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平成22年3月31日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成19年(ワ)第35324号特許権侵害差止請求事件
口頭弁論終結日平成22年2月1日
判決
当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,医薬品「プラバスタチンNa塩錠10mg「KH」」を製造及び販
売してはならない。
2被告は,医薬品「プラバスタチンNa塩錠10mg「KH」」の在庫品を廃
棄せよ。
第2事案の概要
1争いのない事実等(争いのない事実以外は証拠等を末尾に記載する。)
(1)当事者
ア原告は,医療用薬品の製造販売等を業とする会社である。
イ被告(旧商号は,協和醗酵工業株式会社)は,医療用薬品の製造販売等
を業とする会社である。
(2)原告の特許権
ア原告は,次の特許権(以下「本件特許権」という。)を有している(以
下,下記の特許請求の範囲の各請求項に係る発明をそれぞれ「本件発明
1」等と,本件発明1ないし9に係る特許を「本件特許」と,本件特許に
係る明細書を「本件明細書」といい,本件発明1ないし9を「本件各発
明」と総称する。本件特許の特許公報を,末尾に添付する。)。
特許番号特許第3737801号
発明の名称プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に
含まないプラバスタチンナトリウム,並びにそれを含む組成物
出願日平成13年10月5日
出願番号特願2002−533858
登録日平成17年11月4日
優先日平成12年10月5日
特許請求の範囲(以下,請求項1に記載されたa)からe)までの各段階
を,それぞれ「原告工程a)」等といい,この各段階を「原告製法」と総
称する。)
【請求項1】
次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そし

e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入
量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満
であるプラバスタチンナトリウム。
【請求項2】
水性の培養液を第一の有機溶媒で抽出し,8.0∼9.5のpHの水
溶液でプラバスタチンを逆抽出し,塩基性溶液を2.0∼3.7のpH
に酸性化し,そして酸性化した水溶液を第二の有機溶媒で抽出してプラ
バスタチンの濃縮有機溶液を形成する,請求項1に記載のプラバスタチ
ンナトリウム。
【請求項3】
第一と第二の有機溶媒が酢酸イソブチルである,請求項2に記載のプ
ラバスタチンナトリウム。
【請求項4】
アンモニウム塩が少なくとも1回の結晶化によって,水と逆溶媒の混
合物から精製される,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項5】
逆溶媒が酢酸イソブチル及びアセトンから成る群から選択される,請
求項4に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項6】
塩化アンモニウム塩が水と逆溶媒の混合物に添加され,アンモニウム
塩の結晶化を誘導する,請求項4に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項7】
アンモニウム塩が,酸性又はキレート型のイオン交換樹脂を用いて置
き換えられる,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項8】
プラバスタチンナトリウムが再結晶化によって単離される,請求項1
に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項9】
プラバスタチンナトリウムが凍結乾燥によって単離される,請求項1
に記載のプラバスタチンナトリウム。
イ原告は,平成20年7月22日,本件特許の請求項1について,①プラ
バスタチンラクトンの混入量とエピプラバの混入量を「プラバスタチンラ
クトンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.1
重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」とし,②「e)プラバスタ
チンナトリウムを単離すること」とする訂正請求をした(甲7。以下,こ
れを「本件訂正」と,本件訂正後の請求項1ないし9に係る発明をそれぞ
れ「本件訂正発明1」等といい,本件訂正発明1ないし9を総称して「本
件各訂正発明」という。)。
(3)被告製品
ア被告は,高脂血症,高コレステロール血症等に対する医薬品である「プ
ラバスタチンNa塩錠10mg「KH」」(なお,これは,製造者である
「A社」が「B社」と社名を変更したことに伴い,「プラバスタチンNa
塩錠10mg「メルク」」から名称変更されたものである。以下「被告製
品」という。)を,日本国内において,業として販売している(なお,原
告は,被告が被告製品を製造していると主張するが,証拠(甲3)によれ
ば,被告がこれを製造しているとは認められない。)。
イ被告製品は,プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であ
り,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリ
ウムである。
なお,被告は,被告製品におけるプラバスタチンラクトン及びエピプラ
バの混入量についての原告の測定結果の信用性を争っているが,被告製品
のプラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラ
バの混入量が0.1重量%未満であることには,当事者間に争いがないこ
とから,この点に関する被告の主張は,考慮する必要がない。したがって,
原告による被告製品の測定結果の信用性は,本件訴訟の争点とする必要が
ないから,後記の争点及び争点についての当事者の主張においても,これ
を記載しないこととする。
2争点
(1)被告製品が本件各発明の技術的範囲に属するか。
ア本件各発明の技術的範囲につき,製造方法を考慮すべきか。
イ被告製品の構成要件充足性
(2)本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか。
ア本件各発明の要旨
イ乙1号証に基づく新規性の欠如
ウ乙1号証に基づく進歩性の欠如
エ乙6号証に基づく新規性・進歩性の欠如
オ特許法36条違反
(3)本件訂正の可否(本件訂正により,争点(2)の無効理由が回避される
か。)
第3争点についての当事者の主張
1争点(1)ア(本件各発明の技術的範囲につき,製造方法を考慮すべきか。)に
ついて
(原告の主張)
(1)プロダクト・バイ・プロセス・クレームについて
アプロダクト・バイ・プロセス・クレームの権利範囲については,一般に,
特許請求の範囲が製造方法により限定されたものであっても,特許の対象
を当該製造方法によって製造された物に限定して解釈する必然はなく,こ
れと製造方法は異なるが,物として同一である物も含まれる。すなわち,
当該発明の技術的範囲は,請求項に記載された製造方法によって限定され
るものではないと解される。
イ被告の主張に対する反論
(ア)プロダクト・バイ・プロセス・クレームにつき,裁判例において,
「事案に応じて」製造方法を考慮しているのは,請求項に規定された物
の構成の特定のために製造方法を考慮することが不可欠な事案について
のものであり,物の構成の特定の必要性を離れて,出願経過や明細書の
記載から製造方法を考慮しているものではない。また,製造方法が考慮
されるとしても,それは,物の構成を特定する手段として製造方法の記
載を借用するものであり,物の特許の権利範囲を製造方法によって限定
しているわけではない。加えて,物の特許と製造方法の特許の峻別が特
許法の根本をなす法原則である以上,製造方法が特許の対象である物の
特定に何ら貢献していないのであれば,文言として記載された製造方法
を,権利範囲の確定はもちろんのこと,特許の有効性判断における発明
の要旨認定の際にも,考慮する必要はない。
そして,本件発明1のプラバスタチンナトリウムの構成は,「プラバ
スタチンラクトンの混入量が0.5(本件訂正後は0.2)重量%未満
であり,エピプラバの混入量が0.2(本件訂正後は0.1)重量%未
満であるプラバスタチンナトリウム」との記載により明確に特定されて
おり,製造方法を考慮しなければ構成の特定ができないというものでは
ない。
本件特許において,製造方法が請求項に記載されているのは,不純物
の低減という困難な技術課題を克服して,実際に高純度のプラバスタチ
ンナトリウムが得られたことを明確に示すためである。
(イ)被告は,本件特許の出願経過を問題とする。
aしかしながら,物の特許と製造方法の特許の峻別が特許法の原則で
ある以上,出願禁反言を根拠に,純然たる物の特許について,権利範
囲を限定する解釈が成り立つ余地はない。
また,本件特許の訂正請求をしたことから,訂正前の請求項との関
係における出願経過は,訂正後の請求項との関係では意味をなさない。
b仮に,出願経過や明細書の記載を考慮するとしても,次のとおり,
原告が製造方法部分の主張を殊更に主張したということはなく,権利
範囲を限定する理由はない。
化合物として公知であるが,不純物が極めて低減されたという意味
で新規な物質は,当該物質の獲得の困難性又は当該物質が顕著な効果
を有することのいずれかがあれば,新規性・進歩性が認められる。そ
のため,出願過程においても,このような発明について,その新規性
・進歩性を主張しようとすれば,物質獲得の困難性,すなわち,不純
物が極めて低減された物の製造方法の新しさに言及せざるを得ない。
したがって,出願過程や明細書で製造方法に言及したことをもって,
製造方法部分の特徴を殊更に主張したものであるとして,それにより
権利範囲が製造方法に限定されるという被告の主張は,不当である。
そして,原告は,本件特許の出願手続中に,別途の製造方法で製造
された本件各発明と同一のプラバスタチンナトリウムについて権利を
放棄した経緯はなく,出願禁反言を適用する基礎を欠く。
なお,原告が,本件特許の出願過程において,拒絶査定を受けた後
に,製造方法の記載がない,当時の請求項3及び6を削除したのは,
拒絶理由が示されていない請求項について,早期に権利化を図るため
であるから,製造方法の記載がない請求項を削除したからといって,
現存する請求項の権利範囲が限定解釈される理由はない。
c不純物が極めて低減されている新規な物の取得が,新規な製造方法
の取得により初めて可能となった場合でも,物に係る発明が,当該製
造方法に限定されることなく,物自体の発明として特許性を有するこ
とは,我が国の化学分野における従来からの慣行であり,確立された
実務である。
d特許発明の要旨認定及び特許発明の権利範囲の確定は,いずれも特
許法70条が規定するとおり,特許請求の範囲の記載及び明細書の記
載に基づいて行われるのであるから,両者が整合するのが当然である。
さらに,被告の主張は,同一の特許権について,侵害論では権利範
囲を限定して非侵害となる確率を高め,無効論では限定解釈を取らず,
無効となる確率を高めようとするもので,特許権の保護の観点からは,
極めて公平性を欠く。
⑵本件について
したがって,本件各発明の技術的範囲は,「プラバスタチンラクトンの混
入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満で
あるプラバスタチンナトリウム」である。
(被告の主張)
⑴プロダクト・バイ・プロセス・クレームについて
アプロダクト・バイ・プロセス・クレームにつき,大半の判決例において
は,当該事案に即して,プロセス部分を考慮した上で,特許発明の権利範
囲を確定している。
そして,プロダクト・バイ・プロセス・クレームは,新規物質ではある
が,その構造・組成が不明で製造方法によって限定する形式によらなけれ
ば,発明を適切に特定することができない場合等について,例外的に認め
られるのが原則である。
しかしながら,プラバスタチンナトリウムは,本件各発明の方法による
ことなく既に得られていた公知の物質であり,その構造式も明らかで,製
造方法によって限定する形式によらなければ発明を特定することができな
い場合ではない。それにもかかわらず,本件においては,出願人である原
告が,出願過程において,拒絶査定を受けて,当初は出願の対象としてい
た物のみを記載する請求項をすべて削除し,また,製造方法が公知技術の
製造方法とは異なることをもってその特徴であると主張して,その結果,
登録がされた経過がある(乙3の1ないし18)。そうである以上,本件
各発明の技術的範囲の解釈に当たっては,そのプロセス部分を除外すべき
ではない。
また,本件明細書には,「本発明の方法の実施で単離されるプラバスタ
チンナトリウムは,プラバスタチンラクトン及びエピプラバを実質的に含
まない。」(【0031】),「本発明の方法によって製造される高度に
純粋なプラバスタチンナトリウムは,好ましくは高コレステロール血症の
治療に有用であり」(【0032】)と記載され,本件各発明の特徴は製
造方法にあることが記載されている。
したがって,本件各発明については,プロセス部分を考慮して,その技
術的範囲を認定すべき事情があることが明らかである。
イ原告の主張に対する反論
(ア)本件各発明の構成の特定のために「製造方法」を考慮する必要がな
いのであれば,クレーム中の製造方法の記載は不要なはずであり,出願
人においてわざわざこれを記載したのは,本件各発明の特定のためであ
り,かつ,製造方法部分なくしては,本件各発明の新規性,進歩性が認
められないものであったからである。
(イ)現に,原告は,本件各発明につき,その製造方法に特徴があること
を出願過程において主張しているのであるから,製造方法部分を無視し
て技術的範囲を特定することができるとする原告の主張は,禁反言の原
則に反する。
⑵本件について
したがって,本件各発明は,プロセス部分を除外しては,技術的範囲を解
釈することはできない。
2争点(1)イ(被告製品の構成要件充足性)について
(原告の主張)
(1)被告製品の構成について
被告製品は,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5(0.2)重量%
未満であり,エピプラバの混入量が0.2(0.1)重量%未満であるから,
本件各発明の技術的範囲に属する。
(2)被告製品の製造方法について
仮に,製造方法を考慮するとしても,被告製品は,本件各発明の技術的範
囲に属する。
ア原告製法について
(ア)本件各発明が除去対象とする不純物であるプラバスタチンラクトン
とエピプラバは,プラバスタチンに構造が非常に類似し,分離・除去が
極めて困難である。このうち,エピプラバは,いったん減少させれば,
以後,増加することはないが,プラバスタチンラクトンは,精製過程中
で,プラバスタチン自身の分子反応によって更に発生するものであり,
HPLC法による精製では,その生成・増加が生じる。
(イ)本件各発明は,プラバスタチンをアンモニウム塩に転換し,高純度
化することで,これらの特定不純物の除去を行う工程(原告工程b)及
びc))に特徴がある。
すなわち,発酵で得られたプラバスタチンを含む水溶液である培養液
を,有機溶液に変換するとともに,これを濃縮する(原告工程a))。
この濃縮有機溶液中の種々の形態のプラバスタチンを,アンモニウム
カチオンによってアンモニウム塩の形態に転換して,沈殿させる(原告
工程b))。そして,これを水性媒体に溶解して水溶液とし,これにア
ンモニウム塩を加えていって,プラバスタチンアンモニウムの析出を促
し(塩析),プラバスタチンアンモニウムを再結晶化させることにより
(原告工程c)),極めて高純度のプラバスタチンアンモニウムが取得
される。これにより,プラバスタチンラクトンの増加を回避して,その
