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平成一一年(ワ)第二三七七号 損害賠償請求事件
判決
原告   賛光電器近畿販売株式会社
右代表者代表取締役      A
右訴訟代理人弁護士      山   田   庸   男
同              中 世 古   裕   之
被告      大阪市
右代表者市長      B
右訴訟代理人弁護士      夏   住   要 一 郎
同              岩   本   安   昭
同              伊   藤   憲   二
右夏住要一郎訴訟復代理人弁護士  小   林   京   子
 主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
 被告は、原告に対し、金四八九七万六〇〇〇円及びこれに対する平成九年一
一月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 基礎となる事実(争いがないか、後掲証拠及び弁論の全趣旨より明らかに認
められる。なお、書証番号は甲1などと略称し、枝番のすべてを示すときは枝番の
記載を省略する。)
1 当事者
(一) 原告は、照明器具の卸販売、電気工事業等を目的とする会社である
(甲2)。
(二) 被告は、建設局が主管となり、平成九年一二月一九日以降、大阪市<
以下略>の「公園本通商店街」等(通称「新世界」界隈)において装飾街路灯(以
下「本件街路灯」という。)の設置工事(以下「本件工事」という。)を実施し
た。
2 本件デザイン図の作成
 原告は、新世界町会連合会(以下「町会連合会」という。)から、公園本
通商店街に設置されていた街路灯を新しいデザインに一新したい旨の依頼を受け、
平成五年ないし六年ころ、別紙添付の装飾街路灯のデザイン図(甲1。以下「本件
デザイン図」という。なお、別紙はサイズを縮小したものである。)を、ヨシノデ
ザイン設計事務所に依頼して作成した。
3 町会連合会から被告への要望
 町会連合会は、被告に対し、被告が本件工事を実施するに当たり、新たに
設置する街路灯のデザインを本件デザイン図のものとするよう要望し、併せてデザ
イン図の作成者である原告に本件工事を請け負わせるよう要望した。
4 被告による本件工事の実施
 被告は、本件工事を実施するに当たって設計図(乙4。以下「本件設計
図」という。)を作成し、平成九年一一月二八日に指名競争入札を行い、落札者で
ある摂津電機工業株式会社との間で工事請負契約を締結して本件工事を行わせた。
二 原告の請求の概要
 原告は、被告に対し、次のとおり主張して、各行為に基づく損害賠償を請求
した(両請求は選択的併合)。
1 著作権侵害
  本件デザイン図は美術の著作物又は美術工芸品として著作物性を有し、原
告がその著作権を有するところ、被告は、①本件デザイン図に基づき本件設計図を
作成し、②本件デザイン図に描かれた街路灯と類似する本件街路灯を製作、設置し
て、原告が有する本件デザイン図の複製権又は翻案権を侵害した。
2 不法行為
 被告は、本件工事を原告に請け負わせることなく、本件デザイン図に描か
れたものと類似する本件街路灯を製作、設置することにより、①本件デザイン図に
基づき装飾街路灯を製作、設置することにより得られたであろう原告の営業上の利
益、②本件デザイン図中の装飾街路灯のデザインを不当に模倣されない原告の利
益、③原告が改修前の装飾街路灯を設置、保守することにより培ってきた「新世
界、通天閣の装飾街路灯でおなじみの賛光です」という企業イメージにより営業活
動を行う利益を侵害した。
三 争点
1 著作権侵害について
(一) 本件デザイン図は著作物か。
(二) 原告は本件デザイン図の著作権者か。
(三) 被告による本件設計図の作成及び本件街路灯の製作、設置が、原告の
本件デザイン図に関する複製権又は翻案権を侵害する行為か。
2 不法行為について
 被告の行為は、原告の法的利益を侵害する違法な行為か。
3 被告の故意又は過失の有無
4 損害及び因果関係
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(一)(本件デザイン図の著作物性)について
【原告の主張】
1 本件デザイン図は、慎重な打合せを経て、町会連合会からの要望を最大限
取り入れて、街路灯の設置される新世界界隈の現在の雰囲気や来集する人々の階
層、過去の町並み、人々の評価等を集積した結果、大正末期から昭和初期にかけて
