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平成16年5月27日宣告 裁判所書記官 森 久和
平成13年(わ)第1559号 詐欺被告事件
平成13年(わ)第1705号 殺人被告事件
判       決
主       文
被告人を懲役4年に処する。
未決勾留日数中660日をその刑に算入する。
理       由
(罪となるべき事実)
第1被告人は,
 1 Aが,被告人の夫であるBを被共済者とするC連合会(以下「連合会」という。)
発行の生命共済加入証書1通を詐取した上,Bを殺害した後,被共済者をBと
する生命共済の死亡共済金名下に金員を詐取しようと企て,平成12年8月25
日,被告人に対し,Bを生命共済に加入させるよう申し向けた際,Aの上記企
図を察知し,生命共済加入手続をすることがAの上記企図をより強固ならしめ
るものであることを認識しながら,これに協力することを決意し,ここにAと暗黙
のうちにBを被共済者とする生命共済加入証書1通を詐取することで意思を相
通じて,同日,福岡市博多区a1町b丁目c番d号D銀行E支店において,同支
店係員F(当時24歳)に対し,真実はBを被共済者とする連合会の生命共済に
加入させた後,AがBを殺害して共済金を得ようと企図していることを認識し,A
のかかる企図をより強固ならしめる行為として生命共済加入手続をするもので
あるにもかかわらず,その情を秘し,その情がなかったかのように装って,被共
済者兼共済契約者をBとする申請書類(規約上被共済者死亡時の第1順位の
共済金受取人が配偶者たる被告人と定まることになる。)を提出するなどして,
同生命共済加入申込手続をし,上記Fほか連合会の係員らをして,その旨誤
信させ,よって,同年9月8日ころ,連合会係員をして福岡県大野城市ef丁目g
番h号の当時の被告人方に,被共済者をBとする生命共済加入証書1通を郵
送交付させ,もって人を欺いて財物を交付させた。
 2 前記生命共済の死亡共済金名下に金員を詐取しようと企て,真実は判示第2
のとおり前記Aらが同年11月11日午後11時30分ころ前記Bを殺害するに先
立ち,これを心理的に促進する行為をし,かつ,Bを殺害した犯人がAらであろ
うことを認識していたにもかかわらず,その情を秘し,その情がなかったかのよ
うに装って,情を知らない被告人の長男であるG及びH共済係員を介するなど
して,前記加入申込手続に係る生命共済の死亡共済金支払請求書などを,埼
玉県さいたま市ij丁目k番l号の連合会事務所に送付して,同月29日ころ,連
合会係員I(当時27歳)らに認知させるなどして同共済金の支払方を請求し,
前記Iらをしてその旨誤信させて,同支払いの決定をさせ,よって,同年12月1
8日,連合会係員をして,同共済金名下に前記D銀行E支店の被告人名義の
普通預金口座に1140万円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付さ
せた。
第2 被告人は,前記A及びJが,共謀の上,前記B(当時58歳)を保険金取得等の
目的で殺害しようと企て,Jが,同年11月11日午後11時30分ころ,福岡県m
郡n町opq番地r付近路上に停車中の普通乗用自動車内において,同車後部
座席に乗車していたBに対し,殺意をもって,その頚部を手で強く締め付けるな
どして,そのころ,同所において,同人を頚部圧迫による窒息により死亡させて
殺害した際,それに先立ち,Aが保険金取得等の目的でB殺害を企図している
ことを認識しながら,あえて,同年8月25日,前記D銀行E支店において,Aの
勧めを受け,Aの面前において,判示第1の1のとおり前記生命共済加入申込
手続を行い,次いで同年11月7日,福岡市s区tu丁目v番w号のK福岡店内に
おいて,Aから前記生命共済の追加の共済掛金とするように申し向けられて渡
された現金1万円につき,Aの面前において,これを同掛金の支払いに充てる
べく,その振替指定口座たる被告人名義の普通預金口座に入金し,さらに,前
記生命共済加入申込手続からB殺害の実行に至るまでの間,福岡県内もしく
はその周辺地域において,前記生命共済の共済掛金に充てるべく入金した金
員につき,Aからこれを費消していないか確認された際,Aに対して,費消して
いない旨申し向けるなどし,これら一連の行為によって,AらをしてBが死亡す
れば死亡共済金などが手に入るものと信じ込ませて殺害の意思をより強固な
らしめ,もって上記犯行を心理的に促進してこれを幇助した。
(証拠の標目)〈略〉
(事実認定の補足説明)
第1 本件の争点
 1 当事者双方の主張と当裁判所の認定の骨子
   検察官の起訴にかかる本件各公訴事実は,別紙公訴事実記載のとおりであ
り,その主張の骨子は,判示第2のB殺害については,被告人を,共犯(共謀
共同正犯)者A及び共犯(実行行為)者Jとの共謀共同正犯(なお,Jとの共謀
は,Aを介しての順次共謀)として構成するものであり,判示第1の1,2の生命
共済加入証書(以下「本件証書」という。)及び1140万円の死亡共済金(以下
「本件共済金」という。)の詐欺は,被告人が前記殺人の共謀共同正犯者であ
ることを前提に,いずれもAとの共謀に基づく正犯として構成するものである。
   これに対して弁護人は,殺人については,A及びJの共謀によるB殺害の事実
を認めつつ,被告人はAらによるB殺害の企図を知らなかったとしてこれに対
する共謀を否認し,詐欺については,被告人が,生命共済加入申込手続(以下
「本件加入手続」という。)及び共済金支払請求(以下「本件請求」という。)をし
て,本件証書及び本件共済金を取得した事実は認めるものの,その際の被告
人の認識として,Bを殺害する企図を有しながらこれを秘匿したり,あるいは自
己の共犯者たるAの殺害行為によってBを死亡させたことを認識しながらこれ
を秘匿したという事実はないから,欺罔行為も詐欺の故意もないとして,いず
れも無罪である旨主張し,被告人も公判廷においてその主張に沿うような供述
をしている。
   しかしながら,当裁判所は,B殺害に関しては,判示第2のとおり,被告人に,A
による殺人の故意をより強固ならしめ,これを心理的に促進した限りでの殺人
幇助罪が成立し,また証書詐取に関しては,判示第1の1のとおり,Aとの黙示
的共謀に基づき,本件加入手続自体が,AによるB殺害に対する被告人の幇
助行為となることを秘匿して,同手続をしたという欺罔行為と詐欺の故意が,共
済金詐取に関しては,判示第1の2のとおり,被告人がAに対して殺人の幇助
行為を行い,かつそのAがBを死亡させたであろうことを認識しながら,その事
情を秘匿して,単独で,本件請求をしたという欺罔行為と詐欺の故意が,それ
ぞれ認められ,その結果として本件証書及び本件共済金を受領した行為につ
いては,包括一罪としての詐欺罪が成立するものと判断したので,以下,その
理由を補足説明することとする。
 2 本件における争点を整理すると,次のとおりである。
  (1) 被告人とAによるB殺害の共謀の成否
   ア AによるB殺害の企図に対する被告人の知情性
   イ B殺害に向けたAの共同実行意思の存否
   ウ B殺害に向けた被告人の正犯意思の存否
  (2) AらによるB殺害行為に対する被告人の幇助犯の成否
   ア 被告人の言動の幇助行為該当性
   イ 幇助の故意の存否
  (3) 本件証書に対する詐欺罪の成否
   ア 本件加入手続時におけるB殺害に関する被告人の認識内容
   イ 本件加入手続の欺罔行為該当性と詐欺の故意の存否
   ウAとの共謀の存否
  (4) 本件共済金に対する詐欺罪の成否
   ア 本件請求時におけるB殺害に関する被告人の認識内容
   イ Aの犯人性に対する被告人の知情性
   ウ Aの犯人性を確信しない場合と本件請求行為の欺罔行為該当性
   エ 詐欺の故意の存否
   オ Aとの共謀の存否
 3 本件の証拠構造と判断の過程
   B殺害や,それを前提とした本件証書及び本件共済金詐取の共謀事実等に関
して,検察官の主張に沿う内容の直接証拠としては,①Bの殺害も,それを前
提とした本件加入手続についても,被告人が主導的に発案し,Aに依頼したと
して明示の共謀があったことを指摘するAの公判供述,②Bの殺害も,本件加
入手続も,Aが主導的に被告人に提案してその了承を得たとして明示の共謀
があったことを指摘するAの検察官調書5通,そして③被告人の捜査段階供述
中,Aが,Bを生命共済に加入させた上で殺そうとしていることを知りながら,本
件加入手続をしたこと等を自認する内容の一部の供述調書が存在するが,弁
護人及び被告人はいずれもそれらの信用性を争っている。
   また,前記のとおり,本件では,被告人及びAの認識や意思といった,内心の
有り様こそが争点となるものであるから,以下においては,まず,これら内心の
認識や意思を推認し得る間接事実となる外形的な事実関係を確定した上,前
記争点整理に従い,これら外形的事実と照らし合わせる中で前記A及び被告
人供述の信用性を検討しつつ,最終的な判断を示すこととする。
第2 前提事実
   関係各証拠によれば,以下の各事実を前提事実として認定することができ,こ
れらについては弁護人及び被告人も,概ね事実関係を認めている。
 1 当事者らの関係など 
(1)被告人は,昭和44年,Bと婚姻し,以後は,同人との間にもうけた5人の子
(ただし,1人は夭折)を養育し,途中2年間程度保険外交員として稼動した
り,1年6か月程度パート事務員として稼動したことがあるくらいで,概ね専
業主婦として暮らしていた。Bは,昭和54年ころ,一級建築士として設計事
務所を開業し,死亡時に至るまで福岡県春日市内において個人事業を営ん
でいた。また,Bは,平成10年ころ,投資目的で同県大野城市xy丁目z番a2
号L303号のマンション(以下,「xのマンション」という。)をローンで購入し,
自らは被告人らとともに同市ef丁目g番h号の借家(以下,「eの借家」とい
う。)で生活をしていた。
    被告人は,昭和58年ころパチンコ遊技を始め,平成8年ころよりパチンコ店
に入り浸るようになった。被告人は,Bから毎月20日ころに20万円程度の
生活費を受け取っていたが,これをパチンコに注ぎ込み,翌月10日ころには
遣い果たして,追加で生活費を受け取るということを繰り返していた。また,
被告人は,平成6年ころより,生活費や遊興費を捻出するため,Bに秘して
消費者金融会社から借金をするようになり,平成12年には各社に対し総額
166万円程度の借金を有していた。
  (2) 被告人は,平成11年4月ころ,本件共犯者とされるAと,行きつけのパチン
コ店で知り合った。当時Aにも妻子はいたが,被告人とAとは間もなく不倫関
係に陥った。
    その後の被告人は,二人のデート代を専らAに支払わせるだけでなく,Aに対
し「生活費が足りないから」「夫が十分な生活費を入れないから」などと申し
向けて,頻繁に金を貸してくれるよう頼むようになった。当時運送会社に勤務
していたAの手取月給額は20万円もない位であったが,Aは被告人の頼み
に応じて,消費者金融会社などから借金をして得た金を,被告人に用立てる
ようになった。このようにして,被告人がAから借り入れた金額は,平成12年
6月14日ころの時点で,少なくとも合計210万円程度に達していた。
    他方,Aは,消費者金融会社との金銭取引のために,自己が所有し,妻子と
共に居住していた自宅土地建物に,平成10年7月当時で極度額480万円
の根抵当権を設定していたが,平成12年3月29日には,その極度額を16
00万円に変更し,同年10月27日には,債務の借換えをして新たに極度額
2000万円とする根抵当権を設定するに至っており,Aが抱えた消費者金融
会社等からの借金額は,平成12年11月の時点で判明している分だけでも
総額1785万円程度に及び(内,住宅ローンが505万円程度),毎月の返済
額は約20万円に上っていた。 
 2 本件の経緯
  (1) 平成12年5月ころより,Aは,被告人に貸し付けた金員につき,総額が300
万円以上に上っていると考え,借金を踏み倒されることをおそれて,被告人
に対し,300万円の借用証書を書くよう要求するようになった。被告人は「お
父さんは投資でマンションを購入し持っているが,それを売れば2000万円く
らいはする」「お父さんに大きな仕事があり,そのお金が入るので,少しでも
返します」などと,いずれBにAからの借金の事実を打ち明けて,その返済を
行う旨の話をして,借用証書の作成を拒否していたが,Aは「親父が何で払
いきるか,払いきらんめえもん」「反対に親父から離婚されろうもん」などと言
っていた。
    そして被告人は,遅くとも同年6月14日ころ,さらに追加で10万円を貸してく
