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平成14年(行ケ)第230号 審決取消請求事件
平成15年4月24日判決言渡、平成15年4月17日口頭弁論終結
        判    決 
  原   告      ライト工業株式会社 
  訴訟代理人弁理士   永井義久
  被   告      特許庁長官 太田信一郎
  指定代理人      中田誠、田中弘満、大野克人、林栄二
主    文
    原告の請求を棄却する。
    訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 特許庁が不服2000-5822号事件について平成14年3月26日にした審
決を取り消す、との判決。
第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成5年3月11日、名称を「法面安定化用モルタルまたはコンクリー
トの吹付工法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願平
5-50958号)をしたが、拒絶査定を受けたので、これに対する審判(不服2
000-5822号)を請求した。この請求に対し、特許庁は、平成14年3月2
6日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本を同年4月
9日原告に送達した。
 2 本願発明の要旨
 平成14年2月4日付けの手続補正書によれば、本願発明の特許請求の範囲は、
次のとおりである(符号アないしウを付加した。)。
【請求項1】ア.開口を有する隣接型枠間に鉄筋を固定した法面上に構築するとと
もに、混練した吹付材料を管路を通して圧送し、管路の先端のノズルから、前記型
枠内に吹き付けその型枠内に充填させて法枠を構築する工法において、
   イ.セメント:砂=1:2.7~1:4.0であるモルタルに対して、ホル
マイト系鉱物の解砕物が対セメント重量比で0.5~5.0%含有され、さらに減
水剤が対セメント重量比で0.5~5.0%含有され、水/セメント比が40~7
0%とされ、スランプ値が13~29cmとした吹付材料を練り上げ、
   ウ.この練り上げたホルマイト系鉱物の解砕物を含む前記吹付材料を圧送ポ
ンプにより前記管路を通して圧送して前記ノズルから吐出させるとともに、前記ノ
ズル先端から5~30m離間した前記管路の途中位置において、エアを吹込み、前
記吹付材料に前記エアを連行させた状態で吹き付け、
   エ.前記エアの吹込み条件を、エア圧力1.5~10kgf/cm2
、エア流
量1~10Nm3
/minとすることを特徴とする法面安定化用モルタルの吹付工
法。
【請求項2】開口を有する隣接型枠間に鉄筋を固定した法面上に構築するととも
に、混練した吹付材料を管路を通して圧送し、管路の先端のノズルから、前記型枠
内に吹き付けその型枠内に充填させて法枠を構築する工法において、
   セメント:砂:フライアッシュまたはスラグ微粉末=1:2.7:0.1~
1:4.0:1.0であるモルタルに対して、ホルマイト系鉱物の解砕物が対セメ
ント重量比で0.5~5.0%含有され、さらに減水剤が対セメント重量比で0.
5~5.0%含有され、水/セメント比が40~70%とされ、スランプ値が13
~29cmとした吹付材料を練り上げ、
   この練り上げたホルマイト系鉱物の解砕物を含む前記吹付材料を圧送ポンプ
により前記管路を通して圧送して前記ノズルから吐出させるとともに、前記ノズル
先端から5~30m離間した前記管路の途中位置において、エアを吹込み、前記吹
付材料に前記エアを連行させた状態で吹き付け、
   前記エアの吹込み条件を、エア圧力1.5~10kgf/cm2
、エア流量1
~10Nm3
/minとすることを特徴とする法面安定化用モルタルの吹付工法。
【請求項3】開口を有する隣接型枠間に鉄筋を固定した法面上に構築するととも
に、混練した吹付材料を管路を通して圧送し、管路の先端のノズルから、前記型枠
内に吹き付けその型枠内に充填させて法枠を構築する工法において、
   セメント:砂:粗骨材=1:2.7:0.5~1:4.0:3.0であるコ
ンクリートに対して、ホルマイト系鉱物の解砕物が対セメント重量比で0.5~
5.0%含有され、さらに減水剤が対セメント重量比で0.5~5.0%含有さ
れ、水/セメント比が40~70%とされ、スランプ値が13~29cmとした吹
付材料を練り上げ、
   この練り上げたホルマイト系鉱物の解砕物を含む前記吹付材料を圧送ポンプ
により前記管路を通して圧送して前記ノズルから吐出させるとともに、前記ノズル
先端から5~30m離間した前記管路の途中位置において、エアを吹込み、前記吹
付材料に前記エアを連行させた状態で吹き付け、
   前記エアの吹込み条件を、エア圧力1.5~10kgf/cm2
、エア流量1
~10Nm3
/minとすることを特徴とする法面安定化用コンクリートの吹付工
法。
【請求項4】開口を有する隣接型枠間に鉄筋を固定した法面上に構築するととも
に、混練した吹付材料を管路を通して圧送し、管路の先端のノズルから、前記型枠
内に吹き付けその型枠内に充填させて法枠を構築する工法において、
   セメント:砂:フライアッシュまたはスラグ微粉末:粗骨材=1:2.7:
0.1:0.5~1:4.0:1.0:3.0であるコンクリートに対して、ホル
マイト系鉱物の解砕物が対セメント重量比で0.5~5.0%含有され、さらに減
水剤が対セメント重量比で0.5~5.0%含有され、水/セメント比が40~7
0%とされ、スランプ値が13~29cmとした吹付材料を練り上げ、
   この練り上げたホルマイト系鉱物の解砕物を含む前記吹付材料を圧送ポンプ
