弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主    文
     1 1審原告の控訴に基づき,原判決中1審被告会社及び1審被告A
に係る部分を次のとおり変更する。
      (1) 1審被告会社及び1審被告Aは,1審原告に対し,連帯して,63
00万円及びこれに対する平成10年12月1日から支払済み
まで年5分の割合による金員を支払え。
     (2) 1審原告の1審被告会社及び1審被告Aに対するその余の請求
をいずれも棄却する。
     2 1審原告の1審被告監査法人に対する控訴を棄却する。
     3 1審被告会社及び1審被告Aの各控訴をいずれも棄却する。
     4 訴訟費用中,1審原告と1審被告会社及び1審被告Aとの間に生じ
たものは,1,2審を通じて10分し,その3を1審原告の負担と
し,その余は1審被告会社及び1審被告Aの負担とし,1審原告
と1審被告監査法人との間で生じた控訴費用は1審原告の負
担とする。
     5 この判決の主文1(1)は,仮に執行することができる。
          事実及び理由
第1 控訴の趣旨
 1 1審原告
  (1) 原判決を次のとおり変更する。
  (2) 1審被告らは,1審原告に対し,連帯して9000万円及びこれに対する
平成10年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
(3) 訴訟費用は1,2審とも1審被告らの負担とする。
  (4) (2)につき仮執行宣言
 2 1審被告会社,1審被告A
  (1) 原判決中1審被告会社及び1審被告Aの各敗訴部分を取り消す。
  (2) 上記部分にかかる1審原告の請求をいずれも棄却する。
  (3) 訴訟費用は1,2審とも1審原告の負担とする。
第2 事案の概要
 本件は,1審原告がベンチャー企業である株式会社オズパイオニアコー
ポレーション(以下「オズ」という。)に対して9000万円の出資をしたことに
関し,1審被告監査法人の社員であり公認会計士である1審被告Aが,故
意または過失により,真実は無価値に等しいオズの株価が1株当り7万5
000円である旨の株価算定書を提出するなどして,1審原告をして,オズ
が優良な企業であり,かつその株価が真実1株当り7万5000円の価値
のある会社であると誤信させて上記出資をさせ,1審原告に出資額相当
の損害を与えたとして,不法行為に基づき,また,1審被告監査法人,1
審被告会社に対しても,それぞれ不法行為または使用者責任に基づき,
連帯して損害賠償(不法行為の日の後の日より支払済みまで民法所定
年5分の割合による遅延損害金を含む。)を求めたところ,原審が1審被
告会社及び1審被告Aに対する請求の一部を認容し,1審被告監査法人
に対する請求を棄却したことから,これに不服である1審原告並びに1審
被告会社及び1審被告Aがそれぞれ控訴した事案である。
 以下,略語は原判決のものに準ずる。
1 争いのない事実等
 次のとおり付加訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 
事案の概要」の「2」に摘示のとおりであるから,これを引用する。
  (1) 原判決3頁7行目の「(以下「B」という。)」を「ことB(以下「B」という。)」
と改める。
  (2) 同8行目の「Bは,」の後に「1審原告名古屋支店の担当者に対し,オ
ズの」を加える。
  (3) 同26行目の「オズの」を「『オズの」と,4頁4行目の「除いた」を「除い
た。』」と改める。
 2 争点
(1) 本件株価算定書作成当時のオズの財務内容
 当事者の主張は,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概
要」の「4 争点に対する当事者の主張」の「(1) 争点(1)(本件株価算
定書作成当時のオズの財務内容)について」の「(原告の主張)」及び
「(被告らの主張)」に摘示のとおりであるから,これを引用する。
(2) 1審被告Aの加害行為の有無
(1審原告の主張)
 1審被告Aは終始1審被告監査法人の東海地区担当統括社員として
オズの店頭登録のために活動していた者であり,1審原告が本件出資
の可否を検討するに当たって提出を求めた資料については,1審原告
は,すべて1審被告監査法人の名古屋事務所あるいは1審原告名古
