弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1別紙2-1「②被告」欄記載の各被告は,それぞれ,当該各被告に対応する同
別紙「①原告」欄記載の各原告から,同別紙「④車両」,「⑤車台番号」欄記載
の各車両の引渡しを受けるのと引換えに,同各原告らに対し,同別紙「⑫合計
額」欄記載の各金員及びこれに対する令和2年8月1日から支払済みまで年5分5
の割合による金員を支払え。
2別紙2-2「②被告」欄記載の神奈川日産自動車株式会社及び日産プリンス神
奈川販売株式会社は,それぞれ,当該各被告に対応する同別紙「①原告」欄記載
の各原告(原告60,75番)から,同別紙「④車両」,「⑤車台番号」欄記載
の各車両の引渡しを受けるのと引換えに,同各原告らに対し,同別紙「⑭認容10
額」欄記載の各金員及びこれに対する令和2年8月1日から支払済みまで年5分
の割合による金員を支払え。
3被告帯広日産自動車株式会社は,原告58番に対し,44万0882円及びこ
れに対する令和2年8月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。15
4原告3,5,8の1~8の5,9~11,13,14,16,22,38,3
9,41,42,47,61,62,71番の当該各原告に対応する別紙2-2
「②被告」欄記載の各被告に対する請求をいずれも棄却する。
5原告33,46,58,60,63,74,75,77番の当該各原告に対応
する別紙2-1~2-3「②被告」欄記載の各被告に対するその余の請求をいず20
れも棄却する。
6原告らの被告三菱自動車工業株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
7訴訟費用は,別紙2-5(訴訟費用負担一覧表)記載のとおりの負担とする。
8この判決は,第1項ないし第3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由25
第1章当事者の求めた裁判
第1請求の趣旨
1被告三菱自動車工業株式会社(以下「被告三菱自動車」という。)は,別紙
3-1「①原告」欄記載の各原告に対し,同別紙「⑪合計請求額」欄記載の金
員及びこれに対する同別紙「③売買契約日」欄記載の各日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え(以下「本件請求1」という。以下同様にし5
て,原告らの各請求については「第1請求の趣旨」の各項番号を付して「本
件請求○」などという。)。
2別紙3-1「②被告」欄記載の各被告は,それぞれ,当該被告に対応する同
別紙「①原告」欄記載の各原告に対し,同別紙「⑥購入代金」欄記載の各金員
及びこれに対する同別紙「③’売買代金支払日」欄記載の各日の翌日から支払10
済みまで年5分の割合による金員を支払え(本件請求2)。
3被告三菱自動車は,別紙3-2「①原告」欄記載の各原告に対し,同別紙
「⑪合計請求額」欄記載の各金員及びこれに対する同別紙「③売買契約日」欄
記載の各日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(本件請求
3)。15
4別紙3-2「②被告」欄記載の各被告は,それぞれ,当該被告に対応する同
別紙「①原告」欄記載の各原告に対し,同別紙「⑦支払済額」欄記載の各金員
及びこれに対する同別紙「⑧取消日」欄記載の各日の翌日から支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え(本件請求4)。
5被告三菱自動車は,別紙3-3「①原告」欄記載の原告に対し,同「⑮残損20
害額(不法行為)」欄記載の各金員及びこれに対する同別紙「⑫車両売却日」
欄記載の各日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(本件
請求5)。
6別紙3-3「②被告」欄記載の被告は,それぞれ,当該被告に対応する同別
紙「①原告」欄記載の原告に対し,同別紙「⑱残損害額(不当利得)」欄記載25
の各金員及びこれに対する同別紙「⑫車両売却日」欄記載の各日の翌日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え(本件請求6)。
7被告日産大阪販売株式会社は,原告22番に対し,16万8000円及びこ
れに対する平成30年7月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え(本件請求7)。
8訴訟費用は,被告らの負担とする。5
9第1項から第7項につき,仮執行宣言申立て
第2請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
第2章事案の概要等10
第1事案の概要
原告らは,平成25年~平成28年に,「eKワゴン」・「eKスペー
ス」・「eKカスタム」・「eKスペースカスタム」・「デイズ」・「デイズ
ルークス」の各車両(以下,「eKワゴン」・「eKスペース」・「eKカス
タム」・「eKスペースカスタム」を併せて「eKシリーズ」といい,「デイ15
ズ」・「デイズルークス」を併せて「デイズシリーズ」という。)を,被告三
菱自動車を除く被告ら(以下「被告販売店ら」という。)から購入した。
本件は,(1)原告らが,①被告三菱自動車に対し,被告三菱自動車が,㋐
原告らに対してeKシリーズのカタログ等に「国土交通省が定める測定条件と
測定方法により算出される燃費消費率(燃費性能)」(以下「国交省の定める20
測定方法等による燃費性能」という。)よりも優れた燃費性能を表示し,又は
㋑日産自動車株式会社(以下「日産自動車」という。)をして,原告らに対し
てデイズシリーズのカタログ等に「国交省の定める測定方法等による燃費性
能」よりも優れた燃費性能を表示させた上で,被告販売店らをして,原告らに
対して別紙3-1~3-3「④車両」欄記載の各車両(以下「本件車両」とい25
う。なお,特定の原告と対応させて「本件車両」の語を用いる場合には当該原
告が購入した車両を指すものとする。)を販売させたなどと主張して,不法行
為に基づき,損害賠償金(支払済額(ただし,本件車両を売却済みの原告らに
ついては,本件車両の売却代金を控除した残額),補償額,弁護士費用の合
計)及びこれに対する不法行為日(売買契約日)から支払済みまで,平成29
年法律第44号による改正前の民法(以下「民法」という。)所定の年5分の5
割合による遅延損害金の支払を求める(本件請求1,本件請求3,本件請求
5)とともに,②被告販売店らに対し,本件車両に係る各売買契約を消費者契
約法(断りのない限り,平成28年法律第61号による改正前のもの。以下同
じ。)4条1項1号(不実告知)に基づいて取り消したなどと主張して,不当
利得返還請求権に基づき,㋐本件車両を現金で購入した原告らについては購入10
代金額及びこれに対する代金支払の翌日から,㋑購入代金につきクレジット契
約を締結した原告らについては支払済額及びこれに対する契約取消日の翌日か
ら,㋒本件車両を売却済みの原告らについては,購入代金から売却代金を控除
した額及びこれに対する車両売却日の翌日から,それぞれ支払済みまで,民法
所定の年5分の割合による利息の支払を求め(㋐につき本件請求2,㋑につき15
本件請求4,㋒につき本件請求6),(2)上記(1)に加え,原告22番が,被
告日産大阪販売株式会社(以下「被告日産大阪販売」という。)に対し,消費
者契約法4条1項1号に基づく取消後,被告日産大阪販売が本件車両の引取り
に応じなかったことが不法行為に該当すると主張して,不法行為に基づき,損
害賠償金及びこれに対する車両の引取りを求めた日の後(平成30年7月2720
日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め
る(本件請求7)事案である。
第2前提事実(当事者間に争いのない事実又は後掲の各証拠及び弁論の全趣旨
により容易に認定できる事実)
1当事者等25
(1)別紙2-1~2-3の各原告は,平成28年4月20日より前に,被
告販売店らからeKシリーズ又はデイズシリーズを購入した者又はその相
続人である。
(2)被告三菱自動車は,自動車の製造及び販売を主な目的とする株式会社で
ある。被告販売店らは,自動車等の販売を主な目的とする事業者である。
日産自動車は,自動車の製造及び販売等を目的とする株式会社である。5
被告販売店らのうち,別紙1-3被告目録の被告1~4番の各被告は(以
下「被告三菱系販売店ら」という。)は被告三菱自動車の系列販売店であ
り,同目録の被告9~12,17,19~22,30,33,34,36
番の各被告(以下「被告日産系販売店ら」という。)は日産自動車の系列
販売店である。10
(3)被告関東三菱自動車販売株式会社は,平成31年4月1日,被告東日本
三菱自動車販売株式会社に商号変更した(本判決において同被告を表示する
ときは,商号変更の前後を問わず,「被告東日本三菱自動車販売株式会社」
と表示する。)。
(4)本件の原告は,88名であったが,うち1名については訴えの取下げに15
より,うち61名については裁判上の和解により,いずれも訴訟が終局し
た。また,原告8番であった亡Jが平成30年11月10日に死亡したこと
により,その妻である原告8の1番,その子である原告8の2~8の5番が
訴訟を承継した。これにより,本件の原告は30名となった。
2eKシリーズ又はデイズシリーズの製造・販売20
被告三菱自動車は,平成25年6月以降,eKシリーズを製造し,被告三
菱系販売店らを通じて消費者に販売している。
被告三菱自動車は,平成25年6月以降,日産自動車に対し,eKシリー
ズと基本仕様を同じくする車両を供給している。日産自動車は,同月以降,
それらの車両を,「デイズ」・「デイズルークス」という名称で,被告日産25
系販売店らを通じて消費者に販売している。
3原告らのeKシリーズ又はデイズシリーズの購入等
(1)別紙2-1の原告らについて
ア売買契約の締結
別紙2-1の各原告は,それぞれ,当該各原告に対応する同別紙「③売
買契約日」欄記載の日,同別紙「②被告」欄記載の各被告から,同別紙5
「④車両」,「⑤車台番号」欄記載の各車両(本件車両)を購入した。
イ購入代金及び支払済額
別紙2-1の各原告は,それぞれ,当該各原告に対応する同別紙「②被
告」欄記載の各被告に対し,本件車両の購入に当たり,同別紙「⑥購入
代金」欄記載の各金員について,同別紙「⑦支払済額」欄記載の各金員10
を全額現金で支払った。
(2)別紙2-2の各原告について
ア売買契約の締結
別紙2-2の各原告(原告8の1~8の5番については購入者は亡J)
は,それぞれ,当該各原告に対応する同別紙「③売買契約日」欄記載の各15
日,同別紙「②被告」欄記載の各被告から,同別紙「④車両」,「⑤車台
番号」欄記載の各車両(本件車両)を購入した(乙⑩-1,⑭-3)。
イ購入代金及び支払済額
別紙2-2の各原告は,それぞれ,本件車両の購入に当たり,同別紙
「⑥購入代金」欄記載の各金員の支払債務を負った。なお,同別紙「⑥20
購入代金」欄記載の各金員には,当該車両の本体価格,付属品価格のほ
か,税金(自動車重量税,自動車取得税),自動車賠償責任保険料,車
庫証明手続及び検査登録手続の手続代行費用,納車費用,クレジット手
数料等が含まれている。
別紙2-2の各原告は,それぞれ,クレジット会社との間でクレジット25
契約を締結し,当該各原告に対応する同別紙「②被告」欄記載の各被告
に対し,各原告の支払又はクレジット会社からの立替払いにより,別紙
2-2「⑦支払済額」欄記載の各金員が支払われた(ただし,原告13
番の支払済額には争いがある。)。
ウ残価設定型クレジット契約の方法
クレジット契約のうち,残価設定型クレジット(日産ビッグバリューク5
レジット)とは,あらかじめ数年先の車両の残価を設定し,その額を差
し引いた分について,分割で支払をし,最終回支払時に新車買替え,車
両の返却及び車両の買取りのいずれかを購入者が選択できるという内容
のクレジット契約である(甲㉒-3)。
(3)別紙2-3の原告58番について10
ア売買契約の締結
別紙2-3の原告58番は,同別紙「③売買契約日」欄記載の日,被告
帯広日産自動車株式会社(以下「被告帯広日産」という。)から,本件車
両を購入した。
イ購入代金,支払済額及び本件車両の売却15
別紙2-3の原告58番は,当該各原告に対応する同被告帯広日産に対
し,本件車両の購入に当たり,同別紙「⑥購入代金」欄記載の金員につ
いて,同別紙「⑦支払済額」欄記載の金員の全額を支払った。
別紙2-3の原告58番は,同別紙2-3「⑩車両売却日」欄記載の
日,同別紙「⑪車両売却代金」欄記載の金額で,本件車両を売却した。20
(甲○-4)
(4)「消費者」(消費者契約法2条1項)該当性
別紙2-1~2-3の各原告(ただし,原告8の1~8の5番についての
本件車両の購入者である亡Jを除く。)は,本件車両の売買契約において,
「消費者」(消費者契約法2条1項)に該当する。25
(5)eKシリーズ又はデイズシリーズの燃費偽装等
アカタログやウェブサイトにおける表示
被告三菱自動車は,遅くとも平成28年4月20日までに,eKシリー
ズについて,カタログやウェブサイトにおいて,「国交省の定める測定方
法等による燃費性能」よりも優れた燃費性能を表示した。また,日産自動
車は,遅くとも同日までに,デイズシリーズについて,カタログやウェブ5
サイトにおいて,「国交省の定める測定方法等による燃費性能」よりも優
れた燃費性能を表示した(甲②-1,④-1,⑥-2,⑪-1,⑭-1,
⑮-1,⑲-1,㉒-1,㉖-1,㉗-1,㊹-1,㊻-1,㊽-1,㊿
-1,○-1,○-1,○-1,○68-1,○70-1,○72-1,○74-1,○75-
1,○76-1,○79-1・2,○80-1,○83-1,○84-1,○85-1,○86-1,○8810
-1,乙共7の1~7の12,丙共4の1~4の13,5の1~5の
8)。
イ損害賠償金支払の公表(被告三菱自動車)
被告三菱自動車は,平成28年6月23日,同年4月21日までにeK
シリーズを使用していた者に対して1台当たり10万円(ただし,残価設15
定型クレジットを利用した者については契約年数に1万円を乗じた額)を
損害賠償金として支払う旨公表した(甲共1,弁論の全趣旨)。
ウ補償金支払の公表(日産自動車)
日産自動車は,平成28年6月23日,デイズシリーズについて,上記
イと同内容の金額を補償金として支払う旨公表した(甲共19の5,弁20
論の全趣旨)。
(6)取消しの意思表示
別紙3-1~3-3「①原告」欄記載の各原告は,それぞれ,当該各原告
に対応する同別紙「⑧取消日」欄記載の各日,同別紙「②被告」欄記載の各
被告に対し,eKシリーズ又はデイズシリーズの売買契約を取り消すとの意25
思表示をした。
(7)同時履行の抗弁権
ア被告三菱系販売店らは,当該各被告に対応する別紙3-1~3-2「①
原告」欄記載の各原告が本件車両を引き渡すまで,原告らの上記(6)の取
消しに係る不当利得相当額の支払を拒絶するとの権利主張をした。
イ被告日産系販売店らは,当該各被告に対応する別紙3-1~3-2「①5
原告」欄記載の各原告が本件車両を引き渡すまで,原告らの上記(6)の取
消しに係る不当利得相当額の支払を拒絶するとの権利主張をした。
(8)相殺の意思表示
ア被告三菱系販売店らは,令和2年7月31日の本件口頭弁論期日におい
て,本件車両に係る使用利益の不当利得返還請求権(レンタカー代金を基10
準とする別紙4の1又はリース料金を基準とする別紙4の2)をもって,
各原告の本件車両の売買契約の取消しに係る不当利得返還請求権とその対
当額において相殺するとの意思表示をした。
イ被告日産系販売店らは,令和2年7月31日の本件口頭弁論期日におい
て,本件車両に係る使用利益の不当利得返還請求権(レンタカー代金を基15
準とする別紙4の3又はリース料金を基準とする別紙4の4)をもって,
各原告の本件車両の売買契約の取消しに係る不当利得返還請求権とその対
当額において相殺するとの意思表示をした。
ウ(ア)別紙3-3「①原告」欄記載の原告58番は,令和2年6月19日の
本件口頭弁論期日において,被告帯広日産に対し,同別紙「⑯確定利息20
金」欄記載の各金員に係る不当利得返還請求権をもって,被告帯広日産
の原告58番に対する同別紙「⑬車両売却代金」欄記載の各金員に係る
不当利得返還請求権とその対当額において相殺するとの意思表示をし
た。
(イ)また,別紙3-3「①原告」欄記載の原告58番は,同期日におい25
て,被告帯広日産に対し,同別紙「⑥購入代金」欄記載の各金員に係る
不当利得返還請求権をもって,同各被告の同各原告に対する同別紙「⑰
代償金残金」欄記載の各金員に係る不当利得返還請求権とその対当額に
おいて相殺するとの意思表示をした。
第3争点及びこれに対する当事者の主張
1争点5
(1)被告三菱自動車に故意不法行為が成立するか否か
(2)被告三菱自動車に使用者責任が成立するか否か
(3)(上記(1)及び(2)に係る)損害額
(4)亡Jが「消費者」(消費者契約法2条1項)に当たるか否か
(5)消費者契約法4条1項1号に基づき本件車両に係る売買契約を取り消す10
ことができるか否か
(6)(上記(5)について)被告販売店らに対して返還を請求することができる

(7)(上記(5)について)被告販売店らが使用利益の不当利得返還請求権を取
得するか否か15
(8)被告日産大阪販売に,原告22番に対する不法行為が成立するか否か
2争点に対する当事者の主張
(1)争点(1)(被告三菱自動車に故意不法行為が成立するか否か)について
(原告らの主張)
ア被告三菱自動車の原告らに対する加害行為20
(ア)被告三菱系販売店らの関係
被告三菱自動車は,「国交省の定める測定方法等による燃費性能」よ
りも優れた虚偽の燃費性能が記載されたeKシリーズのカタログやウェ
ブサイト等を作成した上で,別紙3-1~3-3「③売買契約日」欄記
載の日,同別紙「②被告」欄記載の被告三菱系販売店らをして,当該同25
別紙「①原告」欄記載の各原告に対し,これらを交付等させ,本件車両
を販売させた。
(イ)被告日産系販売店らの関係
被告三菱自動車は,「国交省の定める測定方法等による燃費性能」よ
りも優れた虚偽の燃費性能が記載されたデイズシリーズのカタログやウ
ェブサイト等を日産自動車に作成させた上で,別紙3-1~3-3「③5
売買契約日」欄記載の日,同別紙「②被告」欄記載の被告日産系販売店
らをして,同別紙「①原告」欄記載の各原告に対し,これらを交付等さ
せ,本件車両を販売させた。
イ故意
(ア)次のa~cの事実等に照らせば,被告三菱自動車は上記の加害行為に10
ついて故意があった。
a一般に,不特定多数の被用者の行為が,企業活動の一環として行わ
れ,その行為が故意により行われた場合には,企業自身に故意がある
として直接民法709条による責任があると解すべきである。
b本件においては,被告三菱自動車は,企業活動の一環として燃費偽15
装を行っており,その行為が故意により行われていた。
c平成25年5月28日放送のテレビ番組「ガイアの夜明け」におい
て,「軽自動車ウォーズ」と題して各社の取組みが放送され,その中
で,eKシリーズ又はデイズシリーズの開発過程及び業界最高の燃費
値が達成された旨が紹介された(甲共27の1・2)。20
(イ)次のa,bの事実に照らせば,平成26年6月~平成28年6月に被