により前記管路を通して圧送して前記ノズルから吐出させるとともに、前記ノズル
先端から5~30m離間した前記管路の途中位置において、エアを吹込み、前記吹
付材料に前記エアを連行させた状態で吹き付け、
   前記エアの吹込み条件を、エア圧力1.5~10kgf/cm2
、エア流量1
~10Nm3
/minとすることを特徴とする法面安定化用モルタルの吹付工法。
【請求項5】吹付ノズル本体に、その先端を取り囲んでリング管を設け、吹付ノズ
ル本体とリング管との間隙内にエアを送入して、このエアを吹付材料とともにリン
グ管先端から吐出させる請求項1~4のいずれか1項に記載の法面安定化用モルタ
ルまたはコンクリートの吹付工法。」
 以下、上記各請求項の発明を「本願発明1」などといい、本願発明1ないし5を
まとめて「本願発明」という。
 3 審決の理由の要点
 (1) 審決の理由は、別紙審決書に記載のとおりである。要するに、本願発明
1ないし4は、刊行物1(特開昭61-286456号公報、甲第3号証)に記載
された発明(以下「刊行物1発明」という。)及び刊行物2(特開昭61-295
265号公報、甲第4号証)及び刊行物3(特開昭63-297256号公報、甲
第5号証)に記載の発明に基づいて、また、本願発明5は、これらに加え刊行物4
(特開昭56-141862号公報、甲第6号証)に記載の発明に基づいて、当業
者が容易に発明をすることができたものであるというものである。
 (2) 審決が本願発明1について認定した刊行物1発明との相違点は、以下の
とおりである(下線を付加)。 
【相違点1】 本願発明1では、開口を有する隣接型枠間に鉄筋を固定し、型枠内
に吹付材料を吹き付け型枠内に充填させて法枠を構築するのに対し、刊行物1発明
では、吹付材料を法面に対して吹き付けライニングを構築する点。
【相違点2】 本願発明1では、ノズル先端から5~30m離間した管路の途中位
置においてエアを吹き込むのに対し、刊行物1発明では、ノズルから約20mまで
の位置においてエアを吹き込む点。
【相違点3】 本願発明では、セメント:砂=1:2.7~4.0であるモルタル
に対して、ホルマイト系鉱物の解砕物が対セメント重量比で0.5~5.0%含有
され、さらに減水剤が対セメント重量比で0.05~5.0%含有され、水/セメ
ント比が40~70%とされ、スランプ値が13~29cmとした吹付材料である
のに対し、刊行物1に記載の発明では、吹付材料の配合、スランプ値が不明な点。
【相違点4】 本願発明1では、エアの吹込み条件を、エア圧力1.5~10kg
f/cm2
、エア流量1~10Nm3
/minとするのに対し、刊行物1発明では、
吹込み条件をエア量4.5~7Nm3
/minとする点。
第3 原告主張の取消事由の要点
 審決は、本願発明1と刊行物1発明との相違点に関する認定判断を誤り(取消事
由1、2)、本願発明の顕著な効果を看過し(取消事由3)、その結果、本願発明
1は当業者が容易に想到し得たものであるとの誤った判断をし、また、本願発明2
ないし5についても、これを想到容易と判断した誤りがある(取消事由4)。
 1 取消事由1(相違点1に関する認定判断の誤り)
 (1) 審決は、本願発明1と刊行物1発明との相違点1について、「開口を有
する隣接型枠間に鉄筋を固定し、型枠内に吹付材料を吹き付け型枠内に充填させて
法枠を構築することは、例えば、特開昭53-110204号公報(甲第7号
証)、特開平3-25122号公報(甲第8号証)に記載のように周知技術にすぎ
ず、刊行物1発明に当該周知技術を適用して相違点1に係る本願発明1の構成とす
ることは当業者が容易になし得ることである。」と判断したが、誤りである。
 (2) 刊行物1には「NATMを始めとして、空洞、法面などのライニング工
法」(1頁右上欄)と記載されているものの、本願発明1が対象とする「法面」に
ついての適用例の記載はなく、法枠を構築するとの記載や示唆も一切ない。「ライ
ニング」とは、「トンネルにおいて掘削後の地山を被覆すること、またその被覆を
もいう」(甲第9号証221頁)ものであって、法枠の構築に関する範疇のもので
はない。
 (3) 本願発明1及び刊行物1発明は、土木学会編「新体系土木工学 30特
殊コンクリート」(1980年技報堂出版、甲第19号証)159頁以下に「湿式
(2)」として紹介されている、水と混練した吹付材料を管路を通して圧送し、管
路の途中からエアを混入する吹付工法である。
 ところが、審決が周知技術として挙げる甲第7号証に記載のものは、「乾式」、
「湿式(1)」、「湿式(2)」(分類は甲第19号証による)のいずれの技術か
が不明であり、甲第8号証に記載のものは、「湿式(1)」の範疇に属する技術で
あって、これらの「乾式」又は「湿式(1)」の技術と「湿式(2)」の範疇に属
する刊行物1発明との組合せを想定することは、不自然である。しかも、甲第8号
証には、スランプ値が0~5cm程度の「低スランプの」モルタルやコンクリート
を吹き付けて法枠を構築することが示されているにすぎない。
 従来、法枠を構築する工法においては、「乾式」又は「湿式(1)」形態が採用
されていたのであり、「湿式(2)」の形態は採られていなかった。
 (4) したがって、法枠を構築する工法に係る周知技術を刊行物1発明に適用
することは、当業者が容易になし得る事項ではない。刊行物1発明に法枠を構築す
る工法に係る周知技術を適用することが容易であるとした審決には明らかな誤りが
ある。
 2 取消事由2(相違点2、3に関する判断の誤り)
 (1) 審決は、本願発明1と刊行物1発明との相違点2(エアの吹込み位置の
相違)、相違点3(吹付材料の配合及びスランプ値が刊行物1発明では不明な点)
