弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主      文
本件控訴をいずれも棄却する。
    控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 控訴人a,同b及び同cの被控訴人長崎市及び同eに対する甲事件につい
ての控訴
(1) 原判決主文第1項中,上記控訴人3名関係部分を取り消す。
(2) 被控訴人eは,長崎市に対し,1億4700万1600円及びうち5
000万円に対する平成8年7月10日から,うち5000万円に対する
同年12月4日から,うち4700万1600円に対する平成9年8月2
2日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(以下「(A)
請求」ともいう。)。
(3) 被控訴人長崎市は「母子像」を「爆心地公園」から撤去せよ(以下
「(B)請求」ともいう。)。
2 控訴人らの被控訴人長崎市長及び同eに対する乙事件についての控訴
(1) 原判決主文第2項中,控訴人ら関係部分を取り消す。
(2) 被控訴人eは,長崎市に対し,1億4700万1600円及びうち5
000万円に対する平成8年7月10日から,うち5000万円に対する
同年12月4日から,うち4700万1600円に対する平成9年8月7
日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(以下「(C)請
求」ともいう。)。
(3) 被控訴人長崎市長は「母子像」を「爆心地公園」から撤去せよ(以下
「(D)請求」ともいう。)。
第2 事案の概要
 本件は,長崎市平和公園内の通称「爆心地公園」の一角に,被爆50周年記
念事業碑として,いわゆる「母子像」が建立されたことにつき,
1 長崎市長として同事業に関与した被控訴人eに対し,
(1) 甲事件において,控訴人a,同b及び同c(以下「控訴人3名」とい
う。)が,(A)請求のとおり,
(2) 乙事件において,控訴人らが,(C)請求のとおり,
 いずれも,地方自治法242条の2(平成14年法律第4号による改正前の
もの。以下同じ。)第1項4号に基づき,それぞれ長崎市に代位して,被控
訴人eから,長崎市に対し,損害賠償を支払うよう求めるとともに,
2(1) 甲事件において,控訴人3名が,被控訴人長崎市に対し,不法行為上
の妨害排除請求権に基づき,(B)請求のとおり,
 (2) 乙事件において,控訴人らが,被控訴人長崎市長に対し,地方自治法
242条の2第1項3号に基づき,(D)請求のとおり,
それぞれ,上記「母子像」を,上記爆心地公園から撤去することを求める事
案である。
第3 前提となる基礎事実(特に証拠を掲記しない限り,当事者間に争いがな
い。)
1 当事者
(1) 控訴人らは,7(2)及び(3)の各アのとおり,長崎市(以下,区域とし
ての長崎市をいうときは,単に「長崎市」という。)の住民として,住民
監査請求をし,現在も同住民である。
(2) 被控訴人eは,平成7年5月以来,長崎市長の地位にある。
2 平和公園
(1) 昭和20年8月9日,長崎市は,原子爆弾(以下「原爆」という。)
の惨禍を被り,7万名余りの尊い命を失い,市域は焦土と化した。被控訴
人長崎市は,戦災から再興するに当たり,原爆殉難者を悼み,核兵器廃絶
による世界平和を希求して,同市松山町付近を平和公園として公園化し
た。
(2) 昭和57年当時,同公園は,別紙図面のとおり,
 ア 道路東側に位置する,
  (ア) 平和祈念像があり,その前に原爆殉難者名簿奉安箱(以下「奉安
箱」という。)が置かれていた平和祈念像前地区(以下「祈念像前地
区」という。),
  (イ) 原爆が落下した中心地である原爆落下中心地区(爆心地公園とか
松山公園ともいわれる。以下「中心地地区」という。),
  (ウ) 国際文化会館の存する国際文化会館地区,及び
 イ 道路西側に位置する松山運動施設地区
  の4区域によって構成されていた。
〔以上,甲58,乙イ2〕
3 被控訴人eが市長に就任する前の平和公園整備計画
(1) 長崎市は,戦後著しい復興を遂げ,多数の観光客が訪れるようになっ
たが,平和公園を訪れる者の中には敬虔な意識に乏しい観光客もままみら
れ,同公園は祈りの場でありながら,観光地的雰囲気が混在することを避
けられない状態となっていた。
(2) 平和公園聖域化検討委員会設置と答申
 ア 平和公園聖域化検討委員会設置(昭和57年4月)
(1)の状況にかんがみ,被控訴人長崎市は,同月,
(ア) 平和公園のうち,祈念像前地区と中心地地区を特別な雰囲気を持
つ区域として聖域化することを目的として,
(イ) 「平和公園聖域化検討委員会要綱」を策定して,市長の任命する
学識経験者等を委員とする「平和公園聖域化検討委員会」(以下「聖
域化委員会」という。)を設置し,
(ウ) 同委員会に,祈念像前地区と中心地地区を,厳粛かつ荘厳な環境
を有する地域とするために必要な事項を検討することを委ねた。
 イ 聖域化計画の答申(平成5年3月)
   同委員会は,
(ア) 約11年間にわたる検討を重ねた上,
  (イ) 平成5年3月,「平和公園聖域化に関する報告書」(甲58,乙
イ2。以下「聖域化計画」という。)をまとめ,同月31日,当時の
f市長に提出し,答申した。
 ウ 聖域化計画の内容
   同計画は,
(ア)a 奉安箱と平和祈念像を分離し,
b 聖域化対象地を奉安箱を中心とした「祈りのゾーン」とし,
c 祈念像を中心とした観光地的区域を「願いのゾーン」として,
原爆死没者の慰霊と観光の両立を図ることを基本に,
  (イ) 中心地地区を聖域化対象地とし,
a 奉安箱を祈念像前から中心地地区に移設する甲案と,
  b 祈念像前地区を聖域化対象地とし,同地区を「祈りのゾーン」と
「願いのゾーン」の2つの部分に分け,中心地地区は国際文化会館
とともに「原爆を語り継ぐゾーン」とする乙案
   の両案を検討の上,
(ウ) 甲案を採用したものであった。
〔以上(1),(2)につき,甲58,乙イ2,66,証人g〕
(3) 平和公園再整備検討委員会設置と答申
 ア 平和公園再整備検討委員会設置(同5年8月)
被控訴人長崎市は,上記聖域化計画を受け,同月,
(ア) 平和公園全体を再整備するため,「平和公園再整備検討委員会要
綱」を策定して,市長の任命する学識経験者等を委員とする「平和公
園再整備検討委員会」(以下「再整備委員会」という。)を設置し,
(イ) 同委員会に,平和公園全体の再整備基本計画・基本設計を検討す
ることを要請した。
 イ 基本計画の答申(同6年4月18日)
   同委員会は,検討の結果,
(ア) 同年3月,「平和公園再整備基本計画報告書」(甲59,乙イ
3。以下「基本計画」という。)をまとめ,
(イ) 翌4月18日,f市長に提出し,答申した。
 ウ 基本計画の内容
   同内容は,
(ア)a 祈念像前地区を「願いの空間」,
b 中心地地区を「祈りの空間」,
c 国際文化会館地区を「学ぶ空間」
と位置づけた上,
(イ) 中心地地区では,
a 原爆落下位置を示す既存の原爆落下中心碑を祈念のシンボルとし
て位置づけ,
b 本来祈念の対象となるのは奉安箱であるとして,中心地に中心碑
と奉安箱を一体化したモニュメントを置き,これを祈念のシンボル
とする
こととした。
  (ウ) そして,奉安箱と中心碑を一体化したモニュメントのデザインの
具体案として,
   a A案
     垂直な高さを持った形態が上空を指し示すことにより,上方に視
線を誘導し,原爆の炸裂した史実をより鮮明に記憶し,印象づけ
る,その一案としては,現在ある中心碑を生かし,祈念のシンボル
として設置することも考えられるとするA案(以下「A案」とい
う。)と,
   b B案
     よりシンプルに中心点を示すことにとどめる,その一案として
は,爆心地の位置を湧き出る泉によって表現することが考えられる
とするB案(以下「B案」という。)とを,
優劣について判断することなく,両案併記の答申となっていた。
〔以上,甲59,乙イ3,66,証人g〕
(4) 被控訴人長崎市は,基本計画を受け,
 ア 同年5月,祈念像前地区及び中心地地区の実施設計に着手し,
 イ 翌6月,翌7年が被爆50周年に当たることから,平和公園整備計画
を被爆50周年記念事業の一つと位置づけ,更に検討を進めることと
し,
 ウ 同7年3月,実施設計を完了させた。
〔以上,甲74,79,乙イ66,67,証人g〕
4 被控訴人eの市長就任(平成7年5月)後の推移
   -中心碑撤去計画及びhとの随意契約の締結-
(1) 同5年3月に聖域化計画が,同6年4月に基本計画が,それぞれ答申
された当時の長崎市長はfであった。
(2) 同7年4月の市長選挙において,被控訴人eがfに代わって当選し,
翌5月,同被控訴人が長崎市長に就任した。
(3) 被控訴人長崎市は,被控訴人eの市長就任後,都市計画部を中心に,
