弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件控訴をいずれも棄却する。
2控訴人X9①(控訴人番号9①)及び同X9②(控訴人番号9②)
の当審における拡張請求をいずれも棄却する。
3当審における訴訟費用はすべて控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1控訴人ら
(1)原判決を取り消す。
(2)(控訴人番号1,2,4ないし8,9①,9②,10ないし12,14な
いし19,23及び24の,被控訴人両名に対する損害賠償の選択的請求)
ア(不法行為又は国際法に基づく請求)
被控訴人らは,控訴人番号1,2,4ないし8,9①,9②,10ない
し12,14ないし19,23及び24の各控訴人に対し,連帯して,別
紙2請求金額一覧表の各当審請求金額欄記載の金員及びこれに対する昭和
20年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ(債務不履行に基づく請求)
被控訴人らは,控訴人番号1,2,4ないし8,9①,9②,10ない
し12,14ないし19,23及び24の各控訴人に対し,連帯して,別
紙2請求金額一覧表の各当審請求金額欄記載の金員及びこれに対する平成
16年7月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
ウ訴訟承継前原告A1(原告番号15)は,原審において,500万02
40円の損害賠償請求及び付帯請求をしたが,原判決後に死亡したため,
控訴人X15(控訴人番号15)が,当審において訴訟を承継した。
また,控訴人番号9①及び9②の各控訴人は,原審における被控訴人国
に対する各請求(主たる請求につき,慰謝料相当額として控訴人番号9①
が136万3636円,控訴人番号9②が90万9090円)を,当審に
おいて上記ア及びイのとおり(主たる請求につき,慰謝料及び賃金相当損
害金に相当する額として,控訴人番号9①が136万3701円,控訴人
番号9②が90万9133円)に拡張した。
なお,控訴人番号9①,9②,23及び24による前記イの債務不履行
に基づく請求については,その主張内容に照らし,原審においても同一の
請求をしていたものと解されるから,当審における追加的請求に当たると
して取り扱う必要はない。
(3)(控訴人番号20ないし22の,被控訴人会社に対する損害賠償の選択的
請求)
ア(不法行為又は国際法に基づく請求)
被控訴人会社は,控訴人番号20ないし22の各控訴人に対し,別紙2
請求金額一覧表の各当審請求金額欄記載の金員及びこれに対する昭和20
年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ(債務不履行に基づく請求)
被控訴人会社は,控訴人番号20ないし22の各控訴人に対し,別紙2
請求金額一覧表の各当審請求金額欄記載の金員及びこれに対する平成16
年7月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(4)(控訴人番号9①,9②,20ないし22を除く各控訴人の,被控訴人国
に対する謝罪広告掲載請求)
被控訴人国は,控訴人番号1,2,4ないし8,10ないし12,14な
いし19,23及び24の各控訴人に対し,別紙3謝罪広告目録1記載の謝
罪文を,同目録記載の掲載条件で新聞に掲載させる方法による掲載せよ。
(5)(控訴人番号9①及び9②を除く各控訴人の,被控訴人会社に対する謝罪
広告掲載請求)
被控訴人会社は,控訴人番号1,2,4ないし8,10ないし12,14
ないし24の各控訴人に対し,別紙4謝罪広告目録2記載の謝罪文を,同目
録記載の掲載条件で新聞に掲載させる方法による掲載せよ。
2被控訴人国
主文1項及び2項と同旨。
3被控訴人会社
主文1項と同旨。
第2事案の概要
1本件は,第二次世界大戦中に朝鮮半島から女子勤労挺身隊(以下「勤労挺身
隊」という)の募集又は徴用により来日し,被控訴人会社(当時の社名はY。
2)の富山工場(以下「本件工場」という)で労働に従事した女子勤労挺身。
隊員(以下「勤労挺身隊員」という)又はその遺族及び徴用工であって,大。
韓民国(以下,原則として「韓国」という)に居住する控訴人らが,勤労挺。
身隊員又は徴用工として被控訴人らにより強制連行され,強制労働させられた
と主張して,被控訴人らに対し,(1)民法上の不法行為,(2)国際法,又は
(3)債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき,損害賠償金(賃金相当損害金
及び慰謝料)とこれに対する民法所定の年5分の割合による遅延損害金(その
起算日は,上記(1)又は(2)につき被控訴人らの上記行為が遅くとも終了したと
する日である昭和20年12月1日から,上記(3)につき控訴人番号1ないし
22の原審における訴え変更申立書が被控訴人らに送達された日の翌日である
平成16年7月29日から)の支払を求めるとともに,日本及び韓国の新聞紙
上への謝罪広告掲載を求めた訴訟の控訴審である。
ただし,控訴人番号20ないし22は,被控訴人国に対し,既に別訴(山口
地裁下関支部平成4年(ワ)第349号,平成5年(ワ)第373号及び平成6年
(ワ)第51号,その控訴審である広島高裁平成10年(ネ)第278号及び平成
11年(ネ)第257号)を提起しているため,本訴においては被控訴人会社に
対してのみ上記各請求をした。
また,控訴人番号9①及び同9②は,金員の支払のみを求めており,謝罪広
告の掲載は求めていない。
2原審は,原告番号13の第1審原告A2(以下,控訴人ではない第1審原告
を「原告番号13」のようにいうことがある)については訴え提起時に死,。
亡していたためその訴えを不適法として却下し(同人に関する部分は原判決が
確定した,その余の第1審原告らの請求についてはいずれも棄却したとこ。)
ろ,これを不服とする控訴人らが本件控訴を提起した。なお,原告番号3(A
3)は不服申立てをしなかったため,原判決中,同人に関する部分は確定した。
3訴訟承継前原告番号9(A4)は,第1審の口頭弁論終結前に死亡し,その
相続人らが本件訴訟を当然承継した。
また,訴訟承継前原告番号15(A1)は,第1審判決後に死亡したため,
控訴人番号15(X15)が,本件訴訟を当然承継した。
4控訴人番号9①及び同9②は,第1審において,被控訴人国に対し,賃金相
当損害金として主張する金額につき請求をしなかったが,当審において同金額
につき請求を拡張した。
第3前提事実及び争点
1前提事実
次のとおり付加,補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の2に記
載のとおりであるから,これを引用する。
なお,以下,略語は特に断らない限り原判決に準ずるものとする。ただし,
原判決中「原告ら」とあるものは「控訴人ら,すなわち,第1審原告のう,」
ち控訴しなかった者を除く控訴人ら及び当審において訴訟承継した控訴人と読
み替えるものとし「原告A2」は「A2」と「原告A1」は「A1」とそ,,
れぞれ読み替えるものとする。また,控訴人らのうち勤労挺身隊員として被控
訴人会社で労働に従事した者(控訴人番号1,2,4,6ないし8,11,1
2,14,16ないし23)並びに同じく勤労挺身隊員として被控訴人会社で
労働に従事したA5,A4,A2(原告番号13)及びA1(同15)を「本
件勤労挺身隊員」といい,徴用工として被控訴人会社で労働に従事した控訴人
X10(控訴人番号10)及び本件勤労挺身隊員を「本件勤労挺身隊員等」と
いう。
(原判決の補正)
(1)原判決5頁9行目の括弧内に「甲A17,77,78,乙1」を加える。
(2)原判決5頁23行目と24行目の間に次のとおり加える。
「(オ)控訴人番号15(X15)は,勤労挺身隊員として本件工場で労働
に従事したA1(原告番号15(2009年〔平成21年〕4月12)
日死亡)の子であり,同人の相続人である」。
(3)原判決6頁25行目「国家総動員法を」から7頁5行目末尾までを次のと
おり改める。
「国家総動員法(昭和13年法律第55号,同年5月5日施行)を制定し,
戦時の際に勅令等によって人的物的資源を統制することを可能とした。19
41年(昭和16年)の太平洋戦争開始以降,日本ではより多くの労働力が
必要となり,昭和14年以降終戦までに朝鮮から日本へ推定66万人以上が
戦時動員され,炭鉱,鉱山,土建,工場等での労務に従事した。朝鮮からの
労務動員については,当初募集方式で行われたが,1942年(昭和17
年)2月13日付け閣議決定「朝鮮人労務者活用ニ関スル方策」及び同月2
0日付け朝鮮総督府の「労務動員計画ニ依ル朝鮮人労務者ノ内地移入斡旋要
綱」により,官斡旋方式での労働者動員も行われるようになった。
また,日本国政府は1939年(昭和14年)7月8日,国家総動員法4
条を発動して国民徴用令(昭和14年勅令第451号,同年7月15日施
行)を制定し,徴用命令を発令して徴用者の職場を強制的に転換させること
ができるようにした。この国民徴用令は当初から朝鮮でも軍の施設等におけ
る労働のため発動されていたが,1944年(昭和19年)8月8日には
「半島人労務者ノ移入ニ関スル件」が閣議決定され,朝鮮において,一般企
業等への労働者動員にも国民徴用令が発動されることになった。募集方式あ
るいは官斡旋方式の動員も官による動員という性格を有していたが,国民徴
用令による徴用では間接的とはいえ法的強制が加わり,徴用に応じない者に
は,国家総動員法36条により懲役又は罰金が課せられることになってい
た」。
(4)原判決7頁6行目「そうした中」の次に「女子についても動員が強化さ,
れることとなり」を加える。,
(5)原判決8頁9行目の次に,改行の上,次のとおり加える。
「昭和19年には日本における労働力不足が一層深刻化し,同年8月1
6日の閣議決定「昭和十九年度国民動員計画策定ニ関スル件(甲A63)」
では,学校について通年動員を徹底し,中等学校2年以下及び国民学校高等
科の学徒をも動員の対象とし,学徒動員の強化に即応し受入工場事業場の管
理体制を整備充実すること,女子についても動員手段を強化し,これに伴い
交替制による女子の夜間作業に関する制限を緩和することなどが決定され
た」。
(6)原判決8頁10行目から12行目までを削る。
(7)原判決9頁2行目「軍需省の」を「軍需省及び朝鮮総督府の」と改める。
(8)原判決9頁4行目「勤労挺身隊員を」を「勤労挺身隊員420名を」と改
める。
(9)原判決9頁7行目「本件勤労挺身隊員ら」を「本件勤労挺身隊員等」と改
める。
2争点
前記のとおり,控訴人らは,被控訴人らに対し,民法上の不法行為,国際法
又は債務不履行(安全配慮義務違反)に基づき(選択的請求,損害賠償金の)
支払及び謝罪広告の掲載を求めているところ,本件の争点は,本件勤労挺身隊
員等に関する事情のほか,次のとおりである。
(1)民法上の不法行為に基づく損害賠償請求に関し
アいわゆる国家無答責の法理の当否(控訴人らと被控訴人国との間につ
き(争点①))
イ被控訴人らの行為の違法性及び一体性−共同不法行為の成否(争点②)
ウ除斥期間の抗弁及び除斥期間の適用制限(争点③)
エ消滅時効(3年)の抗弁及び時効援用権の濫用(控訴人らと被控訴人会
社との間につき(争点④))
(2)国際法に基づく損害賠償請求に関し
国際法に基づく請求の可否(条約の直接適用可能性,国際法主体性等)
(争点⑤)
(3)債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求に関し
ア安全配慮義務を生ずべき特別の社会的接触関係の有無(控訴人らと被控
訴人国との間につき(争点⑥))
イ安全配慮義務違反の有無(争点⑦)
ウ消滅時効(10年)の抗弁及び時効援用権の濫用(控訴人らと被控訴人
会社との間につき(争点⑧))
(4)上記(1)ないし(3)の各請求に共通の抗弁
本件協定2条又は本件措置法1項1号による解決(争点⑨)
(5)損害その他
ア控訴人らの損害額(争点⑩)
イ謝罪広告掲載請求の当否(争点⑪)
3争点に関する当事者の主張
当審において控訴人ら及び被控訴人らがそれぞれ追加補充した主張を別紙6
のとおり加えるほかは,別紙5のとおりである。
第4当裁判所の判断
1骨子
当裁判所は,本件勤労挺身隊員等に関する事情を踏まえ,次のとおり,控訴
人らの請求をいずれも棄却すべきであると判断する。その理由は,次項以下に
判示するとおりである。
(1)被控訴人らが,若年の本件勤労挺身隊員に対し,勉学の機会を保障するこ
とが極めて困難か絶望的な状況であるにもかかわらずこれが十分保障されて
いるかのように偽って,勤労挺身隊に勧誘し参加させたことに関しては,被
控訴人国の国家無答責の法理に係る主張は採用することができず,かつ,被
控訴人らの共同不法行為に該当するものというべきである。
(2)控訴人らの国際法に基づく請求は認めることができない。
(3)被控訴人国と本件勤労挺身隊員等との間に安全配慮義務を生ずべき特別の
社会的接触関係を肯定することはできず,被控訴人国に対する債務不履行
(安全配慮義務違反)に基づく請求は認めることができない。
被控訴人会社は,雇用者の立場にある者として,従業員となるべき,かつ,
実際に従業員となった本件勤労挺身隊員に対し,勉学の機会が十分保障され
ているかのような説明等をし,もって,適切な説明をすべき義務に違反した
例があったものと解するのが相当であり,かかる行為は債務不履行にあたる
ものというべきである。
(4)被控訴人らの不法行為ないし被控訴人会社の債務不履行を理由とする控訴
人らの請求権は,いずれも,本件協定2条により,裁判上訴求する権能を
失ったというべきであるから,上記各請求権に基づく控訴人らの請求はいず
れも棄却を免れない。
(5)謝罪広告の掲載請求についても,本件協定2条により裁判上訴求する権能
を失ったというべきであり,いずれも棄却を免れない。
2本件勤労挺身隊員等に関する事情
次のとおり原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第3の2
(47頁21行目から131頁6行目まで)に記載のとおりであるから(ただ
し,原告番号3〔A3〕に関する54頁14行目から59頁2行目までを除
く,これを引用する。。)
(原判決の補正)
(1)原判決49頁26行目「繰り返した」の次に「同控訴人の記憶によれ。
ば」を加える。,
(2)原判決50頁3行目「働いた。夜勤の時は」を「働き,夜勤の時は」,,
と改める。
(3)原判決50頁5行目から7行目までを次のとおり改める。
「控訴人X1は,賃金に関して受領できるのか否かも十分認識していな
かった。寮の舎監に賃金について尋ねたことがあったが「銀行に預金し,
ておくから,家に帰る時に月給としてまとめて渡す」という説明を受けた。
また,実家からまとまったお金を送られたことがあったが,舎監から,同
控訴人の通帳に入れたと聞かされた」。
(4)原判決52頁4行目「分かったが,」の次に「同控訴人の記憶によれ
ば」を加える。,
(5)原判決53頁7行目「支給されることはなかった」を「受領した記憶はな
い」と改める。
(6)原判決61頁7行目冒頭に「同控訴人の記憶によれば」を加える。,
(7)原判決61頁11行目「原告は」から12行目「なかった」までを「同控
訴人は,賃金について説明を受けた記憶はなく,受領した記憶もない」と改
める。
(8)原判決65頁5行目を削る。
(9)原判決65頁9行目から10行目にかけての「家族に対しても」を「家,
族に対し,被控訴人会社がお金をくれなかったので,何も持たずに帰ってき
たと説明し,また」と改める。,
(10)原判決67頁5行目「しなかったし」から6行目「なかった」までを,
「しなかった」と改める。
(11)原判決69頁24行目「,母の承諾が」から25行目「知らないうちに
行こう」までを削る。
(12)原判決70頁21行目「交代した」の次に「同控訴人の記憶によれ。
ば」を加える。,
(13)原判決71頁13行目「言われていたため」から14行目「一度もな,
かった」までを「言われていた」と改める。
(14)原判決77頁16行目「賃金を」から17行目「なかった」までを「賃
金について説明を受けた記憶がなく,受領した記憶もない」と改める。
(15)原判決82頁12行目「勤務時間は」の前に「記憶によれば」を加,,
える。
(16)原判決82頁15行目「休日はなかった」を「休日があったとの記憶は
ない」と改める。
(17)原判決82頁16行目「支給されたことはない」を「もらっているはず
で,預金されているものだと思っていたが,どうなったのかは承知していな
い」と改める。
(18)原判決82頁26行目「自由に」の前に「外出するには許可が必要であ
り」を加える。,
(19)原判決84頁26行目「日本から来た男性」を「被控訴人会社の男性職
員」と改める。
(20)原判決85頁23行目「勤務時間は」の前に「記憶によれば」を加,,
える。
(21)原判決86頁5行目「支給されることはなかった」を「受領した記憶は
ない」と改める。
(22)原判決90頁24行目の冒頭から末尾までを「,賃金を預金したという
通帳を見せられたことも,記憶にない」と改める。。
(23)原判決92頁24行目及び95頁15行目の各「今でも」をいずれも
「今(第1審係属中)でも」と改める。
(24)原判決94頁11行目「日勤だったが」の次に「同控訴人の記憶によ,
れば」を加える。
(25)原判決96頁6行目及び8行目の各「現在」をいずれも「現在(第1審
係属中」と改める。)
(26)原判決96頁12行目末尾に次のとおり加える。
「同控訴人は,第1審判決後の平成21年4月12日に死亡した」。
(27)原判決97頁16行目「仕事をして」から17行目「もでき」まで,,
を削る。
(28)原判決97頁19行目「上,勉強も」から20行目「稼ぐことができ
る」までを削る。
(29)原判決98頁24行目「原告の」の次に「記憶によれば」を加える。,
(30)原判決99頁7行目を「同控訴人は,賃金についての説明を受けたり,
賃金を受領した記憶が」と改める。
(31)原判決99頁15行目「毎日」の前に「同控訴人の記憶によれば」,,
を加える。
(32)原判決103頁11行目「原告は」を「同控訴人の記憶によれば」と改
める。
