弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中220日をその刑に算入する。
奈良地方検察庁で保管中のなた1本(令和2年領第364号符号20
9-1)を没収する。
理由
(犯行に至る経緯)
被告人は,遅くとも令和元年11月22日までに,誰でもよいから人を殺害しよ
う,同月24日に実行しようと考え,遅くとも同日以前には,その方法として,な
たを首にたたき付けようと考えた。被告人は,同日午前,犯行の準備及び犯行後の
逃走のための資金を口座から出金し,同日夕刻以降,なた,給油ポンプ,刺身包丁,
手袋,マスク及びリュックサックを購入したが,その過程で,殺害する相手は自分
と身長の似た通行人の男性とすること,殺害した後はその死体を奈良県橿原市(以
下略)所在の集合住宅「B」C号室の当時の被告人方(以下単に「被告人方」とい
う。)に運び込んだ上で被告人方に放火し,その死体が被告人のものと誤解され,
被告人が死亡したと扱われることを期待するという犯行の計画を固めた。被告人は,
一旦被告人方に戻り,準備を整えた上で,同日午後9時30分頃,被告人所有の自
動車で被告人方を出発し,小学生の頃まで住んでおり土地鑑のあった奈良県桜井市
内の公園に向かい,同日午後9時48分頃,同公園付近に自動車を止め,マスクを
着用し,なたを抜き身で上着の袖の中に隠し持ち,手袋を持って自動車を降り,周
辺で殺害する相手を探していたところ,A(以下「被害者」という。)が歩いている
のを発見し,その背格好が自身とさほど変わらなかったことから,被害者を殺害し
ようと決意した。
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1令和元年11月24日午後10時27分頃から同日午後10時37分頃まで
の間に,奈良県桜井市(以下略)路上において,同所を徒歩で通行中の被害者
(当時28歳)に対し,殺意をもって,被害者の背後からその首付近を手に持
ったなた(刃体の長さ約18.7cm。奈良地方検察庁令和2年領第364号符
号209-1)で数回にわたりたたき付け,後頸部に損傷を負わせた上,同日
午後10時41分頃から同日午後10時46分頃までの間に,被害者を自動車
の荷台に乗せ,その頃から同日午後11時8分頃までの間に,被害者を同自動
車で前記集合住宅北側駐車場に連行し,その頃から同月25日午前4時21分
頃までの間に,被害者を同自動車の荷台から被告人方南側和室に運び込み,そ
の頃,被害者が身動きしない状態であったことなどから,被害者が既に死亡し
たと誤信し,被害者の死体もろともDら16名が現に住居として使用し,かつ,
同人ら15名が現にいる前記集合住宅を焼損しようと考え,いまだ生存してい
た被害者の身体上にトイレットペーパーを置くなどした上,同トイレットペー
パーに火を放ち,その火を前記被告人方及び前記集合住宅(軽量鉄骨造亜鉛メ
ッキ鋼板葺2階建,床面積合計約585㎡)E号室の柱,壁及び天井等に燃え
移らせてこれらを焼損するとともに(焼損面積合計約104.62㎡),その
頃,同所において,被害者を火焔暴露による空気遮断・熱性ショックに基づく
窒息により死亡させて殺害し,
第2業務その他正当な理由による場合でないのに,同月24日午後10時27分
頃から同日午後10時37分頃までの間に,前記路上において,前記なた1本
を携帯し,
第3判示第1の犯行において,被害者になたをたたき付けた後,被害者を被告人
方に運び込む過程で,被害者所有の携帯電話機1台を発見したことから,逃走
後これを使用したいと考え,また,同電話機がロックされていたところ,被害
者管理の運転免許証がロックの解除の手掛かりになると考えたことから,同電
話機及び同免許証を持ち去ろうと考え,同月25日午前4時21分頃,被告人
方において,同電話機1台及び同免許証1通を同所から持ち去り盗み取った。
(事実認定に関する補足説明)
第1争点等
本件において,被害者が,令和元年(以下特に断らない限り,年は令和元年であ
る。)11月24日午後10時27分以降,判示第1の路上(以下「第1現場」とい
う。)において,後頸部の肉片が脱落し,多量の出血を伴う加害行為を受けたこと(以
下,この加害行為を「第1行為」という。),その後,被害者が何らかの手段により
被告人方(以下「第2現場」という。)に移動し,同月25日午前4時21分までに
起きた第2現場の火災によって死亡したことは,当事者間に争いがなく,関係各証
拠から明らかである。また,同火災において,火元が被害者の死体が発見された南
