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裁判例


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主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は,Yの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2Xの請求を棄却する。
第2事案の概要
1本件は,建物(テナントビル)を買い受けて各テナントに対する賃貸人の地
位を承継したXが,テナントであるYに対して,Yが貸室の使用を許諾してい
た関連会社が,貸室の一部を,風俗営業を営む関連会社もしくは顧客に性病検
査等のために使用させたのは用法違反であるから賃貸借契約を解除したなどと
して,貸室の明渡しと賃料相当損害金の支払を求めている事件である。原審が,
Xの請求を認容したところ,Yが控訴した。
2当事者の主張
(1)請求原因及びこれに対する認否は,次の点を付加訂正するほかは,原判決
「事実」欄の「第2当事者の主張」第1,2項記載のとおりであるから,
これ(原判決2頁6行目から3頁21行目まで)を引用する。
ア請求原因(6)の末尾に,「本件貸室では,上記(4)のような性病検査等が
行われていたものであり,Yはそれに深く関与しているのであるから,上記
更新拒絶には正当事由がある。」を加える。
イ請求原因に対する認否(3)を次のとおり改める。
「同(6)前段の事実は認めるが,同後段は否認する。Xの更新拒絶には正当
事由がない。」
(2)抗弁
ア(従前の主張)
Yには,Xの無催告解除を有効とするまでの背信性はない。本件の場合
には,以下のような諸事情があるから,信頼関係を破壊しない特段の事情が
あるというべきである。
(ア)A社は,B社(以下「B社」という。)から本件貸室の一部の提供
を依頼され,取引先を失うことをおそれ,不本意ながら提供したに過ぎ
ず,積極的に提供したわけではないし,対価も受領していない。
また,A社は,本件貸室の全部を日常的,常習的に使用させたわけで
はなく,196.416平方メートルの本件貸室内の打ち合わせ用の個
室(約6平方メートル)を月に1回の割合で1回につき2ないし3時間
程度使用させたに過ぎない。
(イ)Xは,平成15年半ばころから,派手な格好の若い女性が本件貸室
に出入りするようになったことを知り,そのころ,性病検査用の綿棒の
ケースをゴミ箱内に発見し,平成16年11月には,止血用の脱脂綿が
玄関ホールに捨てられていたにもかかわらず,同月25日付け「お知ら
せ」で,脱脂綿を本件貸室内において処理するように注意しただけであ
り,A社に上記検査を中止するように申し入れたりすることもなかった。
また,同年8月の更新時に異議を述べることもなかった。
そして,A社は,Xの上記注意に従い,血液採取に用いた脱脂綿の処
理についての告知書を作成し,被採取者が脱脂綿等を本件貸室外に持ち
出すことがないように配慮した。
(ウ)A社が本件貸室の一部を使用させていた時期に,本件ビルの他のテ
ナントから,Xに対する苦情やクレームはなかった。
(エ)YがXから本件貸室の用法遵守義務違反を理由にした解除通知を受
けた後は,A社は,B社に本件貸室の使用をさせていない。
(オ)A社がB社に本件貸室の一部を使用させていたのは,A社独自の判
断であり,Yは,一切報告を受けておらず,C作成の報告書(甲10)
が提出され,A社に事情を問い質すまで,A社がB社に本件貸室の一部
を使用させたことを知らなかった。そのため,Yは,本件訴訟において,
当初,B社による使用を否定したのであり,積極的に虚偽を述べたもの
ではない。
イ(当審での新主張)
Xの解除の意思表示は権利の濫用に当たる。すなわち,Xの本件賃貸借
契約の解除は,平成15年5月から長期間にわたってY側の用法違反がある
ことを認識しながら,何らの注意もせず,また,平成16年8月には何ら異
議を述べずに更新をしているのに,突然解除の意思表示をしたもので,権利
の濫用である。
(3)抗弁に対する認否及び反論
ア(ア)抗弁ア(ア)前段の事実は不知,同後段の事実は認める。
(イ)同(イ)ないし(エ)の事実はいずれも認める。
しかし,(イ)については,Yが本件貸室において性病検査を実施して
いるという確証を得るために,Yが主張するような申入れをしなかった
のである。
(ウ)については,性病検査をしなければならないような風俗嬢が,本
件ビルに2年3か月にわたり,累計で1000人ないし1500人以上
出入りしていたという事実が発覚すれば,Xの企業イメージは重大な打
撃を受け,まして,そのような風俗嬢の仕事に関係する企業であるYが
本件ビルに入居したままであるとすれば,無洗米という食品を扱ってい
るXは致命的な影響を受けることになる。
また,(エ)については,Y及びA社は,風俗嬢に不特定の遊客(男
性)を相手に性交類似行為をさせることを内容とする風俗業を行ってい
るD団体の母体であり,そうでなくとも,D団体と密接な関係を有して
いるのであり,本件貸室を性病検査のために使用することを止めたから