含量を減少させ,他方で,この塩析結晶化を反復することで,エピプラ
バの含量をゼロに近づけることができる。
さらに,この高純度のプラバスタチンアンモニウムを,ナトリウムカ
チオンによって高純度のプラバスタチンナトリウムに転換し(原告工程
d)),これを単離する(原告工程e))ことによって,高純度のプラ
バスタチンナトリウムが取得される。
イ本件特許における高純度のプラバスタチンナトリウムは,新規な物であ
るから,製造方法による限定があるとすれば,物を生産する方法について
の特許に相当し,また,原告による製造方法の立証の困難性の救済という
特許法104条の趣旨が当てはまることから,同条の適用又は準用により,
被告製品は,本件特許の請求項記載の方法により生産されたものであると
の推定が働く。
また,被告は,プラバスタチンナトリウム関連技術について,複数の特
許出願をしているところ,被告が高純度プラバスタチンナトリウムの取得
を可能とする画期的な製造方法を発明したのであれば,これを特許出願し
ているはずである。それにもかかわらず,特許出願していないことからも,
被告製品の製造方法は,原告製法と同一であると推定される。
これに対して,被告は,以下に述べるとおり,推定を覆すに足る主張・
立証を行っていない。
ウ被告による製造方法の開示は,次の点において,不十分,不特定である。
(ア)被告が主張する被告製品の製造方法(以下「被告製法」という。)
は,「医薬品製造承認申請書」(乙5。以下「被告承認申請書」とい
う。)に記載された,●(省略)●の事実を欠落させている。
(イ)プラバスタチンナトリウムを製造するプロセスは,①発酵によるプ
ラバスタチンの生成と,②発酵により得られたプラバスタチンの精製に
分けられる。
そして,原告製法は,主に②の工程にかかわるものであり,前記のと
おり,特に,塩析結晶化の手法を採用する原告工程b)及びc)が,本
精製の中心となるものであり,原告製法の特徴である。
他方で,被告が主張する被告工程(あ)及び(い)は発酵によるプラバス
タチンの生成,被告工程(う)及び(え)は粗精製の段階の工程であり,こ
れをもって被告製品のレベルまでプラバスタチンナトリウムの純度を向
上させることはできず,被告工程(お)が,本精製にかかわるものであっ
て,原告工程b)及びc)と対比されるべきものである。しかしながら,
被告工程(お)は,その具体的な手法が開示されておらず,その開示がな
い以上,本件特許権を侵害していないとはいえない。
また,発酵液中のプラバスタチンからプラバスタチンナトリウムを得
るためには,ナトリウムを導入する工程が必須であるところ,被告製法
においては,その工程が開示されておらず,また,発酵液中にアンモニ
ウムイオンやナトリウムイオン等のカチオンを導入したのか否かも開示
されていない。そして,これらの過程において,液−液抽出法を用いて
いる可能性も,極めて高い。
(ウ)なお,被告は,被告製品の製造方法を変更するようであるが(甲3
8),変更後の製造方法についての開示も行っていない。
エ被告製法の原告工程a)の充足性①(「濃縮有機溶液の形成」につい
て)
(ア)原告工程a)の「プラバスタチンの濃縮有機溶液」とは,「培養液
中のプラバスタチンの初濃度と比較してプラバスタチンに富む有機溶
液」をいう(本件明細書【0008】)。したがって,被告工程(え)で
用いる●(省略)●が●(省略)●を主成分とするものであり,かつ,培養
液中のプラバスタチンの初濃度より,被告工程(え)で得られた溶出液中
のプラバスタチンの濃度が高ければ,これが原告工程a)のプラバスタ
チンの濃縮有機溶液に該当することになる。
また,被告承認申請書によれば,被告製法においては,●(省略)●晶
析を行っているが,プラバスタチンの初濃度より,●(省略)●時のプラ
バスタチンの濃度の方が高ければ,●(省略)●時の混合液が,濃縮有機
溶液に該当することになる。そして,晶析するためには,飽和溶解度よ
りも結晶性物質の濃度を高くする必要があるから,晶析が生じる直前の
段階では,溶液中にプラバスタチンが相当高い濃度で存在していること
になる。したがって,「●(省略)●して晶析」する工程によって得られ
る,晶析直前のプラバスタチンの有機溶液は,「培養液中のプラバスタ
チンの初濃度と比較してプラバスタチンに富む有機溶液」となる可能性
が,極めて高い。
さらに,プラバスタチンの濃縮水溶液からは,プラバスタチンナトリ
ウムを高収率で晶析させることはできず,アセトン等の有機溶媒を添加
して濃縮有機溶液を形成する手法を用いるのが,当業者の技術常識であ
るから,「濃縮水溶液」しか形成されていないとする被告の主張は,不
合理である。
(イ)被告は,被告工程(え)に同(お)の一部●(省略)●も含めて,原告工
程a)と対比しているが,これと対比すべきは,被告工程(え)のみであ
り,同(お)の一部を含ませるべきではない。
a●(省略)●は有機溶媒であるから,被告工程(え)のプラバスタチン
を●(省略)●で溶出させたものは,プラバスタチンの有機溶液である
ことは明らかである。
そして,培養液中のプラバスタチンの濃度は通常極めて低いから,
効率を向上させる目的で,培養液を粗精製の段階で濃縮し,本精製に
供するのが通常であり,これにより,溶液中のプラバスタチン濃度が
上昇している。このような技術常識に照らして,被告製法においても,
被告工程(え)で●(省略)●を用いて溶出を行うことにより,被告工程
(え)で得られる溶出液は,培養液中のプラバスタチン濃度より上昇し
ていることは,明らかである。
また,前記のとおり,被告工程(お)の「晶析」を生じさせるために
は,プラバスタチンナトリウムを飽和溶解度以上という極めて高い濃
度にする必要があるから,被告工程(お)の濃縮を開始する時点の溶液
中のプラバスタチンナトリウムも,操作の効率化等の観点から,相当
に高い濃度になっているはずである。
したがって,被告工程(え)で得られた溶液は,原告工程a)の「濃
縮有機溶液」に該当する。
b被告の主張は,被告工程(え)に同(お)を加えて,●(省略)●により
濃縮水溶液が得られていると主張することにより,被告工程(え)の段
階で濃縮有機溶液が形成されていることを隠匿しようとするものであ
り,恣意的かつ不当である。
オ被告製法の原告工程a)の充足性②(濃縮有機溶液の形成方法について
の反論)
被告は,原告工程a)を,クロマトグラフィーを用いずに,液−液抽出
法を用いるものに限るとの限定を加えているが,その理由はない。
(ア)クロマトグラフィーについて
a被告は,本件発明1がクロマトグラフィーによる精製を行うことを
含まないと主張するが,被告は,クロマトグラフィーによる精製を行
いつつ,本件特許の請求項記載の工程を実施している可能性があり,
クロマトグラフィーによる精製を行うことが,直ちに原告製法を採用
していないことにはならない。
b本件特許の請求項1では,濃縮有機溶液の形成方法の限定はない。
そして,前記のとおり,原告製法の特徴は,塩析結晶化を用いて精
製(本精製)する工程(原告工程b)及びc))にあり,原告工程
a)は,特徴的構成には当たらず,従来技術によって容易に実現可能
な工程である。したがって,このような工程から,クロマトグラフィ
ー法の使用を排除しても,意味はない。
また,本件明細書【0006】の「クロマトグラフィーによる精製
無しに」との記載は,本精製の手法においてクロマトグラフィー法に
よる精製を行わなくても,高純度プラバスタチンナトリウムが得られ
ること(エピプラバとプラバスタチンラクトンを実質的に含まない程
度にまで低減させたプラバスタチンナトリウムは,原告製法でのみ可
能であること)を述べるものであって,クロマトグラフィー法を排除
するものではない。前記【0006】の記載は,本精製工程の特徴を
述べるものであって,本精製の前工程における濃縮及び粗精製の工程
の特徴を述べるものではないから,本精製についての前記【000
6】の記載をもって,濃縮及び粗精製の工程を限定解釈する被告の主
張は,不合理である。
さらに,原告工程a)ないしe)に加えて,クロマトグラフィーを
実施しても不都合はなく,実際に,本件明細書【0008】,【00
24】ないし【0027】,【0045】には,過剰のナトリウムイ
オンを捕捉する目的でクロマトグラフィー法を実施することが記載さ
れている。
加えて,早期審査に関する事情説明書(乙3の5)の記載は,本件
各発明が塩析結晶化法を用いることを述べて,従来技術との差異を指
摘したもので,クロマトグラフィー法を用いないという限定解釈を導
くものではない。
(イ)液−液抽出について
本件特許の特許請求の範囲には,液−液抽出を用いるという記載はな
く,これに限定して解釈する理由はない。
被告が指摘する本件明細書【0008】等の記載も,濃縮有機溶液を
得るための「好ましい態様」を示すもので,液−液抽出法の使用が必須
であると限定するものではない。減圧濃縮法やクロマトグラフィー法等
の従来技術によっても,「プラバスタチンの濃縮有機溶液」を得ること
は可能であり,原告工程a)は,「プラバスタチンの濃縮有機溶液」を
取得する工程すべてを含むものである。実際に,本件明細書の実施例5
では,濃縮有機溶液を得るために,「減圧下での濃縮」の手法を採用し
ている(【0050】)。
他方で,被告製法において開示されている●(省略)●のみで,被告製
品のような高純度のプラバスタチンナトリウムが得られる方法は,現在
のところ当業者において知られておらず,被告が,これらの工程に加え
て,液−液抽出法を実施している可能性も払拭できない。
カ以上のとおり,被告製法が原告工程a)を充足することは,明らかであ
る。
(被告の主張)
(1)被告製品の構成について
被告製品が,本件各発明の技術的範囲に属するとの主張は,争う。
(2)被告製品の製造方法について
ア特許法104条は,方法の発明についてのみ適用があり,本件各発明が
物の発明である以上,その適用がないことは明白である。
また,被告製法が本件特許の請求項1記載の製造方法と異なることは,
被告において具体的に示しており,かつ,本件各発明のプラバスタチンナ
トリウムは新規性を有しないから,特許法104条の推定が働く余地はな
い。
イ(ア)被告製法は,概ね次のとおりである(以下,この各工程を「被告工
程(あ)」等という。)。
(あ)●(省略)●プラバスタチンを生成させる工程
(い)このプラバスタチンを含む反応液を●(省略)●工程
(う)●(省略)●プラバスタチンを●(省略)●させる工程
(え)●(省略)●プラバスタチンを●(省略)●で溶出させる工程
(お)溶出液を●(省略)●晶析させ,精製して,プラバスタチンナトリ
ウムを得る工程
(イ)原告は,被告製品の製造方法に変更があると主張するが,被告は,
現在の製造方法を変更しておらず,近日中にこれを変更する予定もない。
ウ被告製法において「濃縮有機溶液」を形成していないこと。
(ア)被告工程(え)及び(お)において,●(省略)●得られた溶出液は,プ
ラバスタチンを含む●(省略)●溶液であり,当該溶出液より●(省略)●
を除去することによりプラバスタチンを含む水溶液を得るものであるか
ら,被告製法は,被告工程(お)において,プラバスタチンの濃縮水溶液
を形成するものである。
したがって,原告工程a)の「プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成
し」との構成要件を充足しない。
(イ)原告は,被告が主張する被告製法は,被告承認申請書に記載された
●(省略)●の事実を欠落させており,●(省略)●により濃縮有機溶液が
形成されている可能性があると主張する。
確かに,被告製法では,被告工程(お)の過程において,●(省略)●し
ている。
しかしながら,本件各発明の濃縮有機溶液を形成する工程は,「水性
培養液から有機溶媒へのプラバスタチンの抽出,塩基性水性溶液へのプ
ラバスタチンの逆抽出及び有機溶媒への再抽出を含み,その結果培養液
中のプラバスタチンの初濃度と比較してプラバスタチンに富む有機溶液
をもたらす。」という工程(本件明細書【0008】)を意味しており,
初濃度と比べてプラバスタチンに富む有機溶液であれば原告工程a)の
構成を充足するというものではない。
また,被告承認申請書に記載されている,●(省略)●晶析させるとい
う工程は,水性培養液から液−液抽出によって濃縮有機溶液を形成する
工程とは異なる。すなわち,「晶析」とは液相から結晶が析出する現象
をいい(甲40),被告製法における「●(省略)●「晶析」させる」工
程は,本件明細書【0029】,【0045】等において記載されてい
る「結晶化」工程に相当する工程であるから,「a)プラバスタチンの
濃縮有機溶液を形成し」の工程とは明確に区別される工程である。
さらに,晶析により結晶を生成するから,水溶液に●(省略)●ことに
よって,液が薄まることはあっても濃縮はされないから,「濃縮有機溶
液」は形成されない。
加えて,被告製法では,●(省略)●晶析した後,プラバスタチンナト
リウムを分離して,被告製品を得ている。被告製法では,「●(省略)●
晶析」した後に,原告工程b)以降に相当する工程は全く存在しないの
であるから,そもそも「●(省略)●晶析」する工程と,原告工程a),
すなわち,プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成する「液−液抽出」工
程とを比較しようとする原告の主張は,化学的に誤りであり,全く論拠
を欠き,失当である。
したがって,特許請求の範囲の記載からみても,「結晶化」(晶析)
工程について行われている操作を,濃縮有機溶液を形成する操作と同視
することなどはできないから,●(省略)●することが,本件各発明にお
いて結晶を析出させるための前の段階における「a)プラバスタチンの
濃縮有機溶液を形成し」の工程に該当しないことは明らかである。
エ被告製法が,被告工程(う)において●(省略)●を利用しており,液−液
抽出を行っていないこと。
(ア)a本件明細書には,「本発明は,・・・クロマトグラフィーによる
精製無しに,培養液からプラバスタチンナトリウムを単離する効率的
な方法についての当業界での必要性を満たす。」との記載(【000
6】)があり,また,クロマトグラフィーによる精製なしに濃縮有機
溶液を形成するために,「水と混和しない有機溶液層」と「水性溶液
層」という明確に2層に分離される液層を用いて行う「液−液抽出」
のみが開示されていることに照らして,本件各発明は,クロマトグラ
フィーによる精製なしに,液−液抽出法を用いて高純度のプラバスタ
チンナトリウムを得ることを課題としてされた発明であるといえる。
すなわち,本件明細書【0008】には,「培養液中のプラバスタ
チンの初濃度と比較して」,「プラバスタチンは,そのアンモニウム
塩としての沈殿・・・再結晶による精製によって豊富となった溶液か
ら得ることができる。」と記載され,【0016】には,「次の段階
において,プラバスタチンは,アンモニア又はアミンを用いて濃縮有
機溶液から塩析され得る。」と記載されていることから,「濃縮有機
溶液」は,培養液中のプラバスタチンの濃度と比較して,プラバスタ
チンの結晶を沈殿させる前の段階の,プラバスタチンに富む有機溶液
であると理解され,このことは原告工程a)に続く原告工程b)以下
の記載からも明らかである。
そして,前記のとおり,本件明細書【0008】には,本件各発明
の「プラバスタチンの濃縮有機溶液の形成」のプロセスとして,「水
性培養液から有機溶媒へのプラバスタチンの抽出,塩基性水性溶液へ
のプラバスタチンの逆抽出及び有機溶媒への再抽出を含み,その結果
培養液中のプラバスタチンの初濃度と比較してプラバスタチンに富む
有機溶液をもたらす。」と記載されている。
また,本件明細書【0011】ないし【0016】及び【003
9】並びに本件特許の出願過程において出願人が提出した意見書(乙
3の10)の各記載においては,本件各発明は,精製に,クロマトグ
ラフィー法ではなく,別の精製法である抽出法,すなわち,「液−液
抽出」法を用いており,本件明細書及び出願経過を参酌しても,「液
−液抽出」法以外の精製法を用いるとすることはできない。