のにぎわいをイメージしたアール・ヌーボー的なデザインに、現代の当該地域の庶
民的な町並みの雰囲気とを結合させるというコンセプトの下に表現されたものであ
り、極めて創作性、創造性の高い美術的装飾品であって、著作物性を有するという
べきである。
2 被告は本件デザイン図の著作物性を否定する。しかし、著作権法は、美術
工芸品以外の応用美術が保護の対象となるか否かを明文で明らかにしていないが、
応用美術をすべて意匠法のみの保護対象とする場合には、その厳格な審査主義のた
めに、大量かつ迅速な取引によって流通する応用美術品の早急な保護を困難にす
る。したがって、意匠法の対象となる実用品の審美的創作物が、同時に客観的、外
形的に見て純粋美術としての絵画等と何ら差異のない美的創作物である場合には、
同時に著作権法による保護も与えられると解すべきであり、単に実用に供し又は産
業上利用することを目的として創作されたというだけの理由で著作権法の保護の対
象から除外すべきではない。また、このことは著作権法制定の経緯にも沿うもので
ある。そして、このような意味で著作権法の保護の対象となるか否かは、客観的、
外形的に見たときに、実用目的又は産業上利用する目的のために美の表現において
実質的な制約を受けて製作されているか否かを基準とすべきであり、そうした場合
には、前記のとおり、本件デザイン図の著作物性は肯定されるべきである。
【被告の主張】
 著作権法は、高度の芸術性を有し、専ら鑑賞を目的とする絵画、版画等の
「純粋美術」を主として保護の対象としているのであって、実用品や工業製品の利
用を目的として創作された「応用美術」については、原則として保護の対象から外
し、「美術工芸品」すなわち壺や壁掛け等の一品製作の手工的な美術品に限定し
て、純粋美術の作品と同視し、保護の対象にしたものと解すべきである。
 他方、本件デザイン図は、街路灯という実用的な設備のデザインであり、街
路灯は、美的追求よりも構造面、材質面、強度面、照度面など各種の技術的諸条件
の確保が優先される道路の附属物であり、その性質上実用面・機能面と切り離すこ
とはできない。したがって、本件デザイン図が専ら鑑賞を目的とする「純粋美術」
に該当しないことはもちろん、実用面・機能面を離れてそれ自体完結した美術作品
といい得るものでもなく、「美術工芸品」にも該当しない。本件デザイン図の街路
灯のデザインを仮に保護するとしても、それは意匠法によって保護されるべきもの
である。
 したがって、本件デザイン図は著作物たり得ない。
二 争点1(二)(著作権者性)について
【被告の主張】
 本件デザイン図を実際に作成したのは原告がデザイン作成を依頼したヨシノ
デザイン設計事務所であり、原告は右事務所との間で著作権に関する格別の合意を
していない。したがって、本件デザイン図について著作権を有するのは右事務所で
あって原告ではない。
【原告の主張】
 被告の主張は争う。本件デザイン図の著作権は原告が有する。
三 争点1(三)(著作権侵害性)について
【原告の主張】
1 本件デザイン図に描かれた街路灯のデザインにおいては、①灯具は上部が
広く下部が狭いもので、その上下に装飾具があるものを三個用いる、②この三個の
灯具が三段に道路側に張り出すように斜め方向に連なってその上部をアームが支え
る、③この灯具を支える三本のアームが半円状に連結されている、④最下段の灯具
を支えるアームと支柱との間に四分の一円状の装飾具が三本施されている、という
点において特徴を有するものであり、本件設計図の街路灯は、これらの特徴をすべ
て備えている。したがって、本件設計図は、本件デザイン図を複製又は翻案したも
のというべきである。
 被告は、本件設計図は被告が土木・機械工学的知識を用いて独自に作成し
たものであると主張するが、装飾街路灯の場合には、本件デザイン図のような基本
図面があれば、そこから設計図を作成することは、最低限の土木・機械工学の知識
があればほとんど機械的に作成することができるものであるから、被告の主張は失
当である。
2 また、図面として二次元的に表現された著作物を立体的に再生することも
複製又は翻案に当たるというべきであるから、被告が本件デザイン図中の街路灯と
類似する本件街路灯を製作、設置した行為は、本件デザイン図を複製又は翻案した
ものというべきである。
【被告の主張】
 仮に本件デザイン図が著作物性を有するとしても、被告による本件街路灯の
製作、設置は、複製権又は翻案権を侵害する行為ではない。
1 本件デザイン図は単なるイラスト画であるのに対し、本件設計図は、設計
担当者の土木・機械工学上の技術的検討を経て、独自に作成した図面であって、図
