弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件各上告を棄却する。
         理    由
 一 弁護人宇治宗義、同島崎良夫の上告趣意第一点のうち判例違反の主張につい

 第一審判決は、その理由の冒頭において、「被告人Aは、昭和五〇年四月二七日
施行の富山市議会議員選挙に際し、同選挙に立候補したDの選挙運動者で、かつ、
同候補者の出納責任者であり、被告人Bは、同候補者の選挙運動者である」とした
うえ、第三事実として、「被告人A、同Bの両名は、共謀のうえ、同年四月二六日
ころ、富山市a町b丁目c番地D選挙事務所において、右候補者Dに当選を得させ
る目的で、同候補者のため投票取りまとめの選挙運動をしたことの報酬として、同
候補者の選挙運動者である 一 Eに対し、現金五万円 二 Fに対し、現金四万
五、〇〇〇円 三 Gに対し、現金四万五、〇〇〇円 四 Hに対し、現金六万円
を各供与した」と認定し、これらの行為は公職選挙法二二一条一項三号(被告人前
田については、さらに同条三項三号)に該当すると判断した。原判決は、これを支
持し、右各現金供与は選挙運動に使用する労務者に対して実費の弁償及び報酬の支
払をしたにすぎないので事後報酬供与罪には該当しない旨の弁護人の主張につき、
次のとおり判示した。「E、F、G、Hらはいずれも原判示選挙の立候補者である
Dの街頭宣伝車による宣伝放送を依頼され、別に日当額も取決めないでこれを引受
けたが、同女らは選挙区内を廻り、自動車上から、予め指示されたところに従い『
D、D、Dです。』『この度市議会議員に立候補いたしましたDです。』『熱と実
行のDです。』などといつて、同候補の氏名を宣伝するとともに住民や通行人に対
し同候補への投票を依頼する旨の放送を繰り返したことが認められるところ、右の
行為は、いずれも特定の選挙に関し、不特定多数の選挙人に対し、特定の候補者の
氏名を告知し、該候補者に投票されたい旨直接働きかけて投票を勧誘するものであ
り、また、通行人や場所的状況に応じてその呼びかけの回数、方法、演出等にも裁
量の余地がないわけではないから、これが単なる機械的労務行為ではなく、その行
為自体の内容及び性質に照らして、候補者に当選を得しめるためになされたもので、
正しく選挙運動にほかならず、そうすると、前記E、同I、同G、同Hに供与され
た原判示の各金員は各その選挙運動に対する報酬といわねばならない」と。所論は、
この判断は所論引用の判例に違反するというのである。
 所論引用の判例(名古屋高等裁判所昭和三〇年(う)第二七八号、第二七九号同
年五月三一日判決・高刑集八巻六号七四九頁)は、公職選挙法二二一条一項四号(
三号)の事後受供与の事案につき、受供与者が、本件と同様、自動車上の拡声器を
使つて候補者に投票をするよう連呼したことを認定し、かつ、このような連呼行為
が選挙運動としての本質を有するものであることを肯定しつつも、それは機械的な
労働であるから、これを行う者は「選挙に使用する労務者」として適法に報酬の支
給を受けることができる旨を判示している。したがつて、原判決は、所論のとおり、
右判例と相反する判断をしたものといわなければならない。
 そこで検討するのに、公職選挙法一九七条の二が「選挙運動のために使用する労
務者」を「選挙運動に従事する者」としていないこと、同法一三七条の二が「選挙
運動のための労務」を「選挙運動」として取り扱つていないこと、及び衆議院議員
選挙法(大正一四年法律第四七号)以来労務者に関し現在と同様の立場が維持され
てきたことを考慮すると、「選挙運動のための労務」とは選挙運動にあたらない行
為をいい、したがつて、「選挙運動のために使用する労務者」とは公職選挙法二二
一条にいう「選挙運動者」にあたらないものをいう、と解するのが相当である。
 ところで、同法における選挙運動とは、特定の公職の選挙につき、特定の立候補
者又は立候補予定者のため投票を得又は得させる目的をもつて、直接又は間接に必
要かつ有利な周旋、勧誘その他諸般の行為をすることをいい(当裁判所昭和三八年
(あ)第九八四号同年一〇月二二日第三小法廷決定・刑集一七巻九号一七五五頁、
同四九年(あ)第一七〇九号同五二年二月二四日第一小法廷判決・刑集三一巻一号
一頁参照)、同法二二一条にいう選挙運動もこれと同様である。そして、選挙に関
し候補者のために行われる行為は、たとい機械的な労働であつても、一般には、当
該候補者のため投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為で
あることを否定しがたく、その行為の目的のいかんによつては選挙運動にあたるも
のといわなければならない。そこで、この目的の点について考えてみると、右にい
う投票を得又は得させる目的とは、そのために直接又は間接に必要かつ有利な行為
を行うことの認識をもつて足りるものではなく、その行為の性質からみてより積極
的に右の目的のもとに当該行為に出たと認められる場合をさすものと解するのが相
当である。すなわち、選挙演説のような、選挙民に対する投票の直接の勧誘行為に
ついては、その行為に出ること自体をもつて右の目的があるものと認定することが
できるが、ポスター貼りや葉書の宛名書きのような、選挙民に対する投票の直接の
勧誘を内容としない行為については、これらの行為を自らの判断に基づいて積極的
に行うなどの特別の事情があるときに限り、右の目的があるものと認定することが
できるのである。そうしてみると、「選挙運動のために使用する労務者」とは、選
挙民に対し直接に投票を勧誘する行為又は自らの判断に基づいて積極的に投票を得
又は得させるために直接、間接に必要、有利なことをするような行為、すなわち公
職選挙法にいう選挙運動を行うことなく、専らそれ以外の労務に従事する者をさす
ものと解すべきことになる。
 本件についてみるに、候補者の氏名を連呼して投票を勧誘する行為は、選挙民に
対し直接に投票を勧誘するものであつて、右の選挙運動にほかならず、したがつて、
その行為に従事した者は、同法二二一条にいう選挙運動者に該当し、同法一九七条
の二にいう「選挙運動のために使用する労務者」には該当しないものというべきで
ある。原判断は、その結論においてこれと異ならないので、所論引用の判例を変更
し、原判決を維持するのが相当である。
 二 同第一点のその余の主張及び同第二点について
 所論は、判例違反をいう点もあるが、実質はすべて事実誤認、単なる法令違反の
主張であつて、刑訴法四〇五条の適法な上告理由にあたらない。
 三 結 論
 よつて、刑訴法四一〇条二項、四一四条、三九六条により、裁判官全員一致の意
見により、主文のとおり判決する。
 検察官藤島昭 公判出席
  昭和五三年一月二六日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岸   上   康   夫
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    本   山       亨

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