さらに,本件明細書【0031】には,本件訂正発明1である,プ
ラバスタチンラクトンが0.2%未満でエピプラバが0.1%未満で
あるプラバスタチンナトリウムは,例1及び3に記載されている態様
を「遵守」することによって単離されることが明記されているところ,
「遵守」すべき例1及び3には,プラバスタチンの結晶を沈殿させる
前の段階の「濃縮有機溶液を形成する」に当たり,「液−液抽出」法
のみを用いて「濃縮有機溶液を形成」していることが記載されている。
加えて,本件明細書【0006】(「クロマトグラフィーによる精
製無しに」)の記載及び本件特許の出願過程において提出した早期審
査に関する事情説明書(乙3の5)において,引用文献はクロマトグ
ラフィーを使用していることをもって,本件各発明とは異なる旨説明
していること等に照らして,本件各発明においては,クロマトグラフ
ィー法を積極的に除外しているから,培養液からのプラバスタチンの
精製にクロマトグラフィー法を用いる方法が本件各発明に含まれると
するのは,本件明細書に課題として記載されている事項に反し,また,
特許の成立に係る原告の主張に反するものであり,許されないもので
ある。
以上により,原告工程a)の「プラバスタチンの濃縮有機溶液を形
成し」とは,培養液中のプラバスタチンの濃度と比較して,プラバス
タチンの結晶を沈殿させる前の段階のプラバスタチンに富む有機溶液,
すなわち,濃縮有機溶液を,クロマトグラフィー法を用いずに,「液
−液抽出」法を用いて,形成することを意味するものと解釈されるべ
きである。
b原告は,本件明細書の例5は,減圧下での濃縮の手法を採用してい
ると主張する。
しかしながら,本件明細書【0049】,【0050】の記載から
すれば,当該例5においても,濃縮溶液を得るために,液−液抽出を
行っていることは明らかであって,液−液抽出に加えて,更に減圧濃
縮を行っているものである。
(イ)aこれに対し,被告製法は,培養液から,プラバスタチンの結晶を
沈殿させる「晶析」の前段階である「濃縮」液を形成するために,
「(う)●(省略)●プラバスタチンを●(省略)●させる工程,(え)●(省
略)●プラバスタチンを●(省略)●溶出させる工程,(お)溶出液を●
(省略)●することで濃縮」する工程を経ることにより「濃縮」液を形
成しているものであって,●(省略)●による精製を行っており,他方
で,「液−液抽出」法を用いてプラバスタチンの濃縮有機溶液を形成
する工程は一切ない。
したがって,原告製法と被告製法とは,技術思想が根本的に相違し
ており,被告製法は,本件各発明の技術的範囲に含まれない。
b原告は,①被告が,いかにしてプラバスタチン溶液中にナトリウム
カチオンを導入し,最終的に高純度のプラバスタチンナトリウムを得
るかという点について説明していないこと,及び②●(省略)●のみか
らなる方法で,被告製品のような高純度プラバスタチンナトリウムが
得られる方法は,現在のところ,当業者の間で全く知られていないこ
とを理由として,被告が「液−液抽出」法を採用している可能性があ
ると主張する。
しかしながら,①については,被告が開示した被告製法によって,
原告製法と被告製法との区別が十分できているので,更にその他の工
程の詳細を開示する必要はない。
また,②については,原告が何をもって当業者の間で知られていな
いと主張しているのか不明であるが,事実として,被告は,●(省略)
●を用いることにより,「液−液抽出」法を一切用いずに,高純度プ
ラバスタチンナトリウムを取得している。高純度プラバスタチンナト
リウムを得るための他の方法を原告が知らないことをもって,被告が
「液−液抽出」法を採用している可能性があるとする②の主張は,明
らかに失当である。
オ以上のとおり,被告製法では,最初の工程において,●(省略)●を用い
る工程を経ることによって,水性培養液からプラバスタチンを含有する
「濃縮水溶液」を取得しており,最初の工程においても,その後の工程に
おいても,原告工程a)を採用していないのであるから,本件特許の「製
造方法」部分と被告製法とが全く異なることは明らかである。
(3)したがって,被告製品は,本件発明1の技術的範囲には属さない。
また,本件発明2ないし9は,本件発明1を引用する発明であるから,被
告製品は,いずれの技術的範囲にも属さない。
3争点(2)ア(本件各発明の要旨)について
(被告の主張)
本件各発明のようなプロダクト・バイ・プロセス・クレームの有効性の判断
に当たっては,製造方法いかんにかかわらず,最終的に得られた製造物を意味
するものとして,新規性,進歩性が判断されるべきであるから,本件各発明は,
「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの
混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」を意味するもの
として,本件特許の有効性を判断すべきである。
なお,特許庁の特許・実用新案審査基準(以下「審査基準」という。)にお
いても,「請求項中に製造方法によって生産物を特定しようとする記載がある
場合には1.5.1⑵にしたがって異なる意味内容と解すべき場合を除き,そ
の記載は最終的に得られた生産物自体を意味しているものと解する。したがっ
て,請求項に記載された製造方法とは異なる方法によっても同一の生産物が製
造でき,その生産物が公知である場合は,当該請求項に係る発明は新規性が否
定される。」と記載されており,審決取消訴訟においても,この特許庁の実務
が支持されている。
(原告の主張)
(1)被告は,本件各発明の技術的範囲の解釈についてはプロセスを加味すべき
であるとしながら,本件特許の有効性の判断については物について判断すべ
きであるとするが,それぞれで判断の対象を変えることは,論理的に整合し
ない。
特許発明の要旨認定及び特許発明の権利範囲の確定は,いずれも特許法7
0条が規定するとおり,特許請求の範囲の記載及び明細書の記載に基づいて
行われるのであるから,両者は整合するのが当然である。したがって,発明
の要旨認定においても,本件各発明の技術的範囲について述べたことと同様
に,物の構成の特定のために製造方法を考慮する必要がある場合に限り,製
造方法を考慮すべきである。
仮に,特許発明の権利範囲において物と製造方法の双方を考慮するのであ
れば,有効性判断においてもその双方を考慮すべきである。そして,発明の
要旨認定を「物」+「製造方法」とした場合には,被告は,それについての
無効事由を一切主張していないから,本件特許の有効性には,争いがないこ
とになる。
(2)また,本件各発明が解決する課題は,プラバスタチンラクトン及びエピプ
ラバの含有量を極めて低減させた高純度プラバスタチンナトリウムを提供す
ることである。そして,プラバスタチンラクトンは,精製過程において更に
発生し,増加するおそれがあるから,この課題は,従来の精製方法を単純に
繰り返すだけでは,克服できないものである。
4争点(2)イ(乙1号証に基づく新規性の欠如)について
(被告の主張)
⑴前記のとおり,プロダクト・バイ・プロセス・クレームの有効性の判断は,
最終的に製造された物についての新規性・進歩性によって判断すべきである
ところ,本件各発明は,不純物が可及的に少ないことを規定するにすぎず,
それ自体に何の発明性も認められない。
(2)乙1文献の記載及びメバチロン錠の発売
D社が本件特許の優先日前である平成9年(1997年)10月ころに頒
布した刊行物であるメバチロン錠の「医薬品インタビューフォーム」(乙1。
1997年10月改訂版。以下「乙1文献」という。)10頁には,同錠が
99%前後のプラバスタチンナトリウムの含量を有する高純度品であり,そ
の類縁物質である「RMS−414」(プラバスタチンラクトン)の含有量
が0.02∼0.06%,「RMS−418」(エピプラバ)の含有量が0.
19∼0.65%であることが記載されている。
また,メバチロン錠・細粒の発売日は平成元年(1989年)10月2日,
メバチロン錠10・細粒1%の発売日は平成3年(1991年)12月6日
である(乙1)から,前記のような成分を有するプラバスタチンナトリウム
製剤は,本件特許の優先日前に公然取得することができた。
(3)本件各発明の新規性欠如
(2)のとおり,本件発明1は,乙1文献に記載された発明であり,また,本
件特許の優先日前に公然実施されていたものであるから,特許法29条1項
2号又は3号に該当し,無効になる。
また,本件発明2ないし9も,本件発明1と同様に,物の発明と解される
ことから,本件発明1と同様の理由により,無効になる。
(4)原告の主張に対する反論
ア原告が指摘する,プロダクト・バイ・プロセス・クレームについての審
査基準の記載は,プロセスは物の特定手段にすぎず,生産物が公知である
場合には,特定された物として同一であり,製造方法いかんにかかわらず,
新規性が否定されることを示しているにすぎず,発明の新規性・進歩性を
否定する引用例には,物の構成が記載されていれば十分である。東京高裁
平成3年10月1日判決においても,「本願発明が方法の発明であるなら
ばいざ知らず,本願発明は物の発明であるから,物としての同一性を判断
するに当たって,これと対比される刊行物の記載には物の構成が開示され
ておれば十分とすべきであって,さらに進んで,その物を製造する具体的
な方法(あるいは,そのような具体的な方法を得る手掛り)まで開示され
ている必要は必ずしもないというべきである。」としている。
したがって,乙1文献は,本件発明1の新規性を否定するに足る文献で
ある。
イ原告は,発明の新規性を否定する引用例は,物とともに製造方法が開示
されていることが必要であると主張する。
しかしながら,既に物が存在すれば,先人が当該物を何らかの方法で製
造したことは明らかであり,発明としては,既に先人によって完成されて
いるのであって,後から製造された同一物についての発明を保護する必要
はない。そして,刊行物の記載としては,物の構成が特許発明の内容との
対比に必要な限度で開示されていることが必要であるが,当業者が当該刊
行物の記載及び特許出願時の技術常識に基づきその物を入手又は製造し,
使用することができれば足り,製造方法まで開示されていなければ,物と
して公知とはいえないとの議論は容認されない。
そして,乙1文献は,本件発明1の物としてのプラバスタチンナトリウ
ムが存在したことを裏付ける証拠であり,また,物としての構成はすべて
開示されている。
また,メバチロン錠は,本件特許の優先日前からD社によって製造販売
されており,乙1文献の記載及び優先日の技術常識に基づいて,当業者が
その物を入手又は製造し,使用することができたことは明らかである。
ウそして,原告が主張するとおり,特許の有効性の判断に当たって,公知
物質との製造方法の違いを考慮する必要がないのであれば,本件発明1に
係る物質は,公然実施された物質と同一の物質であるから,本件特許は無
効である。
(原告の主張)
⑴審査基準では,プロダクト・バイ・プロセス・クレームによる物の発明の
新規性の判断について,「請求項に記載された製造方法とは異なる方法によ
っても同一の生産物が製造でき,その生産物が公知である場合は,当該請求
項に係る発明は新規性が否定される」とされていることから,その新規性を
否定する引用例は,①請求項記載の方法とは別の方法によっても,同一生産
物の製造が可能であること,②その生産物が公知であることの2点を開示し
ていることが必要である。
しかしながら,乙1文献には,プラバスタチンラクトン及びエピプラバの
含有量を数値として記載するのみであって,その数量の不純物を含有したプ
ラバスタチンナトリウムの製造方法については,一切の開示を欠いている。
したがって,その生産物が別の方法で得られたことを開示していないから,
発明の新規性・進歩性を判断する刊行物としての適性を欠く。
⑵アそもそも,特許法にいう発明とは,技術思想全体をいい,通常の知識を
有する当業者において実施可能であることが要請され,出願に際して製造
方法の記載を欠けば実施可能要件を欠く,又は発明の内容の開示が不十分
であるとして拒絶査定を受けることになるのであるから,特許法は,対象
となる発明の獲得方法を,当業者が再現可能な程度に開示して初めて発明
と扱う趣旨であると解される。
したがって,特許法29条1項にいう発明も,「物」の特許については,
当該物の取得方法について開示することが論理的な帰結である。
また,本件各発明のような化学物質については,製造方法の開示があっ
て初めて,当業者が同一の化学物質を取得することが可能となり,引用例
中に製造方法の開示がない場合には,何人も当該物質を取得することがで
きないから,発明の新規性は,依然として保たれる。
そして,乙1文献に開示された物の製造方法は,ノウハウとしてD社の
社内に秘蔵されていたものであって,製造方法の開示を欠き,産業の発展
に貢献するものではないから,引用発明としての適格性を欠き,これをも
って,産業の発展に貢献した特許が無効とされる理由はない。
イまた,特許の対象となる物が市場で取得できたとしても,物を製造する
方法の開示がなければ,発明の開示はなく,発明の公然実施をしているこ
とにはならないことは,刊行物の場合と同様である。
そして,単純な構造の機械とは異なり,化学物質については,物のみ示
されたとしても,当業者が製造方法を直ちに理解することは困難であるか
ら,市場に物が出回っていたことをもって,当該物の生産方法を含めた発
明が世に示されたということはできない。
ウこのような,発明の新規性を否定する引用発明は,物の製造方法を含め
た技術思想全体を開示すべきであるという考えは,旧特許法,審査基準,
裁判例においても示されている。
なお,審査基準や裁判例では,当時の技術常識を考慮して,引用例から
物の製造方法を読み取ることができれば,引用発明とすることができると
するが,本件特許の優先日当時の技術常識を考慮しても,乙1文献から,
当業者がこれに開示されたプラバスタチンナトリウムの製造方法を読み取
ることはできないのであるから,引用文献とはなり得ない。
エ乙1文献に示された物であるメバチロン錠についても,乙1文献と同様,
引用発明とはなり得ない。
オしたがって,乙1文献又はメバチロン錠を根拠としては,本件各発明の
新規性は否定されない。
5争点(2)ウ(乙1号証に基づく進歩性の欠如)について
(被告の主張)
(1)ア医薬品等に用いられる有用化学物質の純度を高め,不純物である有用化
学物質の類縁物の混入量を低減させようとすることは,当業者が普通に行
うことである。
そして,乙1文献10頁には,99%前後の高純度プラバスタチンナト
リウムが開示されていることからすると,本件発明1は,当業者の通常の
創作能力の発揮による発明であり,また,本件明細書中に,当業者の予測
範囲を超えた顕著な技術的効果(例えば,優れた治療効果)を奏するとも
記載されていないことから,当業者が容易に想到することができたもので
ある。
したがって,本件発明1は,特許法29条2項により特許を受けること
ができないものである。
イ精製工程が特定されている本件発明2ないし9も,本件発明1と同様,
物の発明であるから,本件発明1と同様の理由により,当業者が容易に発
明をすることができたものといえる。
⑵プラバスタチンラクトン及びエピプラバの分離・除去の困難性について述
べる原告の主張は,製造方法の困難性を進歩性の理由にしているにすぎず,
製造方法の発明の進歩性の議論であればともかく,物の発明の進歩性を支え
る理由にはならない。
⑶ア原告は,「プラバスタチン開発レポート」(甲30)等の記載から,エ
ピプラバの含有量を低減することが優れた効果を有することは明らかであ
ると主張する。しかしながら,これを裏付ける記載は,本件明細書にはさ
れておらず,かつ,明細書又は図面の記載から当業者が推論できない意見
書等で主張立証された効果は参酌すべきではない(審査基準第Ⅱ部第2章
2.5⑶②)から,事後的に実験成績証明書でこれを主張立証することは
容認できない。
また,①甲30の表1及び表2によると,当該試験に用いられた溶液,
すなわち,酸性処理前の溶液は,プラバスタチンナトリウムの含量が80.
