衣類のオーダーメイド方式。
【請求項6】バージスサイズを変えた複数のカップ受部と,1つのバージ
スサイズにおいてカップ高さを変えた複数のカップ部と,一つのカップ受部
において寸法の異なる複数のバック部とを有し,カップ受部に対してカップ
部及びバック部を着脱可能に設けることにより,カスタムサイズのカップ部
を有するオーダーメイド用計測サンプルの試着を可能としたことを特徴とす
るカップ部を有する衣類のオーダーメイド方式。
【請求項7】カップ受部の上端縁とカップ部の下端縁にそれぞれ設けた一
対の面ファスナーによってカップ受部とカップ部を着脱可能とした請求項5
又は6記載のカップ部を有する衣類のオーダーメイド方式。
【請求項8】カップ受部とバック部をかぎホックによって着脱可能とした
請求項6又は7記載のカップ部を有する衣類のオーダーメイド方式。」
(3)審決の内容
ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。その理由の要点は,本件
特許発明1は甲1発明及び甲2,3,5,6に記載された発明に基づい
て,本件特許発明2,3,5∼8は,甲1発明及び甲2∼6に記載された
発明に基づいて,本件特許発明4は,甲1発明及び甲2,4∼6に記載さ
れた発明に基づいて,いずれも容易に発明することができた,というもの
である。
イなお,審決が認定する甲1発明の内容,本件特許発明1及び2と甲1発
明との一致点,相違点は,次のとおりである。
(ア)甲1発明の内容
「アンダーバスト毎に用意され,各カップ部(2a)の周縁と適合す
る一対のカップ用凹部(1a)及びそのカップ用凹部(1a)の周縁に
形成されたカップ係着部(1b)を有する装着手段(1)と,収容する
乳房のサイズを変えた複数のカップ部材(2)との組合せからなり,装
着手段(1)に対しカップ部材(2)を着脱可能に設けてなるブラジャ
ー。」
(イ)本件特許発明1と甲1発明との一致点,相違点
<一致点>
いずれも「複数のカップ受部と,カップ高さを変えた複数のカップ部
との組み合わせからなり,カップ受部に対してカップ部を着脱可能に設
けてなるカップ部を有する衣類。」である点。
<相違点1>
本件特許発明1においては,カップ受部がバージスサイズを変えた複
数のものであり,1つのバージスサイズにおいてカップ高さを変えた複
数のカップ部が組み合わせられるのに対し,甲1発明においては,装着
手段(1)がアンダーバストサイズ毎に用意された複数のものであり,
各装着手段(1)に左右のバストのサイズに適合したカップ部材(2)
が組合せられるものの,カップ用凹部(1a)がバージスサイズを変え
たものであるのか否か,そして,カップ部材(2)が1つのバージスサ
イズにおいてカップ高さを変えたものであるのか否か明確ではない点。
<相違点2>
本件特許発明1の衣類は,オーダーメイド用計測サンプルであるのに
対し,甲1発明は,ブラジャーである点。
(ウ)本件特許発明2と甲1発明との一致点,相違点
<一致点>については上記(イ)と同じであり,<相違点>について
は,上記<相違点1>,<相違点2>のほか,次の<相違点3>があ
る。
<相違点3>
本件特許発明2は「一つのカップ受部において寸法の異なる複数のバ
ック部」を有しているのに対し,甲1発明は,このような複数のバック
部を有していない点。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下のとおり誤りがあるから,違法なものとし
て取り消されるべきである。
ア取消事由1(甲1発明認定の誤り)
(ア)審決は,甲1発明について,甲1の「…着用者は,アンダーバスト
に合わせて装着手段1を選択し,右バストに合ったカップ部を有するカ
ップ部材2を選択し,左バストに合ったカップ部を有するカップ部材2
を選択した後,カップ部材のカップ止着部2b,2bをそれぞれ装着手
段のカップ係着部1b,1bに係止すること…」(段落【0030】)
との記載を根拠として,「…装着手段1はアンダーバスト(女子の乳房
直下における胸部の水平周囲長)毎に用意され,収容する乳房のサイズ
を変えた複数のカップ部材2と組み合わされ,アンダーバストに合った
装着手段1と左右の乳房のサイズに適合したカップ部材2がそれぞれ選
択され,これらが係止されてブラジャーが構成されるということができ
る」(8頁下9行∼下4行)と認定している。これは,同発明において
装着手段1,右バストに合ったカップ部材2及び左バストに合ったカッ
プ部材2が全くの任意で選択して組み合わせることができるとの認定で
ある。
(イ)しかし,甲1の【従来の技術】に関する段落【0003】には,
「…バストのサイズは,複数の着用者の間のみで異なることではなく,
各着用者の左右の間でも異なる。一方上記ファウンデーションにおい
て,左右一対のカップは等しいサイズに形成されている。その為,大き
い方のバストはカップにフィットするが小さい方のバストはカップにフ
ィットしないという問題点があった。」との記載があり,【発明が解決
しようとする課題】に関する段落【0006】には,「…本発明の目的
は,アンダーバストのみならず,左右両方のバストがそれぞれのカップ
にフィットするファウンデーションを提供することにある。」との記載
がある。また,【課題を解決するための手段】に関する段落【0009
】には,「…カップ部の外形が同じで肉厚が異なって収容できるバスト
のサイズが異なるもの等を各バストサイズ毎に設けるのが望ましい。」
との記載がある。
ところで,ファンデーションのサイズ表記の方法はJIS規格で規定
されており(「ファンデーションのサイズL40061980年制
定・1987年改正・2003年確認」JISハンドブック2007年
6月22日第1版第1刷発行[甲7]),アンダーバストサイズと,ア
ンダーバストサイズとトップバストサイズとの差で表現されるカップサ
イズの二つの要素のみの組合せで表記されることは周知の事実である。
以上に照らせば,甲1発明は,アンダーバストとカップとの組合せに
よりファンデーションのサイズを選択したところ,着用者のバストのサ
イズが左右で異なる場合に,それによりフィットしない方のカップを,
カップ部の外形が同じで肉厚が異なって,収容できるバストのサイズが
異なるものを用意することによってフィットさせることを目的とするも
のであり,甲1発明の装着手段1は,アンダーバスト(女子の乳房直下
における胸部の水平周囲長)のみに基づいて用意されているのではな
く,JIS規格に基づくアンダーバストとカップの組合せにより用意さ
れているものである。
したがって,審決に現れる装着手段1,右カップ部2及び左カップ部
2を全くの任意に選択できるものとした要旨認定は不当である。審決
は,この点において甲1発明の本質を見誤り,甲1発明の内容について
誤った認定を行っている。
イ取消事由2(進歩性判断の誤り)
(ア)本件特許発明1について
a本件特許発明1と甲1発明との一致点認定の誤り
審決は,本件特許発明1と甲1発明の一致点について,いずれも
「複数のカップ受け部と,カップ高さを変えた複数のカップ部との組
み合わせからなり,カップ受け部に対してカップ部を着脱可能に設け
てなるカップ部を有する衣類」であると認定している。
しかし,前記アで述べたとおり,甲1発明の装着手段(カップ受け
部)は,JIS規格に基づいてアンダーバストサイズとカップサイズ
の組合せで表記されるサイズ毎に用意されるものであり,それを前提
として,左右同一の大きさのカップを使用した場合に着用者の左右の
バストの大きさの差異から生ずる隙間を埋めるために肉厚を変えたカ
ップ部で調節するというものである。
これに対し,本件特許発明1は,JIS規格にないバージスサイズ
に着目し,JIS規格から離れて,バージスサイズ,アンダーバスト
サイズ及びカップサイズの組み合わせをすることを可能とすることに
よって所期の作用効果を得ようとするものであり,この点において,
甲1発明と大きく異なる。
審決は,このような明らかな相違を看過し,本件特許発明1と甲1
発明との一致点の認定を誤っている。
b相違点1の検討の誤り
審決は,<相違点1>について,甲1発明の装着手段1の凹部湾曲
形状は乳房のバージスラインに沿ったものと解釈できるため,甲1発
明に「カップ受部がバージスサイズを変えた複数のものであり,1つ
のバージスサイズにおいてカップ高さを変えた複数のカップ部を組み
合わせる」という構成が示唆されていることとなり,相違点1は容易
に想到できる,と判断している。
しかし,以下に述べるとおり,このような審決の判断は誤りであ
る。
(a)甲1発明の内容
甲1発明が,あくまでもアンダーバストサイズとカップサイズの
組合せというJIS規格の枠組みを超えるものではないことは既に
前記アで述べたとおりである。甲1発明において着用者が選択する
ファンデーションの外形は,あくまでも既製品と同様アンダーバス
トサイズとカップサイズとの組合せからなるものであり,甲1発明
には,バージスサイズを合わせるといった思想はない。このよう
に,甲1発明にバージスサイズを着用者に合わせるといった思想は
全く存在しないのであるから,これにいかなる要素を加味したとし
ても,甲1発明において,装着手段1の凹部湾曲形状を着用者個々
の乳房のバージスラインに沿わせることができる形状とする思想が
示唆されていると解する余地はない。甲1発明は,着用者の左右の
バストのサイズがそれぞれ異なることに着目し,サイズの異なる左
右のバストそれぞれに適合させられるようにするため,「カップ部
の外形が同じで肉厚が異なって収容できるバストのサイズが異なる
もの等を各バストサイズ毎に設ける」構成のファンデーションを提
供するものである。
このような甲1発明に,バージスラインに適合させるとの思想が
示唆されているといえるためには,右バストのバージス,左バスト
のバージスそれぞれに独立して適合させる構成となっていなければ
ならない。しかし,甲1発明で開示されているのは,単一の部材か
らなる装着手段のみである。左右のバージスそれぞれに適合させよ
うとすれば,右バストに適合した右装着手段を選択し,左バストに
適合した左装着手段を選択した上で,左右の装着手段を結合させる
ほかないが,単一部材からなる装着手段に限定されている甲1発明
には,このような技術思想は全く存在しない。むしろ,このような
技術思想は,甲1発明の技術思想に反するとさえいえる。
審決は,「…少なくとも左右の乳房の一方については,そのサイ
ズに適合したカップ部材(2)として,乳房を収容した状態で,下
方周縁部が乳房の下方周縁部,すなわちバージスラインに可能な限
り近接して配置される…よう設計すべきことも十分に示唆されてい
るということができる。」(15頁18行∼24行)と認定してい
る。しかし,甲1発明の本質は,左右の一方には適合するが他方に
は適合しないことが頻発する従来技術の課題を解決し,左右の大き
さの異なるバストに各々適合するカップ部を有するファンデーショ
ンを提供することにあるのであるから,左右の一方のみに適合させ
れば十分といった考え方は,このような本質と明確に反するもので
ある。
(b)「アンダーバストに合わせて」がバージスラインと合致しない
こと
JIS工業用語大辞典第5版によれば,「アンダーバスト」の語
は,「女子の乳房直下における胸部の水平周囲長」と定義される
(原告の平成20年3月21日付け特許庁に対する上申書2[甲1
5]7頁)。このような定義からすれば,「アンダーバストに合わ
せて」というのは,乳房直下の周囲に沿わせて装着手段1を装着さ
せたというにとどまり,ここで問題とされるサイズには,乳房直下
の水平方向の長さ以外のサイズは一切含まれない。そして,甲1の
段落【0030】においては,アンダーバスト,右カップ,左カッ
プという三つの部材の選択しか記載されていないのであり,バージ
スの計測については一切記載がない。したがって,甲1の記載か
ら,バージスサイズを変えるという発想につながる示唆は全く存在
しない。
また,甲1の段落【0030】の「…アンダーバストに合わせて
装着手段1を選択し,右バストに合ったカップ部を有するカップ部
材2を選択し,左バストに合ったカップ部を有するカップ部材2を
選択…」という記載から,バージスラインという思想を導出するこ
とも不可能である。甲1発明の主目的は,上述のとおり着用者の左
右のバストサイズが違う場合にカップの肉厚を変えることでフィッ
トするファンデーションを提供することにある。そして,甲1の記
載及び図面からは,右バストと左バストとで異なるカップ部材を選
択するケースが想定されるにもかかわらず,装着手段1について,
その凹部の形状を左右で異ならせることは予定せず,左右とも同じ
湾曲形状の曲率としていることが認められる。この点,仮に,「ア
ンダーバストに沿わせて」という文言の意味として,バージスライ
ンへの適合も含まれていることが前提となるのであれば,左右別々
にバージスラインを選択できなければならないはずであるから,甲
1において,当然それを前提とする構成について言及されるべきと
