弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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○ 主文
原判決を取消す。
控訴人の本件訴を却下する。
訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。
○ 事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。控訴人の輸入申告にかかる書籍「サン・ワーム
ド・ヌード」三九二冊につき、被控訴人が昭和四四年五月三一日関税定率法第二一
条第三項によつてなした通知処分は取消す。控訴人が右通知処分に対し同法第二一
条第四項によつてなした異議申出につき被控訴人が昭和四四年八月二五日同条項に
基づきなした異議申出棄却の決定は取消す。訴訟費用は第て二審とも被控訴人の負
担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上および法律上の主張並びに証拠の関係は、控訴代理人におい
て、日本件書籍は、陸揚げされて保税倉庫(神奈川県横浜市中区<以下略>および
<以下略>所在の東邦港運株式会社保税上屋)に蔵置中である。(二)本件書籍に
ついて被控訴人がした関税定率法第二一条第三項の規定による通知および同条第五
項の規定によつてした異議申出棄却決定は、憲法第二一条第二項によつて禁止され
ている検閲の結果による被控訴人の認定に基くものであるから、憲法の右条項に違
反し、取消を免れないものである。(三)本件書籍は、関税定率法第二一条第一項
第三号の書籍に該当するものではないにもかかわらず、被控訴人はこれに該当する
ものとしてなした前記通知および異議申出棄却決定は違法であるから、取消される
べきものである。四控訴人は関税定率法第二一条の規定が憲法に違反すると主張す
るものではない、と述べ、被控訴代理人は、本件書籍が控訴人主張のとおり保税倉
庫に蔵置中であることは認める、と述べたほかは、原判決事実摘示と同一である。
○ 理由
控訴人の本訴請求は、控訴人の輸入申告にかかる本件書籍につき被控訴人が昭和四
四年五月三一日にした関税定率法第二一条第三項の規定による通知および右通知に
対する控訴人の同条第四項の規定による異議の申出に対し被控訴人が同年八月二五
日にした異議申出棄却の決定の各取消を求めるものであるが、当裁判所は、右申立
にかかる被控訴人税関長のした通知および異議申出棄却の決定はいずれも抗告訴訟
の対象たるべき処分には該当しないと判断するものであつて、その理由は以下に説
明するとおりである。
(一) 関税定率法第二一条第一項は、社会公共の利益を確保するため輸入を禁止
することを相当とする貨物を決定したものであつて、同条項に規定する輸入禁制品
に該当する貨物は、例外の場合を除き(同項第一号但書参照)、輸入の不許可、輸
入禁止等の行政庁の特別の処分を要せず、法律上当然に輸入をすることができない
ものである。従つて、輸入禁制品に該当する貨物について輸入申告があつた場合に
は、税関長はその輸入を許可することができないことは勿論のこと、輸入の禁止又
は不許可の処分をする必要もなく、また、その権限もないものと解すべきである。
即ち、輸入禁制品に該当する貨物については、税関長による輸入の禁止又は不許可
等の処分を俟つてはじめて輸入禁止の効果が生ずるものではなく、また、税関長の
このような処分のあることが、関税法第一〇九条に定める罪の成立の要件ともされ
ていないのである。
(二) 関税法第六七条の規定によれば、貨物を輸入しようとする者は、税関長に
所定の事項を申告し、輸入しようとする貨物についての必要な検査を経て、輸入の
許可を受けなければならないこととされているが、右検査は、税額の確定および他
の法令の規定による輸入の許可、承認等の有無または他の法令の規定による検査の
完了もしくは条件の具備の有無の確認のために、輸入されようとするすべての貨物
につき一様に実施されるものである。されば、税関長が輸入されようとする貨物の
なかに関税定率法第二一条第一項第三号に該当する物件があることを覚知したとし
ても、それは、税関長が関税法の右の規定により実施を義務づけられている上記検
査の過程においてたまたま右該当の貨物のあることを知つたに止まるのであつて、
刑事訴訟法第二三九条第二項に定める公務員が「その職務を行うことにより犯罪が
あると思料するとき」の一場合に外ならず、関税定率法第二一条第一項第三号の規
定を目して書籍、図画等のいわゆる表現物について税関長に憲法第二一条第二項に
いう「検閲」の権限を与え、表現の自由に対して事前の抑制を加えることを可能な
らしめるものとすることができないことはもとより、関税法の上記規定による輸入
