弁護士法人ITJ法律事務所

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主    文
 1 原告の請求を棄却する。
 2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の請求
 被告は原告に対し,300万円及びこれに対する平成13年1月14日から完済
まで年5分の割合による金員の支払をせよ。
第2 この訴訟の内容
原告は被告に対し,主位的に金銭消費貸借契約に基づいて貸金の返還を請求し,
予備的に不法行為に基づいて損害賠償を請求している。
1 請求の原因
(主位的請求につき)
(1) 原告は被告に対し,平成12年8月23日,次の約定で,300万円を貸し渡
した。
ア 返還時期
300万円のうち,50万円ないし100万円は2,3か月以内に,残額は遅く
とも平成14年8月23日までに支払う。
イ 利息
年5パーセント
(2) 被告は,原告の机上に置いてあった借用証を隠匿したり,借金の使用目的を偽
る(サラ金への債務の返済に充てるとうそをついた)など,不誠実な態度をとっ
た。
(3) これにより,被告は期限の利益を喪失した(民法137条2号,3号の類推適
用)。
(4) よって,原告は被告に対し,金銭消費貸借契約に基づいて300万円の返還及
びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合によ
る遅延損害金の支払を求める。
(予備的請求につき)
(5) 被告は,平成12年8月23日,サラ金への債務の返済に充てるとうそをつい
て,原告から300万円をだまし取った。
(6) よって,原告は被告に対し,不法行為に基づいて300万円の損害賠償及びこ
れに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅
延損害金の支払を求める。
 2 請求の原因に対する認否
請求の原因事実はすべて否認する。
第3 原告の請求を棄却した理由
原告の主張する金銭消費貸借契約が締結された事実は認定できない。また,被告
が原告から300万円をだまし取った事実も認定できない。原告の請求を棄却した
のはそのためである。
このように判断した理由を以下に述べる。
1 原告は,被告に300万円を貸したと供述する。そして,その裏付けとなり
そうな書証(甲3,5,乙1,2)も存在する。
300万円を貸したいきさつについての原告の供述は,次のとおりである。
(1) 原告は,ゲイ雑誌「薔薇族」の通信欄にあった被告の投書を見て,通信文を送
ったことから,被告が原告宅に遊びにくることになった。当初は2泊程度の予定
で,平成12年8月11日ころ原告宅を訪れたが,予定より長引いて8月16日く
らいまで泊まった。そして,被告はいったん帰ったが,8月21日の深夜に再び原
告宅を訪れた。
(2) 被告が最初に原告宅を訪れてから3日目の朝,鍵付きの机の引き出しの中が物
色され,机の中にあった8万円が紛失していたり,遺言書が勝手に開封されていた
りという不審なことがあった。
(3) 平成12年8月23日,原告は,被告の態度を見て金がないのだろうと思った
ので,被告に金を貸そうかと持ちかけた。貸して欲しいと言われたわけではない
が,金がないと被告が言ったりするので,貸して欲しいのだろうと思ったのであ
る。被告は,武富士など5つのサラ金(はじめは3つと供述したが,後に5つと訂
正した。)から借金があると言い,スラスラと計算機で計算して,金額が合計28
8万円であると言った。被告が金に困っている様子だったことや,被告の養父が資
産家であると被告から聞いていたので,なかば保証されていると思ったことなどか
ら,原告は被告に300万円を貸すことにした。すると,被告は既に作成してあっ
た借用証を取り出した。300万円という金額もはじめから書いてあった(はじめ
はこのように供述したが,後に,金額は空欄であったところに被告がその場で書き
込んだかもしれないと供述を変更した)。
 同日,原告は郵便局で300万円を下ろし(甲5),自宅で被告に300万円を
貸し渡した。そのとき,2通の借用証を作り,原告被告それぞれが1通ずつ持っ
た。借用証は,大枠は乙1と同様であるが,乙1がそのときの借用証そのものであ