れるようAに依頼した際,同人から,借用証書を差し入れなければ金は貸せ
ないと言われたことから,新たに10万円を借り受ける一方で,額面300万
円の借用証書を作成して,Aに差し入れた。
(2) その後Aは,Bを殺害することを決意し,同年7月下旬ころ,同業者として顔
見知りであったJに対して,500万円の報酬をもってB殺害を請け負うよう話
を持ちかけた。
  (3) 同年8月6日午後10時ころ,Aは,Jの希望で,同人に被告人の姿を見せる
こととし,eの借家付近にあるレストランでJと落ち合い,同人に対し,Bの住
まいであるとしてeの借家に案内した。その後Aは,同レストランの駐車場に
おいて,犬を連れて現れた被告人と会い,被告人にJのことを知人であると
説明したものの,同人がB殺害を依頼した人物であることは告げなかった。
  (4) 同月10日ころ,Aは,知人にBの設計事務所の場所を突き止めて貰った。こ
のころAは,被告人に対して,Bの設計事務所の場所が分かったことや,eの
借家やBの使用する車を知っていることを告げた。
 (5) 同年8月12日,Aは,消費者金融会社から100万円を借り入れ,Jに対し,
これをB殺害の手付金として手渡した。
 (6) 同年8月25日,被告人は,Aとともに,判示のD銀行E支店に赴き,元受団
体を連合会,取扱団体をH共済とする生命共済への加入申込書に,必要事
項を記入した上,その申込事務を担当している銀行係員にこれを提出する
などして,Bを被共済者とする本件加入手続を行って,Bを後記の内容の生
命共済(以下「本件生命共済」という。)に加入させると共に,同銀行支店に
おいて,その共済掛金の振替指定口座として被告人名義の預金口座(以
下,「本件振替口座」という。)を新規に開設した。被告人は,加入申込書の
住所欄には,xのマンション所在の住所を記載した。また,加入に伴う出資金
200円と初回共済掛金4000円の合計4200円については,その場でAか
ら受け取った5000円で支払いを済ませ,さらにAから受け取った1万2000
円を,3か月分の共済掛金として本件振替口座に入金した。
    なお,前記銀行支店に設置された防犯カメラによれば,本件加入手続の際,
被告人が記帳カウンターで必要書類を作成する約8分の間,Aがすぐ隣でこ
れを見守っており,被告人は手続の途中においてもAと話をしており,銀行
員の受付手続が終了するのを待つ約7分の間,被告人とAは関係書類を見
ながら話をしている状況が認められる。
  (7) 本件加入手続を終えた被告人とAは,その足で郵便局に赴き,被告人は,x
のマンション宛ての郵便物が,eの借家宛てに転送されるように,郵便物の
転送手続を行った。
    その後,xのマンション宛てに郵送された本件生命共済にかかる本件証書
は,転送されて同年9月8日ころeの借家に届いた。
  (8) 同年11月7日,被告人は,Aと,その前日から一泊旅行に出かけた帰りに,
K福岡店に立ち寄り,同店1階に備えられたD銀行ATMコーナーで自分の
現金2000円を本件振替口座に入金した後,Aから受け取った現金1万円
を,同様に同口座に入金した。
  (9) 同月11日午後11時30分ころ,JはBを殺害した。Bの殺害後,JはAに対し
て報告の電話を入れたが,Aは被告人と連絡をとらなかった。
  (10)同月12日,Bの遺体が発見され,被告人は,警察からの事情聴取を受け
て,Bの生活状況や加入している生命保険の内容などを供述した。
  (11) 同月14日ころ,被告人は,買い物のため外出した先で,Aに対し公衆電話
から電話を架け,AがB殺害の犯人ではないかと問い詰めたが,Aはこれを
否定した。
    同日ころ,被告人の長男が,本件共済金請求のための書類の交付を申請し
た。
  (12) 同月16日,被告人は,eの借家を訪れていた警察官に対し,AがB殺害の
犯人ではないかと思う旨申告し,同日,m警察署において,Aとの関係など
を供述した。
  (13) 同月24日ころ,被告人の長男が,連合会の共済事務を扱っているH共済
の係員らを通じて,本件請求の手続を行い,同月29日,連合会の係員に請
求書類が提出された。連合会の係員は,Bの死亡原因などに関する警察へ
の照会をした後,同年12月18日,妻である被告人はB殺害に関与しておら
ず,Bの死亡は不慮の事故に基づくものであるとして,保険金1140万円と
出資金及びB死亡後に引き落とされた共済掛金の返還分8200円を被告人
の本件振替口座に入金して支払った。
  (14) 同月27日,Aは,eの借家を訪れ,玄関先で被告人と会ったが,両者が話
をすることはなかった。翌28日,Aは再びeの借家を訪れたが,被告人はAと
会わなかった。
  (15) 同月29日,被告人は,m警察署において,警察官らの前でAに対して電話
を架け,その会話が録音されたが,AはB殺害への関与を否定した。なお,こ
の際,被告人は,その会話内容について,事前に警察官から具体的な指示
は受けていなかった。
  (16) 同年12月1日,被告人は警察官からの事情聴取を受けた。
  (17) 同月9日,被告人は,m警察署において,再び警察官らの前でAに対して
電話を架け,その会話が録音されたが,AはB殺害への関与を否定した。
  (18) その後,被告人は,Aからの連絡を拒絶するようになり,平成13年1月ころ
には,弁護士を通じて,借金返済分300万円をAに支払ったものの,Aとの
不倫関係は断絶した。
  (19) 平成13年10月ころ,AはB殺害の容疑で逮捕された。
  (20) 被告人は,本件詐欺容疑で平成13年10月30日通常逮捕されて同年11
月20日起訴され,本件殺人容疑で同月22日通常逮捕されて同年12月14
日起訴された。
  (21) 以上の経緯を通して,Aは,被告人に対し,Jに殺害を依頼したことなど,実
際の殺害計画・方法については,一切話すことがなかった。
 3 Bの保険加入状況等
 (1)本件生命共済の内容は,給付される共済金額が,交通事故による死亡の場
合1500万円,不慮の事故による死亡の場合1140万円,交通事故による
入院の場合日額8700円等であり,月々の共済掛金が4000円であり,規
約上,被共済者死亡時の第1順位の共済金受取人は,配偶者たる被告人と
定まっているものであった。その共済掛金は,本件振替口座より滞りなく引き
落とされていたが,同口座からは,掛金の振替以外にも複数回にわたって出
金が繰り返されており,一時は残高が0円となることもあったが,掛金の振替
日直前までには,残高が少なくとも4000円以上になるよう入金がなされて
おり,B殺害後にも,同様に2回にわたり,共済掛金相当額の入金がなさ
れ,2回分の振替がなされている。
    なお,連合会の生命共済は,書類審査のみで加入手続が行われるものであ
って,被共済者本人が手続に直接関与しないことも可能であった。また,本
件加入手続当時,生命共済には,保障内容の異なる複数のコースが用意さ
れていて,中には,同じ月額4000円の共済掛金額でも,入院時の給付金
額が少ない代わりに,死亡の場合の死亡共済金額が,本件生命共済より高
額となるコース(交通事故による死亡の場合2000万円,不慮の事故による
死亡の場合1280万円,交通事故による入院の場合日額7400円等)も存
在した。
  (2) Bは,本件生命共済の他に,平成11年8月2日にM保険会社の普通傷害
保険(以下,「M保険」という。)に,また,同年9月1日にNの新ガン保険に加
入していた。
    M保険は,1年毎に更新を行うものであり,保険金額は,死亡又は重大な後
遺症の場合1000万円,入院の場合日額5000円であり,月々の保険料は
2400円であって,B名義の口座より滞りなく支払いが行われていたが,平
成12年9月12日をもって更新がなされず失効した。この失効に先だって,
同年8月15日ころに,M保険の従業員が,Bに対して直接電話で更新拒否
の意思を確認している。
    また,Nの新ガン保険は,死亡時の給付保険金額20万円(ガン死亡時のみ1
00万円),ガンである旨の診断時の給付保険金額300万円という内容の保
険であった。
第3 争いある外形的事実関係の認定
 1 本件加入手続前のB殺害に関する会話内容
  (1) Aの公判供述とその信用性
    Aは,公判廷において,Bを殺害することについては,被告人の方から,「だん
なを殺して」「だんなを殺せばマンション売れるやない。」等と発言し,別の人
物に殺害を依頼するよう述べて一旦は断ったAに,重ねてB殺害を依頼した
経緯や,本件生命共済に加入することも被告人が言い出したもので,Aにと
ってはあまり関係のないことであったとする事情を供述するのであるが,そ
の内容は,後記第4の3のとおり被告人の正犯性を疑わせるに足りる諸事実
に照らして容易に信用し難いばかりでなく,A自身が,自分の方から被告人
にB殺害を持ちかけて了承を得た等と述べている後記の検察官調書の内容
とも明らかに齟齬しており,かかる供述変遷の理由として,捜査段階では被
告人を庇って虚偽を述べていたと供述する点も合理的なものとは認め難く,
むしろかかる証言当時,Aは,保険金詐取目的によるB殺害の刑責を問わ
れた被告人として,自身の裁判を係争中であったことを考えると,その公判
供述は,保険金目的の殺人であることの目的性をあいまいにし,被告人に
事件の主犯格としての責任を転嫁することで自己の刑責を軽減しようとした
ものと解されるところであって,Aのこの公判供述はたやすく信用することが
できない。
  (2) Aの検察官調書供述
    むしろ,Aは,その捜査段階における検察官調書において,自ら被告人に対
してB殺害を持ちかけたという経緯を認めつつ,被告人との間で,次のような
会話があったことを述べるなどして,被告人がB殺害と本件生命共済加入を
承諾していたことを指摘する。
    即ち,「平成12年7月初めころ,Aが『親父が死ぬのを待っとっても金は払え
んぞ。早よ,殺してしまおう。』『殺していいか。』等と聞くと,被告人は静かに
『うん,いいよ。Aさんがお父さんを殺したいというのなら殺していいよ。』と返
事をした。引き続いてAが,Bに別の生命保険を掛けて,その保険金をAがも
らうという話をした時も,被告人は,『Aさんがかけるなら,別に保険をかけて
もいいよ。どうせお父さんは死ぬんだから』『2口の保険に入っているから,
(私は)その保険をもらえばいい。マンションも私のものになるから,このマン
ションはAさんとモーテル代わりに使えるわね。先で売れるんなら売ってもい
いし。』等と言って承諾した。」「同じころ,被告人とドライブに行った際など
に,10回位,『旦那を殺すときには交通事故に見せかけて殺すぞ。』『交通
事故で死ねば1500万円の保険が出るH共済の保険にかけるぞ。』等と言う
と,被告人も『審査がないのならお父さんも仕事を休まんで済むし,保険をか
けたことをお父さんにばれんでいいね。』と答えるなどして,保険を掛けること
にも賛成した。同年7月から8月ころには,被告人とモーテルやドライブに行
った際に,10回位,真面目な口調で,『方法はいっぱいあるったい。旦那を
崖から車ごと突き落として交通事故に見せかけたり,海に車ごと突き落とし
たり,酒に睡眠薬を入れて旦那を眠らせて,2人で旦那を山に連れて行って
首吊りに見せかけて殺すこともできようもん。そのときはお前もアリバイを作
っとけ。』と言ったことがあったし,被告人は,これに対しても一向に反対する
様子はなく,真面目な口調で,『うん,分かったよ。』と言って了解していた。
また,4,5回位は,真剣に『旦那が死んだら,おまえと付き合っている俺が1
番に疑われるけん,人に頼んで旦那を殺す。旦那を殺す日があらかじめ分
かったら,俺がおまえにその日を連絡するけん。お前は香椎の姉さんとでも
一緒に,温泉にでも行っとけ。そしたら,アリバイができようが。』等とアリバイ
工作の話をしたが,被告人はその度に真面目な口調で,『うん,分かった。』
と了解していた。」
  (3) 被告人の公判供述
    これに対して,被告人は,公判廷において,Aから,明確にBを殺すという話
は聞いたことがないし,BにH共済の保険を掛けろとも言われていない等と
供述している。
    しかし,その一方で,被告人は,その公判廷においても,Aとのデート中に,
被告人が,Bが居眠り運転をして交通事故を起こしそうになったことがあると
話したら,Aが,そんなときはコーヒーの中に風邪薬を入れておけばよいと
か,Bを海に突き落として交通事故に見せかけると言ってきたこと,被告人
が,Bが酒を飲んで帰宅して風呂に入った際に,湯船の中で冷たくなってい
たことがあったと話したら,Aが,そんなときには俺が旦那を風呂に沈めてや
るなどと返事をしたこと,このようなAの話に対して,被告人は「何でそんなば
かなこと,下品なことばかりおっしゃるの。」等と返事をしていたにとどまるこ
