弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人近藤勝、同小泉征一郎、同古瀬駿介、同川端和治の上告理由第一点に
ついて
 所論は、未決勾留によつて拘禁された者に対する新聞紙の閲読の自由を制限しう
る旨定めた監獄法三一条二項、監獄法施行規則八六条一項の各規定、昭和四一年一
二月一三日法務大臣訓令及び昭和四一年一二月二〇日法務省矯正局長依命通達は、
思想及び良心の自由を保障した憲法一九条並びに表現の自由を保障した憲法二一条
の各規定に違反し無効である、というのである。
 未決勾留は、刑事訴訟法の規定に基づき、逃亡又は罪証隠滅の防止を目的として、
被疑者又は被告人の居住を監獄内に限定するものであつて、右の勾留により拘禁さ
れた者は、その限度で身体的行動の自由を制限されるのみならず、前記逃亡又は罪
証隠滅の防止の目的のために必要かつ合理的な範囲において、それ以外の行為の自
由をも制限されることを免れないのであり、このことは、未決勾留そのものの予定
するところでもある。また、監獄は、多数の被拘禁者を外部から隔離して収容する
施設であり、右施設内でこれらの者を集団として管理するにあたつては、内部にお
ける規律及び秩序を維持し、その正常な状態を保持する必要があるから、この目的
のために必要がある場合には、未決勾留によつて拘禁された者についても、この面
からその者の身体的自由及びその他の行為の自由に一定の制限が加えられることは、
やむをえないところというべきである(その制限が防禦権との関係で制約されるこ
ともありうるのは、もとより別論である。)。そして、この場合において、これら
の自由に対する制限が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、右の目
的のために制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加
えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決せられるべきものである(最高
裁昭和四〇年(オ)第一四二五号同四五年九月一六日大法廷判決・民集二四巻一〇
号一四一〇頁)。
 本件において問題とされているのは、東京拘置所長のした本件新聞記事抹消処分
による上告人らの新聞紙閲読の自由の制限が憲法に違反するかどうか、ということ
である。そこで検討するのに、およそ各人が、自由に、さまざまな意見、知識、情
報に接し、これを摂取する機会をもつことは、その者が個人として自己の思想及び
人格を形成・発展させ、社会生活の中にこれを反映させていくうえにおいて欠くこ
とのできないものであり、また、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、
交流の確保という基本的原理を真に実効あるものたらしめるためにも、必要なとこ
ろである。それゆえ、これらの意見、知識、情報の伝達の媒体である新聞紙、図書
等の閲読の自由が憲法上保障されるべきことは、思想及び良心の自由の不可侵を定
めた憲法一九条の規定や、表現の自由を保障した憲法二一条の規定の趣旨、目的か
ら、いわばその派生原理として当然に導かれるところであり、また、すべて国民は
個人として尊重される旨を定めた憲法一三条の規定の趣旨に沿うゆえんでもあると
考えられる。しかしながら、このような閲読の自由は、生活のさまざまな場面にわ
たり、極めて広い範囲に及ぶものであつて、もとより上告人らの主張するようにそ
の制限が絶対に許されないものとすることはできず、それぞれの場面において、こ
れに優越する公共の利益のための必要から、一定の合理的制限を受けることがある
こともやむをえないものといわなければならない。そしてこのことは、閲読の対象
が新聞紙である場合でも例外ではない。この見地に立つて考えると、本件における
ように、未決勾留により監獄に拘禁されている者の新聞紙、図書等の閲読の自由に
ついても、逃亡及び罪証隠滅の防止という勾留の目的のためのほか、前記のような
監獄内の規律及び秩序の維持のために必要とされる場合にも、一定の制限を加えら
れることはやむをえないものとして承認しなければならない。しかしながら、未決
勾留は、前記刑事司法上の目的のために必要やむをえない措置として一定の範囲で
個人の自由を拘束するものであり、他方、これにより拘禁される者は、当該拘禁関
係に伴う制約の範囲外においては、原則として一般市民としての自由を保障される
べき者であるから、監獄内の規律及び秩序の維持のためにこれら被拘禁者の新聞紙、
図書等の閲読の自由を制限する場合においても、それは、右の目的を達するために
真に必要と認められる限度にとどめられるべきものである。したがつて、右の制限
が許されるためには、当該閲読を許すことにより右の規律及び秩序が害される一般
的、抽象的なおそれがあるというだけでは足りず、被拘禁者の性向、行状、監獄内