告三菱自動車の代表取締役であったKは,平成26年6月時点で,被告
三菱自動車において燃費偽装が行われていることを認識していた。ま
た,同月以前は,Kを通じて,被告三菱自動車内において,燃費偽装に
ついての情報が共有されていた。25
a被告三菱自動車内部において,平成16年,経営再建を目的とし
て,CFT(部門横断型のプロジェクトチーム)が編成され,K(当
時は常務執行役員であった。)は,「開発・生産プロセスの最適化」
を担当した。CFTは,被告三菱自動車の社員約300名に対するイ
ンタビューを実施したが,同インタビューにおいて,「実験パターン
を減らしている」,「基準にダブルスタンダードがある」といったコ5
メントがあった。
bKは,平成13年に発売された初代eKワゴンの開発責任者であ
る。また,被告三菱自動車においては,平成3年12月以降,法規に
適合する方法で走行抵抗を測定せず,高速惰行法によって測定した走
行抵抗を型式指定審査の際に使用することが常態化していた。10
ウ権利侵害
原告らは被告三菱自動車の燃費偽装を知らずにカタログ等に記載されて
いた燃費性能が正確なものであると誤信した上で本件車両を購入したので
あるから,被告三菱自動車は,前記前提事実3(1)~(3)のとおり,別紙3
-1~3-3の「③売買契約日」欄記載の各日において,各原告らに対15
し,原告らの財産権を故意に侵害した。
(被告三菱自動車の主張)
ア加害行為の不特定等
原告らは,被告三菱自動車が本件車両を「販売させた」とする行為及
び日産自動車にカタログやウェブサイト等を「作成させ」たとする行為20
について,原告ごとに具体的な意味・内容を主張すべきであるところ,
そのような主張を行っておらず,加害行為が十分に特定されていない。
イ加害行為についての反論
次の(ア)~(エ)の事実に照らせば,原告らがeKシリーズ又はデイズシリ
ーズのカタログやウェブサイト等に記載されていた燃費性能を決め手とし25
て本件車両の購入を決めたとはいえず,被告三菱自動車のカタログやウェ
ブサイト等の作成及び提示は,原告らに対する加害行為を構成しない。
(ア)一般に,新たに自動車を購入しようとする者が,車両の購入を決める
前に,当該車両のカタログや製造元のウェブサイト等を見るとは限らな
い。
(イ)仮に,新たに自動車を購入しようとする者が当該車両のカタログや製5
造元のウェブサイト等を見ていたとしても,それだけでカタログやウェ
ブサイト等に記載された燃費値を見ていたとは限らない。
また,仮に,カタログやウェブサイト等に記載された燃費値を見てい
たとしても,次の①~③の各点からして,原告らがそこに記載された燃
費性能を理由に購入を決めたとはいえない。このことは,本件で証拠提10
出されたカタログについて,燃費値と無関係な車両の性能・特徴等を紹
介するページが大半を占める一方,燃費値の記載は,その記載場所やカ
タログ全体に占める割合からして,その比重が必ずしも大きいものでは
なく,カタログによっては燃費値が記載されていないものさえ存在する
ことからも明らかである。15
①燃費をそもそも車両購入の際の考慮要素としない者が少なからず存
在する。
②燃費よりも他の考慮要素をより重視する者が少なからず存在する。
③追加費用の額は1年当たり5000円に満たず,旧届出燃費値が新
届出燃費値を下回っていた事実は経済的にみて本件車両の購入に決定20
的な意味を有しない。実際,eKシリーズは新届出燃費値公表後も公
表前と大差なく販売されており,新届出燃費値を分かった上でeKシ
リーズを購入する者は多数存在する。
(ウ)カタログやウェブサイト等に記載されていたeKシリーズ又はデイズ
シリーズの燃費性能は,あらかじめ定められた試験条件の下でのもので25
あり,参考値にすぎず,カタログにも同旨の説明が記載されている。
(エ)実際,eKシリーズは合計約15万7000台(平成28年4月21
日登録までの台数)販売されたが,そのうち本件について被告三菱自動
車に対して提訴に及んだのは原告らのみであり,大多数の車両購入者
は,被告三菱自動車からの任意の賠償金(最大で10万円)以上の請求
を行っていない。5
ウ故意についての反論
本件は,被告三菱自動車の一部門の従業員が,車両の走行抵抗測定とい
う専門的・技術的事項において,法令と異なる方法をとったという事案で
あり,被告三菱自動車の代表取締役は,原告ら主張の加害行為を認識して
いなかった。また,本件は公害被害等が問題になっている事案ではなく,10
組織体である被告三菱自動車に故意は認められない。したがって,被告三
菱自動車に故意があったとはいえない。
(2)争点(2)(被告三菱自動車に使用者責任が成立するか否か)について
(原告らの主張)
ア被告三菱自動車の被用者らによる故意による加害行為15
被告三菱自動車の被用者らは,燃費偽装に関連して,次の(ア)~(エ)の故
意による加害行為に及んだ。
(ア)法定の走行抵抗測定方法である「惰行法」と異なる方法で走行抵抗測
定が行われていたこと(不正行為A)
被告三菱自動車の性能実験部の担当者らは,平成3年12月頃以降,20
走行抵抗測定方法について,法定の走行抵抗測定方法である「惰行法」
で測定せず,高速惰行法によって測定した走行抵抗を型式指定審査の際
に使用することを常態化させており,この状態が約25年間にわたって
続いていた。
(イ)法定の成績書(負荷設定記録)に虚偽の記載をしたこと(不正行為25
B)
被告三菱自動車の認証試験グループの担当者らは,型式指定審査の際
に提出する成績書(負荷設定記録)に,法定の走行抵抗測定方法である
「惰行法」によって走行抵抗を測定したかのような虚偽の情報を記載し
た。
(ウ)走行抵抗を恣意的に改ざんしたこと(不正行為C)5
被告三菱自動車の認証試験グループの担当者らは,型式指定審査にお
ける排出ガス・燃費試験において不合格とならないようにするため,走
行抵抗を故意に引き下げた。
(エ)机上計算で算出された数値のみを用いて走行抵抗としたこと(不正行
為D)10
被告三菱自動車の性能実験部の担当者らは,燃費目標を達成したこと
にするため,又はその他の理由により,走行抵抗を実走実験で測定せ
ず,あるいは高速惰行法で測定した走行抵抗を使用することもせずに,
単に机上計算で算出した数値を走行抵抗として使用した。
イ上記アの各加害行為は,いずれも,被告三菱自動車の事業の執行につい15
て行われており,上記各加害行為により原告らに別紙3-1,3-2「⑪
合計請求額」欄及び別紙3-3「⑮残損害額(不法行為)」欄記載の各損
害額が発生した。
(被告三菱自動車の主張)
原告らの主張は否認し,又は争う。具体的な主張は,前記争点(1)の被告20
三菱自動車の主張欄のとおりである。
また,不正行為A,B及びDは,燃費値を良く算定する効果を持つもので
はなく,そもそも原告らに対する不法行為法上の違法行為とはいえない。
そして,原告らの主張する不正行為A~Dの主体は,性能実験部又は認証
試験グループの担当者であるが,当該担当者が「被告販売店に,原告らに本25
件車両を販売させた」ということはできない。また,この点以外にも,性能
実験部又は認証試験グループの担当者が「被告販売店に,原告らに本件車両
を販売させた」との行為を自ら行ったことによる故意・過失は認められない
し,当該行為による権利侵害もこれにより生ずる損害も認められないなど,
不法行為の各要件が満たされない。したがって,被告三菱自動車の被用者で
ある性能実験部又は認証試験グループの担当者の行為が不法行為の要件を備5
えているということはできない。
(3)争点(3)(〔争点(1)及び(2)に係る〕損害額)について
(原告らの主張)
被告三菱自動車の加害行為によって原告らが被った損害は,次のア~ウの
とおりでありこれらを合計した金額が別紙3-1,3-2「⑪合計請求額」10
欄及び別紙3-3「⑮残損害額(不法行為)」欄記載のとおりである。
ア本件車両を購入するために支払った代金(車両購入代金等)(別紙3-
1~3-3「⑦支払済額」)
原告らは,eKシリーズ又はデイズシリーズのカタログ等に「国交省の
定める測定方法等による燃費性能」よりも優れた燃費性能が表示されてい15
ることを知っていたならば,本件車両を購入することはなかった。このこ
とに照らせば,別紙3-1~3「⑦支払済額」欄記載の金額は,被告三菱
自動車の加害行為によって被った損害額である。
イ燃料代金差額,自動車関連諸税の追加負担額(別紙3-1~3-3「⑨
補償額」)20
原告らは,被告三菱自動車の加害行為によって,燃料代金差額,自動車
関連諸税の追加負担額の損害を被った。被告三菱自動車及び日産自動車
は,上記損害について,車両1台当たり10万円の損害賠償金(ただ
し,残価設定型クレジットを利用した者については契約年数に1万円を
乗じた額の損害賠償金)を支払うこととしており(前記前提事実(5)イ及25
びウ),上記損害を金銭評価すると,車両1台当たり10万円の損害賠
償金(ただし,残価設定型クレジットを利用した者については契約年数
に1万円を乗じた額の損害賠償金)とすべきである。
ウ弁護士費用(別紙3-1~3-3「⑩弁護士費用」)
原告らが請求することができる弁護士費用は,別紙3-1~3-3「⑩
弁護士費用」欄記載の金額が相当である。5
エ不法行為目的論を踏まえた損害論の主張
(ア)不法行為制度の目的論
不法行為制度の目的は,伝統的には「損害の公平な分担」と考えられ
てきたが,近年,このような制度目的を再考又は再編すべきとし,不法
行為の制度目的を「個人の権利の保護」又は「権利の法実現」と捉える10
学説が有力に主張されている。不法行為制度の目的をこのように理解す
ると,不法行為の機能は,損害の塡補だけではなく,加害行為の抑止的
機能及び制裁的機能がより重視されることになる。不法行為制度の目的
として,損害の塡補とともに,将来の違法行為の抑止を掲げる見解は増
加しつつある。15
(イ)被告三菱自動車による加害行為とこれに対する制裁及び将来的な抑止
の必要性
被告三菱自動車が燃費偽装を行い販売した車両は,62万5000台
にものぼり,社会的にも大きな影響を与えた。今後,同様の消費者被害
を防ぐことの必要性は高く,また,利益を追求して本件燃費偽装を行っ20
た巨大自動車メーカーに対する制裁の必要が高いことはいうまでもな
い。
また,被告三菱自動車は,過去に複数回にわたりリコール隠しを行っ
てきたにもかかわらず,今回,多くの被害者を出すような燃費偽装を行
ったものであり,その悪質性は高い。25
さらに,本件車両の使用利益について,損益相殺を認めれば,被告三
菱自動車としては責任を認めずに訴訟を長期化させることによって,賠
償額を低くすることができることになるところ,これは不法行為の制裁
的機能を没却させる行為である。また,本件燃費偽装のように,利益を
追求するために不正を行っても,解決を遅らせることによって賠償額を
低く抑えることができる(すなわち,不正に得た利益を吐き出さなくて5
すむ)ことになれば,不正を抑止することができず,不法行為の抑止的
機能も没却されるといえる。
以上のことに照らせば,本件車両に係る原告らの使用利益について損
益相殺を認めることは,不法行為制度の制裁的機能や抑止的機能という
不法行為制度の制度目的を没却させるものであり,裁判手続を含めた司10
法制度の機能を失わせることになり,許されるべきではない。
(被告三菱自動車の主張)
ア原告ら主張の加害行為と相当因果関係のある損害
原告ら主張の加害行為は「『国交省の定める測定方法等による燃費性
能』よりも優れた虚偽の燃費性能が記載されたカタログを作成し,被告15
販売店らに本件車両を販売させたこと」等であるところ,当該加害行為
により原告らが受け得る不利益は当該車両の「国交省の定める測定方法
等による燃費性能」がカタログの記載よりも低かったというものにとど
まる。本件車両は,その安全性や走行性能には何ら問題はなく,原告ら
はそれ以外の全ての部分についてカタログに記載したとおりの性能の車20
両を取得しているのであるから,被告三菱自動車が「国交省の定める測
定方法等による燃費性能」よりも優れた数値をカタログやウェブサイト
で表示したことにより生じ得る原告らの損害は,カタログやウェブサイ
ト等に記載された燃費値と「国交省の定める測定方法等による燃費性
能」との差から生ずる燃料代金差額,自動車関係諸税の追加負担額のみ25
(すなわち,カタログに記載された燃費値と正しい燃費値〔新届出燃費
値〕との差により生じた追加負担額のみ)であって,当該車両購入代金
相当額ではない。
また,原告らはいずれにせよ車両を購入する必要性があったものである
から,他の同等の車両を購入するのが通常といえる。したがって,仮
に,カタログに新届出燃費値が記載されていた場合は原告らが本件車両5
を購入しなかったとしても,当該車両の購入代金相当額を支出して他の
車両を取得したと考えられるのであるから,当該車両購入代金相当額
は,原告らの損害と認められない。
イ加害行為と車両購入代金相当額の損害との間の事実的因果関係もないこ
と10
前記争点(1)の被告三菱自動車の主張欄イ(ア)~(エ)の事実に照らせば,
原告らがeKシリーズ又はデイズシリーズのカタログやウェブサイト等に
記載されていた燃費性能を決め手として本件車両の購入を決めたことが立
証されているとはいえず,仮に,カタログに新届出燃費値が記載されてい
たとしても,原告らが本件車両を購入しなかったとはいえない。15
ウ本件車両の購入代金について(損益相殺又は損益相殺的調整)
(ア)仮に,原告らに本件車両購入代金相当額の損害額の発生が認められる
としても,次のa~cのとおり,次のそれぞれの金額が損害額から差し
引かれるべきである(損益相殺又は損益相殺的調整)。その結果,原告
らの請求は全て認められない。20
a本件車両の時価相当額
原告らは現に本件車両を保有しており,当該車両に係る売買契約締
結時における,当該車両の時価相当額すなわち車両購入代金相当額
は,損害額から差し引かれるべきである。
b本件車両の使用利益相当額25
原告らは本件車両の引渡しを受けてから当該車両の使用利益を得て
おり,使用利益相当額は損害額から差し引かれるべきであり,この使
用利益相当額は,レンタカー代金等に基づき算出されるべきである。
c車両本体価格及び付属品価格以外の費目に要した費用
原告らは,車両本体価格及び付属品価格以外の費用(自動車重量
税,自動車取得税,自動車賠償責任保険料,車庫証明手続や検査登録5
手続の手続代行費用,納車費用,下取車査定料,リサイクル預託金,
リサイクル資金管理料金,希望ナンバーの指定料,預り法定費用,ロ
ードサービス関連費用,収入印紙代,「つくつく保証」〔メーカー保
証を2年間延長するプログラム〕,自家用自動車協会の会費,クレジ
ット手数料,消費税・地方消費税等を支出することで,各費用項目に10
対応する便益を得ているか,又は原告らに損害がないため,これらの
費用は損害額から差し引かれるべきである。
(イ)仮に,原告らの被告三菱自動車に対する不法行為に基づく損害賠償
請求が認められ,かつ,原告らの被告三菱販売店らに対する本件車両の
売買契約の取消しが認められる場合において,少なくとも原告らが被告15
三菱販売店らから既払車両購入代金の返還を受けた場合には,返還の範
囲で損害の補てんを受けたこととなり,損害が認められない。そして,
被告三菱系販売店らは,原告らの本件車両の売買契約取消しを前提とす
る不当利得返還請求について,本件車両の使用利益相当額の不当利得返
還請求権を自働債権として相殺の意思表示をしているため,この相殺が20
認められる場合には,相殺の範囲で損害の補てんがあったこととなる。
エ燃料代金差額,自動車関係諸税の追加負担額
(ア)原告らは燃料代金差額,自動車関係諸税の追加負担額の損害の発生及
びその額を個別具体的に立証すべきところ,そのような立証がされてい
ない。なお,被告三菱自動車は,「eKワゴン」・「eKカスタム」・25
「eKスペース(カスタム類別を含む。)」を使用していた者に対して
1台当たり10万円の損害賠償金(ただし,残価設定型クレジットを利
用した者については契約年数に1万円を乗じた額の損害賠償金)を支払
うこととしているが,これは,被告三菱自動車の任意の支払を受領して
本件の解決を図る意思のある車両購入者に対して一律の支払をすること
としたものであって,本件訴訟において,燃料代金差額,自動車関係諸5
税の追加負担額の損害額が10万円であることを認めたわけではない。
また,追加負担額は,年間5000円に満たない。
(イ)また,仮に,原告らに本件車両の購入費用分の損害が発生していると
すれば,当該車両購入による原告らの損害は完全に塡補されるのである
から,燃料代金差額,自動車関係諸税の追加負担額の損害額が発生する10
ことはない。
オ不法行為目的論を踏まえた損害論の主張
(ア)不法行為制度の目的
不法行為制度の目的は,被害者に生じた現実の損害を塡補することに
より,被害者を不法行為がなかった状態に回復させることにあり,加害15
者に対する制裁や違法抑止は,被害者に生じた現実の損害が塡補される
ことによる反射的な効果にすぎない。加害者に対する制裁や違法抑止
は,刑事上又は行政上の法令によって達成されるべきものである。
不法行為の目的として,損害の塡補のみならず,制裁や違法抑止の目
的も重視すべきであるという立場もある。しかし,通説は,不法行為の20
目的は損害の塡補であり,制裁や抑止の作用は損害の塡補に伴う事実上
の機能にすぎないとしており,上記の立場は少数説にとどまる。また,
不法行為の目的として,制裁や違法抑止の目的を含むとする学説も,不
法行為の主目的が損害の塡補にあることを否定するものではなく,制裁
や違法抑止といった目的を二次的な目的と位置付けている。25
このように,学説上も,不法行為の目的は損害の塡補にあるとされて
おり,制裁や違法抑止が不法行為制度の目的であることを前提とし,加
害者に懲罰的に実損を超える損害賠償を課すことや,被害者に被った損
害以上の利益を移転させる立場は,支持を得ていない。
(イ)不法行為の目的に照らし,使用利益が損害から控除されるべきこと
不法行為の目的に照らせば,被害者が不法行為により利益を得た場合5
は,損益相殺又は損益相殺的調整として,その利益の額を損失から控除
すべきである。
その上で,本件車両は,安全性や走行性能に何ら問題はなく,追加費
用負担が発生する以外は,原告らが本件車両を購入した際に期待した性
能(安全性,走行性能,外観,内装等)を全て備えていたのであって,10
安全性等に重大な瑕疵があるとか,社会経済的な価値を有さないといっ
たものではない。原告らは,追加費用負担という経済的な点を除き,何
ら支障なく当初想定した態様で本件車両を使用することができた。した
がって,原告らは,本件車両を使用することにより使用利益を得たとい
える。15
(ウ)制裁や違法抑止の観点等を考慮したとしても,使用利益が損害から控
除されるべきこと
仮に,加害者に対する制裁や違法抑止等の観点から,損害から適正に
算定された使用利益を控除することを否定又は制限することができると
いう立場に立ったとしても,①本件車両が,追加の燃費代等が生ずるこ20
とを除き,何ら問題なく使用することが可能な車両であること,追加の
燃費代等も僅かな額にとどまること,②原告らが正しい燃費値を知って
いれば,本件車両を購入しなかったとはいえないこと,③被告三菱自動
車は任意の賠償金の支払をしており,被害回復がされていないとはいえ
