弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を無期懲役に処する。
未決勾留日数中370日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1窃盗の目的で,平成30年8月15日午後9時49分頃から同月16日午前
8時3分頃までの間に,A株式会社代表取締役Bが看守する愛知県海部郡a村b
c番地同社a工場敷地内に,その南側門扉の施錠を外して侵入し,その頃,同所
において,同人管理のプロペラ2枚(時価合計約230万円相当)を窃取した。
第2平成31年1月24日午前10時頃,名古屋市d区ef丁目g番地C方におい
て,被告人の車のローンの支払いについて口論をしていた実母であるD(当時6
6歳)から,「お前じゃない方がよかった。」と言われ,生後すぐに死亡した被
告人の兄が健在であれば生まれなかったことになる自身の境遇を思い,自身の存
在を否定されたと感じて激しい怒りを覚え,前記Dに対し,殺意をもって,背後
からその頭部を金づちで殴り,仰向けに倒れた同人に馬乗りになり,その首を両
手で絞め,さらに,その胸部を包丁(刃体の長さ約19.5cm)で1回突き刺
し,よって,その頃,同所において,同人を胸部刺創による外傷性ショックによ
り死亡させた。
第3同日午前10時頃から同日午前11時頃までの間に,前記C方において,同居
中の実母であるDが死亡しているのを認めたのであるから,同人を葬祭しなけれ
ばならない義務があったのに,その死体を前記C方1階廊下から1階寝室に移動
させた上,その頃から同年3月22日までの間,同死体を同所に放置し,もって
死体を遺棄した。
第4同年1月25日午前2時頃,前記C方において,いまだ前記D殺害の事実を知
らない実父である前記C(当時68歳)に実母殺害が露見し,警察に申告される
のを防ぐため,前記Cに対し,殺意をもって,背後からその背部を前記包丁(刃
体の長さ約19.5cm)で1回突き刺し,よって,その頃,同所において,同
人を背面の刺創に基づく大動脈刺創による出血性ショックにより死亡させた。
第5同日午前2時頃から同日午前3時25分頃までの間に,前記C方において,同
居中の実父である同人が死亡しているのを認めたのであるから,同人を葬祭しな
ければならない義務があったのに,その死体を同人方1階廊下から1階寝室に移
動させた上,その頃から同年3月22日までの間,同死体を同所に放置し,もっ
て死体を遺棄した。
第6預金の正当な払戻権限がないのに,株式会社E銀行F支店等2か所に開設さ
れた前記C名義の預金口座から預金を引き出して現金を窃取しようと考え,別表
記載のとおり,同年1月29日午後9時53分頃から同年3月9日午後2時57
分頃までの間,7回にわたり,名古屋市d区hi丁目j番地G店等2か所において,
各所に設置されていた現金自動預払機に,前記C名義のキャッシュカード2枚を
それぞれ挿入して同機を作動させ,株式会社H銀行お客さまサービス部部長I等
2名管理の現金合計103万8000円を引き出して窃取した。
(事実認定の補足説明)
第1検察官,被告人及び弁護人の主張
判示第4の実父C(以下「父」という。)殺害の動機について,検察官は,実
母D(以下「母」という。)殺害の事実が父に露見し,警察に申告されるのを防
ぐためであると主張するのに対し,被告人はそれを否定し,別の理由があったと
供述し,弁護人も父殺害の動機は父が警察に申告するのを防ぐためではなかった
旨主張する。そこで以下,父殺害の動機について検討する。
第2当裁判所の判断
1前提事実
関係証拠によれば以下の事実が認められる。
⑴両親の関係
両親は,昭和50年12月8日に結婚し,平成31年1月24日まで同居し
ており,夫婦仲は良好であった。
⑵母殺害後の被告人の行動
被告人は,平成31年1月24日午前10時頃母を殺害した後,父等に母殺
害の事実が発覚することを防ぐ目的で,同日午前11時頃までに,母の遺体を
1階寝室まで運び入れ,ベッド2台の間に放置し,殺害現場である自宅の1階