及び相違点4(エアの吹込み条件の相違)の判断において、刊行物1のほか刊行物
2、3を引用するが、刊行物1ないし3はいずれも「型枠及び鉄筋を有しない面に
吹き付けて充填は行わない吹付ライニング工法」に関するものであるから、これら
を「法面安定化用モルタルの吹付工法」であって「型枠及び鉄筋を有する面に吹き
付けて充填を行う工法」に容易に適用し得るとすること自体が誤りである。
 (2) 審決は、相違点3に関し、「刊行物1に記載の発明の吹付材料に刊行物
2及び3に記載のホルマイト系鉱物の解砕物を含有させ、吹付材料の配合を本願発
明1のようにすることは当業者が容易になし得ることである」とするが、刊行物2
及び刊行物3に記載の技術を刊行物1のものと組み合わせたとしても、本願発明1
の構成には至らない。
   ア 刊行物2のものは、セピオライト等とセメント急結材との両者を混合使
用することを必須とするものであり、しかも、急結材とセピオライトとをノズルの
手前1~15mで別系統で添加するものであり、圧送前の練上げ材料中にセピオラ
イトを含有させるものではなく、また、ホース途中においてエア添加するものでは
ない。仮に、刊行物1のものにおいて、刊行物2に係る急結剤をエアで添加するこ
とを想定しても、その部位(ノズルの手前1~15m)において、セピオライト等
を添加するものであるから、本願発明1のように、「モルタルに対して、ホルマイ
ト系鉱物の解砕物が……含有され、……た吹付材料を練り上げ」るものではない。
 刊行物3のものは、ロックウール(10~30重量%)及び水硬性無機接着剤
(セメント等)(40~85重量%)を主材とする吹付材料を建造物鉄骨、壁面等
に吹き付けるもので、吹付対象物が本願発明1のものと異なり、吹付対象面として
の共通面としては「耐火性」のコンクリート壁面が想定されるだけであるから、刊
行物3のものを刊行物1発明と組み合わせる契機にはならない。
 刊行物1には、スランプ値が8±2cmのものが記載されているが、本願発明1
のスランプ値が13~29cmのものとは異なり、しかも、刊行物1のものは、ホ
ルマイト系鉱物を有しない状態でのスランプ値であって、本願発明1の「ホルマイ
ト系鉱物の解砕物を添加してスランプ値が13~29cmとして吹付材料を練り上
げる」思想はない。
   イ したがって、刊行物2の技術と刊行物1発明との組合せは、スランプ値
を8±2cmとして練り上げた材料に、ホルマイト系鉱物の解砕物を「吹付材料と
は別系統で輸送しノズルの手前で混合する」形態となるもので、本願発明1の「ホ
ルマイト系鉱物の解砕物を添加してスランプ値が13~29cmとして吹付材料を
練り上げる」ものとは明らかに異る。また、刊行物3の実施例1のフロー値135
mmは、スランプ値が2.5超~6.5cm未満に相当し、また、実施例1は比較
例1及び比較例2とに比較して、フロー値(スランプ値)を「低くしている」もの
であるから、刊行物3に記載のものは本願発明1のようにスランプ値を高くするこ
とを想定していない。
   ウ 審決は、刊行物3における吹付方法が、長距離搬送を要しないものであ
り、本願発明1の法枠を構築する工法における吹付材料の吹付方法、特に途中でエ
ア添加を行う吹付方法とは明らかに相違していることを捨象し、単に揺変性やダレ
などの文言に依拠して、本願発明1の作用効果を無視して独自の論理展開を示すも
のである。
 そもそも本願発明1の主題とする良好な圧送性や巣発生防止に関して、細骨材と
しての砂や粗骨材としての砂利が吹付材料中に含まれているが故の問題を解決しよ
うとするものであって、細骨材としての砂や粗骨材としての砂利が吹付材料中に含
まれていない刊行物3に記載のものにおいては、「ダレ」や「剥落」は問題となる
が、圧送性や巣発生は問題とならないものである。しかも、ホルマイト系鉱物の解
砕物を添加して、「チキソトロピー性」を得ることのみによって本願発明1の作用
効果が得られるものであるとし、エアの特定位置での添加によって「せん断抵抗
値」が大きく変化することとの関連性を無視しており、誤りである。
 (3) したがって、刊行物1発明に、刊行物2、3の技術を適用することが当
業者に容易にできたとする審決の判断には明らかな誤りがある。
 3 取消事由3(顕著な効果の看過)
 刊行物1ないし3のいずれも、本願発明1のように、吹付材料を型枠内に吹き付
けその型枠内に充填させる際に巣の発生を防止するという課題を有しない。
 刊行物2には、「吹付材料にホルマイト系鉱物が含有される」との構成が開示さ
れているが、かかるホルマイト系鉱物は「吹付材料とは別系統で輸送しノズルの手
前で混合する」ものであり、本願発明1の「スランプ値が13~29cmとした吹
付材料を練り上げ、この練り上げたホルマイト系鉱物の解砕物を含む前記吹付材料
を圧送ポンプにより前記管路を通して圧送」するとの構成を有するものではなく、
これによる「圧送性の向上」の効果については、何ら開示も示唆もされていない。
 本願発明1は「ホルマイト系鉱物の解砕物を添加してスランプ値が13~29c
mとして吹付材料を練り上げ」た吹付材料を圧送するというものであるから、「吹
付材料とは別系統で輸送しノズルの手前で混合する」形態(刊行物2)とは、まっ
たく別異の作用効果を奏することが明らかである。
 
 4 取消事由4(本願発明2ないし5の想到容易性についての判断の誤り)
 本願発明2ないし5は、本願発明1と主要な技術的事項を共通し、さらに技術的
事項を付加するものであり、本願発明1についての取消事由がそのまま当てはま
る。
第4 被告の反論の要点
 1 取消事由1(相違点1に関する認定判断の誤り)に対して
 (1) 原告は本願発明1が対象とする法面についての適用例の記載は一切ない
と主張するが、刊行物1には、湿式の吹付工法が、トンネルの覆工以外にも、法面