側和室と考えられ,同所には失火等による出火の原因が考えられないことからすれ
ば,同火災が放火によること(以下,この放火行為を「第2行為」という。)もまた
証拠上明らかである。
もっとも,弁護人は,①被告人が本件各犯行の犯人であることには合理的な疑い
があるとして無罪を主張し,②仮に被告人が本件各犯行の犯人であるとしても,判
示第1のうち殺人の事実については,第1行為と被害者の死亡との間に因果関係が
なく,殺人未遂罪が成立するにとどまると主張する。当裁判所は,被告人が本件各
犯行の犯人であり,また,第1行為と被害者の死亡との間には因果関係が認められ
るので,判示第1につき被告人には殺人既遂罪が成立すると判断し,判示各事実を
認定したので,以下,その理由を補足して説明する。
第2被告人が本件各犯行の犯人であることについて
1判示第1の事実(殺人,現住建造物等放火)について
⑴まず,被告人の捜査段階における自白調書以外の関係証拠やそれらから認定
される間接事実から,被告人が判示第1の事件の犯人であると認められるかを検討
すると,関係証拠により以下の事実が認められる。
ア被告人は第1行為前に凶器のなたを購入し,また,本件事件後もこれを所持
しており,従って第1行為の際にもこれを所持していたと強く推認されること
被告人は,事件後の12月15日午前6時40分頃,奈良県橿原警察署になた(以
下「本件なた」という。)を持って出頭したが(甲98),その刃体部分には被害者
の血痕が付着していたことに加え(甲11,65),F医師(以下単に「F医師」と
いう。)の証言によれば,第1現場に遺留されていた被害者のうなじの部分の肉片
(甲91)は,その創縁が表皮剥奪を伴わないきれいなものであることやその断面
が精鋭であることから,鋭利な刃物によって切り取られたと考えられ,その刃物が
本件なたと考えても矛盾しないと認められることからすれば,本件なたは第1行為
の凶器の少なくとも一つと認められる。
他方,被告人は,11月24日午後6時50分頃,奈良県橿原市内において,な
たを1本購入しているが(甲94),このなたと本件なたとは,形状が同一であるほ
か,共に柄の部分に「竜王斉」の文字が表示されている点で特徴が一致しているこ
と,同一人物が同一形状で特徴が類似したなたを複数所持することは通常考え難い
ことからすれば,同一の物であることが強く推認される。
このように,被告人は,第1行為の前と事件後の双方において凶器である本件な
たを所持していたと強く推認されるのであるから,第1行為の際も本件なたを所持
していたこと,すなわち第1行為の犯人であることが強く推認される。
イ被害者は,被告人が所有し使用する自動車(以下「G」という。)で第1現場
から第2現場に移動したと認められ,また,第1行為を行った犯人はGで第1現場
付近に来た者であると強く推認されること。さらに,このときGを利用していた者
は被告人であると推認されること
被害者は第1現場で第1行為の被害を受けた後,第2現場に移動しているところ,
事件後に第2現場北側駐車場に駐車されていたGの後部荷台のブルーシート及び助
手席足元に落ちていたマスクに被害者の血液が付着していたこと(甲11,15,
18,93),Gは11月24日午後9時46分頃から同日午後10時40分頃まで
の間,第1現場付近にあり,その後移動して同日午後11時8分頃に第2現場付近
に到着していることからすれば(甲95),被害者は,第1行為の被害を受けた後G
により第2現場に移動したと認められ,また,第1行為の犯人は,Gを利用して第
1現場付近に来た者であることが推認される。
また,Gは被告人が所有し日頃使用する車両であること,Gは11月24日午後
9時30分頃に被告人方である第2現場付近を出発し,同日午後11時8分頃に再
び第2現場付近に戻り,その後移動した記録のないまま事件後に第2現場北側駐車
場で発見されていること(甲93,94)からすると,このときGを利用していた
者は被告人であることが強く推認される。
このことは,第1現場で第1行為に及び,その後被害者を第1現場から第2現場
へ移動させた者が被告人であることを強く推認させる。
ウ第2現場は当時被告人が単身居住していた場所であること
この事実は証拠上明らかであるところ,第1行為の被害を受けた被害者がその犯
人と無関係な場所に連れて行かれることは考え難いから,第1行為を行い,その後
被害者を第2現場に連れて行き,第2行為を行った犯人が被告人であることを強く
推認させる。