貨物の検査を目して「検閲」と解することはできないものといわなければならな
い。被控訴人のした本件通知および異議申出棄却の決定が憲法の禁止する「検閲」
の結果によるとして、その憲法違反を主張する控訴人の主張の採用し得ざることは
明かである。
(三) 関税法第六七条の規定による上記検査の過程において、税関長が輸入申告
にかかる書籍、図画等が関税定率法第二一条第一項第三号に該当することを知つた
ときは、同条第三項の規定により、税関長は、当該貨物を輸入しようとする者に対
し、その旨を通知しなければならないこととされている。本来ならば、右の書籍、
図画等は関税法第一〇九条の罪の組成物件に該るのであつて、税関長としては告発
の手続を取るべき筋合であるが、右法律の規定は、税関長をして直ちに告発の手続
を取らせることなく、まず当該書籍図画等を輸入しようとする者に対し、右の通知
の措置を取らせることとしているのである。その趣旨とするところは、当該書籍、
図画等を輸入しようとする者に対し、これが関税定率法第二一条第一項第一二号に
定める輸入禁制品に該当するものであることを了知せしめて、その注意を促し、こ
れを輸入するかどうかについて再考慮の機会を与え、これを輸入することによつて
後日被ることあるべき処罰の危険を未然に防止せんとするものである。従つて税関
長が上記規定によつてする右の通知は、当該書籍、図画等が同条第一項第三号所定
の輸入禁制品に該当すると認めるにつき相当の理由があるとの税関長の判断の結果
を通知するもの、すなわち単なる観念の通知たるに止まり、当該書籍、図画等が輸
入禁制品に該当することを確定し、または当該書籍、図画等について輸入の禁止も
しくは不許可の効果を生、せしめるものではなく、これによつて当該書籍、図画等
を輸入しようとする者の権利、義務には何らの影響をおよぼすものではないのであ
る。このことは、税関長の右の通知について不服のある者からなされる同条第四項
の規定による異議の申出に対し、税関長が同条第五項の規定によつてする決定およ
びその通知についても言い得ることである。即ち、書籍、図画等は、思想表現の手
段であるどころから、税関長の判断に過誤なきを期するため、税関長からの上記通
知を受けた者が右通知によつて示された税関長の判断に不服があるときは、税関長
の再度の考案を促すために異議の申出をすることができることとして自己の意見を
表明する機会を与え(同条第四項)、また、税関長は、右異議の申出があつたとき
は、輸入映画等審議会に諮問し、同審議会の意見を聞いた上で右異議の申出を容れ
てさきにした通知にかかる自己の判断を改めるか、または右判断をなお正当として
維持すべきものとして異議の申出を郤けるかどうかの結論を異議の申出をした者に
通知することとしているのである(同条第五項)。従つて異議の申出に対する「決
定」という用語が用いられているにかかわらず、税関長の右決定は、さきにした通
知にかかる自己の判断を維持すべきものとするかどうかの判断たるに止まり、なに
らの法律上の効果を生ぜしめるものではなく、また、右決定の通知も、右判断の結
果の通知、即ち単なる観念の通知たるに止まり、いずれも抗告訴訟の対象たるべき
処分とはいうことができないものといわなければならない。なお、異議の申出をし
た者が、税関長の右再度の考案の結果による異議申出棄却の決定にもかかわらず、
当該書籍、図画等の輸入の意思を飜さないときは、税関長は、関税法第一三八条な
いし第一四〇条の規定によつて告知および告発の措置を取るべきものとされている
のであるが、当該書籍、図画等が関税定率法第二一条第一項第三号の輸入禁制品に
該当するかどうかは、右告発に基いて行われる刑事の裁判手続において確定される
のである。この点から見ても、税関長の同法第二一条第三項の規定による通知およ
び同条第五項の規定による異議申出棄却の決定もしくはその通知が輸入禁止または
輸入不許可の効果を伴う行政庁の処分に該らないことは明かというべきである。
以上の説明によつて明かなように、控訴人が本訴において取消を請求する被控訴人
税関長のした本件通知および本件異議申出棄却の決定は、いずれも憲法第二一条第
二項の規定によつて禁止される検閲の結果によるものとは言うことができないのみ
ならず、そもそも抗告訴訟の対象たるべき行政庁の処分に該当せず、従つて本訴
は、爾余の争点について判断するまでもなく、不適法として却下すべきものであ
る。
よつて、右と結論を異にする原判決は失当であるから、民事訴訟法第三八六条の規
定によつて原判決を取消すべく、訴訟費用の負担につき同法第九六条および第八九
条の規定を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 平賀健太 田中良二 安達昌彦)

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