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平成11年(行ケ)第135号特許取消決定取消請求事件(平成12年5月29日
口頭弁論終結)
         判     決
   原      告   株式会社日平トヤマ
    代表者代表取締役   【A】
    訴訟代理人弁護士   木下洋平
    被      告   特許庁長官 【B】
    指定代理人   【C】
    同          【D】
同【E】
    同          【F】
         主     文
     原告の請求を棄却する。
     訴訟費用は原告の負担とする。
         事実及び理由
第1 当事者の求めた判決
 1 原告
   特許庁が、平成9年異議第75003号事件について、平成11年3月15
日にした特許異議の申立てについての決定を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
 2 被告
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は、名称を「ワイヤーソー装置」とする特許第2619251号発明
(昭和63年1月8日出願、平成9年3月11日設定登録、以下「本件発明」とい
う。)の特許権者である。
   【G】は平成9年10月20日に、【H】は同年12月5日に、【I】は同
月9日に、【J】及び【K】は同月11日に、それぞれ本件特許につき特許異議の
申立てをした。
   特許庁は、上記各申立てを平成9年異議第75003号事件として審理した
うえ、平成11年3月15日に「特許第2619251号の請求項1ないし2に係
る特許を取り消す。」との決定をし、その謄本は同年4月21日、原告に送達され
た。
 2 本件発明の要旨
  (1) 請求項1に記載された発明(以下「第1発明」という。)の要旨
    新線リールから切断用のワイヤーを供給し、このワイヤーを複数のメイン
ローラに巻掛け、さらにこのワイヤーを巻取りリールにより巻取る過程で、一定時
間の正方向とそれに続く短い一定時間の逆方向へのワイヤーの走行を繰り返しなが
ら、上記メインローラの間で加工物をワイヤーに押し当てて切断するワイヤーソー
装置において、
    上記新線リールを回転駆動するモータ、上記メインローラを回転駆動する
メインモータ、および上記巻取りリールを回転駆動するモータと、これらのモータ
をそれぞれ独立して制御する各モータ制御回路を設け、新線リールとメインローラ
間およびメインローラと巻取りリール間で案内ローラを介して張設されたワイヤー
の走行路中に、それぞれ1個のダンサーローラを変位自在に設け、このダンサーロ
ーラを定トルク発生器に連結し、この定トルク発生器によりダンサーローラを介し
てワイヤーに対して一定の張力を作用させるとともに、
    新線リールとメインローラ間のダンサーローラの変位量を新線リールのモ
ータ制御回路へのフィードバック信号とし、メインローラと巻取りリール間のダン
サーローラの変位量を巻取りリールのモータ制御回路へのフイードバック信号とし
て、メインローラ部でのワイヤーの走行速度と、新線リール部外周および巻取りリ
ール部外周でのワイヤーの走行速度とを等しくするように上記各モータをそれぞれ
制御することを特徴とするワイヤーソー装置。
  (2) 請求項2に記載された発明の要旨
    定トルク発生器はトルクモータからなることを特徴とする請求頃1記載の
ワイヤーソー装置。
 3 本件決定の理由の要点
   本件決定は、別添決定書写し記載のとおり、本件発明が、実願昭52-11
9387号(実開昭54-46090号)のマイクロフィルム(以下「刊行物1」
という。)に記載された発明(以下「刊行物発明」という。)、特開昭61-10
0361号公報(以下「刊行物2」という。)に記載された技術事項及び周知技術
に基づき、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、
特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法113条1項2号に
より取り消されるべきものであるとした。
第3 原告主張の本件決定取消事由の要点
   本件決定の理由中、本件発明の要旨の認定、刊行物1、2の記載を摘記した
部分の認定(決定書4頁10行~6頁19行、7頁19行~12頁7行)、第1発
明と刊行物発明との相違点の認定は認める。
   本件決定は、刊行物1記載の技術事項を誤認して、第1発明と刊行物発明と
の一致点の認定を誤り(取消事由1)、さらに、刊行物2記載の技術事項を誤認し
て相違点についての判断を誤った(取消事由2)結果、第1発明が、刊行物発明及
び刊行物2に記載された技術事項に基づき当業者が容易に発明をすることができた
との、さらに、請求項2記載の発明が、刊行物発明、刊行物2に記載された技術事
項及び周知技術に基づき当業者が容易に発明をすることができたとの、いずれも誤
った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)
  (1) 本件決定は、刊行物1に記載された刊行物発明が、「多溝案内ローラでの
細線13の走行速度と、新線リール14部外周および巻取りリール19部外周での
細線13の走行速度とを等しくする」(決定書7頁14~17行)切断装置である
と認定し、これを前提として、第1発明と刊行物発明とが、「新線リールを回転駆
動するモータ、・・・メインローラを回転駆動するメインモータ、および・・・巻
取りリールを回転駆動するモータと、メインローラ部でのワイヤーの走行速度と、
新線リール部外周および巻取りリール部外周でのワイヤーの走行速度とを等しくす
るように制御する」(同14頁11~16頁)点において一致すると認定した。
    しかしながら、刊行物1には、多溝案内ローラでの細線13の走行速度
と、新線リール14部外周及び巻取りリール19部外周での細線13の走行速度と
を等しくする制御については記載されていないから、本件決定が刊行物発明を上記
のように認定したことは誤りであり、したがって、これを前提とした、第1発明と
刊行物発明との一致点の認定中の上記部分も誤りである。
  (2) 被告は、刊行物1に、ピアノ線を使用する刊行物発明の細線13が、伸び
縮みしたり、スリップしたり、たるんだりすることなく、適宜な定張力を維持しな
がら移動するようにさせることが記載されており、このことは、多溝案内ローラで
の細線13の走行速度と、新線リール14部外周及び巻取りリール19部外周での