12面積%と低く,エピプラバ/プラバスタチンナトリウム比が9.58
%と高いことからも明らかなとおり,当該試験の結果は,微量のエピプラ
バを含有する高純度のプラバスタチンナトリウムを酸性処理した場合の結
果を示すものではない。さらに,②甲30の(3−1)及び(3−2)に
記載された,リン酸又は硫酸(いずれもpH3.0)を用いて50℃で行
う反応は,「胃内を模した酸性条件」である塩酸(pH1∼2)を用いて
37℃で行う反応によって得られる結果を示すものではない。③その上,
甲30は,酸性条件下におけるプラバスタチンナトリウム中の不純物の挙
動を示すものであって,表1及び表2には,プラバスタチンナトリウム中
のエピプラバが他の不純物と比べて酸性処理によって低減化されることが
記載されているにすぎない。
以上のとおり,甲30は,プラバスタチンナトリウム中のエピプラバの
混入量を低減すること(0.1%未満とすること)により得られる効果を
何ら示すものではない。
また,エピプラバが「酵素的に酸化されると,エポキシ誘導体を生じ,
肝臓に余分な負荷をかける可能性」(甲31)があること等については,本
件明細書に一切の記載はなく,事後的に実験成績証明書でこれを主張・立
証しようとするものであり,容認できない。仮に,当該記載を加味し,エ
ピプラバから転換された性質不明の分解産物が不所望の影響を患者に与え
る可能性が「推測」できたとしても,不所望の影響とは具体的に何である
のかは全く不明であり,プラバスタチンナトリウム製剤から「不純物であ
る有用化学物質の類縁物の混入量を低減させようとする」,医薬品業界に
おける通常の課題が存在することを示すにすぎないものである。
したがって,乙1文献に記載された高純度のプラバスタチンナトリウム
製剤(メバロチン錠)は,本件特許の優先日前に医薬品として製造・販売
されていたところ,当該プラバスタチンナトリウム製剤から不純物の混入
量を低減させようとすることは,当業者が普通に行うことにすぎず,プラ
バスタチンナトリウムに混入するエピプラバの量を(本件訂正後は0.1
重量%以下に)低減する本件各発明が優れた効果を有するとの原告の主張
に,合理的な根拠が存在しないことは,明らかである。
イ原告は,医薬品の不純物を低減する発明については,それまで技術的に
達成困難であった高純度を初めて達成した場合には,それ自体で特段の優
れた作用効果を認めてよいと主張する。
しかしながら,不純物の除去等が困難であったという製造方法の困難性
が,本件のような「物」の発明の進歩性を支える理由とならないことは,
前記のとおりである。また,仮に,製造方法の困難性が進歩性を支える理
由となったとしても,乙1文献等に記載された公知のプラバスタチンナト
リウムを出発物質とし,乙11等に記載された公知の方法を用いて分離,
精製することにより,当業者は,プラバスタチンラクトン及びエピプラバ
の混入量が本件各発明で規定するものであるプラバスタチンナトリウムを
容易に取得することができたのであるから,それまで技術的に達成困難で
あった高純度を初めて達成したとする原告の主張が失当であることは,明
らかである。
(原告の主張)
(1)特許法29条2項は,発明の進歩性の判断について,新規性と同一の引用
発明を基礎としてなされることを規定しているから,乙1文献又はメバチロ
ン錠を進歩性の判断の基礎に用いることができないことは,新規性について
述べたとおりである。
⑵医薬品において不純物が少ないことが望ましいとしても,そのことと発明
の進歩性とは,別の問題であり,不純物を低減することに多くの技術的困難
が伴っていた場合において,これを克服して,高純度の医薬品を獲得したと
きには,進歩性が認められる。そして,従来技術からは達成困難であった
「構成」に到達した場合には,そのこと自体をもって「特段の作用効果」の
存在を肯定してよいことは,発明の構成への到達の容易性・困難性を主軸に
進歩性を規定する特許法29条2項の規定ぶりからも明らかである。また,
医薬活性物質の純度を高める発明は,特定の数値範囲を選択する発明ではな
く,高純度化を限りなく志向する発明であるから,その数値の臨界的意義を
持ち出すこと自体,不相当である。
本件各発明は,プラバスタチンに構造が非常に類似し,理化学的性質が近
いために,従来技術では分離・除去が極めて困難であったプラバスタチンラ
クトン及びエピプラバについて,その分離・除去に伴う技術的困難を克服し
て,高純度のプラバスタチンナトリウムを獲得したことにその本質がある。
そして,そのことが,医薬品として優れた効果を有する(特に,長期服用薬
であるプラバスタチンナトリウムにおいては,不純物が少なく,純度が高い
ということは,重要な意味を有する。)のであって,「特段の作用効果」を
肯定してよいから,進歩性があることは明らかである。
また,エピプラバについては,その含有量を0.1%以下に下げることが
目標であったところ(甲28,29参照),この目標は,本件各発明により
初めて達成されたものであり,かつ,エピプラバは,胃液内で性質不明の分
解産物に転換されると予想され(甲30),これが不所望の影響を患者に与
える可能性が否定できないものであるから,高純度である点において,進歩
性を有するものであって,物自体の発明として特許性を有する。
⑶被告は,「プラバスタチン開発レポート」(甲30)の内容について論難
する。
しかしながら,医薬活性物質の純度を高めることで好ましい効果が得られ
ることは,当業者に推測可能であり,甲30,31は,エピプラバの存在が
患者に与える悪影響を示す可能性があることを示すものであるから,その含
有量を低減することにより本件各発明の効果を主張することに問題はない。
また,原告は,甲30のプラバスタチンナトリウムにおけるエピプラバの
含有量が多いこと,温度やpHが胃内を模した酸性条件とは異なることを指
摘する。
しかしながら,エピプラバの含有量が多いか少ないかは,エピプラバが酸
性の条件下で性質不明の分解産物に転換し,患者に不所望の影響を与える可
能性があるという立証事項との関係では,問題とはならない。また,温度の
違いについても,反応速度に影響を与えるにすぎず,性質不明の分解産物へ
の転換の事実自体を左右するものではない。さらに,pHの違いについても,
酸性条件下で転換が起こる以上,より強い酸性条件下であれば,転換が生じ
るといえる。
6争点(2)エ(乙6号証に基づく新規性・進歩性の欠如)について
(被告の主張)
(1)本件特許の優先日前である平成12年4月上旬ころ,原告の前身であるビ
オガル社(以下「ビオガル社」という。)は,商社を通じて自社のプラバス
タチンナトリウムを日本国内の製薬メーカーであるC社に頒布していた(以
下,この頒布したプラバスタチンナトリウムを「乙6サンプル」という。)。
そして,乙6サンプルの頒布に伴い,その規格試験成績を示す添付書類と
して配布された「PRODUCTSPECIFICATIONSANDCERTIFICATEOFANALYSIS;
CertificateNo.205/00・BatchNo.PR-00100」(乙6。以下「乙6文献」と
いう。)の「Relatedsubstances」欄には,エピプラバが0.11%,プラ
バスタチンラクトンが0.03%であることが明記されている。
したがって,乙6文献のプラバスタチンラクトンが本件発明1の「0.5
重量%未満」に,乙6文献のエピプラバが本件発明1の「0.2重量%未
満」にそれぞれ相当することは,明らかである。
(2)乙6文献及び乙6サンプルの引用例としての適格性
ア乙6文献は,その入手日付(「00.4.06」)が入ったゴム印が押
されていること及び乙6サンプルについての「開発原料試験依頼書」(乙
7)の日付が平成12年4月6日であることから,乙6文献及び乙6サン
プルは,それ以前に配布されたものである。
そして,乙6文献及び乙6サンプルについて,秘密事項であるとの契約
・説明等はされておらず,これらは誰でも入手することができるものであ
ったことから,これらを提供した段階で,公知となっている。
イ(ア)原告は,サンプル等を受領した製薬会社には,日本における一般的
な業界慣習上,守秘義務があり,また,秘密保持契約を締結しないのが
製薬業界の常識であると主張する。
しかしながら,秘密保持契約を締結しない場合にも守秘義務が発生す
るという慣習や業界の常識は存在しないし,秘密保持契約の締結を拒否
された場合には,秘密事項を相手方に開示しないのが常識である。現に,
被告は,C社や間に入った商社から,乙6文献や乙6サンプルを原告が
頒布する際,それを秘密事項とする要請はなかったことの確認を得てい
る。
(イ)また,原告は,頒布した相手が限られていると主張するが,むしろ,
原告は,当時,日本の製薬メーカーに対し,積極的にプラバスタチンナ
トリウムの宣伝販売をしていたことが報告されている。
(ウ)乙6文献の「Sampleforexperimentalpurposesonly」との記載は,
試験目的のみに使用されるもので,商業的な使用や臨床的な使用ができ
ないことをうたっているだけで,秘密性とは関係ない。現に,原告が配
布した試験成績書には,この表示がないものも,複数存在する。
また,刊行物記載や公然実施の有無を判断するに当たっては,秘密保
持義務なく配布された物につき,その配布を受けた製薬会社がどのよう
に取り扱っていたかは,問題にならない。
(エ)D社の基本特許が存続していたことに基づく原告の主張は,その主
張自体,法や倫理に反する事実を前提とするものであり,受け入れられ
ず,秘密保持契約なしに交付すれば,その時点で公知になることは,当
然である。
また,そもそも,原告が主張するような業界常識は存在しないし,ビ
オガル社を初めとする医薬品原料メーカーが,D社の基本特許が存在し
ていた期間において,積極的にプロモーションを行っていたことからも,
その主張は失当である。むしろ,乙6文献の「Sampleforexperimenta
lpurposesonly」との記載は,後発薬開発のための実施行為であること
を標榜することによって,公然とサンプルを配布するための表示である。
(オ)したがって,乙6文献や乙6サンプルには秘密保持義務が課されて
おらず,これらの情報を秘密に取り扱うべき特段の事情もなかったとい
うべきである。
ウ製造方法の開示の点について
乙6文献及び乙6サンプルは,秘密保持義務が課されることなくC社に
配布され,本件特許の優先日前に当業者がその「物」を入手することがで
きたものであるから,乙1文献及びメバチロン錠について述べたのと同様
の理由により,「物の発明」の開示がなされていることは明らかである。
したがって,乙6文献及び乙6サンプルは,引用発明としての「適格
性」を有し,本件訂正前及び本件訂正後の本件発明1の新規性,進歩性の
判断に用いられるものである。
(3)したがって,本件発明1は,特許法29条1項2号及び3号に該当する
か,乙6文献又は乙6サンプルから,当業者が容易に想到することができ
たものであり,同条2項に該当する。
同様に,本件発明2ないし9も,物自体についての発明であるから,本
件発明1と同様である。
(原告の主張)
(1)乙6文献や乙6サンプルは,次のとおり,秘密事項であり,公然実施され
た発明にも,刊行物に記載された発明にも該当しない。
ア乙6文献と乙6サンプルは,ビオガル社が,日本に進出するに当たり,
真に顧客となり得るような製薬企業に対してのみ提供したものであり,誰
でも入手することができたものではない。このことは,乙6に「Samplef
orexperimentalpurposesonly」と記載され,その使用がサンプルを受領
した当該製薬企業の研究開発部門限りとされていたことからも,明らかで
ある。
イ乙6文献に「Sampleforexperimentalpurposesonly」と記載されてい
ることや,C社が乙6文献や乙6サンプルの情報を本件訴訟に至るまで8
年以上もの間第三者に開示していないことから,C社が,秘密保持義務を
有していたことは明らかである。
また,取引の迅速性のために,サンプルの提供という取引開始の段階で
は秘密保持契約を締結しないのが製薬業界の常識であり,商売上の取引の
内容を当事者限りで扱われる情報とすることは,商取引の常識である。そ
して,C社と原告又は原告の親会社とは,継続的取引関係を有しているの
であるから,そのことも秘密保持義務の根拠となる。
さらに,本件においては,①D社のプラバスタチンナトリウムの基本特
許(特許第1347361号)の存続中における後発薬開発のための,サ
ンプル等の提供であるから,その研究開発又はそれにかかわる取引は秘密
裏にされるのが業界の常識であり,特に,日本においては,先発メーカー
への配慮という独特のしがらみがあること,②C社も,前記のD社の特許
の存続期間満了後に参入することを目指して開発をしていることを対外的
に表示すれば,特許侵害に問責される危険があることや,原薬供給メーカ
ーであるビオガル社も特許侵害に問責される危険があること,競合メーカ
ーとの競争上の問題等から,C社はサンプル情報を漏らさず,ビオガル社
もC社の開発計画を漏らさないというのが互いの合意事項であったこと等
の事情がある。
これらのことからすれば,乙6文献及び乙6サンプルについて,C社が
秘密保持義務を負うことは当然であり,これらの情報を秘密に取り扱うこ
とについての合意がされていたと認めるべきである。
(2)乙6文献や乙6サンプルには,それに開示されたプラバスタチンナトリウ
ムを取得する製造方法の開示がなく,公然実施された発明や,刊行物に記載
された発明に該当しないことは,乙1文献やメバチロン錠と同様である。
(3)以上のとおり,乙6文献又は乙6サンプルに基づいて,本件各発明の新規
性及び進歩性は否定されない。
7争点(2)オ(特許法36条違反)について
(被告の主張)
(1)記載要件違反①
ア(ア)本件明細書中には,実施例その他として,プラバスタチンラクトン
やエピプラバを実際に測定した数値は,記載されていない。これについ
て,原告は,特許庁の審査過程で提出した意見書(乙3の10)におい
て,実験によりサポートされていないことを明示している。
また,同意見書には,プラバスタチンラクトンやエピプラバの数値の
理論的根拠として,両者の比率は約2:1であることが知られているか
ら,両者の量は特定できると記載されているが,本件明細書には,この
ような含有比は記載されていない。また,乙1文献の10頁の右欄の表
に示される両者の含有率の比率は,2:1とは大きく異なっており,乙
6文献の「Relatedsubstances」欄の記載,本件明細書の例1及び例3
ないし6に関する詳細な精製表(甲12)のデータについても,同様で
ある。
(イ)原告がその主張の根拠とする本件明細書【0031】の記載は,そ
こで挙げられた例1及び例3をみても,プラバスタチンラクトンやエピ
プラバの測定方法や測定値には何ら触れていないこと,甲12及び甲1
3は,原告の社内基準により測定したものであるとするが,そのような
社内基準は本件明細書から理解できるものではないことからすれば,本
件特許の優先日当時,当業者において理解できるものではない。
また,原告は,本件明細書の例1及び例3の記載並びに本件明細書
【0031】の記載から,それが実施例に基づくものであることは明ら
かであると主張するが,本件特許出願の基となるPCT出願(国際出願
番号WO2002/030415A1。乙10)においては,「単離されうる」は「ma
ybeisolated」,「得られた」は「wasobtained」と記載されており,
また,「単離されうる」との本件明細書の記載からしても,実施例と同
等の記載であるとか,実施例により支持されるものであるとは,到底い
えない。
(ウ)a原告は,本件訂正後のプラバスタチンラクトンの含量が0.2重
量%未満ということは,本件明細書の例1,例3及び例5のプラバス
タチンナトリウムの純度の記載により支持されていると主張する。
しかしながら,ビオガル社が作成した乙6文献の「Assay(onwater
-freeandsolvent-freebasis)」欄の「SPECIFICATION」として「98.
