弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     当審における訴訟費用は被告人Aの負担とする。
         理    由
 被告人両名の控訴趣意は末尾添附別紙(弁護人鈴木信雄同室伏礼二共同作成名義
の控訴趣意書と題する書面)記載の通りであるがこれに対し当裁判所は左の通り判
断する。
 控訴趣意書第一点、の(一)について。
 刑事訴訟規則第百九十三条は検察官に刑罰権の確定を求むるに要する当該公訴犯
罪を構成する共体的事実を立証すべき責任あることを規定しているのであるが憲法
及び刑事訴訟法は架空な事実を根拠として苟くも無辜の処罰せらるべきことのなき
を期するため被告人は自己を犯行者であるとする所謂自己に不利益な自白のみを証
拠として有罪とせらるることのない旨の定めをしているのであるから検察官は右立
証責任を尽すためには仮令自白が当該公訴に係る犯罪事実の全部を自認し且つその
有責違法なことを認めるものであつてもこれが自白についての証拠の外その自白内
容の単に架空なものでないことを証すべき証拠を提出しなければならない。而して
その架空でないことを証するためには当該公訴犯罪を構成すべき具体的事実全部を
証明するの要はないのてあつて公訴犯罪の特別構成要件である客観的事実に属する
所謂罪体の証明換言すれば犯罪が現実に何者かによつて行われたものであつて単に
想像的なものでないと言うことを蓋然的な程度迄証明するものがあれば充分である
と謂うことができるのである。蓋し自白は強制拷問又は脅迫による自白等任意にさ
れたものでない疑の存するものでない限り人は真実でないことを敢て自己の不利益
に供述する筈のものてはなく真実であればこそ自己の不利益に陳述するのであると
云う普遍の経験原理に照らし極めて強力な信憑力を持つているのであるこの事は少
くとも裁判上の自白が我が国における旧刑事訴訟法下の裁判例或いは外国の立法今
によるもこれに別段の所謂補強証拠の必要を要求していないことによつても首肯し
有るところであつて刑事訴訟法が必要とする補強証拠も右程度の証拠を以て足るも
のとするも毫も被告人の保護に欠くるところはないのである。刑事訴訟法第三百一
条に「犯罪事実に関する他の証拠」と云うのは右罪体の存在を明らかにする証拠の
ことを云うているのであつて当該公訴犯罪に関連する一切の事実に関する証拠を意
味しているのではない。殊に所論に所謂「行為の目的」の如きは右罪体の意味に照
らし必ずしも自白以外の証拠を以て立証すべき限りではない。これを要するに同条
は検察官において敢て公訴を提起した以上検察官に先ず自白に関する証拠に先立ち
少くとも公訴に係る犯罪が罪体としては客観的に存しそれが単に架空なものでない
ことを証明せしめんことを意図したものに外ならない。同条は必ずしも同条に所謂
他の証拠調に先立つ自白の提出を以て裁判所に対し被告人に不利益な偏見又は予断
を生ぜしむる虞れありとしてこれを禁止したものではない。されば検察官は同条に
基き自白の証拠調に先立ち所謂罪体の存在についての提出にその遺憾なきを期すべ
きではあるがその証明ありとする判断は挙げて裁判所の経験則による自由な判断に
任されているのであつて裁判所が合理的に判断して蓋然的な一応の心証を得た限り
においては自白の証拠提出を許容しこれが証拠調をすることができるのである。而
も仮りに裁判所の右判断に不充分なものがあつて自白の証拠調以前における各証拠
を以てしては所謂罪体の証明に欠くるものがあつたとしても爾後におけるその他の
証拠調べの結果罪体の存在を充分に証明できるものがあるときは即ち右の瑕疵は治
癒されるものと解するも自白に所謂補強証拠を安すべき前段説明の趣旨に照らし敢
て不当とすべきではない。そこで本件を記録について観るに検察官は原審第一回公
判において先ず提出したBの司法警察員並びに検事に対する供述調書以下八項目に
亘る所論証拠を綜合するときは昭和二十四年一月二十三日衆議院議員選挙の施行さ
れたこと及び静岡県C区からDが同議員に立候補したことの原裁判所に顕著な事実
に属ししいたであろうことを考慮すればこれらの証拠が本件公訴犯罪の罪体の証明