といって,Yが性病検査が必要な風俗嬢の仕事に深く関係している企業
であることには何ら変わりはない。
(ウ)同(オ)の事実は不知ないし否認する。
(エ)Yは,Xの本件賃貸借契約の解除の意思表示に対し,本件貸室内で,
性病検査,血液検査を実施した事実はないと回答し,平成17年7月1
4日付準備書面では,広告のモデルとなる女性の出入りはあるが,性病
検査等を受診するために多数の女性が出入りしていたわけではない旨主
張し,その後,同年9月16日付準備書面で,取引先であるB社から頼
まれて,風俗嬢の採血場所を提供しただけであると主張するに至り,さ
らに,最終的には,賃借人の従業員の健康診断と同視できるなどという
主張をするに至っているのであって,YとD団体との関係を考慮すると,
XとYの信頼関係は,すでに破壊されているというべきである。
イ抗弁イは否認ないし争う。YないしはA社は,風俗嬢をして性病検査が
必要なような性交類似行為をさせることを業とするD’団体を関連会社もし
くは顧客としている企業であるから,解除権の行使は正当であり,無催告で
の解除も許される。
第3当裁判所の判断
1債務不履行解除について
(1)請求原因(1)ないし(3)及び(5)はいずれも当事者間に争いがないから,同
(4)について判断するに,甲10,15,原審証人C,同E及び各項の末尾に
掲記する証拠並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
ア本件ビルには,X,Xの持株会社であるF社,Yの他,約10社がテナ
ントとして入居している。(甲16)
イA社は,Yの子会社であり,広告代理業等を目的とする会社であって,
横浜に本社が,札幌,福岡に支社があり,代表者は,商業登記簿上はG(Y
代表者)とHとなっているものの,実務は専らHが取り仕切っている。(甲
9,乙1∼5,原審証人I)
ウA社は,風俗嬢の性病検査のために必要な血液や検体(子宮頸管内の上
皮細胞等)を採取する場所として,平成14年11月から平成17年1月ま
で,毎月1回程度,本件貸室内の打ち合わせ用の個室(約6平方メートル)
を使用させた。その際には,同所において,J社(以下「J社」という。)
の担当者が,1回につき,2ないし3時間の間に,40ないし50名程度の
風俗嬢から血液や検体を採取していた。(甲7,8(いずれも枝番を含む),
12)
エ上記性病検査について,A社は,ホームページの作成を依頼された取引
先であるB社から,同社の従業員である風俗嬢の血液を採取する場所を提供
するよう依頼され,やむなく本件貸室の一部を無償で使用させたと主張して
いるところ,B社は「D団体」なる企業集団に属する会社であり,D団体は,
横浜,東京,札幌,福岡において風俗店の経営を展開しており,福岡店は平
成14年11月に開店している。これらの店舗内では,ヘルスコンパニオン
と称する女性従業員(風俗嬢)による男性客に対するきわどい性的サービス
が行われる。そして,D’団体は,衛生面の取組みとして,J社と提携して
風俗嬢に対する月1回以上の検診を行うことをホームページで公開している。
(甲7,8(いずれも枝番を含む),12)
もっとも,D”団体に関するホームページへの書き込みによれば,D団
体の会社名はA社,社長がHで,もと札幌支社の所在地がKホテルであった
などとされており,A社については事実と合致している点があり,同社とD
団体との密接な関連を窺わせるものがある。(甲11,原審証人I)
(2)上記認定事実によれば,Yの関連会社であり,本件貸室を実際に使用して
いるA社は,いわゆるテナントビルの一室である本件貸室の一部を,D’団体
の店舗の開店当初から,上記のように多数の風俗嬢の性病検査のために必要な
血液や検体を採取する場所として,定期的に使用させていたものであって,仮
にYの主張するとおり,A社の取引先であるB社からの依頼によりやむなく使
用させたものであったとしても,それが,不動産業,広告請負業及びそれらに
通常関連ないし付帯する業務のための事務所以外の目的に使用してはならない
との約定に違反することは明らかである。そして,身近な場所で,多数の風俗
嬢の性病検査のために必要な血液や検体が採取されるなどということは,一般
人をして強い警戒心や忌避の感情を喚起せしめないではおかない性質の行為で
あるから,上記のような約定のもとに本件貸室を賃貸していたXにとってはま
ことに遺憾なことであって,その約定違反の程度は極めて重大かつ悪質なもの
といわざるを得ない。また,A社の違反行為は,Yの違反行為と同視すること
ができるから,Xの本件無催告解除は,特段の事情のない限りは有効であると
解され,本件賃貸借契約は終了したことになるものというべきである。
この点につき,Yは,風俗嬢の採血場所を提供していただけで,それは従
業員の健康診断と変わるところはないなどと主張するが,風俗嬢の性病検査の
ために行われる採血を従業員の健康診断の際の採血と同視することができない
のは当然であって,Yの上記主張は採用できない。
なお,Xは,A社は,D’団体の関連会社そのものであるとも主張すると
ころ,上記(1)エ後段のような事実に照らせば,それが強く疑われはするもの