ないこと,④本件が,被告三菱自動車の経営陣の関与・主導の下で行わ25
れたものではないこと,⑤被告三菱自動車が既に法律上及び事実上の制
裁を受けたこと,⑥被告三菱自動車が本件を受けて真しに再発防止策を
実施していること,⑦被告三菱自動車が,過去のリコール隠しの問題に
ついて反省し,再発防止策を実施してきたこと等に照らせば,本件訴訟
を通じて被告三菱自動車に対する制裁や違法抑止を実現すべきであると
はいえない。5
(4)争点(4)(亡Jが「消費者」(消費者契約法2条1項)に当たるか否か)
について
(原告らの主張)
亡Jは,自宅住所においてカイロプラクティック施術所を経営する個人事
業主である。しかし,亡Jは,別紙3-2の8の1~8の5番の「④車両」10
欄記載の車両であるeKワゴンについて,原告8の1番が家事に使用するた
めに購入したのであって,当該車両に係る売買契約において,「消費者」に
該当する。
(被告三菱系販売店らの主張)
原告8の1番はL株式会社の代理店として,同社から自動車の貸与を受15
け,車両を用いて訪問販売事業を営んでいたが,貸与期間満了に伴い,本件
車両を購入したものである。すなわち,亡Jは,本件車両を,原告8の1番
が事業として行う訪問販売に使用する目的で購入したのであるから,「消費
者」に該当しない。
(5)争点(5)(消費者契約法4条1項1号に基づき本件車両に係る売買契約を20
取り消すことができるか否か)について
(原告らの主張)
ア「勧誘をするに際し」,不実告知,因果関係,意思表示
被告販売店らは,原告らとの間で本件車両の売買契約の締結について勧
誘をするに際し,原告らに対し,車両の燃費性能について,「国交省の25
定める測定方法等による燃費性能」よりも優れた虚偽の燃費性能が記載
されたカタログを原告らに交付・提示し,又は虚偽の燃費性能を口頭で
述べるなどした。これにより,原告らは,被告販売店らから伝えられた
燃費性能が事実であると誤信し,本件車両を購入した。
イ「重要事項」,「通常影響を及ぼす」
次の(ア)~(オ)の事実に照らせば,燃費性能は,軽自動車を購入する際の5
重要な要素であり,軽自動車の売買契約を締結するか否かについての判
断に通常影響を及ぼすものといえる。
(ア)各種調査において,多くの人が,燃費の良さを車選びの際の考慮要
素としているという結果が存在する。
(イ)一般社団法人自動車公正取引協議会が定める自主規制のルールにお10
いて,虚偽又は誇大な燃費性能を表示することが禁止されている。
(ウ)被告三菱自動車が,燃費性能において競合他社の商品に勝るため
に,燃費性能を偽装した。
(エ)被告三菱自動車と日産自動車は,eKシリーズとデイズシリーズの
カタログにおいて,eKシリーズとデイズシリーズの燃費性能の良さ15
(低燃費であること)を強調していた。
(オ)テレビ番組「ガイアの夜明け」において,eKシリーズとデイズシ
リーズの燃費性能についての紹介がされた。
ウ被告販売店らの主張に対する反論
(ア)不実告知の特定について20
被告販売店らは,原告らに提示されたカタログを特定する必要がある
旨主張する。しかし,原告らが提示されたカタログにはいずれも「国交
省の定める測定方法等による燃費性能」よりも優れた虚偽の燃費性能が
記載されていたのであるから,カタログの特定は不要である。
(イ)原告らがカタログを見たこと25
被告販売店らは,原告らが本件車両の購入を決定する前に当該車両
のカタログを見たかどうかが明らかでない旨主張する。しかし,一般
の消費者が高額かつ長期にわたり使用することになる自動車の購入を
決める前に当該車両のカタログを被告販売店らから提示されていない
とするのは不自然である。
(ウ)「重要事項」該当性5
被告販売店らは,①当該消費者契約を維持しつつ損害賠償請求をすれ
ば契約の目的を達成することができるような事項は「重要事項」には該
当しない,②新届出燃費値が公表された後もeKシリーズ又はデイズシ
リーズが公表前と大差なく販売されていることから,燃費性能の差は
「重要事項」に該当しない旨主張する。しかし,上記①の主張は,被告10
販売店ら独自の見解にすぎない。また,上記②の主張は,燃費偽装発覚
後に法令で定められた方式で算定された燃費値に基づいて勧誘された者
と燃費値を誤認した状態でeKシリーズ又はデイズシリーズを購入した
原告らとではその立場が異なることに照らせば,理由がない。
(エ)因果関係15
被告販売店らは,原告らが本件車両を購入するに当たり,燃費性能が
決め手になったとは限らない旨主張する。しかし,被告販売店らの主張
は,抽象的な可能性を指摘するものにすぎず,原告らがあえて訴訟を提
起した経緯を無視するものである。
(被告三菱系販売店らの主張)20
ア「勧誘をするに際し」,不実告知の特定について
原告らは,「車両の燃費性能という重要事項について,『国交省の定め
る測定方法等による燃費性能』よりも優れた虚偽の燃費性能が記載された
カタログを原告らに交付・提示し,又は虚偽の燃費性能を口頭で述べるな
どした」ことが,被告三菱系販売店らが「消費者契約の締結について勧誘25
をするに際し」,「重要事項について事実と異なることを告げる」行為に
当たるとする。しかし,原告らの主張では,個々の原告らが実際に提示又
は交付されたカタログの種類が十分に特定されておらず,口頭説明の具体
的内容も明らかではない。また,個々の原告らが実際にカタログの交付・
提示又は燃費性能についての口頭説明を受けたことが立証されていない
(単に,カタログの交付を受けた旨の原告ら実施のアンケートに対する回5
答のみでは,立証として不十分である。)。
イ「重要事項」該当性について
(ア)「重要事項」とは,物品等の消費者契約の目的となるものの質,用
途,その他の内容に関するものであって,当該消費者契約を締結する
か否かの消費者の判断に影響を及ぼすものをいい,当該消費者契約を10
維持しつつ損害賠償請求をすれば契約の目的を達成することができる
ような事項は「重要事項」には該当しないというべきである。
(イ)そして,次のa~cの事実に照らせば,本件車両の燃費性能は,
「重要事項」には該当しない。
a本件車両であるeKシリーズは,その安全性や走行性能には何ら15
問題はなく,少なくとも本件のように1年間で5000円に満たな
い負担増が生ずるにすぎない事案においては,燃費性能は結局費用
の問題でしかないから,燃料費と自動車関連諸税の追加負担額の塡
補を受ければ,経済的にみれば,原告らが「国交省の定める測定方
法等による燃費性能」を前提として本件車両を購入した場合と変わ20
りがなく,契約の目的を達成することができるといえる。
beKシリーズは,新届出燃費値が公表された平成28年6月21
日以降も新届出燃費値が公表される前と大差なく販売されている。
c一般に,届出燃費値は一応の参考値にすぎず,車両購入時に考慮
される要素としての重みは大きくない。25
(ウ)車両を購入する際の考慮要素は燃費以外にも多岐にわたり,どの事
情をどの程度考慮するかは人により千差万別であって,中には,車両
を購入する際にそもそも燃費を考慮要素としない者,考慮しても他の
考慮要素をより重視する者が少なからず存在する。原告らの挙げる調
査結果をもって,本件において燃費性能が「重要事項」に該当すると
いうことはできない。5
(エ)景品表示法は,行政処分等により公正かつ自由な競争を促進するこ
とを直接の目的としており,それにより保護される「一般消費者」
(同法1条等)の利益は反射的ないし事実上のものにとどまる。他
方,消費者契約法は,個々の具体的な消費者の私法上の権利関係を規
律するものであり,両者は趣旨を異にしている。したがって,景品表10
示法に基づく処分がされたことや,景品表示法に基づく自主規制ルー
ルに燃費の虚偽記載の禁止が記載されているからといって消費者契約
法上も「重要事項」性が認められるというものではない。
ウ因果関係について
次の(ア)~(ウ)の事実に照らせば,原告らがカタログに記載されていた燃15
費性能を決め手として本件車両の購入を決めたことが立証されていると
はいえず,被告三菱系販売店らの不実告知行為によって原告らが当該車
両についての売買契約を締結したとはいえない。
(ア)一般に,新たに自動車を購入しようとする者のなかには,商品のカ
タログの内容を見る以前に車両の購入を決定していることがある。20
(イ)一般に,新たに自動車を購入しようとする者が商品カタログを見た
場合であっても,そこに記載された燃費性能を確認したとは限らない。
(ウ)仮に,原告らが,車両の購入を決定する過程で,カタログに記載され
た燃費性能を見たり,口頭での説明を受けたりしたとしても,当該燃費
性能が購入の決め手になった(すなわち,仮に,カタログ等に記載され25
るべき燃費性能が記載されていた場合,原告らが別紙3-1~3-3
「④車両」欄記載の車両を購入しなかった)とは限らない(本件アンケ
ートの内容に照らしても,当該燃費性能が購入の決め手になったとはい
えない。)。
(被告日産系販売店らの主張)
ア具体的な主張の欠如について5
原告らの主張は,消費者契約法4条1項1号の各要件に該当する具体的
事実について,具体的な主張を欠いている。
イ不実告知に関する主張の変遷について
原告らは,当初不実告知に関して,「実際の燃費性能よりも優れた虚偽
の燃費性能が記載されたカタログを原告らに交付・提示」したことをそ10
の内容として主張していたが,その後「国土交通省の定める測定条件と
測定方法により算出される燃費性能よりも優れた虚偽の燃費性能がカタ
ログ等に記載されたこと」であると主張を変遷させた。このような原告
らの主張の変遷は,消費者契約法に基づく取消しの要件に関する基本的
な主張自体に疑義を生じさせる事情である。15
ウ「勧誘をするに際し」,不実告知の特定について
(ア)契約の締結について「勧誘をするに際し」,不実告知が行われたとい
うためには,個別の消費者の意思形成に直接影響を与えるような働きか
けが認められることが必要である。原告らが,カタログの交付・提示に
より,売買契約の締結について「勧誘をするに際し」不実告知が行われ20
たと主張するのであれば,実際に提示・交付されたカタログを特定し,
その記載内容を斟酌する必要がある。
したがって,カタログに「虚偽の届出燃費値が記載されている」こと
のみでは「個別の消費者の意思形成に直接影響を与えるような働きか
け」がされたとはいえず,カタログの交付・提示をもって一律に契約の25
締結について「勧誘をするに際し」不実告知が行われたということはで
きないというべきである(最高裁平成28年(受)第1050号同29
年1月24日第三小法廷判決・集71巻1号1頁参照)。
また,口頭説明により,売買契約の締結について「勧誘をするに際
し」不実告知が行われたと主張するのであれば,当該説明が個別の消費
者の意思形成に直接影響を与えるような働きかけがあったといえるかを5
判断するに足りる個別具体的な事実を主張する必要がある。
しかし,原告らの主張では,個々の原告らが実際に提示・交付された
カタログの種類が十分に特定されておらず,口頭説明の具体的内容も明
らかではない。また,原告らのうち,自ら交付を受けたとするカタログ
を証拠として提出した者は一部の原告のみであって,少なくともこれを10
証拠として提出していない原告らについては,カタログの交付を受けた
という事実の立証がない(単に,カタログの交付を受けた旨の原告ら実
施のアンケートに対する回答のみでは,立証として不十分である。)。
(イ)そもそも,一般に,自動車の販売においては,カタログだけでな
く,車両を実見し,販売担当者との種々の商談・折衝を経て購入に至る15
という特徴があることに照らせば,「勧誘をするに際し」不実告知が行
われたというためには,カタログの交付を受けた事実に加え,交付を受
けたとするカタログの具体的な内容,原告らが売買契約を締結するまで
の間にされた販売担当者による口頭説明の内容,当該説明が行われた際
の具体的な状況を考慮した上で,これらが相まって形成された表示の内20
容を検討する必要があるというべきである。
そして,①本件車両のカタログ上の記載をもって,燃費値に関し,個
別の消費者の意思形成に直接影響を与えるような働きかけがされたとは
いえないこと,②販売担当者によっては,顧客に対する説明の際,顧客
から質問を受けない限り,カタログに記載された燃費値について口頭説25
明しない方針をとっていたこと,③販売担当者が顧客に対し,燃費値に
ついて説明した場合であっても,「カタログ値が国土交通省の定める測
定条件と測定方法により算出されたもの」である旨を説明することはな
かったことなどに照らせば,売買契約の取消しを基礎付けるような不実
告知は行われていないといえる。
(ウ)被告日産系販売店らが当時一般に使用していたデイズシリーズのカタ5
ログの記載内容に照らしても,燃費値に関し個別の消費者の意思形成に
直接影響を与えるような働きかけがされていたとは認められない。原告
らは,単にいずれのカタログにおいても燃費値が記載されていることを
理由に,低燃費であることを重要な訴求要素としている旨主張する。し
かし,上記のいずれのカタログにおいても,低燃費を訴求要素として強10
調しているということはできず,消費者の意思形成に直接影響を与える
ような働きかけがされているとはいえない。
(エ)そもそも,燃費値の記載は「乗用自動車のエネルギー消費性能の向
上に関するエネルギー消費機器等製造事業者等の判断の基準等(平成2
5年3月1日経済産業省・国土交通省告示第2号)」に沿ったものであ15
り,カタログにおいて燃費値に係る記載が存在し,かつ,それが目立つ
方法で記載されていたとしても,これらの記載をもって,低燃費を訴求
要素として強調していることにはならない。
(オ)また,不実告知の特定として,原告らは,各原告が購入した車両に
ついて,少なくともグレード及び駆動方式をもって車種を特定し,それ20
について被告日産系販売店らから告げられた燃費値及び実際の燃費値を
具体的に主張しなければならないが,そのような主張はされていない。
(カ)「国土交通省の定める測定条件と測定方法により算出される燃費性
能よりも優れた虚偽の燃費性能が記載されたカタログを原告らに交
付・提示」したことが不実告知であるという原告らの主張を前提にし25
ても,デイズシリーズのカタログにおいて,「国土交通省の定める測
定条件と測定方法により算出される燃費性能」であることが訴求され
ているとはいえず,消費者の意思形成に直接影響を与えるような働き
かけがされているともいえない。
エ「重要事項」該当性について
(ア)「重要事項」とは,物品等の消費者契約の目的となるものの質,5
量,用途その他の内容に関するものであって,「消費者の当該消費
者契約を締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきも
の」をいう。
(イ)一般に,当該消費者契約を維持しつつ損害賠償請求をすれば契約の
目的を達成することができるような事項は「重要事項」には該当しな10
い。本件において,自動車の安全性や走行性能には何ら問題はなく,
燃料費と自動車関連諸税の追加負担分額の補てんを受ければ,経済的
にみれば,原告らが実際の燃費性能を前提として車両を購入した場合
と変わりがなく,契約の目的を達成することができるといえるから,
本件車両の燃費値の差異は,「重要事項」には該当しない。15
(ウ)本件で,告知の内容が「重要事項」に該当するか否かは,旧届出燃
費値と新届出燃費値の差異を具体的に検討した上で,上記の判断に通
常影響を及ぼすべきものであるか否かによって個別に判断されるべき
である。なぜなら,その差異が限定的であれば限定的損失の程度も僅
かであり,また,カタログ上の燃費値は1つの目安であって実走行燃20
費と一致するものではなく,その差異により経済的損失が当然に生ず
るものではないことに照らせば,それが直ちに上記の判断に通常影響
を及ぼすべきものとはいえないからである。
(エ)次のa,bの事実に照らせば,本件車両の燃費値の差異は,「重要事
項」には該当しない。25
a本件車両のうち,デイズシリーズに属する車両の燃費値の差異は最
大で4.6㎞/Lであるが,これは,カタログ上同じ燃費値の車両に
おける実走行燃費として容易に変動し得る範囲内の数値である。
b上記燃費値の差異は,通常の使用を前提とすれば,最大でも1年
当たり5000円程度の差額を生じさせるにとどまるが,これは,
車両自体の価格や車両の維持費の総額に比して決して大きなもので5
はなく,そのような経済的負担の差が存在することを理由として一
般平均的な消費者が車両の購入を取りやめるとはいえない。
(オ)また,「国土交通省の定める測定条件と測定方法により算出される
燃費性能よりも優れた虚偽の燃費性能が記載されたカタログを原告らに
交付・提示」したことが不実告知であるという原告らの主張を前提にす10
ると,「カタログ記載の燃費性能が国土交通省の定める測定条件と測定
方法により算出される燃費性能であること」が「重要事項」に該当する
ことが必要となる。しかし,カタログに記載された燃費値が国土交通省
の定める測定条件と測定方法に則ったものであるか否か自体が,実走行
燃費にかかわらず,消費者の契約締結の判断に通常影響を及ぼすべき15
「重要事項」に該当するとはいえない。
オ因果関係について
(ア)原告らは,因果関係に関して,被告日産系販売店らにより告げられ
た内容が事実であると誤認し(不実告知と誤認との間の因果関係),
それにより本件車両についての売買契約を締結したこと(誤認と契約20
申込みの意思表示との間の因果関係)を,それぞれ具体的に主張する
ことを要する。
(イ)原告らは,不実告知と誤認との間の因果関係として,カタログの交
付・提示を受けたことを主張するのみならず,交付・提示を受けたカ
タログを特定した上で,その交付・提示を受けたカタログのうち,い25
ずれのページのいかなる記載を見て,事実と異なる燃費値が実際の燃
費値であると誤認したのかという点を具体的に主張する必要がある。
しかし,原告らは,そのような主張をしていない。
また,原告らは,不実告知の内容が,実際は法令で定められた方式で
算定された燃費値でないにもかかわらず,その方式で算定された燃費値
であるとしたことであるとも主張する。しかし,カタログ上のいかなる5
記載をもって「法令に定められた方式で算定された燃費」に関する記載
(不実記載)であると原告らが主張するのか明らかでない上に,カタロ
グの記載を見て「法令に定められた方式で算定された燃費」であるとい
う具体的な認識を個々の原告らが実際に有するに至ったとは認められな
い。10
このことは,原告らの主張する不実告知の内容を,「国土交通省の定
める測定条件と測定方法により算出される燃費性能よりも優れた虚偽の
燃費性能が記載されたカタログを原告らに交付・提示」したこととして
も,同様に当てはまる。
(ウ)原告らは,誤認と契約申込みの意思表示との間の因果関係として,15
実際の燃費値(新届出燃費値)が表示されており,それを認識してい
れば,本件車両についての売買契約を締結しなかったという点を具体
的に主張する必要がある。その判断に際しては,個々の原告が売買契
約の申込みに当たって何を考慮要素として重視していたか,という点
が重要である。この点は,原告らがカタログを見て「法令に定められ20
た方式で算定された燃費」,又は「国土交通省の定める測定条件と測
定方法により算出される燃費性能」であると誤認したという原告らの