るかどうかははっきりしない。乙1の印影は原告のものであるが,原告が押印した
のかどうかはわからない。
(4) 原告は被告に対し,すぐにサラ金に返そうと言って,車で北浦和駅前のサラ金
の近くへ連れて行き,被告を車から降ろして家に帰った。原告が家に帰ると,机の
上に置いておいた借用証がなくなっていたので,「やられた」と思った。そこで,
サラ金の電話番号を電話帳で調べ,被告の父になりすまして「うちの子がそちらに
返済に行ってるはずですが。」と言ったら,「そのような方との取引はありませ
ん。」との返事であった。
(5) 午後3時過ぎに,被告が原告宅に戻ってきた。原告は「もう田舎芝居はやめよ
う。」と言って,金を返してもらおうとした。しかし,被告は「金は駅のロッカー
にある。」とか「人に預けてある。」などと言って,金のある場所を話そうとしな
かった。
 そこで,原告と被告とで争いになったが,被告は「C」という人物を呼んでいた
ので,このまま争いになると損だと思い,警察に解決を任せようと北浦和駅東口の
交番に入った(「C」は入らなかった。)。しかし,民事事件なので警察は介入で
きないと言われた。
 原告は,あとで証拠にするために仮の契約書を作っておこうと思い,交番に備え
付けてあった用紙を使って,被告に甲3の書面を作らせ,被告が指印を押した。被
告は余裕がなかったのか,返還期限や利息の特約についての記載はしなかった。
(6) その後,被告は北浦和駅の西口に向かい,原告の家には戻らなかった。も
っとも,原告が不在の時に勝手に家に入った可能性はある。
 2 しかし,以上の原告の供述には不自然な点が多い。
(1) 知り合ってまだ数日しかたっていない者に対して,原告の供述する程度の理由
で300万円もの大金を貸すというのは,ほとんど考えられないことである。特
に,原告は,その数日前に金が紛失していたり,遺言書が開封されていたりという
不審な事件があったと供述しているのであるから,なおさらである。
(2) 原告が金を貸そうと思ったら,その時点で被告が既に借用証を用意していたと
いうのも,不思議な話である。また,貸す金額をまだ口にしていない時点で作られ
たはずの借用証に300万円という金額が書いてあったというのは,とうてい信じ
られない。もっとも,原告は後で,金額は空欄であったかもしれないと供述を変え
たが,これは,当初の供述がおかしいのではないかと問われて供述を変更したもの
であり,信用することができない。
(3) 300万円を渡してサラ金の前まで車で被告を送っていったのに,実際に返済
の場所まで送り届けもせず,被告がサラ金の店内に入っていくのを確認すらせずに
先に帰ってしまったというのも不自然である。原告は,近くに車を停めるところが
なかったのでそのまま帰ったと供述するが,しばらく車の中に残って被告の行動を
確認することもできたはずであろう。
(4) 被告をサラ金の近くで車から降ろし,家に帰ったら借用証がなくなっていたの
で「やられた」と思った,というのも,納得しがたいことである。ふつうは,借用
証がなくなっていることに気づいても,不思議に思うだけであろう。本当にそれだ
けのことで「やられた」と思ったというのであれば,その前から被告に対して疑い
をもっていたはずである。そして,そうであれば,上述のとおり,被告がサラ金に
返済するところを確認しないで帰るようなことはしないのがふつうであると思われ
る。
(5) 原告は,「サラ金に電話で問い合わせたところ,『そのような方との取引はあ
りません』との返事だった。」と供述する。しかし,サラ金が特定の人物との取引
の有無を電話で他人に答えるかどうかは(たとえ父だと名乗ったとしても,そのこ
とを確認する手段もないのであるから)相当に疑わしい。
 3 このようなことから,原告の供述はとうてい信用できず,書証(甲3,5,
乙1,2)があっても,それだけでは,原告が被告に300万円を渡したとの事実
を認定することはできない。そして,他にその事実を認定できるだけの証拠はな
い。
 4 ところで,被告は次のように供述している。
(1) 原告と知り合ったいきさつは原告の供述するとおりであるが,原告宅に行った
のは8月8日である。
(2) 原告は,8月16日,「家の中から金がなくなった」,「ホテルで食事代等が
かかった」などと言って,被告が所持していた現金(285万円であったと思