(33)原判決103頁14行目「賃金を支給された」から15行目「ない」ま
でを「賃金についての説明を受けたり,賃金を受領した記憶がない」と改め
る。
,。(34)原判決106頁23行目「原告の」の次に「記憶によれば」を加える
(35)原判決106頁25行目「賃金を支給された」から26行目「なかっ
た」までを「賃金についての説明を受けたり,賃金を受領した記憶がない」
と改める。
(36)原判決107頁3行目「賃金は支払ってもらえなかった」を「日本人た
ちは聞く耳をもたなかった」と改める。
(37)原判決116頁9行目「続けていた」の次に「同控訴人の記憶によれ。
ば」を加える。,
(38)原判決116頁12行目「支給されていない」を「受領した記憶がな
い」と改める。
(39)原判決119頁23行目「支給されたことはない」を「受領した記憶が
ない」と改める。
(40)原判決123頁6行目「冬は」から「仕事をした」までを「冬は午後5
時ころないし午後6時ころまで仕事をしたという記憶である」と改める。
(41)原判決126頁7行目「日本人」を「被控訴人会社から来た男性二人」
と改める。
(42)原判決128頁22行目「原告は」を「同控訴人の記憶によれば」と改
める。
(43)原判決128頁26行目「支給されたことはなく」を「受領した記憶が
なく」と改める。
(44)原判決131頁6行目の次に,改行の上,以下のとおり加える。
「(24)被控訴人会社における従業員の生活等
ア被控訴人会社の従業員となった本件勤労挺身隊員を含む朝鮮からの女子
勤労挺身隊員は,昭和19年から昭和20年にかけて合計1089名に
上ったが,このほかに,北信地方のほか東海,東北地方など日本各地から
集まった勤労挺身隊員が1600名,また,女子の学徒動員も2700名
以上となっていた。男子についても,被控訴人会社では,太平洋戦争の開
戦後1万名を超える徴用による従業員を迎え,この中には朝鮮からの約5
00名前後の徴用工を含み,そのほかに日本国内からの男子学徒動員数が
2400名を超えていた。
被控訴人会社では,製品需要の増加とこれに伴う労働力不足を背景に,
宣伝,従業員募集,銓衡のため,多数の要員係が各地を歴訪した。前記認
定のとおり,本件勤労挺身隊員の中にも,朝鮮において被控訴人会社の職
),員から説明又は勧誘を受けた者がいる(控訴人番号7,同12等。また
朝鮮の中央紙「毎日新報」に昭和19年ないし昭和20年ころ京城府が出
した被控訴人会社での就労を前提とした勤労挺身隊員の募集広告には,資
格として国民学校(初等科)修了程度の未婚女子,待遇として年令により
差異があるものの優遇するものと記載され(なお,具体的な賃金の額につ
いて記載はない,特定の期日に京城府庁に出頭しあるいは京城府に書。)
類を持参するよう呼びかける内容となっていた。
(甲A58,59,69,115,乙17の1及び2,乙18の1及び2,
乙19,24の1及び2)
イ前記前提事実のとおり,女子挺身隊制度強化方策要綱及び女子挺身勤労
令において,国民登録者以外の女子については,特に志願した者に限って
勤労挺身隊員とすることが認められていた。しかしながら,前記のとおり,
多くの本件勤労挺身隊員が12歳から16歳と若年であるにもかかわらず,
両親の明確な承諾がないまま勤労挺身隊に参加し,あるいは,両親の反対
や抗議を事実上受け付けられなかった例があり,中には被控訴人会社に行
かなければ母を慰安所に送るなどと脅されて勤労挺身隊へ参加した例も
あったことが認められる(控訴人番号4〔X4,同11〔X11,同〕〕
14〔X14,A1,控訴人番号16〔X16,同17〔X17,同〕〕〕
22〔X22,同23〔X23。〕〕)
ウ被控訴人会社においては,朝鮮からの勤労挺身隊員は,日本の従業員の
寄宿舎とは別の「第12愛国寮「第13愛国寮」等の寄宿舎に住み,」,
集団生活をしていたが,就業の際の部署はそれぞれ異なっており,基本的
に日本人と同じ職場であった。就業成績に関しては,女子の繊細な注意力
と単一作業に飽きない特性が男子よりもかえって作業成績が良いと評価さ
れる面があり,朝鮮出身の女子工員の中には,真剣な勤労態度と優秀な成
績が賞賛され社報で取り上げられた者もいたが,一般に本件勤労挺身隊員
にとっては年令,経験に比して厳しい労働であったといえる。
被控訴人会社の本件工場には食堂が設けられ,売店は1939年(昭和
14年)に規模を拡大してY1百貨部と称し日用品を備えていた。もっと
も,昭和20年ころには物資が不足し,食糧事情も厳しく,終戦が近くな
ると,日本人を含め従業員には三角パン(三角餅)が給食され,空腹を水
でしのぐ思いをした者がいるほどであった。なお,食券の現金販売の際は
朝鮮出身の勤労挺身隊員(第12愛国寮など)の割当日も設定されていた
(昭和20年8月15日以降も,同年10月分まで朝鮮出身の勤労挺身隊
員等に対して食券販売が行われた。その他の施設としては,各寄宿舎。)
付属の浴場のほか,一般従業員用の大浴場(男性用,女性用)が設けられ,
また,診療施設には1939年(昭和14年)に金沢医大から医師が迎え
られ,1940年(昭和15年)にY1病院とされ,1942年(昭和1
7年)には総合病院として完備された。このほか,寮内の読書室及び講堂,
運動場,映画館,理髪所なども備えられていた。
戦時統制下における集団生活上やむを得ない面があったとはいえ,寮に
おける朝晩の点呼や外出・門限,仕事については朝鮮出身・日本出身を問
わず厳しく規律された。また,特に昭和20年春ころ以降,北陸地方で空
襲警報がたびたび発せられ,そのたびに避難した(幸い,本件工場は空襲
による直接被害を受けなかった。他方,ごく限られた機会ではあった。)
が,勤労挺身隊員を含む従業員のための映画会,生け花,散策,女学校生
徒による演芸会等の行事がないではなく,これらの行事が写真とともに社
報に掲載されることもあった。
(甲A56の1及び2,甲A69,115,乙7ないし10の各1及び2,
乙14の1ないし7,乙15の1ないし19,乙16の1ないし3,乙1
7の2,乙20,21,22の1及び2,乙23の1及び2,乙24の1
及び2,乙26,27,44)
エ被控訴人会社における従業員の給料の額は,年令,男女別,経験によっ
て異なっていたが,昭和19年入社の女子の場合,朝鮮出身と日本出身と
を問わず,入社当初の日額賃金は,控訴人らとほぼ同年齢である1930
年(昭和5年)生で76銭,1931年(昭和6年)生で71銭であり,
昭和19年12月ないし昭和20年1月ころまでに,人によって異なるも
のの日額98銭から1円08銭程度に昇給している者が多く(乙30,4
1の1ないし18,乙42,他方,男子徴用工の賃金は女子より相当高)
い者もおり,また,個人差があるところ,本件勤労挺身隊員等についても
),同様であったものと推認される。申込制の預金の仕組みもあり(乙44
本件勤労挺身隊員の前記各供述・陳述書の記載からすると,朝鮮からの勤
労挺身隊員については帰国時に交付する趣旨ないし予定の下に預金したこ
ととされていた者が大多数であったものと考えられる。
被控訴人会社が1946年(昭和21年)6月25日付けで在日本朝鮮
人連盟富山県本部に宛てて作成した調書には,昭和20年10月に朝鮮へ
帰国した男子388名,女子595名に対し,帰国時に退職慰労金,休業
手当(昭和20年8月21日から同年10月10日までの分)等が支払わ
れ,その額は男子の合計13万3525円余(1名当たり平均勤続期間1
0か月,平均344円余。なお,そのほかに帰国旅費として総額2万円を
被控訴人会社が負担した,女子の合計8万3663円余(1名当たり。)
平均140円余。なお,そのほかに帰国旅費として総額2万2080円を
被控訴人会社が負担した)であった旨記載されていることが認められる。
(乙25,40,44。)
他方,1945年(昭和20年)7月ころ,朝鮮半島の沙里院(鳳山製
作所)へ転務予定として帰国した者については,被控訴人国の通達に従い,
昭和22年8月,退職慰労金不足額,退職積立金,厚生年金,国民貯蓄,
預金の名目で供託がされた。本件勤労挺身隊員のうち,昭和20年7月に
帰国した,控訴人番号1,同2,同7,同8,同11,同12,同19な
いし同22の者についての各供託額は前記認定のとおりである。また,こ
れらの者のうち数人は,還付請求を行った(甲A9,乙2,3,4の1。
ないし11,乙5の1ないし12,乙13,36)
もっとも,本件勤労挺身隊員の供述及び陳述書の記載によれば,終戦時
の混乱下において実際には給料相当額を受領できないままとなった勤労挺
身隊員が多数存在し,これらの者については事実上いわゆるタダ働きの結
果となってしまったことが認められる。
オ朝鮮出身の勤労挺身隊員らについては,勤労挺身隊として志願した自発
性の程度によって当時の経験を記憶して意味化する様相が異なり,辛辣な
非難と憤怒を表出する者が多数存在することが指摘されている。もっとも,
一方で,帰国・終戦後の昭和22年ころ,朝鮮から被控訴人会社に宛てて
感謝の礼状を送付する者などもいた。しかし,前記前提事実のとおり,韓
国国内において慰安婦と勤労挺身隊員が区別されずに認識されていたこと
もあって,勤労挺身隊員であった者は長年にわたり周囲の目線を非常に気
にしなければならないなど,多くの者が苦痛を経験する結果となった。
(甲A28,77,乙32,33の1ないし3」)
3争点①(いわゆる国家無答責の法理の当否)について
控訴人らの不法行為に基づく請求に関し,被控訴人国は,国賠法施行前の国
の権力的作用については,民法の不法行為規定の適用が排除され,国の賠償責
任が否定されるとの国家無答責の法理が基本的政策として確立していたから,
控訴人らの請求は法的根拠を欠くと主張するので,まず,この点について判断
する。
(1)行政裁判法16条や裁判所構成法の規定は,いずれも訴訟手続に関する規
定であって,国等の責任の成否に関する実体法上の定めではない。上記各法
の制定過程において,権力的作用ないし公権力の行使によって生じた損害の
賠償に関して議論され,その際,私法的法律関係とは異なる配慮があったと
いう余地はあるものの(丙1ないし3,これらの規定から直ちに,あらゆ)
る国又は公共団体等の権力的作用について国等の責任が否定されることが明
らかであるとはいえないし,国等の責任が否定される場合がいかなる場合で
あるかが明確に規定されているということもできない。
また,民法709条以下の不法行為規定では,文理上,国等の権力的作用
による行為を除外していない。いわゆるボアソナード民法(明治23年4月
21日法律第28号。その後施行延期され,明治29年法律第89号により
廃止された)の草案検討過程や,民法(明治29年4月27日法律第89。
号)の草案の法典調査会における起草者の見解等からも,国等の権力的作用
にあたる行為による損害賠償責任に関しては,見解の統一を見ずに,あるい
は特別法ができることを予測して規定せず(丙5ないし7,19ないし2
4,結局,国賠法制定まで特別法が制定されなかったことが指摘できるも)
のの,国等の責任が否定されるか否か,国等の責任が否定されるのはどのよ
うな場合かが明確化されていたものとはいえない。
したがって,実定法上,国等に損害賠償責任がないことが確定していたの
ではなく,その意味で,被控訴人国が主張するような国家無答責の法理が基
本的政策として確立していたとまでは断定できず,結局,この問題は司法裁
判所の解釈,判断に委ねられていたものと解するのが相当である。
(2)国賠法施行前の国等の権力的作用に関する司法裁判所の判断をみると,初
期の大審院判例には,国等の賠償責任を肯定する余地に言及したものがある
(大審院明治26年1月13日判決・大審院判決録明治26年1頁,大審院
),明治27年10月20日判決・大審院判決録明治27年460頁。その後
「公共の利益のため」との根拠で国等の賠償責任を否定したものが現れ(大
審院明治43年3月2日判決・民録16輯169頁,やがて「統治権に),
基づく権力行動「支配権に基づく(権力)作用」等の理由で国等の賠償」,
責任を否定するに至ったということができるが,それらの事案は,滞納処分
に関するもの(大審院昭和16年2月27日判決・民集20巻2号118
頁,印鑑証明事務に関するもの(大審院昭和13年12月23日判決・民)
集17巻24号2689頁)等であり,当該事案における個別具体的行為の
違法性は肯定されても,一般論としては現在の国賠法1条1項の解釈上も直
ちに違法とはいえない類型のものが少なくない。また,官吏の職権逸脱,濫
用によって故意に他人の権利を侵害したような事案では,当該官吏個人の損
害賠償責任は認めつつも,もはや国等の行為とはいえないとの理由で国等の
賠償責任を否定する傾向にあったということができ(大審院昭和12年3月
31日判決・民集16巻7号387頁,大審院昭和15年1月16日判決・
),民集19巻1号20頁,前掲大審院昭和16年2月27日判決等,さらに
権力的作用に当たらない行為を比較的広くとらえ,あるいは私法関係の問題
としてとらえることによって,国等の賠償責任を肯定する余地を認めたもの
と解される例も少なくない(大審院大正7年10月21日判決・民録24輯
2000頁,大審院昭和11年6月8日判決・民集15巻11号928頁,
最高裁昭和31年4月10日判決・集民21号665頁等。)
これらの判例に照らすと,国等の賠償責任が肯定又は否定される範囲,そ
の根拠等については,判例が終始一貫し,確立していたとは断定できないと
いうべきである。もっとも,例えば,法令等の根拠に基づく正当な手続の過
程で官吏に軽度あるいは通常程度の過失があったと認められる事案において,
現在の国賠法1条1項の解釈上違法とされる余地があるものにつき,国等の
賠償責任が否定されている場合があり,それをもっていわゆる国家無答責の
法理を採っていたということはできるものと解される。しかしながら,その
ことから直ちに,あらゆる国等の権力的作用について国等の責任が一切生じ
る余地がないとされていたとまでは断定できない。少なくとも,例えば,明
らかに国等の権力的作用に該当すべき行為であり,かつ,明治憲法下におい
ても許容されないであろう重大な人権侵害というべき事案などについて,直
接国等の賠償責任を否定した大審院判例は見当たらないのであって,そのよ
うな事案について,解釈上,民法の不法行為規定を適用する余地は残されて
いるものと解するのが相当である。
(3)国等の権力的作用に当たる行為によって損害を受けた私人の国等に対する
損害賠償請求に関しては,権力的作用に当たる行為の適否が判断対象となら
ざるを得ないところ,権力的作用は必然的,内在的に私権の侵害,制約を伴
うものが少なくない。また,権力的作用に当たる行為の適否,すなわち,そ
の行為の違法性や責任の有無に関する判断は,国等の立法権,行政権の行使
のあり方等に重大な影響を与えることもあり得る。さらに,当該行為の違法
性,有責性は当該行為当時の法令と公序に照らして判断されるべきものでも
ある(例えば,明治憲法下において「君主ハ不善ヲ為スコト能ハズ」との,
考え方〔丙1〕があったことも否定し難い。こうした観点から,国等の。)
権力的作用に当たる行為について,生じた結果が違法と考えられることから
直ちに不法行為法上の違法性・有責性を肯定することは相当ではない場合が
あり得るとする法解釈も考えられ,国賠法施行前における国等の権力的作用
に当たる行為については,国等の法的な賠償責任を否定するとのいわゆる国
家無答責の法理によることが相当と考えられる事案があり得るものと考えら
れる。大審院判例において国等の賠償責任が否定されたのは,こうした事案
に関する判断であるということができる。
しかし,民法の解釈上,個人の尊厳を旨として解釈しなければならないと
する昭和22年法律第222号による改正後の民法2条の規定が遡及効を有
すること(同法附則4条,昭和19年ないし昭和20年当時の日本におい)
ても既に強制労働条約を批准していたことなどからすれば,明治憲法下にお
いても個人の尊厳は尊重されていたと解され,国等の権力的作用に当たる行
為が著しく違法・不当なものである場合にまで,国家無答責の法理が妥当す
ると解することは,法解釈としての整合性を欠き相当ではないと考えられる。
そのような場合には,権力的作用が必然的,内在的に私権の侵害等を伴うこ
と,違法性・有責性の判断が国等の立法権・行政権の行使に与える影響の大
きさ,違法性・有責性は行為当時の法令と公序等に照らして判断されるべき
であること等を考慮しても,国等の権力的作用に当たる行為につき不法行為
法上違法,有責と評価することには,支障がないというべきである。
(4)国賠法附則6項は「この法律施行前の行為に基づく損害については,な,
お従前の例による」と定めているが「なお従前の例による」の通常の法。,
令用語の解釈としては,法令を改正又は廃止した場合に,改廃直前の法令を
含めた法制度をそのままの状態で適用することを意味するものである。そう
すると,同項の「従前の例」には,国賠法施行前の実定法のみならず,実定
法の解釈として当時確立していた判例法理も含まれるものと解するのが相当
である。
そして,前記のとおり,国賠法施行前の判例において,すべての国等の権
力的作用に当たる行為についておよそ国の賠償責任が成立する余地がないと
されていたとまでは断定できず,むしろ,当時の法制下において,著しく違
法・不当な事案については,不法行為法上の賠償責任を肯定することが法解
釈上整合性を有するものと考えられ,また,そうした事案について直接判断
した判例は見当たらないから,賠償責任を肯定するとの判断が判例に抵触す
るものでもない。
したがって,国賠法附則6項に「従前の例による」と定められていること
をもっては,国賠法施行前における国等のあらゆる権力的作用に当たる行為
について国家無答責の法理によるべきことが示されているということはでき
ない。
(5)よって,国等の権力的作用に当たる行為が著しく違法・不当なものである
場合等には,民法の不法行為規定の適用を前提として判断することが相当で
あると解される。
4争点②(被控訴人らの行為の違法性及び一体性−共同不法行為の成否)につ
いて
(1)本件勤労挺身隊員について
ア前記前提事実及び本件勤労挺身隊員等に関する事情記載のとおり,本件
当時(以下「本件当時」というときは,本件勤労挺身隊員等が勤労挺身隊
への勧誘を受け又は徴用され,被控訴人会社で就労した,昭和19年ころ