廊下についた血液を拭き取った。
⑶父帰宅後の同人及び被告人の行動
父は,同日午後2時前後に仕事から帰宅した後自宅にいたが,午後9時過ぎ
頃,夜勤の仕事に再び出発し,同月25日午前0時18分に,仕事先であるJ
を出発し,同日午前0時30分頃帰宅した。そして,被告人は,父が帰宅した
後の同日午前2時頃,同人を1階廊下において殺害した。
⑷父殺害後の被告人の行動
被告人は,父殺害後,同人の遺体を1階寝室に移動させた(なお,被告人は,
父殺害後,同年3月25日に逮捕されるまで,父の着衣を着替えさせたことは
なかった。)。そして,被告人は,同年1月25日午前2時29分,父の携帯
電話機を使用して同人の職場関係者であるKに電話し,父の弟に成りすまし
て,「Cの弟ですが,兄の息子がカナダで仕事をしていてケガをしたので夫婦
で海外へ行くことになりました。」等と伝えた。同日午前7時36分には,父
のクレジットカードを使ってネットショッピングで死臭を消すために消臭剤
を注文し,同年3月25日に逮捕されるまでの間,被告人の姉らや警察などに,
両親や,父の弟に成りすますなどして連絡していた。
⑸父の遺体発見時の服装
警察官は,同年3月22日,被告人の自宅で父の遺体を発見した。同遺体は,
肌着,パジャマ,ベストを着用していた。
2母殺害の事実が父に露見し,警察に申告されるのを防ぐためという動機があ
ったと認められるかについて
被告人は,父等に母殺害の事実が発覚するのを防ぐために,母殺害後父が帰
宅する前に母の遺体を1階寝室に移動させていて,父を殺害した約30分後に
は,同人の職場関係者に電話し,両親が海外に行くことになったなどと嘘を言
い,その後も平成31年3月25日に逮捕されるまで,姉らや警察官等に対し
て,両親に成りすますなどして生存偽装工作をしている。このように,被告人
は父を殺害する前や,殺害の直後から,一貫して,自身の犯行が父や警察に発
覚するのを防ぐための行動をしている上,父と被告人との間にトラブル等があ
った事実は認められず,被告人自身も父に怒りを感じていなかったと供述して
いるのであるから,母殺害の事実が父に露見し,警察に申告されるのを防ぐ目
的以外に,父を殺害する動機となり得るものは見当たらない。そうすると,同
居している父に母殺害の事実が露見し,警察に申告されるのを防ぐために父を
殺害したと考えるのが合理的である。
3被告人の供述について
平成31年1月24日午後7時過ぎに父が仮眠から起きた後,父に母殺害
の事実を打ち明け,母の遺体や刺した包丁を見せたところ,父は自分の話を黙
って聞いていた。警察に行かないのか父に尋ねたところ,父は「後で行こう。」
と言って夜勤の仕事に行った。仕事から戻ってきた後,翌25日午前0時30
分頃から約30分間,父と2人で車に乗って自宅付近を走行し,帰宅した後
に,父と自宅のキッチンで過ごした。その後,包丁を持って,キッチンを出た
父の後を追い,父の背中を包丁で刺した。父殺害の動機については言いたくな
い。車内や帰宅後のキッチンでの父とのやり取りも父殺害の動機に関係する
ので言いたくない。被告人は,以上のとおり供述する。
しかし,母と昭和50年から結婚生活を送り,長年にわたって良好な関係を
築いていた父が,自身の妻が息子によって殺された事実を聞かされながらも,
その話を黙って聞き,そのまま仕事に出かけたというのは不自然というほか
ない。また,父はパジャマ姿で発見されているところ,被告人は殺害から逮捕
時に至るまで父の着衣を着替えさせたことはないので,同人は殺害された当
時もパジャマ姿であったと認められるが,父が職場から帰宅した後被告人と
警察に出頭する予定であったのだとしたら,あえて仕事着からパジャマに着
替えるはずはない。したがって,父に母殺害の事実を打ち明け,警察に出頭す
る予定であったとの被告人の供述を信用することはできない。
4結論
以上により,被告人の供述を踏まえても,同居している父に母殺害の事実が
露見し,警察に申告されるのを防ぐために父を殺害したと認められる。したが
って,判示第4のとおり認定した。
(量刑の理由)