へのコンクリートやモルタル吹付施工に広く利用されることが明確に示されてい
る。また、原告は刊行物1発明が法枠の構築に関するものでない旨主張するが、審
決は、刊行物1発明が法枠の構築に関するものではないという点を相違点1として
正しく認定し、検討を行っているものである。
 (2) 審決では、本願発明1と刊行物1発明との相違点1の検討に当たり、
「開口を有する隣接型枠間に鉄筋を固定し、型枠内に吹付材料を吹き付け型枠内に
充填させて法枠を構築する」技術が本願の出願前に周知であったことを示すための
一例として、甲第7、8号証を示した。
 刊行物1発明と上記周知技術とは、ともに法面への吹付材料の吹付技術に関する
ものであり、また、刊行物1発明に上記周知技術を適用するにあたり特段の阻害要
因も見当たらないことから、刊行物1発明にこの周知技術を適用して相違点1に係
る本願発明1の構成とすることは、当業者が容易になし得ることであるとしたもの
である。
 したがって、審決の相違点1の判断に誤りはない。
 2 取消事由2(相違点2、3に関する判断の誤り)に対して
 (1) 刊行物1発明に周知技術を適用して法枠の構築を行うことが当業者にと
って容易であることは、既に述べたとおりである。
 そして、刊行物1発明と刊行物2、3に記載のものとは、ともに法面へのセメン
トを主成分とする吹付材料の吹付技術に関するものであり、また、刊行物1発明と
刊行物3に記載のものとは、ともに対象面へのセメントを主成分とする吹付材料の
吹付技術に関するものであり、刊行物1発明に刊行物2、3に記載の技術事項を適
用するにあたり特段の阻害要因も見当たらないことから、刊行物1発明に刊行物
2、3に記載の技術事項を適用することは当業者が容易になし得ることであるとし
たものである。
 (2) 特に、相違点3について述べると、次のとおりである。
   ア アルマイト系鉱物の解砕物の添加について
 刊行物3には、繊維状含水ケイ酸マグネシウム(本願発明1の「ホルマイト系鉱
物の解砕物」に相当)を含有する吹付材料が記載されており、圧送前の吹付材料中
にホルマイト系鉱物の解砕物を含有させ、その吹付材料を吹き付けるという技術事
項が記載されている。
 そして、刊行物1に記載される吹付材料と刊行物3に記載のものとは、ともに対
象面に吹き付けられるセメントを主成分とする吹付材料に関するものであり、ま
た、刊行物1発明に刊行物3に記載の上記技術事項を適用するにあたり特段の阻害
要因も見当たらないから、刊行物1発明に、刊行物3に記載の上記技術事項を適用
して、圧送前の吹付材料中にホルマイト系鉱物の解砕物を含有させることは、当業
者が容易になし得ることである。
   イ スランプ値を高く設定することについて
 「チキソトロピー」(揺変性)の性質を踏まえると、刊行物3の吹付材料は、チ
キソトロピー性を付与したため、圧送時にはゾル状(粘性が低い状態)で流動性が
高く、吹付時にはゲル状(粘性が高い状態)でダレや剥落の恐れがない、圧送及び
吹き付けの作業性に優れたものであると解され、言い換えれば、吹付材料をダレや
剥落を生ずるような水分が多く軟らかい(スランプ値が高い)ものとしても、ホル
マイト系鉱物の解砕物を含有させてチキソトロピー性を付与することにより、ダレ
や剥落を防止できるということが示唆されているといえる。
 吹付材料のスランプ値を低く(水分が少なく固く)すると圧送距離が短くなり、
リバウンドロスも多く発生し、逆に、スランプ値を高く(水分が多く軟らかく)す
ると圧送距離を長くすることができ、リバウンドロスの発生も抑えられるが、吹き
付けた際にダレが生じやすくなることは、法面へのコンクリートやモルタル吹付け
工法において自明の課題である。
 してみると、上記スランプ値の高い吹付材料における課題を、チキソトロピー性
を付与することにより解決できることは明らかであるから、吹付材料のスランプ値
を通常より高くすることができるといえる。
 そして、ホルマイト系鉱物の解砕物を含有させた吹付材料においてスランプ値を
本願発明1の数値範囲にすることは、設計強度、作業性等を考慮して当業者が適宜
なし得ることである。
  ウ したがって、審決の相違点3の判断に誤りはない。
 3 取消事由3(顕著な効果の看過)に対して
 スランプ値の高い吹付材料を使用すれば、リバウンドロスが低減し、長距離圧送
が可能になることは、自明の効果である。
 ホルマイト系鉱物の解砕物を含有させることにより、吹付材料の吹き付け時のダ
レを防止できることは刊行物3に記載されている。
 セメントの配合比を高くすることにより、巣を防止し、吹付材料の強度を向上で
きることは自明の効果である。
 したがって、本願発明1の効果はいずれも刊行物1発明及び刊行物2、3に記載
のものから当業者であれば当然に予測し得たことにすぎない。
 
 4 取消事由4(本願発明2ないし5の想到容易性についての判断の誤り)に対
して
 また、審決における本願発明1の想到容易性についての判断に誤りはないから、
本願発明1と主要な技術的事項を共通し、これらの事項について本願発明1につい
てと同様の判断を行った、本願発明2ないし5の想到容易性についての審決の判断
に、誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 本願発明1の概要
 (1) 本願明細書(甲第2号証の2)の特許請求の範囲【請求項1】及び発明
の詳細な説明欄の記載によれば、本願発明1は、ア.「開口を有する隣接型枠間に
鉄筋を固定した法面上に構築するとともに、混練した吹付材料を管路を通して圧送
し、管路の先端のノズルから、前記型枠内に吹き付けその型枠内に充填させて法枠
を構築する工法」(以下、「吹付法枠工法」ということがある。)において、イ.