エ被告人が本件事件後遠方に逃亡し,また,第1行為前には長期の旅行を可能
とするような準備をしていたこと
被告人は,11月25日午前6時15分頃,第2現場から数km離れた駅から電車
に乗り,その約3週間後に警察署に出頭するまで,福岡県等に逃亡している(甲9
8)。また,被告人は,第1行為前の同月24日午前に口座から現金25万円を引き
出し,同日夕刻以降にはリュックサックを購入しており(甲94),これは,被告人
があらかじめ長期の旅行を可能とするような準備をしたものといえ,逃走の準備と
考えても矛盾しないが,被告人がこのような逃走とその準備とみられる行為をした
ことは,被告人が判示第1の犯行の犯人であることを推認させる。
オ被告人は判示第1の事件の5日後に被害者管理の運転免許証(以下「本件免
許証」という。)を所持していたこと
被告人は,11月30日に福岡県内のインターネットカフェにおいて,本件免許
証を使用しているが(甲98),運転免許証は通常売買等により流通するものではな
いことに照らすと,被告人がこれを盗んだことが推認される。そして,運転免許証
は通常常時携帯するものであることに照らせば,被害者が判示第1の事件とは別の
機会にこれを盗まれたとも考えにくく,判示第1の犯行の犯人が被告人であること
も推認される。
カ被告人が本件なたや本件免許証を所持して警察署に出頭し,判示第1の犯行
の自供書を作成したこと
この事実は証拠上明らかであるところ(甲98),被告人が判示第1の犯行の犯人
であることを強く推認させる。
キこのほか,第1現場付近の防犯カメラ映像に写っている,11月24日午後
10時21分から27分にかけて被害者を追従し,徐々に被害者との距離を詰めて
いる人物は(甲95),第1行為の犯人であると認められるところ,この人物の靴が
同日夕刻に被告人が履いていた靴の特徴と類似していること(甲96)からすれば,
この人物すなわち第1行為の犯人が被告人であるとしても矛盾はない。
⑵以上認定の各事実を総合すれば,被告人が判示第1の犯行の犯人であると認
定することができるというべきである。
すなわち,これらの事実がありながら,仮に被告人が犯人ではないとすると,犯
人は,被告人が同日夕刻に履いていた靴と類似した靴を履いた人物であって,被告
人が購入した本件なたを,その購入後数時間以内に入手した上で,被告人が所有し
日頃使用するGを何らかの理由で使用することができたことから,被告人方である
第2現場付近の駐車場からこれに乗って第1現場に行って第1行為に及び,被害者
をGに乗せて戻り,第2現場を何らかの理由で使用することができたことから,被
害者を第2現場に運び込み,第2行為に及んだことになる。他方,被告人は,その
後,何らかの方法で犯人から本件なたを取得し,また,本件免許証を,犯人から取
得したか判示第1の犯行とは別の機会に入手したことになる上,判示第1の犯行の
犯人ではなく,むしろ自宅に放火された被害者であるのに,第1行為の前から長期
の旅行を可能とするような準備をし,第2行為の後間もなく逃走して,約3週間後
に本件なた及び本件免許証を持って警察署に出頭し,自供書を作成したことになる。
しかし,このようなことが起こった可能性があるとは到底考えられない。特に,
このようなことがあったとすれば,被告人と犯人の間には何らかの接触や連絡が必
要であるが,その形跡はないし,また,犯人は被告人の行動を強く支配していたこ
とになるが,そのような人物の存在をうかがわせる事情は見当たらない。
そうすると,前記⑴認定の各事実だけでも,被告人が判示第1の犯行の犯人であ
ると認定することができる。
なお,弁護人は,被告人には犯行の動機がないことや,被告人には暴力的傾向が
全くないことを,被告人が犯人でないことをうかがわせる事情として主張する。
確かに,被告人に人の殺害に及ぶ具体的で明確な動機は見当たらないし,近年の
被告人には暴力的傾向をうかがわせるエピソードもない。しかし,被告人の当時の
職場の上司や同僚の証言によれば,被告人が職場でストレスを感じていたことは認
められるし,捜査段階で被告人の精神鑑定を行ったH医師の証言によれば,被告人
には特定不能のパーソナリティ障害の可能性があり,ストレス下にあるときに,他
者への興味,共感性の乏しさ,こだわりの強さ等の特徴・気質が顕著となること,ま
た,判示第1の事件当時は,仕事上のストレスに加えて一人暮らしの寂しさも抱え
ており,前記の特徴・気質が顕著になる状況があったことが認められるのであって,
被告人に動機となるものが全く考えられないわけではない。また,暴力的傾向の点