から昭和20年8月15日までの間の時期をいうものとする,本件勤。)
労挺身隊員は,国民学校等でいわゆる皇民化教育を受けており,また,朝
鮮では,儒教的な思想から年長者の意見,指示に逆らうことにはかなりの
抵抗感があったものというべきであるところ,勤労挺身隊への勧誘には,
主として国民学校の校長や担任教師(控訴人番号1〔X1,同4〔X〕
4,同6〔X6,同7〔X7,同8〔X8,A4,控訴人番号12〕〕〕〕
〔X12,原告番号13〔A2,控訴人番号14〔X14,原告番号〕〕〕
15〔A1,控訴人番号16〔X16,同17〔X17,同19〔X〕〕〕
〕〕〕〕,19,同21〔X21,同22〔X22,同23〔X23)のほか
洞長(A5,面の役人(控訴人番号6〔X6,洞の役人(同11〔X)〕)
11,郡庁の職員(同18〔X18,区長(同20〔X20)など,〕)〕)〕
本件勤労挺身隊員が信頼や尊敬を寄せる年長者が関わった例が多い。本件
勤労挺身隊員にとって,これらの年長者の影響力は大きく,勧誘を受けて
断りづらい状況にあったものということができる。また,本件当時の朝鮮
では,朝鮮人が行く公立の女学校は少なかった上,女性には教育は必要で
ないとする風潮も未だ強く,国民学校卒業後,女学校に進学を希望しても
その希望は叶わないことが多かったため,進学して勉学をすることができ
るということは,本件勤労挺身隊員にとって一般にとても魅力的な話で
あったといえる。しかも,多くの者が12歳から16歳と若年であり,客
観的状況を十分に把握し的確に判断できるだけの能力を有していたわけで
はなかったのである。
イこのような背景の下,前記認定のとおり,本件勤労挺身隊員は,勤労挺
身隊への参加に際し「Y1に行けば,高等科を卒業したのと同じ扱いに,
して,帰国後,女学校に行けるようにしてあげる「日本に行くと,勉。」,
強や詩や生け花も教えてくれる(控訴人番号1〔X1「お金も稼げ。」〕),
るし,勉強もできる。生け花も学べる(同4〔X4「Y1に行けば,。」〕),
お金を稼ぎながら,勉強もでき,技術も身に付けることができる。生け花
も習うことができる(同7〔X7「Y1へ行けば,勉強ができ,生。」〕),
け花も教えてもらえる(同8〔X8「Y1に行くと,技術を学ぶこ。」〕),
とができ,帰国してからその技術を教えることができる。勉強も教えても
。」〕),らえる。生け花,書道,ミシンも教えてもらえる(同11〔X11
「女学校で勉強ができる。お金を稼げる。生け花が習える(同12。」
〔X12「お金も稼げるし,上級学校にも行ける(原告番号13〕),。」
〔A2「勉強ができる。お金をたくさん稼ぐことができる。中学だけ〕),
でなく大学まで行ける(同15〔A1「女学校に進学できて,大学。」〕),
まで行ける。勉強もいくらでもできる。お金も稼げる(控訴人番号1。」
7〔X17「勉強ができる。お金が稼げる(同18〔X18,〕),。」〕)
「昼は工場で働くが,夜は勉強できる(同19〔X19「金儲けが。」〕),
できる。生け花やミシンも教えてくれる(同20〔X20「勉強を。」〕),
教えてもらえる。中学校の勉強を教えてもらえるし,生け花や裁縫等も教
えてもらえる(同21〔X21「もっと勉強ができるし,中学や高。」〕),
校にも行ける。生け花も踊りもミシンも教えてもらえる(同22〔X。」
22「お金も稼げるし,勉強もできる(同23〔X23)といっ〕),。」〕
た話をされ勧誘を受けたものであるところ,地域や学校を異にする多数の
者に対し,国民学校あるいは官庁を通じて,上級学校への進学・勉学の機
会が保障されているとして勧誘が行われたことに照らすと,被控訴人国に
おいて組織的に,勤労挺身隊員には勉学の機会が保障されているなどと宣
伝して勧誘し参加させたことが推認されるものというべきである。また,
被控訴人会社で撮影された就労風景や生け花等の映像が勧誘に際して用い
られたほか,被控訴人会社の職員が宣伝や勧誘のため国民学校等に赴く例
もあったことが認められ(控訴人番号7〔X7,同12〔X12〕等,〕)
被控訴人会社への勤労挺身隊につき京城府による募集広告も出していたこ
と(甲A58,59)からすれば,被控訴人会社も勤労挺身隊員の募集,
勧誘に積極的に関与していたものというべきである。
しかしながら,前記のとおり,勤労挺身隊員に対し,生け花等について
はその機会がまったくなかったわけではないものの極めて限られていたと
いわざるを得ず,勉学の機会については制度として保障されていたわけで
はなく,実際にも女学校等の学校へ進学した者は本件勤労挺身隊員の中に
一人もおらず,学校への進学について案内すらもされなかったことが認め
られる。また,前記前提事実のとおり,本件当時,戦時統制下にあって日
本における労働力は著しく不足しており,国内の男子労働者では足りず,
国家政策として女子や学生も労働力として動員する方針がとられ,さらに,
朝鮮のみならず中国からも労働力の導入を図ろうとしていたことが認めら
れるのであり,被控訴人会社においても製品の生産や労務管理を行う立場
にある上,太平洋戦争の開戦後多数の学徒動員がされていたことに照らせ
ば,客観的状況に照らし,勤労挺身隊員が女学校,中学,大学等に進学し
て勉学する余裕はなかったというべきであり,被控訴人らにおいてそのよ
うな客観的状況は十分認識可能であったというべきである。
したがって,被控訴人らには,客観的状況や将来の見通しについて十分
な判断能力を有しない若年の本件勤労挺身隊員に対し,勉学の機会を保障
することが極めて困難か絶望的な状況であるにもかかわらず,これが十分
保障されているかのように偽って,勤労挺身隊に勧誘し参加させた例が大
多数であったものというべきである。
ウそして,少なくとも,勉学の機会があるかのように欺罔して勤労挺身隊
へ勧誘し参加させることは,勤労挺身隊に係る法令上予定されていた手続,
手段を超えるものといわざるを得ず,上記のような欺罔行為は十分な判断
能力を有さず進学の機会が限られていた若年の女子に対し,いわばその弱
みにつけ込むものであり,かつ,10代の女子の将来に大きな影響を与え
るものであって,明治憲法下の法制においても違法と評価される勧誘方法
であったというべきである。また,前記のとおり国民学校や官庁を通じて
地域を問わず広くそのような勧誘行為が行われていることに照らせば,そ
うした勧誘行為は,官吏個人の職権逸脱濫用にとどまらず,被控訴人国が,
労働力不足を解消するための国家政策ないしその一環として行った権力的
作用に当たる行為と評価せざるを得ないのであり,また,被控訴人会社に
おいても,写真や映画を利用しつつ,勉学等の機会が保障されているかの
ような宣伝を行って勤労挺身隊員を勧誘することに積極的に関与,協力し
たものと評価せざるを得ない。
エしたがって,前記のような欺罔により若年の本件勤労挺身隊員を勤労挺
身隊へ勧誘し参加させたことについては,被控訴人国の国家無答責の法理
に係る主張は採用できず,かつ,被控訴人らの共同不法行為に該当するも
のというべきである(ただし,被控訴人国との関係では,被控訴人国に対
する請求をしていない控訴人番号20ないし22を除く。。)
(2)被徴用者(控訴人番号10)について
原判決「事実及び理由」欄の第2の3(2)(135頁11行目から17行
目まで)に記載のとおりである(ただし,同頁14行目冒頭から17行目末
尾までを「はなかった」と改める)から,これを引用する。。
5争点⑤(国際法に基づく請求の可否)について
(1)国際法は,国家と国家又は国際機関等との間の権利義務を規律するもので
あるから,国民個人の権利義務に直接関わる規定を含むとしても,直ちに私
人間又は私人と国家との間の裁判規範となるわけではなく,国民個人が他の
国又はその国民の行為によって損害を被った場合であっても,直ちに国際法
を根拠に被害の回復を図ることはできないのが原則である。国民個人の権利
義務に直接関わる条項を国内における裁判規範とするためには,一般に,国
内の立法措置による具体化が必要である。例外的に,立法措置を講ずること
なくそのまま国内法として直接実施し私人の法律関係を規律することができ
るのは,当該条項自体が,私人の権利義務の発生要件,効果,手続等を明確
に定めており,国内法による補充ないし具体化を待つまでもなく,裁判規範
として執行可能な体裁を有している必要があるというべきであり,国際慣習
法に関してもこのことは同様である。
(2)控訴人らは強制労働条約1条又は14条に基づく請求をするところ,これ
らの規定は,締結国ないしその権限ある機関に対し,強制労働を禁止し又は
労働に対する報酬が支払われるような措置を講ずるよう義務付ける内容を有
しているということはできるが,私人間の法律関係を直接規律した規定とい
うことはできないから,同条約を直接の根拠として,当然に私人が他の私人
又は国家に対し同条約にいう強制労働に関して損害賠償請求をすることはで
きないものというべきである。
(3)なお,控訴人らは,奴隷禁止条約,サン・ジェルマン・アン・レイ条約,
5号条約,59号条約に基づく請求も主張するようであるが,これらの条約
が,締結国又はその権限ある機関に対し,奴隷制度ないし奴隷取引を廃止又
は禁止するよう求める内容であると解する余地があるとしても(なお,日本
国は,奴隷禁止条約及び59号条約を批准していない。また,5号条約及び
59号条約は年少者労働の廃止を求める内容であるといえるが,本件勤労挺
身隊員等はいずれも12歳以上であって,尋常小学校を修了した12歳以上
の児童の雇用を認めた5号条約に反するとはいい難い,私人間の法律関。)
係を直接規律した規定ということはできず,同条約を直接の根拠として,私
人が他の私人又は国家に対し,損害賠償請求をすることはできないものとい
うべきである。
また,控訴人らは,慰謝料に関し,国際法上特に損害賠償についての規定
がなくとも条約違反国が損害回復の義務を負うことは当然とされているなど
と主張するが,国家ではなく私人において特に規定がなくても当然に条約違
反国に対する損害賠償請求を行うことができるとの国際慣習法の存在を認め
ることはできず,上記主張は採用できない。
(4)したがって,控訴人らの国際法に基づく請求はいずれも認めることができ
ない。
6争点⑥(安全配慮義務を生ずべき特別の社会的接触関係の有無(控訴人ら)
と被控訴人国との間につき)について
(1)安全配慮義務とは,ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に
入った当事者間において,当該法律関係の付随的義務として当事者の一方又
は双方が相手方に対して信義則上負担する保護義務であり,安全配慮義務違
反の性質は広い意味での債務不履行の一種であると解される。したがって,
安全配慮義務が発生するための当事者間における特別の社会的接触関係は,
契約関係又はこれに準ずる法律関係であって,信義則上の義務を認め得るよ
うな直接的,具体的な関係であることを要するものというべきである。
(2)本件では,被控訴人国と本件勤労挺身隊員等との間に直接の契約関係を認
めるに足りる証拠はないから,契約関係に準ずる法律関係があると認められ
るか否かが問題となるところ,被控訴人国は,法令に基づき徴用し,あるい
は,勤労挺身隊の勧誘について主体的に関わったということはできるものの,
もともと,被控訴人国と本件勤労挺身隊員等との間で雇用契約ないしこれに
準ずる契約を締結することは予定されていたとは認められず,被控訴人国が
徴用又は勧誘に関与したことのみでは被控訴人国と本件勤労挺身隊員等との
間に使用関係,指揮監督関係が成立したということはできない。また,本件
勤労挺身隊員等は,被控訴人会社の本件工場において,被控訴人会社の指揮
命令に従って就労していたものであって,被控訴人国の施設で稼働したわけ
ではなく,被控訴人国の指揮監督の下に就労したものとは認められない。
なお,本件当時,被控訴人国による戦時統制下にあって,被控訴人会社が
昭和19年1月に軍需会社法上の軍需会社に指定されたことは前記前提事実
のとおりであるが,被控訴人国が被控訴人会社に対して軍需物資等の生産に
関し必要な命令を出し得る立場にあるとしても,本件勤労挺身隊員等との関
係では被控訴人会社を介した間接的な関係といわざるを得ず,被控訴人国が
被控訴人会社の従業員や本件勤労挺身隊員等を指揮監督していたということ
はできない。
(3)したがって,被控訴人国と本件勤労挺身隊員等との間には,上記(1)に判
示した特別の社会的接触関係を認めることはできないから,控訴人らの被控
訴人国に対する債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく請求は,その余の
点につき判断するまでもなく,理由がないものといわざるを得ない。
7争点⑦(安全配慮義務違反の有無)について
前記認定の事実関係からすれば,被控訴人会社と本件勤労挺身隊員等との間
には,雇用関係ないしこれに準ずる法律関係があったというべきであるから,
以下,被控訴人会社について検討する。
(1)一般に雇用者の立場にある者は,従業員に対し,雇用等契約に付随する義
務として,あらかじめ雇用条件につき適切な説明をすべき義務を負うという
べきであり,その説明は,賃金等の雇用条件そのものについて適切に行うべ
きであるのみならず,従業員となるべき者が就労を決意するのに必要不可欠
あるいは重要かつ密接な関連を有する事項に関し,虚偽の説明を行わないの
は勿論,適切な説明をすべき義務をも含むものというべきである。
(2)前記認定のとおり,被控訴人会社は,本件勤労挺身隊員を勤労挺身隊に勧
誘するに際し積極的に関与しており,その職員が直接勧誘のため朝鮮を訪れ
説明等を行った例もあれば(控訴人番号7,同12,職員が直接説明を)
行ったことまでは明確に確認できないものの,被控訴人会社において撮影さ
れた,就労風景だけではなく生け花や読書をする姿を写した映像(写真を含
。,む)を見せて勤労挺身隊への勧誘を行った例があり(控訴人番号4,同7
同20,同22,多くの事例で若年の女子に対し,勉強ができる,学校へ)
進学できるなどといった説明をし,生け花等も日常的に行われるかのような
印象を与える説明を行ったことが認められる。しかも,本件勤労挺身隊員の
うちそうした形で勧誘を受けた者はいずれもいわゆる皇民化教育を受けた1
2歳から16歳の若年女子であって年長者の説明を信じやすく,本件当時の
朝鮮における社会的事情として進学が容易ではない立場にあり,そのような
者に対し,日本といういわゆる皇民化教育の中で進んだ国といった印象を与
えていたところへいわば留学するかのような話をして勧誘したのであり,親
元を離れて寄宿舎生活をして就労することが前提となっていた中でとりわけ
勉学の機会を得られるという点は,本件勤労挺身隊員が被控訴人会社での就
労を決意するのに重要かつ決定的な影響を与えたものといわざるを得ない。
それにもかかわらず,被控訴人会社では本件勤労挺身隊員が学校へ進学する
機会はなく,生け花もごく限られた機会しか行われず,多くの時間を就労に
充てなければならないような状況においたのであるし,本件当時の客観的な
労働力不足の状況,そのため多数の従業員を確保してもなお従業員が時間を
惜しんで就労しなければならない状況にあったことは,製品の生産や従業員
の労務管理を行うべき立場にある被控訴人会社において十分認識していたも
のといわざるを得ない。
(3)したがって,被控訴人会社は,雇用者の立場にある者として,従業員とな
るべき,かつ,実際に従業員となった本件勤労挺身隊員に対し,勉学の機会
が十分保障されているかのような説明等をし,もって,適切な説明をすべき
義務に違反した例が大多数であったものと解するのが相当であり,かかる行
為は債務不履行にあたるものというべきである。
8争点⑨(本件協定2条又は本件措置法1項1号による解決)について
控訴人らの被控訴人らに対する不法行為に基づく請求権ないし被控訴人会社
に対する債務不履行に基づく請求権が実体法上認められるとしても,被控訴人
らは,上記請求権に基づく控訴人らの請求に応ずべき法的義務がないと主張す
るので,この点について判断する。
(1)日本と韓国との間の戦後処理に関連する事実経過
次のとおり原判決を補正するほかは,原判決「事実及び理由」欄の第3の
4(1)(原判決135頁24行目から143頁11行目まで)に記載のとお
りであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
ア原判決135頁24行目から25行目にかけての括弧内に「甲A99,
109,110の1及び2,甲A112,114の1及び2」を加える。
イ原判決136頁18行目末尾に「韓国はサンフランシスコ平和条約の当
事国ではないが,同条約21条の規定により,上記の2条(a),4条の各
規定のほか,9条(漁業協定の締結交渉に関する規定,12条(通商条)
約の締結交渉に関する規定)の規定の利益を受けることとされた」を加。
える。
ウ原判決138頁2行目「韓国は」から6行目末尾までを「1960,,
年(昭和35年)10月25日からの第五次日韓会談,1961年(昭和
36年)10月20日からの第六次日韓会談がそれぞれ開催され,韓国側
が提示した以下のとおりの韓日間財産及び請求権協定要綱(対日請求八項
目)等に関し,日韓両国は議論を積み重ねてきた」と改める。。
エ原判決138頁25行目「これらの会談では」の次に「韓国側が対日,
請求八項目(又はこれとほぼ同内容の要綱案)を提示したことに対し,日
本側が在朝日本人財産等に対する請求権を主張したため」を加える。,
(2)被控訴人らが主張する請求権放棄の抗弁について
ア本件協定2条及び本件措置法1項の内容は前記のとおりであるところ,
その文言,前記認定の本件協定締結に至までの経緯,本件協定締結に伴い
日韓両国においてとられた措置を踏まえると,韓国国民の日本国又はその
国民(法人を含む)に対する債権のうち,①昭和40年6月22日当時に
おける法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体
的権利については,本件措置法1項1号により,原則として同日において
消滅したものと解するのが相当である。そして,②上記①以外の同日以前
に生じた事由に基づくすべての請求権については,本件協定2条3により,
韓国国民は日本国又はその国民に対し,何らの主張もすることができない
