弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 被告は,原告に対し,220万円及びこれに対する平成15年1月25日から支払済みまで年5分の割合による金
員を支払え。
2 原告のその他の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを3分し,その2を被告の負担とし,その他を原告の負担とする。
4 この判決の第1項は,仮に執行することができる。
       事実及び理由
第1 原告の請求
 被告は,原告に対し,330万円及びこれに対する平成15年1月25日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで
年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は,被告の公務員である原告が,同じく被告の公務員である上司の係長から違法なセクシュアルハラスメントに
当たる行為をされ,当該行為に関する原告の苦情申出に対する担当者である職員課長や市長の対応に違法な義務違反が
あって,原告はこれらの違法行為によって重大な精神的損害を被ったと主張して,被告に対し,国家賠償法1条1項の
規定に基づき損害賠償(330万円とこれに対する違法行為後である訴状送達日の翌日である平成15年1月25日以
降の民法所定年5分の遅延損害金の支払)を請求したところ,被告が,当該係長によるセクシュアルハラスメント行為
があったことを否認するとともに,原告の苦情申出に対する職員課長や市長の対応に違法な点はなかったと主張して,
原告の請求を全面的に争った事案である。
1 争いのない事実等(証拠等を摘示していない事実は,争いのない事実である。)
(1) 当事者等
ア 原告
 原告は,平成13年4月に常勤職員として被告に採用され,総務部行政管理課文書法制係(以下単に「文書法制係」
又は「係」ということがある。)に配属された者である。
イ P1
 P1は被告の職員であり,原告が被告に採用された当時は文書法制係の係長と主幹を兼務する職にあった者である(
以下同人を「P1係長」という。)。そして職場の関係では,P1係長が原告の直属の上司であった。
ウ P2
 P2も被告の職員であり,原告が被告に採用された当時は総務部職員課長の職にあった者である(以下同人を「P2
職員課長」という。)。
エ P3
 P3は,厚木市長であり,被告の代表者である(以下同人を「P3市長」という。)。
(2) セクシュアルハラスメントに対する被告の対応と相談窓口
ア 被告は「職場におけるセクシュアルハラスメントに関する基本方針」(甲5。以下「本件基本方針」という。)及
び「職場におけるセクシュアルハラスメントの防止等に関する要綱」(甲6。以下「本件要綱」という。)を策定し,
セクシュアルハラスメントに関する相談又は苦情を受け付ける相談窓口及び相談担当者を設置していた。
イ P2職員課長は,平成13年10月当時,その相談窓口の責任者として,本件基本方針や本件要綱の定めに従って
職員の相談又は苦情申出に対応すべき職務上の義務を負っていた。
(3) 原告がP1係長によるセクシュアルハラスメントが行われた機会であると主張する行事等
ア 文書法制係では,平成13年4月か5月ころに同係の歓送迎会が開かれた。この会には,原告もP1係長も参加し
た。
(甲10,原告,証人P1)
イ 同年7月ころ,文書法制係では,同係の暑気払いが行われた。この会には,原告もP1係長も参加した。
(甲10,原告,弁論の全趣旨)
ウ 同年9月1日に,総務部行政管理課において文書法制係を担当する課長であるP4(以下「P4担当課長」とい
う。)の自宅で係の職員及びその家族が参加してバーベキューパーティー(以下「本件バーベキュー」という。)が開
かれた。このパーティーには原告もP1係長も参加した。
 本件バーベキューにおいて,参加者の記念撮影が行われた。
(記念撮影について甲10,原告,弁論の全趣旨)
エ 同年10月18日に係の親睦会が行われ,原告もP1係長も参加した。
オ 同年10月24日に県央都市文書管理研究会の懇親会が行われ,P1係長は,近くにいた他市の男性職員に独身か
どうかを尋ね,独身だと分かると「うちにいいのがいるから。」と発言した
(4) 原告によるセクシュアルハラスメントに関する苦情申出
ア 原告は,平成13年10月29日被告におけるセクシュアルハラスメント相談担当者であるP5市民課長に,P1
係長によるセクシュアルハラスメントの被害事実を申し出,併せてその背景となっている職場での性差別(お茶くみや
雑用を女性職員だけにさせるなど)についても改善を求めた。
イ これに対し,翌日ころ,P5市民課長は原告に対し,被告の相談窓口の責任者であるP2職員課長に相談内容を報
告したので間もなく同課長から連絡が行くだろうと述べた。
(5) 苦情申出後のP2職員課長の対応
ア 原告がP5市民課長に相談してから2週間を経過するまでに,P2職員課長から原告に対し連絡はなかった。
イ そこで,原告は,同年11月14日,P5市民課長を通じてどうなっているのかを問い合わせた。しかし,それで
も何の連絡もないので,原告はやむを得ず同月15日の夕刻P2職員課長を訪ね,P6職員係長同席の上同課長と面談
した。
 その席で,P2職員課長は,通常は新採用職員は窓口のある所に配属するのであるが,原告の場合は学歴が高く,非
常に優秀だというので,現在のポジションに配属した旨を述べた。また,同席したP6職員係長は,P1係長なりに一
生懸命やっていた,原告が制服を着用しないことなどで他の職員が原告についていろいろ言うのに対し,P1係長が防
波堤になっていたと発言した。
ウ 翌11月16日,原告が庁舎内の階段でP2職員課長と出会った際に,原告は自分は異動を希望しない旨を告知し
た。
(6) 原告による通知書の送付とその後の経過
ア 原告は,P3市長に対し平成14年2月25日付けの甲2の通知書を内容証明郵便で送付した。
 甲2の通知書は,P1係長からのセクシュアルハラスメント被害及びP2職員課長からの二次被害によって悪化して
いる原告の就労環境の改善と精神的苦痛に対する慰謝のため,P1係長及びP2職員課長の文書による謝罪,P1係長
の配置転換,慰謝料200万円の支払,組織の配置・事務分担における性的役割分担の廃止等を要求するものであっ
た。
(上記通知書の内容について甲2)
イ P3市長は,平成14年2月27日と3月12日に,原告を呼んで面談した。
ページ(1)
ウ P3市長は,同年3月20日にも原告を呼んで面談した。そして,その後P3市長は,P1係長の書いた書面(乙
3)及びP2職員課長が書いた書面(乙4)を原告に交付した。
エ 原告は,P3市長に対し平成14年4月9日付けの通知書(甲3)を内容証明郵便で送付した。
 甲3の通知書は,P3市長から受け取った上記P1係長及びP2職員課長作成の各文書(乙3,4)では到底納得で
きない旨及び今回の原告への一連の被害への適正な対処を求める旨等を記載したものであった。
(上記通知書の内容について甲3)
オ 同年4月25日,P7助役が原告を呼び出し,原告に対し,P1係長から事情聴取を行ったがセクシュアルハラス
メントに該当する行為は認められなかった,もしそのような行為があれば行為者を厳正に処分する必要があるが,今回
はこのような事実が認められなかったので処分しない旨を通告した。
 なお,この面談のやりとりは,原告がP7助役に断って録音した。
カ 原告は本件訴訟の原告代理人である菅沼友子弁護士を通じて,被告に対し,本件の適切な解決を求める平成14年
7月11日付け通知書(甲7)を内容証明郵便で送付したが,被告は,本件訴訟の被告代理人である葉山岳夫弁護士及
び中小路大弁護士を通じて,「御主張の件につき,調査をしましたが,同係長がセクハラ行為をしたという事実は,い
ずれも認められませんでした。」と平成14年8月20日付け内容証明郵便による回答書(甲8)で回答した。
 被告の上記回答書においては,P2職員課長について,「通知人(被告のこと)において,調査をしましたが,P2
職員課長が,P8殿の申し出を処理せずに放置したという事実はなく,また,同課長が,P1係長のセクハラ行為を認
めたということもありません。その他,P2課長が不適切な対応をしたということも認められませんでした。」とされ
ていた。
(第2段の事実について甲8)
2 本件訴訟の争点
(1) P1係長の原告に対する違法なセクシュアルハラスメント行為の有無及びこの行為に基づく被告の国家賠償法
1条1項の責任の有無
ア P1係長が原告に対し,後記3(1)ア(ア)のaからdまでに記載の各行為をし,これが違法なセクシュアルハ
ラスメントに該当するか。
 なお,この争点との関係では,証拠の面で,甲1の写真の証拠価値(真正な写真かどうか)が大きな問題になってい
る。
イ また,P1係長の行為に公権力性,職務執行性(職務関連性)が認められるか。
(2) 原告の苦情申出に対するP2職員課長及びP3市長の対応の違法性の有無
 原告のセクシュアルハラスメントに関する苦情申出に対するP2職員課長及びP3市長の対応に違法な行為があった
か。
(3) 原告の損害額
 被告に国家賠償法1条1項に基づく責任がある場合の原告の精神的損害に対する損害賠償額(慰謝料額)
3 当事者の主張
(1) 争点(1)(P1係長の原告に対する違法なセクシュアルハラスメント行為の有無及びこれに関する被告の責
任の有無)について
ア 原告の主張
(ア) P1係長の違法なセクシュアルハラスメント行為
a 平成13年4月の係の歓送迎会,7月の係の暑気払い
 P1係長は,上記の係の歓送迎会や係の暑気払い等,職場の行事として飲食が行われた際,原告に対し「結婚しろ。
」,「子供を産め。」,「結婚しなくてもいいから子供を産め。」などと発言した。
b 平成13年9月1日のバーベキューパーティー
 9月1日のP4担当課長宅での本件バーベキューにおいて,P1係長は原告に対し上記aと同じ発言をした。
 さらに,P1係長は,バーベキューの終盤に参加者全員の記念写真を撮影した際にも,原告に自分の膝に座るよう指
示し,嫌がる原告の腕をつかんで指示どおりに座らせ,抱え込んで「不倫しよう。」といい,撮影の間も原告の腕をつ
かんで自分の思いのままに動かすなどした。また,その後もスナップ写真を撮影している原告に向かって「色っぽい
よ。」と発言するなどした。
c 平成13年10月18日の係員懇親会
 P1係長は,上記係員懇親会の席においても,原告に対し「言葉のセクハラだけで体のセクハラがないのは,自分に