と,Bが投資目的でマンションを所有していることを話した時には,Aが,「そ
んならおれがマンションをもらおうか。」等と言い,被告人も,冗談でこれに応
じるような返答をしたかもしれないこと,また,Aに,Bには保険2口を掛けて
いるという話をしたことがあり,Aからの300万円の借金の返済方法につい
て話し合った時には,Aから,300万円を返しきらなかったときには,「保険し
かなかろうもん。」といった言い方で,Bに保険を掛けるよう,2,3回位言わ
れたこと,Aと共に本件加入手続に行く時には,その途中で,Aから「300万
貸しとうけんね。」という発言をされたこと,あるいは本件加入手続後の会話
としてではあるが,Aが,1500万円の保険金の使途として,Bに何かあった
ときには,その保険から被告人のAに対する300万円の借金が払えるだろう
とか,あるいは500万円を返してもらうという趣旨の話をしてきたことなどを,
自認しているものである。
    被告人も自認するAとのかかる会話の内容は,少なくとも,Aが被告人に対し
て,Bを死なせる方法について複数の話をし,何度かBに生命保険を掛ける
よう促し,その保険金からAが金をもらうといった話をしたという限度で,Aの
前記検察官調書の内容と合致するものである。
  (4) 被告人の参考人調書
    さらに,被告人は,Bの遺体発見から4日後である平成12年11月16日の時
点で,自ら警察署に出頭し,参考人としての事情聴取を受けた際,Aとの間
に次のような会話があったことを供述した。
    即ち,「300万円の借用証書を書かされた後,Aは,『洋子さんがそんな大金
を払える訳なかろうもん』『旦那が死ねば保険金が入るんやろうもん』『旦那
が死ねば俺は家に帰らんで,洋子さんとずっと一緒に居れる』『自分の手を
汚さんでも殺す方法は幾らでも知っとる』『大阪の方にはやくざの知り合いも
おる』などと言ったので,被告人は,『主人に変なことをするんじゃなかろう
ね』と言った。8月25日には,Aに呼び出されて車に乗り込んだ後で,Aから
『洋子さんの旦那をH共済保険に入れるぞ』と言われて,本件加入手続をし,
手続終了後には,『洋子さんの借金もこれで返せろうが』と言われた。」
    また,被告人は,同年12月1日にも,同様に警察署において,参考人として
の事情聴取を受け,次のようなことを述べている。
    即ち,「Aは,Bを殺す方法等について,何回も被告人に話した。覚えている
限り,Bを殺す方法に関してAが話したのは,『ウミの方の崖から突き落とせ
ば交通事故になろうが』『親父に酒を飲ませて酔わせた後,風呂に入れろ。
俺が押さえつけて殺してやる』『親父とセックスをして疲れさせろ』『薬物を使
うと,検査をすればすぐバレる』『コーヒーの中に風邪薬を入れて運転させれ
ば,眠たくなって交通事故を起こそうが』等ということであり,その度に被告人
は『そんな考えは止めなさい』『何でそんなことを言うの』と言っていた。また,
Aからは,Bが死んだ時に入手する1500万円の保険金の使途について,被
告人が借りた300万円と自分で使った200万円の支払いに充て,残りを二
人で楽しく使おうと言われていた。こんな話を何回も何回もAから聞かされて
いた。」
    前記平成12年11月16日付け及び同年12月1日付け各警察官調書(以下
「参考人調書」ということがある。)の供述内容も,Aが,被告人に対し,人を
使ってBを殺害することも含め,Bを殺害する複数の方法について度々述べ
ていたことや,AがBの死亡保険金を手に入れたいという考えを,何度も被
告人に伝えていたこと,またAから,BをH共済に加入させるという話がなさ
れたことといった点において,Aの前記検察官調書の内容と一致する。
    前記参考人調書における被告人の供述は,B殺害の事実が発覚して間もな
く,捜査機関も,未だその犯人を特定することができず,Aはもちろん被告人
に対しても,B殺害の具体的な嫌疑をかけてはいなかった時期に,被告人が
自ら進んで警察署に出頭し,参考人として供述したものなのであるから,そ
こに警察官による誘導や押し付けが働く余地があったとは考え難く,当時の
被告人は,大変真摯かつ積極的にかかる供述をしたものと認められる。また
これらは,B殺害から数日もしくは20日間程度後になされた供述であるか
ら,時間的な経過を考えても,その記憶は相当鮮明なものであったと考えら
れる。更に特に,そこでAが述べたと説明される具体的な会話内容には,そ
れ自体にかなり特徴的なものがあり,その供述内容には迫真性が感じられ
る。とすれば,被告人の前記参考人調書の内容には,相当高度の信用性が
認められるというべきである。
  (5) B殺害後における被告人,A間の電話内容
    さらに,前記前提事実のとおり,被告人は,B殺害後の平成12年11月29日
と同年12月9日の2回にわたり,警察官らの面前でAに電話を架け,その会
話内容が録音されているが,そこでも被告人は,Aに対して「言ったじゃない
の,私にね。・・主人を風呂場で酒飲ませて・・・沈めてから・・とか,交通事故
に見せかけてね,自分がやらなくてもね,人を使ってでもって,言うたやない
の。そういう事を私聞いたからね。」とか,「あなたが『保険掛けに行くぞ』やら
言ってね。自分がお金出すやら言ったから。」等と発言し,これに対してAも,
「1500万入ればね,500万借金払って1000万残るけん。」「借金も返し
て,仮に俺が500万持って,洋子さんが500万持っとけば,・・今度はまだ楽
しく出来るやないね。」「お金のこと気にせんで,だから保険掛けようて言うた
っちゃない。」などと答えているのであるから,かかる発言内容も,その限り
で,前記Aの検察官調書の内容を裏付けるものである。
  (6) 認定事実
    これら各供述の一致するところに照らせば,Aは,被告人に対して,本件加入
手続以前の時点で,少なくとも,「Bを崖から突き落とす。」「睡眠薬を入れて
運転させる。」「交通事故に見せかける。」「酒に酔わせて風呂に沈める。」
「自分の手を汚さなくても,人に頼んで殺すことができる。」「大阪にやくざの
知り合いもいる。」など,様々な方法をもってBを殺害するという話題を度々
持ちかけ,さらにBに対して複数回生命保険を掛けるように勧めた上で,B
が死んだ後に支給される保険金の使途についての話も度々していたことが
認められる。そして,Aが度々そのような話題を口にしていたにもかかわら
ず,被告人は相変わらずAとの不倫の関係を継続していたのであるから,結
局のところは被告人自身も,AがBを殺害するという発言について,これに明
確に反対しているとAに受け止められるような応答をしなかったというだけで
はなく,そのようなAの発言自体を,さして責めたりとがめたり,反発するとい
う素振りを示すことすらなく,少なくとも,そのままに聞き置く,あるいは聞き
流す,といった応対に終始していたことが認められる。
  (7) Aの検察官調書供述の信用性
    もっとも,Aの検察官調書では,このようなB殺害の話題に対して,被告人が
真剣に「分かった」等と回答し,確かにこれを了解していたことや,それでA
は,「殺害の際には事前連絡をするので,被告人もアリバイ作りをしておくよ
うに」といった,B殺害に向けての直接的,具体的な指示をしたことを指摘し
ており,その点の供述内容は被告人の上記供述と齟齬しているところであ
る。
    そこで検討するに,まず,上記検察官調書は,A自身の首謀者としての責任
を認めつつ,犯行に至る経緯としての被告人の関わりを述べている点で,単
純にAが自己の罪責を免れ,あるいはこれを軽減させる目的から,虚偽の事
実をねつ造したとは考えにくいものであることを指摘することができる。また,
前記前提事実のとおり,Aは,かねて高額の借金返済に苦慮していた中,平
成12年7月下旬の時点で,500万円の報酬を支払うことを約束してJにB殺
害の話を持ちかけ,現に同年8月12日には,あえて消費者金融会社から1
00万円もの追加の借金をしてJにB殺害の手付金を支払い,現実にJをして
Bを殺害せしめているものであるところ,当時Aが,そこまでの強固な意思を
持ち,事前の経費を負担してまでBを殺害することの動機としては,Bを殺害
することにより,A自身が前記報酬金を支払っても余りある高額の金員を入
手できると考えたことにあると認めるのが相当である。そして,B死亡後の同
人の遺産や本件共済金を含めた保険金を取得し得る立場にあるのは被告
人なのであるから,被告人と意を通じ,Bを殺害し,本件共済金をAに交付す
ることを被告人が承諾していたからこそ,B殺害を実行に移したとして,その
経過を説明する前記Aの検察官調書の内容は,この点でも自然で無理のな
いものということができる。
    しかし,その一方で,Aは,Bの生前には不倫関係にあった被告人と親しく交
際していたにもかかわらず,Bが死亡した後には,一方的にその関係を継続
することを拒否され,借金の返済分として弁護士を通じ被告人から現金300
万円だけは受領したものの,結局B殺害という大罪を犯してまで意図した大
金を手にすることはできず,むしろJに対する報酬金の支払いなど,高額の
借財だけが残る羽目となったのであるから,被告人に対する憎しみや恨み
の気持ちを抱き,たとえ自己の刑責を軽減させるためでなくとも,被告人にB
殺害の刑責の一端を負わせるために,事実を歪曲したり,あるいは多少なり
とも脚色,誇張して述べようと考えるだけの動機があることも否定できない。
また,Aは,被告人との交際中には,被告人がAに対して相当の好意を抱
き,Bに対しては何の愛情も有しておらず,むしろ強い不平,不満を持ってい
ると思っていたことが窺われるから,Bを殺す方法について話をした時の被
告人が,「何でそんなばかなこと,下品なことばかりおっしゃるの。」等と答え
たものの,明白にはB殺害に反対する発言をしなかったことに意を強くして,
実際には,B殺害の計画について,Aが述べるほどに明確な話し合いや,被
告人からの明示的な同意,承諾がなかったとしても,Aとしては,Bを殺害し
てしまいさえすれば,その後の被告人は,Aの言い成りになって相当額の財
産を渡すだろうという思い込みを抱いたということもあり得たことと考えられ
る。加えて,前記前提事実のとおり,Aは高額の借金を抱え,根抵当権が設
定されていた自宅が他人の手に渡らないように確保するためにも,早期に多
額の金員を入手する必要性に迫られていた上,証拠によれば,Aには,本件
前の平成11年ころにも,当時不倫関係にあった別の女性に,その夫殺害の
話を持ちかけ,夫に内緒で生命保険を掛けるよう指示したが,その事実を夫
に知られて問責されたという経験があったと認められることをも併せ考えれ
ば,今回は,殺害計画がBに発覚する危険を少しでも減らすために,Aが,
被告人の明示的な承諾や同意を得ることのないままに,Jに対してB殺害の
依頼をし,その後の殺害計画を進行させたという可能性も,あながち否定す
ることはできない。
    そして,後記第4の2(2)のとおり,本件加入手続以降,B殺害の前後にAが取
った具体的言動を考えれば,A自身,被告人が,Bの殺害について積極的な
同意も了承もしてはいないと認識していたことが窺えるのであって,そうであ
るとすれば,Aの前記検察官調書中,翻ってB殺害前の平成12年7月,8月
ころに,Aが,何回もBを殺すという話を持ちかけ,それを前提に保険を掛け
る話をした際に,その都度被告人が「分かった。」等と真面目な口調で応対
し,さらにAが,被告人に対して,4,5回にわたって,B殺害の際に事前連絡
することや,アリバイ作りといった具体的な指示をしたという部分について
は,たやすくこれを信用することができない。
 2 本件加入手続に至る経緯
   前記前提事実のとおり,被告人が,平成12年8月25日に,Aを伴ってD銀行E
支店に赴き,本件加入手続を行い,その際その共済掛金や出資金をAに負担
させたことは明らかであるが,その加入手続に至る経緯については,検察官
が,Bの事前承諾なく,専らAの勧めによって加入したものであると主張するの
に対して,被告人は,Bの事前承諾は得ていたし,AからあらかじめH共済に加
入すべき旨指示されたこともないとして,その主張を争っている。
  (1) Bの事前承諾を推認させる事情の存在
    そこで検討するに,前記前提事実に基づいて勘案すれば,本件生命共済に
ついては,その加入について,Bが事前に承諾していたことを推認させ得る
次のような事情があると認められる。
   ア M保険の失効
     Bが従前加入していた前記M保険(死亡時等保険金額1000万円,入院時
保険金額日額5000円のもの)は,平成12年9月12日をもって失効して
いる。そして,当該保険の更新拒否の意思については,本件加入手続前