ものとされたのであるから,韓国国民から上記②に該当する請求権の行使
を受けた日本国又はその国民は,本件協定2条による抗弁として,その請
求に応じる法的義務がないとの主張をすることができるものというべきで
ある。
イ控訴人らが主張する被控訴人らに対する請求権は,いずれも上記②の請
求権に該当するものということができ(本件訴訟において,控訴人らは被
控訴人らに対し,雇用契約に基づく賃金支払請求をしているものではない
から,控訴人らの主張する請求権は上記①には該当しないものというべき
である,これらが本件協定2条2に該当しないことは明らかである。。)
したがって,控訴人らの請求に対し,被控訴人らが,本件協定2条によ
り控訴人らにおいていかなる主張もすることができないものとされている
旨の主張をする以上,当該請求権に基づいて裁判上訴求する権能は失われ
ることとなり,控訴人らの請求は棄却を免れないこととなる。
(3)控訴人らの主張について
ア控訴人らは,本件協定2条3のいかなる主張もすることができない主体
は日韓両国政府であり,同規定は外交保護権のみ放棄したにすぎないと主
張する。
しかしながら,いわゆる外交保護権は国家自身の権利であって,国家が
私人に代わって行動するものではないというべきところ,本件協定2条3
では「一方の締結国」の請求権のみならず「その国民の」請求権につ,,
いても,いかなる主張もすることができないものと明記されている。この
うち,国家の請求権には,国家がその機関又は国有財産に対する侵害に基
づき直接有する請求権のほか,上記のいわゆる外交保護権も含まれるもの
と解される。他方,国民の請求権とは,原則として私人が国際法上の請求
権をもつことはないことからすると,国民の国内法上の請求権(一般には
加害地国の国内法を基礎とする請求権)をいうものと解され,国民の請求
権が明記されたことからすれば,国民の国内法上の請求権について,いか
なる主張もすることができないものとされたものと解するのが相当である。
また,本件協定2条1が,日韓両国及びその国民の間の請求権に関する問
題が完全かつ最終的に解決されたこととなることを両国が確認する旨規定
した趣旨からしても,本件協定2条は個人の国内法上の請求権の問題を未
解決のまま残す趣旨ではなかったものと解すべきである。
イ控訴人らは,本件協定は日韓両国間の合意であり,両国の国家間の関係
を規定しているにすぎないのであるから,国家が本件協定の中で個人の請
求権を放棄することはできない旨主張する。
しかし,一般的に,国家は条約において自国民の財産を処分し,自国民
の請求権を放棄するなど,自国民の私的権利に一定の効果をもたらすこと
はできるものと考えられており(丙47参照,このことは,例えば,イ)
タリアとの平和条約(1947年2月10日,甲A117の1及び2)に
おいて,イタリアがイタリア国民のためにドイツ及びドイツ国民に対する
請求権を放棄するとされているとおりである。
したがって,日韓両国間の合意である本件協定によって,国民個人の請
求権について放棄その他一定の効果をもたらすことが不可能ということは
できない(なお,本件協定2条3において「請求権〔前記(2)アの②に,」
該当するもの〕につきいかなる主張もすることができないとされたのは,
当該請求権自体を実体法的に消滅させる趣旨ではないというべきであ
る。。)
ウ控訴人らは,本件協定及び本件措置法により個人の請求権が消滅するの
であれば,本件協定及び本件措置法は,正当な補償なく控訴人らの財産権
を剥奪するものであるから,憲法29条1項及び3項に違反する旨主張す
る。
この点,控訴人ら又は本件勤労挺身隊員等はもともと日本に生活の本拠
を有しておらず,本件協定の締結時,本件措置法の制定時又は現時点で韓
国に居住し又は居住していた外国人であって,控訴人ら又は本件勤労挺身
隊員等との関係で日本国憲法の違反をいう趣旨は必ずしも明らかではない
が,この点をさておくとしても,日本国は,サンフランシスコ平和条約に
よって朝鮮の独立を承認し,日本国及び日本国民に対する朝鮮の施政を
行っている当局及びそこの住民の請求権の処理等につき日本国と同当局と
の間の特別取極の主題とするものとされたことを受けて,韓国との間で本
件協定を締結し,これに基づき,韓国国民の一定の財産権等を消滅させる
とする本件措置法を制定したものであるところ,このような敗戦に伴う国
家間の財産処理といった事項は,本来憲法の予定していないところであり,
そのための処理に関して損害が生じたとしても,戦争損害と同様に,その
損害に対する補償は憲法29条の予想しないものといわざるを得ない。し
たがって,本件協定2条3及び本件措置法が憲法の上記条項に違反すると
いうことはできない(最高裁昭和43年11月27日大法廷判決・民集2
2巻12号2808頁(ただし,前記のとおり,本件協定2条3は,当)
該請求権自体を実体法的に消滅させる趣旨ではないというべきである。。)
本件において問題とされている請求権は,上記最高裁昭和43年11月2
7日判決の事例でいう在外資産に対する権利とはその対象が異なるが,そ
の放棄に対する補償が憲法の上記条項の予想外にあったものとする点にお
いては本件における請求権の問題と在外資産の喪失に係る問題とで差異が
あるものとは認め難く,結局,憲法29条違反をいう控訴人らの主張は採
用できないものというべきである(最高裁平成13年11月22日第一小
法廷判決・判例時報1771号83頁,平成16年11月29日第二小法
廷判決・判例時報1879号58頁参照。)
エ強制労働条約等の重要な人権条約に基づく個人の請求権は,韓国が外交
保護権を行使して被控訴人国と交渉したとしても,埋没現象により国家請
求権に吸収される関係にはない旨の控訴人らの主張が,採用できないこと
については,原判決「事実及び理由」欄の第3の4(3)ウ(原判決147
頁1行目から12行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(4)当審における控訴人らの主張について
ア外務省の内部文書等に依拠した解釈について
控訴人らは,平成20年(2008年)に外務省から公開された文書
(甲A105ないし107)を指摘して,本件協定2条3につき日本国政
府が外交保護権のみ放棄の解釈をとっていたと主張する。
この点,控訴人らが指摘するこれらの文書は本件協定の締結直前又は発
効直前における外務省の内部文書のようであり,その記載内容が本件協定
の各条項の解釈に当たり参考にされることはあっても決定的な意味を有す
るものとまではいえないというべきであるが,その内容を検討すれば,以
下のとおりである。
まず「平和条約における国民の財産及び請求権放棄の法律的意味」と,
題する昭和40年4月6日付け文書(甲A105(外務省条約法規課参)
事官名義の内部文書と思われる)をみると,表題からは,平和条約にお。
ける国民の財産及び請求権放棄の一般的な解釈論について述べたものであ
るかのような印象を受ける。しかし,本文の記載は,1項及び2項はいわ
ゆる外交保護権とは何かに関するいわば教科書的な説明をしたものであり,
3項に「拿捕漁船に間(関)する補償請求権を放棄する場合,その請求権
は,やはり上述のような国の請求権であると考えられる」と記載されて。
いるが,これは,条約において請求権放棄をした場合に問題となるであろ
う拿捕漁船に関する国の補償請求権が,いわゆる外交保護権であることを
指摘したにとどまり,条約における請求権放棄が問題となる場合の請求権
一般について述べられたものであるとはいえないし,また,個人が有する
相手国の国内法上の請求権が放棄され又は主張し得なくなるか否かについ
てまで述べられたものとはいえない。
「日韓請求権協定第二条(案)とだ捕漁船問題」と題する昭和40年5
月28日付け文書(甲A106(外務省条約局名義の内部文書と思われ)
る)は,一部分判読不能であり,また正確な趣旨が必ずしも明らかでは。
ない部分があるが,文書全体としては拿捕漁船に関する国の請求権がいわ
ゆる外交保護権に該当すること,また,この拿捕漁船に関する国の外交保
護権について,本件協定により放棄することになるとの内容であって,請
求権放棄が問題となる場合の上記以外の請求権も含めた請求権一般につい
て記載されたものとは断定できない。また,日本国民個人の韓国政府に対
する韓国国内法上の損害賠償等の請求権についての問題(これは,同文書
の記載上明確ではないが,文書全体の趣旨からすると,例えば国家賠償責
任や不法行為責任の成否に関する問題等をいうのではないかと解され
る)は,日韓請求権協定(本件協定)の解釈問題とは別であるというこ。
とが指摘されているといえるが,個人の韓国国内法上の請求権を本件協定
によって放棄し又は主張し得ないこととするか否かについて記載されてい
るものとは評価し得ない。
「日韓請求権条項と在韓私有財産等に対する国内補償問題」と題す()
る昭和40年9月1日付け文書(甲A107(外務省の内部文書と思わ)
れる)は,本件協定2条3が日本国のいわゆる外交保護権を行使し得な。
くなることを意味すること,個人の権利について,権利自体が消滅すると
すれば相手国政府の行為(措置)によってであり,本件協定によるのでは
ないことが述べられているといえ,この内容は,従来国会答弁等で述べら
れてきた日本国政府の見解とほぼ同一であり,また,一見すると控訴人ら
の主張に沿うようにも思われる。しかし,厳密には,本件協定により,国
際法上の効力という観点からみれば外交保護権を放棄することになること,
個人の請求権の国内法的な効力として,実体法的に消滅させるものではな
いことを指摘したのみであるともいえるのであって,個人の請求権の国内
法的な効力として,請求権は消滅せずとも権利行使が阻害されることにな
るのか否かは曖昧なままであったとみるのが相当である。
結局,本件協定について,上記各文書の記載内容あるいは従前日本国政
府が明らかにしてきた見解は,国際法上の効力として外交保護権を放棄す
ることとなる旨強調されてきたといえるものの,個人の請求権の国内法的
な効力として,前記(2)に判示した趣旨において権利行使が阻害されると
解することが,明らかな矛盾であるとまでは断定できない。
イ交渉経過等について
控訴人らは,本件協定の締結までの日韓両国の交渉において,勤労挺身
隊の被害は考慮されていなかったと主張する。
確かに,本件協定の締結に至るまでの交渉において,勤労挺身隊に関し
て議論されたことを認めるに足りる証拠はなく,韓国側においては,その
請求権について立証が困難であったことは前記認定のとおりである。しか
し,前記認定のとおり,本件協定は最終的にいわゆる積み上げ方式による
解決方法を断念し,いわば政治決着したものである。また,上記交渉経過
において,本件協定の締結までに明らかとなっていない請求権について,
これを本件協定2条3の「いかなる主張もすることができないもの」とす
る対象から外すことが検討された形跡はない。これらの経緯に加え,本件
協定2条1において両締結国及びその国民の間の請求権に関する問題が完
全かつ最終的に解決されたこととなると明言されていることに照らすと,
本件協定の締結当時明らかとなっていない請求権を含めて合意したものと
解するのが相当というべきであって,交渉において勤労挺身隊に関する議
論がされなかったからといって,控訴人らが本件において主張する請求権
が,本件協定2条3の「いかなる主張もすることができない」対象に含ま
れることを否定することはできない。
ウ直接適用について
控訴人らは,本件協定2条3の請求権について,何らの措置もせず直接
適用することはできないと主張するようである。しかし,同規定は「いか
なる主張もすることができないものとする」とされており,これは,裁判
上訴求する権能を失うとの趣旨に解することができる。そうすると,韓国
国民が昭和40年6月22日以前に生じた事由に基づく日本国又はその国
民に対する個別の請求権につき裁判上訴求し,これに対して相手方から本
件協定2条3に基づく抗弁が主張された場合には,裁判所は,当該抗弁に
基づき請求を認めないとの判断をすれば足りるのであって,同規定を具体
化すべき法令等がなくとも適用可能な内容ということができるから,同規
定を直接適用することに妨げはないというべきである。なお,本件協定2
条3の前段にいう「財産,権利及び利益」と後段にいう「請求権」は区別
されているのであり,後段の「請求権」について前段の「財産,権利及び
利益」に係る措置を必要とするものといえないことは当然である。
エ信義則違反ないし権利濫用の主張について
控訴人らは,被控訴人国が本件協定2条に基づく抗弁を主張することは
信義則に反し,また,被控訴人らが同抗弁を主張することは,権利の濫用
にあたると主張する。
しかし,被控訴人国が本件協定2条3に関し国会答弁等において従前述
べたところをみると,請求権について外交保護権を放棄したものであり,
個人の請求権が実体法的に消滅したものではないという面が強調されてい
るということがいえるが(丙62,個人の請求権が相手国の国内法上権)
利行使し得るか否かについて明らかに矛盾した答弁であるとまでは断定し
難く,被控訴人国が本件訴訟において上記規定による抗弁を主張すること
が信義則に反するとまではいえない。また,本件協定2条3は,昭和40
年6月22日以前に生じた事由に基づく同条2に該当しない「すべての」
請求権について,いかなる主張もすることができないと明記され,前記の
とおり本件協定の締結に至るまでの交渉経過において控訴人らが主張する
ような損害賠償請求権を除外する趣旨であったと認めるべき事情は見いだ
し難いことからすると,被控訴人らがこれによる抗弁を主張をすることは,
同規定の本来予定するところと異なるとはいえないのであり,権利濫用に
あたるということはできないものというべきである。結局,控訴人らが権
利濫用として主張するところは,本件協定2条3に基づく抗弁を被控訴人
らにおいて主張すること自体の不当性というよりは,控訴人らの請求権が
本件協定2条3にいう請求権にあたらないと解すべきであるとする事情で
あると解されるが,そのような主張を採用することができないことについ
ては,既に判示したとおりである。
したがって,控訴人らの信義則違反ないし権利濫用の主張は採用するこ
とができない。
9争点⑪(謝罪広告掲載請求の当否)について
なお,控訴人らの求める謝罪広告掲載の請求につき,国際法を理由とするも
のは,前記判示(争点⑤に対する判断)のとおり,控訴人ら主張の請求権に関
して私人間の法律関係を直接規律した条約等の規定ないし国際慣習法の存在は
認め難いから,これを認めることはできない。また,債務不履行を理由とする
ものについては,その根拠を欠くものであって認めることができない。不法行
為を理由とするものについては,その根拠となるべき具体的事実は必ずしも判
然としないものの,いずれにしても,謝罪広告掲載の請求権は,本件協定2条
3の請求権に含まれるというべきであるから,被控訴人らが同規定による抗弁
を主張している以上,控訴人らの本訴請求は棄却を免れないこととなる。
第5まとめ
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人らの請求をい
ずれも棄却した原判決は相当であり,本件控訴はいずれも理由がないから,これ
らを棄却することとし,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所金沢支部第1部
裁判長裁判官渡辺修明
裁判官桃崎剛
裁判官浅岡千香子
(別紙1∼4省略)
別紙5(当事者の主張)
(1)争点①(いわゆる国家無答責の法理の当否(控訴人らと被控訴人国との)
間につき)について
ア被控訴人国の主張
原判決「事実及び理由」欄の第2の4(1)イ(ア)(20頁1行目から15
行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
イ控訴人らの主張
原判決「事実及び理由」欄の第2の4(1)ア(ウ)(19頁2行目から25
行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(2)争点②(被控訴人らの行為の違法性及び一体性−共同不法行為の成否)に
ついて
ア控訴人らの主張
次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の4(1)ア
(ア)及び(イ)(10頁6行目から18頁26行目まで)に記載のとおりであ
るから,これを引用する。
(原判決の補正)
原判決10頁18行目から19行目にかけて,同頁20行目から21行
目にかけて,12頁4行目,13頁9行目,18頁13行目,同頁14行
目,同頁19行目から20行目にかけての各「本件勤労挺身隊員ら」をい
ずれも「本件勤労挺身隊員等」と改める。
イ被控訴人国の主張
(ア)違法性ないし共同不法行為に関する控訴人らの主張について
ある行為を違法と評価できるか否かという問題と,損害賠償請求権の
発生根拠となる法規があるか否かの問題は別であり,控訴人らが行為の
違法性をるる主張したところで,損害賠償責任を認める規定がなければ
意味がない。結局,問題は,控訴人らが請求する損害賠償請求権を認め
る国内法上の根拠があるかという点にある。
(イ)賃金の違法な供託の指導について
原判決「事実及び理由」欄の第2の4(1)イ(イ)(20頁16行目から
26行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
ウ被控訴人会社の主張
原判決「事実及び理由」欄の第2の4(1)ウ(21頁2行目から6行目
まで)に記載のとおりである(ただし,21頁3行目の「本件勤労挺身隊
員ら」を「本件勤労挺身隊員等」と改める)から,これを引用する。。
(3)争点③(除斥期間の抗弁及び除斥期間の適用制限)について
ア被控訴人国の主張
原判決「事実及び理由」欄の第2の4(5)ア(ア)及び(イ)(36頁19行
目から38頁24行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
イ被控訴人会社の主張
原判決「事実及び理由」欄の第2の4(5)イ(イ)(40頁6行目から9行
目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
ウ控訴人らの主張