魅力がないからか,我々に理性があるからか,考えろ。」などと言い,さらに「早く子供を作れ。」などと述べた。
d 平成13年10月24日の県央都市文書管理研究会の懇親会
 さらに,P1係長は上記の懇親会の場においても,近くにいた他市の男性職員に独身かどうか尋ね,独身だと分かる
と原告の方を指して「うちにいいのがいるから。」と発言するなどした。
e まとめ
 P1係長が原告に対して行った上記aからdまでの各言動(以下併せて「本件各行為」ともいう。)は,原告が望ま
ないにもかかわらず,結婚や子供をもうけることを性的関心に基づいて話題としたり,また身体の一部に触れるという
ものである。
 本件各行為は,原告の人権を侵害し,原告の勤務環境を著しく不快なものにするものであって,違法な行為である職
場におけるセクシュアルハラスメントに該当するものである。
(イ) 甲1の写真について
 甲1の写真(以下「本件写真」という。)のデータは真正なものである。
(ウ) P1係長の本件各行為の公権力性
 P1係長は被告の公権力の行使に当たる公務員である。
(エ) P1係長の本件各行為の職務執行性
a 本件バーベキューは,業務時間内に市役所内において開催が通知され,係員全員が日程の都合を聞かれたものであ
り,係の担当課長の発意によるものであるから参加は事実上強制的なものであった。
b 10月18日の係員懇親会も,業務時間内に市役所内において開催が通知され,係員全員が日程の都合を聞かれ,
係員の都合が悪い場合には日程が変更されることになっていたなど,係員全員の参加が事実上義務づけられていたもの
である。
c さらに,10月24日の県央都市文書管理研究会の懇親会も,他市との交流,情報交換を目的とするものであるか
ら,職務行為そのものか,あるいはそれに密接に関連し職務遂行に付随してされたものである。
d このように,P1係長が前記のようなセクシュアルハラスメントに該当する言動をとった時のバーベキューや懇親
会等は,いずれも円滑な職務遂行の基盤となる係員相互の親睦を深めるために全員参加で行われたものであり,職務の
内容と密接に関連し職務行為に付随してされたものである。したがって,そのような場で行われた本件各行為は,職務
を行うについてされたものというべきである。
(オ) 故意・過失
 このように,P1係長は職務を行うについて,故意又は過失によって違法に原告に損害を与えたものである。
ページ(2)
イ 被告の主張
(ア) P1係長の本件各行為について
a 平成13年4月の歓送迎会,7月の暑気払い
 原告の主張事実は否認する。P1係長が原告主張のような行為をしたことはない。
b 平成13年9月1日の本件バーベキュー
 原告の主張事実は否認する。本件バーベキューの際にP1係長が原告主張の行為をしたことはない。本件写真は,後
記(イ)のように,原告主張事実を立証することができる証拠ではない。
 仮に本件バーベキューの際にP1係長において原告主張のような言動があったとしても,違法なセクシュアルハラス
メントと断定することには疑問がある。
c 平成13年10月18日の係員懇親会
 原告主張事実は否認する。その親睦会においては原告が主張するようなP1係長の発言はなかった。
d 平成13年10月24日の県央都市文書管理研究会の懇親会
 原告主張事実は認めるが,それが違法なセクシュアルハラスメント行為に該当することは争う。
 一般的に懇親会やパーティーなどにおいて独身者同士を引き合わせることが違法となるはずはなく,このような発言
がセクシュアルハラスメントに当たるとはいえない。
(イ) 本件写真について
a 原告は,P1係長の行為を示す証拠として,バーべキューの際に参加者全員で記念撮影した時の写真である本件写
真(甲1)を挙げている。しかし,本件写真はデジタルカメラで撮影されたものであり,この画像データがパソコンの
ハードディスク等の別の磁気記録媒体にコピーされると,磁気記録媒体自体が頻繁にデータの書換えや消去が可能であ
る上に,市販の画像処理ソフトにより容易に改変が可能であって,通常のカメラのネガフィルムや紙の文書のような確
定性がない。このようなデジタル画像データの一般的特性に加え,原告がパソコンが得意でコンピュータ・グラフィッ
ク(CG)を特技とし,画像改変の能力があること,本件写真を撮影したデジタルカメラは原告の所有物であること,
それゆえ原告が改変前のオリジナルの画像データを保有しており,データの加工をし得る立場にあること,本件写真の
画像は原告又はP1係長の指が6本あるように見えるなど不自然な点があること等に照らして,甲1には証明力はな
い。
b 甲9の2・3によれば,本来は連続する番号で写真画像が保存されるべきところ,原告が提出した証拠には5枚の
画像が抜けており,そのうちの3枚は被告が提出した書証によってその画像の内容が明らかになったが,依然として2
枚の画像の内容が不明である。この内容の不明な2枚の画像が利用されて甲1が合成された可能性もある。原告は,5
枚の画像が抜けている理由について,デジタルカメラの容量が一杯になったと思って写真画像の一部を消去したと主張
するが,原告が用いたデジタルカメラのメモリーカードの容量と写真画像データの大きさに照らすと,デジタルカメラ
の容量が不足することはあり得ず,原告の主張は不自然である。
c さらに,原告は本件写真を撮る前に別の記念写真を撮った後,今度は自分も被写体になるべく,記念撮影の輪に入
ろうとして向かって右側の端の方向に歩いていったのであるが,この原告とP1係長の位置関係に照らすと,P1係長
が後ろから原告の右手首をつかむことはあり得ず,右手首をつかまれたという原告の主張は不自然である。また,原告
は本件写真を撮影する1分前に別の記念撮影をしており,その時間的間隔からすると,その間に原告がデジタルカメラ
を次の撮影者に渡し,P1係長が原告の主張するような言動をすることが可能であったかは疑問である。
d そして,P1係長やP4担当課長等も本件写真に写っているような行動があったか記憶がないと述べていること等
に照らして,甲1には十分な証明力はないものというべきである。
(ウ) P1係長の行為の公権力性,職務執行性
a 平成13年9月1日の本件バーベキュー
 本件バーベキューは,P4担当課長が発意したもので,被告の発令によるものではなく,市役所の休日である土曜日
の午後4時ころから午後9時ころまでの時間帯に,P4担当課長宅にて実施されたものである。また,参加者は係員の
みでなくその家族も参加し,費用も1世帯あたり3000円程度を負担し,公金の支出はなかった。
 したがって,このような席におけるP1係長の行為には公権力性も職務執行性も認められない。
b 平成13年10月18日の係員懇親会
 上記係員懇親会は,係内で自然発生的に飲食しに行こうということになったものであり,被告の命令によって発令さ
れたものではなく,業務終了後に市役所外の焼肉屋において実施されたものである。そして費用も各自が負担し,公金
の支出は一切なかった。
 したがって,このような席におけるP1係長の行為には,公権力性も職務執行性も認められない。
c 平成13年10月24日の県央都市文書管理研究会の懇親会
 上記懇親会は,研究会の幹事市の職員が懇親会の手配をするのが慣例となっており,酒席にて他市の職員との交流,
情報交換をするものであるから,公務性が全くないとはいい切れない。しかしながら,これは民間の中華料理店で行わ
れた懇親会であるか,その席での行為には公権力性や職務執行性は認められない。
d その他,原告が主張する懇親会での行為も,同様に公権力性,職務執行性は認められない。
(2) 争点(2)(原告の苦情申出に対するP2職員課長及びP3市長の対応の違法
性の有無)について
ア 原告の主張
(ア) P2職員課長の違法行為・その1(P1係長が事実を認めていたという前提でのP2職員課長の義務違反)
a P2職員課長によれば,同人は平成13年10月30日に原告からセクシュアルハラスメントの相談があった旨の
報告を受け,11月1日にP4担当課長とP1係長の事情聴取を行ったということである。P1係長に対する事情聴取
で原告が申し出ているようなセクシュアルハラスメントの事実が認められたのであれば,P2職員課長は,その事実を
前提に,相談者である原告の意向を確認し,指導や異動などの人事上の措置,懲戒処分の審議のための考査委員会への
付託などを行うべきであった(P2証言調書2ページ)。
 ところが,P2職員課長はそのような措置を一切とらず,反対に,原告との面談の際,P1係長をかばう態度をと
り,原告が職場内でうまくやれていないかのように問題をすり替えたり,原告の思い過ごしであるかのように述べるな
どして,問題をうやむやにしようとした(甲30の3・4ページ)。本件のセクシュアルハラスメントが行われた部署
が重要な部署であったことから,同課長はこれ以上トラブルを大きくしたくないという意図でそのような態度をとった
ものと推認される。同課長の上記のような対応は,次のbからeまでに述べるような職務上の義務違反を構成する。
b 速やかに異動等の人事上の措置や懲戒処分の審理のための考査委員会への付託などの必要な措置をとらなかったこ

 このような対応は,本件要綱4条2項に反する。
c 被害者である原告に落ち度があるようなことを述べたり,原告を異動させることで終わらせようとしたこと
 このような対応は,被告の「セクシュアルハラスメントをなくすために職員が認識すべき事項」で戒められている「
職場内のセクシュアルハラスメントについて問題提起する職員をいわゆるトラブルメーカーと見」て問題を片づけよう
とする典型的なやり方である。また,被害者である原告を異動させることは,苦情の申出者に対する不利益な取扱いと
ページ(3)
なり得る(本件基本方針4(4))。このような対応は,それ自体が被害者に対する二次被害を与える不法行為であ
る。
d 原告に対し一切連絡や報告をしなかったこと
 原告は,P2職員課長から一切連絡も報告もなかったため,日々不安を募らせ,申出の対象であるP1係長の下で報
復を恐れつつ勤務することを余儀なくされた。人事院の「指針」では,苦情相談の進め方として「苦情相談に関し,具
体的にとられた対応については,相談者に説明する。」とされている(指針第2の5)が,P2職員課長は相談窓口の
責任者として行うべき当然の責務を怠った。
e 本件写真の確認など基本的な調査を行わなかったこと
 P1係長が事実を認めていたとしても,客観的な証拠に基づいて事実を確定することは不可欠なことである。同課長
