弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
原判決中、控訴人敗訴部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
○ 事実
控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴
費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の主張と証拠の関係は、以下の第一、第二、第三のとおり附加するほか
は、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
第一 控訴代理人は、次のとおり述べた。
一、受刑者と文書図画閲読の自由について。
受刑者であつても、基本的人権が保障されることは言うまでもなく、文書図画(新
聞を含む、以下同じ)の閲読は、表現の自由の一側面であるとしても、受刑者につ
いては、一般国民と異なり、監獄拘禁目的、即ち、刑の執行目的から生じる教化改
善、紀律、保安、処遇の公平、衛生給養の維持、一般社会からの隔離および多数の
受刑者を集団的に収容する監獄の施設の管理運営の円滑をはかる等の理由からする
基本的人権の制限は、合理的範囲の制約として当然許容されるべきものである。憲
法第三一条も、自由刑の執行において必然的に伴う自由の制限の合法性を根拠づけ
ている。
二、監獄法施行規則第八六条第二項の解釈について。
監獄法第三一条第二項が文書図画の閲読に関する制限を命令に委任し、同法施行規
則(以下規則という)第八六条第一項は文書図画の閲読は拘禁の目的に反せず且つ
監獄の紀律を害さないものに限つて許可するとし、同条第二項は文書図画多数その
他の事由により監獄の取扱に著しく困難を来たす虞れのあるときはその種類又は箇
数を制限できるとしている。受刑者の文書図画の閲読は、行刑目的に反しない範囲
でできるだけ許すことが望ましいが、これを自由に認めるときは、刑務所の管理運
営に多大の支障を来たすことは、十分予想されるところである。したがつて、同条
第二項は、監獄の管理運営上著しく支障を生じる虞れのある場合には、文書図画の
閲読が拘禁の目的に反せず、監獄の紀律を害するまでに至らなくても、その種類
(特に新聞について)または箇数に限つて制限することができることを規定したも
のと解される(ポケツト註釈全書(8)改訂監獄法二六五頁、二七〇頁、二七二頁
参照、昭和四二年一〇月三一日l高裁第二部判決、高裁民集二〇巻五号四八四頁参
照)。事柄を実質的にみても、人間の読書量は一定の限度があり、日刊普通新聞は
多種類存在するが、その記事内容にさして差異は認められず、ラジオのニユース等
も聴取できるのであるから、右制限はあながち不都合とはいえない。
三、刑務所長の行なう文書図画閲読の制限と裁量について。
受刑者の文書図画の閲読は、これにより、(1)受刑者の逃走防止、(2)所内紀
律及び秩序の維持、(3)受刑者に対する矯正教化、(4)刑務所の管理運営等に
害を及ぼし、取扱いに著しく困難をきたす場合には、これを制限する必要がある。
刑務所長が受刑者の文書図画の閲読の許否、所持冊数を決定するにあたつては、そ
の数量、必要性、右の諸観点からして相当であるか否かを判断しなければならな
い。
ところで、受刑者中には、暴力団関係者、その他反社会的傾向の強い者、拘禁に伴
い異常な精神状態にある者、付和雷同性の強い者が多く、これらの者の生の力関係
により集団の動きが規制される特殊な場である刑務所においては、一冊の図書の閲
読も単に一冊の読書というより一冊の本に集約された力関係の移動を表示する面が
ある。こうした環境下での文書図画の閲読の許否の判断、許可所持冊数の判定に
は、それ相応の専門的、技術的配慮が要請され、個々の受刑者についてこのような
事情を考慮して慎重になされるべきであり、刑務所長のこの点の判断には裁量の幅
がある。したがつて、閲読の許否、所持冊数の決定は、刑務所長の裁量事項であ
り、刑務所長のこれらの点の判断が明らかに不合理と認められた場合に限つて違法
となる、と解すべきである。
四、l刑務所長が被控訴人に対してなした図書所持冊数制限処分および読売新聞購
読不許可処分は、被控訴人の許可申請の目的からみても適法である。即ち、被控訴
人は、(1)昭和二二年七月二六日窃盗罪により懲役八月、(2)同年一一月一九
日窃盗罪により懲役八月に処せられ、l刑務所福山刑務支所で右(1)、(2)の
各刑を併せて服役し、(3)同二四年四月二〇日強盗罪により懲役五年に処せられ
l刑務所において服役し、同二七年一〇月二〇日恩赦で出所し、(4)同二八年一
二月一七日殺人未遂罪により懲役八年に処せられtおよびo刑務所において服役
し、(5)冊四二年七月三一日恐喝罪により懲役三年に処せられlおよびr刑務所
において服役した長期間の受刑歴を有する者である。また、同人は、同二七年一〇
月ごろ、右(3)のl刑務所に服役中に知り合つた暴力団m組幹部aの輩下に入
り、同三六年一〇月ごろaの幹部となり、同三八年五月ごろn組幹部bの子分とな
り、同三九年五月s会が結成されるや参与となり、同四〇年九月頃同会理事長補
佐、同四七年四月頃同会理事長に就任し現在に至つている暴力団関係者である。
被控訴人は、前記受刑中、t刑務所に服役中の昭和三〇年頃同囚を糾合して暴動を
企画したり、凶器を揮つて職員および収容者を脅迫した等の前歴を有する一方、昭
和三一年頃から刑務所の戒護、処遇に対してことごとく不服を申立て、これが認め
られないと告訴し、不起訴となると付審判請求をなし、あるいは行政訴訟を提起
し、執行停止を申立てるという法律的手段を用いて、刑務所当局の処置に執拗に反
抗してきたものである。現在までに同人がなした情願、請願は三〇件、告訴告発付
審判請求は一八件、行政訴訟は一六件の多数にのぼつている。
ところで、被控訴人の右好訴的傾向は単なる性癖として軽視しえないものがある。
被控訴人のこれらの行為は、外形上あたかも自己の権利を守るための適法な権利行
使のように見えるが、その実は、権利行使の美名に隠れて刑務所の機能の麻痺を企
図するものである。刑務所の機能は、受刑者の身体の自由を拘束して定役に服せし
め、もつて受刑者をして遵法的人間に教化改善せしめる作用を有する。そこで、刑
務所の戒護教化が適正に行なわれている状態では、規律も厳正で、受刑者としても
日々の生活に制約が多く、必ずしも窮屈でないとはいえないが、特に一般社会にお
いて出鱈目で不規制な生活を送つていた暴力団関係者等にとつては、これを著しい
苦痛と受け、この規制を排除するために、合法、非合法のあらゆる手段を用いて抵
抗するのである。これに対して、刑務所当局が、これを排除しないで妥協、後退あ
るいは屈服すれば、刑務所の管理機能は弱体化し、職務執行は適正に行なわれなく
なるばかりか、遂には、彼等だけが安楽に過せる楽園となつて、刑務所の行刑の目
的は果せなくなる。
被控訴人は、今回においても暴力団s会の理事長補佐の肩書を背景にし、過去の受
刑中刑務所当局に対し行政訴訟等により闘争した実績をもとにして、l刑務所に挑
戦する意思をもつて入所したものである。同人が入所時において保安課長と面接し
た際、「l刑務所は規則がきびしいと聞いていた。、身内の者が出所してきていろ
いろ話を聞き、大分行き過ぎや不当なことがあると思つた。そのように当所で苦労
した身内の者もある程度、私に期待をかけていると思うので、入所したら訴訟しよ
うと考えていた。」、「入所前に東京の弁護士と打合せを十分にやつてきた。」等
と豪語し訴訟提起に必要な五〇〇円の貼用印紙も携帯していたことは、同人のこの
不逞な闘争意欲のなみなみならぬことを示している。
本件訴訟は、被控訴人がl刑務所の規律を阻害する目的をもつて提起した訴訟第一
号である。被控訴人は、過去の体験から、図書の所持冊数制限を超える所持は、特
段の事情がない限り許されず、また普通新聞の購売は認められないことを十分に承
知している筈である。被控訴人が、それにも拘らず、l刑務所長に対してこの許可
を申請したのは、真にこれら図書、新聞の閲読を望む意思からではなく、訴訟を提
起するための手がかりを得る手段としてなしたものにほかならない。l刑務所長が
被控訴人のこのような申請の目的、許可の必要性、刑務所における規律の維持等を
考慮して、右申請に対して、図書については同時所持冊数を三冊、読売新聞につい
ては不許可としたことは当然のことであつて、何等違法はない。
五、図書所持冊数制限処分について。
(一) l刑務所長が被控訴人に対してなした図書所持冊数制限処分は違法ではな
い。
1、昭和四一年一二月一三日法務大臣訓令矯正甲第一三〇七号「収容者に閲読させ
る図書、新聞紙等取扱規程」(以下訓令という)第一三条は、規則第八条第二項を
受け、私本所持冊数を三冊として取扱うよう定めている。右規定は、その制定当
時、全国行刑施設の職員体制及び教育課職員数、私本の所持冊数、官本の保有数、
購入、交付、回収、領置、廃棄等の諸手続を調査し、検閲事務、収容者の読書時
間、読書能力等から計算して得た結果に基づき、行刑施設における文書図画の検
閲、取扱業務、居房捜検業務等に要する職員の人員、業務量および所内の紀律の維
持ならびに行則施設全体の管理運営面を勘案し、収容者に対する閲読図書同時所持
の公平と適正を期するために相当であるとして、右のとおり三冊の基準を定めたも
のである。また、行刑施設は、常時多数の受刑者を収容して集団管理する営造物で
あることから、施設内および各行刑施設間に基準の区々の差があつては、移監され
た場合等、処遇上その他に支障が生じるので、各施設全体に妥当する基準として定
められたものである。したがつて、右訓令による基準自体合理的な理由がある。な
お、右訓令で、施設の長は、同条ただし書の特別図書の私本所持冊数に関する検
閲、取扱い業務および居房捜検業務等の必要から、私本の同時所持冊数三冊をさら