細線13の走行速度とを等しくさせることにほかならないと主張する。
    しかして、細線13が、伸びたり、断線したりすることなく、かつ、理想
的にたるみなく走行する限りは、多溝案内ローラでの細線13の走行速度と、新線
リール14部外周及び巻取りリール19部外周での細線13の走行速度とは、結果
的に等しくなるが、刊行物1には、そのようなことを可能にする技術的構成につい
て何も記載されていない。刊行物1には、「新線リール14には、繰出し用モータ
21によって矢印a方向へ常時定トルクが、巻取りリール19には巻取り用モータ
22によって矢印b方向へ常時定トルクが与えられ、細線13を常時たるみなく引
張つており、移動供給される細線13は、・・・適宜な定張力が発生する。」(甲
第3号証5頁3~11行)、「加工に要する適宜な定張力が維持される」(同6頁
11~12行)と記載されているものの、各リールモータ21、22につき、定ト
ルクを発生させるというだけで、その回転制御について何も記載がなく、細線に定
張力を付与することは技術的に不可能である。
    すなわち、ワイヤーソーに使用される直径0.2mm以下の細くて長い鋼
線は、切断加工中に熱と張力等によってある程度伸びるものであるが、刊行物1の
記載では、この問題に対する対処の方法が明らかでない。
    また、細線13の繰出しと巻取りによって、細線を多重に巻いたリールの
外径や重量は当然に変化するところ、モータのトルクは、「力×半径」で表わされ
るから、「トルク」が一定であるならば、リールの外径の変化に伴って、力が、し
たがって、細線の張力が変化するが、刊行物1には、細線の張力を検出してこれを
制御する技術的手段が何も開示されていない。リールの重量の変化によって、リー
ルを回転させるモータの負荷も大きく変動することになるが、その対処の方法も明
らかではない。
    さらに、刊行物発明では、細線13の「走行開始」、「走行から停止」、
「停止から逆方向への走行開始」が繰り返されるが、細線13の走行開始時には、
多溝案内ローラの駆動モータより、両リールモータの方を少し早く起動させる必要
があり、細線13が走行から停止に至る場合には、多溝案内ローラの駆動モータよ
り少し遅く両リールモータを停止させる必要があるところ、このような問題にどの
ように対応するのかについて、刊行物1には開示がない。加えて、細線13は、駆
動モータによる駆動トルクとそれに抗しようとするリールモータによる制動トルク
により、大きな張力がかかった状態であるのに、刊行物発明には、張力が何らかの
理由によって異常に増加したとき、それを逃す機構がない。
    結局、刊行物1は、机上の空論的な思い付きを開示したものであるにすぎ
ず、刊行物発明は実施不可能なものであり、本件決定の上記認定及び被告の主張に
は合理的な根拠がない。
 2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)
  (1) 本件決定は、刊行物2に、「ワイヤ式切断装置における張力保持手段につ
いて、ワイヤーの走行路中に1個のダンサーローラを変位自在に設け、このダンサ
ーローラを定トルク発生器に連結し、このトルク発生器によりダンサーローラを介
してワイヤーに対して一定の張力を作用させるとともに、ダンサーローラの変位量
をフィードバック信号として、ワイヤーを走行させる駆動モータを独立して制御す
るような技術が記載されている」(決定書13頁5~13行)と認定したうえ、刊
行物発明の第1発明に対する相違点である「各モータ制御回路がこれらのモータを
それぞれ独立して制御しているかどうか不明である点、及び、第1発明のような厳
密な意味ではないものの、走行路中のワイヤー(細線13)に、適宜な定張力を発
生させることを意図して、新線リール14、巻取りリール19を回転駆動させる各
モータ21,22によって常時定トルクを発生させて走行路中のワイヤーに対して
張力を作用させるものである点」(同15頁15行~16頁3行)につき、上記技
術が「刊行物2に記載されているように従来から知られている技術事項である」
(同16頁14~15行)から、「一定の張力を作用させる手段として、刊行物1
に記載されているような新線リール14、巻取りリール19を回転駆動させる各モ
ータ21,22によって常時定トルクを発生させて走行路中のワイヤーに対して張
力を作用させる代わりに上記従来から知られているような張力保持手段についての
上記技術事項を応用して上記相違点のように構成するようなことは当業者が必要に
応じて容易に想到し得た程度のものである。」と判断した。
    しかしながら、本件決定の該相違点についての判断は、次のとおり、誤り
である。
  (2) すなわち、刊行物2に記載されたワイヤ式切断装置は、ワイヤーが往復動
をせずに、1方向にのみ走行することを前提とするものであり、かつ、張設機構5
の入口側及び出口側に設けられたキャプスタン12、13を境として、強張力であ
る張設機構5側と弱張力である各リール3、4側とに、ワイヤーの張力領域を区分
することを不可欠の構成とするものである。そして、各キャプスタン12、13の
前後に配置したダンサーローラよって、強張力部分と弱張力部分とに区分された各
張力領域ごとに所定の張力を付与し、張力変動に対処するものであるから、ダンサ
ーローラは、各部分に1個宛て、装置全体として4個設けなければならない(ダン
サロール20、23、26、28がこれに当たる。)。刊行物2に記載されたワイ
ヤ式切断装置は、このような構成要素全体が有機的に結合して、初めて一定の技術
的に意味のある発明となっているのである。本件決定が、刊行物2記載の技術事項
の認定に当たって、上記のとおり、「ワイヤーの走行路中に1個のダンサーローラ
を変位自在に設け」ることが記載されているとしたことは、このような刊行物2記
載の発明を、不当に抽象化するものであるといわざるを得ない。
    これに対し、刊行物発明は、ワイヤーが往復しながら走行するものであっ
て、ワイヤーの走行のさせ方が全く異なるものであるから、刊行物発明に刊行物2
記載の技術を適用する動機付けが存在しない。のみならず、刊行物2に記載された
ワイヤ式切断装置は、上記のとおり、キャプスタンをもって、ワイヤーの張力領域
を強張力部分と弱張力部分とに区分することを不可欠の構成とするものであるか
ら、この構成のうち、キャプスタンを除いた残りの部分だけを刊行物発明に適用す
るというような動機付けはあり得ないし、刊行物2中にこれを可能とするような記
載ないし示唆も存在しない。