面の形式及び内容が全く異なっている。
 また、本件デザイン図中の街路灯のデザインと、設計図中の街路灯のデザ
インとは、灯具、アーム及び柱の形状の点で大きく異なっている。
 したがって、本件設計図の作成は、本件デザイン図の複製権又は翻案権の
侵害とはならない。
2 このように、本件設計図の作成が本件デザイン図の複製権又は翻案権の侵
害とならない以上、本件設計図に基づいて本件街路灯を作成、設置する行為も、何
ら本件デザイン図の複製権又は翻案権を侵害することはない。
 また、そもそも本件デザイン図の複製権又は翻案権は、あくまで本件デザ
イン図そのものを複製又は翻案する権利であって、本件デザイン図に従って街路灯
を作成する権利を含んでいるものではないから、本件街路灯を製作、設置する行為
が、本件デザイン図の複製権又は翻案権を侵害することはない。
四 争点2(違法性)について
【原告の主張】
 原告は、町内連合会からの依頼を受けて、現地調査、シュミレーション、度
重なる協議、デザイン変更等の多大な労力と費用を負担した上で、本件デザイン図
を完成させたのであり、そのため町会連合会も本件工事を原告に行わせることを要
望し、その旨被告にも要求がなされていた。しかし、被告は、本件デザイン図に基
づいて本件設計図を作成し、他の業者に本件工事を行わせた。これにより、
① 原告は、本件デザイン図に基づき装飾街路灯を製作してこれを設置する
ことにより得られた営業上の利益を侵害された。被告は、原告が指名競争入札への
参加資格を有していないからこのような利益は実現不可能であると主張するが、原
告は、指名資格を有する他の業者と組んで本件工事を受注することも可能であった
し、随意契約の方式によって受注することも可能であった。
② 原告は、昭和五三年ころに、本件工事によって改修される前の街路灯の
製作、設置工事を行い、以後その保守管理を行ってきたが、この間、業界内におい
て、「新世界、通天閣前の装飾街路灯でおなじみの賛光です」という企業イメージ
による営業活動を行ってきた。しかし、被告の行為によって、原告の右企業イメー
ジにより営業活動を行う利益を侵害された。
③ 原告は、本件デザイン図において表象される本件デザインについて不当
に模倣されない利益を侵害された。このような利益は、不正競争防止法二条一項三
号の趣旨や知的財産権保護の拡大化傾向に鑑みて認められるべきである。
【被告の主張】
 以下の理由により、原告主張の被侵害利益はいずれも法的保護に値しない。
1 本件工事は、被告において道路事業として実施された公共工事であり、そ
のため業者の選定は指名競争入札の方式によって行われたものであるが、原告は、
被告の入札参加資格を有していないから、原告が本件工事の請負業者となることは
およそ不可能であった。したがって、原告が主張する被侵害利益①は、実現不可能
な事態を前提とするものであって、法的に保護されるべき利益には当たらない。
2 原告が主張する被侵害利益②については、原告主張のような企業イメージ
が一般人の間で広く定着しているという事実はなく、また、そのような企業イメー
ジにより営業活動を行う利益が法的利益として認められるものでもない。
3 原告が指摘する不正競争防止法は事業者間の公正な競争を確保するための
ものであるから、地方公共団体である被告にはその趣旨は妥当しない。また、本件
デザイン図には著作権や工業所有権は何ら成立していないから、原告主張の被侵害
利益③の「不当に模倣されない利益」なるものが法的利益として認められる余地は
ない。加えて、本件街路灯のデザインは、本件デザイン図中の街路灯のデザインと
大きく異なるから、「模倣」したわけでもない。
五 争点3(故意又は過失)について
【原告の主張】
 被告は、本件工事を行うに当たって、町内連合会及び原告との打ち合わせを
行っており、本件デザイン図が原告の作成に係るものであることは十分に認識し得
ることであったから、被告には、原告の権利を侵害することについて故意又は過失
がある。
【被告の主張】
 被告は、本件デザイン図を、原告からではなく町会連合会から本件工事の参
考資料として受領したにすぎず、しかも被告としては独自の技術的・専門的知識に
基づき新たに設計図を作成し、それに基づき本件街路灯を製作、設置したものであ
るから、被告が原告の権利を侵害するとの認識を持つはずもなく、過失も存しな
い。
六 争点4(損害及び因果関係)について
【原告の主張】
 原告は、本件デザイン図に基づいて本件工事を行うことができていれば、四
八九七万六〇〇〇円の営業利益を得ることができたところ、争点1又は2に関する