屋支社で,1審被告Aの関与のもとに受領しており,1審原告の本件出
資についての最終的な意思決定において重要な要素となった本件株
価算定書も1審被告Aが作成したものである。
 1審被告Aは,1審被告監査法人の業務契約の担当者としてBと月に
1回程度面談していたことから,本件株価算定書作成当時,富士銀行
のオズに対する融資拒否,同銀行に対するオズの支払遅滞,同銀行
のオズに対する相殺事由の発生の各事実を知っていたはずであるが,
その原因を求めればオズの債務超過が直ちに判明するのであるから,
オズが債務超過で事実上倒産状態にあったことを認識しつつ,1審原
告をしてオズが1株当たり7万5000円の価値を有する会社であると誤
信させるために,本件株価算定書を作成,提出したものと考えられる。
 仮にそうでないとしても,1審被告Aは,本件株価算定書の作成にあ
たっては,公認会計士として相当な注意を尽くしてオズの財務書類を
調査し,適正な数値に基づいて株価を算定すべきであったのにこれを
怠り,財務書類を調査せず,オズの債務超過を看過し,粉飾された数
値を基礎に株価を過大に算定した本件株価算定書を作成,提出した。
 以上のとおり,1審被告Aは,1審原告に対し,オズへの出資を働きか
け,故意または過失により,真実に合致しない内容の本件株価算定書
を作成して1審原告に提出し,1審原告をしてオズが優良な企業であ
り,かつその株式も1株当り7万5000円の価値のあるものであると誤
信させたものである。
(1審被告らの主張)
 原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「4 争点に対
する当事者の主張」の「(3) 争点(3)(被告Aには本件株価算定書の作
成・提出に過失が認められるか)について」の「(被告らの主張)」に摘
示のとおりであるから,これを引用する。
(3) 1審被告Aの加害行為と本件出資との因果関係の有無
(1審原告の主張)
 1審原告は,オズから出資の要請を受け,同社の決算報告書,税務
申告書等から1株10万円の提示額は高すぎ,せいぜい6万5000円と
判断していたところ,1審被告Aは,1株7万5000円が下限であると主
張したため,同人に対し,公認会計士として責任を持って株価7万500
0円が妥当である旨明記した株価算定書を提出するよう求め,これに
応じて本件株価算定書が交付された。1審原告は,当時,オズから「会
計監査1審被告監査法人」と記載されたオズの会社案内を受け取って
おり,1審原告としては,1審被告Aはオズの代理人であるとの認識で
あったし,また,オズが1審被告監査法人と顧問契約を締結したのは店
頭公開を目指しているためであると聞いていたことから,当然1審被告
監査法人がオズの監査をしていると信じていた。しかも,本件株価算定
書は,公認会計士であり,1審被告監査法人の担当責任者である1審
被告Aが提出したのであるから,1審原告が本件株価算定書の内容を
信用することは当然であり,1審原告は,これらの1審被告Aの行為に
より,オズが1株当たり7万5000円の価値を有する優良な企業である
と誤信し,本件出資をすることを決定したのである。
(1審被告らの主張)
 もともとベンチャー企業に対する投資は「ハイリスク・ハイリターン」の
性質を有する。1審原告もその必要があれば自ら決算書レビュー(簡易
監査)を行えばよかっただけのことである。
1審原告は,オズの資金繰りが厳しいこと,決算内容が未監査である
ことを承知のうえで,1審原告の製造販売するビール等の専売取引の
確保を主たる目的とし,Bの人柄,オズの将来性,オズに対する他のベ
ンチャーキャピタルによる投資実績等を判断資料として,ある程度のリ
スクを念頭におきながらも,オズの成長性に賭けてハイリターンをあて
にして本件出資を行ったのである。本件株価算定書は,1審原告名古
屋支社とオズとの間で本件出資の合意に達した後,1審原告本社の稟
議を通すための形式的な資料として要求されたもので,本件出資との
間に因果関係はない。本件株価算定書は,形式・内容ともに簡易であ
り,一見して信用性が高くないことのわかるものであって,本件株価算
定書が1審原告の出資決定を左右するほどに高い信用性を有するも
のではないことは明らかである。
(4) 1審被告監査法人の責任の有無
(1審原告の主張)
 1審被告Aは少くとも東海地区においては1審被告監査法人を代表し