主張を前提にしても変わりはない。しかし,次のa~gの事実等に照ら
せば,誤認と申込みの意思表示との間の因果関係は認められず,被告
日産系販売店らの不実告知行為によって原告らが当該車両についての25
売買契約を締結したとはいえない。
a一般に,新たに自動車を購入しようとする者の中には,商品のカタ
ログの内容を見る以前に車両の購入を決定していることがある。
b一般に,新たに自動車を購入しようとする者がカタログを見た場
合であっても,そこに記載された燃費値(国土交通省の定める測定
条件と測定方法により算出されたものであるという点を含む。)を5
確認したとは限らない。
仮に,販売担当者が原告らに対して燃費値の説明を行っていたと
しても,①一般に,販売担当者は,顧客に対し,カタログ値が実走
行燃費と異なることについて説明していること,②一般に,顧客
は,実走行燃費を重視することに照らせば,原告らが「カタログ値10
が国土交通省の定める測定条件と測定方法により算出されたもの」
という点を誤認した結果,本件車両の購入に至ったとは考えられな
い。
c自動車を購入するに当たって通常考慮される要素は,燃費以外に
も多岐にわたって存在し,仮に,カタログ上の燃費値を見ていたと15
しても,あるいは,口頭の説明を受けていたとしても,原告らがそ
の燃費値(国土交通省の定める測定条件と測定方法により算出され
たものであるという点を含む。)を理由として車両を購入したとは
いえない。現に,原告らが提出したカタログには,燃費値に関する
記載に印等がされているものはない。20
d本件で燃費値の差異がもたらす負担増は,最大でも1年当たり5
000円程度のものであるから,原告らに誤認がなかったとして
も,本件車両の売買契約の申込みをしていた可能性は十分に存在す
る。
e新届出燃費値が公表された後においても,引き続きデイズシリー25
ズは販売されており,これを購入する一般消費者は多数存在する。
f被告日産系販売店らが顧客に配布していたカタログにおいては,
多岐にわたる訴求要素が掲載されており,カタログ全体に占める燃
費値(国土交通省の定める測定条件と測定方法により算出されたも
のであるという点を含む。)に関する記載の割合は非常に小さく,
燃費性能が訴求要素として強調されているわけではなかった(特5
に,特別仕様車である「Vセレクション」のカタログ〔丙共4の1
1~13,5の7・8〕における燃費性能についての記載は非常に
少ない。)。
g「国土交通省の定める測定条件と測定方法により算出される燃費性
能よりも優れた虚偽の燃費性能が記載されたカタログを原告らに交10
付・提示」したことが不実告知であるという原告らの主張を前提とし
た場合,原告ら各自の個別な事情として,カタログ記載の燃費値が国
土交通省の定める測定条件と測定方法により算出される燃費値でない
と知っていたならば,実走行燃費にかかわらず,売買契約を締結しな
かったといえることが必要であるところ,そのような事実は認められ15
ない。
(6)争点(6)(〔争点(5)について〕被告販売店らに対して返還を請求するこ
とができる額)について
(原告らの主張)
ア別紙3-1「①原告」欄記載の各原告は同別紙「⑥購入代金」欄記載20
の,別紙3-2「①原告」欄記載の各原告は同別紙「⑦支払済額」欄記
載の,別紙3-3「①原告」欄記載の原告58番は同別紙「⑱残損害額
(不当利得)」欄記載の各金額の損失を被っており,被告販売店らは各
欄記載の金額の利益を得た。
イ被告販売店らは,原告らが本件車両の購入に伴って引き受けた種々の費25
用について,利得がない又は現存利益が存在しないと主張するが,そも
そも契約が無効であれば負担する必要のなかった諸費用を利得がないと
いうのは失当であるし,不当利得を類型論で説明する立場からは,双務
契約の無効又は取消しの場合は原則として原状回復を要することになる
ところ,現存利益の不存在を主張する被告販売店らの主張は矛盾してい
る。5
(被告三菱系販売店らの主張)
ア原告らの主張する金額のうち,車両本体価格及び付属品価格以外の費目
に要した費用(自動車重量税,自動車取得税,自動車賠償責任保険料,
車庫証明手続や検査登録手続の手続代行費用,納車費用,下取車諸手続
費用,リサイクル預託金,リサイクル資金管理料金,希望ナンバーの指10
定料,預り法定費用,ロードサービス関連費用,収入印紙代,「つくつ
く保証」〔メーカー保証を2年間延長するプログラム〕,自家用自動車
協会の会費,割賦手数料,消費税・地方消費税等)については,被告三
菱系販売店らに利得がないか,又は原告らに損失がない。控除されるべ
き具体的な項目及びこれに対応する金額は,別紙5-1の「①原告」欄15
記載の各原告につき,「⑮諸費目計」記載の各金額のとおりである。
イ仮に,本件車両の売買契約の取消しが有効である場合には,被告三菱系
販売店らは,令和2年6月19日の本件弁論準備手続期日において,別
紙5-1,5-2の⑮-4~⑮-8,⑮-11,⑮-17,⑮-18の
金額に相当する額の不当利得返還請求権をもって,各原告の本件車両の20
売買契約の取消しに係る不当利得返還請求権とその対当額において相殺
するとの意思表示をした。
ウ原告らは,別紙3-1,3-2「①原告欄」欄記載の各原告につき売買
代金支払日の翌日を起算日とした利息を請求し,別紙3-3「①原告
欄」欄記載の原告につき,売買代金支払日の翌日から車両売却日までの25
確定利息金の支払を請求に含めるが,売買契約の取消しが有効である場
合に被告三菱系販売店らが利息を負担するのは,悪意の場合に限られる
ところ,被告日産系販売店らが悪意となったのは,早くともの原告らが
売買契約の取消しを主張した日であるから,それ以前の利息を負担しな
い。
(被告日産系販売店らの主張)5
ア原告らの主張は,別紙3-1「①原告欄」欄記載の各原告については,
別紙3-1「⑥購入代金」欄記載の金員,別紙3-2記載の原告らについ
ては別紙3-2「⑦支払済額」欄記載の金員を,別紙3-3「①原告欄」
欄記載の原告については別紙3-3「⑱残損害額(不当利得)」欄記載の
金員をそれぞれ支払うよう請求するものである。10
ところが,原告らが主張するこれらの請求金額には,車両本体価格のほ
か,自動車重量税,自動車取得税,自動車賠償責任保険料,検査登録
(届出〕手続代行費用,車庫証明手続代行費用,納車費用,下取車手続
代行費用,下取車査定料,リサイクル預託金,リサイクル資金管理料
金,希望ナンバー申込手続代行料,ロードサービス関連費用,収入印紙15
代,メンテプロパック,追加保証,自家用自動車協会の会費,割賦手数
料,消費税・地方消費税等が含まれている。これらの金額は,仮に,被
告日産系販売店らが不当利得返還義務を負うことがあるとしても,その
義務の範囲から除外されるべきであり,控除されるべき具体的な金額
は,別紙5-2の「①原告」欄記載の各原告につき,「⑮諸費目計」記20
載の各金額のとおりである。
イ(ア)仮に,本件車両の売買契約の取消しが有効である場合には,被告日産
系販売店らは,平成30年1月17日の本件口頭弁論期日において,別
紙5-1,5-2の「⑮-4」~「⑮-8」,「⑮-11」欄の各金額
に相当する額の不当利得返還請求権をもって,各原告の本件車両の売買25
契約の取消しに係る不当利得返還請求権とその対当額において相殺する
との意思表示をした。
(イ)仮に,本件車両の売買契約の取消しが有効である場合には,被告日産
系販売店らは,平成30年4月20日の本件口頭弁論期日において,別
紙5-2の「⑮-22」欄の各金額に相当する額の不当利得返還請求権
をもって,各原告の本件車両の売買契約の取消しに係る不当利得返還請5
求権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。
ウ原告らは,別紙2-1の原告らにつき売買代金支払日の翌日を起算日と
した利息を請求し,別紙2-3の原告につき,売買代金支払日の翌日から
車両売却日までの確定利息金の支払を請求に含めるが,売買契約の取消し
が有効である場合に被告日産系販売店らが利息を負担するのは,悪意の場10
合に限られるところ,被告日産系販売店らが悪意となったのは,早くとも
の原告らが売買契約の取消しを主張した日であるから,それ以前の利息を
負担しない。
(7)争点(7)(〔争点(5)について〕被告販売店らが使用利益の不当利得返還
請求権を取得するか否か)について15
(被告三菱系販売店らの主張)
ア原告らは,本件車両に係る売買契約に基づいて当該車両の引渡しを受け
た後,当該車両の使用利益を得ている。仮に,上記売買契約が取り消され
た場合,被告三菱系販売店らは,原告らに対し,上記使用利益についての
不当利得返還請求権を取得する。そして,その使用利益は,レンタカー代20
金等に基づき算出されるべきである。仮に,レンタカー代金等に基づき算
出されないとしても,長期利用を前提としたリース代金を基準とすべきで
ある。
すなわち,契約の無効・取消しに関して,使用利益の返還義務を肯定
するのは一般的な見解である。民法189条又は575条の類推適用に25
より使用利益の返還義務を否定する見解は実務上採用されていない。実
際には,被告三菱系販売店らが,受領した車両代金から年5分又は年6
分といった高い利率での利息を得ることなど全くあり得ず(現在の日本
における預金金利はほぼゼロであり,利息はないに等しい。),このよ
うな現実的でない利率を持ち出して使用利益と比較することに意味はな
い。仮に,原告らが車両代金の返還を受けた上,本件車両の使用利益に5
ついては「代金利息」に見合うものとして,その返還の必要がないとす
れば,原告らは,車両代金とともに,本件車両の使用利益を二重取りす
ることとなる。原告らの主張によれば,原告らは,取消し主張の時期を
遅らせたり,事実上車両の返還を拒んだりすること等により,車両の返
還を遅らせれば遅らせるだけ,本件車両を無償で使用し続けられること10
になってしまうが,そのような結果が著しく不当であることも明らかで
ある。原告らが,消費者契約法に基づく取消しにおいては使用利益の返
還を否定する見解として主張する見解も,受け取った商品を既に消費し
てしまっている場合等において,訪問販売法(特定商取引に関する法
律)の扱いを参考にして処理すべきことを示唆するにとどまり,使用利15
益の返還を否定する説ではなく,また,独自の少数見解にすぎない。
また,物の使用による利得を占有の対価である賃料によって把握すべ
きことは,複数の判例が判示するところである(大審院昭和10年
(オ)第2670号同11年5月26日判決・民集15巻998頁,大
審院昭和17年(オ)第1009号同18年2月18日判決・民集2220
巻91頁,最高裁昭和33年(オ)第518号同35年9月20日第三
小法廷判決・民集14巻11号2227頁)。一般に,無権原占有の事
案における占有者に対する不法行為に基づく損害賠償請求や不当利得返
還請求においては,物の使用による利得は占有の対価である賃料相当額
を基準に算定されており,その際,物の利用態様が考慮されることはな25
く,貸主の利益分等が控除されることもない。
原告らは,取消後の使用利益について被告らが返還を要求すること
は,信義則に反し許されないと主張するが,原告らには,本件車両を返
還するか否かにかかわらず,車両を使用する必要性があることを前提と
すると,取消しの前後で原告らが得られた利益が質的に異なるものでは
ない。また,原告らの主張を前提とすると,原告らは取消後の期間につ5
いても車両購入代金の5%の利息を受領できる反面,取消しの意思表示
後は無償で本件車両を使用し続けられることになり,販売店らとの間で
大きな不均衡を生じることとなる。
イ不当利得目的論を踏まえた利得論の主張
(ア)不当利得制度の目的10
不当利得制度の目的は,形式的・一般的には正当視される財産的価値
の移転が,実質的・相対的には正当視されない場合に,衡平の理念に従
ってその矛盾の調整をすることにあるとされていた。仮に,売買契約が
無効となり,売買契約に基づく給付が法律上の原因を欠く状態となった
にもかかわらず,給付によって得た適正に算定された使用利益の返還を15
要さないとすれば,使用利益の返還を受けられない当事者の一方の損失
の下に,他方を利することとなり,当事者の財産的均衡を欠き,衡平を
失することになる。
近年,不当利得の目的及び要件・効果は,財貨の移転や帰属の基礎と
なった法律関係に照らして判断されるべきであるとされている。この立20
場からは,給付利得における不当利得制度の目的は,法律上の原因があ
るものとして行われた給付とは逆向きの財貨の移転を認めることによ
り,給付がなかった状態を回復することにあると解される。したがっ
て,給付利得の一類型である双務契約の清算の場面における不当利得に
おいては,この給付利得における不当利得の目的に従い,当事者に契約25
に基づく給付がなかった状態と同一の財産状態を回復するのが原則とな
る。そして,契約が取り消された場面では,契約に基づく給付がなけれ
ば使用利益を得られなかったのであるから,上記原則に従い,適正に算
定された使用利益が返還されるべきである。
(イ)原告らが得た使用利益が返還されるべきこと
本件車両は,安全性や走行性能に何ら問題はなく,追加費用負担が発5
生する以外は,原告らが本件車両を購入した際に期待した性能(安全
性,走行性能,外観,内装等)を全て備えていた。すなわち,原告ら
は,追加費用負担という経済的な点を除き,何ら支障なく当初想定した
態様で本件車両を使用することができ,本件車両を使用することにより
使用利益を得たといえる。したがって,当事者に契約に基づく給付がな10
かった状態と同一の財産状態を回復させるという不当利得制度の目的に
従い,原告らは,原告らが得た適正に算定された使用利益を被告三菱自
動車販売店らに対して返還すべきである。
仮に,加害者に対する制裁や違法抑止,当事者の「過責」を考慮して
使用利益の返還を否定又は制限できるとの前提に立ったとしても,被告15
三菱系販売店らは,燃費偽装の主体である被告三菱自動車とは異なる法
人であり,被告三菱自動車とは何ら資本関係等の利害関係を有しない者
も含まれるのであって,加害者に対する制裁等を理由に使用利益の返還
を否定することは不当である。
(被告日産系販売店らの主張)20
ア原告らは,本件車両に係る売買契約に基づいて当該車両の引渡しを受け
た後,当該車両の使用利益を得ている。仮に,上記売買契約が取り消さ
れた場合,被告日産系販売店らは,原告らに対し,上記使用利益につい
ての不当利得返還請求権を取得する。一般に,物の使用による経済的価
値とは物の占有から生じた収益(占有の対価)をいい,占有の対価は,25
市場における賃料又は使用料に相当する金額によって算定されることが
先例に照らし明らかであるところ(大審院昭和17年(オ)第1009
号同18年2月18日判決・民集22巻91頁,最高裁昭和33年
(オ)第518号同35年9月20日第三小法廷判決・民集14巻11
号2227頁等),自動車の使用利益は,レンタカー代金がこれに当たる
というべきである。したがって,自動車の使用に対する一般的・標準的5
対価として,デイズシリーズと同型ないし同類型の自動車を賃借した場
合のレンタカー代金に基づき算出されるべきである。
イ仮に,レンタカー代金を基準とすることが相当でない場合は,カーリー
ス代金を基準とすべきである。一般に,カーリースは,特定の顧客に対
し,比較的長期間にわたって自動車を賃貸することが想定されており,10
それを踏まえた料金体系が設定されているところ,カーリース代金も自
動車の使用による経済的価値を示す市場における自動車の賃料又は使用
料としての性質を有するものであり,これを基準に使用利益を算定する
ことは合理的といえる。
ウこれに対し,原告らは,双務契約の取消しに民法189条又は575条15
の適用がある旨主張する。しかし,双務契約が取り消された場合の原状
回復に関して同法189条や575条は適用・類推適用されないという
べきである。
また,原告らは,使用利益の返還義務を認めると,不当勧誘行為による
給付の押し付けや,事業者の「やり得」を認めてしまうことになる旨主20
張する。しかし,不当利得制度は,受益者の利得の保持を否定的に評価
し,これを正常化するための制度であり,特に契約の取消しによる不当
利得返還請求権については,原状回復によって当事者間の客観的な財産
状態を回復させることを目的としているから,使用利益の返還義務を認
めたとしても,何ら公平の理念に反するものではないし,消費者契約法25
に基づく取消しにおける使用利益の返還義務を一律に否定するとなれ
ば,事業者の故意・過失を問わず,事業者の負担において消費者を利す
る結果となり,かえって不当な結論となる。特に,本件では,原告らは
全く利用価値のない物を押し付けられたわけではなく,燃費値は劣ると
しても,通常の目的に沿った使用が可能な乗用車を現に占有・使用して
いるのであるから,消費者契約法に基づく取消しであることを理由とし5
て,使用利益の返還義務を否定すべき事案ではない。
エ不当利得目的論を踏まえた利得論の主張
(ア)不当利得の目的論
不当利得の目的論について,利得の発生原因からその態様を観察する
と,①社会生活関係の中で他人の財貨の侵害として不当利得が生ずる場10
合と②契約などの一定の法律関係に基づいてされた給付自体が法律上の
原因を欠くに至った場合の2つに大別することができる(類型論)。そ
して,契約の取消しによる不当利得返還請求権は,給付の基礎となった
法律関係の清算のために与えられるものであり,法律上の原因があるこ
とを前提に行われた給付とは逆向きの客観的な財貨の移転を認めること15
によって,給付による財貨移転が生ずる前の原状に回復させることを目
的とするものである。このような給付不当利得(②)における不当利得
返還請求権の目的に鑑みれば,売買契約が取り消された場合,給付によ
る財貨移転が生ずる前の原状に回復させるため,法律上の原因があるこ
とを前提に行われた給付とは逆向きの客観的な財貨の移転として,売主20
が買主に対して目的物の代金に利息を付して返還する義務を負う一方
で,買主は売主に対し,目的物とともに,目的物を使用することによっ
て得た使用利益に相当する金銭の全額について,これを当然に返還する
義務を負うことは明らかである。
(イ)財貨移転以外の要素を考慮して不当利得の利得額を決することが相当25
でないこと
不当利得の返還義務の範囲を決するに当たり,当事者双方の「過責」
(悪意,過失や社会的に非難される行為等)を考慮する見解がある。こ
の見解によれば,公平の理念の下,企業の社会的責任や違法行為の抑止
といった要素を考慮して使用利益の返還義務の範囲を縮減することも想
定される。しかし,不当利得制度は,受益者による財産的価値の保持を5
否定的に評価し,これを正常化するための制度であること,取り消され
た契約を原状回復することによって買主に損害が生じた場合には,不法
行為に基づく損害賠償請求を行使することで損害の塡補が可能であるこ
と,不法な原因に基づいてされた給付は民法708条によって返還請求
権が否定され,不当利得に該当する場合であっても,財貨の移転の原因10
が不法なものであるときは,その法律上の原因のないことを理由として
利得の返還を請求することができないとされており,現行法の不当利得
制度の下でも必要な限度で違法行為の抑止を図る規定が定められている
といえることに照らせば,利得額の決定に当たって,客観的な財産的価