被爆50周年記念事業の一環として,平和公園整備計画及び中心地地区聖
域化計画の検討を更に進め,
 ア 被爆者の冥福を祈るためには何か対象があった方がよいとして,基本
計画で答申された2案のうちから,A案を採用する。
 イ 中心碑については,従来のものを残すというのはあくまで一案として
示されたにすぎない,「垂直な高さを持った形態により方向性を持た
せ,自然に空を仰ぎ見るような視線誘導を促す」というA案の趣旨を生
かすには,新しいモニュメント(以下「新モニュメント」という。)を
制作するという考え方もありうるとして,新モニュメントの制作も考慮
の対象とする。
 ウ 新モニュメントを制作する案については,
(ア) デザインにつき,これを公募する方法と,制作者を選定して依頼
する方法の両案を検討の対象としたが,
(イ) 公募の場合には準備期間も含めるとなお数年間を要するので,被
爆50周年事業の趣旨にもとるのではないか,
(ウ) 制作者を選定して依頼する場合は,市民の納得が得られるよう,
長崎とゆかりのある著名人で,被爆体験を有する等,原爆に対する深
い知識と造詣を有する者であることが最低限必要となるが,そのよう
な条件を満たす者がいるか
等を議論した。
(4) 市長協議(平成7年10月31日)での内定
 同日,被控訴人e,助役,収入役,企画部長,財政部長,担当部長であ
る都市計画部長及び各担当課長は,(3)の準備的議論を経た上,市長協議
を開催し,次のとおり内定した。
 ア 被爆者の冥福を祈るためには何か対象があった方がよいとしてA案を
採用する。
 イ 現在の中心碑は昭和43年に設置されたものですでに30年近くを経
過していること,被爆50周年の節目で中心地地区も大きく変化するこ
とを考慮して,
(ア) 従来の中心碑を撤去して,
(イ) 同地点に新モニュメントを設置する。
 ウ 新モニュメントの制作者を公募するか1人にしぼって制作を依頼する
かについては,
(ア) 公募の場合には時間がかかりすぎるので,
(イ) 1人にしぼって制作を依頼する。
 エ 新モニュメントの制作者として,(3)ウ(ウ)の条件を満たす数人の候補
者のうちから,長崎市出身の日本芸術院会員で,文化勲章受章者でもあ
り,親族が被爆者で被爆の実情も知っていると考えられる彫刻家のh
が,県立美術館その他に作品が展示されていて市民にも親しみがあるこ
とを考慮して,同人に制作を依頼する。
(5) 被控訴人長崎市が立てた方針(新モニュメントのイメージとhの内
諾)
ア 新モニュメントのイメージ
(ア) 被控訴人長崎市は,その後,新モニュメントの具体的イメージと
して,A案に基づき,上空を指し示すことにより,原爆の炸裂した史
実をより鮮明に記憶し,印象づけるものとする,頭を垂れて被爆者の
冥福と平和を祈ることのできる対象物とするとの方針を再確認した
上,
(イ) 制作条件として,
  a 原爆投下日のメモリアル性を考慮した宗教性のないものとする,
  b モニュメントには,奉安箱を組み込む,
  c 制作完了時期は,平成9年3月以前とする,
  d 未公開の作品とし,著作権は被控訴人長崎市に帰属させる
  等の諸点を定めた方針を立てた。
 イ hの内諾(同7年11月22日)
   同日,主管である都市計画部部長のg及び収入役が東京に赴いて,h
と交渉し,内諾を得た。
〔以上,(3)ないし(5)につき,乙イ66,証人g,被控訴人e〕
(6) hの承諾と新モニュメント「母子像」の具体化
 ア hの承諾(同8年2月10日)
同日,被控訴人eは,現地調査をすべく長崎市を訪れたhに対し,市
議会の承認を得ることを条件に,中心地に置く新たなモニュメントの制
作を依頼し,hはこれを了承した。
 イ 新モニュメント「母子像」の具体化(同月)
   遅くとも同月中に,hは,新モニュメントのデザインを,高さ約5メ
ートルの「原爆で深く傷付いた少女を抱く女神の慈愛に満ちた姿」に具
体化し(以下,この新モニュメントを「母子像」という。),これを高
さ約4メートルの台座の上に設置して上空を仰ぎ見る雰囲気を醸成し,
台座の中に奉安箱を設置するとの原案を考案して被控訴人長崎市の担当
者に開示した。
〔以上,甲7,60,乙イ5,66,証人g,被控訴人e〕
(7) 新モニュメント関係予算案の可決(同年3月28日)
同月開催の長崎市議会の総務委員会及び定例会(本会議)で,(5)の方
針が報告され,同日,同定例会で中心地に置く新モニュメントの制作費と
して1億5000万円が計上された予算案が可決された。
〔甲41,60,乙イ4ないし6,66,証人g,被控訴人e〕
(8) 市民の反対運動(同年4月以降)
 ア 上記計画が新聞各紙で報道されたところ,同年4月以降,被爆者団体
や平和団体,宗教団体を中心として,従前の中心碑を撤去することと母
子像新設に対して,続々と反対意見が表明され,広汎な市民の反対運動
が展開された。
 イ 市議会に対しても,新モニュメント設置計画を白紙撤回する旨を求め
る請願がされ,同年6月の常任委員会及び定例会において不採択とされ
たものの,この問題については,市議会においても真剣な議論が展開さ
れた。
〔以上,甲43,乙イ7ないし14(枝番を含む),66,証人
g,控訴人d,被控訴人e〕
(9) 被控訴人長崎市とhの作業
 ア 委員会の承認(同8年6月11日)
   被控訴人長崎市は,hと随意契約を締結することを前提に,長崎市建
設工事等競争入札参加者の資格審査及び選定要綱第27条ただし書の規
定に従って,長崎市建設工事等指名業者選定委員会第一指名委員会に,
hを中心地に置く新モニュメントの制作者に選定することを諮り,同
日,その承認を得た。
 イ 随意契約締結の決定とhへの通知(同月13日)
   被控訴人長崎市は,美術品の制作を依頼するという契約の特殊性を考
慮し,地方自治法施行令167条の2第1項2号及び長崎市契約規則2
3条1項2号を適用して,hと随意契約を締結することとし,同規則2
4条1項ただし書きの「特別の理由により市長がやむを得ないと認める
とき」に該当するとして,見積はhのみから受けることとして,同日,
hにその旨を通知した。
 ウ(ア) 予定価格書の作成(同月17日)
    同日,被控訴人長崎市は,同規則25条に基づき,都市計画部長g
において予定価格を1億4708万4000円(うち消費税428万
4000円)とする予定価格書を作成し,
  (イ) 見積書の提出(同月18日)
    同日,hは,被控訴人長崎市に対し,鋳造費合計5000万円(内
訳・ブロンズ代4900万円,銘板100万円),台座費工事一式5
000万円,制作費及び石膏原型諸経費4272万円,消費税428
万1600円,以上合計1億4700万1600円とする見積書を提
出した。
〔以上,甲12,62,63,乙イ66,71,証人g〕
(10) 業務委託契約の締結(同8年6月19日)とその内容
 同日,被控訴人長崎市とhは,母子像の制作を目的とする業務委託契約
(以下「本件業務委託契約」という。)を締結したが,その内容は概ね次
のとおりである。
 ア 委託業務の名称は「平和公園原子爆弾落下中心碑制作業務委託」とす
る。
 イ 履行期間は同年6月19日から翌9年3月14日までとする。
 ウ 委託料は1億4700万1600円(うち消費税428万1600
円)とし,
(ア) 第1回目の前払金5000万円は同8年7月に,
(イ) 第2回目の前払金5000万円は同年12月に,
(ウ) 残金は被控訴人長崎市が業務完了を確認した旨をhに通知後,h
から委託料の支払請求があった後30日内に
それぞれ支払う。
 エ 新モニュメント(母子像)は,原判決別紙2の仕様書に従って制作す
る。
〔以上,乙イ15の1・2,66,証人g,被控訴人e〕
(11) 第1回目の前払金5000万円の支払(同年7月10日)
  同日,被控訴人長崎市は,hに対し,本件業務委託契約に従い,第1回
目の前払金5000万円を支払った〔乙イ16〕。
5 中心碑撤去方針の変更
(1) 母子像原型(5分の1)の一般公開(同年9月)
  同月,hは,母子像の原型を5分の1の大きさで制作して被控訴人長崎
市に届け,これは一般にも公開された。
〔乙イ21,66,証人g,被控訴人e〕
(2) 市民連絡会発足等(同年8月から12月)
  (1)と相前後して,
ア 同年8月,既存の中心碑を撤去し,新たにその場所に母子像を設置す
ることを主な内容とする中心地整備計画に関して,「長崎『原爆中心
碑』問題を考える市民連絡会」(以下「市民連絡会」という。)が発足
したほか,
イ 芸術家団体や宗教関係者も反対を表明したり,10万人規模の反対署
名を集める活動が展開されるなど反対運動が続き,
ウ 市議会内でも,同年9月の定例会,10月の臨時会及び12月の定例
会で,この問題が議論された。
〔甲15,43,乙イ17,22,25,26,66,証人g,控
訴人d,被控訴人e〕
(3) 方針の一部見直し(同年10月ころ)
 ア (2)を受け,被控訴人eは,上記日時ころ,