  (3) 第1発明においては、ワイヤーの走行路中に、それぞれ1個のダンサーロ
ーラを変位自在に設けてあり、このことは、第1発明におけるダンサーローラが、
切断加工に必要な強張力を発生させるものであると同時に、その変位が各リールモ
ータへのフィードバック信号を与えるものでもあることを意味するものであって、
上記(2)のような刊行物2記載の発明と、ダンサーローラの設け方が基本的に異なる
ものであり、技術思想として同等なものではない。
    加えて、第1発明において「独立して制御されるモータ」とは、新線リー
ルを回転駆動するモータ、メインローラを回転駆動するメインモータ及び巻取りリ
ールを回転駆動するモータのことであるが、刊行物2には、4個のダンサーローラ
の変位によって、キャプスタン12、13の各駆動モータ22、25、並びに供給
リール3の駆動モータ10及び巻取リール4の駆動モータ11が、それぞれ制御さ
れることが記載されている(甲第4号証2頁右上欄17行~右下欄16行)もの
の、メインローラに相当する溝ローラ6を回転駆動するモータ8はこれに含まれて
いないのであるから、第1発明と刊行物2記載の発明とでは「独立して制御する」
駆動モータの意味が異なる。
    したがって、第1発明は、刊行物1、2のいずれにも開示されていない独
自の構成を備えているものであり、刊行物2記載の技術事項を刊行物発明に適用し
たとしても、第1発明の構成に想到し得るものではない。
    そして、第1発明は、それらの構成によって、ワイヤーを高速で往復走行
させることが可能となるとともに、ワイヤーの正逆走行の反転の際にも、ワイヤー
に常に一定の張力を与えることができ、高能率、かつ、高精度な加工が可能になる
という、引用発明1、2からは予測できない独自の作用効果を奏するものである。
    なお、上記1の(2)のとおり、刊行物1は、机上の空論的な思い付きを開示
したものであるにすぎず、刊行物発明は実施不可能なものであるから、この点にお
いても、刊行物発明に刊行物2記載の技術を適用して、第1発明に想到するという
ことはできない。
第4 被告の反論の要点
   本件決定の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
  (1) 原告は、刊行物1に、多溝案内ローラでの細線13の走行速度と、新線リ
ール14部外周及び巻取りリール19部外周での細線13の走行速度とを等しくす
る制御について記載されていないと主張する。
    しかしながら、刊行物1には、「細線と多溝案内ローラとのスリップを防
止せしめ」(甲第3号証4頁9~10行)との記載、及び「新線リール14には、
繰出し用モータ21によつて矢印a方向へ常時定トルクが、巻取りリール19には
巻取り用モータ22によつて矢印b方向へ常時定トルクが与えられ、細線13を常
時たるみなく引張つており、移動供給される細線13は、原動ボビン15と従動ボ
ビン17に至る間で矢印a方向のトルク力、矢印b方向のトルク力で制御された適
宜な定張力が発生する」(同5頁3~11行)との記載があり、また、細線13に
つき、「本案の細線(ピアノ線を使用)13」(同4頁15行)との記載がある。
    すなわち、刊行物1には、刊行物発明の細線13にピアノ線を使用するこ
とが記載されているが、ピアノ線は伸び縮みするものではないから、結局、刊行物
1には、細線13が、伸び縮みしたり、スリップしたり、たるんだりすることな
く、適宜な定張力を維持しながら移動するようにさせることが記載されているとい
うことができるところ、このことは、多溝案内ローラでの細線13の走行速度と、
新線リール14部外周及び巻取りリール19部外周での細線13の走行速度とを等
しくさせることにほかならない。
    したがって、本件決定が、刊行物発明について、「多溝案内ローラでの細
線13の走行速度と、新線リール14部外周および巻取りリール19部外周での細
線13の走行速度とを等しくする」切断装置と認定したことに誤りはなく、この認
定を前提とする一致点の認定にも原告主張の誤りはない。
  (2) 原告は、この点につき、刊行物発明において、細線に定張力を付与するこ
とは技術的に不可能であり、刊行物1は、机上の空論的な思い付きを開示したもの
であるにすぎないと主張する。
    しかしながら、原告の該主張は、刊行物1に、細線13に常に一定の張力
が付与されている旨記載されていることを前提とするものであるが、刊行物1に
は、細線13の張力については「適宜な定張力」という記載しかなく、この記載
は、細線13に常に一定の張力が付与されているとの意味ではない。
    すなわち、刊行物1には、上記(1)の記載のほか、「以下本案の特徴である
細線13の往復運動を第3図、第4図を基に説明する。第3図、0~D時間帯に於
て駆動用モータ20は矢印c方向へ正回転し、細線13は矢印d方向へ定常状態で
速度vで移動して、常時矢印b方向へ定トルクを発生させている巻取り用モータ2
2と連結している巻取りリール19に巻取られる。・・・次に第3図A~B時間帯
に於て、駆動用モータ20はゆるやかな曲線でその回転速度をおとしD点では一時
回転を停止し、細線13の繰出し速度もこれに追従する。次にD点から駆動用モー
タ20は矢印c方向とは逆にe方向へ回転を始め、その速度はゆるやかに増加しB
点に於ては定常状態となり細線13を矢印d方向とは逆のf方向へ、上記と同様速
度vで巻戻し移動させる。この為細線13は上記とは逆に巻取りリール19から繰
出され、新線リール14に巻取られる。」(甲第3号証5頁17行~7頁4行)と
の記載、及び「以上の往復運動により、細線13には急激な高速往復運動による運
動方向転換時のショックが作用しないので、断線が防止できる。またボビン15,
16,17にも急激な正逆回転が作用せず、細線13とボビン15,16,17と
の間にはスリップの極めて少ない追従性の良い正逆回転が可能で、ボビン15,1
6,17の溝摩耗を低減することができる。・・・更に前述した往復運動転換時の
ゆるやかな減速、増速によって細線13には、たるみや過剰な張力の発生を防止で
き、シーソー・リンクを廃し簡単な構造となる。」(同8頁14行~9頁10行)
との記載があり、これらの記載によれば、刊行物発明においては、新線リール14
及び巻取りリール19に、それぞれ、繰出し用モータ21及び巻取り用モータ22
によって、相互に反対方向の常時定トルクを付与するとともに、多溝案内ローラ
(原動ボビン)15に連結された駆動用モータ20を往復運動の方向転換時にゆる
やかに減速、増速するという構成を備えたことにより、細線のたるみや、過剰な張