被告の行為によって、これらの得べかりし利益を喪失した。
【被告の主張】
 争点2に関する被告の主張の1で指摘した事情からすれば、原告はそもそも
本件工事を受注することは不可能であったのであるから、因果関係も存しない。
第四 争点に対する当裁判所の判断
一 被告による著作権侵害の有無について(争点1(一)(三))
1 本件デザイン図全体の著作物性及び被告による複製権等侵害性について
 本件デザイン図は別紙添付図面のとおりのものであるところ、本件デザイ
ン図そのものは、全体としては本件街路灯を街路に配置した完成予想図であり、構
図や色彩等の絵画的な表現形式の点において、「思想又は感情を創作的に表現した
もの」と評価することができ、「美術の範囲に属するもの」というべきであるか
ら、美術の著作物に当たるものと認められる。そして、本件デザイン図自体の著作
物性を右のように把握する場合には、その複製又は翻案とは、その絵画的な表現形
式での創作性を有形的に再製することを意味することになる。
 この観点から、まず本件設計図(乙4)が本件デザイン図を複製又は翻案
したものであるかを検討すると、本件設計図は本件街路灯についての技術的な設計
図にすぎず、これが本件デザイン図の絵画的な表現形式の創作性を有形的に再製し
たものとはおよそ認められない。したがって、被告による本件設計図の作成が本件
デザイン図の複製権又は翻案権を侵害するものとはいえない。
 また、本件街路灯を製作、設置する行為は、本件デザイン図の絵画的な表
現形式の創作性を有形的に再製する行為とはおよそいえないから、右行為が本件デ
ザイン図の複製権又は翻案権を侵害するともいえない。
2 本件デザイン図中の街路灯のデザイン部分の著作物性及び被告による複製
権等侵害性について
 次に、本件デザイン図に描かれている街路灯のデザイン(図案)が、美術
の著作物として著作物性を有するかを検討する(当事者の主張も、主として、本件
デザイン図に表現された街路灯のデザインについて著作物性の有無を論じているも
のと解される。)。
 著作権法は、著作物の定義として、「思想又は感情を創作的に表現したも
のであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(著作権法
二条一項一号)としているが、美術の著作物については、「絵画、版画、彫刻その
他の美術の著作物」を掲げる(一〇条一項四号)とともに、「『美術の著作物』に
は、美術工芸品を含むものとする。」と規定する(同条二項)にとどまり、「美術
の著作物」がどの範囲のものを含むのか、街路灯のような実用品に関するデザイン
がこれに含まれるのかについては具体的に明らかにするところがない。
 ところで、「物品の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、
視覚を通じて美感を起させるもの」は「意匠」として、意匠法による保護の対象と
されており(意匠法二条一項)、美術の著作物と意匠とは、視覚による美感にかか
わるものである点で共通している。しかし、意匠として保護されるためには、出
願、審査を経た上で登録を受ける必要があり(意匠法六条、一六条、二〇条一
項)、権利保護期間も設定の登録の日から一五年とされている(同法二一条)のに
対し、著作権法による保護を受けるためには、特段の審査や登録を要せず、また権
利保護期間も原則として著作者の死後五〇年間の長期に及ぶ(著作権法五一条)と
いう大きな相違がある。そして、このような相違は、意匠法が、「意匠の保護及び
利用を図ることにより、意匠の創作を奨励し、もって産業の発達に寄与すること」
を目的とし(意匠法一条)、そのために工業上利用することができる意匠であるこ
とを要求する(同法三条一項)というように、専ら工業製品について産業の発達に
寄与するという観点から制度が組み立てられているのに対し、著作権法は、「文化
的所産の公正な利用に留意しつつ、著作権者等の権利の保護を図り、もって文化の
発展に寄与すること」を目的とする(著作権法一条)というように、専ら文化的所
産について文化の発展に寄与するという観点から制度が組立てられているという差
異に基づくものと解される。したがって、意匠法の保護の対象となるものを広く著
作権法でも保護の対象とする場合には、意匠法が産業政策的観点から登録主義を採
用し、特有の権利保護期間を設定したことを空洞化することにつながるから、両者
の保護対象について何らかの調整が必要となる。
 そこでこの点について、現行の著作権法の制定過程をみると、著作権制度