  (ア) 奉安箱を台座の中に収めることは名簿が踏みにじられているとい
う意見があることに配慮し,奉安箱は台座の中には納めず母子像の前
に置く,
  (イ) 現存する中心碑は撤去するが,その代わりに被爆直後から現在ま
でに制作された4つの中心碑のレプリカを別の場所に保存・展示する
として,従前の方針(4(5)参照)を一部見直す旨を発表した。
イ しかし,この発表によっても反対運動が鎮静化することはなかった。
〔甲43,乙イ23ないし26,32ないし34,36,37,
控訴人d〕
(4) 第2回目の前払金5000万円の支払(同年12月4日)
  同日,被控訴人長崎市は,hに対し,本件業務委託契約に従い,第2回
目の前払金5000万円を支払った〔乙イ28〕。
(5) 請願と不採択
 ア 市民連絡会は,同月5日,市議会に対し,中心碑撤去・移設見直しの
請願をした。
 イ しかし,同請願も同月の常任委員会及び定例会において不採択となっ
た。
〔乙イ29,30,66,証人g,控訴人d〕
(6) 市議会議長あっせん案提示(同9年1月24日)
  このような混乱の続く中,長崎市議会議長は,同日,
 ア 既存の中心碑及び母子像は中心地地区内の中心点以外の場所に設置
し,
 イ 中心点に設置するものについては,
a 新たな協議会を設置して検討し,
b 市民的合意が形成されたものを存置する
 旨のあっせん案を提示した。
〔乙イ38の1・2〕
(7) あっせん案受け入れ(同年2月1日)
同日,被控訴人eは,上記あっせん案を受けて,
ア 既存の中心碑は撤去せずに現在の場所に残し,
イ 母子像は中心地地区内の別の場所に設置する
旨を発表し,市民連絡会もこれを受け入れた。
(8) 母子像の名称と設置場所の変更(同月24日)
    同日,被控訴人eは,
ア 母子像の名称を「平和公園原子爆弾落下中心碑」(4(10)ア参照)か
ら「被爆50周年記念事業碑」と変更し,
イ 設置場所を,中心地地区内の既存の中心碑が位置する点から南西約7
0メートルの国道沿いの緑地(原判決別紙4の「本件母子像」と表示し
た場所)に変更する
方針を最終的に明らかにした。
〔乙イ41,43,44,46,66,証人g〕
(9) 市民連絡会の解散(同年4月)
同連絡会は,同月,解散した。
〔以上(6)ないし(9)につき,乙イ37,38の1・2,40ないし
44,46ないし48,66,証人g,控訴人d,被控訴人e〕
6 業務委託契約の変更
(1) 被控訴人長崎市は,5(8)の方針変更に伴って,本件業務委託契約を,
逐次,
 ア 同年3月3日,履行期間の終期を,同年6月30日に〔乙イ45の
1・2〕,
 イ 同年4月11日,奉安箱を母子像から分離させて,残すこととなった
既存の中心碑の前に設置することとし,
 ウ 委託業務の名称を,「平和公園(中心地地区)整備事業被爆50周年
記念事業碑制作業務委託」に,
 エ 仕様書を,原判決別紙1の変更後仕様書に〔乙イ49の1・2〕,
 オ 同年6月20日,履行期間の終期を同年7月31日に〔乙イ56の
1・2〕
それぞれ変更した。
(2) しかし,被爆者団体や平和団体からは,市民連絡会解散後も,母子像
は中心地地区にふさわしくないとか,その制作費の積算根拠や金額の多寡
等を問題とする意見が出され続けた。
〔乙イ42,50ないし52,57ないし59,62ないし64,控
訴人d〕
(3) 完成母子像の設置(同9年7月16日)
 ア hは,原判決別紙3の写真で特定される母子像を完成し,
 イ 被控訴人長崎市は,同日,これを中心地地区内の原判決別紙4の「本
件母子像」と表示した場所に設置し(以下,完成し,中心地地区に設置
された母子像を「完成母子像」という。),
 (ア) 併せて,同母子像の前に献花台と碑文を設置し,
 (イ) 碑文には,「この碑は,・・・原爆の悲惨さと,被爆により亡くなら
れた多くの方々のご冥福を祈り,ひいてはこの尊い犠牲が今日の平和
の礎となったことを念頭におき,偉大なる母の慈悲心と,永久に平和
であれと念じ,あたたかく深く母の胸に眠る傷心の子供の姿を配する
ことによって,21世紀に羽ばたく日本の未来を表現しています」と
記載されている。
ウ なお,同被控訴人は,奉安箱を既存の中心碑の前に設置した。
(4) 残金4700万1600円の支払(同9年8月7日)
  同日,被控訴人長崎市は,業務完了を確認し,hに対し,残金4700
万1600円を支払った。
〔以上,(3),(4)につき,甲97,乙イ61の1・2,66,証人
g,検証〕
7 監査請求と甲((A)請求及び(B)請求),乙事件((C)請求及び
(D)請求)の提起
(1)ア 控訴人dの監査請求(同8年12月3日)
   同日,同控訴人は,母子像の制作につき,民意に反すること,信教の
自由を規定する憲法20条に違反することなどを理由に違法・不当な支
出であると主張して,それまでに支払った委託料の返還と今後の支出差
止め及び母子像の制作差止めを求めて,長崎市監査委員に対し監査請求
をした〔乙イ27〕。
 イ 同監査委員は,同9年1月27日,上記主張は理由がないとする決定
をした〔乙イ39〕。
 (2)ア 控訴人3名を含む者の監査請求(同9年6月9日)
同日,控訴人3名を含む9名は,母子像の制作につき,被爆者や市民
の意見を十分に聞いていないこと,随意契約ができない場合であるのに
これをしていること,制作費の内訳が不透明であること,本来の目的を
失ったのに制作したことなどを理由に,違法・不当な支出であると主張
して,委託料の返還・支出差止めと,母子像の制作差止めを求めて,長
崎市市監査委員に対し監査請求をした〔甲1,乙イ54〕。
  イ 同監査委員は,同年7月23日,上記主張は理由がないとする決定を
した〔乙イ60〕。
ウ 甲事件の提起(同年8月22日)
同日,控訴人3名を含む5名(ただし,うち2名は,原判決を受け,
控訴を断念)は,甲事件を提起した。
〔本件記録から明らかである。〕
(3)ア 控訴人らを含む者の監査請求(同年12月9日)
同日,控訴人らを含む10名は,母子像の制作につき,制作の必要が
なかったこと,随意契約の理由が明確でないこと,信教の自由を侵害す
ること,市民の精神的平穏を侵害していることなどを理由に,違法・不
当な支出であると主張して,委託料の返還と完成母子像の撤去を求め
て,長崎市市監査委員に対し監査請求をした〔甲13,乙イ65〕。
 イ 同監査委員は,同10年1月30日,上記主張は理由がないとする決
定をした〔甲13〕。
 ウ 乙事件の提起(同10年2月27日)
同日,控訴人らは,乙事件を提起した。
〔本件記録から明らかである。〕
第4 当事者の主張
 1 (C)請求及び(D)請求に係る各訴えについての本案前の主張
(被控訴人e及び同長崎市長)
 原判決9頁5行目から13行目までのとおり(ただし,同6行目及び9行
目の「原告a外4名」を「控訴人3名」と改める。)であるから,これを引
用する。
(控訴人ら)
(1)ア 控訴人3名は,(A)請求においては,母子像設置以前の平成9年
6月9日にした監査請求に基づき,委託料の返還を求め,
 イ 控訴人らは,(C)請求においては,完成母子像設置後の同年12月
9日にした監査請求に基づき,委託料の返還を求めるものである
 から,(A)請求及び(C)請求は異なる。
(2) 地方自治法242条の2第1項3号は,執行機関又は職員に対する怠
る事実の違法確認の請求ができることを認めたものであるが,被控訴人長
崎市長は違法を確認されても,違法状態を解消する行動に出ない可能性が
高いから,裁判所は,本件においては,市民の立場に立ち,単に違法を確
認するだけでなく,撤去命令も発するべきである。
 2 (A)請求及び(C)請求(損害賠償請求)について
(控訴人らの主張)
(1) 憲法20条1項ないし3項及び89条違反(母子像の宗教性)
ア(ア) hは,
a 「世界の神々が日本の国を抱く」とのイメージのもと,「国籍や
宗教に関係なく,訪問者の誰もが思わず手を合わせたくなる」祈り
の対象物として母子像を制作することを計画し,
b ラ・トゥール作の「聖誕生」及びミケランジェロ作の「ピエタ」
における聖母マリアとキリスト像をモチーフとし,更に,仏教にお
ける観音像が見る人に敬虔な気持を生ぜしめる手法等を活用するこ
とにより,完成母子像を祈りの対象としての雰囲気を有するものと
して制作した。
(イ) 被控訴人長崎市は,
a 完成母子像の前に献花台を設置して,これが祈りの対象であるこ
とを明示し,
b 完成母子像の前に置いた碑文に,「被爆により亡くなられた多く
の方々のご冥福を祈り」と記載した。
(ウ) してみると,完成母子像は,被爆者は今日の平和の礎となった尊
い犠牲であるとの理念のもと,その冥福と永久の平和を祈る独自の宗
教における祈りの対象物というべきである。hは,複数宗派を混交さ
せることにより,宗派性をなくす,あるいは宗教を超越することを目
指したものと思われるが,何ら宗教性を否定することとはなっていな
い。
イ 仮に,完成母子像を宗教施設であるとはいうことができないとして