の同年8月15日ころに,M保険の従業員が,B本人に,直接電話で確認
しているところである。Bは被告人ら家族の主柱である上,自営業を営ん
でいたのであるから,もとよりBが,自己の死亡や入院時に備えて,家族
のために生命保険に加入するということは何ら不自然でないところ,M保
険が失効すれば,Bが加入する保険は,給付保険金額の極端に少ない前
記Nの新ガン保険(死亡時20万円,ガン死亡時100万円,診断給付金3
00万円)だけになるのであるから,M保険の契約更新時期を迎えるにあ
たり,むしろこれに代わって,より保障内容の手厚い本件生命共済に掛け
替えようと考えることは,十二分にあり得ることということができる。
   イ 本件生命共済の保障内容
     連合会の生命共済には,その保障内容が異なる複数のコースが用意され
ていて,共済掛金が本件生命共済と同じ月額4000円でも,入院時の給
付金額が少ない代わりに,死亡時の共済金額はより高額となるコース(交
通事故による死亡時2000万円,不慮の事故による死亡時1280万円)も
存在した。数ある保険の中でも,死亡時の給付額がそれほど多額とはい
い難い連合会の生命共済に加入することを選択した理由が,被共済者本
人の事前審査が必要ない点に求められるとしても,仮にも保険金目的で
の殺人を企てるのであれば,死亡時の給付額が最も高額のコースを選択
するのが自然であると思われる。
     この点につき被告人は,当時,Bや被告人が交通事故を起こしそうになった
ことがあり,自営業による収入で生活していることもあって,Bとの間で,入
院の場合に給付金が高いものにしようと話し合い,本件生命共済を選択し
たとして,それなりに納得の行く理由を供述している。
     これに対しAは,死亡時の給付額が最も高いコースを選択しなかったのは,
その存在を見落としていたからである旨供述する。しかしながら,他方でA
は,交通事故を原因として被保険者が死亡することを念頭に置いた保険
を掛けようと考え,被告人に対して,H共済のパンフレットを示しながら本
件生命共済を選択するよう指示したとも述べているところ,そのパンフレッ
トには各コースの共済金額などが大きく明示されている。保険金目的での
殺害を企てていたAにとって,死亡時の給付額は最大の関心事項であっ
たはずであり,この点に関するAの供述はにわかに信用できない。
   ウ 郵便物の転送手続
     被告人は,本件加入手続に際して,加入申込書の住所欄に,現住所と異な
るxのマンション所在の住所を記載したが,即日郵便物の転送手続を行っ
て,xのマンション宛ての郵便物も,Bと共に住んでいるeの借家に届くよう
手配している。仮に被告人が本件生命共済加入の事実をBに隠そうとして
いたのであれば,xのマンション宛ての郵便物を局留め扱いとする届出を
するなど,本件証書がBの目に触れることのないよう配慮することも可能
であったと思われるところ,被告人はそのような手続をしていない。
  (2) Bの事前承諾を主張する被告人供述の一貫性
    さらに,被告人は,本件加入手続を行うに先立って,Bと話し合い,本件生命
共済に加入することの承諾を得ていたという供述を,逮捕前からほぼ一貫し
てしているところである。
    即ち,被告人は,参考人としての事情聴取に応じた,前出の平成12年11月
16日付け警察官調書においても,「以前主人と二人でAの言ったH共済保
険に入ろうと言っていたので」とか,「『洋子さんの旦那をH共済保険に入れ
るぞ』・・・(と言った)Aに,『実は,主人と二人でその保険に入ろうと言う話を
していたんよ』と言った」と述べているのを始めとして,平成13年10月30日
に本件詐欺容疑で逮捕された後も,概ねBの事前承諾は得ていたとの供述
を続けており,少なくとも,Bに全く無断で本件加入手続をしたと述べたこと
はない。また,前示のとおり,B殺害後の平成12年12月9日に,被告人が
警察官の面前でAに架けた電話の中でも,被告人は,事前にBと相談した上
で本件生命共済への加入を決めた旨の発言をしていることが明らかである。
    ただ,参考人として供述した前出の平成12年12月1日付け警察官調書にお
いては,問答形式によって,警察官からの「ご主人に内緒で生命保険をかけ
ることについて,何か思わなかったのか」との問いかけに対し,被告人が「主
人に内緒で生命保険をかけることは,主人を裏切ることですし,悪いこととは
思っていました。」旨回答した旨の記述があるのであるが,当該問答以前
に,被告人が自ら進んでBに内緒で生命保険を掛けた旨を供述した記載は
なく,この問いかけは誤導ではないかとの疑いを禁じ得ない(なお,当該調
書の作成にあたった取調官は,被告人に対してBの了解を取っていたのか
と確認したところ,明確な答えはなかった旨供述するが,現に同調書上にそ
の点の記載はないのであるから,当該事実の重要性や取調官の職歴などに
照らし,その旨の取調官の供述部分はにわかに信用することができな
い。)。とすれば,これに対する回答もまた,被告人が,浮気相手であるAと
一緒に本件加入手続に出向いたことや,その共済掛金の支払いをAに負担
させたことをBに内緒にしていた事実と混同するなどした結果として導かれた
ものである可能性を否定できない。
    このように,被告人が,一貫してBの事前承諾を得ていた旨供述している点
は,被告人の供述の信用性を高めるものと判断される。
  (3) 検察官指摘の矛盾点について
    検察官は,前示のとおり,Aがその検察官調書において,本件生命共済の加
入を勧めた際に,被告人が,「審査がないのならお父さんも仕事を休まんで
済むし,保険をかけたことをお父さんにばれんでいいね。」等と答えた旨供述
していることを指摘し,被告人のかかる発言は,Bの事前承諾がなかったこ
との証左であると主張するが,B殺害に関するAと被告人間の会話内容につ
いて,Aが述べるところは,必ずしも全面的に信用し難いことも既述のとおり
である。前示のとおり,被告人が,平成12年12月9日にAに架けた電話の
中で,本件生命共済はBと相談して加入したものであると供述したのに対
し,Aもまた特段の反論をしていないことに照らしても,被告人が,保険を掛
けたことがBにばれなくて良い等と発言していたとする上記Aの検察官調書
供述は,にわかに信用することができない。
   また検察官は,本件生命共済の共済掛金の支払用に,わざわざ被告人名義
の本件振替口座を開設したのは不自然であること,Bは,従前,B自身のD
銀行O支店の口座から前記M保険の保険料を引き落としていたのだから,
同口座から本件生命共済の共済掛金を振り替えることも可能だったのであ
り,Bが,金銭管理のルーズな被告人に,毎月の生活費の中から共済掛金
を支払うよう指示していたとは考え難いこと等を指摘する。しかし,本件加入
手続当時は,B自身の経済状況も,相当程度苦しいものであったことが窺わ
れるし,B自身は,被告人がその生活費の多くをパチンコで費消していたと
は知らず,現に最後まで月々の生活費を被告人に渡してそのやり繰りを任
せていたのであるから,Bが,毎月の共済掛金を自身の口座から引き落とす
ことなく,被告人に渡していた生活費の中から支払うように指示したとして
も,必ずしも不自然不合理とまではいえない。被告人がわざわざ本件振替口
座を新設した点はやや奇異な行動には映るものの,この1点をもって,前
示(1)(2)のとおりの諸事情があるにもかかわらず,被告人がBに無断で本件
加入手続を行ったことを推認するには足りないというべきである。
  (4) 本件生命共済加入に対するAの指示の有無について
    他方,被告人とAが,本件加入手続のため判示のD銀行E支店に出向くにあ
たり,その直前に,Aから,BをH共済の保険に入れに行く旨の話があったと
いうことについては,被告人自身が,その逮捕後の供述調書で何度か述べ
ているほか,それ以前の前記参考人調書においても明確に供述し,さらに前
示のとおり,被告人が,同月9日にAに架けた電話の中でも,本件生命共済
に加入することをBと相談していたところ,「その時に,丁度タイミング良く・・
あなたが切り出してきた」とか,「あなたが『保険掛けに行くぞ』やら言って
ね。自分がお金出すやら言ったから」等と発言しているところである。前示の
とおり,捜査機関による誘導や押し付けがあったとは考え難いこの段階での
被告人自身の供述内容には,高い信用性が認められるというべきである。ま
た,前記のとおり,公判廷における被告人も,本件加入手続に行く際,途中
で,Aから「300万貸しとうけんね。」と発言されたことは認めている。そして,
かかる経過は,前示のとおり,Aがそれ以前にも被告人に対して,Bに保険
を掛けるよう複数回は勧めていたことや,現にAが,同年8月25日当日,そ
のまま被告人と共に判示のD銀行E支店に赴いて,本件加入手続の間中被
告人の近くにおり,本件生命共済の共済掛金等の支払いも負担したという事
実経過と,実によく整合している。
  (5) 認定事実
    以上の各点を総合考慮すれば,被告人は,Bを被共済者とする本件生命共
済に加入することについて,あらかじめB自身の事前承諾を得ていたもので
あるが,実際に本件加入手続に出かける直前には,偶々Aからも,H共済が
取り扱っている生命共済に加入しに行く旨声をかけられ,また「300万貸しと
うけんね。」といった指摘を受けた上で,これに応じる形で,本件加入手続を
行ったものと認められる。
 3 共済掛金振替事実の確認及び追加掛金入金時における会話内容
  (1) Aの供述
 Aは,その公判供述でも,検察官調書でも,本件加入手続後は,被告人と
会う度に,保険が切れてしまったら何にもならない等として,本件振替口座
から共済掛金を下ろしていないかを確認し,被告人はその度に下ろしてはい
ない旨答えたこと,また平成12年11月7日の被告人との一泊旅行の帰り道
では,そろそろ共済掛金がなくなるころであることを指摘して,追加の掛金を
入金するよう指示し,K福岡店に立ち寄った際,同店1階のD銀行ATMコー
ナーで共済掛金の追加入金を促したが,被告人は2000円しか入金しなか
ったというので,「そんな2000円くらいで足るもんか。1万円やるけん,すぐ
に入金しなおしてこい。」等と言って1万円を渡し,入金させたことを供述す
る。
  (2) 被告人の公判供述
 これに対して被告人は,公判廷において,本件加入手続後は,月に2回位
の割合でAとデートに出掛けていたが,Aから,本件振替口座に入金した金
を,使っていないかどうか確認されたことはないし,平成12年11月7日にA
から受け取った現金1万円を本件振替口座に入金したのも,当初は靴かバ
ッグでも買えと言って渡してくれたのを被告人が断ったら,Aが本件振替口座
に入金するよう強く言ったので入金しただけである等と供述するのである
が,他方で,9月10日のデートの際には,Aから1度「俺が渡したお金持っと
うや。」と言われたことがあり,その時は自分がもらったお金を通帳に入れて
も入れなくても自分の勝手なのだから,Aには何も返事をしていないと思うと
述べたりもしている。
  (3) 被告人の捜査段階供述
 また被告人は,その平成13年11月19日付け検察官調書や,同年12月
14日付け検察官調書では,本件加入手続の後,Aから,入金した共済掛金
を下ろしていないか確認されたことがあったかどうかは記憶にないとか,確
認を受けた覚えはない等と述べているが,同年11月30日付け警察官調書
では,Aから2回位は,「お前,通帳に入れとる金を使うとらんめえね。」と言
われ,実際にはAに内緒で金を引き出してはパチンコ代に使っていたのを,
Aにそう言われたことで,振替日の15日ころには,共済掛金分の4000円が
必ず通帳に残っているよう,注意しながら使っていた等と供述している。ま
た,平成12年11月7日にAから受け取った現金1万円を本件振替口座に入
金した経緯については,平成13年11月30日付け警察官調書で,当初は靴
かバッグでも買うように言われて1万円を差し出されたが,被告人が「いらな
い。」と言ってこれを拒否すると,それなら本件振替口座に入金しておくよう
に言われて受け取り,入金したものであると説明するが,他方で,同日,当
該1万円の入金に先立って,同じK福岡店ATM機から,本件振替口座に20
00円が入金された経緯については思い出せない旨述べている。
  (4) 各供述の信用性検討
 前示のとおり,Aの公判供述及び検察官調書の内容には,少なくともその
一部に信用し難い点があり,全体として,B殺害に対する被告人の関与の度
合いを誇張ないし強調するような傾向が認められることは否めない。
 とはいえ,Aは,平成12年8月25日の本件加入手続の前に,既に犯行を
依頼したJに手付金100万円を支払うなどして,B殺害に向けた意思を固