がこれをしなかったのは,この件を庁内に知られないよう大事にしないで収拾しようと考えたためであり,不当きわま
りない対応である。
(イ) P2職員課長の違法行為・その2(P1係長が事実を否認していたと仮定した場合のP2職員課長の義務違
反)
 仮に,P2職員課長が事情聴取を行った際にP1係長が事実を否認したのであれば,本件写真を確認し,原告からの
事情聴取を自ら行い,他の係員からも事情聴取を行うなどの基本的な調査を行うべきであった。ところが,同課長はこ
れらの調査を全く行っておらず,これは明らかに「直接,速やかに調査を開始し,公正で客観的な立場から問題の迅速
な処理,解決に当たるものとする。」との本件要綱の4条2項に反する。
 P2職員課長は,本件証人尋問においてあれこれ弁解をしているが,全く理由がなく,同課長はその職責をすべて放
棄したといわざるを得ない。
(ウ) P3市長の違法行為・その1(P1係長が事実を認めていたという前提でのP3市長の義務違反)
a P3市長は,職場におけるセクシュアルハラスメントの防止等の最終的な責任者として,被告の本件基本方針や本
件要綱の定めに従って原告の苦情申立てを処理・解決し,加害者への制裁等の必要な処置を講ずべき職務上の義務を負
っていた。
b P2職員課長は速やかにP1係長の異動等の必要な措置をとらなかったのであるから,P3市長には,直接又は他
のしかるべき地位の職員に指示して,速やかに本件解決のための対応を行う職責があった。
 実際,P3市長は原告と面談してその意向を確認し,P1係長とP2職員課長から謝罪文を出させることとP1係長
を異動させることはできるとして,そのための対応を行った。しかし,客観的な事実の確認をすることなく上記の対応
を行ったため,P1係長に対しどのような行為がセクシュアルハラスメントとして非難されているのか適切な指導が行
われず,その「謝罪文」も全く趣旨不明のものになってしまった。P2職員課長についても,その対応の何が問題だっ
たのか検討された様子はなく,同人の「謝罪文」も弁明ばかりで何ら謝罪文になっていない。これでは到底本件基本方
針や本件要綱に従った適切かつ迅速な対応がされたとはいえない(なお,原告が上記謝罪文の交付とP1係長の異動を
行うことで「承知した」ような事実はない。)。P3市長の上記の対応は,セクシュアルハラスメントの意味を理解せ
ず,できるだけ事を荒立たせずに早く終わらせてしまいたいという意識に基づくものと思われる(甲10の13ペー
ジ)。
 ところが,P3市長は,原告がこれらの「謝罪文」では納得できないとして再度通知書を出して改めて適切な対応を
求めると,今度は組織ぐるみで本件のセクシュアルハラスメントの事実を隠蔽しようとし,P7助役に「セクハラ行為
があったとは認められない」旨を通告させた(甲4)。この行為は,厳しく糾弾されなければならない。
(エ) P3市長の違法行為・その2(P1係長が事実を否認していたと仮定した場合のP3市長の義務違反)
 仮にP1係長がセクシュアルハラスメントの事実を認めていなかったとすれば,P3市長としては,P2職員課長が
怠った本件写真の確認や原告からの事実聴取,他の係員からの事情聴取などの調査を直接あるいはしかるべき地位の職
員に指示して行うべきであった。しかし,本件写真の確認はこの時も全くされなかった。このような基本的な調査を行
うことなく「セクハラ行為は認められなかった」とすることは,公正で客観的な立場からの問題処理とは到底いえず,
P3市長はその点で職務上の義務を怠ったものである。
 この場合にP3市長がP1係長及びP2職員課長の「謝罪文」を原告に提示したことは,P1係長が事実を認めた上
で上記「謝罪文」を作成したと原告に誤信させ,本件を終わらせようとしたことを意味するから,「公正で客観的な立
場からの問題の解決」とは正反対のものである。真にP3市長がこのように原告を騙して本件の解決を図ろうとしたと
すれば,本件要綱4条2項に明らかに反することで,絶対に許されない悪質な行為である。
(オ) P2職員課長の行為とP3市長の行為との関係
 本件では,P2職員課長の行為とP3市長の行為とがあいまって,全体として本件基本方針や本件要綱に定められた
公正かつ客観的立場から迅速に問題を解決すべき義務に対する違反行為があるといえ,両名の各違法行為は全体として
1個の違法行為となる。
(カ) P2職員課長及びP3市長の行為の公権力性,職務執行性,故意・過失
 P2職員課長及びP3市長は,いずれも被告の公権力の行使に当たる公務員であり,両名は,その職務を行うについ
て,故意又は過失によって違法に原告に損害を加えたものである。
イ 被告の主張
(ア) P2職員課長の違法行為について
a 原告は,10月29日に被告の相談担当者であるP5市民課長に対し,平成13年11月27日から10日間続く
研修が終了するまでに原告の職場環境を改善してもらいたいと要望した。
 同年10月30日,その旨の報告を受けたP2職員課長は,乙12に原告の要望事項を記入した(P2証人調書3ペ
ージ)。
b P2職員課長は,P5市民課長から報告を受けた2日後である同年11月1日,P4担当課長とP1係長を呼び出
し,原告からのセクハラ相談に関し事情聴取を行った。ところが,P1係長及びP4担当課長は,原告が主張するセク
ハラ行為を否認した。そこで,P2職員課長は,職場環境の改善を実現するため,P1係長及びP4担当課長に対し,
本人がセクハラをしたと思っていなくても,相手方がセクハラを受けたと考えるとセクハラになるおそれがあるので,
今後とも言動に注意するよう指導したものである。両名は,P2職員課長の指導を受け入れたものである(P2証人調
書3から5ページ)。この結果,少なくともその後に原告がP1係長からセクハラと感じられる言動をされることがな
くなったのである(甲30の1ページ)。
c 平成13年11月14日,P2職員課長はP5市民課長から乙13の提出を受けた。P2職員課長はこれを読み,
原告が職場で蚊帳の外に置かれていると訴えており,「この職場に放置されている状況は少しおかしいのではないか」
という文言から,原告が文書法制係からの異動を希望していると判断した(P2証人調書5ページ)。
d 同月15日,P2職員課長は原告から面談を希望され,直ちにこれに応じた。この面談については甲30が提出さ
れているが,P2職員課長とP6職員係長は,全体として原告への気遣いを示した話をしており,原告が主張するとこ
ろの「この人にはこれ以上言っても無駄」というような状況は見いだせない。P2職員課長らは,最後に何かあればす
ぐに相談してほしいとも述べているのである。
e 翌16日,P2職員課長は庁舎の階段の踊り場で,原告から自分は異動したくない旨を告げられた(P2証人調書
8ページ)。
ページ(4)
f P2職員課長は,同月22日,P1係長とP4担当課長を呼び出し,原告が係内で疎外されていると訴えている点
について問いただし,今後指導・調整をするよう指導した(P2証人調書9ページ)。
g P2職員課長は,P1係長がセクハラ行為をしたかどうかの調査については,現段階でこれをすると,職場内のあ
つれきが生じるのではないかと考え,4月の定期異動後にこれを行おうと考えたのである。
h 以上のとおり,P2職員課長は,原告からの具体的な要望について,迅速に対応してきたものであり,セクハラ行
為の有無についての調査を定期異動後に行おうとした点についても,裁量権の逸脱とはみられないから,同課長の行為
に違法性はない。
(イ) P3市長の違法行為について
a P3市長は,原告の平成14年2月25日付け内容証明郵便(甲2)を受領した後,2月27日に原告から事情聴
取をするため面談を実施した。原告は,P3市長が事前に事実確認をせずに原告と面談をしたと非難するが,被害を訴
えている者の話を先に聴くことは正当である。
 通常,職員間の紛争は人事担当の助役が担当し,市長自らが解決に乗り出すことはないが(乙14),本件について
は公務多忙の中原告と3回面談しているのである。
b その後,P3市長は,人事担当の助役に対し事実調査を命じ,P7助役がP1係長及びP4担当課長に事情聴取を
行った。しかし,P1係長はセクハラ行為を依然として否認していたものである。
c P3市長は,このようにP1係長が否認をしており,セクハラ行為があったと認定ができない状況において,P1
係長とP2職員課長に反省文を書かせ,P1係長を異動させるという方向で原告の納得を得たいと考えたものである。
d このように,P3市長は,その当時の状況において,現実的な解決を模索したものであり,公権力の行使に当たり
原告が主張するような違法はない。
(3) 争点(3)(原告の損害額)について
ア 原告の主張
(ア) P1係長の違法行為に係る慰謝料 150万円
 P1係長による度重なる本件各行為は,原告の勤務環境を著しく不快なものにし,勤務上看過し得ない支障を来し
た。原告は一番ひどい時期には何日も腹痛が続いたり,職場でP1係長の声が聞こえたりすると,頭がかーっと熱くな
り,吐き気がこみ上げてくるようなこともあり,微熱が続いたこともあった。
 原告の精神的損害に対する慰謝料は,150万円が相当である。
(イ) P2職員課長及びP3市長の違法行為に係る慰謝料 150万円
 原告は,P1係長の本件各行為について苦情を申し出たのにP2職員課長は具体的な対応を行わず,原告に対し報告
等も全くしなかったため,原告の精神的苦痛は一層ひどく,原告は不安と緊張で毎日を過ごした。また,P3市長は,
事を荒立てずに早く終わらせてしまいたいという意識で本件の処理に当たったのであり,同市長は原告をトラブルメー
カーのようにみていた。さらに,同市長は加害者をかばい,組織ぐるみでP1係長の本件各行為を隠蔽しようとした。
 原告の精神的損害に対する慰謝料は,150万円が相当である。
(ウ) 弁護士費用 各15万円
 P1係長の違法行為並びにP2職員課長及びP3市長の各違法行為と相当因果関係のある弁護士費用に係る各損害額
は各15万円である。
イ 被告の主張
 原告の主張は争う。
第3 当裁判所の判断
1 前提となる事実経過
 前記「争いのない事実等」に証拠(甲7,8,10,11,30,乙12,13,15から17,証人P2,証人P
1,証人P4,原告)と弁論の全趣旨を併せると,次の事実を認めることができる。乙15(P2職員課長の陳述書)
中及び証人P2の証言中の後記(9)の認定に反する部分は,甲30(平成13年11月15日の面談内容の録音反訳
書)に照らし,採用することができない。