も,
(ア) これは人格像であり,キリスト教,イスラム教その他の諸宗教が
それに向かって祈念することを禁じる偶像であるから,
 (イ) 偶像崇拝を禁じる宗教を有する者は,これを祈りの対象とするこ
とができず,完成母子像はこれらの者への圧迫,干渉となっている。
ウ また,完成母子像は,
 (ア) 母が子を抱く姿が聖母マリアとキリストをイメージさせること,
及び母子像のスカートに配されたバラの花は,キリスト教文化におい
ては,マリアの象徴ないし代表としての意味を持つことから,見る人
をしてキリスト教文化によるものとの感を抱かせ,
 (イ) また,見る者によっては仏教の観音像をイメージさせる
から,それ以外の宗教の信者ないしは宗教を有しない者の宗教感情を害
する彫像でもある。
エ(ア) 中心地地区は,単に公共の場所であるにとどまらず,常民が日常
生活を生きていた空間に原爆が投下されたという特異な場所性と世界
史性を有している。
 (イ) 被控訴人長崎市は,ここを「祈りのゾーン」と位置づけ,それに
向けて整備もしてきた。
 (ウ) そのような場所に,被爆者は今日の平和の礎となった尊い犠牲で
あるとの理念のもと,その冥福と永久の平和を祈る独自の宗教におけ
る祈りの対象物である完成母子像を設置することは,明らかに特定の
宗教を支援するものである。
 (エ) また,完成母子像が宗教施設ではないとしても,これは偶像であ
り,これに対しては,宗教の有無及び宗派を問わず,礼節行為として
手を合わせ,祈念することはできないから,このような彫像物を中心
地地区に設置することは,他人から干渉を受けない静謐の中で宗教上
の感情と思考をめぐらせ,行為をなす宗教上の人格権の侵害に当た
り,信教の自由を侵すものである。
 (オ) キリスト教ないし仏教という特定宗教への援助,その他の宗教を
信じる者及び無宗教者への圧迫,干渉ともなっている。
オ したがって,被控訴人eが母子像を中心地地区に設置することを前提
に,hと本件業務委託契約を締結し,完成母子像を受領して代金支払を
した行為及びこれを同地区内に設置した行為は憲法20条1項ないし3
項及び89条に違反する。
(2) 地方自治法234条の2違反
ア(ア) 被控訴人長崎市は,中心地地区を「祈りのゾーン」と位置づけ,
祈念の対象として新しいモニュメントを制作することとした。
 (イ) ここでいう祈念とは,自己が信じる神仏に祈るという宗教上の概
念とは異なり,宗教の有無及び信じる宗教のいかんを問わず,礼節行
為として行う儀礼的行為を指す。
 (ウ) してみると,上記の意味での祈念の対象となる新モニュメント
は,誰もが宗教上の感情を害することなく祈念することができるよ
う,宗教性を一切帯びないものである必要があった。
イ そこで,被控訴人長崎市は,本件業務委託契約において,母子像は宗
教性のないものとすることを絶対の契約条件とした。
ウ また,同契約においては,制作されるモニュメントは原爆投下日のメ
モリアル性を有すること,他の作品の模倣でないこと,及び芸術性の高
いモニュメントであることも契約条件とされた。
エ しかるに,完成母子像は,(1)で述べたとおり,宗教性を否定するこ
とができない。
オ しかも,これは,ラ・トゥール作の「聖誕生」やミケランジェロ作の
「ピエタ」の模倣合成であって,芸術性の高い作品ではなく,原爆投下
日のメモリアル性にも欠けている。
カ 被控訴人eがこのような完成母子像を受け取ったこと,その結果とし
て代金全額を支払ったことは地方自治法234条の2(契約の適正履行
の確保)に明らかに違反する。
(3) 憲法92条,地方自治法1条違反
 次に補正するほか,原判決10頁5行目から11頁12行目までのとお
りであるから,これを引用する。
ア 10頁13行目の「新たな」から14行目の「いない」までを,「,
既存中心碑の再生案と,よりシンプルな泉案の2案が示され,母子像の
ような偶像は建てないという方向性が決まっていた」に改める。
イ 同19行目の「噴水案」を「泉案」に改める。
ウ 同25行目の「被告eは」の次に,「,上記2案を提案した」を加え
る。
エ 11頁5行目の「でも」の次に,「,A案,B案の中心碑デザインを
検討した部分をあえて削除した概要版の報告書(甲59)を提出するこ
とにより,」を加える。
(4) 地方自治法施行令167条の2,長崎市契約規則23条1項違反
 原判決11頁14行目から12頁12行目までのとおりであるから,こ
れを引用する。
(5) 憲法13条,19条,21条1項違反
 原判決13頁10行目から15行目までのとおりであるから,これを引
用する。
(6) 地方自治法10条,244条2項,3項違反
 原判決13頁17行目から22行目までのとおり(ただし,17行目の
「④,⑤」を削る。)であるから,これを引用する。
((A)請求に対する被控訴人eの主張-(C)請求関係で,本案について認
否しない。)
(1) 憲法20条1項ないし3項及び89条違反(完成母子像の宗教性)の
主張について
ア 控訴人3名の主張を争う。
イ hは,被爆者の尊い犠牲が今日の平和の礎となったことを念頭に置
き,原爆の悲惨さと被爆によって亡くなった多くの方々の冥福を祈り,
永久に平和であれと念じて,あたたかく深く母の胸に眠る傷心の子供の
姿を配することによって,偉大なる母の慈悲心と21世紀に羽ばたく日
本の未来を表現しようとして,母子像を制作した。
ウ ここでは,子供の姿は「あの日」の日本の姿を,母の姿は日本を支え
る世界の国々の姿を表現している。
エ したがって,hのいう「世界の神々」とは世界の国々をイメージした
ものであり,完成母子像に宗教性はない。
(2) 地方自治法234条の2違反の主張について
ア (1)で述べたとおり,完成母子像に宗教性は認められない。
イ また,hは,「作品は未公開の作品とする」,「著作権は市に帰属す
る」との制作条件を十分に認識して完成母子像を制作した。同作品は断
じて模倣などではない。
(3) 憲法92条,地方自治法1条違反の主張について
 原判決14頁9行目から15頁11行目までのとおりであるから,これ
を引用する。
(4) 地方自治法施行令167条の2,長崎市契約規則23条1項違反の主
張について
  原判決15頁13行目から16頁4行目までのとおりであるから,これ
を引用する。
3 (B)請求(甲事件の母子像撤去請求)について
(控訴人3名の主張)
(1) 控訴人3名は,被控訴人長崎市が完成母子像を中心地地区に設置した
行為により,2(1),(5)及び(6)のとおり,宗教的人格権,精神的平穏
権,精神的自由権及び公の施設の使用の自由権を,違法,不法に侵害され
ている。
(2) よって,控訴人3名は,被控訴人長崎市に対し,不法行為上の妨害排
除請求権に基づき,中心地地区から完成母子像を撤去するよう求める。
(被控訴人長崎市の主張)
 争う。
4 (D)請求(乙事件の母子像撤去請求)について
(控訴人らの主張)
(1) 母子像の制作及び完成母子像の中心地地区への設置は,控訴人らが2
で主張したとおり違法である。
(2) よって,控訴人らは,被控訴人長崎市長に対し,地方自治法242条
の2第1項3号に基づき,中心地地区から完成母子像を撤去するよう求め
る。
(被控訴人長崎市長の主張)
  (D)請求に係る訴えは却下されるべきであるから,本案について認否し
ない。
第5 当裁判所の判断
1 基本的考え方
(1) 地方自治法242条の2に定める住民訴訟は,行政事件訴訟法5条に
いわゆる民衆訴訟の一種であるから,「公共団体の機関の法規に適合しな
い行為の是正を求める訴訟で,選挙人たる資格その他自己の法律上の利益
にかかわらない資格で提起する」訴訟であって,これは,「法律に定める
場合において,法律に定める者に限り,提起することができる」(同法4
2条)。
(2) その目的は,普通地方公共団体の執行機関又は職員による地方自治法
242条1項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当
該普通地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害することから,こ
れを防止するため,地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として,住民
に対し,その予防,又は是正を裁判所に請求する権能を与え,もって,地
方財務行政の適正な運営を確保することにある(最高裁判所第一小法廷昭
和53年3月30日判決・民集32巻2号485頁参照)。
(3) 住民監査請求について規定する同法242条1項は,住民は,「違法
若しくは不当な公金の支出,財産の取得,管理若しくは処分,契約の締結
若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担がある(当該行為がなされ
ることが相当の確実さをもって予測される場合を含む。)と認めるとき,
