弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役5年に処する。
未決勾留日数中180日をその刑に算入する。
押収してあるストッキング1足(平成13年押第151号の1)を没収す
る。
理由
(犯行に至る経緯)
1 被告人は,大正11年3月20日に福島県内で出生し,昭和16年6月にA
(大正7年7月11日生)と結婚し,B,C,Dをもうけた。Cは,同51年にE
をもうけたが,同52年に離婚して実家に戻って以来,被告人及びAと同居してい
た。CとDは,Bが重ねた借金の返済等のため迷惑を被ったことが度々あったた
め,Eとともに,Bを嫌悪していたが,被告人は,Bを不憫に思い,金銭的に援助
をするなどして溺愛していたため,Cらは被告人のこのような態度に強く反発する
ようになっていた。
2 Aは,平成6年ころから痴呆症の症状が出始め,同8年以降,異常行動や記憶
障害等の症状が出ることがあり,被告人が病院に連れて行って投薬してもらったり
していたものの,日常生活にそれほど大きな支障を生じるようなことはなく,食事
や入浴も一応自分でできる状態だった。被告人は,1人でAの日常生活の世話や介
護をしていたが,Aが痴呆症のためご飯をこぼしたり失禁したりすると,これに腹
を立てて厳しく小言を言うなどしたため,これに反発するAと口喧嘩になったりす
ることが多かった。また被告人は,CやEらとも,Bのことなどを巡って口論をす
ることがしばしばあり,同12年6月には,Cとの口論が原因で,Bに密かに引っ
越しを手伝ってもらい,Aを連れて家出をしたが,その後まもなくCに連れ戻さ
れ,再び同居するようになった。
3 そうするうちに,Bが平成13年3月5日に肺癌と転移性脳腫瘍で入院したた
め,Bの内妻であるFが,その日のうちに被告人を介してC及びDと会い,入院の
保証人となることなどを求めてきたが,以前からBの借金のため迷惑を被っていた
C及びDは,そのような要求にはとても応じられないとして,医療費の負担以外の
援助を一切断った。被告人は,Bがかわいそうだと考え,Cらのこのような態度に
強い不満を抱いたが,CやDも入院先で会ったBの言動等から同人が被告人らの家
出の手伝いをしていたことを知って憤慨し,被告人に厳しい口調で文句を言ったり
するようになり,またFから被告人宛に度々電話がかかってきたことなどから,B
への援助を巡って,被告人とCらの関係は一層険悪なものとなった。そして,同月
12日朝に至って,被告人は,被告人がBにCらの新居の住所を教えたことが原因
でEと口論した後,出勤前のCとも口論となり,家を出ていくなら鍵を置いていく
ように言われたりした。
4 被告人は,このようなことから,もはやCやEと同居を続けられないと考え,
こうなればいっそ自殺でもするしかないと思い詰め,CやDらに対する恨みつらみ
の念などを表した遺書めいた書き置きを作成したりしたが,それとともに,自暴自
棄となり,この際自分が看護しているAを殺害するしかないと考えるに至った。そ
こで被告人は,Aが被告人から与えられた睡眠薬等を飲んで寝入っているのを確か
めた後,タンスからストッキングを取り出した。
(犯罪事実)
被告人は,平成13年3月12日午前11時ころ,埼玉県a市被告人方におい
て,夫であるA(当時82歳)に対し,殺意をもって,その頸部に上記ストッキン
グ(平成13年押第151号の1)を巻いて締め付け,よって,そのころ,同所に
おいて,同人を頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害した。
(証拠) 省略
(補足説明)
 被告人は,本件犯行の動機について,捜査公判段階を通じて,「自分は,Cらと
一緒に暮らしていくことに耐えられなくなり,家出をしたいと思ったが,自分も夫
も足が悪いので,2人で家出をするのは無理だと思った。しかし,自分が1人で家
を出てしまったら,夫の面倒を見る人がいなくなってしまうので,それもできない
と思った。そういったことから,夫のことがとても不憫になり,いっそのこと2人
で死のうと思った。」という趣旨の供述をしている。
 しかし,関係各証拠によれば,
1 前記のとおり,被告人は,本件犯行当日の朝,CやEが出かけた後になって,
遺書めいた書き置きを作成しているが(なお被告人は,これを作成したのは前夜の
ことであり,また単に家出をしたいという気持ちから書いただけだと弁解している
が,その中には当日の朝に起きたEやCとの口論のことを指し示すような事柄など
が記載されており,またその記載内容からしても,被告人が書き置きを作成した当
時には既に自殺する意図を固めていたことが明瞭に読み取れるのであって,被告人
の上記弁解は到底信用できない。),その記載内容をみると,被告人が,Cらとの
これまでの紛争に加えて,当日の朝に起きたEやCとの口論によって一段と強いシ
ョックを受け,もはや生きていく気力もなくなったとして,自殺の意図を露わにす
るとともに,同人らに対する恨みつらみの念などを書き表しているが,その書き置
きの内容は,まもなく自殺することを決意していた被告人の心情を赤裸々に吐露し
たものと認められること,
2 上記のとおり,被告人が自殺を決意して作成した書き置きには,家族らに対す
る様々な感情が赤裸々に表されているものの,夫であるAのことについては何ひと
つ記載されていないに等しいのであって,そのことからしても,被告人が自殺しよ
うと決意するに至ったのは,家族らとの激しい軋轢によりもはや身の置きどころも