値を超えた企業の社会的責任や違法行為の抑止といった規範的要素を考15
慮すべきではない。公平の理念は,飽くまで契約当事者間における財産
的価値の矛盾の調整によって果たされると解すべきである。
(ウ)本件において使用利益の返還義務を否定又は縮減する余地がないこと
仮に,一般論として財貨移転以外の要素を考慮して不当利得の利得額
を決する余地があるとしても,本件の場合,①原告らは,燃費値以外は20
通常の目的に沿った使用が可能な本件車両を占有,使用している上,本
件車両の燃費値の差によって生ずる経済的価値の損失についても実質的
に回復しており,表意者保護の要請が働かないこと,②被告日産販売会
社らは,不実告知について故意・過失が全く認められず,社会的に非難
されるべき行為,容態も認められない以上,違法行為の抑止や企業の社25
会的責任を問う前提を欠いていることに鑑みれば,少なくとも本件にお
いて,原告らの被告日産販売会社らに対する使用利益返還義務を否定
し,又は縮減する余地を認めることはできない。
(原告らの主張)
ア使用利益の返還請求・損益相殺は認められないこと
被告販売店らは,仮に,本件車両に係る売買契約が消費者契約法に基づ5
いて取り消された場合,被告販売店らは,原告らに対し,当該車両の使用
利益についての不当利得返還請求権を取得する旨主張する。
しかし,消費者契約法は,消費者と事業者の双方契約を規律するもので
あるところ,①双方契約の無効又は取消しに関しては,民法189条の適
用又は民法575条の類推適用により,使用・収益の返還義務を否定すべ10
きである(最高裁判所昭和49年(オ)第1152号同51年2月13日
第二小法廷判決・民集30巻1号1頁の射程は,本件には及ばない。特
に,本件において取り消された契約は,賃貸借契約等のように物の利用利
益を目的とするものではないのであるから,使用・収益の返還義務は否定
されるべきである。)。②軽自動車協会が公表している統計資料によれ15
ば,自家用軽自動車の平均使用年数は約14年間であり,1年間当たりの
使用対価は購入代金の約7.14%となり,民法所定の年5分の利率や年
6分の商事法定利率と比較してそれほど不均衡ではなく,このことからも
上記①の結論が肯定されるべきである。③また,特に消費者契約法に基づ
く取消しについては,仮に,使用利益の返還義務を認めると,不当勧誘行20
為による給付の押し付けや,事業者の「やり得」を認めてしまうことにな
り,消費者契約法が取消権を認めた意義を失わせるし,違法行為を助長す
ることになるため,クーリングオフについての規定(特定商取引に関する
法律9条等)の類推適用又は信義則により,使用利益の返還が否定される
べきである。25
イ被告販売店らの主張する使用利益の算定方法が不合理であること
被告販売店らは,上記使用利益について,レンタカー代金等に基づき算
出すべきである旨主張する。
しかし,使用利益が現存利益に含まれるのは,受益者が目的物を取得し
たことにより出費が節約されたことが理由とされており,受益者の現在の
財産と受益者が目的物を取得しなければ有したであろう財産との差額が使5
用利益とされるべきである。そして,レンタカーは,一般に,一時的な利
用に用いられ,その代金はレンタカー業者の諸経費及び利益を見込んで高
額に設定されているところ,原告らが,本件車両を取得しなかった場合
に,その代替手段としてレンタカーを利用したと考えることは経験則や社
会通念に反しており,レンタカー業者の諸経費及び利益が含まれたレンタ10
カー代金を車両の使用利益とすることが相当であるとはいえない。
また,原告らの車両の購入価格の平均は約172万円であり,軽自動車
の平均使用年数は,約14年である。これに対し,レンタカー代を基準と
して算定した使用利益は,年間147万3140円(4036円×365
日)にも及ぶところ,購入額等との対比からしても,レンタカー代相当額15
が原告らの利益であるというのはおよそ常識からかけ離れた主張である。
被告らは,リース料金を基準とする使用利益も主張するが,被告らの主
張するリース契約は,いわゆるファイナンス・リース契約であって,リー
ス料はそもそも占有や使用の対価ではない。
ウ売買契約取消後の使用利益20
仮に,本件において使用利益の返還義務があるとしても,売買契約の取
消後に生じた使用利益について,被告らが返還を要求することは,信義
則に反し許されない。
エ不当利得目的論を踏まえた利得論の主張
(ア)不当利得制度の趣旨25
不当利得制度は,伝統的に,形式的・一般的には正当視される財産的
価値の移動が,実質的・相対的には正当視できない場合に,「公平の理
念」に従って調整する制度であるとされているところ,判例は,一貫し
てこの考えによっている。
これに対し,近時,「公平の理念」があいまいなどとして,不当利得
の類型かを試みる,いわゆる類型論が主張されている。これは,不当利5
得が問題となる局面を,利得を生じさせた原因に応じて類型化して処理
しようとするものである。この考え方は,利得を生じさせた原因に応じ
た適切な処理を目指すものであるから,類型論の立場からも,双務契約
の取消しの場合には売買における民法575条を類推適用して使用利益
の返還を否定する学説が有力であるし,裁判例にも同様に判断したもの10
がある。
(イ)本件で使用利益の返還が否定されるべきであること
原告らは,被告三菱自動車による偽装された燃費を信じて本件車両を
購入した消費者であり,消費者紛争の「被害者」であるといえること,
本件で使用利益の返還を認めることは,実質的に原告らの被害救済を否15
定するもので,消費者保護という消費者契約法の目的に反すること,不
実告知等を行った事業者の「やり得」となり,違法行為を抑止すること
もできなくなることに照らせば,類型論を踏まえても,本件における使
用利益の返還は認められない。
(8)争点(8)(被告日産大阪販売株式会社に,原告22番に対する不法行為が20
成立するか否か)について
(原告らの主張)
ア原告22番は,別紙3-2のとおり,平成25年6月2日,被告日産
大阪販売から,本件車両を購入したところ,その支払方法として,いわ
ゆる残価設定型クレジット(日産ビッグバリュークレジット)を利用し25
た。その後,原告22番は,平成28年8月25日,被告日産大阪販売
に対し,本件車両の売買契約を取り消し,平成20年7月頃,被告日産
大阪販売に対し,残価設定型クレジットの約定に基づき本件車両を返還
する旨伝えたが,被告日産大阪販売が本件車両の受領を拒絶した。
イ被告日産大阪販売が,本件車両の売買契約取消し後も車両の引取りに
応じず,また,残価設定型クレジットの満了時点(平成30年7月275
日)においても引取りに応じない行為は,違法行為である。原告は,同
年8月~令和2年7月,被告日産大阪販売の不法行為により,毎月70
00円の駐車場代を負担する損害を被り,その合計額は,16万800
0円となった。
(被告日産系販売店らの主張)10
原告22番の主張は,売買契約の取消しが有効であることを前提とする
が,売買契約の取消しは認められない。
仮にその点を措いたとしても,本件車両の売買契約につき取消しの効力が
生じることにより,原告22番に本件車両を被告日産大阪販売に返還する義
務が生じるものの,被告日産大阪販売に本件車両の引取義務が生じるわけで15
はない。
また,原告22番は,残価設定型クレジットを利用しているところ,残
価設定型クレジットにおいて車両の引取りを申し出ることができるのは,据
置額を除く分割支払部分全額について,クレジット契約に基づき約束通り履
行した場合にのみ適用されるものであるから,分割支払債務の履行を停止し20
ている原告22番に適用されるものではない。
第3章当裁判所の判断
第1認定事実
後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
1被告三菱自動車による燃費偽装25
(1)燃費試験データを取り巻く法規制等
ア道路運送車両法上の規制(甲共7・25~35頁)
(ア)型式指定制度
道路運送車両法上,登録を受けていない自動車を運行の用に供するた
めには,国土交通大臣に対し,新規登録を,新規検査の申請と同時に申
請しなければならないところ,このうち新規検査の合理化を目的とし5
て,自動車の型式認証制度が設けられている。この型式認証制度のう
ち,型式指定制度とは,保安基準適合性審査及び品質管理(均一性)の
審査を経て交付される「完成検査終了証」を国土交通大臣に提出するこ
とにより,指定された型式の自動車について,新規検査時の現物提示の
省略を認める制度である。(同法7条3項2号,75条1項)10
保安基準適合性審査は,国土交通大臣からの授権を受けて,平成28
年4月1日より前は独立行政法人交通安全研究所,同日以降は独立行政
法人自動車技術総合機構(以下「機構」という。)が実施主体として行
っている(以下においては,組織変更の前後を問わず「機構」とい
う。)。15
型式指定審査の判定方法については,①型式指定の申請の対象となっ
た自動車の構造,装置及び性能が保安基準に適合し,②その自動車が均
一性を有するものであるかどうかによって判定されるところ(同法75
条3項),上記①の保安基準については,同法第3章の規定に基づき定
められた「道路運送車両の保安基準」(昭和26年7月28日運輸省令20
第67号)31条及びこれを受けた「道路運送車両の保安基準の細目を
定める告示」(平成14年国土交通省告示第619号)(以下「細目告
示」という。)に定められている独立行政法人自動車技術総合機構法
(平成27年法律第44号による改正前は自動車検査独立行政法人法)
13条1項により制定が要求される審査事務規程(以下「審査事務規25
程」という。)の試験規程により,排出ガスの量や燃費を測定する試験
方法につき,平成23年4月以降に型式指定を受ける自動車について
は,JC08モード法により排出ガスや燃費を測定しなければならない
こととなった。
このように,排出ガスは,保安基準適合性審査の対象となっており,
排出ガス試験を実施する際に,上述の試験方法を遵守しなかったり,排5
出ガス試験に不正があったりした場合には,保安基準適合性を再検討す
る必要があるし,保安基準適合性が認められなかった場合には,型式指
定が取り消される(道路運送車両法75条7項)可能性がある。
他方,燃費についても,審査事務規程上,JC08モードが定められ
ているが,排出ガスと異なり,道路運送車両の保安基準において燃費に10
関する基準が設けられていないことから,保安基準適合性審査の対象と
はならない。
したがって,型式指定との関係では,燃費が保安基準適合性審査の対
象とされていないことから,型式指定の申請書やその添付書面に虚偽の
情報を記載したり,恣意的に走行抵抗を引き下げることで燃費を良く15
し,その試験結果を記載したとしても,保安基準適合性が失われたこと
を理由に型式指定を取り消されることはない。
(イ)提出書類
国土交通省及び保安基準適合性審査を行う機構に対し,型式指定の申
請書を提出する際には,申請書と共に添付書類を提出しなければならな20
い。この添付書類のうち,自動車の構造,装置及び性能を記載した書面
(以下「諸元表」という。)には,「排出ガス重量」欄及び「燃料消費
率(km/L)」欄が設けられており,排出ガスについては細目告示におい
て定められた試験方法により測定した数値を,燃料消費率(燃費)につ
いては機構の定めた審査事務規定により定められた試験方法により測定25
した数値を記載する必要があるところ,いずれの試験方法も基本的に同
一である。また,申請者は,この試験記録及び成績についても提出する
必要がある。
イエネルギーの使用の合理化等に関する法律(平成30年6月13日号外
法律第45号による改正前のものをいい,以下「省エネ法」という。)
との関係(甲共7・35~37頁)5
省エネ法77条1項及び78条1項は,特定エネルギー消費機器につい
ては,経済産業大臣及び国土交通大臣が,特定エネルギー消費機器ごと
に製造事業者の判断基準となるべき事項を定め,これを公表することと
しており,これを受けて,経済産業大臣が定めた「乗用自動車のエネル
ギー消費性能の向上に関するエネルギー消費機器等製造事業者等の判断10
の基準等」によれば,省エネ法施行令が定めるガソリン乗用自動車又は
ディーゼル乗用自動車については,JC08モード法によって測定した
エネルギー消費効率(燃費)が,エネルギー判断基準の定める基準燃費
を下回らないようにするものとされた。ただし,エネルギー判断基準で
示された事項について,法規上の遵守義務が課されているわけではな15
く,製造事業者は,エネルギー判断基準で示された燃費を下回る自動車
を製作することが可能であるものの,その場合,ユーザーが減税などの
利益を享受できないこととなる。
省エネ法80条は,特定エネルギー消費機器である自動車について,エ
ネルギー消費効率(燃費)を表示しなければならないこととしており,20
具体的表示方法は,そのカタログに,車名及び型式,車両重量,乗車定
員のほか,エネルギー消費効率(燃費)を記載することとされており,
これが「燃費のカタログ値」と呼ばれるものである。
エネルギー消費機器製造事業者等が,特定エネルギー消費機器に関する
消費効率(燃費)を法定の方法で表示していない場合,経済産業大臣25
は,適法な表示をすべき旨の勧告をすることができ,事業者等がこれに
従わなかったときは,その旨を公表することができるほか,勧告に係る
措置をとるべきことを命ずることができる場合もある(省エネ法81
条)。
ウ排出ガス・燃費に関する自動車関係税制と減税・免税措置(甲共7・3
7~41頁)5
自動車を取得または保有することに対しては,取得時に自動車取得税が
課され,自動車を保有し続けている期間,新規検査や継続検査等(車
検)を受けるごとに課される自動車重量税のほか,毎年,自動車税又は
軽自動車税が課される。
これらの自動車関連税のうち,自動車取得税及び自動車重量税につい10
て,国土交通省が定める排出ガスと燃費の基準値を満たす環境性能に優
れた自動車について,非課税措置又は減税措置を認める制度が導入され
ており(いわゆるエコカー減税),自動車税及び軽自動車税について
は,排出ガス性能及び燃費性能に優れ,環境負荷の小さい自動車(低公
害車)について減税を認める一方,新規登録から一定の年数を経過した15
自動車の税率を重課するもの(いわゆるグリーン化特例)が導入されて
いる。これらの減税措置は,燃費基準値の達成度合いにより減税率が定
められていることから,燃費不正により排出ガス・燃費を新たに測定し
た結果,納税義務発生時に定められた基準を満たしていなかったことが
判明した場合には,本来は自動車関連税の減税を受けることができなか20
ったことになり,納付不足額が発生することとなる。
(2)JC08モードによる燃費試験(甲共7・42~44頁)
排出ガス及び燃費試験は,試験室内に設置されたシャシダイナモメータの
上で試験自動車を走行させ,試験自動車の排気管開口部に排出ガスを測定す
る装置を接続することにより,試験自動車から排出されたガスを採取し,排25
出ガス及び燃費を測定する方法で行う。このとき,実際の道路で走行したと
きの環境を再現するために,シャシダイナモメータに負荷を設定しなければ
ならないところ,この負荷は,細目告示等が定める「惰行法」によって算出
された「目標走行抵抗」を算出して設定する。
惰行法による走行抵抗の測定は,時速20㎞,時速30㎞,時速40㎞,
時速50㎞,時速60㎞,時速70㎞,時速80㎞及び時速90㎞を指定速5
度とし,試験自動車を指定速度から時速5㎞超える速度から変速機を中立
(ニュートラル)にして惰行させ,指定速度から時速5㎞遅くなるまでの時
間(惰行時間)を0.1秒以下の単位で測定することにより実施する。各指
定速度の惰行時間の測定は,往路及び復路について最低各3回ずつ行い,そ
の平均値を求める。往路ごと又は復路ごとの惰行時間は,それぞれの最大値10
と最小値の比が1.1以下であることが必要とされる。
机上計算した走行抵抗を使用して負荷設定することは認められていない。
なお,走行抵抗は,転がり抵抗と空力抵抗の和により算出される。
(3)被告三菱自動車による走行抵抗測定方法(甲共7・47,58,61~
64頁)15
ア被告三菱自動車の性能実験部においては,自動車の動力性能を確認する
試験方法に関する試験標準として「動力性能試験方法」が作成され,この
試験方法の一つとして,高速惰行試験が定められている。高速惰行試験と
は,自動車を最高車速又は計測テストコースの走行限度車速から惰行させ
て,転がり抵抗係数及び空力抵抗係数を測定するものである。20
イ型式指定審査の際の排出ガス・燃費試験におけるシャシダイナモメータ
への負荷設定方法として惰行法が採用されたのは,ディーゼル車について
は昭和60年,ガソリン車については平成2年であった。しかし,被告三
菱自動車は,遅くとも平成3年頃から,型式指定審査のために惰行法によ
って走行抵抗を測定することなく,開発段階における動力性能試験に付随25
する高速惰行法によって測定済みの走行抵抗のデータを流用し,惰行法に
よって走行抵抗を測定したかのような体裁を有する負荷設定記録を作成し
て運輸省(当時)に提出し,型式指定審査を受けるようになった。その
後,被告三菱自動車は,本件の問題が発覚するまでの約25年にわたり,
ほぼ全ての車種について,同様の方法で負荷設定記録を作成して型式指定
審査を受けていた。これは,惰行法においては,測定の都度,気温,大気5
圧,風速を計測して気象条件補正を行わなければならない上,目標となる
走行抵抗となるように,また,往路ごと又は復路ごとの惰行時間の比が
1.1以内に収まるデータを得るまでに,かつ,定められた風速条件を満
たすために,繰り返し走行抵抗を測定しなければならなかったことなどか
ら,被告三菱自動車の性能実験部において,非常に手間のかかる面倒な測10
定方法であると認識されていたためである。
(4)被告三菱自動車によるその他の不正行為(甲共7・67~78頁)
ア被告三菱自動車の性能実験部では,厳しい燃費目標を課せられていたこ
ともあり,燃費目標を達成したことにするため,又はその他の理由によ
り,走行抵抗を実走実験で測定せず,あるいは高速惰行法によって測定15
した走行抵抗を使用することもせず,単に机上計算で算出した数値を走
行抵抗として使用することもあった。
イまた,被告三菱自動車の性能実験部は,開発過程で燃費目標を達成でき
なかった場合,燃費目標を達成するために,走行抵抗を恣意的に引き下
げた上で,これを型式指定審査の際に使用するなどしていた。20
ウ被告三菱自動車の認証試験グループは,本来であれば,性能実験部が開
発段階で測定した走行抵抗について,型式指定審査に先立ち,試験自動
車が同じ走行抵抗を出すことができるかどうかをチェックする役割を担
っていたが,そのために必要な実験や試験を行うことはなく,型式指定
審査の際,性能実験部等が開発段階で測定した走行抵抗を使用してい25
た。
エまた,被告三菱自動車の認証試験グループは,型式指定審査の際に提出
する負荷設定記録に,逆算プログラムに入力することで算出された惰行
時間,平均惰行時間及び走行抵抗を記載し,惰行法によって走行抵抗を
測定したかのようなつじつまの合う虚偽情報を記載した。
オ被告三菱自動車の認証試験グループは,性能実験部から燃費目標を達成5
して開発を完了したと報告を受けた自動車について,事前試験を実施し