原判決「事実及び理由」欄の第2の4(5)ウ(ア)ないし(ウ)(40頁11
行目から41頁16行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用す
る。
(4)争点④(消滅時効〔3年〕の抗弁及び時効援用権の濫用(控訴人らと被)
控訴人会社との間につき)について
ア被控訴人会社の主張
(ア)消滅時効
原判決「事実及び理由」欄の第2の4(5)イ(ア)a(a)(39頁1行目
から10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(イ)時効援用権の濫用に対する反論
原判決「事実及び理由」欄の第2の4(5)イ(ア)b(39頁20行目か
ら40頁4行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
イ控訴人らの主張
前記(3)ウ(引用に係る原判決第2の4(5)ウ(ウ)・41頁2行目から1
6行目まで)のとおり,戦時被害に消滅時効の適用がないことは国際的に
確立した正義である。
また,前記(3)ウ(引用に係る原判決第2の4(5)ウ(イ)の第2段落・4
0頁18行目から41頁1行目まで)のような事情を総合すれば,債権者
の権利行使を拒絶することは著しく正義公平に反すると認められるから,
本件において消滅時効を援用することは,権利濫用又は信義則違反として
許されない。
(5)争点⑤(国際法に基づく請求の可否)について
ア控訴人らの主張
次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の4(2)ア
(ア)ないし(エ)(原判決21頁9行目から24頁10行目まで)に記載のと
おりであるから,これを引用する。
(原判決の補正)
23頁20行目から21行目にかけて,24頁2行目,同頁8行目の各
「本件勤労挺身隊員ら」をいずれも「本件勤労挺身隊員等」と改める。
イ被控訴人国の主張
次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の4(2)イ
(ア)ないし(オ)(24頁12行目から28頁25行目まで)に記載のとおり
であるから,これを引用する。
(原判決の補正)
25頁20行目,26頁20行目,同頁21行目の各「本件勤労挺身隊
員ら」をいずれも「本件勤労挺身隊員等」と改める。
ウ被控訴人会社の主張
原判決「事実及び理由」欄の第2の4(2)ウ(29頁1行目から12行
目まで)に記載のとおりである(ただし,29頁1行目の「徴用工及び勤
労挺身隊員」を「本件勤労挺身隊員等」と改める)から,これを引用す。
る。
(6)争点⑥(安全配慮義務を生ずべき特別の社会的接触関係の有無(控訴人)
らと被控訴人国との間につき)について
ア控訴人らの主張
次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の4(3)ア
,(ア)(29頁17行目から30頁6行目まで)に記載のとおりであるから
これを引用する。
(原判決の補正)
原判決29頁20行目,同頁23行目,同頁25行目,30頁3行目,
同頁5行目の各「本件勤労挺身隊員ら」をいずれも「本件勤労挺身隊員
等」と改める。
イ被控訴人国の主張
次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の4(3)イ
(ア)(31頁9行目から26行目まで)に記載のとおりであるから,これ
を引用する。
(原判決の補正)
原判決31頁15行目,同頁20行目,同頁24行目から25行目にか
けての各「本件勤労挺身隊員ら」をいずれも「本件勤労挺身隊員等」と改
める。
(7)争点⑦(安全配慮義務違反の有無)について
ア控訴人らの主張
次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の4(3)ア
(イ)及び(ウ)(30頁7行目から31頁6行目まで)に記載のとおりである
から,これを引用する。
(原判決の補正)
(ア)原判決30頁7行目の「(イ)」を「(ア)」に,同頁22行目の「(ウ)」
を「(イ)」に,それぞれ改める。
(イ)原判決30頁8行目の「上記経緯及び本件勤労挺身隊員らの労働実
態」を「本件勤労挺身隊員等の勧誘,動員の経緯及びその労働実態」と
改める。
(ウ)原判決30頁23行目から24行目にかけて,31頁5行目の各「本
件勤労挺身隊員ら」をいずれも「本件勤労挺身隊員等」と改める。
イ被控訴人国の主張
次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の4(3)イ
(イ)(32頁2行目から24行目まで)に記載のとおりであるから,これ
を引用する。
(原判決の補正)
32頁10行目,同頁14行目の各「本件勤労挺身隊員ら」をいずれも
「本件勤労挺身隊員等」と改める。
ウ被控訴人会社の主張
次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の4(3)ウ
(33頁2行目から14行目まで)に記載のとおりであるから,これを引
用する。
(原判決の補正)
33頁2行目,同頁3行目から4行目にかけての各「本件勤労挺身隊員
ら」をいずれも「本件勤労挺身隊員等」と改める。
(8)争点⑧(消滅時効〔10年〕の抗弁及び時効援用権の濫用(控訴人らと)
被控訴人会社との間につき)について
ア被控訴人会社の主張
(ア)消滅時効(10年)
原判決「事実及び理由」欄の第2の4(5)イ(ア)a(b)(39頁11行
目から19行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(イ)時効援用権の濫用に対する反論
前記(4)ア(イ)(引用に係る原判決第2の4(5)イ(ア)b・39頁20行
目から40頁4行目まで)に同じ。
イ控訴人らの主張
前記(4)イに同じ。
(9)争点⑨(本件協定2条又は本件措置法1項1号による解決)について
ア被控訴人国の主張
原判決「事実及び理由」欄の第2の4(6)ア(ア)及び(イ)(41頁19行
目から45頁13行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
イ被控訴人会社の主張
次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の4(6)イ
(45頁15行目から46頁1行目まで)に記載のとおりであるから,こ
れを引用する。
(原判決の補正)
原判決45頁26行目「損害賠償請求権等に基づく請求」を「損害賠償
等の請求」と改める。
ウ控訴人らの主張
原判決「事実及び理由」欄の第2の4(6)ウ(ア)ないし(エ)(46頁3行
目から47頁14行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(10)争点⑩(控訴人らの損害額)について
ア控訴人らの主張
次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の4(4)ア
(ア)及び(イ)(33頁17行目から34頁10行目まで)に記載のとおりで
あるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(ア)原判決33頁18行目,同頁21行目,同頁22行目から23行目に
かけて,同頁25行目,同頁26行目,34頁3行目の各「本件勤労挺
身隊員ら」をいずれも「本件勤労挺身隊員等」と改める。
(イ)原判決別紙2を本判決別紙2に改める。
(ウ)原判決34頁4行目から5行目にかけての「すなわち」を「また」と
改める。
イ被控訴人国の主張
争う。
ウ被控訴人会社の主張
次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」欄の第2の4(4)ウ
(ア)ないし(ウ)(34頁20行目から36頁16行目まで)に記載のとおり
であるから,これを引用する。
(原判決の補正)
(ア)原判決34頁21行目,35頁14行目の各「本件勤労挺身隊員ら」
をいずれも「本件勤労挺身隊員等」と改める。
(イ)原判決35頁2行目の「勤労挺身隊員及び徴用工」を「本件勤労挺身
隊員等」と改める。
(ウ)原判決35頁11行目「同A3」を削る。,
(11)争点⑪(謝罪広告掲載請求の当否)について
ア控訴人らの主張
本件勤労挺身隊員等は,被控訴人らによる共同不法行為及び国際違法行
為により,人格権を侵害され,金銭賠償のみでは回復し難い被害を受けた
ものであるから,被控訴人らによる公式の謝罪によって,本件勤労挺身隊
員等が欺罔されて日本に連行された上,過酷な労働を強いられた被害者で
あることを明らかにして,その名誉を回復することが不可欠である(国家
責任条文草案37条参照。)
イ被控訴人らの主張
争う。
別紙6(当審における当事者の追加補充主張)
第1控訴人らの主張
1争点①(いわゆる国家無答責の法理の当否)についての補充主張
ア日本国憲法との整合性
国家無答責の法理は,絶対的な価値である個人の尊厳が侵害された場合に,
戦前の行為であるというだけで国の責任を否定し,憲法による人権保障の根
源的価値を否定するものであって,そもそも,日本国憲法の基本原理及び規
定に著しく反し合理性・正当性を全く有さない。
このことは,本件における被害及び加害の実態に照らしてみればより一層
明らかであって,このような人を人として扱わないような態様でなされた行
為について被控訴人国の責任を否定することは,現憲法下の人間の尊厳を根
底から否定するものであって許されるものではない。また,本件に国家無答
責の法理を適用することは,被控訴人らの重大な人権蹂躙行為を「合法化」
すると同時に,控訴人らの被害救済を阻むことになり,正義・公平の理念か
ら決して許されない。
イ判例の射程外
国又は公共団体について民法の不法行為法の適用を否定した大審院昭和1
6年2月27日判決及び最高裁昭和25年4月11日判決は,法令に基づく
行政処分ないし行政行為に関するものであり,法的根拠(権限規範)を有す
る行政作用の過程で生じた違法性が問題とされている事案である。これに対
し,本件の強制連行・強制労働は,被控訴人国が国策として遂行した人道に
反する犯罪的行為であって,もはや,法令によって権限が付与された行為で
はなく,上記大審院昭和16年判決及び最高裁昭和25年判決の事案とは全
く異なるものである。実質的にみても,強制連行・強制労働は,国家無答責
の法理によって公務として保護すべき権力作用ではないことは明らかである
から,上記判例の射程範囲外にあるというべきである。
したがって,仮に国家無答責の法理を維持するとしても,本件に適用する
ことは誤りというほかない。
ウB事件最高裁判決(注)
B事件最高裁判決は,被上告人(中国人)らが安全配慮義務に基づく損害
賠償請求権を有することを前提として,日中共同声明による請求権放棄の抗
弁を採用し,同請求権は自然債務であって裁判上訴求することはできない権
利であるとして,被上告人らの請求を棄却した。
国家無答責の法理は,国家の権力的作用に民法の不法行為規定の適用があ
るかという請求原因レベルの論点であるから,日中共同声明による請求権放
棄の抗弁に先立って判断されるべき論点である。したがって,仮に,最高裁
が国家無答責の法理を採用しているのであれば,最高裁は,日中共同声明に
よる請求権放棄の抗弁を検討するまでもなく,同法理を採用し被上告人らの
請求を棄却するはずである。最高裁が国家無答責の法理を適用しなかったの
は,法解釈の統一を使命とする最高司法機関として,同法理を否定する意思
を表明したものに他ならない。
よって,最高裁においても否定されている国家無答責の法理を本件に適用
することは全くの誤りである。
2争点⑨(本件協定2条又は本件措置法1条1号による解決)について
ア本件協定の締結に至る経緯について
(ア)サンフランシスコ平和条約
サンフランシスコ平和条約の目的は,戦争賠償の処理であって,植民地
支配及びその過程で行われた違法行為の被害の清算という目的は全く含ま
れていなかった。それは,韓国が対日賠償を求めてサンフランシスコ平和
条約への参加を熱望しながら,イギリスやアメリカの反対により認められ
なかったことに象徴的に現れている。また,サンフランシスコ平和条約前
文は「両者(注:連合国及び日本)の間の戦争状態の存在の結果として今
なお未決である問題を解決する平和条約を締結することを希望する」と述
べており,同条約の目的が戦争賠償の処理にあることを明確にしていた。
サンフランシスコ平和条約は連合国48か国との間で締結されたもので
あるが,上記連合国48か国には,植民地支配国は含まれているものの,
多くの国が植民地となっていたアジア諸国は,最も深刻な被害を受けた地
域でありながら,カンボジア,ラオス,パキスタン,フィリピン,スリラ
ンカ,ベトナムの6か国以外は含まれておらず,中でも,中華民国・中華
人民共和国,コリア(韓国及び北朝鮮)は含まれていなかった。
したがって,戦争賠償の処理を目的とするサンフランシスコ平和条約は,
植民地支配及びその過程で行われた違法行為の被害の清算は全く対象外と
しており,この点で日韓交渉の性格とは全く異なるものである。
(イ)本件協定の締結に至る経緯
a交渉の準備段階
1948年(昭和23年)8月15日に独立した韓国は,政府内に
「対日賠償審議会」を設置し,後の対日請求八項目の原型となる「対日
賠償要求調書(以下「調書」という)を作成した。」『』。
「調書」の前文で述べられているとおり,連合国が求める賠償が日本
を懲罰するための報復の賦課であったのとは異なり,韓国が求める賠償
は,日本の植民地支配及びその過程で行われた違法行為による犠牲の回
復という理論的根拠に基づくものであった。極東委員会が連合国ではな
いという理由で南朝鮮(韓国)の対日賠償取得を否定し,アメリカが冷
戦激化に伴って日本を西側に取り込むために対日賠償請求を放棄する方
向へと進む中で,韓国は,連合国の対日賠償請求関係いかんに制約され
ることなく対日賠償請求を推進するために「植民地支配による犠牲の,
回復」という理論的根拠に基づく対日請求を行うこととしたのである。
すなわち,韓国が「調書」で主張した対日請求権は,サンフランシスコ
平和条約が処理しようとした対日賠償請求権とは全く性格の異なる請求
権なのである。
また「調書」第3部には「中日戦争及び太平洋戦争に起因する人,,
的被害」に基づく請求が掲げられたが,韓国に被害に関する証拠が不足
していたためその内容は量的にも質的にも不十分なものであった。韓国
には自前の資料がないため米軍の資料をもとに「調書」を作成するほど
資料が不足していたのである。そのような不十分な調査に基づく「調
書」に,勤労挺身隊の被害が含まれていようはずがなかった。
b第1次会談
日韓両国は,1952年(昭和27年)2月15日から,日韓両国の
国交樹立の為に必要な一切の懸案を解決することを目標として,第1次
会談を開始した。
韓国は「調書」を基に「韓日間財産及び請求権協定要綱韓国側案」,
(以下「要綱案」という)を作成し,第1次会談に提出した。要綱案。
は「調書」の理論的根拠を承継したものであったから「調書」と同,,
様,サンフランシスコ平和条約の枠組みの制約を受けない請求として作
成されたものであったが,内容的には「調書」から後退したものであっ
た。すなわち,要綱案では「調書」の第3部「中日戦争及び太平洋戦,
争に起因する人的物的被害」は「被徴用韓人未収金・その他の請求権」
として縮小され,第4部「日本政府の低価格収奪による被害」は除外さ
れた。韓国が請求を後退させた背景には,朝鮮戦争により民間団体の活
動や被害者の補償要求運動が不可能になったという事情があった。本来
であれば,要綱案は「調書」作成後の調査により新たに判明した被害,
を加えてより充実した内容になるはずだったが,そうした調査を行うこ
とができなかったのである。こうした状況では,勤労挺身隊問題が要綱
案に含まれていようはずがなかった。
韓国の請求に対し,被控訴人国は,在韓日本人私有財産についての請
求をもって対抗した。韓国が日本の在韓日本人私有財産返還請求を見越
して請求を後退させたにもかかわらず,被控訴人国の対応は,在韓日本
人私有財産の返還請求権がサンフランシスコ平和条約により放棄されて
いることを認識しながら,韓国の更なる大幅な譲歩を引き出すための交
渉戦術としてなされたものであった。
結局,日韓両政府は,在韓日本人私有財産問題を巡って激しく対立し,
要綱案について議論がー切なされぬまま,第1次会談は決裂した。その
ため,勤労挺身隊問題はもちろん具体的被害については一切論じられな
かった。
c第2次会談から第4次会談まで
日韓両政府は,その後,1953年(昭和28年)4月15日から第
2次会談をもったが,請求権委員会は3回開催されただけで請求権に関
して実質的討議が行われないままに休会となった。
同年10月6日からは第3次会談を開始した。第3次会談では,請求
権問題について具体的討議がなされるかにみえたが,久保田日本側首席
代表が「日本の植民地支配が韓国に多くの利益をもたらした」と韓国に
対する植民地支配を正当化する発言したことが問題となって,交渉は決
裂した。久保田発言は,被控訴人国の不誠実な交渉態度を象徴するもの
であった。
久保田発言がしこりとなりその後4年間交渉が途絶えていたが,19
57年(昭和32年)12月31日,被控訴人国が在韓日本人私有財産
を放棄し,久保田発言を撤回することで日韓は合意し,1958年(昭
和33年)4月15日,第4次会談は始まった。しかし,日韓は在日朝
鮮人の「北朝鮮帰国事業」問題をめぐって激しく対立し,交渉は中断と
再開を繰り返し,1960年(昭和35年)4月15日の本会議を最後
に第4次会談は終了した。またもや請求権問題について具体的議論はな
されなかった。
結局,第2次会談から第4次会談でも請求権問題について具体的討議
はなされることはなく,したがって勤労挺身隊問題についても議論の俎
上にあがることは一切なかったのである。
d第5次会談
第5次会談は,1960年(昭和35年)10月25日から始まった。
第5次会談において,韓国は要綱案の内容を項目ごとに説明し,被控
訴人国側の回答を要求したが,被控訴人国は証拠提示が不十分であると
して韓国の請求を拒んだ。被控訴人国は,韓国に具体的被害を立証でき
るだけの証拠がないことを見越しつつ,被控訴人国側に保存されている