に制限することが許容されている。
2、l刑務所長が私本同時所持冊数を制限したのは、管理運営上の理由からであつ
て、本件許可願に対し右の如き制限を付するのでなければ、同刑務所の取扱に著し
い困難を来たす虞れがあつた。
(1) l刑務所における暴力団関係者の収容率は、昭和四四年二月当時二六パー
セントで、全国平均一七パー七ントを大巾に上まわつていた。このような暴力団関
係者等の処遇困難者が多い刑務所では、一人の処遇の緩和が他の受刑者に及ぼす影
響は甚大なものがあつた。
被控訴人は、地元暴力団s会の幹部であり、本人の動向については、友好組員およ
び対立関係組員が特に注目し、また、被控訴人がこれを意識して行動しているとこ
ろであつて、本人に対する処遇は厳正かつ公平にする必要があつた。すなわち、被
控訴人に私本の房内所持冊数の増加を認めることは、他の収容者には、読書という
問題をはなれ、処遇について収容者側の勝利として受取られ、かつ、これに同調す
る者が増加する危険性があつた。
このことは、集団の場において通有の現象であり、特に刑務所において強く妥当す
る。たとえば、収容者の中には、暴力団関係者に対するl刑務所の処遇が緩和され
ているとして、民事訴訟を提起する者がある状態で、その影響するところは大きか
つた。
(2) 昭和四四年二月当時のl刑務所の収容人員は一、一五〇名前後で、昼夜独
居房に拘禁する必要ある者は一〇〇名余に及んでいた。処遇緩和を目的として、種
々の理由を付して図書所持冊数の増冊を願い出た場合、少ない係職員では全体の取
扱業務が麻痺する。もしこれが一部の者であつても、刑務所は、限られた職員と予
算をもつて多数の受刑者の一人一人に適正な処遇を行ない、矯正教化すべき機能を
果たさなければならないから、仮に、ある受刑者の戒護と処遇のために、過大な労
力と時間を費やさねばならない事態に至れば、それだけ他の受刑者に対する戒護と
処遇がおろそかになり、ひいては、刑務所全体の円満な管理運営に支障をきたし、
刑の執行目的も達しえないことになる。
(3) 同刑務所における図書取扱、検閲業務および捜検業務の実状は、次のとお
りであつた。
イ、図書の取扱業務
(イ) 官本
官本カードを各人に選定させる。本人の官本所持冊数調、書庫からの選出、貸与簿
記入、配本(以上図書係)、捜検(保安課)、回収、図書内の反則品、反則記入、
破損の検査、補修、書庫への納入(図書係)。
(ロ) 私本
願箋受付、受付簿記入、願箋内容の審査、所持金の有無調(会計課)、書店への一
括申込、書店からの受領手続(教育課図書係)、領置(会計課領置係)、検閲(抹
消、削除を含む)、検閲済証貼付、台帳記入(図書係)、保安検査(保安課)、配
本(教育課図書係)、指印採取、配付(図書係)、捜検(保安課)、回収、貸与簿
記入、図書内の反則品、反則記入の有無検査(図書係)、領置倉庫への納入、基帳
への記入(領散係)
これらの業務は、受刑者の教化改善、紀律維持、受刑者の領置物品の適正使用と保
管のため必要欠くべからざるものである。
ロ、図書の検閲業務
(イ) 官本
昭和四三年一二月末現在の官本は五、二九一冊、昭和四三年中の一日平均収容人員
は一、〇八二・五人である。
官本貸与は交換形式をとつているので、一人当り二、四冊となる。
五二九一÷(一〇八二・五×二)=二、四冊
さらに、l刑務所の保有官本中には、刊行年次の古いもの、補修中のもの、寄付等
によつて取得した収容者一般には要求の少ない図書が含まれているので、実際に貸
出し利用されることの多い図書は、全保有冊数のほぼ八割程度である。したがつ
て、同時に所持しうる冊数を制限しなければ、収容者全員に平均して貸与できない
ので、制限の最大限を二冊、他に特に必要と認める場合一冊を増加することとし
た。
(ロ) 私本
昭和四三年中l刑務所が受付けた受刑者の私本の差入れ、購入の冊数は、九、一四
七冊、月平均七六二・三冊である。同年中一日平均収容人員にもとづき一人当り平
均〇・七冊であるが、抹消削除を含む検閲所要時間は、単行本一冊約四〇分、定期
刊行物一冊約一五分であるから、一箇月分の検閲には三四九時間を要する。一週間
四四時間の勤務として、約八週間を要し、最少限二人以上の専従職員が必要とな
る。
l刑務所教育課職員は、課長、係長ほか三名で、教科教育、特殊教育、レクリエー
シヨン、生活指導、新聞の購入・検閲・交付・回収、教誨師の選定・依頼、学用品
購入、所内放送の管理・運営、自動車の管理・運転、写真の検査・保管・閲覧、
一、二級集会・誕生会・集団教誨の立会、通信教育の企画・実施、所内誌の企画・
編集、集団指導・個別指導など多岐にわたる事務を処理しなければならないため、
図書係は一名に制限せざるを得ない実情であり、他課もそれぞれの分担業務遂行に
追われ、施設全体の管理運営からみて、教育課に補充することはできない実情にあ
る。
そこで、訓令第一三条ただし書の趣旨から、達示(昭和四二年二月一七日)「収容
者に閲読させる図書、新聞紙等の取扱い要綱」により、私本の同待所持冊数を、累
進処遇一級者は三冊以内、二級者は二冊以内、三、四級者(除外級処遇者を含む)
は一冊とした。
要するに、l刑務所においては、辛うじて検閲業務を全うしているのであるから、
更にこれを増加することは、教育業務のみならず他の施設管理運営にも支障をきた
す原因になる。
ハ、捜検業務
拘禁目的あるいは所内紀律維持上から、規則第四五条は、毎日一回の居房内の捜検
を規定しているが、施設全体の配置箇所、収容者戒護業務の質と量、職員数からし
て、l刑務所においては、雑居房一〇三室(一室面積二二・三平方メートル)、独
居房二九一室(同三・七平方メートル)、計三九四室について毎日一回細密検査を
実施することは到底できないため、毎日平均四、五人を専任として捜検業務にあた
らせ、一日一種目の細密検査重点種目を設定し、捜検居房を八区分し、その一区分
の居房の物品のみについて細密検査を実施し、他は一応の捜検とならざるを得ない
実情にある。
刑務所における居房の捜検は、本来は居房内の全ての物のほか、居房外の窓格子等
にも及ぶべきもので、逃走、自殺防止等の対策上重大な役割を果たしている。従
来、図書の宅下げ(領置を解き物品を外部者に渡す手続)、差入れを利用しての事
故発生や不正連絡も多く、過去においては死刑囚の金切鋸による逃走の例もある
が、図書の捜検は、本の性質上包蔵が簡単で発見し難く、また、特に扱いを丁寧に
しなければならないので、著しく時間と手数がかかる。図書が増加するにしたがつ
て、その度合は倍加する。
被控訴人の場合も、後述のとおり、一般収容者より閲読図書を増加しており、しか
も大暴力団のs会理事長補佐という地位にあり、前刑でl刑務所に服役した際の情
状、かつてt刑務所での暴動事件の主謀者の一人であつたこと等からして、特に入
念な捜検が必要であるのに、それができない実状にある。被控訴人の居房のみに重
点をおけば、他に同程度の受刑者が多数いるl刑務所では、他の受刑者の居房捜検
がおろそかになり、その危険性は極めて大きい。
したがつて、この点からもこれ以上の図書の増冊は認められない。
(4) 更に、l刑務所は、昭和三七年以来、施設の全面改築を収容者の労働によ
り直営で実施中であるが、従来からの刑務所の通常業務がある上に、昭和四三年度
の工事量は厖大で、これを限られた職員の定員数、予算、指定工期内で行なうため
残業も多く、職員の勤務配置に著しい負担がかかり、図書の検閲、居房捜検の係員
を増加するゆとりがなかつた。
(5) 被控訴人は、本件図書所持冊数制限処分を受けても、その主張の訴訟の遂
行には何ら支障がなかつた。
イ、被控訴人は、前刑でo刑務所に服役中、図書閲読禁止処分等取消請求訴訟事件
(津地方裁判所昭和三六年(行)第四号昭和三六年一〇月二一日判決)において一
審勝訴後、釈放により訴えの利益を失い、右訴訟事件の判決が確定力を有するに至
らなかつたことを口惜しがり、本件入所前から、受刑中に訴訟によるいわゆる獄内
闘争を行なうことを企図し、東京の弁護士とも打合せ、本件入所に際しては、一般
に部内向け出版物である新行刑読本、行刑法演習を含む一〇冊の訴訟関係図書を持
込んでいる。また、被控訴人は、前記o刑務所入所中に、p大学法学部通信教育を
長期間受講しし、法律的知識にも明るかつた。
ロ、被控訴人は、本件一〇冊の図書全部の同時所持が訴訟遂行上必要欠くことので
きないものであると主張するが、否認する。
l刑務所においては、先に(3)、ロ、(ロ)で述べたとおり、当時被控訴人の累
進処遇級である四級者の図書閲読所持冊数を一冊とする達示を制定していたが、被
控訴人には訴訟追行の便をはかると言う特段の事情を生じたため、特に所長の許可
により、本来の一冊に加えて三冊、計四冊の同時所持を認め、さらに交換願を三日
前に出せば、常時収容者の手許に三冊が保持された状態で交換を行ない、順繰りに
全部を閲読させる態勢を整え、現に被控訴人の申出により一冊の交換を許したが、
その後は申出はなかつた。ノート類も手許にあるから、交換によつて同時の多数図
書所持と同様の結果を得ることができた筈である。
また、被控訴人は、平日は午前七時三〇分から午後四時四〇分までの就業時間を除
き罷業後点検以降、午後九時までの自由時間、および休日の自由時間など十分な時
間的余裕があるのに、三冊の訴訟関係図書すら十分利用していない。
以上のように、l刑務所長としては、被控訴人の訴訟に関し、必要な諸準備、筆記
用具、用紙その他について支障がないよう配慮し、法律図書の閲読、同時所持につ
き最大限の便宜を与え、これ以上に同時所持冊数を許せば、同刑務所の管理運営上
著しい支障をきたす虞れがあつて、制限せざるを得なかつたのであるから、l刑務
所長が被控訴人に対してなした図書所持冊数制限は必要かつ相当な制限というべき
であり、なんら違法はないのである。
(二) l刑務所長は本件処分をしたことにつき過失がない。