め,その実行に向けた準備に着手していたのであるから,Aにとって,せっか
く加入した本件生命共済を,掛金未納で失効させたりしないことは,大変重
大な関心事であったと推測される。また同年11月7日には,Aが,口座預金
額の不足を心配して,追加の共済掛金のための入金をするよう被告人に指
示したが,被告人が2000円しか入金しなかったので,それでは足りないと
改めて指摘した上,現金1万円を交付して,本件振替口座に追加入金させた
という経過は,現に本件振替口座の同日欄に,同一の取扱店において,当
初2000円の入金がされ,その後続いて1万円の入金がされているという客
観的事実によって裏付けられているし,実際には,その前日の6日の時点
で,既に現金4000円が同口座に入金されていて,15日振替予定の11月
分の共済掛金には足りるだけの残高があったことも考えると,翌7日の時点
で,被告人が,何のきっかけもないのに2000円だけを改めて同口座に入金
する必要性が生じるとは思われず,最初にAの方から同口座に追加入金す
るよう指示したという点は一層信憑性が高いのであって,11月7日の入金を
めぐるやり取りに関しては,全体として,Aの供述に十分な信用性が認めら
れる。そして,かかる11月7日の行動を見ても,Aが,本件生命共済の効力
を維持することに,並々ならぬ関心を抱いていたことは明らかであり,かかる
Aが,被告人に対して,本件振替口座から金を引き出していないかを確認し
ようとすることは,十分自然で合理的なことといえる。
 これに対して,被告人は,公判廷において,Aから,本件振替口座に入金し
た金を,使っていないかどうか確認されたことはない旨述べていながら,そ
の一方で1回はAから「俺が渡したお金持っとうや。」と問われたことがあると
述べて,交付した金員が本件振替口座にきちんと入れられ,これが引き下ろ
されていないかについて確認する趣旨の発言をされたことを認めるような発
言もしたり,その捜査段階でも,このような問いかけがあったかどうかは記憶
にないと述べるかと思えば,2回位尋ねられたことはあったと認めるなど,そ
の供述はそれ自体あいまいで,変遷しているところである。また,平成12年
11月7日に現金1万円を本件振替口座に入金した際の状況については,そ
の直前に同じ店舗から現金2000円を入金しているにもかかわらず,その経
過について覚えがないと述べるなど,当日の入金状況についての供述もあ
いまいである。
 とすれば,Aが,本件加入手続後,被告人と会う度毎に,欠かさず本件振
替口座からの出金の有無を確認したと述べる点についてまでは,全面的に
は信用できないとしても,Aが,被告人に対して,少なくとも複数回は,交付し
た金員が本件振替口座にきちんと入れられ,これが引き下ろされていないか
を,確認する発言をしたことは,優に認められるというべきである。
 また,被告人は,その際,Aには何の返答もしなかったと思う等と述べるの
であるが,前示のとおり本件生命共済の効力維持に強い関心を持っていた
と解されるAが,公判廷において,金はちゃんと入金され,1度も下ろされて
はいないものと思い込んでおり,被告人が所持していた通帳を見るなどし
て,本件振替口座の残高を実際に確認したことはなかった旨述べていること
や,Aからの借金返済要求に苦慮するという,いわば弱い立場にあった被告
人としては,Aの意向に逆らって同口座からの出金を繰り返している事実を,
Aには告げにくい心情にあったことが容易に推測されること,実際の同口座
の預金変動状況を見れば,被告人自身,度々預金の出し入れを繰り返して
いたものの,少なくとも共済掛金の振替日までには,残高が4000円以上と
なるよう配慮していたと認められ,結果において,本件生命共済の掛金が継
続して振替支払いされているかを確認しようとするAの問いかけにも,かなっ
た行動をしていたことに照らせば,前記Aの供述どおり,被告人は,Aに対し
て,受け取った金は本件振替口座から下ろしていない旨の回答をしていたも
のと認めることができる。
  (5) 認定事実
 以上の次第で,Aは,本件加入手続後,少なくとも複数回は,被告人に対し
て,本件振替口座からの出金の有無を確認する問いかけをし,被告人は,
実際にはこれを度々引き出し使用していたものの,Aに対しては,引き出して
はいない旨回答したこと,また平成12年11月7日には,Aが,共済掛金の
追加入金を促したのに応じて,被告人が2000円を本件振替口座に入金
し,それだけでは不足であると判断したAから,さらに現金1万円を受領し
て,同口座に追加入金したものと認められる。
第4 被告人とAによるB殺害の共謀の成否
 以上の事実を前提に,被告人にB殺害に対するAとの共謀が成立するか否
かを検討する。
 1 AによるB殺害の企図に対する被告人の知情性
  (1) 前示のとおりの外形的事実経過を前提としても,被告人は,公判廷におい
て,Bの殺害の前後を通じ,AがBを殺害する意図を有していたことにはまっ
たく気付かなかったと主張する。また,その捜査段階においても,平成13年
10月30日に身柄拘束された当初から,少なくとも約半月余りの間は,同様
の主張をしていたところである。すなわち,被告人は,本件詐欺容疑での逮
捕当日の警察官調書を始めとして,同年11月8日付け警察官調書,同月1
3日付け警察官調書,同月15日付け警察官調書,同月19日付け検察官調
書及び同月20日付け検察官調書のいずれにおいても,Aが本気でBを殺害
しようと企図していたことは全く知らなかった旨述べている。
 また確かに,Aが被告人に対して,前示第3の1(6)に認定したような,B殺
害の話を最初に持ち出した時の状況を考えると,それは,人妻とその浮気相
手が,二人で過ごすデートの際などに話題として出たものであるし,その殺
害方法にしても,Bを酒に酔わせて風呂に入れて沈めるとか,睡眠薬を飲ま
せて運転させて事故を起こさせるなどといった,質は悪くとも,なお悪趣味な
冗談で通る程度のことから話が発展していったに過ぎないものと認められる
から,当初の被告人が,これらの会話をAの下品な冗談に過ぎないと考えた
というのもあながち不自然とは言い切れない。
  (2) しかし,そこから話はさらに進んで,Bに生命保険を掛ける話や,人に頼んで
Bを殺してもらう,ヤクザの知合いもいるといった,一層程度の悪質な話が出
てくるようになり,しかもそのような会話が何度となく繰り返されていたのであ
るし(前示第3の1(6)の認定事実),他方でその背景には,被告人が,現にA
に多額の借金を負い,300万円の借用証書を書かされ,その返済要求に苦
慮していたことや,にもかかわらず,Bに借金の事実を打ち明けることにはA
から反対されていたという事情があった(前提事実2(1))。また,かかる会話
を繰り返していたA自身は,少なくとも平成12年7月下旬にJに対してB殺害
の話を持ち掛ける以前から,既にBを殺害しようという意図を有していたこと
は明らかなのであって,たとえB殺害に関する被告人の明示的同意,承諾を
得ることまでは期待しなかったにせよ,殺害の目的となるBの生命保険金そ
の他の遺産を,被告人を通じて入手できるか否かを見極めることは最も重大
な関心事だったはずであり,そのためにも,AがBを殺害した場合に,被告人
が見せる反応を窺い知ろうと,それなりに真剣な態度でB殺害の件を繰り返
し被告人に話したと見る方が自然である。
 かかる経緯を考えれば,次第に被告人にも,Aが,Bの存在をかなり疎まし
く思い,貸付金回収の方法としてBの生命保険金を入手することを希望し,
そのためにBの死を願っているようだということは理解できたはずであって,
そうであれば,この段階の被告人が,確信とはいえないまでも,AはBを殺し
かねないのではないかという不安感を抱くということは,十分あり得ることと
いうべきである。
 このような被告人自身の心情については,Aの真意を知らなかった旨主張
している上記平成13年11月8日付け警察官調書,同月19日付け検察官
調書及び同月20日付け検察官調書においても,その一方で,AからBを殺
害する話や,300万円を返済するためにはBに保険を掛けるしかない等と
いった話を聞いた時には,Aが,Bを殺して保険金を取るつもりであると思っ
て怖くなり,恐怖感で自分の顔の血の気がさっと引いて,ふるえが来たとか,
その後しばらくはAと会うことを避けていたなどと供述して,これを認めている
ところである。
  (3) そして,このような会話が繰り返される中,被告人は,平成12年8月10日こ
ろには,Aから,Bが経営する設計事務所の場所が分かったことや,eの借家
やBの使用する車を知っていることを告げられ(前提事実2(4)),同月25日
に本件加入手続に出かけるに際しては,Aから,H共済の保険に加入しに行
く旨声をかけられ,また「300万貸しとうけんね。」といった指摘を受けた上
で,これに応じて共にD銀行E支店に出かけ,Aに出捐してもらった金員を共
済掛金等に充てることによって,本件加入手続をしたものである(前示第3の
2(5)の認定事実)。
被告人は,従前度々Aから生活費等の名目で金員を借り受けていたもの
の,本件加入手続の段階では,既に300万円の借用証書を書かされ,その
返済を要求されていた立場なのであるし,Aからは,H共済の生命共済を掛
けに行く旨声を掛けられ,「300万貸しとうけんね。」と借金があることも指摘
されつつ,共に銀行に出向いているのであるから,そのAが,単なる好意で,
初回掛金等4200円を負担するはずはなく,その行動にはAなりの思惑があ
るということは容易に理解できたはずである。そして,かねてAから,保険金
を掛けた上でBを殺害する旨の話を繰り返し聞かされ,相応の不安感を抱い
ていた被告人にとってみれば,このように,Aが,Bの勤務地や住所地,その
使用車両を把握することで,いわばBの生活圏への接近を図ろうとした上
に,実際にBに生命共済を掛けるという提案をし,その加入手続のために被
告人に同行して,自らその共済掛金等を負担したということが,それ以前に
は相当程度抽象的で,必ずしも現実味があったとはいえないB殺害や,その
前提としてBに生命保険を掛ける話に基づいて,ついにAが,積極的,具体
的な現実の行動を示したものに他ならないことを,十分認識し得たはずであ
る。
  (4) この点について,被告人は,その捜査段階でも,身柄拘束から約1か月が
経過したころから,AがB殺害を意図していることに気付いていた旨認める内
容の供述に転じている。すなわち,平成13年11月29日付け警察官調書,
同月29日付け警察官調書,同年12月3日付け検察官調書,同月4日付け
検察官調書,同月5日付け警察官調書,同月11日付け検察官調書及び同
月12日付け検察官調書(以下,これらの調書を「自認調書」という。)のいず
れにおいても,ほぼ一貫して,Aが,Bに保険を掛け,交通事故に見せ掛け
て殺すと言ったり,1500万円の保険金の使途について話すなどしたこと
で,Aが本気で保険を掛けてBを殺そうとしていることが分かり,恐ろしくなっ
たが,借金を払うあてがなかったので,どうしようもなく,Aの言いなりになっ
たという趣旨の供述をしているのである。
 もっとも,最後の調書となった同月14日付け検察官調書では,被告人は
再び従前の供述を翻し,AがBにH共済の保険を掛けて殺すといった時に,
その保険金が出たらその金をAに渡すと応答したり,Aから言われて本件生
命共済に加入したことは間違いないが,それでもAが本当に保険金目的でB
を殺害するとは思ってもいなかったと述べるに至っており,その供述には一
貫性がない。また弁護人は,上記自認調書は,被告人とAとの不倫関係が,
結局はBの殺害という事態を招いたという厳然たる事実の下で,倫理的,道
義的,心情的に自らを非難し,自虐的な心理状態に陥っていた被告人を,取
調べにあたった捜査官らが一層強く追い詰め,Aの自白調書に整合するよう
な形で作り上げた供述調書に署名指印することを厳しく要求した結果として
成立したもので,全く信用できないと主張する。
  (5) しかし,被告人は,自身が逮捕されるずっと以前の参考人段階の事情聴取
の際にも,同様にAの真意に気付いていた旨の供述をしている。すなわち,
前出の平成12年11月16日付け警察官調書では,AがBを殺害する様々な
話をしてきたことで,被告人としては,AがBを殺して,その保険金で300万
円を返済させようとしているのではないかと思って怖くなり,しばらくはAの電
話にも出ないようにしていたが,毎日のように電話が架かってきて,会わな
いと何をされるか分からないと思ったこと,本件加入手続が終わったときに,
Aが,保険に入っておけば安心だ,借金もこれで返せるだろうという話をする
のを聞いて,Aが本当にBを殺して保険金の中から300万円を手に入れよう
