弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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平成16年10月8日宣告
平成15年(わ)第843号
判        決
            主        文
1 被告人を懲役4年6月に処する。
2 未決勾留日数中290日をその刑に算入する。
理        由
(犯行に至る経緯)
 被告人は,本件被害者である実父A,実母Bの長男であるが,Bは十数年前か
ら突発性の難聴で耳が遠くなり始め,本件当時はほとんど耳が聞こえない状態で
あり,また,Aは平成14年ころから体中に発疹が出て痒がる状態が続いていた
ものの,両名ともにこれといった大病を患ったことはなく,Aも平成15年8月
ころまでは日常生活に別段支障はなかった。
 被告人は,平成15年4月,大学卒業後約30年間勤務した運送会社を,当時
折り合いの悪かった上司から転勤を命じられたことを会社側の不当な人事と感じ
るなどして会社に嫌気が差して退職した後,職業安定所等を回ったりして再就職
先を探し続けた。その間,被告人夫婦と当時中学生の一人息子の3名は,合計約
300万円の退職金と妻のパート収入で暮らしていたが,一向に再就職先は見つ
からず,被告人は将来に不安を抱き,その憂さ晴らしなどに,唯一の趣味でもあ
ったパチンコを毎日のようにするようになり,退職金から手にした50万円の大
半をつぎ込んだほか,退職時までにパチンコでできた約20万円の消費者金融会
社からの借金も,一,二か月で四十数万円になった。
 被告人は,同年7月14日に当時88歳のAが体調不良を訴え病院に一緒に来
てくれるよう頼んできたことから,Aが入院することになるかもしれないと思
い,そうなれば家に一人残されることになるBの介護が必要になると考えて,両
親の住む実家に泊り込むことにし,同月18日,実家に行きAを病院に連れて行
ったところ,医師から肺結核か肺がんの疑いがある旨言われ,経過観察のために
肺結核の薬を処方されて実家に戻った。
 それ以降,Aは,食事やトイレ,入浴の時以外はほとんどベッドに寝たままで
あったほか,1週間ほどして次第に食欲もなくなり,同年8月初旬には,トイレ
に行く際に被告人が支えて歩かせても左足に力が入らずに何度も倒れるようにも
なったことから,被告人はAを病院に連れて行ったところ,薬剤性の肝障害を指
摘され,同月22日まで入院した後,肺がん疑いでの手術入院のための外科病室
が空くまでの間,実家に戻った。
 退院後,Aは幾分筋力も回復し,何とか自力でトイレや入浴ができるようにな
ったが,被告人は,上記病院で処方された皮膚病の塗り薬をAの体に塗ってやっ
たり,同人がいつ何時転倒しないかと常々気にする日が続き,上記塗り薬の強烈
な臭いで食欲が減退するとともに被告人自身も体に痒みが生じるようになり,寝
不足等で体調も次第に悪化するなか,すべてのことから逃れたい,いっそのこと
死んでしまえば楽になるかもしれないとの思いがよぎることもあった。
 同年9月9日,被告人は,食欲がなく熟睡もできない状態が続いて体調がかな
り悪化していたため,予定されていたAの検査の付き添いは妹夫婦に任せて自ら
の診察のため病院に訪れたところ,医師から肝障害のおそれがあり直ちに検査入
院するよう言われたが,両親の面倒を見なければならない旨述べて,とりあえず
2日後にエコー検査だけをすることになった。しかし,横になっているのもつら
く熟睡もできないなどあまりに悪い体調を1日でも早く直したいと思い直し,予
定を繰り上げて翌10日に検査を受けることにして,入院に備えた準備をし,翌
日の検査のことを考え出したが,妹夫婦には仕事があり妻もパートに出ているこ
とから,自分が入院をし,その上父も入院することになれば,母の介護は誰がす
るのか,父も高齢で長くは持たないなどと,より悪い方へと考えて,両親や自分
自身の将来を悲観し,両親と自分が死ねば3人とも楽になれるはずだと思い込ん
で,両親を殺害した後,自殺することを決意した。
 その後,被告人は,妻や妹らに向けて遺書を書いた後,両親が少しでも痛みを
感じないで済むような殺害方法として電気コードで首を絞める方法をとることに
して,台所のトースターのコードを根本付近から切断し,それを用いて首を絞め
て両親を殺害するべく,この切断した約146センチメートルの電気コードを手
に持って,A,Bの順に殺害することとして,最初にAの寝室である洋間に向か
った。
(犯罪事実)
 被告人は
第1 平成15年9月10日午前4時ころ,福岡県遠賀郡a町bc丁目d番e号
所在のA(当時88歳)方において,実父である同人に対し,殺意をもっ
て,前記電気コードを同人の頸部に巻き付けて強く絞め付けるなどし,よっ
て,そのころ,同所において,同人を頸部圧迫により窒息死させて殺害した
第2 前記第1記載の日時場所において,実母であるB(当時77歳)に対し,
殺意をもって,前記電気コードを同人の頸部に巻き付けて強く絞め付けた
が,同人が鼻から出血したのを見て,間もなく確実に死ぬものと誤信して放
置したため,殺害の目的を遂げなかった
ものである。
(法令の適用)
1 罰条
第1 刑法199条
第2 刑法203条,199条
2 刑種の選択
いずれも有期懲役刑を選択