以上詳述したように、本件図書一〇冊の同時所持を認めれば、l刑務所の取扱上著
しく困難をきたす虞れがあつたもので、少なくとも同所長がそのように判断したの
は、多数の収容者の矯正教化を担当する施設の長として、相当かつ当然のことであ
り、無理からぬところであるから、右判断に過失はない。
(三) 本件処分によつて被控訴人になんらの損害を与えていない。
仮に本件処分が違法であるとしても、被控訴人は昭和四四年二月一七日の右処分に
よりなんらの障碍も受けず同年三月三日その意図する本件訴訟を提起し、訴訟活動
を行なつたものであるし、前述のとおり交換によりその出願にかかる図書一〇冊の
閲読を十分なし得たわけであり、同所長はその閲読の機会を奪つたものではないか
ら、被控訴人になんらの苦痛も与えていない。被控訴人が行政訴訟を提起するにつ
いて、右図書一〇冊を常時同時所持しなければならなかつた絶対的必要性があつた
とは認められない。
六、新聞紙の購読不許可処分について。
(一) l刑務所長が被控訴人に対してなした新聞購読不許可処分は、合理的理由
に基づくものであつて、違法ではない。
1、刑務所内の新聞取扱いについて
新聞閲読の自由は、表現の自由の一側面として憲法第二一条によつて保障されてい
るが、受刑者については、右自由は全く無制限のものではなく、監獄拘禁目的から
する制限は、合理的な制約として許容されるべきである。受刑者の新聞の閲読も、
右の目的に背馳し、執行の円満な実現に支障をきたす限り、制限する必要があるの
であつて、監獄法第三一条第一項に基づく規則第八六条第一項および訓令第三条は
この趣旨を述べるものである。
ところで、刑務所における拘禁が国により権力的に行なわれるものである以上、受
刑者に対する給養は国にとつて義務的なものであつて、日常生活に必要な諸物品も
含めて国の費用をもつて賄われるという官給の原則があり、一方では支給されるも
のは全て差別がなく公平でなければならないとの処遇の平等の原則が要請される。
新聞紙(訓令でいう通常紙)のうち中央各紙は、その記事内容、報道の正確性等に
著しい差異はなく、何れか一紙の購読でも知る自由は満たされ、国において選定す
る一紙のみを閲読させても、受刑者にとつて格別の支障はなく、また、これを受刑
者の自費購読に任せれば、無資力者は閲読の機会を逸し、処遇の公平を失する。
更に、新聞購読代金は少なからざる額であるが、その支出源である作業賞与金、領
置金は、監獄法第五五条にいう物品であつて、同条はこれらの更生資金としての活
用、集団生活中での金員の作用、手続の円滑な運営等を考慮し、釈放の際本人に交
付するのを原則と定めている。したがつて、在監中の新聞紙自費購読は不適当であ
る。更に、多数の収容者が各自の金員を支出してその希望する新聞を毎日購入する
場合の購入事務、検閲事務等において各種の煩雑な手続上の問題を生じ、刑務所の
取扱上著しい困難、支障をきたすから、監獄では新聞紙の自費購読制度を一般的に
採用し難い。
2、l刑務所長が本件新聞購読不許可処分をした実情は、以下のとおりである。
(1) 右処分当時被控訴人に対する処遇は公平かつ厳正にする必要があり、被控
訴人に新聞紙の購読許可をすることは他の収容者に処遇の一般的緩和の顕著なしる
しとして受取られ、これの同調者が増加する危険性があつたことは、五、(一)、
2、(1)に述べたとおりである。
(2) 現在既に通常紙以外の新聞(いわゆる特別紙)の差入れによる閲読は許可
されているが、その取扱業務に加えて通常紙の自費購読が許可された場合、l刑務
所の管理運営上著しい困難をもたらす。
l拘置所の未決拘禁者に対する調査結果から推測すると、l刑務所内で新聞の自費
購読を許可した場合、収容者の約二〇ないし三七パーセントがこれを希望すると思
われ、また、l刑務所の新入者に対する調査結果によれば、購読希望の新聞の種類
は約一二種に達する。拘禁されている者の通弊として、他人の所持しない物品を所
持したがり、他にこれを誇示する傾向が強いから、新聞の自費購読が許可されれ
ば、希望種類はますます増加すると推定される。
そして、受刑者のうちには、反社会的傾向の強い者や、拘禁に伴い平常と異なる精
神状態に陥つている者が多いから、新聞紙の検閲は特に厳重でなければならず、不
当箇所の抹消、購入、配布、捜検、回収等の取扱業務も大幅に増加する。
特に、新聞の購入手続は非常に手数がかかり、その配付も、l刑務所は教育課事務
室から居房までの距離が遠く、多種類の新聞を、氏名、居房の対査をしながら、各
居房毎に施錠を解いたうえ開扉して行なわなければならず、多大の労力と時間を要
し、他の事務遂行に著しい支障を来たす。しかも、たまたまの誤配でもあれば直ち
に、それも一般人と異つた極端な態様の苦情を申立てる受刑者が多く、それがもと
でトラブルが起り、集団の圧力として刑務所の衆情に影響を及ぼす。当時のl刑務
所教育課の職員からすれば、到底これら自費購読新聞紙の検閲、抹消、配付、回収
その他の業務をする余裕はなく、これをすれば他の業務に支障をきたした。
(3) 捜検業務も、五、(一)、2、(3)、ハで述べたとおり、現状ですらそ
の徹底を期し難いのに、自費購読の新聞紙が増加したのでは更に不完全になり、逃
走用具、兇器等の隠匿など不祥事故を未然に発見、防止することが困難となる。
また、五、(一)、2、(4)で述べたとおり、l刑務所は全面改築中であるた
め、新聞の自費購読による業務に職員を増員できない。
3、l刑務所において、被控訴人に対し朝日新聞を二日遅れて回覧し、その閲読時
間を一五分しか与えていなかつたのに、
本件自費購読不許可処分をしたとしても、それは先に述べたとおり管理運営上止む
を得ないものであり、新聞回覧が二日遅れるのも、限られた部数を限られた人員で
取扱うため、大多数の工場出役者については工場で回覧し、その後出役しない舎房
収容者及び病舎収容者に回覧するため、止むを得ないものである。また、その代替
措置を次のように講じ、被控訴人の知る自由の確保に努めていた。したがつて、本
件自費購読不許可処分は憲法第二一条に違反しない。
(1) 収容者に対し、録音によるラジオ聴取を、独居拘禁者以外の者には更にテ
レビ視聴を許し、ニユースの速報性に常に留意し、耳からの知る自由の確保に特に
配慮している。もともと、受刑者にとり、その矯正化の必要上、ニユースについて
は確実性妥当性が速報性より重視されるべきである。
(2) 通常紙掲載記事の主要部分、特に教化上有益な部分を掲載する所内の
「人」新聞を、毎月三回発行し、十分の日数を与えて、房内で所持閲読させ、ま
た、有識者を招いて時事講演等を聴取させている。
(3) 一日平均新聞閲読時間一〇分ないし二〇分の者が、日本人全体で一番多く
三六・九パーセントである。
l刑務所でも、朝日新聞が確実に回覧され、閲読時間は、最低一五分を原則的に保
障し、実情は約二〇分はある。また、工場回覧中は、新聞の両面を同時に多数者が
読めるよう各葉を竹ざおにはさみ、休憩時間中に閲読させ、作業中は竹ざおを吊し
上げ、汚損を防止するなど、出来るだけきれいな新聞を出役しない収容者に回付す
るよう留意している。ちなみに、同刑務所における朝日新聞の回覧部数一八部のう
ち、国家予算で認められているものは一〇部にすぎず、残りは同刑務所の努力によ
り寄付等によつている。
4、以上述べたように、本件自費購読不許可処分は、l刑務所の秩序維持および管
理運営上必要かつ相当な人権に対する制限であり、十分な合理的理由があり、他に
十分な代替措置を講じていることを併せ考えると、何ら憲法、監獄法、同法施行規
則に違反するものではない。
(二) l刑務所長は、本件処分をしたことにつき、過失がない。
以上詳述したように、被控訴人に新聞の自費購読を認めれば、l刑務所の取扱上著
しく困難をきたす虞れがあつたもので、少なくとも同所長がそのように判断したの
は、多数の収容者の矯正教化を担当する施設の長として、相当かつ当然のことであ
り、無理からぬところであるから、右判断に過失はない。
(三) 本件処分により、被控訴人になんらの損害を与えていない。
仮に本件処分が違法であるとしても、被控訴人は、これによりなんらの影響も受け
ず、l刑務所からその知る自由について十分な配慮を受け、代替措置も講じられて
いたから、何ら精神的苦通を受けていない。
第二 被控訴人は、次のとおり述べた。
一、およそ図書閲読の自由は、憲法第一九条の思想の自由ないし第二一条の表現の
自由に属し、受刑者にとつても、懲役監設定の目的に照らし、合理的と認められる
範囲で制限を受けるにすぎない。
二、被控訴人が本件一〇冊の図書の房内所持と新聞の自費購読を認められても、行
刑施設の管理運営上困難を生じることはない。現に被控訴人は、昭和三六年頃o刑
務所で二八冊の所持を許可され、昭和四六年頃r刑務所で約二〇冊の所持を許可さ
れていた。
三、本件図書所持冊数制限処分は、被控訴人が行政訴訟および告訴をするのに必要
な図書の閲読を、敵対関係にあるl刑務所長が妨害するためなしたもので、裁量権
の乱用である。
四、控訴人主張の第一、四の事実中、被控訴人が昭和三六年頃o刑務所で服役し、
その後恐喝罪で懲役三年に処せられ、昭和四四年以降l刑務所、r刑務所等で服役
したこと、s会の幹部であることは認めるが、その余の点は否認する。
五、同第一、五、(一)について。
1、訓令第一三条本文は、合理的理由はなく、監獄法第三一条、規則第八六条第二
項、憲法第一九条第二一条に違反して無効である。なお、右訓令第一三条但書は、
辞典、経典及び学習用図書につき、所長において必要があると認めるときは、その
冊数を増加できる旨定めている。
2、(1)同2(1)(2)の事実中、被控訴人がs会の幹部であることは認める
が、所持冊数を三冊に制限しなければl刑務所の取扱いに著しい困難をきたす虞れ
があつたという点は否認する。
(2) 同2(3)について。
イ (イ)官本取扱業務は殆ど図書係の受刑者によつて行なわれている。
