弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
     右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人戸田滿弘、同土田耕司の上告理由第三について
 一 原審が確定した事実関係は、次のとおりである。
 1 上告人は、保有している漁業用船舶D丸(三五九・一トン)について、昭和
五四年一〇月、(一) 株式会社E造船所(以下「E造船所」という。)に対し、船
舶安全法施行規則二四条に定める定期検査を受ける準備事項中機関に関する準備を
除くその余の準備事項、艤装、錨のチェーン点検、チェーンロッカーの清掃等の作
業を、(二) 有限会社F整備センター(以下「整備センター」という。)に対し、
右定期検査を受けるための準備事項中機関に関する準備事項、主機、補機、集魚灯
エンジン、動力伝達装置等の整備点検作業を、(三) 株式会社G(以下「G」とい
う。)に対し、冷凍装置の整備点検作業を、それぞれ発注し、右各社はこれを請け
負った。
 2(一) D丸の冷凍装置は、アンモニアを冷媒とするもので、冷凍装置内にはア
ンモニアが液化アンモニアとアンモニアガスの変化を繰り返しながら循環している
が、圧縮機のピストンに使用される潤滑油がアンモニアガスと混じり、冷凍装置の
回路内を回ることがあるため、冷凍装置のオイルセパレーター、レシーバー、コン
デンサー、リキットラップ及びアキュームレーターにそれぞれ潤滑油を排出するた
めのドレン抜き弁が付設されていた。
 (二) Gが上告人から請け負った作業内容は、冷凍装置の圧縮機三台のオーバー
ホールやオイルセパレーター、レシーバー及びアキュームレーターからの油抜き(
潤滑油を排出すること)などであり、コンデンサーからの油抜きは含まれていなか
った。
 (三) アンモニアは、人体に接触すると炎症を起こし、吸入した場合には呼吸困
難又は中毒等の危害を及ぼす化学物質であり、そのため、Gがアンモニアガスを取
り扱う圧縮機のオーバーホール等の作業をするときは整備センターの作業は中断し、
作業員を船外に出すこととされていた。
 3(一) Gは、コンデンサーの冷却用海水チューブの清掃等を行うための準備と
して、従業員のH(以下「H」という。)に、コンデンサーの側板を外し、冷却用
海水チューブから水抜きを行い、防蝕亜鉛板の数、形状を調査する作業を命じたが、
Hが命じられた右作業自体は、アンモニアガスを直接扱うものではなく、アンモニ
アガスが漏出する危険性はなかった。
 Hは、同年一〇月三一日午後四時三〇分ころ、右作業を行うため、同僚のIとと
もに、酒田市にあるE造船所の船きょに上架されていたD丸に乗り込んだ。
 (二) 当時、D丸の後部船底部にある機関室では、整備センター関係の作業員一
〇名が作業をしており、D丸の機関長であるJ(以下「J」という。)も右作業に
立ち会っていた。Hは、Jにコンデンサーの清掃の準備と防蝕亜鉛板の調査に来た
ことを告げ、Jとしばらく世間話をしたが、その際Jから圧縮機の潤滑油の消費量
が激しく冷凍装置内に油がたまっている旨の話があったものの、右状態についてJ
から点検や油抜きの指示は受けなかった。
 (三) Hは、同日午後四時五〇分ころ、機関室内にあるコンデンサーの側板の取
り外し作業を始めようとしたが、ボルトを緩める工具が合わないため、Iに工具を
取りに行かせた。その間にHは、Jから冷凍装置内に油がたまっていると言われた
ことを思い出し、それが事実かどうか、どの程度のものかを調べるため、コンデン
サーの下部についているドレン抜き弁を右手で左回しにして開けたところ、黒っぽ
い油状の液体が流出してきた。そこでHは、コンデンサー自体にもかなりの潤滑油
がたまっているものと判断し、この機会にコンデンサーから油抜きをしようと考え、
一度ドレン抜き弁を閉め、油受け用の空缶を置いて再びドレン抜き弁を開けて油抜
き作業を始めたが、右作業を行うことについては事前にJや機関室にいる他の作業
員に知らせなかった。
 (四) コンデンサー内にアンモニアガスを貯留させたまま油抜きをする場合には、
アンモニアの水によく溶ける性質を利用して、ドレン抜きパイプに耐圧ゴムホース
を取り付け、その先端を相当量の水の中に入れ、アンモニアガスの空気中への漏え
いを防ぎつつアンモニアガスの圧力を利用してドレン抜き弁にたまっている油を排
出させるという方法が採られるが、この方法によるときは、油が排出された後にア
ンモニアガスが流出してきたところで直ちにドレン抜き弁を閉める必要がある。
 Hは、アンモニアガスが有毒であり、コンデンサーから油抜きをするときには事
前に右のようなアンモニアガスの漏出を防止する措置を採ってから行うということ
は知っていたが、これまでの経験から、油が排出された後アンモニアガスが流出し
始めた瞬間にドレン抜き弁を閉めれば危険はないものと安易に考え、コンデンサー
内のアンモニアガスの圧力等を全く考慮することなく、右漏出防止措置を講じない
ままドレン抜き弁を開けたのであった。
 (五) Hがドレン抜き弁を開けると油状の液体が線状になって約四〇ミリリット