力の吸収手段であるシーソー・リンクを廃しても、細線13の繰出し速度が追従
し、細線13とボビン15,16,17との間のスリップを防止し、細線13のた
るみや、過剰な張力の発生を防止するものであると認められ、細線13に常に一定
の張力が付与されているとするものではない。そして、モータの加速、減速の制御
は、各種形式のものが周知であるから、上記のような刊行物発明が実施可能である
ことは明らかである。
    したがって、刊行物1は、単に机上の空論的な思い付きを開示しただけの
ものではなく、原告の上記主張は、前提を誤った意味のないものである。
 2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
  (1) 原告は、刊行物2に記載されたワイヤ式切断装置について、構成要素全体
が有機的に結合して、初めて一定の技術的に意味のある発明となっているとしたう
え、刊行物2に記載されたワイヤ式切断装置のワイヤーが1方向にのみ走行するも
のであるから、ワイヤーが往復しながら走行する刊行物発明に、刊行物2に記載さ
れた技術を適用するという動機付けが存在しないと主張し、さらに、刊行物2記載
の発明は、キャプスタンをもって、ワイヤーの張力領域を強張力部分と弱張力部分
とに区分することを不可欠の構成とするものであるから、その構成のうち、キャプ
スタンを除いた残りの部分だけを刊行物発明に適用する動機付けはあり得ないとも
主張する。
    しかしながら、特許公報等の刊行物には、多くの場合、種々の技術思想が
開示されており、必要に応じてそれらの各技術思想を参考にすることは、当業者が
通常行うことであって、本件決定も、この視点に基づいて、刊行物2に記載された
技術思想を認定したものである。
    そして、刊行物発明と刊行物2に記載された発明とは、ワイヤーソーの駆
動方式が異なるとはいえ、ワイヤーソー装置としては共通のものであり、また、刊
行物2記載の技術のうち、キャプスタンを用いる場合に特定されることのない張力
保持手段に関する技術を刊行物発明に適用するものであるから、その適用の動機付
けは十分存在する。
  (2) また、原告は、第1発明につき、刊行物2記載の発明と、ダンサーローラ
の設け方が基本的に異なるものであり、技術思想として同等なものではないと主張
するが、本件決定は、刊行物2記載のうち、「必要とされる張力はダンサロールを
用いた張力保持手段により付与する」こと及び「ダンサロールを一定位置に維持す
るように、関連する駆動モータを独立して制御する」ことという技術思想を刊行物
発明に適用するものである。
    さらに、原告は、第1発明において「独立して制御されるモータ」が、新
線リールを回転駆動するモータ、メインローラを回転駆動するメインモータ及び巻
取りリールを回転駆動するモータのことであるのに対し、刊行物2においては、ダ
ンサーローラの変位によって、キャプスタン12、13の各駆動モータ、並びに供
給リール3の駆動モータ及び巻取リール4の駆動モータがそれぞれ制御されること
が記載されているが、メインローラに相当する溝ローラ6を回転駆動するモータが
含まれていないのであるから、第1発明と刊行物2記載の発明とでは「独立して制
御する」駆動モータの意味が異なると主張する。
    しかしながら、第1発明においても、独立して制御される3個のモータの
うち、ダンサーローラの変位量をフィードバック信号として制御されるのは、新線
リールを回転駆動するモータと巻取りリールを回転駆動するモータであって、メイ
ンローラを回転駆動するメインモータは、ダンサーローラの変位量をフィードバッ
ク信号として制御されるものではないから、原告の主張は誤りである。
    したがって、本件決定が、刊行物2に、「ワイヤ式切断装置における張力
保持手段について、ワイヤーの走行路中に1個のダンサーローラを変位自在に設
け、このダンサーローラを定トルク発生器に連結し、このトルク発生器によりダン
サーローラを介してワイヤーに対して一定の張力を作用させるとともに、ダンサー
ローラの変位量をフィードバック信号として、ワイヤーを走行させる駆動モータを
独立して制御するような技術が記載されている」と認定したこと、これを前提とし
て、刊行物発明の第1発明に対する相違点につき、「一定の張力を作用させる手段
として、刊行物1に記載されているような新線リール14、巻取りリール19を回
転駆動させる各モータ21,22によって常時定トルクを発生させて走行路中のワ
イヤーに対して張力を作用させる代わりに上記従来から知られているような張力保
持手段についての上記技術事項を応用して上記相違点のように構成するようなこと
は当業者が必要に応じて容易に想到し得た程度のものである。」と判断したこと
に、原告主張の誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
  (1) 原告は、刊行物1に、多溝案内ローラでの細線13の走行速度と、新線リ
ール14部外周及び巻取りリール19部外周での細線13の走行速度とを等しくす
る制御については記載されていないと主張するところ、確かに、刊行物1(甲第3
号証)に、その点について直接的に記載した部分は見当たらない。
    しかしながら、刊行物1に、「新線リール14には、繰出し用モータ21
によって矢印a方向へ常時定トルクが、巻取りリール19には巻取り用モータ22
によつて矢印b方向へ常時定トルクが与えられ、細線13を常時たるみなく引張つ
ており、移動供給される細線13は、原動ボビン15と従動ボビン17に至る間で
矢印a方向のトルク力、矢印b方向のトルク力で制御された適宜な定張力が発生す
る。」(決定書5頁15行~6頁2行)との記載があることは当事者間に争いがな
く、刊行物1(甲第3号証)には、さらに、「本案の目的は、細線の高速往復運動
を、可逆転可変速モータの正逆回転を時間あるいは回転数制御方式による、ゆるや
かな減速・増速と定常状態での高速度長時間維持を有する特殊な往復運動により細
線の断線防止、細線と多溝案内ローラとのスリップを低減せしめ・・・る装置を提
供することにある。本案は、可逆転可変速モータの正逆回転を、時間あるいは回転
数制御方式によりおこない、細線を巻取り方向へ定常の高速度で設定時間移動させ
た後、ゆるやかに減速、一時移動を停止させ、再びゆるやかに逆方向へ移動、減速
し定常状態で前者と同一の高速度で移動させた後、再びゆるやかに減速し一時停止
させる。以上を一周期として前者の細線の移動時間を、後者の逆方向移動時間より
長くして、この時間差分に相当する新線を供給、巻取ると同時に、運動方向転換時
