弁護士法人ITJ法律事務所

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主         文
1 原判決の控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
主文同旨
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は,控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 本件は,歯科医である被控訴人が,控訴人において発行する日刊新聞「サンケイ
スポーツ」に,奥歯の痛みで被控訴人の開業する歯科医院を受診した患者の前歯
4本を切断し,これにより保険医療機関の指定及び保険医登録の取消処分を受け
たかのような印象を与える記事(本件記事)を掲載され,歯科医師としての社会的
評価を著しく低下させられるとともに,歯科医院を休業に追い込まれたとして,控訴
人に対し,不法行為に基づき,損害賠償金(逸失利益,慰謝料等3億4500万円の
内金1億円)及び遅延損害金(不法行為後の日である平成13年9月13日から民
法所定の年5分)の支払を求めたところ,控訴人は,①本件記事は,奥歯の痛みで
被控訴人の治療を受けた患者が,被控訴人に対し,被控訴人から歯槽膿漏でない
のに,そうであるとして前歯4本を切断されたとする内容の損害賠償請求訴訟を提
起した事実を報道したにすぎず,被控訴人が主張するような印象を読者に与えるも
のではなく,また,被控訴人は,既に保険医登録等の取消処分を受けた事実等を
広く報道され,社会的評価は著しく低下していたから,本件記事の掲載により新た
に社会的評価が低下したとは考えられない,②仮に,社会的評価を下げるとして
も,本件記事の内容は,上記のとおり訴訟提起等の事実を報道したもので,公共
の利害に関わる事実であり,かつ,専ら公益を図る目的があり,真実であるから違
法でない,③仮に,違法であるとしても,本件記事を掲載した新聞は,静岡県等以
東の地域でのみ販売され,a県に居住する被控訴人の患者に影響を与えることは
ない上,被控訴人の歯科医院は,本件記事掲載前に,保険医登録等の取消処分
により既に業務を停止するなどしていたから,その後の休業及び廃業は本件記事
の掲載と相当因果関係がないなどとして争った事案である。
原審は,①本件記事は,訴訟提起の事実にとどまらず,被控訴人が歯槽膿漏の
治療と称して悪くない前歯4本を切断したらしいとの認識を読者に生じさせかねず,
社会的評価を低下させる,②また,本件記事の内容(歯槽膿漏の治療と称して悪く
ない前歯4本を切断したとの事実)が真実であるとは認められず,真実であると信
じることについて相当な理由があったことの主張,立証がない,③休業損害及び逸
失利益は,本件記事の掲載と相当因果関係を認めるに足りず,慰謝料及び弁護士
費用(合計90万円)が損害として認められるべきであるとして,不法行為に基づく
損害賠償金90万円及び遅延損害金(不法行為後の日である平成13年9月13日
から民法所定の年5分)の限度で被控訴人の請求を認容したため,控訴人が,こ
れを不服として控訴した。
2 争いのない事実等,争点(争点に対する当事者の主張を含む。)は,3において当
審における控訴人の追加主張を,4において上記追加主張に対する被控訴人の反
論をそれぞれ付加するほかは,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1,
2のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決「事実及び理由」の「第2 事
案の概要」2(2)の「ア 事実の真実性」,「イ 公共利害性」,「ウ 公益目的」につい
て,これらに対する当事者の主張部分も含めて「ア 公共利害性」,「イ 公益目
的」,「ウ 事実の真実性」の順に順序を入れ換える。)。
3 当審における控訴人の追加主張
(1) 原判決は,本件記事が,患者である大学院生の訴えの内容が真実なのであろ
うとの印象(被控訴人が歯槽膿漏の治療と称して悪くない前歯4本を切断したら
しいとの印象)を生じさせかねないとするが,新聞記事が人の社会的評価を低下
させる事実を掲載する場合,それが確定事実として掲載されるか,係争中であり
未確定の事実として掲載されるかによって,読者の印象や当該記事により生ず
る社会的評価の低下にも著しい相異があり,当該事実が裁判で係争中である場
合は,当該事実の存否は将来,判決によって決せられるのであって,掲載当時