ころ,甲1の記載及び図面のいずれを見てもそのような構成の開示
はない。さらに,アンダーバストが同じでありながら装着手段1の
凹部の曲面形状が異なるといったケースについて甲1中には一切言
及がない以上,少なくとも装着手段1にいう「アンダーバスト」は
バージスラインを意識したものではない。
したがって,甲1発明にバージスを変える構成が示唆されている
とした審決の認定は誤りである。
また,仮に,甲1発明において「カップ部材(2)をバージスラ
インに適合したものとする」考えが示唆されているとの審決の認定
を前提としたとしても,本件特許発明1は,「バージスサイズを変
えた複数のカップ受部を複数備える」ものであり,カップ受部の側
でバージスに適合させるものである点で相違するものであるが,審
決においては,このような技術的思想の異なる甲1発明から,本件
特許発明1の構成を想到することが容易である理由については何ら
示されていない。
(c)検討の脱漏及び論理飛躍の存在
本件特許発明1は,「…まず,カップ受部2を着用者のバージス
ラインに当て,バージスサイズの合うものを選択し,…」(甲9の
段落【0033】)とあるように,カップ受部の側で着用者のバー
ジスの曲率に適合するサイズを選択するものである。
これに対し,甲1発明には,バージスラインに適合させるという
思想がなく,カップ部の側出,その肉厚を変えてカップと着用者の
バストの隙間を埋めることで結果的に着用者に適合したファンデー
ションとするものである。
また,甲2においても,開示されている技術は,バージスメジャ
ーという器具によるバージスの測定と,カップとカップ受部とを切
り離すことが不可能なゲージブラによる確認という二つのみであ
り,こちらにも,カップ受部をバージスラインに合わせて計測する
という思想は存在しない。
それにもかかわらず,審決は,甲1発明及び甲2に記載の発明の
組合せから,これらのいずれにも何らの示唆もない「カップ受部の
側をバージスに適合させる」技術思想が容易に想到し得る理由につ
いて何らの検討もすることなく,想到容易であるとの結論を導いて
いる。
このように,審決は,本件特許発明1が容易に想到できるもので
あると認定するに当たって当然検討しなければならない論点を看過
しており,その結果,審決の認定には論理の飛躍が存在する。
そして,甲1ないし甲6のいずれの文献にも,カップ受部側でバ
ージスに適合させるとの思想の示唆は皆無であるから,このような
点は容易に想到し得るものではないことは明白である。
本件特許発明1は,バージスラインを「可能な限り」ではなく,
ジャストフィットするよう適合させることを目的としたものである
から,「可能な限り」近接させる思想が存在するだけでは,なお,
本件特許発明1の「カップ受部をバージスに適合させる」との思想
が容易に想到できるとする理由としては不十分である。
(d)審決の認定の矛盾
審決は,甲1発明の装着手段1の凹部湾曲形状が乳房のバージス
ラインに沿ったものと解釈できるとの認定を導く上で,甲2の記載
(a)「本来ブラの役割は,バストラインを美しくととのえて下垂
を防ぐこと。」,(b)「しかも,トップとアンダーだけの採寸だ
けでなく,オリジナル測定器(バージスメジャー)でバストの底面
周径サイズ(バージスサイズ)の測定や,ゲージブラでのフィット
感の確認等を行ったうえで,コンサルタントがブラの『フィット診
断』を行い,全1248サイズのブラの中から最適なブラをご提
案」(審決9頁22行∼28行)を考慮している。すなわち,審決
は,甲2に「バージスサイズ」という文言が記載されていること
を,甲1発明の「アンダーバストに沿わせて」にバージスサイズに
合わせるという思想が示唆されていると解釈する上での根拠の一つ
としている。
しかし,このような審決の判断は大きな矛盾をはらんでいる。な
ぜなら,審決のように,甲2にバージスサイズとの記載があること
をもって,バージスサイズの計測というものが当業者にとって明白
であるというのであれば,当業者は,アンダーバストサイズとバー
ジスサイズとは,全く別個の完全に独立したサイズ要素であると認
識することになる。この認識は,アンダーバストの意義としてバー
ジスサイズという要素を積極的に除外するものであるから,「アン
ダーバスト」の語をもって,上記のとおり「乳房直下の水平周囲
長」のみを表すものと理解することとなり,そこにバージスを含め
て考えることはおよそあり得ないことになる。
審決は,甲1にはアンダーバストとの記載しかなく,バージスサ
イズとの記載が全くないにもかかわらず,甲1発明にバージスサイ
ズを適合させるとの示唆があると述べている。これは,前提事実と
結論とが矛盾した事実認定である。
(e)甲2と組み合わせたとしても相違点1が容易想到でないこと
甲2には,バージスサイズを測定することが開示されている。
しかし,甲2で開示されているようにバージスサイズを計測する
曲率の違う当て定規を乳房にあてがうことと,体型補整機能を有す
る下着状の計測器具を着用してのバージスラインの測定とは大きく
異なる思想である。
バージスラインとは,やわらかい乳房の下辺の湾曲したラインで
あり,このバージスラインを美しく補整することで,好適なバスト
の形状が得られるところ,バスト周辺から乳房へと周囲の肉を寄せ
るようにしてバストの形状を形作る場合には,実際に着用し,着用
感を確認しつつ,理想的なバストサイズに補整することを容易に実
践できることが望ましい。
そこで,バージスラインに沿ったバスト受部を用意して,計測さ
れる者が実際に着用した上で,カップ部を合わせていくことが簡便
で的確な手法となるのであり,本件特許発明1はこれを実現するも
のである。
ところが,甲2では,バージスラインを計測するのはあくまでも
専用のメジャーであって,ゲージブラはその採寸結果に従った着用
感の確認をする手段に過ぎない。
このような別のメジャーで採寸して決定する方式を採用すると,
その計測に正確性を欠いてしまう恐れがあり,また,着用者は,バ
ック部も付帯したブラジャー全体としての着用感・フィット性を試
着によって体感できない。まして,体型補整を意図したブラジャー
の製造を意図した場合,着用者の他の部分の肉を寄せた上での採寸
をメジャーで正確に行うことは不可能に近い。そのため,メジャー
で採寸する方法はジャストフィットする計測手段としては簡易適切
なものとは言い難いのである。
したがって,甲2にバージスサイズを計測することが開示されて
いるからといって,これと,そもそもカップ部の肉厚を調整するこ
とを開示するに過ぎない甲1とを組み合わせたとしても,本件特許
発明1のような構成に容易に想到することにはならない。
c相違点2の検討の誤り
審決は,<相違点2>について,甲1発明においても,「…その装
着者にとって最適なブラジャーが組み合わされたとすれば,装着者
が,再度の選択を経ずその再現を求めるであろうことは,当業者から
みれば,当然に予測し得る…」こと(16頁下1行∼17頁2行),
また,甲5及び甲6に「…複数の試着服あるいは体型把握用洋服を衣
類のオーダーメイド用計測サンプルとして利用することが記載されて
いる」(17頁6行∼8行)ことから,当業者が容易に想到しうるこ
とであると判断している。
しかし,「その装着者にとって最適なブラジャーが組み合わされた
とすれば装着者が,再度の選択を経ずその再現を求めるであろうこと
は,当業者からみれば,当然に予測し得る」との点については,一度
甲1発明に基づいてファンデーションを組み合わせて作製したことが
ある当該着用者については,再度同一のサイズを用いてファンデーシ
ョンを作ることができることを述べているに過ぎず,汎用的に使用で
きる計測サンプルとして転用できるか否かについては何ら判断がなさ
れていない。
そもそも,本件特許発明1の計測サンプルは,被計測者が実際に着
用してフィット感を確認することを可能とするものであり,現実の商
品同様に体感しながら測定できる点に最大の特徴がある。したがっ
て,完成品たるブラジャーを計測サンプルとして転用しようにも,実
際に着用して体感しながらサイズの測定ができる構造を備えているの
でなければ,直ちに本件特許発明1に転用しうるものとはならない。
この点,上述のとおり,通常規格のブラジャーはアンダーバストサ
イズとカップサイズから,およそのバージスラインが決められてしま
っているところ,これを,バージスサイズを基準に,被計測者に適用
しようとすれば,そのブラジャーのアンダーバストサイズが合致せ
ず,好適なサンプルとはならない。これを計測サンプルとして転用す
るためには多数の商品をフルラインナップして用意しなければならな
い。また,そのようにフルラインナップで用意したとしても,あるバ
ージスサイズになるアンダーバストとカップサイズの組合せはあらか
じめ固定されているため,バージスサイズ基準で選んでしまうと,体
型にぴったり合致するブラジャーとはならず,アンダーバストサイズ
がずれてしまうこととなる。これでは,計測サンプルとしては不完全
なものとなり,全体としては計測具としての用をなさないこととな
る。したがって,甲1発明を計測サンプルに転用することは容易では
ない。
また,甲5に記載されている発明を基にしてサンプルを用意する場
合,想定しうるすべての箇所のすべての寸法を全通り組み合わせた数
量のサンプルを用意しなければならない。ファンデーションで言え
ば,例えば10種類のバージスサイズと,10種類のカップサイズと
を組合わせたサンプルを作製する場合,10×10=100種類のカ
ップ受け部とカップ部が組み合わされたサンプルをすべて用意する必
要がある。これに対し,本件特許発明1では,同一バージスサイズに
ついては一つのカップ受け部で全てのカップサイズに対応可能なので
あるから,10種類のバージスに対応するためには,試着サンプルと
しては10枚のカップ受け部を用意すれば足りる。このように,本件
特許発明1のように,想定しうるすべてのサイズを組み合わせたサン
プルを全通り用意せずとも計測を可能とする試着サンプルについて
は,甲1にも甲5にも何ら示唆がない。
さらに,甲6については,あくまでも,二次元での計測に関するも
のであり,ファンデーション,特にカップ部のように球状のふくらみ
を有し三次元的な計測が必要となる本件特許発明1のような場合に直
ちに転用しうるものではない。
以上に述べたとおり,甲1,甲5及び甲6のいずれについても,本
件特許発明1のような,試着者が体感しながら三次元的な計測を行う
ことを可能とする思想については全く示唆がないから,これらの先行
技術を前提としたとしても,相違点2について当業者が容易に想到し
得たと認定することはできない。
また,原告は,本件無効審判において,「ブラジャーは,基本的に
は伸縮性のある生地を使用し,生地を伸ばした状態で着用されるもの
であるから,仮縫いをしただけでは縫い目部分がほつれてしまうとい
う問題があるので,仮縫いという考え方をそのまま適用することはで
きない。よって,ブラジャーはアウターウェアと異なる特性を持つこ
とから,甲第1号証に甲第5号証及び甲第6号証を組み合わせたとし
ても,本件特許発明のようなブラジャーのオーダーメイドのための計
測サンプルを構成することは不可能である。」と主張しているにもか
かわらず,審決では,なぜ,特性の全く異なるアウターウェアに関す
る甲5及び甲6を参酌することにより,甲1発明のブラジャーを採寸
に用いるとの思想に容易に想到できるのかについて,何らの理由も示
していない。
(イ)本件特許発明2について
審決は,<相違点3>について,甲4(乙1)を踏まえることで当業
者が容易に想到し得るものと判断している。
しかし,本件特許発明2は,従来のアンダーバストとカップサイズか
らブラジャーのサイズを決定するという考え方とは一線を画し,あらか
じめアンダーバストサイズに合わせたカップ受部を用意することに換え
て,長さの異なるバック部を複数用意し,これを組み合わせることで個
々の顧客のアンダーバストサイズに適合させるものである。
また,本件特許発明2においては,バージスラインやバストカップか
ら独立してアンダーバストサイズを調節することが可能である点におい
て,バック部のパーツが重要な意義を有する。
したがって,本件特許発明2の上記相違点3の構成は,単にバック部
を別個のパーツとした以上の意義を有するのである。
しかし,甲4(乙1)には,バック部の組合せを変えることによりア
ンダーバストサイズを調節するという思想は開示も示唆もされていない
から,相違点3については,引用文献のいずれにも示唆がないものであ
って,当業者が容易に想到し得るものではない。
(ウ)本件特許発明3について
本件特許発明1及び2が,甲1∼甲6の先行技術を前提としても容易
に想到できるものではなく,進歩性を有するものであることは既に述べ
たとおりである。
カップ受部とカップ部の連結手段に面ファスナーを使用するのは,両
者の着脱を容易にするとともに,洗濯することもできるようにするとい
う目的を有するものであるが,その手段としてよく知られた面ファスナ