のショックを抑制し細線の断線防止及び細線と多溝案内ローラとのスリップを防止
せしめ、」(同号証3頁10行~4頁10行)、「第3図に本案の細線(ピアノ線
を使用)13の往復運動曲線図を・・・示す。」(同4頁15~16行)との各記
載がある。
    刊行物1のこれらの記載によれば、刊行物発明は、細線13の正方向への
移動と逆方向への移動を、正方向への移動時間を逆方向への移動時間より長くし
て、周期的に繰り返しながら、徐々に細線13を供給側から巻取り側に移動させる
ものであり、正・逆方向への移動及び移動方向転換の際に、ゆるやかに加速、減
速、一時停止することにより、細線の破断を防止し、細線と多溝案内ローラとのス
リップを低減するものであることが認められ、また、細線13は、ピアノ線を使用
したものであって、定トルクが与えられた新線リール14及び巻取りリール19に
よって、常時たるみなく引張られ、原動ボビン15と従動ボビン17との間で「適
宜な定張力」が発生するものであることが認められる。
    そして、ピアノ線が炭素等を含む高度の引張り強さを有する鋼線であっ
て、ゴム紐のように伸縮するものでないことは技術常識であるから、新線リール1
4及び巻取りリール19によって、常時たるみなく引張られる細線13が、前示の
ように、周期的な正・逆方向の移動を繰り返しながら、新線側から巻取り側に移動
して行く場合、連続するピアノ線である細線13の移動速度は、新線リール部外周
から多溝案内ローラを経て、巻取りリール部外周に至るまでのどの位置でも等しく
なるものと認められる。
  (2) 原告は、細線13が、伸びたり、断線したりすることなく、かつ、理想的
にたるみなく走行する限りは、多溝案内ローラでの細線13の走行速度と、新線リ
ール14部外周及び巻取りリール19部外周での細線13の走行速度とが等しくな
ることを認めつつ、刊行物1には、各リールモータ21、22につき、定トルクを
発生させるというだけで、その回転制御について記載がなく、細線に「定張力」を
付与することは技術的に不可能であると主張し、具体的には、直径0.2mm以下
の細線が切断加工中に熱と張力等によってある程度伸びることについての対処法、
細線の繰出しと巻取りによるリールの外径や重量の変化に伴う張力の変化やリール
を回転させるモータの負荷の変動に対する対処法、移動方向転換の際の、走行停止
及び走行開始に当たって、多溝案内ローラの駆動モータと、両リールモータの停
止・起動に時間差を設ける必要があることに対する対処法が、いずれも明らかでは
なく、さらに、張力が異常に増加したときに逃がす機構が欠如していると主張す
る。
    しかしながら、前示のとおり、刊行物発明は、細線13の正・逆方向への
移動及び移動方向転換の際に、ゆるやかに加速、減速、一時停止することによっ
て、細線の破断や、細線と多溝案内ローラとのスリップを防止、低減するものであ
ることが認められ、そうであれば、刊行物発明において、該効果を奏するために細
線の張力が、終始一定でなければならない技術的な必要性は認められず、細線13
の張力に係る前示「新線リール14には、・・・矢印a方向へ常時定トルクが、巻
取りリール19には・・・矢印b方向へ常時定トルクが与えられ、細線13を常時
たるみなく引張つており、移動供給される細線13は、原動ボビン15と従動ボビ
ン17に至る間で矢印a方向のトルク力、矢印b方向のトルク力で制御された適宜
な定張力が発生する」との刊行物1の記載に鑑みても、その「適宜な定張力が発生
する」との文言が、細線13に終始一定の張力がかかるとの趣旨であるとは解し難
い。そして、細線の張力が終始一定でなければ、多溝案内ローラでの細線の走行速
度と、新線リール部外周及び巻取りリール部外周での細線の走行速度とが等しくな
らないというわけではないことも明らかである。
    しかして、刊行物発明の細線13はピアノ線(鋼線)であるから、熱と張
力とによって、若干の伸びが生じることは技術常識である。しかし、熱に関して
は、切断位置(加工部、ボビン15・17間)において、摩擦により常に発生する
ものの、刊行物1には、加工部にノズル25から砥粒を含むラップ液26が供給さ
れることが記載されており(甲第3号証5頁11~17行)、細線は、切断位置に
おいて該ラップ液及びそれに含まれる砥粒により冷却されること、また、切断位置
を通過した細線は、前示のとおり、正方向への移動と逆方向への移動とを周期的に
繰り返しながら、徐々に巻取りリール側に移動して行くが、その間に放熱すること
等に照らし、熱による細線の伸びの程度は僅少であると考えられる。そうすると、
細線が切断加工中に熱と張力等によってある程度伸びることによって、細線の張力
に影響を与えることがあり得るとしても、多溝案内ローラ、新線リール部外周及び
巻取りリール部外周での細線の等速性を損なうに至らない程度のものと認められ
る。
    次に、細線の繰出しと巻取りにより、新線リール側及び巻取りリール側双
方で、細線を多重に巻いたリールの全重量が変化し、また、リールに巻かれた細線
の外径に変化が生じることは明らかである。しかし、それらの変化が、細線の張力
にどの程度の影響ないし変化を生じさせるかは、リールの直径や厚さ等の外形及び
材料の密度、細線の径とこれを繰り出し、又は巻き取る長さ、細線の巻き方、モー
タの出力等、種々の条件に依存するものであることは、技術常識上明白であり、し
たがって、それらの諸条件を適宜設定して、細線の張力の変化を、多溝案内ロー
ラ、新線リール部外周及び巻取りリール部外周での細線の等速性を損なわない程度
にすることは、当業者であれば格別の困難を伴わないでなし得る設計事項にすぎな
いものと認められる。
    さらに、原告の主張する、細線13の走行開始時に、多溝案内ローラの駆
動モータより両リールモータの方を少し早く起動させ、細線13が走行から停止に
至る場合には、多溝案内ローラの駆動モータより少し遅く両リールモータを停止さ
せる必要があることは、本件明細書(甲第2号証)にも開示がなく、前示のとお
り、「新線リール14には、繰出し用モータ21によって矢印a方向へ常時定トル
クが、巻取りリール19には巻取り用モータ22によつて矢印b方向へ常時定トル
クが与えられ」ている刊行物発明において、かかる技術事項を備えなければ、その
実施ができないものとは認め難い。また、原告の主張する、刊行物発明において、
張力が何らかの理由によって異常に増加したときとは、具体的にどのような場合を
いうのかが明瞭ではなく、さらに、当業者は、技術常識に基づいて、モータのトル
クを適宜設定する等、細線の張力の異常な増加を予防し、あるいは、細線及び関連