た際,性能実験部が達成したとする燃費を測定できないことがあり,こ
のような場合,性能実験部から連絡を受けていた走行抵抗の数値を,特
段の技術的根拠なく引き下げ,型式指定審査の際の走行抵抗の届出値と
して負荷設定記録に記載することがあった。10
(5)株式会社NMKV(以下「NMKV」という。)の設立(甲共7・1
頁,丙共21・70~71頁)
被告三菱自動車と日産自動車は,平成23年6月,合弁事業を行うためN
MKVを設立して軽自動車の共同開発を行うこととし,平成25年6月に発
売された14年型eKワゴンを皮切りに,平成26年2月に発売された1415
年型eKスペース,これらの年式変更車である15年型eKワゴン,15年
型eKスペース及び16年型eKワゴンが販売された。これらの開発は,N
MKVから委託を受けた被告三菱自動車が担当し,被告三菱自動車と日産自
動車との間で締結された製品供給契約に基づき,eKワゴン及びeKカスタ
ムは日産自動車のブランド車である「デイズ」として,eKスペース及びe20
Kスペースカスタムは,日産自動車のブランド車である「デイズルークス」
として,被告三菱自動車から日産自動車に継続的に供給されていた。
(6)eKシリーズにおける燃費偽装(以下「本件燃費偽装」という。)(甲
共6・11~25頁,7・90~167頁)
NMKVによる共同開発によって販売された軽自動車は,16年型eKワ25
ゴンまでは,NMKVから委託を受けた被告三菱自動車が開発及び製造を担
当しており,被告三菱自動車における通常の開発とほぼ同様の体制が採られ
た。
このうち,14年型eKワゴンにおいて用いられた走行抵抗は,タイで高
速惰行法により行われた走行抵抗の測定において,得られたデータのうち,
目標とする低い数値の走行抵抗の算出に都合の良い下限データ群のみを抽出5
して導き出したものであり,極めて恣意的に行われたものであった。
14年型eKスペースについては,14年型eKワゴンにおいて用いられ
た転がり抵抗係数の数値が流用されたが,そもそもこの数値自体が恣意的に
算出されたものであった。
15年型eKワゴンについては,燃費目標が引き上げられたことから,走10
行抵抗の測定を行わなかったばかりか,14年型eKワゴンのデータをもと
に引いた二次曲線を合理的根拠なく更に下方にずらし,転がり抵抗係数を
5%引き下げることで走行抵抗を引き下げた。
15年型eKスペースについては,燃費目標を達成するため,14年型e
Kスペースの走行抵抗のデータをもとに恣意的に引き下げられた走行抵抗が15
算出され,16年型eKワゴンについても,15年型eKワゴンの転がり抵
抗係数から,タイヤの改良分の2%に加え,何ら根拠もなく更に10%引き
下げて走行抵抗を引き下げた。
(7)本件燃費偽装発覚の経緯(甲共7・1~2頁,丙共21・71~77
頁)20
被告三菱自動車と日産自動車による軽自動車の共同開発において,16年
型eKワゴン以降の後継モデルについては日産自動車が開発を行うことにな
っていたところ,日産自動車は,平成27年秋ころ,後継モデル開発の参考
にするため,日産自動車の設備を使用して,15年型eKワゴンの燃費を測
定した。その結果,測定された燃費と,型式指定審査時に届け出られた燃費25
との間に大きなかい離が認められた。被告三菱自動車は,日産自動車からか
い離の原因について調査するよう依頼を受け,日産自動車と共同で調査を実
施したところ,燃費のかい離の原因は,型式指定審査の際に届け出た走行抵
抗の不正な操作にあったこと,この不正な操作は,14年型eKワゴンから
始まっていたことなどが判明した。また,この燃費問題の調査において,被
告三菱自動車において,平成3年頃から,法規に準拠していない方法で走行5
抵抗を測定していたことが確認された。
(8)本件燃費偽装の公表
被告三菱自動車は,平成28年4月20日,被告三菱自動車が平成25年
6月以降製造・販売しているeKシリーズ及び日産自動車向けに供給してい
るデイズシリーズの軽自動車について,国土交通省に型式指定審査の申請を10
した際,燃費試験データについて,燃費を実際よりも良く見せるため,不正
な操作が行われていたこと及び型式指定審査の一環として実施される排出ガ
ス・燃費試験に使用する走行抵抗を,国内法規で定められた方法(惰行法)
とは異なる独自の方法(高速惰行法)によって測定していたことを公表し
た。また,被告三菱自動車は,平成28年4月26日及び同年5月11日,15
被告三菱自動車が製造・販売している上記軽自動車について,同月18日,
被告三菱自動車が製造・販売しているその他の自動車について,同年6月1
7日,被告三菱自動車が過去10年間に製造・販売した自動車について,い
ずれも燃費試験における不正行為が認められたとして,その事実をそれぞれ
国土交通省に報告するとともに,その内容を公表した。(甲共7・1頁)20
(9)新届出燃費値の公表
ア被告三菱自動車は,平成28年6月21日,eKシリーズについて,国
土交通省に新燃費値を別紙6のとおり届け出たことを公表した(甲共1
9の1~4)。
イ日産自動車は,平成28年6月23日,デイズシリーズについて,新届25
出燃費値が別紙7のとおりであることを公表した(甲共19の5)。
(10)国土交通省による立入検査等
被告三菱自動車は,本件燃費偽装の発覚を受けて行った,eKシリーズ及
びデイズシリーズを除く9車種の再測定において,国土交通省より,走行抵
抗値の測定方法に不正な取扱いがあったことの指摘及びこの点についての是
正指示を受け,平成28年9月2日,国土交通省による立入検査を受けた。5
国土交通省自動車局は,同月15日,立入検査結果を公表し,本件燃費偽装
問題が明らかになった後の再測定において,再測定結果をかさ上げし,諸元
値に近づけようとした意図が疑われ,常軌を逸する事態であると評価した。
(甲共16,17)
(11)消費者庁による措置命令及び課徴金納付命令10
ア消費者庁は,平成29年1月27日,被告三菱自動車に対し,不当景品
類及び不当表示防止法(以下「景品表示法」という。)7条1項の規定
に基づく措置命令を行った。これは,被告三菱自動車が,eKシリーズ
(38商品)などについて,カタログ及び自社ウェブサイトにおいて,
遅くとも平成28年4月1日~同月20日の間,「燃費消費率JC0815
モード(国土交通省審査値)(km/L)」,「燃費基準達成状況」の記載
において,あたかも国が定める試験方法に基づく燃費性能が,カタログ
及び自社ウェブサイトにおいて記載のとおりであるかのように示す表示
をしていたが,実際には国が定める試験方法に基づくものとはいえない
ものであること,国土交通省の確認試験結果によれば,いずれも記載値20
を下回ることなどが景品表示法5条1号(優良誤認表示の禁止)に違反
する行為とされたものである。
措置命令の概要は,eKシリーズについては,対象商品の内容につい
て,一般消費者に対し,実際のものよりも著しく優良であると示すもの
である旨を確認するとともに,再発防止策を講じて,これを役員及び従25
業員に周知徹底すること及び今後,同様の表示を行わないことである。
(甲共4)
イ消費者庁は,平成29年1月27日,日産自動車に対し,景品表示法7
条1項の規定に基づく措置命令を行った。これは,日産自動車が,デイ
ズシリーズ(27商品)について,カタログ及び自社ウェブサイトにお
いて,遅くとも平成28年4月1日~同月20日の間,上記アと同様の5
表示をしたことが違反行為とされたものであり,その措置命令の概要も
上記アと同様である。(甲共4)
ウなお,消費者庁は,平成29年1月27日,被告三菱自動車に対し,景
品表示法8条1項の規定に基づく課徴金納付命令を行ったが,これは,
本件訴訟で対象とはなっていない普通常用自動車等を対象とするもので10
あった。(甲共4)
エ消費者庁は,平成29年6月14日,被告三菱自動車に対し,景品表示
法8条1項の規定に基づく課徴金納付命令を行った。これは,被告三菱自
動車が,eKシリーズ(8商品)について,上記アの表示をしたことにつ
き,合計453万円を支払わなければならないとしたものである。消費者15
庁は,同年7月21日,被告三菱自動車からの指摘を踏まえ,同処分を撤
回し,合計368万円の支払を命ずる新たな課徴金納付命令を行った。
(甲共18,乙共31)
オ消費者庁は,平成29年6月14日,日産自動車に対し,日産自動車
がデイズシリーズ(6商品)について,上記イの表示をしたことにつ20
き,同項の規定に基づき,合計317万円の課徴金納付命令を行った。
日産自動車は,同年9月13日,消費者庁長官に対し,同課徴金納付命
令に対し,審査請求をしたところ,消費者庁長官は,平成30年12月
21日,同課徴金納付命令を取り消すとの裁決をした。(甲共18,丙
共21)25
2カタログやウェブサイトにおける表示
(1)被告三菱自動車は,平成25年6月以降製造・販売しているeKシリー
ズについて,平成28年4月20日までの間,カタログ及びウェブサイトに
おいて,別紙6「旧届出燃費値(km/L)」,「燃費基準ラベル(旧)」の表
示をした。
例えば,eKスペースの一つのカタログ(甲②-1)においては,「@ear5
thTECHNOLOGY」の欄に「燃料消費率(国土交通省審査値)JC08モード
26.0km/L(E/G2WDのみ。E4WDは25.4km/L,4WDは
24.6km/L)」との表示があり,その下部に,「燃料消費率は定められた
試験条件での値です。お客様の使用環境(気象,渋滞等)や運転方法(急発
進,エアコン使用等)に応じて燃料消費率は異なります。」との記載があ10
る。また,同じカタログの「主要諸元」欄及び「環境仕様」欄にも,同様の
燃料消費率の記載がある。
他のeKスペース,ekワゴン,eKスペースカスタム,eKカスタムの
各カタログにおいても,「主要諸元」欄,「環境仕様」欄等の複数の箇所
に,「燃料消費率(国土交通省審査値)JC08モード」の記載がある(前15
記前提事実3(5)ア)。
(2)日産自動車は,平成25年6月以降製造・販売しているデイズシリーズ
について,平成28年4月20日までの間,カタログ及びウェブサイトにお
いて,別紙7「旧届出燃費値(km/L)」,「燃費基準(旧届出燃費値)」の
表示をした。20
例えば,デイズの一つのカタログ(甲㉒-1)においては,「エンジン進
化型エコカー」として,「燃料消費率(国土交通省審査値)JC08モード
29.2km/L」との表示があり,その下部に「S(2WD),X(2W
D)」との注意書き及び「燃料消費率は定められた試験条件での値です。お
客さまの使用環境(気象,渋滞等)や運転方法(急発進,エアコン使用25
等),整備状況(タイヤの空気圧等)に応じて値は異なります。」との記載
がある。また,同じカタログの「主要諸元」欄及び「環境仕様書」欄にも,
同様の燃料消費率の記載がある。
他のデイズ(デイズハイウェイスターを含む。),デイズルークス等のカ
タログにおいても,「主要諸元」欄,「ニッサン・グリーンプログラム」欄
等の箇所に,「燃料消費率(国土交通省審査値)JC08モード」の記載が5
ある(前記前提事実3(5)ア)。ただし,デイズルークス等のライダーシリ
ーズのカタログの「主要緒元」欄には上記燃料消費率の記載はない。
(3)一般社団法人自動車公正取引協議会は,自動車の取引に関する自主規制
のルールとして,自動車業における表示に関する公正競争規約を策定してい
るところ,同規約には,事業者による新車の表示に関し,燃料消費率につい10
て,「燃費の表示に使用できるデータは,公式テスト値又は公的第三者によ
るテスト値に限るものとし,必ずその旨を付記するものとする。」(同規約
5条5号)と定められているほか,事業者は同規約5条に規定する事項につ
いて,虚偽又は誇大な表示をしてはならない旨が定められている(同規約7
条1号)。この「公式テスト値」とは,道路運送車両法75条の規定に基づ15
き国土交通大臣の指定を受けた数値をいう(自動車業における表示に関する
公正競争規約についての新車に関する施行規則19条2項)。(甲共25)
3テレビ番組における紹介
テレビ番組「ガイアの夜明け」において,平成25年5月28日,軽自動車
に関する特集が組まれ,「飽くなき燃費競争の舞台裏」と題し,平成24年20
(2012年)の軽自動車の販売シェアが7.7%の日産自動車及び3.7%
の被告三菱自動車において,他社に対抗するためNMKV(日産・三菱・軽・
ビークルの意味)を設立して軽自動車の共同開発を行ったことが紹介された。
ここで,開発車の最大の武器は燃費であること,燃費は,経済性が魅力の軽自
動車において最も重要な数値であること,当初の燃費目標は28.2km/Lで25
あったこと,他社の軽自動車において,28.8km/Lの燃費を実現するもの
が出現したため,燃費目標が29.0km/Lと変更されたこと,結果として,
開発車において業界最高の29.2km/Lの燃費値を実現したことが紹介され
た。(甲共27)
4原告らによる本件車両の購入等
(1)本件車両の購入5
ア別紙2-1の「①原告」欄の各原告は,それぞれ,当該原告に対応する
同別紙「③売買契約日」欄記載の各日,同別紙「②被告」欄記載の各被告
から,同別紙「④車両」,「⑤車台番号」欄記載の各車両(本件車両)を
「⑥購入代金」欄記載の各金額で購入した。
別紙2-1の「①原告」欄の各原告の支払済額は,同別紙「⑦支払済10
額」欄の各金額記載のとおりである。
イ別紙2-2の「①原告」欄記載の各原告(原告8の1~8の5番につい
ては亡J)は,それぞれ,当該各原告に対応する同別紙「③売買契約
日」欄記載の各日,同別紙「②被告」欄記載の各被告から,同別紙「④
車両」,「⑤車台番号」欄記載の各車両(本件車両)を「⑥購入代金」15
欄記載の各金額で購入した。
別紙2-2の「①原告」欄記載の各原告(原告8の1~8の5番につい
ては亡J)の支払済額は,同別紙「⑦支払済額」欄記載の各金額のとお
りである(原告13番については,被告東日本三菱自動車販売株式会社
の認める支払済額が原告13番の主張する額を上回るが,同原告の主張20
の限度で認める。)。
ウ別紙2-3の「①原告」欄記載の原告58番は,同別紙「③売買契約
日」欄記載の日,被告帯広日産から,本件車両を「⑥購入代金」欄記載
の金額で購入した。
(2)原告らに対するカタログ交付等25
ア原告ら(原告16,71番を除く。)は,本件車両の購入に当たり,別
紙8-1~8-3の「カタログ交付の有無」欄記載のとおり,カタログの
交付を受け,「カタログによる燃費値確認の有無」欄記載のとおり,カタ
ログに記載された燃費値を確認し,「購入に当たり燃費値を重視したか」
欄記載のとおり,購入に際し,燃費値を考慮した(甲③-1,⑤-1,⑧
-3,⑨-1,⑩-1,⑪-1・2,⑬-1,㉝-1,㊳-1,㊴-1・5
2,㊶-1・2,㊷-1,㊻-1・3・4・5,㊼-1,○58-1~3,○60
-1,○61-1,○62-1,○63-1・2,○74-1・2,○75-1・2,○77-1,
原告14番本人,原告22番本人,弁論の全趣旨)。
イ原告16番については,カタログの交付を受けたこと,被告岩手三菱自
動車販売株式会社の従業員から燃費値についての説明を受けたことについ10
ての立証はなく,これらの事実があったものとは認められない。
ウ原告71番については,原告71番が購入した車両は,デイズルークス
のライダーシリーズであって,ライダーシリーズのカタログ中の「主要諸
元」欄には燃費値の記載がなく,本件車両についての燃費値の記載のある
カタログの交付を受けたこと,被告日産プリンス福島販売株式会社の従業15
員から燃費値についての説明を受けたことについての立証はなく,これら
の事実があったものとは認められない(丙○71-1,丙共4の2・34頁,
丙共20・2頁,丙共26,証人M)。
(3)被告販売店らの従業員の認識
被告販売店らの従業員は,本件燃費偽装の公表とほぼ同時期に至るまで,20
本件燃費偽装の存在を知らなかった(証人E,証人F,弁論の全趣旨)。
(4)別紙2-1~2-3「⑥購入代金」欄の内訳
ア原告らが被告販売店らとの間で合意した本件車両の購入代金は,いずれ
も車両本体価格及び付属品価格に加え,自動車重量税等の税金,検査登録
手続代行費用等の手続代行費用,自動車賠償責任保険料,追加の保証サー25
ビス等の価格を含んだものであり(以下,総称して「諸費用」とい
う。),各原告らが支払った諸費用の内訳及び諸費用合計額は,別紙5-
1,5-2記載のとおりである(甲⑧-2,○62-2,乙③-1,⑤-1,
⑧-2,⑨-1,⑩-1,⑪-1,⑬-1,⑭-2・3,丙㉒-3,㊶-
1,㊻-1,○63-1,○77-1)。
イ被告三菱系販売店らは,令和2年6月19日の本件弁論準備手続期日に5
おいて,別紙5-1,5-2の⑮-4~⑮-8,⑮-11,⑮-17,⑮
-18の各金額に相当する額の不当利得返還請求権をもって,各原告の本
件車両の売買契約の取消しに係る不当利得返還請求権とその対当額におい
て相殺するとの意思表示をした。
ウ被告日産系販売店らは,平成30年1月17日の本件口頭弁論期日にお10
いて,別紙5-1,5-2の⑮-4~⑮-8,⑮-11の金額に相当する
額の不当利得返還請求権をもって,各原告の本件車両の売買契約の取消し
に係る不当利得返還請求権とその対当額において相殺するとの意思表示を
した。
エ被告日産系販売店らは,平成30年4月20日の本件口頭弁論期日にお15
いて,別紙5-1,5-2の⑮-22の金額に相当する額の不当利得返還
請求権をもって,各原告の本件車両の売買契約の取消しに係る不当利得返
還請求権とその対当額において相殺するとの意思表示をした。
オ諸費用のうち,「メンテプロパック」とは,車両の販売に際し日産自動
車が紹介し,日産フィナンシャルが提供するサービスであり,メンテプロ20
パックの定額料金を支払うことにより,同料金で定期点検等を受けること
ができるというものである。
また,追加保証とは,車両の販売に際し日産自動車が紹介し,顧客の車
両を構成する部品に不具合が生じた場合に,所定の条件に従って無料で
修理することを保証する契約であり,原告らが支払う追加保証の保証料25
には,販売事務手数料と,被告販売店らが保険会社に支払う保険料が含
まれる。この保険においては,契約者が日産自動車,被保険者が被告日
産系販売店ら,保険者が損害保険ジャパン日本興亜とされている。(甲
共31,丙共14,24,25)
5カタログ等に記載された燃費値と新届出燃費値から生じる燃料代差額及び自
動車関係諸税の追加負担5
(1)被告三菱自動車及び日産自動車がカタログ等に記載した届出燃費値(旧
届出燃費値)及び燃費基準と,新届出燃費値及び燃費基準は別紙6,7のと
おりであるところ,いずれも旧届出燃費値の方が,新届出燃費値より1リッ
トル当たりの走行距離が長い(すなわち燃費の良い)値である。例えば,1
6型eKワゴン(2WD,グレードM/M【e-Assist】,G/G10
【SafetyPackage】)においては,旧届出燃費値(30.4
km/L)と新届出燃費値(25.8km/L)の差は4.6km/Lある。(甲共1
9の1~19の5)
また,一般社団法人日本自動車工業会が行った軽自動車の使用実態調査報
告書によれば,平成27年度における軽自動車使用者の月間平均走行距離15
は,473kmであり,400km未満との回答が61%を占める一方,10
00km以上との回答が8%存在し(乙共2),軽自動車検査協会が公表し
た軽自動車の平均使用年数は,平成27年の自家用乗用車について,14.