(1) 原告は,平成13年4月に被告に採用され,総務部行政管理課文書法制係(文書法制係)に主事補として配属
された。
(「争いのない事実等」)
(2) その後,同年4月か5月に同係内での歓送迎会が行われ,7月ころには同係内で暑気払いが行われた。
(「争いのない事実等」)
(3) P4担当課長は,同年9月1日(土曜日)の午後4時ころから9時過ぎころまでの間,自宅に係員全員及びそ
の家族を招いて本件バーベキューを催した。その会はあらかじめ係員全員の日程の都合を聞いて開催したもので,参加
者が費用や食材を持ち寄るなどして,費用を全員が適宜負担する形で行われた。原告は,自己が所有するデジタルカメ
ラを持参し,他の係員等の写真を撮影していた。
 そして,本件バーベキューの終盤に,全員で記念撮影が行われた。
(「争いのない事実等」,甲10,乙16,17,証人P1,証人P4,原告)
(4) 10月18日に,係員の発意により,業務終了後に市役所外の飲食店において係内の懇親会が行われ,費用は
各自が負担した。
(「争いのない事実等」,甲10,乙17,証人P1,原告)
(5) 10月24日に県央都市文書管理研究会の文書部会が開かれ,その修了後に厚木市内の中華料理店において懇
親会が行われた。懇親会には20名弱が参加したが,P1係長はその席上で,近くにいた他市の男性職員に独身かどう
かを尋ね,同人が独身だと分かると,原告に関し「うちにいいのがいるから。」と発言した。
(「争いのない事実等」,甲10,乙17,証人P1,原告)
(6) 原告は,10月29日にセクシュアルハラスメントの苦情に関する相談担当者であるP5市民課長に,P1係
長によるセクシュアルハラスメントの被害事実を申し出るとともに,併せてその背景となっている職場での性差別(お
茶くみや雑用を女性職員だけにさせるなどのこと)についても改善を求めた。
 その際,原告は,言いたいことを書面にして提出したので,P5市民課長はこの書面を「相談又は苦情申出票」(乙
12)の別紙(乙12の2枚目以降。甲11)として添付した。原告作成の上記書面には,懇親会や暑気払い等のたび
にP1係長から「結婚しろ。」,「子供を産め。」,「結婚しなくてもいいから子供を産め。」というような言動を繰
り返されたこと,9月1日の本件バーベキューの際にP1係長が上記のような言動を繰り返した後,記念撮影時に自分
の膝の間に座るように指示し,原告の腕をつかんで座らせ抱え込んで,「不倫しよう。」と言ったこと(この点につい
ては「写真あり」と記載されている。),その後写真を撮影している原告に向かって「色っぽいよ。」と発言したこ
と,10月18日の係員懇親会の席でP1係長が「言葉のセクハラだけで体のセクハラがないのは,自分に魅力がない
からか我々に理性があるからか考えろ。」と発言したこと,10月24日の県央都市文書管理研究会懇親会においてP
1係長が他市の男性職員に独身かどうか聞いた後「うちにいいのがいるから。」と発言したことが記載されている。
 P5市民課長は,翌10月30日,原告からセクシュアルハラスメントの相談ないし苦情申出があったことをP2職
員課長に報告し,同日ころ原告に対し,相談窓口の責任者であるP2職員課長に相談内容を報告したので間もなく同課
長から連絡が行くだろうと伝えた。
ページ(5)
(「争いのない事実等」,甲10,11,乙12,原告)
(7) P2職員課長は,原告の被害申告及び苦情申出の当時,職員の人事,給与,研修,福利厚生などを担当する職
員課の責任者(課長)であった。そして,職員課は,職員がセクシュアルハラスメントに関する相談担当者にセクシュ
アルハラスメントの被害を申告したときには,そのような職場におけるセクシュアルハラスメントの被害の問題を解決
する責任部署であった。
 P2職員課長は,10月30日にP5市民課長から原告の相談内容について報告を受け,上記「相談又は苦情申出
票」(乙12)を受け取った。同課長は,11月1日にP1係長及びP4担当課長から,原告が申告した本件各行為の
事実の有無について事情聴取を行った。
 しかし,その後P2職員課長は11月15日まで,原告に何の連絡もしなかった。
(「争いのない事実等」,甲10,乙15,17,証人P2,証人P1,証人P4,原告)
(8) 原告は,10月29日のP5市民課長に対する苦情申出の後2週間もP2職員課長から何の連絡もないので,
再び11月14日の朝にP5市民課長に会い,当時の職場の現状や原告の言い分を綴ったメモ(乙13)を提出した。
 そのメモには,職場ではほとんど蚊帳の外に置かれている現状等が記載されるとともに,末尾に,セクハラ被害を訴
えているのにこの職場に放置されている状態は少しおかしいのではないかと記載されている。
 原告は,同日のすぐ後に,P5市民課長から,直接職員課長,職員係長に相談できるようにしておいたと言われた
が,その日はP2職員課長から何の連絡もなかった。
(甲10,乙13,証人P2,原告)
(9) 15日の昼になっても職員課から何の連絡も来なかったので,原告は,不安が高まって耐えられなくなり,自
分からP2職員課長に会いに行こうと考え,昼休みに知人に電話をして相談した。原告が,その知人に,セクシュアル
ハラスメントの相談をしたのに何も連絡がない,不安で耐えられないから自分から直接面談に行こうと思うなどと話す
と,その知人は,何か録音できるものはあるかと尋ね,原告が持っていないと答えると,何があるか分からないから一
応は持っていけ,14日も原告を放っておくようなところだから,もしかしたら原告が辞めるなりして消えてしまえば
いい,セクシュアルハラスメントの問題自体がなくなってしまえばいいと思っている可能性もあるから,用心のために
録音できるものを持っていけ,と面談内容を録音することを勧めた。原告は,その知人のアドバイスに従って,同日の
昼休みにα駅前の電機店で録音機を買い,その日の夕方にP2職員課長のもとを訪れ面談を求め,P2職員課長及びP
6職員係長と面談した。原告はその際,P2職員課長らの同意を得ずに直前に買い求めた録音機で会話内容を録音し
た。
 面談ないし会話内容は,おおむね次のようなものであった。
ア 面談では,P2職員課長が,冒頭に原告が異動を希望していると理解しているような発言をしたので,原告は,自
分が異動したいというのではなく,P1係長を信頼して仕事をすることが難しいので同係長と離れたいという意味であ
る旨を述べた。
イ 次に,P2職員課長が,苦情申出の後にセクシュアルハラスメント的な行動がP1係長からあったかどうかを尋ね
たのに対し,原告は,それ以降は接触がないのでそのような言動はない旨を答えた。
ウ 次に原告は,メモ(乙13)に書いたように職場でほとんど何も知らされず,仕事に支障を来しており,嫌がらせ
を受けているように思え,ショックを受けていることなどを話した。これに対し,P2職員課長は,P1係長の性格は
知っており,少々かたくななところはあるかもしれないが,ゴーイングマイウェイタイプで,嫌がらせをしているとい
うことはないと思うなどと述べた(同課長のそのままの発言内容は,『あなたの感じ方と私の感じ方が違うかわかんな
いけど,P1主幹と10年ぐらいずっとやっているんで,ある程度性格は知ってるつもりだけど,あんまり嫌がらせな
んかをする陰湿なタイプじゃないことは確かなんだよ。ただ,あなた,えーね,一回そう思うとなかなか思えないかも
しれないけど,その私なんか10年ぐらい一緒にやったのを含めて,えーこういう仕事をやってて嫌がらせをやるなん
かっていうタイプじゃないんだよ。ゴーイングマイウェイのタイプなんだよ。えーたぶんね。いまだにパソコンを入れ
ないのは,多分いま,P1主幹だけじゃないかな。ゴーイングマイウェイタイプなんだよ。で,その,ただ,うーん,
そういうちょっと頑ななところはあるのはね,あなたの思ってるとおりかもしれない。ただ,嫌がらせっていうのは,
無いと思うよ。だから,そういうふうに思うかもしんないけども。』というものであった。)。
エ また,原告が,P1係長が仕事のことを自分に知らせる必要がないと思っていることがショックである旨を話す
と,P2職員課長は,原告が異動を希望しているのは分かったので,希望に添うようにしたいが,早くても定例異動時
期の4月になると思ってほしい,今回の件は後に誤解であったとお互いに思うようになってもらえればうれしいが,だ
いぶこじれているように思うので,冷却期間を置くためにも,今の部署を離れないと問題解決は難しいと思うなどと述
べた(同課長のそのままの発言内容は,『それは係内の打ち合わせが不十分だという話だよな。同じ係で仕事をやって
くんだから。自分ひとりで仕事ができるわけないんだから。ましてやあそこは数が減員されてるとこなんでね。あなた
の希望は,話の中で分かりましたので,なるべく,希望に添う努力はしていきたいと思いますが,ご承知のとおり,定
例の異動というものがありますので,早くっても4月と。というふうに思っててください。あと10年ぐらいたって,
ああ誤解だったなとお互いに思えばすごく嬉しいなって私なんかは思ってる。ほんとに。誤解だったなってことがね,
あとから思えば。嬉しいなと思うけど,ある程度お話を聞いてると,だいぶ,こじれてるのかな,いうふうに思うの
で,少し冷却期間が必要なのかもわかんないね。ご希望に添えるように。市役所の面接のときとかなんかに話あったか
もしれないけど,えー私は面接はしなかった。』というものであった。)。
オ P2職員課長は,次に,新採用職員は通常窓口のある部署に配置するが,原告の場合には,法律的知識もあって非
常に優秀なので,現在の部署に配置した,現在の部署は1人1人仕事を持っていてなかなか他人にまで気を遣うことが
できない所であり,そういう所は原告にはちょっと大変だったのかなと思うなどと述べた(同課長のそのままの発言内
容は,『一般に,新採用職員ていうのは,窓口のあるとこへいくことが主にしてるんですよ。ていうのはやっぱり,市
民の方と接して,市民がこういうふうに思ってるんだなっていうか,市民の立場になんなきゃいけないんだなっていう
のを,最初のうちに経験しなきゃあいけないということで,市民と接触あるポジションに置くというのが基本的な考え
方なんですよ。ただ,あなたの場合には,学歴とかそういうのを見たときに,非常に優秀で,その,法律的知識も非常
にあると,そういうのがあったんで,そういうポジションに配属だったと思うんですよ。また,他の人でも確かそうい
う人が1人ぐらいいるかもしれない。あなた以外にもね。やはりね,あのそういう点ではね,私たちなんかも,もう少
しあなたのことを思ってやって,最初からね,ああいうポジションみんな1人1人仕事持っちゃってて,なかなか人の