て業務を行っている者であり,そうでないとしても実質的に本件オズに
関する業務については一切の権限を委任されて執り行っていたとみる
ことができ,実質的にみて「理事その他の代理人」にあたるというべき
であり,1審被告Aによる本件株価算定書の作成,提出等は,1審被告
監査法人の職務を行うにつきなされたものであるから,1審被告監査
法人は,公認会計士法34条の22第3項,商法78条2項,民法44条1
項に基づき,1審原告に対して損害賠償責任を負う。
 また,オズは平成13年の店頭登録を目指し,その目的達成のために
1審被告監査法人と業務契約をしたのであり,1審被告Aはこの契約に
基づいて1審被告監査法人の東海地区担当統括社員として当該業務
に従事することとなり,その業務として1審原告からの出資を得るべく
活動していたのである。1審被告Aは,1審被告監査法人の業務として
自ら本件株価算定書を作成したことにほかならないから,1審被告監
査法人は,民法715条に基づき,1審原告に対して損害賠償責任を負
う。
(1審被告監査法人の主張)
 1審被告Aは,1審被告監査法人の代表社員ではないので,民法44
条1項の準用はない。仮にそうでないとしても,1審被告監査法人は,
財務書類の監査又は証明の業務を目的とする監査法人であるから,1
審被告Aによる本件株価算定書の作成,提出は,1審被告監査法人の
職務を行うにつきされたものとはいえない。仮に上記行為が1審被告
監査法人の職務を行うにつきなされたものであるとしても,1審原告に
は上記行為が1審被告A個人の行為であることについて悪意・重過失
がある。
  (5) 1審被告会社の責任の有無
(1審原告の主張)
 1審被告会社は,本件株価算定書の作成名義人であることから民法
709条に基づき,また,1審被告Aによる本件株価算定書の作成,提
出は,被告会社の事業の執行につきなされたものであることから民法
715条に基づき,1審原告に対して損害賠償責任を負う。
(1審被告会社の主張)
 本件株価算定書の作成,提出は1審被告Aの行為であって,1審被
告会社が法人活動として行ったものではないから,1審被告会社は民
法709条に基づく責任を負うものではない。また,株価算定書の作成
は,1審被告会社の業務ではないから,1審被告Aの行為は,事業の
執行につきなされたものでなく,1審被告会社は民法715条に基づく責
任を負うものでもない。仮に上記行為が1審被告会社の職務を行うに
つきなされたものであるとしても,1審原告には上記行為が1審被告A
個人の行為であることについて悪意・重過失がある。
(6) 1審原告の損害の有無及び額
 当事者の主張は,次のとおり付加訂正するほかは,原判決の「事実
及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「4 争点に対する当事者の主
張」の「(4) 争点(4)(原告の損害の有無及び額)について」の「(原告の
主張)」及び「(被告らの主張)」に摘示のとおりであるから,これを引用
する。
   ア 原判決7頁24行目の「,社債の振込金」から26行目の「また,」まで
を「新株引受権付社債の振込金であり,株式投資はわずかに1500
万円であるにすぎない。しかも,新株引受権の大半(8割)について
は新株発行直後に発行前からの約束に基づいてオズの代表者であ
るBに低額で譲渡されているのである。そうすると,1審原告は社債
のうち新株引受権部分については当初から全く関心がなかったので
あり,本件出資のうち新株引受権付社債分の7500万円については
株式投資とは全く関係ないといわざるを得ない。また,1審原告の行
った株式投資についてみても,」と改める。
   イ 同8頁2行目の「本件出資額のうち,」の後に「株式投資に相当する部
分について」を加える。
(7) 過失相殺の可否及び割合
 当事者の主張は,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概
要」の「4 争点に対する当事者の主張」の「(5) 争点(5)(過失相殺の
可否及び割合)について」の「(被告らの主張)」及び「(原告の主張)」に
摘示のとおりであるから,これを引用する。
第3 当裁判所の判断
 1 争点(1)(本件株価算定書作成当時のオズの財務内容)について
  (1) 甲第4ないし第6,第13,第23,第27ないし第32,第59号証,乙第1