又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産の管理を怠
る事実(以下「怠る事実」という。)があると認めるときは,・・・監査委
員に対し,監査を求め,・・・必要な措置を講ずべきことを請求することが
できる」と規定し,住民訴訟について規定する同法242条の2第1項
は,住民は,同法242条1項の請求をした場合において,監査委員の監
査の結果等に不服があるときは,「裁判所に対し,同条第1項の請求に係
る違法な行為又は怠る事実につき,訴えをもって次の各号に掲げる請求を
することができる」と規定している。
(4) してみると,住民訴訟の対象となり得る事項は,同法242条1項に
定める事項である公金の支出,財産の取得,管理・処分,契約の締結・履
行,債務その他の義務の負担,公金の賦課・徴収を怠る事実及び財産の管
理を怠る事実に限られており,しかも,(2)の目的に照らすと,これらの
事項は,財務的処理を直接の目的とする財務会計上の行為又は事実として
の性質を有するものに限定されているというのが相当である(最高裁判所
第一小法廷平成2年4月12日判決・民集44巻3号431頁参照)。
(5) 以上の見地に立って,本件について検討する。
2 (C)請求に係る訴え(控訴人らの被控訴人eに対する損害賠償請求。第
1の2(2)及び第2の1(2)参照)について
(1)ア (C)請求に係る訴えは,地方自治法242条の2第1項4号に基
づくものである。
イ (A)請求に係る訴え(第1の1(2)及び第2の1(1)参照)も,同号
に基づくものである。
(2) (C)請求と(A)請求とを,請求の原因(第4の2参照)をも併せ
比べて検討すれば,次のとおりである。
ア(ア) 「委託料の返還を求める」点では全く同一であり,主たる請求金
額も同一額である。
(イ) 異なるのは,附帯請求(遅延損害金)に係る内金の一部につい
て,始期が異なるのみである
から,対象とする財務会計行為は,実質的に同一である。
イ 控訴人らが主張する,被控訴人eのとった措置の違法性についての内
容は,第4の2のとおり,(A)請求と(C)請求とを殊更区別するこ
とがない。
ウ 住民監査請求を経た以上,住民訴訟において同監査請求の理由として
主張した事由以外の違法事由を主張することは何ら禁止されない(最高
裁判所第二小法廷昭和62年2月20日判決・民集41巻1号122頁
参照)。
(3)ア (1)・(2)によれば,(C)請求に係る訴えは,(A)請求に係る訴
えと,訴訟物は同一である。
イ(ア) 控訴人らは,
a (A)請求は,母子像設置以前の平成9年6月9日にした監査請
求(第3の7(2)ア参照)に基づき,
b (C)請求は,完成母子像設置後の同年12月9日にした監査請
求(第3の7(3)ア参照)に基づき,
委託料の返還を求めるものであるから,(A)請求と(C)請求は異
なると主張する。
(イ) しかしながら,実質上の差異は,監査請求の時期が異なること
と,その理由が母子像の完成の前後の違いにあることから,監査請求
の理由が若干異なるにすぎない。
(ウ) (ア)の主張は,(2)ウの違法事由の主張に制限がないこと,及び
1(2)で述べた住民訴訟の目的をも併せ考慮すると,独自の見解であ
るというべきであり,採用できない。
(4)ア 控訴人dは,(C)請求の訴えに係る同控訴人関係は,甲事件と
は,前提とする監査請求が異なる(第3の7(1)ア)とも主張する。
イ しかしながら,
(ア) 同監査請求(第3の7(1)ア)は,本件住民訴訟との関係では,地
方自治法242条の2第2項1号の定める出訴期間が経過しているも
のである(同イ参照)。
(イ) (ア)の点を別にしても,同法242条の2第4項は,同条第1項の
規定による訴訟が係属しているときは,当該普通地方公共団体の他の
住民は,別訴をもって同一の請求をすることができない旨を規定して
いるところ,その趣旨は,住民訴訟が,普通地方公共団体の財務行政
の適正な運営を確保して住民全体の利益を守るために,当該普通地方
公共団体の構成員である住民に対し,いわば公益の代表者として同条
1項各号所定の訴えを提起する権能を与えたものであることにかんが
みて,複数の住民による同一の請求については,必ず共同訴訟として
提訴することを義務付け,これを一体として審判し,一回的に解決し
ようとする趣旨に出たものと解される(最高裁判所大法廷平成9年4
月2日判決・民集51巻4号1673頁参照)。
(ウ) アの主張は,(イ)の説示に照らすと,やはり独自の見解であり,採
用できない。
(5) したがって,
ア (C)請求に係る訴え(第1の2(2)及び第2の1(2)参照)は,
(ア) 控訴人3名関係部分は,民事訴訟法142条にいう重複起訴に該
当し,
(イ) 控訴人d関係部分は,地方自治法242条の2第4項に反し,
いずれも不適法であるから,却下すべきものである。
イ 以上のように解したとしても,(4)イ(イ)及び1(2)で述べた住民訴訟
の趣旨,目的は,何ら損なわれない。
(6) まとめ
以上の次第であるから,
ア (5)ア(ア)・(イ)と同旨の原判決部分(原判決主文第2項の一部)は相
当であり,
イ 同部分に関する控訴人らの控訴は理由がなく,棄却を免れない。
3 (D)請求に係る訴え(控訴人らの被控訴人長崎市長に対する母子像撤去
請求。第1の2(3)及び第2の2(2)参照)について
(1) 控訴人らは,地方自治法242条の2第1項3号に基づいて,上記請
求をしている。
ア しかし,同号は,執行機関に対し「怠る事実」の違法確認を求めるこ
とができる旨を規定しているが,作為を義務付けることまでは認めてい
ないし,同号でいう「怠る事実」は,先に述べたとおり,財務会計上の
性質を有するものに限定されている。
イ(ア) ところで,(D)請求に係る訴えは,母子像の撤去という作為
(義務付け)を求めているものであるから,1(4)で掲げた住民訴訟
の対象となり得る事項に含まれないことは明らかである。
(イ) 控訴人らは,当審では,違法確認だけでもすべきであると主張す
るごとくであるが,完成母子像を中心地地区に設置することは,財務
的処理を直接の目的とする財務会計上の行為又は事実としての性質を
有するものでもないから,違法確認をする対象ともなり得ない。
(ウ) したがって,(D)請求に係る訴えは,住民訴訟としてはなし得
ないものであり,不適法である。
(2) まとめ
以上の次第であるから,
ア (D)請求に係る訴えは,不適法却下すべきものであり,これと同旨
の原判決部分(原判決主文第2項の一部)は相当である。
イ 同部分に関する控訴人らの控訴は理由がなく,棄却を免れない。
4 (A)請求(控訴人3名の被控訴人eに対する損害賠償請求。第1の
1(2)及び第2の1(1)参照)について
(1) 憲法20条1項ないし3項及び89条違反(完成母子像の宗教性)の
主張について
ア 憲法は,明治維新以降,国家と神道が密接に結び付き種々の弊害を生
じたことにかんがみ,新たに信教の自由を無条件に保障することとし,
更にその保障を一層確実なものとするため,20条1項後段,3項,8
9条において,いわゆる政教分離の原則に基づく諸規定(以下「政教分
離規定」という。)を設けた。政教分離規定は,いわゆる制度的保障の
規定であって,信教の自由そのものを直接保障するものではなく,国家
(地方公共団体を含む。以下同じ。)と宗教との分離を制度として保障
することにより,間接的に信教の自由の保障を確保しようとするもので
ある。そして,憲法の政教分離規定の基礎となり,その解釈の指導原理
となる政教分離原則は,国家が宗教的に中立であることを要求するもの
ではあるが,国家が宗教とのかかわり合いを持つことを全く許さないと
するものではなく,宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効
果にかんがみ,そのかかわり合いが,我が国の社会的,文化的諸条件に
照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当
とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするも
のであると解すべきである。
  このような政教分離原則の意義に照らすと,憲法20条3項にいう宗
教的活動とは,およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いを
持つすべての行為を指すものではなく,そのかかわり合いが上記にいう
相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって,当該行
為の目的が宗教的意義を持ち,その効果が宗教に対する援助,助長,促
進又は圧迫,干渉等になるような行為をいうものと解すべきである。そ
して,ある行為が上記にいう宗教的活動に該当するかどうかを検討する
に当たっては,当該行為の外形的側面のみにとらわれることなく,当該