として必ずしも不充分なものでないことが窺えるから原裁判所は右証拠につき取調
をした結果罪体の存在につき蓋然的な一応の心証を得たところから敢て弁護人の異
議に拘らず被告人両名の検事に対する所論指摘するが如き供述調書を証拠として受
理しその取調を施行したものであることを推認するに難くない。然らばその後検察
官及び被告人側において攻撃防禦の方法として如何なる証拠の提出があり且つその
取調をしたとしても亦所論所謂「行為の目的」について自白の証拠調以前のその他
の証拠調の結果により証明するものがないとしても前後の説明に照らし敢て批議す
べき限りではない。論旨は理由がない。
 控訴趣意書第一点の(二)について。
 然し乍ら記録によれは所論の主張自体によるも所論の所謂任意性については証人
E同F同Gに対する原審における尋問応答の中で既にその取調を遂げているものと
謂うべくHの所論供述調書は同人に対する原審の証人尋問における同人の供述内容
自体によりその任意性を疑わしむるもののないことを推認し得るに充分であり敢て
任意性につき特別の尋問を発するの要なきは事理の当然と謂わねばならない。而し
て刑事訴訟法第三百二十五条に「供述が任意にされたもの」と言つているのは強制
拷問若しくけ脅迫又はこれに類する程度の不当な事由によつてされた疑のない供述
を謂い原判決挙示のEFGに対する検事の供述調書の供述が同人等の任意に出でた
ものでないとして原審公判廷において右三名が証言として述べた所論の如き事由は
毫も任意性を疑わしむるに足る事由と為すに足りない。尚ほ所論は原判決が証拠に
採用した右E外所論三名の検察官に対する各供述調書は刑事訴訟法第三百二十一条
第一項第二号但し書により公判期日前における供述よりも信用すべき特別の事情の
存することを確めらるべきであつたのを敢てこれをしなかつた違法があると云う趣
旨の主張をしているけれども本件事犯の性質及び原審公判廷における所論各証人の
兎角理路を欠く証言に鑑み右各供述調書は右証言により信用すべき特別の事情があ
るものと謂うことができる。論旨は孰れも理由がない。
 控訴趣意書第一点の(三)について。
 <要旨>然し乍ら刑事訴訟法第三百二十八条末段に「証拠とすることができる」と
云うのは証拠及び証拠調に関する刑事訴訟法の諸規定の趣旨に照らし「方法
としてこれを使用することかできる」と云う意味てあつて有罪認定の証拠とするこ
とができると云う意味ではないのみならず方法として使用できることについてあら
かじめ同条所定の書面又は供述の任意性につき取調を為すべき旨の別段の定めもな
いのであるからその取調を要すべき旨の論旨は亦これを採用するに由がない。
 控訴趣意第二点について。
 所論の要旨は所論の如き証拠に徴し被告人Iの所為は被告人Aの原判示所為を幇
助したにすぎないのであるから原審は事実の認定次いでは法令の適用を誤つたもの
でこの誤りは判決に影響を及ぼすことが明かであると謂うに帰するけれども原判決
挙示の証拠を綜合考察するときは成程被告人両名の加工程度に多少の逕庭のあるこ
とは認められるけれどもその共同正犯たることを疑うに足りる事由あることを認め
得ないその他記録を精査するも原判決に影響を及ぼすべき事実の誤認あるを認める
ことができない所論は理由がない。
 控訴趣意書第三点について。
 然れども記録によれば本作事犯の罪質態様等諸般の事情を綜合するときは所論の
事由を以てするも原判決の量刑を不当とするを得ないのみならず原判決が衆議院議
員選挙法第百三十七条第三項による同条第一頚に所謂五年間選挙権及び被選挙権を
有せざる旨の規定を適用しないとの宣告をしなかつたことを以て敢て批議すべき限
りではない論旨又理由がない。
 よつて所論は孰れもその理由がないから刑事訴訟法第三百九十六条に則り本件控
訴はこれを棄却すべし当審における訴訟費用は向法第百八十一条第一項により被告
人Aにおいて負担しなければならない。
 よつて主文の通り判決する。
 (裁判長判事 小中公毅 判事 細谷啓次郎 判事 河原徳治)

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