ーを付加した場合であっても,発明の新規性・進歩性が否定されるもの
ではない。
したがって,本件特許発明1の従属クレームである本件特許発明3
は,先行技術から当業者が容易に考えることができたものではない。
(エ)本件特許発明4について
本件特許発明2及び3が,先行技術を前提としても容易に想到できる
ものではなく,進歩性を有するものであることは既に述べたとおりであ
る。
本件特許発明4の「カップ受部とバック部をかぎホックによって着脱
可能」とする構成については,バック部には伸縮率の高い素材を使用す
ることが多い点に鑑み,引張力が作用しても試着時に外れないように
し,計測しやすくするという目的を有するものである。その手段として
よく知られたかぎホックを付加した場合であっても,発明の新規性・進
歩性が否定されるものではない。
したがって,本件特許発明2及び3の従属クレームである本件特許発
明4も,先行技術から当業者が容易に考えることができたものではな
い。
(オ)本件特許発明5∼8について
審決は,本件特許発明5∼8は,本件特許発明1∼4を用いて,カス
タムサイズのオーダーメイド用計測サンプルの試着を可能とした衣類の
オーダーメイド方式であるとした上で,本件特許発明1∼4と同様の理
由により,当業者が容易に発明することが可能であったと判断してい
る。
しかし,本件特許発明1∼4が,当業者が容易に発明することが可能
であったものではないことは,既に述べたとおりである。
したがって,本件特許発明1∼4が容易想到であることを前提として
いる点において審決の判断には誤りがあり,本件特許発明5∼8が容易
想到であるとした認定にも誤りが存在する。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
(1)取消事由1に対し
ア原告は,審決が,甲1発明について,「…装着手段1はアンダーバスト
(女子の乳房直下における胸部の水平周囲長)毎に用意され,収容する乳
房のサイズを変えた複数のカップ部材2と組み合わされ,アンダーバスト
に合った装着手段1と左右の乳房のサイズに適合したカップ部材2がそれ
ぞれ選択され,これらが係止されてブラジャーが構成されるということが
できる。」(8頁下9行∼下4行)と判断したことに関し,「審決に現れ
る装着手段1,右カップ部2及び左カップ部を全くの任意に選択できるも
のとした要旨認定は不当である。」と主張する。
しかし,審決が摘示するとおり,甲1には,「…着用者は,アンダーバ
ストに合わせて装着手段1を選択し,右バストに合ったカップ部を有する
カップ部材2を選択し,左バストに合ったカップ部を有するカップ部材2
を選択した後,カップ部材のカップ止着部2b,2bをそれぞれ装着手段
のカップ係着部1b,1bに係止すること…」(段落【0030】)と記
載されており,この記載からすると,着用者は,アンダーバスト及び左右
それぞれのバストに合わせて,装着手段1及び左右それぞれのカップ部材
2を選択することが理解できるから,上記審決の認定に誤りはない。
イ審決は,甲1発明について,装着手段1及び左右それぞれのカップ部材
2について,選択肢としてどのようなものを用意するかについてまで認定
していない。
また,甲1には,「従って,本発明の目的は,アンダーバストのみなら
ず,左右両方のバストがそれぞれのカップにフィットするファウンデーシ
ョンを提供することにある。」(段落【0006】),「本発明におい
て,上記カップ部については,その形状,サイズ,材質等について特に制
限されるものではないので従来公知のものをそのまま採用してもよいが,
好ましくは,カップ部の外形が同じで肉厚が異なって収容できるバストの
サイズが異なるもの等を各バストサイズ毎に設けるのが望ましい。これに
より,左右のバストサイズのアンバランスを矯正して,左右のバストの外
形を揃えることができる。」(段落【0009】)と記載されており,こ
れらの記載からすると,甲1発明は,左右両方のバストがそれぞれのカッ
プにフィットするファウンデーションを提供することを目的として,バス
トサイズ毎に,カップ等の外形が同じで肉厚が異なるもの等を設けるとい
うものであり,着用者の左右のバストサイズが異なっても左右のバストの
外形を揃えることができるように,カップの外形が同じで肉厚が異なって
収容できるようにしたものが例示されてはいるものの,着用者が,必ず,
肉厚が異なるものを選択するわけではないことからすれば,他の目的とし
て甲1発明は,この例示にとどまらず,広くバストラインの矯正効果を,
左右のバストで同等に得ることができるファウンデーションを提供するも
のと解すべきである。したがって,甲1に,カップ部の肉厚を変えてその
隙間を埋めることのみが開示されるとすることはできず,あくまでも,複
数のカップからカップを選択し,左右それぞれのカップにフィットするフ
ァウンデーションを提供することが開示されていると解釈するのが妥当で
ある。
しかも,甲1に,「装着手段1は,…JIS規格に基づくアンダーバス
トとカップの組み合わせにより用意されている」ことを裏付ける記載は見
当たらない。JIS規格は,「少女及び成人女子用の既製衣料品のうち,
ファンデーションのサイズ及び表示方法について規定する。」(甲7,
「1.適用範囲」参照)ものであって,技術思想の創作の前提条件となる
ものではない。甲1発明のブラジャーは,カップと装着手段とが別々に作
成されているものであって,既製の衣料品とはいえないものであるから,
甲1の記載を,既製衣料品のサイズを規定したJIS規格を前提にして解
釈する必然性はない。かえって,甲1には,段落【0009】に上記記載
があり,カップ部の形状,サイズ,材質等が公知のものに制限されない旨
が明記されている。装着手段についても,「上記カップ部材を係止して身
体胸部の所定位置に装身させるための上記装着手段については,ファウン
デーションの種類,すなわちブラジャー,ブラスリップ,ボディースーツ
等に応じて従来公知の形状,サイズ,材質等をそのまま採用することがで
きる。」(段落【0010】)と記載されており,この記載からすると,
装着手段は,必ずしも,公知のものに制限されないと解される。そうであ
れば,甲1の記載を,JIS規格を前提にして解釈することは誤りという
べきである。
ウしたがって,審決が,甲1発明を,「アンダーバスト毎に用意され,各
カップ部(2a)の周縁と適合する一対のカップ用凹部(1a)及びその
カップ用凹部(1a)の周縁に形成されたカップ係着部(1b)を有する
装着手段(1)と,収容する乳房のサイズを変えた複数のカップ部材
(2)との組合せからなり,装着手段(1)に対しカップ部材(2)を着
脱可能に設けてなるブラジャー。」(9頁9行∼13行)と認定したこと
には誤りがない。
(2)取消事由2に対し
ア本件特許発明1について
(ア)「本件特許発明1と甲1発明との一致点認定の誤り」につき
a原告は,「甲1発明のカップ受け部とカップ部との組み合わせは,
あくまでもJIS規格に基づくサイズ構成の枠内のものである。これ
に対し,本件特許発明1は,JIS規格にないバージスサイズに着目
し,JIS規格から離れて,バージスサイズ,アンダーバストサイズ
及びカップサイズの組み合わせを可能とすることによって所期の作用
効果を得ようとするものであり,この点において,甲1発明と大きく
異なる。審決は,このような明らかな相違を看過し,本件特許発明1
と甲1発明との一致点の認定を誤っている。」旨を主張する。
しかし,審決は,本件特許発明1と甲1発明との一致点を,「複数
のカップ受部と,カップ高さを変えた複数のカップ部との組み合わせ
からなり,カップ受部に対してカップ部を着脱可能に設けてなるカッ
プ部を有する衣類。」と認定しているのであって,両者が,JIS規
格に基づいていると認定しているわけではない。
もっとも,原告の上記主張は,善解すれば,審決の相違点の認定に
誤りがあるとの趣旨とも受け取れる。しかし,「甲1発明のカップ受
け部とカップ部との組み合わせは,あくまでもJIS規格に基づくサ
イズ構成の枠内のものである。」との原告の主張が誤りであること
は,前記(1)で述べたとおりである。
b本件特許発明1と甲1発明との一致点の認定は,本件特許発明1と
甲1発明とを対比してなされるものであるところ,本件特許発明1
は,「バージスサイズを変えた複数のカップ受部と,1つのバージス
サイズにおいてカップ高さを変えた複数のカップ部との組み合わせか
らなり,カップ受部に対してカップ部を着脱可能に設けてなるカップ
部を有する衣類のオーダーメイド用計測サンプル。」(請求項1)で
あり,甲1発明は,審決認定(9頁9行∼13行)のとおり,「アン
ダーバスト毎に用意され,各カップ部(2a)の周縁と適合する一対
のカップ用凹部(1a)及びそのカップ用凹部(1a)の周縁に形成
されたカップ係着部(1b)を有する装着手段(1)と,収容する乳
房のサイズを変えた複数のカップ部材(2)との組合せからなり,装
着手段(1)に対しカップ部材(2)を着脱可能に設けてなるブラジ
ャー。」である。これらの認定によれば,審決の本件特許発明1と甲
1発明との一致点,相違点の認定に誤りはない。
(イ)「相違点1の検討の誤り」につき
a甲1発明の内容に対し
原告は,甲1発明は,あくまでもアンダーバストサイズとカップサ
イズの組み合わせというJIS規格の枠組みを超えるものではなく,
甲1発明において着用者が選択するファンデーションの外形は,あく
までも既製品と同様アンダーバストサイズとカップサイズとの組み合
わせからなるものであり,甲1発明には,バージスサイズを合わせる
といった思想はない旨主張している。
しかし,甲1には,「本発明において,上記カップ部については,
その形状,サイズ,材質等について特に制限されるものではないので
従来公知のものをそのまま採用してもよいが,好ましくは,カップ部
の外形が同じで肉厚が異なって収容できるバストのサイズが異なるも
の等を各バストサイズ毎に設けるのが望ましい。」(段落【0009
】)と記載されており,この記載からすると,甲1発明のカップ部材
が,公知のものに制限されないことは,前記(1)で述べたとおりであ
る。
また,甲1には,「【発明が解決しようとする課題】従って,本発
明の目的は,アンダーバストのみならず,左右両方のバストがそれぞ
れのカップにフィットするファウンデーションを提供することにあ
る。」(段落【0006】)と記載されており,この記載からする
と,甲1発明のカップ部材は,左右両方のバストにフィットするよう
に設計されるものであることも明らかである。
ところで,甲2には,「…しかも,トップとアンダーの採寸だけで
なく,オリジナル測定器(バージスメジャー)でのバストの底面周径
サイズ(バージスサイズ)の測定や,ゲージブラでのフィット感の確
認等を行ったうえで,コンサルタントがブラの『フィット診断』を行
い,全1248サイズのブラの中から最適なブラをご提案。」(2枚
目右頁左欄)と記載されている。また,甲3には,「図示の通り,左
右一対の乳房を覆うカップ部1L,Rは下カップ布11L,Rと上カ
ップ布12L,Rをそれぞれ縫着して形成されており,下カップ布1
1L,Rのそれぞれの下縁湾曲部(下方の湾曲した縁部)には,半円
弧状のワイヤ2L,R(図2参照)が縫い込まれたカップワイヤー部
21L,Rが縫着されている。このワイヤー2L,Rは,形状記憶合
金などの金属や剛性のあるプラスチック等で成形されており,乳房の
バージスラインに好適にフィットする形状をなしている。そして,ワ
イヤー2L,Rは不織布などの柔らかい素材からなるバイアステープ
に包まれて縫い込まれており,前述の下カップ布11L,Rおよび上
カップ布12L,Rとこのカップワイヤー部21L,Rにより左右一
対のカップ部1L,Rが構成されている。」(段落【0041】)と
記載されている。これらの記載からすると,バージスサイズ(バージ
スライン)にフィットするようなブラジャー,すなわち,バージスサ
イズ(バージスライン)に合致したカップ部材を有するブラジャーを
選択することは,本件特許出願前から周知であるといえる。
以上のとおり,甲1のカップ部材は,公知のものに制限されず,左
右両方のバストにフィットするように設計されるものであるし,バー
ジスサイズにフィットするカップ部材を選択することは,本件特許出
願前から周知である。
そうすると,甲1に接した当業者であれば,カップ部の形状,サイ
ズを設計するに当たり,バージスサイズを考慮することを直ちに想起
するというべきである。
したがって,審決が,「…少なくとも左右の乳房の一方について
は,そのサイズに適合したカップ部材(2)として,乳房を収容した
状態で,下方周縁部が乳房の下方周縁部,すなわちバージスラインに
可能な限り近接して配置されるとともに,その内面立体形状が,乳房
の高さを含め,外周縁部から頂点に到るまでの立体形状に適合したも
のを選択することにより,乳房の下部周縁部から頂点に到る部分を持
ち上げ,乳房の形状を矯正するよう設計すべきことも十分に示唆され