行為の行われる場所,当該行為に対する一般人の宗教的評価,当該行為
者が当該行為を行うについての意図,目的及び宗教的意識の有無,程
度,当該行為の一般人に与える効果,影響等,諸般の事情を考慮し,社
会通念に従って,客観的に判断しなければならない(最高裁昭和46年
(行ツ)第69号同52年7月13日大法廷判決・民集31巻4号53
3頁,最高裁平成4年(行ツ)第156号同9年4月2日大法廷判決・
民集51巻4号1673頁等)。
イ そこで,以上の見地に立って,本件について検討するに,前記認定の
事実に,摘示した証拠を併せれば,次のとおり認定,判断される。
(ア) 完成母子像は宗教施設か
 a 控訴人3名は,完成母子像を,被爆者は今日の平和の礎となった
尊い犠牲であるとの理念のもと,その冥福と永久の平和を祈る独自
の宗教における祈りの対象物であることを前提に,完成母子像が宗
教施設であると主張する。
 b 原爆は,7万余名の命を奪った大量破壊兵器であり,中心地地区
はその原爆を落下された象徴的な場所であるから,その場所で,被
爆をして亡くなった方々の冥福を祈り,死の原因となった戦争を廃
絶すべく恒久平和を願うことは,宗教の有無と信じる宗教のいかん
にかかわらず,人間として自然な感情である。
 c 本件全証拠を参酌しても(特に甲5,7,11,14等参照),
hが母子像を制作し,被控訴人長崎市が完成母子像を設置した意図
が,bの限度を超えているとはいい難く,したがって,これを独自
の宗教と位置づけるものでもなければ,独自の宗教における祈りの
対象物であるとも断定し難い。この判断は,被控訴人長崎市が,完
成母子像の前に置いた碑文に「被爆者は今日の平和の礎となった尊
い犠牲である」との記載があることを考慮しても,左右されない。
控訴人3名の主張する上記前提は,採用することができない。
 d したがって,完成母子像は,控訴人3名が主張するように,宗教
施設であるとは言い難い。
(イ) キリスト教又は仏教に対する援助,助長,促進ないしその他の宗
教への圧迫,干渉となるか
 a 控訴人3名は,完成母子像の母が子を抱く姿が聖母マリアとキリ
ストをイメージさせるとか,スカートに配されたバラの花は,マリ
アの象徴ないし代表としての意味を持つとして,見る人をしてキリ
スト教文化によるものとの感を抱かせるとも主張する。
 b 確かに,そのように感じる者がいるかもしれない。しかし,その
ように感じるのが一般的であるとまで断定するのも困難である。仮
に,そのように感じる者がいたとしても,その効果は,特定の宗教
たるキリスト教に対する援助,助長,促進又は他の宗教を信じる者
ないし無宗教者への圧迫,干渉等になるとまでいうのは,論理に飛
躍がありすぎる。
 c 同じく,完成母子像から仏教の観音像をイメージする者があった
としても,そのように感じるのが一般的であるとまで断定するのは
困難であるのみならず,その効果は,特定の宗教たる仏教に対する
援助,助長,促進又は他の宗教を信じる者ないし無宗教者への圧
迫,干渉等になるとまでいうのも,論理に飛躍がありすぎる。
 d したがって,この点に関する控訴人3名の主張も採用できない。
(ウ) 偶像崇拝を禁じる宗教の信者への圧迫,干渉となるか
 a 控訴人3名は,完成母子像は,偶像であり,偶像崇拝を禁じる宗
教の信者はこれに対して祈りを捧げることができないから,完成母
子像を中心地地区内に設置することは偶像崇拝を禁じる宗教の信者
への圧迫,干渉となると主張する。
 b 中心地地区において本来祈りの対象となるのは,基本計画が指摘
するとおり,奉安箱である(第3の3(3)ウ(イ)参照)。被控訴人長
崎市は,これを前提に,平成9年4月11日,母子像の台座に奉安
箱を収めるとの従来の方針を改め,奉安箱は既存の中心碑の前に置
くこととし,委託業務の名称を「平和公園(中心地地区)整備事業
被爆50周年記念事業碑制作業務委託」と変更した(同6(1)イ・
ウ参照)。 
 c にもかかわらず,被控訴人長崎市は,完成母子像の前に献花台を
置いている(同(3)イ(ア)参照)のであるが,これは,何が本来の祈
りの対象かをぼやかすものであって,適切とは言い難いのではない
かとの考えもあり得よう。
 d しかし,献花台が置かれたからといって,これをもって祈りを強
制するものであるとまではいうことはできない。実際,これまで完
成母子像の前で式典その他が行われたことも,被控訴人長崎市から
完成母子像に対して祈ってほしいと依頼された者があることを認め
るに足りる証拠もない。献花台は,せいぜい,像に向かって祈りた
い者があった場合へのサービスといった程度の意味を持つにすぎな
いように思われる。
 e 仮に完成母子像が偶像に当たると解する者がいて,また,キリス
ト教その他偶像崇拝を禁じる宗教の信者が,不愉快な思いを抱くこ
とはあるかもしれないが,これらの者が祈りを強制されるとは言い
難い。
 f 完成母子像は,本来の祈りの対象である奉安箱から約70メート
ル離れた場所に設置されている。
 g 以上によれば,中心地地区内に完成母子像が存在するというだけ
で,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当
とされる限度を超えるほどに,これら偶像崇拝を禁じる宗教の信者
の宗教感情を害し,圧迫,干渉になるとまでいうことも困難であ
る。
(エ) まとめ
  したがって,被控訴人eが本件業務委託契約を締結し,完成母子像
を受領してこれを中心地地区内に設置した行為は,我が国の社会的,
文化的諸条件に照らし,信教の自由の保障の確保という制度の根本目
的との関係で相当とされる限度を超えるものとまでは認めることがで
きないから,憲法上の政教分離原則及びそれに基づく政教分離規定に
違反すると解することは困難である。控訴人3名の憲法20条1項な
いし3項及び89条違反の主張は採用できない。
(2) 地方自治法234条の2違反の主張について
前記認定の事実に,摘示した証拠を併せれば,次のとおり認定,判断さ
れる。
ア 前記したとおり,完成母子像は宗教施設であるとは認め難く,仮に偶
像であるとしても,信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との
関係で相当とされる限度を超えるほどにこれら偶像崇拝を禁じる宗教の
信者の宗教感情を害し,これを圧迫,干渉するものとも,キリスト教な
いし仏教等特定宗教への援助,助長,促進の効果を持つものとも,それ
以外の宗教を有する者及び無宗教者への圧迫,干渉となるものとも言い
難い。
イ(ア) 確かに,証拠(甲4の1・2,27,29,86の1ないし3,
乙イ1)によれば,控訴人3名が主張するように,完成母子像は,母
が子を抱く姿の彫像であるから,同じく母と子を題材にするラ・トゥ
ール作の「聖誕生」(甲4の1)やミケランジェロ作の「ピエタ」
(甲4の2。キリスト教美術で,聖母マリアが刑死したキリストを膝
に抱いて悲しむ光景を表現した作品。中世末期にドイツで独立した図
像として成立し,やがてヨーロッパ各地に広まる。講談社「日本語大
辞典」より。)をモチーフとし,そこからヒントを得て制作された可
能性があるという立場にも,それなりの理屈がないでもないように思
われる。
 (イ) しかし,芸術性やメモリアル性は人によって評価の異なる幅のあ
る概念である(美術評論家連盟会長針生一郎(甲90)も,優れた芸
術か否かが主観的な偏りを免れないことを承認している。)。したが
って,原爆投下日のメモリアル性を有すること,他の作品の模倣でな
いこと,及び芸術性の高いモニュメントであることという契約条件を
充たしているか否かの判断は,一見して,模倣であることが明らかで
あるとか,誰の目からも芸術性が認められない等,特段の事情のない
限り,完成品を受領する者にある程度の裁量が認められるというのが
相当である。
 (ウ) かかる観点からすると,完成母子像は,一見して,模倣合成であ
ることが明らかであるとか,芸術性が欠如しているとか,更に原爆投
下日のメモリアル性がないとまでは言い難いから,これを契約の趣旨
を充たしているとして受領した被控訴人eの行為は,裁量の範囲を逸
脱しているとまでは言い難い。
   同判断に反する控訴人らの主張は採用し難いところ,他に,同判断
を動かすに足りる証拠はない。
ウ してみると,完成母子像には憲法の禁じるほどの宗教性があるとも,
そのほかの契約条件を充たしていないとも認め難いから,これをhから
受領し,平成9年8月7日,同人に対し,残金の4700万1600円
を支払った行為が,地方自治法234条の2に違反するとまでいうのも
困難である。
(3) 憲法92条,地方自治法1条違反の主張について
  ア 引用に係る原判決10頁5行目から10行目までのa,11行目から
14行目までのb,19行目から22行目までのd,23行目から24
行目までのe,25行目から末行までのfの各主張について