(ロ) 私本は一括して取扱われる上、私本許可の範囲も狭く限定されているか
ら、所持冊数を三冊に制限する理由にはならない。
ロ (イ)官本の検閲業務は、図書係の受刑者のみが行なつている。
(ロ) 私本の検閲業務は、一括して購入し、且つ許可される本は限定され、抹消
削除は図書係の受刑者によつて行なわれるから、控訴人主張のような時間は要しな
い。
ハ 居房の捜検は毎日行なわれていたが、その時間は一分位で形式的なものであ
る。被控訴人に一〇冊所持させたからといつて、危険でもなく、捜検が困難になる
ものでもない。
(3) 同2(4)の事実中、l刑務所が当時施設を改築中であつたことは認める
が、職員を増員しなければ被控訴人に一〇冊の所持を許可できなかつたとの点は否
認する。
(4) 同2(5)について。
イ、同イの事実中、その主張の訴訟の第一審において被控訴人が勝訴したこと、l
刑務所に入所するに際し一〇冊の訴訟関係図書を持込んだこと、o刑務所入所中に
p大学法学部通信教育を四年間受講したことは認めるが、本件一〇冊の訴訟関係図
書を必要としない程法律的知識に明るいとの点は否認する。
ロ、同ロの事実中、被控訴人が計四冊の同時所持を認められた点は否認する。被控
訴人は三冊の同時所持しか許されず、交換を申し出たが、三日から六日の日数を要
した。また、被控訴人は、平日は罷業後点検以降午後九時まで、および休日の自由
時間に訴訟準備を行なつていた。ただ、厳寒期の冷え込みや健康上の理由から、訴
訟準備に耐えられず、たまたま早く就寝したことがあるにすぎない。
六、同第一、六、(一)について。
1、同1、2の事実のうち、新聞の自費購読の許可が刑務所の取扱上著しい困難と
支障をきたすとの点は否認する。また、訓令第三条に違憲無効である。
2、同3について。
朝日新聞の閲読時間は一五分に過ぎず、二日から四、五日遅れて回覧されていた。
(1) 同(1)の事実中、録音によるラジオ聴取が許されていた事実は認める
が、人権に対する制限を正当化する代替措置に価するものではない。
(2) 同(2)の事実中、「人」新聞の閲読が許されていた事実は認めるが、被
控訴人は時事問題の講演を一回しか聴取していない。
(3) 同(3)の事実については、新聞の閲読時間一五分は短かすぎ、被控訴人
に回覧された新聞は汚損され読み難いものであつた。
第三 当審における証拠関係(省略)
○ 理由
一、被控訴人が恐喝罪により懲役三年に処せられ、昭和四四年一月二五日q刑務支
所に入所し、同月二八日l刑務所に移送され同所で服役していたが、同年三月二三
日r刑務所に移送されたことは当事者間に争いがない。
二、被控訴人が、同年二月七日、l刑務所長に対し監獄法概論など本件図書一〇冊
の閲読許可願をしたところ、同所長は、右図書全部の閲読を許可するが同時に所持
できる冊数は三冊に限るとの処分(以下本件所持冊数制限処分という)をしたこ
と、被控訴人が、同月一三日、同所長に対し読売新聞の自費による購読許可願をし
たところ、同所長は、同月一七日右の不許可処分(以下本件不許可処分という)を
したことは当事者間に争いがない。
そこで、右各処分が被控訴人主張のごとく憲法の定める基本的人権の保障を侵害し
監獄法、同法施行規則に違反して無効のものであるか否かについて判断する。
(一) 図書および新聞の閲読は、思想形成の手段であるから、その自由は、思想
の自由の一部またはこれに随伴するものとして、憲法の保障する基本的人権に属す
る。被控訴人の場合も、新聞の閲読はもとより、本件図書の閲読は、受刑者の基本
的人権が刑務所内においていかなる範囲で保障されるべきかであり、現実にどのよ
うに侵害されているかについての被控訴人の思想を、より明確にしかつ説得力ある
ものに形成する手段であると解されるから、これらの閲読の自由は、基本的人権と
して国政上尊重されなければならない。ただ、憲法第三二条の定める裁判を受ける
権利の保障は、いわゆる司法拒絶の禁止を意味するにとどまるから、本件所持冊数
制限処分は右権利を侵害するものではない。
しかし、国の刑罰権行使は憲法の予定しているところであるから、国民一般と異な
り、受刑者の基本的人権の保障は、刑罰権行使に必要な範囲と限度で制限されても
やむを得ない。また、有期懲役囚に対する刑の執行目的の実現は、公共の福祉にあ
たると言わねばならないから、これに必要な範囲と限度においては、基本的人権の
制限は憲法に違反しない。そして、右の刑の執行目的とは、拘禁と定役の賦課を通
しての矯正教化と社会からの隔離、これに必然的に伴う集団生活の保持、更には矯
正強化の前提である受刑者の生命と健康の維持などに必要な刑務所の管理運営上の
規律維持を言うと解される。以上の事柄を新聞と図書の閲読の自由に関して言え
ば、思想の自由の重要性に鑑み、新聞、図書の内容についての閲読の自由の制限は
慎重に考慮すべきであるとしても、内容についての制限には関係がない図書の所持
箇数についての制限は、拘禁目的達成または監獄の管理運営上著しい支障を生じる
明白な虞れがあつて、これを取除くために必要な範囲と限度においてのみ、公共の
福祉に基づく基本的人権の制限として、憲法に反しないものと言わなければならな
い。なお、右の必要性があると言うためには、右の制限によつて保護される公共の
福祉の憲法上の価値が右制限によつて害される人権の憲法上の価値を超えるもので
あることを要すると解すべきである。また、一流の通常新新聞は記事内容と正確性
に大差がないから、その論説に受刑者が特に強い関心を有する場合はともかく、閲
読させるべき新聞の種類についての制限についても、右に述べたところがそのまま
妥当すると言わなければならない。
(二) 受刑者の閲読図書の所持冊数をどの程度に制限すべきかの問題は、行政の
特殊分野である行刑を担当する機関がその有する専門的技術的知識と経験に基づき
判断すべき事項であり、一定の冊数をもつて適法違法を峻別できるものではないか
ら、右機関の裁量に委ねられるべきものである。しかし、基本的人権を行政機関の
裁量によつて制限するのであるから、裁量権の行使につき司法権の審査は当然及
び、裁量権の乱用と目されるときは違憲無効であると言わねばならない。
(三) 成立に争いがない乙第三号証、第五号証の一、二、三、第七号証、第一一
号証、原審証人c、d、当審証人e、f、g、h、i、jの各証言ならびに弁論の
全趣旨によれば、次の各事実が認められる。
(1) l刑務所は、昭和四四年当時、職員約二八八名が通常の刑務所内各業務の
ほかに施設改築の直営工事に従事し、しかも右直営工事のため特別に定員の枠を与
えられることはなかつたので、職員は労働過重気味であつた。なお、受刑者の戒護
保安上刑務所施設の改築を一般業者に請負わすことは問題が多かつた。
当時、同刑務所の全収容者約一、〇〇〇名は、いずれも累犯者で、そのうち無期懲
役を含む懲役八年以上の長期刑に服しかつ改善の困難な者は約四〇〇名を占め、そ
の余もすべて改善の著しく困難な受刑者で、これらを集中的に収容したため、全国
有数の重警備刑務所とされていた。また、全収容者のうち、約二五〇名ないし二六
〇名が暴力団員および暴力団関係者で、被控訴人がその幹部である(この事実は当
事者間に争いがない)s会およびその系列下にあるとみられる暴力団員およびその
関係者は約一一〇名、これと対立関係にあるu会系統とみられる者は約六〇名であ
つた。
(2) 一般に収容者は、他の収容者が所持しない特別のもの、高価高級な物品を
所持することを誇示する自己顕示性が強く、また他の受刑者に物品を供与して自己
の勢力を拡張し、親分子分の前近代的身分関係を刑務所内においても形成しようと
する支配的傾向があり、特に暴力団員および暴力団関係者にそれが強い。そして、
暴力団員および暴力団関係者は、刑務所内においても親分など指導者を容易に作り
やすく、また、刑務所職員に対する反抗的態度や反則行為をすることによつて、衆
望を集め指導者になることができ、それによつて配下からの便宜供与を受けること
ができる結果となる。ささいな綱紀と紀律の弛緩に乗じ、他の受刑者や刑務所の職
員までも脅迫し、容易に徒党を組み、集団の力を利用して刑務所内の紀律と秩序を
混乱させ、私利私欲をはかり、社会において敵対関係にある他の暴力団との勢力争
い、対立抗争を発生させ拡大し、絶対優位に立とうとする。そして、このような実
例は、過去全国刑務所で何度か存在した。
被控訴人は、前記のとおりs会の幹部であるところから、その動向は、s会系又は
これと対立する暴力団系を問わず、暴力団員および暴力団関係者である受刑者から
特に注目され、また、被控訴人もこれを意識して行動していた。
(3) また、暴力団とは無関係の一般受刑者は、暴力団員や暴力団関係者が刑務
所内で優遇されているとの偏見を抱きやすい。更に、受刑者は低所得者が多いの
に、暴力団員や暴力団関係者である受刑者は比較的資力のあるものが多いため、新
聞の自費購読や私本の所持冊数の増加を認めると、一般受刑者がますます偏見を抱
き、刑務所に対する不満をつのらせ、反抗的態度や紀律違反を生じやすいし、ま
た、受刑者間で、新聞、図書の供与を通じて、親分子分の身分関係の発生拡大、派
閥間の対立抗争に利用されやすい。現にl刑務所では、受刑者の某政党員が党本部
に対し、同刑務所職員は受刑者を暴力団員ないしは暴力団関係者の故に優遇し、某
政党員の故に差別している旨の書簡を出したことがある。
それ故、被控訴人を収容していた当時、l刑務所内では、綱紀の厳正と処遇の公平
を維持しなければ、受刑者の教化改善をはかる上に支障を生じる虞れが大きかつ
た。
(4) また、処遇の公平を維持するため、被控訴人に新聞の自費購読および図書
同時所持冊数の増加を認めるならば、他の受刑者にもこれらを許さざるを得ず、勢
い多種多量の新聞図書が刑務所内に入ることになる。
ところが、このような事態が生じたときには、本来右新聞図書の内容が受刑者の拘