第1犯罪事実に関する事情(判示第2及び第4)
本件の量刑判断の中心となるのは両親に対する殺人(判示第2及び第4)であ
る。
1結果
被告人は,母を殺害した後に父を殺害しており,人を殺してはならないという
規範を二度も乗り越え,2名の尊い命を奪った結果は重大である。
2母の殺害方法
被告人は,まず,①出掛けようとして自宅の玄関先の廊下に腰掛け,靴を履
こうとしていた母の背後から,重量のある金づち(約381g)を振り下ろし
て後頭部を思い切り1回殴った。次に,②廊下に仰向けに倒れて無抵抗の同人
に向かい合うようにその胴体の上に馬乗りになり,同人の顔が見える状態で,
両手で数分間にわたり,体重を乗せて強い力で首を絞め続けた。そして,③母
は,首を絞められたことにより,既に窒息死しかねない状態であり,身動きせ
ず,呼びかけに応じなくなっていたのに,さらにキッチンから刃体の長さ約1
9.5cmの鋭利な包丁を持ち出し,仰向けに倒れていた同人の左胸めがけて
1回強く突き刺し,同人の肋骨は折れ,胸の傷の深さは約15.5cmに達し,
包丁の刃は心臓,肺,背中にまで到達した。被告人の①ないし③の一連の行為
は,無防備かつ無抵抗な母に対し,執ような方法で確実に死に至らしめようと
いう強い殺意に基づいて行われたものである(なお,被告人は,③の時点で初
めて母を殺そうと思ったのであり,①及び②の時点では同人を殺すつもりはな
かった旨供述するが,被告人の①ないし③の行為は,母の「お前じゃない方が
よかった。」という発言を契機とした短時間に行われた一連のものであり,①
及び②についても③と同様,無防備かつ無抵抗な同人を確実に死に至らしめる
行為であること等からすると,被告人は母の上記発言を聞いた時点で強い殺意
を生じており,①及び②についても強い殺意に基づいて行われたと認められ
る。)。
3母殺害の動機
被告人は,平成30年2月頃以降勤務先に行かなくなったところ,同年3月9
日から,両親のクレジットカードを合計113万円以上無断使用して同人らの家
計を圧迫した。同年5月下旬頃には無断使用について追及されるのを避けるため
に車に乗って家出し,無断使用を知った母から裏切られたことへの激しい怒りの
気持ちを表したメールを送られたにもかかわらず返信しなかった。被告人は,同
年9月中旬頃から両親に自宅に迎え入れてもらい,再び同居し,被告人の車のロ
ーン代として毎月20日頃に4万円を父に渡す旨約束するも,同年12月20日
頃には,父に渡す予定だった同月分のローン代を支払えなかった。そこで,被告
人は,両親に対して平成31年1月20日に2か月分を渡す旨約束したものの,
同月21日には結局用意できず,両親に対し「用意できた時に払う。」と述べた。
母は,同日,クレジットカード無断使用の件を踏まえ,「出来ない約束するな。」
「約束破るのか。」「また裏切るのか。」などと言って被告人を怒った。そして,
同月24日,被告人と母とで,再びローンの支払いについて口論となり,用事が
あるからと話を切り上げようとした母に対し被告人が「まだ終わっとらん。」と
呼び止めたのに対し,母は「お前じゃない方がよかった。」と発言した。被告人
は,生後すぐに死亡した被告人の兄が健在であれば生まれなかったことになる自
身の境遇を思い,母の発言が自身の存在を否定するものだと感じて激しい怒りを
覚えたのを契機に母の殺害に及んでいる。
以上のとおり,被告人は,クレジットカードの無断使用や,車のローン代を支
払わないなど,母に怒られて当然の生活態度でありながら,それらの話の中で同
人から「お前じゃない方がよかった。」と言われるや逆上し,怒りにまかせて母
殺害に至ったのであり,母の殺害に至る経緯や動機は身勝手で同情や酌量の余地
は見当たらない。
4父の殺害方法
被告人は,自宅において,父の背後から,同人の背中を逆手に持った刃体の長
さ約19.5cmの鋭利な包丁で突き刺し,同人の肋骨は折れ,傷の深さは約1
1cmに達し,包丁の刃が胸部大動脈を完全に通過した。この被告人の行為は,
身体の枢要部である背部を狙って,肋骨を折るほどの強い力で,一撃で生命を奪