ところまで気を遣ってっていうポジションになれないんだよね,ああいうポジションていうのは。そういうところでは
ね,あなたにとってはちょっと大変だったのかなっていう。』というものであった。)。
カ このように,P1係長が原告に何も知らせてくれないと原告が訴えたことについて,P2職員課長が,原告の言う
点は文書法制係という部署の性格から来るもので,新人の原告が働くのは無理な職場かもしれないなどと,原因が原告
にあるようなことを言うので,原告は,そういうことではなく,P1係長の行動がエスカレートしてからそのように思
ったのであり,最初は言葉だけなら我慢しようと思ったが,同係長の行動がエスカレートして怖くなった旨を訴えた。
これに対し,P2職員課長は,原告はそのように受け取ったかもしれないが,P1係長はそのような人間ではないなど
と述べた(同課長のそのままの発言内容は,『まあね,私たちはP1主幹の100%を知ってるわけじゃないから,そ
ういわれるとP8さんはそう受け取ったのかなあとは思うけどね。なかなか,今まで知ってる人間からいうと,そんな
ページ(6)
タイプの人じゃねえんじゃないのっていうところは,一般的にはそう思われちゃってるところはあるんだよね。その,
P1主幹に。』というものであった。)。
キ そこで,原告が写真(乙12で申告した写真)を持ってきた方がよかったのかをP2職員課長に尋ねると,P2職
員課長は,次のように述べた。すなわち,聞いているから知っている,P4担当課長宅でのことは,はっきり言えばセ
クシュアルハラスメントに間違いない,聞いたときにはまずいなと思った。そのような行動をしたのはP1係長が原告
とどのように接したらいいのかが分からないということからではないかと思う。しかし,そんなことは言い訳であり,
原告の言うとおり本人(原告)が嫌がっていることを強要したり,性的なことを言うのはとんでもないことである。自
分もP1係長と会って同係長がそのような行為をしたことを確認している,そこで自分からはそれはセクシュアルハラ
スメントであると話をしたので,P1係長も今では自分の行為がセクシュアルハラスメントであったことを感じている
と思う,などと述べた(同課長のそのままの発言内容は,『あの聞いてるから,知ってるよ。あのーあそこのとこでし
ょ,えー担当課長の家での話でしょ。その話も聞いたよ。それもね,えーうーなんていうかな,まあ,あの,はっきり
いえば,セクハラには間違いないと。聞いたときにそれはまずいなと。』,『付き合い方がわかんねえというか,どう
やってお相手してやんなきゃいけねえんじゃねえかとかね。そういう余計なところからの発想も若干あったんじゃない
かな,と思うんですよ。どうやってね,P8さんと話して,どうやってP8さんを自分たちのグループに入れたらいい
のかなというふうなことを,やり方が,あのーわかんなかったっていうのはあるんじゃないかなと思うんだよな。た
だ,それはそんなこといったって,それは言い訳の話であってさ,あなたのいうとおり本人が嫌がってることをね,強
要したり,それから性的なことをいうっつうのはとんでもない話でさ。………ま,ええ,話は聞いたかどうか分かりま
せんけども,私も,ええ,本人にあって,ええ,そういうふうな事をしたのかどうか,確認はしてます。それで,そう
いうことを言った,っていうふうなことは,それはやはりセクハラですよという話をした。で,そこらへんについて
は,セクハラについては,P1ちゃんもそうだったのかなとは感じていると思います。』というものであった。)。
ク 次に,P2職員課長は異動の点に話を戻し,異動を考えた方がよいと思うが,文書法制係は非常に重要な部署であ
るので,来年(平成14年)の4月まで我慢してほしい,係内の意思疎通が不十分である点については,自分の方から
係内の意思疎通を十分図るようP4担当課長に話をしておきたい旨を述べた(同課長のそのままの発言内容は,『た
だ,感情的なね,もつれが,あのー係全体に,あるような雰囲気を感じたので,あなたのいうとおりに,外れた方がい
い外した方がいいのかな,動いた方がいいのかな,そんなあー感じではある。ま,あと,まだね,12月も含めて4か
月あるけれども,ご承知のとおり,あそこのポジションは非常に重要なところで,議案もやんなきゃいけない,ええ,
文書もみなきゃいけない,それが全部他人のところ自分のところじゃないとこやんなきゃね。………まあ,あなたはあ
なたなりにでもできる範囲内で,もう少し,申し訳ないけど,来年の春ぐらいまで,もう少しがんばってもらいたい。
』というものであった。)。
(甲10,30,原告)
(10) 原告は,上記の面談内容から,P2職員課長がセクシュアルハラスメントに対する適切な対処方法とは全く
逆のことをしていると感じ,絶望的な気持ちを持ったが,それでも自分の異動は防ぎたいと思い,翌11月16日にた
またまP2職員課長と階段で出会った際,「昨日の件ですが,私は異動を希望しません。」と明確に意思を伝えた。こ
れに対し,P2職員課長は,少々驚いた表情を見せたが,「分かりました。」と答えた。
(甲10,乙16,原告,証人P2)
(11) P2職員課長は,原告との面談を実施した後,11月22日にもP1係長及びP4担当課長から事情聴取を
実施した。P2職員課長はその事情聴取の結果についても原告に知らせることをしなかった。また,P1係長を直ちに
他の部署へ異動させたり考査委員会への付託等の措置を講じたりすることを検討することもしなかった。
(乙15,17,証人P2,弁論の全趣旨)
(12) 平成14年2月25日に原告がP3市長宛に内容証明郵便を出してから,平成15年8月20日に被告訴訟
代理人である葉山岳夫弁護士らが原告側の通知書に対する回答書を出すまでの経過は,前記「争いのない事実等」の(
6)のとおりである。
(13) そして原被告双方の代理人弁護士による交渉の末,平成14年11月ころ,被告代理人からは,P1係長が
慰謝料として50万円を支払うこと,被告がP1係長に対して正式な処分を行うこと等を内容とする示談案が提示され
た。そしてその件に関し,P1係長自身は上記慰謝料50万円を自己負担とすることを了承していた。しかし,原告は
被告の責任が全く問題にされていないことを了承できず,結局原被告間の交渉はまとまらなかった。
(甲7,8,10,乙17,証人P1,原告)
(14) 原告は,平成15年1月9日に被告に対し本件訴訟を提起した。
(顕著な事実)
2 争点(1)(P1係長の原告に対する違法なセクシュアルハラスメント行為の有無及びこれに関する被告の責任の
有無)について
(1) 平成13年9月1日の本件バーベキューの際の行為について
ア 認定事実
 前記1の「前提となる事実経過」に証拠(甲1,9の1から4,10,28の1から4,32,乙7,8,16,証
人P4,原告)と弁論の全趣旨を併せると,次の事実を認めることができる。
(ア) 原告は,平成13年9月1日にP4担当課長の自宅で行われた本件バーべキューにデジタルカメラを持参し,
係員等の写真を数枚撮影した。バーベキューが中盤にさしかかったころ,原告はデジタルカメラで撮影した写真画像の
データをP4担当課長のパソコンに保存してもらった。
(甲9の1から3,10,乙16,証人P4,原告)
(イ) その後,他の職員も原告のデジタルカメラを使用して写真を撮影していると,突然写真が撮れなくなる事態が
生じた。そこで,原告は撮影した写真の量がデジタルカメラのメモリー容量を超えたと判断し,先にP4担当課長のパ
ソコンに写真画像のデータを保存していたこともあって,デジタルカメラに保存されていた写真画像のデータの一部を
消去した。
 その後再び写真を撮影できるようになったため,原告は写真撮影を再開した。
(甲10,乙16,証人P4,原告)
(ウ) 現時点で,原告がこの日に撮影した16枚の写真画像のうち,2枚目,3枚目,4枚目,8枚目及び9枚目の
合計5枚の写真画像がデジタルカメラのデータから消去されている。その消去された5枚の写真画像のうち,3枚は消
去する前にP4担当課長のパソコンに保存されていたため,P4担当課長は後日、それらの写真画像(甲28の1から
3,乙7,8)をプリントアウトして原告に渡した。しかし,残りの2枚については,現時点においてその画像の内容
は不明である。
(甲10,28の1から4,乙7,8,16,証人P4,原告)
(エ) 原告のデジタルカメラのメモリーカードの容量は32メガバイトである。現在も消去されずに残っている本件
バーベキューの際に撮影された写真画像のデータの大きさは,721キロバイトから776キロバイトまでの範囲内に
ある。
(甲9の2,32)
(オ) 本件バーベキューが終盤にさしかかったころ,参加者全員で記念撮影をすることになった。そこで,まず原告
ページ(7)
が午後9時1分ころに原告を除く参加者全員の記念写真を撮影した。
 その後,今度は原告も記念写真の中に入るため,デジタルカメラを他の人に渡し,全員がいる場所に向かって近づく
と,P1係長に右手首をつかまれた。P1係長は折りたたみ式のパイプ椅子に浅く座って両膝を開いており,原告に「
ここ座れ,早く座れ。」と言って自分の膝の間を空いた手で指して笑い,原告を引き倒すようにして座らせた。そし
て,P1係長は原告の両手首をつかんで自分の方へ引き寄せ,それをいいように動かし始め,またその際「不倫しよ
う。」と言った。そのときの状況は原告のデジタルカメラで撮影され,その状況を写した写真が本件写真(甲1。甲9
の4は,甲1の一部を拡大した写真である。)である。
 その後,P1係長は写真を撮影している原告に対し,「色っぽいよ。」と発言した。
(甲1,9の1から4,10,原告)
イ 事実認定に関する補足
 上記ア(オ)の認定について説示を補足する。
(ア) 被告は,P1係長が上記ア(オ)のような行動に及んだことを否認し,甲1の写真は変造された疑いがあるか
ら十分な証明力がないと主張している。すなわち,被告は,デジタルカメラの写真画像がその性質上改変可能であるこ
と,原告がパソコンを得意としていること,原告が画像データを保管していること,2枚の写真画像の内容が不明であ
ることなどを指摘して,本件写真が変造された可能性があると主張している(前記第2の3(1)イ(イ)のa,b)

 しかし,被告が挙げる前2者の根拠は抽象的な一般論であり,有効な反論・反証とはいえない。なお,乙1には,複
数の画像を合成させて一つの画像を作成するソフトウェアが存在することが示されているが,これによれば合成の前提
