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判決 平成14年9月9日 神戸地方裁判所 平成14年(行ウ)第8号 破損箇所
復旧指示処分取消請求事件
主      文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
  被告が平成13年4月27日付尼道管第8003号で兵庫県a市bc丁目d
番e号先所在の街路灯1基について原告に対してした交通事故による破損箇所復旧
指示処分を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は,原告が運転する車両が兵庫県a市bc丁目d番e号先所在の街路灯
(以下,「本件街路灯」という。)に衝突する交通事故を起こし,本件街路灯を破
損させたとして,被告が平成13年4月27日付尼道管第8003号で本件街路灯
について交通事故による破損箇所復旧指示処分をした(以下,「本件処分」とい
う。)のに対し,原告が,原因者工事施行命令制度(道路法22条)に基づく本件
処分によって原因者たる原告に復旧を指示できるのは,通行機能の回復に必要な範
囲に限られるところ,本件街路灯は通行するのに必要な明るさを確保する機能に加
え,美観面に配慮された生活環境施設としての機能をも有しており,後者について
は原因者工事施行命令制度によって原因者に回復を命じることはできないにもかか
わらず,本件街路灯全体についての復旧工事を命じた本件処分は違法であるとし
て,本件処分の取消しを求めた事案である。
1 争いのない事実
(1) 交通事故の発生
ア 発生日時  平成12年10月2日午前1時ころ
イ 発生場所  兵庫県a市bc丁目d番e号先路上
ウ 加害車   普通乗用自動車(神戸54と○○○○,以下「加害車」と
いう。)
エ 上記運転者 原告
オ 被害物件  街路灯1基(本件街路灯)
  但し,本件街路灯は,夜間に人や車両等が本件街路灯付近の道路(以
下,「本件道路」という。)を通行する際に必要な明るさを確保するだけでなく,
地域の住環境の向上や近隣住民のコミュニティ機能の向上を目的に,美観面を特に
配慮して設計されたいわば特注品である。
カ 事故態様  加害車が本件街路灯に衝突したもの。
(2) 本件処分
  被告は,原告に対し,平成13年4月27日付尼道管第8003号で本件
街路灯について本件処分を行って原告の負担で本件街路灯の復旧工事を行うよう命
じた。
(3) 異議申立て及び行政不服審査請求
  原告は,被告に対し,平成13年6月21日,本件処分につき異議申立て
をしたが,被告は,同年7月17日,上記異議申立てを棄却した。
そこで,原告は,兵庫県知事に対し,平成13年8月1日,本件処分につき
行政不服審査請求を行ったが,兵庫県知事は,平成14年2月25日,上記審査請
求を棄却した。
2 争点
  原因者工事施行命令制度によって,道路管理者が工事原因者に施行を命じる
ことができるのは,通行機能の回復に必要な範囲に限定されるか否か。
(原告の主張)
  道路法の立法趣旨は,交通の発達に寄与し,公共の福祉を増進することであ
る(道路法1条)から,道路法が想定する道路の機能は,人または車両の通行機能
である。
  また,原因者工事施行命令制度自体の制度趣旨は,そもそも道路の管理費用
は道路管理者が負担すべきものではあるが,道路の公共性に鑑みて,原因者の行為
により道路に損傷が生じた場合には,例外的に円滑な交通の確保・事故の防止の必
要等から,その道路につき,迅速に本来の機能を回復するための修理を実施するこ
とが要求されることにあり,あくまで回復を求められる機能として想定されている
道路の機能は円滑な交通の確保すなわち通行機能にあるということができる。
  さらに,原因者工事施行命令制度によって原因者が負う負担は,一般不法行
為法理に基づく負担に比して極めて重いものであるから,同制度の適用範囲につい
ても限定的に解すべきであり,対象者をして権力的支配関係に属する作用としての
公法上の特別な人的公用負担を負わしめるに値する場面,すなわち,権力的支配関
係と親和する消極的規制的要請に基づく通行機能の回復に必要な範囲に限るべきで
あり,これを超えて権力的支配関係とは馴染まない積極的規制的要請である生活環
境施設機能の回復にまで及ぼすべきではない。
  したがって,道路法上の制度である原因者工事施行命令制度によって原因者
に回復を命じることができる範囲についても,通行機能の回復に限られるというべ