証拠資料を提示しないまま,韓国に一方的に証拠を要求したのである。
また,第5次会談の最後には,要綱案第5項の韓国自然人の請求権につ
いても議論された。しかし,勤労挺身隊問題については問題とされな
かった。この議論の中で,個人の請求権の個別補償についても論じられ
た。被控訴人国は,個人の請求権は個別に処理すべきだと主張したのに
対して,韓国は国家が処理すると主張して対立した。
被控訴人国は,自らが韓国において違法行為を行い,その証拠を保有
しているのに,韓国に対し一方的に証拠提示を求めるという不当な交渉
態度をとった。被控訴人国は90年代に入ってから強制連行関係の資料
を韓国に引き渡しており,日韓交渉時にこうした資料を開示することも
できたのである。日韓交渉は請求権問題の解決を目的とし,被控訴人国
は韓国と共同して植民地支配及びその過程で行われた違法行為の証拠を
収集し実態を明らかにする責任を負っていた以上,責任回避に終始する
被控訴人国の交渉態度は許されるものではない。
こうして勤労挺身隊問題についてまったく議論されないままに,19
61年(昭和36年)5月16日,韓国で軍事クーデーターが起こり第
5次会談は中断した。
第5次会談は,要綱案について初めて具体的議論がなされたという意
味で意義のある交渉であったが,被控訴人国の不当な交渉態度により,
議論の過程で勤労挺身隊問題についての被害が明らかになることはな
かった。
e第6次会談
第6次会談は,軍事クーデーターによって成立した朴正煕軍事政権の
下で,1961年(昭和36年)10月20日から始まった。
この交渉で,韓国は初めて要綱案について具体的金額を示して説明し
た。しかし,韓国の説明は,被害者数に一定の金額を乗じた形式的なも
のに過ぎず,勤労挺身隊問題という非人道的な特別な被害について考慮
されたものではなかったのである。
これに対し,被控訴人国は第5次会談に引き続き韓国に証拠提示を徹
底的に求め,議論の内容が植民地支配による被害と損害という本質的な
問題に及ぼうとすると議論の継続を避け,韓国を立ち往生させた。その
ため,議論は深化せず勤労挺身隊問題が議論されることはなかった。
また,第5次会談に引き続き第6次会談においても,個人補償問題に
ついての議論がなされた。韓国は第5次会談での立場を変え協定締結後
に個人請求権については個別に処理することを提案したが,被控訴人国
は第5次会談で個別処理を提案していながらこれに応じず,個人請求権
についてそれ以上の議論を回避した。
被控訴人国が証拠提示を盾に誠実に交渉することを拒んだため,請求
権交渉は膠着状態に陥った。しかし,韓国が後記の事情から政治的解決
を受け入れ,日韓は1962年(昭和37年)2月21日の会議で同年
3月に政治会談を開催することを決定し,経済協力方式へと動き出した。
こうして,韓国が第1次交渉以来主張し続けてきた要綱案に関する論
議は,勤労挺身隊問題について全く議論されないまま事実上終結するこ
とになった。
f本件協定の締結
1962年(昭和37年)10月,同年11月に開かれた2度の大
平・金会談によって,被控訴人国が韓国に「無償3億ドル,有償2億ド
ル,民間商業借款1億ドル以上」提供するという経済協力方式の枠組み
が決定された(大平・金合意。これにより請求権問題は事実上妥結す)
ることとなった。
大平・金合意が成立したのは,朴正煕政権が樹立してわずか9か月後
であった。朴正煕政権がこのように日韓協定締結を性急に進めたのは,
被控訴人国による不当な交渉態度だけが原因ではなかった。
朴正煕政権は,軍事クーデーターによって成立した軍事政権であり,
「経済開発5か年計画」を円滑に進め,国民の支持を取り付ける必要が
あり,冷戦構造の中,産業化を進める北朝鮮に対抗する必要もあったが,
韓国は,経済発展を遂げるための資金に欠いていた。そこで,朴正煕政
権は政権維持のために,政治的折衝による解決を性急に進め,新たな資
金源を得ようとしたのである。
しかし,韓国市民は経済協力方式を支持しなかった。1963年(昭
和38年)10月に行われた選挙を経て軍政から民政に移管すると,市
民の不満が噴出した。被控訴人国が植民地支配及びその過程で行われた
違法行為に対する反省を示さないことに対する不満,またそれを受け入
れようとする韓国政府に対する不満であった。朴正煕政権の進める日韓
交渉に対する反対運動は高揚し,第6次会談は中断せざるを得なくなる
ほどであった。
朴正煕政権は市民の反対を押し切り,1965年(昭和40年)6月
22日,被控訴人国と本件協定を締結したが,植民地支配・戦争の被害
の清算となっていない本件協定は現在においても厳しい批判にさらされ
ている。
また,本件協定で支払う資金の趣旨について,被控訴人国は,植民地
支配及びその過程で行った違法行為に対する清算の意味合いではなく,
あくまで韓国への経済援助,独立祝い金であるとしていた。被控訴人国
の認識としても,植民地支配及びその過程で行った違法行為に対する清
算を行ったものではないのである。
イ本件協定2条は「外交保護権のみ放棄」にすぎないこと
(ア)サンフランシスコ平和条約の枠組み論の誤り
a法的性格の違い
サンフランシスコ平和条約14条(b,19条が,戦争賠償に関す)
る放棄を定めているのに対して,本件協定2条1及び3は,1910年
(明治43年)の日韓併合以後の日本による韓国の植民地支配に伴って
生じた財産請求権関係を韓国の独立を受けて処理することを目的とした
条約であり,戦争賠償問題を扱うものではない。法的性格が異なるサン
フランシスコ平和条約の「枠組み」なるものが本件協定に及ぶことは理
論的にあり得ないのである。
戦争賠償を扱う平和条約としてのサンフランシスコ平和条約と,国家
の分離独立に伴う財産処理の条約である本件協定とでは,具体的に,請
求権の放棄という点に関して,以下のような違いが考えられる。
即ち,平和条約の場合には戦争状態からの脱却の必要性が高く,敗戦
国の占領状態と主権回復の必要性,敗戦国側の経済的疲弊,といった状
況があることから,いわばそうした極限状態にあることが正当化根拠と
されて請求権放棄がなされることが多い。サンフランシスコ平和条約1
4条の条文にもそのことはみてとれる。
これに対して,国家の分離独立に伴う財産処理の場合には,そのよう
な極限状態は認められないことが多い。実際に,本件協定の交渉につい
ても,日韓は互いに対等な国家として長時間を掛けて交渉している。
そもそも,国家の分離独立に伴う財産処理の場合には,包括的な処理
がなされること自体が極めてまれである。国家の分離や独立の承認は当
然含まれる内容で,その他に,国際的地位の承継問題,領土の範囲など
が含まれることが多いが,請求権放棄を包括的に行っているとは限らず,
分離独立を承認した後で,問題が生じた場合に個別に協議して解決する
という例もあるのである。特に1960年代以降は,植民地の独立が相
次ぐ中で,旧植民地側に有利な形で独立承認の条約が締結されることが
多くなり,植民地が不利益を被る請求権放棄はその分少なくなったので
ある。
以上で指摘した国家の分離独立に伴う財産処理の場合の特色からして,
国家の分離独立に伴う請求権放棄条項の解釈論において,以下のような
考慮がなされることになる。即ち,請求権放棄をするかどうかを含めて,
その内容,請求権放棄の範囲は同じ分離独立の場合でも様々であり,国
際法上定まった形式があるわけでもないので,その効力はあくまでも個
別の条約の条文の内容及びその締結過程に即して判断がされるべきもの
である。
以上要するに,戦争賠償について請求権放棄を定めたサンフランシス
コ平和条約が性格の異なる本件協定にとっての「枠組み」となることは
ないし,国家の分離独立における財産処理のあり方について国際法上枠
組みのようなものは存在しないのである。
b「放棄」の文言がないこと
サンフランシスコ平和条約14条(b)が「戦争の遂行中に日本国及
びその国民がとつた行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権」
を「放棄」するとして「放棄」という文言を用いているのに対して,,
本件協定は「放棄」の文言は使用しておらず,両者にはその文言上明確
な相違がある。本件協定はサンフランシスコ平和条約の後に締結された
ものであるのに,請求権の処理に関してあえて異なる規定がなされたこ
とは重要な意味を持っており,解釈上これを無視することは許されない。
かかる規定の相違が生じた第1の理由が,日本の苛烈な植民地支配に
対する韓国国民の激しい怒りにあることは明らかである。かかる韓国民
の激しい怒りに鑑みれば,サンフランシスコ平和条約において取られた
ような「放棄」という文言は,それが外交保護権の放棄の意味しか持た
ないとしても到底許容し得なかったのであり,まして実体的に権利を失
わしめることは許されるはずもなかったのである。
さらに,日本政府は,サンフランシスコ平和条約締結後,日本国民の
連合国に対する請求権放棄の責任を問う訴訟を提起され,それに対して
「外交保護権のみ放棄」論を展開しており,こうした事情から外交保護
権放棄の趣旨を明らかにする文言が採用されたのである。
c「いかなる主張もすることができない」主体は誰か
本件協定2条3の「いかなる主張もすることができない」主体はだれ
か,について,まず,同条項の文言自体からは,主語が書かれていない
ため,必ずしも明確ではない。しかし,条約を締結したのは日本国と韓
国という両国であるので,通常の文言解釈としては,いかなる主張もす
ることができない主体は両国政府であると解するのが最も自然である。
逆に,この主体が日韓双方の国民をも含むのだという解釈を導く手掛か
りとなるような文言は一切ないのである。すなわち,条約が国家間で締
結されるものである以上,その規定の拘束は締結国双方の国家が受ける
のが通常であって,国民に何らかの効果を及ぼそうとする場合には,そ
のことを明示する必要があるところ,本協定にはそうした文言がないの
である。例えば,イタリアと連合国との平和条約77条4項では「イ,
タリア及びイタリア国民のために」なされるということが明示されてお
り,イタリアという国家が国民に代わって,国民を代理して国民の請求
権を放棄しているという趣旨が文言から明確に読みとることができるの
に対し,本件協定ではそのような明確な文言がなく,むしろ平和条約で
通例となっている請求権放棄の規定の仕方を避けたものと考えられるの
である。
本件協定の合意議事録の上は「いかなる主張もすることができな,
い」主体について解釈の指針となるような記載は見当たらない。本件協
定の前文には「両国及びその国民の財産並びに両国及びその国民の間,
の請求権に関する問題を解決することを希望し」とあるだけで,これだ
けの文言からは,その効力が国民に及ぶかどうかについて明確な解釈を
導くことはできない。
もっとも,本件協定締結の前後の外務省の内部文書等により,交渉時
の日本政府の考えを知ることは,協定の解釈上,重要な意味を持つ。
①「平和条約における国民の財産及び請求権放棄の法律的意味」と題
する文書(甲A105)について
同文書は,昭和40年4月6日付け外務省条約法規課参事官名義の
外務省内部文書であり,外務省が内部で拿捕船被害についての請求権
放棄の効果を検討した文書である。その表題からは,単に「拿捕船被
害の請求権放棄」の問題だけでなく,一般的に「平和条約における国
民の財産及び請求権放棄の法律的意味」についての当時の外務省の考
え方を示したものと考えられる。しかも当初「マル秘」の内部文書,
であったものであるから,本件協定締結(昭和40年6月22日)直
前の時点での外務省の本音を知る上で極めて重要なものと考えられる。
同文書の1項及び2項では,外交保護権についての教科書的・通説
的な説明が記載されており,それを受けて3項では「拿捕漁船に関す
る補償請求権を放棄する場合,その請求権は,やはり上述のような国
の請求権であると考えられる」と記載されているので,放棄される。
「上述のような国の請求権」は外交保護権であると理解されていたの
は明白である。
この拿捕船の請求権について,本件協定の合意議事録(1)2項
(h)では「同条1にいう完全かつ最終に解決されたこととなる両国
及びその国民の財産,権利及び利益並びに両国及びその国民の間の請
求権に関する問題には,この協定の署名の日までに大韓民国による日
本漁船のだ捕から生じたすべての請求権が含まれており,したがつて,
それらのすべての請求権は,大韓民国政府に対して主張しえないこと
が確認された」と規定されており,同合意議事録(1)2項(g)。
の韓国側の請求権同様「完全かつ最終的に解決されたこととなる」,
権利であり本件協定2条3により等しく「いかなる主張もなしえな
い」こととなるものであることが明確に確認されている。
したがって,上記文書は,請求権について「完全かつ最終的に解決
され「いかなる主張もなしえなくなる」とする本件協定2条1及び」
3が外交保護権放棄の規定であり「いかなる主張もなしえなくな,
る」主体は締約国だというのが本件協定締結同時の日本側の解釈で
あったことを,明確に物語っているのである。
②「日韓請求権協定第二条(案)とだ捕漁船問題」と題する文書(甲
A106)について
同文書は,昭和40年5月28日付けの外務省条約局の文書である。
外務省条約局は,確立された国際法規の解釈,実施に関する業務を職
務内容とする部署であり,この文書の記載内容は「条約の締結の際の
事情(ウィーン条約法条約32条)として考慮されるべきものであ」
る。
この文書は,本件協定を締結するにあたって,拿捕被害者に対する
補償の要否も含めて協定を締結した場合の効果を検討したものと思わ
れる。この文書の説明の2項,3項において,個人の請求権の処理は
各国内の措置に委ねられていることが明記されており,条約が直接個
人の権利自体を放棄するものではない,という趣旨で条約が締結され
たことが読み取れる。
③「日韓請求権条項と在韓私有財産等に対する国内補償問題」と題す
る文書(甲A107)について
同文書は,本件協定締結後の昭和40年9月1日付けの外務省の内
部文書であるが,ここでも本件協定2条3の規定について,日本国民
の請求権(クレーム)について,外交保護権を行使しないことである
旨が明記されている。
以上のような文書は,解釈の補足手段として極めて重要な文書である
(平成20年に初めて公開された外交文書である。一方の当事国で。)
ある日本政府が請求権放棄条項について外交保護権放棄の解釈をとって
いたことは,既に述べた一般的な請求権放棄条項と異なる規定の形式が
とられていることと相俟って,本件協定の請求権放棄条項が外交保護権
のみ放棄する趣旨であることを示しているものといえるのである。
d当時の日本の経済力を前提とした暫定的解決
1951年(昭和26年)に締結されたサンフランシスコ平和条約1
4条(a)柱書が,日本の賠償義務を規定しつつ日本の経済力が完全な
賠償履行にとって「現在充分でない」としていることからすれば,サン
フランシスコ平和条約による戦争処理が,当時の日本の経済力を基準と
したものであることが分かる。
ところが,1950年(昭和25年)6月から開始された朝鮮戦争に
よる戦争特需などを契機として,日本の経済はいわゆる高度経済成長を
開始し,日本の国富は飛躍的に増加した。その結果,日本の経済力は,
本件協定が締結された1965年(昭和40年)時点では,サンフラン
シスコ平和条約が締結された時点よりもはるかに巨大なものとなってお
り,被害者に対する賠償を十分に支払うことができる程度のものになっ
ていたのである。
したがって,1951年(昭和26年)時点の日本の経済力を前提と
した「サンフランシスコ平和条約の枠組み」なるものが,経済的事情の
著しく異なる1965年(昭和40年)の本件協定締結時には全く意味
を失っていたことは明らかである。
e非締結国との関係に関するサンフランシスコ平和条約の規定
サンフランシスコ平和条約では,非締約国との関係につき,以下のよ
うに規定している。
まず,25条で,連合国以外の第三国については同条約が何らの効力
も持たないことが明記されている。次に,最終条項たる26条で,連合
国,より正確には1942年1月1日の連合国宣言署名国で日本に対し
て戦争状態にある国またはサンフランシスコ平和条約23条に規定する
諸国の領域の一部をなしていた国については,サンフランシスコ平和条
約の効力発生後3年間はサンフランシスコ平和条約と同一の又は実質的
に同一の条約を締結する義務を日本が負うとされている。この最終条項
以外には,条約締結後の締約国や第三国の外交交渉に枠をはめるような
規定はサンフランシスコ平和条約には存在しない。
したがって,仮にサンフランシスコ平和条約が条約締結後について示
す枠組みがあるとすれば,それはこの最終条項で定められたものであっ
てしかるべきで,これ以外に条文にない「枠組み」を持ち出して別の条
約の解釈に用いようというのは,通常の条約解釈のあり方を2重,3重
にゆがめるものであり到底許されないというべきものである。
以上の考え方を韓国について当てはめると,次のようになる。すなわ
ち,25条の適用により連合国ではない韓国は原則としてサンフランシ
スコ条約に基づく権利をもたず,義務も負わない。ただ,例外的に,2
1条に基づきサンフランシスコ平和条約2条,4条,9条及び12条の
利益を受ける権利を有するのみである。同条約には,韓国に義務を負わ
せる規定はなく,韓国は,いかなる意味においてもサンフランシスコ条
約に基づく義務を負っていないのである。
連合国が日本に対して請求権を放棄している同条約14条(b)につ
いていうと,同条項は日本との戦争に関連する請求権の放棄条項であり,
日本とは戦争状態になかったという理由で講和会議から排除された韓国
がこの条項の適用を受ける余地は全くあり得ないのである。
f条約当事国ではないこと
国際法の大原則からして,条約の締結国となっていない国が,条約締
結国によって定められた条約,合意あるいは「枠組み」に拘束されるこ
とは,原則としてあり得ないのである。例外的に拘束されるとすれば,
それは,当該条約が国際慣習法になっている場合,当該条約が締結国と
なっていない国に権利を付与する場合,締結国となっていない国が義務
を受け入れることを明示した場合に限定される。
以上のことは,ウィーン条約法条約(1969年〔昭和44年〕採択,