   前記認定の事実に,摘示した証拠を併せれば,次のとおり認定,判断
される。
(ア) 上記各主張は,聖域化計画(第3の3(2)イ参照)や基本計画
(同(3)ウ参照)が執行機関に対して拘束力を有することを前提とし
ている。
   (イ) しかし,上記計画を答申した聖域化委員会(同(2)ア参照)及び再
整備委員会(同(3)ア参照)は,いずれも,市長が行政を行う上で広
く市民の意見を聞くために,行政機関の内部規定である各要綱
(同(2)ア(イ)及び(3)ア(ア)参照)に基づいて設置し,市長自らが任命
した委員によって構成される委員会であり,いわば市長の諮問機関と
いうべきものである。
   (ウ) したがって,上記両委員会の各答申(聖域化計画及び基本計画)
は,執行機関である市長に対して法的な拘束力を持つものではないと
いうのが相当である。市長としては,答申を尊重すべきではあるが,
これに従わなかったとしても,直ちに違法の問題は生じない。
(エ)a また,住民訴訟においては財務会計上の行為又は事実のみが請
求の対象となり得るものである(1(4)参照)。
 b 乙イ2,3を含む本件全証拠によるも,上記両委員会が,市長に
対し,どのような契約を締結すべきであるかとか,あるいは締結し
てはならないとか,財務会計上の行為又は事実について具体的な答
申をしているとは認めることができない。
(オ) したがって,控訴人3名の上記各主張はこれを採用することがで
きない。
  イ 引用に係る原判決10頁15行目から18行目までのcの主張につい

前記認定の事実に,摘示した証拠を併せれば,次のとおり認定,判断
される。
(ア) 控訴人3名が主張するとおり,被控訴人eが長崎県知事であるi
から受けた個人的な恩義に報いるため,同知事の働きかけを受けて,
それまでに決まっていた人格像は作らないとの方針を覆し,新モニュ
メント制作をhに依頼することとして本件業務委託契約を締結したの
であれば,首長の地位を利用し,恣意に行政を行って財務会計行為で
ある契約締結をしたものとして,住民訴訟の対象とする余地がないで
はない。
(イ) そこで検討するに,
 a 甲74,79によれば,被控訴人長崎市は,平成6年5月,中心
地に水を配したデザインの実施設計を依頼し,同7年3月にはその
とおりの設計が終了したことが認められ,同年1月発行の「広報な
がさき」(甲8)には,中心地を湧き出す泉で表現するとするB案
を採用したかのようなイメージ図が掲載されているから,そのころ
は被控訴人長崎市内部でも,方向的にはB案が有力であったことが
窺われる。
 b しかし,基本計画は,中心地に中心碑と奉安箱を一体化したモニ
ュメントを置き,これを祈念のシンボルとすることは提言したもの
の,モニュメントのデザインの具体案までは示していない。A案に
おいては既存の中心碑を利用する方法が,B案においては泉で中心
地を表現する方法が提案されてはいるが,これは一例として示され
たにすぎない。
 c 実際,当時の市長のfは,当審において,同人の市長在任中には
A案かB案かを含め,中心地に置くモニュメントのデザインは決ま
っていなかったと証言している。
 d してみると,被控訴人eが長崎市長に就任した同7年5月の段階
では,まだ中心地のデザインについては,具体的な決定はされてい
なかったと認めるのが相当である。
 e ところで,控訴人3名は,昭和56年にローマ法王が長崎市を訪
れた際,平和公園で祈りを捧げなかったのは同公園内にある平和祈
念像が偶像であったからであるとして,これをきっかけに設置され
た聖域化委員会及びその検討の結果を継承した再整備委員会では,
中心地に新たに設けるモニュメントについては,少なくとも偶像た
る人格像としないことは当然の前提とされており,その後被控訴人
長崎市内部で行われた検討でも,この点は最小限の一致点として決
定していたと主張する。
 f しかし,教皇(ローマ法王のこと)訪日公式記録及び当時の新聞
(乙イ68ないし70)には,ローマ法王は時間の都合がつかない
ので名代として国務長官が平和公園を訪れて献花をしたとする部分
があり,他の本件各証拠によるも,同法王が平和公園を訪れなかっ
た理由が平和祈念像にあるのか,日程の都合によるのかは明らかで
ない。
 g 証人fは,中心地に新たに設けるモニュメントを偶像たる人格像
にしないことは当時の職員の共通認識であったと証言するが,あく
までそのように感じていたというだけであって,基本計画(乙イ
3)その他本件各証拠によっても,そのことが正式に決定していた
ことを認めるに足りない。
 h してみると,控訴人3名の主張は,そもそも前提を欠くから,こ
れを採用することはできないというべきである。
(ウ)a なお,本件においては,hと随意契約を締結するようi知事か
ら被控訴人eに働きかけがされたことを認めるに足りる証拠はな
い。
 b したがって,この点からも,控訴人3名の主張は採用することが
できない。
  ウ 補正後の引用に係る原判決11頁初行から9行目までのgの主張につ
いて
   前記認定の事実に,摘示した証拠を併せれば,次のとおり認定,判断
される。
(ア) 被控訴人eは,平成8年3月に開かれた長崎市議会の総務委員会
及び定例会(本会議)において,中心地に置くモニュメントの制作は
hに依頼したい旨の計画を報告し,同議会は,同月28日,その制作
費として1億5000万円を計上した予算案を可決した。控訴人3名
の主張は,上記議決を得る手続には瑕疵(違法)があるから,これを
前提とする本件業務委託契約の締結はやはり違法であると主張するも
のと解される。
(イ) しかし,予算の議決を得たとしても,必ずしもその予算は執行し
なければならないものではない。
(ウ) とすると,住民訴訟の対象として違法の有無が審議されるべき
は,あくまで財務会計行為である契約の締結や予算の執行としての公
金の支出等である。予算の議決を得る手続に違法があったとしても,
それだけでは,その後にこれを前提としてされた契約締結ないし公金
の支出までが違法となるものではないというのが相当である。
   (エ) また,
    a 平成8年2月28日付けの長崎新聞(甲7)には,中心碑に代え
て女神の姿をした像を建立するとのhの談話が掲載されていたこ
と,
    b 乙イ4ないし6によれば,予算は同年3月28日の定例会で可決
されたところ,被控訴人eは,同月4日の定例会で,「原子爆弾が
その上空500メートルで炸裂した中心地公園には,その悲惨な史
実を後世に伝え,被爆により尊い命を奪われた多くの方々のご冥福
を祈り,平和を祈念するため,原爆落下中心地点に被爆50周年の
大きな節目を機に新たな祈念碑を建立いたします」との施政方針演
説をし,同月22日の総務委員会の席上で配付された資料にも中心
碑の位置に像と推知できる図が描かれていたこと
    がそれぞれ認められる。
   (オ) したがって,議決をした議員が母子像建立の計画を認識していな
かったとは到底考えられず,上記の市議会の議決には控訴人3名の主
張する違法があるとも認められない。
(カ) よって,控訴人3名の上記gの主張はこれを採用することができ
ない。
  エ 引用に係る原判決11頁10行目から12行目までのhの主張につい

    当裁判所の判断も,原判決18頁15行目から20行目までのとおり
であるから,これを引用する。
 (4) 地方自治法施行令167条の2,長崎市契約規則23条1項違反の主
張について
ア(ア) 地方自治法234条1項は,「売買,貸借,請負その他の契約
は,一般競争入札,指名競争入札,随意契約又はせり売りの方法によ
り締結するものとする」と,同2項は,「前項の指名競争入札,随意
契約又はせり売りは,政令で定める場合に該当するときに限り,これ
によることができる」と規定し,これを受けて,同法施行令167条
の2第1項は随意契約によることができる場合を1号から7号まで規
定する。
   (イ) 乙イ66,証人gによれば,被控訴人eは,hと本件業務委託契
約を締結することは,同2号の「不動産の買入れ又は借入れ,普通地
方公共団体が必要とする物品の製造,修理,加工又は納入に使用させ
るため必要な物品の売払いその他の契約でその性質又は目的が競争入
札に適しないものとするとき」(長崎市契約規則23条1項2号も同
旨)に該当するとして,同契約を随意契約の方法によって締結したこ
とが認められる。
イ ところで,ここにいう「その性質又は目的が競争入札に適しないもの
とするとき」とは,当該契約の目的・内容に相応する資力,信用,技
術,経験等を有する相手方を選定してその者との間で契約を締結すると
いう方法をとるのが契約の性質に照らし又はその目的を達成する上でよ
り妥当であり,ひいては当該普通地方公共団体の利益の増進につながる
場合であって,その判断は,普通地方公共団体の契約担当者が,契約の
公正及び価格の有利性を図ることを目的として,普通地方公共団体の契
約締結の方法に制限を加えている政令の趣旨を勘案し,個々具体的な契