ホルマイト系鉱物の解砕物を含む特定の配合で練り上げた吹付材料を、ウ.ポンプ
圧送し、管路の途中位置でエアを吹き込み、エ.特定のエア吹き込み条件(エア圧
力及びエア流量)の下で吹付材料をエアとともに吹き付ける、というものであっ
て、この構成により、①リバウンドロスを低減させ、ロスがモルタル又はコンクリ
ート中で巣になることを防止する、②ダレの生じない良好な吹付(ダレ止め効
果)、③圧送性が良好となり、長距離圧送が可能となる、④吹付材料の強度が高い
ものとなる、という効果を奏するものとされている(【作用】欄の【0021】~
【0027】)。
 (2) そして、本願明細書の発明の詳細な説明欄には、【従来の技術】の欄
(【0002】~【0010】)に、次のとおり記載されている。
 「法面の安定化に際して、モルタル類の吹付工法が汎用されている。特に、近年
では、格子状の法枠をモルタル類の吹付により法面上に構築して、法面を安定化さ
せる工法が一般的である。この場合における吹付工法としては、大別すると次記の
通りである。
 A.湿式吹付工法
 吹付機内でセメント、砂および砂利などを水と混練し、圧縮空気に乗せてホース
内を圧送して、先端の吹付ノズルから対象面に吹き付ける工法。
 B.乾式吹付工法 
 吹付機内でセメントと骨材とを混合し、これを圧縮空気にてホース内を圧送し、
吹付ノズル部分で、別系統から圧送した水と合流させて、吹付ノズルの先端から対
象面に吹き付ける工法。
 この場合、吹付材料としては、通常、・・・を基本としている。しか
し、・・・、十分な強度を得ることができない。
 これらの問題に対して、ポンプ併用の吹付工法が考えられる。すなわち、NAT
M工法に代表されるトンネルのライニングの場合のように、・・・ポンプにより、
流動性のある吹付材料を、ノズル付近までホース内をポンプ圧送し、別系統で送っ
た圧縮空気を吹付ノズル付近で合流させて、吹き付ける工法である。 
 この工法の利点は、吹付ノズル付近まではポンプにより圧送するので、エアで圧
送する距離が従来一般の吹付工法に比較して短くなるために、セメントペースト分
が多く、流動性が高い吹付材料や、単位セメント量が多い吹付材料でも吹付可能で
あるとともに、リバウンドロスが少なく、十分な強度が得られる利点があること
を、本発明者らも確認済みである。」
 これによれば、吹付法枠工法が一般的な工法であること、及び、モルタル類の吹
付工法には大別して、A.水と混練した材料を圧縮空気でホース内圧送し吹き付ける
方法(以下「湿式(1)」という。)、B.水と混ぜない材料を圧縮空気でホース内
圧送し、ノズル部分で水と合流させて吹き付ける方法(以下「乾式」という。)が
あり、さらに、C.水と混練した吹付材料をポンプにより圧送し、別系統で送った圧
縮空気とノズル付近で合流させて吹き付ける方法(以下「湿式(2)」という。)
も用いられていることが説明されている。
 さらに、湿式(2)について、【発明が解決しようとする課題】の欄(【001
1】~【0015】)に、次のとおり記載されている。
「しかしながら、このポンプ併用の吹付方法には、次記の問題がある。
(1)長距離圧送の困難性・・・吹付後のダレを防止するためにスランプを低くす
ると圧送距離及び圧送高さに限界が生じる。この場合、減水材や流動化剤を添加す
ることにより・・・結果として圧送性の大幅な改善はできない。・・・
(2)ダレが生じ易い  法面を対象とする場合には、前述のように長距離圧送が
必要となるが、このため、従来の一般的に(な)吹付工法に比較して材料の流動性
を高くする必要があり、その結果、吹き付けた際のダレが生じやすい。逆にスラン
プを低くすると、・・・リバウンドロスが多く発生し、ポンプ併用の吹付工法の利
点がなくなる。
 したがって、本発明の主たる課題は、長距離圧送を可能とすること、吹き付けた
際のダレを防止すること、リバウンドロスを少なくすること、強度を充分なものと
することにある。」
2 取消事由1(相違点1に関する認定判断の誤り)について
 原告は、本願発明1と刊行物1発明との相違点1に関して審決のした判断に誤り
があると主張するので、まず、刊行物1発明について検討し、その後に相違点1に
関する審決の判断の当否について検討する。
 (1) 刊行物1発明
   ア 刊行物1(特開昭61-286456号公報、甲第3号証)には、以下
の記載がある。
(ア) 「(1)資料をポンプから所定距離まで剛性管路で圧送し、この剛性管路の
終端位置で圧送用エアを添加し、吹付ノズルまで可とう管路で気流搬送して吹付け
る工法であって、前記圧送用エアの回路に流量測定値制御弁を設け、該流量測定値
制御弁により吹付エア量を常時制御しながら吹付けることを特徴とする湿式吹付け
工法。」(特許請求の範囲)
(イ) 「本発明は主としてコンクリート類の湿式吹付け工法に関するものであ
る。」(1頁右下欄1、2行(産業上の利用分野の欄))
(ウ) 「コンクリートやモルタルなどの水硬性資料の施工法として乾式および湿式
の吹付け工法があり、特に後者は…NATMを始めとして、空洞、法面などのライ
ニング工法として広く利用されている。この湿式吹付け工法は、セメントと骨材と
水の混練物をポンプから吹付けノズルまでホースにより濃密状態で圧送し、吹付けノ