3 併合罪の処理
刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の重い判示第1の罪の刑に同法
14条の制限内で法定の加重)
4 未決勾留日数の算入
刑法21条
(量刑の理由)
 本件は,判示のとおりの,被告人の実父に対する殺人(第1)と,実母に対す
る殺人未遂(第2)の各事案である。
 本件の経緯及び動機は,自己都合退職の後,一向に再就職先が見つからずパチ
ンコによる借金も増えるなか,体調不良を訴えた高齢の父を病院に連れて行き肺
結核か肺がんのおそれを指摘され経過観察となったのをきっかけに,以降実家に
一人泊まり込んで父と難聴の母の世話を続け,これによって次第に自分自身の体
調も悪化して,診察を受けた医師から検査入院を求められたため,自分や父が入
院となれば母の世話を誰がするのかなどと思い悩んで,両親や自分の将来を悲観
したというものである。かねてから親思いでなにかにつけ両親の許を訪れるなど
していた被告人が,父の入院や自らの入院といった事態に直面して精神的に追い
詰められ将来を悲観的に考えたことについては,それなりに理解できる点がある
が,自己が入院という事態になっても,妹を始めとする親族等に自分の代わりを
任せることも十分にできたといえるなど,他に取りうる手段が十分にあったと考
えられるのであって,自己の主観的な判断のみで,短絡的に犯行に及んだことに
ついては,余りに思慮が足りず短絡的で浅はかといわざるを得ず,また,介護期
間も約1か月3週間(被告人の体調悪化が目立って見られるようになったとうかが
われる実父の退院後からは3週間足らず)であって,客観的には介護に疲れ切って
いたとも言い難く,両親の殺害という重大な犯行を決意したことについて酌むこ
とができる事情として十分考慮に値するとまではいえない(なお,弁護人らは本
件がバーンアウト〔いわゆる燃え尽き症候群〕に基づく犯行であり社会学的にも
説明が可能である旨主張するが,上記のとおり介護期間が短い上に,そもそも本
件が介護自体に疲労困ぱいしてその達成感も感じられなくなったなどといった類
の事案でなく,自身の入院という予想外の事態等により精神的に追い詰められた
面も小さくないと見受けられるのであるから,上記弁護人らの主張は採用できな
い〔そのような説明を持ち出さなくても,その経緯や動機に酌むべき点がそれな
りに見受けられるのは既に説示したとおりである。〕。)。
 そして,被告人は,一旦両親を殺害しようと決意すると,とりわけ実父につい
ては,電気コードで頸部を締め付け同人がもがき苦しむのもかまわず締め付け行
為を続け,同人がぐったりして動かなくなったのを見て死亡したものと勘違いし
てその場を離れ,実母に対しても同様な行為をした後,実父がいまだ死亡してい
ないことに気付き,咄嗟にそばにあったタオルで首を締め付けたり口にタオルを
押し込んだりしたものの,それでは同人を殺害できないと悟ると,実母の首に巻
いていた電気コードを取りに行った上,それを用い全身の力を込めて実父の首を
絞め続けたことによって,ようやく同人の殺害目的を達したものであり,何とし
ても同人を殺そうとする確固たる意思に基づいた残忍で悪質なものである。
 本件各犯行により,実父は我が子の手によってもがき苦しみながらその命を奪
われたもので,その無念さは想像を絶するものがある。また,実母は,辛うじて
命は取り留めているが,頼りにしていたと考えられる長男から殺されようとした
のみならず,その長男の手にかかって夫が殺害されたのであって,入院先の病院
で被告人の犯行の全貌を知った実母の衝撃,悲痛な心情には察するに余りあるも
のがあり,本件結果は極めて重大であるといわなければならない。
 このように,犯行に至る経緯及び動機が余りに思慮が足りず短絡的で浅はかで
あり,その結果,前示のとおりの重大な結果を引き起こしているほか,本件が社
会に与えた影響も決して軽視できないことなどの事情にかんがみれば,被告人の
刑事責任は重大であって,本件が執行猶予を付すだけの量刑事情にある事案であ
るとは言えない。
 もっとも他方,第2の犯行は幸いにして未遂に終わったほか,前記のとおり本
件経緯や動機にはそれなりに理解できる面があること,被告人は,犯行後,自ら
警察に110番通報して自首し,また,本件各犯行に及んだことにつき自責の念
と反省の情を見せていること,被害後被告人に会いたくないとしていた実母が,
公判廷に出廷し,今は被告人に会いたい,被告人がかわいそうだと思うと述べる
など,母として息子の今後を案ずる心情を述べたこと,被告人の妹及び弟,すな
わち被害者の長女及び二男は被告人の寛大な処罰を求めていること,被告人には
前科前歴がなく,本件犯罪の性質上,被告人の再犯のおそれはないこと,妻や妹
ら親族による支援・監督も受けた更生を期待できることなど,被告人のために酌
むことのできる情状も少なからず認められる。
 そこで,これらの事情も併せ考慮し,被告人を主文の刑に処するのが相当であ
る。
(求刑 懲役7年)
 平成16年10月8日
    福岡地方裁判所小倉支部第1刑事部
裁判長裁判官   野  島   秀  夫
裁判官   西  森   英  司
裁判官   大  庭   和  久

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