の,その書き込みの正確性が完全に担保されているわけではないので,これを
認めるまでには至らない。
(3)そこで,進んで,抗弁について判断する。
ア抗弁ア(ア)後段の事実,同(イ)ないし(エ)の事実は,いずれも当事者間
に争いがなく,証拠(乙5,原審証人I)及び弁論の全趣旨によれば,同
(ア)前段の事実がほぼそのとおり認められる。
イしかしながら,抗弁ア(ア)後段の事実が認められるからといって,上記
(2)で見たA社の違反行為の程度・内容を軽視してよいということにはなら
ない。また,同前段の事情はXの全く与り知らないことであるから,抗弁ア
の判断に際して重きを置くべき事情ではない。
ウまた,抗弁ア(イ)の事実をもって,Xがこのような違反行為を事実上許
容していたとみなすことはできない。そればかりか,証拠(甲7,8(いず
れも枝番を含む。),10,12,15,原審証人C,同E)及び弁論の全
趣旨によれば,以下の事実が認められるのであって,X側が早い時期から事
態を正確に把握していたとは必ずしも言い難いのである。
(ア)本件ビルの管理人は,平成15年中頃,本件貸室に派手な女性が出
入りしていることに気付き,また,そのころ,本件ビルの掃除婦から,
MX綿棒の空のケースが3階のゴミ箱に入っていたことを知らされ,そ
れをもらったことから,これらの事実をX監査役に報告した。
(イ)X監査役は,平成16年3月ころ,本件貸室に派手な感じの女性が
出入りしていると報告を受け,管理人に動向を観察するように指示した。
(ウ)管理人は,同年9月6日に閲覧したA社のホームページで,同社が
D’団体のホームページを企画制作していること,D’団体が風俗店を
経営していることを知り,そのことをX監査役に報告した。
(エ)管理人は,同年10月に,採血用脱脂綿が放置されており,同年1
1月24日にも同脱脂綿が放置されていたことから,X監査役に相談し,
翌25日に,A社に「お知らせ」という文書を交付して,遺棄物につい
ては,本件貸室内で処理することを求めた。A社は,早速,「検診お疲
れさまでした」という表題の掲示をして,来所した風俗嬢に,使用した
脱脂綿はゴミ箱に捨てるように指示した。
(オ)管理人は,翌月21日に,本件貸室内にJ社の検査資材が積まれて
いることを発見し,その後である同月29日にD団体のホームページで,
D’団体の衛生面をJ社が担当していることを知って,そのころ,X監
査役に報告した。
(カ)X監査役は,平成17年1月に,本件ビルで,女性が携帯電話で
「D団体です」と話しているのを聞きつけ,本件貸室に出入りする女性
数を調べるよう管理人に指示し,管理人が同月19日に調べたところ,
53名の出入りがあった。
エまた,抗弁ア(ウ)のとおりであるとしても,それは偶々実害がなかった
というにすぎない。本件ビルはテナントビルであるが,風俗業関係のテナ
ントが入っている形跡はないのであって,上記(1)で認定したところによれ
ば,定期的に性病検査を必要とするような業務に従事している風俗嬢が,
本件ビルに2年3か月にわたり,延べ1000人以上も出入りして,性病
検査を受けていたことになるのであり,このような事実が発覚すれば,一
般には強い警戒心と嫌悪感を持たれ,本件ビルのオーナーとしてのXの見
識や企業体質が問われ,企業イメージが重大な打撃を受けるであろうこと
は見易いところである。また,上記検査のために,長期間にわたり本件貸
室を提供していたA社ひいてはYの見識や企業体質も問われるのは必定で
あるところ,Yにおいては,上記のような風俗嬢に対する性病検査をもっ
て従業員の健康診断と同視できるなどと強弁してやまないことも勘案する
ならば,そのようなYが本件ビルに入居したままであるときには,無洗米
という食品を扱っているF社(甲14)の持株会社であるXにとって,致
命的な影響を受ける可能性もあることを否定できない。
オさらに,抗弁ア(エ)は極めて当然のことにすぎない。また,同(オ)につ
いては,A社は本件貸室についてYの利用補助者であるから,仮にYが上記
違反行為の事実を知らなかったとしても,そのことがYにとって特に有利に
斟酌すべき事情になるわけではない。
(4)以上によれば,Xの主張するように,Y及びA社が,いわゆる風俗嬢に不
特定の遊客(男性)を相手に性交類似行為をさせることを内容とする風俗業を
行っているD団体の母体であるか否かはともかくとして,A社ひいてはYの上
記違反行為について,Xとの信頼関係を破壊するに足りない特段の事情がある
とはいえず,Yの抗弁アは採用し難い。
(5)Yは,当審において抗弁イを追加したが,その実質は,抗弁アを権利濫用
の法理として構成し直したにすぎない。Xの本件賃貸借契約の解除は,上記の
とおり有効であって,Xの解除権の行使を権利の濫用として無効とすべき事情
は存しないから,抗弁イは理由がない。
2以上によれば,その余の点(更新拒絶及びその正当事由の有無)について検
討するまでもなく,Xの本訴請求は理由があるから,これを認容した原判決は
正当であって,本件控訴は理由がない。
福岡高等裁判所第3民事部
裁判長裁判官西理
裁判官有吉一郎
裁判官吉岡茂之

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