には確定していないことを意味するのは周知の事実であるから,新聞において,
人の社会的評価を低下させる事実をめぐる訴訟提起の記事を読んだ読者は,
対立当事者の主張が直ちに真実である旨の印象を抱くことはない。また,原判
決は,本件記事の前日に掲載された山陽新聞の記事(患者である大学院生が
被控訴人に対して訴訟を提起した旨の記事)について,その体裁及び表現から
して訴訟提起の事実を全面に出した内容であり,本件記事とは読者に与える印
象が異なると判示するが,山陽新聞の記事においても,被控訴人が,水増請求
などにより保険医登録の取消処分を受けていることが掲載されるなどしていて,
本件記事と異なる印象を与えるものではない。そもそも,訴訟に関する新聞記事
において,それに関連する事実を掲載することは極めて多く,仮に,それが,読
者に対し,訴訟の結果を予想させることになったとしても,当該記事が訴訟の結
果について断定した表現を用いていない限り,訴訟提起等の存在を読者に印象
付けるにとどまると判断されるべきである。
(2) 本件記事における真実性の証明対象は,訴訟が提起された事実及びその内容
に限定されるべきであるが,仮に,原判決が説示するように,本件記事が,読者
に対し,被控訴人が提起された損害賠償請求訴訟の内容(歯槽膿漏でないの
に,そうであると称して悪くない前歯を切断した)が真実であるらしいとの認識を
生じさせるとしても,大学院生が被控訴人に対して提起した損害賠償請求訴訟
の第1審では,大学院生の下顎前歯4本が,治療を受けた当時,切削を要する
虫歯であったか否かが争点となったところ,被控訴人は,大学院生に対して,虫
歯でなかったのに,歯槽膿漏であるとの虚偽の説明をし,治療内容も説明せず
に前歯を切削した診療契約上の義務違反があると認められている上,大学院生
との訴訟と争点が類似している別の訴訟においても敗訴していることなどからす
ると,被控訴人がそのような治療を行ったことは真実である。
4 当審における控訴人の追加主張に対する被控訴人の反論
本件記事は,被控訴人が奥歯の痛みに対する治療として,オリジナルな治療と
称して前歯4本を切断したとの読み方以外あり得ないから,真実性の立証の対象
は,「被控訴人が,奥歯の痛みに対する治療として前歯を切断し,かつ,それをオリ
ジナルな治療と称していた」ということである。しかし,大学院生が,被控訴人に対
して提起した損害賠償請求訴訟においても,奥歯の痛みに対する治療として前歯
を切断されたなどと主張していないことは明らかであるから,本件記事が真実であ
るとは認められない。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所は,本件記事の記載内容は,保険医登録等の取消処分を受けた被控訴
人が,損害賠償請求訴訟を提起されたとの事実及び当該訴えの内容の概要を摘
示するものであり,提起された訴訟の内容に照らせば,歯科医師としての被控訴人
の社会的評価を低下させるものといえるが,摘示された事実は,公共の利害に関
わる事実であり,専ら公益を図る目的をもってなされたもので,かつ,真実であるか
ら,違法性が阻却され,控訴人に不法行為は成立しないものと判断する。その理
由は,以下のとおりである。
2 本件記事の掲載による被控訴人の社会的評価の低下について〔原判決争点(1)〕
(1) 本件記事が読者に与える印象について
ア 被控訴人は,本件記事の記載内容は,あたかも,被控訴人が奥歯の痛みに
対するオリジナルな治療として奥歯とは関係のない前歯4本を切断するなどと
いう明らかな医療過誤を起こしたかのような印象を読者に与え,これにより被
控訴人の社会的評価を低下させたと主張するので,まず,本件記事の記載内
容が,読者に対していかなる印象を与えるものといえるかについて判断する。
イ 新聞記事が特定人の社会的評価を低下させるか否かを判断する前提とし
て,当該記事が読者にいかなる印象を与えるかの判断は,一般読者の普通
の注意と読み方とを基準として判断するのが相当である(最高裁昭和31年7
月20日第二小法廷判決民集10巻8号1059頁)。そして,一般読者は,新聞
報道について,必ずしも精読をするとは限らないが,さりとて見出しのみを読
んで報道内容を理解するのが通常であるともいえず,むしろ,見出しによって
記事に対する関心を寄せた上で,リード文(前文)及び本文の記述を通読する
のが通常であるといえるから,新聞記事のうち,見出しや特定の記述(リード
文や本文の一部)を独立して取り上げてその部分のみを評価の対象とするの
は相当でなく,一般読者が,それらを含めた記事全体を読んでどのような印象