ズル付近で圧縮エアを添加して噴射する方法など各種手法がある。」(1頁右下欄
4行~12行(従来の技術と問題点の欄))
(エ) 「本発明・・の目的とするところは、高度の熟練や経験を要さずに常に最適
な吹付け状態を保持することができ、粉塵およびはね返り少なく、品質性状の良
好、安定した吹付層を形成することができる湿式吹付工法を提供することにあ
る。」(2頁左上欄8行~13行(問題点を解決するための手段の欄))
(オ) 「従来の・・吹付けノズル付近部位でエアを添加する方法は、前記した粉
塵、はね返りの問題のほか、詰りの発生、付着力の点などから好ましくなく、ポン
プから一定の距離までパイプで濃密搬送し、これの終端位置で圧縮エアを添加し、
それ以降吹付ノズルまでホースで気流搬送して噴射する工法が基本的に好適である
ことがわかった。」(2頁左上欄15行~右上欄3行(同上))
(カ) 「6は剛性管路2と可とう管路4の境界部位に介在接続された圧縮エア添加
部であり、この添加部6は、湿状資料の分離を防止する点から、一般に、吹付けノ
ズルから後方約20mの位置までとすることが好ましい。」(2頁右下欄2行~6
行(実施例の欄))
(キ) 「本発明の場合・・流量定置制御弁・・にエア量を設定し、この弁により自
動的に施工に最適なエア量で圧送用のエアの添加が行われるので、粉塵、リバウン
ドが少なく、またエア量のバラツキに起因する資料の分離が生じず、単位エア量当
りに含まれる資料量が正確に管理されるため、層厚のバラツキも少なく、表面性状
も良好となる。」(4頁左上欄12行~19行(同上))
(ク) 「直径10mのトンネル切羽にコンクリート吹付けを行った。配合はセメン
ト・・・SI:8±2cm、・・・とした。・・・剛性管路は・・・全長60mの
ものとし、この端部に圧縮エア添加部を接続し、該添加部の前端から・・・長さ1
0mのゴムホースで可とう管路を作り、これの端に・・混和剤添加ノズルを接続
し、該ノズルから2.5mの位置に吹付けノズルを接続した。」(4頁左下欄11
行~5頁左上欄11行(実施例))
 イ 上記アの各記載によれば、刊行物1には、水と混練した吹付材料をポン
プでホース内圧送し、圧送路の途中で圧縮エアを添加するコンクリート類の湿式吹
付工法工法(湿式(2))が記載され、その圧縮エアの添加に関しては、吹付材料
の分離を防止する点から、圧縮エアの添加位置をノズルから後方20mまでの位置
とすることが好ましいことが開示されているということができる。
 (2) 相違点1に関する審決の認定判断の当否(取消事由1について)
   ア 原告は、相違点1に関する審決の判断「開口を有する隣接型枠間に鉄筋
を固定し、型枠内に吹付材料を吹き付け型枠内に充填させて法枠を構築すること
は、例えば、特開昭53-110204号公報(甲第7号証)、特開平3-251
22号公報(甲第8号証)に記載のように周知技術にすぎず、刊行物1に記載の発
明に当該周知技術を適用して相違点1に係る本願発明1の構成とすることは当業者
が容易になし得ることである。」(審決書6、7頁)に対して、刊行物1に記載の
ものは、トンネルにおいて掘削後の地山を被覆するライニング工法に係るもので、
法面についての適用例や、法枠を構築するとの記載や示唆は一切ないから、法枠を
構築する工法に係る周知技術を刊行物1発明に適用することは当業者が容易になし
得ることではないと主張する。
 しかし、刊行物1は、湿式の吹付工法が従来から空洞、法面などのライニング工
法として広く利用されていることを述べているから(上記(1)ア(ウ))、湿式の
吹付工法の1種である刊行物1発明の湿式吹付工法(湿式(2))がその施工対象
に法面も含むものであることは明らかである。そして、型枠内に吹付材料を吹き付
けて法枠を構築する場合に湿式吹付工法(湿式(2))を適用できないとする理由
は、刊行物1はもとより、本件全証拠を検討しても見いだすことができない。
 そうすると、刊行物1に記載された湿式の吹付工法(湿式(2))を、原告も周
知の技術と認める「開口を有する隣接型枠間に鉄筋を固定し、型枠内に吹付材料を
吹き付け型枠内に充填させて法枠を構築する」工法(吹付法枠工法)に適用するこ
とは、当業者であれば容易に想到することというべきである。これと結論において
同旨の審決の判断に誤りはない。
   イ 原告は、「開口を有する隣接型枠間に鉄筋を固定し、型枠内に吹付材料
を吹き付け型枠内に充填させて法枠を構築すること」(吹付法枠工法)が周知技術
であっても、審決が周知技術の例として挙げた甲第7、第8号証に記載のものは、
いずれも湿式(2)に属するものではないから、湿式(2)の工法である刊行物1
発明に別の類型に属する甲第7、第8号証記載の技術を組み合わせることは、当業
者の想到するところでない旨、主張する。
 しかし、審決は、刊行物1発明と甲第7、第8号証に記載された技術自体との組
合せの容易性について判断したものではなく、「開口を有する隣接型枠間に鉄筋を
固定し、型枠内に吹付材料を吹き付け型枠内に充填させて法枠を構築すること」
(吹付法枠工法)が周知技術であることの例証として甲第7、第8号証を挙げ、こ
のような法枠構築に関する周知技術を刊行物1発明に適用することは容易であると