についてみても,H医師は,被告人の少年時のエピソードをもとに,被告人は対人
暴力と無縁の人物ではない旨証言しており(なお,この証言は伝聞を含むものであ
るが,異議の申立てがないまま同医師に対する尋問が終了しているから,証拠とす
ることが許される。),その証言は同医師の資質・能力に照らして尊重できる。そう
すると,具体的で明確な動機が見当たらないことや近年の暴力的エピソードがない
ことは,被告人が犯人でないことをうかがわせるような事情とはいえないというべ
きである。
⑶以上を踏まえ,進んで被告人の自白調書の信用性について検討すると,これ
らは,判示第1の犯行の計画・準備,犯行の具体的状況,犯行後の状況等について,
当時の心境も織り交ぜながら,具体的に,かつ相当程度詳細に供述したものであり,
その供述内容は,実際に体験したのでなければ語ることが困難な内容である上,前
記⑴で認定した事実ともよく符合するものであるから,少なくとも被告人がした行
動に関する部分については,十分信用することができる。
これに対し,弁護人は,被告人の自白調書について,事実関係と整合しないとこ
ろや不自然なところがあり,その信用性に疑義があると主張する。すなわち,①被
害者の頸部の刺し傷について触れていない,②その供述する第1行為の態様では被
害者のうなじからの三角形の肉片の脱落は生じない,③第1現場付近の防犯カメラ
に映った人物はなたを持っているようには見えない,④Gの助手席側に血痕が付い
ていることに整合しない,⑤被害者を被告人1人で運ぶのは困難であると主張する。
しかし,①については,頸部の刺し傷は被害者の死の直前あるいは死後に生じた
もので,死因と関係しないことからすると,被害者の頸部に刺し傷があったことは
本件において重要な事実ではなく,この点について述べていないからといって,被
告人が犯人であることや犯行状況についての自白の信用性に疑いが生ずるものでは
ないし,②については,被告人は,被害者が立っているときと倒れた後の双方で,
合計4,5回本件なたを首にたたき付けたと述べているし,本件なたの刃が常に同
一方向で被害者に当たったとも述べていないのであるから,三角形の肉片の脱落が
生じ得ないとはいえない。③については,被告人は本件なたを袖の内側に隠し持っ
ていたと述べているのであるから,防犯ビデオの映像とは矛盾しないし,④につい
ては,被告人は,第1行為の後,被害者を載せる際や降ろす際,ガソリンを抜こう
とした際等,何度もGに触れる機会があったのであるから,助手席に血痕が付く可
能性はあるし,被告人もその旨述べているのであるから,不自然ではない。⑤につ
いては,被告人が供述する態様は,実行困難であるとも不自然であるともいえない。
弁護人の主張を検討しても,自白調書の全体的な信用性に疑いは生じない。
⑷このように,前記⑴認定の各事実に前記⑶のとおり信用できる自白調書を併
せれば,被告人が判示第1の犯行の犯人であることが揺るぎなく認められる。
2判示第2(銃砲刀剣類所持等取締法違反)及び第3(窃盗)の各事実につい

前記1で認定のとおり,被告人は,本件なたを凶器として第1行為に及んでいる
から,被告人が判示第2の犯行の犯人であることは明らかである。
また,前記1⑴オのとおり,被告人が事件後に本件免許証を所持していた事実か
らは被告人が本件免許証を盗んだと推認されるところ,これに被告人の自白調書を
併せれば,被告人が本件免許証を持ち去り,また,これと同時に被害者所有の携帯
電話機を持ち去り盗んだ判示第3の犯行の犯人であると認定できる。弁護人は,同
電話機については補強証拠を欠く旨主張するが,補強証拠は,犯罪事実の全部にわ
たってもれなくこれを裏付けるものでなければならないわけではなく,自白の真実
性を保障し得るものであれば足りるところ,被告人が同電話機と同時に持ち去った
本件免許証の窃盗について補強証拠があることが明らかである以上,同電話機の持
ち去りそれ自体についての補強がないからといって補強証拠を欠くことにはならな
いし,被害者が第1行為の直前(午後10時20分頃,甲95写真14)に同電話
機を所持していたという証拠もあることからすれば,被告人が同電話機を盗んだと
認定しても補強法則には反しないというべきである。
第3被告人に殺人既遂罪が成立することについて
判示第1の行為について,被告人は第1行為時には殺意があったと認められるが,
第2行為時には被害者が既に死亡していると誤信しており,殺意があったとは認め
られず,また,被害者の死因は判示のとおりいわゆる焼死であり,直接的には第2