禁目的に明白かつ現在する危険を与えるか否かの検閲削除に多くの時間と労力を要
するから、刑務所職員の多少の増員があつても追い付かず、刑務所の管理運営上著
しい支障を生じる虞れがある。特に、暴力団員および暴力団関係者の受刑者は、そ
の関係する暴力団同志の対立抗争の報道には著しく平静を失うから、この種の記事
については、各受刑者ごとに削除部分を異にするなど、煩雑な措置が必要になる。
また、書籍は、連絡文、剃刀、金切鋸など戒護上危険な物、自殺用の薬品、麻薬な
ど法禁物の隠匿、運搬に利用でき、その捜検は必らずしも簡単とは言えず、部厚い
表紙、背表紙などに細工をして秘匿されたときは、捜検は困難である。当時l刑務
所において、受刑者が居房内で所持していた図書は約四、〇〇〇冊にのぼるが、当
時の職員数では施行規則第四五条で義務付けられている毎日一回の舎房捜検を完全
に行なうだけの余力がなかつたのに、更に所持冊数が増加すると、捜検の実効を期
し難くなり、戒護が困難となり、刑務所の管理運営上著しい支障を生じる虞れがあ
る。そのほか、差入れ、購入、携入による私本の増加により、購入、領置、配付、
金銭出納等の取扱業務が、官本所持冊数の増加により官本取扱業務がそれぞれ増大
するが、これに見合うだけの労働力を確保し難い実情にある。
(5) 当時、被控訴人と同じくl刑務所に収容中に行政訴訟を提起していた受刑
者二名も、被控訴人と同じく三冊しか同時所持を許可されていなかつた。
(6) 被控訴人は、本件のl刑務所入所前に、大学法学部の通信教育を受け、在
監者の基本的人権が侵害されたことを理由に図書購読禁止処分の取消を求める行政
訴訟を自ら提起して遂行する(以上の事実は当事者間に争いがない)など、法律に
ついての知識と実務経験を有する。
l刑務所長は、被控訴人に対しては計四冊の同時所持を認めたのであるが、右図書
の交換の申出があれば、遅くとも三日位後までに被控訴人の手許に三冊を残したま
まで本件一〇冊の図書を交換して閲読させうる態勢を常に整えていた。また、被控
訴人の手許にはノート類もあつたから、要点の筆写などにより、多数図書の同時所
持と同等の効果を挙げることができた筈である。
(7) l刑務所は、当時、年二回の受刑者に対するアンケート調査の結果、希望
者が多かつた朝日新聞を平均的な中央紙として受刑者に閲読させていた。被控訴人
のような独居拘禁者には、日曜日の新聞は水曜日、その他の曜日の新聞は二日遅れ
ではあるが、確実に一人一五分当り新聞を回覧され、紙面も読むに耐えない程には
汚損していなかつた。工場出役者には、それより一日早く工場内で休憩時間中に閲
読させていた。また、正午のラヂオニユースが録音されて、夜間刑務所内に放送さ
れ、新聞記事が転載された所内新聞は、比較的自由に閲読が許されていた。
なお、被控訴人は、読売新聞の論説に特に強い関心を有したためにその購読を希望
したのではなかつた。
以上の事実認定に反する証拠はない。
三、以上認定の事実に徴すると、被控訴人の本件申請を許可するときは、拘禁目的
の達成および監獄の管理運営上著しい支障を生じる明白な虞れがあり、本件各処分
は右の虞れを取除くために合理的必要性があるものといわなければならない。しか
も、本件各処分による被控訴人の自由に対する侵害は、本件申請の許可によつて害
される公共の福祉の程度に比較して決して大きくはないから、本件各処分が憲法に
違反し監獄法同施行規則に照らし違法無効のものであると解することはできない。
してみると、その違法を前提とする被控訴人の本件損害賠償請求は、その余の点を
判断するまでもなく失当である。
よつて、原判決中右判断と異なり右請求を認容した部分を取消したうえ右請求を棄
却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して、主文のとお
り判決する。
(裁判官 宮田信夫 浜田 治 野田殷稔)
主文
被告国は、原告に対し三、〇〇〇円を支払え。
原告の、被告国に対するその他の請求および被告l刑務所に対する請求を棄却す
る。
訴訟費用は、原告と被告l刑務所長との間に生じた分は全部原告の負担とし、原告
と被告国との間に生じた分はこれを一〇分し、その一を被告国の負担とし、その他
を原告の負担とする。
○ 事実
第一、当事者が求めた裁判
一、原告
(一) 被告l刑務所長が昭和四四年三月二三日原告をl刑務所からr刑務所に移
監した処分は無効であることを確認する。
(二) 被告国は原告に対し三五、四五〇円を支払え。
(三) 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決
二、被告ら
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二、当事者の主張
一、原告の請求原因
(一) 原告は恐喝罪により懲役三年に処せられ、昭和四四年一月二五日にq刑務
支所に入所し、同月二八日l刑務所に移送されて、同所で服役していた受刑者であ
るが、被告l刑務所長(以下被告所長という)は同年三月二三日に原告をl刑務所
からr刑務所に移送した。
(二) しかし、右移監処分は被告所長の裁量権を濫用したものであつて無効であ
る。
すなわち、原告はl刑務所職員の指示、命令をよく守り、まじめに服役し、所内の
行状、成績も良好であつて、移送される理由はまつたく存在しないのである。被告
所長は、原告が昭和四四年三月三日付訴状でl地方裁判所にl刑務所長を被告とし
て図書閲読冊数制限処分等取消の訴えを提起したので、原告を右訴訟の期日に出廷
させないようにするため移監したものである。そして、現に同月一五日に第一回準
備手続期日(同月二八日)の呼出状を受けとつていたのに、右期日を目前にした同
月二三日にあえてr刑務所に移監して同期日に相廷させず、その後もまつたく期日
に出廷させないのである。したがつて、被告所長がした本件移監処分は、裁判を受
ける権利を保障した憲法三二条に違反しているというべきである。
さらに、本件移監処分によつて、遠隔地に移されたため、原告はl県に住む原告の
家族との面会が困難になつており、これは親族との接見交通権を保障した監獄法四
五条に違反するものである。
(三) 3原告は、被告所長の次のような故意または過失に基づく違法な行為によ
つて、財産上、精神上の損害をこうむつたので、被告国は国家賠償法一条により原
告に対しその賠償をする責任がある。
(1) (図書所持冊数制限処分)
原告は、昭和四四年二月七日被告所長に対し、行政訴訟を提起するについて必要な
次の図書の閲読許可願いをした。
(1) 監獄法概論    (2) 行刑法演習
(3) 新行刑法読木   (4) 国家補償法・行政争訟法
(5) 行政法演習    (6) 法令用語辞典
(7) 書式全書     (8) 刑事訴訟法
(9) 日本国憲法(附録最高裁判所判例集)
(10) 六法全書
これに対し、被告所長は、右図書全部の閲読を許可するが、同時に所持できる冊数
は三冊にかぎるとの制限をした。
しかし、受刑者といえども憲法で保障された思想、学問および信仰の自由を奪われ
るものではないから、本質的に拘禁目的を阻害するものでない限り、図書の閲読は
自由であり、刑務所長の許可があつてはじめて閲読の利益を享受するという性質の
ものではない。しかるに監獄法(以下法という)三一条二項は、このように重大な
基本的人権に対する制限に関して、これを抽象的、一般的に命令に委任しているか
ら憲法違反の規定であると解されるところ、本件処分は右違憲の規定に基づいてさ
れたものであるから違法な処分である。
かりに、右規定が憲法に反するものではないとしても、原告に一〇冊全部の図書を
所持させても同法施行規則(以下規則という)八六条二項にいう監獄の取扱いに著
しく困難をきたす虞がある場合に該当しないことは明白であるし、字書を除き二冊
以下と定めていた同八七条の規定が削除されたことは、同時所持冊数の制限が緩和
されたものと解されるだけでなく、昭和六年司法大臣訓令行甲二、〇五二号収容者
閲読図書取扱規程一七条、一八条により大幅に特例を認める余地を残しているので
あるから、被告所長は原告の訴訟追行上必要欠くことのできない参考文献である前
記図書全部の同時所持を許可すべきであるにもかかわらず、原告の訴訟追行を遅延
させるために本件処分をしたものである。
そして、原告は、被告所長の右処分により、読む自由、知る権利が不当に阻害さ
れ、訴訟追行に著しい不便をきたし、慰謝料五、〇〇〇円相当の精神的苦病を受け
た。
(2) (裸体検身)
被告所長は、原告がl刑務所に在監中、日曜日と祝日を除く毎日、原告を全裸にし
て身体検査をした。その方法は、同刑務所職員が監房検査を行なう際原告を居房前
の通路に出して着衣をぬがせて全裸にし、両手を上にあげ、口を開き、首を左右に
ふり、耳の穴を見せ、次いで半回転して両足を広げ、前にかがんで肛門を見せ、足
の裏を見せるというものである。
しかし、規則四六条は、在監者が工場または監外から還房する際在監者の身体と衣
類を検査することを規定しているが、原告は独居拘禁中で工場に出役していないか
らこれに該当しないし、検査の必要もなく、せいぜい職員の触手による検査で目的
を達することができるのであるから、本件裸体検身は被告所長の裁量権を濫用した
違法なものである。
そして、原告は被告所長の右処分により厳寒時に身体的苦痛を受け、またはずかし
い思いをさせられたのであり、その受けた精神的苦痛に対する慰謝料は二二、〇〇
〇円が相当である。
(3) (新聞購読不許可処分)
原告が昭和四四年二月一三日被告所長に対し、読売新聞の自費による購読願いをし
たところ、被告所長は同月一七日これを不許可処分にした。
しかし、新聞の購読は憲法一九条によつて保障されている知る自由の一内容である
から、刑務所長の許可があつてはじめて許されるものではなく、新聞の購読が拘禁
および戒護上危険であることが明らかな場合でないかぎり禁止することは許されな