判断したものである。原告の上記主張は、審決の説示を正解しないものであって、
理由がない。そして、法枠構築に関する周知技術を刊行物1発明に適用して相違点
1に係る構成とすることが容易であることは、アに判断したとおりであるから、原
告の主張は採用することができない。
 以上のとおりであるから、原告主張の取消事由1は理由がない。
 3 取消事由2(相違点2、3に関する判断の誤り)について
 (1) 審決は、本願発明1と刊行物1発明との相違点2につき、刊行物1発明
において「エアの吹込み位置を相違点2に係る本願発明1の構成とすることは当業
者が適宜なし得ることである。」(審決書7頁)と判断し、また、相違点3につ
き、刊行物1発明の「吹付材料に刊行物2及び3に記載のホルマイト系鉱物の解砕
物を含有させ、吹付材料の配合を本願発明1のようにすることは当業者が容易にな
し得ることである。また、吹付材料のスランプ値については、・・・刊行物3に
は、ホルマイト系鉱物の解砕物の作用により吹付材料が揺変性を示し、圧送及び吹
き付けの作業性に優れ、ダレや剥落の恐れがないことが記載されており、当該記載
からみて、吹付材料にホルマイト系鉱物の解砕物を含有させることにより、スラン
プ値を高く設定することができることは明らかであるから、刊行物1発明の吹付材
料に刊行物2及び3に記載のホルマイト系鉱物の解砕物を含有させた吹付材料にお
いてスランプ値を本願発明1のようにすることは、設計強度、作業性等を考慮して
当業者が適宜なし得ることである。」(審決書7、8頁)と判断した。
 原告は、審決のこれらの判断が誤りであると主張する。
 (2) まず、相違点2について検討する。
 刊行物1には、圧縮エアの吹き込み位置として好ましいのは、「ノズルから約2
0mまでの位置」(上記(1)ア(カ))と記載されており、これは、本願発明1の
エアの吹込み位置である「ノズル先端から5~30m離間した管路の途中位置」と
数値範囲において一部重複する。
 さらに、エアの吹込み位置を吹付ノズルから5~30mとすることについて、本
願明細書には、【実施例】の欄に、「空気の投入位置が吹付ノズル13に近いと、
吹付ノズル13を保持しながら、移動し難くなり、作業性に低下をもたらす。逆
に、過度に遠いと、搬送中に材料の分離などを生じる虞れがある。また、圧送ポン
プ11からは、吐出材料の流れを安定させるために、少なくとも5m以上離れるこ
とが好ましい。」【0032】と記載されるのみであり、このことに照らせば、管
路の途中でエアを吹き込む湿式吹付工法(湿式(2))において、管路のどの位置
にエアを吹き込むかは、吹付材料、その他施工条件に応じて適宜定め得る事項にす
ぎないというべきである。
 したがって、刊行物1発明においてエアの吹込み位置を相違点2に係る本願発明
1の構成とすることは当業者が適宜なし得たことである旨の審決の判断に誤りはな
い。
 (3) 相違点3について、検討する。
   ア 審決の認定した相違点3は、吹付材料の配合及びスランプ値に関する。
 この相違点3について判断するに当たり、審決は、①刊行物2には、減水剤が含
有されていないこと及びスランプ値が不明であることを除いて、他の配合割合は本
願発明1の数値範囲内にある吹付材料が記載されている、②刊行物1には、スラン
プ値は本願発明1より低いが、水/セメント比は本願発明1の数値範囲内の吹付材
料が記載されている、③刊行物3には、繊維状含水ケイ酸マグネシウム(ホルマイ
ト系鉱物の解砕物)を含有する湿式吹付材が記載されており、繊維状含水ケイ酸マ
グネシウムの作用により湿式吹付材が揺変性を示し、圧送及び吹付の作業性に優
れ、ダレや剥落の恐れがないことが記載されている旨、認定している(審決書7
頁)。刊行物2及び3に審決の認定した上記①ないし③の事項が記載されているこ
とに争いはない。
 特に、刊行物3(特開昭63-297256号公報、甲第5号証)の記載事項に
ついて補足すると、刊行物3の発明は「湿式吹付材」に関するものであり、その詳
細説明中の〔効果〕の欄には、「本発明の湿式吹付材は、・・・繊維状ケイ酸マグ
ネシウム独特の作用に基づき優れた保水性と揺変性を示す。これにより、本発明の
湿式吹付材は圧送および吹き付けの作業性に優れ、ダレや剥落の恐れなく1回で5
0㎜以上の厚吹きが可能である。」(甲第5号証2頁右下欄2行~6行)と記載さ
れている。この記載は、刊行物3の吹付材料は、ホルマイト系鉱物の解砕物に当た
る繊維状含水ケイ酸マグネシウムの含有によって、圧送時には流動性が高く、対象
面に吹き付けられた時にはダレや剥落の恐れの少ないものとなることを述べたもの
と理解される。
   イ ところで、管路内を搬送される水を含んだ吹付材料をエアと共に対象物
(面)に吹き付ける湿式吹付工法において、吹付材料の圧送性を良くし圧送距離を
長くすることは、一般的ないし自明の課題ということができる。
 また、吹付材料のスランプ値を低く(固く)すると圧送性が悪く、リバウンドロ
スも多く発生し、逆に、スランプ値を高く(柔らかく)すると、圧送性は改善さ
れ、リバウンドロスの発生も抑えることができるが、吹き付けた際にダレや剥離が
生じやすくなることは、湿式吹付工法を実施する当業者にとって常識に属する事項
