弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人山下卯吉、同竹谷勇四郎、同福田恒二、同金井正人の上告理由第一点
について
 原審は、(1) 上告人A1は本件一の土地及び本件二の建物を所有し、上告人A
2は本件三の建物を所有しているところ、被上告人は本件一の土地及び本件二の建
物につき昭和四五年四月二四日付の、本件三の建物につき同月八日付の各所有権移
転登記を経由していること、(2) 上告人らは同年三月二六日訴外Dに対し二五〇
万円の融資方を申し込むにあたつて、同人において第三者から金借し、その債務に
ついて上告人らを代理して第三者に対し本件一の土地及び本件二の建物に買戻特約
付売買の登記による譲渡担保を、本件三の建物に抵当権をそれぞれ設定できる旨の
権限を授与し、さらに上告人らが同年四月四日訴外Eに対し一八〇万円の融資方を
申し込んだ際、同人にもDに対すると同様の代理権を授与したこと、(3)Eは同月
七、八日ごろ被上告会社代表者に対し、本件不動産の所有者である上告人らより同
不動産を譲渡担保に供する代理権を授与されているからこれを担保として融資して
貰いたいと申し込み、上告人らのD及びEに対する本件不動産を担保に提供するこ
との委任状、上告人らとDとの間の同不動産を担保として他から金融を受け入れる
ことに関する契約書、同不動産の登記済権利証、上告人らの白紙委任状、印鑑証明
書等を被上告人に交付して折衝した結果、被上告人はEに六三〇万円を貸し付ける
こととしたこと、(4) しかし、その支払方法に関して、右六三〇万円のうち二九
〇万円は当時Eが金融機関に負担していた同額の債務を被上告人が代つて支払い、
同じく七〇万円はEが被上告人に負担していた同額の債務と相殺し、現実に交付す
るのは残金二七〇万円とする旨の合意が成立し、そのころ被上告人よりEに対し右
残額相当の額面の小切手を交付したこと、(5) しかしEが同人自身の被上告人又
は第三者に対する既存債務の弁済資金を借り受けるために本件不動産を担保に供す
ることまでの権限を上告人らから与えられたことを認めるには足りないこと、(6)
 なお、上告人らとDとの間の前記契約書には、上告人らはDが上告人らの代理人
となつて本件不動産を第三者に七〇〇万円の限度内で担保に差し入れることを認め
る、第三者との金銭消費貸借契約は、Dが当事者となつて行うものとし、同契約に
基づき借入金を受けとつたときは上告人らにその限度で転貸融資するが、借入先、
借入条件はDが単独で任意に定められる、上告人らはDへの融資者となる第三者に
対し、必要があればDのために連帯債務者になる、との記載があること、以上の事
実を適法に確定したうえ、上告人らがDを経由してEに交付し、Eが本件譲渡担保
契約に際し被上告人に呈示交付した書類中には、前記の各委任状、本件不動産の登
記済権利証、印鑑証明書など本件不動産につき譲渡担保契約及びその設定登記申請
をするために必要とする一切の書類が含まれていたのであるから、被上告人におい
てEに右契約締結の代理権があると信ずるにつき正当な理由があつたものとみるの
が相当であり、上告人らの主張するように被上告人においてEに代理権のないこと
を知つていたとはいえないし、また、知らなかつたことに過失があるともいえない
としている。
 しかしながら、代理人と称する者が本人の白紙委任状、印鑑証明書及び取引の目
的とする不動産の登記済権利証を所持しているときでも、なおその者に当該本人を
代理して法律行為をする権限の有無について疑念を生じさせるに足りる事情が存す
る場合には、相手方としてはその自称代理人の代理権の有無についてさらに確認手
段をとるべきものであるから、その調査を怠りその者に代理権があると信じても、
そのように信じたことに過失がないとはいえない。原審の確定するところによれば、
被上告人は、Eに六三〇万円を貸し付けるにあたり、うち二九〇万円は金融機関に
対して負担するEの債務の立替払、七〇万円はEの被上告人に対する同額の債務と
の相殺にあて、現実にEに支払つたのは二七〇万円であつたというのであるから、
その貸付金の半額以上がE自身の用途に充てられるものであることを被上告会社代
表者は当然に知つていたものと認むべく、他方、原審は、被上告人が右貸付けにあ
たりEから交付を受けた前記契約書には、本件不動産を担保に融資を受けた金員は
その限度で上告人らに転貸融資をする旨が記載されているなど、本件不動産を担保
とする資金の借入を必要とする者はもつぱら上告人ら自身であり、したがつて、右
のように借受金の半額以上をE自身の債務の弁済にあてることを予定してなされる
前記貸借について、Eがその担保のための譲渡担保契約を締結する代理権までを有
しているか否かにつき疑問を抱いて然るべき事情のあることを認定しているのであ
るから、このような事実関係のもとにおいては、Eが本件不動産の登記済権利証等
を所持しているなど原判示のような事情があつたとしても、被上告会社代表者とし
ては、直接上告人ら本人に問い合わせるなどしてEの代理権の有無について調査す
べきであり、これを怠つた被上告会社代表者がEに本件契約を締結する権限がある
と信じたとしても、特段の事情のない限り、そのように信ずるにつき正当理由があ
つたものということはできない。
 しかるに原審は、特段の事情の有無について判示することなく、被上告人が上告
人ら本人について直接代理権授与の有無を調査しなかつたとしても過失の責めはな
く、被上告人がEの代理権を信じたことには正当の理由があるとしているのである
が、右の判断には民法一一〇条の解釈の誤り、審理不尽、理由不備の違法があると
いうべきで、この点に関する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして
右正当理由の存否についてさらに審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に
差し戻すのが相当である。
 よつて、その余の論旨についての判断を省略し、民訴法四〇七条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岸   上   康   夫
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    本   山       亨

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