行為によって生じている。しかしながら,F医師は,第1行為によって傷害を負っ
た被害者がそのまま放置されれば8,9割の確率で失血死する旨証言しており,被
害者は,第1行為によって,死亡する危険性が相当高い状態に至っていたと認めら
れる。また,第2行為は,被害者の死体が被告人のものと誤解され,被告人が死亡
したと扱われることを期待しての行為であり,第1行為の前から被告人の犯行計画
に組み込まれていた上,第1行為によって被害者が重篤な傷害を負って抵抗等がで
きなかったからこそ,被害者を第2現場に運ぶことや第2行為を行うことが可能と
なったことからすると,第1行為と第2行為との結び付きは密接であり,第2行為
が介在したことが異常であるとはいえない。そうすると,被害者の死亡の結果を第
1行為に帰責することが,偶然生じた結果を被告人に帰責することになるとは到底
いえず,死亡の結果は,第1行為により生じた生命への危険が現実化したものと評
価することができる。したがって,第1行為と被害者の死亡との間には因果関係が
認められ,被告人には殺人既遂罪が成立する。
(法令の適用)
罰条
判示第1の所為のうち
殺人の点刑法199条
現住建造物等放火の点刑法108条
判示第2の所為につき銃砲刀剣類所持等取締法31条の18第3号,
22条
判示第3の所為につき刑法235条
科刑上一罪の処理
判示第1につき刑法54条1項前段,10条(被告人が第2現
場に放火した行為は,殺人罪における因果の流
れであると共に,現住建造物等放火罪にも当た
るので,1個の行為が2個の罪名に触れる場合
であるから,一罪として犯情の重い殺人罪の刑
で処断)
刑種の選択
判示第1の罪につき無期懲役刑
判示第2及び第3の罪につきいずれも懲役刑
併合罪の処理刑法45条前段,46条2項本文(判示第1の
罪について無期懲役刑を選択したので他の刑
を科さない)
未決勾留日数の算入刑法21条
没収刑法19条1項2号,2項本文(主文記載のな
た1本は判示第1の犯行の用に供した物で被
告人以外の者に属しない)
訴訟費用の不負担刑訴法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件において量刑の中心となるのは判示第1の犯行であるが,判示第2の犯行は
判示第1の犯行の際に凶器を携帯したものであり,判示第3の犯行は,判示第1の
犯行の際に被害者の所持品を持ち去ったものであるから,本件各犯行は全体として
これを評価するのが相当である。
まず,本件各犯行について何よりも重視すべきことは,殺人が無差別殺人である
ことである。無差別殺人は,特別な感情を抱いていない相手の生命を奪うもので,
誰でも被害者となり得るものであって,生命軽視の程度が甚だしい上,被害者には
何らの落ち度もないばかりか,被害を回避する有効な手段も想定し難いのであるか
ら,殺人の類型の中でも悪質性が際立つものというべきである。
次に,被告人は,判示のとおり,本件各犯行を,窃盗を除いて計画的に実行して
いるが,これも量刑上重視すべきである。すなわち,被告人は,人を殺害すること
を決意した後,判示第1の犯行の実行に向けて的確な準備を遂げた上,土地鑑があ
る場所で殺害する相手を探している。犯行後の行動については十分な計画や想定が
なかったと考えられるものの,犯行実行までの計画性は高く,このことからも,被
告人の生命軽視の程度の高さがうかがわれる。
そして,犯行態様をみても,被告人は,歩いていた被害者の背後から近付くと,
いきなりその首を目掛けて重量のあるなたを力を込めてたたき付け,被害者が倒れ
た後もその体をつかんで向きを変え,被害者が死んだと思うまで何度も首になたを
たたき付けており,殺人の態様は,強固な殺意に基づく,冷酷で残虐なものである。
そして,被告人は,被害者を被告人方に運び込むと,そこが住宅密集地にあり,1
6名もの居住者が暮らす集合住宅の一室であるのに,また,いまだ未明であって居
住者や周辺住民は寝静まっていると考えられるのに,油を撒き,被害者の体の上に
大量の燃えやすいトイレットペーパーを広げると,これに着火して火を放っており,
その放火行為は,強固な犯意に基づくことはもちろん,客観的にはいまだ存命して
いた被害者を焼死させた残忍なものであるし,居住者や周辺住民の生命・身体・財
産にも多大な被害を生じさせ得る,危険極まりないものである。
被害結果は判示のとおりであるが,被害者は,歩いていただけで何ら落ち度がな
いのに,突然の凶行により耐え難い苦痛や恐怖や絶望の中で絶命し,今後長く続い