としているという気持ちが強くなったが,今となればAの言いなりになるしかな
く,保険を解約することもできなかったこと等を述べているし,前出の同年12
月1日付け警察官調書においては,AからB殺害の話や,Bに生命保険を掛
けて,それで借金を払えばよい等と言われたことで,Aは交通事故を装って
Bを殺し,保険金を取ろうとしていることがはっきり分かったが,Bに保険を掛
けることをしつこく言われたので,断り切れずに,Aの言いなりになろうと決
め,本件加入手続を行ったこと等を述べ,それぞれに,Aとの会話の中で,
かねてAがBを殺害するのではないかという不安感や恐怖感を抱いており,
少なくとも本件加入手続を行った前後の時点では,Aは本気でBを殺害しよ
うとしていることが分かった旨認める供述をしているのである。
 既述のとおり,前記参考人調書が作成された当時は,捜査機関としても,
被告人やAのいずれに対しても具体的な嫌疑をかけていなかった時期であ
って,その作成に際し,弁護人が前記自認調書について非難するような,警
察官による強い押し付けが働いたとは到底認められず,そこには被告人自
身の自発性,積極性が強く表れていると解されるのであって,その信用性は
大変高い。
 弁護人は,被告人自身の能力,性格からして,被告人には,物事に対する
理解力が乏しく,現在の自分の感情や知識を,あたかも過去の当時におい
てもそうであったかのように発言することがあり,前記参考人調書は,そのよ
うな被告人の供述を,捜査官が整合的にまとめあげたものであること,前記
参考人調書と同時期である平成12年11月29日と同年12月9日に,警察
官らの面前で録音された被告人とA間の電話での会話内容を見ても,被告
人は未だAがB殺害に関与しているかどうか,半信半疑の状態でAを問い詰
めている様子が見受けられるなど,その内容は前記参考人調書と矛盾する
ことを指摘して,かかる参考人調書も信用性がないと主張する。しかし,前記
参考人調書で述べられている被告人の心情は,前示のとおりの外形的な事
実経過に照らして十分自然で無理のないものであるし,上記電話での会話
の当時,被告人がAの犯行であることに半信半疑の様子を示していたからと
いって,それが犯行前の時点では,AにB殺害の企図があることを知らなか
ったことの証左になるとはいえず,むしろそこでの会話内容は,前記参考人
調書の内容と概ね合致するものである。被告人の理解力や表現力等にある
程度劣る部分があったにしても,前記参考人調書の記載内容自体は平易で
分かり易いものであり,被告人がその記載内容を誤解して署名指印したと疑
わせる事情も何もないのであるから,その信用性に疑念を差し挟む余地は
ない。
  (6) 以上の次第であるから,被告人は,かねてAから,保険を掛けた上でBを殺
害する旨の話を繰り返し聞かされ,AがBを殺しかねないのではないかとの
不安感を抱いていたところ,その後Aから,Bの勤務地や住所地,その使用
車両を把握したことを知らされたり,Aに促され,Aを同行して,Aの出捐によ
って本件加入手続をしたことによって,遅くともその段階では,Aが,真にBを
殺害する企図を有していることに気付いたものというべきである。
 そして,それにもかかわらず,被告人は,Bにその旨警告することなく,Aと
の不倫関係を継続したばかりか,その後も複数回にわたって,本件振替口
座に入金した金員を引き出していないかAに問われた際には,引き出してい
ないと回答し,さらに同年11月7日には,Aが,共済掛金の追加入金を促し
たのに応じて,被告人が2000円を本件振替口座に入金した後,さらにそれ
だけでは不足であると判断したAから,共済掛金分の現金1万円を受け取っ
て同口座に追加入金したものである。
 被告人のかかる認識,言動は,Aとの間で,Bを殺害する旨の共謀が成立
したことを疑わせる事情であるといえる。
 2 B殺害に向けたAの共同実行意思の存否
 しかしながら,前示1の事情を前提にしても,以下に挙げる事情によれば,ま
ず,Aには被告人と共にB殺害を敢行するという共同実行の意思が欠けていた
旨の疑いを入れる余地がある。
  (1) 犯行の動機と被告人との共謀の要否
 前示のとおり,Aは,本件生命共済を始めとするBの遺産を手に入れること
を目的に,共犯者JをしてBを殺害させたものと推認できるが,被告人のA及
びBに対する態度等から,B殺害についての被告人の明示的同意,承諾を
得なくても,B殺害後には,被告人がAの言い成りに相当額の財産を渡すだ
ろうという思い込みを抱いた可能性も否定はしきれず,犯行動機の点から,
被告人と意を相通じての共謀が不可欠な状況にあったとはいえない。
  (2) 具体的な犯行内容に関する意思疎通の欠如
   ア 殺害計画の詳細等の不告知
 Aは,本件加入手続前には,B殺害の様々な方法について被告人に話
して聞かせていたものの,実際の殺害方法などについては具体的な内容
を一切告知していない。また,Aは,B殺害後に被告人から電話でAの犯
行ではないかと問い詰められた時にも,これを否定する応対をした。
 Aは,その理由について,仮にBの殺害に成功したとしても,被告人が殺
害の具体的な予定を知っていれば,警察の捜査が被告人に及んだ際に,
被告人が全てを警察官らに話してしまい,B殺害の犯人としてA自身が捕
まってしまうと思ったからだと供述する。しかし,そもそもAは,被告人との
間で,Bを殺害すること自体は何度も真剣に話し合い,その了解を得てい
たとして,事前共謀が成立したことを主張する。そうであるならば,実際の
殺害方法などを被告人に教えていなくとも,被告人が警察官にAとの事前
共謀の存在を話してしまう危険性は常にあるのだから,この点に関するA
の説明は,それ自体不自然さを否めない。
 むしろ,被告人に具体的な殺害計画を話したり,あるいはAがB殺害を
実行したことを自認することで,計画が他に漏れたり,自己の犯行である
ことが警察に発覚する危険があると考えたのであれば,Aとしては,そもそ
も被告人に対しては,Bを本気で殺害しようと考えていること自体を悟られ
ないようにしようとするのが自然であろうし,現に犯行後には,自分は犯人
ではない旨否定してみせたのであるから,Aがこのように考えているという
こと自体,A自身,被告人が未だBを殺害することについて納得はしてい
ないと考えていたことを窺わせるものである。
   イ 実行行為に有益な準備行為についての被告人の不関与
 Aは,Bの風貌を知るための写真の入手や,勤務先である設計事務所
の所在地及び使用車の特定など,被告人に依頼しさえすれば容易に入手
できてしかも有益と思われる情報の提供すら,被告人に対して求めていな
い。その結果,A自身は最後までBの風貌を知らなかったものであり,設
計事務所の所在地は,わざわざ知人に頼み込んで突き止めてもらったも
のである。このような協力すら被告人に頼まなかったAの行動は,被告人
がB殺害を真に納得していた上でのものとしては,極めて不合理というほ
かない。
   ウ 本件生命共済のコース選択についての協議不足
 また,連合会の生命共済には,死亡時共済金額が最大2000万円のコ
ースがあったし,Aが,真に被告人とB殺害について謀議していたならば,
加入させる生命共済のコース選択についても,被告人と十分協議する機
会はあったと思われるのに,被告人は死亡時共済金額最大1500万円の
本件生命共済に加入しており,前示のとおり,Aは本件加入手続の間中,
被告人の近くにいて,十分協議する時間もあったと認められるのに,Aに
おいて,これを2000万円のコースに変更するよう指示した様子は窺えな
い(前示のとおり,2000万円の保険金が出るコースを見落としていた旨
のAの供述は信用できない。)。
 3 B殺害に向けた被告人の正犯意思の存否
さらに,被告人についても,以下のとおりの事情を指摘できるから,被告人に
正犯意思があったというには,なお合理的な疑いを差し挟む余地がある。
  (1) B殺害を積極的に意欲する動機の薄弱さ
 被告人は,Bと婚姻し,4人の子を育て上げ,B殺害前には,長男,次男が
独立して他所に住んでいたものの,他の子らとは同居しており,唯一の娘が
結婚を控えていた時期にあった。当時被告人は,Aと不倫関係にあったもの
の,これを家族から悟られることもなく,Bに対して何らかの不満を感じてい
たにしても,その死を積極的に望むほどに,Bを憎悪していたと窺わせるよう
な事情は認められない。また,Aにも妻子はいたから,仮にBが死亡すること
があっても,Aと再婚できるというような状況には全くなかったし,現にBが殺
害された後は,被告人がすぐにAとの不倫関係を断絶していることを見ても,
被告人が,Bとの家庭を捨て,Bを殺害したいと望むほどに,Aとの関係にの
めり込んでいたとは到底認められない。
 さらに,被告人には平成12年11月当時で消費者金融会社に総額約166
万円に上る借金があったほかに,Aに対して借用証書を差し入れた300万
円の借金があり,月々の生活費さえパチンコに注ぎ込むような生活をしてい
た被告人としては,金銭に困っていたことは事実であるが,そうかといって,
Bは現に毎月20万円程度の生活費を入れてくれていたのに,その死亡に伴
って入手し得る本件共済金額は,交通事故死の場合でも1500万円に過ぎ
ず,たとえ当面の借金がなかったとしてさえ,当時52歳で専業主婦であった
被告人が,その後の人生を安楽に生活していくには到底及ばないと思われ
る金額でしかない。B名義のxのマンションにしても,全額ローンで購入し,未
だ相当額のローンが残っている第三者賃貸中の物件である上,被告人の相
続分は2分の1しかないのであるから,いずれにしても,被告人が,その取得
を目当てにBを殺害したいと考えるほどには,本件共済金もBの遺産も多額
のものではないと思われる。むしろ,その生活の基盤を専らBの働きに頼っ
ていた専業主婦である被告人にとっては,この段階でBに死なれてしまうこと
は,その後の被告人自身の経済生活を極めて不安定なものとしかねない,
望ましくない出来事であると解される。
 もっとも,被告人は,Aから多額の借金をし,その返済要求に苦慮していた
ことから,なんとか300万円の返済資金を捻出しない限り,AからBに,直接
支払いを請求され,これまでの不倫関係やパチンコにのめり込んだ挙げ句
に消費者金融にまで手を出した事実等が暴露されるおそれを抱いており,そ
うなった暁には,Bから離婚され,子供達からも見捨てられるであろうという
危機感を有していた。とすれば,確かに,AにB殺害を持ちかけられた際,こ
れに応じなければこれまでの安楽な生活を失うかもしれないという気持ちか
ら,Aに賛同するという可能性は否定できない。しかし,そのような動機は,B
を積極的に殺害しようと意欲するものとは異なり,いわば自己の立場を守る
ためにやむを得ないものとして,消極的に賛成するものに過ぎないものであ
るし,むしろ,前示のとおりの被告人の家庭状況や経済状況を考えれば,被
告人としては,もし何らかの方法でAに借金を返済することができ,不倫の事
実や借金の存在等をBに隠し通すことさえできるならば,なるべくはBが殺さ
れて欲しくないという気持ちを持つ方が自然であるといえ,このような気持ち
は,相互に両立し得るものである。とすれば,かかる動機は,必ずしも自己
の犯罪としてB殺害を意欲するという,殺人の正犯意思には直結しない場合
があるというべきである。
  (2) 本件生命共済の加入に対するBの事前承諾と被告人の心情
 前示のとおり,被告人が,Bを本件生命共済に加入させることについては,
B自身の事前承諾があったとする被告人の弁解を排斥することはできないと
ころである。
 そうであるとすれば,本件加入手続をすることは,Aの意図にかなうもので
あると同時に,他方では,B自身の意向にも沿ったものであることを否定でき
ない。さらには,金銭管理のかなりルーズな被告人が,本件振替口座に入
金された金を,度々出金しつつも,共済掛金の振替日直前までには,必ず同
掛金相当額の金員を入金し直して,一度たりとも同掛金の振替支払いを滞
らせることがなかったことや,11月7日にAから受け取った現金1万円を,追
加して本件振替口座に入金したことすらも,本件生命共済に加入し,維持す
るという目的に合致する限度において,Bの意向に反したものであったとは
いえないのである。
 そうである以上,被告人が,これらの行動を取るにあたっては,それがBに保険を
掛けた上で殺害するというAの意図に合致し,その意に従って振舞うことだと
する認識を有していた一方で,本件加入手続をしたり,その共済掛金を振替
支払い続けること自体は,必ずしもBの意思に反するものではないとの思い
を併せ持ち,それ故に,Aに協力することについての罪悪感や犯罪性を深く
認識することがなかったということは十分あり得ることである。そして前述の