を受けるかという観点から判断すべきである。
そこで,本件記事について判断するに,まず,見出しについてみると,白黒
反転文字を使用して,「奥歯痛くて受診したら」という大見出しが本件記事上
部左端から右端にかけて横書きで記載され,それに続けて,同見出しの右端
寄りから本件記事下端にかけて同じく白黒反転文字を使用して「前歯4本を切
断!!」と,上記の横書きの大見出しの左端から本件記事下端にかけては白
抜文字を使用して「歯槽膿漏の新治療だって」という大見出しが,いずれも縦
書きで記載されており(本件大見出し),また,上記縦書きの大見出しの間に
は,横書きのやや小ぶりの中見出しで,上下に「aの歯科医」,「24歳大学院
生かみつく」と記載されている(本件中見出し)。
ところで,歯科治療においては,疾患を有する部位の歯自体を治療するの
が通常の読者の一般常識であり,奥歯の治療のために前歯を切断するの
は,いわば荒唐無稽な治療であるといえることに加え,本件大見出しの中に
「歯槽膿漏の新治療だって」との見出しがあることをも合わせて考慮すると,
一般読者が,本件大見出し及び本件中見出しの内容,配列及び文言から,被
控訴人が主張するような「奥歯の痛みに対する治療として前歯を切断された」
と理解するとは考えにくく,むしろ,aの大学院生が,奥歯が痛むので(地元
の)歯科医院で受診したところ,歯槽膿漏と診断され(奥歯の痛みの原因が歯
槽膿漏であると理解する可能性も全く考えられないではないが,上記のとお
り,疾患を有する部位の歯を治療するのが通常の読者の一般常識であるとい
えるから,むしろ,前歯部分か,あるいは,前歯部分を含めた歯ぐき全体の歯
槽膿漏であると理解するのが通常であると思われる。),当該歯槽膿漏の新
治療と称して痛みのなかった前歯を切断されてしまったとして,歯科医に苦情
を述べているかのように理解するのが通常であると解することができる。そこ
で,次に,このような理解と関心を寄せた読者が,リード文及び本文の記述を
通読した場合にどのような印象を受けるかについて判断する。
ウ 本件記事のリード文には,「b市の大学院生(24)が,歯科医のм誤診媒で
前歯4本を失ったとし歯科医に対し,慰謝料など500万円の損害賠償を求め
る訴訟を起こしていたことが,25日までにわかった。」として,本件記事が訴
訟に関する記事である旨の記述があり,本文においても,「『青春を台無しに
された』と,患者の大学院生から訴えられたのは・・」として上記損害賠償請求
訴訟の被告の紹介(被控訴人の実名が記述されている。)から始まり,次に
「訴状によると・・という。」として,訴えの内容の概要について記述した上,最
後には,「(歯の切断は)治療上の必要があり,患者の同意を得て主張してい
きたい。」との被告(被控訴人)の弁護士のコメントと,「悪くもない歯を切断さ
れ,許せない。青春を台無しにされた」との原告の大学院生のコメントを紹介
するなど,本件記事は,全体として上記大学院生が被控訴人を被告として損
害賠償請求訴訟を提起したことに関する記事であると容易に理解することが
できる。次に,訴えの内容については,「訴状によると,・・奥歯の痛みを訴え
て・・受診したところ,ひどい歯槽膿漏(しそうのうろう)と診断された。」との記
述は,奥歯の痛みの原因が歯槽膿漏であるかのように理解できないではな
く,「その後,『オリジナルな治療をする』と持ち掛けられて,・・下前歯4本を根
元から切断された」との記述,殊に,「奥歯の痛みを訴えた患者の前歯を抜く
という『オリジナルな治療』を施した」として,奥歯の痛みを訴えた患者の前歯
を切断することがオリジナルな治療の内容であるかのような記述,さらには,
「治療も経営姿勢も,かなり„}荒っぽい”}病院のようだが・・・。」との論評部分
の記述をも合わせて考えると,奥歯の痛みの原因である歯槽膿漏の治療の
ために前歯を切断したと理解する読者の存在も全く考えられないとまではいえ
ないが,「奥歯の治療として前歯を切断した」との直接的な表現がないことや,
上記損害賠償請求訴訟の双方当事者からのコメントは,前歯の切断が治療
の必要に基づくものか否かとの観点からのものであって,治療する部位が異
なるとの観点からのものではないこと,前記のとおり,疾患を有する部位の歯
自体を治療するのが通常の読者の一般常識であるといえることをも踏まえる
と,そのような読み方をもって一般読者の普通の理解の仕方であると認めるこ
とはできず,むしろ,「大学院生が,奥歯の痛みを訴えて受診したのに,異なる
部位である前歯が真実は歯槽膿漏ではなかったのに歯槽膿漏と診断され,