ているということができる。」(15頁18行∼24行)と判断した
ことに誤りはない。
b「アンダーバストに合わせて」がバージスラインと合致しないこと
に対し
原告は,甲1における「従って,着用者は,アンダーバストに合わ
せて装着手段1を選択し,右バストに合ったカップ部を有するカップ
部材2を選択し,左バストに合ったカップ部を有するカップ部材2を
選択した後,カップ部材のカップ止着部2b,2bをそれぞれ装着手
段のカップ係着部1b,1bに係止することで,右バスト,左バス
ト,アンダーバスト全てにフィットするファウンデーションを着用す
ることができる。」(段落【0030】)との記載において,「アン
ダーバストに合わせて」は,バージスラインと合致せず,アンダーバ
ストに沿わせたところでバージスラインを適合させることには結びつ
かないから,甲1にバージスラインを変えることは示唆されていない
旨を主張する。
しかし,審決は,「…甲第1号証発明において,カップ部(2)の
周縁とカップ部凹部(2a)の周縁を適合するに当たり,両者の曲率
や周径を適合させることが好ましいことは,当業者が十分に予測し得
ることである。」(16頁10行∼12行)とした上で,「甲第2号
証には,ジャストフィットするブラジャーを製造するため,バージス
サイズを合わせることが示されている。」(16頁14行∼15行)
と認定し,「したがって,上述した甲第1号証発明におけるカップ部
(2a)及びカップ用凹部(1a)の周縁形状についての検討も踏ま
えれば,甲第1号証発明において,左右の乳房の各サイズに適合した
複数のカップ部材(2)として,乳房を収容した状態で,その下方周
縁形状が,種々の乳房の下方周縁部,すなわちバージスラインに可能
な限り近接して配置されるよう種々の形状を有し,…各下方周縁形状
に概ね適合するカップ凹部(2a)を備えた装着手段を用意すること
は,当業者が当然考慮すべき程度の設計的事項というべきであって,
…」(16頁16行∼24行)と判断している。
審決は,上記のとおり,甲1では,カップ部材(2)をバージスラ
インに適合したものとすることが示唆されていると認定しているので
あって,甲1において,装着手段1を「アンダーバストに合わせ」る
ことが,装着手段1をバージスラインに適合させることであると認定
しているわけではない。
c検討の脱漏及び論理飛躍の存在に対し
原告は,「甲1発明には,カップ受部によって着用者のバージスラ
インに合わせるという思想は全く示唆されていない。また,甲2にお
いても,カップ受部をバージスラインに合わせて計測するという思想
は存在しない。それにもかかわらず,審決は,甲1,2の組合せか
ら,これらのいずれにも何らの示唆もない『カップ受部の側をバージ
スに適合させる』技術思想が容易に想到しうる理由について何らの検
討もすることなく,想到容易であるとの結論を導いている。」旨を主
張する。
しかし,審決は,甲1には,カップ部材(2)をバージスラインに
適合したものとすることが示唆されているとして,上記bで引用した
ように認定判断しており,「カップ受部の側をバージスに適合させ
る」ことが容易想到であるとする理由は,詳細に示されている。審決
には,検討の脱漏や論理の飛躍はない。
d審決の認定の矛盾に対し
原告は,「甲2に,バージスサイズとの記載があることをもって,
バージスサイズの計測というものが当業者にとって明白であるという
のであれば,当業者は,アンダーバストサイズとバージスサイズと
は,全く別個の完全に独立したサイズ要素であると認識することにな
る。審決は,甲1にはアンダーバストとの記載しかなく,バージスサ
イズとの記載が全くないにもかかわらず,甲1にバージスサイズを適
合させるとの示唆があると述べている。これは,前提事実と結論とが
矛盾した事実認定である。」旨を主張する。
しかし,審決は,アンダーバストサイズとバージスサイズとが,同
じサイズ要素であると認定しているわけではない。審決は,これら
が,全く別個のサイズ要素であることを前提に,甲1には,カップ部
材(2)をバージスラインに適合したものとすることが示唆されてい
ると認定したものであり,この認定に誤りがないことは,既に述べた
とおりである。
e甲2と組み合わせたとしても相違点1が容易想到でないことに対し
原告は,甲2にバージスサイズを計測することが開示されているか
らといって,これと,そもそもカップ部の肉厚を調整することを開示
するに過ぎない甲1発明とを組み合わせたとしても,本件特許発明1
のような構成に容易に想到することにはならない旨主張する。
しかし,審決は,「甲第2号証の摘示事項(a),(b)及び甲第
3号証の摘示事項(a)をも参酌すれば,甲第1号証に記載された,
装着者が希望する矯正効果として,乳房がカップに収容されている状
態で,乳房の立体形状をカップ内側に形成される立体形状に適合させ
ることにより,乳房の外周縁部のうち下方周縁部から頂点に到る部分
を持ち上げ,カップ内側に形成される内面立体形状により,バストラ
インを整えることが含まれることは当業者にとって明白である。」
(15頁6行∼12行)と判断したのであって,甲1発明と,バージ
スサイズを計測することを開示する甲2の組合せから,相違点1が容
易想到と判断したわけではない。また,甲1発明が,カップ部の肉厚
を調整することを開示するに過ぎないものではないことは,既に述べ
たところから明らかである。
(ウ)相違点2の検討の誤りに対し
原告は,審決が,相違点2に関し,「…甲第1号証発明においても,
複数用意された装着手段及びカップ部から,装着者に最適なものが選択
され,その装着者にとって最適なブラジャーが組み合わされたとすれ
ば,装着者が,再度の選択を経ずその再現を求めるであろうことは,当
業者からみれば,当然に予測し得ることというべきである。」(16頁
下2行∼17頁3行)と説示したことについて,この説示は,一度甲1
発明に基づいてファンデーションを組み合わせて作製したことがある当
該着用者については,再度同一のサイズを用いてファンデーションを作
ることができることを述べているに過ぎず,汎用的に使用できる計測サ
ンプルとして転用できるか否かについては何ら判断がなされていない旨
主張する。
しかし,審決は,上記説示に続いて,「しかも,甲第5号証及び甲第
6号証には,複数の試着服あるいは体型把握用洋服を用意し,これらを
着用して,最適なものを選択したり,採寸して最終製品を裁断,縫製す
ることが示されており,これら複数の試着服あるいは体型把握用洋服を
衣類のオーダーメイド用計測サンプルとして利用することが記載されて
いる。したがって,甲第5号証及び甲第6号証をも参酌すれば,甲第1
号証発明のブラジャーを,オーダーメイドブラジャーの採寸に用いるこ
とにより,本件特許発明1の相違点2に係る構成とすることは当業者が
容易に想到し得ることである。」(17頁4行∼12行)と説示してお
り,審決は,甲1発明が,計測サンプルとして汎用的に使用できること
を明確に判断している。
ところで,甲1発明は,「アンダーバスト毎に用意され,各カップ部
(2a)の周縁と適合する一対のカップ用凹部(1a)及びそのカップ
用凹部(1a)の周縁に形成されたカップ係着部(1b)を有する装着
手段(1)と,収容する乳房のサイズを変えた複数のカップ部材(2)
との組合せからなり,装着手段(1)に対しカップ部材(2)を着脱可
能に設けてなるブラジャー。」というものであり,甲1発明の装着手段
(1)およびカップ部材(2)は,サイズの異なる複数のものからな
り,これらのうちのいずれかを選択して試着するものと認められるとこ
ろ,これらのうちのいずれかを選択して試着することは,これらを用い
てサイズを計測していることに他ならない。
他方,甲5,6には,審決が上記のように認定するとおり,「複数の
試着服あるいは体型把握用洋服を用意し,これらを着用して,最適なも
のを選択したり,採寸して最終製品を裁断,縫製することが示されてお
り,これら複数の試着服あるいは体型把握用洋服を衣類のオーダーメイ
ド用計測サンプルとして利用すること」が記載されている。また,甲2
には,「しかも,トップとアンダーの採寸だけでなく,オリジナル測定
器(バージスメジャー)でバストの底面周径サイズ(バージスサイズ)
の測定や,ゲージブラでのフィット感の確認等を行ったうえで,コンサ
ルタントがブラの『フィット診断』を行い,全1248サイズのブラの
中から最適なブラをご提案。あなたのバストのためだけのブラをおつく
りします。」(2枚目右頁左欄),「セミオーダーのブラジャー」(2
枚目右頁右欄)と記載され,複数の試着用のブラジャーをオーダーメイ
ド用の計測サンプルとして利用することが示されている(フィット感の
確認をしたうえで,フィットしたものと同じ商品を注文するのであるか
ら,甲2のブラジャーが試着されるものであることは明らかであり,試
着したブラジャーが計測サンプルとして用いられていることは明らかで
ある。)。これらの記載からすると,複数の試着服あるいは体型把握用
洋服を衣類のオーダーメイド用計測サンプルとして利用することは,本
件特許出願前から周知のことであると認められる。
そうであれば,甲1発明が,計測サンプルとして汎用的に使用できる
ことは当業者に明らかであり,上記審決の判断に誤りはない。
以上のとおりであるから,相違点2についての審決の判断に誤りはな
い。
イ本件特許発明2について
原告は,相違点3については,引用文献のいずれにも示唆がないから,
当業者が容易に想到しうるものではない旨を主張する。
しかし,審決が説示するとおり,一般に衣類を複数のパーツに分け,こ
れらを組み合わせることは,本願出願前より広く行われているところ,甲
4(乙1)によれば,バック部(ベルトB)が,ブラジャーのパーツを構
成するものであることは明らかである。また,この部分のサイズに個人差
があることも技術常識である。
甲1発明は,パーツを組み合わせることにより,フィット性のよいブラ
ジャーを構成するものである。上記したとおり,バック部のサイズに個人
差があることは技術常識であるから,この部分についても,複数のサイズ
を用意すれば,よりフィット性の高まったブラジャーを構成できることは
当業者に明らかである。
したがって,甲1発明における装着手段(1)を,カップ用凹部(1
a)を有する部分と背中に回される部分,すなわちバック部との組合せに
よるものとすることは,当業者ならば容易に想到できることというべきで
ある。
以上のとおり,審決の相違点3の判断には誤りはない。
ウ本件特許発明3について
本件特許発明1,2に進歩性がないとする審決の判断に誤りがないこと
は,既に述べたとおりであるから,本件特許発明3が進歩性を有する旨の
原告の主張は,前提を欠いたものであり,失当である。
エ本件特許発明4について
本件特許発明2,3に進歩性がないとする審決の判断に誤りがないこと
は,既に述べたとおりであるから,本件特許発明4が進歩性を有する旨の
原告の主張は,前提を欠いたものであり,失当である。
オ本件特許発明5∼8について
本件特許発明1∼4に進歩性がないとする審決の判断に誤りがないこと
は,既に述べたとおりであるから,本件特許発明5∼8が進歩性を有する
旨の原告の主張は,前提を欠いたものであり,失当である。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2本件特許発明1∼8の意義について
(1)本件特許請求の範囲は,前記第3,1(2)のとおりである。また,本件特
許明細書(甲9)の「発明の詳細な説明」には,次の記載がある。
ア発明の属する技術分野
「本発明は,ブラジャー(ロングラインブラジャーを含む),スリーイ
ンワン,ボディスーツ,水着等のカップ部を有する衣類において,着用者
に合ったカップ寸法及びアンダーバスト寸法を有し,着用時にフィット感
のある衣類を提供するためのカップ部を有する衣類のオーダーメイド用計
測サンプル及びオーダーメイド方式に関する。」(段落【0001】)
イ従来の技術
「一般にブラジャーは,乳房を理想的な形状に整え,下垂を防止する目
的で着用され,様々な型の既製のブラジャーが市販されており,着用者は
その中から体型に合うものを購入する。しかし,既製のブラジャーの中か
ら完全に体型に合ったものを見つけるのは難しく,身体に適度にフィット
しないものを着用してしまうと上記の目的を達成できないばかりか,適度
なフィット感が得られず不快感を感じてしまう。特に,きつすぎる場合に
は圧迫により苦痛を感じ,血流が悪くなる等して,身体に悪影響が及ぼさ
れる。
そこで標準サイズのブラジャーを幾種類か用意し,着用者の体型に近似
した標準サイズを選んで着用者にあわせてカスタムサイズに修正する方式
が採用されているが,標準サイズからカスタムサイズに修正するためには
熟練した技術を要し,修正ミスが起こりやすい難点があり,また着用者が
仕上り製品の着用感をあらかじめ疑似体験できないという難点もあった。
また,バック部がなく,カップサイズを種々変えた試着用の胸当て部を
