弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人白井孝一、同清水光康、同杉山繁二郎、同中村光央及び同増本雅敏の上告
趣意並びに被告人本人の上告趣意は、酒類販売業について免許制を定めた酒税法九
条一項及びその罰則を定めた同法五六条一項一号の各規定が憲法二二条一項に違反
するというものである。
 本件は、酒類の販売拡大を図っていた被告人が、昭和五七年三月一四日から同五
八年三月三一日までの間、所轄の静岡税務署長に対し酒類販売業免許を申請するこ
となく無免許のまま静岡市内に販売場を設けて清酒等の酒類を販売したため、酒税
法の右各規定に該当するとして起訴された刑事事件である。
 酒類販売業免許制は、酒税によって定められた職業の許可制による規制であるが、
職業の自由に対する規制措置のうち、許可制は、職業選択の自由そのものに制約を
課する強力な制限であるから、その憲法二二条一項適合性を肯定するためには、原
則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するも
のというべきである(最高裁昭和四三年(行ツ)第一二〇号同五〇年四月三〇日大
法廷判決・民集二九巻四号五七二頁参照)。また、租税法の定立については、国家
財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする
立法の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁
量的判断を尊重すべきである(最高裁昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二
七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁参照)。そうすると、酒税法による酒類
販売業の免許制規制についても,その必要性と合理性についての立法府の判断が、
右の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理なものでない限
り、これを憲法二二条一項の規定に違反するものとはいえないと解される。
 酒類販売業免許制は、昭和一三年に採用された当時、酒税の国税収入全体に占め
る割合が高く、酒類の販売代金に占める酒税比率も高率であったこと等に照らして、
酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという重要な公共の利益のために、税負担の
消費者への円滑な転嫁を実現する目的で実施されたものであって、その必要性と合
理性があったということができる。その後、社会経済の状況や税制度に変化があり、
これに伴い、酒税の国税収入全体に占める割合が相対的に低下するに至ったことか
ら、免許制を存置しておくことの必要性及び合理性については、議論があるところ
であり、また、近時、酒類販売業に関するいわゆる規制緩和論が高まり、あるいは、
その免許制の柔軟な運用を求める動向が一層強まっていることも、明らかな事実で
ある。しかしながら、本件当時における酒税の国税収入全体に占める割合、その収
入総額、販売代金中の酒税比率等の諸状況に照らすと、酒税の重要性が酒類販売業
免許制自体を維持することの合理性を失わせるまでに低下するに至っていたとはい
えないものと考えられる。したがって、本件当時において、酒類販売業免許制自体
を存続させていたことが、前記のような立法府の政策的、技術的な裁量の範囲を逸
脱するもので著しく不合理であるとまでは断定し難いところであり、酒類販売業免
許制を定めた酒税法九条一項及びその罰則を定めた同法五六条一項一号の各規定が
憲法二二条一項に違反するものということはできない。
 以上は、当裁判所の判例(最高裁昭和三一年(あ)第一〇七一号同三七年二月二
八日大法廷判決・刑集一六巻二号二一二頁、最高裁昭和四五年(あ)第二三号同四
七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五八六頁、前記最高裁昭和五〇年四
月三〇日大法廷判決、前記最高裁昭和六〇年三月二七日大法廷判決)の趣旨に徴し
て明らかなところというべきであり(最高裁昭和六三年(行ツ)第五六号平成四年
一二月一五日第三小法廷判決・民集四六巻九号二八二九頁参照)、所論はいずれも
理由がない。
 よって、刑訴法四〇八条により、裁判官園部逸夫の補足意見があるほか、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官園部逸夫の補足意見は、次のとおりである。
 私は、租税法の定立については、立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるべき
ところが多く、とりわけ、具体的な税目の設定及びその徴収確保のための法的手段
等について、裁判所としては、基本的には、立法府の裁量的判断を尊重せざるを得
ないと考えている。
 他方、私は、酒類販売業の免許制(講学上の許可制)一般の問題は、酒税の重要
性及びその徴収の確保の重要性の有無と酒類販売業における自由競争の原理との経
済的な相関関係によって決定されるべきものと考える。したがって、酒類販売業の
許可制については、大蔵省の管轄の下において財政目的の見地からこれを維持する
には、酒税の国税としての重要性が極めて高いこと及び酒税の確実な徴収の方法と
して酒類販売業の許可制が必要かつ合理的な規制であることが前提とされなければ
ならない。そして、そのような酒税の重要性の判断及び合理的な規制の選択につい
ては、立法政策に関与する大蔵省及び立法府の良識ある専門技術的裁量が行使され
るべきである。なお、致酔飲料としての酒類の販売に関する警察的規制は、酒税法
による規制とは別個の問題である。
 法廷意見も指摘しているとおり、昭和一三年に採用された酒類販売業の許可制を
今日なお存置しておくことの必要性及び合理性については、議論があるところであ
り、私としては、規制緩和論の高まりの中で、右許可制について根本的な検討が加
えられることを期待したい。右の見地に立って、私は、本件における法廷意見の説
示が、酒税の国税としての重要性を再確認し、現行の法的構造とその機能の現状を
将来にわたって積極的に支持したものではないとの理解の下に、法廷意見に同調す
るものである。
 なお付言すると、本件は、酒類販売業の免許を受けないで酒類販売業をした者に
対する罰則(酒税法五六条一項一号、九条一項)の適用に関する事案であって、免
許の申請に対する許否(同法一〇条)又は免許の取消し(同法一四条)等許可制の
運用に関する事案ではない。したがって、本件では、酒類販売業の許可制の運用に
関する法令適用上の違憲性を論ずる余地はないものと考える(なお、最高裁昭和六
三年(行ツ)第五六号平成四年一二月一五日第三小法廷判決・民集四六巻九号二八
二九頁における私の補足意見参照)。
  平成一〇年三月二四日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    尾   崎   行   信
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    千   種   秀   夫
            裁判官    元   原   利   文
            裁判官    金   谷   利   廣

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