弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人森川静雄、同馬場敏郎の上告理由について
 原審が適法に確定したところは、(一)上告会社の代表取締役であつたDは、昭和
四五年三月ころ、Dの私的な旧知である被上告人に対し、「レストランチエーン設
置の構想をもつているが、反対する役員もあるので、マーケツトリサーチ、目的店
舗の調査、下交渉等の事前工作のための資金が必要である。」旨を述べて、その資
金の調達を要請し、被上告人からその自宅において二回にわたり合計六〇〇万円を
利息日歩五銭、返済期限同年七月一一日の約で借り受けた、(二)右借り入れにつき、
Dは担保の趣旨で右金額に相応するD個人の約束手形を被上告人あてに振り出し交
付した、(三)右借り入れの際、Dは、上告会社代表取締役の肩書を表示した同人の
名刺に右金員借用の旨及び借用年月日を記載した借用書を被上告人に交付した、(
四)上告会社においては、金銭の出納は経理部を経由してなされる仕組みであるが、
本件金員はこれを経由していない、というのである。
 右事実によれば、Dのした本件借り入れは、外形上、上告会社の職務についてな
されたものと認められるが、株式会社の代表取締役が表面上会社の代表者として法
律行為をしたとしても、それが代表取締役個人の利益をはかるため、その権限を濫
用してされたものであり、かつ、相手方が右代表取締役の真意を知り又は知りうべ
きであつたときは、右法律行為は会社につき効力を生じないと解すべきことは、当
裁判所の判例の趣旨とするところであり(最高裁昭和三五年(オ)第一三八八号同
三八年九月五日第一小法廷判決・民集一七巻八号九〇九頁)、記録によれば、本件
において、上告人は、本件借り入れはDが自己の利益のためその権限を濫用して行
つたものであつて、たとえ、同人の行為が外形上上告会社の職務につきされたもの
と認められ、かつ、被上告人がそう信じたとしても、被上告人にはそのように信じ
たことにつき過失があり、上告会社にはその効力が及ばない旨の主張をしているこ
とが明らかである。
 しかるに、原審は、上告人の右主張について判断することなく、単に、Dと被上
告人との間に本件金銭貸借の当事者がD個人であるとする意思表示があつたと認め
るに足りないとの理由で、被上告人が本件金員を上告会社に貸し付けたものと判断
したのであるが、原審認定の前記諸事実、ことに、Dは被上告人に対し本件借り入
れの必要な理由としてレストランチエーン設置構想につき上告会社の一部の役員の
反対があると述べていること、本件借り入れにつき、上告会社の形式のととのつた
借用書が作成されておらず、担保としてD個人の手形が振り出し交付されたこと、
本件金員は上告会社の正規の金銭出納の経路も経由されていないことなどの事実関
係によれば、本件借り入れがDの個人的利益のために行われたものであり、かつ、
被上告人においても当然これを知りえたものと認められる余地があると考えられる
のであるから、原判決は、判決に影響を及ぼすべき重要な事項についての判断を遺
脱したものといわなければならず、ひいて審理不尽、理由不備の違法があるという
べきである。右のとおりであるから、原判決は破棄を免れず、更に上記の点につき
審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すのが相当である。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    吉   田       豊
            裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    大   塚   喜 一 郎
            裁判官    本   林       讓
            裁判官    栗   本   一   夫

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