用意し,これを試着することによりカップサイズを選択し,バック部につ
いては着用者のアンダーバストをメジャー等で採寸して,着用者の体型に
対応したブラジャーを提供しようとするというオーダーメイド方式も試み
られている。」(段落【0002】∼【0004】)
ウ発明が解決しようとする課題
「しかしながら,カップ部のフィット感は,バージスサイズ,すなわち
乳房の下縁の半円状の輪郭線(バージスライン)の曲率とカップ高さによ
って異なってくるものであり,このバージスサイズとカップ高さとの組合
せは各個人により様々であるが,上記の例では両者の組合せを種々に変え
た胸当て部が用意されているわけではないので,バージスサイズ及びカッ
プ高さの両者を合わせることは難しく,カップ部のフィット性は十分とは
いえなかった。
バック部の寸法は,トップバスト及びアンダーバストのフィット性も左
右するので,上記の例のように採寸して決定する方式を採用すると,その
計測に正確性を欠いてしまう恐れがあり,また,バック部も付帯したブラ
ジャー全体としての着用感・フィット性を着用者自ら試着によって体感で
きない難点があった。このような問題点はブラジャーのような下着関係に
止まらず,水着等も含め,カップ部を有する衣類全般についても同様であ
る。
そこで,仕上がり状態と寸法的に同様な計測用サンプルを試着して実際
の着用感を体感でき,また体型補整を目的として,あるいは着用者の好み
に合わせて細かい寸法調整のできるカップ部を有する衣類のオーダーメイ
ド方式が望まれていた。
したがって,本発明の目的とするところは,カップ部を有する衣類にお
いて,着用者の体型に対応したカスタムサイズのカップ部を有し,着用時
にフィット感のある衣類を提供し得るオーダーメイド用計測サンプル及び
オーダーメイド方式を提供するところにある。またさらに,着用者がカス
タムサイズのカップ部を有する計測サンプルを試着することができ,その
フィット感を確認した上で注文することができるカップ部を有する衣類の
オーダーメイド用計測サンプル及びオーダーメイド方式を提供することを
目的とする。」(段落【0005】∼【0008】)
エ課題を解決するための手段
(ア)「上記目的を達成するために,本発明に係るカップ部を有する衣類
のオーダーメイド用計測サンプルは,請求項1記載のように,バージス
サイズを変えた複数のカップ受部と,1つのバージスサイズにおいてカ
ップ高さを変えた複数のカップ部との組み合わせからなり,カップ受部
に対してカップ部を着脱可能に設ける構成としたものである。
このように構成すれば,顧客のバージスサイズ及びカップ高さにフィ
ットしたカップ受部とカップ部を選定することが容易であり,顧客はカ
スタムサイズのカップ部を有する計測サンプルを試着した上で注文する
ことができるので,着用時にフィット感のある衣類を提供できるととも
に,あらかじめそのフィット感を確認した上で注文することができるオ
ーダーメイド方式を提供することができる。
またさらに,本発明においては,カップ受部とカップ部の組合せのみ
ならず,バック部も着脱可能に組み合わせることにより,よりフィット
感のあるカップ部を有する衣類を提供し得るオーダーメイド用計測サン
プルを提供している。
すなわち,請求項2記載のように,バージスサイズを変えた複数のカ
ップ受部と,1つのバージスサイズにおいてカップ高さを変えた複数の
カップ部と,一つのカップ受部において寸法の異なる複数のバック部と
を有し,カップ受部に対してカップ部及びバック部を着脱可能に設けて
なるカップ部を有する衣類のオーダーメイド用計測サンプルである。
これにより,トップバスト及びアンダーバストのフィット性も左右す
るバック部の寸法を含めた全体が着用者の体型にあったカスタムサイズ
のオーダーメイド用計測サンプルとすることができ,よりフィット性の
高いカップ部を有する衣類を提供することができる。しかも,顧客はカ
スタムサイズのカップ部を有する計測サンプルを試着して全体としての
フィット感を確認した上で注文することができる。
バック部の寸法とは着用時における周方向の寸法であり,その周方向
の長さを変えることにより着用者のアンダーバストのサイズに対応する
ことができる。なお,カップ受部のバージスサイズを変えることによ
り,カップ受部脇側連結部の幅が変わる場合には,それに合わせてバッ
ク部の幅の寸法も変えるようにする。
カップ受部とカップ部とを着脱可能に連結する手段としては,ベルク
ロ(商標)又はマジックテープ(商標)などの面ファスナーが好適であ
る。すなわち,カップ受部の上端縁とカップ部の下端縁にそれぞれ設け
た一対の面ファスナーによって両者を着脱可能に連結する構成である。
両者の着脱が容易であり,また洗濯することもできる。
連結の形態としては,カップ部の上にカップ受部を重ねる形態をとっ
ても,カップ受部の上にカップ部を重ねる形態をとってもよいが,カッ
プ部のフィット性という観点からは前者の形態が望ましい。この場合,
カップ部の下端縁では外面側に面ファスナーの一方を,カップ受部の上
端縁では内面側に面ファスナーの他方を止着することになるが,バージ
スサイズを合わせるためカップ受部を試着する際,面ファスナーが肌に
触れるため,カップ受部側には基布の一面に多数のループ状係合素子を
設けた比較的肌当たりの良い雌側の面ファスナー(ループテープ)を設
け,カップ部側にフック状係合素子を有する雄側の面ファスナー(フッ
クテープ)を設ける形態が好ましい。
一方,カップ受部とバック部とは,左右のバック部を止める際引張力
が作用する点,またバック部には伸縮率の高い素材を使用することが多
い点からして,引張力が作用しても試着時に外れないように,かぎホッ
ク(フックアンドアイ)を用いて連結するのが好ましい。」(段落【
0009】∼【0017】)
(イ)「また,本発明は上記のようなオーダーメイド用計測サンプルを用
いたオーダーメイド方式も提供している。すなわち,本発明に係るカッ
プ部を有する衣類のオーダーメイド方式は,請求項5記載のように,バ
ージスサイズを変えた複数のカップ受部と,1つのバージスサイズにお
いてカップ高さを変えた複数のカップ部との組み合わせからなり,カッ
プ受部に対してカップ部を着脱可能に設けることにより,カスタムサイ
ズのカップ部を有するオーダーメイド用計測サンプルの試着を可能とし
たことを特徴とするオーダーメイド方式である。
すなわち,カップ受部に対してカップ部を着脱可能に設けたオーダー
メイド用計測サンプルを利用するものであって,カップ受部については
バージスサイズを変えたものを複数種類用意し,カップ部については1
つのバージスサイズにおいてカップ高さを変えたものを複数種類用意し
て両者を着脱自在に組み合わせ可能とし,これらの組合せを種々に変え
ることにより,顧客のバージスサイズ及びカップ高さにフィットしたカ
ップ部を有するオーダーメイド用計測サンプルの試着を可能としたもの
である。
これにより顧客はカスタムサイズのカップ部を有するオーダーメイド
用計測サンプルを試着した上で注文することができるので,着用時にフ
ィット感のある衣類を提供できるとともに,あらかじめそのフィット感
を確認した上で注文することができるオーダーメイド方式を提供するこ
とができる。
またさらに,本発明においては,カップ受部とカップ部の組合せのみ
ならず,バック部も着脱可能に組み合わせることにより,よりフィット
感のあるカップ部を有する衣類を提供し得るオーダーメイド方式を提供
している。
すなわち,請求項6記載のように,バージスサイズを変えた複数のカ
ップ受部と,1つのバージスサイズにおいてカップ高さを変えた複数の
カップ部と,一つのカップ受部において寸法の異なる複数のバック部と
を有し,カップ受部に対してカップ部及びバック部を着脱可能に設ける
ことにより,カスタムサイズのカップ部を有するオーダーメイド用計測
サンプルの試着を可能としたことを特徴とするカップ部を有する衣類の
オーダーメイド方式である。
これにより,トップバスト及びアンダーバストのフィット性も左右す
るバック部の寸法を含めた全体が着用者の体型にあったフィット性の高
いカップ部を有する衣類を提供することができ,しかも,顧客自ら出来
上がり製品を疑似体験することが可能となり,あらかじめそのフィット
感を確認した上で注文することができるオーダーメイド方式を提供する
ことができる。また,この方式によれば,メジャー等での計測だけでは
分からない素材収縮率の調整,体型補整を意図した修正なども実際の着
用感を伴って実施することができる。」(段落【0018】∼【002
3】)
オ発明の効果
「以上の説明から明らかな通り,本発明のオーダーメイド用計測サンプ
ルを使用すれば,顧客のバージスサイズ及びカップ高さにフィットしたカ
ップ受部とカップ部を選定することが容易であり,顧客はカスタムサイズ
のカップ部を有する計測サンプルを試着した上で注文することができるの
で,着用時にフィット感のある衣類を提供できるとともに,あらかじめそ
のフィット感を確認した上で注文することができる利点を有している。
また本発明のオーダーメイド方式によると,顧客はカスタムサイズのカ
ップ部を有するオーダーメイド用計測サンプルを試着した上で注文するこ
とができるので,着用時にフィット感のある衣類を提供できるとともに,
あらかじめそのフィット感を確認した上で注文することができるオーダー
メイド方式となし得たのである。また,このようなオーダーメイド方式に
よれば,メジャー等での計測だけでは分からない素材収縮率の調整,体型
補整を意図した修正なども実際の着用感を伴って実施することができる利
点も有している。
また,各部材の組合せからなるオーダーメイド用計測サンプルを使用す
るものであるから,各部材ごとにサイズ順に重ね合わせればコンパクトに
保管することができ,また,持ち運びも容易であり,しかも組合せ式であ
るから比較的少ない部材で多様な体型に対応し得るので,ブラジャー等を
オーダーメイド方式で店舗販売する場合の試着式採寸に限らず,出張採寸
にも適したオーダーメイド用計測サンプル及びオーダーメイド方式を提供
し得たのである。」(段落【0036】∼【0038】)
(2)上記(1)によれば,本件特許発明1∼4は,「カップ部を有する衣類のオ
ーダーメイド用計測サンプル」に関する発明であり,本件特許発明1は,
「バージスサイズを変えた複数のカップ受部と,1つのバージスサイズにお
いてカップ高さを変えた複数のカップ部との組み合わせからなり,カップ受
部に対してカップ部を着脱可能に設けてなる」ものであり,本件特許発明2
は,「バージスサイズを変えた複数のカップ受部と,1つのバージスサイズ
においてカップ高さを変えた複数のカップ部と,一つのカップ受部において
寸法の異なる複数のバック部とを有し,カップ受部に対してカップ部及びバ
ック部を着脱可能に設けてなる」ものであり,本件特許発明3は,本件特許
発明1又は2において,「カップ受部の上端縁とカップ部の下端縁にそれぞ
れ設けた一対の面ファスナーによってカップ受部とカップ部を着脱可能とし
た」ものであり,本件特許発明4は,本件特許発明1又は2において,「カ
ップ受部とバック部をかぎホックによって着脱可能とした」ものである。本
件特許発明5∼8は,「カップ部を有する衣類のオーダーメイド方式」に関
する発明であり,順に,それぞれ本件特許発明1∼4に対応するオーダーメ
イド用計測サンプルの試着を可能としたものである。
本件特許発明1∼4のオーダーメイド用計測サンプルを使用すれば,顧客
はカスタムサイズのカップ部を有する計測サンプルを試着した上で注文する
ことができるので,着用時にフィット感のある衣類を提供できるとともに,
あらかじめそのフィット感を確認した上で注文することができる。また,本
件特許発明5∼8のオーダーメイド方式は,メジャー等での計測だけでは分
からない素材収縮率の調整,体型補整を意図した修正なども実際の着用感を
伴って実施することができる。さらに,本件特許発明1∼8は,各部材の組
合せからなるオーダーメイド用計測サンプルを使用するものであるから,各
部材ごとにサイズ順に重ね合わせればコンパクトに保管することができ,ま
た,持ち運びも容易であり,しかも組合せ式であるから比較的少ない部材で
多様な体型に対応し得るので,ブラジャー等をオーダーメイド方式で店舗販
売する場合の試着式採寸に限らず,出張採寸にも適したものである。
3取消事由1(甲1発明認定の誤り)について
(1)甲1(特開平8−158111号公報)には,次の記載がある。
ア特許請求の範囲
「【請求項1】バストを収容するカップ部及びこのカップ部の周縁に
形成されたカップ止着部を有する一対のカップ部材と,上記各カップ部材
の形状に略々適合する一対のカップ用凹部及びこれら各カップ用凹部の周
縁に形成されて上記各カップ部材のカップ止着部が係脱可能に係着する一
対のカップ係着部を有し,上記一対のカップ部材を身体胸部に装着する装
着手段とを具備することを特徴とするファウンデーション。」
イ発明の詳細な説明
(ア)産業上の利用分野