ル流出して止まったが、Hが更にドレン抜き弁の開閉を数回繰り返したところ、突
然アンモニアガスが噴出し始め、短時間のうちにアンモニアガスが機関室内に充満
した。そのため、機関室内で作業をしていた整備センター関係の作業員のうちKは
アンモニアガス吸入による中毒により、LとMはアンモニアガス吸入による呼吸不
全により、いずれもその場で死亡し、Nはアンモニアガス吸入による腐敗性肺炎に
り患し、同年一一月一〇日入院先のO市立病院で死亡した(以下「本件事故」とい
う。)。
 4 上告人がD丸の整備点検作業をE造船所、整備センター及びGの三社に分割
発注したことにより、右三社の従業員がD丸という同一場所で並行して作業を行う
ことになったのであるが、上告人は、労働安全衛生法三〇条二項前段による同条一
項の措置を講ずべき者の指名(以下「本件指名」という。)をしなかった。
 二 原審は、右事実関係の下において、(一) 本件事故は、Hがコンデンサーの
冷却用海水チューブの清掃作業の準備作業を行った際、Gが請け負っていないコン
デンサーからの油抜きを思い付き、アンモニアガスの漏出を防止する措置を採らず、
他の作業員に事前にアンモニアガス漏出の危険性のある作業を行うことも知らせな
いまま油抜き作業を行った過失によって発生したが、Hの行ったコンデンサーから
の油抜き作業はGが請け負った仕事に関連性がある、(二) 上告人は、D丸の整備
点検を分割発注した者として、複数業者の作業員の作業によって生ずる労働災害の
発生を防止するため、労働安全衛生法三〇条二項前段に基づき本件指名をすべき義
務があるのにこれをしなかった、(三) 上告人によって本件指名がされ、指名され
た請負人により同条一項所定の請負作業間の連絡調整や作業場所の巡視が行われて
いれば、Hの行うべき作業の確認も明確にされ、思い付きによる作業がなされる事
態を防ぎ得た、(四) したがって、本件指名を怠り、各請負業者に作業方法を一任
した上告人には分割発注における発注者としての労働災害防止措置を怠った過失が
あり、右過失と本件事故との間には相当因果関係があるとして、被上告人らの上告
人に対する民法七〇九条に基づく損害賠償請求を認容すべきものとした。
 三 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は、次の
とおりである。
 すなわち、前示の事実関係によれば、本件事故当時、D丸の機関室において、整
備センターの作業とGの作業が並行して行われたのであるが、もともとGがアンモ
ニアガスを取り扱う作業をするときは整備センターの作業を中断し、その作業員を
船外に出すこととされていたのであり、本件事故当日Hらが行うことを予定してい
た作業内容にはアンモニアガス漏出の危険性のあるものはなく、本件事故の原因と
なったコンデンサーからの油抜きは、Hらの右作業内容には含まれていなかったも
のである。してみれば、仮に労働安全衛生法三〇条二項前段に基づき本件指名がさ
れたとしても、その指名された者において、Hがその場の思い付きで予定外の危険
な作業を行うことまで予測することはできないし、あらかじめ請負作業間の連絡調
整をすることにより、整備センターの作業とGの作業が並行して行われることを避
けることができたともいえない。そして、このことは、たとえコンデンサーからの
油抜きがGの請け負った作業と関連性があるとしても同様である。また、指名され
た者によって同条一項三号所定の作業場所の巡視がされたとしても、右巡視は毎作
業日に少なくとも一回行うことが義務付けられているものにすぎない(労働安全衛
生規則六三七条一項)から、これにより、その場の思い付きでされたHの行為を現
認することはほとんど期待できないものというべきである。したがって、上告人が
本件指名をしなかったことと本件事故との間に相当因果関係があるとはいえない。
 これと異なる判断の下に原判決中被上告人らの請求を認容すべきものとした部分
には、法令の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決に影響を及ぼすことが
明らかである。右と同旨の論旨は理由があり、その余の点について判断するまでも
なく原判決中上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、本件については、被上告
人らの民法七一五条、七一六条ただし書に基づく予備的請求につき更に審理を尽く
させる必要があるから、本件を原審に差し戻すのが相当である。
 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    橋   元   四 郎 平
            裁判官    大   堀   誠   一
            裁判官    味   村       治
            裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    三   好       達

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