0−101.0%」と記載されていることから,プラバスタチンナト
リウムの純度は,101.0%になり得ることが示されている。この
ことは,日本薬局方の通則の「31医薬品各条の定量法で得られる
成分含量の値について,単にある%以上を示し,その上限を示さない
場合は101.0%を上限とする。」との記載からも,裏付けられる。
したがって,本件明細書の例5の純度99.9%のプラバスタチン
ナトリウムであっても,最大約1.1%の不純物を含むことになり,
必然的にプラバスタチンラクトンの含量が0.2%未満になるとはい
えない。
b本件明細書の例1,例3及び例5の純度が面積比率法で測定されて
いるとの根拠はなく,また,面積百分率法を用いることが当業者の常
識であったとはいえない。原告が乙6文献に定量法による測定値を記
載していたことからすれば,本件明細書に記載されている純度も,定
量法による測定値とすることが自然である。
(エ)原告は,実施例に基づくものであることを示す証拠として,詳細な
精製表(甲12)及びサンプル情報(甲13)を提出する。
しかしながら,甲12には,どこから入手したものか,分析方法がい
かなるものであるか等を客観的に示す記載はなく,本件明細書中のプラ
バスタチンの例に,甲12に記載されているものが対応するものである
ことを示す記載もない。
また,甲13についても,本件明細書の例に対応していることを客観
的に示すものはない。
したがって,甲12及び甲13が本件明細書の記載の例に対応すると
の原告の主張は,信用性を欠く。
イ本件明細書中に記載されているプラバスタチンナトリウムの純度は,最
高で99.9%であり,これを超える純度のもの,すなわち,不純物の含
有量が0∼0.1%であるプラバスタチンナトリウムは記載されていない。
なお,前記意見書(乙3の10)4⑷では,プラバスタチンナトリウムの
純度が99.9%の場合,プラバスタチンラクトンの混入量が約0.06
%,エピプラバの混入量が約0.03%であると述べているが,それより
も混入量が少ないものは,本件特許の出願当初の明細書のみならず,実験
によってもサポートされていない。
ウしたがって,本件明細書における不純物の含有量は,請求項全体にわた
る十分な数の具体例が示されておらず,発明の詳細な説明の記載を見ても,
本件特許の出願当時の技術常識に照らしても,請求項に記載された数値全
体に拡張・一般化できるものではないので,本件発明1は,発明の詳細な
説明に記載した範囲を超えているものである。
したがって,本件特許の請求項1及びこれを引用する請求項2ないし9
の記載は,特許法36条6項1号の要件を満たしておらず,また,本件明
細書の発明の詳細な説明の記載は,同条4項の要件を満たしていない。
また,審査基準第1章の「2.2.1.1第36条第6項第1号違反
の類型」には,「例10:機能・特性等を数値限定することにより物(・
・・)を特定しようとする発明において,請求項に記載された数値範囲全
体にわたる十分な数の具体例が示されておらず,しかも,発明の詳細な説
明の他所の記載をみても,また,出願時の技術常識に照らしても,当該具
体例から請求項に記載された数値範囲全体にまで拡張ないし一般化できる
とは言えない場合。」と記載されているところ,本件は,その場合に該当
しており,特許法36条6項1号に違反することは明らかである。
(2)記載要件違反②
本件特許の請求項1には,プラバスタチンナトリウム自体の純度は記載さ
れておらず,プラバスタチンラクトンとエピプラバ以外の副生物の混入その
他の原因によって,結果的に純度の低いプラバスタチンナトリウムも包含す
ることになっている。
しかしながら,このような純度の低いプラバスタチンナトリウムについて
は,本件明細書にサポートはなく,また,本件明細書【0007】の「実質
的に純粋なプラバスタチンナトリウムを製造する」等の発明の詳細な説明の
記載と齟齬するなど,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許請求の
範囲を記載しており,特許法36条6項1号に違反している。
(原告の主張)
⑴記載要件違反①について
ア本件訂正が本件明細書及び実施例により支持されていること。
次のとおり,被告が主張する,プラバスタチンラクトンとエピプラバの
含有率の比率が2:1であることの当否にかかわらず,本件訂正後の請求
項1が,本件明細書によりサポートされていることは明らかである。
そして,本件訂正後の請求項が明細書でサポートされていることから,
訂正前の請求項がサポートされていることはいうまでもない。
(ア)a本件訂正は,本件明細書【0031】の「プラバスタチンナトリ
ウムは更に,2つが例1及び3で例示される,本発明の好ましい態様
を遵守することによってプラバスタチンラクトンが0.2%(w/
w)未満で且つエピプラバが0.1%(w/w)未満で単離されう
る。」との記載により,支持されている。
そして,この【0031】の記載から,そこに記載されているプラ
バスタチンラクトン及びエピプラバの含有量が実施例に基づくことは,
明らかである。また,前記の【0031】の記載は,実施例と同等の
具体的記載と解すべきであることから,本件訂正は,実施例によって
も支持されている(このことは,本件を先願として後願の特許の無効
が争われた無効審判(甲10)及びその審決取消訴訟(甲11)でも
確認されている。)。
さらに,この【0031】の記載が実施例に基づくものであること
は,詳細な精製表(甲12)及びサンプル情報(甲13)によっても,
確認することができる。この甲12及び甲13は,本件明細書の実施
例の記載との整合性の高さそれ自体から,本件明細書に記載された実
施例の基礎となった実験ノートから得られたものであることが明らか
であり,これらによって,本件明細書に記載のないことを補足しよう
とするものではない。
bこの【0031】の「されうる」との表現や,これに対応する英文
の「maybe」との表現は,発明の範囲をより広く示す目的で一般的に
使用される,ごくありふれたものであり,この表現を殊更に取り立て
て,特別の意味を持たせること自体が不合理である。
(イ)aまた,本件明細書の例5【0051】には,製造されたプラバス
タチンナトリウムの純度が約99.9%であったことが記載されてお
り,これは,必然的に,プラバスタチンラクトンの混入が0.2%未
満であり,エピプラバの混入が0.1%未満であるという本件訂正後
の要件をサポートしている。
さらに,本件明細書の例1【0045】及び例3【0047】には,
プラバスタチンナトリウムにつき「約99.8%の純度」との記載が
ある。これらの実施例には,プラバスタチンラクトン及びエピプラバ
の含有量の記載はないが,これには,他の不純物も含まれるであろう
ことからすれば,プラバスタチンラクトンの含有量は0.2%未満と
なり,これによっても,本件訂正発明1は,支持されている。
b被告は,プラバスタチンナトリウムの純度の上限は101%になり
得ると主張するが,本件明細書は,101%を上限とする定量法では
なく,100%を上限とする面積百分率法を用いて,プラバスタチン
ナトリウムの純度及び不純物の含有量を測定している。本件明細書に
は,面積百分率法を用いたとは明記されていないが,複数の不純物成
分の各含有量を求める場合には,面積百分率法を用いるのが,優先日
当時の技術常識であり(甲24∼26(各枝番を含む。)),実験ノ
ート(甲12)にも,本件明細書と同一の数値が「Area%」と明示さ
れている。
なお,乙6文献は,商品規格を示すものであって,商品規格におけ
る成分値としては,定量法による値が用いられるのが一般であるから,
乙6文献の記載をもって,本件明細書が定量法によるものとはいえな
い。
(ウ)したがって,本件訂正後の請求項1の記載が,本件明細書によりサ
ポートされていることは明らかである。
イ本件明細書に純度99.9%を超えるプラバスタチンナトリウムの記載
がないとの指摘について
前記の本件明細書【0031】の記載が実施例に基づくものであること
は,前記のとおり,無効審判及びその審決取消訴訟の判決で認められてい
る。
そして,詳細な精製表(甲12)には,その例5において,エピプラバ
が0.01%,プラバスタチンラクトンが検出限界より下まで減少してい
ることを含めて,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満
であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナ
トリウム」が記載されており,実施例により十分支持されている。
また,塩析結晶化を反復することで,プラバスタチンラクトンとエピプ
ラバを0%に近づけることが可能であるから,実施可能要件も満たす。
ウしたがって,本件特許は,特許法36条6項1号及び同条4項に違反す
るものではない。
なお,被告が指摘する審査基準は,一般論としてはともかく,具体的な
適用に際しては,個々の発明の特性が考慮されなければならず,不当に制
限的な解釈がされるべきではない。このことは,審査基準自体が留意事項
として指摘している。
(2)記載要件違反②
被告は,本件特許の請求項1には,純度の低いプラバスタチンナトリウム
が包含されていると指摘する。
しかしながら,本件各発明は,本件明細書【0006】,【0007】等
の記載から明らかなとおり,高純度のプラバスタチンナトリウムを提供する
ことを目的とする。そして,これに加え,本件発明1の主題を「プラバスタ
チンナトリウム組成物」ではなく「プラバスタチンナトリウム」としている
ことも考慮すれば,本件発明1は,不純物の含量が低減された高純度のプラ
バスタチンナトリウムを指すものと考えるのが適切である。
また,サンプル情報(甲13)のHPLCチャートでも,最終的に得られ
た精製品には,プラバスタチンラクトン及びエピプラバの他には,6−α−
OHイソコンパクチン酸等を除いて,ほとんど不純物は見受けられないこと,
プラバスタチンラクトンとエピプラバの双方の含有量を同時に低減させたプ
ラバスタチンナトリウムを得ることは,非常に困難であることから,不純物
のうちプラバスタチンラクトンとエピプラバに着目して,その含有量を規定
したのは,合理的かつ当然である。
さらに,本件各発明は,通常の化学物質における不純物の除去とは異なる
特殊な困難性を克服して高純度のプラバスタチンナトリウムを達成したので
あるから,プラバスタチンナトリウムの純度を規定しなくても,プラバスタ
チンラクトン及びエピプラバの含有量が低減された旨を規定すれば,発明の
主題が高純度のプラバスタチンナトリウムにあることに照らしても,その請
求項が,高純度のプラバスタチンナトリウムを規定することは明らかである。
したがって,本件特許の請求項1は,発明の詳細な説明に記載されたもの
ということができ,特許法36条6項1号の要件を満たしている。
8争点(3)(本件訂正の可否)について
(原告の主張)
原告は,本件特許の請求項1について,①プラバスタチンラクトンの混入量
とエピプラバの混入量を「プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未
満であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナト
リウム」とし,②「eプラバスタチンナトリウムを単離すること」とする訂
正請求をした(甲7)。
①の部分の訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであり(特許法
134条の2第1項1号),②の部分の訂正は,誤記の訂正を目的とするもの
であって(同項2号),いずれも特許請求の範囲を拡張し,又は変更するもの
ではない(同条5項,同法126条4項)。
また,以下に述べるとおり,本件各訂正発明は,本件明細書【0031】に
記載されており,また,乙1文献等には,本件訂正後の範囲のものは記載され
ていないから,新規性・進歩性とも認められ,本件特許の無効理由を解消する
ものであり,特許法126条の訂正要件を満たす。
さらに,被告製品は,本件各訂正発明の技術的範囲に属する。
したがって,本件特許は,訂正が認められ,訂正が確定したときは,当該特
許が無効審判により無効にされるべきものではないから,本件特許権の行使は,
何ら制約されない。
⑴本件各訂正発明の新規性
ア乙1文献に開示されたプラバスタチンナトリウムは,プラバスタチンラ
クトンの含有量が0.02−0.06%,エピプラバの含有量が0.19
−0.65%であり,また,乙6文献に開示されたプラバスタチンナトリ
ウムは,エピプラバの含有量が0.11%であるから,いずれも本件訂正
後の請求項「プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,
エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウ
ム」とは構成が異なり,新規性が肯定される。
イ前記のとおり,乙6文献及び乙6サンプルは,秘密事項であるから,公
然実施又は刊行物記載には該当しない。
また,乙1文献及びメバチロン錠並びに乙6文献及び乙6サンプルには,
本件各訂正発明に開示されたプラバスタチンナトリウムを取得する製造方
法の記載がなく,従来技術によっては,当該プラバスタチンナトリウムを
取得することが困難であることから,特許法29条1項2号及び3号にい
う「発明」を開示する引用例とはなり得ない。
(2)本件各訂正発明の進歩性
ア乙1文献及びメバチロン錠並びに乙6文献及び乙6サンプルについて
乙1文献及びメバチロン錠並びに乙6文献及び乙6サンプルは,前記の
とおり,新規性の判断の際に用いることができないものであり,新規性と
同一の引用発明を基礎として判断される進歩性の判断においても,これら
を用いることはできない。
イ進歩性について
99%を超えるまで純化された化学物質において,不純物であるエピプ
ラバの含有量を0.19%から0.1重量%に減少させる構成の相違は極
めて大きく,当業者が容易になし得たことではない。
そして,本件各訂正発明の本質は,不純物を低減させた点にあり,①プ
ラバスタチンナトリウムの純度を上げることの困難性,又は,②得られた
プラバスタチンナトリウムが顕著な効果を有することが証明されれば,進
歩性が肯定される。
(ア)純度向上の困難性
まず,不純物を除去し,純度を向上させることの困難性は,次のとお
りである。
a乙1文献や乙6文献には精製方法の記載はなく,当業者が本件各訂
正発明の構成を得ることは困難である。
b特に,高純度の化学物質にあっては,不純物を除去することは困難
である。
cプラバスタチンラクトン及びエピプラバは,プラバスタチンナトリ
ウムに構造が非常に類似し,理化学的性質が近似しているため,その
分離除去が困難である(甲33,34の実験により,従来技術では,
これが困難であったことは明らかである。)。また,不純物が,精製
過程においても発生するプラバスタチンの分子内反応や,プラバスタ
チンの分解により生成する可能性がある。
dプラバスタチンナトリウムの開発において業界の最先端を行くD社
ですら,エピプラバを0.19%より低減することはできなかった。
また,エピプラバを0.1%未満に低減させたことを特徴とする発明
につき特許が出願され,本件特許が先願として存在することを理由に
無効とされたものの,いったんは特許を認められていることからも,
エピプラバを0.1重量%未満にすることに加えて,プラバスタチン
ラクトンの含有量を0.2重量%未満に低減する本件各訂正発明が特
許性を有することは明らかである。
eプラバスタチンラクトンは,精製過程におけるプラバスタチンの分
子内反応によって生じるため,プラバスタチンラクトンの生成を0.
2重量%未満に抑えながらエピプラバの含有量を0.1重量%未満に
減少させる必要があり,プラバスタチンナトリウムの精製には,通常
の化学物質の精製と異なる特殊な困難性がある。
fプラバスタチンラクトンを増加させることなく,エピプラバを減少
させる工程である,プラバスタチンをアンモニウム塩の形態で塩析結
晶化するという本件各訂正発明の工程は,プラバスタチンの精製方法
における工程として,極めてユニークなものである。本件各訂正発明
は,それを初めて可能としたものであって,従来技術において全く示
唆されておらず,当業者が容易に想到できたものではない。
g新規な物の取得が新規な方法により初めて可能になった場合でも,
いったん新規の物が得られれば,その製造方法による限定を受けるこ
となく,物自体の発明として特許性を有することは,化学分野におけ
る確立した実務である。
hプラバスタチンラクトンの増量を抑え,その混入量を本件訂正後の
0.2重量%未満に保ちつつ,エピプラバの混入量を本件訂正後の0.