「この発明は,ブラジャー,ブラスリップ,ボディースーツ等を始め
として水着その他のスポーツ用ブラジャー等の肌身に着用する内衣,最
も外側に着衣する外衣及びこれら内衣と外衣の中間に着衣する中装にお
いてバストカップを備えたファウンデーションに関する。」(段落【0
001】)
(イ)従来の技術
「従来,この種のファウンデーションは,バストを収容する一対のカ
ップとこのカップを身体胴部に装着するための装着手段とが一体に縫合
された構成を有し,複数の着用者に対応するために,1つのデザインに
対してアンダーバストやバストのサイズが異なる数種類のサイズが用意
されている。その為,各着用者は自分の好みのデザインのものの中から
自分のアンダーバストやバストのサイズに最もフィットするものを選ん
で着用する。
しかしながら,バストのサイズは,複数の着用者の間のみで異なるこ
とではなく,各着用者の左右の間でも異なる。一方,上記ファウンデー
ションにおいて,左右一対のカップは等しいサイズに形成されている。
その為,大きい方のバストはカップにフィットするが小さい方のバスト
はカップにフィットしないという問題点があった。
また,従来においては,カップ内にバストパッドを装着することで,
バストラインを矯正し,バスト形状を整えることが行われている。
しかしながら,上述したように着用者の左右のバストのサイズが異な
ると,バストとカップとの間の隙間はバストが大きい方で少なくバスト
が小さい方で大きくなるため,バストパットによる矯正効果はバストが
大きい方で大きく小さい方で小さくなって,左右のバストサイズのアン
バランスが助長されてしまい,思い通りの矯正効果を得ることができな
いという問題点があった。」(段落【0002】∼【0005】)
(ウ)発明が解決しようとする課題
「従って,本発明の目的は,アンダーバストのみならず,左右両方の
バストがそれぞれのカップにフィットするファウンデーションを提供す
ることにある。
また,本発明の他の目的は,バストパッドによるバストラインの矯正
効果を,左右のバストで同等に得ることができるファウンデーションを
提供することにある。」(段落【0006】∼【0007】)
(エ)課題を解決するための手段
「本発明において,上記カップ部については,その形状,サイズ,材
質等について特に制限されるものではないので従来公知のものをそのま
ま採用してもよいが,好ましくは,カップ部の外形が同じで肉厚が異な
って収容できるバストのサイズが異なるもの等を各バストサイズ毎に設
けるのが望ましい。これにより,左右のバストサイズのアンバランスを
矯正して,左右のバストの外形を揃えることができる。
上記カップ部材を係止して身体胸部の所定位置に装身させるための上
記装着手段については,ファウンデーションの種類,すなわちブラジャ
ー,ブラスリップ,ボディースーツ等に応じて従来公知の形状,サイ
ズ,材質等をそのまま採用することができる。
上記カップ係着部は,カップ部の周縁と適合するカップ用凹部の周縁
に設けられ,上記カップ止着部を係止できるものであると共に,肌に直
接触れる場合があるから肌触りの良い柔軟性のあるものであればよく,
例えば,表面に多数の柔軟パイルを有するテープを上記カップ用凹部の
周縁全体に設ければよい。また,上記柔軟パイルとしては,例えば,ベ
ルベットファスナーの雌ファスナーや,ポリエステル製,ナイロン製,
綿製等の起毛パイルで形成された縁取りテープ,更にはフィルムファス
ナーと称される面状ファスナー等を挙げることができ,肌触りやカップ
止着部との固着性の観点からパイル高さ1∼5mm程度の起毛パイル製
の縁取りテープが好ましい。
上記カップ止着部は,カップ部の周縁に形成されると共に,カップ係
着部の多数の柔軟パイルに係脱可能に係止する多数の鉤小片が植設さ
れ,上記バストカップ側に取り付けられたカップ係着部に係脱可能に固
着できるものであればよい。そして,上記カップ止着部に植設される多
数の鉤小片の形状については,カップ係着部の柔軟パイルと同様に特に
制限されるものではなく,例えば,先端に小さく折れ曲がったカップ係
止部を有するものや,先端に小さな傘状部を有するもの等を例示するこ
とができる。この鉤小片についても,あまり固すぎると間接的ではある
が肌に対する圧迫感が生じるので,柔軟性があり,しかも,カップ止着
部との固着性に優れているものがよく,好ましくはその鉤小片の高さ1
∼5mm程度のベルベットファスナーの雄ファスナー等がよい。」(段
落【0009】∼【0012】)
「また,カップ部周縁の位置にバスト形状を維持するためのワイヤボ
ーンを設ける場合,上記ワイヤボーンは装着手段に設けても,カップ部
材に設けてもよい。そして,好ましくは,上記装着手段に設ける場合に
はカップ係着部に重ねて配設し,また,上記カップ部材に設ける場合に
はカップ止着部に重ねて配設することで,上記カップ係着部あるいはカ
ップ止着部の強度が向上し,装着手段に対してカップ部材を係止するこ
とが容易になる。
ところで,本発明において,装着手段及び/又はカップ部材にパッド
係着部を設けると共に,上記パッド係着部に係脱可能なパッド止着部を
有するバストパッドを具備させてもよい。
そして,カップ部の周縁に取り付けるバストパッドは,その取付位置
を変更した際にこれらカップ部やバストパッドが有する非対称的な形状
に基づいて,カップ部とバストパッドとが相俟って形成するバスト収容
部分の形状や位置が微妙にあるいは大幅に変化するものであれば,その
形状,サイズ,材質等について特に制限されるものではなく,従来公知
のものをそのまま採用することができる。
また,バストパッドの形状及びサイズについては,その使用目的に応
じて種々のデザインのものを採用することができるが,好ましくはカッ
プ部の形状の一部又は全部と同じ形状であり,より好ましくはカップ部
の形状の一部と同じ形状であって,その外周縁形状の一部がカップ部の
周縁の一部,特にその周縁下辺部,周縁外側辺部等の一部又は全部の形
状と概ね一致し,カップ部に対するバストパッドの取付位置をカップ部
周縁に沿って移動させた際に,バスト収容部分の形状や位置については
微妙にあるいは大幅に変化するものの,このバストパッドがカップ部内
に常時位置するような形状及びサイズに設計されているのが望ましい。
また,必要により,1種類のカップ部に対しオプションとして複数種類
の形状あるいはサイズのバストパッドを用意しておくことにより,より
多くの変化に富んだバストの形状や位置の調整が可能になる。
例えば,カップ部が概ね円形状である場合にはバストパッドを三日月
形状や半円形状等の円形の一部を構成する形状にし,着用者がバストア
ップを希望する場合にはこのバストパッドをカップ部の周縁下辺部に固
着し,また,着用者がバストの位置を内側に寄せることを希望する場合
にはこのバストパッドをカップ部の左側又は右側の周縁外側辺部に固着
できるようにするのがよく,また,乳癌手術後のバスト形状の整形を目
的とする場合には,失われたバスト部分の形状に概ね適合した形状のバ
ストパッドを用意し,正常なバストの形状や位置の変化に応じて自然な
バストのシルエットが形成されるように,このバストパッドの取付位置
を微妙に調整して取り付けるのがよい。」(段落【0013】∼【00
17】)
「なお,特にバストカップの周縁の下辺部が彎曲状に形成され,この
周縁下辺部にバスト形状を維持するためのワイヤボーンが設けられてい
るような場合には,このワイヤボーンを覆う縁取りテープを起毛パイル
で構成し,この縁取りテープをパッド係着部として利用するのが好まし
い。この様に,ワイヤボーンを覆う縁取りテープをパッド係着部として
利用すれば,このワイヤボーンによる剛性によりバストパッドに対する
固着性が向上し,このバストパッドの取付位置の変更やその位置決めが
容易になるほか,このワイヤボーンによりバスト形状を整える作用とバ
ストパッドによりバスト形状を整える作用とを組み合わせてより効率良
く所望の形状及び位置にバストを整えることが可能になる。」(段落【
0022】)
(オ)作用
「本発明のファウンデーションは,バストを収容する一対のカップ部
材と,上記カップ部を身体胸部に装着する装着手段とが別々に供給され
るようになっているため,着用者は,アンダーバストに合わせて装着手
段を選択し,右バストに合ったカップ部を有するカップ部材を選択し,
左バストに合ったカップ部を有するカップ部材を選択することができ
る。そして,着用者は,カップ部材のカップ止着部をそれぞれ装着手段
のカップ係着部に係止することで,一対のカップ部と装着手段とが一体
に形成されたファウンデーションを着用することができる。
その為,左右のカップ部のサイズは,それぞれ対応するバストのサイ
ズに合ったものを各々選ぶことができるので,各カップ部と各バストと
の間の隙間を無くすことができ,左右両方のカップ部を左右両方のバス
トにフィットさせることができる。」(段落【0024】∼【0025
】)
(カ)実施例
「図1∼図6において,本発明の実施例に係るファウンデーションで
あるブラジャーBが示されている。このブラジャーBは,基本的に11
は,バストを収容するカップ部2a及びそのカップ部の周縁に形成され
たカップ止着部2bからなる一対のカップ部材2と,上記各カップ部2
aの周縁と適合する一対のカップ用凹部1a及びそのカップ用凹部1a
の周縁に形成されたカップ係着部1bを有し,上記カップ部2aを身体
胸部に装着する装着手段1とで構成されている。また,上記カップ部2
aの周縁全周に亘ってパッド係着部2cが設けられると共に,上記パッ
ド係着部2cに係脱可能なパッド止着部3aを有するバストパッドaが
装着されている。更に,上記カップ部2aの周縁には,その全長に沿っ
て,着用者のバスト形状を維持するためのワイヤボーン4が設けられて
いる。
そして,上記カップ係着部1bと上記パッド係着部2cとが,多数の
柔軟パイルを有する起毛パイル製の縁取りテープで構成されると共に,
上記カップ止着部2bと上記パッド止着部3aとが,多数の鉤小片が植
設された構成になっていて,上記カップ係着部1bが上記カップ止着部
2bに,上記パッド係着部2cが上記パッド止着部3aにそれぞれ固着
できるようになっている。
従って,着用者は,アンダーバストに合わせて装着手段1を選択し,
右バストに合ったカップ部を有するカップ部材2を選択し,左バストに
合ったカップ部を有するカップ部材2を選択した後,カップ部材のカッ
プ止着部2b,2bをそれぞれ装着手段のカップ係着部1b,1bに係
止することで,右バスト,左バスト,アンダーバスト全てにフィットす
るファウンデーションを着用することができる。また,上記バストパッ
ドのパッド止着部3aを上記パッド係着部2cに係止することで,左右
のバストを同程度に矯正することができて,思い通りの矯正効果を得る
ことができる。更に,カップ2aの周縁全周に亘ってバストパッド3を
移動させながら自己のバスト形状を整え,バストの形状(外形)や位置
を自己のバストに合わせて希望どおりに調整でき,また,カップ2a内
におけるバストパッド3の取付位置を上記パッド係着部2cに沿って微
妙に変更することにより,自己のバストの形状,大きさ,位置等に応じ
て優れた着用感を得ることができる。」(段落【0028】∼【003
0】)
(キ)発明の効果
「本発明のファウンデーションは,バストを収容する各カップ部材と
上記カップ部を身体胸部に装着する装着手段とが別々に形成され,上記
各カップ部材のカップ止着部をそれぞれ装着手段のカップ係着部に係止
して使用するようにして,着用者が自分のサイズに合わせて右カップ
部,左カップ部,装着手段をそれぞれれ選ぶことができるようにしたの
で,右バスト,左バスト,アンダーバスト全てにフィットするものを選
ぶことができる。
また,本発明のファウンデーションは,各バストのサイズに応じてカ
ップ部材を選択するようにしたので,乳がん等で一方のバストを取って
しまった場合でも簡単にフィットするサイズを選択することができる。
更に,本発明のファウンデーションによれば,カップ部材及び装着手
段の色やデザインを数種類用意しておけば,着用者はそれらを様々に組
み合せて思い思いのファウンデーションを楽しむことができる。
また,生産者側においても,バストのサイズと装着手段のサイズとの
組合せを選択して規格化する必要が無いと共に,それぞれを独立して生
産することができるので,生産が効率よく行え,しかも,需要に見合っ
た供給を行うことができる。」(段落【0033】∼【0036】)
(2)上記(1)の記載及び弁論の全趣旨によれば,甲1には,審決が認定する下
記発明(甲1発明)が記載されているものと認められる。

「アンダーバスト(女子の乳房直下における胸部の水平周囲長)毎に用意
され,各カップ部(2a)の周縁と適合する一対のカップ用凹部(1a)
及びそのカップ用凹部(1a)の周縁に形成されたカップ係着部(1b)
を有する装着手段(1)と,収容する乳房のサイズを変えた複数のカップ
部材(2)との組合せからなり,装着手段(1)に対しカップ部材(2)