とおり,被告人自身が,不倫関係や高額の借金の存在等をAに暴露される
かもしれないという弱みをAに握られていたことも考慮すれば,被告人が,A
のB殺害意図については,積極的な賛同や了承をしておらず,B死亡という
結果を認容してもいないが,自己の言動についての罪悪感,犯罪性の認識
に乏しいままに,Aを不用意に刺激しないことを主たる目的として,その意に
従った行動をすることも,またあり得るものと考えられる。
 とすれば,被告人が,B殺害というAの意図を知りつつ,前示1で認定した
とおりの本件加入手続やこれに続く一連の行動をしたからといって,それが
直ちに被告人自身のBに対する積極的な殺意の存在を推認するものとはな
らないというべきである。
  (3) B殺害後の被告人の言動
 被告人は,Bが殺害されたことを知った直後,放心状態となり,その当日の
事情聴取の際にも,途中で泣き出すなどし,取調官は,被告人に対し,本当
の被害者の奥さんだというような感じを受けている。これらは,B殺害の実現
に対し,被告人が積極的な意欲を有していなかったことを裏付ける事情の1
つである。
また,被告人は,前示のとおり,事件発覚から間もない平成12年11月16
日,自ら進んで警察署に出頭し,Aが犯人ではないかと思う旨供述したほ
か,警察官の面前で2度にわたってAに電話を架けるなどして,その後の捜
査にも協力している。本件殺人事件の捜査に当たった警察官らにとって,こ
のような被告人の申告によって初めて,Aへの嫌疑が明るみになったもので
ある。このような被告人の行動と,被告人がBの殺害を積極的に意欲し,自
らが行った犯罪であると認識していたこととは相容れない。すなわち,もし被
告人が真にBを殺害することを意図して,Aと共謀していたのであれば,この
段階でAを告発するような言動を取ることは,いずれAのみならず,被告人自
身に対する嫌疑をも呼び起こすこととなるのは明らかで,平成12年11月16
日付け警察官調書中に,「私とAは肉体関係もあることから,2人が共犯だと
疑われても仕方ありません。」と述べられているのを見ても,被告人自身,こ
れを十分に認識していたものと認められる。このように,Aを名指しで犯人の
疑いがあると訴え出た被告人の言動を見れば,少なくとも当時の被告人とし
ては,自らが望み,Aと共謀した結果として,Bの殺害が実現したとは考えて
いなかったということができる。
 4 結論 
 以上のとおり,被告人は,AからBを殺害する旨の話を繰り返し聞かされるな
どして,遅くとも本件加入手続の当時においては,Aが真にBを殺害する企図
を有していることに気付いていながら,Aと共に本件加入手続を行い,その後も
Bにその旨警告することなく,Aとの不倫関係を継続し,Aから本件振替口座に
入金した金員を引き出していないか,少なくとも複数回問われた際にも,引き
出していないと回答し,さらにAから共済掛金を入金するよう促されて自ら200
0円を本件振替口座に入金した後,なおそれでは不足だと判断したAから,現
金1万円を受け取って,Aの面前で同口座に入金するなどしたものであるが,
その一方で,その後のAの言動を見れば,Aには,被告人とともにB殺害を行う
という共同実行の意思に欠けていたとの合理的な疑いを入れる余地があり,
被告人自身にも,B殺害に向けた正犯意思を欠くという合理的疑いがあること
からすれば,被告人とAとの間には,Bを殺害する旨の共謀が成立したと認め
ることはできない。
 結局,被告人は本件殺人の実行行為を行っておらず,本件殺人の正犯者た
るAとの間で,そのB殺害に向けた共謀も成立したと認めるには合理的疑いが
残るといわなければならず,被告人にB殺害についての正犯は成立しないもの
というべきである。
第5 AらによるB殺害行為に対する被告人の幇助犯の成否
1 被告人の言動の幇助行為該当性
 前示のとおり,被告人は,Aから促されるのに応じて,共にD銀行E支店に出
かけ,Aに出捐してもらった金員を共済掛金等に充てることによって本件加入
手続を行い,その後にAから複数回本件振替口座に入金した金員を引き出し
ていないか問われた際には引き出していないと回答し,さらにAから共済掛金
を入金するよう促されて受け取った現金1万円を,Aの面前で本件振替口座に
入金するなどしたものである。
 Bを本件生命共済に加入させた上で,Bを殺害しようと決意しているAに対し
て,共に本件加入手続をすることや,本件振替口座から金員を引き出していな
いと回答することで,毎月の共済掛金がきちんと振り替えられているとAに信じ
させること,また追加の共済掛金相当額をAから受領した上で本件振替口座に
入金することで,今後ともその振替を継続するものとAに思わせることが,Aに
対して,少なくともBが死亡すれば,本件共済金が手に入るとの期待をAに抱
かせ,B殺害の意図を心理的に促進することは明らかというべきである。
 よって,被告人のこれらの言動は,本件殺人の正犯たるAに対する幇助行為
に該当すると判断される。
 2 幇助の故意の存否
(1) 前示第4の1のとおり,被告人は,遅くとも本件加入手続を行う時点におい
ては,Aが,真にBを殺害する企図を有していること,したがって,Aが本件生
命共済への加入を促したのも,B殺害を前提とするものであることを,十分
認識していたものと認められる。
 とすれば,本件共済金取得目的でBを殺害しようと企図しているAに対し
て,共に本件生命共済に加入する手続をし,毎月の共済掛金をAから受け
取り振替支払いしてその効力を維持できると信じさせることが,B殺害につい
てのAの意欲をより高め,これを心理的に促進させる結果になることは,被
告人にも容易に認識し得たはずである。
 にもかかわらず,被告人は,Bに対してAの真意やその身の危険について
何ら警告などすることもなく,Aとの不倫関係を継続したばかりか,Aに対し
て,前記のとおりの幇助行為を行ったのである。とすれば,当時の被告人
に,AのB殺害に対する,幇助の故意があったことは明らかというべきであ
る。
  (2) また,前示第4の3(1)のとおり,当時の被告人が,Aへの借金を返済できな
ければ,Aとの不倫関係やパチンコ遊興による借金の存在等についてBに
暴露され,従前の生活をすべて失うことになりかねないという危険にさらされ
ていたことを考えれば,被告人としては,積極的にBの死を望まず,できるこ
となら殺されて欲しくはないという気持ちがあったにしても,Aに反発したり抵
抗することなく,Aの言い成りにその手伝いをするのはやむを得ないという気
持ちになることも,十分あり得ることと解される。そして,幇助の故意として
は,正犯者の実行行為とそれによる結果発生の可能性を認識はしていて
も,結果発生を認容することまでは要しないというべきであるから,本件にお
いても,被告人が,B殺害という結果の発生をたとえ認容していなくとも,Aが
Bの殺害を実行しようとしていること及び自己の行為がAのB殺害行為を心
理的に促進し,幇助することについての認識,認容がある以上,本件殺人の
幇助の故意として欠けるところはないというべきである。
  (3) なお,被告人は,前示のとおり,Bの遺体が発見されて,わずか4日後という
極めて早い段階で,警察署に出頭し,Aが犯人ではないかとの指摘をしてい
るところであり,このような被告人の言動が,AのB殺害に対する幇助の故意
と相矛盾しないかは問題となり得る。
 しかし,前示のとおり,当時の被告人には,Aと共謀し,自分が望んでBを
殺害したという認識はなかったものであるし,Aとの不倫の事実や借金の存
在等を暴露されたくないばかりに,Aの言い成りにAを幇助したにしても,B
殺害という結果発生についてまでは認容していなかったと考えられる。また,
幇助行為の主要な要素を占めている本件加入手続については,B自身の同
意も得ていたことを前提とすれば,被告人が,前記の幇助行為を行ったこと
についての罪悪感に乏しく,少なくとも,それが自らの法的責任を問われるよ
うな犯罪行為にあたるとする自覚には乏しかったと考えられる。
 とすれば,被告人が,自ら警察署に出向いてAへの疑いを指摘した行動
も,Aに対する幇助の故意とは,必ずしも矛盾しないものというべきである。
 3 結論
 以上の次第で,被告人は,遅くとも本件加入手続を行う時点では,AがBに本
件生命共済を掛けた上で殺害しようと企図していることを認識し,かつ,それが
Aに対する上記企図の心理的促進の効果を与えることを認識しながら,前示の
幇助行為を行ったのであるから,被告人には,A及びJが共謀して実行した本
件殺人に対する幇助犯が成立すると認められると判断した。
第6 本件証書に対する詐欺罪の成否
 1本件加入手続時におけるB殺害に関する被告人の認識内容
 前示のとおり,被告人は,遅くとも本件加入手続の時点においては,AがB殺
害を企図していることを認識し,自らがAの勧めに応じて,Aの目の前で本件加
入手続を行うことが,これを心理的に促進するものであることについても認識し
ていたものである。
 2 本件加入手続の欺罔行為該当性と詐欺の故意の存否
 そして,本件生命共済の規約上,「共済金受取人・・の故意により共済事故が
発生したとき」には,共済金を支払わない旨定められているところであるし,常
識に照らしても,生命共済金を取得するために,いずれは被共済者を殺害し,
あるいはその殺害行為を促進するという意図を持って生命共済への加入を希
望していることを担当者に告げれば,生命共済への加入は拒絶され,本件証
書も入手できないであろうことは当然理解できたはずである。にもかかわらず,
被告人は,これらの事実を隠秘し,告知しないままに本件加入手続を行い,連
合会係員らをして,このような事実はないものと誤信させて,本件証書を交付さ
せたのであるから,当該行為は欺罔行為に該当し,被告人には欺罔の故意も
認められる。
 3Aとの共謀の存否
 なお,本件加入手続は,Aが,Bを殺害して生命共済金を手に入れようと意図
して被告人に勧めたものであり,一方の被告人も,Aのその意図を認識しつ
つ,これを心理的に促進するのもやむを得ないと考えて実行したものである。
そうすると,遅くとも本件加入手続を行う時点までにおいて,被告人とAとは,本
件証書及び本件共済金を詐取することについて,暗黙のうちに意思を相通じた
ということができる。
 4 結論
 したがって,本件証書の取得については,被告人とAとの黙示的な共謀によ
る詐欺罪が成立するものと判断される。
第7 本件共済金に対する詐欺罪の成否
 1 本件請求時におけるB殺害に関する被告人の認識内容
前示のとおり,被告人は,Bが殺害されるまでの間に,本件加入手続を始め
とした幇助行為に及び,かつ,それがAによるB殺害の意図を心理的に促進す
る働きを持つものであることを認識していたものであるから,平成12年11月2
4日ころ,長男を介して本件請求の手続を行った際にも,自己の言動とその意
味合いについては十分理解していたと認められる。
 2 Aの犯人性に対する被告人の知情性
 そこで,本件請求時において,被告人が,幇助行為の対象となった正犯者で
あるAが,実際にBを殺害したことを知っていたか否かについて検討するに,被
告人は,Bの遺体発見から2日後の平成12年11月14日ころには,自らAに電
話をしてAが犯人ではないかと問い詰め,その2日後の同月16日には警察署
に出頭してAが犯人であると思う旨供述し,同年12月1日付け警察官調書の
中でも同様にAへの疑いを述べているほか,警察官の面前で2度にわたってA
に電話をした際にも,Aが犯人ではないかと質問しているところであって,被告
人が,Bが殺害された直後から,Aが本件殺人の犯人ではないかという強い疑
いを抱いていたことは明らかというべきである。
 とはいえ,Aは,被告人からの3度にわたる電話で犯人ではないかと問い質さ
れた時にも,いずれも犯人ではない旨回答していたのであるし,未だ警察に逮
捕されてもいなければ,B殺害の犯人として起訴されたわけでもなかったので
あるから,B殺害計画の詳細を聞かされておらず,ただその心理的な幇助行為
を行っただけで,殺人の実行行為に関わってもいなかった被告人としては,平
成12年11月24日ころの本件請求の手続当時において,Aが犯人であること
を確知していたと認めることはできないところである。
 3 Aの犯人性を確信しない場合と本件請求行為の欺罔行為該当性
 そこで,被告人が,B殺害の犯人がAであることを知っていたとはいえないま
でも,Aではないかという強い疑いを抱いていた場合に,B殺害の疑いがあるA
に対して,前示のとおりの幇助行為を行っていた事実を告知しないまま,本件
請求の手続をすることが,連合会係員に対する欺罔行為に該当するかを検討
する。
 前記のとおり,本件生命共済の規約上,「共済金受取人・・の故意により共済