新治療と称して説明もなしに前歯を切断された」との訴えであると理解するの
が一般読者の普通の読み方であるというべきである。
〔なお,仮に,被控訴人が,本件記事は,単なる訴訟提起の事実のみならず,
被控訴人が明らかな医療過誤を起こしたかのような印象(奥歯の痛みに対す
るオリジナルな治療として奥歯とは何ら関係のない前歯4本を切断した)を与
えるものであると主張すると解したとしても,本件記事の本文中には,今回の
訴訟とは別に,被控訴人が,二重の保険請求や医療報酬の水増請求をした
として,本件記事が掲載される約2か月近く前に保険医登録を2年間取り消さ
れているとの具体的な事実が記述されており,加えて,上記した論評部分の
記述(「治療も経営姿勢も,かなり„}荒っぽい”}病院のようだが・・・。」など)が
なされていることをも踏まえ,各記述を関連付けて読むことにより,上記訴訟
提起の事実のみならず,大学院生が主張するような治療を被控訴人が現実
に行ったのではないかとの印象を抱く読者もないではないと思われるが,一般
読者において,損害賠償請求訴訟が提起されている記事を読んで,直ちにそ
こで主張されている医療過誤が現実に起きたであろうとの印象を抱くことは通
常考えにくく,むしろ,当該訴訟提起者の言い分として理解するのが通常であ
り,上記本文中の記述を前提としても,一般読者において,医療過誤が現実
に起きたであろうとの印象を抱くことが普通の読み方であるとまではいえな
い。〕
エ 以上によれば,本件記事は,一般読者に対し,「大学院生が,奥歯の痛みを
訴えて受診したのに,異なる部位である前歯について,真実は歯槽膿漏では
なかったのに歯槽膿漏と診断され,新治療と称して説明もなしに前歯を切断さ
れた」として,治療をした被控訴人に対し,損害賠償請求訴訟を提起している
印象を与えるにとどまり,それ以上に,そのような医療過誤が現実に起きたで
あろうとの印象を与えるものではないというべきである。
(2) 被控訴人の社会的評価の低下について
ア 上記(1)のとおり,本件記事は,被控訴人が,歯槽膿漏ではないのに歯槽膿
漏であると称して歯を切断する治療をしたとして,損害賠償請求訴訟を提起さ
れているとの印象を一般読者に与えるものであるが,このような明白な医療
過誤を理由に損害賠償請求を受けているとの事実は,医療過誤の成否にか
かわらず,開業歯科医にとって社会的評価を低下させるものというべきである
(なお,被控訴人が保険医登録等の取消処分を受けた事実についても,同様
に開業歯科医にとって社会的評価を低下させるというべきである。)。
控訴人は,本件記事が掲載された時点で,既に保険医登録等の取消処分
を受けた事実は広く報道され,また,本件記事と同じ内容の記事を掲載した別
の日刊紙がa県下を含む地域で多数発行されていて,被控訴人の社会的評
価は既に著しく低下していたから,本件記事の掲載によって新たに被控訴人
の社会的評価が低下したとは考えられないと主張するので,以下,この点に
ついて判断する。
イ まず,証拠(甲32,34,乙5ないし11,13)によれば,次の事実が認められ
る。
(ア) 被控訴人は,平成元年,c市内にある甲大学歯学部を卒業し,d県下の歯
科医院に勤務した後,地元a県に戻って乙大学歯学部附属病院に勤務した
後,平成4年,A歯科医院を開設した。
(イ) a県は,被控訴人及びA歯科医院が県の監査を拒否し,また,A歯科医院
が診療報酬を,付増請求,振替請求及び重複請求して,合計175万1761
円を受け取っていたなどとして,平成10年7月1日,健康保険法に基づき,
被控訴人の保険医登録及びA歯科医院の保険医療機関指定を同日から2
年間取り消す処分を行い,この事実は旧厚生省のホームページに掲載さ
れた。また,同月3日には山陽新聞,朝日新聞,読売新聞,毎日新聞及び
中國新聞の各紙も「診療報酬不正請求」,「保険医登録を取り消す」等の見
出しをつけて上記事実を掲載し,a県を含む地域で販売された。
(ウ) 本件記事の対象とされた大学院生の損害賠償請求訴訟提起の事実は,本
件記事が掲載される前日の平成10年8月25日,山陽新聞(朝刊)の紙面
に掲載された。なお,同記事の見出しは,黒の太字で「歯科医に賠償求め
提訴」,その右横に約半分の大きさの白抜き文字で括弧を付して「健康な
前歯4本切断された」というものであった。
ウ 以上の認定事実によれば,まず,被控訴人が,診療報酬の不正請求等を理
由として保険医療機関指定及び保険医登録の取消処分を受けたという事実
は,本件記事が掲載された当時,既に旧厚生省のホームページのみならず,