の管理、保安の状況、当該新聞紙、図書等の内容その他の具体的事情のもとにおい
て、その閲読を許すことにより監獄内の規律及び秩序の維持上放置することのでき
ない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり、かつ、
その場合においても、右の制限の程度は、右の障害発生の防止のために必要かつ合
理的な範囲にとどまるべきものと解するのが相当である。
 ところで、監獄法三一条二項は、在監者に対する文書、図画の閲読の自由を制限
することができる旨を定めるとともに、制限の具体的内容を命令に委任し、これに
基づき監獄法施行規則八六条一項はその制限の要件を定め、更に所論の法務大臣訓
令及び法務省矯正局長依命通達は、制限の範囲、方法を定めている。これらの規定
を通覧すると、その文言上はかなりゆるやかな要件のもとで制限を可能としている
ようにみられるけれども、上に述べた要件及び範囲内でのみ閲読の制限を許す旨を
定めたものと解するのが相当であり、かつ、そう解することも可能であるから、右
法令等は、憲法に違反するものではないとしてその効力を承認することができると
いうべきである。
 論旨は、採用することができない。
 同第二点について
 所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認する
ことができ、その過程に所論の違法はない。そして、具体的場合における前記法令
等の適用にあたり、当該新聞紙、図書等の閲読を許すことによつて監獄内における
規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が
存するかどうか、及びこれを防止するためにどのような内容、程度の制限措置が必
要と認められるかについては、監獄内の実情に通暁し、直接その衝にあたる監獄の
長による個個の場合の具体的状況のもとにおける裁量的判断にまつべき点が少なく
ないから、障害発生の相当の蓋然性があるとした長の認定に合理的な根拠があり、
その防止のために当該制限措置が必要であるとした判断に合理性が認められる限り、
長の右措置は適法として是認すべきものと解するのが相当である。これを本件につ
いてみると、前記事実関係、殊に本件新聞記事抹消処分当時までの間においていわ
ゆる公安事件関係の被拘禁者らによる東京拘置所内の規律及び秩序に対するかなり
激しい侵害行為が相当頻繁に行われていた状況に加えて、本件抹消処分に係る各新
聞記事がいずれもいわゆる赤軍派学生によつて敢行された航空機乗つ取り事件に関
するものであること等の事情に照らすと、東京拘置所長において、公安事件関係の
被告人として拘禁されていた上告人らに対し本件各新聞記事の閲読を許した場合に
は、拘置所内の静穏が攪乱され、所内の規律及び秩序の維持に放置することのでき
ない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があるものとしたことには合理的な根拠があ
り、また、右の障害発生を防止するために必要であるとして右乗つ取り事件に関す
る各新聞記事の全部を原認定の期間抹消する措置をとつたことについても、当時の
状況のもとにおいては、必要とされる制限の内容及び程度についての同所長の判断
に裁量権の逸脱又は濫用の違法があつたとすることはできないものというべきであ
る。これと同趣旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所
論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 よつて、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全
員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    寺   田   治   郎
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    横   井   大   三
            裁判官    木   下   忠   良
            裁判官    鹽   野   宜   慶
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    宮   崎   梧   一
            裁判官    谷   口   正   孝
            裁判官    大   橋       進
            裁判官    木 戸 口   久   治
            裁判官    牧       圭   次
            裁判官    和   田   誠   一
            裁判官    安   岡   滿   彦

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