号証の1ないし3,第4号証,証人Bの証言及び弁論の全趣旨によれ
ば,以下の事実を認めることができる。
ア オズは,ベンチャーキャピタル各社から投資を受け,また,サントリー株
式会社(以下「サントリー」という。)との間で,ビール等の飲料は同社
のもののみを専売するとの合意のもとに,平成10年の2月,3月に
同社から合計5000万円の包括専売契約料の支払を受けていた。
オズは,更に富士銀行から6か月単位の短期貸付として5000万円
を借り受け,毎月500万円ずつこれを返済しており,その完済後は5
年間の長期貸付を受けられる見込みであった。
 ところが,平成10年7月ころ,富士銀行から上記短期貸付金の返
済後の貸付を拒否され,同年9月から同銀行に対する債務返済が
遅滞に陥り,同銀行との間に相殺事由が発生していた。また,オズ
は,他の金融機関からも新たな貸付を受けることの困難な状況とな
り,既にオズに出資していたベンチャーキャピタル各社からの新たな
融資も望めない状況となった。
イ オズの平成10年5月決算期(平成9年5月1日から平成10年4月30
日まで)の決算報告書は,貸借対照表上の資本の部合計額として6
521万0156円が計上されているが,約1億3800万円の損失を計
上せず,また,各種の償却を計上しないことによるもので,実際には
既に大幅な資本欠損状態であった。
また,平成10年5月1日から同年12月末日までの間における財務
内容は,経常損失が約1億8000万円(営業損失は約1億7000万
円)であったが,更に特別損失として,上記約1億3800万円の損失
を前期損益修正損として計上したほか,固定資産売却損,貸倒損
失,営業権償却,開発費償却,ソフト開発費償却を計上し,特別損
失は約2億5385万円であったから,当期損失は約4億2698万円
となり,資本の欠損が約3億4600万円となっていた。
   ウ オズは,平成11年1月以降,東洋信託,三菱信託,第一勧業,中央
信託等に対する返済も遅滞に陥るようになった。
   エ オズの債権者である丸紅食料株式会社は,平成11年7月18日,同
日現在でオズに対し約4500万円の売掛金債権を有しているのにオ
ズはこれを支払わず,オズは債務超過の状態であるとして,名古屋
地方裁判所一宮支部に対し,オズの破産申立てをし,同支部は,同
年10月22日午前10時,オズを破産者とする破産決定をした。同破
産手続において,平成12年1月25日までに届出のあった債権は1
18件で,届出債権額は約1億6280万円であった。
(2) 上記認定によれば,本件株価算定書の作成された平成10年10月27
日当時,オズは大幅な債務超過に陥り,資金繰りも極めて悪化してお
り,その財務内容は極めて悪い状態であったものと認められる。
 2 争点(2)(1審被告Aの加害行為の有無),争点(3)(1審被告Aの加害行為
と本件出資との因果関係の有無)について
(1) 甲第1,第12,第40,第45,第51,第52号証,第54号証の2,第56
号証,乙第2,第4号証,第8号証の2,3,第11号証の1ないし3,第1
5ないし第17号証,証人B,同C,同Dの各証言,1審被告A本人尋問
の結果及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができ
る。
ア オズは,平成9年9月当時,平成13年における株式の店頭登録を目指
しており,同年10月30日,1審被告監査法人との間で,関係会社取
引整備,資本政策及び経営全般に関する助言・指導を目的とする業
務契約を締結し,1審被告監査法人の東海地区担当統括社員であ
る1審被告Aがその担当者となった。しかし,オズは,本件出資がさ
れるまでの間,1審被告監査法人,1審被告Aその他の公認会計士
または監査法人との間で監査契約を締結したことはなかった。
イ Bは,平成10年7月ころオズが富士銀行から貸付けを受けられなくな
ったことから,ビール会社への資金援助の要請も検討し,サントリー
に投資を打診したが断られていたところ,平成10年の8月ころ,富
士銀キャピタル株式会社のEの助言もあって,同人を通じて1審原告
に投資を依頼することになった。
 これを受けて,Eは,1審原告名古屋東支店長のFに対しオズへの
出資を要請したが,その際,FがEから交付を受けた資料には,オズ
が新株引受権付社債(総額1億0500万円,権利行使価格は1株当