を着脱可能に設けてなるブラジャー。」
(3)原告は,「甲1発明は,アンダーバストとカップとの組合せによりファ
ンデーションのサイズを選択したところ,着用者のバストのサイズが左右で
異なる場合に,それによりフィットしない方のカップを,カップ部の外形が
同じで肉厚が異なって,収容できるバストのサイズが異なるものを用意する
ことによってフィットさせることを目的とするものであり,甲1発明の装着
手段1は,アンダーバスト(女子の乳房直下における胸部の水平周囲長)の
みに基づいて用意されているのではなく,JIS規格に基づくアンダーバス
トとカップの組合せにより用意されているものである。」と主張する。
しかし,甲1には,上記(1)イ(カ)のとおり,「着用者は,アンダーバス
トに合わせて装着手段1を選択し,右バストに合ったカップ部を有するカッ
プ部材2を選択し,左バストに合ったカップ部を有するカップ部材2を選択
した後,カップ部材のカップ止着部2b,2bをそれぞれ装着手段のカップ
係着部1b,1bに係止することで,右バスト,左バスト,アンダーバスト
全てにフィットするファウンデーションを着用することができる。」と記載
されている。この記載は,アンダーバストに合わせた装着手段1,右バスト
に合ったカップ部を有する右カップ部材2及び左バストに合ったカップ部を
有する左カップ部材2を任意に選択できる趣旨の記載であるし,甲1には,
JIS規格について言及する記載は全くない。また,甲1には,上記(1)イ(
エ)のとおり,「カップ部の外形が同じで肉厚が異なって収容できるバスト
のサイズが異なるもの等を各バストサイズ毎に設けるのが望ましい。」との
記載があるが,「カップ部の外形が同じで肉厚が異なって収容できるバスト
のサイズが異なるもの」との記載には,その後ろに「等」と記載されていて
例示であることが明らかである上,上記(1)認定の甲1の他の記載とも併せ
て見ると,甲1発明の意義が「カップ部の外形が同じで肉厚が異なって収容
できるバストのサイズが異なるもの」を提供することに限られると解するこ
とはできないから,原告の上記主張は採用することはできない。甲1発明に
おいては,装着手段1,右カップ部材2及び左カップ部材2を任意に選択で
きるというべきである。
なお,甲1には,上記(1)イ(イ)のとおり,「…バストのサイズは,複数
の着用者の間のみで異なることではなく,各着用者の左右の間でも異なる。
一方上記ファウンデーションにおいて,左右一対のカップは等しいサイズに
形成されている。その為,大きい方のバストはカップにフィットするが小さ
い方のバストはカップにフィットしないという問題点があった。」との記載
があり,上記(1)イ(ウ)のとおり,「…本発明の目的は,アンダーバストの
みならず,左右両方のバストがそれぞれのカップにフィットするファウンデ
ーションを提供することにある。」との記載があるが,これらの記載は,甲
1発明が,左右両方のバストがそれぞれのカップにフィットするファウンデ
ーションを提供するものであると述べているもので,上記認定に沿うという
ことができる。
(4)そうすると,審決の「…装着手段1はアンダーバスト(女子の乳房直下
における胸部の水平周囲長)毎に用意され,収容する乳房のサイズを変えた
複数のカップ部材2と組み合わされ,アンダーバストに合った装着手段1と
左右の乳房のサイズに適合したカップ部材2がそれぞれ選択され,これらが
係止されてブラジャーが構成されるということができる」(8頁下9行∼下
4行)との認定に誤りがあるということはできないから,原告主張の取消事
由1は理由がない。
4取消事由2(進歩性判断の誤り)について
(1)本件特許発明1につき
ア原告は,甲1発明の装着手段(カップ受け部)は,JIS規格に基づい
てアンダーバストサイズとカップサイズの組合せで表記されるサイズ毎に
用意されるものであり,左右同一の大きさのカップを使用した場合に着用
者の左右のバストの大きさの差異から生ずる隙間を埋めるために肉厚を変
えたカップ部で調節するというものであるのに対し,本件特許発明1は,
JIS規格にないバージスサイズに着目し,JIS規格から離れて,バー
ジスサイズ,アンダーバストサイズ及びカップサイズの組み合わせをする
ことを可能とすることによって所期の作用効果を得ようとするものであ
り,この点において,甲1発明と大きく異なると主張する。
しかし,甲1発明の装着手段がJIS規格に基づくものであるとか,甲
1発明は左右同一の大きさのカップを使用した場合に着用者の左右のバス
トの大きさの差異から生ずる隙間を埋めるために肉厚を変えたカップ部で
調節するものに限られるとの主張は,前記3で述べたとおり採用すること
ができないから,原告の上記主張は前提を欠くものである。
イ相違点1の検討
(ア)甲1発明は,前記3のとおり,アンダーバストに合わせた装着手段
1,右バストに合ったカップ部を有する右カップ部材2及び左バストに
合ったカップ部を有する左カップ部材2を任意に選択できるようして,
アンダーバストサイズ及びカップサイズを任意に組み合わせたブラジャ
ーを提供するというものであり,また,装着手段1のカップ用凹部1a
は,カップ部2aの周縁と適合するものとされている。
(イ)a甲2(「Dublev(デューブルベ)」と称する株式会社ワé
コールのセミオーダーシステムに関するカタログ)の2頁右欄左側に
は,次の記載がある。
「本来ブラの役割は,バストラインを美しくととのえて下垂を防ぐ
こと。でも,バストのかたちやサイズに合っていないとブラの機能が
活かせず,うつくしくととのえられないばかりか,肩こりなど不快感
の原因にもなりかねません。美しいバストラインのためには,ジャス
トフィットのブラを選ぶことが大切です。」
「デューブルベではコンサルタントがあなたのバストを測定。…し
かも,トップとアンダーだけの採寸だけでなく,オリジナル測定器
(バージスメジャー)でバストの底面周径サイズ(バージスサイズ)
の測定や,ゲージブラでのフィット感の確認等を行ったうえで,コン
サルタントがブラの「フィット診断」を行い,全1248サイズのブ
ラの中から最適なブラをご提案。あなたのバストのためだけのブラを
おつくりします。」
b上記aのとおり,甲2には,バストの底面周径サイズ(バージスサ
イズ)を測定して,各人のバージスサイズに適合したブラジャーを作
ることが記載されている。
(ウ)ところで,右カップ部材2及び左カップ部材2について,それぞれ
収容する乳房のサイズに合ったものを選ぶことが開示されている甲1発
明,及び,同じブラジャーの分野においてバストの底面周径サイズ(バ
ージスサイズ)を測定して各人のバージスサイズに適合したブラジャー
を作ることが記載されている甲2に接した当業者(その発明の属する技
術の分野における通常の知識を有する者)は,右カップ部材2及び左カ
ップ部材2について,カップ部2aの周囲の長さが異なるものの中から
選ぶことをも容易に想起することができると考えられる。そして,この
ように,カップ部2aの周囲の長さが異なるものが複数存するとする
と,カップ部2aの周縁と適合するものとされているカップ用凹部1a
についても形状が異なるものを複数用意しないと,装着手段1の凹部湾
曲形状がカップ部材の形状に適合できなくなることは明らかであって,
そのことも容易に想起し得るということができる。そうすると,当業者
は,甲1発明及び甲2記載の発明から,装着手段の左右のカップ用凹部
それぞれにつき凹部湾曲形状を変えたもの及びそれに適合したカップ部
材を複数用意することを容易に想起することができるというべきであ
る。
(エ)この点についての原告の主張は,次のとおり採用することができな
い。
a原告は,①甲1発明においては,アンダーバストが同じでありなが
ら装着手段1の凹部の曲面形状が異なることは予定されていない,②
甲1発明に,バージスラインに適合させるとの思想が示唆されている
といえるためには,右バストのバージス,左バストのバージスそれぞ
れに独立して適合させる構成となっていなければならないところ,甲
1発明で開示されているのは,単一の部材からなる装着手段のみであ
るから,甲1発明には,このような技術思想は全く存在しないし,甲
1発明の技術思想に反するとさえいえると主張する。
確かに,甲1には,アンダーバストが同じでありながら装着手段1
の凹部の曲面形状が異ならせることについて明示の記載はないが,上
記(ウ)で述べたとおり,当業者は,甲1発明及び甲2記載の発明から
装着手段の凹部湾曲形状を変えたもの及びそれに適合したカップ部材
を複数用意することを容易に想起することができるというべきであ
る。そして,このことは,前記3(1)イ(カ)の甲1の実施例には単一
の部材からなる装着手段しか開示されていないとしても,甲1発明及
び甲2記載の技術思想に基づき想起することができるものであって,
甲1発明の技術思想に反するということはない。
b原告は,本件特許発明1は,バージスラインを「可能な限り」では
なく,ジャストフィットするよう適合させることを目的としたもので
あるから,「可能な限り」近接させる思想が存在するだけでは,な
お,本件特許発明1の「カップ受部をバージスに適合させる」との思
想が容易に想到できるとする理由としては不十分であると主張する。
しかし,本件特許の請求項1は「バージスサイズを変えた複数のカ
ップ受部と,1つのバージスサイズにおいてカップ高さを変えた複数
のカップ部との組み合わせからなり,カップ受部に対してカップ部を
着脱可能に設けてなるカップ部を有する衣類のオーダーメイド用計測
サンプル。」というものであって,前記2認定の本件特許明細書の内
容を総合しても,本件特許発明1は,バージスラインを「可能な限
り」ではなくジャストフィットするよう適合させることまでも目的と
していると解することはできず,原告の主張は,上記(ウ)の認定を左
右するものではない。
c原告は,審決のように,甲2にバージスサイズとの記載があること
をもって,バージスサイズの計測というものが当業者にとって明白で
あるというのであれば,当業者は,アンダーバストサイズとバージス
サイズとは,全く別個の完全に独立したサイズ要素であると認識する
ことになり,この認識は,アンダーバストの意義としてバージスサイ
ズという要素を積極的に除外するものであるから,「アンダーバス
ト」の語をもって,上記のとおり「乳房直下の水平周囲長」のみを表
すものと理解することとなり,そこにバージスを含めて考えることは
およそあり得ないことになると主張する。
しかし,アンダーバストとバージスサイズは,それぞれ女子の乳房
直下における胸部の水平周囲長,バストの底面周径サイズという別個
の意義を有しているものであって,矛盾するものでないことは明らか
であるから,アンダーバストの意義としてバージスサイズという要素
を積極的に除外するものということはできないのであって,上記(ウ)
の認定に矛盾があるということはできない。
d原告は,甲2で開示されているようにバージスサイズを計測する曲
率の違う当て定規を乳房にあてがうことと,体型補整機能を有する下
着状の計測器具を着用してのバージスラインの測定とは大きく異なる
思想であると主張する。
しかし,バージスサイズを計測して,そのサイズに適合したブラジ
ャーを作ることも,装着手段の凹部湾曲形状につきバージスサイズを
変えた複数のものを用意することも,バージスサイズが適合したブラ
ジャーを提供するという点では異なることはなく,上記(ウ)のとお
り,当業者は,甲1発明及び甲2記載の発明から装着手段の凹部湾曲
形状を変えたもの及びそれに適合したカップ部材を複数用意すること
を容易に想起することができるというべきであって,原告が主張する
甲2発明と本件特許発明1との違いは,この認定を左右するものでは
ない。
(オ)そうすると,バージスサイズを変えたカップ用凹部1aを備えた装
着手段を用意し,1つのバージスサイズにおいて高さを含む立体形状を
変えた複数のカップ部を用意するという,<相違点1>に係る構成を,
当業者は容易に想到することができたというべきであって,その旨の審
決の判断に検討の脱漏や論理の飛躍があるということはできず,この判
断に誤りがあるということはできない。
ウ相違点2の検討
(ア)甲5(特表平9−504636号公報)の「発明の詳細な説明」に
は,次の記載がある。
a発明の開示
「…本発明は,注文服仕様の衣服のためのシステム及び方法であっ
て,寸法の異なる試着服を数多く用いて最終製品を作製するものであ
る。システムは,数多くの試着服(try-onapparels)とそれらの各寸
法の追跡を続けるために使用される。
顧客がこれら試着服の1つを試しに着用したとき,システムと関連
づけられた装置により,試着服の適合性について顧客の回答を集め
る。もし,試着服が適合しない場合,システムは所定の基準
(rules)に基づいて,次の試着服の着用を提案する。顧客が特定の
試着服について満足し,衣服の購入を希望すると,それは製造システ
ムに報告され,顧客に承認された試着服の寸法に相当する衣服が最終