部材の強度を適宜設定する等、細線の張力の異常な増加に対処するための様々な手
段を取り得るものであるところ、これらの手段に代えて、あるいはこれらの手段に
加えて、原告のいう張力を逃がす機構を備えなければ、刊行物発明の実施ができな
いものとも認め難い。
    以上のように、原告主張の各事由は、刊行物発明において、周期的な正・
逆方向の移動を繰り返しながら、新線側から巻取り側に移動して行く細線13の移
動速度が、新線リール部外周から多溝案内ローラを経て、巻取りリール部外周に至
るまでのどの位置でも等しくなるとの前示認定を左右するに足りるものということ
はできない。
    また、原告は、刊行物1に、当該各事由に対する対処法あるいは機構につ
いて記載がないことを理由として、刊行物1は、机上の空論的な思い付きを開示し
たものであるにすぎず、刊行物発明は実施不可能なものであるとも主張するが、前
示したことから、該主張が失当であることも明らかである。
  (3) したがって、本件決定が、刊行物1に記載された刊行物発明が「多溝案内
ローラでの細線13の走行速度と、新線リール14部外周および巻取りリール19
部外周での細線13の走行速度とを等しくする」(決定書7頁14~17行)切断
装置であると認定し、これを前提として、第1発明と刊行物発明とが、「新線リー
ルを回転駆動するモータ、・・・メインローラを回転駆動するメインモータ、およ
び・・・巻取りリールを回転駆動するモータと、メインローラ部でのワイヤーの走
行速度と、新線リール部外周および巻取りリール部外周でのワイヤーの走行速度と
を等しくするように制御する」(同14頁11~16頁)点において一致するとし
た認定に誤りはない。
 2 取消事由2(相違点についての判断の誤り)について
  (1) 刊行物2に、「本発明は、高硬度脆性材料例えば半導体材料磁性材料、セ
ラミックス等をワイヤにて切断(切込みを含む)するワイヤ式切断装置に関す
る。」(決定書7頁20行~8頁3行)、「第1図はこの発明の基本概念を示す。
ワイヤ式切断装置1は、切断用ワイヤ2を巻回する供給リール3と巻取リール4並
びに被切断部材Wにワイヤ2を対向して張設する張設機構5とを備える。張設機構
5は第2図に示す如く複数個例えば4個の溝ローラ・・・を上下左右にそれぞれ平
行に配備し、ワイヤ2を各溝ローラ・・・の溝・・・に巻きつけ、ワイヤ2を被切
断部材Wに対し所定間隔を存して多数平行に張設し、溝ローラ・・・には駆動モー
タ8が連結されている。」(同8頁5~14行)、「上記供給リール3及び巻取リ
ール4にはそれぞれ駆動モータ10,11を備え、ワイヤ2を矢符A方向または反
対方向に高速にて走行せしめ、常に所要の切断速度を有せしめる。更に本発明は張
設機構5の少なくとも入口側好ましくは両側にキャプスタン12,13を配し、張
設機構5と、供給リール3よりの繰出し部14と、巻取リール4に対する巻取部1
5のそれぞれには、ワイヤ2を所要張力に保持せしめる張力保持手段16,17,
18,19を設けてなるものである。」(同8頁15行~9頁4行)、「上記張力
保持手段16~17としては、例えばダンサロールを利用し、このダンサロールの
荷重によりワイヤ2に所要張力を付与すると共に、キャプスタン12,13により
張力付与部分を区分するもので、張力保持手段16は張設機構5の入口側とキャプ
スタン12との間に配備されるダンサロール20と、このダンサロール20の昇降
を検出するポテンシヨメータ等の昇降位置検出器21及びこの検出器21の出力信
号により回転速度が制御されるキャプスタン駆動モータ22とよりなる。」(同9
頁4~14行、ただし、刊行物2(甲第4号証)2頁右上欄17行と対比して、
「上記張力保持手段16~17」は「上記張力保持手段16~19」の誤記と認め
られる。)、「これにより繰出部14は、ワイヤ2を弛ませない程度の弱張力を保
持せしめ、張設機構5においては上記張力とは異なる切断に適する高張力を保持せ
しめ、巻取部15は巻取リール4に対しワイヤ2を弛むことなく確実に巻きつける
ための弱張力を保持せしめ、しかもワイヤ2を高速にて走行させる。」(決定書9
頁14~20行)、「ダンサロール20はレバー90の適所に取り付けられ、レバ
ー90は支点91を中心に回動され、適所に荷重92が取り付けられ、かつ前記昇
降位置検出器21に連繋される。」(同10頁18行~11頁1行)との各記載が
あることは当事者間に争いがなく、また、刊行物2に記載された「張力保持手段1
6,17,18,19の荷重92,94,96,98が取り付けられたレバー9
0,93,95,97は、それぞれが定トルク発生器といえるものであり、各駆動
モータ22,25,10,11はそれらに対応した昇降位置検出器21,24,2
7,29の出力信号によりダンサロール20,23,26,28が常に一定位置に
あるようにそれぞれ独立して制御されるもの」(同12頁10~17行)であるこ
と、及び「何れの張力保持手段16,17,18,19もワイヤ2に一定の張力を
保持させる点では変わるところはな」い(同13頁2~4行)ことも、当事者間に
争いがない。
    さらに、刊行物2(甲第4号証)には、「従来、例えば半導体電子材料の
インゴツトをウエハー状に切断する手段の一つとしてワイヤを利用するワイヤ式切
断機がある。この切断機は8個もしくはそれ以上のローラにワイヤを多数回所定間
隔を存して巻きつけ、これに被切断部材を押しつけ、砥粒を含む切削液を注ぎつゝ
往復移行せしめ、いわゆるラツピング作用にて切断する方法が採られている・・・
しかしこの方式によるときは切削速度が絶えず変化し、往復行両端においては切削
速度が0となる。またワイヤの引張り力は往復の都度引張り方向が変わるため変動
し、切断面にはいわゆるソーマークを生じ易く、かつ切断面両側には『だれ』を生
ずる等の問題点がある。本発明はかかる点に鑑み、切断能率の向上と共に切断条件
を常に一定ならしめることにより平滑な切断面を得るワイヤ式切断装置を提供する
ことを目的とする。」(同号証1頁右下欄12行~2頁左上欄10行)、「ワイヤ
2は巻取りリール4に巻取られ、供給リール3のワイヤが空となつたときは、新規
の供給リールと取替えてもよいが、ワイヤ2を反転して逆方向に走行させることが
好ましい。」(同2頁右下欄17~20行)との記載があり、また、前示争いのな
い「上記張力保持手段・・・張力保持手段16は張設機構5の入口側とキャプスタ
ン12との間に配備されるダンサロール20と、このダンサロール20の昇降を検
出するポテンシヨメータ等の昇降位置検出器21及びこの検出器21の出力信号に
より回転速度が制御されるキャプスタン駆動モータ22とよりなる。」(決定書9