たり15万円)及び第三者割当増資(最大200株,1株当たり15万
円)を予定している旨の記載があったが,Eの話では,1審原告に対
しては上記のうち新株引受権付社債の引受を要請するとのことであ
った。
 その後,Fは,オズ側からオズの平成9年度(平成10年4月決算
期)の決算報告書の交付を受け,1審原告名古屋支社の経理部部
長であったDがこれを検討したところ,同報告書の貸借対照表上の
資本の部合計額は6521万0156円,発行済み株式総数は1200
株で,1株当たり純資産額は約5万4000円となり,Eから交付され
た資料に記載された1株当たりの株価を遙かに下回るものであるこ
とが判明した。
   ウ 一方,Bは,同月下旬ころ,1審被告Aに対し,富士銀行が融資を断っ
たことや運転資金が足りないなどの事情を話し,支援者を探して欲し
いと頼んだところ,1審被告Aは努力すると言った。
   エ Eは,同年9月18日に1審原告を訪ね,オズに対する出資の要請をし
た。
 同日,1審原告の名古屋支社長であったC,Fの後任となっていた
G支店長,東支店営業担当者のHがオズを訪ね,Bと面談したとこ
ろ,Bから出資の要請を受けた。そこで,Cらは,Bに対し,出資の可
否について検討判断するための関係資料の提出を求めた。
 また,このころ,1審原告は,オズ側から「会計監査1審被告監査法
人」との記載のある会社案内のパンフレットの交付も受けた。
オ G支店長とDは,同年10月2日,Bから事前に1審被告監査法人の事
務所で面談をしたいとの希望があったことから,同所を訪問した。
 このときG支店長らがオズ側から渡された資料では,従前とは異な
り,第三者割当増資については最大300株,1株当たり10万円と,
新株引受権付社債については権利行使価格が1株当たり10万円と
変更されており,第三者割当新株300株(1株当たり10万円)及び
新株引受権付社債7000万円(権利行使価格は1株当たり10万円)
の引受けの合計1億円の出資を要請され,G支店長らは,オズの平
成6年4月期から同10年4月期の5期分の決算報告書及び税務申
告書,資本政策案,事業計画,中期資金繰計画表を受け取った。
 このとき,オズ側には1審被告Aが初めて出席し,Bは,この出資
の件については今後すべて1審被告Aを通して欲しいと言って,1審
被告AをG支店長らに紹介し,G支店長らは,1審被告Aから「監査法
人東海地区担当統括社員,公認会計士」との肩書きのある同人の
名刺を受け取った。
 Eは,同日の面談を境にオズへの出資の件には関与しなくなった。
   カ 1審原告は,上記面談でオズ側から受領した資料を検討したが,決算
報告書には監査人による適正意見の付記はなく,また,資本政策
案,事業計画,中期資金繰計画表は,いずれも作成名義,日付の記
載がないもので,事業計画と中期資金繰計画表は,業績が上がるこ
とを予想した内容のものであったが,両者間には,同じ項目の数値
であるのに一致していない等,明らかな不整合が認められた。そし
て,1審原告は,これらの書類を検討した結果,オズの株価としては
1株当たり10万円では高すぎると判断した。
   キ G支店長,D,Hは,同月26日,1審被告監査法人の事務所で1審被
告Aが面談し,1審被告Aがオズの株価として,1株当たり7万5000
円で,プレミアム付きで10万円が相当であると述べたのに対し,1審
原告側は,これまでに受け取った資料等から判断すれば,せいぜい
1株6万5000円が妥当ではないかとの意見を述べた。これに対し,
1審被告Aは7万5000円が下限であると断言したことから,Dは,1
審被告Aに対し,7万5000円の計算根拠を明らかにする公認会計
士の作成した株価算定書を提出するよう求め,1審被告Aはこれを
了解し,1審原告側は,翌日,1審被告Aから本件株価算定書を受け
取った。
   ク 同年11月上旬,1審原告本社において,オズ及び1審被告Aから交
付を受けた資料等をもとに本件出資の可否が審議され,積極・消極
の両意見が出たが,結局本件出資が承認された。
ケ 1審原告は,同月26日,オズとの間で,オズが現在及び将来開業する
飲食店舗において,1審原告の取り扱うビール等の拡売に積極的に
努める旨の記載のある確約書を取り交わし,同月27日,1審原告と
オズとの間で本件出資の合意がされ,オズは,その店舗で取り扱う
ビール等の飲料につき,購入先を従前のサントリーから1審原告へ