1重量%未満に低減し得ることを示した従来技術の存在を認める証拠
はない。
(イ)顕著な効果
一般に,医薬品においては,不純物が少なく純度が高いものほど,副
作用が少なく,優れた効用を発揮するものとされており,本件各訂正発
明に係るプラバスタチンナトリウムが,医薬品として優れた効果を有す
ることは明らかである。
ウ被告によるプラバスタチンの精製試験(乙8,9)について
(ア)被告によるプラバスタチンの精製試験(乙8。以下「乙8試験」と
いう。)に用いられたプラバスタチンナトリウム(乙9。以下「乙9文
献」といい,これに記載されたサンプルを「乙9サンプル」という。)
は,C社が平成12年(2000年)7月に入手したものであり,乙6
文献に記載されたプラバスタチンナトリウムとの同一性を確認できず,
別物である可能性が高い。仮に,両者が同一であるとすれば,秘密保持
の対象となったものであり,訴訟での開示は禁止されるべきであるから,
乙8試験の提出は許されない。
また,乙9サンプル中の,平成12年(2000年)7月時点におけ
るエピプラバ及びプラバスタチンラクトンの含有量は不明である。
さらに,乙8試験は,平成20年(2008年)10月に行われたも
のであるところ,その出発物質は,平成12年(2000年)7月に取
得され,その後8年間,C社で保管されていた物である。
加えて,本件特許の優先日当時,乙6サンプル(プラバスタチンラク
トン0.03%及びエピプラバ0.11%を含有するプラバスタチンナ
トリウム)を当業者は再現することができなかったことから,これを前
提に進歩性を議論することはできない。
(イ)乙8試験の分析結果は,次のとおり,本件特許の優先日当時の技術
レベルを立証するものではなく,これにより本件各訂正発明の進歩性を
否定することはできない。
aそもそも,前記のとおり,乙8試験に使用されたサンプルの,平成
12年(2000年)7月時点での組成自体が不明である。また,乙
8の図2には,正体不明の不純物のピークが多数存在していることか
ら,乙8試験に用いたサンプルは,8年の保管の間に,当初の組成か
ら大きく変化していると思われる。したがって,このような経時変性
が加わったサンプルを出発物質として精製したとしても,優先日当時
に存在していた物を用いて優先日当時の技術レベルを立証するという
立証課題を果たせていない。
b被告が乙8試験で用いた方法は,乙11記載のHPLC法について,
サンプル濃度,カラム温度及び移動相の流量を変更したものであり,
本件特許の優先日前の引用例である乙11記載のHPLC法をそのま
ま用いたものではない。そして,これらの変更は,HPLCによる分
離性能をより高める変更であるから,乙8試験は,本件特許の優先日
当時の技術レベルを立証するものではない。
被告は,これらの条件の変更の理由を,保持時間を再現するためで
あると主張するが,保持時間を調整するためには,分離能にほとんど
影響を与えないパラメータを,1つだけ,最小限の範囲で調節するの
が技術常識である。また,保持時間の再現と分離能の再現とを同視す
ることはできず,保持時間を再現したとしても,分離能までもが再現
されていることの証明にはならない。
しかるに,被告は,前記のとおり,分離能に影響を与えるパラメー
タを3つ同時に,大きく変更しており,HPLCのピークの分離能を
向上させることを目的としたものであることは明らかである。これに
対し,原告が行った乙8試験の再現試験(甲20)は,移動相の流速
のみを変更しており,分離能にはほとんど影響しないものをわずかに
変更するにすぎない。
c本件各訂正発明は,固体となったプラバスタチンナトリウム中の不
純物の含有量を測定するものである(工業利用の場合は,固体粉末の
状態で用いることから,本件各訂正発明では,固体で測定してい
る。)。これに対し,乙8試験は,①分取濃縮液の段階で乾燥をやめ,
そのエピプラバやプラバスタチンラクトンを測定していること,②乙
11記載のHPLC法は酢酸を使用するため,分取濃縮液を乾燥させ
固体化させた場合,プラバスタチンラクトンがより増産しており(こ
のことは,原告が行った実験(甲20)でも明らかである。),これ
を乾燥させても,医薬製造用原体としての使用に耐えるものではない
ことから,乙8試験は,本件各訂正発明の進歩性を否定する根拠とは
ならない。
また,このような分取濃縮液には,多量の不純物が含まれている蓋
然性が高いところ(甲20参照),プラバスタチンラクトンやエピプ
ラバを同時に低減させることが可能な晶析法は,本件特許の優先日前
には存在せず,また,凍結乾燥法では,溶媒を除去することはできて
も,プラバスタチンナトリウム以外の塩を除去することができないか
ら,このような方法を用いても,本件各訂正発明に係るプラバスタチ
ンナトリウムを得ることは不可能である。
dそもそも,通常の当業者は,分析方法として明示されているHPL
C法を,精製方法又は製造方法に転用するという動機付けを持たない。
また,前記のとおり,乙11記載のHPLC法は,酢酸を用いるため,
プラバスタチンラクトンの含有量を増加させるものであるから,高純
度のプラバスタチンナトリウムを取得することはできない。
したがって,高純度のプラバスタチンナトリウムの獲得を意図する
当業者が,乙11記載のHPLC法をプラバスタチンナトリウムの精
製に適用することはあり得ず,プラバスタチンナトリウムの精製のた
めに乙11記載のHPLC法を適用することの動機付けを欠く(甲2
1参照)。
(ウ)そもそも,乙11は,従来技術であるHPLC法を規定するにすぎ
ないが,HPLC法を適用したとしても,本件各訂正発明が規定するよ
うな高純度のプラバスタチンナトリウムの取得は,不可能である(甲9,
34)。また,これを繰り返しても,それにより達成することができる
純度には上限があるから,高純度のプラバスタチンナトリウムを得るこ
とができないことは,同様である。
(3)特許法36条
本件訂正後の特許請求の範囲の内容が本件明細書に記載されていることは,
前記のとおりである。
(4)被告製品の本件各訂正発明の構成要件該当性
被告製品は,その成分中に含まれるプラバスタチンラクトン量がほぼ0.
04重量%,エピプラバがほぼ0.02重量%であるから,本件各訂正発明
の技術的範囲に属する。
(被告の主張)
⑴本件各訂正発明の新規性
ア本件特許の優先日前である平成12年4月上旬ころ,ビオガル社は,商
社を通じて自社のプラバスタチンナトリウムを日本国内の製薬メーカーに
頒布していたこと,サンプル配布に伴い規格試験成績を示す添付書類とし
て配布された乙6文献の「Relatedsubstances」欄に,エピプラバが0.
11%,プラバスタチンラクトンが0.03%であることが明記されてい
ることは,前記のとおりである。
イ乙6文献のプラバスタチンラクトンが,本件訂正発明1の「0.2重量
%未満」に相当することは明らかである。
他方で,乙6文献のエピプラバは0.11%であり,本件訂正発明1の
「0.1重量%未満」を上回っている。しかしながら,本件訂正発明1に
おいて,小数点以下1桁までの単位しか規定しておらず,小数点以下2桁
までの数値を問題にしていないのは,それ以下の数値の正確性を問題にし
ていないことを意味するものである。また,その数値の差は0.01しか
なく,測定誤差程度の差異にすぎず,実質的相違点とはいえないので,乙
6文献は,実質的に本件訂正発明1の「0.1重量%未満」に相当する値
が示されているとみるべきである。
そして,乙6文献及び乙6サンプルが平成12年4月6日以前に配布さ
れたものであることは,前記のとおりであるから,本件訂正発明1は,特
許法29条1項2号及び3号に該当する。
ウ本件訂正発明2ないし9も,最終的に得られた物についての発明である
から,本件訂正発明1と同様である。
(2)本件各訂正発明の進歩性
ア医薬品等に用いられる有用化学物質の純度を高め,不純物の混入量を低
減させようとすることは,当業者が普通に行うことである。
そして,乙1文献や乙6文献には,プラバスタチン類縁物であるプラバ
スタチンラクトンやエピプラバ等の混入量が低減された高純度プラバスタ
チンが開示されている。仮に,乙6文献のエピプラバの混入量が0.01
%程度の差異が実際にあったとしても,物性が極めて酷似しており,その
差異に技術的意義や臨界的意義があるとは認められない場合には,「物」
自体の発明に進歩性が認められないことは明らかである。
また,精製工程を繰り返せば,その分純度が向上することは明らかであ
るから,原告のいう本件訂正発明1の内容は,せいぜい精製工程を繰り返
した程度の意味しかなく,当業者の通常の創作能力の発揮でされた発明で
ある。
さらに,本件明細書中には,訂正された内容によって当業者の予測範囲
を超えた顕著な技術的効果を奏することも記載されておらず,乙1文献又
は乙6文献に記載された高純度プラバスタチンナトリウムに比べて,当業
者の予測範囲を超えた顕著な技術的効果を奏するとも考えられない。
したがって,本件訂正発明1は,当業者が容易に想到することができた
ものであるから,本件訂正発明1には進歩性がない。
本件訂正発明2ないし9も,物自体の発明であるから,同様の理由によ
り,進歩性を有しない。
イ乙8試験について
(ア)ビオガル社がサンプルとして頒布し,本件特許の優先日前である平
成12年7月10日にC社が入手していたビオガル社製プラバスタチン
ナトリウム(乙9サンプル)を,当該優先日当時公知であったHPLC
法(乙11)により精製したところ,プラバスタチンラクトンを0.3
5%含み,エピプラバを0.10%含んでいた乙9サンプルから,プラ
バスタチンラクトンを0.14%含み,エピプラバを含まないプラバス
タチンナトリウムを得ることができた(乙8)。
このことから,本件訂正発明1に記載された数値範囲程度のものは,
本件特許の優先日当時の技術水準によっても,当業者にとって容易であ
ったことが裏付けられる。
(イ)乙8試験に関する原告の主張について
a乙8試験の趣旨は,本件特許の優先日当時の技術水準によっても,
本件訂正発明1に記載された程度のプラバスタチンラクトン及びエピ
プラバを含むプラバスタチンナトリウムを得ることが,当業者にとっ
て容易であったことを立証するためであり,経時変性のないプラバス
タチンナトリウムを使用する必要はない。
すなわち,乙9サンプルのプラバスタチンラクトン及びエピプラバ
の含有量は前記のとおりであって,本件特許の優先日当時に公知であ
った乙6サンプルと比較して,プラバスタチンラクトンやエピプラバ
はほぼ同等か,より多く混入している。そして,このような乙9サン
プルを用いた場合であっても,本件特許の優先日当時に公知であった
方法を用いれば,当業者は,本件訂正発明1に記載された数値程度に
プラバスタチンラクトンやエピプラバを低減させたプラバスタチンナ
トリウムを容易に得ることができたのであるから,乙6サンプルを用
いた場合には,このようなプラバスタチンナトリウムを得ることは,
更に容易であることは明らかである。
b乙8試験においては,乙11記載のHPLC法のサンプル濃度,カ
ラム温度,流量等の条件を変更しているが,それは,目的物質の保持
時間(21分)を再現するためである。そして,そのような目的で移
動相の流速やカラム温度等の条件を適宜変更することは,ごく普通に
行われており,試行錯誤を要するものではなく,乙11に記載されて
いる以上の分離能を得るためのものではない。
実際に,プラバスタチンナトリウムの保持時間として21分が達成
されており,また,乙11に記載されている不純物A(エピプラバの
こと)の相対的保持時間0.6も達成されている。
c原告は,乙8試験において,精製後のプラバスタチンナトリウムを
乾燥させていないことを指摘する。しかしながら,本件訂正発明1に
は,プラバスタチンナトリウムが固体状態のものに限定されるという
要件や,プラバスタチンラクトンやエピプラバ以外の類縁物質,類縁
物質以外の不純物,水分等の含有量に関する要件等はなく,原告の主
張は失当である。仮に,乾燥によりプラバスタチンラクトンの含有量
が上昇したとしても,本件特許の優先日当時の技術常識であった,プ
ラバスタチンラクトンに水酸化ナトリウムを添加してプラバスタチン
ナトリウムに変換させること(乙22)により,プラバスタチンラク
トンの含量を0.2重量%未満に低減させることは,極めて容易であ
る。
また,仮に,乙8試験によって得られたプラバスタチンナトリウム
に酢酸等が混入しているとしても,晶析法や乾燥凍結法等の公知の方
法を用いることにより,これらを除去した固体状態のプラバスタチン
ナトリウムを得ることは技術常識である。
d原告は,分析方法である乙11記載のHPLC法を精製方法に転用
する動機付けがないと主張する。しかしながら,分析方法として明示
されているHPLC法であるからといって,その後の回収を意図して
いない方法であると一義的にいえるものではなく,HPLCのチャー
ト上,目的物質が他の不純物と十分に分離できていれば,高純度の目
的物質を分取できると考えるのが,当業者の常識である。実用的な規
模を得られるかどうかは,そもそも構成要件になっていない。
また,乙11が酢酸を用いる点についても,それが不純物を増させ
る方法であれば,そもそも正しい分析ができず,そのような方法が欧
州の薬局方に掲載されるはずがないから,乙11に記載された方法を
用いることの動機付けに何らの影響を与えない。仮に,プラバスタチ
ンナトリウムを固化する際に,プラバスタチンラクトンが増加すると
しても,これをプラバスタチンナトリウムに容易に変換できることは,
前記のとおりである。
ウしたがって,乙9サンプル又は乙1文献若しくは乙6文献に記載された
プラバスタチンナトリウムを出発物質とし,乙11に記載された方法を用
いて精製することにより,本件訂正発明1に係るプラバスタチンナトリウ
ムは容易に取得することができるから,本件訂正発明1は,公然実施され
た発明又は乙1文献,乙6文献若しくは乙9文献に記載された発明と,周
知技術又は乙11に記載された発明とから,当業者が容易に発明すること
ができたものである。
本件訂正発明2ないし9についても,本件訂正発明1と同様に,当業者
が容易に発明することができたものである。
(3)特許法36条違反
ア前記のとおり,本件明細書には,プラバスタチンラクトンやエピプラバ
を実際に測定した数値は記載されていないこと,実施例その他として本件
明細書中に記載されている純度は最高で99.9%であり,純度99.9
%を超えるプラバスタチンナトリウムは記載されていないことから,本件
訂正発明1も,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えるものである。
イそして,訂正後の特許請求の範囲に記載された「プラバスタチンラクト
ンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.1重量
%未満である」は,発明の詳細な説明に,当業者が当該発明の課題を解決
することができると認識できる程度に具体例を開示せず,本件特許の出願
時の当業者の技術常識を参酌しても,特許請求の範囲に記載された発明の
範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できる
とはいえないことから,特許法36条6項1号のサポート要件に違反して
いることは明らかである。
(4)被告製品の本件各訂正発明の構成要件該当性
ア被告製品が,プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であ
り,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリ
ウムであることは争わない。
イ本件特許の権利範囲の解釈について製造方法部分を考慮すべきこと,被
告製品の製造方法が本件訂正発明1の方法と異なることは,前記のとおり
であるから,被告製品は,本件訂正発明1の技術的範囲に属さない。
そして,本件訂正発明2ないし9も,本件訂正発明1を引用する発明で
あるから,被告製品は,これらの技術的範囲にも属さない。
第4争点に対する判断
1争点(1)ア(本件各発明の技術的範囲につき,製造方法を考慮すべきか)につ
いて
(1)本件特許の特許請求の範囲の各請求項は,物の発明について,当該物の製
造方法が記載されたもの(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレー
ム)である。
ところで,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づき定め
なければならない(特許法70条1項)ことから,物の発明について,特許
請求の範囲に,当該物の製造方法を記載しなくても物として特定することが
可能であるにもかかわらず,あえて物の製造方法が記載されている場合には,
当該製造方法の記載を除外して当該特許発明の技術的範囲を解釈することは
相当でないと解される。他方で,一定の化学物質等のように,物の構成を特
定して具体的に記載することが困難であり,当該物の製造方法によって,特
許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ない場合があり得ることは,技
術上否定できず,そのような場合には,当該特許発明の技術的範囲を当該製
造方法により製造された物に限定して解釈すべき必然性はないと解される。
したがって,物の発明について,特許請求の範囲に当該物の製造方法が記
載されている場合には,原則として,「物の発明」であるからといって,特
許請求の範囲に記載された当該物の製造方法の記載を除外すべきではなく,
当該特許発明の技術的範囲は,当該製造方法によって製造された物に限られ
ると解すべきであって,物の構成を記載して当該物を特定することが困難で
あり,当該物の製造方法によって,特許請求の範囲に記載した物を特定せざ
るを得ないなどの特段の事情がある場合に限り,当該製造方法とは異なる製
造方法により製造されたが物としては同一であると認められる物も,当該特
許発明の技術的範囲に含まれると解するのが相当である。
⑵そこで,本件において,前記(1)の「特段の事情」があるか否かについて,
検討する。
ア物の特定のための要否
証拠(甲2,36,37,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許
の優先日当時,本件各発明に開示されているプラバスタチンナトリウム自
体は,当業者にとって公知の物質であったと認められる。そして,本件特
許の請求項1に記載された「物」である「プラバスタチンラクトンの混入
量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満で
あるプラバスタチンナトリウム」の構成は,その記載自体によって物質的
に特定されており,物としての特定をするために,その製造方法を記載せ
ざるを得ないとは認められない。
すなわち,本件特許の請求項1に記載された「プラバスタチンラクトン
の混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%
未満であるプラバスタチンナトリウム」という「物」は,当該物の特定の
ために,その製造方法を記載する必要がないものと認められる(なお,当
該物の特定のために,その製造方法を考慮する必要がないことは,当事者
間に争いがない。)。
イ出願経過
証拠(甲1,2,乙3(枝番を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,
本件特許の出願の経緯及びその過程において原告が行った説明等は,次の
とおりであると認められる。
(ア)原告は,平成13年10月5日に本件特許の国際出願をし,平成1
4年11月27日付けで,願書に添付して提出した明細書とみなされる
翻訳文を提出した。当該翻訳文中の特許請求の範囲には,次のとおり,
製造方法の記載を含まない請求項が含まれていた(乙3の1)。
「【請求項1】実質的に純粋なプラバスタチンナトリウム。
【請求項2】0.5%未満のプラバスタチンラクトンを含む,請求項1
に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項3】0.2%未満のエピプラバを含む,請求項1に記載のプラ
バスタチンナトリウム。
【請求項4】0.5%未満のプラバスタチンラクトン及び0.2%未満
のエピプラバを含む,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項5】0.2%未満のプラバスタチンラクトンを含む,請求項1
に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項6】0.1%未満のエピプラバを含む,請求項1に記載のプラ
バスタチンナトリウム。
【請求項7】0.2%未満のプラバスタチンラクトン及び0.1%未満
のエピプラバを含む,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。
【請求項8】次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そし

e)プラバスタチンラクトン及びエピプラバを実質的に含まないプラバ
スタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,実質的に純粋なプラバスタチン
ナトリウム。
(以下省略)」
(イ)原告は,平成16年1月29日に特許庁に提出した早期審査に関す
る事情説明書(乙3の5)において,特許協力条約に基づく国際調査報
告において引用された3つの文献(引用文献1:米国特許No.434
6227明細書,引用文献2:米国特許No.5202029明細書,
引用文献3:WO00/17182)との対比説明として,次のよう
に記載した。
a前記引用文献1
「引用文献1に開示されているのは,スタチン類の新規な化合物であ
って,それらを高純度に精製する方法については記載されていませ
ん。」
b前記引用文献2
「引用文献2には,HMG−CoAレダクターゼ阻害剤の高純度精製
方法が記載されていますが,この方法はシリカゲルクロマトグラフィ
ーを使用することを特徴としており,本願発明の方法とは異なります。
また,この引用文献に具体的に記載されているのはロバスタチンの精
製であり,プラバスタチンナトリウムの精製については記載されてい
ません。」
c前記引用文献3
「引用文献3には,プラバスタチンなどの精製方法が記載されていま
すが,高性能液体クロマトグラフィーを用いる方法であり,本願発明
の方法とは異なります。」
(ウ)本件特許の出願に対して,平成16年3月17日付けで,出願に係
る発明は,刊行物等に記載された発明又はこれに基づき容易に発明をす
ることができたものであって新規性・進歩性を欠く等の理由で,拒絶理
由通知がされた(乙3の8)。
これに対し,出願人である原告は,平成16年9月24日付けで意見
書及び手続補正書(乙3の10及び11)を提出した。当該意見書及び
手続補正書には,次のような記載がある。
a意見書の記載(乙3の10の3頁以下)。
「7.理由6及び7(特許法第29条第1項第3号及び同条第2項)
について
(1)本願発明について
既に御説明致した通り,高純度のプラバスタチンナトリウムを得る
のは極めて困難であり,従来技術においては,例えば99.5%以上
という高純度のプラバスタチン又はプラバスタチンナトリウムを得る
ことは不可能でありました。その主な理由は,プラバスタチンの生成
の過程で必然的に生成するプラバスタチンラクトン及びエピプラバは
その理化学的性質がプラバスタチンに非常によく似ているためです。
本発明は,(1)精製の前段階として,酢酸ブチル類又は酢酸プロピル類
を用いて,発酵液からプラバスタチンを抽出すること,及び(2)(a)酸
処理及び/又は塩基処理によりプラバスタチンラクトン及びエピプラ
バを破壊するか,又は(b)プラバスタチンのアンモニウム塩の結晶化を
反復してプラバスタチンラクトン及びエピプラバを除去することで
す。」
b手続補正書の記載(乙3の11)
「【請求項1】0.5重量%未満のプラバスタチンラクトンが混入して
いる,プラバスタチンナトリウム。
【請求項2】0.2重量%未満のエピプラバが混入している,プラバ
スタチンナトリウム。
【請求項3】0.5重量%未満のプラバスタチンラクトン及び0.2
重量%未満のエピプラバが混入している,プラバスタチンナトリウ
ム。
【請求項4】0.2重量%未満のプラバスタチンラクトンが混入して
いる,プラバスタチンナトリウム。
【請求項5】0.1重量%未満のエピプラバが混入している,プラバ
スタチンナトリウム。
【請求項6】0.2重量%未満のプラバスタチンラクトン及び0.1
重量%未満のエピプラバが混入している,プラバスタチンナトリウ
ム。
【請求項7】次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,
そして
e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの
混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重
量%未満であるプラバスタチンナトリウム。
(以下省略)」
(エ)本件特許の出願は,平成17年4月22日付けで,「引用例2には,
99.7∼99.8%のHPLC純度を有するプラバスタチンのナトリ
ウム塩が記載されている(実施例1∼3)。引用例2には,プラバスタ
チンラクトン又はエピプラバの含有量についての記載はないが,医薬と
して使用される化合物はより純度の高い方が好ましいことは技術常識で
あるところ,プラバスタチンのナトリウム塩の精製を繰り返すことによ
り,より純度の高い,プラバスタチンラクトン又はエピプラバの含有量
の少ない本発明のプラバスタチンナトリウム等を得ることは当業者が容
易になし得ることである。」等の理由で,拒絶査定を受けた(乙3の1
3)。なお,この拒絶査定においては,製造方法の記載がされていた前
記(ウ)bの請求項7(本件発明1と同一の内容)については,拒絶理由
がある請求項としては挙げられていない。
(オ)これに対し,出願人である原告は,平成17年7月25日,拒絶査
定不服審判の請求をするとともに(乙3の14),同日付けで手続補正
書を提出して,製造方法の記載がなく,プラバスタチンラクトンやエピ
プラバの含有量を示すことのみで特定したプラバスタチンナトリウムに
関する請求項(すなわち,物のみを記載した請求項)をすべて削除し,
前記争いがない事実等に記載した特許請求の範囲の記載と同一とする補
正を行い(乙3の15),前置審査の結果,同年9月16日付けで特許
査定を受けた(乙3の18)。
(3)ア以上述べたように,本件特許の請求項1は,「プラバスタチンラクトン
の混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%
未満であるプラバスタチンナトリウム」と記載されて物質的に特定されて
おり,物の特定のために製造方法を記載する必要がないにもかかわらず,
あえて製造方法の記載がされていること,そのような特許請求の範囲の記
載となるに至った出願の経緯(特に,出願当初の特許請求の範囲には,製
造方法の記載がない物と,製造方法の記載がある物の双方に係る請求項が
含まれていたが,製造方法の記載がない請求項について進歩性がないとし
て拒絶査定を受けたことにより,製造方法の記載がない請求項をすべて削
除し,その結果,特許査定を受けるに至っていること。)からすれば,本
件特許においては,特許発明の技術的範囲が,特許請求の範囲に記載され
た製造方法によって製造された物に限定されないとする特段の事情がある
とは認められない(むしろ,特許発明の技術的範囲を当該製造方法によっ
て製造された物に限定すべき積極的な事情があるということができる。)。
したがって,本件発明1の技術的範囲は,本件特許の請求項1に記載さ
れた製造方法によって製造された物に限定して解釈すべきであるから,次
のとおりと解される。
「次の段階:
a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,
b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,
c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,
d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そし

e)プラバスタチンナトリウム単離すること,
を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入
量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満
であるプラバスタチンナトリウム。」
イなお,原告は,本件特許の訂正請求をしたことから,訂正前の請求項と
の関係における出願経過は,訂正後の請求項との関係では意味をなさない
と主張する。
しかしながら,特許発明の訂正は,出願から一定の出願経過を踏まえて
特許を受けたことを前提として行われるものであるから,特許を受けるに
至るまでの出願経過が,訂正により意味をなさなくなるものではないこと
は,明らかである。特に,本件においては,本件訂正後の請求項1と,物
の構成としては実質的に同一である「【請求項6】0.2重量%未満のプ
ラバスタチンラクトン及び0.1重量%未満のエピプラバが混入している,
プラバスタチンナトリウム。」が,進歩性が欠如するなどとして拒絶査定
を受けた(乙3の13)後に,補正により削除されていることからすれば,
尚更このような経過を無視することはできないというべきである。
また,訂正は,特許請求の範囲の減縮,誤記又は誤訳の訂正,明瞭でな
い記載の釈明の場合に限って認められ(特許法126条1項,134条の
2第1項),実質上特許請求の範囲を拡張する訂正は認められない(同法
126条4項,134条の2第5項)ところ,訂正前の請求項に係る発明
の技術的範囲が製造方法によって限定されたものと解される場合に,仮に,
訂正によって出願経過が意味をなさなくなり,訂正後の請求項に係る発明
の技術的範囲が製造方法の限定のないものと解することになるとすると,
実質的に,訂正によって特許発明の技術的範囲が拡張されることを認める
ことになってしまい,相当でない。
したがって,原告の前記主張は,採用することができず,本件訂正発明
1の技術的範囲は,本件訂正後の請求項1に記載された製造方法によって
製造された物に限定して解釈すべきである。
2争点(1)イ(被告製品の構成要件充足性)について
前記争いのない事実等のとおり,被告製品は,プラバスタチンラクトンの混
入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であ
るプラバスタチンナトリウムであるから,本件発明1及び本件訂正発明1の構
成要件中,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5(本件訂正後は0.
