弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人椎木緑司の上告理由第一点について。
 上告人A村の収入役Dは、公金を費消していたため上告人の債務の支払に窮した
結果、擅に被上告人から上告人名義で融資を受けることを企て、村長の職印を使用
して、村議会が一五〇〇万円の一時借入を議決した旨の虚偽の事実を記載した村長
E作成名義の証明書を偽造したうえ、昭和三八年一〇月三一日、右証明書および村
長の職印を持参して被上告銀行F支店に至り、係員に右証明書を呈示して上告人の
ための二五〇万円の借入れを申し込み、従来上告人と預金取引があつてDがその収
入役であることを知つていた同支店長Gおよび係員らをして、右証明書が真正なも
のであり、上告人による正当な借入れの申込がされたものと誤信させて、右申込を
承諾させ、右職印を用い村長の代理人として被上告人との間に手形取引約定書を作
成し、かつ、村長および収入役名義の金額二五〇万円の約束手形一通を被上告人宛
振り出し交付して、上告人名義により二五〇万円を借り受け、同支店係員に指示し
て右借入金に預金からの払出金、手持現金を加えた三八四万六〇〇〇円を被上告銀
行H支店における訴外株式会社Iの口座へ送金させて、同会社に対する上告人の請
負代金債務の弁済にあてたこと、Dは、同年一一月一五日、上告人の公金によつて
被上告人に右借入金二五〇万円を弁済したこと、しかし、Dは、同年一一月三〇日、
再び被上告銀行F支店に上告人名義による三〇〇万円の借入れとその一部のIへの
送金を申し込み、同支店係員をして、右の経過から上告人の正当な申込と誤信させ
てこれを承諾させ、前同様、金額三〇〇万円の約束手形一通を振り出し交付して、
二一六万四〇〇〇円をIに送金させて債務の弁済にあて、残額から手数料等を差し
引いた八〇万八七六〇円を自ら受領したこと、以上の事実は原判決の適法に確定し
たところである。
 ところで、村のための金銭消費貸借契約の締結はもとより村収入役の権限に属し
ないが、村の出納その他の会計事務はもつぱら村収入役のつかさどるものであると
ころ、本件において上告人の収入役Dが昭和三八年一一月三〇日に上告人の借受金
名義で被上告人から金銭を受領した行為は、叙上の事実関係のもとにおいては、右
収入役の職務行為たる外観を呈するものといえないことはなく、したがつて、収入
役の右金銭受領行為が外形上その職務行為であることを理由に、これにより善意の
第三者に加えた損害につき、上告人において損害賠償の責に任ずべきものとした原
審の判断は、正当ということができる。論旨は村収入役の行為については民法四四
条一項を適用すべきではないというが、独自の見解を主張するものであつて、採る
ことができず、また、論旨引用の最高裁判所昭和三四年(オ)第四八四号同三七年
二月六日言渡第三小法廷判決、民集一六巻二号一九五頁は、町長の金銭受領行為が
外形上その職務行為といえないとしたものであつて、事案を異にし本件に適切では
ない。さらに論旨は、法人の機関のした取引行為の相手方において、その行為が職
務権限外の行為であることを知らないことにつき重大な過失があるときには、これ
によりこうむつた損害の賠償を請求できないものと主張するが、原判決は、被上告
人側に所論の過失が認められない旨を判示しているのであり、その判断が首肯でき
ることは後述のとおりである。要するに、上告人の収入役Dがその職務を行なうに
つき被上告人に損害を加えたものとして、これにつき上告人の責任を肯定した原審
の判断に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 同第二点について。
 被上告銀行F支店長らは、上告人の収入役Dにおいて、上告人の一時借入れにつ
き村議会の議決があつた旨の証明書を所持し、村長の職印を使用して村長名の手形
取引約定書、約束手形を作成交付したため、Dに正当な権限があるものと信じて二
五〇万円を貸与したが、その貸金の全額を上告人の債務の支払にあて、かつ、間も
なくその弁済を受けたこと、その後の昭和三八年一一月三〇日の貸金をも、その過
半は前同様被上告銀行係員の手を経て送金し上告人の債務の支払にあてたものであ
ること等叙上の事実関係のもとでは、前記支店長らにおいて、右一一月三〇日の貸
金につき、上告人に対してDの権限の有無を確認しなかつたからといつて、同人の
行為をその職務権限内の行為であると信じたことにつき、過失があつたものとはい
えないとした原審の判断は正当として肯認することができないものではなく、論旨
は採用することができない。
 同第三点について。
 記録に照らしても原審の審理の過程に審理不尽の違法は認められない。また、原
判決は、被上告人の控訴に基づき、第一審判決の排斥した被上告人の民法四四条一
項に基づく損害賠償請求の一部を認容したのであるから、これより後順位の予備的
請求である不当利得返還請求に関する上告人の控訴について判断しなかつたことは
違法ではない。論旨は採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文の
とおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    松   本   正   雄
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    飯   村   義   美
            裁判官    関   根   小   郷

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