切り替えた。
   コ 1審原告は,同月30日,第三者割当増資払込金1500万円,新株引
受権付社債払込金7500万円を三菱信託銀行名古屋支店,東海銀
行一宮支店のオズの口座に振り込んだ。この際,オズの取引銀行
のひとつである富士銀行を振込先としなかったのは,当時富士銀行
のオズに対する相殺事由が発生していたことから,富士銀行による
相殺を回避するためであった。
サ 1審被告Aは,同年12月ころ,Bから依頼を受け,オズの財務内容の
調査を開始したところ,オズは大幅な債務超過の状態であることを
知った。
 1審被告Aは,本件株価算定書を作成するにあたり,オズの財務
書類を全く調査せず,Bから平成11年4月決算期の予想経常利益
が約2000万円であると口頭で聴取し,これに依拠して同決算期の
予測税引後利益を1000万円と計上し,また,前期(平成10年4月
決算期)におけるオズの未監査の決算報告書の貸借対照表上の資
本の部合計額である6521万0156円に上記予測税引後利益100
0万円を加算して予測純資産を7521万0156円と計上したが,オ
ズが未監査であることは記載しなかった。
   シ 1審原告は,本件出資当時,オズが株式未公開のベンチャー企業で
あることを知っていたが,オズが監査を受けているか否かについてB
又は1審被告Aに尋ねたことはなかった。また,B又は1審被告Aが1
審原告側に対し,オズが未監査であることを伝えたこともなかった。
更に,1審被告Aは,オズが富士銀行に融資を拒否されて資金難に
直面しており,富士銀行との間で相殺事由が発生していたことや,富
士銀行からの相殺を回避するため,払込金の振込先を富士銀行と
はしなかったことを知っていたが,これらの事実を1審原告側に伝え
たことはなかった。
   ス 株式公開を目指したベンチャー企業は,監査法人などによるショート
レビュー(簡易短期監査)を受ける場合が多く,また,株式公開のた
めには,財務書類につき監査人の適正意見が必要であり,株式公
開のための監査を受けてから,適正意見が出されるまでには通常3
年から4年かかるといわれている。
  (2) 上記認定によれば,1審被告Aは,本件株価算定書作成当時,オズが
富士銀行から融資を拒否され,相殺事由が発生していたことを知って
おり,また,1審被告監査法人がオズと締結した業務契約の担当者で
あったことから,オズの財務内容にもある程度関与していたものと認め
られるものの,1審被告Aが,オズが大幅な債務超過にあり,1審原告
がオズに投資した後オズが倒産することを予見したうえで,あえて本件
投資に関与したとまでは認められず,1審被告Aに故意による不法行
為が成立するとする1審原告の主張は採用できない。
 しかし,1審被告Aは,平成10年10月2日に1審原告側とオズとの間
で行われた面談に出席したのをはじめとして,本件出資に関しオズ側
の関係者としてその後の面談に出席し,ことに,本件株価算定書が提
出される契機となった同月26日の面談において,オズ側の関係者とし
てただ1名のみ出席したうえ,Dから株価算定書の作成提出を求めら
れるとその場でこれを了解しているのであって,さらにその際に,オズ
の株価としては1株当たり7万5000円でプレミアム付きで10万円が相
当であると述べるなど,本件出資がオズ側により有利になるよう発言し
ていること,逆に,当時オズが富士銀行から融資を断られていること,
オズは未監査であることなど,オズが1審原告から出資を受けるのに
不利となる事情についてはなんら説明していないことなどからすれば,
1審被告Aが,1審原告に本件出資をさせるために積極的に行動して
いたことは明らかである。
 そして,本件株価算定書には,表紙には1審被告会社の名前が記載
されており,また,算定担当者として公認会計士の肩書き付きで1審被
告Aの氏名が記載されているところ,1審被告監査法人及び1審被告A
は,本件出資がされるまでオズとの間で監査契約を締結したことはな
かったとはいうものの,1審被告Aとオズとの実質的な関係は1審原告
には知り得ないところであり,上記1審被告Aの言動や,オズが店頭登
録を目指したベンチャー企業であったことからすれば,1審原告が,1
審被告Aはオズの会計監査も担当し,オズの財務内容について熟知し
ているものと考えてもやむを得ないものというべきであり,1審被告Aの
上記一連の言動と相俟って,1審原告が,本件株価算定書の記載内容