頁4~14行)との記載に引き続いて、「同様に張力保持手段17は張設機構5の
出口側に設けられるダンサロール23と、その昇降位置検出器24及びキャプスタ
ン駆動モータ25とよりなる。また張力保持手段18は繰出部14に設けられるダ
ンサロール26と、その昇降位置検出器27及び供給リール駆動モータ10とより
なる。更に張力保持手段19は巻取部15に設けられるダンサロール28と、その
昇降位置検出器29及び巻取リール駆動モータ11とよりなる。」(甲第4号証2
頁左下欄8~17行)との記載があり、前示争いのない「これにより・・・しかも
ワイヤ2を高速にて走行させる。」(決定書9頁14~20行)との記載の前に、
「張設機構5におけるワイヤ2の張力は張力保持手段16におけるダンサロール2
0に加えられる荷重により決定され、ダンサロール20は張設機構5によるワイヤ
牽引速度とキャプスタン12よりの繰出し速度との差により昇降され、その位置は
昇降位置検出器21により検知され、ダンサロール20を所定位置に保持すべくキ
ャプスタン駆動モータ25の回動速度を選択せしめる。他の繰出部14における張
力保持手段18、巻取部15における張力保持手段19も同様である。」(甲第4
号証2頁左下欄19行~右下欄9行、ただし、前示争いのない「上記張力保持手
段・・・このダンサロール20の昇降を検出するポテンシヨメータ等の昇降位置検
出器21及びこの検出器21の出力信号により回転速度が制御されるキャプスタン
駆動モータ22とよりなる。」(決定書9頁4~14行)との記載に照らして、
「キャプスタン駆動モータ25の回動速度」とあるのは、「キャプスタン駆動モー
タ22の回動速度」の誤記と認められる。)との記載がある。
  (2) 前示(1)の刊行物2の記載事項及び第1図(甲第4号証添付)の表示によ
れば、刊行物2には、ワイヤ式切断装置に関し、例えば、キャプスタン12と張設
機構5との間に設けられた張力保持手段16についていえば、ダンサロール20の
昇降を検出する昇降位置検出器21の出力信号をフィードバックして、キャプスタ
ン12の駆動モータ22の回転数を操作する独立した制御方法が開示されており、
該ダンサロール20は、定トルク発生器ということのできる荷重92が取り付けら
れたレバー90に取り付けてあり、張設機構5におけるワイヤ2の張力が、ダンサ
ロール20に加えられる荷重により決定されるのであるから、本件決定が、「刊行
物2には、ワイヤ式切断装置における張力保持手段について、ワイヤーの走行路中
に1個のダンサーローラを変位自在に設け、このダンサーローラを定トルク発生器
に連結し、このトルク発生器によりダンサーローラを介してワイヤーに対して一定
の張力を作用させるとともに、ダンサーローラの変位量をフィードバック信号とし
て、ワイヤーを走行させる駆動モータを独立して制御するような技術が記載されて
いる」(決定書13頁4~13行)と認定したことに、何ら誤りはない。
    そうすると、刊行物発明における、定トルクが与えられた新線リール14
及び巻取りリール19によって、細線(ワイヤー)を常時たるみなく引張って一定
の張力を及ぼす手段に代えて、刊行物2に記載された前示技術を刊行物発明に適用
し、第1発明の相違点に係る構成、すなわち、「これらのモータ(注、新線リール
を回転駆動するモータ、メインローラを回転駆動するメインモータ、巻取りリール
を回転駆動するモータ)をそれぞれ独立して制御する各モータ制御回路を設け、新
線リールとメインローラ間およびメインローラと巻取りリール間で案内ローラを介
して張設されたワイヤーの走行路中に、それぞれ1個のダンサーローラを変位自在
に設け、このダンサーローラを定トルク発生器に連結し、このトルク発生器により
ダンサーローラを介してワイヤーに対して一定の張力を作用させるとともに、新線
リールとメインローラ間のダンサーローラの変位量を新線リールのモータ制御回路
へのフィードバック信号とし、メインローラと巻取りリール間のダンサーローラの
変位量を巻取りリールのモータ制御回路へのフイードバック信号として、上記各モ
ータをそれぞれ制御する」構成とすることは、当業者が容易に想到し得るものと認
められる。
  (3) もっとも、前示(1)の刊行物2の記載によれば、刊行物2記載のワイヤ式
切断装置は、ワイヤーが往復しながら走行するものではなく、また、供給リール3
からキャプスタン12までの間(繰出部14)、及びキャプスタン13から巻取リ
ール4までの間(巻取部15)は、それぞれ張力保持手段18、同19により、ワ
イヤーをたるませない程度の弱張力が付与され、キャプスタン12から同13まで
の間(張設機構5を含む部分)は、張力保持手段16、17により、切断に適する
強張力が付与されるものであることが認められる。
    しかるところ、原告は、刊行物2に記載されたワイヤ式切断装置は、その
ような構成要素全体が有機的に結合して、初めて一定の技術的に意味のある発明と
なっているから、本件決定が、刊行物2記載の技術事項の認定に当たって、「ワイ
ヤーの走行路中に1個のダンサーローラを変位自在に設け」ることが記載されてい
るとしたことは、刊行物2記載の発明を不当に抽象化するものであると主張し、さ
らに、細線(ワイヤー)が往復しながら走行する刊行物発明に、ワイヤーが1方向
にのみ走行する刊行物2記載の技術を適用する動機付けが存在せず、また、キャプ
スタンをもって、ワイヤーの張力領域を強張力部分と弱張力部分とに区分すること
を不可欠とする刊行物2記載のワイヤ式切断装置の構成のうち、キャプスタンを除
いた残りの部分だけを刊行物発明に適用するというような動機付けはあり得ないと
も主張する。
    しかしながら、刊行物発明は、「水晶、セラミック、半導体結晶等の脆性
材料からなる試料を、直線往復運動する多数の細線に押圧し、これに遊離砥粒を介
在させラッピング切断する装置」(刊行物1(甲第3号証)実用新案登録請求の範
囲)であり、他方、前示(1)のとおり、刊行物2には、「本発明は、高硬度脆性材料
例えば半導体材料磁性材料、セラミックス等をワイヤにて切断(切込みを含む)す
るワイヤ式切断装置に関する。」との記載があるから、刊行物発明と刊行物2記載
のワイヤ式切断装置とが、ともにワイヤーソーとして、共通の技術分野に属するも
のであることは明らかである。
    そして、前示(1)のとおり、刊行物2に「ワイヤ2は巻取りリール4に巻取
られ、供給リール3のワイヤが空となつたときは、新規の供給リールと取替えても
よいが、ワイヤ2を反転して逆方向に走行させることが好ましい。」との記載があ