審議会が、昭和四一年四月二〇日、文部大臣に提出した著作権改正に関する答申で
は次のように述べられている。
「1 応用美術について、著作権法による保護を図るとともに現行の意匠
法等工業所有権制度との調整措置を積極的に講ずる方法としては、次のように措置
することが適当と考えられる。
(一) 保護の対象
(1) 実用品自体である作品については美術工芸品に限定する。
(2) 図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられ
ることを目的とするものについては、それ自体が美術の著作物であり得るものを対
象とする。
(二) 意匠法、商標法との間の調整措置
図案等の産業上の利用を目的として創作された美術の著作物は、
いったんそれが権利者によりまたは権利者の許諾を得て産業上利用されたときは、
それ以後の産業上の利用の関係は、もっぱら意匠法等によって規制されるものとす
る。
2 上記の調整措置を円滑に講ずることが困難な場合には、今回の著作
権制度の改正においては以下によることとし、著作権制度および工業所有権制度を
通じての図案等のより効果的な保護の措置を、将来の課題として考究すべきものと
考える。
(一) 美術工芸品を保護することを明らかにする。
(二) 図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられ
ることを目的とするものについては、著作権法においては特段の措置は講ぜず、原
則として意匠法等工業所有権制度による保護に委ねるものとする。ただし、それが
純粋美術としての性質をも有するものであるときは、美術の著作物として取り扱わ
れるものとする。
(三) ポスター等として作成され、またはポスター等に利用された絵
画、写真等については、著作物あるいは著作物の複製として取り扱うこととす
る。」
右答申のうち、1は第一次案、2は第二次案であるが、現行著作権法は、
第一次案を採用せず、第二次案に基づいて立法されたものと解されている。そうす
ると、実用に供する物品に応用することを目的とする美術(いわゆる応用美術)に
ついて、広く一般に美術の著作物として著作権の保護を与える解釈をとることは相
当ではないが、実用品に関する創作的表現であっても、客観的に見て純粋美術(専
ら鑑賞を目的とする美術)としての性質も有すると評価し得るもの、すなわち、実
用品の産業上の利用を離れて、独立に美的鑑賞の対象となり得るものについては、
美術の著作物として、著作権の保護を与えるのが相当であり、著作権法が美術工芸
品を美術の著作物に含める旨を規定したのも、この趣旨に出るものであると解され
る。
そして、ある創作的表現が、実用品の産業上の利用を離れ、独立して美的
鑑賞の対象となり得るといえるためには、少なくとも、実用目的のために美の表現
において実質的制約を受けたものであってはならないと解される。
 しかるところ、本件デザイン図に描かれた街路灯は、それが実用品のデザ
インであることはいうまでもなく、しかもそれは、実際に新世界界隈に設置する街
路灯のデザインとして、専ら街路灯という物品の性質を考慮した上で、その産業上
の利用目的にふさわしいものとして作成されたものであることは原告の主張からし
ても明らかである。そして、原告代表者の供述によれば、本件デザイン図に描かれ
た街路灯のデザインは、実際に街路灯の製造を行う賛光電器産業株式会社が揃えて
いる灯具やアームの規格品のデザインを適宜選択して組み合わせて作成されたもの
であることが認められるのであるから、本件デザイン図の街路灯のデザインは、街
路灯のデザインという実用目的のために美の表現において実質的制約を受けたもの
であると認められる。
 また、確かに本件デザイン図に描かれた街路灯のデザインは、従前新世界
界隈に設置されていたもの(甲5の1、2、9、10)とは異なり、レトロなデザイ
ンとしてまとまりのある美感を有するものであるが、レトロなデザインの装飾街路
灯という点では、各社から種々のデザインのものが多数販売され(乙2)、意匠登
録を受けているものもあり(乙3。いずれも、原告の関連会社である賛光電器産業
株式会社が意匠権者である。)、実際に大阪市やその近郊では随所に同様の装飾街
路灯が設置されている(乙10、11)のであって、街路灯においてレトロなデザイン
というのは、一つの確立した産業デザインの類型であるということができる。それ
にもかかわらず、本件デザイン図に描かれた街路灯のデザインが、産業上の利用を
離れて、独立に美的鑑賞の対象となり得るためには、他の同種の街路灯のデザイン