きであり,本件街路灯が通行機能だけでなく,美観面に配慮して設計されたもので
あって生活環境施設としての機能を併せ有しているとしても,通行機能を超える生
活環境施設としての機能については不法行為法理によるべきであって原因者工事施
行命令制度によって原因者である原告に対して回復を命じることは違法である。
(被告の主張)
  道路は,交通施設として役割を果たすだけでなく,個々の住宅にとって日照
や通風を確保する空間となるほか,子供が遊び,人々が散策し,近隣社会の交流が
行われる重要な空間ともなるなど,人々の身近な生活環境施設としても重要な役割
を果たしており(居住環境施設としての道路),さらには上下水道,ガス,電気,
電話,地下鉄,パイプライン等の都市生活を支える各種公共公益施設を収容する貴
重な空間でもあって,道路の機能は通行機能に限定されるものではない。
  本件道路は,尼崎市が近隣の住環境等に意を尽くすとともに,地域住民の交
流空間として重要な役割を果たす「コミュニティ道路」として整備されたものであ
る。そしてコミュニティ道路においては地域や沿道の状況等に応じ,歩車分離を図
るだけでなく,自動車が高速で通行することができないように車道の導線に特殊な
設計を行い,もって人と車との調和により歩行者の安全確保を図るとともに,植栽
等にも配慮したゆとりとうるおいのある快適な歩行空間の形成を図ることが目的と
されている。そして舗装や備え付けの街路灯等にも人々の心を和ませる美観的な工
夫がなされていることからすれば,ここで果たす道路としての機能は,通行機能だ
けでなく,生活環境施設としての機能が大きな要素を占めている。
  したがって,本件道路の有する機能を回復するためには,特に本件街路灯が
地域の住環境の向上や近隣住民のコミュニティ機能の向上を目的に,美観面にも特
に配慮して設計・設置されたものである以上,単にいわば市販品により街路灯の照
度を確保すれば足りるというものではなく,その破損前の品質や美観を確保しうる
復旧が不可欠というべきであって,かかる考慮に基づいてなされた本件処分は適法
である。
  原告の主張は,車両の通行の便のみを強調する極めて近視眼的な発想に基づ
くものであって,歩行者の利便や道路が市民生活の中核として都市景観の形成にお
いて重要な役割を果たしている事実を無視するものというほかない。
第3 争点に対する判断
1 原因者工事施行命令制度(道路法22条)は,市民生活上の利便に不可欠の
重要性を有する公共用物としての道路について,原因者による道路の損傷,汚損等
の行為により生じた道路に関する工事又は維持の施行を,道路管理者が原因者に命
じることができる制度であるところ,道路法2条1項によれば,「道路」には「道
路の附属物」を含み,道路の附属物とは,同条2項で,道路の構造の保全,安全か
つ円滑な道路の交通の確保その他道路の管理上必要な施設又は工作物で,以下の各
号に掲げるものをいうと定めている。
そして,同項2号は道路上の並木又は街灯を掲げており,本件街路灯が道路
の附属物に該当することについては,当事者間にも争いがないものと考えられる。
2 ところで,街灯は,安全かつ円滑な道路の交通の確保を主たる目的とするも
のではあるが,夜間の犯罪防止や町並みの美しさ等の生活環境施設としての機能も
副次的に有しているといえる。
そして,生活環境施設といえども,公益性の高い施設であることに変わりは
なく,また,街灯とともに道路法2条2項2号で道路の附属物として規定されてい
る並木が,歩車の分離としての機能も有するものの,むしろ生活環境施設としての
機能の方が大きいとも解されることからすれば,道路の附属物に該当する施設が,
交通安全のための機能に加えて生活環境保全機能を有している場合には,全体とし
て,道路法1条に定める同法の目的である「交通の発達に寄与し,公共の福祉を増
進すること」に叶うものであるということができる。
3 証拠(乙1ないし4)によれば,一方では主に円滑な交通という観点から整
備された道路も存在するものの,他方,歩道,自転車道及び買物道などにおいて
は,子供が遊び人々が散策するなど近隣社会の交流が行われ,都市公園等に代替し
て日常的なレクリエーションやスポーツの場,すなわち生活環境施設として利用さ
れている道路もまた存在し,近年道路が有する後者の機能が重要視されてきている
こと,そのような観点に基づき,市町村道の整備にあたって通過交通を処理する幹