03年であるとされた(甲共20の1・2)。
さらに,ガソリン1リットル当たりの価格は,平成27年~令和2年6月20
の間,東京都区部において,110円程度~150円台後半で推移している
(甲共32)。
ただし,乗用自動車において,カタログに表示が義務付けられているエネ
ルギー消費効率(燃費)は,JC08モードによって測定された値であると
ころ,これは,あらかじめ設定された試験条件に従った下で測定されたもの25
であり,使用環境(季節,気温,道路の勾配,渋滞等),電装品(エアコ
ン,カーナビゲーション,オーディオ機器等)の使用状況,運転方法(平均
速度,アクセルの使い方等),整備状況(タイヤの空気圧等)により,実際
の燃費とは異なり得るものである(乙共1)。
(2)燃料費差額の試算(甲共19の2,20の1・2,32,乙共2)
16型eKワゴン(2WD,グレードM/M【e-Assist】,G/5
G【SafetyPackage】)について,軽自動車の平均使用年数
である14.03年間,月間平均走行距離である473kmを走行した場合
であって,ガソリン1リットル当たりの価格が130円であるとした場合の
旧届出燃費値における価格と新届出燃費値における価格の差は,次のとお
り,6万0710円(1年当たり約4327円)となる。10
(計算式)
473km×12箇月×14.03年=7万9634km(小数点以下切捨
て,以下同じ。)
7万9634km÷30.4km/L=2619L(旧届出燃費値)
2619L×130円=34万0470円15
7万9634km÷25.8km/L=3086L(新届出燃費値)
3086L×130円=40万1180円
40万1180円-34万0470円=6万0710円
(3)自動車関連税について
本件燃費偽装により生じた旧届出燃費値と新届出燃費値の差から生じるエ20
コカー減税率の相違は,別紙6,7のとおりであり,自動車取得税及び自動
車重量税の減税率に相違が生じているものが多数存在する。このうち,自動
車取得税は,自動車の取得時に,自動車重量税は,検査(いわゆる車検)時
に課されるものであり,これらの税金の減税率が,別紙6,7の「エコカー
減税率」において「新」と記載された割合で減税されることとなる。(甲共25
19の1~19の5)
第2争点に対する判断
1争点(1)(被告三菱自動車に故意不法行為が成立するか否か)について
(1)原告らは,被告三菱自動車が,虚偽の燃費性能の記載されたカタログや
ウェブサイトを作成し,又は日産自動車に作成させた上で,被告三菱系販売
店ら及び被告日産系販売店らをして,原告らに対し,これらを交付等させ,5
本件車両を販売させた行為につき,故意の加害行為による不法行為が成立す
ると主張する。
(2)しかし,本件において,そもそも被告三菱自動車が原告らが主張する不
法行為について,法人自らが行為主体となり組織的にこれを行ったものと認
めることはできないというべきである。10
原告らは,被告三菱自動車の代表者による故意があるとも主張するが,代
表者に故意がある場合に法人が直ちに民法709条による責任を負うもので
はない。また,前記認定事実1(3),(4),(6),(7)によれば,本件燃費偽装
は,被告三菱自動車の性能実験部及び認証試験グループの一部において行わ
れたものであり,被告三菱自動車が法人自らが組織的に燃費偽装を推進して15
いたとの事情がうかがわれないことからすると,被告三菱自動車の代表者に
本件燃費偽装につき故意があるということはできない。その他,原告らの主
張する事実(第2章の第3の2(1)イ(イ)a,b)を前提としても,被告三菱
自動車の代表者において,本件燃費偽装につき故意があったということはで
きない。20
したがって,原告らの,被告三菱自動車の故意の加害行為の主張について
は理由がない。
2争点(2)(被告三菱自動車に使用者責任が成立するか否か)について
(1)原告らは,被告三菱自動車の被用者らが,事業の執行につき,燃費偽装
に関連して故意による加害行為に及んだと主張し,これにより原告らが損害25
を被ったと主張する。
(2)原告らは,被告三菱自動車の被用者が法定の走行抵抗測定方法である
「惰行法」と異なる方法により走行抵抗測定を行い,法定の成績書(負荷設
定記録)に虚偽の記載をし,走行抵抗を恣意的に改ざんし,机上計算で算出
された数値のみを用いて走行抵抗とした各不正行為を行ったことにより,e
Kシリーズ,デイズシリーズのカタログ及びウェブサイトに虚偽の燃費性能5
が記載され,これを「国交省の定める測定方法等による燃費性能」であると
信じて原告らが本件車両を購入したことが損害であると主張するものであ
る。
しかし,被告三菱自動車の被用者が走行抵抗を恣意的に改ざんするなどし
たことが出発点となって,本件燃費偽装が行われたものであるとしても,こ10
れらの被用者が被告三菱系販売店ら及び被告日産系販売店らの販売担当者ら
をして,原告らに対し,本件車両を販売させたということはできず,原告ら
の主張する被用者の加害行為と原告らの損害との間に相当因果関係があると
まではいえない。
したがって,被告三菱自動車が使用者責任を負うとの原告らの主張には理15
由がない。
3争点(4)(亡Jが「消費者」(消費者契約法2条1項)に当たるか否か)に
ついて
(1)消費者契約法2条1項の「消費者」とは,個人(事業として又は事業の
ために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいい,個人事業者20
であっても,事業としてでもなく,事業のためではない目的のために契約の
当事者となる場合には,「消費者」となり得るものである。
(2)証拠(甲⑧-4,5)によれば,亡Jは,妻である原告8の1番が,主
に日常の家事に使用するため,本件車両(サクラピンクメタリック色)を購
入したことが認められる。25
以上によれば,亡Jは,主に妻の日常の家事に使用するため,本件車両を
購入したことが認められ,亡Jの自らの事業として又は自らの事業のために
本件車両を購入したものとは認められないから,亡Jは,本件車両の売買契
約において,「消費者」に該当するというべきである。
4争点(5)(消費者契約法4条1項1号に基づき本件車両に係る売買契約を取
り消すことができるか否か)について5
(1)消費者契約法4条1項1号の不実告知による取消しの要件
ア消費者契約法4条1項1号は,事業者が消費者契約の締結について勧誘
をするに際し,重要事項について,事実と異なることを告げたこと(不実
告知)により,消費者が告知された内容を事実であると誤認し,それによ
って消費者契約の申込みの意思表示をしたときは,これを取り消すことが10
できると規定する。
イ前記3において判断のとおり,亡Jは,消費者契約法2条1項にいう
「消費者」に該当するものと認められ,その余の原告らについていずれも
消費者契約法2条1項にいう「消費者」に該当すること及び被告販売店ら
は,いずれも同条2項にいう「事業者」に該当することについては,当事15
者間に争いがない。そうすると,原告らと,各原告に対応する被告販売店
らとの間の本件車両の売買契約は,いずれも消費者契約(同条3項)に該
当するものと認められる。
ウ上記イのほか,本件で問題となる同号の要件は,①事業者が消費者契約
の締結について勧誘をするに際し,不実告知をしたか(勧誘及び不実告知20
該当性),②告知された内容は,重要事項に当たるか(重要事項該当性),
③消費者が告知された内容を真実であると誤認したか,不実告知と誤認,
誤認と消費者契約の申込みの意思表示との各間に因果関係があるか(因果
関係の有無)であることから,以下,各要件の該当性について検討する。
(2)勧誘及び不実告知25
ア消費者契約法4条1項1号の「勧誘」とは,事業者が消費者に対し,消
費者契約の締結に際し,消費者の契約締結の意思の形成に影響を与える程
度の消費者契約の締結に向けた働きかけを行うことをいい,事業者が,そ
の記載内容全体から判断して消費者が当該事業者の商品等の内容や取引条
件その他これらの取引に関する事項を具体的に認識し得るような媒体によ
り不特定多数の消費者に向けて働きかけを行う場合もこれに含まれる。5
イ前記認定事実4(2)イのとおり,原告16番については,カタログの交
付を受けたこと,被告岩手三菱自動車販売株式会社の従業員から燃費値に
ついての説明を受けたことについての立証はなく,これらの事実があった
ものとは認められず,消費者契約法4条1項1号の勧誘及び不実告知があ
ったとは認められない。10
ウ前記認定事実4(2)ウ及び証拠(丙○71-1,丙共4の2・34頁,丙共
20・2頁,丙共26,証人M)によれば,原告71番が購入した車両
は,デイズルークスのライダーシリーズであること,一般の自動車は,型
式指定制度を利用することにより,新規登録時の運輸支局への自動車の持
込みが省略されているが,ライダーシリーズは,いわゆる「持込み車両」15
であって,新規登録時に運輸支局に改造した車両を持ち込み,個別の検査
を受けて新規登録を受けることが必要とされていること,そのため,ライ
ダーシリーズのカタログ中の「主要諸元」欄には燃費値の記載はないこと
が認められる。
原告71番のアンケート(甲○71-・1)には,原告71番は,被告販売20
店からカタログに記載された本件車両(デイズルークスのライダーシリ
ーズ)の燃費値を確認し,燃費値を重視して本件自動車を購入したとの
記載があるけれども,上記のとおりのライダーシリーズのカタログの記
載内容に反し,採用できない。
以上によれば,原告71番は,被告販売店から,燃費値が表示されたカ25
タログの交付を受けたものとは認められず,本件車両の売買契約の締結
に際し,消費者契約法4条1項1号の勧誘及び不実告知があったとは認
められない。
エ原告16,71番を除く原告らについては,前記認定事実2,4(2),
(4),5(1)において認定のとおり,被告三菱自動車及び日産自動車は,国
土交通省の定める測定方法(J08モード)による算出値ではないにもか5
かわらず,同測定方法による算出値であるかのように表示として,カタロ
グ及びウェブサイト(以下「カタログ等」という。)において,「燃料消
費率(国土交通省審査値)」として,実際に国土交通省の定める測定方法
により得られる燃費値より燃費率の優れた値を記載したこと,同原告ら
は,本件車両の売買契約締結までの間に,いずれも被告販売店らからカタ10
ログの交付を受け,又は被告販売店らの従業員の説明を受けることにより
「燃料消費率(国土交通省審査値)」を認識したことが認められる。そし
て,被告販売店らの従業員から燃費値についての説明を受けた場合はもち
ろん,カタログの交付を受けたのみで本件車両の説明において燃費値の説
明を受けなかった場合であっても,消費者にとってはカタログ等の記載が15
唯一の情報源であり,カタログ等において具体的な燃費値が記載されてい
ることからすると(前記認定事実2),その内容からして,通常の消費者
であれば,カタログに内容は正しい数値であること,すなわち,国土交通
省の定める測定方法による算出である燃費値が記載されているものと信頼
して売買契約を締結するか否かの意思決定の参考にするものと解される。20
以上によれば,原告16,71番を除く原告らについては,被告販売店
らによるカタログの交付または被告販売店らの従業員による説明は,消
費者契約法4条1項1号の「勧誘」に当たるものと認められる。
また,これらの事実を前提とすると,被告三菱自動車及び日産自動車の
カタログ等の「燃料消費率(国土交通省審査値)」の表示は,国土交通省25
の定める測定方法による算出値であるということを意味するものであると
ころ,国土交通省の定める測定方法による算出値ではないのに同測定方法
による算出値であるかのように表示し,かつ,実際の国土交通省の定める
測定方法による算出値よりも優良な数値を表示した点において,事実と異
なるものであり,カタログ等の表示並びにこれを前提とした被告販売店ら
の従業員による説明を確認又は理解した者は,表示された値が国土交通省5
の定める測定方法による算出値であり,かつ,実際の算出値よりも優良な
数値であることについて,事実であるとの誤認を生じさせるものというべ
きである。
以上によれば,原告16,71番を除く原告らについては,被告販売店
らによる燃費値が表示されたカタログの交付またはカタログ等の表示され10
た燃費値を前提とした被告販売店らの従業員による燃費値の説明は,消費
者契約法4条1項1号の不実告知に当たるものと認められる。
(3)重要事項
ア消費者契約法4条1項1号の「重要事項」とは,消費者契約に係る
「物品,権利,役務その他の当該消費者契約の目的となるものの質,用15
途その他の内容」(同条4項1号)等であって消費者の当該消費者契約を
締結するか否かについての判断に通常影響を及ぼすべきもの(同項柱書)
をいう。ここで「消費者の当該消費者契約を締結するか否かについての
判断に通常影響を及ぼすべきもの」とは,契約締結の時点における社会
通念に照らし,当該消費者契約を締結しようとする一般的・平均的な消20
費者が当該消費者契約を締結するか否かについて,その判断を左右する
と客観的に認められるような当該消費者契約についての基本的事項をい
うものと解される。
イ前記認定事実等によれば,本件燃費偽装の発覚後,国土交通省が被告
三菱自動車に対し立入検査を実施し,また,消費者庁が,被告三菱自動25
車に対しては,ekシリーズなどについて,カタログ及びウェブサイト
における燃費値の記載につき,景品表示法違反があるとして措置命令及
び課徴金納付命令を行い,日産自動車に対しては,デイズシリーズにつ
いて,同様にして景品表示法違反があるとして措置命令を行う事態とな
ったこと(前記認定事実1(10),(11)),軽自動車は,普通自動車に比
べ,自動車税等の課税額が低額であることなどの理由により,車両の維5
持費を低額に抑えられることが一般に購入の一要素となり得るところ,
燃料消費率が高いことは,車両の維持費を抑える要素となること(前記
認定事実3,弁論の全趣旨),被告三菱自動車は,14年型eKワゴン
の開発にあたり,燃費目標を達成するために恣意的な走行抵抗を算出し
たこと(前記認定事実1(6)),自動車公正競争規約においても,燃費に10
つき公式テスト値を記載し,虚偽又は誇大な表示をすることが禁じられ
ていること(前記認定事実2(3)),型式指定の申請書の添付書類の一つ
である諸元表において燃費について記載する必要があり,また,自動車
のカタログに燃費を表示しなければならないこと(前記認定事実1
(1)),燃費が良いことは,経済的な観点のみならず,環境問題への配慮15
がされた車両であるという観点から購入の一要素となり得ること(証人
G4頁,元原告43番H本人4,24頁)が認められる。
本件の不実告知の対象事項は,本件車両において,本件車両の燃費値と
いう「質」に関わるものであるところ,前記事実のとおり,車両の燃費値
は,軽自動車を購入しようとする消費者にとって,経済的な観点のみなら20
ず,環境問題への配慮がされた車両か否かという売買において購入の一つ
の重要な要素であり,事業者である被告三菱自動車おいても,目標燃費値
を達成することが車両の売上げ増に直結するものであるとして,車両の開
発が行われていたことが認められる。これらの事情からすると本件車両の
燃費値は,本件車両の売買契約を締結しようとする一般的・平均的な消費25
者が本件車両の売買契約を締結するか否かの判断に通常影響を左右すると
客観的に認められるような車両の売買契約についての基本的事項に当たる
ものといえる。
以上によれば,本件車両の燃費値に係る不実の告知表示は,消費者契約
法4条1項1号の「重要事項」に当たるものと認められる。
(4)因果関係5
前記認定事実4(1),(2)によれば,原告ら(原告16,71番を除
く。)は,被告販売店らから交付されたカタログ等又は被告販売店らの
従業員の説明により,本件車両の燃費値が,国土交通省の定める測定方
法による算出値であり,かつ,実際の算出値よりも優良な数値であるこ
とについて不実告知を受け,この内容を真実であると誤認したことが認10
められ,これによって本件車両の売買契約を締結したものと認められ
る。個別の原告らに対する因果関係等の認定は,別紙2-4(因果関係
等に関する認定一覧表)記載のとおりである。
(5)アこれに対し,被告販売店らは,カタログの交付・提示をもって一律に
契約の締結について「勧誘をするに際し」不実告知が行われたということ15
はできないこと,カタログの交付や口頭説明についての主張立証が十分で
ないこと,本件車両は自動車の安全性や走行性能に問題がなく,燃費代差
額と税金の追加負担分の補てんを受ければ契約の目的を達すること,燃料
代差額は大きな金額ではないこと,カタログ上の燃費値は目安にすぎない
ことから重要事項に該当しないこと,原告らの不実告知と誤認,誤認と契20
約申込みのいずれの間の因果関係も立証されていないことなどを主張す
る。
イしかし,前記認定事実4(2)によれば,原告ら(原告16,71番を除
く。)に対するカタログの交付や口頭説明についての事実が認められ,
口頭説明のない原告らに対しても,カタログ等の記載によって「勧誘」25
をしたものと認められることは前記(2)において判断のとおりである。
被告らは,原告らのアンケート回答(別紙8-1~8-3)では立証と
して不十分であると主張する。しかし,アンケートの質問事項のうち,
カタログ交付の有無については,そもそも,販売店にカタログが存在す
れば,車両を購入する顧客に対してこれを交付することが通常であると
考えられること,本件訴訟提起時には,本件車両の売買から一定期間が5
経過しており,交付を受けたカタログを保管していないとしてもやむを
得ないと考えられ,カタログの提出がないからといって,カタログの交
付がないということはできないこと,本件車両の購入にあたり重視した
事情や燃費値を確認したかといった質問事項については,当該車両を購
入した本人の能動的な思考又は動作であって,印象に残りやすい出来事10
といえることから,アンケートへの回答についても,反証のない限り,
相応の信用性が認められるというべきである。
ウ重要事項について
実際の燃費値とカタログ値の違いによる経済的な損失として想定される
金額については,前記認定事実5のとおりであって,本件車両の本体価15
格と比較して多額とはいえないものの,具体的な金額の差異のみが「重
要事項」の判断を基礎づけるものでないことは前記(3)において判断のと
おりである。そして,金額の補てんによって契約の目的を達することが
できるかという点についても,燃費値が経済的な観点からのみ関心を持
たれるものではなく,環境面への配慮という面を有すること,「国土交20
通省の定める測定方法により算出された」ことに対する信頼された値で
あるという点においては,いずれも金額の補てんによって修復される問
題ではない。
また,国土交通省の定める測定方法により算出された燃費値が実走燃費
値でないことは,カタログに記載されているとおりである(前記認定事25
実2)ものの,カタログ等によって燃費値を確認する消費者としては,
「国土交通省の定める測定方法により算出された」燃費値が正確に記載
されていることを前提として,実走の燃費値を想定したり,他車との比
較を行ったりするものであることから,カタログ上の燃費値が実走の燃
費値と異なることをもって,重要事項に該当しないということはできな
い。5
エ因果関係について
被告販売店らは,本件において,不実告知と消費者の誤認及び誤認と本
件車両の売買契約の締結のいずれにおいても因果関係の主張立証が不十分
であり,個々の原告らがカタログの燃費値を見たかどうかが明らかでない
ことや,見たとしてこれにより本件車両の購入に至ったとは考えられない10
ことなどを主張する。
しかし,国土交通省の定める測定方法により測定された燃費値との不実
告知により消費者がこれを誤認したことが認められるのは,前記(2)にお
いて判断のとおりである。また,誤認と本件車両の売買契約締結との間の
因果関係については,前記認定事実4(2)のとおり,原告ら(原告16,15
71番を除く。)が燃費値を購入の考慮要素としたことが認められ,これ
が重要事項に該当する(前記(3))ことを踏まえると,誤認によって本件
車両の売買契約締結に至ったものというべきである。被告販売店らは,原
告らが燃費値以外の考慮要素を重視し,燃費値が契約締結に影響を与えて
いないことなどを主張するが,原告ら(原告16,71番を除く。)が燃20
費値以外の購入の考慮要素を併せて検討していた場合であっても,「国土
交通省の定める測定方法により算出された燃費値」が重要事項に当たり,
売買契約締結の判断に影響を及ぼすものといえることからすると,これが
契約締結に与えた影響は大きいというべきであって,本件車両の購入に当
たり,燃費値以外の考慮要素があったことをもって因果関係が否定される25
ことにはならない。
(6)したがって,原告ら(原告16,71番を除く。)は,消費者契約法4
条1項1号により,本件車両に係る売買契約を取り消すことができる。
5争点(6)(被告販売店らに対して返還を請求することができる額)について
(1)前記4において判断のとおり,原告ら(原告16,71番を除く。以下
同じ。)は,被告販売店らに対し,消費者契約法4条1項1号に基づき,本5
件車両の売買契約を取り消すことができ,原告らは,被告販売店らに対し,
不当利得返還請求権に基づき,既払金の返還を求めることができる。
ただし,原告らが支払った金額は,前記認定事実4(4)のとおり,諸費用
を含むものであるところ,諸費用には,原告らが被告販売店らに納付代行を
依頼し,既に履行が終了したものや,本件車両の保証サービスに関連する契10
約について支払われた費用等,様々な性質のものが存在する。このように,
本件車両の売買契約に付随するものの売買契約とは異なる義務の履行のため
に給付された金銭については,その性質に応じ,被告販売店らに利得の存す
る限度で返還すべきものか否かを検討することが相当である。
(2)ア自動車重量税(別紙9-1,9-2の「⑮-1」欄〔以下「⑮-1」15
などと表記する。〕)及び自動車取得税(⑮-2)
被告販売店らは,自動車重量税及び自動車取得税の納税義務を負う原告
らに代わって納税手続を行うために原告らから金銭を一時的に預かり,
納税手続を行ったものである。したがって,被告販売店らは,自動車重
量税及び自動車取得税の納税手続のために受領した金銭につき,利得が20
なく,原告らは,被告販売店らに対し,これらの金銭の返還請求をする
ことができない。
イ自動車賠償責任保険料(⑮-3),検査登録(届出)手続費用(⑮-1
2),車庫証明手続費用(⑮-13),下取車諸手続費用(⑮-14),
ロードサービス関連費用(⑮-15),自家用自動車協会の会費(⑮-125
9),登録代行センターに支払う手数料(⑮-22の「その他費目」の一
部)
被告販売店らは,本件車両の検査登録(届出)手続,車庫証明手続,下
取車諸手続,一般社団法人日本自動車連盟(JAF)又は自家用自動車
協会の入会手続,日本自動車販売協会連合会宮城県支部登録代行センタ
ーへの車両ナンバー登録代行依頼を行うにあたり,国その他の第三者に5
対して納付又は支払をするため,原告らから一時的に金銭を預かり,手
続を行ったものである。また,自動車賠償責任保険料については,原告
らが保険会社に対して支払うべき保険料を被告販売店らが一時的に預か
り,これを支払ったものである。したがって,被告販売店らは,これら
の手続のために受領した金銭につき,利得がなく,原告らは,被告販売10
店らに対し,これらの金銭の返還請求をすることができない。
ウ収入印紙代
収入印紙代とは,本件車両の注文書が,検査登録(届出)手続代行等の
役務提供に関する契約書を兼ねていることから,印紙税法上印紙税を課
されたものであり,被告販売店らは,原告らから受領した印紙税を納税15
により支出した。したがって,被告販売店らは,収入印紙代として受領
した金銭につき,利得がなく,原告らは,被告販売店らに対し,これら