を公認会計士の作成した信用性の高いものと判断し,オズが株価7万
5000円の価値を有する優良な企業であると誤信することは当然あり
得るところであり,1審被告Aにおいてもこれを当然予見し得たものであ
るというべきである。
 そうすると,1審被告Aは,1審原告から上記のような信頼を受けつ
つ,オズへの出資要請に関与した者として信義則上相当な注意を尽く
してオズの財務書類を調査し,オズの財務状況を把握したうえで上記
発言や資料の作成,提出をすべきであったのにこれを怠り,オズが有
利に出資を受けられるよう1審原告に積極的に働きかけ,最終的には
未監査の財務書類やBからの口頭での聴取の結果という正確性の裏
付けを全く欠く財務情報に依拠して,本件株価算定書を作成,提出した
こと(以下,1審被告Aのこれら一連の行為を「本件各行為」という。)に
よって,1審原告に本件出資をさせたものというべきであり,これによっ
て1審原告に生じた損害を賠償すべき責任を負うものと認めるのが相
当である。
  (3) また,上記認定によれば,1審原告は,本件各行為に基づき,オズが
株価7万5000円の価値を有する優良な企業であると誤信し,本件出
資をすることを決定したものと認められる。
 この点,1審被告らは,もともとベンチャー企業に対する投資は「ハイ
リスク・ハイリターン」の性質を有し,1審原告もその必要があれば自ら
決算書レビュー(簡易監査)を行えばよかっただけのことであると主張
するが,ベンチャー企業に対する投資が「ハイリスク・ハイリターン」を
有するということから,他人を誤信させて投資させた者には何ら不法行
為責任が発生しないといい得るものではないことは明白であり,また,
1審被告らの上記主張は,公認会計士である1審被告Aの言動を信頼
することが誤りであると主張するものとも受け取られかねないものであ
るが,公認会計士に対する社会の一般的な信頼とはおよそ合致しない
ものであって,到底採用できない。
 なお,1審被告らは,本件株価算定書は,1審原告名古屋支社とオズ
との間で本件出資の合意に達した後,1審原告本社の稟議を通すため
の形式的な資料として要求されたものであると主張するが,上記認定
に反し,採用できない。
 3 争点(4)(1審被告監査法人の責任の有無)について
 甲第7号証によれば,1審被告監査法人は代表社員を置いているとこ
ろ,本件各行為の当時,1審被告Aは1審被告監査法人の代表社員では
なかったことが認められ,1審被告Aは,1審被告監査法人の代表機関で
はないから「理事その他の代理人」にあたらず,本件において,1審被告
監査法人が,公認会計士法34条の22第3項の準用する商法78条2項
の準用する民法44条1項に基づく責任を負うものとはいえない。この点,
1審原告は,1審被告Aは少くとも東海地区においては1審被告監査法人
を代表して業務を行っている者であり,そうでないとしても実質的に本件
オズに関する業務については一切の権限を委任されて執り行っていたと
みることができると主張するが,これらを認めるに足りる証拠はない。
 また,本件各行為が1審被告監査法人の事業として行われたものであ
ることを認めるに足りる証拠はなく,更に,本件各行為を外形からみても,
監査法人である1審被告監査法人の事業の範囲内に属するものとも認め
られない。なお,1審原告が平成10年9月ころオズから受け取った会社
案内のパンフレットには「会計監査1審被告監査法人」との記載がある
が,本件株価算定書には,1審被告監査法人とは別法人である1審被告
会社の名称が記載されているのであって,上記パンフレットの記載のみ
からは,本件各行為が外形上1審被告監査法人の事業の範囲内に属す
るものと認めることはできない。したがって,1審被告監査法人は,民法7
15条に基く責任を負うものということもできない。
 4 争点(5)(1審被告会社の責任の有無)について
 本件株価算定書には,表紙に1審被告会社の名称の記載があり,ま
た,算定担当者として1審被告Aの氏名の記載があるところ,これらの記
載に照らせば,その作成名義人は1審被告会社であり,1審被告Aが実
際の作成を担当したものとみることができる。そして,甲第8号証によれ
ば,1審被告会社は,「企業の予算管理及び原価計算の指導,企業組
織,人事,商品政策及び財務等の改善指導,各種企業の事業計画,市
場調査の請負,企業間の提携及び合併に関する仲介及びコンサルタント