い。したがつて、本件処分は原告の知る自由を侵害した違法な処分である。
なるほど、被告所長は在監者に対して朝日新聞を回覧させているが、これは発行日
から四日後くらいに原告に回覧され、しかも閲読時間が一五分以内に制限されてい
るうえ定役中に読むのであるから、じゆうぶん閲読することができない。
原告は、被告所長の右処分により、知る権利が害され、そのために受けた精神的苦
痛に対する慰謝料は二、三一〇円が相当である。
(4) (ノート使用制限処分)
原告は昭和四四年二月一七日看守を通じて被告所長にノートの使用許可の申出をし
たが、許可処分がなかつたので、再度同年三月一九日に許可願いをしたにもかかわ
らず、原告がl刑務所に在監中には許可がなかつた。
そのため、原告は憲法一九条ないし二一条で保障されている日記を書く自由を侵害
され、慰謝料一、〇〇〇円相当の精神的苦痛を受けた。
(5) (戸外運動禁止処分)
原告は、l刑務所に在監中、被告所長から、入浴日および免業日であるとの理由
で、昭和四四年二月一日、八日、一五日、二二日、三月一日、八日、一五日、二二
日の入浴日八回と同年二月二日、九日、一六日、二三日、三月二日、九日、一六日
の日曜日七回および同年二月一一日と一二月二一日の祝日二回計一七回にわたつて
戸外運動を禁止された。
しかし、受刑者、ことに独居拘禁者である原告にとつては、毎日の戸外運動は健康
を維持するため不可欠なものであり、入浴日および免業日の戸外運動を禁止した被
告所長の処分は法三八条、憲法三六条、二五条に違反するものである。
原告は、そのために慰謝料五、一〇〇円相当の精神的苦痛を受けた。
(6) (雑誌の一部削除処分)
原告が昭和四四年二月一七日被告所長に、雑誌「新潮」(同年三月号)の購読許可
願いをしたところ、被告所長はその一部を削除したうえで許可した。
しかし、図書閲読の自由は憲法一九条によつて保障されており、受刑者に対しても
拘禁および戒護上危険であること、あるいは矯正教化の目的を阻害することが明ら
かな場合でないかぎり、これを制限することはできないものである。右「新嘲」は
文芸雑誌であつて、いわゆるエロ本ではないし、原告は独居拘禁されていたのであ
るから、右制限可能な場合にあたらないものというべきである。
そして、原告は右削除処分により、雑誌について三〇円相当の損害と、慰謝料一〇
〇円相当の精神的苦痛を受けた。
(四) よつて、原告は被告所長に対する関係で被告所長がした移監処分の無効確
認を、被告国に対しては三五、五四〇円の支払いをそれぞれ求める。
二、請求原因事実に対する被告らの答弁
(被告所長)
請求原因(一)項の事実は認めるが、同(二)項の事実は争う。
(被告国)
請求原因(一)項の事実は認める。
同(三)項の(1)のうち、原告が昭和四四年二月七日被告所長にその主張どおり
の図書一〇冊の閲読許可願いをしたのに対し、被告所長が右図書全部の閲読を許可
するが、同時に所持できる冊数は三冊にかぎるとの処分をしたこと、(2)のう
ち、被告所長が原告に対して原告がl刑務所に在監中日曜日と祝日を除き毎日裸体
検身をしたこと、(3)のうち、原告が同年二月一三日被告所長に対し読売新聞の
自費による購読願いをし、被告所長が同月一七日これを不許可処分にしたこと、
(4)のうち、原告が同年二月一七日に看守を通じて被告所長にノートの特別購入
の許可を求めたこと、(5)のうち、原告主張の日に戸外運動をさせなかつたこ
と、(6)のうち、原告が同年二月一七日に被告所長に雑誌「新潮」(同年三月
号)の購読許可願いをし、被告所長がその一部を削除したうえで許可したことは認
めるが、その他は争う。
三、被告らの主張
(被告所長)
原告は、l県下全域に勢力をもち、中国地方全域にも友誼団体を有する暴力団s会
の上級幹部であつて、昭和二八年一二月一七日殺人未遂罪により懲役八年に処せら
れ、昭和二九年一月二九日l刑務所に入所したが、派閥抗争のため同年八月三日t
刑務所に移送され、さらに暴動を企図したため、昭和三一年八月二五日o刑務所に
移送された前歴を有するものであるる。
ところで、l刑務所では、新たに入所した受刑者に対しては、身と調査終了後集団
の新入教育班に編入し、一週間のオリエンテーシヨンを施したのち作業を賦課して
各工場に出役させ集団生活を行なわせる方式をとつているが、原告のように入所前
に暴力団の派閥の中枢的地位を占めていた者とか、他の収容者と隔絶する必要のあ
る特殊な収容者については、過去にも徒党を組んでの殺傷事件を起こした事例があ
るので、特に独居房に収容し、個別的処遇を行なうとともに他の刑務所に分散拘禁
することにしている。
そして、原告は組関係離脱の意志がなく、l刑務所には原告が所属しているs会会
員とその系列下にあると認められる組員の合計約一一〇名およびこれと対立関係に
ある暴力団u会系統と認められる組員約六〇名を収容している(s会会長とu会会
員とは両会の対立抗争のため殺傷事件をおこし、その事件の刑事責任を追求されて
l刑務所に収容された者もある。
したがつて、原告の属する暴力団の地元にあるl刑務所に原告を収容していること
は、原告の意志いかんにかかわらず、原告が多分に組活動の中枢的存在となり、原
告または系列内の者らが策動し、刑務所内で新たな派閥構成および両会の対立抗争
を行なう危険がじゆうぶんうかがえるため、やむなく一応原告に対し独居処遇を行
なうことにしたが、長期間の独居拘禁は健康上も適当でないので、これをさけるこ
とおよび本来の行刑目的を達成することのため、原告入所直後の昭和四四年一月三
一日にl矯正管区長を経て、法務省矯正局長あてに適当な他施設へ移送の上申を行
なつていたところ、同年三月一八日移送の命令があり、同月二三日r刑務所に移送
したものである。
右のような次第であるから、本件移監処分は被告所長の自由裁量の範囲内でした適
法なものである。
原告を移監することに、前記のとおり、原告が図書閲読冊数制限処分等取消の訴え
を提起するよりも前にすでに決定されていたものである。すなわち、新たに入所し
た者がある場合は、受刑者分類調査要綱第三により一五日以内に入所時検査を行な
うことになつており、通常の場合はこの期間内で調査を行ない、その結果受刑者分
類調査票の作成を行なつているものであるが、原告の場合は入所した当日前記理由
にもとづく移監を内定したので、翌二九日から直ちに調査に着手し、同月三〇日付
で右調査票の作成を完了し、翌三一日付で同調査票の写を添付して移送の上申を行
なつた。したがつて、原告を右訴訟の期日に出廷させないようにするため移監した
ものである、との原告の主張はあたらない。
また、本件の場合原告を移監する必要があり、かつそれが合理的なものであること
は前記のとおりであるから、かりに移監により原告の親族の住居との距離が遠くな
り、そのため交通上の不便を生じたとしても、原告の外部との接見交通権を侵害し
たことにはならない。
(被告国)
被告所長のした行為については次のように根拠のあるもので、違法な点はないし、
故意過失もないから、被告国が損害賠償の責任を負う理由はない。
(1) (図書所持冊数制限処分)
原告は、入所直後の昭和四四年二月七日に、行政訴訟の提起および告訴をするのに
必要であるとして原告主張の法律図書一〇冊の閲読願いを提出したものであるが、
被告所長は図書閲読に関しては法三一条、規則八六条、収容者に閲読させる図書、
新聞紙等取扱規程(昭和四一年法務大臣訓令矯正甲一三〇七号)によりその取扱い
を行なつており、本件図書の閲読許可についても監獄の拘禁目的である身柄の確
保、紀律の維持に支障のある部分の削除・抹悄を前提として前記大臣訓令にもとづ
きその同時所持冊数を三冊として許可したものである。そして、その後必要のつど
本件一〇冊の図書の中から出願により交換のうえ閲読することを許可しており、原
告はこの交換による閲読を一回行なつているし、他に原告は官本(刑務所所有の書
籍)の辞典・経典および学習用図書を同時に所持することができたものである。
したがつて、本件処分に違法な点はない。
(2) (裸体検身)
l刑務所では工場出役者については朝の出業時と夜の還房時に、独居拘禁者につい
ては免業日を除き午前七時三〇分の就業後間もなく係職員による居房捜検と同時
に、裸体検身を行なつている。その方法は一監房ずつ在監者を自己の居房前に衣服
をもつて立たせ、係職員だけが一メートルくらい離れた位置から身体の各部を観察
し、続いて衣類を一枚ずつ触手検査するもので、他の者はこれを見ることはなく、
その所要時間は数十秒程度のものである。
右裸体検身は、反則事故を度々行ない、集団処遇の困難な者、その他心情不安定な
者を多数収容している独居舎房においては、暴行・傷害・自殺および逃走等の不祥
事故を未然に防止するうえからも必要な処置であり、とくに原告の素行・前科、以
前収容されていた刑務所における行状、l刑務所の設置の現状にかんがみ、兇器等
の隠匿等、事故につながる事態を未然に発見し、これを防止するための観察の徹底
を期する方法として行なつたものである。したがつて被告所長の裁量の範囲内の行
為であつて違法ではない。
(3) (新聞購読不許可処分)
l刑務所では朝日新聞を備え付けて受刑者に閲読させている。そして、受刑者の自
費による購入は・各種新聞の検閲および不当個所の抹消等の事務の困難さ、その他
運営上好ましくないとの理由で法務大臣訓令そのものが認めていないものである。
したがつて、朝日新聞閲読の上にこれと同じような読売新聞の自費購入を認める理
由はなく、本件処分は違法ではない。
(4) (ノート使用制限処分)
l刑務所では、受刑者が使用する一般用ノートについては、その種類を日章ノート
6A30(二二枚つづり)とし、所持期間および数量を二ヶ月に一冊としている
が、これらはいずれも管理上一応の基準として定めたもので、使用者個々について
必要があるときはその出願により適宜使用許可数量の増加または使用期間の短縮を