であるから、圧送性の改善をしつつ、リバウンドロスの低減とダレや剥離の防止を
図ることは、当業者にとって自明の課題といってよい。
 そうすると、刊行物3の上記記載に接した当業者にとって、通常のモルタルやコ
ンクリートの吹付材料にホルマイト系鉱物の解砕物を含有させ、これによって、圧
送性を向上させつつ、リバウンドロスの低減とダレの防止を図ることは、ごく自然
な発想と考えられる。
 そして、ホルマイト系鉱物の解砕物を添加した湿式吹付材料が「圧送および吹き
付けの作業性に優れ、ダレや剥落の恐れなく・・・厚吹きが可能である。」(刊行
物3の記載)ということは、ホルマイト系鉱物の解砕物を添加したものは、これを
添加しないものと較べて、吹付け時のダレや剥離が生じにくいということを意味す
るから、その練り上げ時のスランプ値を、ホルマイト系鉱物の解砕物を添加しない
ものに較べて、より高く(軟らかく)設定することができるとの理解も、また、自
然に得られるものといえる。
 そうすると、刊行物1発明の技術において、ホルマイト系鉱物の解砕物を含有さ
せるとともに、練り上げ時のスランプ値を従来のもののスランプ値(たとえば甲第
19号証の160頁の図-6.1に示される湿式(2)工法では「6~12c
m」)よりも高い範囲とし、本願発明1の13~29cmとすることは、設計強
度、作業性等を考慮して当業者が適宜なし得ることというべきである。
   ウ 原告は、スランプ値13~29cmを選択することは、本願発明1のホ
ルマイト系鉱物の解砕物を添加することと、エアを特定位置で添加することとが相
侯って初めてなし得ることであると主張する。
 確かに、エアを途中で添加する本願発明1の方法(エア打設)は、エアをノズル
付近で添加する方法(ポンプ打設)と較べて、大きなせん断抵抗値の上昇、スラン
プ値の降下がみられる(甲第2号証の2・本願公開公報の図7~9)から、練り上
げ時のスランプ値をより高くすることができると考えられる。しかし、刊行物1発
明でも、エアはノズルから20mまで離れた特定の位置、例えば実施例では12.
5m付近で添加されるものであって、そのエア添加位置が本願発明1の「5~30
m」の範囲と格別相違しているものではないから、このようなエア添加位置におい
て、ホルマイト系鉱物の解砕物を添加した刊行物3の吹付材料を使用し、刊行物1
発明の実施例のように吹付けを実施しようとする場合に、吹付材料のスランプ値を
13~29cmとすることは、ダレや剥離性、設計強度、圧送性、作業性等を考慮
して当業者が適宜なし得ることというべきである。
 この点に関する原告の主張は採用することができない。
 (4) 原告は、その他縷々主張するが、それらの主張に理由がないことは、上
記(2)、(3)に説示したところから明らかであり、原告の主張をすべて検討し
ても、相違点2、3についての審決の判断に誤りは認められない。
 原告主張の取消事由2は理由がない。
 4 取消事由3(効果の看過)について
 原告は、審決の「全体として本願発明1の奏する効果も、刊行物1発明及び刊行
物2、3に記載のものから当業者が当然に予測できる程度のものであって、顕著な
ものとはいえない。」との判断に対し、刊行物1ないし3には吹付材料を型枠内に
吹き付けその型枠内に充填させる際に「巣」の発生を防止できることや圧送性の向
上の効果について何ら示唆されていないと主張する。
 しかし、スランプ値の高い吹付材料を使用すれば、リバウンドロスが低減し、長
距離圧送が可能となることは、自明の効果である。また、ホルマイト系鉱物の解砕
物を含有させることにより吹付時のダレを防止できることは、刊行物3に記載され
ている。さらに、セメントの配合比を高くすることにより、巣の発生を防止し、吹
付材料の強度を向上し得ることも自明である。
 したがって、本願発明1の効果である「長距離圧送を可能とすること」、「吹き
付けた際のダレを防止すること」、「リバウンドロスを少なくすること」及び「強
度を充分なものとすること」(本願明細書【0076】)は、いずれも湿式(2)
の工法の本来の特性、刊行物1発明及び刊行物3に記載の事項から、当業者であれ
ば当然に予測し得る程度のことにすぎない。
 審決における本願発明1の効果についての判断に誤りはなく、原告主張の取消事
由3は理由がない。
 5 取消事由4(本願発明2ないし5の容易性についての判断の誤り)について
 原告は、本願発明2ないし5が想到容易とした審決の判断の誤りを主張する。し
かし、本願発明2ないし5は、本願発明1と主要な技術的事項を共通にするもので
あるところ、前記2ないし4に説示したとおり、本願発明1の想到容易性について
の審決の判断に誤りはないから、本願発明2ないし5につき本願発明1についてと
同様の判断を行った審決の判断にも誤りはない。
 原告主張の取消事由4は理由がない。
 6 結論
 以上のとおり、原告主張の取消事由はいずれも理由がないから、原告の請求は棄
却されるべきである。
東京高等裁判所第18民事部
       裁判長裁判官   塚  原  朋  一
裁判官   古  城  春  実
          裁判官   田  中  昌  利

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