業,前各号に付帯する一切の業務」等を目的とする会社であることが認
められるところ,1審被告会社名義でオズの株価算定書を作成し提出す
る行為は上記業務に含まれるものと解されるから,1審被告Aが1審被告
会社の作成名義で本件株価算定書を作成し,これを1審原告に提出した
行為は,外形上1審被告会社の事業の範囲内に属するものと認められ,
1審被告Aが1審被告会社の取締役であることからすれば,上記行為に
基づく損害は1審被告会社にとって,被用者がその事業の執行に付き第
三者に加えた損害にあたるというべきである。
 したがって,1審被告会社は,民法715条に基づき,上記1審被告Aの
行為によって1審原告に生じた損害を賠償すべき責任を負うものと認める
のが相当である。
 5 争点(6)(1審原告の損害の有無及び額)について
 オズが破産宣告を受けた以上,1審原告が取得したオズの株式が無価
値になったことは当然であり,また,新株引受権付社債の部分について
も,1審原告が破産手続においてオズから配当を受けたことの主張立証
はないから,結局,1審原告は,本件出資に際して支出した9000万円の
全額について損害を受けたものというべきである。
 この点,1審被告らは,本件出資額のうち新株引受権付社債分7500
万円は株価の算定とは因果関係がない旨主張するが,もともと本件出資
は1審原告がEから新株引受権付社債の引受を要請されたことから始ま
ったものであり,1審原告が株価算定書の提出を求めたのも,単に株式
投資のための資料としてではなく,オズが9000万円の出資をするのに
値する企業かどうかを見極めるためのものであったことが明らかであるか
ら,上記部分と本件各行為との間に因果関係がないということはできな
い。
 また,1審被告らは,1審原告は,ビールの専売取引により利益を得て
おり,損害を被っていないと主張するが,本件出資の対価はあくまで株式
及び新株引受権付社債であり,1審原告がオズの財務内容について誤
信がなければ本件出資はしなかったであろうとみられる関係にある以上,
1審原告が本件出資をしたことによって生じた損失がその損害であるとい
うことができ,1審原告がオズとのビール専売取引によって利益を受けて
いたとしても,1審被告らの出捐によって1審原告が損害の一部を回復し
たという関係にはないから,これをもって本件出資による損害の損益相殺
等とみることも困難であり,1審被告らの上記主張は採用できない。
 6 争点(7)(過失相殺の可否及び割合)について
 1審原告が1審被告Aの言動を信用した点には無理からぬ面があったと
はいえるものの,ベンチャー企業であるオズに対する出資を決定するに
際し,1審原告としても独自の調査をすることにより本件出資を中止する
余地も十分残されていたといえる点は指摘せざるを得ない(現に,1審原
告本社の審議では本件出資に対する消極意見もみられたところであ
る。)。その他本件に顕れた一切の事情を考慮すれば,本件によって1審
原告に生じた損害につき,過失相殺として3割を控除するのが相当であ
る。
 7 結語
 以上のとおりであるから,1審原告の1審被告A及び1審被告会社に対
する請求は,本件出資による損害額9000万円に3割の過失相殺による
減額を施した6300万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成
10年12月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損
害金の各支払を求める限度で理由があるからこの限度で認容し,その余
は理由がないから棄却することとし,1審原告の1審被告監査法人に対す
る請求は,理由がないから棄却すべきである。
 よって,1審原告の控訴に基づき,1審被告A及び1審被告会社との関
係でこれとは異なる原判決を変更し,1審原告の1審被告監査法人に対
する控訴並びに1審被告A及び1審被告会社の各控訴はいずれも棄却す
ることとして,主文のとおり判決する。
     名古屋高等裁判所民事第4部
        裁判長裁判官   小   川   克   介
           裁判官   鬼   頭   清   貴
           裁判官   濱   口       浩

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