許可することができるとされている(昭和三五年達示二七号、受刑者の自己用途物
品及び自弁品使用許可内規、昭和四〇年達示四号l刑務所受刑者使用雑記帳取扱内
規)。
原告に対するノートの使用制限も、これによつた適法な処置であり、本件につい
て、原告から前記出願はなかつたものである。
(5) (戸外運動禁止処分)
法三八条は在監者が健康を保つのに必要な程度の運動を保障しているものであり、
規則一〇六条は戸外運動が代表的な運動方法であることから、刑務所長に対し一応
の標準を示した行政命令である。
そして、l刑務所では、独居拘禁者につき、平日は戸外で、体操その他適当なレク
リエーシヨンを四〇分間行なわせ、さらに免業日を除いて監房内で午後の休憩時間
(一五分間)を利用して業間体操を実施させているから、原告の健康保持に必要な
運動はじゆうぶん保障されている。
なお、免業日と入浴日に戸外運動を実施しないことは成島刑務所の施設の状況・収
容者の種類や数、職員の配置や勤務状況を勘案してとられた処置である。
したがつて、本件処分は違法ではない。
(6) (雑誌の一部削除処分)
被告所長が雑誌「新潮」について削除をしたのは次の部分である。
鉛の冬  (井上元義著)    六ページないし  二〇ページ
鋏    (帯 正子著)   二一ページないし  三六ページ
タヒチ  (藤川朝子著)  一一五ページないし 一一六ページ
破れた靴 (三浦佐久子著) 一七七ページないし 一七八ページ
右の各作品はいずれも文学作品であり、いわゆるエロ本とはその内容をやや異にす
るが、いずれも、母子相姦、嬰児殺し、同性愛等異常性愛等を内容とするものであ
り、受刑者の教化上適当でないので、これを削除したものである。
したがつて、右処分は違法ではない。
第三、証拠関係(省略)
○ 理由
第一、被告所長に対する請求についての判断
一、請求原因(一)項の事実(原告の服役と移監処分の存在)は当事者間に争いが
ない。
二、そこで、本件移監処分が被告所長の裁量権を濫用してされたものであるかどう
かについて検討する。
証人cの証言と弁論の全趣旨によれば、原告はl刑務所在監中には、同所職員から
服役態度や行状等について特に注意を受けるようなこともなく、その受刑成績は普
通よりも悪くはなかつたと認められる。次に、本件記録によれば、原告は昭和四四
年三月三日付訴状でl地方裁判所にl刑務所長を被告として図書閲読冊数制限処分
等取消の訴えを提起し(同月一二日受付)、これに関する第一回準備手続期日が同
月二八日に指定され、その期日呼出状が同月一五日原告と被告にそれぞれ送達され
たこと、しかし、原告の移送を受けたr刑務所長は処遇上の困難を理由に右期日お
よびその後の準備手続期日、口頭弁論期日に一度も原告を裁判所に出廷させる処置
をとらなかつたことが明らかである。また、その方式および趣旨により公務員が職
務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙八号証の一によれ
ば、原告の妻kはl県佐伯郡<以下略>に居住しているものと認められるから、原
告がl刑務所からr刑務所に移送されたことにより、その妻や親族らが原告と接見
することが遠隔地であることのため不便を増したであろうと推認される。
他方、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真
正な公文書と推定すべき乙一、三号証、四号証の一ないし四、五号証の一ないし
三、六、七号証、八号証の一ないし三、二四号証に証人dの証言ならびに弁論の全
趣旨を総合すると次の事実が認められる。
原告は、l県下全域に勢力をもち、中国地方全域にも友誼団体を有する暴力団s会
の幹部であつて、昭和二八年一二月一七日殺人未遂罪により懲役八年に処せられ、
昭和二九年一月二九日l刑務所に入所したが派閥抗争のため同年八月三日t刑務所
に移送され、さらに同所で暴動を企てたため、昭和三一年八月二五日o刑務所に移
送された前歴を有するほか、窃盗、強盗、暴行、傷害等の前科前歴を有する者であ
る。ところで、原告がl刑務所に在監していたころ、同刑務所には前記s会会員と
その系列下にあると認められる組員約一〇〇名およびこれと対立関係にあるu会系
統と認められる者約六〇名を収容していたので、同刑務所で原告の収容を継続する
ことは、原告またはその系列内の者らが策動し、新たな派閥構成および右両会の対
立抗争が生じる危険があつた。そこで、被告所長は原告を独居拘禁に付したが、昭
和四四年一月三〇日の長期間の独居拘禁は健康上適当でないので、これをさけるこ
とおよび本来の行刑目的を達成することのため、他施設への移送が望ましいとの受
刑者分類調査結果に基づいて、翌三一日l矯正管区長を経て法務省矯正局長あてに
他施設への移送を上申した。そして、同年三月一八日移送の命令があり、本件移監
が行なわれた。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
右認定の事実関係に照らすと、被告所長がもつぱら原告の訴訟追行を妨げるために
本件移監処分をしたものとは認めがたい。そして、移監により原告の出廷その他訴
訟追行が困難になることを被告所長が予測しえたと推認できるが、前認定のような
移監の理由と必要性の認められる本件では、右の点を考慮にいれても、被告所長の
本件移監処分がその裁量を誤つてされたものであるとは認めがたい。
また、移監による家族らの接見についての支障の点も、前認定のような事実関係の
もとでは本件移監処分を違法とするものとは解されない。
そして、他に本件移監処分が被告所長の裁量権を濫用してされたものであると認め
るにたりる証拠はない。
三、そうすると、原告の被告所長に対する本訴請求は理由がないというべきであ
る。
第二、被告国に対する請求についての判断
一、(図書所持冊数制限処分について)
原告が、昭和四四年二月七日被告所長に対しその主張どおりの図書一〇冊の閲読許
可願いをし、被告所長が右図書全部の閲読を許可するが、同時に所持できる冊数は
三冊にかぎるとの処分をしたことは当事者間に争いがない。
ところで、図書を閲読するにはその所持を必要とするのが通常であるが、受刑者に
関しては、閲読図書が多数の場合、舎房の広さとの関係あるいは逃走用具や兇器ま
たは逃走・暴動のための連絡文書等を隠匿することを防止することにつき刑務所の
取扱いに著しい困難をきたす虞があるときは、閲読図書の同時所持冊数について制
限が加えられることもやむをえないもので、規則八六条二項も右の趣旨を規定した
ものと解される。
被告所長の原告に対する前記処分は、原告出願の図書一〇冊全部の閲読とそのうち
三冊の同時所持を許可し、これをこえる冊数の図書の同時所持を不許可にしたもの
であると考えられるところ、右のような同時所持の図書の冊数に制限を付すのでな
ければ、l刑務所の取扱いに著しい困難をきたす虞があつたとは認めがたい。しか
も、原告が昭和四四年二月七日に行政訴訟の提起および告訴をするのに必要である
として本件図書の閲読願いを提出したものであることは被告国自ら述べるところで
あり、法律の専門家でない原告が訴訟を維持し追行するためには本件の各図書を常
時閲読できるような状態に置いておくことが望ましいことはいうまでもない。
この点に関し、証人dの証言によれば、閲読許可のあつた図書のうち三冊をこえる
分については、必要のつど出願により交換することによつて所持することが可能で
あり、原告もこの交換による閲読を一回行なつたこと、原告は本件図書以外にも官
本の辞典、学習用図書等を同時に所持することができたものであることが認められ
る。しかし、他方右証言によれば図書の交換には三日くらい要するのが普通である
ことが認められるし、官本の辞典等の所持が可能であつたとしても、前記判断を左
右するものとは考えられない。
また、被告国は、本件処分は私本の同時所持冊数を三冊以内と規定している法務大
臣訓令(昭和四一年矯正甲一三〇七号)に従つてしたものであるといい、右訓令
(乙一二号証、一三条)によれば、個人に同時に所持させることができる私本は三
冊以内とする旨規定してあるが図書閲読の自由は憲法二一条によつて保障されてい
る表現の自由と密接な関係があり、その一側面と解しうるものであるから、受刑者
といえどもじゆうぶんその自由が尊重されなければならないものであることおよび
前記説示のような規則八六条二項の趣旨から考えると、右規定は刑務所長に対し一
応の判断基準を示したものにすぎないと解すべきである。そうすると、被告所長が
原告に対し、一〇冊の図書のうち三冊をこえる分についての所持を許さなかつた本
件処分は、法三一条、規則八六条に違反するものである。
そして、前記のような事実関係のもとにおいては、被告所長には右処分をするにつ
いて過失があつたものと認められ、右違法な処分によつて原告が受けた精神的苦通
に対する慰謝料は二、〇〇〇円が相当である。
二、(裸体検身について)
被告所長が、原告のl刑務所在監中、日曜日と祝日を除き毎日原告に対して裸体検
身をしたことは当事者間に争いがなく、証人d、cの各証言によれば、右検身の方
法は原告主張のとおりであることが認められ、右認定に反する証拠はない。
原告は、右裸体検身が被告所長の裁量権を濫用した違法な処分である、と主張す
る。
しかし、法一四条、規則四六条によれば、受刑者の身体検査は、新たに入監する場
合、工場または監外から還房する場合には原則として必ずこれを行なうべきものと
し、その他の場合にはこれを行なうかどうか、その方法、時間等について刑務所長
の自由裁量に委ねているものと解される。そして、証大dの証言によれば、l刑務
所は、無期懲役をはじめ収容期間が長期にわたる受刑者や処遇困難な累犯受刑者を
多く収容している重警備の刑務所であり、しかも、当時二五〇名ないし二六〇名の
暴力団関係者を収容していたものであることが認められ、右事実に前記第一で認定