とは、その美的表象の点で、隔絶しているといえる程度に質的に異なるものでなけ
ればならないと解される。しかしながら、本件デザイン図に描かれた街路灯のデザ
インの美的表象は、同種の街路灯のデザインと対比しても、美的鑑賞性の点で大き
な差はなく、これらの街路灯と同じく、産業デザインの一種としてとらえるのが相
当であって、他の装飾街路灯のデザインと隔絶しているといえる程度に質的に異な
ると見ることはできない。
 以上のことからすると、本件デザイン図に描かれた街路灯のデザインは、
実用品の産業上の利用を離れて、独立に美的鑑賞の対象となり得るものとはいえ
ず、著作物であるとはいえない。
 この点について原告は、本件デザイン図は町会連合会との長期にわたる協
議を経て、新世界界隈のシンボルとして人々の美的感覚に訴えるデザインとして原
告によって創作されたもので、著作物性を有すると主張するが、著作物性の有無を
判断するに当たっては、その表現を創作する過程の努力は必ずしも重視されるべき
ではないから、原告の主張は採用できない。
3 したがって、著作権侵害に関する原告の主張は、その余の点について検討
するまでもなく理由がない。
二 不法行為に基づく請求について(争点2)
1 事実経過
 証拠(後掲各証拠のほか、甲17、18、乙6、8、原告代表者本人、証人
C)によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件で問題となった公園本通商店街界隈には、原告が昭和五三年ころ
に街路灯(甲5の1、2、9、10)の設置を担当し、以後その保守、点検及び補修
等を行ってきたが、平成元年ころ、町会連合会では、商店街の活性化のために装飾
街路灯を改修し、新たなデザインのものを設置することの検討を始めた。
(二) 町会連合会では、平成三年ころから、原告も交えて新たな街路灯のデ
ザインを検討していたが、平成四、五年ころになって、被告の補助金を利用して設
置工事を行うことができそうだということになり、正式に原告に新たな街路灯のデ
ザインを依頼した。町会連合会が新たな街路灯のデザインを原告に依頼したのは、
原告が従前の街路灯の設置を担当し、その保守、点検等に細かく対応していたこと
から、町会連合会が希望したことによるものであった。
(三) 原告は右依頼に応じて、平成五年ころにヨシノデザイン設計事務所に
依頼して本件デザイン図を作成し、その後も異なるデザイン(甲7の1及び2)を
作成した上で、シミュレーション画(甲7の3ないし8)を作成するなどして町会
連合会と打ち合わせを重ねたが、結局、町会連合会では平成六年ころに本件デザイ
ン図の案に決定し、同年六月一五日に原告から見積書(甲12)が提出された。
(四) 他方被告では、平成五年二月ころに町会連合会から本件街路灯の設置
の要望を受けた後、本件街路灯の設置工事を被告の公共事業として行う方向で検討
を進めていたところ、平成六年三月ころ、町会連合会会長のD(以下「D」とい
う。)から本件街路灯のデザイン案として本件デザイン図の提出がなされた(な
お、時期は定かでないが甲12の見積書も被告に渡された。)。
 これに対し、被告では、本件街路灯の設置工事を被告の公共事業として
行う方向を固めていたことから、実際に設置する街路灯のデザインは、町会連合会
の要望をなるべく取り入れつつも、被告が行う公共事業の規格に合致するデザイン
とする必要があった。そこで被告の技術試験所において本件デザイン図の検討を行
ったところ、被告の規格ではグローブはガラス製でなければならないが、本件デザ
イン図のような複雑な曲線のグローブをガラス製にしようとすると制作費が高額に
なることから、本件デザイン図そのままの街路灯を設置することはできないという
ことになり、被告において新たに本件街路灯の設計図及びデザイン図を作成した
(乙1、4)。
(五) この後、町会連合会と被告の間では、街路灯のデザイン、地元の負担
金や街路灯の設置基数等について何度も話し合いがもたれ、これに原告代表者が出
席することもあり、Dからは被告担当者に対し、本件街路灯の設置工事を原告にや
らせて欲しいとの申入れを行っていたが、被告担当者は、本件工事を公共事業とし
て行う以上、指名業者による入札によることになるとして、肯定的な回答をしなか
った(なお、本件街路灯のデザインについて、原告と被告担当者とが直接に協議を
行ったことを認めるに足りる証拠はない。)。
(六) こうして何度も協議がもたれた後、平成八年七月二一日に被告による
地元説明会が開催され、これには地元住民、被告担当者のほかに原告も出席した
が、ここで被告は、周辺整備計画全体についての説明を行うとともに、本件街路灯