う。)を奪い取った。納得いかなかったが,「養父にばらすぞ」と原告から脅され
たため,ゲイ雑誌で知り合った人物と何日も生活を共にしていたことが発覚するの
がこわくて黙っていた。
(3) 被告は,8月17日に一度大阪へ帰ったが,その後原告に電話をして「警察に
言うぞ」といった。すると,もういちど来いと言われたので,8月21日の深夜
(22日の早朝)に原告宅へ行った。
(4) 被告は,被告が原告から借金するという形にすれば原告も金を出しやすくなる
だろうと思い,そういう形で金を返してもらうことにした。実質は奪われた金の返
還であり,利息や返還時期等の条件はどうでもよかった。また,4年もすれば忘れ
るだろうと思って,借用証に返還時期を4年以内と記載した(乙1)。乙1は,自
分にもペナルティーを課そうと思って,警察沙汰にしないように契約書を作成した
ものであり,文面はすべて被告が書いて原告が押印した。
(5) 8月22日,被告は,実際の借用証の形式を知ろうと思い,アコム北浦和店で
10万円を借りてみたことがある(この金は,9月に全額返済した。)。しかし,
これ以外にサラ金から借金したことはない。
(6) 原告は,金を渡した事実が客観的に明らかになるように,銀行口座に振り込む
ことにしようと言い,原告のメインバンクはあさひ銀行だと言うので,被告は8月
22日に銀行口座を作った(乙3)。
(7) 被告は,消費貸借の受領証を作る必要があると思ったので,あさひ銀行で口座
を作った帰りに書店に立ち寄り,本を見て,その日の夜に金員受領書(乙2)を作
っておいた。金銭を受領していないので,原本は渡さなかったが,コピーならよい
と思い,原告にコピーを渡した。もっとも,結局口座への振込みはなかった。
(8) 被告は原告に対し,サラ金から288万円借りたと言ったことはないし,計算
機で借金の計算をしたこともない。ただ,原告から奪い取られた金額を計算機で計
算したことはある。
(9) 8月23日の午後3時過ぎに被告が原告宅に戻ると,原告は「大阪府警のデカ
だ」と言って,催涙スプレーをかけるまねをしてきた。被告は「もうだめだ」と思
い,北浦和駅の西口まで知人(C)に迎えに来てもらった。
(10) 原告と被告とは,北浦和駅の近くで,背広をつかみ合ってもみくちゃの状態
で交番に行った。原告が警察官に対し,「この人が借用証を盗んだから逮捕してく
れ。」と言ったが,警察は取り合おうとはしなかった。
(11) 甲3の契約書は記憶がない。筆跡は自分のものであり,交番で自分が書いた
可能性があるが,乙1を写したものにすぎない。被告は警官から「もう一回書いた
らどうだ」と言われたが,「2度も書けない」と言った。しかし,原告が被告の胸
ぐらをつかんだりして,警官が原告に「このままだと逮捕監禁罪になるぞ。」と言
うので,警察沙汰になるのは困ると思い,書くことにした。
 5 以上の被告の供述にも,不自然な点が多い。
(1) 被告は,285万円の現金を原告に奪い取られたと述べるが,そのような大金
を現金で持ち歩くというのは,それほどふつうのことではない。また,そのような
大金を奪われたのに,大阪の自宅までおとなしく帰ったというのも不自然である。
もっとも,被告は原告から「ゲイのことなどを養父にばらすぞ。」と脅されたと供
述する。しかし,それならなぜその数日後に「警察に言うぞ。」と電話をしたの
か,説明がつかない。
(2) 「借用証」の形式を知るためにサラ金から10万円借りてみた,というのも理
解しにくい行動である。
(3) 消費貸借の受領証を前もって作成しておいた,金銭を受領しなかったので原本
は渡していないが,コピーならよいと思ってコピーを原告に渡した,というのも,
とうてい納得できる話ではない。
(4) 甲3の契約書について,被告は,自分の筆跡ではあるが,記憶がないと言った
り,乙1を写したものであると言ってみたり,供述が変転している。
 6 このように,原告被告いずれの供述も不自然である。双方とも真実を明らか
にしていないのではないかとも思われるのであって,真相は不明である。
結局,前述のとおり,原告の主張する請求の原因事実が証明されたとはいえない
から,原告の請求を棄却すべきことになる。
 
さいたま地方裁判所第2民事部
  裁判官    村 上  正 敏

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