線道路が整備されている地域の裏通り等について,コミュニティ道路の整備を促進
する方針がとられていること,コミュニティ道路においては通過交通の進入を抑制
するとともに,歩道部分についてその幅員を拡大し,また植樹,ストリートファニ
チャーを施すなどして美観面にも配慮するなどして生活道路として歩行者等が安全
かつ快適に通行できる交通環境の形成を図っていることが認められる。
  かかるコミュニティ道路等が有する生活環境施設としての道路の機能は,同
様にレクリエーションやスポーツの場としての機能を有し,かつそれが第一次的機
能である都市公園について,原因者工事施行命令制度と同様の趣旨に基づくも原因
者負担金制度がとられていること(都市公園法13条)からすれば,極めて重要な
機能であるというべきであるし,また,生活環境施設としての機能を充実させるこ
とによって,幹線道路を通行する歩行者をコミュニティ道路等に集中させてこれを
減少させ,もって歩行者と車両が通行する道路を分離を図り交通の安全に資すると
いうことができるから,かかる道路の生活環境施設としての機能は,道路の交通機
能も関連性を有するといえる。
4 さらに,証拠(乙4,5,11の1ないし8,12の1ないし26,13の
1ないし20)及び弁論の全趣旨によれば,本件道路は,歩行者の通行を優先すべ
く,通過交通の進入を抑え,地域内のくらしの安全を確保するため,地域の人々の
参加の下に策定される計画に基づき,公安委員会によるゾーン規制等とあわせて道
路管理者である尼崎市によるコミュニティ道路等の面的整備を行うコミュニティ・
ゾーン内の道路として整備されていること,本件街路灯の①ポール部分は通常の街
路灯に多く用いられている亜鉛メッキ製ではなく,表層のさびによる不均一な外観
を呈するのを防止するためさび安定化処理が施された耐候性鋼により組成されてい
ること,また,②ポール部分を樹木の枝に見立て,2か所の高圧ナトリウムランプ
を行燈風に配置するデザインとなっていること,耐候性鋼は安定さびの意匠的な効
果に加え,通常用いられる鉄に比較してある程度さび化が進むとその後腐食の進行
が抑制されることや時間の経過により腐食が進むことで色は変化するものの腐食の
防止という観点からすれば補修等は不要であることなどの特質があること,本件街
路灯に類似した街路灯が尼崎市内の他の市道や他都市の道路でも使用されているこ
とが認められる。
  本件道路は歩道等の幅員を広く確保し,植栽等にも配慮するとされているコ
ミュニティ道路であって生活環境施設としての機能を有することからすれば,道路
交通の安全を目的とする照明機能に加え美観面も重視して設置された本件街路灯
は,交通の安全という道路の交通機能と生活環境施設としての機能を併せ持つもの
であるといえ,後者の機能を有する施設として特別に施されている耐候性鋼につい
ては,通常の塗装であれば必要となる修繕等が不要になるメリットもあることから
必ずしも美観面のみを重視して採用された材質ということはできず,また,行燈風
のデザインについても特段過度の装飾等が施されているわけではない上,他の道路
においても類似の塗装やデザイン等が施された街路灯が多数設置されている事実を
総合すれば,本件街路灯における生活環境施設としての機能の面から採用された街
路灯の材質及びデザインが,過剰の装飾であるということはできない。
5 以上のとおりであり,本件街路灯についてなされた本件処分は適法である。
  原告は,原因者工事施行命令制度によって原因者が負う負担は,不法行為法
理に基づく負担に比して極めて重いものであるから,同制度の適用範囲については
限定的に解するべきであると主張するが,前記のとおり副次的な機能も含めて全体
として公益性を有する道路の附属物について,同制度を適用することができること
は法文解釈上明らかであり,前記認定の本件街路灯の特質等からすると,本件街路
灯についてその全体の復旧を命じることに違法な点があるとは解されない。
6 結語
  よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担につ
き,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第5民事部
裁判長裁判官   前   坂   光   雄
裁判官   寺   本   明   広
裁判官   窪   田   俊   秀

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