として素材となる複数の画像をあらかじめ入手しておかなければならない。しかし,原告がそのような複数の画像を入
手することは極めて困難である。
 また,第1段の3番目の根拠については,精密な電子機器において上記ア(イ)にみたような事態がままあり得るこ
とは我々が日常経験することであり,かつ,上記アの(ア)から(エ)までの事実経過にも照らすと,この点が原告の
主張立証を合理的に疑う根拠とはなり得ない。
 さらに,被告は,甲1の写真のP1係長の指が6本あるように見え,内容が不自然であると主張しているが,甲1を
拡大した甲9の4によればそのようなことがないのは明らかである。
 結局,被告の上記主張は,通常の社会生活ではあり得ない極めて抽象的で低い確率による可能性を主張するものにす
ぎず,同主張は採用することができない。
(イ) さらに,前記1の認定のように,原告は苦情申出の当初から,P1係長が原告を自分の膝の間に腕をつかんで
座らせたという具体的な事実とともに,その写真があることを明示していたのに,平成13年11月15日の面談にお
いても既にこの点を含めP1係長に確認していたはずのP2職員課長は,そのような写真の信用性を疑うような言動を
全くしていないばかりか,そのような写真があることは前提としつつ,原告が申告しているような事実関係があったこ
とを同課長としても確認している旨の発言をしていたものである(前記1(9)キ参照)。したがって,P1係長は,
平成13年11月当時,P2職員課長からの事情聴取に対し,少なくとも原告が申告している本件バーベキューの際の
言動は認めていたものと推認することができる。
 また,その後弁護士同士の示談交渉の際には,本件写真は被告側に提供されていたと認められるが(甲10,原告,
証人P1),その真否が問題になった事実を認めるべき証拠はない。のみならず,前記1の認定事実からは,被告側
は,むしろ,そのような写真があることは前提にしつつ,P1係長が50万円を支払う内容の示談案を提示していたも
のと理解するのが相当である。
(ウ) 上記(ア),(イ)のような諸事情を併せると,甲1は真正な写真であると認めるのが相当であり,同証と前
記アの冒頭の各証拠とを併せると,前記ア(オ)の事実を認定することができるというべきである。乙17中及び証人
P1の証言中のこの認定に反する部分は採用できず,また乙16及び証人P4の証言も,上記認定を左右するに足りな
い。
ウ P1係長の行為の違法性
(ア) 前記1に認定の事実経過によれば,原告がこのようなP1係長の言動を了承ないし宥恕していないことは明ら
かであるから,P1係長の前記ア(オ)の言動は,客観的に,多くの人たちの面前で原告に強い不快感,屈辱感と羞恥
の感情を与え,もって原告に強い精神的苦痛を与えるものであり,原告の個人としての人格や尊厳を違法に侵害する権
利侵害行為というべきである。
(イ) さらに,P1係長の上記言動は,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(男女
雇用機会均等法。以下「法」という。)21条1項の「性的な言動により女性労働者の就業環境が害される」いわゆる
「環境型セクシュアルハラスメント」(法21条2項に基づく「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関
して雇用管理上配慮すべき事項についての指針」〔平成10年3月13日労働省告示第20号。以下『セクシュアルハ
ラスメント防止指針』という。〕の2項の(1),(5)参照)に該当するものということができる(なお,法21条
1項所定の「職場における」という点については後述する。)。
(2) 10月24日の県央都市文書管理研究会の懇親会での発言について
 前記1の(5)の認定事実のとおり,P1係長はこの懇親会の席上で,他市の男性職員が独身と分かると,同人に対
し,原告に関し「うちにいいのがいるから。」と発言したものである。
 その意図について,P1係長はその陳述書(乙17)において,独身者同士を引き合わせることは一般的によくある
ことである旨を述べているところ,このこと自身,同人が原告の結婚や異性との交際という性的関心に基づいて発言を
したことをうかがわせるものである。この点,P1係長は本件証人尋問においては,他市との交流の中で,コミュニケ
ーションを深めておけばプライベートな面でも仕事の面でも役に立つということから,そのようなことを述べたと証言
している。しかし,その証言の趣旨は陳述書の説明とはニュアンスが異なる上に,十分了解できないものといわざるを
得ない。よって,P1係長の上記言動は,原告に対する性的関心に基づくものと認めるのが相当である。
 そうするとP1係長の上記発言は,性的な関心に基づくもので,話題になった女性である原告に不快な感情を抱か
せ,精神的苦痛を与えるものと認められるから,原告の人格に対する違法な権利侵害行為であるというべきである。そ
して,P1係長のこの発言も,上記の「環境型セクシュアルハラスメント」に該当するということができる。
(3)その他のP1係長の言動について
ア 上記(1),(2)の認定説示に証拠(甲10,乙12,原告)を併せると,P1係長は,平成13年4月か5月
の文書法制係の歓送迎会や同年7月の係の暑気払いの席上で,原告に対し「早く結婚しろ。」,「子供を産め。」,「
結婚しなくてもいいから子供を産め。」などと発言し,同年10月18日の係員懇親会の席上でも,原告に対し「言葉
のセクハラだけで体のセクハラがないのは,自分に魅力がないからか,おれたちに理性があるからか考えろ。」などと
発言したことが認められる。
イ 上記アのP1係長の発言も,性的関心に基づくもので,発言の相手方である原告に不快な感情を抱かせ,精神的苦
痛を与えるものと認められるから,原告の人格に対する違法な権利侵害行為であるというべきである。そして,P1係
長のこの発言も,上記の「環境型セクシュアルハラスメント」に該当するといえる。乙17中及び証人P1の証言中の
この認定に反する部分は,いずれも上記アの各証拠に照らし採用することができない。
ページ(8)
(4) 被告の責任の有無
ア 公権力性の有無
 まず,国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」とは,私経済作用を除く全ての公行政作用を意味するものと解さ
れる。そして,P1係長の上記の各言動(本件各行為)は,私経済作用ではない文書法制係の通常の業務に関連して行
われたものであるから,これらの各行為は公権力性を有するものというべきである。
イ 職務執行性の有無
(ア) 次に国家賠償法1条1項の「職務を行うについて」の要件は,職務行為自体を構成する行為のみならず,職務
遂行の手段として行われる行為や職務内容と密接に関連し職務行為に付随してされる行為,さらに客観的に職務行為の
外形を備える行為も含むと解するのが相当である。そして,勤務時間外に職場以外の場所で私費によって行われる懇親
会であっても,その会合に原則として職員全員が参加することが想定され,その会の主たる目的が飲食を伴う懇親の機
会を得ることによって職員相互の親睦を深め,円滑な職務遂行の基礎を形成することにあるような場合には,職務内容
と密接に関連し職務行為に付随してされ,かつ,社会通念上,外形的,客観的に見て職務行為の範囲内に属する行為と
いえるから,その懇親会は,同条項にいう「職務を行うについて」との要件を充たすものというべきである。
 ちなみに,職場におけるセクシュアルハラスメントについて被告が定めた本件基本方針(甲5)は,同基本方針にい
う「職場」には,親睦会等の宴席その他の実質的な職場の延長線上にあるものを含むとしており(同基本方針の2項の
(3)),このことも,上記のような職務執行性の解釈に符合するものといえる。
(イ) そこで,本件についてこの職務執行性の有無を検討する。
a 平成13年9月1日の本件バーベキューは,職場が休日である土曜日に,P4担当課長の自宅で行われ,公金は一
切支出されていない。しかし,証拠(甲10,乙16,証人P4,原告)と弁論の全趣旨によれば,本件バーベキュー
は係を担当する課長であるP4担当課長の発意によるものであったこと,業務時間内に市役所内において当該バーベキ
ューの開催が告げられ,係員全員が日程の都合を聞かれたものであったことが認められる。
 このように,本件バーベキューは,職員全員が参加することが想定され,その主たる目的が,家族を含めた職員相互
の親睦を深め円滑な職務遂行の基礎を形成することにあったと推認されるから,たとえ休日に勤務場所外で私費で行わ
れたものであっても,上記(ア)の基準により,その会合におけるP1係長の行為は,国家賠償法1条1項の職務執行
性を認めるのが相当である。
b 次に,平成10月24日の県央都市文書管理研究会の懇親会も,前記1の認定事実によれば,同懇親会は参加各市
の職員の交流び情報交換を目的とするものであったと推認されるから,このような懇親会への出席は,職務行為そのも
のか,職務内容と密接に関連し職務行為に付随するものと認めることができる。
 したがって,そのような場でされたP1係長の行為は,職務を行うについてされたものということができる。
c その他の係の懇親会や暑気払いも,前記1の認定事実によれば,その会合の主目的は職員相互の親睦を深め,円滑
な職務遂行の基盤となる人間関係を形成することにあったと認められるから,この会合への出席も,職務行為の範囲内
のものということができる。
 したがって,そのような場におけるP1係長の言動は,職務を行うについてされたものであると認めることができ
る。
(ウ) 以上のとおり,P1係長の本件各行為は,公権力の行使に当たる公務員がその職務を行うについてしたものと
いうべきである。
 そして,本件各行為の内容,経過等に照らすと,P1係長には本件各行為をするについて少なくとも過失があったと
認めることができる。
ウ したがって,被告は,国家賠償法1条1項の規定に基づき,P1係長の違法行為(本件各行為)により原告に生じ
た損害を賠償する義務を負う。
3 争点(2)(原告の苦情申出に対するP2職員課長及びP3市長の対応の違法性の有無)について
(1) 違法な権限不行使について
ア 原告は,P2職員課長及びP3市長に主として違法な権限不行使があったと主張している。
 国家賠償法1条1項にいう「違法」とは,国又は地方公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して
負担する職務上の法的義務に違背することを指す(最高裁昭和60年11月21日第一小法廷判決・民集39巻7号1
