弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
本件請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実
第一、請求の趣旨
被告が昭和四八年二月二〇日原告に対してなした松本市市民会館使用許可取消処分
を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。
第二、請求の原因
一、原告は被告より昭和四八年二月一五日、松本市市民会館を同年五月五日に使用
する旨の許可を得た。
二、しかるに被告は同年二月二〇日、右使用許可を取り消す旨の処分をした。
三、右取消処分は違法であるから、原告はその取消しを求めるため本訴に及んだ。
第三、本案前の答弁
原告は市民会館の利用に関する被告の処分について取消しを求めているが、地方自
治法第二四四条の四および同法第二五六条の規定に基づきまず県知事に対する審査
請求を行ない、これに対する決定を経た後でなければ訴えを提起することができな
い。しかるに、原告は右審査請求をしていないから、本訴提起は不適法である。
第四、本案前の答弁に対する原告の反論
原告が被告主張の審査請求をしないで直接本訴を提起したことは認める。しかしな
がら審査請求に対する決定は相当の日時を要するところ、これを待つていたのでは
本件事案の性質上時期を失してしまうので、本件取消処分の執行により生ずる著し
い損害を避けるため緊急の必要あるときに該当する。
第五、請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第六、請求の原因に対する答弁
請求の原因一、二の事実を認める。
第七、抗弁
一、松本市市民会館は松本市市民会館条例(昭和三四年一〇月一二日松本市条例第
一一号)により市民の福祉増進と文化の向上を図ることを目的として設置されたも
のであつて、同会館の使用については右条例第三条により市長の許可が必要とさ
れ、市長は「公益又は公安を害し、風俗を乱す虞があると認められるとき」その他
一定の事由があるときは同条例第四条により右許可をすることができず、また右事
由があるときは同条例第五条により一旦なした許可を取り消すことができるものと
されている。
二、原告による本件市民会館使用の目的はA他一行六〇名の歌謡シヨーであつて、
右一行の内にはAの実弟Bが含まれている。
三、ところで、新聞、週刊誌、テレビ等の報道によると、右Bは過去に暴力団に関
係し、刑事事件を起しており、また現在も組織暴力団に関係を持つているといわ
れ、昭和四八年三月五日には賭博開帳図利容疑で逮浦されており、Bが出演する興
行を許可することは、暴力団を利することになるばかりでなく、組織暴力追放の世
論に反することになる。
四、したがつて、被告は本件市民会館の使用は前記条例第四条にいわゆる「公安を
害する虞があると認められるとき」に該当するとの判断のもとに前記使用許可を取
り消す旨の処分をしたものであつて、右処分に何らの違法はない。
第八、抗弁に対する答弁および主張
抗弁一、二の各事実を認める。同三の事実を否認する。
Bはいわゆる暴力団に関係はなく、また、一タレントとして舞台で歌うものである
以上、それによつて公安を害するということは考えられない。
第九、証拠(省略)
○ 理由
一、(本案前の答弁についての判断)原告が本訴を提起するに先立つて地方自治法
第二四四条の四に規定する県知事に対する審査請求をしていないことは当事者間に
争いがないので、これを認めることができる。しかし本訴は今年五月五日の使用許
可に関するものであり、審査請求を経た場合に相当の日時を要する結果、右期日を
徒過するおそれは多分に認められるので、本訴提起は本件取消処分の執行により著
しい損害を避けるため緊急の必要あるときに該当するものとして適法である。そこ
ですゝんで請求の当否について判断する。
二、原告が被告より昭和四八年二月一五日に、松本市市民会館を同年五月五日に使
用することの許可を得たこと、その後被告は同月二〇日に右許可を取り消す旨の処
分をしたこと、松本市市民会館は松本市市民会館条例(昭和三四年一〇月三日松本
市条例第一一号)により市民の福祉増進と文化の向上を図ることを目的として設置
されたもので、あつて、同会館の使用については右条例第三条により市長の許可が
必要とされ、市長は「公益又は公安を害し、風俗を乱す虞があると認められると
き」その他一定の事由があるときは同条例第四条により右許可をすることができ