の金銭の返還請求をすることができない。
エリサイクル預託金及びリサイクル資金管理料金
使用済自動車の再資源化等に関する法律73条に基づき,自動車の所20
有者は,新車の購入時(最初の自動車登録ファイルへの登録時)等に,
資産管理法人に対し,再資源化等預託金及び預託管理料金を支払うこと
とされており,被告販売店らは,本件車両の購入時に原告らから一時的
に預かった預託金等を資産管理法人に支払った。したがって,被告販売
店らは,この手続のために受領した金銭につき,利得がなく,原告ら25
は,被告販売店らに対し,これらの金銭の返還請求をすることができな
い。
オ消費税・地方消費税及び割賦手数料
被告販売店らは,原告らから受領した消費税・地方消費税(以下「消費
税等」という。)を納税し,割賦手数料をクレジットカード会社に支払
ったものであるが,消費税等及び割賦手数料は,主に本件車両の売買に5
対して課され,又は売買代金の支払方法に関して生じるものであって,
本件車両の売買代金と同一視できるものであり,また,消費税等につい
ては契約の取消しによる還付等の手続があり得ることからすると,これ
らの名目で受領した金銭については,原状回復の対象となるものと解す
るのが相当である。10
カ検査登録(届出)手続代行費用(⑮-4),車庫証明手続代行費用(⑮
-5),納車費用(⑮-6),下取車手続代行費用(⑮-7),下取車
査定料(⑮-8),希望ナンバー申込手続代行料(⑮-11)
被告販売店らは,原告らとの間で,検査登録(届出)手続等の代行,納
車手続,下取車の査定,下取手続,希望ナンバー申込手続といった一定15
の役務を提供することの対価としてこれらの費用を受領し,役務を提供
した。したがって,本件車両の売買契約の取消しにより,契約が遡及的
に無効となった場合,被告販売店らは,原告らの支払った各費用を不当
に利得したものとして,その返還義務を負い,原告らは,被告販売店ら
の提供した役務を不当に利得したものとして,その対価相当額について20
返還すべき義務を負うことになるが,その金銭評価額は,原告らの支払
った各費用の代金となる。そして,前記認定事実4(4)イ,ウのとおり,
被告販売店らの原告らに対する不当利得返還請求権と,原告らの被告販
売店らに対する不当利得返還請求権は,対当額において相殺されたこと
から,原告らは,諸費用のうち検査登録(届出)手続代行費用,車庫証25
明手続代行費用,納車費用,下取車手続代行費用,下取車査定料,希望
ナンバー申込手続代行料について,返還を請求することができない。
キ「あんしんアップる保証」保証料,持込登録手数料,ETC費(⑮-2
2の「その他の費用」の一部)
被告長野日産株式会社は,原告62番から「あんしんアップる保証」の
保証料を受領し,車両取付商品及び無償修理サービスを提供した(丙○625
-1~3)。
被告日産プリンス福島販売株式会社は,原告71番から,陸運支局へ車
両を持ち込んで検査登録を受ける手続を代行するため,持ち込み登録手
数料を受領して手続を代行した(丙○71-1)。
本件車両の売買契約の取消しにより,契約が遡及的に無効となった場10
合,上記各被告販売店らは,原告の支払った各費用を不当に利得したも
のとしてその返還義務を負い,原告らは,被告販売店らの提供した役務
を不当に利得したものとして,その対価相当額について返還すべき義務
を負うことになるが,その金銭評価額は,原告らの支払った各費用の代
金となる。そして,前記認定事実4(4)エのとおり,被告販売店らの原告15
らに対する不当利得返還請求権と,原告らの被告販売店らに対する不当
利得返還請求権は,対当額において相殺されたことから,原告らは,諸
費用のうち「あんしんアップる保証」保証料,持込登録手数料,ETC
費について,返還を請求することができない。
クメンテプロパック,追加保証20
前記認定事実4(4)オによれば,被告販売店らは,原告らからメンテプ
ロパック又は追加保証の費用として受領した金銭を,日産フィナンシャル
又は日産自動車を通じて保険会社に支払ったものである。そうすると,被
告販売店らは,メンテプロパック又は追加保証の費用について,原告らと
日産フィナンシャルの間又は原告らと日産自動車との間の合意によって支25
払われる金銭を一時的に預かり,支払を行ったものということができ,被
告販売店らは,これらの費用として受領した金銭につき利得がない。した
がって,原告らは,これらの金銭について返還請求をすることができな
い。
(3)以上の認定判断によれば,原告らが被告販売店らに対して返還を請求す
ることができる金額のうち,諸費用の控除分は,別紙9-1,9-2の「諸5
費合計」欄記載のとおりとなる。
(4)利息の請求について
被告販売店らは,本件車両の売買契約取消日までは善意であるから,この
日までの利息の請求には理由がないと主張する。
しかし,そもそも,被告らは,売買契約の取消しにより,受領した代金に10
ついて不当利得返還義務を負うところ,対価である商品に使用利益分の返還
義務が課され,代金については利息が付加されることにより,原状回復が実
現すると考えられる。そうすると,原告らは,売買代金支払日の翌日からの
利息を請求できるというべきであり,この点についての原告らの主張には理
由がある。15
6争点(7)(被告販売店らが使用利益の不当利得返還請求権を取得するか否
か)について
(1)使用利益を返還すべきか否かについて
ア売買契約により,一方に商品が,他方に代金(金銭)が交付されてそれ
ぞれが移転したところ,売買契約が取り消された場合,取消しにより給付20
前の原状に回復させることを請求できるというのが各不当利得返還請求権
の内容となる。そして,給付前の原状に回復させるためには,既に行われ
た給付とは逆向きの商品及び代金(金銭)の移転のみならず,商品及び代
金(金銭)を保持している間に得られた利益を返還する必要がある。すな
わち,給付を受けてから契約が取り消されるまでの間,商品を保持してい25
た者は使用利益を得,代金(金銭)を得た者はこれを運用する機会を得ら
れたのであり,各自,給付を受けた商品又は代金(金銭)に,使用利益又
は利息を付して返還すべきこととなる。
イ本件においては,契約取消後,原告らは本件車両を返還せず,被告販売
店らは代金を返還していないところ,これは,原告らが占有権原なく本件
車両を使用し,被告販売店らが代金相当額を支払う義務を負いつつこれを5
保持するものといえる。このような契約取消後の状態からすると,原告ら
は使用利益につき,被告販売店らは利息につき,それぞれ法律上原因なく
利益を得ていることから,それぞれ不当利得返還義務を負う。
(2)使用利益の算定について
ア原告らは,いずれも自己又はその家族が日常生活に使用するものとし10
て本件車両を購入し,使用しているところ,本件において,使用利益
(対象物を通常の用法によれば収受できる利益)をどのように算定すべ
きかが問題となる。
イこの点,レンタカー代は,レンタカー会社が,利用者から,一定期間の
自動車の使用の対価として収受するものであり,基本的には短期間の使用15
が想定される上,車両維持費や営業利益など,使用の対価以外の要素を多
く含んで高めに料金が設定されていることから,原告らの使用利益を算定
する上で基準とすることは相当でない。
ウこれに対し,カーリース代は,車両本体価格からリース期間満了後の車
両価格を控除した額と,自動車税等の諸費用を足した総額を,リース月数20
で割った金額によって算出されるものであり(甲共30),使用の対価以
外の要素を含んで設定されるものの,特定の顧客に対し,比較的長期間に
わたって自動車を賃貸することが想定され,それを踏まえた料金体系が設
定されている(車両リース契約である日産マイスリープランにおいては,
契約期間が3年又は5年とされている。乙共44の4)。このような点を25
踏まえると,原告らの使用利益の算定としては,カーリース代を基準とし
つつ,カーリース代の算定において使用利益以外の要素が含まれることを
考慮し,カーリース代の7割をもって使用利益とすることが相当である。
エ証拠(乙共15~22,36,丙共29)によれば,原告らの購入した
車両に対応した月額カーリース料金(5年契約,契約走行距離3万km)
は,別紙10-1,10-2「⑭リース料金(31日)」欄記載のとおり5
であり,1日当たりのリース料金は,これを31で除した額(小数点以下
切捨て)である同別紙「⑮リース料金(日)」欄記載のとおりである。ま
た,原告らの使用期間は,同別紙「⑫車両引渡日」欄から,本件口頭弁論
終結時である令和2年7月31日まで(本件車両を売却済みの原告につい
ては,車両売却日まで)の日数として,同別紙「⑬使用期間(日)」欄に10
記載した日数となる。
オそうすると,各原告の使用利益の算定額は,別紙10-1,10-2の
「⑮リース料金(日)」に,同別紙「⑬使用期間(日)」欄記載の日数を
乗じた金額である同別紙「⑯カーリース料金に基づく使用利益額」の7割
に当たる同別紙「⑰使用利益(認定)」欄記載の金額となる。15
(3)原告らの主張について
アこれに対し,原告らは,本件車両に係る売買契約が取り消された場合で
あっても,被告販売店らが本件車両の使用利益の不当利得返還請求権を有
しないと主張し,その理由として,民法189条又同法575条の類推適
用がされるべきこと,特に消費者契約法に基づく取消しについては,使用20
利益の返還義務を認めると,不当勧誘行為による給付の押し付けや事業者
の「やり得」を認めることになり,違法行為を助長するなどと主張する。
また,原告らは,仮に被告販売店らが使用利益について不当利得返還請求
権を有するとしても,これをレンタカー代又はリース料を基準に算定する
ことは失当であることや,契約取消後の使用利益については,信義則上返25
還義務を認めるべきではないことを主張する。
イしかし,民法189条は,契約関係のない所有者と占有者の関係におい
て果実(使用利益)の収受に関する調整を図る規定であって,契約関係に
基づき給付がされた場合における原状回復とは利益状況を異にすることか
ら,同条により使用利益の返還義務がないということはできない。また,
民法575条は,売買契約の履行が未了の場合に関して,代金と売買目的5
物に主観的な等価関係があることを基礎として,利息請求権や果実償還請
求権などの複雑な関係が生じることを避けるための規定であって,契約が
取り消された場合の原状回復という,客観的な利益を返還すべき場面に妥
当するものではない。したがって,同条を類推適用することはできない。
(甲共29・5頁,乙共40・9頁参照)10
ウ次に,消費者契約法に基づく取消しについては,同法が,消費者契約の
申込み又はその承諾の意思表示の取消しについて,「この法律の規定によ
るほか,民法及び商法の規定による」(消費者契約法11条1項)ものと
していることからすると,消費者契約法に基づく取消しの効果について
は,同法の規定によるほかは,民法等の規定に委ねたものと解される。そ15
うすると,使用利益の返還については,消費者契約法に特段の定めがない
ことからすると,民法の不当利得制度の規定によって解釈すべきであっ
て,消費者契約法に基づく取消しであることをもって,直ちに消費者によ
る使用利益の返還を否定することは妥当ではない。
また,売買契約の目的物の給付を受けた者は,目的物の使用を受ける利20
益を享受しているのであるから,売買契約の意思表示が,後に消費者契
約法上の取消事由に該当するものとして取り消された場合であっても,
そのこと自体によって,一律に,客観的に発生している使用利益の返還
を信義則上否定すべきとまではいえないことから,使用利益の返還を認
めることが違法行為を助長するとの原告らの主張を採用することはでき25
ない。
このことは,平成28年法律第61条による改正後の消費者契約法6条
の2において,取消権を行使した消費者の返還義務として,意思表示を取
り消すことができることを知らずに事業者から給付を受けていた場合に
は,「当該消費者契約によって現に利益を受けている限度において,返還
の義務を負う」ものとされたことからも明らかである。すなわち,同条5
は,消費者契約法による取消しの効力として,現存利益のみの返還義務を
負うこととしたことによって消費者保護を図ったものであり,使用利益の
返還までも否定したものではないからである。
エ使用利益の算定について,原告らは,レンタカー代やリース代を基準に
算定することが失当であることを主張するが,車両の使用による対価とし10
て,本件においてリース代の7割と算定する理由については,前記(2)ウ
において述べたとおりであり,このような算定方法によることが,本件に
おける客観的な使用利益の算定方法として適切である。
オ原告らは,不当利得の目的である公平の理念からすると,類型論によっ
ても,消費者紛争の被害者である原告らに使用利益の返還を認めるべきで15
はないとも主張する。
しかし,いわゆる給付利得の場合における不当利得返還は,契約におけ
る給付とは逆向きの給付をさせることにより原状回復を行うものであるか
ら,この場合の「利得」について,当事者の帰責性,消費者保護,社会的
制裁等の要素を盛り込むことは相当ではなく,「利得」については客観的20
な財産的価値により判断すべきであり,これにつき返還を相当としない場
合には,信義則上返還が制限されるかどうかを検討することが相当であ
る。
これを本件についてみると,原告らは,被告三菱自動車による本件燃費
偽装の行われた車両を購入した者又はその相続人であり,本件燃費偽装に25
より被害を被った者であるものの,不当利得返還請求権を行使する相手方
は,被告販売店らであって,被告三菱自動車ではない。そして,被告販売
店らは,本件燃費偽装が発覚するまでの間,本件燃費偽装の存在すら知ら
なかったのであるから(前記認定事実4(3)),当事者の帰責性や社会的
制裁といった要素を考慮しても,被告販売店らによる使用利益の不当利得
返還請求を制限することはできないというべきである。5
7争点(8)(被告日産大阪販売に,原告22番に対する不法行為が成立するか
否か)について
(1)後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
原告22番は,平成25年6月2日,被告日産大阪販売からデイズを1
84万2844円で購入し,その支払方法として,日産フィナンシャルと10
の間でいわゆる残価設定型クレジット(日産ビッグバリュークレジット)
契約を締結し,最終の支払日を平成30年7月27日と設定した。原告2
2番は,平成28年5月25日,被告日産大阪販売に対し,本件燃費偽装
を受けて本件車両の売買契約を取り消し,同年8月,日産フィナンシャル
に対して,ローンの支払を停止した。平成30年7月頃,被告日産大阪販15
売に対し,本件車両の引取りを要求した。ところが,被告日産大阪販売が
本件車両の引取りに応じなかったことから,原告22番は,平成30年8
月以降,本件車両につき月額7000円で駐車場を賃借して保管してい
る。(甲㉒-4~7,丙㉒-1~3,証人I,原告22番本人)
(2)原告22番は,被告日産大阪販売が本件車両の売買契約取消後に本件車20
両の引取りに応じないことが不法行為に当たると主張する。
しかし,本件車両の売買契約の取消しにより,不当利得返還請求権とし
て,原告22番に売買代金及び利息の返還請求権が,被告日産大阪販売に本
件車両及び使用利益の返還請求権が発生するところ,原告22番は本件車両
の返還を申し出たのみであって,同時履行の関係に立つ債務につき履行の提25
供をしたとはいえないことから,車両の引取りをしないことが違法とはいえ
ない。
また,原告22番は,日産フィナンシャルとの間の残価設定型クレジット
契約に基づき,被告日産大阪販売に車両の引取義務が生じ,これに応じない
ことが違法であるとも主張する。しかし,残価設定型クレジット契約におい
て,被告販売店らが車両の引取りに応じるのは,据置額を除く分割支払部分5
全額について,契約の約定どおり履行した場合である(丙㉒-1)ところ,
原告22番は,平成28年8月以降,クレジット契約に基づく支払を停止し
たというのであるから,被告日産大阪販売に残価設定型クレジット契約に基
づく本件車両の引取義務が発生するとはいえない。
したがって,原告22番の被告日産大阪販売に対する不法行為による損害10
賠償請求については,理由がない。
8まとめ
原告ら(ただし,原告16,71番を除く。)の被告販売店らに対する,消
費者契約法4条1項1号に基づく本件車両の売買契約の取消しによる不当利得
返還請求は,次の範囲で認められる。15
(1)原告らの不当利得返還請求権
ア原告らは,被告販売店らに対し,本件車両の売買契約の取消しにより,
既払金の返還を請求できる。具体的には,別紙2-1~2-3「⑦支払済
額」欄記載の金員が,返還の対象となる。ただし,別紙2-3の原告58
番は,本件車両を売却済みであることから,支払済額から売却代金額を控20
除した金額が返還対象となる。
イ前記5(1)~(3)において判断のとおり,既払金のうち,利得のないもの
及び役務相当額との相殺により消滅したものについては,各既払金から控
除されることとなる。控除額は,別紙2-1~2-3「⑧諸費用」欄記載
のとおりである。25
ウまた,前記5(4)において判断のとおり,各原告は,既払金から諸費用
を控除した額につき,売買代金支払日の翌日から支払済みまでの利息の返
還を請求することができる。ただし,別紙2-2「①原告」欄記載の各原
告については,代金支払がクレジット会社との立替払契約により行われて
いることから,起算日を各原告の主張する同「⑩取消日」欄記載の各日の
翌日とする。また,別紙2-3「①原告」欄記載の原告58番について5
は,支払済額から諸費用を控除した額に対する売買代金支払日翌日から車
両売却日までの利息及び,支払済額から諸費用及び車両売却代金を控除し
た額に対する,車両売却日翌日から支払済みまでの利息の返還を請求でき
る。
各原告の請求できる,口頭弁論終結時までの利息額は,別紙2-1「⑩10
確定利息(代金支払日翌日~口頭弁論終結時)」欄,別紙2-2「⑪確
定利息(取消日翌日~口頭弁論終結時)」欄,別紙2-3「⑫車両売却
時までの確定利息」欄及び「⑭確定利息(⑬に対する⑩翌日~口頭弁論
終結時)」欄記載のとおりである。
(2)被告販売店らの不当利得返還請求権15
ア被告販売店らは,原告らに対し,本件車両の売買契約の取消しにより,
不当利得返還請求権として,引渡し済みの本件車両又は本件車両が売却
済みの場合には代償金としての車両売却代金の返還を請求することがで
きる(ただし,車両売却代金については原告58番において請求額から
控除済みである。)。20
イまた,前記6において判断のとおり,被告販売店らは,原告らに対し,
原告らが本件車両の引渡しを受けた日から本件口頭弁論終結時まで(車
両売却済みの場合は売却日まで)の本件車両の使用利益を請求すること
ができる。その金額は,別紙2-1~2-3「⑪使用利益」欄記載のと
おりである。25
ウ前記前提事実3(8)のとおり,被告販売店らは,令和2年7月31日の
本件口頭弁論期日において,本件車両に係る使用利益の不当利得返還請求
権をもって,各原告の本件車両の売買契約の取消しに係る既払金について
の不当利得返還請求権とその対当額において相殺するとの意思表示をし
た。自働債権の債権額は,前記6において判断のとおりであって,別紙2
-1~2-3「⑪使用利益」欄記載の金額であり,受働債権の債権額は,5
別紙2-1については「⑨+⑩」欄,別紙2-2については「⑨+⑪」欄
記載の金額であり,別紙2-3については「⑫車両売却時までの確定利
息」,「⑬車両売却代控除」,「⑭確定利息(⑬に対する⑩翌日~口頭弁
論終結時)」の各欄記載の合計金額であり,その相殺適状時は,本件口頭
弁論終結時(令和2年7月31日)と認められる。10
エそうすると,別紙2-1「①原告」欄記載の各原告については,「⑦支
払済額」から「⑧諸費用」を控除した各金額(「⑨小計」)に,これに対
する「⑩確定利息」を合算した金額から,「⑪使用利益」を控除した額
(「⑫合計額」)及びこれに対する令和2年8月1日から支払済みまで年
5分の割合による利息の支払が認められることになる。ただし,上記各原15
告の本件車両の返還義務と各被告販売店の金員の返還義務とは,民法53
3条の類推適用により同時履行の関係にあると解すべきであるから,各被
告販売店は,本件車両の引渡しを受けるのと引換えに上記金員の支払義務
を負うこととなる。
別紙2-2の「①原告」欄記載の各原告については,「⑦支払済額」か20
ら「⑧諸費用」を控除した金額(「⑨小計」)に,これに対する「⑪確定
利息」を合算した金額から,「⑫使用利益」を控除した額(「⑬合計
額」)がプラスとなる各原告60,75番について「⑭認容額」欄記載の
各金額及びこれに対する令和2年8月1日から支払済みまで年5分の割合
による利息の支払が認められることになる。ただし,その余の原告3,25
5,8の1~8の5,9~11,13,14,22,38,39,41,
42,47,61,62番については,原状回復による不当利得返還請求
権の金額が使用利益を下回ることから,被告販売店らに請求できる金員は
ないことになる。また,上記と同様にして,上記各原告の本件車両の返還
義務と各被告販売店の金員の返還義務とは,同時履行の関係にあると解す
べきであるから,各被告販売店は,本件車両の引渡しを受けるのと引換え5
に上記金員の支払義務を負うこととなる。
別紙2-3の原告58番については,「⑦支払済額」から「⑧諸費用」
を控除した金額(「⑨小計」)に対する「⑫車両売却時までの確定利息」
に,「⑨小計」から「⑪車両売却代金」を控除した額及びこれに対する車
両売却日の翌日からの確定利息(「⑭確定利息」)を加え,ここから「⑮10
使用利益」を控除した額(「⑯合計額」)及びこれに対する令和2年8月
1日から支払済みまで年5分の割合による利息の支払が認められることに
なる。
第3結論
以上によれば,原告らの請求についての結論は,以下のとおりとなる。15
1被告三菱自動車に対する請求
原告らの被告三菱自動車に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却
する。
2被告販売店らに対する請求
(1)別紙2-1「①原告」欄記載の各原告の当該各原告に対応する同別紙20
「②被告」欄記載の各被告に対する請求は,本件車両の引渡しを受けるのと
引換えに,同別紙「⑫合計額」記載の金員及びこれに対する令和2年8月1
日から支払済みまで年5分の割合による利息の支払を求める限度で理由があ
るからこれを認容し,その余は理由がないから棄却する。
(2)別紙2-2の原告60,75番の当該各原告に対応する同別紙「②被25
告」欄記載の各被告(神奈川日産自動車株式会社及び日産プリンス神奈川販
売株式会社)に対する請求は,本件車両の引渡しを受けるのと引換えに,同
別紙「⑭認容額」記載の金員及びこれに対する令和2年8月1日から支払済
みまで年5分の割合による利息の支払を求める限度で理由があるからこれを
認容し,その余は理由がないから棄却する。
(3)別紙2-3の原告58番の被告帯広日産自動車株式会社に対する請求5
は,44万0882円及びこれに対する令和2年8月1日から支払済みまで
年5分の割合による利息の支払を求める限度で理由があるからこれを認容
し,その余は理由がないから棄却する。
(4)その余の原告ら(原告3,5,8の1~8の5,9~11,13,1
4,16,22,38,39,41,42,47,61,62,71番)の10
当該各原告に対応する別紙2-2「②被告」欄記載の各被告に対する請求は
いずれも理由がないからこれを棄却する。
3よって,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第19民事部
裁判長裁判官田口治美
裁判官甲元依子
裁判官丸林裕矢
(別紙はいずれも掲載省略)25

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