ることに照らして、刊行物2記載のワイヤ式切断装置は、ワイヤーを反対方向に走
行させることも予定されていることが認められるのであるから、刊行物2記載の技
術事項を刊行物発明に適用することを妨げるような技術的理由は、特段想定されな
いというべきであり、刊行物2のワイヤ式切断装置に関し、ワイヤーが往復しなが
ら走行するものではないことの一事をもって、その適用の動機付けがないというこ
とはできない。
    また、前示(1)の刊行物2の記載事項によれば、刊行物2記載のワイヤ式切
断装置においては、張力保持手段16、17、18、19のそれぞれに、順次対応
したダンサロール20、23、26、28がいずれも変位自在に設けられ、ワイヤ
ーに一定の張力を作用させるとともに、その各ダンサロールのそれぞれの変位量を
フィードバック信号として、各ダンサロールに順次対応したワイヤー走行のための
駆動モータ22、25、10、11の回転速度がそれぞれ独立して制御されている
こと、すなわち、1組の張力保持手段に属するダンサーローラの変位や、その変位
量のフィードバック機構は、当該張力保持手段に属する駆動モータの回転速度の制
御に関与するものの、他の張力保持手段に属するモータの回転速度の制御には関与
しないことが認められ、そうであれば、これらの張力保持手段は、そのそれぞれ
が、それ自体として独立し、完結した構成とワイヤーの所定張力の維持という作用
効果を有するものであるということができる。
    他方、刊行物発明において、ワイヤーに所定張力を付与する技術課題があ
ることは、刊行物1の前示「原動ボビン15と従動ボビン17に至る間で矢印a方
向のトルク力、矢印b方向のトルク力で制御された適宜な定張力が発生する」との
記載などから明白であるから、当業者において、刊行物2に開示された、前示のよ
うなモータの回転速度の制御手段からなる独立・完結した張力保持手段それ自体を
取り上げて、これを刊行物発明に適用することを妨げるような技術的理由は、特段
想定されないというべきである。
    したがって、本件決定が、刊行物2記載の技術事項の認定に当たって、
「ワイヤーの走行路中に1個のダンサーローラを変位自在に設け」ることが記載さ
れているとしたことは、刊行物2記載の発明を不当に抽象化するものであるとか、
刊行物2記載のワイヤ式切断装置の構成のうち、キャプスタンを除いた残りの部分
だけを刊行物発明に適用する動機付けがない等とする原告の主張は採用することが
できない。
  (4) 原告は、第1発明と刊行物2記載の発明とで、ダンサーローラの設け方が
基本的に異なるものであり、技術思想として同等なものではないと主張するが、こ
の主張が失当であることは、前示(3)において説示したところから明らかである。
    また、相違点に係る第1発明の「これらのモータをそれぞれ独立して制御
する各モータ制御回路を設け、」との構成中の「これらのモータ」が、新線リール
を回転駆動するモータ、メインローラを回転駆動するメインモータ、巻取りリール
を回転駆動するモータを指すことは、第1発明の要旨に照らして明らかであるとこ
ろ、原告は、刊行物2の記載では、メインローラに相当する溝ローラ6を回転駆動
するモータ8が独立して制御されるモータに含まれていないのであるから、第1発
明と刊行物2記載の発明とでは「独立して制御する」駆動モータの意味が異なると
主張する。
    しかして、刊行物2(甲第4号証)には、確かに、溝ローラ6を回転駆動
するモータ8の制御に関しては記載がないが、前示(3)のとおり、刊行物2には、ワ
イヤー走行のための駆動モータ22(キャプスタン12の駆動モータ)、同25
(キャプスタン13の駆動モータ)、同10(供給リール3の駆動モータ)、同1
1(巻取リール4の駆動モータ)の回転速度がそれぞれ独立して制御されることが
開示されている。他方、刊行物1に「本案は、可逆転可変速モータの正逆回転を、
時間あるいは回転数制御方式によりおこない、」との記載があることは前示1の(1)
のとおりであるところ、この記載によれば、該「可逆転可変速モータ」は正逆回転
を制御されるものであることが認められ、かつ、これが第1発明の「メインローラ
を回転駆動するメインモータ」に相当するものであることが明らかである。そうす
ると、刊行物発明に、刊行物2に開示された独立して制御されるモータを含む張力
保持手段を適用した場合においては、前示「可逆転可変速モータ」がメインモータ
に相当する駆動モータとなるに至り、かつ、その制御が、刊行物2に由来する張力
保持手段の制御から独立してなされること、すなわち、独立して制御する駆動モー
タの一つとなることも明白である。
    したがって、原告の該主張も理由がないといわざるを得ず、そうすると、
第1発明が、刊行物1、2のいずれにも開示されていない独自の構成を備えている
との主張も失当である。
    また、第1発明の作用効果として原告の主張する、ワイヤーを高速で往復
走行させることが可能となり、ワイヤーの正逆走行の反転の際に、ワイヤーに常に
一定の張力を与えることができるため、高能率・高精度の加工が可能になるという
点は、刊行物1、2の記載から容易に予測されるところである。
    なお、原告は、刊行物1が、机上の空論的な思い付きを開示したもので、
刊行物発明は実施不可能なものであるから、刊行物発明に刊行物2記載の技術を適
用して、第1発明に想到するということはできないと主張するが、該主張の前提で
ある、刊行物1が、机上の空論的な思い付きを開示したもので、刊行物発明が実施
不可能なものであることを認め難いことは、前示1の(2)のとおりである。
  (5) したがって、本件決定の相違点についての判断に原告主張の誤りはない。
 3 以上のとおりであるから、原告主張の本件決定取消事由は理由がなく、その
他本件決定にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
   よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴
訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第13民事部
裁判長裁判官 田中康久
裁判官   石原直樹
裁判官   長沢幸男

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興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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