512ページ参照)。
 そして,地方公共団体の公務員による裁量性を有する権限の不行使は,その権限を定めた法令の趣旨,目的や,その
権限の性質等に照らし,具体的事情の下において,その不行使が許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認め
られるときに,その不行使により被害を受けた者との関係において,国家賠償法1条1項の適用上違法となるものと解
される(最高裁平成元年11月24日第二小法廷判決・民集43巻10号1169ページ,最高裁平成7年6月23日
第二小法廷判決・民集49巻6号1600ページ参照)。
イ 法第3章は,雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保のための前提条件を整備する観点から,女性労
働者の就業に関して配慮すべき措置を規定しており,同章の規定は地方公務員にも適用される(法28条による適用除
外とされていない。)。法21条によれば,事業主(本件では地方公共団体。以下「事業主」という。)は,①職場に
おいて行われる性的な言動に対するその雇用する女性労働者の対応により当該女性労働者がその労働条件につき不利益
を受け,又は②当該性的な言動により当該女性労働者の就業環境が害されることのないよう雇用管理上必要な配慮をし
なければならないとして(1項),事業主のセクシュアルハラスメントの防止についての配慮を義務づけている。
 そして,法21条2項を受け,厚生労働大臣により,同条1項の事業主が配慮すべき事項について,前記の「セクシ
ュアルハラスメント防止指針」が定められている。
 セクシュアルハラスメント防止指針の2項では,上記①を「対価型セクシュアルハラスメント」,上記②を「環境型
セクシュアルハラスメント」と呼称し,「職場」や「性的な言動」の意味内容を規定している。これによれば,「職
場」とは,事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し,当該労働者が通常就業している場所以外の場所であ
っても,当該労働者が業務を遂行する場所を含み,例えば取引先と打合せをするための飲食店,顧客の自宅等であって
も,当該労働者が業務を遂行する場所であればこれに該当するとされている(同防止指針2項(2))。また,「性的
な言動」とは,性的な内容の発言及び性的な行動を指し,この「性的な発言」には,性的な事実関係を尋ねること,性
的な内容の情報を意図的に流布すること等が,「性的な行動」には,性的な関係を強要すること,必要なく身体に触る
こと,わいせつな図画を配布すること等がそれぞれ含まれるとされている(同防止指針2項(3))。
 また,同防止指針3項は,雇用管理上配慮すべき事項として,事業主の方針の明確化及びその周知・啓発,相談・苦
情への対応,職場におけるセクシュアルハラスメントが生じた場合における事後の迅速かつ適切な対応等を規定してい
る。特に,職場におけるセクシュアルハラスメントが生じた場合における事後の迅速かつ適切な対応については,「事
業主は,職場におけるセクシュアルハラスメントが生じた場合において,その事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確
認することについて配慮しなければならない。また,事業主は,その事案に適正に対処することについて配慮しなけれ
ばらない。」とし,「事実関係を迅速かつ正確に確認することについて配慮をしていると認められる例」として,相談
・苦情に対応する担当者が事実関係の確認を行うこと,人事部門が直接事実関係の確認を行うこと,相談・苦情に対応
する担当者と連携を図りつつ,専門の委員会が事実関係の確認を行うことを挙げ,「事案に適正に対処することについ
て配慮をしていると認められる例」として,事案の内容や状況に応じ,配置転換等の雇用管理上の措置を講ずること,
ページ(9)
就業規則に基づく措置を講ずることを挙げている。
 なお,このセクシュアルハラスメント防止指針は,法21条2項の規定に基づき制定された告示であり,法律の内容
を補充する性格のものと解される。
ウ 本件基本方針及び本件要綱
(ア) 本件基本方針及び本件要綱の内容
 証拠(甲5,6,証人P2)によれば,被告は職場内でのセクシュアルハラスメントを防止するため,平成13年よ
りも前に,本件基本方針(甲5)と本件要綱(甲6)を定めたこと,その内容は次のとおりであることが認められる。
a 本件基本方針(甲5)
(a) 趣旨(1項)
 職場におけるセクシュアルハラスメントは,職員の人権や働く権利を侵害するとともに,職場の秩序を乱し,人間関
係を悪化させ,職務の円滑な遂行を妨げる等,効率的な市政運営にも悪影響を及ぼすものであり,その発生を未然に防
止すること及び問題が生じた場合の迅速・効率的な対応措置を講ずることは,大変重要なことである。このことから,
職員が個人として尊重され,良好な職場環境を形成し,これを維持するために本件基本方針を定める。
(b) 職場におけるセクシュアルハラスメントの内容(2項)
① 「職場におけるセクシュアルハラスメント」には,前記の対価型セクシュアルハラスメントと環境型セクシュアル
ハラスメントがある。
② 「職場」とは,職員が職務を遂行する場所をいい,出張先等その他の場所及び親睦会等の宴席その他の実質的に職
場の延長線上にあるものを含む。
③ 「性的な言動」とは,性的な内容の発言,性的な行動を指し,性別により役割を分担すべきとする意識に基づく言
動も含まれる。
 発言としては,性的な冗談,容姿や身体・年齢についてからかったりすること,食事・デートへの執拗な誘い,意図
的に性的なうわさを流布すること,性的な体験を話したり聞いたりする等がある。
 行動としては,性的な関係を強要すること,身体への不必要な接触,自宅への執拗な電話,尾行,強制猥褻行為,強
姦等がある。
(c) 雇用管理上の配慮(4項)
 被告が雇用管理上配慮する事項として,次のようなものが規定されている。
① 相談又は苦情への対応
 職場におけるセクシュアルハラスメントに関する相談又は苦情に対応するための体制を整備する。
② 相談又は苦情の処理,解決
 相談又は苦情について,迅速かつ公正で客観的な問題の処理,解決を図る。
③ 申出者等の保護
 相談又は苦情の申出者が不利益な取扱いを受けないようにするとともに,相談又は苦情に関するプライバシーの保護
には特に留意する。
④ 加害者への制裁
 公正な調査によりその事実が確認され,職場におけるセクシュアルハラスメントの加害者と判断された職員について
は,服務規律違反者として必要かつ適正な範囲で懲戒の対象とする。
b 本件要綱(甲6)
(a) 目的(1条)
 本件要綱は,セクシュアルハラスメントの防止及びセクシュアルハラスメントが生じた場合に適切に対応するための
措置を定め,職員の利益保護,能力発揮及び良好な職場環境を形成することを目的とする。
(b) 定義(2条)
 セクシュアルハラスメントの定義として,法21条1項と同趣旨の規定が置かれている。
(c) 相談又は苦情への対応(4条)
 セクシュアルハラスメントに関する相談又は苦情を受け付ける相談窓口及び相談担当者(以下「窓口等」という。)
を設置し,「総務部職員課職員係」を相談窓口とし,「当該職員課が推薦する職員3人」を相談担当者とする。
 窓口等は,セクシュアルハラスメントに関する相談又は苦情を受けた場合は,双方が連携,協力して,速やかに調査
を開始し,公正で客観的な立場から問題の迅速な処理,解決に当たる。
(d) 対応措置(7条)
 当該機関による公正な調査によりセクシュアルハラスメントの事実が確認され,加害者として判断された職員につい
ては,服務規律違反者として必要かつ適正な範囲で懲戒処分を含む措置を講ずるものとする。
(イ) 本件基本方針及び本件要綱と職務上の義務との関係
 被告の定めた本件基本方針及び本件要綱は,上記イの説示及び上記(ア)の認定説示に照らすと,法21条及びこれ
に基づくセクシュアルハラスメント防止指針を受け,これに基づき,地方公共団体である被告が,職場におけるセクシ
ュアルハラスメントを防止する等のために配慮し実施すべき事項を具体的に定めたものと解されるから,これらの定め
は,個々の被告の職員との関係において職場におけるセクシュアルハラスメントに対する防止や対処方法等の責任部署
にある公務員の職務上の義務を構成するものというべきである。したがって,当該公務員がこれらの義務に違反した場
合には,国家賠償法1条1項の規定の適用上違法の評価を受けるものというべきである。
 そして,前示のように,P1係長による本件各行為当時,P2職員課長は職場におけるセクシュアルハラスメントの
相談窓口である職員課職員係の属する課の責任者である課長であったから,同課長に本件において職務上の義務違反が
あったかどうかを次に検討することになる。
(2) P2職員課長の職務上の義務違反の有無
ア 前記1の認定事実(特に1の(6)から(9)までの事実)によれば,P2職員課長は,11月1日にP1係長及
びP4担当課長から事情聴取を行い,当日のP1係長の説明等から,原告と面談した11月15日の時点において,少
なくとも原告が本件バーベキューの際P1係長からセクシュアルハラスメント行為をされたと申告していた行為が実際
に行われ,その証拠となる写真を原告が所持していることを認識し,P1係長の当該行為が本件基本方針2項にいう「
性的な行動」(記念撮影時に原告の腕をつかんで自分の膝の間に座らせたりした行動)及び「性的な発言」(「不倫し
よう。」などの発言)としてセクシュアルハラスメント(環境型セクシュアルハラスメント)に当たる行為であるとの
判断をしていたものと認めるのが相当である(乙15中及び証人P2の証言中のこの認定に反する部分は,採用するこ
とができない。)。
 そして,原告は,そのほかにも,苦情申出の際には書面で本訴において原告が主張している本件各行為を具体的に明
示していたのであり,証拠(証人P2〔同証人調書11・12ページ〕)によれば,P2職員課長は11月1日にP1
係長に対し原告の申告した内容に基づき事情聴取をした事実が認められるのに,11月15日の面談において,P2職
員課長は9月11日の本件バーベキューの件以外の行為が存在したとの原告の申出を否定していなかったから,P1係
長はその他の発言についても認めていた可能性が高いということができる。そうでないとしても,少なくとも,9月1