の設置工事についても被告が作成したデザイン図(乙1)に基づいて説明を行っ
た。
(七) その後も被告と町会連合会との間では協議がもたれ、その間、原告代
表者及びDも被告担当者に対し、本件工事を原告で請け負わせて欲しい旨の申入れ
をしていたが、被告担当者からは指名競争入札によるため指名資格のない原告が受
注することはできない旨の返答がなされた。そのため、原告代表者は、被告担当者
に対し、別の指名業者(旭隆電機工業)を使って入札に参加する方法を要望し、町
会連合会の役員もその方法を希望したが、確答はなかった。また、町会連合会で
は、原告代表者に対し、随意契約による方法も提案していた。
(八) そして、平成九年九月二日に街路灯の設置位置について現場立ち会い
が行われ、そこでも町会連合会から街路灯のデザインをもっとレトロなものに修正
して欲しいとの要望があったことから、それを踏まえてグローブのカーブにより丸
みを持たせるデザイン修正を行い、同年一〇月七日に町会連合会から最終的な承諾
を得た。
 そして、同年一一月二八日に指名競争入札が行われ、摂津電機工業株式
会社が入札し、被告は同社との間で工事請負契約を締結して本件街路灯工事を行っ
た(乙9)。
(九) なお、証人Cは、被告は本件街路灯を独自にデザインしたものであ
り、本件デザイン図はその参考資料にすぎないと証言する。そのいわんとするとこ
ろは必ずしも明確ではないが、確かに乙1によれば、本件街路灯と本件デザイン図
に描かれた街路灯とは、種々の点で形態を異にしていることが認められる。しか
し、いずれも斜めに三段に連ねられた三個のすずらん型の灯具の各上部を、支柱か
ら階段状に三段に張り出したアーム(各段のアームの間は半円状に連結されてい
る)が側方から支え、最下段のアームと支柱の間に四分の一円状の装飾具が三本施
されているといった特徴を兼ね備えており、この形態は他の装飾街路灯(乙2、
3、10、11)には見られない点であることからすれば、本件デザイン図なしに被告
が本件街路灯のデザインを全く独自に作成したものとは考え難い。そして、被告は
町会連合会から本件デザイン図を受け取っており、実際に設置する街路灯のデザイ
ンは町会連合会の要望をなるべく取り入れるようにしていたことを併せ考えると、
本件街路灯のデザインは、被告において、本件デザイン図を基に、それに修正を加
える形で作成したものと推認される。
 また、証人Cは、本件デザイン図を原告が作成したことは平成九年八月
七日の打ち合わせの時点まで知らなかった旨証言する。しかし、町会連合会側は、
本件デザイン図及び見積書を被告担当者に渡すとともに、本件街路灯の設置工事を
原告に行わせることを強く希望していたのであるから、早い時期からその旨を被告
担当者に申し入れていたと推認するのが相当であり、また、町会連合会がそのよう
な申入れを行う際に、そのような申入れを行う理由として本件デザイン図を作成し
たのが原告である旨を告げないとはおよそ考えられない。したがって、町会連合会
は、被告担当者に対し、本件デザイン図を渡すのと同じくらいの時期から本件デザ
イン図を作成したのが原告である旨を伝えていたものと推認される。
 他方、被告が本件デザイン図から街路灯のデザインを変更することにつ
いて、原告代表者本人は何も聞いていないと供述し、甲17中にもこれに沿う記述が
あるが、被告は地元である町会連合会の意向を尊重する方向で考えていたのであ
り、最終段階である平成九年九月に至ってもなお町会連合会の意向を汲んで設計修
正を行っているのであるから、被告が本件デザイン図のデザインをそのまま採用で
きないことについては、少なくとも町会連合会には伝えていたものと推認するのが
相当である。
2 以上に基づいて検討する。
(一) まず原告は、被告が他の業者に本件工事を請け負わせたことによっ
て、本件デザイン図に基づき装飾街路灯を製作してこれを設置することにより得ら
れた営業上の利益を侵害されたと主張する。
 しかし、本件工事は被告が発注者となる公共事業として行われたもので
あるから、発注者たる被告は、入札又は随意契約の方法によって、工事請負業者を
適宜選定することができるのであり、本件工事を原告に請け負わせることを被告に
義務づける特段の事情のない限り、被告が原告以外の業者に本件工事を請け負わせ
たからといって、原告の利益を違法に侵害したとはいえない。
 特に、本件で原告は専ら町会連合会からの依頼に基づき、町会連合会と
の間で協議を行って本件デザイン図を作成したものである。そして、本件工事は被
告が主体となって行う公共事業であり、町会連合会も地元住民として被告に対して