約ごとに,当該契約の種類,内容,性質目的等諸般の事情を考慮して,
その合理的な裁量に基づいて判断すべきものと解するのが相当である
(最高裁判所第二小法廷昭和62年3月20日判決・民集41巻2号1
89頁参照)。
ウ そこで,以上の観点から本件業務委託契約の締結をみるに,前記認定
の事実に,摘示した証拠を併せれば,次のとおり認定,判断される。
(ア) 本件において,
a 被控訴人長崎市が制作を依頼するのは原爆落下中心地に設置する
新モニュメントたる美術品であるから,
b そこで問題となるのは,価格もさることながら,まずは中心地に
置くことがふさわしいモニュメント足り得るか否かであった。
(イ) とすれば,中心地に誰のどのような作品を設置するかについて
は,いきなり作者を決定するのではなく,広く作品を公募し,その中
から中心地に置くことがふさわしく,かつ,価格的にも妥当なものを
選定するという方法も十分考慮された。
(ウ) しかしながら,
 a 平和公園整備計画は,平成7年が被爆50周年に当たることか
ら,長崎市被爆50周年記念事業市民委員会が,同6年4月,市長
あてに提出した基本計画により,被爆50周年記念事業の一つと位
置づけられていた(乙イ66。第3の3(3)及び(4)参照)。
 b 同公園整備事業は,中心地地区を除いては順調に進捗していた
が,同地区については,中心点に置くモニュメントのデザインが決
まらないことから,事業の進捗が遅れていた。
 c 広く作品を公募し,その中から作者を選ぶという方法は民意を反
映するし,価格的にも妥当なものとなる可能性が高いから,時間さ
え許せば確かに適切な方法ではあった。
 d しかし,どのような範囲の者に作品を募集するか,誰がどのよう
な方法で作品を選定するか等を更に検討し,実際に作品募集と選定
作業をするとすれば,余りに時間がかかりすぎ,被爆50周年記念
事業の一つとするには適切を欠く結果となることが予想された。
(エ) してみると,平和公園整備事業を被爆50周年事業と位置づけた
ことは法的拘束力を持つものではないとはいえ,行政としては,その
趣旨をできる限り尊重すべきであるから,美術品の制作という契約の
特殊性にかんがみれば,行政内部で何人かの候補者を選定し,その中
から,中心地に置く新モニュメントを制作するにふさわしい技術,経
験等を有する相手方を1名選定し,その者との間で随意契約を締結す
るという方法をとることは,その検討の過程が合理的な裁量の範囲を
超えないものである限り,違法ということはできないと解するのが相
当である。
(オ) そこで,更に検討を進めるに,
 a 乙イ66及び証人gの証言によれば,被控訴人長崎市は,新モニ
ュメント制作者を選ぶに当たり,担当部局たる都市計画部内におい
て,長崎にゆかりがあり,広く市民に知られている著名な芸術家
で,平和,原爆に造詣を有する者という条件を設定し,その条件を
満たす候補者として,h,j,k及びl等について検討を加え,平
成7年10月31日開催の市長協議の際に,その中から,日本芸術
院会員で,文化勲章を受賞した彫刻家であり,その作品は市内の長
崎県立美術博物館や学校等の公共施設に数多く設置されていて市民
への知名度も高く,長崎市出身で実家が被爆するなど被爆の実情に
も詳しいhに依頼する方針を内定したのである。
 b 被控訴人eは,平成8年3月に開かれた長崎市議会の総務委員会
及び定例会(本会議)において,中心地に置くモニュメントの制作
はhに依頼したい旨の計画を報告し,同議会は,hに依頼すること
を前提に,同月28日,中心地に置くモニュメントの制作費として
1億5000万円を計上した予算案を可決した。
(カ) 以上の事実に照らすと,
a 被控訴人eが,同年6月にhとの間で随意契約を締結したこと
は,ベストの選択であったか否かはともかく,明らかに合理性を欠
き,裁量の範囲を超えていて違法であるとまでいうのは困難であ
り,
b 随意契約の方法によって,hと本件業務委託契約を締結したこと
を違法であるとまで断定することはできない。
  エ(ア) 控訴人3名は,随意契約によったことに関し,h1人からしか見
積書を徴しなかったとか,見積書の内訳が大まかにすぎる等として,
引用に係る原判決11頁25行目から12頁2行目までのc,12頁
3行目から5行目までのd,6行目から11行目までのe,12行目
から13行目までのfの各主張をする。
   (イ)a しかし,長崎市契約規則24条が随意契約による場合でも「2
人以上の者から見積書を徴さなければならない」としているのは,
随意契約によることによって価格が不当に高くなることを防止する
趣旨であるから,同条は,契約の性質上規格,品質等があらかじめ
決まっており,他の者でも代金を算出することが可能な契約類型を
念頭に置いた規定であるというのが相当である。
    b これに対し,本件業務委託契約は美術品の制作を依頼するもので
あるから,契約の性質上,他の者でも同じ立場で価格を見積もると
いうことは不可能であるといわざるを得ない。
    c 加えて,被控訴人長崎市は,数人の候補者から条件を満たす者と
してあえてhを選んだものでもある。
    d 以上の諸事情を考慮すると,被控訴人eが,本件は上記規則24
条1項ただし書の「特別の理由により市長がやむを得ないと認める
とき」に該当すると判断し,h以外から見積書を徴しなかったこと
が違法であるとまでいうことはできない。
e したがって,引用に係る原判決11頁25行目から12頁2行目
までのcの主張は,採用できない。
   (ウ)a 引用に係る原判決12頁3行目から12行目までのd,e,f
の主張について判断するに,随意契約締結後の予定価格書の作成及
び見積書の内容(第3の3(9)ウ(ア)・(イ)参照)はやや簡略である
との感は免れないものの,本件業務委託契約の目的が美術品の制作
であり,客観的に価格を把握することが困難であることその他上記
認定の諸事情にかんがみれば,これをもって違法であるとまでいう
ことも困難である。
    b よって,上記d,e,fの主張も理由がない。 
 (5) 憲法13条,19条,21条1項違反の主張について
  ア 当裁判所も,本件においては,所論の違法はないと判断する。
  イ その理由は,原判決22頁6行目から13行目までのとおり(ただ
し,6行目から7行目にかけて及び12行目の各「原告a外4名」を各
「控訴人ら」に改める。)であるから,これを引用する。
 (6) 地方自治法10条2項,244条2項,3項違反の主張について
  ア 当裁判所も,本件においては,所論の違法はないと判断する。
  イ その理由は,原判決22頁15行目から23行目までのとおり(ただ
し,21行目から22行目にかけての「原告a外4名」を「控訴人ら」
に改める。)であるから,これを引用する。
(7) まとめ
ア よって,(A)請求は理由がないから,これを棄却した原判決部分
(原判決主文第1項の一部)は相当である。
イ 同部分に関する控訴人らの控訴は理由がなく,棄却を免れない。
5 (B)請求(控訴人3名の被控訴人長崎市に対する母子像撤去請求。第1
の1(3)及び第2の2(1)参照)について
(1) 4(1),(5)及び(6)において,認定,判断したとおり,被控訴人長崎市
が完成母子像を中心地地区内に設置したことは,
 ア 憲法20条1項ないし3項及び89条
 イ 同13条,19条及び21条1項,
 ウ 地方自治法10条2項,244条2項,3項
 に反するものと認めることはできない。
(2) したがって,(1)アないしウ違反を前提とする(B)請求(控訴人3名
のなす,不法行為に基づく妨害排除請求としての完成母子像撤去請求)
は,その前提を欠くところ,他に,同被控訴人の完成母子像設置が不法行
為に当たると認めるに足りる証拠もないから,(B)請求は根拠を欠くも
のである。
(3) まとめ
ア よって,(B)請求は理由がないから,これを棄却した原判決部分
(原判決主文第1項の一部)は相当である。
イ 同部分に関する控訴人らの控訴は理由がなく,棄却を免れない。
第6 結論
1 以上のとおり,
(1)ア (C)請求に係る訴えを不適法として却下し,
イ (D)請求に係る訴えを不適法として却下し,
 (2)ア (A)請求を棄却し,
イ (B)請求を棄却した
原判決は,いずれも相当である(第5の2(6),3(2),4(7)及び5(3)の
各ア参照)。
2 よって,
(1) 本件控訴はいずれも理由がないから,これを棄却し(第5の2(6),
3(2),4(7)及び5(3)の各イ参照),
(2) 控訴費用は控訴人らに負担させることとして,
主文のとおり判決する。
 福岡高等裁判所第1民事部
    裁判長裁判官    簑   田   孝   行
    裁判官    駒   谷   孝   雄
        裁判官    藤   本   久   俊
(別紙図面省略)

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