日の本件バーベキューにおける原告申告事実の重要部分が真実であると考えられる状況であったから,その他の申告事
実も事実である蓋然性が高いと判断される状況であったというべきである。
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イ もともと,セクシュアルハラスメントについて相談や苦情の申出があった場合には,その問題の責任者であるP2
職員課長は,職員課が推薦する職員3人等と連携,協力して速やかに調査を開始し,公正で客観的な立場から問題の迅
速な処理,解決に当たることとされていたものである(本件基本方針4項(2),本件要綱4条2項)。しかし,本件
においてP2職員課長は,P1係長からの聴取等だけで既にセクシュアルハラスメントに当たる行為があったと判断し
ていたのであるから,同課長としては,公正で客観的な立場から必要な調査を尽くして事実を確定し,その上で,苦情
申出者である原告が不利益な取扱いを受けないように対処するとともに(本件基本方針4項(4)〔(3)の誤記と推
認される。〕,本件要綱6条),加害者については職務規律違反者として必要かつ適正な範囲で懲戒の対象とすること
(本件基本方針4項(5)〔(4)の誤記と推認される。〕,本件要綱7条)を検討すべきであったということにな
る。
 もとより,苦情申出者に対する対処の具体的内容や,加害者に対する具体的処置内容は,人事権者等の権限を有する
者の裁量に委ねられているものであるが,担当者であるP2職員課長としては,本件基本方針及び本件要綱に職務上の
義務の大枠が設定されていたのであるから,基本的な行動をこれらの規定に沿って行うことが要請されていたというべ
きである。
ウ これを本件についてみるに,P2職員課長は,P1係長に対する事情聴取等からセクシュアルハラスメントがあっ
たことを認識していたにもかかわらず,原告から事情を聴き取ったりすることもなく,本件バーベキューの際の事実を
確定するために重要な意味を有する客観的な証拠である本件写真が存在していることを知りながら,これを収集せず,
原告の求めで面談した際にも,原告が異動を希望していると思い込み(原告は,加害者であるP1係長に対する適正な
処置や,セクシュアルハラスメントを生み出した体制そのものの是正等を求めていたと解される。),翌年4月まで待
つよう述べただけで,原告がP1係長の行為によって極めて大きな苦痛を受けており,また職場で蚊帳の外に置かれて
いるとして救済を求めたのに対しても,今の文書法制係が原告には荷が重すぎたのかもしれないなどと原告の責任であ
るかのような発言をし,また全体的にP1係長をかばう発言を繰り返し,結局原告に対し何らの措置をとることなく,
またP1係長についても何らの処置を検討することもなかったものである。結局,P2職員課長は,問題解決にとって
特に重要な事実の調査・確定を十分行わず,当時同課長が把握していた事実によっても当然検討すべきであると考えら
れた被害者である原告の保護や加害者であるP1係長に対する制裁のいずれの点についても,何もしなかったと評する
ほかはない。
 ちなみに,証拠(乙16,証人P2)によれば,P2職員課長は,原告との面談の後,P4担当課長及びP1係長に
対し,蚊帳の外に置かれているとの原告の申出を伝え,係全員が共通認識を持つようよく調整してほしい旨を伝えたこ
とが認められる。しかし,この点の原告の申出は,セクシュアルハラスメントの苦情申出に対する報復としてそのよう
な状態に置かれているという趣旨と理解され,しかも,原告のいうセクシュアルハラスメントが現実にあったのである
から,P2職員課長としては,本件基本方針及び本件要綱の規定に照らし,セクシュアルハラスメントの被害者の保護
という観点から問題の処理に当たるのが妥当な対処方法であったと解される。しかし,同課長の対処はそのようなもの
ではなく,一般的な指導というものであったと解されるから,それが本件基本方針等に沿った対処方法であったとはい
えない。
 しかして,本件各行為のうち平成13年9月1日の本件バーベキューに際してのP1係長の言動は,原告に対する重
大な人権侵害と評価すべきものである。このことを前提に考えると,P2職員課長の不作為は,その権限及び職責を定
めた本件基本方針及び本件要綱の趣旨・目的や,その権限・職責の性質等に照らし,その不行使が許容される限度を逸
脱して著しく合理性を欠くものというべきである。よって,同課長の権限不行使は,原告との関係において国家賠償法
1条1項の適用上違法というべきである。
 そして,前示の事実関係からすると,P2職員課長に上記違法行為について少なくとも過失があったことは明らかで
ある。
(3) P3市長の職務上の義務違反の有無
ア P3市長は市政の運営を担う政策責任者ではあるが,セクシュアルハラスメントに対する最終的な対処責任者は地
方公共団体である被告であり,P3市長はその代表者であるから,その意味でP3市長はセクシュアルハラスメントの
問題に関する最終責任者である。
 しかし,被告においては,セクシュアルハラスメントの相談又は苦情申出について本件基本方針及び本件要綱を定
め,具体的な問題解決のための実務担当者を定めていたのであり,組織の運営にはそのような職務分担の方式を採らざ
るを得ず,またそれが合理的であるから,P3市長としては,本件のようなセクシュアルハラスメントの苦情申出に対
しては,原則的には担当職員にその実務を委ね,通常の事務処理に係る指揮命令系統によって適宜報告を受け,必要に
応じて担当職員を指揮するなどして,最終責任者としての職務上の義務を果たすことが通常の対処の仕方であると解さ
れる。
 もっとも,P3市長は,必要があると判断するときは,実務担当者以外の職員に指示して事実関係の調査をさせ,ま
た自ら事実関係の調査を行った上で,しかるべき措置をとることもできるし,上記の担当部署の実務担当者が適切な権
限行使をせず,そのままでは本件基本方針や本件要綱の趣旨に照らして被告職員のセクシュアルハラスメントによる重
大な被害が救済されず,市長自身の対応によらざるを得ないことが明らかな事情があったりした場合にも,市長自ら同
様の措置をとることが要請される場合があり得るものと考えられる。
イ 本件においては,前記1の認定事実のとおり,P3市長は原告から内容証明郵便による通知を受け取ったのを契機
に,3回(平成14年2月27日,3月12日,3月20日)にわたり自ら原告から事情を聴くなどし,またP7助役
に事実関係の調査をさせるなど,直接担当職員以外の職員を指揮して事実関係を調査し,その上で問題の解決を図ろう
としていたことが認められる。
 このように,P3市長は,上記アの第3段の前段のように市政の最高責任者としてP7助役に直接命じて事実関係を
調査させるなどしたものといえるところ,証拠(甲4)によれば,P7助役の調査の結果は原告が申し出たようなP1
係長によるセクシュアルハラスメントに当たる事実は認められなかったというものであったと認められ,P3市長から
見て上記調査結果が明らかに不当であるといえるような事情があったことを認めるに足りる証拠はなく,また,同市長
が現実に前記認定のP1係長の本件各行為を認識していたことを認めるに足りる証拠も存在しない(ちなみに,原告が
平成14年3月20日にP3市長と面談した際の会話〔甲31〕の内容を検討しても,P3市長においてP1係長が本
件各行為に及んだ事実を認識していたような事情をうかがうことはできない。)。
 そうすると,P3市長においてP1係長がセクシュアルハラスメントに該当する本件各行為に及んだことを前提とし
た措置をとらなかったという権限不行使が著しく不合理であるとはいえず,その行為が国家賠償法1条1項の適用上違
法であるということはできない。
(4) 被告の責任
 以上のとおりであるから,被告は,国家賠償法1条1項の規定に基づきP2職員課長の違法行為によって原告に生じ
た損害を賠償する義務を負うものの,P3市長の違法行為に関する原告の主張は理由がない。
4 争点(3)(原告の損害額)について
(1) 前示のとおり,原告は職場においてP1係長から違法なセクシュアルハラスメント行為による権利侵害を受
け,さらにP2職員課長の職務上の義務違反によりさらに権利侵害を受けたものである。しかるところ,証拠(甲1
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0,原告)によれば,原告は一連のP1係長の違法行為により著しい精神的苦痛を被り,さらにはP2職員課長の違法
行為も加わって,精神的に追いつめられて孤立した状態になり,激しい屈辱感と悲しみにおそわれ続け,対人関係にも
支障を来し,身体的にも何日も腹痛が続き,P1係長の声が聞こえたり近くを通ったりするだけで頭がのぼせ吐き気が
こみ上げてくるような状態にまで至ったことが認められる。原告が被った精神的な損害は,日々勤務する職場において
本来原告を保護指導すべき立場の職員から原告の個人としての尊厳を著しく踏みにじられるという重大なものであった
といわなければならない。
(2) 上記(1)の事情を考慮するならば,P1係長の違法行為に係る精神的損害に対する慰謝料は120万円,P
2職員課長の違法行為に係る精神的損害に対する慰謝料は80万円とするのが妥当である。
 弁護士費用に係る損害は,前者に係るものが12万円,後者に係るものが8万円と認めるのが相当である。
第4 結論
 以上の次第で,原告の請求は,損害金220万円とこれに対する被告が遅滞にあることが明らかな訴状送達の日の翌
日である平成15年1月25日以降の民法所定年5分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容
し,その他は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
横浜地方裁判所第4民事部
裁判長裁判官 岩田好二
裁判官 竹内純一
裁判官 松岡崇
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職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
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経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
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