1980年〔昭和55年〕発効,日本は1981年〔昭和56年〕に加
入)35条,36条にも,明記されているところである。なお,ウィー
ン条約法条約自体は,本件協定締結後に締結された条約であるが,同条
約は,それまでの国際慣習法を法典化したものであるから,本件協定の
解釈においても妥当する。
以上を踏まえて検討すると,まず,サンフランシスコ平和条約におけ
る請求権放棄の方式が国際慣習法となっていたといえないことは明らか
である。また韓国はサンフランシスコ平和条約の締結国ではない。さら
に,韓国は,サンフランシスコ平和条約の「枠組み」を受け入れること
を明示したことはない。よって,日本と連合国との間での「サンフラン
シスコ平和条約の枠組み」が,本件協定を拘束する「枠組み」となり,
韓国を拘束することは国際法上あり得ないのである。
g小括
以上のとおり「サンフランシスコ平和条約の枠組み」なるものは,,
本件協定の解釈根拠とはなりえないのであって,日本と韓国が「サンフ
ランシスコ平和条約の枠組み」に従ったという原判決は,B事件最高裁
判決の射程を見誤り,本件協定の解釈を不当にゆがめるものである。
(イ)日本政府が外交保護権のみ放棄の立場をとっていたこと
a本件協定における日本政府の意思
日本政府は,サンフランシスコ平和条約の請求権放棄条項について,
当初は,個人(国民)の請求権そのもの(あるいはその実質)を国家が
消滅させたということを意味するとの説(私人の権利自体放棄説)を
とっていた。他方,サンフランシスコ平和条約の規定の中でも,在外財
産の処分を規定した14条(a)項2(I)については,政府の国民に
対する外交保護権のみを放棄するとの「外交保護権のみ放棄説」が,早
くから日本政府により主張され,定着しつつあったとされる。
その後,1962年(昭和37年)4月に,進行中の原爆訴訟(アメ
リカ合衆国による原爆投下の被害者が日本国に対して賠償ないし補償を
求めたもの)を明確に意識して,日本国の責任を回避するべく,林修三
法制局長官(当時)が,請求権放棄問題についても初めて「外交保護権
のみ放棄説」に基づく国会答弁を行い,極めて慎重な言い回しで,国民
の請求権自体の放棄ではないとしている。
以上の歴史的流れの中で1965年(昭和40年)に締結された本件
協定のいわゆる請求権放棄条項は,①サンフランシスコ平和条約の請求
権放棄条項が,その自然な文理解釈からは請求権の全面的放棄と解釈さ
れ易い文言であったこと(締結時の政府解釈が「私人の権利自体放棄
説」であったことからむしろ当然である)から,原爆訴訟等で日本政。
府が責任追及の危機に曝されていることを意識し,かつ,②在外財産問
題でも政府の補償義務を否定する結論を容易にするべく,サンフランシ
スコ平和条約の規定文言・定式を意図的に避けて「請求権に関する問,
題が,…完全かつ最終的に解決されたものとなることを確認する」。
(2条1項)との文言で規定されたのである。
したがって,少なくとも日本政府の立法者意思は「外交保護権のみ,
放棄説」に依拠していたことは明らかである。
b本件協定締結後の展開
1964年(昭和39年)末に設置された第3次在外財産問題審議会
は,本件協定締結後の1966年(昭和41年)11月30日の答申で,
サンフランシスコ平和条約の請求権放棄条項について以下のように「外
交保護権のみ放棄説」を採用し,次のように述べている「桑港平和条。
約第19条(a)は,戦争から生じ,または戦争状態が存在したために
とられた行動から生じた連合国およびその国民に対する日本国およびそ
の国民のすべての請求権の放棄を規定している。…この中には,条約発
効前に連合国が日本国民の在外財産に関してとった没収的な処分に基づ
く請求権も含まれていることになり,したがって,わが国としては,こ
れについて連合国に対し異議を唱え,国民のために外交上の保護をなし
うる立場にはない」。
その後,政府の請求権放棄条項についての解釈は,その政府の責任回
避の一貫した目的の下,いわば文言の違いや歴史的経緯を捨象して,個
人の請求権は喪失させてはいないという「外交保護権のみ放棄説」とし
ていったんは確立したのである。例えば,1972年(昭和47年)の
沖縄返還協定の請求権放棄条項では,文言としては「日本国は,…日本
国民の全ての請求権を放棄する(4条1項)としているが,政府は。」
同協定の承認国会において,4条の請求権の放棄は,外交保護権(国家
間請求提出権)の放棄にとどまる旨答弁し,個々の沖縄県民が憲法29
条に基づく補償を政府に求めるのを回避しようとしたのである。すなわ
ち,高辻正巳内閣法制局長官(当時)は「憲法29条をおあげになり,
ましたが,これも考えてみれば,あるいは協定第4条の請求権放棄あた
りのことかと思いますが,この請求権放棄の性格につきましては,平和
条約19条のときにも大変論議がございましたが,これは国際法上,問
題を日本国として提起しない,いわゆる外交保護権を放棄するというこ
とであって,わが国がその自己の公権力によって国民の財産を収用する
というものとはおのずから性格が違うというので,これも憲法29条の
直接の問題ではなかろうと考えております」と答弁した。また,その。
際,外務大臣福田赳夫は,松下正寿議員の,そもそも国家間の条約で国
民の請求権を放棄することができないのではないかとの質問に対し,
「その通りでございます」と答弁しているのである。。
c1990年代以降の政府答弁
1990年代に入って,慰安婦問題が浮上した段階で,宮澤首相が1
992年(平成4年)1月の訪韓時に「65年韓日協定で国家間の請求
権は解決したが,それでも個人が日本の法廷に損害賠償などを訴訟する
権利はあり,有効だ…」と明言し,同年3月16日の第123回国会。
参議院予算委員会で「国と国との関係は日韓の国交正常化によって解決
をされていると言うことは明らかであるが,韓国人個人が我が国の裁判
所に訴訟を起こすと言う権利は,これは消滅しておるわけではない,こ
ういうことは申しました」と明言した。。
また,一連の柳井条約局長の答弁により,本件協定では個人の権利は
喪失させてはいない,と答弁したと一般に理解されている。柳井条約局
長は,1991年(平成3年)8月27日第121回国会参議院予算委
員会において「いわゆる日韓請求権協定におきまして両国間の請求権,
の問題は最終かつ完全に解決したわけでございます。その意味するとこ
ろでございますが,日韓両国間において存在しておりましたそれぞれの
国民の請求権を含めて解決したということでございますけれども,これ
は日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したと
いうことでございます。したがいまして,いわゆる個人の請求権そのも
のを国内法的な意味で消滅させたというものではございません。日韓両
国間で政府としてこれを外交保護権の行使として取り上げることはでき
ない,こういう意味でございます」と,また,1992年(平成4。
年)2月26日第123回国会衆議院外務委員会において「この条約,
上は,国の請求権,国自身が持っている請求権を放棄した。そして個人
については,その国民については国の権利として持っている外交保護権
を放棄した。したがって,この条約上は個人の請求権を直接消滅させた
ものではないということでございます「…日韓間においては完全か。」,
つ最終的に解決していると言うことでございます。ただ,残っているの
は何かということになりますと。個々人の方々が我が国の裁判所にこれ
を請求を提起するということまでは妨げられていない。その限りにおい
て,そのようなものを請求権というとすれば,そのような請求権は残っ
ている。現にそのような訴えが何件か我が国の裁判所に提起されている。
ただ,これを裁判の結果どういうふうに判断するかということは,これ
は司法府の方の御判断によるということでございます」と答弁してい。
る。
注目すべきは,宮澤首相も柳井局長も,請求権について裁判所への提
訴を認めていることであり,それは司法的な救済・請求権の実現の可能
性を認めているということである。裁判所が認容し得ない請求権につい
ての提訴のみの権利を認めるということは無意味・ナンセンスだからで
ある。この点,柳井条約局長の上記1992年(平成4年)2月26日
の答弁は,裁判の結果は司法府の判断次第であると言う趣旨を述べてお
り,請求権の実現について認容と棄却の両方の判断があり得ることを明
らかにしている。
(ウ)裁判例
裁判所も,サンフランシスコ平和条約による在外財産処分に関し,同条
約14条(a)項2(I)について,第1審(東京地裁,1963年〔昭
和38年,第2審(東京高裁,1965年〔昭和40年)ともに「外〕)〕
交保護権のみ放棄説」を前提とした判断を下し,最高裁判所昭和43年1
1月27日大法廷判決も「同条約14条(a)項2(I)の〕規定の,〔
趣旨とするところは,…先に述べた平和条約締結の経緯からいって,わが
国が自主的な公権力の行使に基づいて,日本国民の所有に属する在外財産
を戦争賠償に充当する処分をしたものということはできず,この場合,わ
が国は,日本国民の右資産が当該外国において不利益な取扱いを受けない
ようにするために有するいわゆる異議権ないし外交保護権を行使しないこ
とを約せしめられたにすぎないものといわなければならない」と判示し。
て「外交保護権のみ放棄説」を採用したのである。
(エ)韓国政府の解釈,意思
a1965年の本件協定締結当時,韓国政府は,少なくとも本件のよう
な勤労挺身隊被害に関する韓国国民の請求権については全く念頭になく,
その消長について本件協定がいかなる法的効果をもたらすのかという点
が全く考慮されていなかったことは確かである。
bさらに,本件協定締結に伴って日韓両国において執られた措置(原判
決142頁5行目以下)については,外交保護権の放棄により事実上個
人の救済が困難となったことに対する福祉的な意味合いをもった措置で
あることは明らかであって,だからこそ極めて限定された補償しかなさ
れていないのである。したがって,この補償措置を,本件協定によって
個人の権利が自然債務化されたとする根拠とすることはできない。
c1990年代に入ってからの韓国政府の本件協定の法的効果に対する
解釈を整理すると,①植民地支配に関する事柄は対象外である,②本件
協定の対象に含まれた事項についても韓国政府が放棄したのはあくまで
外交保護権であり,被害者個人の請求権には直接的な消長の効果は及ば
ない,③本件協定の対象に含まれた事項であっても,日本が国家権力と
して関与した反人道的な不法行為に関しては,本件協定においては何ら
の解決が図られておらず,日本政府が法的責任を国家間の関係でも負っ
ている,というものである。
ウ本訴請求権は放棄の対象外であること
(ア)仮に,サンフランシスコ平和条約の枠組み論から出発し,本件協定の請
求権放棄条項は「外交保護権」のみ放棄ではないとする見解が成り立ち,
「個人の請求権」について,本件協定の「いかなる主張もすることができ
ない」との効果が及ぶとの見解が成り立ち得るとしても,その場合の「個
人の請求権」に,本件勤労挺身隊員等の請求権は含まれないものと解すべ
きものである。
(イ)およそ,権利(請求権)の放棄は,放棄する者(処分権者)がその権利
(請求権)の存在を認識していることが大前提となる。これは,法律論の
常識に属する。
国家が本件被害者の権利を放棄する権限を有するか自体大いに疑問であ
るが,仮にこれを肯定するとしても,本件交渉過程で,本件被害者らの請
求権は,全く俎上に上がっていないのである。交渉過程での当時の韓国政
府担当者は,本件のような勤労挺身隊の被害実態をほとんど把握していな
かったものである。いわゆる対日請求八項目の中にも本件勤労挺身隊員等
の請求権に該当するものは見当たらない。そもそも本件交渉の全過程にお
いて,交渉担当者はすべて男性であって「日韓会談自体に特に女性の被害
は全く俎上に上がっていないというふうに言える」のであり,本件交渉は
「ジェンダー的にも非常に限界性のあった交渉だった」のである。議論の
俎上に全く上がっていない請求権,交渉担当者の念頭に全くなかった請求
権について,その放棄はあり得ないのである。
(ウ)この点,本件協定の2条3の文言上「すべての」請求権について包括的
に放棄しているから,本件被害者らの請求権も放棄の対象となる,それが
サンフランシスコ平和条約の枠組みの趣旨にも沿うとの反論が予想される。
しかし,第1に,条項の文言については,協定締結当時において想定さ
れていた請求権のすべてというように解釈する余地はあり得るので,絶対
的な意味は有しない。
第2に,確かに,平和条約であれば,サンフランシスコ平和条約の枠組
み論の発想に見られる,戦争という一種の極限状態が生じていた場合につ
いての事後処理の場合には,戦時中に生じた請求権をめぐる権利関係の,
事後の蒸し返しを一切絶つべしという考え方に十分な理由があると言い得
る。しかし,本件協定のように国家の分離独立に伴う財産処理の条約の場
合については,別論である。即ち,国家の分離独立前には戦争のような極
限状態が生じていたわけではないから,放棄の対象となる請求権について
平和条約の場合のように例外はないものと解すべき理由はない。したがっ
て,少なくとも,サンフランシスコ平和条約の請求権放棄が戦争中のすべ
ての請求権の放棄を例外なく定めていると解されるから,本件協定の請求
権放棄も同様であると解すべき必然性はないのである。
本件勤労挺身隊員等の被害は,仮に植民地支配を合法視したとしても許
されない違法行為である強制連行・強制労働による被害である。このよう
ないわば特殊な性格の被害に関する請求権について,協定の交渉過程で想
定外であったが故に何らの議論もなかったにもかかわらず,他の一般的な
ありふれた請求権と同様に包括的放棄の対象に含めてしまうのは不当であ
る。
(エ)このように,本件協定2条の請求権放棄規定が,重大な国際人権法上の
人権侵害や国際法上の犯罪の被害者の請求権に及ばないことは,国際法の
通常の理解に即したものであり,国際的に重要な役割を持つ法律家団体や
著名な国際法学者によっても認められた国際法の通常の解釈といえるので
ある。
(オ)したがって,植民地支配を前提としても許されないような重大な国際法
上の人権侵害である本件強制連行・強制労働である本件において,被害者
である控訴人らの請求権に対して本件協定2条1及び3の請求権放棄条項
を適用することは,交渉経緯に即した「請求権」という用語の通常の解釈
からしても,到底許されないといえる。
エ「請求権」についての直接適用論の誤り
(ア)そもそも,本件協定2条3において,請求権に関して「いかなる主張も
できない」主体は締約国であって個人ではないと解される。
(イ)さらに,本件協定2条3及びこれに関連する合意議事録の文言を検討す
れば,同条が直接適用を予定したものでないことは明らかである。
本件協定2条にいう「措置」については合意議事録2項(e)が「同条
3により執られる措置は,同条1にいう両国及びその国民の財産,権利及
び利益並びに両国及びその国民の間の請求権に関する問題の解決のために
執られるべきそれぞれの国の国内措置ということ」であると規定している。
この記載からも明らかなように「請求権」についても措置が予定されて,
いるのである。
仮に,請求権協定がそれ自体で請求権について確定的にこれを消滅させ
る趣旨でありそれ自体国内直接適用可能なものであるならば,同条約の発
効と共に請求権が消滅するのであるから,理論的にいってその後に同請求
権に関していかなる措置も問題とはなり得ないはずであろう。自然債務化
する場合にも,その時点で法的拘束力のなくなった権利についてその後何
らかの措置がなされてもいかなる主張もなし得ないのは当然のことであっ
て,請求権に関する措置についての合意議事録の規定は無意味ということ
になる。
この記載からも明らかなように,本件協定は,日韓両国がそれぞれ「財
産,権利及び利益」及び「請求権」に関して「問題の解決のために執られ
るべきそれぞれの国の国内措置」をとることを予定しているが「問題の,
解決のために執られるべきそれぞれの国の国内措置」が必ずしも請求権等
の消滅のための措置に限らないことは明らかである。
したがって「請求権」については,日本国が何らかの「措置」を執ら,
ない限りは何らの実体的変動を受けるものではなく,ただそれに基づく主
張を韓国政府は何らなし得ないだけであるし,またどのような措置を執る
か,何が「解決のために執られるべき」措置と考えるかはそれぞれの国が
独自に判断しうるのであって,条約上これを拘束する締約国の意思は何ら
認められない。
(ウ)本件協定における請求権放棄の解釈については,日本政府自身の解釈が
大きく変遷していることは明らかである。このような政府自身の解釈の変
遷の事実は,本件協定の請求権放棄条項の文言が「自然債務化」を示すも
のでないこと,少なくともその文言は明確性を欠くものであることを,政
府が自らの行動をもって証明するものといえる。
(エ)原判決は,本件協定2条1において「完全かつ最終的に解決」との文言
が用いられていることを殊更重視する。しかしながら,同規定は,その条
文上の位置及び文言からして,両国間に請求権に関していかなる未解決の
問題も存在しないことを確認しているにすぎないことは明らかである。そ
してその解決の内容は同条3に尽きるのであって,それ以上でもそれ以下
でもない。
そして同条3の規定する解決が外交保護権放棄にすぎない以上,同条1
の存在をもってそれ以上の法的効果を本件協定2条に持たせることは明ら
かに無理である。
(オ)以上より,本件協定2条1及び3は,その文言内容及びこれに対する政
府や司法による解釈の状況にかんがみて,自然債務化の効果を持つ規定と
して直接適用できるものでないことは明らかである。
オ対人主権論の誤り
原判決は,国家が本件協定のような条約によって個人の請求権を放棄する
ことはできない,という控訴人らの主張に対し「条約は国家間の合意であ,
り,条約の締結には国会の承認を要し(憲法73条3号,その誠実な遵守)
の必要性が規定されていること(憲法98条2項)からすれば,法律と条約
との国内法的効力における優劣関係に関しては,条約が法律に優位するもの
と解されるところ,国会は,国内の立法手続により,国民の私法上の権利・
義務の設定,変更,消滅を行うことが可能なのであるから,国会の承認を得
た条約によって,国民の私法上の権利・義務の設定,変更,消滅を行うこと