複数の日刊紙上で報じられていたのであるから,被控訴人の社会的評価は,
既に従前よりも低下していたといわざるを得ないが,さらに,スポーツ紙である
サンケイスポーツに掲載されることは,より広い読者への情報の伝播可能性
を高めたともいえるから,なお,社会的評価を低下させるものというべきであ
る。そして,平成10年8月25日の山陽新聞の記事は,本件記事と同一事実
を報道するものであるが,一地方新聞におけるものであり,かつ,本件記事と
1日違いで掲載されたものである。また,既になされた上記取消処分に関する
報道は,本件記事とは直接には関係がないから,本件記事が掲載されたサン
ケイスポーツの販売地域(北海道を除く東日本)において,本件記事の与える
印象が,既に広く社会に知れ渡っていたとまでは認めることができない。
したがって,本件記事が掲載された当時,被控訴人の社会的評価が既に
著しく低下していたとはいえず,本件記事の掲載によって新たに被控訴人の
社会的評価は低下したというべきである(なお,被控訴人は,本件記事におけ
る実名報道を問題にするものの,名誉毀損とは別の不法行為を主張するもの
ではないから,それは,被控訴人の社会的評価を低下させる一事情であるに
すぎないというべきである。)。
3 抗弁の成否について〔原判決争点(2)〕
(1) 民事上の不法行為である名誉毀損においては,当該行為が公共の利害に関す
る事実に係り,かつ,専ら公益を図る目的でなされた場合には,摘示された事実
が真実であると証明されたときは,当該行為に違法性はなく,不法行為は成立し
ないと解すべきであるから,以下,この点について判断する。
(2) 公共利害性及び公益目的性について〔争点(2)ア,イ〕
本件記事は,前記のとおり,大学院生が,奥歯の痛みを訴えて受診したの
に,異なる部位である前歯について,真実は歯槽膿漏ではなかったのに歯槽膿
漏と診断され,新治療と称して説明もなしに前歯を切断されたとして,歯科医師
である被控訴人に対し,損害賠償請求訴訟を提起しているというものであり,ま
た,被控訴人は,診療報酬を付増請求や重複請求したなどとしてa県から保険
医登録を取り消されていることも前記のとおりであるところ,一般に,歯科医師
は,歯科医師法等により規制された治療行為を行うとの活動を通じ,社会に及
ぼす影響は少なくなく,治療行為の適否や医師のモラル等に関する問題は,歯
科治療を受ける患者ないし一般国民にとって関心事であり,必ずしも軽視できな
いものであるから,本件記事は,公共の利害に関する事実であると認められる。
また,本件記事は,若干揶揄的な表現を含むものであることは否定できない
が,上記の事情からすれば,専ら公益を図る目的で掲載されたものであると認
められる。
(3) 事実の真実性について〔争点(2)ウ〕
証拠(乙4)によれば,乙大学大学院生は,平成9年12月上旬,右奥歯の痛
みを訴えて被控訴人が経営するA歯科医院で診察を受け,後日,左奥歯の治療
のために通院したところ,下の前歯がひどい歯槽膿漏であるので,先にオリジナ
ルな治療をすると言われ,治療方法及び内容について事前に説明も受けず,か
つ,その同意も求められないまま下顎の前歯4本を根元から切断されたので,乙
大学歯学部附属病院で切断された前歯の診断と治療を依頼したところ,歯槽膿
漏は認められず,前歯4本の切断は通常では考えられない治療であるとの説明
を受けたなどとして,被控訴人に対し,診療契約の債務不履行に基づき慰謝料
500万円の損害賠償を求め,少なくとも平成10年8月25日までには,丙地方
裁判所に訴訟を提起していたことが認められる(また,a県が,被控訴人の診療
報酬に付増請求及び重複請求等の事実が認められるとして,平成10年7月1
日,健康保険法に基づき,被控訴人の保険医登録及びA歯科医院の保険医療
機関指定を,同日から2年間取り消したことも前記認定のとおりである。)。
したがって,本件記事の内容は真実であると認められ,以上によれば,本件
記事の掲載について違法性は阻却され,不法行為は成立しないというべきであ
る。
第4 結論
以上によれば,被控訴人の本件請求は理由がないから,これを一部認容した原
判決は取消しを免れない。よって,原判決のうち控訴人の敗訴部分を取り消し,被
控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第1部
裁判長裁判官   田   中   由   子
裁判官   佐   藤   真   弘
裁判官   山   崎   秀   尚

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