事故が発生したとき」には,共済金を支払わない旨定められているが,本件請
求当時の被告人としては,B殺害を企図していたAに対して心理的な幇助行為
をしたことは事実でも,そのAが現実にBを殺害したか否かを確信してはいない
状態であったから,結局のところ,自らの故意行為とB死亡という結果の発生と
の間に因果関係があったかどうかを明確には認識していない状態にあった。
 しかし,そのような事実,すなわち,被告人が,B殺害を意図しているAに,そ
れと知って幇助行為を行い,しかもそのAが,Bを殺害したという強い疑いがあ
る事実は,連合会係員が本件共済金の支払の当否を判断するための資料とし
ては大変重要なものといえるのであって,かかる事実を告知されていれば,連
合会係員としては,本件共済金の支払いを拒否していたものと十分推認される
ところである。また,仮にその支払いがなされることがあり得たとしても,かかる
事実を告知されてさえいれば,連合会係員としては,当然その事実を前提に,
独自の調査と情報収集を重ね,B死亡の結果が被告人の故意行為によって発
生したといえるか否かを慎重に検討判断した上で,被告人に対する本件共済
金の支払いの是非を決定したはずであるから,少なくとも,本件共済金が,本
件請求から30日以内である平成12年12月18日に支払われるということがな
かったのは明らかである(なお,本件生命共済の規約上,「共済金は,調査の
ため特に日時を要する場合を除き,・・(請求に必要な)書類がこの会に到達し
た日から30日以内に・・共済金受取人に支払うものとする。」旨定められている
ところである〔生命共済事業規約22条3項,38条〕。
 にもかかわらず,実際には,本件の連合会係員は,被告人からこのような事
実の告知がなく,被告人による幇助行為や正犯者Aに対する嫌疑の存在を判
断資料とすることができなかったので,ただBの死亡原因などに関する警察へ
の照会を経ただけで,被告人に共済金受取人としての適格性があるものと認
め,平成12年12月18日に本件共済金の支払いを行ったのである。
 とすれば,本件共済金1140万円は,被告人が,上記事実を告知しないまま
に本件請求を行ったからこそ支払われ,これを告知していさえすれば,支払わ
れることはなく,あるいは,少なくとも平成12年12月18日において支払われる
ことはなかったといえるのであるから,上記事実を告知しないままに本件請求
を行った被告人の行為は,まさしく連合会係員に対する欺罔行為に該当すると
認められる。
 4詐欺の故意の存否
   被告人は,自身が,B殺害を意図しているAに,それと知って幇助行為を行った
ことを認識し,かつ,そのAが,Bを殺害したという強い疑いを抱いていながら,
かかる事実を告知することなく,連合会に対して本件共済金の支払いを求める
本件請求を行ったものである。
 常識的に考えても,連合会係員がかかる事実を告知されれば,本件共済金
の支払いを拒絶するか,あるいは少なくとも,その支払いの許否を決定するた
めに,相当程度の時間をかけて詳細な調査にあたるであろうことは,被告人に
も理解できたはずである。にもかかわらず,かかる事実を告知しないままに本
件請求を行う以上は,被告人には連合会係員に対する保険金詐欺の故意が
あるものと認められるものである。
 5 Aとの共謀の存否について
 ところで,被告人は,本件加入手続に際しては,Aと共に,Bを殺害する意
図,あるいはその殺害の意図を心理的に促進する意図を隠して手続を行い,
本件証書を詐取するという,Aとの共謀が成立していたものであるが,実際にB
が殺害された後,被告人が本件請求をするまでの間には,被告人は最早Aと
の不倫関係を継続する意思を失っていたばかりか,Aと直接会うことすら避け
るようになり,却ってAがB殺害の犯人として疑わしいと警察に指摘するなどし
て,Aとの交流を断絶する意思を明らかにしているところである。実際に被告人
が本件共済金を受領した後も,その事実をAに伝えることすらしていないし,A
も,長くその事実を知ることがなかった。
 すなわち,被告人が現に本件請求を行った時点では,Aとともに本件共済金
を詐取しようとする意思に欠けていたことは明らかであるし,一方のAにおいて
も,自分が共済掛金を全額負担した本件生命共済について,被告人が本件請
求を行い,本件共済金を受領することなどは想定もしていなかったと推認され
る。
 とすれば,本件共済金の詐取行為は,被告人単独の犯行であると認められ
る。
 なお,本件証書と本件共済金の両詐取行為の関係については,本件共済金
の詐取ではAとの共謀は認められないものの,被告人は,AによるB殺害につ
き,これを幇助した事実を告知することなく,本件証書と本件共済金を詐取しよ
うという,当初の包括的な意図のままに,本件請求に及んだと評価できること
から,包括一罪の関係に立つと判断した。
第8 結論
 以上の次第であるから,被告人には,Aらによる本件殺人に対する幇助犯が
成立すると共に,Aとの共謀による本件証書の詐取及び単独での本件共済金
1140万円の詐取が成立してこれらは包括一罪としての詐欺罪にあたると判
断し,判示のとおりの事実を認定したものである。
(法令の適用)
罰条
 判示第1の各行為      包括して刑法246条1項(第1の1につき,刑法60
条)
 判示第2の行為刑法62条1項,199条
刑種の選択
 第2の罪につき       有期懲役刑を選択
法律上の減軽(従犯)
 第2の罪の刑につき     刑法63条,68条3号
併合罪の処理     刑法45条前段,47条本文,10条(重い第1の罪の刑に法
定の加重〔ただし,短期は第2の罪の刑のそれ
による〕)
未決勾留日数の算入     刑法21条
訴訟費用の不負担     刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
1 本件は,判示のとおりの殺人幇助(第2)と詐欺(第1)の事案である。
2 まず,判示第2の殺人幇助についてみると,被告人は,Aとの不倫関係を続ける
中,Aから借金を重ねるうちにこれが多額に及ぶところとなり,その返済を迫られ
ていたものであるが,Aが,Bを殺害し,その生命保険金などを借金の返済に充
てさせようと目論んでいることを認識しながら,Aの促すまま,その面前でBを生
命共済に加入させる手続を行うなどし,AのB殺害に対する犯意を強化せしめ
て,そのB殺害を幇助したものである。被告人は,パチンコ遊技などに充てる費用
を捻出するため,かねてAより借金を重ねていたところ,このような多額の借金や
Aとの不倫関係をBらが知ることによって,将来の生活を失うことなどをおそれ,A
に従順であるような態度をみせていたというのであって,その動機は自己保身以
外のなにものでもない。安易にもAの犯行を助長した身勝手極まりない動機とそ
の経緯に酌むべき点はない。
  判示のとおり被告人が及んだ行為は,いずれもAをして,少なくともBが死ねば
生命共済金などが手に入ると信じ込ませたものであり,このような考えを抱かな
ければ,AらがB殺害に及ぶことはなかったという点において,Aに本件殺人の実
行を決断させるのに重要な働きをしたものであったといわなければならない。
  そして,実際にAらが本件殺人の犯行に及び,Bの尊い生命を奪った結果は,誠
に重大である。Bは,当時58歳で,被害当日は,その娘が婚約者を連れてくる予
定の日でもあった。Bは,その将来の喜びを享受する機会を持つことなく,突如と
して理不尽な犯行の犠牲となったものであり,その際蒙った恐怖感,苦痛,無念
の情には察するに余りあるものがある。もとよりBに何らの落ち度はなく,それば
かりか,被告人がパチンコ遊技に耽り,不倫関係に溺れ,生活費が足りないと称
してその追加を要求したのに対し,Bは,このような被告人を疑うこともなく,真面
目に仕事に勤しみ,被告人ら家族の生活を支えていたものであって,このような
良き父であり,良き息子であり,良き兄であった掛け替えのないBを奪われた同
人の子供達や実母や弟ら,その遺族らが受けた悲しみの深さが甚大であることも
当然のことと思われる。
  加えて,被告人が幇助した保険金目的の殺人は,社会的に重要な機能を有して
いる保険制度を悪用した極めて凶悪な犯行であり,一般予防の見地からも,被告
人には厳しい態度で臨む必要がある。
3 次に,判示第1の詐欺についてみると,被告人は,愛人であるAが夫であるB殺
害を企てていることを認識しながら,大胆にもそのAを伴って,Bを生命共済に加
入させる手続を行い,本件証書を詐取し,さらにはB殺害後,その生命共済金11
40万円を詐取したものである。我が国の生命共済制度を乱すような,妻による夫
の保険金詐欺という悪質な犯行であって,その動機も,極めて自己中心的であ
り,強い非難を免れない。
4 しかしながら,他面,被告人の夫を被害者とする殺人罪については,共謀共同
正犯の成立を認めることができず,幇助犯が成立するに止まること,被告人は,
Aに言われるがまま,消極的,従属的な立場から判示第1の1,第2の各犯行に
及んだものであること,判示第2の殺人幇助において,被告人は,AがB殺害を企
図していることについては認識していたものの,さらにB殺害の結果を受容してい
たものとまでは認め難いこと,その幇助の態様もいわゆる心理的幇助にあたり,
殺人行為自体を物理的に容易ならしめたものではないこと,判示第1の2の保険
金の詐取については,被告人が警察に対してはAに対する嫌疑の存在やAとの
関係について一部供述していたこと等に照らせば,強固な犯意に基づく犯行とま
ではいい難いこと,被告人がAに対する嫌疑の存在等を指摘したことが,本件事
案の解明につながったものと見られること,被告人に前科前歴はなく,本件各犯
行に至るまでは犯罪とは無縁の生活を送ってきたと認められることなど,被告人
のために酌むことのできる事情も認められる。
5 そこで,以上の諸事情を総合考慮して,被告人を主文の刑に処するのが相当で
あると判断した。
(検察官長田守弘,私選弁護人新宮浩平〔主任〕,同森裕美子各出席)
(求刑-懲役18年)
平成16年5月27日
福岡地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官  谷       敏   行
裁判官  荻   原   弘   子
裁判官  石   井   義   規
(別紙)  公 訴 事 実
 被告人は,
第1 Aと共謀の上,C連合会が発行する被告人の夫であるBを被共済者とする生
命共済加入証書1通を詐取した上,同人が殺害された後,被共済者を同人と
する前記生命共済の死亡共済金名下に金員を詐取しようと企て
  1 平成12年8月25日,福岡市博多区a町b丁目c番d号D銀行E支店におい
て,同支店係員F(当時24歳)に対し,真実は前記Bを前記C連合会の生命
共済に加入させた後,殺害する意図であるにもかかわらず,その情を秘し,
その情がなかったかのように装って,被共済者を同人,共済金受取人を被
告人などとする申請書類を提出するなどして,同生命共済加入申込手続を
し,前記FほかC連合会係員らをして,その旨誤信させ,よって,同年9月8日
ころ,前記C連合会係員をして福岡県大野城市ef丁目g番h号の当時の被告
人方に被共済者を前記B名義とする生命共済加入証書1通を郵送交付さ
せ,もって人を欺いて財物を交付させ
  2 同年11月29日ころ,埼玉県さいたま市ij丁目k番l号C連合会事務所におい
て,同連合会職員I(当時27歳)及び同P(当時45歳)らに対し,被告人の長
男であるGを介するなどして,真実は前記1のとおり装って前記生命共済加
入申込手続をし,さらに,同月11日ころ前記Bを殺害した犯人が前記Aであ
る旨認識していたにもかかわらず,その情を秘し,その情がなかったかのよ
うに装って同加入申込手続に係る前記生命共済の死亡共済金支払請求書
などを,H共済職員を通じて提出するなどして同共済金の支払い方を請求
し,前記Iらをしてその旨誤信させて,同支払いの決定をさせ,よって,同年1
2月18日ころ,前記C連合会係員をして,同共済金名下に前記D銀行E支店
の被告人名義の普通預金口座に1140万円を振込入金させ,もって人を欺
いて財物を交付させ
第2 前記A及びJと共謀の上,被告人の夫であるB(当時58歳)を保険金目的で殺
害しようと企て,上記Jにおいて,平成12年11月11日午後11時30分ころ,
福岡県m郡n町opq番地r付近路上に停車中の普通乗用自動車内において,
同車後部座席に乗車していた上記Bに対し,殺意をもって,その頚部を手で強
く締め付けるなどして,そのころ,同所において,同人を頚部圧迫による窒息に
より死亡させて殺害し
たものである。
 以 上

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