も可能であると解されること,また,国家は,戦争の終結に伴う講和条約の
締結に際し,対人主権に基づき,個人の請求権を含む請求権の処理を行い得
る(原判決146頁)ことを理由に,本件協定によって「国家」が韓国」,
人である控訴人ら個人の請求権を放棄することができるとした。
しかしながら,原判決は「対人主権」の具体的意味・内容・射程範囲等,
について,何も述べていない。このような曖昧な概念によって,韓国人であ
る控訴人らの裁判を受ける権利を事実上剥奪することができるという解釈は,
牽強付会としかいいようがない。
またそもそも,上記判示の前段は日本の主権を問題としているようである
のに対して,後段は韓国の主権を問題としているように読める判示となって
おり,その趣旨はきわめて不明確である。本件で問題となっているのは日本
の主権が及ぶ日本の国内法上の権利関係なのであるから,上記判示が韓国の
韓国人に対する「対人主権」を問題とするものであるとすれば,明らかに理
論的に誤りである。
カユス・コーゲンス違反行為は2国間条約では免責できないこと
ユス・コーゲンスとは,国際法上の強行法規であり,その効果は,ユス・
コーゲンスと抵触する条約を無効とするというものである(ウィーン条約法
条約53条。ユス・コーゲンス違反行為を免責できるのは,同じくユス・)
コーゲンスの性質を有する多国間条約のみであり,2国間条約による免責が
認められないことは,ユス・コーゲンスの法的性格上当然である。2国間条
約による免責を認めれば,ユス・コーゲンスの変更を2国間条約によって認
めるのと同じ結果となるからである。ユス・コーゲンス違反を2国間条約に
よって免責することが認められないことは,国際法上確立しているといえる。
そして,少なくとも「奴隷制,ジェノサイド,アパルトヘイトなどの禁,
止のような,人間を保護するための基本的な重要性の広範な国際的義務に関
する重大な違反(YearbookoftheInternationalLawCommission,2001,」
vol.II,Part,2)がユス・コーゲンス違反に当たることは明らかであり,
ユス・コーゲンスに反して条約で強制労働を免責することは許されず,こう
した免責を認める条約はその限りにおいて無効である。
以上より,重大な国際人権法違反行為である強制労働が問題となっている
本件について本件協定2条1及び3を適用して被控訴人らを免責することは
国際法上許されないといえる。
キ本件協定が憲法29条に違反すること
(ア)原判決は,本件協定が憲法29条1項,3項に違反するとの主張につい
て「第二次世界大戦の敗戦に伴う国家間の財産処理といった事項は,本,
来,憲法の予定しないところ」であるとしたが,この論理は誤っている。
憲法前文において国際協調主義及び平和主義を掲げる我が憲法において
は,侵略及び植民地支配によって生じた損害を賠償すべきというのがその
歴史的規範解釈なのであって,控訴人ら韓国国民の戦争損害について正当
な補償をなすことはまさに憲法の予想するところなのである。
(イ)原判決が損害に対する補償がされないことについて「憲法の予想しな,
いもの」であることの根拠とした,最高裁判所昭和43年11月27日大
法廷判決は,本件とは射程範囲を異にする事例に対する判例であって,こ
れを根拠とすることはできない。
すなわち,上記最高裁昭和43年判決は,そもそも憲法原理に適合する
かについても大いに疑問があるところではあるが,仮にこの判決を前提と
したとしても,あくまでも敗戦国としての日本国民の戦争損害について,
かつ日本の統治権が及ぶ日本国民についてのみ妥当する判例であり,韓国
国民である控訴人らが日本国内法に従って日本政府及び日本法人に対して
請求を行っている本件とは決定的に事案を異にしている。
ク被控訴人国による抗弁主張の信義則(禁反言の法理)違反
本件協定における請求権放棄の主張は被控訴人らの抗弁であるから,信義
則の適用を受けるものである。
そして,被控訴人国は,いわゆる請求権放棄条項に関する解釈について,
従前は,本件協定においてもサンフランシスコ平和条約においてもそれ以外
の場合においても,政府の責任回避の目的の下に「外交保護権のみ放棄」と
主張してきたところ,近年になって同じく政府の責任回避の目的の下に恣意
的にその解釈を変更し,個人の請求権の裁判上の救済の否定という主張を展
開するようになり,本件訴訟においてもそのような主張をしているのである
が,そのような身勝手な主張を今さら持ち出すことは,信義側,特に禁反言
の原則に反することは明らかである。
ケ被控訴人らによる抗弁主張の権利濫用
(ア)条約も,国内法的効力については,他の国内法と同じく,法の一般原則
である信義,公平という観点からの制約を受けるものであるから,条約に
基づく抗弁が仮に法的に成り立つとしても,その抗弁援用が権利の濫用に
当たるときは,抗弁自体が排斥されることは当然である。
本件協定2条1及び3に基づく上記抗弁についても,それが債務者であ
る被控訴人らの重大な国際人権法・国際人道法違反行為に基づく損害賠償
及びこれと目的が同一で上記国際人権法違反行為に基づく損害賠償請求権
の満足としての法的性格をもつ国内法上の損害賠償請求について適用され
る場合には,侵害された権利が国際的にまた国内的にも特に尊重されるべ
き権利であることにかんがみ,債務の発生に至る加害行為の悪質さ,結果
としての被害の重大性,本件協定の締結交渉や締結後の関連諸条項の実施
の過程において被害者の救済についてどのような配慮がなされていたかと
いった諸般の事実関係に照らして,本件協定の規定を根拠に被害者の請求
を排斥することが,著しく正義・公平・条理等に反すると認めるべき特段
の事情があり,かつ,抗弁の援用を許さないことによって本件協定締結の
目的に著しく反する事情がない場合には,本件協定に基づく抗弁の援用は
権利の濫用としてこれを許さず,被害者の権利行使を許すべきである。
(イ)本件では上記国際人権法違反行為に基づく損害賠償及びこれと目的を同
じくする民法上の損害賠償に対する本件協定2条1及び3の抗弁の援用が
問題となっているところ,①被控訴人らが密接に連携しながら大規模かつ
組織的に違法な強制連行・強制労働という重大な人権侵害被害を大規模に
引き起こした加害の悪質性,②控訴人らに止まらず韓国全体に被害が広
がっているという本件被害の重大性(なお北朝鮮の被害実態については事
実調査が十分なされていない,現代の韓国国内においてすら人目をは。)
ばかって調査を拒否しようとする被害者や家族が少なくないという慰安婦
との混同被害の重大性,③本件協定の締結交渉や締結後の関連諸条項の実
施の過程においては勤労挺身隊被害について何らの配慮もなされなかった
こと,④被控訴人国は本件協定締結交渉において深刻な人権侵害被害を引
き起こしたことを認めず,被害者救済の姿勢を示すことはおろか,自らは
十分な資料提供を行わないまま韓国側の資料不足につけ込んで韓国の請求
を押さえ込む態度に終始していたこと,⑤被控訴人国は本件協定締結当時
から本件協定は外交保護権を放棄したものであって個人の権利を放棄した
ものではないという態度をとっており,そうした態度を繰り返し国内外で
表明してきたこと,などに照らして,本件協定の規定を根拠に被害者の請
求を排斥することは著しく正義・公平・条理等に反すると認めるべき特段
の事情があるといえる。
(ウ)また,本件協定による請求権放棄の一律適用によって生じうる著しい不
正義,不公平,不条理な結果を回避すべく権利濫用を認めることが,本件
協定の趣旨を損なうどころか「日韓の両国民間の関係の歴史的背景と,,
善隣関係及び主権の相互尊重の原則に基づく両国間の関係の正常化に対す
る相互の希望とを考慮し,両国の相互の福祉及び共通の利益の増進のため
並びに国際の平和及び安全の維持のために,両国が国際連合憲章の原則に
適合して緊密に協力することが重要であることを認め(前文)て締結さ」
れている日韓基本条約(本件協定も同基本条約の目的達成のための条約で
あることは明らかである)の趣旨に照らして,これに沿うものであるこ。
とは明らかである。
そして,こうした被控訴人らの抗弁を権利の濫用として排斥したとして
も,国家間の関係については請求権放棄は完全に有効であって「完全か,
つ最終的に解決」されたままである。そもそも本件協定が,請求権につい
て締約国の自由な措置に委ねる趣旨である以上,裁判所がいかなる判断を
しようとも本件協定の趣旨を害するものでもないことは明らかである。
なお,この点,被控訴人国は,上記権利濫用の主張を請求権放棄条項の
趣旨を没却するものである旨主張するが,権利濫用の主張が請求権放棄の
制度そのものの否定とはならないことは,例えば時効援用の権利濫用を認
めることが時効制度そのものの否定とならないことを考えても,明らかで
あって,むしろ,権利濫用の主張は,時効援用の権利濫用の例からも分か
るように,法的制度の一律的適用によって一部に生じる不公平・不公正な
結果を是正するものであって,法的制度の健全な機能を確保するために事
例により当然認められるべきものといえる。
(エ)したがって,本件協定2条1及び3に基づく請求権放棄の抗弁の援用は
権利濫用としてこれを許すべきではない。
第2被控訴人国の主張
−争点⑨(本件協定2条又は本件措置法1条1号による解決)について
1憲法違反との主張に関する裁判例について
本件協定に基づき制定された本件措置法に関し,①韓国人元軍属の未払給与
債権を消滅させた本件措置法が憲法14条,29条3項及び98条に違反する
ものであるか否かが争われた事案(いわゆるBC級戦犯公式陳謝等請求事件)
につき,最高裁判所平成13年11月22日第一小法廷判決・判例時報177
1号83頁,②第二次大戦中に強制労働させられたとする韓国人の未払賃金債
権等を消滅させた本件措置法が憲法第29条に違反するものであるとして争わ
れた事案につき,大阪高等裁判所平成14年11月19日判決・訟務月報50
巻3号1頁(同事件につき,敗訴した一審原告・控訴人らは,本件措置法は憲
法29条に違反するなどとして,最高裁判所に上告及び上告受理の申立てをし
たが,最高裁判所第一小法廷は,平成15年10月9日,上告棄却及び上告不
受理の決定をした,③第二次大戦中に,韓国人を旧日本軍の軍人軍属とし。)
たこと,同国人女性がいわゆる従軍慰安婦とされたことに関し,未払給与債権
や精神的損害に基づく損害賠償請求権等を消滅させた本件措置法が憲法第29
条に違反するものであるとして争われた事案(いわゆるアジア太平洋戦争韓国
人犠牲者補償請求事件)につき,最高裁判所平成16年11月29日第二小法
廷判決が,いずれも,憲法の枠外であるとしているのであるから,このことは
本件協定にもそのまま当てはまることは明らかである。
2本件協定及び本件措置法の解釈に関する裁判例について
第2次世界大戦中に朝鮮半島から勤労挺身隊として強制連行され強制労働さ
せられたとする韓国人女性らが,日本国及び日本企業に対して損害賠償及び謝
罪広告を求めたいわゆる名古屋勤労挺身隊控訴審判決(名古屋高裁平成19年
5月31日判決・訟務月報54巻2号25頁)においては,本件協定締結に至
るまでの経緯,同協定2条の文言等によれば「我が国又はその国民に対する,
韓国及びその国民の,(a)債権については,それが本件協定2条3項の財産,
権利及び利益に該当するものであれば,財産権措置法1項によって,原則とし
て,昭和40年6月22日に消滅し,(b)その他の同日以前に生じた事由に基
づくすべての請求権については,本件協定2条2項に規定されたものを除き,
同条1項,3項によって,韓国及びその国民は,我が国及びその国民に対して
何らの主張もすることができないものとされたことが明らかである」との判。
断がされた。
また,第2次世界大戦中に日本国の軍人,軍属として徴兵又は徴用された韓
国人らが日本国及び靖国神社らに対して損害賠償及び謝罪広告等を求めたいわ
ゆる靖国合祀絶止東京地裁判決(東京地裁平成18年5月25日判決・訟務月
報54巻3号31,32ページ参照)においても,本件協定及び本件措置法の
締結,制定の経緯及びその内容を検討した上「日韓請求権協定及び措置法に,
よって,①日韓請求権協定の締結の日である昭和40年6月22日に存在して
いた韓国の国民の財産,権利及び利益であって同日に日本国の管轄の下にある
もののうち,日本国又はその国民に対する債権は,同日において,消滅し,②
同様の韓国の国民の財産,権利及び利益であって,日本国又はその国民が昭和
40年6月22日に保管する韓国の国民の物は,同日において,保管者である
日本国又はその国民に帰属することになった。ただし,昭和20年8月15日
以後における通常の接触の過程において取得された財産,権利及び利益等につ
いては消滅等はしないとされた。また,日韓請求権協定によれば,韓国の国民
の日本国に対する請求権であって,昭和40年6月22日以前に生じた事由に
基づくものに関しては,いかなる主張もすることができないことになった」。
との判断がされ,原告(控訴人)らの請求をいずれも棄却している。
さらに,前掲大阪高等裁判所平成14年11月19日判決の事案は,本件措
置法は個人の請求権を消滅させる効力を持たないなどとしても争われていたと
ころ,同判決は,その判決中において,本件協定及び本件措置法の制定経緯等
につき原判決と同様の理解を示した上,本件協定2条の趣旨について「日韓,
両国は,相手方が執る国内措置について外交保護権を行使せず,財産,権利及
び利益を含むすべての請求権について外交保護権を行使しないものとしたもの
であり,日韓請求権協定の対象となっている請求権についてそれぞれ相手国が
いかなる国内法的措置を執るかということは,それぞれの国の決定に委ねるこ
とを合意したものと解される。そして,我が国は,日韓請求権協定2条3の国
内法的措置として財産権措置法を制定し,韓国及び同国国民の日本国又はその
国民に対する債権であって,同協定2条3の財産,権利及び利益に該当するも
のは,昭和40年6月22日において消滅したものとすることとしたのである
(同法1」旨判示した。そして,敗訴した控訴人ら(一審原告ら)が最高)。
裁判所に上告及び上告受理の申立てをし,その理由の一つには,本件措置法は
個人の権利を消滅させる効力を持つものではないことも挙げられていた。この
点を含めて,最高裁判所第一小法廷は,平成15年10月9日,上告棄却及び
上告不受理の決定をしている。
したがって,本件協定及び本件措置法に関する控訴人らの主張は失当である
し,その他の点についても,控訴人らの主張に何ら理由がないことは明らかで
ある。
3権利濫用の主張に対する反論
(1)平和条約(講和条約)は,戦争の終了,平和の回復を宣言すると同時に,
講和の条件(領土の割譲,賠償金の支払等)を規定するものである。この点,
サンフランシスコ平和条約は,先の大戦の連合国と我が国の間の戦争状態を
終了させ,連合国最高司令官の制限の下に置かれた我が国の主権を完全に回
復させるとともに,戦争状態の存在の結果として未決の問題であった領域,
政治,経済並びに請求権及び財産などの問題を最終的に解決するために締結
されたものであり(同条約前文,1条,同条約においては,我が国が,同)
条約上の義務(14条(a),16条,21条等)を履行し,さらに我が国及
びその国民の連合国及びその国民に対する請求権を放棄すること(19条
(a))と引き替えに,連合国及びその国民の我が国及びその国民に対する請
求権の「放棄」がされるという処理の枠組みを定めたものであった(14条
(b)。)
サンフランシスコ平和条約が,請求権放棄条項を含む二国間平和条約であ
る本件協定を締結した日本国と韓国との間の戦後処理に当たっても枠組みと
なるべきものであることは,サンフランシスコ平和条約の枠組み,本件協定
締結に至るまでの経緯,本件協定2条の文言,本件協定締結に伴って日韓両
国において執られた措置に照らしても明らかである。
そして,請求権放棄条項は,賠償問題を解決する諸条項の一つとして,義
務を定める条項とともに規定されたものであり,個人の請求権についていえ
ば,その個人の請求権自体を直接「放棄」することによって個人の請求権の
法的処理を目指した規定である。
したがって,その効果を訴訟の場で主張できないとすれば,その条項は無
意味となり,請求権放棄条項自体の目的(個人を含めた請求権の処理)を達
成することができなくなるだけでなく,賠償問題を含めた未決の問題を解決
し,戦争状態の終了と平和の回復を果たそうとしたサンフランシスコ平和条
約そのものの存在意義を否定することとなる。
(2)なお,サンフランシスコ平和条約の枠組みについては,中華人民共和国国
民が第二次大戦中の損害賠償を請求した事案であるが,最高裁判所平成19
年4月27日第二小法廷判決及び最高裁判所平成19年4月27日第一小法
廷判決(判例時報1969号28頁以下)が,それぞれ「サンフランシス,
コ平和条約の枠組みを外れて,請求権の処理を未定のままにして戦争賠償の
みを決着させ,あるいは請求権放棄の対象から個人の請求権を除外した場合,
平和条約の目的達成の妨げとなるおそれがあることが明らかである」として,
請求権放棄の対象に個人の請求権が含まれることを明確に認めた上,いずれ
も「本件被害者らの被った精神的・肉体的な苦痛は極めて大きなもので,
あったと認められるが,…請求権放棄の対象となるといわざるを得ず」と判
示し,被害の重大性に言及しながら,なお請求権放棄の抗弁を認めている。
これらの最高裁判決の説示からすると,控訴人らの主張が,請求権放棄の抗
弁に対する反論として失当であることは明らかである。
(3)したがって,請求権放棄の条項の効果を訴訟で主張することは,およそ濫
用などと非難される余地はなく,控訴人らの主張こそ,戦争状態の終了と平
和の回復を果たしたサンフランシスコ平和条約そのものを否定する主張で
あって,失当である。
第3被控訴人会社の主張
−争点⑨(本件協定2条又は本件措置法1条1号による解決)について
控訴人らの本件協定及び本件措置法に関する主張は,我が国の判例の見解並び
に協定締結者及び立法者の意思に反した独自の見解にすぎず,いずれも失当であ
る。
(注)49頁等に記載の「B事件最高裁判決」は,最高裁判所平成19年4月27
日第二小法廷判決・民集61巻3号1188頁である。

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