なくなったと感じて思い詰めたことによるもので,Aを今後誰が看護するかなどと
いうこととは別個の問題であったと解されること,
3 被告人は,捜査段階の当初においては,本件犯行の動機について,「自分が夫
を1人残して家出をすると,夫がCから苛められたり責め立てられたりするから,
可哀想だと思った。」などと述べていたが,CがAを苛めたりする筈がないことが
次第に判明してくると,「夫が不憫だと思ったことは事実だが,それは,Cに苛め
られるとかいうことではなく,自分が1人で家出をすると,面倒をみる人が居なく
なって,夫が可哀想だと思ったという意味だ。」などと述べるなど,犯行の動機と
いう極めて重要な点について,不自然な供述の変遷が見られること,
4 Aは,異常行動,記憶障害及び身体の麻痺といった症状が認められ,平成13
年に入ってから介護保険2級の認定を受けたが,食事や入浴も自ら行うことができ
たのであり,被告人が1人でAの日常生活の世話や介護をしていたとはいえ,その
介護の内容は,着衣の着脱,食べこぼしを拾う程度の食事の介助,病院への付き添
い並びに失禁したりした場合の下着替えといった程度のものであり,またCは,被
告人がAの面倒を見きれなくなった場合は自分が介護する旨被告人に告げていたこ
と,
5 被告人は,従前からAに厳しい態度で接したりしていたため,同人との間で言
い合いとなることも度々あり,その様子を見ていた通院先の医師は,被告人の家庭
内での言動がAに対して悪影響を及ぼすと考え,施設への入所を勧めたこともあっ
たほどであること,
が認められ,これらの事実からすれば,夫のことが不憫だったからいっそのこと2
人で死のうと考えて夫を殺害したとする被告人の上記弁解はあまりにも不自然で到
底信用できず,むしろ上記の各事実によれば,判示認定のとおり,被告人は,家族
との軋轢が高じて身の置きどころもなくなったと感じて思い詰め,自殺を決意する
ととともに,自暴自棄となり,この際自分が看護している夫を殺害するほかはない
と考えて本件犯行に及んだものと認められる。
(法令の適用)
罰   条    刑法199条
刑種の選択    有期懲役刑
未決算入    刑法21条
没   収    刑法19条1項2号,2項本文
訴訟費用 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,判示のような経緯から,夫をストッキングで絞殺したとい
う事案である。
2 被告人は,Bの入院問題がきっかけとなって家族との対立が深刻化していたと
ころ,犯行当日の朝もCやEと口論になり,このため精神的に追い詰められて自殺
を決意するようになり,そのことが本件犯行の引き金となったのであるが,被告人
が家族らと深刻な対立状態に陥ったのも,元をただせば被告人が他の子供ら(C及
びD)の迷惑も顧みることなく非常識なまでにBを溺愛してきたことが大きな原因
となっている上,家族との融和や協調のためにこれといった努力もしないまま自ら
を精神的に追い詰め,自殺を決意するに至ったのであり,しかも,夫である被害者
が死ぬことを望んでいないことなど熟知していた筈であるのに,自暴自棄となっ
て,自らが自殺する以上は自分が看護していた夫も殺害するほかはないとして,本
件犯行に及んだのであって,自己中心的かつ余りにも短絡的な発想に基づく犯行
で,情状酌量の余地に乏しい。
  その犯行態様をみても,自分が飲ませた睡眠薬等の薬理作用によって被害者が
寝入っているのを確認した上で,その首にストッキングを巻き付けて締め付け,絶
命するまで絞め続けているのであり,強固な確定的殺意に基づく誠に悪質な犯行で
ある。
  もとより,被害者の死という結果が重大であることはいうまでもないが,被害
者は,被告人に日常生活の世話や介護を受けていたとはいえ,殺害されなければな
らないようないわれは全く存せず,適切な介護を受けていれば今後の余生をなお楽
しむことが出来たのであって,長年連れそった妻に突如として首を絞められ,その
命を奪われるに至った被害者の無念は察するに余りあるものがある。
  以上に照らすと,被告人の刑責は誠に重いといわなければならない。
3 しかし他方において,被告人には前科前歴はなく,また79歳という高齢であ
る上,足腰も弱く,健康状態が良いとはいえないこと,前記のとおり本件犯行の動
機等について不自然不合理な弁解を繰り返していることはやや遺憾ではあるが,自
分の浅はかな考えから夫の命を奪ってしまったことについては自己の非を全面的に
認め,反省改悛の情を表していること,被告人は被害者の介護等を殆ど1人で担っ
ていたこと,前記のとおり自らの責めに帰すべきところが大きいとはいえ,被告人
は家族との対立が深刻化して孤立無援の状態となり,自殺するしかないと思い詰め
たことが原因となって本件犯行に及んだものであり,現在でも家族らからは見放さ
れ,寄る辺のない老後を送らざるを得ない状況にあることなど,被告人のために斟
酌すべき幾つかの事情も存在する。
4 そこで,当裁判所は,これら一切の事情を総合検討した結果,被告人に対して
は,主文のとおりの刑を科するのが相当であると判断した。
(出席した検察官伊藤俊行,弁護人吉澤俊一)
(求刑 懲役8年,ストッキング1足の没収)
  平成14年1月17日
    さいたま地方裁判所第二刑事部
(裁判長裁判官吉村正,裁判官大渕真喜子,裁判官小笠原義泰)

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