ったものであって,ためらいのない方法で,確実に死に至らしめようという強い
殺意に基づいて行われたものである。
5父殺害の動機
被告人は,父を殺害しなければ,母を殺害したことが父に露見し,警察に申告
されて自身が逮捕されてしまうと考え,父を殺害している。被告人は,母を殺害
した約16時間後に父を殺害しており,母の殺害後,反省や後悔をする時間が十
分あったのに,自己保身のためにもう1回人の殺害を決意しており,父の殺害に
至る経緯や動機に酌量の余地は見当たらない。
6被告人の犯行に計画性がないことについて
被告人の両親に対する殺人は,いずれも突発的で強固な殺意によるものであ
って,計画的犯行とまではいえない。しかし,被告人は,前記のとおり,母の殺
害後,反省や後悔をする時間が十分あったのに,その約16時間後に,さらにも
う1回人を殺害するという意思決定に及んでいるのであって,被告人の父を殺
害するとの意思決定は強い非難に値するものである。したがって,被告人の両親
に対する殺人に計画性がないことは,非難を大きく弱める要素とはならない。
第2その他の事件の犯罪事実に関する事情(判示第1,第3,第5及び第6)
2件の殺人以外の事件の犯罪事実に関する事情について検討すると,両親の
死体遺棄(判示第3及び第5)については,同人らをそれぞれ殺害後に自宅の1
階寝室に運び込んだままの姿で約2か月間放置したものであって,遺体を物の
ように扱って放置したという死者に対する畏敬の念を欠いたものであるし,両
親殺害後のATM窃盗(判示第6)についても被害額は合計103万円余りと高
額で,プロペラ窃盗(判示第1)についても,元従業員としての知識を悪用して
元勤務先に侵入して時価合計約230万円と高額なプロペラ2枚を窃取したも
のであって,元勤務先の信頼を裏切る犯行であり,いずれの犯行についても被告
人に酌むべき事情はない。
第3被告人にとって有利な事情(一般情状)
被告人が,父に対する殺人の動機以外については各犯行についていずれも自
白し,当公判廷において謝罪や後悔の言葉を述べていることや,被告人に前科前
歴がないことについては,被告人にとって有利な事情といえる。
第4量刑
以上を前提として,まず,量刑の中心となる2件の殺人の犯罪事実に関する事
情を見ると,2名を殺害したという結果の重大性や,両親の殺害の方法にみられ
る執ようさやためらいのなさ,経緯及び動機にいずれも酌むべき事情が見当たら
ないことからすると,被告人の刑事責任は極めて重く,遺族である被害者の2人
の娘(被告人の姉)がいずれも被告人に対し非常に厳しい処罰を求めているのは
当然である。弁護人は,2件の殺人についていずれも計画性がなかったことを重
視すべきであり,計画性の有無が量刑の分岐点となっていると主張するが,同種
事案を見ても,計画性の有無が無期懲役に処すべき部類か否かの判断の分岐点と
なっているとはいえない上(なお,弁護人が弁論要旨において用いた量刑グラフ
は,件数が少なく,量刑判断の基礎とするのは妥当でない。),前記のとおり,
計画性がなかったことが非難を大きく弱める要素とならない。そうすると,量刑
の中心となる2件の殺人の犯罪事実に関する事情のみを見ても,本件は同種事案
の中で非常に重い部類,すなわち無期懲役に処すべき部類に属する事案といえ
る。
そして,2件の殺人の犯罪事実に関する事情以外で,被告人にとって有利な事
情としては,前記のとおり被告人が父に対する殺人の動機以外については各犯行
について自白し,謝罪や後悔の言葉を述べていることや,被告人に前科前歴がな
いことがあるが,2件の殺人の犯罪事実に関する事情が極めて重いことに照らせ
ば,いずれも量刑を大きく左右する事情とはなり得ず,被告人に有利な事情を最
大限踏まえても有期懲役刑を選択する余地はなく,被告人を無期懲役に処すのが
相当と判断した。
(求刑-無期懲役)
令和2年8月6日
名古屋地方裁判所刑事第3部
裁判長裁判官宮本聡
裁判官西前征志
裁判官大井友貴
(別表省略)

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