したような原告の前科、前歴等をあわせ考えると、独居拘禁中の原告に対しても、
兇器をはじめ逃走や暴動の計画ないし準備のための文書を隠匿する等の事故につな
がる事態を未然に発見し、これを防止するための検査の徹底を期する方法として裸
体検身をすることは許されるものというべきであり、被検者のしゆう恥心を考慮す
ると、その方法に改善の必要がないではないが、この点を考慮にいれても、なお本
件裸体検身が被告所長の裁量権を濫用したものであると認めることはできない。
したがつて、原告の主張は理由がない。
三、(新聞購読不許可処分について)
原告が、昭和四四年二月一三日被告所長に読売新聞の自費による購読願いをしたの
に対し、被告所長が同月一七日これを不許可にしたことおよび同刑務所では朝日新
聞を備えつけて受刑者に回覧していることは当事者間に争いがない。
ところで、新聞は社会に発生するさまざまな出来事や意見等を報道するものであ
り、国民が新聞を読むことによつてこれを知る自由は、表現の自由の他の側面とし
て、憲法二一条によつて保障されている、と解されるから、受刑者に対しても、合
理的な理由がないのに新聞の閲読を禁止することは許されないというべきである。
証人dの証言によれば、原告のような独居拘禁者に対しては、l刑務所が回覧して
いる朝日新聞はおおむね二日くらい遅れて回覧され、その閲読時間は一五分間であ
ることが認められ、右認定に反する証拠はない。
右のような事情では、朝日新聞を回覧していることをもつて、原告が自費で読売新
聞を購読することを禁止する合理的な理由とはしがたい。また、被告は、受刑者の
自費による購入は、検閲および不当個所抹消の事務が困難であることなど刑務所の
運営上好ましくない旨主張し、証人dの証言中には右主張にそう部分があるが、自
費による購読を希望する受刑者の数が多数あるとか、その希望新聞紙の種類が多数
あるとか、の事実の主張、立証のない本件では、検閲および不当個所抹消の事務の
ため刑務所の取扱いに著しい困難をきたす虞れがあると認めることもできない。
そうすると、被告所長が原告に対してした本件新聞購読不許可処分は憲法二一条に
違反する違法な処分だというべきである。
そして、前記のような事実関係のもとにおいては、被告所長には右処分をするにつ
いて過失があつたものと認められ、被告所長の右違法な処分によつて原告が受けた
精神的苦痛に対する慰謝料は、一、〇〇〇円が相当である。
四、(ノート使用制限処分について)
原告が昭和四四年二月一七日に看守を通じてl刑務所長にノートの特別購入の許可
を求めたこと(原告は使用許可願いというが、同じ意味であると考えられる)は当
事者間に争いがない。そして、証人d、cの各証言(一部)と弁論の全趣旨によれ
ば、原告が昭和四四年一月二九日にノートの使用許可願いをしたのに対し、同年二
月一日ころ、雑記帳として日章6A30(二二枚)のノートが一冊許可されたこ
と、原告の前記二月一七日の許可申請に対しては被告所長からなんらの処分がなか
つたので、原告はさらに同年三月一九日に許可願いをしたが、被告所長はすでに同
月一八日に原告をr刑務所に移送することを決定していたので、手続的な面を考慮
して、右ノートの使用を許可するかどうかを留保したことが認められ、前記各証人
の証言中右認定に反する部分は弁論の全趣旨に照らして採用しがたく、他に右認定
を動かすだけの証拠はない。
ところで、規則八八条は「在監者には情状により其監房内に於て自弁に係る筆記具
及び筆記用紙の使用を許すことを得」と規定しているところ、ノートは、逃走や暴
力その他刑務所内の秩序ないし規律を乱す行為の連絡等の文書として利用されるお
それがあるから、受刑者にその使用を許すかどうか、許可すべき数量等は刑務所長
の自由裁量に委ねられているものと解される。そして、証人dの証言によれば、l
刑務所では内規でノートの使用を二か月に一冊と定めていることが認められるが、
右は前記説示に照らしl刑務所における取扱いについて一応の基準を定めたもので
あり、被告所長の裁量で右基準をこえて使用することを許すことはもとより可能な
ものである、と解するのが相当である。
そして、先に認定した事実関係を考慮すると、被告所長が二月一七日のノート使用
の出願に対してなんらの処置なせず、また三月一九日の出願に対して処分を留保し
たことは、必ずしも当を得たものとはいいがたいけれども、進んで被告所長の裁量
権の行使に濫用があつたとまで認めることはできない。
なお、原告は、l刑務所長の前記不作為により憲法一九条ないし二一条で保障され
ている日記を書く自由を侵害されたと主張するが、かりに日記を書く自由が右法条
で保障されているとしても、すでに説示したところに照らし、被告所長の前記不作
為が違憲・違法なものであると認めることはできない。
したがつて、原告の主張は理由がない。
五、(戸外運動禁止処分について)
被告所長が、原告のl刑務所在監中、原告をその主張の日に戸外運動させなかつた
ことは当事者間に争いがない。
ところで、規則一〇六条は、在監者には雨天のほか毎日戸外で運動をさせるべき旨
規定しているが、法三八条、憲法二五条によつて保障されるのは在監者が健康を保
つに必要な程度の運動であると解されるだけでなく、雨天の日が長期間続く場合に
は戸外運動にかわる他の運動をさせる必要があると解すべきものであるから、規則
一〇六条は戸外運動が運動の代表的な方法であるところから、これを例に運動の一
応の基準を示したものと解するのが相当である。
証人dの証言と弁論の全趣旨によれば、l刑務所では、独居拘禁者に対し、平日は
徒手体操、エスキー・テニス等の戸外運動を四〇分間くらい実施し、免業日を除き
毎日監房内で午後の休憩時間(一五分間)を利用して業間体操を実施しており、原
告に対しても右のような運動が行なわれたことが認められ、右認定に反する証拠は
ない。右事実と入浴が肉体的にも精神的にもある程度運動にかわる効果を有するも
のであることを考慮すると、被告所長が原告に対し免業日と入浴日に戸外運動をさ
せなかつたことをもつて、原告の健康を保つに必要な運動が保障されなかつたもの
ということはできない。
そうすると、被告所長が原告主張の日に戸外運動をさせなかつたことが法三八条お
よび憲法二五条に違反する、との原告の主張は理由がない。
また、それが原告に対して拷問をしもしくは残虐な刑罰を科したことに当たるとは
到底認めがたいから、憲法三六条に違反するとの主張も採用でさない。六、(雑誌
の一部削除処分について)
原告が昭和四四年二月一七日被告所長に雑誌「新潮」(同年三月号)の購買許可願
いをしたのに対し、被告所長がその一部を削除したうえで許可したことは当事者間
に争いがなく、また、その削除部分は
鉛の冬 (井上元義著)  六ページないし二〇ペーシ
鋏   (帯 正子)   二一ページないし三六ページ
タヒチ (藤川朝子著)  一一五ページないし一一六ページ
破れた靴(三浦佐久子著) 一七七ページないし一七八ページ
であつて、右の各作品がいずれも文学作品であることは被告自ら述べるところであ
る(前段については原告も否定していない)。
ところで、すでに説示したとおり図書閲読の自由は受刑者といえどもじゆうぶん尊
重されるべきものであるが、もとより無制限なものではなく、その図書を閲読させ
ることにより刑務所における規律保持や受刑者の矯正教化の目的を阻害する虞があ
る場合には、右自由が制限されて、その図書の閲読を許さず、もしくはその虞のあ
る部分を削除することも許されるというべきである。
そして、受刑者の多くが一般社会における適合性を欠くがゆえに受刑生活を強いら
れている者であること、受刑生活が一般社会から隔離された特殊な場所でのそれで
あり、しかも異性に接する機会もほとんどないものであること、受刑者には常に戒
護上の不安があること、行刑目的を達するためには心理的矯正が必要であること等
を考慮すると、ある図書もしくはその一郎分が制限の対象となるかどうかの判断
は、刑務所長の専門的、技術的な判断に委ねられていると解すべきであり、その処
分が前記制限の趣旨に反する場合に、その処分が違憲になると考えるのが相当であ
る。
証人dの証言により本件雑誌の削除部分であると認められる個所(乙一八号証)を
検討すると、「鉛の冬」は嬰児殺および母子相姦という犯罪行為、異常性愛を取扱
つた作品であり、「鋏」のうち削除部分は女性どうしの同性愛という異常性愛を描
いたものであり「タヒチ」と「破れた靴」のうち削除部分はいずれも男女の性愛に
関する場面を比較的具体的に描いたものであることが認められるところ、前記のよ
うな刑務所における生活の特殊性や行刑目的上の要請等に照らすと、原告に右のよ
うな本件雑誌の削除部分の閲読を許しても、l刑務所内の紀律保持ないし戒護上の
危険がなく、矯正教化の目的を阻害する虞もないことが明らかであるとはいいがた
い。
そうすると、被告所長がした本件雑誌の削除は、被告所長に委ねられた裁量の範囲
内のものであつて適法だというべきであるから、原告の主張は理由がない。
七、(むすび)
そうすると、被告国は国家賠償法一条に基づき被告所長がした前記一(図書所持冊
特則限処分)および三(新聞購読不許可処分)の違法な処分によつて原告がこうむ
つた損害の合計三・〇〇〇円を原告に対して賠償する義務がある。
第三、結論
よつて、原告の被告l刑務所長に対する請求は理由がないから棄却し、被告国に対
する請求は右認定の限度で理由があるからこれを認容し、その他は理由がないから
棄却することにし、訴訟費用の負担については民訴法八九条、九二条にしたがい、
主文のとおり判決する。

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我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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