たはずの人生を突如絶たれたのであり,その無念な心情は察するに余りある。また,
遺族は,公判廷での意見陳述において,突如被害者を失ったことによる深い悲しみ
や喪失感を切々と述べており,事件から1年余りが経過した現在もその心の傷は全
く癒やされていない。遺族の処罰感情が峻烈であるのも十分理解できる。そして,
本件のような無差別殺人は,誰もが日常生活の中で被害を受けかねないという不安
感や恐怖感を社会に与えるものであり,このような社会的影響も結果の一側面とし
て考慮すべきである。加えて,放火により居住者や近隣住民が受けた被害も甚大で
あって,前記集合住宅は,被告人方及びその隣室が全焼したほか,他の部屋も消火
活動による水損により全て使用不能となり,16名の住民全員が退去を余儀なくさ
れてその生活の本拠を奪われ,結局,同住宅は解体され,事件現場になったがゆえ
に再建も困難となり,その所有者は多額の経済的損失を被っている。ところが,被
告人は,このような重大な被害結果に対して何ら慰謝の措置等を講じていないし,
その今後の見込みもない。このように,被害結果は総じて重大で悲惨なものである。
次に,犯行に至る動機や経緯についてみる。被告人は,まず人を殺そうと思い立
ち,その後,放火を計画し,それらの実行の過程で判示第3の窃盗の犯行を決意し
ているのであるから,被告人が殺人に及んだ動機こそが本件各犯行の本来的な動機
となる。ところで,判示のとおり,被告人が放火に及んだ動機は,被告人方に運び
入れた死体を燃やし,それが被告人のものと誤解され,被告人が死亡したと扱われ
ることを期待したことにあると認められるから,ここから,H医師が推測するよう
に,別人に成り代わって新たな人生を送ることが殺人ひいては本件各犯行の動機で
あったとも考えられる。しかし,被告人は,人を殺そうと思い立った時点ではいま
だ放火は考えていなかったし,本件各犯行時やその前後の行動をみても,被害者に
成り代わって生きていくために必要な情報収集や調査をしておらず,犯行後の行動
は相当に場当たり的であって,その興味や関心は,専ら人を殺してその死体を被告
人方に運び込んで放火すること自体に向いていて,犯行後の生活には余り向けられ
ていないように見受けられることからすると,前記のような動機を認定することは
困難であって,結局,被告人が殺人に及んだ具体的で明確な動機を認定することは
できない。しかし,動機が解明できないとしても,無差別殺人を中心とする本件各
犯行の内容に照らせば,そこに酌むべきところのないことは明らかである。また,
被告人が本件各犯行に及んだ背景には,パーソナリティー障害の可能性の指摘され
る偏りのある人格に,仕事上のストレスや一人暮らしの寂しさが影響を与えたとい
う事情がうかがえるものの,前者は飽くまで人格の偏りにすぎないし,後者は多く
の人々が日頃感じているものを大きく超えるようなものではなかったと認められる
ことからすると,やはり酌むべき事情にはならない。
このようにみると,被告人の刑事責任は極めて重大であり,凶器を用いた無差別
殺人の事案の中でみたとき,罪刑の均衡等の観点から死刑を選択することはできな
いものの,基本的に無期懲役刑が選択されるべき事案であるといえる。
そこで,その他の事情についてみると,被告人には,事件を真摯に受け止めて謝
罪や反省をする態度は見受けられない。他方で,被告人に前科がないこと,被告人
は,反省の気持ちからとは認められないものの,事件の約3週間後に本件なた等の
証拠品を持って自ら警察署に出頭して自供書を提出し,客観的には捜査の進展に一
定の寄与をしたこと,その生い立ちには不幸な面があり,被告人の偏った人格の形
成に影響を与えた可能性があることは,被告人に有利な事情ではあるが,これらは
重大極まりない本件各犯行をいささかも正当化するものではないから,量刑上大き
く酌むことはできず,これらを最大限考慮しても,有期懲役刑の選択が相当になる
とはいえない。被告人に対しては,無期懲役刑を科すのが相当である。
(求刑-無期懲役及び主文同旨の没収)
令和3年3月3日
奈良地方裁判所刑事部
裁判長裁判官岩﨑邦生
裁判官田中良武
裁判官白石大樹

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なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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