要望を述べ得る立場を有するにとどまる。そうすると、原告は、町会連合会が地元
住民として被告に対して街路灯のデザインの要望を述べるに当たって、その案の作
成を町会連合会から依頼された者であるにとどまるのであるから、町会連合会から
街路灯のデザインの要望を受けた被告が、町会連合会の依頼先であるにすぎない原
告を、本件デザイン図の作成者であるというだけで工事業者として選定・発注しな
ければならない義務を負うことはないというべきである。
 この点について原告代表者は、本件デザイン図を作成したのは原告であ
るから、原告以外の者が本件デザイン図に基づいて街路灯設置を行うことはできな
いはずであると供述する。しかし、仮に本件デザイン図中の街路灯のデザインに何
らかの原告の独占権が認められる場合であっても、そのことと本件工事の受注とは
別問題であり、本件デザイン図を作成したのが原告であるから当然原告が本件工事
を受注できてしかるべきであるということにはならない。
 もっとも、これらの事情の下であっても、原告と被告との間に生じた事
情から、被告において、本件工事の施工業者として原告が当然に選定されるとの合
理的な期待を原告に抱かせて、それゆえに原告においてそのための準備行為をなさ
しめたような場合には、そのような期待を裏切る被告の行為について違法と評価さ
れる場合もあり得ると考えられる。しかし、前記認定事実によれば、本件において
は、原告は本件工事を受注することを希望し、町会連合会もそれを強く希望して被
告に要望をしていたものの、被告において右要望に肯定的な態度を示すことはな
く、かえって本件工事は指名競争入札になるので指名資格がないと受注はできない
旨を告げていたのであるから、原告の抱いた期待は一方的なものにすぎなかったと
いうべきである。
(二) また原告は、被告が本件街路灯を設置したことにより、本件デザイン
図において表象される本件デザインについて不当に模倣されない利益を侵害された
と主張する。
 しかし、本件デザイン図に描かれた装飾街路灯のデザインに著作物性が
認められないことは前記のとおりであり、また、右デザインについて原告が意匠権
を有しているわけでもないから、被告が右デザインに基づいて街路灯を作成したか
らといって、直ちに違法となるわけではない。
 もっとも、このような場合であっても、具体的な事情いかんによっては
他人が作成したデザインを利用する行為が違法と評価される場合もあり得るが、本
件で被告は、自己が行う本件街路灯の設置に当たって、地元民である町会連合会か
ら寄せられた要望を尊重して最終的なデザインを作成したものであって、原告は町
会連合会からデザイン作成を依頼されたにすぎないものであるから、このようにし
て被告が町会連合会から要望されたデザイン案に基づいて本件街路灯を設計し、指
名競争入札に基づいて原告以外の業者に工事を請け負わせた行為が、原告が作成し
た本件デザイン図中の街路灯のデザインを不当に利用した違法な行為ということは
できない。
 この点について原告は、不正競争防止法二条一項三号において他人の商
品の形態を模倣した商品を販売等する行為が不正競争行為とされていることを主張
するが、同条項は、他人が費用や労力を投入して作り上げた商品形態を実質的に同
一といえる程度に模倣して競業を行う行為を公正な取引秩序に反する行為として規
制の対象とするものであり、本件とは局面を異にするというべきである。
(三) また原告は、被告の行為によって、「新世界、通天閣前の装飾街路灯
でおなじみの賛光です」という企業イメージによる営業活動を行う利益を侵害され
たと主張する。
 しかし、原告がこのような企業イメージによる営業活動を行うことがで
きるのは、単に従前の街路灯の設置を原告が請け負い、その保守等を行ってきたこ
との反射的利益にすぎず、被告との関係で法的に保護される利益であるとはいえな
い。
(四) したがって、被告が本件工事を原告以外の者に請け負わせたことによ
って原告の利益を不当に侵害したとする原告の主張はいずれも理由がない。
第五 結論
以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決す
る。
 (平成一二年三月一四日口頭弁論終結)
    大阪地方裁判所第二一民事部
  
      裁判長裁判官   小   松   一   雄
   裁判官高   松   宏   之
   裁判官安   永   武   央
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