製品として得られるように,裁断,縫製,処理される。」(17頁1
8行∼26行)
b発明を実施する最良の形態
「本発明の望ましい実施例においては,各々が互いに寸法の異なる
相当数の試着服(10)が,販売店にて,容器又は棚(20)の如き
ラックの中に準備されている。取出しを容易に行なうために,棚(2
0)の中の区画部(30)には,所定数の試着服(10)が入れられ
ている。ここでは,5着の異なる試着服(10)が区画部(30)の
中に入れられた状態が示されている。この実施例では,各々が互いに
寸法の異なる約500着もの試着服が入れられている。望ましい実施
例において,これらの服は通常は在庫品として用いられるのではな
く,試着服として保存される。
望ましい実施例において,試着服(10)は,それら寸法のサイズ
変化に応じて,棚(20)の中に保存される。例えば,婦人用ズボン
の場合,ウエストサイズ24の試着服(10)は,棚(20)の第1
カラムの中に入れられ,各区画部(30)では同じヒップサイズの試
着服が5着収容される。ヒップサイズは,5着の試着服(10)が入
れられた各区画部(30)毎に1インチずつ大きくなっている。区画
部(30)の中には,ウエストとヒップが特定の組合せの試着服(1
0)が5着ずつ収容されており,各試着服の股上の寸法値は夫々異な
っている。図示のように,本発明の方法は,例えば婦人用ジーンズの
如く,選択されたデザインと形状(configuration)に対する寸法と
共に,販売店のために作られるべき試着服(10)の数を決定するた
めに使用される。
図1をさらに参照すると,システム(40)は販売店で使用され,
棚(20)の中の各試着服(10)の寸法を格納するために用いられ
る。追加のシステム又は端子(42)を同様に使用することができ
る。本発明の方法及び装置によれば,顧客は試着服(10)を選択
し,サイズ合わせした情報を店員に報告し,システム(40)の中に
入力される。もし最初の選択したものが顧客の要望に合わない場合,
システム(40)は,顧客のサイズ合わせ情報に応じて次の試着服
(10)を試すように奨める。」(20頁7行∼21頁2行)
(イ)甲6(特開平7−316909号公報)の「発明の詳細な説明」に
は,次の記載がある。
a産業上の利用分野
「本発明は洋服仕立ての採寸時にわずかの体型の歪みも把握できる
体型把握用洋服に関するものである。」(段落【0001】)
b従来の技術
「従来のオーダー服の採寸方法では,丈,幅,の採寸だけで縫製し
ていたため,体の厚み,反り,前かがみ,肩の上がり下がり,左右の
肩の勾配などのわずかの違いは特別の技術者以外は容易に把握出来
ず,着心地の良い洋服の仕立ては非常に難しかった。」(段落【00
02】)
c発明が解決しようとする課題
「本発明は従来の採寸方法では把握できなかった,体の厚み,反
り,前かがみ,肩の上がり下がり,左右の肩の勾配などのわずかの違
いを本発明の体型把握用洋服を試着し採寸することによって,各人の
体型に合った洋服の縫製が容易に出来ることを目的とする。」(段落
【0003】)
d課題を解決するための手段
「衿なし洋服の左右の前身頃(1)と左右の後身頃(2)の複数箇
所に生地を重ねた縫合部(3.4.5.6.8.9.10)を設けて
分断し,肩の縫合部(7)と袖の縫合部(11.12)も生地を重ね
て分断し,その各分断箇所に目盛部(13.14.15.16.1
7.18.19.20.21)を設けたことを特徴とする技術で上記
の課題を解決した。」(段落【0004】)
e作用
「本発明は上記のように構成されているので採寸時に体型把握用洋
服を試着することによって各人の体型の厚み,反り,前かがみ,肩の
上り,下がり,肩の左右の勾配の違いなどをそれぞれの縫合部の合わ
せを浅くしたり深くしたりすることによって服地を無理なく身体に添
わせることができ,分断箇所に設けてある目盛で分断箇所の開き具合
の採寸も同時に容易に行うことができる。」(段落【0005】)
f実施例
「次に図面を参照しながら本発明の体型把握用洋服を説明する。前
身頃の縫合部(3.4.5.6),肩の縫合部(7),後身頃の縫合
部(8.9.10.),袖の縫合部(11.12)を標準寸法で仮縫
いをしておく。次に体型別の採寸方法を説明する。上半身が反ってい
る人(胸の出ている人)は,前身頃が吊り上がり左右の前身頃が重な
り過ぎるので前身頃の縫合部A(3),B(4),C(5),D
(6)の縫合を浅くすることによって前身頃の裾を平に調整し,上半
身が反ることによって生じる後身頃の裾の垂れは後身頃の縫合部A
(8),B(9),C(10)の縫合を深く(縫い込みを多くする)
することによって後身頃の裾を平にする。反対に上半身が前かがみの
人は前身頃が垂れ下がり左右の身頃の裾が開いてしまうので前身頃の
縫合部A(3),B(4),C(5),D(6)の縫合を深くするこ
とによって前身頃の裾を平にし,前かがみの人の後身頃は吊り上がっ
ているので後身頃の縫合部A(8),B(9),C(10)を浅くす
ることによって後身頃の裾を平にする。左右の腕の長短,及び肘の曲
り具合は,腕の形に添って袖の縫合部A(11),B(12)を調整
する。肩の上り下がりは厚い肩パット,薄い肩パットを数種類用意し
て各人の肩に合わせて縫合する。洋服の採寸を行いながら同時に体型
の歪みが各部の目盛(13),(14),(15),(16),(1
7),(18),(19),(20),(21)によって把握でき
る。上半身の体型に服地を添わせてそれぞれの縫合部で調整し採寸を
行う。各縫合部に接着具(マジックテープ等)を設ければ,待ち針,
しつけ縫いを必要としない。」(段落【0006】)
(ウ)上記(ア),(イ)の各記載によると,甲5,6には,注文服の製作に
おいて,複数の試着服又は体型把握用洋服を用意し,これらを着用し
て,最適なものを選択したり,採寸することが記載されているから,甲
5,6には,複数の試着服又は体型把握用洋服をオーダーメイド用計測
サンプルとして使用することが記載されている。
そして前記3のとおり,甲1発明は,「アンダーバスト(女子の乳房
直下における胸部の水平周囲長)毎に用意され,各カップ部(2a)の
周縁と適合する一対のカップ用凹部(1a)及びそのカップ用凹部(1
a)の周縁に形成されたカップ係着部(1b)を有する装着手段(1)
と,収容する乳房のサイズを変えた複数のカップ部材(2)との組合せ
からなり,装着手段(1)に対しカップ部材(2)を着脱可能に設けて
なるブラジャー。」というものであって,そのようなブラジャーは,オ
ーダーメイド用計測サンプルとしても好適なものということができる。
これらのことからすると,当業者は,甲1発明のブラジャーをオーダ
ーメイド用計測サンプルとして使用することを容易に想到することがで
きたというべきである。
(エ)この点に関する原告の主張は,次のとおり採用することができな
い。
a原告は,通常規格のブラジャーはアンダーバストサイズとカップ
サイズから,およそのバージスラインが決められてしまっているとこ
ろ,これを,バージスサイズを基準に,被計測者に適用しようとすれ
ば,そのブラジャーのアンダーバストサイズが合致せず,好適なサン
プルとはならないし,これを計測サンプルとして転用するためには多
数の商品をフルラインナップして用意しなければならないと主張す
る。
しかし,前記3のとおり,甲1発明は,JIS規格のブラジャーに
関するものとは認められないから,原告の主張は,そもそも,甲1発
明が通常規格(JIS規格)のブラジャーであることを前提としてい
る点において失当である。上記(ウ)のとおり,甲1発明のブラジャー
は,オーダーメイド用計測サンプルとしても好適なものというべきで
あって,これをサンプルとして用いるために多数の商品をフルライン
ナップして用意しなければならないというものではないことも明らか
である。
b原告は,①甲5に記載されている発明を基にしてサンプルを用意す
る場合,想定しうるすべての箇所のすべての寸法を全通り組み合わせ
た数量のサンプルを用意しなければならない,②甲6については,あ
くまでも,二次元での計測に関するものであり,ファンデーション,
特にカップ部のように球状のふくらみを有し三次元的な計測が必要と
なる本件特許発明1のような場合に直ちに転用しうるものではない,
と主張する。
しかし,甲5,6は,上記(ウ)のとおり,複数の試着服又は体型把
握用洋服をオーダーメイド用計測サンプルとして使用するとの技術思
想が現れているものとして参酌しているのであって,それらを参酌し
た場合,想定しうるすべての箇所のすべての寸法を全通り組み合わせ
た数量のサンプルを用意しなければならないとか,三次元的な計測が
できないということにはならない。
c原告は,本件無効審判において,「ブラジャーは,基本的には伸縮
性のある生地を使用し,生地を伸ばした状態で着用されるものである
から,仮縫いをしただけでは縫い目部分がほつれてしまうという問題
があるので,仮縫いという考え方をそのまま適用することはできな
い。よって,ブラジャーはアウターウェアと異なる特性を持つことか
ら,甲第1号証に甲第5号証及び甲第6号証を組み合わせたとして
も,本件特許発明のようなブラジャーのオーダーメイドのための計測
サンプルを構成することは不可能である。」と主張しているにもかか
わらず,審決では,なぜ,特性の全く異なるアウターウェアに関する
甲5及び甲6を参酌することにより,甲1発明のブラジャーを採寸に
用いるとの思想に容易に想到できるのかについて,何らの理由も示し
ていないと主張する。
しかし,ブラジャーが,アウターウェアとは原告が主張するような
異なる特性を持つとしても,甲5,6に現れている技術思想を参酌し
て甲1発明のブラジャーをオーダーメイド用計測サンプルとして使用
することを想到することができないとする理由は見当たらない。
(オ)そうすると,オーダーメイド用計測サンプルに用いるという,<相
違点2>に係る構成を,当業者は容易に想到することができたというべ
きであって,その旨の審決の判断に誤りがあるということはできない。
(2)本件特許発明2につき
ア甲4(「手作りランジェリー」レディブティックシリーズ通巻1404
号,乙1)の52頁,53頁のイラストには,ブラジャーが,胸布A,B
と,胸布A,Bと組み合わされるベルトAと,ベルトAと連結される,背
中部分のベルトBとで構成されることが図示されている。
イ前記3のとおり,甲1発明の装着手段1は,アンダーバスト毎に用意さ
れるものであるところ,上記甲4(乙1)記載の発明を参酌すると,当業
者は,装着手段1を,本件特許発明2のカップ受け部に相当するベルトA
と,バック部に相当するベルトBから構成し,寸法の異なる複数のバック
部を有することによって,アンダーバストサイズ毎にブラジャーを用意す
ることを容易に想到することができたというべきである。
ウ原告は,本件特許発明2は,あらかじめアンダーバストサイズに合わせ
たカップ受部を用意することに換えて,長さの異なるバック部を複数用意
し,これを組み合わせることで個々の顧客のアンダーバストサイズに適合
させるものであって,バージスラインやバストカップから独立してアンダ
ーバストサイズを調節することが可能である点において,バック部のパー
ツが重要な意義を有すると主張する。
しかし,本件特許発明2のバック部に関する構成を容易に想到すること
ができたことは,上記のとおりであって,原告の主張はこの認定を左右す
るに足りるものではない。
エそうすると,「一つのカップ受部において寸法の異なる複数のバック
部」を有するという,<相違点3>に係る構成を,当業者は容易に想到す
ることができたというべきであって,その旨の審決の判断に誤りがあると
いうことはできない。
(3)本件特許発明3につき
上記(1),(2)のとおり,当業者は,本件特許発明1,2を容易に発明する
ことができたとの審決の判断に誤りはないから,この判断に誤りがあること
を前提とする,本件特許発明3についての審決の判断に誤りがある旨の原告
の主張は採用することができない。
(4)本件特許発明4につき
上記(2),(3)のとおり,当業者は,本件特許発明2,3を容易に発明する
ことができたとの審決の判断に誤りはないから,この判断に誤りがあること
を前提とする,本件特許発明4についての審決の判断に誤りがある旨の原告
の主張は採用することができない。
(5)本件特許発明5∼8につき
上記(1)∼(4)のとおり,当業者は,本件特許発明1∼4を容易に発明する
ことができたとの審決の判断に誤りはないから,この判断に誤りがあること
を前提とする,本件特許発明5∼8についての審決の判断に誤りがある旨の
原告の主張は採用することができない。
(6)以上のとおり,原告主張の取消事由2は理由がない。
5結論
以上の次第で,原告主張の取消事由は全て理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海

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