2)重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2(本件訂正後は0.1)
重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」を充足する。
しかしながら,前記1のとおり,本件発明1及び本件訂正発明1の技術的範
囲は,特許請求の範囲に記載された製造方法によって製造された物に限定され
ると解されるから,以下では,被告製法が原告工程a)ないしe)を充足する
か否かを検討する。
(1)被告製法について
ア証拠(甲38,乙5)によれば,被告製品の製造方法として,次のよう
な記載がある。
(ア)被告承認申請書(乙5)の記載
「●(省略)●」
(イ)「日局:プラバスタチンナトリウム変更管理結果について」と題
する書面(甲38)の別紙1中の「現行法」の記載
「(1)●(省略)●工程●(省略)●
⑵●(省略)●工程●(省略)●
(3)●(省略)●工程●(省略)●
(4)●(省略)●工程以降●(省略)●」
イ以上の記載及び弁論の全趣旨に照らして,被告製品の製造方法は,
(あ)●(省略)●プラバスタチンを生成させる工程
(い)このプラバスタチンを含む反応液を●(省略)●工程
(う)●(省略)●プラバスタチンを●(省略)●させる工程
(え)●(省略)●プラバスタチンを●(省略)●で溶出させる工程
(お)溶出液を濃縮し,晶析させ,精製して,プラバスタチンナトリウ
ムを得る工程
に区分されるものと認められる。
なお,(お)の工程は,さらに,
(お)の1溶出液を●(省略)●して,●(省略)●を得る工程
(お)の2●(省略)●プラバスタチン●(省略)●を得る工程
(お)の3プラバスタチン●(省略)●を溶解し,●(省略)●精製して,
プラバスタチンナトリウムを得る工程
の各工程に区分されるものと認められる(以下,この認定に係る被告製法
を「認定被告製法」といい,その各工程をそれぞれ「認定被告工程(あ)」
等という。)。
ウなお,被告作成名義に係る「日局:プラバスタチンナトリウム変更管
理結果について」と題する書面(甲38)には,「日局)プラバスタチン
ナトリウムの生産性向上のため製法変更を検討し・・・品質評価を終了し
た」こと,製造方法の変更につき顧客の了解が得られたら,早急に変更登
録申請を開始することが記載されており,原告は,これをもって被告製法
が変更されたと主張する。
しかしながら,この書面は,被告製法の変更の了解を求める書面であっ
て,変更されたことの通知ではなく,これをもって,既に製造方法の変更
がされていると認めることはできない。
⑵認定被告製法が原告工程a)を充足するか。
原告は,認定被告工程(え)の「●(省略)●プラバスタチンを●(省略)●で
溶出」したもの又は認定被告工程(お)の2の「●(省略)●した」ものは,原
告工程a)の「濃縮有機溶液」に該当すると主張する。そこで,原告工程
a)の「濃縮有機溶液」の意義を検討した上で,認定被告製法において原告
工程a)の「濃縮有機溶液」が形成されているか否かを検討する。
ア原告工程a)の「濃縮有機溶液」の意義
(ア)「濃縮有機溶液」に関して,本件明細書には,次の記載がある(甲
2)。
a「【0008】本方法の好ましい態様は,水性培養液から有機溶媒へ
のプラバスタチンの抽出,塩基性水性溶液へのプラバスタチンの逆抽
出及び有機溶媒への再抽出を含み,その結果培養液中のプラバスタチ
ンの初濃度と比較してプラバスタチンに富む有機溶液をもたらす。プ
ラバスタチンは,そのアンモニウム塩としての沈殿及びそれに続く当
該アンモニウム塩の再結晶による精製によって豊富となった溶液から
得ることができる。」
b「【0010】コンパクチンの酵素的ヒドロキシル化
プラバスタチンが単離される酵素的ヒドロキシル化培養液は,コンパ
クチンの工業的な規模での培養について知られている任意な水性の培
養液であってもよく,(略)好ましくは,酵素的ヒドロキシル化は,
コンパクチン及びデキストロースの栄養混合物を含む,生きているス
テプトミセス(Steptomyces)の培養液を用いて実施される。培養液が醗
酵の完了時に中性又は塩基性である場合,培養液を約1∼6,好まし
くは1∼5.5,そして更に好ましくは2∼4のpHにするために酸
がそれに加えられる。(略)培養液の酸性化は,培養液中の任意なプ
ラバスタチンカルボン酸塩を遊離酸及び/又はラクトンへと変換す
る。」
c「【0011】実質的に純水(注:純粋の誤記)なプラバスタチンナ
トリウムの単離
プラバスタチンは,一連の抽出及び逆抽出段階によって,比較的高度
に濃縮された有機溶液中での水性培養液から最初に単離される。
【0012】第一段階において,プラバスタチンが培養液から抽出さ
242414れる。C−Cアルキルのギ酸塩及びC−Cカルボン酸のC−C
アルキルエステルは,水性溶媒液からプラバスタチンの効率的な抽出
を行うことができる。(略)好ましいエステルはギ酸エチル(略)を
含む。これらの好ましい有機溶媒の中でも,我々は酢酸エチル,酢酸
i−ブチル,酢酸プロピル及びギ酸エチルが特によく適していること
を発見した。最も好ましい抽出溶媒は酢酸i−ブチルである。他の有
機溶媒も当該エステルと交換されてもよい。(略)
【0013】プラバスタチンは,約8.0∼約9.5のpHの塩基性
溶液中に任意に逆抽出される。(略)抽出溶媒は,好ましくは,有機
層中のプラバスタチンの量が,薄層クロマトグラフィー又は,完全な
抽出のために十分な接触が起こったという主観的な判断を含む任意な
他の方法,によって決定した場合に実質的に枯渇するまで,塩基性水
溶液と接触される。複数回の逆抽出は,至適な回収のために実施され
得る。(略)逆抽出は,有機性の抽出液の量未満の量の水性塩基を用
いることによってプラバスタチンを濃縮するために使用され得る。好
ましくは,逆抽出は,有機性抽出液の量の1/3未満,更に好ましく
は有機性抽出液の1/4未満,最も好ましくは約1/5の量未満の量
の塩基性水溶液と接触される。
【0014】水溶液は,好ましくは酸(略)を用いて,約1.0∼約
6.5,更に好ましくは約2.0∼約3.7のpHに酸性化される。
【0015】プラバスタチンは,好ましくは,培養液からプラバスタ
チンを抽出するのに適しているとして既に記載した有機溶媒の1つへ
再抽出される。(略)この再抽出において,プラバスタチンの更なる
濃縮は,好ましくは水性抽出液の約50%(v/v),更に好ましく
は約33%(v/v)∼約20%(v/v),そしてより更に好まし
くは約25%(v/v)の量の水性抽出液よりも少ない量の有機溶媒
に再抽出することによって達成されうる。プラバスタチンは,最初の
有機抽出液から89%の収率で,100Lの培養液から8Lの濃縮有
機溶液へと濃縮されうる。当業者には,本発明の実施にとっての好ま
しい態様においてわずかに1回の抽出を記載した高収率の精製プラバ
スタチンが,複数回の抽出を実施することによって達成されうること
が理解される。この好ましい態様は,溶媒の経済性と高い生成物の収
率との平衡をもたらす。(略)「塩折」によって濃縮した有機溶液か
らプラバスタチンを得る手順の前に,濃縮した有機溶液は好ましくは
乾燥され,これは常用の乾燥剤(略)を用いることによって行われる
ことがあり,そして任意に活性炭を用いて脱色される。乾燥し,そし
て/あるいは脱色した濃縮有機溶液は,好ましくは,続いて常用の方
法で,例えば濾過又はデカンテーションによって分離される。
【0016】次の段階において,プラバスタチンは,アンモニア又は
アミンを用いて濃縮有機溶液から塩折され得る。(略)窒素上の置換
の有無又はそれが多数であるか否かに関わらず,アンモニア又はアミ
ンの反応によって形成される塩は,以降アンモニウム塩として言及す
る。この意味は,アミンの塩及びアンモニアの塩を包含することを意
図する。
【0017】プラバスタチンのアンモニウム塩の沈澱も,アンモニウ
ム塩単独の,又はアンモニア若しくはアミンと組み合わせた添加によ
って誘導され得る。(略)アンモニウム塩並びに高沸点の液体及び固
体のアミンが,常用の手段によって,好ましくはよく換気された領域
で,固体,ニートな液体又は水性若しくは有機性溶媒中の溶液として
加えられ得る。(略)特に好ましい態様において,プラバスタチンは,
濃縮有機溶液への気体のアンモニア及びNHClの添加によって,ア4
ンモニアのプラバスタチン塩として,濃縮有機溶液から得られる。」
d実施例
「【0039】例
例1
プラバスタチンの精製
培養液(100L)を硫酸の添加によって約2.5∼約5.0に酸性
化した。酸性化した培養液を酢酸i−ブチル(3×50L)で抽出し
た。(略)一緒にした酢酸i−ブチル層を,続いて濃水酸化アンモニ
ウムの添加によって約pH7.5∼約pH11.0となった水(35
L)を用いて抽出した。生じたプラバスタチン水溶液は,続いて5M
硫酸の添加によって約2.0∼約4.0のpHに再酸性化され,そし
て酢酸i−ブチル(8L)で逆抽出された。生じたプラバスタチンの
酢酸i−ブチル溶液は,パーライト及びNaSO上で部分的に乾燥24
された。プラバスタチン溶液をデカンテーションし,そして次に乾燥
剤から濾過され,そして活性炭(1.7g)で脱色された。溶液を続
いて濾過し,活性炭を除いてガス注入口を備えたフラスコに移した。
【0040】アンモニアガスを,素速く撹拌した前記溶液の上のヘッ
ドスペースに導入した。プラバスタチンの炭酸アンモニウム塩の沈澱
した結晶を濾過によって回収し,そして酢酸i−ブチル,次にアセト
ンで洗浄し,それにより,λ=238nmで測定するUV吸光度計を備
えたHPLCによって決定した場合,約94%の純度のプラバスタチ
ンアンモニウム塩が生成された。」
「【0049】
例5
例1の手順に従い,培養液(100L)を硫酸の添加によって約2.
5∼約5.0のpHに酸性化した。酸性化した培養液を酢酸i−ブチ
ル(3×50L)で抽出した。一緒にした酢酸i−ブチル層を,濃水
酸化アンモニウムの添加によって約pH7.5∼約pH11.0のp
Hに塩基性化した水(35L)で抽出した。
【0050】水性抽出物を再び酸性化し,そして例1で行った様に更
に濃縮された溶液を得るために酢酸i−ブチルで抽出する代わりに,
水性の抽出物を減圧下で140g/Lに濃縮した。生じた濃縮溶液は,
続いて1MHClの添加によって約pH4.0∼約pH7.5のp
Hに酸性化された。
【0051】塩化アンモニウムの結晶(405g)を続いて濃縮溶液
に加え,そしてプラバスタチンアンモニウム塩が周囲温度で放置され
て結晶化した。結晶は続いて濾過によって単離され,そして塩化アン
モニウムの飽和溶液を用いて洗浄された。続いて結晶を40℃の水
(1L)に加えた。溶解後,温度を30℃に下げ,そして塩化アンモ
ニウム(330g)を溶液に加えた。続いてこの溶液を周囲温度で1
5時間撹拌し,そしてプラバスタチンアンモニウム塩の結晶を濾過に
よって回収し,そして酢酸i−ブチル,その後アセトンで洗浄し,そ
して乾燥した。生じた結晶は,続いてナトリウム塩に置き換えられる
再結晶化によって更に精製され,そして例1に記載の様に単離された。
プラバスタチンナトリウムは,約99.9%の純度及び67.7%の
収率で得られた。」
(イ)原告製法が,「プラバスタチンの濃縮有機溶液」からプラバスタチ
ンアンモニウム塩を沈殿させていることについて
原告工程a)及びb)の記載並びに本件明細書の記載からすれば,本
件発明1においては,原告工程b)は,原告工程a)において形成した
濃縮有機溶液中のプラバスタチンを,アンモニア又はアミンを用いてア
ンモニウム塩化して,沈殿させるものと認められる。これは,アンモニ
ウム塩は,水に溶解しやすく,有機溶液には溶解しにくいという性質を
利用して,濃縮有機溶液中のプラバスタチンをアンモニウム塩として沈
殿させるものであると解される。
そうすると,原告工程a)の有機溶液が水を含むものであるとすれば,
プラバスタチンのアンモニウム塩が沈殿しにくくなることは明らかであ
り,技術的にみて,あえて「有機溶液」が水を含むものであると解する
のは,妥当でない。
したがって,プラバスタチンアンモニウム塩を沈殿させる「有機溶
液」,すなわち,原告工程a)の「濃縮有機溶液」は,水を含まない有
機溶液であると解するのが,合理的である。
(ウ)また,「有機溶液」と記載されている場合,当業者は,水を含まな
いものと理解するのが通常と考えられ,本件明細書にも,本件発明1に
いう「濃縮有機溶液」が水を含むものであってもよいとの記載もない。
かえって,本件明細書には,前記のとおり,原告工程a)の「濃縮有
機溶液」の形成方法について,プラバスタチンの培養液を酸性化し,プ
ラバスタチンの有機溶液への抽出,塩基性水溶液への逆抽出,有機溶液
への再抽出といった,一連の抽出,逆抽出,再抽出を行うことよるもの
しか記載されていない。そして,原告製法における「抽出」は,酸であ
るプラバスタチンが水よりも有機溶液に溶解しやすいという性質を利用
して行われていると解されるから,このような過程を経て形成される
「濃縮有機溶液」が水を含むものであることは,原告製法において予定
されていないと解される。
(エ)以上のことからすれば,原告工程a)にいう「プラバスタチンの濃
縮有機溶液」とは,水を含まないものと解するのが,相当である。
(オ)なお,原告は,本件明細書の例5においては,水性の抽出物を減圧
下で濃縮して形成した濃縮溶液に塩化アンモニウムを加えることによっ
て,塩析していると主張する。
しかしながら,例5は,100Lの培養液を3×50L(150L)
の酢酸i−ブチルで抽出していることからすると,抽出後の酢酸i−ブ
チル溶液は,プラバスタチンの「濃縮」有機溶液には該当しないと認め
られる。
また,例5では,この酢酸i−ブチル溶液から,塩基性化した水で抽
出して,この水性の抽出物(プラバスタチンを抽出した塩基性化した
水)を減圧下で濃縮した上で,酸性化していることからすれば,濃縮さ
れる「水性の抽出物」は,有機溶媒を含まないものであって,濃縮「有
機溶液」には該当しないと認められる。
したがって,例5は,その工程において,「プラバスタチンの濃縮有
機溶液」を形成していないことから,これを形成することを原告工程
a)として含む本件発明1の実施例ではないと認められる。
そして,このような例5をもって,原告工程a)にいう「濃縮有機溶
液」には,水を含むものも含まれると解することはできない。
イ認定被告製法において「プラバスタチンの濃縮有機溶液」が形成されて
いるか。
(ア)a認定被告工程(え)の「●(省略)●プラバスタチンを●(省略)●で
溶出」したものが「プラバスタチンの濃縮有機溶液」に該当するか。
前記⑴イのとおり,認定被告工程(え)において,●(省略)●プラバ
スタチンを溶出するのは,●(省略)●であるから,これによって溶出
された溶液は,水を含むものと認められる。
したがって,●(省略)●で溶出した溶液は,前記のとおり水を含ま
ない有機溶液であると解される原告工程a)の「プラバスタチンの濃
縮有機溶液」には,該当しないと認められる。
b認定被告工程(お)の2の●(省略)●したものが「プラバスタチンの
濃縮有機溶液」に該当するか。
前記(1)イのとおり,認定被告工程(お)の2は,プラバスタチンの●
(省略)●を●(省略)●溶解し,●(省略)●したものに,●(省略)●し
ていることから,●(省略)●溶液は,水を含むものと認められる。
したがって,●(省略)●溶液は,前記のとおり水を含まない有機溶
液と解される原告工程a)の「プラバスタチンの濃縮有機溶液」には,
該当しないと認められる。
cそして,本件各証拠に照らしても,認定被告製法において,「プラ
バスタチンの濃縮有機溶液」を形成する工程があるとは認められない。
d以上のことからすれば,認定被告製法においては,原告工程a)の
「プラバスタチンの濃縮有機溶液」を形成する工程がないと認められ
る。
(イ)原告は,本件各発明について,特許法104条が適用又は準用され,
被告製品は,原告製法により生産されたものと推定されると主張する。
しかしながら,本件各発明は,製造方法の限定が付されたものであっ
ても,物の発明であるから,特許法104条が適用されることはない。
また,同条を準用するという明文の規定もないから,本件各発明につい
て,同条が準用されることもない。
仮に,原告の主張する「準用」が,本件のような製造方法の記載がさ
れた物の発明については,特許法104条が類推適用される趣旨であっ
たとしても,前記(ア)のとおり,認定被告製法においては,原告工程
a)の「プラバスタチンの濃縮有機溶液」を形成する工程がないと認め
られ,被告製品は,原告製法と同一の製造方法により生産されたもので
はないと認められるから,その余の要件について検討するまでもなく,
同条による推定が働く余地はない。
ウ小括
以上のことから,被告製品は,原告工程a)を充足するとは認められな
いから,その余の点を判断するまでもなく,被告製品は,本件発明1の技
術的範囲に属するとは認められない。
エその他の原告の主張について
原告は,被告による被告製法の開示が不十分であると主張する。
しかしながら,被告による被告製法の開示は,その製造過程のすべてを
具体的に開示するものではないものの,前記⑴のとおり,被告は相当程度
に製造過程を開示するものであり,しかも,前記イで認定したとおり,被
告が開示した製造過程から認められる認定被告製法は,少なくとも原告工
程a)を充足しないと認められ,被告が具体的に開示しない製造過程の部
分に,原告工程a)を充足する製造過程が存在することを示唆又は推測さ
せるような客観的証拠もない。したがって,被告がその製造方法のすべて
を具体的に開示していないとしても,前記判示が左右されるものではない。
(3)本件発明2ないし9について
前記争いのない事実等に記載のとおり,本件発明2ないし9は,いずれも
本件発明1を直接又は間接に引用するものであるところ,被告製品が,本件
発明1の技術的範囲に属するとは認められない以上,本件発明2ないし9の
技術的範囲にも属するとは認められない。
3結論
よって,その余の点を判断するまでもなく,原告の請求は,いずれも理由が
ないから,これらを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官清水節
裁判官坂本三郎
裁判官岩崎慎
(別紙)
当事者目録
ハンガリー国<以下略>
原告テバジョジセルジャールザートケルエン
ムケドレースベニュタールシャシャーグ
同訴訟代理人弁護士上谷清
同永井紀昭
同訴訟復代理人弁理士中島勝
同訴訟代理人弁護士仁田陸郎
同萩尾保繁
同笹本摂
同山口健司
同薄葉健司
同石神恒太郎
同訴訟代理人弁理士福本積
同補佐人弁理士石田敬
東京都千代田区<以下略>
被告協和発酵キリン株式会社
同訴訟代理人弁護士吉澤敬夫
同三村量一
同補佐人弁理士高柳昌生
同廣田雅紀
同杉村純子

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