ず、また、右事由があるときは同条例第五条により一旦なした許可を取り消すこと
ができるものとされていること、原告による本件市民会館使用の目的はA他一行六
〇名の歌謡シヨーであつて、右一行の内にはAの実弟Bが含まれていることはいず
れも当事者間に争いがない。
三、(1)証人Cの証言、原告本人尋問の結果によれば、原告はEプロダクシヨン
から本件Aの歌謡シヨーの興行権を三五〇万円で買い取つたものであり、Bに対す
る出演料もその内に含まれていることが認められ、右認定に反する証拠はない。
(2)証人Dの証言(第一回)により真正に成立したと認める乙第九号証の二四、
証人Cの証言、原告本人尋問の結果によればBは本件歌謡シヨーにおいてAに次ぐ
主たる出演者であると認められ、右認定に反する証拠はない。(3)成立に争いの
ない乙第一七号証、証人Dの証言(第一回)により真正に成立したと認める乙第九
号証の二〇、二一によればF組は広域暴力団G組系の組織で数十人の構成員を擁
し、土建業などを行なう一方で組長はじめその構成員によつて賭博、傷害、恐喝等
の犯罪がくりかえされていることが認められ、右認定に反する証拠はない。(4)
成立に争いのない乙第一二号証、同第一四号証、証人Dの証言1(第一回)により
真正に成立したと認める乙第九号証の一三、同号証の二〇によれば、Bは昭和三〇
年代からF組と接触を持ち、昭和四六年、四七年当時にはF組の幹部である舎弟頭
の肩書を用いてG組関係者の葬儀委員をつとめるなどしていることが認められ、右
認定に反する甲第四号証は信用性にとぼしく、他に右認定を覆えすに足る証拠はな
い。
四、ところで、被告は本件市民会館の使用は前記条例にいわゆる「公安を害する虞
があると認められるとき」に該当すると主張するのであるが、公安を害するとは社
会の人々の生命・身体・財産の安全が損われることであつて、前記条例においては
市民会館の使用によつてこれら法益に対する侵害行為が惹起される場合に限られ
ず、そのような侵害行為をなすことが明らかな組織に利益を与えることによつて右
侵害行為を助長させる場合も含むと解される。もとより市民会館のような公の施設
の設置運営は国民あるいは市民に対し会場設備等の役務の提供を目的とするもので
あるから、右目的の範囲を越えて公共団体が個人や各種団体の社会的活動に介入す
ることがあつてはならないことはいうまでもなく、その意味で前記のような侵害行
為をなすことが明らかな組織であるとの判断は厳格になされるべきであるが、本件
におけるF組についてみるに、前記認定の事実よりすれば、ある程度の経済事業を
行ないつつも常習的集団的に他人の生命身体財産に対する侵害行為をなすことによ
つて利益を得ることの多い組織であつて、社会的に正当な目的を有する組織がその
活動を遂行するうえで付随的派生的に右のような侵害行為を惹起する場合とは本質
的に異なるものと認められるのであるから、これをもつて、他人の生命身体財産に
対する侵害行為をなすことが明らかな組織であるというを妨げない。
次に本件市民会館の使用が右F組に利益を与え、もしくはそのおそれがあると認め
られるか否かについて検討するに、前記認定にかかるF組におけるBの地位、役
割、本件催物における同人の地位、役割および本件催物の財政的規模等を総合すれ
ば、単にF組の末端組織員が目立たない形で催物に参加するというにすぎない場合
と異なり、Bが本件催物に出演することによつて同人が受ける利益がF組の経済的
基盤を強めると共に名を博めることによつて同組織の維持発展に寄与する可能性は
充分に考えられる。したがつて、本件使用により公安を害するおそれについてはこ
れを肯定することができるので、本件許可取消処分は適法である。
原告はBについて暴力団との関係を否定するが、これを肯定すべきものであること
は前記認定のとおりであり、また一タレントとして舞台で歌うものである以上それ
によつて公安を害するということは考えられない旨主張するが、公安を害するとい
うことの意義はさきに説明したとおりであつて、本件における具体的諸事情のもと
でそのおそれがあることは前記認定のとおりである。したがつて、原告の主張は採
用できない。
五、以上のように原告の本訴請求は理由がないから棄却し、訴訟費用については民
事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 野本三千雄 平湯真人 田村洋三)

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